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<title>いちごミルク</title>
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<description>思うこと</description>
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<title>一山選手のインタビュー</title>
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<![CDATA[ <p>女子マラソンの一山選手が、東京マラソンで14位に終わったことを報じたニュースで、「昨年12月に骨折しており、コンディションが不十分だったが、応援してくれる人のことを考えると辞退できなかった」との記事を読んだ。</p><p><br></p><p>「人のせいにするなんてどうかと思う」</p><p>「だったら最初から辞退すれば良い」</p><p>のようなコメントはいやだねほんとに。人として。何の努力もしてないやつに、選手の気持ちの何がわかるのか。</p><p><br></p><p>「自分の実力不足です」ってしか言わない綺麗事のつまらないインタビューなんかより、そうやって選手の本音が聞けた方が良いじゃないか。</p><p><br></p><p><br></p><p><br></p>
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<pubDate>Mon, 06 Mar 2023 10:47:34 +0900</pubDate>
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<title>デート代論争</title>
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<![CDATA[ <p>デート代は男が奢るべきかについて。</p><p><br></p><p>男性が多く出して当然、と公然と口にする女は大嫌いである。</p><p><br></p><p>また、俺は奢る派〜とか急に女性に媚び売り出してモテようとする男も大嫌いである。</p><p><br></p><p>洋服や化粧に金かかるのはあるかもしれんが、あくまで奢る側の男性が好意で奢るというのがいわば文化であって、女性自らそれをいう厚顔無恥さに辟易とする。</p><p><br></p><p>なにより、フェミニスト女性団体は何故怒らない？大好きな男女平等のため「いつも男性が奢るなんて、女性を経済的弱者と見做した女性差別です！」と何故声をあげないんだろう？</p><p>都合の良い時だけ女性の権利ばかり唱えるくせに。</p><p><br></p><p><br></p>
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<pubDate>Sun, 26 Feb 2023 12:11:35 +0900</pubDate>
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<title>いのちといえば何でも</title>
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<![CDATA[ <p>「安心•安全」「健康•いのちを守る」コロナ禍以降使い古されたこの言葉が嫌いである。</p><p><br></p><p>生命至上主義に染まった大多数の日本人は、この綺麗ごとが大好きなようである。思考停止に陥るから効果テキメンである。</p><p><br></p><p>ある店にて。</p><p>「新型コロナ感染拡大防止の観点から、雑誌の立ち読みは御遠慮ください。」</p><p>「新型コロナ感染拡大防止の観点から、トイレの使用をお断りしています。」</p><p>「新型コロナ感染拡大防止の観点から、従業員の人数を減らしております。」と。</p><p><br></p><p>ここぞとばかりに伝家の宝刀、水戸黄門の印籠ばりの枕詞をだしてくる。</p><p>はっきり言って欺瞞である。コロナを利用してるだけですよね？って。前から立ち読み禁止してましたよね？って。</p><p>アリバイ工作。</p><p><br></p><p>そして最後にこう締めくくる。<br></p><p>「お客様の安心•安全、健康を守るため、ご理解•ご協力いただきますようお願いします。」と。</p><p><br></p><p>日本人の悲しき習性を利用されたこの茶番。</p><p>まあ、腹を立ててもしょうがないのだが。。</p><p><br></p>
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<pubDate>Sun, 26 Feb 2023 11:46:50 +0900</pubDate>
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<title>情報化社会と不幸な日本人</title>
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<![CDATA[ <p>スマートフォンは人びとの暮らしを便利にしたが、その一方で人びとを不幸にもした。</p><p><br></p><p>スマホはあまりにも多くの情報のシャワーを人びとに与えすぎるためである。</p><p>情報のシャワーを浴びた人びとは、自らに備わるありとあらゆる欲を刺激される。<br></p><p><br></p><p>例えばインターネットで新製品の家電の情報を得る。消費欲を刺激され、新製品を購入し、その欲が満たされる。</p><p>SNSでは、他人の幸せアピールが充満している。自己承認欲を刺激され、負けじと幸せアピール投稿を行う。そうして欲が満たされる。</p><p><br></p><p>欲を満たすのは良いことだが、問題はここに際限がないことだ。</p><p>欲を満たしては欲を刺激され欠乏を感じ、また欲を満たすの繰り返しのループにいつの間にかハマっていく。</p><p><br></p><p>これが資本主義だという側面がある。このループの過程こそ我々の物質的な生活水準を向上させてきたことはその通りである。</p><p>ポイントは欠乏を感じている状態こそ人間にとっての不幸と言うことである。</p><p><br></p><p>別に物質的な生活水準が低くても、必要最低限の暮らしでも、そこに欠乏を感じていなければ、充分幸福なのである。そこに多くの人が気づけない。</p><p><br></p><p>誰もスマホすら持っていなかった時代、たった30年前の昭和〜平成初期の日本、あの頃は幸せだったと懐かしむ人が絶えないのはそう言うことである。</p><p><br></p><p>現代の情報社会、人びとは不幸にも自ら情報の放射線を浴びにいく。自ら欠乏を感じ自ら不幸になっていく。</p><p><br></p><p>必要な情報をきちんと判断する能力を情報リテラシーという。まだまだこの国の人びとには備わっていないと思う次第である。</p><p><br></p><p><br></p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/neverarn/entry-12788815503.html</link>
<pubDate>Sat, 11 Feb 2023 20:19:02 +0900</pubDate>
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<title>多様性について</title>
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<![CDATA[ <p>LGBTに対する発言で荒井秘書官が更迭された。</p><p><br></p><p>「LGBTは顔も見たくない」云々の発言である。「公的な立場の人間がこんな不適切な、多様性の時代にそぐわない発言をするなんてけしからん」とのこと。</p><p><br></p><p>公的な立場かどうかは一旦置いておこう。</p><p>多様性とは何か？</p><p><br></p><p>私はこう思う。</p><p>LGBTが近所に居て、本当に心から何とも思わない人もいるでしょう。でも、言わずとも心の中では気持ち悪いと思う人だっているでしょう。</p><p>そういう差別の心があるのは人間だからしょうがないこと。</p><p><br></p><p>そのありのままを受け入れるだけで良いじゃんってこと。<br></p><p>LGBTを迫害するわけでもなく、存在を認識して共存していけばよいだけ。</p><p><br></p><p>LGBTに対してネガティブな人もいることを許容すること。気持ち悪いと言う人がいることを認めること。それに対してそんなことないよと返す人がいること。これが多様性である。</p><p><br></p><p>LGBT気持ち悪いと言うと処分されること。発言自体抹殺されること。これは立派な多様性の否定である。</p><p><br></p><p>これを多様性のパラドックスと言う。</p><p><br></p><p>要はLGBTの類を必要以上に神聖化する必要ないってこと。神聖化しすぎるといつかモノ言えない存在になってしまいますよ。アメリカのように。</p><p><br></p><p></p>
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<pubDate>Mon, 06 Feb 2023 00:19:53 +0900</pubDate>
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<title>自分について①</title>
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<![CDATA[ <p>男女6〜7人で雪山に出かけたときの話。</p><p><br></p><p>私の車含む3台で行くことになり、じゃんけんかなんかで配車を決めたのだろうか、私の車には初対面の女性が1人だけ乗ることとなった。</p><p><br></p><p>その女性は態度には出さないが多少困惑していただろう。</p><p>そういう私も困惑した。その女性の知り合いのいる車に乗せたほうがお互い気を遣わないのに、と。</p><p>ゲレンデまで2時間、何を話せば良いのか？私はそんなにトークに自信がない。</p><p><br></p><p>しかし決まったことはしょうがない。</p><p>ゲレンデまで2時間、色んな話をしながら向かった。</p><p>相手の女性には悪いが、気を遣いまくりの会話である。そんな短時間で打ち解けられるわけもないから会話が途絶えて、嫌な思いをされることを避けることだけ考え、あれこれ話題を繰り出す。</p><p>会話の内容など覚えちゃいない。</p><p><br></p><p>でも何故か好印象だったようで、相手の女性はこう言った。「意外によく話すんですね。面白いですね。」と。</p><p>普通ならここから打ち解けていくのだろうが、ここは私の性格がひねくれているところである。</p><p><br></p><p>「意外にってことは、最初は絶対コイツ話さなそうで気まずいなって思ってたってことだ。</p><p>面白いと思われても困ると。素のおれはこんなしゃべる奴じゃないし、あとからがっかりされても困ると。」（もちろんそう言ったわけではない）</p><p><br></p><p>これが私の性格を端的に語るエピソードである。</p><p><br></p><p>その女性は普通に友人になってくれようとしたのだが、私の自意識過剰がそれを阻んだのであった。</p><p>遠い昔の話である。<br></p><p>私はこんなにも子供だったのだ。</p><p><br></p><p>続く。</p><p><br></p><p></p>
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<pubDate>Sun, 05 Feb 2023 23:37:29 +0900</pubDate>
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<title>反出生主義</title>
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<![CDATA[ <p>最近、反出生主義と言う考え方があることを知った。</p><p>そして、この考え方を知る遥か昔から、私はそれに近い考えをボンヤリ持っていた事に気付いた。</p><p><br></p><p>私は、子供はもちろん、結婚だってしていない。ただ、受験に失敗する事なく<span style="font-size: 16px; -webkit-text-size-adjust: 100%;">大学を出て、いわゆる安定した職について正規社員となった。</span></p><p><span style="font-size: 16px; -webkit-text-size-adjust: 100%;">経済的には困窮する事なく、大きくレールを外れることなく、最低限の「成功」を得ているのかもしれない。</span></p><p><span style="font-size: 16px; -webkit-text-size-adjust: 100%;"><br></span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">しかし、人生を振り返ってみると、それはほとんど「運」が良かっただけとしか言いようがない。「たまたまそうなっただけ」なのだ。合理的な理由は何一つない。自分の能力、努力1%、運99%と言ったところだ。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;"><br></span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">日本という国、平成という時代、周りの環境、人間関係に、時に見放され、時に恵まれ、運良く綱渡りができたにすぎない。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;"><br></span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">子供の時、幸運にもイジメに会うことはなかった。昔から自己主張をせず、下手下手に忖度し振る舞うことで世の荒波から逃れる小賢しさをたまたま持っていたからだ。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;"><br></span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">大学入試の時、センター試験で、時間切れ間際に適当に埋めた問題の5択（マークシート）4問がことごとく正解し、まぐれで合格した。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">これは今でも忘れられない事だ。5分の1✖️4問で、確率的に625分の1の出来事だった。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;"><br></span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">就職のときは、その年だけ例年の倍以上の定員の採用人数だった。だから就職できた。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;"><br></span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">もし自分が、少しばかり小賢しさを持たない不器用な子供で、イジメに会って、不登校になっていたら？</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">625分の624の確率で大学入試に失敗していたら？</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">時代が就職氷河期で、例年通りの募集定員またはそれ以下で、就職に失敗しニートになっていたら？</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;"><br></span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">全く違う人生になっていただろう。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;"><br></span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">この人生だって死にたくなるくらい辛いことが何度もあった。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">でも偶然にも辛いことが解決したり、人生塞翁が馬のように、その後良いことも起きたから立ち直れた。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">でも、たまたま辛いことが連続して重なったら？</span><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">そこで立ち直れずに死んでしまったかもしれない。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;"><br></span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">世の中には自殺してしまう人、鬱病になってしまう人、事故で亡くなってしまう人、殺人に手を染める人、等々いる。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;"><br></span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">これは私にとって全く人ごとではない。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;"><br></span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">だって、私だって、一歩間違えればそうなっていた。またこの先、そうならない</span><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">保障はどこにもないのだから。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;"><br></span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">且つ、合理的な「そうなった理由」「今後そうなる理由」「そうならなかった理由」「今後そうならない理由」が何一つ存在しない。</span><br></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;"><br></span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">些細な運命の悪戯、大いなる宇宙意思に、私は死ぬまで翻弄され続けるしかないのだ。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;"><br></span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">無数に散らばった人生の分岐点、それを何ひとつの必然性もなく、何の目が正しいのかも知らずサイコロをふり続けた結果、なぜか今の自分が存るだけだ。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;"><br></span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">そして、今の自分も、日々が苦しくて、苦しくて、生きるのが精一杯という始末。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;"><br></span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">あまりにも、存在理由が曖昧すぎる。そして不確実すぎる。博打的すぎる。人生とはなんと恐ろしいゲームだろう。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;"><br></span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">それを思うと、自分の人生を生き抜くことで精一杯である。</span><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">結婚し、違う人間の人生の責任まで負えたもんじゃないのである。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;"><br></span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">まして生まれてくる子供のことなんて到底想像できない。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">ただでさえ、ほとんどが苦しみ一辺倒の人生、</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">子供が少しでも綱渡りに失敗したならば、さらなる苦しみの人生となることは想像に難くない。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;"><br></span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">そんな地獄に子供を産み落とせば、子供は否が応でもこのあまりにも恐ろしいゲームを始めなくてはならない。そこの親の責任を考えなければならない。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;"><br></span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">この先、衰退していく事が決まっている日本で、子供に幸せな人生を保証してあげることなんて、</span><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">あまりに博打的で、いまの自分には出来そうもないことなのである。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;"><br></span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">ps これは「自分の人生」に対する分析である。自分の天性、性分を弁えた分析である。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;"><br></span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">他人までそうであれということではない。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">個人的な感覚だが、正のエネルギーに満ち溢れた人は必ずいる。私のきょうだいなんかがそうである。何をしても人生上手くいく人がいる。そういう星に生まれついた人は、その子供も幸せになっていくのだろう、と思う。</span></p><p><br></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;"><br></span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;"><br></span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;"><br></span></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/neverarn/entry-12787832179.html</link>
<pubDate>Sun, 05 Feb 2023 18:41:26 +0900</pubDate>
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<title>スシローの件に思うこと</title>
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<![CDATA[ <p>スシローの件、イタズラした高校生に損害賠償が云々〜とのこと。</p><p><br></p><p>高校生のワルガキが悪いのはそりゃ間違いない。スシローが怒るのも当然。</p><p>また、その店にいた客はペロぺロした寿司を食べたかもしれないのでもちろん怒っていい。</p><p><br></p><p>私は直接の被害者ではないので、こんなイタズラ許してやれよと思う派だが、世の中的には、遠く離れた岐阜の寿司屋で起きた、たかが子供のイタズラに目くじらを立てる自称善良な国民もいるようだ。</p><p><br></p><p><span style="font-size: 16px;">怒る気持ちは</span><span style="font-size: 16px; -webkit-text-size-adjust: 100%;">人それぞれだから、否定しない。</span></p><p><span style="font-size: 16px; -webkit-text-size-adjust: 100%;">だけど、それは自己の内心に止めるだけにしてほしい。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">SNSで発信することの社会的影響力を理解しないといけない。</span></p><p>ネットでの誹謗中傷で自殺する人もいるわけだから。</p><p><br></p><p>話を戻すと、直接ペロペロされた寿司を食べたわけでもない連中が、ここまで腹を立てる理由がわからない。</p><p><br></p><p>「スシローの株価が暴落した」事に何故株主でもない連中が怒る？<br></p><p>「スシローの経営に関わる問題だ」スシロー自身が決める事。民事•刑事を含めて然るべき対処をすると言っているのだから。</p><p><br></p><p>結局のところ「社会悪に対して怒る自分」「善良な市民である自分」が好きなだけなんだ。<br></p><p>本当はスシローの株価や経営など心配していないんだ。</p><p>だって<span style="font-size: 16px; -webkit-text-size-adjust: 100%;">直接の被害者じゃないのだから怒る理由なんてないに決まってる。後付けの、嘘っぱちの怒りなのだ。</span><br></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">本音は、叩く口実がほしいから。正義が悪を叩いて善良な市民になりたいだけだから。</span><span style="font-size: 16px; -webkit-text-size-adjust: 100%;">失敗した人にゾンビのように群がり、引きずり下ろし、</span><span style="font-size: 16px; -webkit-text-size-adjust: 100%;">裁判官にでもなったかのように、鉄槌を振るって、子供を自己破産させ、下手すりゃ一家心中させるまで追い詰める。</span></p><p><span style="font-size: 16px; -webkit-text-size-adjust: 100%;"><br></span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">タチが悪いのは彼らは自分を正しいと思って疑わないことだ。自己批判能力を持たない。自分が間違ってるのでは？とは1ミリも思わない。</span></p><p><span style="font-size: 16px; -webkit-text-size-adjust: 100%;"><br></span></p><p><span style="font-size: 16px; -webkit-text-size-adjust: 100%;">私はこういう連中が心底気色悪い。</span></p><p><span style="font-size: 16px; -webkit-text-size-adjust: 100%;"><br></span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">例えばレストランで、自分の隣の席で、ある夫婦が喧嘩を始めたとする。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">たまたま喧嘩の内容が聞こえてきて、夫の浮気がばれたようだ。これは明らかに夫に非があるなと、あなたは思ったとする。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;"><br></span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">あなたは直接その夫婦間に割り込んで、夫が悪いと断罪するだろうか？</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">私はしない。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">内心では夫が悪いと思うだろう。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">でも言わない。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">当たり前の感覚だ。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">彼らの喧嘩の原因は自分には関係ないことで、自分が介入するのは明らかにお門違いだからだ。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">彼らに影響を与えるべき側の立場ではないと思うからだ。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">仮に言ったとしても「お前には関係ないだろう」で終わりだ。</span><br></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;"><br></span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">ネットだとその匿名性で「部外者が偉そうに介入している感覚」が薄れるのかもしれない。</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;"><br></span></p><p><span style="font-size: 16px; -webkit-text-size-adjust: 100%;">この図々しさ、無神経さ、厚顔無恥さには本当に寒気がする。</span></p><p><span style="font-size: 16px; -webkit-text-size-adjust: 100%;"><br></span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">「浮気はいけない」なんて誰でも分かっている。当たり前だ。でもそんな聞き齧っただけの情報で介入して良いのか？当事者間にしかわからない事があるのではないのか？また喧嘩を拗らせ離婚したらどうする？夫婦の人生に責任取れるのか？殴り合いを始めたらどうする？責任もって止められるのか？</span></p><p><span style="-webkit-text-size-adjust: 100%;">そこまでの自覚、想像力はあるのか？</span></p><p><br></p><p>話が脱線したけれど、ネット社会によって本当に世の中は変わった。良いことも多くあったけど、監視社会、決定的に不寛容な社会を生み出してしまった。他人の足を引っ張るのが趣味で、それで自己承認欲を満たそうとする性格悪い日本人ばかりで、生きづらい世の中だ。</p><p><br></p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/neverarn/entry-12787550551.html</link>
<pubDate>Fri, 03 Feb 2023 23:53:15 +0900</pubDate>
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<title>衣食足りて礼節を知る</title>
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<![CDATA[ <p>自分が不幸なときに、幸せな人が隣にいたら、その人と比べて劣等感を感じたり、幸せな人に嫉妬をするのは、人間の本能と言える。</p><p>その意味で、衣食足りて礼節を知るという諺は本質を突いている。自分が満たされて初めて他者に対する心のゆとりも生まれてくるのだ。</p><p>後天的にできることは、自分にとって何が幸せで何が不幸か、答えを持つことだ。これは容易でない。この日本で長年幸せはお金持ちであること、結婚していること、社会的地位のあることとイコールであった。</p><p>自覚的に呪縛を逃れ、一個人の哲学で幸せの定義に到達するのはあまりにも困難な命題で、出来たとしても晩年死ぬ間際が関の山である。</p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/neverarn/entry-12787173126.html</link>
<pubDate>Wed, 01 Feb 2023 19:14:00 +0900</pubDate>
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<title>マスク不要</title>
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<![CDATA[ <p>五類移行に伴いマスク着用、個人の判断に委ね、症状のある人は着用をとのこと。</p><p>何をいまさら当たり前のことを、と思うがそれでもやっと異常なマスク生活から解放の一歩となりそう。</p><p>一部の国民は個人の判断の仕方まで国に方向性を示して欲しいんだとか。それくらい自分の頭で考えてほしい。良い大人がそこまで国にやってもらわないと判断できないのかとガッカリする。</p><p><br></p>
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<pubDate>Sun, 29 Jan 2023 13:55:05 +0900</pubDate>
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