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<title>てきすのブログ</title>
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<title>SNSによるサブリミナル効果</title>
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<![CDATA[ <p>SNSの発達とともにあらゆる職業や娯楽を目の当たりにすることになる。</p><p>&nbsp;</p><p>それは私たちに選択肢を与えるが、そこから”選ぶ”ための時間を同時に奪っている。</p><p>&nbsp;</p><p>それどころか”選ばなかった”選択肢を見ると、それを”選んだ”人生を想像する機会を容易に与え、それはネガティブな感情へと導くことが多い。</p><p>&nbsp;</p><p>さらには”選べない”選択肢さえも提示してくるという点で非常に厄介である。</p><p>&nbsp;</p><p>テレビというメディアは、録画や再放送が行われない限り同じ情報が取り入れられることは少ないが、</p><p>一方でSNSでは予期せず、同じかもしくは似通った情報が準備もなく飛び込み、サブリミナル的に私たちの決断に影響を与える。</p><p>&nbsp;</p><p>それはつまり何かを選択するとき、自分自身の判断であるように見えて、実際はSNSからの情報によって決められている可能性がある。</p><p>&nbsp;</p><p>少し話が変わるが、人間は飽きやすい生物であり、歴史を通して周期的に同じ流行りが訪れる場合が多いのもそのせいである。</p><p>しかし、ことSNS やテレビや新聞といったメディアに飽きるという感情は当てられない。</p><p>なぜなら時事刻々と変化する情報を取り扱っている媒体だからだ。</p><p>つまりSNSで情報収集をしたのち、飽きてきたからそろそろそれを咀嚼し、自分で考えてみようという瞬間が訪れることはない。</p><p>そうできる人は、飽きたのではなくSNSの危険性に敏感であるか、もしくはそれ以上の信念を元々備えている人だろう。</p><p>&nbsp;</p><p>そうしてSNSについて語る私たちは、SNSに飽きたからこそSNSを客観的に見ることにシフトしているのかもしれないが。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/nickfox99/entry-12892323747.html</link>
<pubDate>Wed, 02 Apr 2025 17:11:11 +0900</pubDate>
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<title>ボスとリーダー</title>
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<![CDATA[ <p>ボスとリーダーの違いとはなんだろうか。</p><p>&nbsp;</p><p>ボスは黒いスーツを着てヒゲの生やした渋い男で、</p><p>リーダーとは少し青いスーツを着た少し若い男というのが勝手な私の印象である。</p><p>&nbsp;</p><p>最近はリーダーの方が優れた人物であるという風潮があるみたいだ。</p><p>あるイギリスの百貨店の創業者は次のように言ったらしい。</p><p>「ボスになるな。リーダーになれ。」</p><p>なんともボスは偉いだけで何もせず、リーダーは周りを引っ張っていく存在らしい。</p><p>&nbsp;</p><p>私はボスとリーダーを考えるとき、羊飼いのことを考えてしまう。</p><p>ボスは人間だ。</p><p>車両に乗り、羊の群れの先頭で悠然と移動している。</p><p>振り向きもせずに。</p><p>目的地に立つと気づけば羊がいる。</p><p>羊が減ったかどうかなんて数えることはない。</p><p>&nbsp;</p><p>リーダーは牧羊犬だ。</p><p>一番後ろから、羊が向かうべき場所へと誘導する。</p><p>たまに道を外しそうになる羊をもとに正す。</p><p>そしてたまに人間を見る。</p><p>&nbsp;</p><p>しかし、少しややこしいことがある。</p><p>ボスとは威圧的な態度をとる人物を指すこともあるらしい。</p><p>牧羊犬のやり方こそボスなのではないか。</p><p>&nbsp;</p><p>どうやらこの例えは上手じゃないみたいだ。</p><p>もう少しなんだが。</p><p>&nbsp;</p>
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<pubDate>Thu, 05 Dec 2024 01:40:31 +0900</pubDate>
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<title>取るに足らない共通点</title>
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<![CDATA[ <p>長生きする人は、自分の髪の毛をほとんど触らない。</p><p>明日死ぬ人は、今日の4:44に右足に痛みが走る。</p><p>弁護士になる人は、幼い頃うつ伏せで寝ていた。</p><p>社長になる人は、キノコの山派。</p><p>プロ野球選手は、職員室に入ったことがない。</p><p>膵臓がんになる初期症状は、2.2秒間のくるぶしの痛み。</p><p>肺炎の初期症状は、一瞬赤色が青色に見える。</p><p>&nbsp;</p><p>こんな取るに足らない共通点がこの世界には眠っているのではないかと思うことがある。</p><p>思い当たらない体の痛みが、もしかすると20年後にかかる病気の初期症状かもしれない。</p><p>いや、風が吹けば桶屋が儲かるという言葉通りの、全く関連がなさそうな出来事かもしれない。</p><p>犯罪者の共通点が、好きな色が赤橙黄緑青藍紫の順であることだとすると、誰も気づけるわけがない。</p><p>「プロアスリートは小さい頃から運動神経が良かった」「早死にする人は食生活が悪い人である」</p><p>こんな直接的な共通点ならばすぐに納得されそうだが、冒頭に挙げたような共通点は無視されることだろう。</p><p>しかし、そんな些細な共通点で様々な人間を分類できる可能性があると思うとおもしろい。</p>
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<link>https://ameblo.jp/nickfox99/entry-12798104772.html</link>
<pubDate>Wed, 12 Apr 2023 01:52:07 +0900</pubDate>
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<title>大阪での話</title>
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<![CDATA[ <p>最近腹が立ったこと。</p><p>私は、"怒り"を全て「こんな人もいるんだなあ、と"理解"すること」だけはしないようにしている。</p><p>怒らないための考え方を磨きたくない。</p><p>文字通り反対のものなんだから納得できるはずもない。</p><p>&nbsp;</p><p>居酒屋を出て歩いていると、私たちは35歳くらいの日本人の男に絡まれた。</p><p>その男は私たちの女友達に楽しそうに話しかけてくる。</p><p>「昔はサッカーしとってなあ。中国のプロチームに所属しとったわ。」</p><p>少しお酒が入ったせいか、赤く火照った顔は嘘かほんとかはわからない表情をしていた。</p><p>その人の眼には女の顔しか写っていない。</p><p>そんなとき、私の男友達が横から</p><p>「俺もサッカーしてましたよ！」</p><p>と、無理矢理押し上げたテンションでその男に波長を合わせようとした。</p><p>すると、「へたくそと一緒にすんな。」と言って睨みつけたあと、すぐに女友達に眼を映し変えた。</p><p>その男友達はそこから特に反論するでもなく、女友達が手を出されないかだけを数秒に一度確認しながら、</p><p>私たちはようやく帰路につくことができた。</p><p>&nbsp;</p><p>どうして私はこんなにも腹が立っているのだろう。</p>
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<link>https://ameblo.jp/nickfox99/entry-12797587150.html</link>
<pubDate>Sat, 08 Apr 2023 22:25:11 +0900</pubDate>
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<title>別れの季節</title>
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<![CDATA[ <p>3月は別れの季節だ。桜が点々と咲き始めている。</p><p>私がお世話になった先輩たちも卒業していった。</p><p>&nbsp;</p><p>私は送別会があるたびにいつも思うことがある。</p><p>別れとは意外とあっさりしているものだと。</p><p>送別会が終わるとみんなそれぞれの家へと帰っていく。</p><p>「今までありがとうございました！」</p><p>「またいつか会いましょう！」</p><p>「さようなら！」</p><p>そう言って見送る先輩たちの背中は一瞬で、曲がり角があるものなら一瞬で見えなくなってしまう。</p><p>&nbsp;</p><p>初めて出会ったときなんて、</p><p>お互いを知るために長い時間をかけていくくせに、</p><p>別れのために準備する期間とはその1日だけだったりもする。</p><p>いや、もしかしたら卒業式の前日までは出会ったときの延長で、</p><p>お互いを知る期間なのかもしれない。</p><p>そう考えると、今まで頑張ってお互いを理解してきたのに、</p><p>あっさりと卒業式という最終日にその過程を白紙に戻して旅立っていくようだ。</p><p>もちろん今までの過程は無駄ではないし、これからも会う可能性は十分にあるのだが、</p><p>卒業式を終えて帰っていく人たちを見ているときだけは、そんな気がしてしまう。</p><p>&nbsp;</p><p>そして、息を吐く暇もなく迎える4月は、まさしく出会いの季節だ。</p><p>桜は至る所で満開になっている。</p><p>私は今から、またお互いを知るための日々を過ごしていくことになる。</p><p>もちろんそれは卒業していった人たちも同じで、</p><p>SNSを見ると新しく出会った友達と飲みにいっている写真なんかが溢れかえる。</p><p>本当に別れとはあっさりだと思わされる。</p><p>まるで第一章を終えた小説のように、新しいスタートをきる。</p><p>今頃私も第5章くらいを切り始めたのだろうか。</p><p>&nbsp;</p><p>桜の押し花は私たちの人生にしおりとして挟み込まれていく。</p><p>一章が終わるごとにそのしおりは前の章から持ってきて挟みなおされる。</p><p>二つ前の章と三つ前の章なんて、記憶の中ではもう一つになっていく。</p><p>そうやって時間をかけて、最終章の終わりにしおりが移動するとき、</p><p>初めて人生という小説が一つのものとして混じり合っていくのだろうか。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<pubDate>Tue, 28 Mar 2023 23:37:36 +0900</pubDate>
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<title>東京を歩いて</title>
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<![CDATA[ <p>私は東京駅のベンチから八重洲ミッドタウンをしばらく眺めていた。</p><p>&nbsp;</p><p>通りゆく人は不思議そうに私をみながら歩き去っていく。</p><p>&nbsp;</p><p>少し離れたところにいる青年は、スマートフォンを見つめている。</p><p>&nbsp;</p><p>そんな青年はまるで風景の一部になったかのように素通りされていく。</p><p>&nbsp;</p><p>若者がこんな時代にベンチに座って風景を眺めているというのは、どうやら不思議なようだ。</p><p>&nbsp;</p><p>街は、スマートフォンを見つめている姿こそが人間というもののイデアであると言わんばかりの雰囲気を纏っている。</p><p>&nbsp;</p><p>このままでは棺の中にスマートフォンを入れて死んでいく世界すら見えそうだ。</p><p>&nbsp;</p><p>スマートフォンにはそれに見合うだけの重みがない。</p><p>&nbsp;</p><p>YouTubeで見る人には絶対に感じられない、</p><p>人間から発せられる心の機微が、八重洲ミッドタウンのなかで賑わう人からは感じられた。</p><p>&nbsp;</p><p>しかし、スケルトンでできた建物を大きなスクリーンとしてその中を眺めている様子が、</p><p>スマートフォンのスクリーンを通してその中を覗く青年と何が違うというのかはまだわからない。</p><p>&nbsp;</p><p>風景をリアルでみている方がいいに決まっていると思いたいだけなのだ。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/nickfox99/entry-12795261459.html</link>
<pubDate>Sat, 25 Mar 2023 00:24:37 +0900</pubDate>
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<title>退屈を極めた日常を変える</title>
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<![CDATA[ <p>人間は、自分の周りの環境が変わることが嫌いだ。</p><p>自分が１から築き上げた今の環境を失い、</p><p>また１から環境を築いていかなければならないことが面倒だからだろうか。</p><p>はたまた、環境を築き上げていく自信がないからだろうか。</p><p>&nbsp;</p><p>しかし、一方で私たちは環境を変えたいと思うときがしばしばある。</p><p>今の環境が苦しいから、飽きてきたから、新しい人に出会いたいから。</p><p>&nbsp;</p><p>そんなときに考えることは、</p><p>仕事を変えてみようか、新しいことを始めてみようかといったところだろうか。</p><p>だが、そんな前向きな考え方をできるのはせいぜい10分までで、次の瞬間には</p><p>「自分にそんなことができるだろうか、新しいことを成功させる自信はない」</p><p>と言った否定的な考え方に変わり、しまいには「今の環境がベストだ」という答えに至ることさえある。</p><p>&nbsp;</p><p>少し話が逸れるが、「アバウトタイム」という映画を見たことはあるだろうか。</p><p>主人公はタイムループをすることができ、1日1日を何度もやり直しながら生きていく。</p><p>この映画では、ほとんどのタイムリープが何かを成し遂げるために使われる。</p><p>しかし、映画の中で唯一何かを成し遂げるためではないタイムリープをする。</p><p>そのタイムリープは、なんの変哲もない”その日”をもう一度繰り返すのだ。</p><p>１度目の”その日”では、コーヒーをこぼされたり、怒られたりとさんざんな1日を過ごす。</p><p>２度目の”その日”では、同じ1日が素晴らしい1日だったと過ごすことができる。</p><p>（私はこのシーンが一番好きだ）</p><p>&nbsp;</p><p>果たして２度目の”その日”では、何をしたのだろうか。</p><p>気になるなら、ここでアバウトタイムを見てきてから帰ってきて欲しい。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>映画を見終わった人にはわかるだろう。</p><p>私たちが環境を変えるために必要なことは、</p><p>いつもとは違う電車の車両に乗ってみたり、違う時間に起きてみたり、</p><p>違う音楽を聞いてみたり、真夜中にコーヒーを飲んでみたり、</p><p>朝からお酒を飲むのだっていいだろう。</p><p>朝起きた瞬間に寝巻きを脱いで服に着替えたり、自転車ならばいつもと違う道で帰ってみたり、</p><p>スイーツを作ってみたり、思い立って植物を育ててみたりするのもいいかもしれない。</p><p>帰り道のいつもは寄らない本屋に寄ってみたり、使うわけではない香水を買うのもいい。</p><p>&nbsp;</p><p>私たちが「環境を変える」と言われて想像することは、</p><p>数分後、数時間後、数日後のことではない。</p><p>いつ現れるかもわからないような遠い未来を勝手に想像しがちである。</p><p>しかし、環境を変えるのに必要なことは、ほんの些細なことではないか。</p><p>そんなことで環境が変わるわけがないというならば、まずは試してからだ。</p><p>&nbsp;</p><p>明日という1日を変えるすべはもしかしたらいくらでもあるかもしれない。</p><p>これを読んでくれた人の今日、明日が変わってくれると嬉しい。</p><p>あくまで今日、明日だ。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/nickfox99/entry-12790762039.html</link>
<pubDate>Fri, 24 Feb 2023 00:26:48 +0900</pubDate>
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<title>占い師に対する一つの仮説</title>
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<![CDATA[ <p>あなたは占いを信じるタイプですか？</p><p>&nbsp;</p><p>私は朝のニュースで星座占いがあれば、自分の星座が何位で、どんなことが書かれていたか</p><p>その日中ずっと覚えているが、そのくせ占いは全く信じないタイプである。</p><p>&nbsp;</p><p>2年ほど前、友人に誘われて占い師の元に行ってみることになった。</p><p>紙に自分の名前と、相性を占って欲しい友人の名前を書き、それを元に占ってくれるみたいだ。</p><p>占い師が「この人との相性はこうで、この人との相性はこんな感じだね」と言っている間、</p><p>終始疑心暗鬼で、心の中で「へえ〜」としか聞いていなかった。</p><p>&nbsp;</p><p>占いを終えて席を立つと、「腰が悪いねえ」と唐突に言い始めた。</p><p>それも右の腰を指さしてゆうのだ。</p><p>&nbsp;</p><p>実は私は、右腰の痛みが2年ほど続いている。</p><p>それを見事に当てられたので腰を抜かした。</p><p>&nbsp;</p><p>占い師は続けて、</p><p>「右腰から嫌なオーラが放たれているねえ。</p><p>　あなたまっすぐ立っているつもりでも右肩が下がっている。</p><p>　これでは体の重心が右によってしまう。</p><p>　右腰に負担がかかるのは当然だね。」</p><p>&nbsp;</p><p>いや、占い師じゃなくて整骨院の先生じゃないか。</p><p>占い師の一言目こそ占い師らしいものの、二言目からは完全に整骨院をやっていた人の物言いだ。</p><p>&nbsp;</p><p>ここで私は、占い師に対する面白い仮説を立ててみた。</p><p>これはあくまで仮説で、特に意味のないものだ。</p><p>占い師は皆、前職でさまざまな職種を経験しているエリートで、</p><p>占いを受ける者の体から（外科）、</p><p>占いを受ける者の仕草から（心理学）、</p><p>占いを受ける者の精神状態から（精神科）、</p><p>占いを受ける者の名前から（統計学）、</p><p>ときには、</p><p>占いをする日の気象状態や気圧から（気象予報士）、</p><p>などさまざまな情報から分析をしているのではないか。</p><p>&nbsp;</p><p>この仮説はもちろん馬鹿げているかもしれない。</p><p>しかし、もしあなたが占いを全く信じれない人で何らかの理由で占いを受けることになったときに、</p><p>心の中で「さまざまな職種を経験したエリートが経験から教えてくれる事実なんだ」と思いながら</p><p>占いを受けてみるだけで少しは信じられるようになるのではないかと思う。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/nickfox99/entry-12790352567.html</link>
<pubDate>Tue, 21 Feb 2023 13:27:34 +0900</pubDate>
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<title>ルックアップ</title>
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<![CDATA[ <p>最近よく「インターネットの普及によってすぐに答えを見つけることができる」という記事を目にする。</p><p>この類の記事ではインターネットの普及の良さにも言及しながらも、結論はきまってその問題点に関するものである。</p><p>（ただ、先に述べておきたいのは、この記事でインターネットの良し悪しに言及したいわけではない。）</p><p>&nbsp;</p><p>確かに私も知らなかった言葉や公式などをすぐに検索する傾向にある。</p><p>特にひどい記事では、紙の辞書で調べろとさえ書いている。</p><p>その意図はせいぜい「調べる過程に意味があるのだ」と書いてあるのだ。</p><p>&nbsp;</p><p>もちろんその考え方はもっともだが、たいてい調べるという過程においては、</p><p>あらたな分野の知識を広げたいわけではない。</p><p>例えば、試験勉強の過程で知らない英単語に出くわしたとき、その単語に意味さえわかれば十分である。</p><p>調べる過程が大切なのだという人の主張は、</p><p>「その単語の類義語、成り立ち、イディオムを知ることができる可能性があるだろう」</p><p>とでいうのだろう。</p><p>その考え方もわからないでもないが、私たちには英単語を覚える時間やイディオムを覚える時間のときに、</p><p>同じようにしてインターネットで検索してその意味さえ理解すればまた満足するのである。</p><p>&nbsp;</p><p>時間が有限でないならば、調べる過程は常に重要であるという主張は正しいと思う。</p><p>しかし、せいぜい英単語ひとつでいろんな知識に苛まれてはたまったものじゃないのだ。</p><p>&nbsp;</p><p>ただ唯一、私が彼らの主張に同意する場合がある。</p><p>それは、インターネットでいくら検索しても正解が出てこないようなものに関してだ。</p><p>なぜ私たちは生きるのか、愛とは何か、人生とは何か、今自分が何をするべきか。</p><p>このような答えのない問いに関しては、調べる過程が重要なのである。</p><p>&nbsp;</p><p>私は、自分が死ぬ瞬間に答えのない問いに関して、自分がどのような答えを持って死んでいくのかが気になっている。</p><p>今自分が持っている答えとはおそらく違う答えを持っていることだろう。</p><p>&nbsp;</p><p>答えのない問いに対する答えは、この”調べる過程”こそがその答えとなる。</p><p>なぜ生きるのか？　ーー生物学的には子孫を残すためだ。</p><p>愛とは何か？　　　ーー自分を満たしてくれる対象である。</p><p>人生とは何か？　　ーー生涯のうちに得たもの全てのことだ。</p><p>&nbsp;</p><p>こんな具合に、答えの一つになりそうなものをてきとうに挙げてはみたが、</p><p>この答えに100%賛同する人は誰1人としていないだろう。</p><p>なぜなら、これらはインターネットのどこを探しても見つからない答えだからだ。</p><p>&nbsp;</p><p>だから私は、答えのない問いに対しては、調べる過程を大切にしている。</p><p>しかし、ここで問題なのは、冒頭に述べた記事を見たほとんどの人は、</p><p>「答えのある問いをインターネットで一瞬で調べることが良いか悪いか」</p><p>という問いにすり替えて考えてしまうことである。</p><p>しかもそのすり替えは、一瞬の間に無意識に行われてしまうから怖い。</p><p>&nbsp;</p><p>そんな私は、やはり答えのある問いはすぐに見つかって欲しいと思うタイプである。</p><p>それよりも答えのないもに時間を費やしたい。</p><p>&nbsp;</p><p>ところで、思い返してみると、</p><p>答えのない問いを追求するときに、何かしらの期限を設けられたことはあっただろうか。</p><p>答えのあるものはしばしば制限時間を設定される。試験なんかがいい例だろう。</p><p>有限にして、なおかつその優劣を確実に定めることができる。</p><p>&nbsp;</p><p>おもしろいのは、答えのない問いの場合、無制限のくせに優劣を定めることができないというところだ。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/nickfox99/entry-12788217711.html</link>
<pubDate>Wed, 08 Feb 2023 03:13:18 +0900</pubDate>
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<title>「めんどくさい」のせいだ</title>
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<![CDATA[ <p>あなたは1日のうちに、何度「めんどくさい」と思うことがあるでしょうか。</p><p>家事、勉強、仕事、入浴、髪を乾かす、コーヒーメーカーを洗う、、、、。</p><p>あとにつれて個人的な意見になっていることは置いといて、他にもいろいろあるだろう。</p><p>&nbsp;</p><p>そんな「めんどくさい」が私たちの人生を決めている気がしてきた。</p><p>&nbsp;</p><p>例えば、法律家になりたいと思った人が、「今更もう無理だ」と思うのは</p><p>「今から法律の勉強に取り組むのはめんどくさい」の間違いだ。</p><p>アパレルを経営してみたいと思う人が、「自分なんかが有名になれるわけがない」</p><p>と何も行動を移さずにいるのも、「めんどくさい」からである。</p><p>&nbsp;</p><p>他にもある。</p><p>確定申告をして得られる数万円を「税務署に行くのがめんどくさい」という理由で諦めたりすることさえある。</p><p>また、出席さえすれば単位がもらえる授業を「朝起きるのがめんどくさい」という理由で落単したりする。</p><p>いい企業に行きたいが、「自己分析やインターンがめんどくさい」という理由で時期を逃したりする。</p><p>環境が良くないバイト先を、「新しくバイトを探すのがめんどくさい」という理由で結局何年も働き続けたりする人もいる。</p><p>体に悪いとわかっていながら、「料理を作るのがめんどくさい」という理由でカップラーメンを食べ続け、命の危機に瀕した人さえもいる。</p><p>&nbsp;</p><p>今の例からもわかるように、”人生”や”お金”さらには”命”ですらも「めんどくさい」という理由で手放してしまうことがある。</p><p>&nbsp;</p><p>あなたが今、本当にやりたいことができていないのならば、</p><p>その理由が「めんどくさい」という理由ではないかどうか自問してみてほしい。</p><p>「やってみたけどできなかった」ならばそれでよい。しかし、そう言える人は少ないだろう。</p><p>&nbsp;</p><p>そうは言っても、この「めんどくさい」というのはかなりの強敵であることの知っておかなければならない。</p><p>だから、なんとなく気持ちが軽い日に「めんどくさいけどやってみるか」という気持ちになるような瞬間があれば、</p><p>その瞬間を逃してはダメだ。</p><p>それがこの記事を読んだあとなのか、やりたい職業のプロフェッショナル仕事の流儀を見たあとなのかはわからないが、</p><p>手強い「めんどくさい」に勝てる、珍しい瞬間なのだから。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/nickfox99/entry-12787881910.html</link>
<pubDate>Sun, 05 Feb 2023 23:48:48 +0900</pubDate>
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