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<title>nicoticla1980のブログ</title>
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<title>親子で会話すること</title>
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<![CDATA[ 相変わらずハイキュー!!にどハマリしていることもあって、よくツイッターでの会話のやりとりをレシーブ・・・フォロワーさんのツイート内容を拾う＝反応するトス・・・フォロワーさんに対してネタを振る速攻キマる・・・振られたネタに対して素早く返した内容が相手の気持ちにハマるといった例えをするのだけど、これはネット上だけでなく実際の対人関係でも同じことが言えるし、人とコミュニケーションする上でとても大切なことだと思っている。もちろん親子間の会話も、これで成り立っているわけで。子供の話に耳を傾けて反応し、タイミングを見計らって話の流れに沿った質問をして、返ってきた答えに対して自分なりの意見を言う…それを繰り返すことで、単に話すだけではなくて子供に思考する余裕を与えているつもりでいる。そんな何気ない親子の関わりが、将来子供にとって何かの力になればいいかなぁと思っているけれど、果たしてどうだろう。ただ、これも私の調子が良いことが前提であるわけで、決してそういう時ばかりではないのが現実だ。特に今、娘（４歳）のおしゃべりが容赦ない。家では常に話しかけてくるので、会話に耳を傾けて相槌をうつことがしんどい時がある。彼女は見たもの、聞いたこと、そして思っていることを全て言葉にして吐き出したい時期なのだ。そこに意味や理屈がなかったとしても、とにかく話したいし聞いてもらいたいのだ。疲れている私は、時々彼女の言葉をオウム返しするので精一杯だったりする。それでも、自分の都合だけで簡単に「うるさい」とか「静かにして」とは言わないようにはしているつもりだ。そういう時の私の表情は多少強ばって白目を剥いているかもしれないけど、拒絶されるよりはマシだろう。どうしても話が聞けない時は、ある程度のところで話を切り上げて「ごめん！今しんどいからちょっとムリ！少しだけ休憩な！」と白旗を上げるか、何か用事を見つけて物理的な距離を置く。親として努力はするが、気持ちがイラつくまでの無理はしない。息子の時にも同じような時期があった。「この子、こんなにしゃべり続けて大丈夫かしら？」って本気で心配したけど、一定期間を過ぎたら息子のおしゃべりも落ち着いた。娘もそうであると信じたいが、こればっかりは子供の個性によるのでわからない。息子は学校へ行く前と寝る前に必ず　「これからも僕の話を聞いてね」　と言う。まるで習慣化されたかのように、毎日必ずそう言うのだ。そして、寂しがりやで繊細な息子らしいな、と思いながら私は「どんな話でもちゃんと聞くから大丈夫だよ」と必ず答える。まるで合言葉のように。話を聞いてもらうことで自分が受け入れられているという確信に繋がっているのなら、今はなるべくそれに応えてやりたいと思う。そして、いずれ彼らの会話の対象が親以外の誰かになる日が来た時に、後悔のないようにしたい。その頃には、きっと子供らもツイッターに似たようなツールを使って、全世界に対していろんなことを発信できるようになっているのだろう。想像できるようでできない、少し先の未来。親として、楽しみと不安が入り混じった未来。あっそうか、いつか子供らも今の私みたいに好きなものに対する愛情や妄想を、躊躇いなく赤裸々に叫んでいるかもしれないわけね。うわぁウケるｗｗｗｗｗｗ　発言内容気を付けようｗｗｗｗｗハハハ日記...
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<pubDate>Fri, 29 May 2015 10:02:21 +0900</pubDate>
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