<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>山田　一郎のブログ</title>
<link>https://ameblo.jp/niihao2u/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/niihao2u/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>ブログの説明を入力します。</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>記憶に残る女の子・・・六人目（其の2）</title>
<description>
<![CDATA[ <div class="text-basic">        まさに、青天の霹靂であった。<br>松山から電話をしなければいけないと思っていたが、逆に彼女から電話が来るとは・・・<br>その電話で今治駅の到着時刻を教える。<br><br>翌日、彼女は駅に笑顔で出迎えてくた。<br>彼女と一緒に、今治の街を歩いた。<br>今治城址とか今治港とかを・・・<br>この時、今治がタオルの生産量全国一というのを聞いた。<br>今治港で記念写真を撮った。<br>彼女と鳥取大の彼と三人のを通りがかりの人に撮ってもらった。この時、私が彼女に「お手を、どうぞ！」と言ったら、しっかりと腕を絡めてきた。あまりにもギュッとだったので、私の身体が傾いてしまった。参考写真をご覧あれ！<br><br>それから、高松から家に帰った。<br>その後、鳥取大の彼が送ってくれたのが、上記の写真である。<br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20260617/21/niihao2u/e9/0c/j/o0445065215793937948.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20260617/21/niihao2u/e9/0c/j/t02200322_0445065215793937948.jpg" border="0" alt="今治"></a><br><br>私も彼女を撮った写真を送った。<br><div><br></div><br><br><br>その後、年賀状がきたかな？今でも覚えている文章は、「今年は雨のお正月です・・・」とかいう文句かな＾＾；。<br><br>更にのその後は、全く何もなし！ </div>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/niihao2u/entry-12059437321.html</link>
<pubDate>Sat, 08 Aug 2015 10:24:13 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>記憶に残る女の子・・・六人目（其の１）</title>
<description>
<![CDATA[ <div class="text-basic">      もしかすると、今回の玲子さんが、。私の今迄の人生で最大の記憶に残る女の子かもしれない＾＾；。<br><br>思い出すと、大学の卒業式が終わって入社式まで二週間ほどの時間があったので、家でゴロゴロしていた。が、このままでもったいない！と思い一人旅に出ようと思った。<br>この時期であるから、北に行くのは寒い。しかしながら、沖縄・九州はお金が掛かる。そんなこんなで、四国に行先を定めた。資金？そんなものが有るわけがない＾＾；；。オフクロから、もう学資は必要なくなるからとか何とか言いくるめて、少し頂いた＾＾；。お金が無いから、イザという時の為に寝袋とテントも持って行く事とした＾＾。<br><br>お金の無い旅行ゆえ、買った切符は四国均一周遊券のみ！従って、新幹線は特急料金が必要だから、名古屋から大阪までは名神高速バス＾＾。<br>大阪で友人と待ち合わせて、色々のよもやま話をして後、夜行の「鷲羽２号」で宇野まで行く。ハイ、当時四国に行くには宇高連絡船で行くしかなったのです。<br>高松駅には朝ついたのだが、そこでうどんを食べたかどうか記憶にない＾＾；。行方定めぬ旅枕、駅でどっちに行こうと考えて、まずは鳴門へと向かう。当然の事ながら、海峡の干満の時間など調べてないから、渦潮などは見られず。ところが、ここで、同じ一人旅の鳥取大の学生さんと知り合った。<br>暫らくは、彼と行動を共にする事となる。徳島では眉山の焼き餅を食べたりして、さて、宿はどうるかである。どういう方法でかは忘れたが、「日和佐」に国民宿舎があるとの情報を得て、近くの駅を降りて宿に電話をした。大広間なら宿泊可と返事をもらう。早速国民宿舎に行くと、大広間は私達だけではない、そこそこの人数がいた＾＾。<br>夕食までは時間があったので、国民宿舎のすぐ横の防波堤を越えて浜に出た。生まれて初めて、太平洋に対峙した＾＾！<br>そうしたら、そこに女の子が一人でいた。どちらから話しかけたかは覚えていないが、彼女は東京の大学に行った彼氏に別れを告げられ、ここに感傷旅行に来ていて、出身は川之江市で今治に下宿してそこの短大に通っているということを聞きだした。<br>そこで夕食の時間となりお話は終わりになった。<br><br>翌日、私達は国民宿舎の前から室戸岬から高知の方へ行くバスに乗った。そうしたら、昨夕の彼女が見送りにきてくれた。彼女はもう一泊するみたいだった。バスの窓を開けて、別れの挨拶とかを言っていたら、彼女が『今治に来たら電話して！』と言った。突然の事だったが、私は持っていた学生手帳（まだ学割を使っていたので、身分証明書になるこれが必要だった＾＾）の余白とペンを出した。彼女はバスのボディを利用して書いてくれた。私がそれをみると、「川之江市・・・」と書いてあったので、「これは実家の住所でしょ？今治のでないと＾＾；」と言うと、ちゃんと書き直してくれた＾＾。<br><br>その後、私達は室戸岬を経て、高知城、龍河洞での野宿、足摺岬での野宿を重ねて、松山に着いた。松山城を見学して、「松山商科大学」の学生寮へ行った。宿泊担当に布団無しの宿泊料２００円を支払った。ちなみに、北大の壁が落ち床が抜けている恵迪寮は１００円であった＾＾。<br>どちらも風呂に入れるのが最大の魅力である。久し振りの風呂に入ってゆっくりしていると、先程の担当が私に電話だと言う。<br>おかしいなぁ、私がここに居る事はオフクロさえ知らぬはず。行方定めぬ旅枕だから。いったい誰だろう？？と思い電話に出た。<br><br>そうしたら、日和佐の彼女であった！！<br><br>その声を聞いて思い出した。バスの中から、今治に行く前に「松山商科大学の寮に泊まる」と言った事を・・・</div>              <br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/niihao2u/entry-12057924999.html</link>
<pubDate>Tue, 04 Aug 2015 06:25:18 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>記憶に残る女の子・・・五人目</title>
<description>
<![CDATA[ <div class="text-basic">      その名を美恵子さんと言う。恐らく。下記の事項は、彼女は覚えていないだろうが、私にはシッカリとした記憶として残っている。<br><br>そう、あれは三年の４月か５月頃であったと思う。繁華街で、女子学生によるビラを受け取った。一瞥して、どうも私の信条とは相いれない内容のものであった。多少は可愛いのに、アッチ系ではねぇ、というのが、その時の私の印象。<br>その後６月に、クラブ同士で付き合いのある短大との（今でいうサークルである）の新歓合同コンパが開催され<br>た。<br>ビックリである！件（くだん）の彼女がそこに居たのである。勿論、私は何も言わなかった。<br><br>そのまま時間が流れて行き、冬休みにクラブのスキー合宿が行われて、私も彼女も参加した。そして、私にとっての事件は起きたのだ。帰りの電車の中で、彼女と私は同じボックス席に座っていた。私などは、彼女にこれは洋もく（早い話が、自由化前の外国製タバコで）だとか言って、吸わせていた。今考えると、本当に悪いヤツである＾＾；。<br>彼女は自宅の関係で終着駅まで行かず、途中で降りる事が分かった。へ～～、そうなんだという顔をしていたら、少し離れていた先輩が、私を見て。無言で顔を動かしたのである。ハイ、「オマエ、見送れ！」と言うが如く。先輩の意思は絶対であるから、私は荷物棚より彼女のザックを降ろし背負わせ、出入口まで行った。そして、サヨナラ、と手を振った。<br>このあいだ中、私は、何故オレが見送らないといけないだ、と思っていた。私に見送りを命じた先輩の意図は、未だにわかっていない＾＾；。<br><br>ところが、彼女との因縁はこれだけではない。卒業式の後の謝恩会の時に、友人２人が、短大の誰々ちゃんが、どこどこにいるから、一緒に行こうと誘われた。私も軽いから、ヨシ！と話に乗った。そして、くだんの居酒屋についたら、あの彼女も含め３人いたのである。どう考えても、私の友人２人と向こう２人は、クラブ活動を真面目にやっていた人間で、彼女と私は付け合せ＾＾；？<br>そして、居酒屋を出て繁華街に行く時に、私は「お嬢様、お手を！」とか言って腕を出したのである。そうしたら、彼女はちゃんと腕を組んできたのである！シャナリしゃなり歩いていたら、反対側から歩いてきた謝恩会を終えた同級生集団に会った＾＾；。彼等が何を言おうと、聞き流して歩いて行った。<br><br>まだ、彼女とは縁（？）があった。<br>卒業して後、夏のお盆休みを利用しての旅行帰りに、シャナリしゃなり歩いた通りを歩いていたら、クラブの仲間（同学年）に出会った。どういう話の展開からかは覚えていないが、その時、私は彼女の電話番号と住所を彼に教えたのである。<br>その後、彼と彼女は結婚した＾＾。<br>多分、おそらく、きっと、私のアクションが無かったら、この結婚は無かったとずっと思っている。</div>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/niihao2u/entry-12057924368.html</link>
<pubDate>Tue, 04 Aug 2015 06:21:18 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>記憶に残る女の子・・・四人目</title>
<description>
<![CDATA[ 今回の女の子の名前は、もう憶えていない＾＾；；。しかしながら、私には強烈な印象だったので、これを記します。<br><br>大学も三年になって、専門の学科の人数は４０人と少ないのだから、親睦をめようということになった。<br>そこで少人数を基本としよういうことになり、通学方面を基にグループ分けを行った。どういうわけか、前記の一つのグループ長にさせられてしまった＾＾；。<br>入学以来、硬派を旗印に、クラスで行う一切の合コン・合ハイとかに参加しなかったが、長となると、そんなことは言ってられない＾＾；；；。<br>最初のは某短大との、お決まりＢＢＱであった。私のグループは河原の炉作りが担当であった。手分けして４つの炉は簡単に作った＾＾。ところが、ところが、ＢＢＱの場所は中洲である。靴のままで来る事は不可能だった。私達は素足にスリッパだったから、何も問題は起こらなかったが、やって来た女性陣は無理なことが判明した。<br>この時、クラス委員が、炉作りグループが女性陣を中洲まで運べとの命を下した。私達、「えっ～～～！」である。<br>文句ばかり言っていては、我クラスの恥になるから、速やかな実行をメンバーに指示。勿論、私も行った。<br>江戸時代の渡し人足宜しく、背負って、である＾＾。<br>私は、ある女の子を背負った時、初めてスットキングの感触を得た＾＾！！！。<br>勿論、ウチのおふくろも穿いていたが、ただ見てただけである。実際に脚が入っているを触ったことなどない！<br><br>兎に角、少しザラつく暖かい感触、大人の感触であった＾＾。
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/niihao2u/entry-12056892743.html</link>
<pubDate>Sat, 01 Aug 2015 11:01:52 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>記憶に残る女の子・・・三人目</title>
<description>
<![CDATA[ え～～、中学二年は淡々と過ぎて行きましたね。ただ、お勉強は、この頃より少し頑張り始めました。<br><br><br>三年になって、ある事に気が付きまた。<br>二年の時同級だった女の子（その名を久仁子さん）が、私とすれ違う時、赤面するのです。<br>最初は、私の思い過ごしだろうと思っていました。しかしながら、一対一ですれ違う時にもそうでしたので、確信しましたね。<br>しかしながら、高校受験を控えていましたから、そんな事を考えている時ではない、と自分に言い聞かせました。<br>今の子供達と違って、私などは公立一本勝負！落ちたら、一巻の終わりでしから。<br>ちなみに、大学の時に中学浪人をした友がいました＾＾；。<br><br>その後、私と彼女は同じ高校に進みました。もう高校ではすれ違っても、彼女は赤面することはなかったです。きっと、私などには興味が失せたのでしょう＾＾；。<br><br>そしてそして、私は大学へと進みました。冬休みのバイトとで、郵便局に勤めました。普通の配達専門の高校生と違って、私は夜勤＆書留・速達の仕事をしました。（高校生は夜勤が出来なかった。）夜勤の仕事は、夕方に中心部のポストを回っての郵便回収、そして早朝の郵便列車からのリヤカーでの郵袋の受け取りでした。<br>丁度、彼女の家の近くのポストで郵便物を回収していた時、見つけてしまいました＾＾；。彼女が引っ越した女友達に出した年賀状を。ハイ、バイトを開始する時に守秘義務があると言われ<br>ていますので、誰かは言いません＾＾。
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/niihao2u/entry-12056227525.html</link>
<pubDate>Thu, 30 Jul 2015 15:51:28 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>記憶に残る女の子・・・二人目</title>
<description>
<![CDATA[ う～～～んと、あれは中学１年の時だった。<br>可愛いなぁ、と思う女の子がクラスにいた。その名を「道子」さん。<br>ソフトボールクラブに入っているとかで、顔が真っ黒で笑うと白い歯が印象的な女の子であった。<br>好きな気持ちがあれど、それはそれ、とても行動には移せない純情派＾＾；。<br><br>ところがトコロガ、願いが神に届いたのか、席替えで隣になった！！<br>毎日が雲の上である＾＾。<br>ところが、前の席に幼馴染がきた。コイツ（あえて、こう呼ぼう！）後ろを向いてきて、話しかけるのである＾＾；。<br>私は、むげにするわけもいかず。適当に対応していると、ついに先生の目に付くこととなり、席替えになってしまった＾＾；；；。<br>まさに、天国から地獄である。<br><br>覆水盆に返らずであるから、２年になったら、親友を介してと思っていたら、２年に進級してから彼女をどう探しても見つからない！<br>で、人づてに、彼女が２年になる時にお父さんの転勤で、転校したとの話を・・・<br><br>まさに、オーマイゴッド！である。<br><br>こうして、私の青春の１ページは簡単にめくられてしまった。
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/niihao2u/entry-12055783581.html</link>
<pubDate>Wed, 29 Jul 2015 10:47:08 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>記憶に残る女の子</title>
<description>
<![CDATA[ あれは、確か小学校２年の時だった思う。<br>名前は「隆子」さん(^o^;)。<br>どんな経緯があったのか、全く記憶していないが、私は一人で彼女宅を訪れたのである。<br>（子供の足だと、３０分前後掛かると思う。）<br>今から考えると、凄い度胸というか行動力であったと思う。<br>庭には、彼女が作文で書いていた、「ドラセナ」があった。<br>で、そこで何を話したのか、どういう行動を取ったのかは全く覚えていない＾＾；。<br>而して、その後も覚えていない。<br>知っているのは、彼女が大手書店に勤めるようになった、という風の便りまでである。
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/niihao2u/entry-12055783234.html</link>
<pubDate>Wed, 29 Jul 2015 10:45:23 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
