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<title>nippon99のブログ</title>
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<title>淡路島に注目</title>
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<![CDATA[ <p>ここでは私が書こうと思ったものをある日突然書き、皆様にお届けすることに</p><p>なります。ご指導を賜りますようお願い申し上げます。</p><p>&nbsp;</p><p><b style="font-weight:bold;">淡路島には電車が無い</b></p><p>私たちがどこかへ旅行したいとき、その土地の交通事情を調べることがある。私は電車がある街で生まれ育っており、電車が街にある環境に何の疑問もなく育ったが、淡路島は私の地元よりも桁違いに知名度があるにも関わらず、電車がない。島なのだから当たり前かもしれないが、私は驚いたのである。</p><p>&nbsp;</p><p><b style="font-weight:bold;">淡路島の場所は</b></p><p>知名度は抜群にある淡路島だが、実際に訪れたことがある人は近畿や四国のひとが多く、他地域の方からすればそもそも何県だっけと思う方も存在する。</p><p>淡路島は兵庫県に属している。車のナンバープレートは神戸。神戸って兵庫県なのかと思った方はこれまで地理に関心が無かった方であろうか。淡路島は兵庫県で四国と大阪の間に浮かぶ島である。島と言っても徳島の鳴門市と南あわじ市を繋ぐ大鳴門橋と神戸市垂水区と淡路市を繋ぐ明石海峡大橋で車にて行き来可能である。</p><p>&nbsp;</p><p>電車が無い淡路島であるが、車があればアクセスが良く、都会から離れてゆっくりしたい場合にぜひ訪れたい場所である。近年は兵庫県立淡路島公園が人気であり、その他にも魅力的な遊園地や旅館、おしゃれは店舗や綺麗な海岸が整備されている。大自然で広々とした空間を求めるというよりも、身近な遊び場としてまだまだ発展していきそうである。特に若い家族にとっては土日の行先に選ばれていく場所だと感じた。今後の淡路島に注目したい。<a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20260727/11/nippon99/89/e5/j/o2160384015806517893.jpg"><img alt="" height="747" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20260727/11/nippon99/89/e5/j/o2160384015806517893.jpg" width="420"></a></p>
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<pubDate>Mon, 27 Jul 2026 13:26:24 +0900</pubDate>
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<title>イチローさん</title>
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<![CDATA[ <p>シーズン262安打は永遠に破られない可能性がある凄い記録。シーズン160試合出場打席数700以上で打率3割7分の水準が必要となる。700打席を達成したのは歴代4人しかいない。2000年以降にシーズン打率3割7分以上を達成しているのはイチローさん本人を含めて4人しかいない。現代野球は三振が多すぎるのと、四球を選ぶことも評価させるが勝負を選ぶ必要がある。敬遠させないために強いチームでプレーし、ケガをせず出場し続ける必要がある。</p><p>凄いとしか言いようがありませんね。私の中でイチローさんへのリスペクトは永遠に決まっていますが、いつかイチローさんに匹敵する人格者に記録を塗り替えて頂きたいと思います。<a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20260724/21/nippon99/cd/3c/j/o2160384015805708872.jpg"><img alt="" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20260724/21/nippon99/cd/3c/j/o2160384015805708872.jpg" height="3840" width="2160"></a></p><p><br></p>
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<pubDate>Fri, 24 Jul 2026 21:30:34 +0900</pubDate>
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<title>思い立ったが吉日シリーズ第1弾：縄文</title>
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<![CDATA[ <p>ここでは私が書きたいと思ったものをある日突然書き、皆様にお届けすることに</p><p>なります。ご指導を賜りますようお願い申し上げます。</p><p>&nbsp;</p><p><b style="font-weight:bold;">思い立ったが吉日シリーズ第1弾：縄文</b></p><p><span style="font-size:0.83em;">　テーマ：現代人が学ぶべき時代：縄文時代</span></p><p>&nbsp;</p><p><b style="font-weight:bold;">縄文時代とは何か</b></p><p>定義を明らかにしておきます。</p><p>時代的には、土器の出現から稲作のはじまりまでの期間を縄文時代といいます。</p><p>この時代の人々は、狩猟採集や漁労を生業とし、定住生活を送っていました。</p><p>旧石器時代の延長で生活習慣が土器や建築技術を用いたこと、本格的な定住に</p><p>おける狩猟採集文化がこの時代を表すものと言えます。</p><p>&nbsp;</p><p><b style="font-weight:bold;">時期の分類</b></p><p>縄文時代は統一王朝や政権は存在していません。そのため地域差があり、本来</p><p>一括りで一時代と扱うものではないでしょう。そのため、考古学では６つの時期</p><p>に分類していることが多いです。世界四大文明を習うのは日本だけであること</p><p>から分かるとおり、世界のこの時代は分からないことが多く、戦前までは縄文と</p><p>弥生は土器としての区分でしかありませんでした。日本の歴史は神話で残る程度</p><p>しかないと言われていたものが、明治期に土器が発見され神話以前の時代の研究</p><p>がされています。教科書で習うこの時代は日々様々な考察がされ、時代区分は変化</p><p>していくものだと言えます。今後の研究で日本の先祖の文化が明らかになっていく</p><p>ことを期待しましょう。</p><p>&nbsp;</p><p>現段階の縄文時代を考古学的に6つの区分に分けると以下の西暦相当になります。</p><p>草創期（紀元前1万4500年〜紀元前9,500年）</p><p>早期（紀元前9,500年〜紀元前5,000年）</p><p>前期（紀元前5,000年〜紀元前3,500年）</p><p>中期（紀元前3,500年〜紀元前2,500年）</p><p>後期（紀元前2,500年〜紀元前1,300年）</p><p>晩期（紀元前1,300年〜紀元前400年）</p><p>&nbsp;</p><p><b style="font-weight:bold;">6区分の特徴</b></p><p>草創期の特徴は土器の出現と本格的な定住が行われたことです。</p><p>加熱に耐えられる容器の発明により煮炊きが可能になり生活が豊かになったのです。</p><p>一方で土器は重いですから移動には不向きな道具であります。定住した要因になり</p><p>そうです。</p><p>早期の特徴は、温暖化により海面上昇があり、魚介類中心の食糧事情になった点です。有名な貝塚はこの頃のものが多いです。</p><p>前期の特徴は、もっとも温暖化した時期で縄文海進と言われる地理条件であったこと</p><p>です。人口増加や集落規模の拡大が起こり、水場が開拓されました。どんぐりの灰汁抜きや漆の利用が始まったのがこの時期です。だれもが想像する縄文文化の開花期</p><p>と言えるでしょう。</p><p>中期の特徴は縄文の中では人口の最盛期（全国26万人規模）で各地で100名を超える巨大集落があったことでしょう。人口が増えると食糧供給が安定します。出土するものの中には、派手で大振りな意匠が施された火炎型土器や、縄文のビーナスに代表される土偶はこの時期に作られました。身に着けているものや信仰など私たちが想像する縄文文化はこの時期のイメージが大きいです。</p><p>後期の特徴は、次第に寒冷化が進む中で、食料資源が限られてきた時期であることです。北海道や東北地方では特殊な墳墓が見つかっており、身分の違いを想像させるものとなっています。厳しい環境がルールや権限を持たせたと言えるでしょう。</p><p>晩期の特徴は稲作が西日本から伝わり、縄文時代と弥生時代の境界がグラデーションになっていることが挙げられます。すでに稲作が始まっていたり青銅器が存在したりしており、日本の縄文時代はすでに縄文時代では無いと言えるかもしれません。</p><p>&nbsp;</p><p><b style="font-weight:bold;">旧石器時代から縄文時代の曖昧さ</b></p><p>縄文時代は土器の出現から始まった。最新の研究では1万６千年５百年前の土器が発見されている。さらに時代としてを土器の使用にこだわらず、定住など人間らしい生活ということに着目すると縄文時代の起こりはもっと古いということになります。このことは縄文時代の認識よりも日本の旧石器時代が進んだ文化を持っていたという認識が正しいかもしれません。</p><p>&nbsp;</p><p><b style="font-weight:bold;">縄文に思いを馳せる</b></p><p>縄文の魅力は気候が変わっていく中で地域ごとに文化的特徴を持ちながら発達していく集落にあります。潟や浦という地名や貝塚を認知するたび、縄文時代のくらしに思いを馳せ、山の恵みや海の恵みを有難く感じます。人々が息づくその地形に、幸せな生活を想像するのです。土器は加熱に耐え、煮炊きに用いられます。様々なものをスープにできる幸福は現代人でも理解が容易なものであり、人類の生存を考える上で歴史への影響は計り知れません。縄文という時代は、果てしなく永い旧石器時代や人々の手で地形を大きく変えていった弥生時代を語る基準となり、ホモサピエンスの在り方を考えさせてくれます。事件といえるものは気候変動であり、偉人がいたのかもよく分からないが、確かにあった縄文時代を大切にして歴史を考えていきたいです。</p><p>&nbsp;</p><p><b style="font-weight:bold;">あとがき</b></p><p>今回は第１弾ということもあり、とにかく流れのみを意識した。歴史を学ぶ上では個々の事象を知ることよりも流れを感じることが重要だと思うからである。</p><p>日本人である我々が歴史を考える時日本列島を想像して様々な想像をする。しかしながら世界はつながっており、世界に列島の影響が世界の影響が地域にあると考えるべきである。つまりネイティブアメリカンと縄文人が関係していても不思議はないと言える。反対にDNAを見ると日本人は近隣諸国と全く異なっていることが指摘される。中国や朝鮮の民族と姿は似ていても血統としては別なのである。ちなみにアイヌと琉球は日本グループらしい。日本人であることに誇りを持てる結果で大変喜ばしい。</p><p>文章を書いていると感情が盛り上がってきていけない。麓に構成を考えずに書いてきたのであまり疲れていないのだが、そろそろ終わろうと思う。感想や批評を頂けると励みになるのでありがたい。興味を持ったことがあれば一緒に成長したいのでぜひ共有して欲しい。乱筆乱文お許しください。オーラム</p>
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<link>https://ameblo.jp/nippon99/entry-12973647667.html</link>
<pubDate>Fri, 24 Jul 2026 19:59:59 +0900</pubDate>
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<title>数打ちゃ当たるは本当か</title>
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<![CDATA[ <p><b style="font-weight:bold;">数打ちゃ当たる</b></p><p>「数打ちゃ当たる」ということわざがあります。下手な鉄砲も数打ちゃ当たるとも言い、射撃が下手でも、回数を多く打てば命中することがあることから、肯定的に使う場合と誰でもできると皮肉を込める場合いの2つがあります。この言葉をどのように捉え、糧にすれば良いのか様々な飛躍をするかもしれませんが考えてみます。</p><p>&nbsp;</p><p>まず気を付けるべきは、目上のひとに使えない言葉であり、会議など公の場で使うと場の雰囲気を崩してしまう可能性がある点です。事業において試行を重ねる場合に使用すると皮肉をこめているを感じることがほとんどでしょう。特に他人の経験や大事業にかかる際の表現として失礼であるため使用を控え、思っても自分の心の内に秘めましょう。一方で自分の経験を語ったり、軽い話題で使用するにはニュアンスが伝わりやすく適しています。雰囲気を和らげることもできます。この場合は肯定的にも受け取られやすく、皮肉に取られても問題ないので、使い勝手の良い表現と言えるでしょう。</p><p>&nbsp;</p><p>類義語には「下手の鉄砲も数打てば当たる」「下手な鍛冶屋も一度は名剣」「下手の黒星」「下手の真星」「下手の金的」などがあります。対義語には「下手の的は外れる」があります。</p><p>&nbsp;</p><p><b style="font-weight:bold;">「下手」ことわざの例</b></p><p>類義語と対義語を見ると「下手」に着想を得て考えてみると面白そうです。</p><p>下手を使われていることわざの一例です。</p><p>「下手の横好き」下手なくせにその物事が好きで熱心であること。私のカラオケはまさにこれです。</p><p>「下手の長談義」話が下手な上に長々と話をすること。また、口下手に限って長話をする傾向にあること。よくわかります。要領を得ない話にはうんざりしますね。私の考えでは言葉数が足りない人とこの場合の口下手は異なります。言葉数が足りない人はたとえ話が下手でも多くの情報を与えることで理解して貰えることが増えるのです。長談義にだけはならないようにしたいものです。</p><p>「上手は下手の手本、下手は上手の手本」上手なひとのやり方が手本になるのは勿論のこと、下手な人のすることは反省や参考になることが多いということです。いんかん遠からずということでしょうか。皆で上手くなっていきましょう。</p><p>「下手があるので上手が知れる」下手なひとがいるからこそ、上手な人の存在が目立つということです。無意味な存在などいない、周囲に感謝ですね。それにしても職人さんは凄いですよね。下手な人は食えず上手でもプロと比べられプロは誰にも褒められない。自己弁護に使えるある意味使いたくない言葉です。</p><p>「下手の馬鹿好き」上達の見込みもないほど下手なのに、その物事が好きで非常に熱心であることです。そっと離れて応援してあげたくなりますね。無益でもいいんです。</p><p>「下手の大連れ」役に立たないものが大勢でぞろぞろ歩くこと。また、人数が多すぎるためかえって物事がうまく運ばないことです。班活動は4人がベストだとよく言いますよね。あまり多いとさぼる人や意見を言い出しにくい人が出てくるようです。能力が低めのひとが集まってしまったらなおさらですね。人の役に立つために大連れはやめておきましょう。</p><p>&nbsp;</p><p><b style="font-weight:bold;">数打ちゃ当たる：現代社会ではどう感じられるか</b></p><p>現在社会において「数打ちゃ当たる」は金言です。この世はSNS時代、検索環境が発達した現代では過去の資料が人の目に留まる可能性がおおいにあります。また終身雇用が限界となり、転職によるキャリアアップが当たり前の世の中です。初めから良い会社に、結婚は一度きりという常識が当てはまらない時代です。同時に失敗が許されないと感じる時代でもあります。多くの成功者は早くに動き出し、すべき論が本や動画にあふれていて、失敗者の烙印を押させたら最期、人間的に否定されるような印象があるからです。ですが、人生においてパーフェクトコントロールは必要ありませんし不可能です。失敗を否定する人はそもそも行動できていないため否定しがちなのです。</p><p>行動しない人が否定しがちというキーワードからあるシンガーソングライターを思い浮かべました。私が生まれる前に発表されている曲ではありますが中島みゆきさんの「ファイト!」です。戦う君の歌を戦わない奴らが笑うだろう。人はぶつかる壁に立ち向かい、多くの困難をくぐり乗り越えて進んでいきます。登るに鱗が剥がれることもあるでしょう。流れる水は冷たく、理解されないこと怖いです。失敗が怖いです。現代では、多くの情報が手に入り失敗しないために使えます。一方で多すぎる情報により頭でっかちになれば、自分らしいオリジナリティがある正しい判断はできません。ただ数打てば良いのです。人に頑張れと言われても出来ませんが、誰かが見ていてくれる中で足掻くことが出来ます。数打ち足掻いてみようではありませんか？</p><p>&nbsp;</p><p>この現代社会、やはり失敗したくないという気持ちは拭えません。家族を持つこともありましょうから。ここで私はイチロ―さんの言葉が頭から離れないことに気が付きます。野球選手のイチローさんは「最短距離で成功するのは無理。できたとしても深みが出ない。遠回りがすごく大事」だとインタビュ－の中でおっしゃっています。私が思うに自分の道を歩くのか、最短ルートを歩かされるは自分で決めるのです。数打つこと、さらに試行錯誤することこそが道です。よく満足したらそれで終わりという人がいますがそうではありません。たとえ満足してしまっても、生きることは続きますから。むしろどんなに小さなことにも満足感を感じ、達成感があるからこそ次が生まれるのです。立ち止まらないで、小さな満足をして次に行く、それが実に人間らしく失敗こそが人間の本質であるとさえ私は思います。</p><p>&nbsp;</p><p>私はこの ことわざ に生き方を感じました。皆さんはこの ことわざ から何を感じますか？乱文乱筆失礼いたしました。ご感想をお待ちしております。</p><p>オーラム</p>
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<link>https://ameblo.jp/nippon99/entry-12973667389.html</link>
<pubDate>Fri, 24 Jul 2026 18:34:01 +0900</pubDate>
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<title>愚痴をやめよ</title>
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<![CDATA[ <p>文章を書くにあたり、意識したい言葉がある。「愚痴をやめよ」出光佐三が残した名言である。</p><p>&nbsp;</p><p>出光佐三は希代のリーダーだ。戦中戦後を生き抜いた御仁は言葉に重みをもつ。</p><p>出光の店主である佐三が戦後倒産の危機にあったとき、出光佐三が社員全員に向かって発した第一声がこの言葉だった。「愚痴をやめよ、世界無比の三千年の歴史を見直せ。そして今から建設にかかれ。」</p><p>愚痴は周囲を疲弊させ、空気を悪くする。沈滞した空気を切り裂き、活力を与えるのはリーダーの突き進む言葉だ。そこに活力があり、現場に建設の音が鳴り響くとき、職場は人生は負けることを知らない。</p><p>&nbsp;</p><p>私は日本を良い国にしたい。数字で表せないこの国の確かな実力を信じぬく。それに伴い意見を述べる際に愚痴であってはならない。必ず希望を織り交ぜてて先に進めるための言葉を残すのである。オーラム</p>
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<link>https://ameblo.jp/nippon99/entry-12973656826.html</link>
<pubDate>Fri, 24 Jul 2026 16:24:53 +0900</pubDate>
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<title>おかしい、音が出せない生活</title>
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<![CDATA[ <p>日本人は核家族としての生活から独立し、ひとり暮らしの生活が当たり前となっている。もちろん家族からはなれて生活することは昔からあった。しかしながら、昔は若いもの同士が共同で生活していた。同性で共同で下宿し、いつか独り立ちするために修行に励んでいたのである。その後、結婚をすると団地に入り子供が生まれると近所付き合いがうまれていった。昼間も夜も子供の泣き声があふれ、些細なケンカに親が介入することはなかった。そう、昔は身の回りが常に物音や生活音であふれていたのである。一方で現在はひとりぐらしの物音は洗濯と料理くらいになり、近所同士に静かさが求められるようになった。私は非常に息苦しさを感じる。</p><p>&nbsp;</p><p>私が社宅に住んでいた数年前の晩秋、翌日に他県の友人が泊まりに来ることになっていた。晩御飯を食べたあと片付けをしていたら隣人が帰宅してきたのが物音でわかった。隣人は料理を始めることもなくシャーワーだけ浴びて床に着いたのだろう。私が片付けを終えベランダの戸を閉めに立ち上がった時にスマホを床に落とした。少し音を出してしまったなと思った。その時隣人が壁をドンドン叩き抗議してきたでである。私は呆気にとられた。そちらが静かに過ごしたいのは分かるがこちらもわざと出した音ではない。あまりにも許容範囲が狭すぎて恐ろしく感じた。嫌なことは続くものである。私はそそくさとベランダの戸を閉めようとすると突風が入ってきたので、風鳴り音を響かせてははいけないと思い急いで戸を閉めた。すると戸がうまく閉まらずに冊子に跳ね返った音が響いた。隣人は壁越しに今度は声で「うるせーな」と怒ってきたのである。私は普段なら我慢して今度から気を付けようと心を落ち着けるのだが、明日は友人が泊まりに来る。その際にトラブルにならないよう、明日は多少の物音をさせてしまうかもしれないと事情説明をしようと思い。壁を隔てただけの隣人宅の呼び鈴を鳴らした。隣人に対して先ほどの2度の物音を不本意ながら謝り、明日は友人が来るので少し物音をさせてしまうかもしれないと伝えると、うるさくなるのはあり得ないと言ってきた。私はなるべく静かに過ごすし、隣人が眠る時間には物音を立てないように気を付けると言ったが全く受け入れてくれない。私はかなりイラっとしたのだが、友人が泊まるためにも何とか怒らないようにして説得を試みたが相手は全く受け入れる気が無かった。結局その日以降ケンカ状態になり、異動する4月までイライラが募る時期を過ごした。結局、友人に泊まってもらうことは出来ず、夜中の気温がひと桁の中、2人で車中泊となった。友人は良い思い出だと言ってくれるので感謝している。</p><p>&nbsp;</p><p>現代社会では近所迷惑をする方が悪者になる。文面だけを見るとそれは正しいように思える。しかしどんなに気を付けていても防げない音は存在する。声を挙げれば勝ちと言わんばかりの風潮は私は許容できないし、不幸な世の中に感じる。もっと言えば音に敏感な人ほど自己防衛のために防音対策や引越しを考えるべきではないだろうか？この世の中はお互いに様々な協力のもと成り立っていいる。協力が出来ず許容力が無い人を追い出す仕組みがあっていいと思う。自由を求めて良いが、何事もやりすぎは良くない。その仕組みこそが現代人を在り方を正し、真の意味で近所付き合いを良好にさせ、子供をまっすぐに成長させることで社会が良くなり、生涯において幸福な生き方ができるのではないだろうか？幸せは在り方でつかむ時代だからこそ直すべき許容できないその人であるべきである。オーラム</p>
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<link>https://ameblo.jp/nippon99/entry-12973655232.html</link>
<pubDate>Fri, 24 Jul 2026 16:06:02 +0900</pubDate>
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<title>ブログはじめます</title>
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<![CDATA[ <p>　ブログはじめます。どなたかのお役に立たんことを願って。</p>
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<link>https://ameblo.jp/nippon99/entry-12971590709.html</link>
<pubDate>Fri, 03 Jul 2026 23:59:00 +0900</pubDate>
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