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<title>にしの中学時代</title>
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<description>にしが中学生(昭和32年～)のころの思い出を書いています。</description>
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<title>鹿の子のじいちゃんの法事</title>
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<![CDATA[ <font size="4">　3月28日、母の父、多平じいちゃんの法事があった。はやいもので、亡くなってから1か月たった。この法事は、35日なので従兄弟も大勢集まった。1960(昭和35)年3月28日のこと。<br><br>　すでに中学の卒業式を終え、高校入試も終えていたのでぼくも、母と一緒に出席した。親戚に行くと、門屋に従兄弟が集まりヒソヒソ話の真っ最中。みんなが志望高校に合格していたのでハッピー。たがいに喜びあって、仏壇のじいちゃんに報告した。</font><br><br><br>
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<pubDate>Fri, 29 Mar 2013 23:49:12 +0900</pubDate>
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<title>合格はしたけれど</title>
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<![CDATA[ <font size="4">　3月下旬、高校入学試験の合格発表の日が来た。ドキドキしながら、自転車をこいで発表場所へ向かった。　「落ちてたらどうしよう」と頭をよぎると　、「もう、決まっていることだから、何も考えるな」、「観念しろ！」と神様の声が聴こえた。不合格なら高校へ行かずに、百姓をすればいいんだ。父はそういって、長男のぼくを後継者にしたそうだった。その言葉を思い出しながら、発表の場所へ自転車を跳ばした。1960(S35).3のこと。<br><br>　発表の場所に着いたら、大勢来ていた。大喜びしているひと、うつむき加減のひと。ぼくはどちらだろう？　恐る恐る張り紙に近づいていく。張り紙をみつけるのに暇要ったが受験番号が見つかった。「うぉ　やった」、と　思わず声が出かけたが、つばを飲み込み声を殺した。<br>もう一度受験番号を確かめて、それから、うなだれた様子で帰りかけたら、友達から声をかけられた。その友達も受かっていたのでよかった。<br><br>　早く帰って、家族に伝えると、喜んでもらえた。だが反面、「これから3年間、授業料がどれぐらい要るのだろう？」　かと、おかねのことを考えていた。<br><br>　そのためだけではなかろうが、「カンラン」の栽培を始めていた。カンラン(甘藍)とは「キャベツ」のことで田舎ではそう呼んでいた。早朝に収穫して福良の市場へ出荷したら、4回の出荷で2,010円の現金収入になった。その数日後に、高校の本代に2000円要ったとも、母の家計簿に載っていた。<br><br>　直径10cmぐらいと小さなキャベツを10個ぐらい、大きなカゴに入れて自転車の荷台に積んで父が運んだ。カゴ一杯で6貫とあるから22.5キログラムの重さである。初回の収穫は2月末で、1,200円になった。それが週が進む毎に 330円 300円 180円と値が下がってくる。気候が暖かくなって収穫量(供給)が増えたので値が下がったのだと、父が嘆いていた。<br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20251101/15/nishic000/da/6a/j/o0800060015707321572.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20251101/15/nishic000/da/6a/j/o0800060015707321572.jpg" alt="19600320" title="19600320" width="355" height="266" border="0"></a><br>　↑　カンラン(甘藍)と呼んでいたキャベツ。<br>　写真は、スーパーに出ていた最近のもの。<br>2月～3月に採れる品種は玉が小さいと、最近気付いた。寒い田んぼの影響なのか、しもやけのように葉が紫色に染まっていて、見るからに痛々しい。<br><br>　父が出荷したものも、このように小さかった。結局、大した収入にならないこと分かり、その後は作らなかった。以来、乳牛1～2頭の飼育と、麦・葉煙草、玉ねぎ・稲に専念した。農閑期には土方で現金収入を増やしながら、ぼくら4人兄弟姉妹を育ててくれた。</font><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/nishic000/entry-12942519673.html</link>
<pubDate>Sun, 24 Mar 2013 12:42:17 +0900</pubDate>
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<title>卒業式のあと謝恩会</title>
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<![CDATA[ <font size="4">　3月15日、卒業式に続いて謝恩会があった。1960(昭和35)年のこと。<br><br>　卒業式は小学校の講堂で行なった。その後の謝恩会は、中学校舎へもどり、ゴザを敷いた音楽室で行った。なにしろ中学校には体育館や講堂が無く、一番広いのが音楽室だったのだ。<br><br>　音楽室に入ると、いつもと様子が違うので少し驚いた。長机や長椅子が端に片付けられて、床にはゴザがべったりと敷かれていたのだ。これだと卒業生全員と先生がなんとか入れるなぁ。みんな、ゴザの上にあぐらを組んで、女の子は横すわりして、お茶とお菓子で歓談した。先生への謝恩のはずだが、おしゃべりばかりの茶話会になった。母の家計簿によると5日前の10日に、先生御礼500円と記録されていた。<br><br>　いよいよお別れになる前日、友達のほかに恩師からもサインをもらっていた。</font><br><br>
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<pubDate>Fri, 15 Mar 2013 17:08:54 +0900</pubDate>
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<title>中学校卒業のサイン帳</title>
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<![CDATA[ <span style="font-size:18px;">　卒業式が来週3月15日とせまった3月11日、サイン帳の購入を先生から勧められた。卒業したらみんなバラバラになってしまう。お互いにサインを交換しておくと、良い思い出になるよと、学校の購買部を勧められた。　早速その日の晩、母に小遣いをねだって、翌日、購買部で買った。母の家計簿には、12日付けで、学校費・小遣い400円と記入されていた。1960(昭和35)年3月のこと。<br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20251101/15/nishic000/d9/44/j/o0800038115707321552.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20251101/15/nishic000/d9/44/j/o0800038115707321552.jpg" alt="19600312signbook800" title="19600312signbook800" width="355" height="169" border="0"></a><br>　↑　これが購買部で買ったサイン帳。<br>　　在庫がなくて地味なこんなものしか買えなかった。<br><br>　そのサイン帳には、12日と14日の二日間にまたがり友達と恩師のサインがあった。<br>　↓<br><iframe src="https://www.youtube.com/embed/-w0XlwQfHaM" width="640" height="360" frameborder="0" allow="@@@"></iframe><br><br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20251101/15/nishic000/a6/e8/j/o0800070015707321557.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20251101/15/nishic000/a6/e8/j/o0800070015707321557.jpg" alt="19600312" title="19600312" width="355" height="310" border="0"></a><br>　↑　この購買部で買った。<br><br>　高校の入試日は、中学を卒業してからだった。先生からは、試験場までの道順を前もって下見するようにとの、注意があった。電車を利用する人、自転車で行く人、いずれにしても初めての道順であろう。迷わないように景色に慣れたり、時間を測って余裕をみて、出発するようにと。<br><br>　ぼくにはもう一つ、落ちたら農業を継ぐようにと父から言われていた。これが大きなプレッシャーになっていた。いつも、早くプレッシャーから逃れたい気持ちで、試験日までの日数を、指折り数えていた。</span>
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<pubDate>Tue, 12 Mar 2013 18:41:25 +0900</pubDate>
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<title>白ウサギを買ってもらった</title>
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<![CDATA[ <p><font size="4">　3月8日、学校から帰ると庭で弟がウサギと戯れていた。目が赤くて全身が白い綺麗なウサギだ。どうしたのだと尋ねると、父に買ってもらったのだという。燃料の堅炭1表にウサギ1羽を加えて500円で買ったのだ。500円といえば父の稼ぎ1日分に相当する。よくも思い切って買ったなぁ。詳しく聞いてみると、親父が息子(弟)のために、知り合いの炭焼き業者に、安いウサギを探してもらっていたのだ。1960(昭和35)年3月のこと。<br><br>　すでに弟が玉葱の箱でうさぎ小屋を完成させていた。餌は、サンマ(埋葬墓地)の近くに自生する乳が出る葉っぱや、サツマイモの葉っぱを与えた。その食べている姿はほんとうにかわいかった。</font><br><br>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/nishic000/entry-12942519666.html</link>
<pubDate>Fri, 08 Mar 2013 23:57:23 +0900</pubDate>
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<title>親戚のじいちゃんが死んだ</title>
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<![CDATA[ <font size="4">　2月28日、母の父である多平じいちゃんの葬儀が、自宅であった。先に行ってた母から、「2日前に亡くなった」と農協有線で連絡が入った。葬儀の日は、従兄弟が大勢集まるので、ぼくにも出るようにと。先月から開通した農協有線は、便利だ。近所の電話を借りなくても連絡できるのでと。1960(昭和35)年2月のこと。<br><br>　高校入試が近づくが受験勉強ばかりやってられない。おじいちゃんが、「息抜きに出てこい」と言っているようだと思い、出席した。焼香して、お棺の蓋を閉めて、釘を打った。初めてだった。いよいよ、お棺の送り出し。埋葬地は裏山にある。親戚の叔父さんや従兄弟に混じって、お棺を歩いて運んだ。<br><br>　埋葬して終わる。集まった従兄弟のうち3人は同い年である。お互いに受験を頑張ろうと言って別れた。</font><br><br>
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<pubDate>Thu, 28 Feb 2013 23:36:00 +0900</pubDate>
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<title>有線放送が開通</title>
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<![CDATA[ <font size="4">　あっちこっちの田んぼの畦(あぜ)に農協有線の電柱が建ちはじめた。全戸に回線を引き終わるには1年掛かるのだそうだ。2～3か月経ったとき。自分たちの地区にも電柱が立ちだした。関電の電柱に比べて3分の2ぐらいの高さと太さである。コールタールを塗られた杉の木の電柱は、遠くから眺めるとおもちゃみたい。開通したのは1960(S35)年1月だった。<br></font><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/nishic000/entry-12942519661.html</link>
<pubDate>Tue, 29 Jan 2013 15:13:15 +0900</pubDate>
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<title>時計を買ってもらった</title>
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<![CDATA[ <font size="4">　中学3年の1月15日、親から腕時計をプレゼントしてもらった。もうすぐ高校入試で、受験には時計が要るんだとねだったら、では休日に買いに行こうとなったのだ。1960(S35).1.15のこと。<br><br>　自転車の荷台に母を乗せ、母が知っている５km離れた店へ行った。4,300円のセイコーマチックを買った。<br>当時、父の労働賃金は１日500円だったから、9日分に相当する。それほど上等でないものだったのに、結構、高かった。有り難う。<br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20251101/15/nishic000/c9/c7/j/o0738070815707321535.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20251101/15/nishic000/c9/c7/j/o0738070815707321535.jpg" alt="19600115" title="19600115" width="355" height="340" border="0"></a><br>　↑　4年後の写真（当初は金属バンド）</font><br><br>
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<pubDate>Tue, 15 Jan 2013 23:51:35 +0900</pubDate>
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<title>葉煙草、2年目の収納</title>
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<![CDATA[ <font size="4">　12月7日、収穫した乾燥葉たばこを専売公社へ収納する日が来た。<br>　朝早く起きて、梱包した葉タバコを家族全員で荷車(大八車)に載せる。その荷車の梶を親父が曳き、後ろを僕が押して行く。目指すは、6～7km先にある一本松の専売公社だ。1959(S34)年12月のこと。<br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20251101/15/nishic000/7c/50/j/o0800124615707321527.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20251101/15/nishic000/7c/50/j/o0800124615707321527.jpg" alt="" title="" width="355" height="" border="0"></a><br>　↑　親父の手帳。収納量と代金がメモされていた。<br><br>　専売公社での収納光景を見るとこうだ。ベルトコンベア風のトロッコに乗った梱包が、紐を解かれて一包みづつ、検査官の前に到着する。次々と目視検査を受けて、等級が定まってゆく。コンベア上の梱包が無くなれば検査収納が終了となる。時間割にそっているとはいえ半日程掛かったのでお腹が空いた。帰路につこうと公社を出ると道端に昼食処があったので、親父と二人で、うどんを食べてから帰った。</font><br>
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<pubDate>Fri, 07 Dec 2012 23:55:47 +0900</pubDate>
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<title>母が病気？</title>
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<![CDATA[ <font size="4">　稲刈り、稲扱きを終わり、裏作の準備が大方終わった11月、急に母の体調が思わしくなくなった。1959(S34)年11月のこと。<br><br>　朝、起きたら母が居ない。祖母にたづねると、けさ早くから父と一緒に大阪の病院へ行ったという。地元医院の診察で、病名が解らないから、大阪病院を紹介してもらったのだ。<br><br>　留守を任された祖母は、おろおろと泣きながら、ぼくに言った。「これから先、どうなるんだ。万一、母がいなくなったら母親代わりなんてできないぞ！」　明治30年生まれの祖母は、もう歳だし、4人の孫は、まだ成人していない。一番歳上のぼくでも、まだ中学3年生。放っておいても4カ月後には卒業できるので、父の農業を手伝えばいいだろうが、弟や妹は、まだ小学生。母親代わりが要る。そう言って、ぼくの前でおろおろしていた。<br><br>　ぼくも長男だ！　と言ってもどうにもならない。祖母のそばに並んで、仏壇の先祖に手を合わせるのが、精いっぱいだった。</font><br><br>
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<pubDate>Fri, 30 Nov 2012 18:23:39 +0900</pubDate>
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