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<title>青春時代はすべてバンドに捧げた</title>
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<description>後に残ったものはあるか</description>
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<title>うまく誘導する</title>
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<![CDATA[ 簡単な現状の把握と、気分のチェック（薬物療法力が行われていればその状況を、アルコールや薬物の乱用があれば、その使用状況を把握する)。前セッションからの橋渡し作業。アジェンダの設定。ホームワークの実施状況の把握。各アジェンダについての話し合い。新たなホームワークの設定。定期的なまとめの作業。セッション全体のまとめ。患者からのフィードバックの抽出。<a href="http://www.littlediesel.net">経験豊かな</a>認知療法家であれば、上記の諸要素をある程度織り交ぜて用いることができるが、初心者には、セッションの構造をできるかぎり遵守することをお勧めする。2回目以降のセッションにおける治療者の目標は、患者が問題や目標を選択し、焦点化するのを手助けすること、患者が問題解決に着手するのを誘導すること、患者に対して認知モデルを強化し、患者が自動思考を固定するのを手助けすることである。治療者はまた、患者に対する認知療法についてのソーシャライゼーションを継続して実施する。すなわち、患者がセッションの形式に沿って治療者と協同作業を行い、治療者にフィードバックを与え、過去や現在の経験を認知モデルの枠組みから把握できるよう、治療者は患者を誘導するのである。<br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/nkseotai/entry-11681903101.html</link>
<pubDate>Sun, 10 Nov 2013 10:54:11 +0900</pubDate>
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<title>意見の不一致</title>
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<![CDATA[ あたかも現代の法的諸問題に自明の解決という欲求をつねにともなうわけではない。実際のところ共和主義者は、意見の不一致を創造的で生産的な力とみなしており、政治的対話への共和主義的な基本信条にとって好都合であるか、あるいは不可欠とさえみなしている。討論と熟議の正統性と実効性は、もろもろの見解の対立にもとづいている。抑制と均衡や連邦制などの憲法上の基本的諸制度は、少なくともある部分については、この点にてらして理解されなければならない。だから現代共和主義は、同質性への信念を根拠としていない。それどころか、共和制が機能するためには、異質性が必要だとしているのである。あとでみるように、この理解は、もろもろの制度的刷新を要求することになろう。とはいえ、視点や権力の不均衡が熟議過程を悪化も歪曲もさせないなどと述ぺるのは非常に馬鹿げているし、市民や代表者に共通善を指針とするように勧めればかならず望ましい結果が得られるなどと主張するのも馬鹿げているだろう。またここで描かれた共和主義の信条が、特定の社会理論や特定の一連の制度編成を導くと述ぺることも誤りだろう。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/nkseotai/entry-11656635224.html</link>
<pubDate>Wed, 02 Oct 2013 21:40:22 +0900</pubDate>
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