<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>闘う人見知りのおっさん</title>
<link>https://ameblo.jp/noasora1963/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/noasora1963/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>還暦を迎えたのにいまだ人見知りのおっさん。それが私だ。その悪戦苦闘ぶりを伝える。</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>乙女の祈り</title>
<description>
<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><h2 class="cheer001_heading" data-entrydesign-alignment="center" data-entrydesign-count-input="part" data-entrydesign-part="cheer001_heading" data-entrydesign-tag="h2" data-entrydesign-type="heading" data-entrydesign-ver="1.54.1" style="background:url(https://stat100.ameba.jp/ameblo/entry_designs/v1/sources/assets/cheer001_heading_underline.png) no-repeat;background-size:151px 16px;padding-bottom:20px;margin:8px 0;font-weight:bold;color:#2E527D;font-size:20px;line-height:1.4;min-height:28px;overflow-wrap:break-word;background-position:center bottom;text-align:center"><span style="display:block"><span data-entrydesign-content="" style="display:block">グラデーションな6年間</span></span></h2><p>&nbsp;</p><p>前回、「何かと問題が多い中学高校時代」と書いたけど、あまりに問題がありすぎてどこから書いていいか迷うほどだ。</p><p>どんな時代かというと、「人見知り」がやがて「対人恐怖症のレベル」に悪化していったそんな時期だった。いわば縄文時代から弥生時代に変化するような、グラデーションのような6年間だったのかな。</p><p>勉強の成績は良かった。何しろ真面目だから。親から言われずとも中間試験や期末試験になると（今でも呼び方変わらないのかな）しっかり勉強していた。オールナイトニッポンでタモリや中島みゆきを聞きながら。</p><p>考えてみると、中学校前半が一番気持ちが安定した時期なのかも。担任の先生にも気に入ってくれていたし。</p><p>でも中学校も後半になると、どこの地方もそうなだっただろうけど、勉強ができるやつの地位は次第に低空飛行を強いられ、ちょっと不良っぽいやつや男性ホルモンがたくさん出てるやつの格が上がる。</p><p>そうなると筆者の「人見知り」は少しずつ少しずつ悪化を始める。学校に行くのがなんとなく気が重くなる。「きょうは嫌なことがなくて、楽しいことがたくさんありますように」と登校中、乙女のように心の中で祈ったりする。</p><p>&nbsp;</p><p>話はちょっと飛んでしまう。</p><p>よく耳にするのが「俺は運動が苦手でクラスのやつらに笑われてたけど、勉強を頑張ったから今の成功した俺がいる」みたいな話だけど、ほんとなのかな。</p><p>まぁもちろん社会人になったら、スポーツができようができまいが一見関係なさそうだが、「勉強しかできない草食タイプ」と「勉強はもちろん、スポーツもできたし喧嘩も強かった肉食タイプ」は、まとっている空気ですぐに判別されるような気がするのだ。社会に出てもその空気は大きく影響してしまう、と思う。</p><p>当然ながら後者が圧倒的に有利。「喧嘩に明け暮れて中学生のころはモテたけど、結局は反社会的な組織に入ってしまった」というのはもちろん問題外だけど。</p><p>&nbsp;</p><p>そういったことをぐずぐずと考え始めたのが中学3年の頃だった。というか、中学3年にして自分の将来を見通してしまった。「こりゃ大変だ」と。</p><p>通常は歳を重ねるごとに性格や感性は変わっていくのだろうが、「勉強一途の秀才君は社会に出たら絶対的に不利。『何者か』にはなるのは難しい」というこの考え方は、恐ろしいほどにがっちり固定化された。何があっても変わらなかった。</p><p>高校は進学校に進み、自分でいうのもなんだがちゃんとした大学も出た。まぁまぁの会社に入り、結婚して、子供も二人できた。人生の大きな節目を人並みにきちんと経験はしてきたし、自分なりに頑張ってきたつもり。</p><p>が、しかし、「男としての達成感！」みたいなものは、どうしても感じることができなかった。孤独感や無力感だけが蓄積していった。若い人たちに今後の道筋を教え諭すなどとても無理。すでに還暦なのに。</p><p>&nbsp;</p><p>たかだか中学3年生の予想通りに筆者は進んでしまった。</p><p>いやー、これはつらいよ。</p><p>&nbsp;</p><h2 class="cheer001_heading" data-entrydesign-alignment="center" data-entrydesign-count-input="part" data-entrydesign-part="cheer001_heading" data-entrydesign-tag="h2" data-entrydesign-type="heading" data-entrydesign-ver="1.54.1" style="background:url(https://stat100.ameba.jp/ameblo/entry_designs/v1/sources/assets/cheer001_heading_underline.png) no-repeat;background-size:151px 16px;padding-bottom:20px;margin:8px 0;font-weight:bold;color:#2E527D;font-size:20px;line-height:1.4;min-height:28px;overflow-wrap:break-word;background-position:center bottom;text-align:center"><span style="display:block"><span data-entrydesign-content="" style="display:block">何がそんなにつらい</span></span></h2><p>&nbsp;</p><p>「何をそんなにつらがってるんだ、このおっさん」と思う向きも多いと思う。</p><p>自分で読み返してみても「これじゃ伝わらないだろう」と感じる。</p><p>「え、対人恐怖症になったの？」と興味を持った方もいるだろうが、詳しくは何も書いていない。</p><p>このブログは格好よく言うならば「還暦を機にこれまでの自分をさらけだすことで一度捨て去り、第二の人生を可能な限りこれまでと違ったものにする」ために始めた。</p><p>なので「隠さない」「かっこつけない」「嘘をかかない」をモットーに書いていくつもりなのだ。すでに幾分かっこつけてる感じになってるが。</p><p>嫌なもの、おぞましいもの、暗いものが好きな方は時々読んでみてください。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/noasora1963/entry-12826744445.html</link>
<pubDate>Tue, 31 Oct 2023 13:05:20 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>思春期あたりが曲がり角なんだよね</title>
<description>
<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><h2 class="cheer001_heading" data-entrydesign-alignment="center" data-entrydesign-count-input="part" data-entrydesign-part="cheer001_heading" data-entrydesign-tag="h2" data-entrydesign-type="heading" data-entrydesign-ver="1.54.1" style="background:url(https://stat100.ameba.jp/ameblo/entry_designs/v1/sources/assets/cheer001_heading_underline.png) no-repeat;background-size:151px 16px;padding-bottom:20px;margin:8px 0;font-weight:bold;color:#2E527D;font-size:20px;line-height:1.4;min-height:28px;overflow-wrap:break-word;background-position:center bottom;text-align:center"><span style="display:block"><span data-entrydesign-content="" style="display:block">はじまりはやはり思春期</span></span></h2><p>「人見知り」との闘いは長くつらい。</p><p>始まりはよくありがちな思春期からだったような気がする。</p><p>筆者は男のくせに（とかいう表現ダメだよね。自虐的に使ってる分にはOKか？）、小学6年生の時に思春期に突入した。</p><p>もちろん「人見知りのベース」は幼児期からありましたが、小学5年生まではただの「ぱっぱらぱー」だった。</p><p>ほこりっぽい校庭や近くの河原でくだらない遊びに熱中していた男児が、なぜだか6年生の夏、ふと「さめざめとした気分」にとらわれるようになったわけだ。理由はわからんが、性ホルモンの問題か。</p><p>&nbsp;</p><p>クラスの女子が妙に大人に見えて、わいわいと楽しそうに話しているのがを妙にまぶしく感じ始めた。意識し始めた。優しく接しなければと思った。</p><p>&nbsp;</p><p>ところが、その途端、クラスの女子から気持ち悪がられるようになった。</p><p>今から振り返るに、まだ当時は「ぱっぱらぱー」と「さめざめ」が入れ代わり立ち代わり筆者の心を訪れている段階だった。子供と大人が同居していたわけだ。</p><p>&nbsp;</p><p>ある冬の日、「ぱっぱらぱー」の中にいた筆者は、ちょっと好きだった女の子（早くも胸が大きかったなぁ）のことを「ブス」とののしった。その数時間後、クラスの女子全員が遠くから筆者に「バカ」だの「死ね」だの悪口を叫んでいるのを発見する。女子が結束する怖さを初めて知った日でもあった。</p><p>残念なことにその時の筆者は「さめざめ」君だった。なんの抵抗力も理論もない、あまりに無力で年若い自分なわけさ。</p><p>あの風景は今でも忘れない。3階建て新校舎（昭和40年代は多くの学校で旧校舎が新校舎に建て替わっていた）の前の足洗い場に集まった約20人ほどの女子。ほんと、泣きたかった。</p><p>&nbsp;</p><p>以来、「自分はどうしたわけか女性に嫌われる」と心に刻み込まれた。原因はこちらにあるのに。なんか笑えるなぁ。</p><p>&nbsp;</p><h2 class="cheer001_heading" data-entrydesign-alignment="center" data-entrydesign-count-input="part" data-entrydesign-part="cheer001_heading" data-entrydesign-tag="h2" data-entrydesign-type="heading" data-entrydesign-ver="1.54.1" style="background:url(https://stat100.ameba.jp/ameblo/entry_designs/v1/sources/assets/cheer001_heading_underline.png) no-repeat;background-size:151px 16px;padding-bottom:20px;margin:8px 0;font-weight:bold;color:#2E527D;font-size:20px;line-height:1.4;min-height:28px;overflow-wrap:break-word;background-position:center bottom;text-align:center"><span style="display:block"><span data-entrydesign-content="" style="display:block">そして問題多い中学、高校</span></span></h2><p>中学、高校と「ぱっぱらぱー」の気分に支配されることはなくなり、わりといつも「さめざめ」とした空気をまとわざるを得なくなった。</p><p>ただ一つだけ言わせてください（なんともうざい呼びかけ）。この「さめざめ」な気分、実は快感でもあった。雨上がりの秋晴れにも似ている。心の中に涼しい風が吹き込んでくるような。ちょっと文学的な気分。</p><p>&nbsp;</p><p>このあたり次回でより詳しく。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/noasora1963/entry-12826198241.html</link>
<pubDate>Fri, 27 Oct 2023 12:25:09 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>聞いてください、皆の衆</title>
<description>
<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><h2 class="cheer001_heading" data-entrydesign-alignment="center" data-entrydesign-count-input="part" data-entrydesign-part="cheer001_heading" data-entrydesign-tag="h2" data-entrydesign-type="heading" data-entrydesign-ver="1.54.1" style="background:url(https://stat100.ameba.jp/ameblo/entry_designs/v1/sources/assets/cheer001_heading_underline.png) no-repeat;background-size:151px 16px;padding-bottom:20px;margin:8px 0;font-weight:bold;color:#2E527D;font-size:20px;line-height:1.4;min-height:28px;overflow-wrap:break-word;background-position:center bottom;text-align:center"><span style="display:block"><span data-entrydesign-content="" style="display:block">君には信じられるかい</span></span></h2><p>生まれて60年がたつ。世にいう還暦である。</p><p>それなのにいまだに人見知りがひどい。</p><p>信じれらますか、理解できますか、皆の衆、この生きづらさ。</p><p>思えば物心ついた時から人見知りがひどかった。</p><p>両親の話によると、「あらぁ、かわいいお子さんね」とだれか近づいてくると、</p><p>「見るな、見るな」と泣き叫んでいたらしい。</p><p>実はこの「見るな、見るな」という感覚、いまでも生きている。</p><p>もちろんいい大人（というか初老のおっさん）なんだから口には出さないが、</p><p>時として、心の中で「頼む、そんなにじっと俺を見るんじゃねぇ」と動揺していることも多々ある。</p><p>&nbsp;</p><p>つい最近、定年退職したばかりである。</p><p>この「人見知り」という悪魔と闘い続けた、36年間であった。</p><p>「40歳になったらきっと楽になっているだろう」。でも変わらなかった。</p><p>「いやいや50歳になったらおそらく…」。しかし多少悪化した感じさえした。</p><p>「あと10年頑張れば、この闘いから解放される」。そしてどうにかゴール地点までたどり着いた。地べたを這うように。</p><p>&nbsp;</p><p>こんな状態なので、若いころ思い描いていたような会社員人生は送れなかったな…。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><h2 class="cheer001_heading" data-entrydesign-alignment="center" data-entrydesign-count-input="part" data-entrydesign-part="cheer001_heading" data-entrydesign-tag="h2" data-entrydesign-type="heading" data-entrydesign-ver="1.54.1" style="background:url(https://stat100.ameba.jp/ameblo/entry_designs/v1/sources/assets/cheer001_heading_underline.png) no-repeat;background-size:151px 16px;padding-bottom:20px;margin:8px 0;font-weight:bold;color:#2E527D;font-size:20px;line-height:1.4;min-height:28px;overflow-wrap:break-word;background-position:center bottom;text-align:center"><span style="display:block"><span data-entrydesign-content="" style="display:block">それでも生きていくのだ</span></span></h2><p>とか言いながらも、人生は続く。</p><p>定年退職したからすべてが好転するわけではない。</p><p>新たな闘いの幕があがったにすぎないな、と感じている今日この頃。</p><p>病的なほどの「人見知り」を背負ってここまできた人生を振り返りながら、</p><p>第二の人生（闘い）を切り開こうとする、悪戦苦闘ぶりを少しずつ書いていきたい。</p><p>&nbsp;</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/noasora1963/entry-12826124318.html</link>
<pubDate>Thu, 26 Oct 2023 20:48:14 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
