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<title>noble-ideas &quot;高貴な思想&quot;</title>
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<title>間接的広告戦略</title>
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<![CDATA[ <br>「間接的広告戦略」について<br><br>1.概略<br>　先進国諸外国に比べてまだまだ大きな遅れをとっているのが現状ではあるが、日本国内におけるスマートフォン（以下スマホ）ユーザーの割合は確実に増加している。そのスマホの持つ大きな価値の一つとして、多種多様で膨大な数のアプリケーションの存在があげられる。そして、スマホ用アプリの業界において、いかにして多くのスマホユーザーに商品としてのアプリをダウンロードしてもらうかは大きな関心事である様だ。そして商品を売る為知ってもらう為に欠かせないのは、広告戦略である。 <br>ここでは、既存の広告戦略には存在しないスマホ特有の広告手法を説明する。 <br><br>2.アプリケーション販売に広告戦略が必要とされる理由<br>　まずは、これから説明する戦略方式を取り巻く環境を説明したい。 スマホアプリを取得するために活用されるのがスマホ販売の専用ポータルサイトである。そして、その最大手が「App Store」である。「App Store」は、アプリケーションをスマホにダウンロードする際に、アプリケーションの提供側とユーザーを繋ぐ主な仲介役である。 「App Store」内には"おすすめ"や"トップ"というカテゴリーが存在し、前者ではApple側のおすすめが掲載され、後者は人気でダウンロード数の多いアプリケーションがランキング形式で掲載される。 <br>では、このシステムを踏まえて、話を進める。 <br>冒頭で述べた様に、アプリケーション業界におけるダウンロード合戦なるものは熾烈な争いを繰り広げているのは言うまでもない。 また、「App Store」内において、他のアプリケーションと差別化を行うのは相当に困難である。類似したアプリケーションシステムを持つものは数多く存在し、リリースしてもすぐに他で埋れてしまう。 この様な背景で最も重要なのは差別化を行うために開発された「間接的広告」である。 <br><br>3.「間接的広告」について<br>　このシステムには4者が関係する。 「App Store」内の"ポータル"、アプリをリリースしその広告を依頼する"アプリメーカー"、ここで最も重要になる仕掛人である"仲介役"、そして一般のスマホ"ユーザー"である。 "仲介役"は広告代理店でもなく、 間接的な広告サービスを提供する企業で、その定義は存在しないため、現在本稿では"仲介役"として論じることにする。<br><br>戦略システムの流れを説明する。 <br><br><br>まず"アプリメーカー"が"仲介者"に対して何らかのアプリの広告を出す依頼と、依頼料そして広告費を出す。 次に"仲介者"は"ユーザー"に対して、"仲介者"の提供するサービス内で"アプリメーカー"が広告を依頼したアプリのダウンロードを促す。"ユーザー"は目的のアプリをダウンロードすることによって一定の報酬が与えられる。その際の条件は後に述べることにする。 そうして多くの"ユーザー"が一気に当該アプリをダウンロードする。 その結果として、「App Store」内の"トップ"にそのアプリがランクインする、という算段である。 <br><br>〈システムの流れ〉<br>1."アプリメーカー"が"仲介者"に広告を依頼し、"仲介者"が展開するポータルサイトに当該アプリを掲載する<br>2."仲介者"が展開するポータルサイトにて"ユーザー"にアプリを告知、ダウンロードを促す<br>3.ダウンロードをした"ユーザー"に"仲介者"はポイントを支払う<br>4.当該アプリが「App Store」にランクインされ、「App Store」を見たユーザー予備軍がダウンロードを行う<br><br>　"ユーザー"が「一気に」にダウンロードすることが、この「間接的広告」を成功させるカギとなる。"ユーザー"に対して"仲介者"は「先着○○名限定にのみ報酬」という条件を与える事により、""ユーザー"に対し、アプリ紹介の直後に多くダウンロードを行う。 <br>この戦略の効果として、このシステムを知らない一般ユーザーが「App Store」内の"トップ"を閲覧し、ランクインしているアプリに興味を持ってもらいダウンロードして貰うと言うことだ。"アプリメーカー"のリリースしたアプリは、そのアプリ内での広告費やゲームの課金制度などで利益を出すというのは、周知であろう。 <br><br>3. "仲介者"の正体<br>　ところでこの"仲介者"というのが、アプリやインターネットサイトで見かける、「お小遣いアプリ/サイト」である。 <br>システムとして主に、「お小遣いアプリ」内で紹介されたアプリを「App Store」でダウンロードし報酬を貰う、ということを繰り返す。 大抵、1ダウンロードにつき30円分、アプリ内では「ポイント」として表示されるが、1ポイント＝1円である。このシステムの面白いところを、筆者の主観で挙げてみる。 まずは、このシステムに組み込まれた4者は、皆得をすると言うことである。 先にあげた表し方を使えば、"アプリメーカー"と"仲介者"はビジネスとして、また面白いことに"ユーザー"は無から有を生み出せると言う訳だ。 結局のところ、このシステム＝機構に潤滑油を刺すのは、"アプリメーカー"の思惑に釣られてしまった、いわば無知なユーザーなのである。 <br><br>5.まとめ<br>　以上にあげた広告システムを、仮に「間接的広告戦略」と名付ける。 概してこれは、広告の打ち出しを目論む企業、先で言えば"アプリメーカー"が直接的に広告を何らかの媒体に打ち出すわけではなく、他の何らかのシステムに依存するのが特徴で 、この場合は「App Store」の"トップ"に依存したものであり、実際の最終的システム運営は一般の"ユーザー"が成すのである。 ここで概念的な話をしたのは、他にもこれに似た戦略を展開したものがあるからである。 <br>例えば、Amazonや楽天市場などのネットショッピングで、この「間接的広告戦略」が使われる。 この中で構築されたシステムの依存先は、"review"という存在だ。 しばしばネットショッピングでは、"review"に投稿で○○％引き などが見られる。 ここにおいては、システムを担う関係者は先程よりは少ないが、ネットショッピングのストアー側の広告費がユーザーへ投資されると言う点では、「間接的広告戦略」であるといっても言い。<br><br>これからの時代、インターネットツールにより生活行動の多くを簡便かつ迅速に済ます事が出来るようになり、それに伴って情報の氾濫が加速する。そうして、ますます情報間の区別も着かなくなっていく。 ビジネスをする者はこれから先、より効率的で低コストの"情報差別化"の方法的戦略を考えるべきであり、この「間接的広告戦略」はその点で優れているだろう。<br><br><br>iPhoneからの投稿
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<link>https://ameblo.jp/noble-ideas/entry-11345378021.html</link>
<pubDate>Mon, 03 Sep 2012 20:13:40 +0900</pubDate>
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<title>陳腐を考える</title>
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<![CDATA[ <br>人類は昔から、いわゆる名言・格言、もしくは教訓や標語などが言い伝えられたり、個人的な目標を掲げる上でそれらは大きなモチベーションとなる。<br><br><br><br>今日のタイトルの"陳腐を考える"に至ったのは、こんな事があったからである。<br>先日、両親のオフィスのあるビルで、登山家の方の講演会があると言う話を母から聞いた。<br>自分は母に、「どうせ『努力は裏切らない』だの『夢は諦めなければ必ず叶う』だの、陳腐な言葉の展示会でしょ」と言った。 <br>しかし母は、陳腐なんて言うなど失礼だ、と。<br>そうして、その時に自分が"陳腐"と言う言葉に込めたほんの僅かの思いを-勿論この時は皮肉たっぷりで言ってしまった-よく分析してみたいと思う。<br><br><br>"陳腐"とは辞書的には、<br>古くさいこと。ありふれていて、つまらないこと。また、そのさま。<br>だと言う。<br><br>自分の言うことは、至極全うだと思うがどうであろうか??<br>「努力は裏切らない」や「夢は諦めなければ必ず叶う」は、スポーツ選手や成功者のサクセスストーリーや自叙伝では必ずと言っていい程耳にする。<br>正に、"陳腐"である。<br><br>しかし。<br>この"陳腐"に、大きな意味があると自分は考える。<br><br><br>陳腐はありふれて、古くさいという意味。<br>だが、昔々のその昔から、数えられない程の人々が"こう"唱えてきた。<br><br>それはつまり、陳腐な物にこそ成功や目標達成への1番の近道を指し示しているのだ!!<br>だが、実践は難しい。<br>だから、"それ"をこなせた僅かな人々が成功を掴む。<br><br>陳腐な言葉にこそ真理がある。<br>そういう意味で、"陳腐"な事は、案外陳腐ではないのかもしれないが。<br><br>"物は考えよう"という言葉に通じているのであろう。<br>
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<link>https://ameblo.jp/noble-ideas/entry-11322595578.html</link>
<pubDate>Tue, 07 Aug 2012 17:58:49 +0900</pubDate>
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<title>集団における論理的思考</title>
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<![CDATA[ <br>論理的思考とはなにか。<br>それは、物事を如何にして円滑に運べるかである。<br>コストや時間の浪費、目的への過程における遠回りを、最小限に抑える様な選択をするのが論理的思考だ。<br><br>この様な事は、集団において特に蔑ろにされてしまう。<br>人は皆何かの集団あるいは組織に複数所属しているから、何でこんな事をわざわざやるのだろうか、勿体無いなぁ、という思いを、何らかの集団内でした事はあるはずである。<br><br>浪費・遠回りというのは、なるべく減らさなければならない物であるが、現実では簡単には減らないであろう。<br>ここに、集団のリーダーの先導力、所謂リーダーシップが求められる。<br><br>リーダーは、ただ全体を包括していればいいという訳ではない。<br>集団のリーダーは、その集団の細かい所まで見れる様な力、即ち些細な物に対してもフォーカスできる洞察力、そうしてまた包括的な力も合わせ持たなければならない。<br><br><br>この"些細な物に対してもフォーカスできる洞察力"というのは、指揮下にある人達の不満を取り除く効果もある。<br>指揮下で動く人達の中でも小さなトラブルは幾つも発生する。<br>それに対しての対応を求められたリーダーが自身の仕事で手一杯で、対応を蔑ろにしては、唯信頼を失うだけである。<br><br>リーダーになるからには、そういう心構えが出来ていなければなってはならない。<br>それを知らないでリーダーになっても、責任を求められて、唯泣を見るのみである。<br><br>iPhoneからの投稿
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<link>https://ameblo.jp/noble-ideas/entry-11320825052.html</link>
<pubDate>Sun, 05 Aug 2012 16:57:16 +0900</pubDate>
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<title>絶対意見相対意見</title>
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<![CDATA[ <br>この間、先輩が自身のブログ内にこんな記事を投稿していた。<br>ちょうど、坂本龍一氏が国会前で原発反対デモ団体の前で演説を行った時である。<br><br>"今日TVで官邸前の原発反対デモのことやってたけどさ。<br><br>あれもう10万人くらいの規模になってるんだって？<br><br>あれ見ててホント思うけどさ、<br><br>もうちょっと考えてもの謂って欲しい。<br><br>大きな声で「再稼働反対！」とか謂ってるけど、そんなことやったら今の日本どうなると思ってんだ。<br><br>この夏は暑くなるらしいし、みんな冷房使ってすぐ停電でしょ。<br><br>子供とか老人家ん中で熱中症なるよ。<br><br>あとは工業衰退してそれがまた景気悪くするんじゃないか。<br><br>他の国にもどんどん追い越されるし。<br><br>今の日本に絶対原発いる。<br><br>もちろん将来は0にするべきだと思うけど、今はなきゃどうにもならない。<br><br>野田さんだって無くしたいと思うよ。<br><br>決して福島見捨てた訳じゃない。<br><br><br>だからデモで大声あげてる人は、せめて太陽光パネルつけるなり家に風車つけるなり（俺みたいに）エアコン使わないなり、<br><br>原発なくしても困んないようにしてからあんなこと謂って欲しいわ。<br><br>日本人てホント流されやすい。"<br><br><br>まずこの記事に対して2つほど意見申し立てたい。<br><br>まず1つ目は、"もうちょっと考えてもの謂って欲しい"と言う文章についてである。<br>この様に考えるのは余りにも視野が狭過ぎるだろう。<br>何故なら、原発廃止を心の底から求めるという気持ちは、東京にいても絶対に分からないからである。<br>すなわち人は、客観視した問題について真剣にまた主体的には見ることが不可能だからである。客観的故に。<br><br>この事実は、沖縄のアメリカ軍基地問題についても同じ事が言える。<br>別に近くに飛行場があったていいじゃないか、そう思ってしまう。<br>しかし、毎日毎日騒音にさらされて、航空機がいつ落ちてくるか分からない恐ろしさは、その状況下に置かれないと分からない。<br>だから、あの"もうちょっと考えてもの謂って欲しい"と言うのは余りに短絡的で、また無責任な発言でもある。<br><br>2つ目は、"デモで大声あげてる人は、せめて太陽光パネルつけるなり家に風車つけるなり（俺みたいに）エアコン使わないなり、原発なくしても困んないようにしてからあんなこと謂って欲しいわ。"というもの。<br>皆さんはどう思うだろうか??<br>明らかにおかしい。もはや、何が間違っているとかそういう問題ではない。<br>そもそもの考え方がおかしい。<br>何がおかしいって?? 全部である。<br><br>原発反対を唱える上で再生可能エネルギー型発電機?? 全くもって関係ない。<br>こういうのは大層な飛躍であり、もし政界の方や一般に有識者と言われる方々がこの様な考え方をしたら、それこそ大きな批判を浴びる。<br><br><br>この様に見て行くと、人の唱える意見には大まかに2種類ある。<br>勿論、私の視野の狭さ故に見えていない種もあるだろうが、現時点での見解を述べたい。<br>1つは、"絶対意見"である。<br>これは、ある人が何かを見聞きし直感的に感じた自身の考えを素直に述べる。本人の純粋な意見であり、本人においては"絶対的"なのである。<br><br>もう1つは、"相対意見"である。<br>これは、ある事象に対して多角度からアプローチをしてより一般的または冷静さをもった意見である。<br>事象への多角度的なアプローチは、様々な立場・状況の人々の意見・考えを集約し、より良い考え方へと変化する。<br><br>こうして述べてみると、如何に"絶対意見"なるものが恐ろしいかが分かるだろう。何故なら、この考え方をしていたら、いつまで経っても成長は見込めないからだ。<br><br>人は、様々な人の話や意見を見聞きして、それに対して熟慮し自分の思想へと形を変えて蓄積させる。<br>"絶対意見"はその機構をシャットダウンし、自らの殻で自身を守ろうとする。さっぱり、成長なんて無い。<br><br>勿論、何事にも例外があるが...。<br><br>Never stop growing!! とでも言うものかな。
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<link>https://ameblo.jp/noble-ideas/entry-11319955710.html</link>
<pubDate>Sat, 04 Aug 2012 16:32:53 +0900</pubDate>
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<title>価値のある人とは</title>
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<![CDATA[ <br>あなたにとって、"価値のある人"とはどういう人を指しますか??<br>学校でいつも一緒にいる仲のいい友人ですか?? 両親ですか??  ビジネスパートナーですか?? 上司ですか??<br><br>いいや、地位や自分との間に成り立つ紙上の関係ではない人。 例えば、自分の知らない様々な事は経験したり知っていたりする人、または自分に対して大きな影響力を持つ人?? そうなると少し、"尊敬"というニュアンスが含まれてきますが...。<br><br>そう。価値のある人とは、正に自分にとってどういう人を指す言葉なのか。今日はそれを考えてみました。<br><br><br><br><br><br>時々この事を思案して、自分にとっての"価値のある人"についての考え方が纏まってきた気がします。<br>自分のとっての"価値のある人"とは多分、<br><br>共に時間を共有する上で、自分がその人から何かを得られたり、自分の世界観・価値観の拡張に繋げられる、そんな様な人間的なポテンシャルを持った人<br><br>だと思います。<br><br>こう言う事を親に言うと、「あんたの経験していることは、大人に比べたらこれっぽっちだ。」って跳ね除けられてしまいますが、正にそうであるのです。ですが、たった16歳の自分のいままでの経験と思考で紡ぎ出される事は、これからの成長にとって、重要な物ではあるはずだと、確信しています。<br><br><br><br>今日、こんな英文を見つけました。<br><br>Life itself does not change;but in order that people may be fully aware of it they develop attitude which vary from generation to generation.<br>What really changes is the attitude people need to have in order to retain the sense of life and not be so drowned by routines, aims imposed by the society that they lost it.<br><br>この文章では人生観についての内容ですが、価値観についても当てはまるはずです。<br><br>自分の"観"は自分だけの物。<br>また、自分を構成する大切な物の一つ。<br>どれだけ高尚な物に出来るか、正に"noble-ideas"または"noble-sense"ですが、それは一つの勝負であると、自分は考えます。<br><br>iPhoneからの投稿
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<link>https://ameblo.jp/noble-ideas/entry-11317898748.html</link>
<pubDate>Thu, 02 Aug 2012 04:31:36 +0900</pubDate>
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<title>趣旨説明</title>
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<![CDATA[ <br>今日がこのブログにおける最初の投稿であるが、ここで、このブログにおける目的・方針を書き残しておきたいと思う。<br><br>根本的な目的としてまず、自身の"観"について詳細に記し私自身を見つめ直し、一歩一歩成長して行く為の糧とする事である。<br><br>また、日々変化する私自身の"ideas"を記録する事で、identityの確立へ対しても大きな力を発揮すると確信している。<br><br>これからの自己の大きな繁栄を願って、乾杯!!<br><br><br>iPhoneからの投稿
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<link>https://ameblo.jp/noble-ideas/entry-11317897805.html</link>
<pubDate>Thu, 02 Aug 2012 04:13:56 +0900</pubDate>
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