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<title>好きな作家は長嶋有と絲山秋子と、時々、村上春樹。</title>
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<description>小説書いてます。</description>
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<title>はっぴいえんど</title>
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<![CDATA[ 明け方の空に流す涙<div>忘却の彼方においてきた記憶をいま手のひらにそっと閉じ込めた</div><div>まださよならもちゃんと言えていない</div><div>ありがとう ごめんね</div><div><br></div><div><br></div>
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<pubDate>Thu, 21 Dec 2017 08:08:13 +0900</pubDate>
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<title>その映画館はひどくひっそりとした場所にあった</title>
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<![CDATA[ ５　  失踪・死相・疾走<br><br><br>────時間が、少しだけ彼らを追い越す。<br><br><br><br><br><br>光の矛先を明瞭な視界で見てとることなど不可能だった。眩しさだけが僕らを襲っていて、一瞬空間を無くしたとさえ思った。先ほどまで僕の右手を掴んでいた妻の感触がなくなっている。僕と同じ様にこの居心地の悪い光の中で、必死に目指すべきものでも探しているのだろうか。少なくともそれが僕であってほしいと思うのは、驕った考えだろうか。<br>「大丈夫か？」<br>声をかけるが返事はない。<br>妻の気配さえ感じない。<br>「おい」<br>自分の声の弱々しさに嘆いた。愛する者を命を懸けて守ると決めている男の吐き出す声ではない。<br>「おいってば」<br>もう一度声を発する。しかし返事はなかった。360度を眩いくらいの明るさに取り囲まれているのに、孤独を感じるのは結局のところ妻がいないことが僕にとっての暗闇だからなのだろうか。僕に唯一光を与えてくれるのは妻だけだと実感した。それにしても本当に妻の気配がない。忽然といなくなったかのようだ。<br>やがて光の光度が徐々に弱まると、僕のいた空間の小ささに驚いた。わずか6畳ほどしかない。<br>これを宇宙の様に永遠に感じていた自分が恥ずかしくさえ思った。<br>そして妻の姿がなかったことにまた驚いた。<br>神隠し、と言ったら誰もが納得するだろうか。<br>実はさ、光の中で妻が神隠しに遭っちゃってさ。<br>言葉の軽さに誰もが素通りすることだろう。冗談を言っていられる余裕など、いなくなったと分かってしまった一瞬だけであとはもうひたすら涙を流すだけだ。泣きそうな表情だと自分でもわかる。そこをグッと堪えられないのが、つまり僕で、妻はそんな僕の弱さを好きだといつか言っていた。妻は他の女の人と少しだけズレていた。<br><br>6畳ほどの空間に取り残された僕は、涙を無理やり止めようと天井を見上げた。いつか誰かが言っていた。<br>「うつむくまで気付きもしなかった。どうしてだろう？泣いていた…」と。<br>あいにく僕はそんなロマンチシズムを持ち合わせていなかった。<br>涙を止めるために天井を見上げる。そしてたぶん、そのうち歩き出す。<br>天井は一面真っ白に塗りつぶされていた。<br>中央に四角く縁取られているのを発見する。映画でよくあるような、エレベーターの天井にある脱出ルートを思い浮かべてしまった。妻はここから消えていったのか？　意味もなくそんな疑念が頭をよぎる。<br>それはない、と思い直す。<br>大体僕でさえその天井の、しかも四角い縁取りに手をかけることさえ不可能なのだ。あまりに高い位置にありすぎる。では一体妻はどこから消えたと言うのだ？<br>部屋を出ようとしてもう一度部屋全体を見直す。やはり何もなかった。白い壁と天井で埋め尽くされているだけだった。<br>腕時計に目をやり、時刻を確認する。ここに来てからすでに3時間が経過していた。その十分すぎるくらいの時の中で一体僕は何をしていたのだろう。手紙が指し示す目的にもたどり着けず、妻まで失った。まるで僕の人生そのままを現しているかのようだった。<br><br>深夜の映画館を出る。空が青みを帯びていた。<br>自動車に乗り込むとエンジンをかけた。隣にいるはずだった妻の姿を助手席に重ね合わせた。妻は笑顔で僕に笑いかけている。「大丈夫よ」と。<br>どんな状況に陥っても楽観視できる妻の性格は心配性な僕の性格をいつも和らげていた。<br>ハンドルを握ると対向車線に車を進め、走り出す。<br>僕は妻を失ったまま、捜索することもせず、警察にも届けないことを決めた。<br>明日から一人で探そうと思う。たぶん、そうでなければ見つからないような、そんな気がする。ふと、バックミラーに映った自分の顔を見やる。死相の漂う表情をしていた。心身共に疲れ切っているのだ。そう自分に言い聞かせて、自動車のスピードを上げた。<br><br><br><br>【続く】<br>
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<link>https://ameblo.jp/noe21/entry-10517366584.html</link>
<pubDate>Sun, 25 Apr 2010 11:47:57 +0900</pubDate>
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<title>その映画館はひどくひっそりとした場所にあった</title>
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<![CDATA[ ４　  桜・雨・フィルム<br><br>初めて彼女を見かけて、一瞬で僕は恋に落ち、そして告白をした。<br>まだ、若かったから出来た。若気の至りとは、なんとも都合のいい言葉だろうか。<br>当時僕は大学生で、写真部に所属していた。格別に写真が好きだったわけではない。喫煙所代わりとコーヒーの香りに誘われてやってきただけだった。<br>同級生が写真部の部長をしていたし、僕は4年生だったから部室はほとんど独占に近い状態で自由に使っていた。後輩と呼ぶ者たちも何人かいたけれど、ほとんどが幽霊部員で特に仲良くしていたわけでもなかった。だから部室にいるのは同級生の渡辺か、あるいは僕だけだった。<br>その日も煙草を吸いに写真部にやって来ていた。<br>4月も半ばだった頃だから、部活勧誘の書類がテーブルの上をひしめき合っていた。<br>渡辺が今年も引き続いて部長職を担うと聞かされたときは驚いた。<br>4年生で、就職活動で忙しいはずだ。その上卒論もある。「別にいいんだよ」と彼は言っていたが、内心では後輩の杉山にバトンタッチしたがっていた。部長をやるのがめんどくさいとかそういう理由ではなくて、世代交代ってのはいつの時代も必要なんだよ、と以前彼が言っていたように、引導を渡したかったのだと思う。<br>けれども杉山はまだ2年生だった。現在の写真部は3年生が大半を占め、そして幽霊部員のそのほとんどが3年生によって占められていた。<br>杉山などの2年生世代は数えるほどしかおらず、勢力もさほどないのだという。<br>「勢力って？」<br>渡辺に訊き返すと彼はしれっと答えた。<br>「派閥みたいなもんだよ」<br>「そうじゃなくて。なんで勢力なんかあるのさ」<br>「人数が多くなるとさ、それなりに力を持ちたがるやつが自然と出てくるんだよ。力を持ちたがるくせに部室には真面目に来ない。活動にも参加しない。つまり、大勢のやつらを従えているっていう自己満足に浸っていたい奴ってことだ」<br>「それが3年生にいるから、だから何なんだよ」<br>「後輩に部長になられたら、自分の威厳がなくなるとでも思ってるんだよ。部を統括するのが年下で、つまりは年下の言うことに従わなければならなくなる。それが気に食わないんだ」<br>渡辺の言っていることが、僕にはあまりよくわからなかった。<br>威厳？　従う？　<br>「大学のサークルってさ」と僕は間延びしながら、次の言葉を模索し、上を見上げた。<br>「うん」渡辺が相槌を打つ。<br>「文化系のサークルでも、そんなに縦社会気質なのか？」<br>「縦社会ならまだましさ。不真面目な奴らは自然に淘汰される運命にあるからな、大学は。<br>けど、うちの3年連中は真面目な奴が一人もいない。でも権力は持っていたい。縦は縦でも途中で捻じ曲がって一周しちまっているような具合だな。元に戻せないんだ」<br>僕はそれでも理解し難かった。<br>そんなら従わず、自分達で勝手にやっていればいいじゃないか、と部外者だからこその身勝手な考え方が頭に浮かんだ。「渡辺が一度言わなきゃ。真面目に活動しないんなら、退部にするぞとかって」<br>「言ったさ」その言い方はとても頼りなかった。<br>「言うだけじゃなくて、従えないと」<br>「それが出来たら、今頃苦労してないだろ」出来ないから、今こうして俺が部長やってんじゃねえかよ、と僕に睨みを利かしていた。<br><br><br>「こんちはー」<br>抑揚のない平坦な声を耳にして、振り返ると後輩の杉山が入り口に立っていた。<br>服についた水滴を払いながら、「急に雨降ってきちゃいました」と愚痴をこぼした。<br>「雨？」訊き返すと杉山が窓を顎で指し示した。<br>視界を上から下へと縦に線を入れたような槍のような雨と水面に波紋する様子が目に入った。「強いな」<br>「ええ。結構。でも通り雨らしいですよ」<br>「へー」<br>「それより何してたんですか？」<br>「別に。いつも通りだよ。煙草吸って、コーヒー飲んで。それだけ」<br>「来週の写真は？　ちゃんと進めてるんですか？」<br>写真部の活動は、基本的に個々人で進めるものである。よって集団作業というものは直接的にはなく、年に3回開かれる展覧会の準備だけ部員が全員集まり、諸作業を行う。<br>杉山はその展覧会のうちの夏展のことを言っていた。それにしてもまだ3ヶ月以上もある。<br>「まだ4月だぞ？　取ってるわけねえだろ」<br>「でも、今回は先輩もやるって聞いてたから。初めてじゃないですか、作品出すの」<br>「今までは幽霊だったから出してなかっただけ。部室に来始めたのだってこの3月の春休みからだしな」<br>渡辺が「部室にコーヒーメーカー買ったんだ。一度来ないか？」と誘ってきたのを機に、それ以来僕は暇さえあればこの写真部の部室に来ていた。<br>そのうちに、「灰皿も設置することにしたんだ。3年連中が買え買えってうるさくてさ。仕方なく一台買ってやったのに、奴ら部室に来もしねえ。どうだ？　来るか？」<br>そう言われノコノコと行き、やがて暇でなくてもこの部室に来るようになってしまった。就職活動で市内に出てから真っ直ぐに家には帰らず、一度大学へと寄る。煙草を吸い、コーヒーを飲むためだけに。そのうち僕はこの部室の主になるのではないか、と内心で危惧している。<br>「杉山は？　もう撮ってるのか？」<br>「僕はいつでも撮ってますから」<br>「だったな」<br>写真部でもめずらしく杉山は模範的な、というか理想的な写真部部員だった。<br>まあ、だからこそ渡辺も杉山に引導を渡したいというのは理に適っていると思う。<br>「なあ、杉山」<br>「はい？」<br>「今度さ、現像の仕方教えてくれ」<br>「もちろん」<br>窓外の雨を見ながら、コーヒーを一啜りした。<br><br><br>【続く】<br>
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<link>https://ameblo.jp/noe21/entry-10517358385.html</link>
<pubDate>Sun, 25 Apr 2010 11:35:23 +0900</pubDate>
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<title>その映画館はひどくひっそりとした場所にあった</title>
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<![CDATA[ <p>３　　光・映写機・君の手</p><br><p>そろそろと歩みを進めるにはいささか慎重すぎたのは認める。<br>しかし決して恐れがあったわけではない。僕の性格のせいだ。<br>妻にそんなことを言ったことがあった。<br>今のように慎重にならざるをえない状況に陥ったときのことだった。<br>あのときはたしかインターネット上で何かの契約を結ぼうとしていたときで、普通なら見向きもしないはずのご契約書なるものを僕が</p><p>生真面目に見入っていた後ろで、妻がそんなことを言い放った。<br>「そんなの、誰も見ないわよ。そんなに難しい顔しなくてもいいじゃない」<br>「でも、何があるかわからないじゃないか」<br>「あなたくらいよ。いまどき、そんなの見るの」<br>「うるさいな。いいじゃないか、見といて越したことはないだろ？　不安要素があれば一つでもつぶしておくべきさ」<br>「ほんと、生真面目なんだから」<br>「こればっかりはどうにもね。そういう性分なもんで」</p><p>……なた。あなた!<br>意識を取り戻した僕の目の前にあったのは、妻の顔だった。<br>「あなた、どうしたの？」<br>懐中電灯のライトの光が眩しかった。僕らはまだ真夜中の映画館の中にいたのだ。<br>「早く行きましょう。もうすぐそこじゃない」<br>妻が指差した場所へと目をやった。細い光の筋がそこにはある。<br>手紙の指示通りにこなせば、僕らの目的のものがあるはずだった。<br>「行こう」<br>妻の手を引いて、僕は歩みを進める。<br>細い線のような光は僕らの身体に差し込んだ。視界を眩しい光が包むと、目の前をはっきりと捉えられなくなった。さっきまで暗がり</p><p>にいたせいで、目をあけることさえも困難な状況だった。「……っ」<br>なにも見えないまま足取りだけは、ゆっくりとではあるが確実に前に進んでいた。<br>そのうちに物事の輪郭がはっきりと見えてくることを望んでいるかのように、それはやけに楽天的なものだった。<br>「眩しいよ……」<br>妻の言葉に呼応するかのように、徐々に光度が弱まってきた。やがてやわらかな光となって僕らの眼前を明るく照らし出す。<br>光の中に見えたものは一台の古びた映写機だった。<br>淡く白い光の中を僕と妻はそろそろと、その映写機に近づいていった。<br>「なに、これ」<br>妻が言ったのは映写機に対してもだが、それともう一つあった。<br>それは写真止めのコーナーだった。四隅に三角形の隙間のあいた箇所がある。<br>「これは写真を止めるためのものだな」<br>「写真を？」<br>「うん。ほら、今じゃあまり見なくなったけどさ、フィルムで撮るカメラがあるだろ？使い捨てのとかさ」<br>「ああ」<br>「あれで現像した写真をそこの四隅でとめてるんだよ。じいちゃんが言ってた」<br>僕の祖父は映写技師だった。<br>今では誰も知らないような職業。かつて、日本で邦画全盛だった黄金時代、街のあちこちに単館の映画館は山のようにあったと聞いて</p><p>いる。オリオン座、なんていう星座の名前をつけるのが主流だったらしく、街を歩けば星座がそこここにあったらしい。<br>「でも……」<br>「うん？」<br>彼女が腑に落ちないという声を出した。<br>「手紙に書いてあったあなたの目的のものって…映写機のことだったの？」<br>「まさか」<br>僕だって信じられないさ。それにこんなものが答えであってほしくない。この手紙の真相はもっと別のゴールに繋がっているはずなの</p><p>だ。そう思いたいだけなのかもしれない。ということも認めた上で。<br>「これは単なる映写機。処分されずに残っているだけだろうね」<br>「じゃあ、あなたの探し物って？」<br>そうここにはこの映写機以外なにも見当たらない。僕だって焦っている。不安がこみ上げている。<br>映写機がヒントなのだろう。わざわざ手紙を用意して、僕をここに誘導し、何事もなくあっさりと見つけられる探し物が探し物である</p><p>はずがないのだ。これは僕に与えられた試練。少し過敏に考えてみる。これまでの僕を思い返し、僕に関わってきた人々のことに思い</p><p>をめぐらしてみる。僕の、妻と共に手紙に振り回される姿を見て、最も楽しむ人物は誰なのか。それをその人物になりきって考えてみ</p><p>る。僕がその人物であったなら、次に僕自身にどのような行動を起こしてほしいだろうか。心の底から嬉しさに舞い上がる僕の行動は</p><p>一体なんであるだろうか。そして妻にどのような災難が降りかかってほしいか。<br>ゆっくりと閉じていた瞼を開いた。眼前に広がったのはやはり映写機だけだが、写真止めのコーナーはじつはそこだけ真新しくなって</p><p>いることに気がつく。<br>そうなのだ、そのコーナー、後から新たに付け加えられたものだった。それもごく最近、もしかしたらそれが僕らへの次の誘導かもし</p><p>れない。「なあ、写真って入ってなかったか」<br>手紙の入っていた封筒の中に、まさか都合よく写真が入っているわけもないか。<br>「そんなものないわよ」<br>妻は素っ気なかった。<br>「写真と同じ大きさのものって何がある？」<br>「この大きさは少し小さいわよ、あなたが思ってる写真の大きさよりは」<br>妻が指でコーナーの横と縦の長さを図る。大体の見当をつけ、「二周りは小さいかも、……名刺？　くらいの大きさね」<br>だとしたら、それはキャッシュカードだったり、レンタルショップの会員カードだったりとほぼ等しい大きさなのではないか。<br>何でもいいのだろうか、そこにピタリとはまれば。<br>試しに（とはいいつつ一応名刺を）はめてみる。折り曲げることは容易いし、四隅のコーナーにピタリとはめることが出来る。それは</p><p>もらった時からずっと僕の財布の奥底でひそかに息づいていた。いつまでも忘れられることもなく、時折僕に当時の記憶を蘇らせるア</p><p>イテムとして。表には氏名や役職、住所などの情報を記載し、裏は彼女の写真がプリントされていた。<br>まだ元気だった頃の、病院のベッドの上で笑っているかつての恋人の。<br>妻に見られないようにプリント面を裏にし、優しい手つきで写真止めコーナーへとそれをはめ込んだ。<br></p><br><br><p>【続く】</p><br><br>
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<pubDate>Wed, 24 Feb 2010 04:58:48 +0900</pubDate>
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<title>その映画館はひどくひっそりとした場所にあった</title>
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<![CDATA[ ２　　海岸・彼女・記憶<br><br>その映画館はひどく古びたたたずまいだった。<br>東京から電車で3時間と15分を硬いシートの上で過ごして、辿りついたのはおよそ映画館とも呼べぬような廃屋だった。<br>それは海岸沿いにある─見方によれば廃棄となった海の家─のような様相をしていた。砂浜には紙コップや空き缶、スナックの袋だったり、ビール瓶なんかが無造作に放ってあった。<br>濃い灰色の砂浜に打ち寄せる濁った海の水が打ち上げられた数々のゴミをさらっては再び打ち上げていた。その光景が、期待に胸を膨らませていた僕にとってどれだけ大きな傷跡を残したかことか。あるはずの蒼い海と足元の指に優しく挟み込まれる砂の感触を僕は感じることができない。それを僕は自覚してしまった。<br>そして、どこかからか軋む音が響いてきて、僕はその音のする方向に目をやった。波の音に掻き消されそうになりながらも、僕の耳に届く独特なあの音色の先を辿った。それは先ほど落胆したはずの廃屋から聞こえていた。迷うことなくその建物に近づき、ドアと思しき扉を開け、その中へと歩みを進めた。<br><br>真っ暗な空間が広がる。でも完全に真っ暗とも言いがたかった。ところどころ、天井や壁から外の光が光線のように漏れ、幻想的な雰囲気を作り上げている。光のあたる地面を見るに、どうやら足元はコンクリートの床で覆われている。色はどこにでもありそうな灰色のものだった。ただ、ところどころコンクリートは欠けていた。歩くたびに感じるのは、無作為に穴の開いた床や、ボロボロと砂利のような音のする響きだった。<br>「ねえ、いい？　中央の床を一枚剥がすの。そうすればわかるわ」<br>1週間前に届いた手紙に書かれてあったのは、その科白と僕がするべき内容、そして便箋の下のほうにこの海岸までの小さな地図が手書きで記されていた。<br>仕事をしていなかった僕は、退屈を持て余す日々に耐えかね、さほどその手紙の意味を考えることもなく彼女の指示に従った。彼女は今ごろ病院の片隅でベッドに横たえているのだろう。最後に彼女に会ったのは確か、2ヶ月前の9月のことだった。それ以来、彼女とは会っていない。正確に言えば会いたくなかった。会えなかったのだ。僕は彼女との約束を破り、そのまま深い眠りについてしまった。眠り姫のように深い深い永遠とも思えるような永い眠りだった。<br>「いい？　絶対に約束よ。私と一緒に、海岸沿いの映画館に行くの。古くて、寂びれていて、誰も寄りつかない孤島のような映画館。あなたと私とでもう一度復活させるのよ」<br>「ああ、約束だ」<br>僕がしてやれるのは、彼女との約束を交わすことくらいだった。たとえ、それが嘘だったとしても。<br><br><br>【続く】<br><br>
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<pubDate>Sat, 06 Feb 2010 00:50:01 +0900</pubDate>
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<title>Rainy Day</title>
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<![CDATA[ 「タバコは身体に悪いんだよ。吸ってるだけで免疫力が低下するし、呼吸器を傷つけたりもするから感染症のリスクが上がったりするんだ。感染症ってさ、ガンとかと同じくらいに死因の割合をしめてるんだよ？　兄貴、それでも吸うっての？」<br>大学を出て、僕が社会人になって３年目の頃、弟はよく僕のアパートに遊びに来ていた。<br>仕事が忙しいせいでまだ引越しの荷物は部屋に散乱していて、人をいれるような状態ではなかったのだが、<br>「俺が手伝うからさ、いいだろ？」との条件でこれまでも何度か弟を招待していた。<br>これまでにも何度か僕のアパートには来たことがあったから弟には適当な時間に来てもらう、というのが通例だった。<br>ただ、今回はめずらしく思っていたより仕事が長引き、ほどなくしてケータイにメールが入っていた。<br>「兄貴のアパートの近くにイイ感じのバー見つけたからそこで待ってる。終ったら連絡くれ」と。<br>その時は仕事を片付けるのに精一杯で、メールの内容は流し読みした程度でケータイを閉じた。<br><br><br>　　　　　　　　　　　　　　　　　　０　僕と弟　～序、或いは日常～<br><br><br>「いらっしゃい」<br>ドアを開くと落ち着きのある熟年の紳士を思わせる声が耳に入ってきた。<br>店内はオレンジ色の灯りで包まれ、やわらかな雰囲気をかもし出している。<br>「遅かったじゃないか、兄貴」<br>「すまんすまん。ようやく終ってな」<br>「社会人ともなると忙しいんだな」<br>「まあな」<br>弟はカウンターのテーブルに一人で座っていた。店内を見渡すとそれほど客は入っていない。<br>弟の前にはマスターらしき男性がグラスを拭きながら佇んでいた。<br>弟の左隣に座り、とりあえずカバンを足元に降ろした。<br>「お疲れ」<br>言いながら弟が右手にビールグラスを前に差し出していた。<br>「兄貴もビール？」<br>「うん」<br>じゃあ、お願いします。マスターにそう告げる弟とマスターはなぜか古くからの知り合い同士であるかのような親しみさがあった。<br>「どうぞ」と、差し出され、ビールで乾いた喉を潤した。<br>「ふぅ」<br>「兄貴、ここさ、いいところだろ」<br>「あぁ、まさか家からこんな近いところにこんなバーがあるなんてな。びっくりしたよ」<br>本当に近かった。バーを右に出て、しばらく歩けば昨日引っ越してきたばかりの家のアパートが見えるのだから。<br>「知ってたのか？　ここ」<br>「いや、今日初めて知ったんだよ。どっかで時間潰そうかなって思ってたら偶然にもね」<br>「そうだったか」<br>じゃあ、マスターとも今日が初めてってことか。ふと、そんなことを考えていた。<br>「じゃあ、」と言ってマスターを指差しながら弟に目で合図した。<br>この人とも初めて会ったんだよな、と。<br>「あぁ、そうそう」<br>と言うと、弟は姿勢を正し、一つ咳払いをした。<br>「こちら、このバーのマスターで、名前は……」<br>そこまで言うと弟が急に言葉に詰まった。どうやらマスターの名前を聞いていないことに今更気がついたらしい。<br>弟が目配せをすると、マスターが自ら名前を口にした。<br>「ここの常連さんたちからは『マスター』という名で通ってるのでそう読んでいただければ」<br>普通は本名を教えられるものだと思っていたが、こういうこともあるのだな、とある意味で関心していた。<br>「わかりました。マスター」<br>どうも、と会釈するマスターはにこやかな表情を浮かべていた。<br>「あ、灰皿、借りてもいいですか？」<br>「どうぞ」<br>マスターから手渡されると、スーツの内ポケットからマルボロを取り出した。<br>バーの名前がプリントされたマッチを借り、タバコに火をつけた。<br>白熱灯に照らされた店内をタバコの煙が漂っていく。<br>「兄貴、いい加減タバコなんてやめろよ」<br>「なんだよ、急に」<br>「最近、大学の講義で習ったんだ。喫煙者は非喫煙者と比べて肺炎球菌感染症になるリスクが２倍から4倍も高いんだ。それにインフルエンザにかかる感染リスクも数倍高いし、肺結核の危険も高いんだって」<br>「そ、そんな難しい言葉並べ立てるなよ、頭がいたくなるっての。それに今更言われたってな……実感湧かないぞ」<br>「だからダメなんだよ、兄貴は。備えあれば憂いなしって言うじゃないか。今のうちから減煙し始めるべきだよ。そしたらそのうちタバコなんて吸いたくなくなる」<br>「タバコが身体に悪いことは知ってるが、そんなわざわざそこまでしてって思わないか？」<br>「でもさ、タバコって吸ってるだけで免疫力が低下するし、呼吸器を傷害したりもするから感染症のリスクが上がったりするんだ。感染症ってさ、ガンとかと同じくらいに死因の割合をしめてるんだよ？　兄貴、それでも吸うっての？」<br>「まあ、死にたくはないけどさ。実際」<br>「だろ？　だったら少しでも早く手は打っておくべきだよ。値段にしたって今は３００円そこそこだけど、いつ値上がりするかわかったもんじゃないだろ？　金の無駄だよ、そんなの」<br>「うっ……」<br>弟の言うことは何ひとつ間違っていなかった。<br>昔から正論を着て歩いているような人間だから、仕方がないと言えば仕方がないのかもしれなかった。<br>ただ、そんな弟でも過去に一度だけ正論を着て歩いたことがなかった。<br>「マスターも何か言ってあげてくださいよ、兄貴ったらいっつもこうなんだから」<br>そうだね。と落ち着いた声でマスターは相槌を打っていた。<br>「でもね」と、マスターが続けた。<br>「喫煙者の人からすると、やっぱり理論より事実を見せつけられない限り、止められないものなんじゃないかな」<br>「そんな。マスターまで兄貴の片棒持つんですか？」<br>「いやいや、そういうわけじゃなくてね。当事者とその周囲の人たちの間にはどうしても越えられない壁っていうのがあるんだ。決して理解しあえない想いっていうのかな。考え方が根本的に違うからね。目に見える事実が必要なんだよ、君のお兄さんも含めてね」<br>「そんな難しいこと言われても、僕にはわかりません」<br>はははっ。<br>マスターは愉快そうに笑っていた。<br>「とにかくさ、兄貴は今からでも徐々に減らしてくべきだよ。なんなら俺が監視したっていい」<br>「おいおい、勘弁してくれよ。お前は俺の彼女か何かか？」<br>「そうだよ、そういえば兄貴の彼女だってタバコ嫌がってなかったっけ？」<br>「あぁ、だからあいつの前ではいつも吸わないようにしてるけど」<br>「だったら協力してもらおうよ。うん、それがいい。さっそく後で電話だな」<br>弟は名案を思いついたかのように、目を輝かせはじめた。<br>「おいおい……マジかよ」<br>「兄貴のためだよ。観念してくれ」<br>「本気なんだな」<br>「俺は冗談を言わない。今までもそうだったろ？」<br>「あぁ、確かに」<br>「さてと。行こうぜ、兄貴。今度は兄貴ん家で飲みなおそう」<br>「わかったわかった」<br>「じゃあ、マスターごちそうさまでした」<br>「お、おいっ。お前代金は？」<br>「俺をこんなにも待たせたんだ。兄貴が支払ってくれるんだろ？」<br>弟はそう言うとさっさと一人で店を出て行ってしまった。<br>「大変だね、君も」<br>帰り際、マスターが愉快そうに喋りかけてきた。<br>「ええ、まあ。でも、大切な弟ですから」<br>「良い兄弟の手本のようだ、君たちは」<br>どうも、と軽く会釈をし、レジを去ろうとした。<br>「実はさ、僕もなんだよ」<br>「はい？」<br>「タバコ、僕も吸ってるんだ。弟さんには内緒だよ」<br>そう言うマスターの口元には人差し指が一本立てられていた。<br>「了解です」<br>店を出るとにわか雨が降り出していた。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br><br><br>【続く】<br>
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<link>https://ameblo.jp/noe21/entry-10442046371.html</link>
<pubDate>Sun, 24 Jan 2010 23:15:04 +0900</pubDate>
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<title>DAYDREAM</title>
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<![CDATA[ 午前５時、地平線から太陽が顔を出す瞬間、そこには鮮やかな光の道筋が生まれる。<br>僕はその光の道筋を眺めることがこの夏休みの習慣となっていた。<br>どうして習慣となっているかと言ったら毎朝僕は朝の５時に目が覚めるからだ。<br>じゃあどうして朝の５時に目が覚めるかと言ったらそんなことを教える義理はないから教えたくない。<br>けど、あえて言うならその５時という時間が僕にとってどれほど重要な意味を持つか、それは僕でさえも計り知れないほどの重要な意味を担っていた。<br>僕は毎朝５時に、半ば強迫観念に囚われているかのように必ず目を覚まし、朝焼けの滲む晴天の空を眺めていた。<br>そして僕の病名は強迫神経症だった。<br><br>この病気に気がついたのは大学が夏休みに入る直前のことだった。<br>ひと通りのテストも一段落し、僕は仲のいい友人たちとこれからの夏休みをどう有意義に過ごすか、そればかり考えていた。<br>皆でファミレスに集まり、雑談しながら色々と計画を立てたり、馬鹿話をしたり、そうやっていつも大学でやっているような当たり前のことをこなしていく。<br>それはとても楽しくて、そして本当に自分でも気づかないくらいに、それは本当に幸せなことだった。<br>でも僕は皆に隠していることがあった。<br>僕は幼い頃から極度の不安症だった。これは医者に診察されたわけではない。<br>僕が日常感じているだけであって、不安症なんていう症状があるのかも知らないし、本当のところ僕の単なる勘違いなのかもしれなかった。<br>やがて、僕はその日もまた不安から来る面倒くさいクセを発症した。<br>まずテーブルに目がいった。<br>奥のソファの席に座るためにテーブルとテーブルの間をすり抜けるときに左手をテーブルの角にあててしまった。<br>それだけのことなのに僕はそのテーブルに手をあてた行為を失敗とみなした。<br>やり直さなければ。<br>そして僕は周りにいる友人らに目もくれず、ファミレスの入り口に戻り、そこからまた一人でテーブルの場所へと向かった。<br>当然のごとく友人らは僕を奇妙な目で見たし、店員も、他の客達も僕のことを奇妙な目で見ていた。<br>僕はその視線に堪えながらテーブルとテーブルの隙間を通り抜ける。手は当たらずにソファに座り込もうとしたその瞬間、ソファの置くにはすでに友人が座っていた。<br>僕は焦った。そこにいられては困る。そこは僕の席だったのだ。本来ならば僕が座るはずだったのだ。<br>無理やりに押しのけて友人をどかせる。どかせる時に友人らは僕のことをまた奇妙な目で見ていた。<br>そして僕に席を譲ってくれた友人はしぶしぶ僕どいてくれたのだが、友人が僕に席を明け渡すために僕が数歩後ろに移動して友人を一度外に出さねばならなかった。<br>僕は変に焦っていた。<br>皆から注がれる奇妙な、というか変なものを見ているかのような視線とか、感情とかに堪えながらそれでも僕は何事もなかったかのように振る舞い続けなくてはならなかった。<br>だからまた失敗した。<br>また左手をテーブルにあててしまった。ほら、きっとこのまま僕はソファに座ったら今後嫌なことが起こる。<br>色んなことを失敗する。ダメになる。ダメにする。全てを失敗する。<br>そして僕はまた、ファミレスの入り口に戻った。<br>初めからやり直しだ。一からのやり直しだ。<br>さあ、皆の視線が痛いぞ。誰も彼もが僕のことを好奇な視線で見てるぞ。でも初めからやり直さなければならないのだ。<br>そうしないといずれ僕にきっと大きな「嫌なこと」が訪れる。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/noe21/entry-10440469071.html</link>
<pubDate>Fri, 22 Jan 2010 22:30:33 +0900</pubDate>
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<title>その映画館はひどくひっそりとした場所にあった</title>
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<![CDATA[ １　　真夜中・妻・２００８年、暮れ<br><br>その映画館はひどくひっそりとした場所にあった。<br>僕らがその映画館に到着したのが夜中の3時すぎのことで、もちろんのことだけれど人なんている気配などなかった。<br>僕の隣には結婚して3年になる妻がいて、眠たそうな顔つきのまま僕の右手を握ったまま離そうとしなかった。<br>映画館のドアを潜り抜けると、ロビーのような場所が広がっていた。ガラスケースが並び、コカコーラの見本カップが飾られてあり、映画の宣伝用のパンフレットが整然と積まれてあった。その中の一つを手にとって、ズボンの尻ポケットに丸めて突っ込んだ。<br>「こっちだよ」<br>妻の手を引きながら僕が進んだのは、やわらかい合成革の感触のした分厚そうなドアの中だった。入ると、ひんやりとした空気が身体のまわりを包んだ。<br>徐々に暗闇に慣れてきたのか、僕らが大体どのあたりにいるのかがわかるようになってきた。僕らは今、画面に向かって、最後尾の席の最も右側にいた。ぼんやりと画面の輪郭がわかった。<br>席数は数百ほどあるのだろうか。<br>僕らの街にある映画館の中では最大級の規模だった。<br>何もない無音の中では、恐ろしいほどひっそりとしすぎていて、理由のない恐怖が僕の身体のまわりを包むようでもあった。<br>「本当にここにあるの？」<br>消え入りそうな妻の声が聞こえてきた。<br>「大丈夫だよ。心配ない」<br>不安はあった。妻につよがりを言ってはいるが、僕自身、本当にここに探していたものがあるのかどうか、漠然とした自信すらなかった。できるのは、内心で祈りつづけることだけだ。<br>「どっち？」<br>手紙の文面によれば、探し物の正確な位置は示されていなかったがその代わりにヒントが提示されていた。<br>「あっち、非常灯のところ」<br>画面に向かって、最も左側の最前列の席、その席の左手に見える非常灯のすぐそばのドアを僕らは開けた。<br>手紙の文面によればそのドアを開けて、5メートルほど歩いた先に目的の探し物はあるのだと書かれてあった。<br>ドアの向こう側はもちろん暗闇のままではあったけれど、それでも何も見えないというわけでもなかった。劇場内と微妙に空気が違う。外からの生暖かい風が混じった、気持ちの悪い空気を身に纏う。<br>妻もそれは感じたようだった。<br>さっきまで僕の右手を握っていた彼女の力が、ふっとやわらいだ。<br>そろそろと歩みを進める。左手は壁に触れながらだった。<br>やがて、一本の筋のような細い光が、僕の視界に入ってきた。<br>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　続く<br>
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<link>https://ameblo.jp/noe21/entry-10440452854.html</link>
<pubDate>Fri, 22 Jan 2010 22:11:08 +0900</pubDate>
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<title>駅裏にて</title>
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<![CDATA[ 　何も、彼女のことを誑かすとか、そういう気持ちで付き合ったわけではないのに、実際に今の僕の前にいる彼女は間違いなく怒っていた。<br>   目に涙を溜めながら、噴出しそうな涙を流すのをこらえて、まっすぐに下ろされている両手がグゥの形のまま。 <br>　ここは駅の構内で、彼女と僕はその構内の階段下のところで行きかう人々が群れをなす中、向き合って見つめ合っていた。 <br>「どういうことなの？」 <br>　鼻水と涙が交じり合ったような声で、彼女がそうやって訊く。僕はその問いかけに一瞬、間を置いてゆっくりと声を紡ぐ。 <br>「だからさ、いいかげん分かってよ。カナはただの仕事先の同僚で、昨日はみんなで飲んでたんだよ。それでカナが酔っ払って俺に抱きついてきただけなの」 <br>「信じられない」 <br>　僕は昨夜、仕事先の同僚と一緒に飲み屋で２時間ほど飲んでいた。帰りがけになると、カナという僕より３っつ年下の子が僕に抱きついてきて、 <br>「せーんぱいっ」 <br>　なんて、はたから見ても明らかに絡まれてると分かるような光景を、僕は今目の前にいる彼女に見られたというわけだ。<br>　しかし、現に目の前にいる彼女はそんな光景を見て、僕が浮気をしているのだと勘違いし、逆上し、その場で泣き伏せてしまった。<br>　酒の入っていた僕は、それで一気に意識を取り戻し、彼女の肩に手をかけようとした瞬間、─彼女は僕の気配に気が付いたのか─彼女が僕の手を振り払い、<br>今まで見たこともないような素早さで僕の目の前から消え去った。 <br>　春も終わりに近づいた夜の風を赤らんだ頬に受けながら、人ごみに紛れて消えていく彼女の後姿をただ眺めているだけの僕がいた。 <br><br><br><br>  改札を抜けて、これから駅に乗り込む人々や、家路につく人々の群れの中、彼女はまたしても地面に泣き伏せる。 <br>「ねえ…」 <br>　膝と膝の間に顔を埋めて、きっと涙を流して、目頭を熱くさせてるのだろうなと予想される彼女が小さくポツリと呟いた。 <br>「ホントに違うの…？」 <br>「違うよ」 <br>　その問いかけにいいかげん信じろよ、てか正直こんなところで蹲られても困るのは俺で、この場を収集しなきゃいけないのも俺で、<br>周りの連中から痛々しい視線を浴びせられるのも俺であると愚痴を零しながらも、そんなことを声に出して言ったらさらに事態は悪化してどうしようもなくなると考え、<br>だからこの上ない優しさを込めて、俺は満面の笑みを浮かべ、お前のすべてを受け入れるよ、お前のそのパニックになりやすい性格とかすぐ泣くところとか、<br>独占欲丸出しのところとか全部ひっくるめてお前が一番で、お前がいなきゃ俺は生きていけないよなんて大げさなくらいに感情を表に出した表情で、<br>電車のジリリリリリリという合図を背に受けながら、返事をする。 <br>「ホントに…？ねえ、ホントのホントのホントのホントに？」 <br>「ホントだよ」 <br>　少し顔を上げ、上目遣いに俺を見上げる。 <br>　涙が流れて、彼女の目の下がマスカラで黒くなっているそんな彼女を見て、俺は再び満面の笑みで返事をする。 <br>「えへへへ…、ありがとう……ごめんなさい…」 <br>「うん。俺も悪かったからね。勘違いさせて本当にごめんね」 <br>「ううん。勝手に勘違いした私が悪いの。だからター君は何も悪くないの。悪いのは私なの、本当にごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい…」 <br>「もういいから。大丈夫だから、ね？」 <br>「ごめんなさい…ごめんなさい…」 <br>　とにかく彼女を立ち上がらせ、この場から逃げるように離れ、駅の裏の人気のないベンチに彼女を連れて行く。 <br>   ベンチに座った彼女は、落ち着きを取り戻したらしく、まだ目頭を熱くさせたまま彼女は僕を見つめて、次の瞬間僕の口唇に自分の唇を押し付ける。<br>　街頭も何も僕らを照らす明かりはなくて、唯一見えるとしたら、ベンチの前にそびえ立つ観葉植物みたいなよくわからない草木の向こう側に広がる、大小それぞれのビルから放たれるネオンの光だけだった。 <br>  それで僕はこんなことの繰り返しを続ける僕や僕の唇を獣のごとく食べ、口の中に舌を突っ込んで、まるで自分の存在する証を残すかのように唾液を流し続ける彼女の顔を一瞥すると、そのまま僕はベンチに寝転がり、<br>夜空を背にした彼女と身体を密着させた。 <br>　彼女のキスで分泌される唾液と夜風で運ばれてきたクチナシの香りが混じって、僕の頭の中は靄が掛かったように今までの全てをどうでもよくさせた。 
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<link>https://ameblo.jp/noe21/entry-10440442129.html</link>
<pubDate>Fri, 22 Jan 2010 22:01:16 +0900</pubDate>
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<title>東京デイズ</title>
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<![CDATA[ １<br><br>11月も半ばになると空の色が青々として冷たい空気が本格的になってきた。<br>近所を散歩しながらこれからのことをどうしようかと考えていたらケータイに着信。「もしもし？」<br>「どーもどーも、韮澤さん。お元気っすかー！？」<br>相手は大学時代の後輩の大内だった。とにかく軽くて、女遊びが酷いともっぱらの評判だった。<br>「今、渋谷で飲んでるんすよ。どーっすか？　来ません？」<br>「行く行く。あっ、でも金ねえや」<br>「いーっすよ。知り合いの店なんで俺の驕りっす」<br>「んじゃあ行く。すぐ行く」<br>僕の住んでいるマンションは池袋の駅からちょっと歩いたところにあった。一階に西友があって、近所にもコンビニが何軒かある。3ＤＫで家賃が12万円。これが相場なのかどうかは良く知らないが、高校の時の連れとルームシェアをしている。だから家賃は折半して一人当たり６万円。上等だ。<br>実家の名古屋から出てきて２年になる。就職先などどこでも良かった。100年に一度の不況なんて叫ばれながらの就職活動が上手く行くとも思っていなかったし、社会に出たくないなんて考えすらあった。そんな中で唯一内定をもらえたのが東京の小さな印刷会社だった。地元密着型、と誇らしげに謳ってはいるものの、実態は経営が火の車でいつ潰れてもおかしくないような状況だったと後になってから知らされた。当時の同僚は言った。<br>「なあ、韮澤。どうして俺達に内定なんて出したんだろうか？」<br>「経営が火の車だったのにな」<br>「新卒なんて取ってる場合じゃなかったはずだぜ」<br>「だよな」<br>「中小の印刷会社で唯一環境保全に取り組んでいるだとか、人材派遣業も行っていて多角的に経営を進めてるだとかさ、説明会の時はあんな調子の良いこと言ってよ、こっちは被害者だっての」<br>「まあな。新卒もさ、良い格好でもしたかったんじゃないの？」<br>「こんな時代にする必要なんてねえだろうがっ」<br>「俺に当たるなよ」<br>同僚の車林は酒の席でひたすら会社の愚痴を垂れていた。僕もそれに同調するように会社の愚痴を垂らしたが、実際のところどうでも良かった。失業したところでしばらくは派遣でもするかと考えていた。これが20代の後半だったらちょっとは焦っていたが、まだ学生気分の抜けないまま失業して、立派に今後の人生を考えたりなどするはずもなかった。<br>「しばらくさ、俺は地元で就職活動するけど、お前は？」<br>「ん。わかんね」<br>「なんだよ、そんな適当でいいのかよ」<br>「いや、ちゃんと就職するって。でもこっちで探すかな」<br>「そうか。ま、またいつかな」<br>「ん」<br>新宿の焼肉屋の安安で飲んだ帰り道、車林は酔いながらぽつりと言った。<br>「彼女とさ、別れちまった」<br>「そうか」<br>「結婚考えてたのにな。まあ、失業したからちょうどいいか」<br>「なんで別れた？」<br>「他に男が出来たって。そっちと結婚するんだとよ」<br>「へー」<br>「もっと慰めてもらえるもんだと思ってたんだけどな」<br>車林が苦笑した。<br>「俺はそんなことしないよ」わかってるよ、と車林が言った。<br><br>＊<br><br>「せーんぱーい！　こっちこっち！！」<br>渋谷の駅を降りて２０分ほど歩いたところで大内がビルの前に立っているのを見つけた。「お久しぶりっす」<br>「元気そうだな」<br>「先輩こそ～」<br>「俺は失業中の身だぜ？」<br>「俺っちはフリーターっすよ」<br>「どっちも変わんねえか」<br>ビルの地下一階に大内の兄がやっているというバーがあった。今は大内もそこでバーテンをやっているらしい。まだ準備中の札がかかっているので客はまだ誰一人いない。店内はオレンジ色のランプが所々で光っている暖かな雰囲気に包まれていた。<br>「でもほんと元気そうで何よりっす」<br>「お前もな」<br>「愛子先輩の葬式以来っすかね」<br>「ん。そうなるな」<br>少し、沈黙が訪れた。僕は口元に懐かしい笑みを称えたけど、大内はそうではなかった。<br>不意に真面目な顔つきになり、沈黙を破った。<br>「今日はとことん付き合ってもらいます」<br>「なにかあるらしいな。どんとこい」<br>時刻は夕方の6時を過ぎていた。カウンターに並んで座り、マスターのいない店内で僕と大内は二人っきりで酒を飲み始めた。<br><br>＊<br><br>愛子は大学時代の後輩だった。大内の一つ上の先輩にあたり、僕にとっての一つ下の後輩だった。気立てが良く、誰に対しても平等な優しさを持った素敵な女性だった。異性としてみていたわけではなかったが、それでも僕の周りで彼女に惚れている人間はいくらでもいた。<br>ある日彼女が言った。<br>「先輩、私、しばらく大学に来れそうにないんです」<br>「なんで？」<br>「実はですね、私、心臓病を抱えているんです。幼い頃からずっとそれが持病で、大学に入ってからは落ち着いていたんですけどね。…またぶり返しちゃったみたいで」<br>あまりにも唐突だったため、初め彼女の言っていることがすんなりと耳に入ってこず、訊き返してしまった。「はい？」<br>「なーんて、冗談冗談っ！」<br>いつものように明るく振舞う彼女の声と表情がそこにはあった。まるでさっきまでのことを全てなかったものとして考えてくれという強い意志が秘められたような言葉調子だった。<br>それで僕はわざわざ再度訊き返すことはしなかった。彼女がそれでいいというのなら、わざわざ蒸し返すのも失礼な気がしたのだ。けれども彼女はその日以来、一度も学校へは来なかった。やがて音信が途絶え、誰もが彼女は退学をしたんだとか、密かに付き合っていた彼と結婚でもしたのではないかとか、そんな噂だけが一人歩きしていた。<br>彼女が学校に来なくなってから半年近くが経とうとしていた。僕と大内は軽音サークルの冬合宿で長野のスキー場へとやって来ていた。<br>「せーんぱいっ！　今夜、街に出て女の子ひっかけません？」<br>「やだよ。寒い中、誰もいるわけないだろ」<br>「そんなこと言わずにー」<br>「女の子ならホテルで捜せよ。ロビーで粘ればちょっとは脈もある奴がいるって」<br>「付き合いわるいなー、もう」<br>「うっせえ」<br>その夜は、皆で鍋をつついてマージャンをした。タバコをふかしながら酒を飲み、つまみを食べ、裸になった。女の子の部員も一緒の部屋にいたが、男達がいくら裸になろうとも全くの無視を押し通していた。4年の先輩にいたっては、「若いな」と一番重いセブンスターを吸いながら、3年部員の裸踊りを楽しげに眺めていた。<br>「韮澤、電話」<br>見ると僕のケータイがバイブしていた。<br>部屋の外に行き、画面を見ると、着信は愛子からだった。<br>「どした？」掠れた声だった。酒を浴びるように飲んだせいかもしれない。<br>「…」しばらく返事はなかった。電波が悪いのかと思い、再び声を掛けたがそれでも返ってこなかった。ケータイの画面にはしっかりと3本立っている。<br>「愛子？」<br>「あの…」<br>その声は今にも消え入りそうだった。一瞬で泣いている愛子の姿を思い浮かべることが出来た。「先輩、あの」<br>「久しぶりだな、なにやってんだ今？」<br>「先輩、私、と今度あの、…今度、部室、来てもらえませんか？」<br>「いいよ、いつがいい？」<br>「今週の土曜の正午に、待ってます」ブツッ。それで電話が一方的に切れた。<br>部屋に戻るとあいかわらず皆が馬鹿騒ぎをしていた。平和すぎる光景だと感じた。あまりに僕にとって当たり前すぎる光景だったため、改めて客観的に見るとそれは僕が今まで接してきた光景ではないような気分になった。<br>「韮澤？」<br>声を掛けられ、顔を向けると訝しげに僕を見る友人の顔があった。マージャン稗を手にしながら、顔を真っ赤に充血させている。床には幾種もの酒のビンが無数に転がっていた。<br>それで僕は自分の存在が再びその光景の中にぴったりとはまる感触を受けた。やっぱり、いつも通りの景色が広がっていた。<br><br>＊<br><br>「懐かしいな」<br>「愛子先輩は天国で幸せになってんでしょうか」<br>大内は俯いたまま暗い影を落としていた。右手に持ったグラスの氷がカチンと鳴り、淡い光を放っていた。大内もまた愛子に好意を抱いていたのだろうか。彼女に言い寄る男どもは虫の数ほどいたが、付き合うまでに至った輩は一人もいない。愛子自身が世間離れした感性の持ち主であるということも関係しているのかもしれない。男女の交際、という概念すら理解していないのではないかと時々思ったこともあるくらいだ。とにかく、愛子が誰かと付き合ったという話を僕は聞いたことがない。<br>ただ、大内だけは違っていた。<br>大内は部内でも軽薄な男として見られていた。女の子には手当たり次第に手を出し、都合が悪くなったらあっさり捨てる。女の子の好みは可愛ければ何でもいい。そんな大内が唯一手を出そうともしなかったのが、愛子だった。僕は初め、大内の新たな手口だと思っていた。それまで巧みな会話術で女の子の心を鷲掴んでいた大内が、その世間離れしたこれまでとは違う種類の女の子を捕まえるために、一歩引いた位置で愛子を観察し、愛子を取り巻く男共を観察し、愛子の特殊な人間性にことごとく脱落していくその様を観察し、そして着実に愛子を落とすための作戦を練っているのだと。しかしそんなことは僕の独りよがりな想像でしかなかった。根拠のない妄想を膨らませることほど、無意味なことはない。<br>大内はいつになっても愛子に手を出すということはしなかった。でもいつも彼女のそばで、彼女を見ていた。それは彼なりの愛子に対する一風変わった愛情表現の一つだということにかなり後になってから知った。<br>「愛子を狙う男共はたくさんいたよな」<br>「いましたねー。めっちゃ」<br>「お前もその内の一人だと思ってたよ」<br>「……あははっ、ホント、韮澤さんは冗談きっついなあ」<br>大内は言葉を濁した。<br>やはり本人にとってあまり触れられたくない話題ではあるようだ。グラスを持つ手に余計な力が加わっているのが手に取るようにわかった。<br>「そうだ、韮澤さん。また聞かしてくださいよ、あの話」<br>僕は大内が何を言っているのか理解できなかった。<br>また、とはどういうことだろうか。僕が大内に何を話したことがあるというのだろうか。<br>「なんだっけ？」<br>「あの話ですって。あの、就職活動中の、…えっと夜行バスで起きた…」<br>「あー、はいはいはいはい」<br>「思い出しました？」<br>「思い出した。ってかなんで？」<br>「だってあの話聞いてるとなんだか癒されるんすよ」<br>ほら、早く、お願いしますって。<br>急かす大内に、僕は一つ咳払いをした。<br>「あれはな、俺が就職活動で大阪に行ってた時のことだ」<br>酒を一杯口に含み、喉を潤した。<br>「夜行バスに乗ったのは夜の11時半。スーツを着たままで、狭苦しいシートに持たれかかっていた時だったよ。暇でなあ。文庫本を持ってきてはいたんだけど、読書をする気にもなれない。寝るには早すぎたし、これからどうしようかと思ってた時だ」<br>そう、僕は見てしまった。窓際のＡ６という席から外にふと目をやった時に。そこに、愛子の姿があったのを。<br><br>＊＊＊<br><br>愛子を見つけたとき、僕は口に含んだコーヒーでうがいをしていた。口内で静かにうがいをするのは他人からすれば汚らしい行為だと言うが、僕には理解できない。そうして窓の外にいた愛子を見て僕はコーヒーを噴出しそうになり、必死に腕で抑えていた。<br>（愛子？）<br>ありえるわけはないのだが、そこにいたのは紛れもなく愛子の姿だった。<br>窓にかじりつくようにして必死に彼女の姿を凝視した。「いやいやいや」<br>必死にそんなことはありえないのだと、自分で自分を諭していた。だとしたら他人の空似なのだろうか。だとしても、この胸の妙な動悸の説明がつかない。<br>バスが走りだした。ゆるやかにスキーで雪上を滑り始めたような軽やかさだった。僕はさらに窓に顔をよせ、豚っ鼻を作りながら段々と小さくなっていく彼女を見つめていた。<br>その時だった。彼女が一瞬笑ったのだ。クスリと、口元に利き手である右手の拳を近づけ笑った。それを見て僕は確信した。彼女は愛子だ。あの独特の仕草は彼女のそれと全く一緒だった。<br><br>＊＊＊<br><br>「愛子先輩の双子とかじゃないんすか？」<br>「あいつに双子の兄弟がいたなんて話、聞いたことないだろ？　ありえない」<br>「でも先輩って部内でも不思議を身に纏ったような人だったじゃないすか。どこか暗い影を落としてるみたいな」<br>「でも、そんな愛子をお前らは飽きもせず狙ってたわけだよな」<br>「そういう不思議さが魅力的だったんすよ。蟲惑的というか」<br>「そんなもんかねぇ」<br>腕を組み、背もたれに身を預ける。今考えても、どうにもあの時、なぜ愛子が自分の目の前に現れたのか理解できない。第一、彼女は本当に誰なのか？　愛子…？　いやあるわけがない。じゃあ誰だ？　双子だとして、なぜ僕なんだ？　<br>考えても考えても推測すらつかない。あるのは「？」だけで、やがて頭痛にも似た痛みが頭頂部を襲った。<br><br>「今日は誘ってくれてありがとうな」<br>「いえいえ。また、誘ってもいいすか？」<br>「職が見つかるまで当分暇だからな」<br>じゃな、と大内と別れ、僕は来た道を引き返す。<br>さすがに夜風の冷たさには肌を刺すような感触を受ける。来月は12月。年の瀬がもうすぐそこまで近づいていた。<br>コートを羽織っていても顔だけは隠せないため、風は容赦なく吹き付ける。まるで火照った顔を覚まそうとしているかのように、作為的なものを感じるのは、僕がまだ酔っているからかもしれない。吐き出す息で、両手を暖めた。<br>思えばこうして夜道を散策するなどということは、大学生の頃以来ではないか。夜空に浮かぶ金色の月が僕を慰めているようにも、馬鹿にしているようにも思えた。これからのことを、真面目に考えなければならないな。心の中で決意して、そうして家に着く頃にはこの決意も忘れてしまうなんていうことも、わかっている。<br>僕の住んでいるアパートは板橋駅から歩いて10分のところにあった。<br>近所は住宅の立ち並ぶ閑静な場所だ。その住宅街に囲まれるようにして小さな公園がある。<br>ブランコとシーソーがあるだけの、こじんまりとした公園だ。帰り道、酔いを覚ますためにその公園へと立ち寄ることにした。一歩入るとそこは現実から引き剥がされた夢の国。なのだと幼い時分は思っていたはずなのに、今では酒を抜くための立寄り場所になっていることに悲しさを覚える。自分の人生も恐らく、この公園のように休憩のための立寄り場所が所々に点在しているに違いない。そうして何度も何度も自分が歩んできた道を振り返っては内省し、月を見上げて、そんな自分に酔いしれるのだ。なんて自分は可哀想な人間なのだろう、と。そうしてそんなことを考えてしまった自分に再び落ち込む。その、繰り返しを延々と続けていくことが人生なのかもしれない。<br>ブランコに座り、幼き日々の自分の姿に浸っていた。漠然とした記憶でしかないが、ここにいるのは確かに生きていることに何の迷いもない自分の姿だった。<br>一際冷たい風が頬に当たる。喝を入れられている気分にもなった。<br>「…どうしたらいいんだよ」<br>無職になってしまった自分に、ほとほとついていないな、と呆れることしかできない。<br>こんな時、愛子はいつも笑顔で僕を元気付けてくれていた。<br>「ファイトです、先輩。スマイル、スマイル」そうそう、こんな風に。<br>「まだ始まってもいないじゃないですか、これからですよ」今日はそんなに飲んだだろうか。酔いが一切引く気配がない。こんな幻聴を聞いてしまうなど、これまでなかったことだ。<br>「大丈夫ですか、先輩？」そっと僕の肩に優しく触れる何かを感じた。<br>はっ、と横を見やり、絶句した。「…」<br>「お久しぶりです。先輩」<br>愛子は、大学生のあの頃のままの愛子の姿ではなかった。少しだけ大人びた、愛子の姿がそこにはあった。<br><br>２<br><br>「お久しぶりです、先輩」<br>「愛子…」<br>そこにいたのは紛れもなく愛子で、でも少しだけ印象が違うのはきっと彼女が僕の知ってる当時の愛子と比べて大人びているからで、でもその大人びた愛子は以前にも増してさらにその美貌に磨きを掛けていて、そんな彼女を僕はあまつさえ抱いてみたいと感じてしまっていた。<br>先輩、と呼ぶ仕草が懐かしかった。時折見せる、長い髪を耳に掻き揚げながら僕を呼ぶその声。透明な声音は懐かしさを想起させる。彼女を愛子と認識するのに否定的な考えは微塵も浮かばなかった。僕の目の前にいるのは愛子だ。<br>「驚いたと思います。申し訳ありません、こんなの…変ですよね」<br>「いや、変…というか」どう表現したらいいのか、わからない、ですか。愛子は微笑んでいた。その反応を見越していたかのように。<br>素直に首肯した。自分の感情を上手に隠せるような余裕もなかった。驚いてもいるし、嬉しいような気もする。不可解だ、と問い詰めたくもなるし、なんで今更、と飽きれさえ感じる。でもそういうこと諸々を含めて僕は彼女に何を、何と言えばいいのか、一番に訊くべき事柄はなんなのだろうかと必死に探る。が、何も出ない。フリーズしてしまったかのように。<br><br><br>＊＊＊＊<br><br><br>ドトールでコーヒーを飲みながら腕時計に目をやると、6時半を過ぎていた。<br>急いで仕度し、店を出る。<br>開場が確か6時からでその30分後には開演しているはずだった。<br>遅刻だ、と思いながらもさして焦っていない自分に気がつく。<br>むしろこのまま帰ってしまおうかとも考える。僕が行ったところで、と。<br>泰介はいつごろ出てくるのだろうか。<br>今日は6組の出演で、ライブ自体は2時間で終るとのことだった。<br>泰介がいつごろ出てくるのかをあらかじめ聞いておくべきだったな、と舌打ちしながら地下2階へと繋がるエレベーターに乗り込んだ。<br>泰介は中学からの友人だった。大学を卒業してからも唯一付き合っている地元の級友。親友といっても近い存在もしれない。その割に久しく会っていなかったから、ライブの招待を受けたときは驚き、喜びを同時に感じた。<br>ライブ会場は小さな鉄製のドアの向こうにあった。<br>ドアを抜けると小さな机だけで仮設されてような受付。<br>泰介から前もって渡されていたチケットを渡すと、数枚かのチラシと共にドリンクチケットも一緒に渡された。「奥を行った右手にあります」と促され、今度は木製のクリーム色をしたドアを開けた。<br>「えー、というわけでですね…こんなしょっぱな下ネタでごめんねっ！って感じなんですけどね…いやまあホント今日のお客さん達はみさなん人間が出来てらっしゃる…」<br>眼前に広がっていたのは暗い室内で、小さなステージの上に頼りなく照らし出されていた照明の数々だった。その照明に後押しを受ける形で一人の少年が不安そうな笑みを浮かべながら尻すぼみながら話している。<br>「おっと、また新たなお客さんですか。いやいやいやよく来てくださいまして。ってか途中入室って…もうこれで何人目だよっ！」<br>一人でボケをして、一人でツッコミを入れている。およそボケともツッコミとも言いがたい、そう高校生が内輪でやるような談笑程度のボケとツッコミ。そこには自己満足しかないはずなのに、目の前の彼はそれをお金を取ったお客さんの前で披露している。<br>「ちょっとちょっとおにーさーん！　なんて顔してんのさー！　元気かーい？」<br>自分がまさか客いじりのその対象になるだなんて予想だにしなかった。<br>咄嗟に「ああ、うん」と頼りない声を出してしまう。<br>結局僕の反応が悪かったのか、演者である少年の技量のなさが原因か、僕と少年との初の絡みは場の空気に飲み込まれるようにして一気になかったものとして扱われた。<br>僕自身、その絡みに関しては別に大した感慨も持っていなかったのだが、背後から声を掛けてきた泰介は僕を案じ、「ごめんな。いつもはもっと客も多いんだけどさ、今日みたいな少ない日に呼んじゃって」と耳元で心底申し訳なさそうな声を出された。<br>確かに僕はこういう目立つとか、浮くとか、注目されることが苦手ではあるけれど、今のは違う。違う、と言ったところでまた泰介の気を使わせるだけだろう。<br>「いや、大丈夫」と応え、隣にいた女性に目がいく。泰介が気づき、照れ笑いしながら「こいつ彼女。今同棲してんだ」と言う。<br>違うでしょー、食べさしてやってんでしょー。怒ったような注釈をつけはするものの、その口ぶりはどこか甘い。<br>ライブ会場は30畳ほどの小さな部屋の中で、アングラ的な佇まいを醸し出していた。<br>泰介は3番目に出るとのことだった。一つのグループに与えられた持ち時間は20分間。<br>その短い時間の中で、泰介率いる「もずくスマイル」は3曲を披露するとのこと。<br>ライブをやる以上はもちろん、歌だけではなくＭＣも重要なパート。そのＭＣでいかにお客さんを引き付ける事ができるかも、プロとしての技量が問われるらしい。残念なことにもずくスマイルはまだメジャーデビューはおろかインディーズでのデビューも飾ってはいない。泰介自身に関して言えばこれまでにもインディーズだけならばデビューのお誘いがあったらしい。ただ、どれも胡散臭いものだったり、力のないレーベルだったりする。一度どこかの事務所に（それがインディーズとしてでも）所属してしまったらその他のあらゆるコンテストには出場出来ないらしい。本気で売れようと思ったらあらゆるコンテストに出場し、数々の功績を残し、そしてあとは運に任せるのだという。<br>あまりにも不利な立場ではないか、と思った。と同時にコンテストの審査員やメジャーレーベルのスカウトマンというものは企業で言うところの採用面接官と同じか、と思った。いや、さほど改めて考えるまでもないことだが、どうにも今の自分の状況と重ね合わせてしまう。つまり、就職するのもデビューするのも、最終的には縁であり、運であるのだ。<br>そこに公平などという言葉は存在しない。<br>何がしたいのかわからない芸人のような少年は、常に時間を気にしていた。もう終ってしまう、ではなくていつになったら終了時間が来るのだ、と焦っている表情だ。<br>「えーでは、この辺で今日のメインイベント。僕の敬愛するダウンタウンの松本仁さんが作詞をされたチキンライスを唄いたいと思います。<br>マイクを持ち、バックミュージックが流れると思ったらあれっ、と思った。<br>マイクは持っている。が、バックミュージックが流れない。代わりに突然ケータイを取り出し、イヤフォンを耳にはめた。<br>「僕はですね、こうやって聞きながらでないと唄えないのでして…えー…いきます」<br>いや、行くなよ。<br>しかしなかなか歌が始まらない。というかバックミュージックがないからお客である僕達にはいつ始まるのかがわからない。もしかしたら彼の中ではすでに始まっているのかもしれない。イントロを聞きながら、その余韻に浸っているのかもしれない。<br>「あ、ちょっと待ってください。音が、上手く…流れ…なくて…クソッ」<br>小さく舌打ちをしたつもりだろうが、しっかりとその音はマイクに入っていた。それほど音響設備もよくないのはわかるが、しっかりと僕の耳に入ってきた。<br>「あ、行きます行きます。唄います」<br>誰に言っているのか、もはやわからない。<br>本人も相当焦っているに違いない。ピンク色とも赤色とも言いがたいケータイが、照明でキラリと輝いていた。<br><br>案の定と言うべきか、それとも意外、と言葉にした方が良かったのか、とにかく歌は酷かった。仲間内で行くカラオケにも連れて行きたくないような酷さ。そこには「残念な感じ」という感想だけが残った。<br>バックミュージックもなく、かといって格別歌が上手いというわけでもない。聞いていて腹しか立たない。それでも最後まで潔く唄いきっていれば僕もまさかここまで言うまい。肝心なのはやっている本人がどこまで一生懸命にやっているか、の問題である。そして彼はお客である周囲を気にしながら、途中半笑いで、恥ずかしい自分を隠しながら（それは隠れてはいないのだけれど）唄いきった。その姿がさらに痛々しさを増して、見ている僕らは誰もが失笑するしかなかった。<br>一方、泰介のライブは大、とは言わないまでもそこそこの歓声と熱烈な固定ファンのおかげで事なきを得た。<br>危惧されていた危なげな演奏も無事問題なくやり切ることが出来、彼らの２回目のライブにしては上出来の仕上がりとなった。<br>「お疲れ」全ての演目を終え、会場は帰り支度やスタッフと談笑を交わしたり、あるいは演者とのささやかな交流による人ごみとざわめきに埋め尽くされた。泰介も結成当時からの熱心な固定ファンとの談笑に花を咲かせている。<br>「おお、ありがとな、今日は」いや、良かったよ、今日。<br>初めてもずくスマイルのライブを見た。これまでも何度かではあるが、泰介が曲作りの最中に試し聞き程度で楽曲を披露されたことはある。悪くはない、が自分の心の琴線に触れるような衝撃は受けてこなかった。正直なところ。<br>「こういう場、ちょっと圧倒されるけど…」<br>大体、“ライブ”というものに今までの人生の中で触れ合う機会など微塵もなかった。様々な刺激を受けたことも含めての「良かった」というのは本音ではある。<br>「これからどうするんだ？　この後、少数だけど打ち上げやるんだが」このビルの４階にある笑笑でさ。泰介の誘いを断り、僕は一人そのライブ会場を後にした。「ありがとう、でもちょっと行くところがあるんだ」そうか、わかった。じゃあな。<br>会場の重々しい扉を開けたところでもう一度泰介に視線をやった。泰介もこっちを見ていたが、すぐにファンらしき女の子が近づき、楽しげな談笑に花を咲かそうとする泰介の姿を見て扉をゆっくりと閉めた。<br><br><br>＊＊＊＊<br><br><br>「お前は本当に愛子か？」<br>目の前の愛子に真実を問い詰める。彼女は何も言わないが、その代わりににっこりと優しい微笑をたたえている。<br>戸惑いを隠しきれないままわなわなと手が震えてきた。寒さのせいだ、と自分に言い聞かせるが、すぐに恐れているのだと素直に認める。<br>「私、どうしても諦めきれなくて…来ちゃいました」<br>「なにを諦めきれなかったんだ？」<br>「大内くんのこと、私、好きだったんです彼のこと」<br>なんとも意外すぎる告白に動揺を隠せない。まるで愛子らしからぬことを言う。<br>「意外だな、そんなこと言うとは」<br>「えへへ。だって、私そんなキャラじゃなかったですもんね」<br>愛子の考えていることがどうにもわからなかった。彼女は一体何を望んでいるというのだ。それは僕の目の前に現れた理由と深く関係しているのだろうか。<br>「大内くんに、告白したくてこんな寒い日に現れたんです。私、凍え死んじゃいそうです」<br>「大内に会いたいなら、場所教えるぞ」<br>「いいえ。自分で探せますから大丈夫です」じゃあ、俺に何の用があるというのだ。<br>「……あの日、先輩たちがスキー合宿に行っている間に取りつけた約束…覚えていますか？」<br>約束…確かに覚えていた。だが、そういえばあの約束は…。<br>「先輩には…相談できないままだったから…大内くんに告白しようと思ってて、でもあの日、部室に行くことができなくて…それだけが心残りだったんです」<br>「好きですって。正直に言うべきだろ」愛子は、あの合宿中に死んだのだ、そういえば。病床のベッドの上で。<br>「ですよね」あーあ。呆れたような、想定内だったような、気の抜けた渇いた声を上げる。<br>「好きなら、正直に」愛子が僕を見つめて放さない。すべてを見透かしているかのようだ。<br>「もしこの告白が上手くいったら、先輩、私とデートしてください」意味がわからなかった。<br>「いいけど」と条件反射で言ってしまう自分にも馬鹿げていると思った。いいけど。なんのことはない、ただの女の子とのデートだ。<br><br>３<br><br>愛子が大内に告白をした。<br>彼女の告白は上手くいったのだろう。成功し、狂喜乱舞でもしたのだろう。その証拠にこれから僕は彼女とデートをする。場所は動物園で、開園時間の朝10時からみっちりと動物園デートを楽しむのだという。僕には理解できないが、彼女の言われるがままに状況に流されてみて、特に嫌な思いはしない。<br>大内からはてっきり何かしらの連絡があると思っていた。愛子先輩が生きてました、とか、告白されちゃいましたとか。でも一切電話の着信がない。もしかしたら彼もまだ頭の整理がついていないのではないかと思う。フリーズだ。しかも同時に愛の告白なんてものまでされたら、思考の働かない頭では首肯するしかないのではなかろうか。僕と似て、雰囲気に流されるところはある。知り合いとは言え久しぶりのデートだ。いささか緊張感を持ち、さりげない程度におしゃれもした。年相応のあまりはっちゃけない程度に。やる気まんまんなんて感想を持たれないようにも気を使った。待ち合わせた正門のチケット売り場前では赤ちゃんを連れた若い夫婦や大学生くらいのカップルがいたが、やがて愛子がやってきた。ひときわ際立つその美貌。周囲の─周囲の女性すらも─見惚れるほどの美しさに、隣で彼氏面をする僕はなぜか誇らしい。優越感に浸る。が、彼女は大内という本命がいるのだと思いだし、自分に大切な人がいないという事実に苦笑する。学生の頃に比べて心が老けた気がするのは、きっとこういう小さな幸せさえも現実感で打ち消してしまうからなのだ。「待ちました？」全然。満面の笑みは、仕事上生きていくための処世術だった。プライベートでさえももう心からの笑みを浮かべる方法を忘れてしまっている。<br>「俺も今来たとこだよ。俺とデートするってことは、成功したみたいだな」にっこりと笑う愛子にまた見惚れる。<br><br>園内は閑散としていたが、愛子の子供のようなはしゃぎっぷりは寒さすらも忘れさせてくれるものだった。彼女は特に大内の話をするわけでもなく、かといってこれまで何をしていたのかを話すわけでもなかった。ひたすらはしゃぐ愛子は、聞かれてはまずいと言わんばかりに僕に質問をさせまいとする。<br>「なあ、大内とは」空気を壊そうとするつもりはなかった。ただ、気になっただけなのだ。<br>ふっと愛子の表情から笑顔が消えた。<br>「どうなったんだ？　あいつさ、俺に連絡の一つも寄こさないからさ」冗談交じりに話をすすめる。愛子の表情が明らかに暗い影を落としていたのだ。<br>「成功、しましたよ。ただそれだけです。それ以上はないです」そう。それは成功と言えるの？　と訊き返そうとしてやめた。そこまで空気を読めない人間にもなり下がりたくない。<br>相撲に勝って勝負に負ける。のだろうか。そんな慣用句がふっと脳裏をよぎった。<br>「いいんです、これで」愛子は泣いていただろうか。背中から見える彼女の細い身体が震えているのは泣いているせいなのかもしれない。そっと身体を抱き寄せるわけでもなく、声をかけるわけでもない。じっと立って、彼女が立ち直るのをそっと待っていた。<br>突然ケータイの着信が鳴り、静まり返っていた中をけたたましい音で切り裂いた。<br>相手は大内だった。くせで通話ボタンを押してしまう。気まずいな、と感じながら愛子には気づかれないようにさっさと電話を切ろうとした。「先輩！　ビッグニュース！　愛子先輩に双子の姉妹がいたって！！！！」<br>慌ただしい声を上げながら興奮を抑えきれない大内は、はあはあと息を切らしていた。<br>「はい？！」そんなことあるわけがない。現に目の前には愛子がいるのだ。彼女は生きていた。<br>「先輩」口元をそっと艶美に微笑む愛子がいた。受話口を耳にあてたままの僕に笑みをたたえる。待ち合わせで出会ったときのような笑顔でも、さっきまで無邪気にはしゃいでいた笑みでもなく、怖いくらいに美しい笑みを。<br>「大内くんからでしょ」そうだけど。<br>「双子の姉妹がいるって、言ってるのでしょう」間違いない。<br>「大内くんは間違ってないですよ」本当にお前は、…そうなのか。てっきり…、信じ切っていたのに。<br>「お姉ちゃんの遺言です。だから、それを叶えてあげようと思って」だから告白しただけで良かったのか。確かに、それなら納得できる。<br>「でも、私個人でいえば、先輩の方が好きですよ」<br>「ありがとう」素直に受け取っておくよ。急速に老けてきたような気がして最近殊に潤いがなかったんだ。<br>愛子の双子の妹だという女。彼女の名前を訊くことはしなかった。姉が愛子、ということならきっとそれに近い名前なのだろう。一般的なイメージで一方的に考えるが、それで構わないと思った。正解を訊いてしまったらやけに現実味を帯びてしまって夢から覚めてしまう気がしたのだ。<br>彼女が走り去る。何も言わずに、僕はケータイをそっとポケットにしまい込んだ。<br>彼女とはこのまま不思議な関係のまま終わらせたかった。本心を伝えあわないまま、お互いに秘密を持ち続ける。よく考えたら彼女とは言葉にしなくてもそれを確認しあっていたみたいだ。会話の端々を思い出して、勝手にそう決め付けた。<br>11月も半ばの空は空気が澄んで青々としてはいる、が、生きている実感などまるで靄みたいにフワフワしている方がどれだけ幸せなことだろう。そっとポケットから差し出した右手のひらを冷たい空気の舞う地上140センチの位置に柔らかく置いた。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/noe21/entry-10424930020.html</link>
<pubDate>Sat, 02 Jan 2010 01:52:34 +0900</pubDate>
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