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<title>のめあじんのブログ</title>
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<title>第三回　晴の会　東海道四谷怪談</title>
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<![CDATA[ <p>自分の忘備録をかねて今年は忘れんうちに…と思いつつも</p><p>詳細記録ではなく趣をかえて記載してみよっと♪</p><p>&nbsp;</p><p>この充実の公演、本公演みたいに新聞各紙劇評書いてくれへんかなぁ…</p><p>公演前の会見記事は各紙のるけども、いざはじまったらその公演の様子については触れてくれないのよね～そりゃ公演前に記事になって宣伝になるのは大事でありがたいことだけれど、日数短いし記事になっても公演終了後では見て興味をもってくれても時遅しになるのはわかるけども…公演の様子の写真と一緒に劇評でたら嬉しいのに…とも思う</p><p>&nbsp;</p><p>そこで<font color="#ff0000">某有名歌舞伎批評家風</font>に自らかいてみる…<img alt="グラサン" draggable="false" height="24" src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/021.png" width="24"></p><p>&nbsp;</p><p>※敬称略ですみません～</p><p>※意見には個人差があります</p><p>※単なる素人の感想で劇評家ではありません</p><p>※贔屓目あり大甘部分ありです</p><p>※記憶違いもあるかもです</p><p>※某劇評家さんのと違いくどくどと場面と筋も全部書いちゃいますので</p><p>　いうほど某劇評家さん風になってないです</p><p>&nbsp;</p><p style="text-align: center;">2017年8月近鉄アート館</p><p style="text-align: center;">意欲的な四谷怪談</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">2015年に松竹の上方歌舞伎塾卒業生一期生の松嶋屋門下、片岡松十郎、千壽、千次郎が立ち上げたあべの歌舞伎晴の会の第三回目の公演だ。過去二回は落語からとった新作と舞踊の上演だったが今回初めて古典の南北作「東海道四谷怪談」に挑戦するという。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">奥にあるいわゆる普通の本舞台の前に張出し舞台のような形で三方向を客席に囲まれたステージがありこのステージには道具は可動式の衝立などしか飾れない、この限られた空間であの四谷怪談をどのように上演するのかと興味があった。</p><p style="text-align: left;">演出に山村友五郎、監修に仁左衛門、秀太郎の名前がならぶ</p><p style="text-align: left;">脚本改訂の亀屋東斎というのが出演者の一人千次郎の今回のペンネームだという。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">幕開きは屏風を背に講談師風の亀屋東斎の千次郎が正面で座布団の上に座って挨拶をし、これにいたるまでの筋を解説する。伊右衛門の塩冶の御用金横領の件、四谷左門が娘お岩を連れ戻したことなどかいつまんで解説があり分かりやすい。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">舞台としてはいつもの最初の浅草観音前がカットで地獄宿からになる。りき彌のお梅の振袖姿で伊右衛門にみとれてのの「あなたじゃ。あなたじゃ、あなたじゃわいな」の件りがないのが残念だが人数と時間の関係上やむをえまい。</p><p style="text-align: left;">宅悦の佑次郎が衝立を使い行燈や看板を自ら飾り布団を敷いて簡易的な地獄宿のセットが完成する。通常は宅悦女房おいろの役どころも出演者人数の都合上宅悦が行う。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">客席下手側通路より与茂七の千壽が登場する。紺の縞の着物の町人姿で本舞台にかかり宅悦と会話をする。無論江戸言葉である。どうも封印切の忠兵衛が無理して江戸言葉を話しているかのような面映ゆさがあるがそれだけこの人が上方の空気を身にまとった役者に成長したということでもある。</p><p style="text-align: left;">元は屋敷者のいい娘が入ったと宅悦がいうのに「屋敷者、そいつはいいね」と地獄宿への投宿を決めて中へ入る。と宅悦は行燈の上に布をかぶせて灯りを暗くして奥からお袖のりき彌を連れてくる。</p><p style="text-align: left;">夫婦でありながら客と女郎で出会ういつもの場面で「別にへるというものでもなし、いいじゃぁねぇか」「お許しを」ともみ合ううちに行燈の灯りで互いの顔をみて驚き面目ながるお袖と責める与茂七、言い訳しながらもお袖もふとこうした宿に夫が遊びにきていることに心付いて責める</p><p style="text-align: left;">がやがて仲直りして一つ寝することに決まり与茂七がお袖を抱き寄せるとお袖の懐の金財布に気づいて貧苦に苦しむというのにこの金は？と不審がる与茂七にちょっと返答につまりつつも「寝て話そうわいな」というお袖にほのかな色気があった。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">二人が寝入るとそこへ奥から今度は直助の姿の千次郎の登場である。「お袖はどこだ」と半裸でまっていた体で着物を着ながら怒り登場し、その騒ぎに与茂七が起きだして顔を見合わせての見得となる。</p><p style="text-align: left;">七月の本公演でも南北物にでていただけに千次郎の直助は上方役者であることを忘れさせる上出来である。直助は自分の方へもお袖をまわせばこの場は大目にみてやるといい与茂七はそれはならぬといいはるこう話がすすんでいくと千壽の与茂七にも不自然さはなくなる。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">宅悦に提灯を借り、一人残った直助に「ふられ男がいるからさ」と嫌みを言って夫婦は手に手をとってでていき後を追う直助。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">再び宅悦が布団やら行燈やらを片付けて（行燈しまうときに息をふきかけて灯をちゃんと消していくのがよかった）地獄宿の場は終わり</p><p style="text-align: left;">裏田圃の殺しの場面となる。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">奥田庄三郎（翫政）が現れ与茂七と討ち入りについて大星からの回文状を渡すがこれから鎌倉に出立をとはやる与茂七に間者をふせぐため衣裳をとりかえることを庄三郎に提案され衣類をとりかえて後に直助の目当てとされる提灯についても庄三郎に問われて「非人に提灯いらぬもの」と答え庄三郎に提灯をもたせて二人は別れてそれぞれ道を急ぐ。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">同じところに今度は四谷左門（當十郎）が現れそれを追って伊右衛門の松十郎が現れる。左門にお岩との復縁を願いでるがご用金横領の罪を言われはっとする伊右衛門。このあたりの表情が師である仁左衛門をよく学んでいる。頑なな左門に対してもうこれまでと殺害を決意して背後から伊右衛門がきりつけるが何分狭い舞台のため殺意を表す伊右衛門の言葉をすぐ近くでききながら無反応な左門に少々不自然さを感じてしまうのが惜しい、といって伊右衛門をふりすてて歩き去ってしまうと舞台が狭いため舞台をおりてはるか客席の方へ去ってしまうことになりここらが難しい。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">二人が立ち回りしつ一旦奥へ姿を消す二人といれかわりにさきほどの庄三郎が中央から与茂七の衣裳で現れると下手から様子をうかがう直助がつぶてを投げその音に気をとられているところを背後から包丁できりつけられたあげくとどめを刺され、後日のみとがめなきようにと顔の皮をそがれる。</p><p style="text-align: left;">とさきほどの二人も上手からもどってきて伊右衛門が左門をしとめる。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">そこへ今度は客席下手通路からお岩で千壽の登場となる。ふきながしに手拭いをかぶって父親の帰りの遅いのを案じつつ本舞台へくる。美しい女方姿である。と上手奥からはお袖が登場し二人の会話となる「あじぃな勤めをするそうな」と妹を窘める姉に対してこの身は汚していないという妹。とそこらに流れ落ちる血潮にきづきやがて二人は死体にきがつきととさんが殺されていると嘆くお岩に驚きつつも夫の与茂七もここに殺されていると思い込み嘆くお袖のところにいつものようにしらじらしく伊右衛門と直助の二人がかけつける（かけつける前から奥で二人が密談している様子がなかなか面白い）。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">伊右衛門が自害しようとするお岩をとどめて女房の親はみどもの親だとわざとらしくいうあたりのふてぶてしい表情口調が仁左衛門譲りである。首尾よくことがはこんでつい直助が口走る「どうやらこうやら」にもどこか仁左衛門風味である。</p><p style="text-align: left;">嘆く女二人の傍らでこっそり指で手打ちをする男二人の図で暗転となり一幕の終了となる。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">二幕も最初は亀屋東斎の語りとなる。今度は上手側に座っている。浅草裏田圃以来のできごととお岩の産後の肥立ちがよくないこと民谷の隣家の伊藤家のお梅の横恋慕のことお梅の祖父の喜兵衛が塩冶家とは敵同士の高家の家老職であること小仏小平のこと小平の主小汐田又之丞や民谷の家の妙薬ソウキセイのことなどが語られて幕があくと伊右衛門浪宅の場となる。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">幕が開くといつものように伊右衛門が傘張りの内職をしていてそこへ縛られた小平と口いれした奉公人が盗みをしたので困り果てる宅悦がいる。この伊右衛門の内職姿もなかなかのものでけだるそうに紙を貼るところ師匠をよく映している。</p><p style="text-align: left;">いつもはお岩と与茂七と小平とをかわるところだがさすがにそこまではやらず小平は翫政が務める。いかにも小者らしさがでていてなかなかよい。まだ二十代だが松尾塾出身で歌舞伎の演技が身についている。小平が鬢の毛をむしられて奥におしこめられるあたりでお梅の母親お弓がやってくる。お弓は當史弥。下女のおまきは登場せず大家の後家が自らやってくるのも人数上やむをえない。赤子の着物とともにここで血の道の妙薬と偽って毒薬が伊右衛門の手に渡される。</p><p style="text-align: left;">一度宅にきてほしいと言い残してお弓はかえっていく。と赤子が泣き</p><p style="text-align: left;">宅悦に伊右衛門が（襖を）あけてやれといい上手奥の襖があくといつものようにお岩が赤子を抱いて病身の体で座っている。丸顔のためここらのやつれようが上手くでるかと案じていたがなかなかいいやつれ様である。着物を胸のあたりはだけ気味に着てあばらを描いたりのあざとさがないのもいい。</p><p style="text-align: left;">前へでてきて伊藤家への感謝を口にして旦那様一度お礼にいてくだされと重ねてお岩がいうと伊右衛門は最初は高家の家老宅へ塩冶の家の者が…と躊躇し、次は自分の身なりを機にする、とお岩が宅悦に羽織をもってこさせて女房は堅気にかぎるの台詞になる。</p><p style="text-align: left;">出かける前に伊右衛門から件の薬がお岩に渡され、お岩はありがたがり白湯がわいたら頂きますといい、伊右衛門を送り出す。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">宅悦が奥に入りいよいよお岩の一人舞台となる。</p><p style="text-align: left;">東京だと「日頃」邪険なだったと思うが「常から邪険な伊右衛門殿」とお岩の述懐となる。台詞がよい人なので内容を見物に分らせつつも感情もしっかり伝わり上出来である。母の形見の櫛を手に取り自分が死んだらせめて妹にと身についたものはほかにはなしと貧苦の様子を嘆くさまに哀れがある。赤子が泣くとあやしてやるが眩暈がおきてさきほどの血の道の薬と思い至り、隣家の伊藤家へ手をついて丁寧に心からお礼を言うのが全てをしる見物の目からは不憫である。がこの時点では白紙の状態でみている見物には薬の正体はわかってはいない。しかし後のことを思うとこの時点で観る側には分かっている方がより面白いところがある。総じて歌舞伎劇においてはある程度予習して把握しておく方が楽しめる部分があるように思う。</p><p style="text-align: left;">薬を頂きますといっていよいよ飲むあたりで暗転となる。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">と今度は下手に亀屋東斎。薬が実は毒薬で…といつもならば喜兵衛宅で明かされる話が喜兵衛宅がカットのため解説される。伊右衛門の変心についてもここで語られる。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">伊右衛門が帰ってくる。奥で蚊帳の中にいるお岩に声をかけるとさきほどの薬を飲むと発熱し、わけて面体にわかに痛みと答え蚊帳から姿を現す。右目の腫れただれたいつもの姿ながらかわらぬ部分が非常に美しいのが新鮮でなぜかこの人のお岩には物語が進むにつれてより美しさをはらんでくる不思議な感覚を覚える。こういうお岩を私は初めて見た。お岩は自分の遠からぬ死を予感し、「この子が不憫で迷うであろう」というこのあたりの台詞に秀太郎の持ち味が感じられ、この人もまたよく師の芸を学んでいるのがわかる。伊右衛門の変心にとまどううちにも質草を要求され形見の櫛は守ったが上着をはがされ、赤子の着物もとられ蚊帳はしがみついたがもぎとられる。</p><p style="text-align: left;">赤子がなくので邪険な人の種でもそなたが可愛いと言って泣くお岩で暗転となる。なかなかの名演である。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">質草をもってでてきた伊右衛門が頼まれた油を買ってもどってきた宅悦にお岩との不義をけしかけ、宅悦は刀で脅されやむなくそれを承知して中へ入る。お岩の姿に驚く宅悦だが初めて面体かわったお岩の姿を見たわりには驚きと恐怖が少ない。ここらはもう少し怯えた方がよい。いいつけられたようにしかけるため按摩らしく肩を揉むところから始めて手相をみるといい手相の説明をする間何気なく顔を近づけるお岩の面体に怯えるがここはよい。</p><p style="text-align: left;">そうして手を段々上の方へもっていき懐へつっこむのでお岩が「何をしやる」となりお岩が宅悦をつきとばす。女であれこそ武士の妻とそこにありあう小平の刀を手にして宅悦を脅す、なにか仔細があるのであろうと問い詰めるが言わぬ宅悦に刀身をぬいて切りかかるのを危ないと留める宅悦、揉み合うすえに柱に刀はつきささる。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">刀をとられても息も絶え絶えに訳を言えといい続けるお岩に、伊右衛門に脅されている身としてほとほと困り果てた宅悦がもらす「困ったなぁ」には実感がこもっていた。意を決してことの次第をうちあける宅悦、あなたのお顔が今までとはすっかりかわってと言われ横でだまってききいりながらも「え？」と声はださずわずかに反応するお岩。ここらが上手いものである。鏡をみせようとする宅悦に拒むお岩。ついに鏡をみせられて怯えおののくお岩。ここのおきまりの形もよくできていた。</p><p style="text-align: left;">宅悦がなにか怖いものを手にもって脅しているのだと思いその手をみせろというが何ももっていない宅悦に対して執拗になにかもっているのであろうと言い張るお岩の台詞には「もっているといってくれ、さもなくばさっきみた恐ろしいものが本当に自分の顔であるということになってしまうではないか」という女として顔が醜く変わってしまったということを認めたくはないという心の叫びが感じられた。無論誰がやるときでもその心で言うのであろうがそれを正しくみるものの心に訴えかけたのはお手柄である。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">お岩は覚悟を決めて自ら鏡を見ることにする、が最初は手拭いを鏡にかけててにもちそっと手拭いを取り払い鏡をのぞきこみ「着類の色合いつむりの様子…」と鏡の中の醜悪な顔が自らであることを確認し「これが私の顔かいなぁ」になる。この件を見物一同息をのんで見守る。たいしたものでる。</p><p style="text-align: left;">そこで宅悦は伊右衛門がお梅と内祝言をあげることなどをお岩にうちあける、伊藤家の企みをしらず両手をついての一礼はいまさら思えば恥ずかしいと自らの無知を恥じ入り悔やみ嘆く様にも哀れがあり胸に響いた。伊藤親子にこの礼を言いに行くというお岩にその姿ではと留める宅悦、お岩は立身で上から鏡を見下ろし鉄漿などつけてと鉄漿の用意を宅悦にさせる。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">ここで東京だと下座に「菊の露」を使うところが上方のため「黒髪」を使う。唄は杵屋勝之弥で三味線は杵屋栄津三郎という歌舞伎座でも通用する豪華版である勝之弥の独吟に情感が滲む。</p><p style="text-align: left;">途中で赤子がなくので宅悦にあやさせ鉄漿の支度をするお岩。母の形見の櫛を手に髪も梳きはじめるがここはいつものように大劇場で仕掛けがあって下より主演俳優の弟子が抜け毛を渡したり最後の額にかけてごっそり髪がぬけるのを手伝うという訳にいかず主演の千壽が一人で行わなければならないので少々手間取った。</p><p style="text-align: left;">出かけていこうとするお岩が衝立でとどめる宅悦に抗い「恨みはらさでおくべきか」で毛束をぐっと握って衝立の上に血潮をしたたらせるのはいつも通りだが劇場が小さいのであまり派手にしないようにしているのか血の量が少なく色も鮮血の色でなくややあせた色で照明も暗いので血潮が滴る様があまりよく見えなかった。もう少しはっきりみせてもよい。</p><p style="text-align: left;">なおも表に行こうとするお岩をとめるうちに最前の小平の刀のところで喉を切ってお岩は悶死し。差し金の鼠が赤子をひっぱっていく。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">怯えて逃げ出す宅悦といれかわりにかえってくる伊右衛門、中の異変に気付き小平の刀を証拠に小平が殺したといいたてる、とさるぐつわを解かれた小平は一部始終をきいていたため伊右衛門を責めるが小平が殺したといいはる伊右衛門に対してその罪はかぶるが薬をくれといいい伊右衛門が質屋にいれたというとそれを買い戻そうと背をむけたところを伊右衛門にきられる。</p><p style="text-align: left;">人数の都合上仲間の浪人がいないので伊右衛門が一人で小平を見せしめのために戸板にうちつけるといって奥へ亡骸をおしやるのと同時に客席下手通路からお弓とお梅が登場する。もともと葬礼と婚礼をないまぜにする南北の手法だがこの狭い劇場だと特に死の場面から婚礼の場面への転換が早くそこが面白い。お梅を寝間にやりお弓が帰ったあとの伊右衛門の「どれ水揚げにかかろうか」の語尾がややあがるところと照明が一層くらくなる直前に唇の端に浮かぶ笑みが仁左衛門写しで実によくなかなかの色悪ぶりである。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">綿帽子をかぶったお梅にこちの人と呼んでくれと話しかけるとそこにはお岩、おのれと切りかかって首をみるとお梅、喜兵衛の声がして舅殿</p><p style="text-align: left;">と一大事を話そうとするとそこには小平、おのれと刀で小平をきると首は喜兵衛となる。ここで二つの首が宙に浮き連理引きとなって「はて恐ろしい執念じゃなぁ」で幕となる。喜兵衛のくだりはやや乱暴だが総じてよくできていた。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">三幕目が隠亡堀で奥の本舞台にセットが組まれている。</p><p style="text-align: left;">今度は亀屋東斎はでてこず直助が客席下手通路から登場するいつもの鰻かきのなりである。鰻かきの先に引っかかってきたお岩の櫛を手にして磨いている間に堀の上からは伊右衛門が登場する。人数の都合上母お熊は登場しないが母がおいていったという体で伊右衛門の塔婆はありそれを眺めて母に感謝する言葉を発してから釣糸を垂らして直助に煙草の火を所望する。</p><p style="text-align: left;">顔をあわせる直助と伊右衛門。魚が糸をひいているので釣り上げてその魚を直助が傍らの塔婆でうち塔婆を捨てるのを非人となったお弓が拾って這いでてくる。伊右衛門が死んだのかと尋ね最初はここにいるといいかかる直助が伊右衛門に手で制せられて死んだと答えると嘆くお弓。娘と父が伊右衛門の手にかかって死んだと語り恨みの一太刀をと思っていたのに死んだとあってはと嘆くところを後ろから伊右衛門が堀に突き落とし笠をとる。</p><p style="text-align: left;">ここのあとの「首がとんでも動いてみせるわ」はまだちょっとくいたりない感が否めなかったが黒の着流し姿もなかなか様になっていて楽しみな立役である。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">直助が一旦立ち去り伊右衛門も帰ろうとするところへ例の戸板が流れ着く伊右衛門にだけきこえる声がする体で「誰だ誰だ俺を呼ぶのはいったい誰だ」になり土手の上から戸板をひきあげるとお岩で伊藤一家の血筋を絶やすこの守りとお梅の守りを差し出してみせるがここはお梅が守りをもっているところをみせていないのでいささか唐突な感が否めない。裏を返すと小平だがここは二役ではないので戸板返しの面白味はない。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">が続く与茂七の登場は鮮やかである。本来は水門をあけて現れるのでよりひきたつが舞台機構上そこまでの贅沢は望めず下手の叢からの登場となる。こしらえはさまざまな布のつぎはぎで首に回文状をさげて髪からシケもでたなかなかの二枚目姿である。早替りの鮮やかさも堪能できた。衣裳の一部に銀杏の染も入っていたのが松嶋屋の一員らしくてよい。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">だんまりは張出舞台の対角線を上手く用いて客席のどこからみてもそれぞれ面白かろうといういいつくりになっていた。舞踊家の友五郎の演出が上手い。</p><p style="text-align: left;">ここで回文状が直助の手に渡りかわりに与茂七はうなぎかきの先を手にする土手の上で伊右衛門が刀をもっての見得で幕。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">亀屋東斎が下手にでて続く三角屋敷の背景の説明をする。お袖が直助の持ち帰ったお岩の櫛をみて姉の身になにか、と不安になったところへ姉の死を宅悦に伝えられ姉の敵も討ってもらいたさに直助ととうとう真の夫婦になるという件を今度は仕方話風にきかせる。三角屋敷の半分はこの語りで解説されるため実際の上演はかなりはしょった形にはなるがこの場面をだそうというだけでも意欲的であるしまたこの解説がよくできていて無理なく筋が通っているのに感心した。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">上手奥から与茂七が登場する。回文状を奪い取った直助はよもや生けてはおかれぬと殺す覚悟だがお袖はなにやら耳打ちし行燈が消えるを合図にしてと合点し与茂七はひっこむ、一人お袖は夫が死んだと信じ込んで身を直助に任せてしまったことを悔い自分の顔もしらぬ誠の兄に一目あいたかったことなどを述懐して意を決して行燈に布をかけ屏風の中に身をしずめる。この姿に哀れさと覚悟があってよい。</p><p style="text-align: left;">と上手から与茂七、下手から直助が忍び寄り屏風の内の人物を一つきする。屏風をとりさり灯りに照らすとまさかのお袖に二人ははっとする。</p><p style="text-align: left;">お袖は二人の夫への言い訳をまずは与茂七にお前が裏田圃で人手にかかったと思ったばかりに敵討ちのため直助に身を任せたことを告げ詫びる、その話を不審に思い人手にかかったと思った訳を与茂七が尋ねると衣類と提灯を証拠にとお袖が答えるので与茂七はあのとき奥田の庄三郎と衣類をとりかえたため間違えて彼が殺されたのかと口にする。すると傍らではっとする直助、お袖は直助に約束通り父と姉の敵を討ってほしいということと顔見ぬ兄を探し出してこのことを伝えてほしいということを告げ臍の緒書きを渡す。行燈でそれを見てお前は本宮三太夫の娘か…と愕然とし、お袖に詫びていきなりお袖を差し殺し、与茂七が何故お袖をと驚く間もなく直助は返す包丁を自らの腹につきたてる。重ねて驚く与茂七に直助は手負いの述懐をきかせる。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">与茂七と思って殺したのが元主人の奥田の息子庄三郎であったことを今はじめてしったこと、重ねてやっと思いをとげたお袖が自分の血を分けた妹であったこと（ここの言葉をうけて「なんと」と驚く与茂七の表情や息は実に仁左衛門写しであった）</p><p style="text-align: left;">あのとき浅草裏田圃にいた直助にもしや舅殺しの犯人を知ってはいないかと尋ねる与茂七に直助は舅ばかりか姉お岩を殺したのも伊右衛門だと答える（ここで恨みの形相でこぶしを握り締め正面をむく与茂七も実に仁左衛門であった）。</p><p style="text-align: left;">死ぬ間際に改心した直助は回文状を与茂七に返す。確かに落手としかとうけとる与茂七の千壽はすっかり凛々しい立役である。実に器用な役者だ、いや器用というよりは役の性根をつかんで表現するということにその若さに似合わぬほどたけているのであろうか。達者なものである。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">敵討ちを与茂七に託してお袖の亡きがらのそばにより「兄じゃ、兄じゃ地獄めぐりは兄妹ともに」と語る直助に目頭が熱くなった。若いのにたいした役者である。もっと東京の本公演でも活躍ぶりをみたいと思わせられた。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">与茂七に介錯を頼み暗転となり刀をうちおろすつけの音でこの場は終わり続いて蛇山庵室となる。病みほうけて眠る伊右衛門の傍らに大きな鼠が動いている（先代萩の床下のような着ぐるみのねずみである）。</p><p style="text-align: left;">と客席上手下手の通路から蛍状の灯りをもった黒衣がでてきてやがて舞台正面伊右衛門の奥から娘姿のお岩がでてくる。通常夢の場では美しい伊右衛門とお岩双方がでるがここは伊右衛門は病みほうけて眠るままでお岩のみが美しい姿で現れるのが面白いが夢をみている主体は登場しないというのも一理ある。あくまでも伊右衛門が見る夢の中なのである。お岩は一人で団扇を手に舞う。所作板でないので裾さばきが難しそうだがこれはいたしかたない。いつしか起きだした伊右衛門がぼうっとそれを眺めている。これはこれで面白い。</p><p style="text-align: left;">お岩が下手奥にきえるとまた大きな鼠がでてくるそして鼠がきえると伊右衛門が夢であったか、今日は岩が月命日といって火を焚いて回向する。と今度は面体のかわった姿のお岩がでてきて伊右衛門を翻弄するそこへ奥の舞台の上に上手から小汐田又之丞の千次郎と与茂七の千壽が鉢巻姿で登場する。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">舞台には量は多くはないがいつしか雪が散り始める。又之丞の口から死しても忠義を尽くす小平の力で（薬で）本復して足腰がたったことが語られていつもカットの小平の件まで収集をつけたのには感心。</p><p style="text-align: left;">三人の立ち回りとなる。もともと御曹司ではない三人は三階時代普通に立ち回りなどにもでていたので息のあった立ち回りをみせる。忠臣蔵の世界であることを意識してかの泉水の立ち回りのようなハイテンポなものも三人でやってみせて客席はおおいに沸く。</p><p style="text-align: left;">ついに伊右衛門がしとめられ仁木弾正よろしくもがいてみせる。ここも仁左衛門写しである。ついに倒れ与茂七の「天命思い」又之丞と与茂七の「しったるか」でとどめをさされる。</p><p style="text-align: left;">そして三人で切口上となる。中央に松十郎上手に千壽下手に千次郎</p><p style="text-align: left;">。又之丞を千次郎が務めることによりここに晴の会オリジナルメンバーが揃っての切口上がかない実に気持ちのよい幕切れとなった。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">カーテンコールで他の出演者も全員でてきて惜しみない客席からの拍手に応えてめでたく打ち出しとなる。</p><p style="text-align: left;">初日はカーテンコールの基本上手からみて次が下手で最後が正面ということすら不慣れで一部は上手からみているのに一部は下手からになるという有様であれだけしっかり芝居ができているものがなんとまぁ…と感じさせる愛嬌もあったが千穐楽にはすっかり板についていてよかった。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">休憩いれて三時間十分であの大作をたった八人の出演者で演じきったのにまず驚いた。実に脚本がうまくできているのと指導陣の充実となにより芝居が好きで惜しまぬ努力で演じきった出演者の健闘を称えたい。俳優ならば稽古場で初めて顔を合わせた者同士であってもいざ芝居となれば心を通わせ合った芝居をしなければならないものだが、実際のところ持ち味や相性の関係上芝居がうまくかみ合わずちぐはぐな印象になってしまうこともなくはない。この晴の会は上方歌舞伎塾に入塾して約二十年間共に切磋琢磨しあってきた同期生を中心に上演されておりいわば松嶋屋学校で学びあった者同士の芝居であるため自然と役と役との間に情も通い合っていた。観終わったあとに清々しさを感じる舞台となった。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">このコンパクトな四谷怪談ならどこででも再演が可能であろう。またみてみたいと思わせられたし次回公演が一層楽しみになる公演であった。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">おわると<font color="#ff0000">某批評家風味</font>が全くできてへんやんか…でしたが</p><p style="text-align: left;">ざっくりまとめでしたわ…</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><br><br>#晴の会<br>#東海道四谷怪談
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<link>https://ameblo.jp/nomeazin/entry-12300689216.html</link>
<pubDate>Fri, 11 Aug 2017 19:50:53 +0900</pubDate>
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<title>記憶が薄れつつあるけど第二回晴の会　一幕目</title>
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<![CDATA[ 伊勢参宮神乃賑　二幕　旅立ち～七度狐 上方落語「東の旅」より<br>監修　片岡秀太郎　演出・振付　山村友五郎　　脚本　城井十風　補綴　松宮慎次郎<br>美術　前田剛　　　作曲　杵屋勝之弥<br><br>千穐楽後すぐかかな忘れてる～相当忘れてる～忘れつつも記憶のままに…<br>間違ってるかもしらんけども…<br><br>空っぽの舞台に衝立が運ばれてくる。上手から下手へ衝立に隠れて運ぶのは昨年同様千壽さん<br>今年は二つあって下手からもう一つ誰かが途中まで運びそれを受け取ってまた千壽さんが上手へ運ぶ今年もやはり衝立を運ぶ役か…来年もかな～<br><br>やがて下手から宮司の佑次郎さんがご登場　せりふ忘れた…<br>季節は桜の美しい春、お参りの人でにぎわう玉造稲荷である<br>「巫女はおらぬか？巫女、巫女」と呼ぶと下手から巫女姿のりき彌さんが登場。かわいい♪<br>「いたか」と宮司<br>「いたか、ではございませぬ。」と巫女<br>せりふ忘れたけど参拝客で賑わっていて忙しいのだからというようなことをいい<br>宮司は参拝客にお祓いをし。巫女は三宝にのせたなにかを撒く（エアーなのでお札なのかなになのかは不明）<br>やがて客席下手通路からにぎやかな二人連れの声がして旅人清八の松十郎さんと喜六の千次郎さんが登場！団七格子の千次郎さんに徳兵衛格子の松十郎さん手ぬぐいを被り物にして尻からげ<br>脚絆手甲の旅人姿で荷物の包みを肩にかけていっぱい機嫌の様子である。清八は酒の入ったひょうたんも持参。<br><br>せりふ忘れたけど（やっぱ覚えているうちかいときゃよかったか）<br>清八が喜六にはよこなおいていくで、みたいなことをいうと喜六が俺は酒に弱くて奈良漬さえ苦手やのにお前が無理に飲ますのでさっきなんとか橋から道頓堀におっこちそうになったわ<br>とかいいつつ清八は「うまいもんも食べ放題、酒も飲み放題」「きれいな女としっぽりと♪」とこれからの旅の楽しみに盛り上がっている。喜六はややあきれて「お前ほんまにおなごが好きやな…」清八は「この旅でのことはうちの女房には内緒やで」と釘をさす。「お前とこの嫁はん怖いからな」と喜六「そこへいくと俺は気楽な独り身や」とこうするうち二人は玉造稲荷へ到着する。<br><br>桜の花盛りを愛でながらいっぱいやろかと腰をおろす清八にまた飲むのんかとあきれる喜六<br>そこへ宮司が「やい、ここは玉造稲荷の境内なるぞ、ここで花見酒とは不届きな」というようなことをいって咎める、巫女はお前方もお伊勢参りでござんしょう？ならばここでお参りをしてから行きなさいと言うと清八は気候がええのでわしらもお伊勢参りでもしよやないかいうてな、とこたえると宮司が「でも」とはなんじゃ「でも」とはと伊勢神宮は天照大神のおわします尊い神宮であることを解き二人もきちんとおまいりをすませて旅立つことになる。宮司はうかれる二人にそんな了見でお参りにいったらえらい目にあうぞと脅すが清八は懐から鑑札をだしてみせ<br>俺にはこれがあるから大丈夫じゃ！てなことを言っていばってみせる。この鑑札があると定めの宿にとまれるという物らしい。そしていよいよ出立になる。<br><br>ここでの四人の渡り台詞がなかなかよかったが忘れた…喜六「雲ひとつない晴れた空」清八「わしらの心もハルカスと」ってとこしか覚えてないが四人の息があってわくわくするスタートである。「お伊勢参りのはじまり始まり～」<br><br>そして二人は客席上手通路から出立する。<br><br>本舞台には地名を示したなんというのか案内板みたいなのがいくつかならべられていく（並べるのはりき彌さん…）「今里」「松原」「郡山」「生駒」「高井田」<br>下手通路から再び二人が登場。<br>「笠をかうなら深江の笠よ」みたいな唄を口ずさみながら客席最前列の前を通り上手客席の方へ<br>山道を登る体で上手客席の通路を登っていく。生駒の山がようみえるわとかいいながら。<br>そして二階席の後ろを狭い道やなとかいいながら通って二階からの階段おりて一階へ。そして客席上手通路を通ってもどってくる。<br><br>本舞台では〇に阿の字の笠をかぶった団体の絵を描いた小さい衝立を宮司姿の佑次郎さんが揺らしながら運んでいる。伊勢講の団体旅行客を表していて彼らが盛り上がっているとう体である。喜六があれはなんや？と尋ねると清八があれはこうこうこういうものでと回答。そろいの笠で歩く姿はえのきかしいたけのようじゃと。<br>二人は本舞台に上がりわしらも負けんようになんかしよやないかといいだす。<br>そして清八が「しりとりはどうや？」と提案喜六はここでそうじするのんか？とぼける<br>それは「ちりとりやわしがいうのはしりとりや、言葉尻をとる」「それやったらしってるわ『ん』がついたら負けやな」「でもただのしりとりでは面白ないな～」「ほな忠臣蔵尽くしはどうや？」と喜六「お前ほんまに芝居好きやな」と清八「そうやこないだまで毎日道頓堀に通ってたんや」と楽屋落(^∇^)みなさん道頓堀松竹座に通ってましたな…<br><br>さてこのしりとりだが内容を忘れてる～最後が<br>喜「力弥、由良之助はまだこぬか？」清「こぬか奴の平右衛門」んがついた！清八の負けとなり昼飯をおごることになる。<br>清八のおごりときまると急に腹が減る喜六、二人がきかかるとええところに煮売り屋さんがある「一せん飯　酒肴色々あり　やなきや」の看板をみつける清八、因みにこの看板はさっき伊勢講の阿の字の笠の団体が描かれていたものが看板に早変わりである。しかし喜六は「めしはせんと書いてあるから今日は休みやあかんわ、いこか」といきかけると最初の衝立の後ろから「お若いのおまちなされ、うちは商い中じゃ」と声がしてやっと煮売屋の婆さん千壽さんの登場である。婆なので髪は白いが皺はかいてなく婆でもかわいい…<br>わぁお化けじゃ～と逃げる二人、「だれがおばけじゃ！」と婆、なんや煮売り屋のばあさんか<br>だって飯はせんとかいてあるから…これは一膳飯酒肴いろいろありやなぎや」と読むんじゃと解説色々の々がたてがきひらがななので「く」の文字ににていて喜六はひとつせんめし酒肴くうくうありやなきや」と読んでしまう…「入らぬのなら帰れ帰れ」と婆<br><br>とここで芝居の様子がややかわり改まって清八喜六はいざ通らんと店内へ。その様子にやや圧倒され驚きつつも先へたつ婆。<br>お品書きはこれじゃとこの間にさっき地名がかいてあったものを４５度ほど回転させるとお品書きになる。<br>「くじら汁」「どぜう汁」「だいこんの煮物」「高野豆腐」「清酒」<br>婆はお品書きはこれじゃと巻物を渡す、と受け取る清八巻物をひろげ「どーれー、どれどれどれ」と眺める、ここが勧進帳になっているのが面白いじっくり眺める清八をのぞこうとする婆<br>気にする喜六、天地人の見得になる。この三人で勧進帳みてみたいものである…<br>松十郎さん弁慶、千次郎さん富樫、千壽さん義経か、義経富樫はこの晴の会通りのポジションで千次郎さん義経千壽さん富樫でもよいかも…いや千次郎さんは弁慶もいけるやろし松十郎さん富樫もいけそう…妄想は楽しい…）ががらりとくだけて「どぜう汁」と注文<br>「心得た」と婆。おーい四郎よお客人どぜう汁をご所望じゃ」と声をかけると後ろから佑次郎さんが「よろこんで、ほんじゃ裏の池にどじょうをとりにいてくるで、ばさまは味噌を買いにいってくだされ」「喜んで～」とこのやりとりをきいて清八は「今からどじょうとってくるて？」と聞きとがめる「この店は味噌もないのんかい」と喜六も。「あいにくきらしておってな、日暮までにはできるよって」と婆「そんなにまってられるかい」と清八。ほなくじら汁は？と注文をかえると婆は「嫁女よ、お客人くじら汁をご所望じゃ」と声をかけると下手奥からりき彌さんの声がして「喜んで、これから熊野の浦へいて、くじらを買ってこよう」と…きいて清八は「そんなんまってたらここで初日の出拝まなならん」と閉口すると婆は「よい眺めじゃぞよ」とすましている。すぐにできるもんはないのんかい？となり「大根の煮物は？」「共食いになる」「にんじんの煮物は？」「すけべと人にいわれる」「そりゃまたなんで？「うさぎみてみぃ、ようけ子がおるがな」「高野豆腐は？」「汁すりゃかすつく（ここようわからんかった）」「ごぼうは？」「屁がでる」「生節どうじゃ？」「値が高い」…ここが山伏問答ならぬ生節問答になっていておもろい…「そもそも腹が減ったというて店に入ってきたのにああいやこういうただしわわしをなぶるのか旅人返事はなななんと？」と婆が「そもそも九字の真言とは…」の富樫の息で尋ねると<br>いつのまにか銚子杯を手にしてご機嫌な喜六がこの問答はひきわけじゃと二人の中にわって入る。<br><br>婆はいつも間にお前酒をと咎めるが喜六は金は払うというので婆も容認する。清八はこの酒はなんじゃときくと「むらさめ」と答えあっちのは？ときくと「にわさめ」と答える。きいたことのない酒やなと清八。飲んで村をでるころには酔いがさめるのが「村醒め」で庭にでたら醒めるのが「庭醒め」じゃと婆。そして飲んでみるとまずい酒やあ、婆酒の中に水ようさんまぜたな？と咎めるが婆はそんなことはしやせぬわい水の中に酒を混ぜるのじゃ！と回答、どうりでこそ水臭い酒やなと清八、いやいや酒くさい水じゃと婆…そしてやはり食べるものを探す清八はすりばちを発見中には油揚げの煮物が入っている、これをくわせろというがそれはやれぬと婆、そんならもう帰るわと清八、そして婆にむかい庭になんぞ生臭いものおいてるか？と尋ね婆が棒鱈をほしてあると答えると犬が庭の方いったで、あ、犬がくわえてもっていったというので大慌てで庭の方へむかう婆。この隙にすりばちをもって逃げる清八、わけもわからずついていく喜六。<br>婆が犬なぞおらぬではないかともどってくると二人はおらずすりばちがない、<br>四郎と嫁をよび大事なすりばちをさっきの二人がもってったと伝え「おのれ逃がしてなるものか」ときまる三人。<br><br>場面は店から表のくさむらへ。下手のくさむらから文楽人形の白狐がでてくる使い手は當史弥さん舞台正面にでてきてけづくろいとかしてくれる。そしてまたくさむらにもどる。<br><br>一方の喜六清八はすりばちの中の油あげの煮物を食べる。本当にたべる。千次郎さんのお母様お手製だそうだ…松美屋のおふくろの味がとか捨て台詞いいながら食べるがのど通りにくいでとも…たべたらすり八をほうり捨てる清八、それが黒衣さんのさしがねの先にくっついて下手後方のくさむらの中へ落ちる。そこにはさっきの狐さんがいるはず～。<br>二人は去っていく。と、くさむらからでてくるのは狐ではなく煮売り屋婆、すりばちで顔をかくしてさささっとでてきてすりばちとると頭に狐のお耳が♪かわいい～<br>狐言葉をまじえながら大事の油あげを盗んだばかりかこんな傷までおわせおって、七度ばかしてやるぞといって下手のあいびきの上に立ち勢いよくぽんっととんで下手の衝立の後ろに入る。<br>やがて波布で川があらわれる。<br><br>しばらくして二人は下手からとぼとぼでてくる。清八は力なく道間違えたかのう…喜六はえっお前が便りやねんで、この川とか目印になるやろうにというが清八はこの川に覚えがないのんやと。自信なさげである。喜六はこれは雨とかで急にできた川かもしれんなと。<br>川を前に途方にくれる二人だが清八はしょことがないわたろかといいだす喜六は橋はなし船はなしどうするねんと不安である清八ははよ着物ぬがんかいと先に下手衝立の後ろへ。喜六はえ？泳いで渡るんか？と驚き裸に自信が…とためらう。千次郎さんかわいい♪誰もみてへんと清八、ようけ人にみられてる気がすると喜六。あきらめて上手のついたての後ろへはいってしたくする。服はどないする？ときくとまとめて笠の上にのせろと清八。したくが整い二人はでてくる寒さでちょっとからだを隠してポーズ♪かわいい…<br><br>川の深さがわからないので清八が先にたち杖を二人がもち後ろから喜六が深いか浅いか尋ねながら進み浅ければ安心して進み深ければ杖でひっぱって助けてくれということになる<br>「深いか深いか？」「浅いぞ浅いぞ」「浅いか浅いか？」「深いぞ深いぞ」とリズムにのって二人が川の中をうきつしずみつしながらすすむ。やがて深みにはまり泳ぎだすいつしか本舞台から客席正面におりひたすら泳ぐ二人。下手衝立から狐耳の千壽さんが顔をのぞかせ楽しくばかしている…衝立から顔をのぞかせる千壽さんも晴の会のお約束ごとになるかもしれない…またその様子が似合うのである。<br><br>ここで平泳ぎ、背泳ぎ、横泳ぎ、クロール、バタフライと個人メドレーをみせてくれる松十郎さん…晴の会後のリオ五輪でメドレー競泳のときこの場面を思い出してしまったではないか…<br><br>本舞台では百姓夫婦となった佑次郎さんりき彌さんがあれ二人裸でなにしてるんや？一所懸命泳いでるで、おおおかし、しっしっしっ♪と七段目の仲居風に笑う。<br>とうとう二人に声をかけそこでなにしてる？ときくと<br>二人は泳ぎながらこすにこされぬ大井川とかいいながら応える<br>とそこはうちの麦畑や！と百姓夫婦。水がきえて我にかえってえ～っとなる二人<br>さては狐にばかされたのであろうとお百姓さんなにか悪さをせなんだか？とたずねるとしらん覚えはないわいと清八。気弱な喜六はさっきの油揚げの盗みぐいが脳裏をよぎっててかあるような、と…一度うらみをかうと七度化かす七度狐というのがいるから気をつけろよといわれ二人はちょっと不安になってきが入って幕。<br><br>一幕は４５分間。
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<link>https://ameblo.jp/nomeazin/entry-12190598339.html</link>
<pubDate>Mon, 15 Aug 2016 17:35:36 +0900</pubDate>
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<title>ラ・マンチャの男</title>
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<![CDATA[ r<div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20150922/21/nomeazin/31/9c/j/o0800106713432518881.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20150922/21/nomeazin/31/9c/j/t02200293_0800106713432518881.jpg" alt="" width="220" height="293" border="0"></a></div><br><br>http://www.tohostage.com/lamancha/index.html<br><br>前回みたのいつだっけ？<br>とパンフレットの上演記録から調べてみると<br>平成元年　梅田コマ劇場…<br>今月は２６年の時を経ての久し振りの観劇であった。<br><br>前回の記憶といえば三重構造の複雑な作品で完全に理解できたとは思わないが<br>ラストは非常に感動してしきりに涙したことくらいだ。<br><br>今回はきりやんこと霧矢大夢さんがヒロインアルドンザを演じるので<br>ファンクラブでチケットをとって初日、中ごろ、千秋楽と三回見ることができた。<br><br>ドン・キホーテの物語は高校時代の英語の副教材に使われていたので<br>ところどこと覚えていたが田舎の老郷士アロンソ・キハーナが中世の騎士物語をよみふけるうち<br>自身が騎士になったつもりになって遍歴の旅にでてドン・キホーテを名乗った<br>という肝心のところはその教材にはなくてしらなかった。<br>風車に戦いを挑むなどの愚か者的な描かれ方のみでしっていた。<br><br>このミュージカルが三重構造でややこしいのは<br>まずドン・キホーテ自体がアロンソ・キハーナであることと更には作者セルバンテスが<br>投獄中に即興劇の形でアロンソ・キハーナ扮するドン・キホーテを囚人たちをまきこんで演じる<br>という形をとっているからだ。<br><br>しかし不思議とみているとそのややこしさは気にならなくなる。<br><br>２時間５分の上演時間で休憩なしである。<br><br>ざっと舞台をふりかえると<br><br>舞台上にギタリストＩＣＣＯＵ氏があらわれギターを弾きだすとひとりの男性ダンサーがフラメンコっぽいダンスを踊りだす。<br>やがてフルートが「ラ・マンチャの男」旋律を奏でやがて管楽器も奏でられ勇ましい演奏になる<br>やがて旋律がかわり有名な「ドルシネア」になり「見果てぬ夢」になる。名曲の数々なので既にこの時点で結構ひきこまれていく。<br>このあいだに舞台上には無言の囚人達が続々あらわれてくる。<br><br>やがて舞台正面の上から階段がおりてきて２人の男が連行されてくる。<br>セルバンテスとその召使である。<br>役人は彼らを牢においてまた上の世界へもどっていく。<br><br>牢名主がセルバンテスに罪状をきくと税吏の彼は税金を払わない教会をさしおさえたため<br>宗教裁判にかけられるのだという。<br>その裁判の前に牢名主による裁判をうけなければならないらしい。<br>セルバンテスは芝居の作者でもあり自分の得意な芝居で申し開きをさせてくれ<br>といって牢名主の賛同をえてアロンソ・キハーナに扮装していく。<br><br>眉とひげをつけ目の下に老人らしいくまのようなものを描き鎧をみにつけると<br>ドン・キホーテになる！ここでの歌が「ラ・マンチャの男」だ<br>ここらが高麗屋さん実に鮮やかだ。<br>アマデウスのサリエリが老人から壮年にぱっとかわったときもそうだっけ…<br><br>そして召使の男はキホーテの家来サンチョ・パンサになる。<br>駒田一さん、唄がうまく愛きょうもあってなんか可愛い…<br><br>そして馬とロバにのっての遍歴の旅がスタートするがこの馬がまたいい！<br>ボロぬので作った頭をかぶった人間で乗るところは木の椅子みたいなもので<br>実に単純だが馬にみえてくる…<br><br>そして有名な風車に戦いを挑む場面がきてあっけなくやられ<br>ねじねじになった剣を腰に旅籠にたどりつく（キホーテには立派な城にみえている）。<br>この剣のふにゃふにゃっぷりには千本桜の渡海屋を思い出す…<br><br>そこには荒くれたラバ追いの男たちにその相手をするあばずれ女たちがいる<br>ここでヒロインアルドンザ登場だ！<br>旅籠で働きつつ男たちの一夜の相手をして稼いでいる女なので胸もとあらわで目のやり場に困る<br>胸強調衣装である。寄せてあげて？のバストボリュームだ…<br><br>男の一人が「俺の馬だってお前ほど強情じゃねぇぞ」とののしると「そうかい、じゃぁ馬とやんな」と言ってのける。<br>「男の腕なんて誰でも同じさ」と男達にからまれながらもすごい目力で男達を<br>はねのけながら歌う（曲名「同じことさ」）。すさんだ生活を送りながらも逞しく日々を<br>生きている強さのある女…元男役にはぴったりだ。<br><br>一人の男が金をさしだして受け取れとアルドンザにいいつつアルドンザが手をのばすとわざと<br>地面にぽとりと金の巾着を落す。アルドンザが拾おうとする？と思わせておいてアルドンザは<br>その財布につばをはきかけるアルドンザが格好いい…<br><br>そこへキホーテとサンチョがやってきてキホーテはアルドンザをみると<br>「姫よ！」と呼び有名な「ドルシネア」を歌う。<br>アルドンザは何のことやらわからない…いかれてるんだこの人という目でキホーテをみる。<br>やがて宿屋の主人（牢名主の上條恒彦さんがいい存在感だ）がキホーテ主従を案内して<br>連れて行くとあらくれ男たちは御姫様あつかいされたアルドンザをからかって<br>みなで「ドルシネア」を歌う。ここはからかわれて怒るアルドンザがほうきをもって<br>男達をおいまわしてるのがちょっと可愛くユーモラスである。<br><br>場面かわってキハーナの家では姪のアントニアと家政婦と神父様が彼を心配しているが<br>アントニアは結婚を控え叔父が気がふれて旅にでてしまったことを婚約者に隠したいので<br>叔父をつれもどしたいと願っている。この婚約者カラスコ博士というのが精神科医でいやな感じのやつのつくりである。四人で歌うのが「あの方のことを考えてばかり」という歌。<br><br>場面かわって元の旅籠屋。サンチョがアルドンザにキホーテからの信書を渡し、かわりに形見<br>をもらう。形見…本当のお姫様だったら絹のハンカチとかそういったものだが<br>アルドンザがわたすのはお椀ふいてた汚い布巾である…<br>サンチョになんであいつの家来なんかやってるの？と尋ねるアルドンザにサンチョは<br>「旦那が好きなのさ」と歌で答える（「本当に好きだ」）ここのサンチョの忠義者っぷりがかわいらしくて非常に好きだ。<br><br>アルドンザは一人残って「あの人はどうしてあんな風なの？」とキホーテが自分に何を望んでいるのか、わからずに歌う（「どうしてほしいの」）。ここでは登場時の強い目力のあばずれ女ではなくふつうの一人の女性らしくソフトな印象のきりやんだった。<br><br>キホーテと男たちが綺麗で優しい旋律の歌を歌う（「小鳥よ小鳥」）がこの曲はあとでアルドンザが襲われるシーンでも使われるので二度目以降はこの曲をきくとちょっとこわくなる…<br><br>キハーナを連れ戻しにきたカラスコ博士と神父様が旅籠に到着し、キハーナは二人のことがわかる。カラスコ博士は騎士などいないここは城ではなく旅籠だ目の前にあるものが事実だ！とキハーナにいうがキハーナは「事実とは真実の敵なり」といい放つ。この言い方が初日あたりは非常に強く、千秋楽には静かに、と変化していた。どちらにもよさがあった…<br>そこへ床屋が洗面器を兜のようにかぶっておとずれる（「床屋の歌」）するとキホーテはその兜を渡せと脅し、この洗面器をマンブリーノの黄金の兜だといって歌う（「マンブリーノの黄金の兜」）このうたのブリーノのリの巻き舌が気に入った…<br>そしてその兜に姫の形見の布巾をかざりそれをかぶって意気揚々たるキホーテであった。<br><br>様子をみて彼は気が違っているとカラスコはいい、頭から狂気をおいだす方法を考えるカラスコ。神父はそれが彼にとっていいことなのだろうか、と悩み歌う（「夢のドルシネア」）神父様石鍋多加史さんいい声だ。<br><br>宿屋の主人に今宵騎士の称号を授けてもらう約束となっているキホーテは庭で一人心の準備をしている。ここでのモノローグがなかなかいい「現在の自分を愛すな、将来の自分を愛せ」とか自身を戒める言葉をいろいろ一人つぶやく。そこへアルドンザがきかかって。なんでこんなことをしているのかと問う。諸国遍歴は騎士の使命であると答えるキホーテ。そして歌うのが主題歌「見果てぬ夢」やはり名曲である。<br><br>そこへ荒くれ男の一人ペドロがやってきてアルドンザが来るのが遅いと怒りぶつ、キホーテは怒り荒くれ男たちとの乱闘になる。サンチョ・キホーテ・アルドンザの三人（アルドンザが一番強そうであった）と荒くれ男たちだがキホーテたちの圧勝となる。<br>宿屋の主人は申し訳ないがでていってくれとキホーテ主従に頼む…<br>騎士の称号を授与してくれることを忘れないでほしいとキホーテはいい<br>その儀式が執り行われる。彼に与えられる名は「憂い顔の騎士」だ。ここの歌タイトルがプログラムにないが上條さんの歌でなかなかリズムがあっていい。<br><br>キホーテは倒した相手の傷の手当をしてやらねばというがアルドンザが自分がやるといって<br>荒くれ男たちのもとへ一人のりこんでいく。そしてさきほどの「小鳥よ小鳥」の歌の編曲で「アブダクション」となり集団に襲われるアルドンザ。ダンサーきりやんならではのアクロバティックなダンスで表現されているが痛ましい。さるぐつわに手もしばられて…<br><br>そんなことになっているとはつゆ知らずキホーテはサンチョをつれて旅籠をあとに旅を続ける。<br>ムーア人の一行に出会う（「ムーア人の踊り」）ムーア人…って何人？状態だがとにかく盗人の集団のようで馬も兜もまんまと盗まれる二人。<br><br>しかたなく元の旅籠にもどってきた二人のもとにぼろぼろになったアルドンザが歌う「アルドンザ」これがすごい、私生児でうまれ育ち男たちのなぐさみもの一夜の花嫁でお姫様のしとやかさなんかもっていない、これが自分だと歌う、きりやん凄い！この歌への感情ののせかたがみごとでいつもこの歌聞きながら涙がでた。歌い終わって倒れふすアルドンザ…<br><br>そこへキホーテに戦いを挑みに鏡の騎士と名乗る男が現れる、キホーテに鏡の盾をつきつけ己の姿を見ろと迫る。彼は実はカラスコ博士でキハーナに正気をとりもどさせるためだったという。がキホーテのキハーナはうずくまってしまう。<br><br>牢獄ではセルバンテスが喚問される、牢名主はまだ芝居が途中だから最後までやらせようとし、最初は芝居はここまでだといっていたセルバンテスも続きを作るという。<br><br>病の床につくキハーナをカラスコ、アントニア神父、家政婦がとりまいている。そこへサンチョが訪れて旦那のきばらしにお話がしたいという（「ちょっとしたゴシップ」）どこまでもいいやつだサンチョ…<br><br>やがてそこにアルドンザが訪れる。この前までの胸を強調した服ではなく地味なカーディガンみたいなのをきた姿で彼女が変わったことがよくわかる。キハーナのそばにいて語りかけるがキハーナはキホーテだったときのことは自分のみた夢だったと思いkの除のことも思い出せない。<br>アルドンザは彼に「あんたはあたいをみてあたいとは違う名前でよんでくれたじゃないか、思い出しておくれ」といって「ドルシネア」を歌う。この歌い方、この声の優しさ…きりやん素晴らしいわ…<br><br>しかし思い出せないキハーナになおアルドンザは「あんたはあたいに諸国遍歴のことをはなしてくれた」といって見果てぬ夢を静かに歌う。すると思い出すキハーナ。目に力がよみがえり元気になり立ち上がるが歌う途中で病に倒れ死す。サンチョは旦那さまが死んでしまったと嘆くがアルドンザは「男が死んだ。いい人だったけどしらない人だった」というそして「ドン・キホーテは死んではいない、信じるんだサンチョ信じるんだ」とサンチョに言う。サンチョが「アルドンザ…」というと「私の名はドルシネア…」と答えるアルドンザ。ここはいつもなんかしらんけど感動して泣けてくるところだ。<br><br>そして現実世界にもどりセルバンテスと従者は喚問されて会談をのぼっていく。アルドンザ役の女囚が「夢は実りがたく、敵はあまたなりとも」と見果てぬ夢をうたいだす。やがて囚人たちの合唱となるなかセルバンテスは会談を上って裁判へむかう。<br><br>どのタイミングであたかもう忘れてしまったがセルバンテスが劇中でカラスコ博士の役を演じる囚人相手に語る場面が印象に残る「あるがままの人生をうけいれるべきだ」と主張する相手に対して軍人だったセルバンテスは腕の中で生きをひきとっていく仲間の目は「なぜ自分はこうして死んでいくのか」と問いかけていたのではなく「なぜこんな人生をいきてきたのか」と問いかけていたと語り、有名なせりふをいう「あるものは夢の世界にのみ生きていることを狂気というかもしれない、またあるものは現実にのみ目をむけていることを狂気と呼ぶかもしれない、が最も憎むべき狂気とはあるがままの人生におりあいをつけ、あるべき姿のために戦わないことだ！」<br><br>ドン・キホーテとはあるべき姿のために戦おうとした男の物語なのだろう…。<br><br>文字でかくとようわからん状態だが実際みると非常に感動するミュージカルである。<br>美しい男女の恋愛もなく絢爛な衣装もなくテーマとしては難し目なのになんか深い感動をえられるミュージカルだ。<br>そして年齢重ねた方がより感動できるミュージカルのような気もする。<br><br>そして歌舞伎では大の苦手の高麗屋さんだがラ・マンチャではさすがの一言だ<br>歌舞伎では高麗屋のせりふに眠らされることが多いのにさすがにこれでは眠気のかけらもおこらなかった…<br>それにしても役者に年なしといえども７３歳、あと何回できるかわからないがもっともっと続けてほしいと願う。きっと初演から５０周年にはまたやってくれるであろう…<br>弁慶の方はべつにもう別にええけど…って十一月は弁慶やるんやなぁ<br>９月１０月ラ・マンチャで１月弁慶ってお体大丈夫かしら？と心配もしてみる…。<br><br>初日はアンコールの中で見果てぬ夢を英語で歌ってくれた。<br>千秋楽はどうかしら？だったか千秋楽は全員で合唱だった。<br>トップバッターを任されたのはきりやんだ！<br>高麗屋さんがきりやん、といってきりやんにふってくれた。<br><br>スタオベの客席と舞台が一つになっての見果てぬ夢、実に感動的な楽だった。<br>キャストの演技も初日と千秋楽とを比べると千秋楽の方が断然よくなっていて<br>もっともっとみればよかったもっともっとみたかった状態だ。<br><br>気に入ったミュージカルを数回リピートしてしまうと曲が頭の中まわりはじめると中毒化する傾向にある…これが貧乏のもとか？<br><br>そもそも初めてみたとき感動したくせに高麗屋苦手意識が強すぎてまぁ前に一回みてたし…と<br>敬遠してきたことに後悔するくらいの名作じゃないか…たか子ちゃんのアルドンザもみとけばよかった…<br><br>きりやんのおかげで再びみる機会がえられて本当によかった。<br>プロデューサーさん高麗屋さんきりやんをアルドンザに選んでくれてありがとう！<br>たか子ちゃん産休育休ありがとう！<br>きりやんにとってもこの年齢でこの大役に出会えて女優として成長できたことであろう。<br><br>次にみるのは帝劇初日、今から楽しみである。<br>十月夜は髪結新三よりアルドンザかな～<br>今回チケットあまりまだ買ってないのでどちらを追加するか迷うところだが現在はアルドンザ優勢である。帝劇には大阪公演時より安い席もあるし追加せねば…<br>なぜ　国立劇場夕方開演とかとってしもたんや…？もっともっとラ・マンチャでよかったのかも…でも一応歌舞伎座夜もいかなあかんし…悩むところである。
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<link>https://ameblo.jp/nomeazin/entry-12076069436.html</link>
<pubDate>Tue, 22 Sep 2015 21:05:08 +0900</pubDate>
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<title>晴の会　２　芝居　浮世咄一夜仇討</title>
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<![CDATA[ 後年思い出せるようにみたままを覚えているうちこまごまと…<br>十日もたつと記憶もうすれうろ覚えのところもあるがざっくり再現<br><br>城井十風　作　（しろいとうふと読むそうな…白い豆腐？…桂吉坊さんのペンネームらしい）<br><br>上方落語の「宿屋仇」をもとにした新作歌舞伎である<br><br>下座音楽が鳴って巻くがあくと何もないので唖然とする…<br>やがて格子扉風の衝立が運ばれてきてそこにむこう側から「紀州屋」の行燈がかけられる。<br>女中姿の千壽さんの登場で狂言風に「これは紀州屋源助（文字不明？）方に奉公いたすいさきと申す女中にてそうろう」という具合。日もくれてきたので客引きにせいをだすいさき。<br>客席にむかって「お泊まりではございませぬか？只今なら風呂はわきたて飯は炊きたて、景色のよいお部屋へご案内します」と呼びかけ、一人客をつかまえて（実際の見物客ではなく芝居として）宿へ案内する。<br><br>そこへ上手から旅のお侍姿の松十郎さんが登場。万事世話九郎と名乗り<br>「夜前は泉州岡部美濃守様ご城下の浪速屋と申す間狭な宿に泊まりそこでは雑魚ももぞうも一つに寝かせおって巡礼が詠歌をあげるやら六部が経を読むやら駆け落ちものがいちゃいちゃするやら角力とりが歯ぎしりを噛むやらで眠れなかった、今宵は静かな宿に泊まりたい」<br>と一人語りし、そこへまたいさきが客引きにやってきて泊まり客と目をつけて声をかける、<br>世話九郎「名はなんと申す？」<br>いさき「紀州屋源助と申します」<br>世「男のような名じゃの」<br>い「それは宿の名！」<br>世「そのほうの名は？」<br>い「いさきと申します」<br>世「あぁ、煮てよし焼いてよし刺し身によしの！」<br>元の落語ではこれ伊八という名前の手代がイタチに聞きまちがえられるところだが<br>うまくアレンジされていた。<br>い「それは魚のイサキ！私の名はい・さ・き」<br>世「これをその方につかわす」とお金をだす<br>い「帳場へのお茶代で？」<br>世「いやそのほうに格別をもってつかわすのだ」<br>2人向かい合っていたのを揃って正面にむきなおり世話九郎が最前の夜前は泉州岡部美濃守様ご城下浪速屋にとまって騒々しさに難儀したというセリフをくりかえし「間狭でもよいので静かな部屋を頼む」といさきに頼んでいさきに<br>「まずお二階へ」と案内されるそしていさきは衝立を移動させる<br>その衝立は開くと松と水流みたいな絵がかかれている。これが世話九郎の部屋のセットとなる。<br>そして黒い木の枠の行燈がおかれる。旅支度を解く世話九郎とそれを手伝ういさき<br><br>そこへ客席上手通路から伊勢参り姿の旅人源兵衛の千次郎さんが登場。<br>と同時に奥の2人は衝立の裏側へ。そして衝立はまた最初の格子になり紀州屋の掛け行燈がかかる。<br>実にシンプな場面転換だ。<br><br>源兵衛は下手側から本舞台へあがり「やれ賑やかな」とあたりを見回し、したが紀州屋という宿はどこであろう？と宿を探す。そして見物に「紀州屋源助という宿屋をご存じではないか？」と聞いて回る。たいてい堪えてくれるのだが2日目のおひるは2人にまで知りませんと答えられていた…三人目の方が無事おしえてくれてやれやれである。<br><br>「ものもう」と案内をこいいさきがでてくると前の宿屋から差し宿されてやってきたといいいさきはまた二階へご案内。源「あがるぞ、あがるぞ」い「あがらしめあがらしめ」<br>とあくまでも狂言テイストである。<br><br>部屋に案内するとまたいさきは衝立を動かす、また中を開くと今度はヒョウタンの絵柄が現れた<br>これが源兵衛の部屋である。行燈は今度は赤い木枠になる（一つの行燈の半分が黒で半分が赤くなっていたのを使いまわす）。<br><br>部屋に通ると一人ハイテンションな源兵衛である。侍客にはだされなかったお銚子と魚の皿も源兵衛にはだされていた。源兵衛はお銚子日本を両手にもって一人うかれ踊る…棒しばりで2人の冠者がのんで踊りまくってるところ風の音楽で一人でハイテンションにひたすら騒ぎ足拍子も踏む。<br>隣室で読書か書き物かをしようとしていた世話九郎はその騒ぎにいらだち「いさき、いさき」と<br>女中を呼ぶ。いさきがまたまた衝立で場面転換をさせ（松と流水に）敷居の前に座ると<br>世「敷居こしでは話が遠いもそっと前へ」と促し「最前その方に過分をもってつかわしたな」<br>い「たしかに頂戴いたしました」<br>世「そのおりその方になんと申した？」<br>い「…」<br>世「夜前は云々…」と浪速屋という宿屋で難儀した話をまたまた語り<br>「静かな部屋を頼むと申したではないか！なんだあの騒ぎは！これではさだめしまた寝かしおらん、すぐに部屋をとりかえろ！」<br>い「あいにくお部屋は他のお客でふさがっております。あの騒ぎの方を鎮めて参ります」<br>そしていさきは一人「とんだ人をお泊め申した」と愚痴をいこぼしつつ<br>またまた衝立にて舞台変換し源兵衛さんのところに<br>い「もうし。もうし」<br>源「おおお女中、酒つかわすぞよ」とご機嫌<br>い「頂戴したいはやまやまなれどもそっとお静かに」<br>源「なんやて？」とちょっとご機嫌をそこねる<br>い「お静かにとお隣のお客さんが…」<br>源「なにぬかすぞ隣の客、そないに静かな部屋に泊まりたかったら宿屋一軒借り切れ！<br>なんならここへつまんでこい、それともこっちが踏み込もか？」と威勢がいい<br>い「それがお隣のお客はただものではございません」<br>源「ただものではない？ほな化け物か？」<br>い「お武家様」<br>源「お武家かぶぶづけかしらんけどもな」ここなんやしらん笑えた…<br>「…今なんていうた？」<br>い「お侍、ただいまつまんで参りましょう♪」とたちかかるをあわて源兵衛がとめておびえて<br>源「とりなし頼む」とおとなしくなる<br>い「さようなればいてまいります」と世話九郎の部屋へ<br><br>衝立てにての舞台変換だが今度はＴの字型にして上手側の片方は世話九郎の松と流水<br>下手側の片方は源兵衛の瓢箪模様となった。<br><br>い「このとおり沈めて参りました」<br>世「さようなれば休むといたそう」と満足げに「やっとな」と横になる<br><br>源兵衛の部屋にもどってきて静かにせえというたことを間の悪いことでと詫びるいさきに<br>源兵衛は相手が侍となると腰にさした人切り包丁一丁半で串刺しにされてはたまったもんやないとぼやきいさきと二人「切り捨て御免はごめんやなぁ」と庶民同士ほっと一息。<br>源「せやけどなたとえ相手が侍であろうと酢でなら負けんで、兵庫の相撲できたえた身体！」といばりだすと<br>い「その身体で？」と小柄をちょっとバカにした風にいうと<br>源「ちいそうても大きい相手には負けんのじゃ」<br>い「私は女の身ゆえ相撲のとりくみはしらねども稽古帰りの席取りとすれ違うと乱れた髪に色気があって私は大好きじゃわいな！中でもひいきは大阪出身豪栄道！」と相撲好きで話しが弾みだす。ちなみにいさきのひいき力士が三日目は勢になっていた…<br>源「豪栄道もええけどもおれのひいきは捨衣や！」<br>い「捨衣？」<br>源「須磨寺の坊さんが相撲が好きできていた衣を脱ぎすてて相撲とりになった故ついたしこなが捨衣や」<br>と相撲の土俵入りやら稽古のようすやらを身ぶりでやりだす<br>それを後ろからみていたいさきが指で「小さ…」とサイズをはかりながらながめていたが<br>いやいや相撲はやっぱり大きくなけりゃと（セリフでなく下座が語る）自らが大きい力士になった風にどっかどっかと歩いて小さい源兵衛をむしけらのようにつまんで手のひらの上でパシっとやっつけてそこらにぽいっとすてる真似をしてみせる…むっとしていさきに相撲を挑む源兵衛<br>二人が取り組みあばれて源兵衛が上手の片におしやられると衝立てもすこし上手に動き寝ている世話九郎が上手に転がっていく…<br><br>源兵衛もおしやられたままではすまず反撃にでるいつぞや舞の海がやってた猫だまし（？）みたいにいさきの目の前で手をぽんっとうってそのすきに背後に回りいさきをおしだす…ここでいさきが上手に押し出されまた衝立てが上手に移動し世話九郎が益々上手のはしに転がっていく…<br><br>2日目の昼と千秋楽は舞台からおっこちてた…おしやられて目をさましすわって目をしばたたかせる世話九郎…<br><br>そんなことはおかまいなしに相撲に興じる二人、いさきもやられたら本気でやりかえす…袖を帯びにはさんで源兵衛にむかっていくそして見た目のとおりいさきの方が強かった…「いさきやま！」の行事の声とともに勝利ポーズのいさきがかわいい…拍手喝采である。<br><br>とそこへ世話九郎の「いさき、いさき」の呼び声が…<br>相撲で息をきらしつつも「ただいま参ります」とまた衝立てを運ぶいさき<br>しかし運びながら「私も息があがっておりますのでな…」とかいいわけしつつ<br>いつものようにスムーズにはいかない…衝いた手ひらくと世話九郎の部屋の松と流水ではなく<br>ひょうたんの絵柄の源兵衛さんのお部屋？<br><br>「ちょっと休ませて」と息をあがらせて舞台下手前方にこしかけて休憩するいさき<br>背後ではひょうたんの衝立の前で鉢合わせをしてしまい顔と顔をみあわせて不思議そう不審そうな世話九郎と源兵衛…やがて世話九郎の「部屋が違っておる！」の声にはっとしていさきは<br>衝立ての修正にむかう…このアナログ場面転換をネタにしたこの場面面白くて好きだ！<br><br>松の柄に世話九郎は「これでよし！」と確認してまた敷居のところにすわるいさきに<br>世「敷居越しでは話が遠いもそっと前へ」<br>世「最善なんじに過分をもってつかわしたな？」<br>い「たしかに頂戴いたしました」<br>世「そのときその方は何と申した？」とここまでいうと<br>い「夜前は泉州岡部美濃守様ご城下の浪速屋云々」と世話九郎のセリフを早口言葉のようにスラスラとしゃべりだす…初日はかなり先まで行ってくれたが二日目以降は世話九両が早目にＳＴＯＰかけていた<br>世「それはこの方のセリフじゃ！静かな部屋をともうしたになんじゃあの騒ぎは、その方まで一緒に相撲をとるとはなにごとじゃ！」「おのれ手はみせぬぞ！」と刀をぬくまねをしてすごむのでいさきもおそれいってま一度沈めて参りますと源兵衛さんのところへ行くのだが<br><br>次の段取りの都合上世話九郎にははけてもらわねばならず上手奥に衝立てもっていきながら世話九郎も追いやっていく…ここでの二人の捨て台詞が面白かった…世「相撲なんぞとりくさってからに」い「（逆切れ気味に）何その言い方！」世「早くいたせ」い「私かて一所懸命やってるのや！」とか…回をおってだんだんいさきが強くなって逆切れが面白くなっていった…ほんまに息のあった同期で結構！<br><br>ふたたび源兵衛の部屋にきて<br>源兵衛がわび、いさきが「互いに好きな相撲のこと声たかきは仕方がない、が今度こそお休みを」と源兵衛にねてもらうようにするがふと<br>い「おひとりでお伊勢参りかえ？」<br>源「そうや一人が気楽でええのや」<br>い「そらまた色気のないこっちゃな」とちょっと意地悪くおひとりさまをからかい気味にいうと<br>源「色気がないやて？へへんこれでも輪買いころは放蕩三昧、中でもこれは禁断の間男話…」<br>と自慢げにしかし下座は「作り話を云々」と語る…<br><br>高槻藩士小柳彦九郎というお侍の家に出入りの小間物屋だったころどうしたわけかそこの<br>奥がたに見染められ、旦那は江戸で留守人肌恋しいかして「どうぞこの恋かなえてたも」と<br>きゅっとくるのがもう色っぽい…、そういわれてはわしも男じゃ鬼の居ぬ間じゃない亭主の<br>居ぬ間のしのびあい一年続いた…（彦九郎ってやっぱり波の鼓からきてるんだろうな…寝取られ男の代表みたいに名前として使われてちょっとかわいそう）<br><br>と劇中劇のようになり<br><br>客席下手通路から世話九郎とは違うこしらえの松十郎さん登場、大造という侍である<br>大「兄彦九郎は留守とのこと、どれその間にあの女を俺のものに…」<br>とよからぬことをたくらむ彦九郎の弟のようだ。<br>本舞台にあがって奥に身をかくすとやがて源兵衛の色ごとの相手の彦九郎の妻が下げ髪の<br>長じゅばん姿で現れる、演じるのは千壽さんだ。みるからに色っぽい…<br>舞台前方まで歩みでてすわり湯のぼせの体でたもとで風を送る…ほんまに見習いたい色気である<br><br>いつしかさきほどの伊勢参り帰りとは違う羽織をきた姿の源兵衛があらわれ<br>源「湯上りのその姿美しい」と声をかけると奥がたは顔をあげ嬉しそうに<br>奥「源の字！」<br>源「奥方様」<br>奥「源の字、源の字、」<br>と封印切の忠さん、川、のところと同じようにふたり近づき封印切のパロディに…<br>奥「遅かったやないか。いつからあわぬか覚えてか？」<br>源「あんまり忙しいて忘れてしもた…」<br>奥「わたしゃ男になりたいわいな」<br>源「男も男、間男様め」<br>奥「ええ、憎たらしい」と源兵衛をつねる<br>源「おっと、おたのもうしまっせ～」<br>奥「なぁ今日はゆっくりしていってや」<br>源「あ、大事な用があるのでいかねばなりません」<br>奥「え、そんなこといわんと」<br>源「すみません」とたちかけると奥がたが羽織のうしろをひっぱり紐が首のところにくるので<br>源兵衛は紐をといて二人で羽織りをもってきまる、羽裏の柄は源兵衛のお部屋とおなじひょうたんだった♪こういうディテールが楽しい♪羽織はそこらにおかれる<br>奥「なあ源の字なんじゃいなぁ」<br>源「なんじゃいなぁててなんじゃいなぁ」<br>奥「今日はゆっくりしていって」<br>源「いなねばなりませぬ」と羽おりを拾っていきかけるので<br>はっこの手でいこうという表情でしゃがみこんだ奥がたは<br>奥「あ、痛」と癪に苦しむそぶりをみせる<br>源兵衛はあわててかけよりだいじございませぬかと肩をだく<br>奥がたはだきつき源兵衛は羽おりで奥方をつつみだきよせて…<br><br>とそこへ最前の大造の声がする「姉上」「姉上」<br>はっときがつく奥方と源兵衛<br>大「姉上にはなんとみだらな、兄の留守にこんな町人風情と、兄彦九郎も気の毒な」<br>奥「は、お前は大造殿」<br>大「このことを兄上に」<br>奥「それだけは」<br>大「いってほしくなければ俺の女に」と懐に手をいれる<br>奥「お前の女になるくらいなら死んだ方がましじゃわいな」とはねつける<br>そばでみていた源兵衛は<br>源「ははは、奥がた様はおれにぞっこん惚れているのじゃ」と勝ち誇ったようにいうと<br>大造は源兵衛にいかりの刀をむける<br>源「なんじゃいなんじゃい、そんなもんこねくりまわして、俺をきる気か？面白いきれるもんなら切ってみい！」と座る<br>大「望みとあらば！」と刀できりつける<br>かわす源兵衛、追う大造と逃げる源兵衛二人はそのまま客席へ源兵衛をさがす大造が「どこだ？どこだ？」とさがすと<br>源「ここじゃいここじゃい」<br>大「しってるわい！」で二人がそれぞれ客席できまる。（夏祭りのパロディである）<br>近くできまってくれるとテンションあがって楽しい♪<br>客席最前列と舞台の間に身をひそめる源兵衛と舞台上からさがす大造、源兵衛が舞台にあがって<br>ふたりの立ち回りは忠臣蔵うち入りの立ち回りのパロディでここも二人できまると拍手喝さいである。<br>なぜか大造の袴にてをかける源兵衛、袴がぬげそおれに足をとられる大造。<br>そうこうするうち刀が源兵衛の手にわたり無茶苦茶にふりまわすうちにとうとう大造を斬ってしまう。<br>チチチチチチチチチと三味線がなり定九郎風に息たえる大造<br><br>源「大造を殺してしもた、こりゃここにはいられぬ」<br>と逃げようとすると奥がたがすがりつき<br>奥「私も連れてのいてくださんせ」<br>源「何をいうのや、足弱つれて逃げられるものか」<br>奥「幸い蓄えの金がここにある、これをこなたにやるｈごどに一緒につれてのいてくださんせ」<br>源「何金？その金はよだせ」<br>奥がたは奥にむかいかねの用意をするとそこを後ろから源兵衛が袈裟がけにきりつける<br>奥「なんで私を殺すのじゃ」<br>苦しむ奥方と源兵衛のたちまわりになる久し振りに斬られる千壽さん堪能♪<br>奥がたもてぬぐいで抵抗したりするが<br>最期は海老ぞりを美しくきめて果ててしまう。<br>下座は地歌の「愚痴」って曲かしら？「路地の細道駒下駄で」とか「お前の袖とわしの袖」とか<br>成駒屋の封印切の忠さんの引っ込みで使われてる唄だった。<br>さすが秀太郎さんの愛弟子である殺され姿にも色気たっぷりで美しかった…<br><br>源兵衛は五十両の包みを拾い<br>源「大造ばかりでなく奥方まで殺してしまった。は良いうここから逃げねば…源兵衛のしわざと<br>しれたら源兵衛のこの首は胴についてはいぬぞよ」とまたまた封印切のパロディである<br>源「したがあの奥がたも立派な亭主がいながら俺にぞっこん、あぁあもてる男はつらいなぁ…、いうてる場合やないがたｎいずくへなりと身をかくし、幸いここに金もある」と金包みを確認し<br>「五十両」と定九郎になる<br><br>これで劇中劇終了<br><br>さき殺された大造役の松十郎さんは奥で世話九郎のなりにもどって自分の部屋で隣室のはなしを<br>ききながら考えこんでいる風で奥方役だった千壽さんは元気な女中いさきちゃんにもどって<br>源兵衛の話に目を輝かせもとの源兵衛の部屋の体になる<br><br>源「、と色事っちゅうのはこれくらいせなあかんわな、どど、どんなもんじゃ！」とやはり封印切パロディできまって拍手喝さい！<br><br>い「さてもさても源兵衛さんはたいした色ごと師やな！」<br>源「色事師？」<br>い「源兵衛さんは色事師の親玉や」<br>源「俺が色事師の親玉か？」<br>盛りあがってくる二人である<br>源「源やんは色事師♪」<br>い「色事師の源兵衛さん♪」<br>源「源やんは色事師♪」<br>い「色事師の源兵衛さん♪」<br>と二人は踊りだしコンサートでアーティストが客に手拍子あおるように手を叩き<br>客席中が手拍子になり盛り上がる、そのうち二人はつけうちさんにむかって<br>リズムよく<br>源「源やんは色事師♪」<br>い「色事師の源兵衛さん♪」を語りかけるように続ける<br>とつけうちさんもそのリズムにのってつけをうちだす。<br>つけ入りのより派手な大騒ぎになる…楽しい♪参加していて楽しい♪<br><br>とやがて奥でなにやらしたくしていた世話九郎が鉢巻姿で奥から衝手をたおして<br>それを踏み越えて現れ「両人待て！」<br>あっけにとられる二人<br>世「万事世話九郎とは世をしのぶかりの名、誠は高槻藩小柳彦九郎。三年以前前妻弟を殺され仇の行方をたずねしが宿屋の隣室にいあわせたおのれ源兵衛、いざ尋常に勝負いたせ！」<br>二人はびっくり！<br>源兵衛は「いやあれはつくり話、嘘嘘」というそぶり、いさきは「えっこれほんまのことなん？あんたどないするん？」みたいな表情…<br><br>源「いまのはみんなつくり話じゃ」とあわてていうが<br>世「弟の仇、妻のあだ、おのれ源兵衛やるまいぞやるまいぞ」とやはり狂言風にとりあわない<br>いつもの狂言風の音楽になり逃げる源兵衛、追う世話九郎<br>なりゆきでいさきも逃げる側に…<br><br>舞台奥の衝立（格子戸模様）の上から顔をのぞかせるいさき、刀かまえる世話九郎、逃げる源兵衛が舞台の対角線上にうまくきまった図は舞台空間もいきていてとってもよかった♪<br><br>やがていさきは衝立持って下手側に逃げて行き、源兵衛も上手側ににげていき<br>舞台上には一人世話九郎が残る。二人がいってしまったことを左右を見回し確認した世話九郎は<br>なぜか鉢巻をとり、刀もさやに収めてしまう。<br><br>一人満足げに「ああ申さねば今宵も寝かしおらぬは…」「やっとな」と扇を拡げたところできがチョンと入り満足げに横になって眠る世話九郎で幕である<br><br>元の落語しっていたが実に見事に三人芝居にしたてあげたものだ！<br>本当に楽しかった面白かった！ＤＶＤだしてくれたら買うのに～である…<br><br>カーテンコールがあって下手から千壽さん上手から千次郎さんがでてきて舞台前方へすすみ上手席側下手席側にお辞儀をし正面にもお辞儀をし、下がってまた深々とお辞儀をして幕。<br><br><br>因みにもとの落語はこんなのである↓<br><br>http://homepage3.nifty.com/rakugo/kamigata/rakugo39.htm<br>
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<link>https://ameblo.jp/nomeazin/entry-12060037958.html</link>
<pubDate>Sun, 09 Aug 2015 23:00:41 +0900</pubDate>
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<title>覚えてるうちにメモ代わり　晴の会　１　舞踊３題</title>
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<![CDATA[ <p>2015/7/31-8/2</p><p>近鉄アート館　の「晴の会」へ</p><br><p>松嶋屋三兄弟我當さん秀太郎さん仁左衛門さんのお弟子さん</p><p>師匠の順と同じ順序にすると千次郎さん千壽さん松十郎さんの</p><p>初めての公演だ。</p><p>三人は上方歌舞伎塾の一期生だから入塾から１８年たったというわけだ。</p><br><p>新聞で塾の中間発表会の観覧を募集していて興味があったので</p><p>応募して当選し（って落選した人いないんちゃうか…？）見に行ったのが</p><p>平成１０年の中座であった。</p><p>平日故に仕事帰りで最後の芝居「太十」の前の休憩時間に劇場到着であったように</p><p>記憶している。</p><p>たった一年でここまでできるの？！と大いに感動して翌年の卒業公演にも行き</p><p>卒塾後の松竹座稽古場での衣裳なし顔も素顔での勉強会「大序」</p><p>も見に行った。</p><br><p>平成若衆歌舞伎、若伎会、上方歌舞伎会と彼らの活躍ぶりを観続けてきて</p><p>すっかり卒塾生贔屓、中でも一期生贔屓、その中でも早くから頭角を現していた</p><p>この三人は好きだったので期待の公演だ。</p><br><p>三面客席という作りでキャパは３００人と小ぢんまりした劇場だ。</p><br><p>１）長唄　浦島</p><br><p>「新曲浦島」っていうのは舞踊会とかでよくでるが今度の浦島は初めてだった</p><p>浦島太郎が乙姫様を恋慕い一人寝の寂しさなどを語り、扇を使ったり蝶と戯れたりして</p><p>踊る後玉手箱を開けて老人になってしまう踊りだった。</p><p>扇使いはぱぁっと大きく派手にではなく堅実に無難にという印象もなきにしもあらずだった。</p><p>舞踊素人なのであれこれ書けないが千次郎さんは安定感がある。</p><br><p>老人への早変わりは暗転の中の衣裳はぶっかえりで鬘かえて白眉毛つけただけだが</p><p>鮮やかなものだった。後見は同期生同門の佑次郎さんだった。</p><br><p>初日ご不在だった立唄の勝之弥さんが二日目三日目はご出演でさすがにいい声だった。</p><br><p><font color="#0000ff" size="4">〽和田の原合浪路遥かと夕凪に龍の都を出で汐の合寄するも八十の浦島が合方後に引かる恋衣合濡るるも夢と父母かをいろにのりじの海の船唄や舟唄〽沖の洲崎に合蜑の小舟が誰が濃い風に合独りこがれてよんやさ合ゆたのたゆたのしよんがいな合磯辺離れて木曽路山寝覚心にたどり来る二上リ合〽袖に梢の移り香散りて合花や恋しき面影の合さつと吹き来る合春風に合霞が生める初桜花の色香につい移り気な菜種は蝶の露の床合〽忘れ兼ねたる比翼の蝶の合情比べん仇桜合〽雪か雲かと合峰の花〽せめて薫の合便りもがなと思い暮して合〽恋す合ちよう〽空定めなき花曇り合〽うつゝ白浪幾夜か恋に合馴れし情も合今では辛や独り寝のほんに思えばさりとはく昔恋しき合浪枕うたてさよ〽実にや七世の浪路を越えて蓬よもぎが浦の浦島が尽きぬ契を語るいえづと</font></p><br><p>２）地唄　たぬき</p><br><p>これまた全く初めて観る踊りである。</p><p>浦島の後で定式幕がしまり、やがて中から鼓の音が聞こえてくる。たぬきの腹鼓</p><p>の演出であろう…どんな踊りか楽しみになった。</p><br><p>宮守の松十郎さんの登場で地唄の男性が宮守になって名乗る、狸が神殿を荒らすので</p><p>退治しにきたということだ（二日目の昼のみ地唄男性不在で松十郎さんが自ら名乗って</p><p>いた）。やがて宮守さんは狸を発見…茂みからちょこっと顔をだす女狸の千壽さん…可愛い…</p><p>一旦顔ひっこめてお尻からもそもそと出てきた。茶色地にすすき模様の着物に黄色地に</p><p>茶色の銀杏模様の帯で髷の形がかわってて面白い髪形だった。</p><p>撃たんとするとしばらくと留め恋しい男狸がいて夫婦仲睦まじく身重の体だがここで</p><p>お前に撃たれてはおなかの子供は闇から闇、どうぞ助けてとくどくのが人妻狸の色気があって</p><p>よかった。宮守もその想いに感じ入り助けてやることにする。と狸は大いに喜んでお礼に</p><p>腹鼓を披露してくれるという。</p><br><p>座を構えていざ腹鼓、右手に息をふきかけおなかをぽんぽこ鼓の音がぽんぽこ</p><p>左手も同様、鳴り物さんとの息があってて面白い、膝でリズムをとって楽しげな鼓がはじまり</p><p>やがて立って歩きながらの鼓となり宮守も一緒に踊りだしてしまう。</p><p>お二人の息があってて実に楽しい。そして見ているうちにだんだん狸っぽくみえてくる千壽さん…</p><p>見物も化かされているのだろうか…？</p><br><p>宮守がそっぽむいて立っていると後ろからそっと近づいて耳元で手をたたくとポクポク音がして</p><p>そっと後ろに隠れ反対側の耳もとでまたポクポク…何これ可愛い♪</p><br><p>二人並んで座って手を交互にだして手が重なってしまうと怒るそぶりの宮守にごめんなさいポーズの狸さん。宮守さんが怒って許してくれないとまた楽しい腹鼓で機嫌をとり、半分化かされてるんかい？な宮守も調子にのって踊りだす、結構一人で一所懸命踊る宮守さん…これも可愛い…狸さんはその間に</p><p>休憩し、お客さんに「見てみてあの人一人で一所懸命踊ってやんの♪くすっ」みたいないたずらっこ</p><p>な表情をみせる。これがまたむっちゃ可愛い…！しかし宮守も休憩中の狸に気付いてもっと腹鼓やってよとリクエスト。狸さん再びひとくさり披露してお辞儀して終了！</p><br><p>宮守は腹鼓をほめたたえ、狸が手を口元にあてて動物っぽくまたいたずらっぽい表情を見せ（これツボ）</p><p>一人と一匹が一旦客席に後ろむきになってから顔をみあわせて決まって幕。</p><p>歌詞なし演奏のみの部分が大半だったが二人の表現力でとても楽しい踊りであった。</p><br><p><span style="WIDOWS: 1; TEXT-TRANSFORM: none; TEXT-INDENT: 0px; LETTER-SPACING: normal; DISPLAY: inline !important; FONT: medium HG正楷書体-PRO; WHITE-SPACE: normal; FLOAT: none; COLOR: rgb(153,0,153); WORD-SPACING: 0px; -webkit-text-stroke-width: 0px">我はこのあたりに住む宮守にて候、毎夜毎夜このところへ古き狸がいて、神殿をあらすほどに、 見つけ次第に討ち取らんと存ずる。お々見つけたぞ、見つけたぞ、鉄砲下し弾薬、火縄を付けて、狙い寄る、狸たまらずかさ、かさ、かさ と這い出て、のふ暫く待ちたまえ、あの岩陰の森の内、男狸がおり申す、夫婦が仲が睦まじく、互いに変わるに変わらじと、言い交わしたる睦言を 身持ちになって見も重く、それをお前に打たれては、腹なるわが子は闇から闇、どうぞ助けてたまわれと、手を合わしてぞ頼みける。 宮守ともに泪ぐみ、人間畜生と異なれども忍愛のなげきかはらじと、鉄砲下し立ち上がれば、狸大きに悦んで命助かる御礼に、我妙たる腹鼓、 只今聞かし申すべしと腹なでおろし座を組んで宮守ほとんど感じ入り、ちいちいぼうぼうの打分は、真の鼓に増さるべし、目出度、目出度目出度と笑うてこそ帰りけれ。</span></p><br><p>３）長唄　橋弁慶</p><br><p>五条橋の牛若丸対弁慶の舞踊でこれは何度かみている。</p><p>上方株歌舞伎塾中間発表会プログラムを観るとこのときも松十郎君は弁慶をしていたようだ。</p><p>千次郎さん今度は牛若丸さっき宮守だった松十郎さんは化粧もかえて弁慶だ。</p><br><p>牛若は薄衣をかずいての登場でさっととって顔をみせたときの様子がなかなか毅然としていて格好よかった！二人の体格の差がこの配役に活きていた。弁慶をなぶってみようと薙刀の柄をすれ違いさまに蹴って挑発する牛若に弁慶もなにをと戦いを挑むが身軽な牛若に力自慢の弁慶は翻弄されてとうとう降参する。</p><p>弁慶の薙刀をひらりと飛んでかわすところで牛若が合引きに乗って二人できまるところ二人とも格好よかった！牛若の「今より三世の主従なるぞ」がこの先のこの主従のことをこちらに想起させてくれるような、でもまだまだ若い牛若でとてもよかった。</p><p>これも二人で決まって幕。</p><p>橋弁慶だけネットにみつけた歌詞がＰＤＦファイルでコピペできなんだ…残念</p><br><p>舞踊素人だが三つとも楽しかった、歌舞伎観劇歴四半世紀くらいになるが</p><p>いまだに歌詞ヒアリング能力があまりなくって全部わかってたらもっと面白いのに～と</p><p>思うがわからなくても楽しめるものではある。</p><br><p>しかし三人とも踊りも表現力たいしたもんである。</p><p>役者さんだから当たり前かもしれないがその役になりきって</p><p>表情豊かに活きいきと踊っていてあっという間の一時間だった。</p><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/nomeazin/entry-12059678814.html</link>
<pubDate>Sat, 08 Aug 2015 22:46:28 +0900</pubDate>
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<title>竹三郎さんの会（８月10日11日11:00 16:30４回公演)　於国立文楽劇場　夏姿女團七</title>
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<![CDATA[ <p>せっかくアメブロＩＤもってることやし観劇メモとして初ブログだ…</p><br><p>夏姿女団七…本家夏祭が浪花やし竹三郎さんがやろうっちゅうのんでこれも浪花の芝居かいなと思ったら舞台は江戸やった。まぁ作河竹黙阿弥やしごもっともか。</p><br><p>夏祭でいう三婦内の場面柳橋草加屋から<br>吉原から逃げた明日店出しの女郎琴浦ことおはつ（千壽）を探す若い者喜八（寿治郎）と草加屋の女中お松（段之）が琴浦とそのかけおち相手道具屋の清七（隼人）の行方について語りあっている。ここへきたらしらせてくれという喜八に「はい」とうけあうお松だが、実は二人はこの家の中にかくまわれているので喜八に隠れて「その二人ならとうにここにきているのよ、何にも知らずに…」と喜八を笑うお松。一方の喜八もどうもくさいと思うかして、でていきつつも中の様子をうかがっている。ここらベテランの二人はさすがに安定。そこへ清七（実は侍の磯之丞　伊勢音頭の貢さんみたいな十字絣が涼しげ）とおはつ（ピンク系の絽の着物に博多帯でやっぱりかわいいわ千壽君♪帯からのぞく根付けの柄は丸の中に五枚銀杏かいな？とチェックをこころみるもしかとわからず…）が奥の一間からでてきて紛失の刀千壽院の詮議のため町人となっていること、なんとしても刀をとりもどさなければ、などを語りあうところへ、最前の喜八がもどってきて奉公人の琴浦つれていくといい、争いあううち門口で侍、甚内（薪車）とぶちあたり、武士にむかって慮外者とせめられ、喜八は一旦逃げていく。あと追いしようとする甚内をとめる老女の声、甚内はあ「あのお声はお局様」と畏まる。いよいよ主役登場だ。立派な武家の御守殿様姿のおとら婆（竹三郎）が駕籠から降り立つ。見物はざっくりあらすじで、夏祭の書き換え狂言で義平次にあたる強欲婆を竹三郎さんがやるものだ、と知っているので少々面食らう。あれ？こういうお役も別にやるの？と…。まぁ、強欲婆がうまいことばけてなにか悪企みだな、と察してはみるものの、見事なばけっぷり！打ち掛けも夏仕様だとこんなんになるの？というような白地に藍染めの涼しそうな柄で面白い。</p><br><p>老女は琴浦を姫君と呼び、実はおはつは殿様の落としだねで妾腹故本妻に憎まれ臣下のものに里子にだされたのだと語り、証拠としておはつの守り袋の歌の上の句を詠んだ父君たる殿様の直筆の短冊までだしてみせる。今は奥さまもお隠れあそばしたのでお城へお迎えに参ったと語り、連れていこうとする。おはつは「私にはいいかわした人が」と磯之丞と離れられぬ様子。それをうけて老女は「それもみな飲み込んでいて、元は武士の磯之丞も婿に迎えるから、あとで迎えをさしむけるのでひとまず姫君様のみご帰還遊ばせ」といいこと尽くめのお話しでうまうまとおはつを連れていこうというところへ後ろから声をかけて留めるのが芸者の團七縞のお梶（猿之助）。すっきりした白地に紺の染めの浴衣姿が粋で素敵♪</p><p>戸口の外までおはつの手をとって出て行った老女。お梶の言葉に、うっかり騙されそうになったことを悟ったおはつは老女の手を逃れ磯之丞のそばへかけもどり、刀ふりあげ抵抗する甚内は力自慢のお梶にとりおさえられる。上手に甚内中央にお梶下手に老女できまる。はっと老女と顔を見合せてお梶は「お前は義母さん！」となり、おはつをかどわかそうとした悪者ながらも未遂に終わったことゆえ、このまま逃がしてやろうとする、と磯之丞がそんな悪者詮議もせず逃がしては…と抗議する。お梶は「親…といってもいいころあいの年より故にこのまま許して」と義理ある親故みのがしてやる。が企みは失敗して見顕さられた悪者は開き直る。どこかでみたような…黙阿弥さんの白浪五人男の浜松屋の弁天風な展開に…。婆の台詞に「年は傘寿の上をいき」とか「音羽屋の」とか「ごひいき様のおかげにて傘をいただく」とか「損料物の打ち掛けで」とか「うまくはまった祭りの趣向も云々」とかパロディの面白さと傘寿の会祝いの面白さが満載で客席おおいにわいた！</p><br><p>１１日の11:00公演では立ち上がるとき力が入らずなかなか立てずに「甚内、手かしとくれ～」ってのがあって本来ならやっぱりお疲れもあるのかしら心配…となるところがこれによって「いい年こいた婆さんが欲にかられてこんなことしちゃってもう！」ってなおさら面白くなったし師弟愛みたいなのまで感じてしまって大うけだったのが、転んでもただでは起きない、というか役者やなぁと感服だった。甚内と婆と二人帰る道すがらつい「高砂家の老女と偽っての芝居だったがとんだ高砂の婆ぁと道行だ…」とごねる甚内に「なんだと？！」と怒るおとら婆。ええコンビや～。こういう引っ込みのおきまりだが、まだ上手くいかなかったことが腹にすえかねる婆は「思えば思えば」と恨みをこめて振り返ると家の中から「まだいい分がござんすか？」とお梶。それをうけて「そのいい分は…」「ん？」「ようようおもだか屋！」で拍手喝さいってやつがあって、すごすご引き揚げる甚内とおとら。引っ込み際、打ち掛けの裾思いっきりはしょってお梶にむかって「覚えてろよ！」の捨て台詞がドスがきいててむっちゃ悪そ～。すきやわ竹三郎さん！</p><p>この引っ込みの下座に「お前百までわし九十九まで…」とどこかできいたことのある唄で楽しい師弟の引っ込みだった。もうこの場面おわりですっかりこの芝居の虜になっていた…。</p><br><p>二人がいってしまうとおはつをここにかくまうのは危険かも、とお梶がいい、おはつは「それでも清七さんとかたときも離れていては…」と心細げだが、お梶は「縁と●●は待つものだよ」と諭し、きが入って幕。</p><p>●●…なんやったっけ？？４日たつと忘れてまうな…細かい台詞。それにしても猿之助さんかっけ～♪</p><p>いつのまにこんなええ女になったんや、な上出来っぷりだ。</p><br><p>次が住吉鳥居前にあたる両国橋橋詰錨床でこれはとくにおもだか屋の紋とかはいってはなってなかったかな？おもだかの模様とか三猿の模様とか床屋ののれんについてたっけ？？竹三郎さんの会だしそれはないのかな？我ながら記憶力がないのが残念！</p><br><p>幕があくと磯之丞が奉公している但馬屋の手代市助（段一郎）と佐賀右衛門（松之助）が磯之丞のこと、尋ねる一腰千寿院は佐賀右衛門が身につけていることなどを話し合っているとそこへ琴浦がかけてくる。夏祭同様佐賀右衛門が後ろから目隠しして「わしのとなりの大鳥じゃ」と琴浦の袖から顔をのぞかせる。ここらまったく夏祭浪花鑑だ。琴浦とらえて床几にかけてのかきくどきも一緒。ここらでのほとほとうんざり顔な琴浦がかわええ～♪千壽君の魅力は豊かな表情やな…。「ええもうしらぬわいな」で床屋の中に入ると間もなくお梶が佐賀右衛門の手をひねり上げて出てくる。おなじみの團七格子の浴衣だ 。三婦の家に琴浦を行かせるため道のりを佐賀右衛門で教えるのも夏祭と一緒。「石のお地蔵さん」のときの松之助さんがかわいくってツボである…。かけていく琴浦には「松嶋屋」とも「千壽」とおも声がかかる。「お母さん嬉しい！」な気分である…。しかしこの場面で両国橋から琴浦がかけてくる場面ではだれも声かけてくれんかったなぁ…やっぱり平名題と御曹司って大向こうさんも微妙に差別しちゃうもん？と細かいことを気にしつつ、１０日の１１時公演最初の回では自分自身この場での琴浦登場時の拍手は遠慮してもうたしな～（のこり三回はそれ反省して率先してたたいたが…）とやっぱりスターと非スターの意識ってあるんかな、それってよくないわな、しっかり与えられた仕事を期待以上にこなしてたら喝采送らんと…などと思った次第であった）</p><br><p>琴浦の後見送りつつお梶も花道にかかると後ろからお辰（壱太郎…徳兵衛格子の浴衣姿。すらっとしててういういしくってなんとも可愛い…）が呼び止める。戻ってくるお梶。お辰の後ろにはさっきの佐賀右衛門。<br>お辰は佐賀右衛門に頼まれたといってお梶とたて引きになる。女の喧嘩。夏祭同様立て札つかってきまる二人。とそこへ花道からだれやらかけてくる。本舞台の二人と花道七三の一人とできまる。</p><p>留めに入ってきたのは釣り船三婦（男女蔵…帷子着て耳には数珠でのぞくさがりは赤旗で夏祭と同じ。おとっつぁんそっくりになってきた）だった。ここでとめるのにつかった看板みたいなのの絵とか文字とかチェックできなかったのがくやまれる。夏祭同様芝居の絵番付けだったりしたのだろうか？</p><p>「宙を飛ぶのが得手で木からは落ちぬ猿之助、二つと下らぬ壱太郎、どちらに怪我があっても今日おいでのいずれもさまがご心配、と男女蔵（おめず）臆せず中へでたこの釣り舟の云々」と留め男の台詞もしゃれがきいてて面白い。</p><br><p>一旦二人を留めた三婦は、しかし磯之丞様のためというお梶と侍に頼まれてというお辰にそれなら男同士の戦いも同然とあろうことか真剣勝負を薦める。佐賀右衛門はそういうことなら、と腰に差したる磯之丞の訪ねる千壽院の一腰をうっかりお辰に貸し三婦はお梶に自分の刀を貸す。</p><p>刃交わして争ううちお辰の刀をじっくりみて訪ねる千壽院と分かるとたちまちお辰とお梶は仲良しに！実は二人のたて引きは刀詮議のためのお芝居！この展開おもろいわ～佐賀右衛門と一緒に見物も「え～っ」となってしまう…まんまと一腰は手に入れたが、佐賀右衛門は磯之丞をおとら婆の協力のもと拐かしたことを告げる。一大事と義母の行方をとせくお梶。急かずに三婦とも相談した上、とか行くなら私も共にとか言って留めるお辰。しかしお梶は道を急ぎ、つい振り払うはずみにお辰に肘鉄くらわしてしまう。夏祭でのおつぎと団七の件のなぞりになっている。緊張たかまり、煙草入れに薬があるかしてそれを投げてやり、髪にさした櫛をとってふっと息ふきかけ懐へしまい一目散にかけていくお梶姐さん、やっぱりかっけ～！<br>でもここはやっぱり本家夏祭の下座のだんじりがおやされて緊張がぐんと高まって「長町さして」で草履ぬいで帯の後ろにさした團七がきまって、の方が好きやな～十月松竹座がますますたのしみになった！</p><br><p>続いて長町裏にあたる浜町河岸<br>幕があくと駕籠屋（鴈大、當吉郎）と市助。と後ろから駕籠を追ってくるお梶。おいついて駕籠の中のを返してくれと市助に頼むと意外にもあっさり承諾！やれ嬉しと駕籠の中に声をかけでてきてもらうと…中にはてっきり拐かされた磯之丞と思いのほかのおとら婆！二人のやりとりはほぼ夏祭のまんま…。お梶の「たしなむ心もないみさげはてたお人じゃな」に「何じゃ？たしなむ心もないみさげはてたお人じゃな？その愛想尽かしを待っていたのじゃ」でおとら婆の述懐になり、お梶の親、故人となったおとら婆には夫の團七九郎兵衛（つい夏祭の感覚でみていてお梶＝團七女房と思っていたが、このお梶は團七九郎兵衛さんの娘だそうな…）をならずもののなんのとこきおろす。つれあいに死なれて後添えに入ったものどうせ長くはないだろうからみとってなけなしの金をのこしてもらい、継子のお梶を武家奉公にやって上手いこと殿様のお手でもつけば左団扇の楽隠居、のつもりが武家に奉公にあがったらやっとう（竹刀？剣術のこと？）なんぞ習いおってと罵り（こうして武芸に強いお梶になったのねと納得…）男の味でも覚えたら女らしうなるかと芸者勤めにだしても云々と文句ばっかりたれるえげつない義母である。</p><p>なにいわれてもかどわかされたお主筋の磯之丞様をとりかえさんと耐えてなんとか居場所を教えてもらおうとするお梶。</p><p>夏祭同様金をここに持っていてお前にやるからといって石でおとら婆をだます。金ときいての婆の表情態度のかわり様、実におもろい…さすが竹三郎さん、すごい…。そして猿之助さんとの息のあいよう…すっかりひきこまれた。</p><p>金もらえるなら、と駕籠屋も市助もこの場からおいやって二人きりになり（ここで花道入っていく市助の段一郎さんの「しかしどこまからどこまで夏祭、江戸にかえ女にかえてのご趣向がほんに見事で云々」みたいな台詞が見物の気持ちを代弁するようで面白かった）、磯之丞の行方を教えてくれるというと喜ぶお梶。ここで夏祭同様「お前そんなに嬉しいか？、そんならわしもはよう喜ばせてぇな…」となり「最前のあの…」といいかけて「暑いな暑いな」とお梶を団扇で煽いでごまかすくだりになる。</p><br><p>どうでもよいがここらになるとこれ舞台江戸？？婆はどうも浪花の婆っぽいんですけど…？婆は浪花出身設定？？な気もするのであった…。</p><br><p>とうとう婆がしびれきらして「三十両はよう渡してくれいな」というとこれまた夏祭同様「その金ここにはござりませぬ～」になる。ここで疑問はお梶よ、今ばらしちゃったら結局磯之丞様の行方ききだせてないじゃぁないのか！そのために苦労したんじゃなかったのか？ということである。</p><br><p>がもはや磯之丞様の行方より夏祭のパロディをやりとげることの方が見物にも登場人物にも大事な感じになってきており、磯之丞様の行方は聞き出せないままに話は進んでいく。夏祭同様「仏のようなこの親を」には笑いがおきる。</p><p>夏祭りでは雪駄に泥つけて額を悪がこちらは石で額を割る。いつもここでどこからどうやって指に紅つけて額の傷つけるんかわかってなかったが猿之助さんで観察するとなにか右手を耳の後ろらへんにやったあと額押さえてたようだったそこらに紅ぬってあるんかしら…？？</p><p>「こりゃこれ男の生き面を？」が「こりゃ私の顔を？」（だったっけ？記憶あいまい）になっていた</p><p>ここらの息のつめよう上手いものだ。</p><br><p>つい刀に手をかけるお梶、きれよというおとら。お梶の刀を抜いての「親じゃぞよ…」のあたりも夏祭とまったく一緒だった。はずみでお梶がおとら婆を切ってしまうのも同じだ 。<br>で手がまわったかで覚悟きめて一太刀あびせて花道七三にいってきまるのも一緒。もちろんきまる姿はあくまでも女。七三行って最後は客席方向でなく本舞台むきにきまるのが珍しい。（あれ？本家夏祭ここどないやったっけ？ふつうに刀肩に客席むきにきまってたっけか？大好きな芝居のくせに記憶あやふやな自分が情けない…）</p><br><p>道具は上手に井戸で垣に花がさいてるのは一緒だが、後ろに祭提灯は通らなかった。泥は工事現場が下手にあって土壁塗り用の泥貯め場がある体でおとら婆だけ顔と手にちょっとだけ泥をつけたがさすがに女性版故本家夏祭ほど泥まみれにはならず、お梶の襦袢に泥の手でふれて少し泥をつけるとう具合だ。<br></p><p>倒れた婆にまたがり太鼓の音にあわせての決まりはやるがここもやっぱり本家夏祭の方が格好いいよな～表むき裏むきでの太鼓にあわせておきまりがすきやねんな～十月の愛之助さんに期待大だ。</p><br><p>井戸で本水使い泥のついた襦袢の裾や手や刀を洗うが、４公演の内最終公演では衣装感想の心配もないためか結構方から水あびもおもいきりよくやっていてそれだけで拍手喝さいだったのが面白い。</p><br><p>祭りは江戸版故「ちょーさじゃ、よいやさじゃ」ではなく「ワッショイワッショイ」だった。（祭りの衆にまで千壽君が男にもどって出ていたのは私徳～どうせなら松十郎君もでりゃええのに…）<br>七三では「悪い人でも舅は親」が「悪い人でも義理ある親」となって「許して下さんせ」と詫び、</p><p>刀身を鏡に髪の乱れなんぞちょこっと直しつつ、千壽院の一腰をうやうやしくいただいて、水をすった袖をしぼって手拭いで吹き流しに顔を隠して女らしく引っ込んで終了。<br>いやぁ～元の夏祭好きなだけに上手いこと書き換えしてあって面白かった！<br>竹三郎さんはもちろんのこと猿之助さんはほんまによかった！<br>伯父さんと違って夏祭の団七するには線細いけどこれやったら本公演でもやったらええねんっ！</p><br><p>もともとは竹三郎さんがお梶で上演したかったそうだがそうするとだれもおとら婆する人がいてへんことに気付いてのこの配役になったそうで、この配役は大正解だったわけだが、おとら婆、ほんまにだれもいてへんのんんか？と考えるとほんまにいてへんことがわかり、歌舞伎世話の老け女方人材不足問題が浮き彫りになる…。松之丞さんあたりがめざしてみる？寿治郎さんならやれるんちゃう？でも竹三郎さんほどには無理か？といろいろ考える。吉弥さんではまだまだ若く美しいだけにもったいないし…あそこまでえげつなくはならんやろし…</p><p>東京も込みで考えても難しい…右之助さんだってあんなにアク強くはできへんやろし…萬次郎さんならやってくれそうな気もせんでもないが…昔ならいろいろいらっしゃったんだろうなぁ…</p><p>ますます竹三郎さんの存在の尊さを実感した演目であった。<br><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/nomeazin/entry-11593122124.html</link>
<pubDate>Thu, 15 Aug 2013 14:10:05 +0900</pubDate>
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