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<title>noranecosouna22のブログ～哲学や芸術について～</title>
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<description>1997年生まれ</description>
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<title>マスタリング　メモ</title>
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<![CDATA[ <p>私の理論が正しければ。</p><p>①lowpassfilter16101.01hz</p><p>②highpassfilter19.11hzあるいは31.11hz</p><p>③eq8000hz減少</p><p>④eq12500hz～13500hz減少</p><p>⑤delay0.0101秒１回</p><p>⑥delay0.10089秒</p><p>⑦eq80hz～99hz減少</p>
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<link>https://ameblo.jp/noranecosouna22/entry-12861555687.html</link>
<pubDate>Sun, 28 Jul 2024 09:28:25 +0900</pubDate>
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<title>音楽に就いての私の考察まとめ</title>
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<![CDATA[ <p>①ドレミという一つ一つの音はコイルに似たような模様を表わす。したがって音楽は耳が無くても鑑賞できる。</p><p>②ワンオクターブが１２音に分かれるのは、１２音に均等に分かれやすい切れ目が入っているからである。微分音はややこしいという理由で排除される。</p><p>③音楽の正体は譜面そのままであり、鑑賞される際に大きく変化して別物になるわけではない。</p><p>④譜面はそのまま幾何学的模様として機能する。これによって「明るい曲」「暗い曲」「夏っぽい曲」「冬っぽい曲」という性質が付加される。しかしこの時点でも譜面がそのまま模様になっているのであり、大きく変化するわけではない。</p>
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<pubDate>Sat, 13 Jul 2024 05:51:59 +0900</pubDate>
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<title>音楽に就いて再々考</title>
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<![CDATA[ <p>音楽はどうして１２音に分割されるのか。</p><p>それは「１１音で割るくらいなら１２音で割るべきだし、</p><p>１３音で割るくらいなら１２音で割るべきだから。」</p><p>だと思う。</p><p>さらに別の言い方をすれば</p><p>「最初から１オクターブは大体１２分割されそうな切れ目が入っており、</p><p>それなら均等に１２分割したらちょうどいいから。」</p><p>である。</p><p>ちなみに微分音が使われない理由は、</p><p>「ややこしいから。」だと思う。</p>
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<pubDate>Sun, 07 Jul 2024 00:59:39 +0900</pubDate>
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<title>音楽に就いて再考</title>
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<![CDATA[ <p>音楽は音波を並べたものが幾何学的模様っぽいものを生産するものである。</p><p>「図形風（ふう）彫刻作品」のようなものである。</p><p>エレクトリックギターが形状によって異なる音色を放つのは</p><p>各ギターの形状が描く模様から起因するものである。</p><p>&nbsp;</p><p>追記</p><p>①音が高さを持っているのではない。精巧に作られた楽器を使うことでドレミを表現できるだけである。</p><p>音や楽器は音楽の手段にすぎない。楽器を使わずに音楽を伝えることができるならそれでもよい。</p><p>要するに、音楽は「音楽」と言うが「音を使っているだけ」なのである。</p><p>音楽の真の本質は上記の通り、幾何学的な側面である。</p><p>&nbsp;</p><p>もっと極端に言えば、音楽は視覚的な幾何学的模様である。現段階で人類は音楽を耳で聴いているだけである。</p><p>&nbsp;</p><p>音高は音波の伸び縮みによって描かれる模様である。</p><p>&nbsp;</p><p>②音楽作品の本体は譜面そのものである。「ドレレファ」という曲があったらその曲の本体は「ドレレファ」である。</p><p>それそのものがそのまま幾何学的模様となるのである。</p><p>&nbsp;</p><p>追記</p><p>①音楽の「本体」は、「楽譜そのまま」である。　</p><p>②音楽の「機能・本質・解釈」は、「幾何学的模様」である。</p><p>③音楽の「音高」は、「音波の伸び縮みによって描かれる模様」である。（分かりやすく言えばコイル状のようなもの。）</p><p>&nbsp;</p><p>追記</p><p>「音楽は幾何学的な織物である」と言ったほうがいいかもしれない。</p>
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<link>https://ameblo.jp/noranecosouna22/entry-12857688903.html</link>
<pubDate>Thu, 27 Jun 2024 03:33:28 +0900</pubDate>
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<title>少数派と多数派に関するパラドックス</title>
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<![CDATA[ <p>少数派を擁護するのが「人権派」であると解釈するのは矛盾である。<br>なぜなら多数派にも人権があるからである。<br>しかしながら多数派にも人権があるとして多数派を支持するならば少数派を軽んじるのはこれまた矛盾である。<br>当然ながら少数派にも人権があるからである。</p>
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<link>https://ameblo.jp/noranecosouna22/entry-12741902558.html</link>
<pubDate>Mon, 09 May 2022 20:52:49 +0900</pubDate>
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<title>自分の見解がどれほどに</title>
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<![CDATA[ <p>自分の見解がどれほどに世間から支持されたとしてもその人自身が世間となることは無い。<br>誰もが個人でしか無くて世間となる能力を持たないのである。最終的に誰もが個人でしか無いのである。<br>誰もが世間から疎まれるのでないかと不安であるのでないか。</p>
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<link>https://ameblo.jp/noranecosouna22/entry-12727811823.html</link>
<pubDate>Sat, 19 Feb 2022 23:20:26 +0900</pubDate>
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<title>太宰治の文学におけるシーン</title>
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<![CDATA[ <p>太宰治の作品はそんなに多く読んだわけでないし文学作品自体そんなに読んだわけでないから自信は薄いが、<br>太宰治の文学は他に比べてシーンをより細かく分割する傾向がもしかするとあるかもしれないと思った。<br>あくまで読書感想である。</p>
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<link>https://ameblo.jp/noranecosouna22/entry-12694359246.html</link>
<pubDate>Thu, 26 Aug 2021 15:59:10 +0900</pubDate>
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<title>音楽や宇宙と交信しているような感覚</title>
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<![CDATA[ <p>私は常に音楽や宇宙と交信しているようなそのような感覚がある。<br>何に就いて考えていても音楽や宇宙に就いて考えているような感覚。<br>この世の全てに音楽が流れているような感覚。<br>この世の全ては音楽や宇宙全体と関係しているような感覚。</p><p>昔からトーナリティというのは何であるのかとか「１＋１＝２」というのはどのような意味であるのかとか時間とは何であるのかとか拍子というのは何であるのかが気になる気質である。</p><p>神は真理を探究するのを疎まないだろう。むしろ奨励するだろう。ゆえに神は哲学者を疎まない。</p>
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<link>https://ameblo.jp/noranecosouna22/entry-12692928888.html</link>
<pubDate>Wed, 18 Aug 2021 19:48:08 +0900</pubDate>
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<title>好きな芸術作品に就いて</title>
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<![CDATA[ <p>中原中也の詩集と太宰治の「晩年」はかなり好きである。<br>暗い作品や独特なアトモスフィアがある作品やノスタルジックな作品が好きな傾向があるであろうとは思っている。<br>と言えど私は昔から他人と違うふうに作品を捉えているかもしれないようであるから、<br>上に挙げた作品も他人とかなり違う理由で好きなのかもしれない。その可能性は十分にあるかもしれない。<br>FLOWER FLOWERの「実」と新山詩織の「しおり」と凛として時雨の「#4」もかなり好きである。</p><p>ちなみにタイムリープものが好きである傾向もある。</p>
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<link>https://ameblo.jp/noranecosouna22/entry-12692793738.html</link>
<pubDate>Wed, 18 Aug 2021 00:34:03 +0900</pubDate>
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<title>「私」の実存に就いて考察</title>
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<![CDATA[ <p>「私」というのは範囲である、とも考えられないであろうか。<br>この世界の内の私である範囲が私である。</p><p>そうとも考えられないであろうか。</p><p>この世界の内に私である範囲と私でない範囲が何故にあるのは相変わらずながら疑問である。</p><p>&nbsp;</p><p>The substance of what we call "I" is a kind of range.</p>
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<link>https://ameblo.jp/noranecosouna22/entry-12692533229.html</link>
<pubDate>Mon, 16 Aug 2021 16:36:41 +0900</pubDate>
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