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<title>皮のブログ</title>
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<title>身体に、きおつけて、楽しんで下さい</title>
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<![CDATA[ 古希も近い、おじいちゃんが業界にいる。<br>Facebookでの更新をめっきりしなくなったが、友達登録機能はちゃっかり利用させてもらっている。<br>そこで久しぶりに友達になれて非常にうれしかった人がその人で、映像業界で長年勤め上げ、今や御大と呼ばれるほどの人物。皺の加減と長年蓄積されたタバコのヤニに染まった歯が特徴的な、それでいてアメ村やオックスフォードサーカスにいそうなストリートな服装とキャップを着こなすその人と、最近友達になった。<br><br>僕が４年働いた仕事で何度かお世話になり、撮影のなんたるかを教えてくれた人で非常に尊敬していた。<br>そして僕が辞める際になって飲みの席で「困ったら、いつでも連絡してきたらええから。」とおっしゃってくれたその一言は、１年と半年たつ今なお心強い。<br><br>Facebookで友達リクエストのみを送るのが嫌いで、なにか必ずメッセージを添えるようにしていて、その人へは元気でやっているということと、再会したときには成長した姿をお見せしたいということを添えて送った。<br>その返事が<br><br>「身体に、きおつけて、楽しんでください」<br><br>だった。<br>ただの２バイト文字から手書きにもにた感覚を受けたのは初めてで、とってもうれしくて日記にした。<br>かの黒澤組照明技師だったその人から聞く黒澤明監督の素顔、三船敏郎の裏話はとてもおもしろかったな<br>
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<pubDate>Mon, 27 Aug 2012 08:02:29 +0900</pubDate>
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<title>写真</title>
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<![CDATA[ 誰に文句を言いふらすわけでもなく、ひとり密かに腹立てているものがある。<br>「インスタグラム」である。<br><br>フォトショップでフィルターのプリセットをええ感じに何種類か組んでプログラムに組み込んだソフトで～誰でもかんたん！プロの写真家みたいに撮れるよっ！～的なものでその商品自体の発想はアイデアだと思うけど、なんだか最近Facebookにフォトアーティスト気取りの iPhoner さんたちが見て見てといわんばかりにオシャンティー風プログラム付画像データをアップしていくのを見るとＰＣモニターにゲロぶちまけたくなる。<br><br>色補正プリセット付JPEG aka Instagramの写真でもっともアウトなものが、料理を撮り狂っちゃってるヤツである。可愛いご飯を食べて写真に残したくなる気持ちはわかる。かっこよく撮りたい気持ちもわかる。だがそんなに彩度を変えちゃったら元の色合いがわからんだろう！と、思う。<br><br>ちょっと青っぽい肉料理が美味そうに見えるか？傷んでんか？緑色のコーヒーは抹茶成分配合か？それともカビか？となるのである。作った人は色もこだわって作ってると思う。<br>その青空の青色に感動して写真撮ったんちゃうんか？芝生が緑できれいやったんちゃうんか？<br>となるのである。人間はそんな肌の色はしていない。<br><br>その発想で写真を撮って、むしろそれをプロフィール画面にしちゃってるやつがいた。自分である。<br>あるときふとその「何俺アーティスト気取っちゃってんの？」と腹立たしい気持ちに気付いて、勝手に一人恥ずかしくなった以来、フォトショップはショートカットから姿を消し、アップロードする写真はなるべくノーマル画質な携帯でとるようにしている。エフェクトをかけたおしゃれしたものは本来の感動にプラス雑念を入れた気がして嫌になった。余所行きに服装をおしゃれするのとは話が違うと思う。<br><br>でもそれも時代の流れによってごく普通のものになる、むしろなってるんだと思う。むしろ受け入れていくようにした方が柔軟な気もする。だからここだけ、誰に訴えるわけでもなく、自分の中でだけ、零細ブログでだけ、そう感じたと覚えておこうと思う。<br><br>でもやはり、インスタグラムで撮ったアーティスティックな風景写真や料理写真より、子供の成長をとっさにとったような、ごく普通の写真のほうが「いいね！」感は絶対高いと思う。<br>たいちをとるナナの写真、好きだなーと思う。とくしんとはずっとこの議題で討論してた。Facebookの友達たちは変わらずインスタグラムでアップ続けるだろうと思う。その友達たちの事が友達なのはインスタグラムを使おうがどうしようが、変わらない。<br>
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<link>https://ameblo.jp/not-aido/entry-11332075557.html</link>
<pubDate>Sat, 18 Aug 2012 23:21:58 +0900</pubDate>
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<title>字</title>
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<![CDATA[ 映像を作る際に「コンテ」というものを用意する。<br>こんな感じ映像で、こんな雰囲気で、そのときこのセリフをしゃべって、というようなものが描かれたものである。<br>テレビではこれを台本という。基本、手書きである。<br><br>制作時代、企画をするにあたって何百枚とコンテを提出し、決定権のあるお偉いさんに見定めてもらっていた。<br>ペーペーのカスのコンテなどすんなり通るはずもなく、実際に映像化されたコンテが１枚、企画用に進んだものが後期のもので10%ほどだった。<br><br>その際、非常にうれしかったこと、そしてそれが意識するものへと変わった出来事があった。<br>そのお偉いさんの中でひとり、天才的な思考力を持っていると自分が感じ尊敬する方がいた。その人に唯一ちゃんと褒められた気がした一言があり、<br><br>「味のある字をしているね。鍛えればいい字を書けるようになるよ。」<br><br>と、いうものがあった。<br>その言葉を聞く以前は、楷書体か教科書体こそが至高で、それが正解だと思っていたものが、「味のある字」というものに正解味を感じることができ、人の書く字にきちんと興味を持ち始めたのだった。<br><br>女の子の書く丸字、戦前時代の人たちの書く威厳のある字、ＰＣで打つ作業の多い人に見られる、難しい漢字はひらがなで書く字。キレイな字、キタナイ字と二者択一の物じゃない、キャラクターをそこに出していいという、そこに開放感を感じられた。<br><br><br>と、いうことを、東村アキコの「主に泣いています」を呼んでいて、ノリツッコミのやたらうまい、若者風ババアが書く字が戦前風、というネタを見て思い出した。友達といった旅行で手作りで作られた冊子、独特の女子高生感漂う字で作られたその冊子は旅行を楽しみにさせる意図として考えると完璧に成功していた。<br><br>ちなみに、2012年8月現在自分が最高に味のある字だと感じるのは「深夜食堂」の作者の字である。<br>ちなみに、外人の書く英語はクッソ汚い。が、すげー味があっておいしい。<br><br><div align="center"><div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20120816/09/not-aido/f3/25/j/o0448019712137448512.jpg"><img border="0" alt="皮のブログ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20120816/09/not-aido/f3/25/j/o0448019712137448512.jpg"></a></div></div><br><br>
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<pubDate>Thu, 16 Aug 2012 09:42:37 +0900</pubDate>
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<title>影響について</title>
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<![CDATA[ 自分はとても影響を受けやすい人間で、自分の中から決めた事の方が少ない。映像に興味をもったのは中学生当時仲のよかった友達が映画にはまり、自分もそれに乗っかったからである。音楽に興味をもったのは中学生の昼食時、放送委員が流したバンプオブチキンにさらにクラスの人気者だった友達が「これめっちゃええで」と大声でクラスを盛り上げた事に始まる。あんなに嫌悪していたオタク共に今や共感を覚えるのは、以前付き合った女性に付き合いで見出した「けいおん！」の影響に他ならない。海外にきたのは専門学校時代の友人によるものだろう、それ以前は海外とは金髪、蒼眼、白肌の異人が住む場所という認識であった。アメブロだってある影響がきっかけだろう。<br><br>自分をもて、と何時如何なるシーンでも耳にした。個性を生かせ、という意義だ。<br><br>人の振りを真似、処世術を学んでそこはかとなく生きていた自分にとっては「ソッスネー！」で潜り抜けてきた単語だが、ずっと腑に落ちないでいた。ある種哲学でそれを人生のテーマにする人もいるくらい難しい禅問答だが、割りとその問答を無視続けられたのにも納得する理由がある。<br><br>生きていくためにはさほど問題なかったからだ。<br><br>自分を知れ、自分を持て、と語った人は考えるのが好きだったのか知らないが答えのない質問を投げかける。それを学問として成就する。それ以前に人生を全うした人はその概念のないまま死を迎える。幸せだった人もいるだろう、不浄の死を迎えた人もいるだろう。<br><br>メキシコ産のコロナビールは美味い。すでに2本空け、ついでにワインも1本空きそうだ。そんな精神状態でまともな文章も書けるはずもなく、ただただ駄文は進み、途中から思ったことは、俺キッショである。<br>明日の朝後悔するといえば女の子への深夜のメールである。あの感じを、もう一度。<br><br>自分がかねてから理想としている人生の２つの条件に、楽しい職場、仲の良い家族、がある。その二つを手にするために今頑張っている。それをどこかに記録しておきたかった。それがきっかけで今日の日記を書いた。そう落とそうと文章を書き始めたら脱線してこうなった。<br><br>自分のない人間などこうである。実に俺らしい。<br>
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<link>https://ameblo.jp/not-aido/entry-11326403271.html</link>
<pubDate>Sun, 12 Aug 2012 08:51:46 +0900</pubDate>
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<title>ブログ、はじめました。</title>
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<![CDATA[ 自分とは一生縁がないだろうと思っていた存在がブログだった。アメーバは訳もなく好きじゃなかったし、なんならサイバーエージェントも好きじゃなかった。思いつきではじめようと思う。文字をタイピングをするのは好きだし、日記を書くことは悪くない事だとも思ってる。メイン読者が自分なので文体にもあまりこだわらなくて済む。そんなわけではじめようと思う。<br><br>思いつき、だけどそれに至った流れがある。じいちゃんである。死んだじいちゃんは凄く厳しい人で怒りの顔がまず思い浮かぶ。そんなじいちゃんの口癖で「女の腐ったようなことをするな。」というのがあった。女性の権利団体からかなりクレームがきそうな口癖だったが、当時それを言われると背筋が伸びた。<br><br>死後、じいちゃんの遺品の中に一葉の写真があり、その写真を見た瞬間初めて人の死で涙がでた。<br>内容は、じいちゃんの社員旅行であろうか、浴衣を着て、宴会場でじいちゃんが女性たちに囲まれ、生前見せたことのないような笑顔で浮ついた様相を見せていた。キャバクラ状態であった。クッソ笑った。<br>と、同時に涙も出た。他人に厳しく、自分にはもっと厳しくな性を持った人がにったりと笑った顔でそこに居た。女の腐ったようなへらへらしたじいちゃんを見て、涙がでたのである。<br><br><br>こんな、笑い話にも感動話にもできそうなネタをもっているけど、明日の朝には忘れてしまうであろう。<br>だから、書き留めることにした。その場所はツイッターでは文字制限が少なすぎる。フェイスブックでは範囲が広すぎる。日記は性に合わない。アメブロぐらいがちょうどいい。しょこたんブログみたいには決してならないであろう自信が、逆にはじめるきっかけになった。特に酒に溺れた日に勢いで書こうと思う。そんなブログ、はじめました。<br>
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<link>https://ameblo.jp/not-aido/entry-11324766598.html</link>
<pubDate>Fri, 10 Aug 2012 10:33:50 +0900</pubDate>
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