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<title>morioのブログ</title>
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<title>価値を伝える</title>
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<![CDATA[ http://rocketnews24.com/2011/09/01/126299/<br>The time has come, 気球で宇宙にいける時代が来る？？<br><br>知人が書いていましたが、こういう「絶対的な価値」を提供できる<br>サービスには企画は不要なのだとか。<br><br>確かに、コンセプトやデザインなど、普段僕が考えていることは<br>「いかにして価値を伝えるか」であって、「宇宙行けます、簡単に」<br>というくらい圧倒的価値を持っているなら必要ないものなのかもしれない。<br>コンセプトやデザインが何であろうとお金払うだろう、と。<br><br><br>まぁ、「宇宙旅行」が本当にそれくらい価値があるかは分からないけど。
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<link>https://ameblo.jp/not-for-morio/entry-11008475922.html</link>
<pubDate>Mon, 05 Sep 2011 12:35:07 +0900</pubDate>
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<title>一杯おごるよ！</title>
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<![CDATA[ 人と人との出会いを加速させる要素は何なんだろう？？<br><br>"livlis" は要らないものを持っている人とそれがほしいものを結びつけるサービス。<br>僕のお気に入り"UberCab" はタクシーとタクシーに乗りたい人を結びつける。<br>"NeighborGoods"は何かを借りたい人と貸せる人。<br>"援助交際" はお金を払ってでも女性と寝たい男とお金がほしい女性。<br><br>需要と供給？そりゃそうだー。<br>売りたい人と買いたい人、お店で出会うもんね。<br>雇いたい人と雇われたい人ももちろん出会いますね。<br><br>livlisはどの程度「出会い」にウェイトを置いてデザインされているのか<br>分からないけど、とても上手に出会いを実現しているように思います。<br><br>まず需要供給関係にある2者を引き合わせ、「受け渡し」という<br>作業をゴールとすることで出会いを簡単に実現。<br>その出会いがどこまで濃いものになるのかは分からないけど。<br>おそらくほとんどがその場限りなんだろうな。<br><br>でもその場限りだろうがなかろうが、従来なら家に眠っているままの価値<br>を掘り起こして人と人との新しい関係を創出するってすごいな。<br><br>"livlis"の新しさは、これまで眠っていた何かに<br>人と人とが出会うきっかけを見出したということなのかな。<br><br>んんー。"livlis"と同じくスマートで、より出会いにウェイトを置いたサービス、<br>何か出来ると思うんだけどなー。
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<link>https://ameblo.jp/not-for-morio/entry-10951715913.html</link>
<pubDate>Tue, 12 Jul 2011 21:52:06 +0900</pubDate>
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<title>It's just a lunch</title>
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<![CDATA[ 今、一つとてもやりたいことがある。<br>日本の（ひいては世界の）「出会い」をredesignすること。<br>僕には日本人の生活をもっと自由にするという願望があって、<br>その一環として「出会い」をもっと自由に、気軽なものにしたい。<br><br>日本の「出会い」のあり方にはまったく納得いかない。<br>日本の出会いは、作られた特別な時間・空間でしか起きない。<br>出会うことを許された、出会うための機会。<br>たとえば合コン、紹介、お見合いなど。<br>それらが悪いわけではないが、男女の出会いなんてもっと簡単でいい。<br>もっと自然な、より日常に近いトコロに、出会う機会があっていいはず。<br>僕のイメージで言えば、お見合いなんてのは<br>「生活水槽」の中の一番深いところ。一番重たいところ。<br>プカプカ浮いてるような、もっと軽い出会いがたくさんあるべき、と思う。<br>そうすれば世の中はもっと楽しい。<br><br>僕はわりとよく、カフェで声をかける。<br>欧米でやると自然。日本で欧米人に話しかけるのも自然にできる。<br>だけどこれを日本人の女の子にやると、「ナンパ」になってしまう。<br>「ナンパ」という言葉にネガティブな意味があるのは、<br>その行為が日本人の出会いの流儀から逸脱しているから。<br><br>そもそも例えば英語には、日本人が使う、<br>男女的な意味での「出会い」という言葉がない。<br>日本よりもずっと「出会う」ことが自然な社会だからじゃないかと思う。<br><br>僕は、日本にもっと多くの自然な出会いを生みたい。<br>お客さん同士が気軽に話し合えるような、価値観を育てたい。<br>そんな個人的な希求から、企画をつくりたいんだー。<br><br>まぁでも、「街ですれ違った女の子に気軽に声をかけられたら最高なのに」<br>ってみんな思ってるでしょう。あるいは知らないだけで、最高だから。<br>ホント、もうちょっと自然に、気楽に生きていける社会をつくりましょうよ。
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<link>https://ameblo.jp/not-for-morio/entry-10893892791.html</link>
<pubDate>Mon, 16 May 2011 22:01:07 +0900</pubDate>
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<title>menu on your phone</title>
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<![CDATA[ 今日カフェで友達と話していて思ったのだけど、<br>なぜカフェやレストランのメニューは未だにスマホ対応されていないのか？<br><br>メニューをスマホで見れるアプリがあってもいいのに。<br>本日のおすすめとかの更新も簡単だし、<br>場合によっては通常の、紙に印刷したメニューは一切不要になるのでは。<br><br>で、どのメニューを注文したか履歴とかがのこって、<br>フォースクエアのメイヤーみたいに、<br>この店でこのメニューを一番頼んでるのは俺だ！みたいなのが出たりして。<br><br>位置情報をFBで共有できるなら何を頼んだのか共有できてもいいし、<br>頼んだメニューの写真とか、簡単にアップできたり…？<br>そうなったら注文とか、飲食という行為をredesignできるんじゃないか？<br><br>昨日更新できなかったので、酔っぱらいながら意地の更新でした。
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<link>https://ameblo.jp/not-for-morio/entry-10892043790.html</link>
<pubDate>Sat, 14 May 2011 23:58:29 +0900</pubDate>
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<title>Can anybody fide me somebody to...?</title>
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<![CDATA[ 合コンサービスをつくりたい。<br>本当は合コンでなくてもいいんだけど、恋愛系をやりたい。<br>なぜなら、１年以上彼女がいないから…個人的な希求がすごい笑<br>だからデートサービスなんかでもいいんだけど。<br><br>でも合コンもやってみたい気持ちはある。<br>というのは僕は合コンがあまり好きではないから。<br>だから、僕でも合コンに行く機会が増えるような、<br>合コンをredesignするようなサービスを作りたい。<br>さらに言えば、男女の（同性同士でもいいよ！）出会いをredesignしたいんだけど。<br><br><br>じゃあちょっと合コンに関して考えたいポイントをまとめてみよう。<br><br>・合コンサービスで世の中をどう変えられるか<br>・なぜ僕は合コンが好きではないか<br>・今、合コンでは何が出来て何が出来ないか<br>・何が出来るサービスを提供したいか<br><br><br>残念。１５分の時間切れだ。<br>うーんこのやり方は無理があるかな。<br>もうちょっと漠然とアイデアを書いてもいいかもなぁ。
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<link>https://ameblo.jp/not-for-morio/entry-10889886566.html</link>
<pubDate>Thu, 12 May 2011 23:06:24 +0900</pubDate>
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<title>bloggers criticize.</title>
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<![CDATA[ やっぱり、新卒一括採用はおかしいんじゃないか。<br>今回は、新卒一括採用をやめてほしい「個人的な理由」を書く。<br><br><br>まず新卒一括採用を支持する理由には以下のようなものがあるらしい<br><br>    ・自社の企業文化を一括で育成できるので賛成である<br>    ・効率的で賛成である<br>    ・採用活動で一定の能力は見極められるので賛成である<br><br>うーん、分かるような、分からないような。<br>採用の現場にいれば実感するのかな？<br><br><br>逆に僕が反対なのは、<br>まず就活する年の景気によって採用難易度が変わるから。<br>そしてそれは個人の能力は無関係である。<br>今年卒業のヤツより優秀なのに、「去年卒業した」ってだけで<br>就職の難易度が上がるなんて。そんなクジみたいなやり方は、<br>どうしても僕の倫理観に反する。<br>悪ですらあるという感覚です。<br><br>次に、多様性を奪うから。<br>決まった時期に就活して、決まった時期に入社するために、<br>大学生はみんな同じような経験しかしなくなってしまう。<br>大学のあと半年、好きなことばかり勉強したり、<br>海外でインターンしたり、親の手伝いしたり、<br>色々あっていいじゃないですか。<br>僕みたいな、みんなと一緒がストレスで高校を辞めた、<br>多様性バンザイなICU野郎は、どーしても気に食わない。<br><br><br>以上が僕の個人的な反対理由。<br><br>ただしこれは倫理観や価値観からの意見だから、<br>普遍的な「新卒一括採用をしない理由」にはならない。<br>論理的に説得するには、「能力主義」と「多様性」のメリットで<br>上に挙げた賛成意見を打ち負かさなければいけない。<br><br>それはまた今度！
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<link>https://ameblo.jp/not-for-morio/entry-10888880448.html</link>
<pubDate>Wed, 11 May 2011 22:57:20 +0900</pubDate>
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<title>社会人 who?</title>
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<![CDATA[ 「社会人」という言葉は日本特有のものらしい。<br>言われてみれば、それに対応する英語は思いつかない。<br>そもそも英語で話してても、「社会人」という表現が<br>必要となるシーンが想像できないし。<br><br>「社会人」の対となる言葉は「学生」だろう。<br>大学は現実から隔離されたユートピア、モラトリアム万歳！<br>という日本の状況を反映しているのかと想像する。<br>でも、学生だって誰だって社会の一員で、<br>社会への責務を果たさなければいけない以上、<br>それに反するこの言葉は良くない気がするね。<br><br><br>ちなみに、あまり関係ないけど、「社会では通用しない」<br>という言葉がとてもキライ。「社会」という虚構の<br>権威をまとって人より優位に立とうなんて、<br>やり方がいやらしくていけない。<br><br>あなた自身が思うダメな理由を、明確に述べてくれ、と思ってしまう。<br><br><br>と、ここまで書いてやっと、「社会人」がうちのサービス名だって<br>思い出したぞ！危険な記事になってしまった…。
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<link>https://ameblo.jp/not-for-morio/entry-10888867570.html</link>
<pubDate>Wed, 11 May 2011 22:52:24 +0900</pubDate>
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<title>昨日</title>
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<![CDATA[ 昨日は11時に帰ったあと、友達の相談に3時まで付き合わされる…。<br>昨日すでに寝不足だったのに深刻だったので断れず、今日は死にそう。<br><br>再開二日目にしてブログが書けず、無念。<br><br>以下、今後のルール。<br><br>１．15分で書くこと。<br>    「伝えたいこと」を決めて、構造を考え、文章を書着終わるまで15分。<br>    それ以上はNG。<br><br>２．毎日書くこと。<br><br><br>以上！<br><br>あと、極力一文一義となるようにしたいですね。
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<link>https://ameblo.jp/not-for-morio/entry-10888314928.html</link>
<pubDate>Wed, 11 May 2011 12:59:05 +0900</pubDate>
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<title>企画は観察から、らしい。</title>
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<![CDATA[ 自分が色んなものを正しく使わない瞬間を観察してみようと思う。<br>どうやら企画のトレーニングになるらしく、かつ面白い。<br><br>"The Are of Innovation" という素敵な本に、<br>「企画は観察するところから始めよ」と書いてある。<br>特に、あるサービスや商品を正しく使わないユーザーや、<br>その商品で出来ないことをしようとするユーザー、<br>そうした人たちを観察することで、その商品のあるべき姿を<br>発見することが出来る、らしい。<br><br>そんなわけで、しばらく自分自身を観察してみよう。<br>自分自身が、あるサービスを正しく使わないとき、<br>なぜそうしたのか？自分はそれで何がしたかったのか？<br>考えてみよう。<br><br><br>例えば僕は大学の最初の２年間を、ほぼまったく勉強せずに過ごした。<br>それは何でだっただろうか？<br>（「勉強すること」が大学というサービスの正しい利用だという前提に立つ）<br><br>※ これは僕だけでなく日本の大学生、大学が抱える大きな問題だと思っている。<br>従ってこの解決を考えることには社会的な意義があるはず。<br><br>なぜ勉強しなかったかというと、まず授業に出なかった（落としまくった）。<br>なぜ授業に出なかったかというと、そもそも、<br>「大学に行かなければいけない」と、思ってなかったような気がする。<br>（記憶は大変曖昧だが）<br>で、なぜ行かなければいけないと思わなかったかというと、<br>行かないことによるリスクが明確でなかったから。<br>結果、大学に５年と３ヶ月行く羽目になったのだけど、<br>最初の２年間に一つ一つの授業を落とすとき、何のリスクも意識できなかった。<br><br>では、リスクを明確にしてやれば僕のような学生も授業に出る、はず。<br>授業に出れば、「勉強する」という目的の最低限のハードルはクリアできる。<br><br>ではどのようにそれを行うか。<br>僕の経験では、コスト（お金）を意識させることは一つの方法だ。<br><br>僕は浜松で免許の合宿を受けたのだけど、<br>自分でも信じられないくらい真面目に授業を受け、<br>勉強し、テストをパスして東京に帰った。<br><br>それはこのために２３万円払った（大学と同じく、親の金）<br>ということを強く意識していたから。<br>失うコストが明確だった。<br><br>これを大学に適用すると、例えば、授業ごとに課金する、とか。<br>授業を落とせば、そのコストは無駄になる。<br>それが親の金だろうが、学生は今よりずっと必死になるはず。<br>単位を落とさないだけの最低限のタスクは確実にこなすようになる。<br><br><br>----<br><br>うむむ、大学のあり方を考えるのは、とても面白いな。思い入れもあるし。<br>これはきっちり課題を整理して、一つ一つ考えていった方が良さそうだ。<br>よーし、もう少し本格的に取り組んでみよう。<br><br>
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<pubDate>Mon, 09 May 2011 23:55:15 +0900</pubDate>
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<title>I don't hate Japan, you know.</title>
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<![CDATA[ 日本というのは、なかなか生きるのが難しい国だと思う。<br><br><br>一つは、自由になれないから。<br><br>社会に生きることを許されて、生きている気分になる。<br>どうしたわけだか、何事も世間にお伺いをたてないといけない。<br>形のない無言のルールが、それを要求しているように感じてしまう。<br><br>特に京都なんかはそういう土地で、僕はカナダで過ごして初めて、<br>人間とはこんなに自由なものか、と感じたものです。<br><br><br>もう一つ、日本社会の気に食わないところは、<br>「家族を大切にする」という価値観が乏しいところ。<br><br>ジョンソン＆ジョンソンの理念、「我が信条」に、<br><br>    ”社員が家族に対する責任を十分果たすことができるよう、配慮しなければならない”<br>    http://www.jnj.co.jp/group/credo/index.html<br><br>という一文があるけれども、日本においてこうした価値観を実践する企業や、<br>そのように生きる人々は、あまり多くないように思われる。<br><br>僕がインターンしていたイギリスのブリストルでは、<br>社会全体でこうした価値観を守っている。<br>インターンをした会社の社員たちも、家族と過ごす時間を当然の権利とし、<br>その権利が脅かされないよう、常に細心の注意を払っている。<br><br>資本主義についてきちんと勉強したわけではないので明言は出来ないが、<br>彼らは資本主義がいかにその権利を浸食するどん欲さをはらんでいるかを、<br>知っているかのようだった。<br><br><br>とはいえ僕は、自分の望む生き方を手に入れなければいけないし、<br>そうするつもりです。最高の労働環境を手に入れたいと思う。<br><br>さらに、願わくば、より良い価値観を世に問い、社会のあり方を変えたい。<br>そんなサービスを提供したい、と思う。<br>その方法はまだ見当もつかないのだけど。
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<link>https://ameblo.jp/not-for-morio/entry-10886962884.html</link>
<pubDate>Mon, 09 May 2011 23:24:36 +0900</pubDate>
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