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<title>Yoshitakaのブログ</title>
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<title>三ヵ月</title>
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<![CDATA[ <p>大事に思っていた人と離れて三ヵ月が経過した。　情けないが未だに気持ちの整理ができていない。</p><p>若いころから、彼女に振られて落ち込んでいる人を見て小馬鹿にしている部分があった。一か月も落ち込んでる奴なんか信じられなかった。　　　でも、いざこの歳にしてわが身に降りかかってくるとこの様。　</p><p>今まで見てきた中で比べても、格別に無様を自分は晒している。３０数年間隠して生きてきた自分の本質、自分の意志、それらを初めて見せれた人。それだけにダメージが大きいのかもしれない。</p><p>不思議なもので、その人は特別に穏やかな性格でもないし、人間的に何か飛び抜けているわけでもないのだけれど。何故に自分はその様なことをさらけだしてしまったのかな。不思議で仕方ない。</p><p>何かしらの包容力的なものを感じたのでしょうね。　　　　　まあ、生涯に１人ぐらいそんな人がいてもいいかな。うん、本当の自分を知ってくれている人。　　　そう考えると感謝の気持ちになれる。</p><p>さあ、仕事しよー。</p>
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<link>https://ameblo.jp/nra19294/entry-12065284778.html</link>
<pubDate>Mon, 24 Aug 2015 14:51:20 +0900</pubDate>
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<title>番外</title>
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<![CDATA[ はぁ。つまらん人ばっかり。常識を基準に生きてる人って多いけど、常識の概念をしっかり認識しているのかなぁ。ただ、そうしとけば無難に人と群れていれるからそうしてるだけの気がする。常識って自分の利益を損なわれることを恐れてそれを守るために、人と人が曖昧な立ち位置で持ちつ持たれつを形成するための、冴えない人達の共存のルールと思う。常識って世間が言う事を少し考えてみたら矛盾が多々存在してるってわかるやろし。例えば無職を批判的に扱う風潮は常識のある発想か？ 恐らく常識派はそうであろうと思う。しかし、仕事をせずに生きるのが人の究極の到達点ではないのか。そのために研究、開発を繰り返し文化は進化してきたのではないのか。近い将来に色んな職業が無くなっていく。通訳やドライバー系の職種なんかは本当に近い将来になくなる。そうやって人がなにもする必要がない究極の世界に向けて能力のある人達は突き進んでいるのに。恐らく常識を基準に生きてる群衆はそんな事にも気付く事なく、考える事なく生きてるのでしょうね。
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<link>https://ameblo.jp/nra19294/entry-12061483204.html</link>
<pubDate>Thu, 13 Aug 2015 22:37:04 +0900</pubDate>
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<title>今</title>
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<![CDATA[ 四年の間に2人が会わなかった日は何日あったかなってぐらいに一緒にいた。自分は癒され、助けられて心地よく時間を過ごしていたけど、自分は彼女に何を与えてあげていたのかと振り返る。数え切れないほど泣かせた、怒らせた、傷つけた。求めるばかりで与えることを怠っていた。 出逢った当初の彼女は21歳になる手前であった。現在は25歳。  楽しい盛りの年頃の彼女に薄暗い日々を過ごさせてしまった。恐らくはある時期から彼女は無意識のうちに私に対して恨みを募らせていたと思う。そして、彼女自身がその気持ちに気付いたときにはとてつもなく大きなうねりになっていたのだろう。憐れみの様な気持ちで私と過ごしていたのかもしれない。 私を取り巻く環境や生い立ちやらに。自分もそれを利用して彼女を引き止めていた部分があるかもしれない。           続きはまた次回。
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<link>https://ameblo.jp/nra19294/entry-12053735580.html</link>
<pubDate>Thu, 23 Jul 2015 18:25:53 +0900</pubDate>
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<title>今</title>
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<![CDATA[ ある出来事から約2ケ月という時間が消化された。<br>ところが自分の心は全く消化されることなく現存している。   むしろ、１日を消化するたびに心に押しかかる重りは増えていく。    こういう心のダメージは時間の経過と共に薄れるものとばかり思っていたのだが。<br>全くの見当違いであった。       なんとか取り繕って過ごしてきたが、精神崩壊の危機が頭をよぎったので先生の所へ行くことにした。   先生というのは昔から時折だがお世話になっている心療内科の主である。        <br>自分が顔を出すと非常に喜んでくれる不謹慎な先生でもある。何故、そんなに喜んでくれるのか聞いたことがある。すると「あなたは非常に珍しい症例の人だからね、同業の仲間達にも羨ましがられてるよ。あなたのような症例にはまず出会えないからね。」と。 優しい笑みを浮かべながら言われた。   まあ、その辺りの話は後々に詳しく話す時がくるので。 <br>ちなみに自分は40歳という人生折り返しの男である。<br>バツイチという肩書きもしっかりと携えている。<br>その自分が何故、2ケ月前から40年間で味わった事のない苦しい日々を過ごしているのか。    世間の人々には笑われるだろうけども。失恋である。    いい歳してそんな事でと思われるでしょうね。実際、他人事なら自分もそう思っているはず。  いや、むしろ失恋でへこんでる男を不思議に思って今まで生きてきた。<br>何故なら、人生初の失恋をこの歳で経験したので、そういう人達の気持ちを理解できずにいたのである。<br>今までに見てきた失恋者の方々に心より謝罪しなくてはと思う。   そして今まで見てきたどの失恋者の情けない姿よりも、自分が1番情けない奴という事も知ることができた。   40年前に「オギャーっ」と産声をあげたその瞬間から不幸が始まり36年間は地獄の様な環境の中を【己】というものを封印して、妥協と惰性で生きてきた。36歳から40歳になったこの約4年はそれなりに不幸もトラブルもあったけど、人として【己】というものの封印を解くことができた。そう、封印を解いてくれたのだ。 初めて心をひらけた、その人には。                        続きはまた次回    <br>
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<link>https://ameblo.jp/nra19294/entry-12053522626.html</link>
<pubDate>Thu, 23 Jul 2015 01:32:44 +0900</pubDate>
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