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<title>Yosshhiiのブログ</title>
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<description>ブログの説明を入力します。</description>
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<title>21日目(10/16)</title>
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<![CDATA[ 21日間ありがとうございました。<br>総括すると4点です。<br><br>1、ほどけの感覚はかなり掴めた。自分でも驚くほど。<br>それにより、HITOTSUもより強い理解になっていると思う。<br><br>2、逆に結びの理解があまりしっかりしてないことが露呈された。<br>なぜ「差」がうまれるのかが明確でない。<br><br>3、それ故にある意味での分離中毒がより強くなった。<br><br>4、結びの理解がまだ弱いので、ひとまず今は<br>「今の認識画面に何故この存在が映っているのか」については、<br>それが”運命”だという理解になる。<br><br><br>いつもの如く「結婚」で例えるならば、<br>結婚している人を見てもいいなー、羨ましいなー、<br>という感情はほぼなくなってきてるが、<br>では何故私は結婚出来てないのか？<br>についての疑問はまだまだ解けない。<br><br>運命の人と出会ってないからだ、という解釈になってしまいます。<br><br><br>全てはHITOTSUであることに対する理解や納得度が<br>高まるほどその分、4次元世界では何が差を作るのか？<br>どうやって作られるのか？に関心が強くなった。<br><br>ほどけについては今回でかなりいいところまで感覚を掴んだので、<br>トレーニングを継続すれば必ず次のステップ(もしくはほどけの専門家)に<br>なれると感じる。<br>これに関しては確信に近い。<br><br>結びは理解が弱いのでまだかかりそうです。<br>結びのトレーニング(この前の0と無限大を当てこむとか？)<br>をやっていく必要があると思います。<br><br>五感覚が錯覚だと気付いてること、HITOTSU知って<br>いること。<br>それだけでも4次元社会では武器になりますよね？<br><br><br>ターと食事と歩くは今後も出来る限り取り組んでいこうと思います。<br><br><br>色々と気付きが多い、疑問の多い21日間でした。<br>
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<link>https://ameblo.jp/nrj-sato/entry-11381167058.html</link>
<pubDate>Tue, 16 Oct 2012 19:05:26 +0900</pubDate>
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<title>20日目(10/15)</title>
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<![CDATA[ あと二日で終わりですね。<br><br>相変わらずざっくり計測ではありますが、<br>ターはだいたい寝る前あたりに100回を計測します。<br><br>なので細かいのを含めて、おそらく110～120回くらいが<br>現時点でのMAXかと思いますね。<br><br>ただ、やはり会話中のターは難しいです。<br>ちゃんと聞いて的確に会話を成り立たせようと思うと<br>ターをやる余裕がありませんし、<br>ターをやってみようかと試みると話の端々が抜けます。<br><br>休憩中とかプライベート色が濃いものはまだよいですが、<br>業務中は聞き漏れリスクがあるため<br>無理にやらない方がよいと感じます。<br><br>--------------------------------------<br><br>「ター」と「食べる(2R)」と「歩く(4R)」は効果を感じますね。<br><br>で、「掃除(1R)」と「体操(3R)」はよく分からない<br>というのが正直な感想です。<br><br>ただ、掃除は実際に部屋がものすごくキレイになってこと<br>掃除をする習慣が付いたことなど二次的な効果があります。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/nrj-sato/entry-11380575940.html</link>
<pubDate>Mon, 15 Oct 2012 21:35:26 +0900</pubDate>
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<title>19日目(10/14)</title>
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<![CDATA[ 五感覚が現実世界において錯覚を起こしている。<br>その五感覚は脳が作り出している。<br><br>、ということは言い換えれば、脳があるから錯覚が起きている。<br>と言える気がする。<br><br>では、<br>脳はいつできたのか？　というと受精して母体内で出来上がるのだと思う。<br>脳はいつなくなるのか？　とうと死んだ時(脳死を含む)時だと思う。<br><br>つまりは、所謂「死」というのは脳の死、五感覚の死と言える。<br><br><br>あくまでも四次元の部分の死なので、自分の五次元部分は<br>まだ生きていると考えてもよいと思う。<br><br>体感が出来ないだけで、自分の五次元部分の死はないと考えてよいのか？<br><br><br><br>------------------------------------------------<br>話変わります。<br><br>一番小さいゼロスペースを持つ無限大の有、のイメージは出来る。<br>一番小さいモノ存在を切るとちっちゃくてでっかい～、のイメージも出来る<br><br>つまりHITOTSUをイメージできるようになったので<br>トレーニング次第でそこに自分を同一させることが出来ると思う。<br><br><br>逆に、<br>四つの力が統一された、というイメージが明確でない。<br>SGが集まって、力が集まって、粒子が集まって、地球が出来て、<br>、植物が出来て、、、、、その後どの段階で<br>体人間の自分の肉体が出来上がったのかのイメージが明確でない。<br><br>HITOTSUの時は私も岡本さんもザッキーさんも同じだと思います。<br><br>その後15場に沿って一つ一つ結ばれていく中で、<br>私のアイデンティティーと岡本さんのアイデンティティーはどの<br>段階で分離したのか？？<br><br>そのあたりが明確ではありません。<br><br>なのでイメージが明確にならずに、ひいては結び方の弱さに繋がり<br>アイデンティティーの変化を難しくさせているのだと考える。<br><br>何故、「結び方」が弱いのかを考えてみました。<br>
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<link>https://ameblo.jp/nrj-sato/entry-11379713441.html</link>
<pubDate>Sun, 14 Oct 2012 20:30:45 +0900</pubDate>
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<title>18日目(10/13)</title>
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<![CDATA[ 本日は午前中からずっと外出でブログ書けない懸念があるので<br>今書きます。<br>(一日の振り返りにはなりませんが)<br><br>ターは基本的には一人の時間に数が増えます。<br>最近は移動中に数こなすようにしてますので100回近く出来てます。<br><br><br>、ということで、残り三日の課題として人と居る時に<br>数を増やせるかどうかを心がけながらやっていこうと思います。<br><br>仕事中に周りに人がいても、PCに向かってる時は出来てますので<br>特に会話中に出来ればいいかな、と。<br><br>前にも書きましたが、周りに人がいた方が色々イメージしやすいという<br>ことはあります。<br>街中で全く知らない人を見ながらやるのも効果アリそうですが、<br>会話をしていてキャラ・性格を少しは知っている人を見ながらやると<br>また違った気付きがあると思います。<br><br><br>では。<br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/nrj-sato/entry-11378345742.html</link>
<pubDate>Sat, 13 Oct 2012 09:33:17 +0900</pubDate>
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<title>17日目(10/12)</title>
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<![CDATA[ 感じたこと。<br><br><br>・目前の風景は五感覚が映し出しているもので錯覚である。<br>・肉体もあるようで実は存在しない。<br>・全ては一つで繋がっている。<br><br>消去法の理解ではあるがそれはそうだろうな、という思いにはなってきている。<br><br><br><br>今回は五感覚の中でも視覚を中心に話を進めたい。<br><br><br><br>視覚で確認できる認識画面にも動きや変化がある。<br><br>自分の肉体の動き、思考や言動、またはそれによって移動・変化した<br>人やモノについては自分の意志が働いていると思える。<br><br>ただ、他人が動いている、車が走っている、犬が歩いている、<br>机が存在している、などの動き・変化については<br>まだ自分の意志が働いているというところまでは思えずにいる。<br><br>他人や車や犬や机も全てはHITOTSUなんだ！というところまでは<br>納得いくが、それらを自分が発生させた、自分が動かした・変化させたという<br>認識にまだならない。<br><br>なぜそれが私の認識画面に映っているのか？と疑問を抱く感じだ。<br>なぜ「その人」「その車」「その犬」「その机」だったのか？<br><br><br>つまりは、体人間の「脳」(視覚)が表示している認識画面は<br>何故そのアウトプットを表示しているのかがまだまだ納得できず。<br><br><br>例えば、20人が参加するイベントに参加したとして<br>その回に参加したのはもちろん自分の意志。<br>誰が参加するのかまで自分がはコントロールしてるとは思えない。<br><br>全てはHITOTSUだという中で、では何故その19人が同じ場所にいるのか？<br>自分の選択でそうなっているのであれば、何故自分はその19人を選んだのか？<br><br>行動レベルまで落としこむと、例えば前の席の人が手をあげたとする。<br>手を上げさせたのは誰？私が上げさせたということか？<br><br><br>そうすると他人の選択・行動をもコントロールできるということになる。<br><br>他の人間もそれぞれが自分と自分の宇宙を持ってるが<br>4次元の人間社会で出会う(所謂、ホントの「出会い(出て会う)」ではない）とは、<br>何の力、誰の力によって決定されるのか？<br><br><br>”自分の意志でその19人がセミナーに来るようになった。”<br>まで強くなくても、それに近い感覚ですらもまだ持てない。<br><br>「個々が自分の選択でセミナーに参加しようと思い、その相性がよかった人<br>同士が出会った」<br>ならまだ分かるが。<br><br><br>出発はHITOTSUではあるが、どこかでは個人の意志や<br>個人の宇宙が出来始めるはずですし。<br><br><br>やはり結び方の理解不足ということになるのでしょうかね・・・・<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/nrj-sato/entry-11378087375.html</link>
<pubDate>Fri, 12 Oct 2012 21:03:22 +0900</pubDate>
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<title>16日目(10/11)</title>
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<![CDATA[ 元々スピリチュアル的なことには興味があり、<br>人間の根源みたいな話は考えるタチだったのですが<br>最近は特に色々と感じるようになりました。<br><br>大きな差としては、これまでは頭で整理している感じでしたが、<br>今は心で感じたりとか体感を伴った感覚を持つようになりました。<br><br>このままもうしばらく続けていけば、<br>かなり面白いところまで感覚が磨かれていき、<br>どんどん腑に落ちていくのではないかと感じてます。<br><br>今はかなりの確率で「HITOTSU」ということに納得いってますね。<br><br>だからあとはホントに結びの部分なのか・・・<br><br><br><br>以上、本日は短めで。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/nrj-sato/entry-11377235587.html</link>
<pubDate>Thu, 11 Oct 2012 20:57:48 +0900</pubDate>
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<title>15日目(10/10)</title>
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<![CDATA[ 自分に肉体は借り物というか、空洞というか、<br>チューブというか、錯覚というか、<br>とにかく「体人間」だという感覚を持ち、<br>その上でターの後に周囲の人たちを観察すると<br>結構おもしろい感覚になります。<br><br>ともかく色んな表情をしている訳ですが、<br>その感情のトリガーはどこにあるのか？<br>見ようによっては、上から糸で吊るされて動いている<br>操り人形みたいな見え方もします。<br><br>対面で目を見て話していても<br>自分はこの人のどこを見て話してるのかなぁ？と。<br><br>で、他人だと思ってるその人も自分なのかなぁ<br>など考えると、自分が自分と会話してるってこと？<br>ホントはこの人のどこと会話してるのか？<br>この人はどこにいるのか？<br><br>という不思議な感じを持ちますね。<br><br><br>「目は口ほどにものを言う」はかなり的を射ている気がします。<br>確かに目を通して、その先は宇宙的な場所？に繋がっているかのような。<br><br><br>なんか変な領域に入り込んでたらすみませんっ！<br>次会ったときに止めてください。<br><br><br>まとめとしましては、<br>今回のイメトレを通して(特に「ター」と「食べる」)、<br>自分の肉体だと思っていたものは何だろうか？という疑問に<br>ついて解消に向かっているところです。<br><br>学問的ではなく、哲学的に解消してますね。<br>西洋的じゃなく東洋的にとでもいいますか。<br><br>解消というか、正確に表現すれば消去法ですかね。<br>色々と感覚や考えをまとめていくと、どうしていっても<br>結論は「自分の体」なんてモノはないのでは、に落ち着きます。<br><br>それこそスピリチュアル的になってきますわ。<br><br><br><br>PS、ザッキーさん<br>　(岡本さんはその場にいなかった)<br><br>「左党」は「さとう」と読みます。<br>酒好きの意味です。<br><br>いやこの言葉存在しててよかった・・<br>
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<link>https://ameblo.jp/nrj-sato/entry-11376395011.html</link>
<pubDate>Wed, 10 Oct 2012 20:47:36 +0900</pubDate>
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<title>14日目(10/9)</title>
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<![CDATA[ またター、について。<br><br><br>今までは自分の部屋であったり、トイレであったり、<br>個室で静かな方が集中してイメージ出来たというのがあります。<br><br>しかし最近(といってもホントにここ数日の話ですが)、<br>街中であったり、電車内であったりと周りに人がいた方が<br>意識と無意識の行き来するイメージがし易いと感じます。<br><br>一人だと目の前の景色がどうしても無生物として止まって<br>見てしまい勝ちで変化に乏しいのですが、<br>周囲に生き物がいると動きが感じやすいです。<br><br>また、ターから戻ってくるときにはなるべく<br>周囲の人の顔(出来れば目)を見るようにしてます。<br>それも出来るだけ特定の一人に絞って。<br><br>するとなんとなくその人が今出現したような、自分が<br>出現させたような雰囲気になります。<br><br>あと、目を見ることによってなんとなくその人の<br>人となりやそれこそマインドームの状態や無意識空間にも<br>意識が向いてる感覚になります。<br><br><br>感覚的なことですが、視覚を活かしたトレーニングの方が<br>個人的には相性がよいと感じます。<br><br>だから目の前にあったものが口内に消える、という面で<br>「食べる」も気付きが多いです。<br><br>裏を返せば、見立てるイメージ力が低いのかも？とも思いますが・・<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/nrj-sato/entry-11375521622.html</link>
<pubDate>Tue, 09 Oct 2012 19:32:24 +0900</pubDate>
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<title>13日目(10/8)</title>
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<![CDATA[ ターが徐々に習慣化され、とにかく回数をこなすことは<br>出来ている訳ですが、思うところとしては、<br>ほどけはうまく身に付いている気がしてるのですが、<br>結びの方がちょっと弱いと感じてます。<br><br>結ぶ時に<br>「自分の意志と決断で何でもなりたいものに<br>自己を同一出来る」、というのが観術なんだと思いますが<br>その感覚がまだまだ掴めずにいます。<br><br>自分の視点・観点が移動してる感というのは<br>なんとなく感じる時があります。<br><br>ただ、それをもっと自分の意志や決断を反映させているんだと<br>感じられるようにしたいです。<br><br>今は思い込みで終わってる感じがしますね。<br><br>せっかくいい感じでほどけてるのに、ただ流されるがまま(？)<br>に自然と結ばさっているような感じです。<br><br>せっかくのターのほどきを活かしきれてないような。<br><br>次は結び方をもっとしっかりとやっていきたいです。<br>そうすると現実により変化を起こせると思いますし。<br><br><br>ター、の感覚についてはどんどん掴めていってると感じる<br>今日この頃です。<br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/nrj-sato/entry-11374776813.html</link>
<pubDate>Mon, 08 Oct 2012 20:38:02 +0900</pubDate>
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<title>12日目(10/7)</title>
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<![CDATA[ 「食べる」について<br><br>前にもちらっと書きましたが、<br>目の前の食べものと自分の肉体との境目が<br>分かりづらいという感覚を持ち出してます。<br><br>数分後に体内に入った時に、その食べ物は自分の体の一部になるのか？<br>それとも食べる前から既に体の一部なのか？<br>食べても体の一部ではないのか？<br>などなど。<br><br>で、それを拡張して考えていくと<br>その食べ物が入ってるお皿はどうなの？箸はどうなの？<br>と考えます。<br><br><br>ってことは、もしも食べ物が目の前にある時から既に<br>体の一部と考えるならば、皿や箸も体の一部と<br>とらえられます。<br><br>もっと拡張させれば、<br>皿が乗ってる机は？<br>机がある部屋は？<br>部屋があるアパートは？<br>アパートがある新宿区は？<br>新宿区がある東京は？<br>東京がある日本は？<br>日本がある地球は？<br>地球がある宇宙は？<br><br>体内にあるから自分の一部だ、という思いがなくなれば<br>全てのもの、存在が自分の一部(自分と同一)であることが<br>理解できます。<br><br><br>結局は「何が自分の体なのか」に繋がる話だと思いますが。<br><br>これは前にザッキーさんと話した時に<br>「切った髪の毛は自分なのか？」の話にも繋がりますかね。<br><br><br>イメトレで感じた感覚を頭で考えてこの結論に辿り着きました。<br><br>よい傾向だと思います。<br><br><br>あとは、この感覚を継続させて感じて、<br>より深いところまで理解を落としこんでいけるかになるのでしょうか。<br><br><br>PS,<br>あと、イメージの仕方の違いですが、<br>砂時計を例とするとOMは実世界の上という<br>イメージになります。<br>今日も「上部」って言葉を使ってましたし。<br><br>私の好きなunderstandの話を例にすると<br>OMは実世界の下にあるイメージになります。<br><br>宇宙の外、というと高さというよりも<br>パラレルな広がりを感じます。<br><br><br>まぁ、それが？？って話ですが。<br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/nrj-sato/entry-11374007375.html</link>
<pubDate>Sun, 07 Oct 2012 22:59:15 +0900</pubDate>
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