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<title>o-g-kaのブログ</title>
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<title>コート横の「黒フワちゃん」別名「モフモフ」</title>
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<![CDATA[ <img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250801/13/o-g-ka/57/3d/j/o0640061315644142958.jpg" border="0"><br><br><br>コート横の「黒フワちゃん」は真っ黒で長毛の見た目が誰もが『可愛い』と思わず言ってしまう程の可愛いい仔でした。<br>南家で生まれたのでしたが、南家は食べるものが何もなく木の枝や葉っぱを食べて空腹をしのぐような状態の所でしたので<br>仔猫のうちにほとんどの仔が餓死をしていました。<br>「黒フワちゃん」は考えたのでしょうか移動をしてコート横へ来たのです。<br>コート横はご飯を下さる方がいたので命をつないだのだと二年前に知りました。<br><br>人にとても慣れていてとても良い仔でした。<br>長毛なので一年に一度毛玉を切ってあげるのが私の楽しみで、<br>毛玉はお腹や首の下に出来ますので『じっとしていて』と声掛けをして気をそらせながら、<br>ケガをさせないように一度か二度で切っていました、長い毛玉や2ヶ所の毛玉や探すのが楽しかったです。<br>持って帰った毛玉が我が家にはまだあります。<br>見ると涙が出ますがまだ処分する気になれません。<br><br>四年前に目の上と鼻に怪我をして鼻の方は直ぐによくなったのですが、目の上の怪我がなかなか治らなくて<br>行くたびに細菌が入らないようにと抗生剤を飲ませ、目の上の傷には目薬を塗っていました。<br>目薬なので目に入っても痛くないし抗生剤も入っているので正解でした。<br>けれどもなかなか良くならず見るたびに私は焦っていました、二か月以上たった頃傷の色が赤からオレンジ色に<br>変わっていました、次に行ったときには傷はふさがり黒く毛が生えてきていました。<br>嬉しかったです。<br><br><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250801/13/o-g-ka/ae/fe/j/o0630047315644142964.jpg" border="0"><br><br>去年の冬の頃から痩せはじめて、長毛なので見た目ではふんわりふっくら見えますので気づきませんでした。<br>毛玉を探すのもいつも春になってからですので安心していたのです。<br><br>そう云えば一年前に公園の工事の材料にブルーシートが掛けてあった時ご飯の後に潜り込んでいたのをみました。<br>この仔たちには暖かい寝床はありません、風よけもありません今まで何処で寝ていたのかと思うと<br>胸が締め付けられました。<br><br>けれども私は助けてやることが出来ません、『ごめんね。ごめんね。ご飯だけは運ぶから。』<br>それしか出来ません。この仔だけではないからです、あの仔もこの仔も同じく可愛い仔です、<br>『助けてあげられなくてごめんなさい。』。<br><br>春が来た頃やがてご飯を食べなくなりそれでも顔だけは見せに来てくれていました。<br>最初の写真は具合が悪くなってから撮影したものです、元気がなく目に力が無くなっていました。<br><br>２０２５年４月１１日　<br><br>その日姿を見せないので呼び続けました、諦めて帰ろうとしていた時いつもと違う方向から来ました、<br>私があまりにも呼ぶので無理して辛い体で来てくれたのだと思います。<br>優しい仔です、挨拶に来てくれたのでしょう、それが最後の姿でした。<br>6歳6ヶ月位の人生だったと思います。　　覚悟はしていても泣けてきます寂しいです・・・・。<br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/o-g-ka/entry-12920152787.html</link>
<pubDate>Thu, 24 Jul 2025 22:14:47 +0900</pubDate>
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<title>「天ちゃん」</title>
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<![CDATA[ <img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250801/13/o-g-ka/3e/e4/j/o0640040215644142948.jpg" border="0"><br><br><br>公園の南家の「天ちゃん」は、三年前の冬の初めの頃にご飯の後に寒そうに溝の中にうずくまっていて、<br>その前には顔に真菌でところどころぶつぶつと血がついていた仔でした。<br>年齢が１０歳でこのままではこの冬は越せないかと思い保護した仔です。<br><br>我が家は出入り自由だし他にも猫ちゃんがいますので保護猫や仔猫用の猫小屋に入ってもらいました。<br>ところが食欲旺盛で気が付いた時には身体の大きさが倍くらいになっていました。<br><br>一年前の３月猫小屋をある事情により貸すことになり「天ちゃん」を私の部屋に移動することになりました。<br>「天ちゃん」はすぐに馴染み、利口な仔ですし性格がとても良い仔ですから、すぐに一緒に寝るようになりました。<br>ところが「天ちゃん」の気に入らないことがあり布団の上に粗相をするようになりました、<br>その気に入らないこととはマッサージ機で私が気持ちよさそうにしているのとマッサージ機の動きが何かの生き物と思ったようで<br>理解できなかったようでした。<br>それで「天ちゃん」を抱っこしてマッサージ機に乗りました、そうすると納得できたのか粗相はやみました。<br><br>「天ちゃん」は退屈すると部屋の中で遊べそうなものを探しているのか<br>突然部屋の電気が点いたり消えたり目覚まし時計がなったりしていました。<br>おもちゃもお気に入りの物を置いてあるので遊んでくれていると思っていましたが、<br>出窓から外を見て鳴いている姿を見た時保護しない方が良かったのかなと辛くなった事もありました。<br><br>夏も過ぎ、昼間は暑いけど夜は寒い時期になったころ、掛ふとんを出そうかどうしようか迷っていたある日<br>とても寒い夜がありました、夏用の上掛けでは寒いと思ったけど面倒で明日にしようと考えた時<br>「天ちゃん」が私の横に潜り込んできました『寒いね寒いね』とくっついて寝ました。<br>とても懐かしく涙が出そうな思い出です。<br><br>また寝ている私の右側から左側に移動をするとき、私の枕の上を歩いて私の顔をまたぎます<br>「天ちゃん」は太っているのでお腹が私の顔をこすり渡り終えるまで息を止め目をとじて待っていました。<br>これも懐かしい思い出です。<br><br>冬用の掛ふとんに変えたら潜り込んで来て、持ち上げてやると奥の方に行こうとしますが私の足に<br>爪をかけ横向きですべっていくので私の足は傷だらけになります、とても痛いので布団の中を通り過ぎるように<br>うんと布団を持ち上げて、布団の中は溝でも土管の中でも違うと教えたら理解したようでそれからは私の腕にあごを<br>乗せて寝るようになりました。<br>ただ私は寝返りができなくなり寝落ちするまで辛かったです。<br><br>冬の近いある日ご飯の量が減っていないことに気づきました、同じカリカリなので飽きたのかなと思いカリカリを変えたり<br>パウチを変えたりしましたが食べません、病院に連れて行き口の中を調べたところ<br>牙はないし残ってる牙や歯を抜かなければいけないけど、腎機能の数値が余りにも悪くて麻酔をかけられない<br>とのことでした、私が悪いのですあまりの忙しさに手のかからない「天ちゃん」に気を回すことを怠っていたのです、<br>「天ちゃん」に謝ってもどんなに謝っても取り返しのつかない事をしてしまいました。<br>何とか抜歯はしましたが、腎臓の方が持ちませんでした。<br><br>２０２５年１月２５日<br>昼過ぎあの世へ旅立って行きました。13歳6か月位でした。<br><br>後悔することが多すぎて言葉になりません。<br>今でも毎晩寝るときに「天ちゃん」寝ようかねと声をかけながら『ごめんなさい』と謝っています。<br><br><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250801/13/o-g-ka/35/63/j/o0640048115644142955.jpg" border="0"><br><br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/o-g-ka/entry-12920152785.html</link>
<pubDate>Thu, 17 Jul 2025 15:17:59 +0900</pubDate>
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<title>「チャさん」　旧名「チャチャチャ」</title>
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<![CDATA[ <img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250801/13/o-g-ka/5b/27/j/o0640042415644142945.jpg" border="0"><br><br>旧名「チャチャチャ」は性格が良く私をとても信頼してくれていて、<br>私が外出から帰って来ると必ず夏は門の所で、冬は玄関の中でまっていてくれました。<br>そんな「チャチャチャ」をいつからか「チャさん」と尊敬と愛情を込めて呼ぶようになりました。<br><br>我が家に初めて現れたのが確か２０１９年7月５日だったと思います、<br>後ろ足が大きくはれ上がり病院に連れて行き治療をしてベランダに段ボールで寝床を作りました。<br>その時からここが自分の家だと決めたのでしょう、<br>やがて徐々に家の中に入って来て、我が家の猫のベッドで寝るようになり<br>外に知らない野良ネコちゃんが来ると喧嘩をして「チャさん」は見るのも辛くなるようなケガを<br>していましたが、我が家の猫たちと「三角ちゃん」や「長方ちゃん」を守ってくれていました。<br><br>あれから５年と５か月と２０日あんなに抱き上げると重くて私の方がよろけて転びそうになるほど<br>太っていたのに猫エイズと猫白血病の発症のせいでみるみる痩せていきました。<br>いつからか私の足元でご飯を食べるようになり、それが一番安心できる場所なのだろうと思い好きにさせていました。<br><br>食欲も落ちカリカリもパウチも食べにくそうなのでお刺身を買ってきて<br>細かく切ってやると食べました、脂分の少ないカツオやマグロが好きでした。<br>カップ麵も大好きで半分こして食べていました。<br>やがてそれも食べなくなり好きなカリカリを５粒くらい、私の手前申し訳なさそうに食べました。<br>私が心配するので気を使っていたのでしょう。<br><br>どの子にも痩せ始めると「ここがお家なのよ、何処にも行ったらだめよ。」と<br>言い聞かせるのですが聞いてくれる仔とそうでない仔がいます。<br>我が家を死に場所として来てくれる仔もいるのに、それなのに私が泣くからでしょうか最期は出ていく仔がいます。<br>「チャさん」もそうでした。<br><br>２０２４年１２月２５日<br>ここ数日ひょっとしてと思い見守っていました。<br>「チャさん」は朝の４時まで猫ベッドで寝ていたのですが私が寝落ちした時に出て行ったようです。<br>クリスマスの日でした。<br><br>随分と探しましたが見つかりませんでした。<br><br>思い出すと私が公園の猫ちゃんたちに行く準備を始めると、自分の好きなカリカリをもらおうと<br>必ず寄って来て匂いを嗅ぎこれとねだっていました、<br>今も準備をしながら「チャさん」どうして来ないの？寂しいよ・・・・。<br>私の足元に今は「チャさん」がいません、「チャさん」の好きだったカップ麵を一人で食べながら<br>こんなに多かったんだと涙がこぼれます。<br><br>そんな仔でしたから私は号泣しました。「チャさん」「チャさん」間違いなく我が家の猫でした。<br><br>年齢は分かりませんがこの5年の間に見ていて気が付きました、<br>「チャさん」はお兄ちゃんで「三角ちゃん」は妹で「長方ちゃん」が母親だと、<br>だから「チャさん」は他の野良ネコちゃん達から自分は怪我をしても守っていたのでしょう。<br><br>「キイーちゃん」や「デモリン」にブラッシングをすると、自分にもしてと側に来て背中を向けた利口な仔でした、<br>いろいろと思い出しては涙が出、又思い出しては泣いてしまいます・・・・・。<br><br>「チャさん」そちらの世界はどうですか？<br>「三角ちゃん」も「長方ちゃん」も元気ですよ。<br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/o-g-ka/entry-12920152783.html</link>
<pubDate>Sun, 18 May 2025 14:17:42 +0900</pubDate>
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<title>南家の「まがりちゃん」別名「ミーちゃん」　②</title>
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<![CDATA[ <img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250801/13/o-g-ka/bb/ad/j/o0640048015644142937.jpg" border="0"><br><br>２０２４年１１月２０日<br>「まがりちゃん」はいつものようにご飯を食べに来ました、何の変化もありませんでした。<br><br>１１月２２日<br>「まがりちゃん」は来ませんでした。どなたかからご飯をもらったのかなくらいの感じでした、どの仔も必ず来るわけではありませんので。<br><br>１１月２３日<br>「まがりちゃん」が来ないので当番の方が探しに行くと歩いて来たので抱っこしてご飯の場所に連れてきたのですが<br>何も食べずに水だけ飲んでとぼとぼと振り返りながら帰ったそうです。<br><br>１１月２４日<br>「まがりちゃん」が来なかったので探したけど見つからなかったそうで,<br>当番の方がとても心配して電話をしてきました。<br><br>１１月２５日<br>「まがりちゃん」は来ませんでした、心配で前々日に来たという方向をずーと名前を呼びながら探しましたが<br>見つかりません。<br><br>この時期は日が落ちるのが早く夕方の五時半には真っ暗になり街灯も無いので見えなくなり、この後【コート横】の仔達の<br>所に行かなければならないので諦めました。【コート横】は暗くなると狸が来るので【コート横】の仔達は狸が怖くて少しでも<br>日が落ちる前に到着しなければ帰ってしまいます。<br><br>１１月２６日<br>「まがりちゃん」が来ないので別の当番の方が探したら、先日来た方向と反対の竹林の所にいたそうです、<br>ほんの少しだけ食べてうずくまってしまったそうです。<br><br>１１月２７日<br>「まがりちゃん」は来ませんでした、竹林の方にいたと知らない私は反対の方を又かなりの時間と距離を<br>名前を呼びながら探しましたが見つかりませんでした。ただ竹林の近くを通った時『ミヤー』と聞こえた気が<br>したのですが「チビクロちゃん」がついて回っていたので「チビクロちゃん」の声だと思っていました。<br><br>けれども帰宅して写真を見ると「くろちゃん」の身体の横腹にオーブが写っていました。<br>すぐに「まがりちゃん」だと思いました、私に逢いに来てくれたのだと律義に挨拶に来てくれたのだと、<br>写真を撮ったあとに探しにいったのでオーブに気づいてない私に<br>『ミヤー』と聞こえたのはやっぱり私にだけ聞こえた「まがりちゃん」の声だったのでしょうか。<br><br>１１月２８日<br>「まがりちゃん」の遺体が見つかりました、当番の方が先日いた竹林の裏を見ると亡くなっていたそうです。<br>多分２６日の夜中に亡くなったのでしょう、当番の方はほかの仔達みんなとお別れをさせて自宅に連れて帰り<br>焼却後収骨し今も保管されておられます。<br><br>２８日に連絡がきて知りました、遺体が見つかったのは初めての事でした。<br>当番の方と私は電話で話しながら涙があふれて何を話したかよく覚えていません。<br><br>とても性格の良い仔でした。<br>好き嫌いもなく、いつも一番に待っていてくれる仔でした。<br>だけど最後のお別れをしていない私は今でもどこかにいるのではないかと目で探してしまいます。<br>いるはずないのに。<br><br>「まがりちゃん」何があったのピコピコ揺れるあの後ろ姿をもう一度みたいです。<br>寂しくて涙が溢れます。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/o-g-ka/entry-12920152780.html</link>
<pubDate>Fri, 21 Mar 2025 14:18:39 +0900</pubDate>
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<title>南家の「まがりちゃん」別名「ミーちゃん」　①</title>
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<![CDATA[ <img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250801/13/o-g-ka/39/56/j/o0640041715644142917.jpg" border="0"><br><br>「まがりちゃん」は南家にいた性格の良い仔でした。<br>尻尾が真ん中辺りから曲がっているので「まがりちゃん」と名付けました。<br>私が通い始めた頃は「まがりちゃん」と「赤キジちゃん」はとても仲良しで見るからに姉妹だと分かりました。<br>いつも二匹でくっついていたのですが成長するにつれて別々に行動するようになっていきました。<br><br>「まがりちゃん」は性格が良く手のかからない仔でしたので誰からも愛されていました、<br>散歩に見える方からも「ミーちゃん」「ミーちゃん」と可愛がられていました。<br><br>一年半位前だったでしょうか、いつもの通りご飯をもっていくと「まがりちゃん」の尻尾がだらりと垂れています、<br>シッポが脱臼していると直ぐに思いました。<br>その日はたまたま犬猫の愛護活動をしているｋさんと一緒だったのでどうしたものかと話し合い悩みました、<br>今日はキャリーバッグはないし保護は出来ない明日まで様子を見るしかないと思っていました。<br>ところが次の日ｋさんが保護して下さり、獣医さんに診てもらうとシッポの真ん中あたりが腐っているので<br>手術で切った方が良いとのことで、手術をして下さいました。<br>ひと月くらいは放さない方が良いとのことでｋさんが預かって下さったのですが「まがりちゃん」は<br>全くご飯を食べずｋさん宅の猫たちともなじめず外に出よう出ようとするので、ｋさんも困っていました。<br><br>傷口が開いてなければ大丈夫だからここへ放して下さいと言いました、ご飯を食べない姿をみていることが<br>どんなに辛いかよくわかっているのでお願いしました。<br>帰ってきた「まがりちゃん」はシッポが四センチ位になっていました、「まがりちゃん」と言う名前に由来した<br>曲がったシッポは無くなっていました。<br>だらりと垂れたシッポはそのままで脱臼してから時間がたっているので無理に入れると内臓に影響が出るとのことで諦めました。<br>「まがりちゃん」はとても元気でよくご飯も食べ安心しましたが<br>お尻とシッポに毛がなく『あら～早く毛が生えると良いね』寒そうに見えるので皆で話したことでした。<br><br>やがて毛も生えてきたのですが、今度は毛が生えてきたところがかゆいらしく自分で舐めて毛を抜きます。<br>よく見ると所どころ赤くなっています、何かのアレルギーのようなので薬を飲ませました、するとよくなり毛も生えました。<br>そしてだらりと垂れていたシッポがピンと上がるようになったのです。<br><br>不思議な事ですがシッポがピンと上がったのです私はとても嬉しかったです。<br><br>「まがりちゃん」が歩く姿は後ろから見るとピンと上がった短いシッポとお尻がピコピコと動き<br>それはそれは可愛い姿で、今思い出しても思わず微笑んでしまうほどの可愛さでした。<br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/o-g-ka/entry-12920152775.html</link>
<pubDate>Mon, 03 Mar 2025 14:23:23 +0900</pubDate>
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<title>ぷーちゃん</title>
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<![CDATA[ <img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250801/13/o-g-ka/04/a5/j/o0640045715644142889.jpg" border="0"><br><br>「ぷーちゃん」は１５年間野良ネコちゃんとして生きてきました。<br>ところが若い女猫が表れて「ぷーちゃん」をいじめるようになったので<br>１５年間ご飯を上げてた方が保護をされましたが、いろいろな事情があり,<br>保護猫施設にケージ一つ分を借りられました。<br>毎日のお世話や病院へはご飯を上げてた方が仕事が終わってから毎日通われていましたが、<br>ご自分の家と反対方向で距離のある場所なのでそれは大変な思いをされていたと思います。<br><br>ところが二年たった頃その施設が閉鎖されることになり私に相談が来ました。<br>閉鎖の一週間前に聞いたので猫知人に色々と尋ねましたがなかなか難しく良いところが見つかりませんでした。<br><br>閉鎖の二日前に取りあえず我が家の猫小屋に来てゆっくり探すということになりました。<br>我が家の猫小屋には保護した猫ちゃんがいましたので、その仔を私の部屋と言うか、猫部屋に私が寝てるのですが<br>その部屋に移し閉鎖当日に何とか「ぷーちゃん」を受け入れることができました。<br><br>「ぷーちゃん」は体重２・５キロのとても細い小柄な１７歳の仔でした。<br>とても性格の良い仔で年齢も年齢なのでおとなしく私も安心しました。<br>ご飯を上げてた方Mさんは毎日仕事が終わって夜遅くに見えました、我が家の猫小屋は出入り口が<br>家の方と庭の方と二か所あるので誰にも気を遣わずに出入りできます。<br>それでお互いに気を遣わずにしましょうという事になりました。<br>我が家はMさんの仕事場から帰宅される間にあり、家も近いと言うこともありこのまま居たいという申し出でがあり<br>「ぷーちゃん」も気に入ってくれたのならと決定になりました。<br><br>そんなこんなとバタバタと時間が過ぎ七か月過ぎた頃<br>「ぷーちゃん」の体調がすぐれなくなってきました、<br>年齢が年齢だし最初から心配はしていたのですが、入院となりました。<br>毎日今日は「ぷーちゃん」元気かなと窓越しに眺めていたので心配ででも病院だからと考えながら、<br>また不順な天候が「ぷーちゃん」の体にはこたえたのだろうと思っていました。<br>余り体調が回復したとは思えない状態でとりあえず退院となり、<br>Mさんは毎日点滴や食事の世話また身体のマッサージ等とされていましたが、<br>とうとう虹の橋を渡ってしまいました。<br><br>２０２４年１１月１１日のことでした。<br><br>Mさんの心痛は体調を崩される程でかける言葉も見つかりませんでした、<br>１７年という時間の長さは痛いほど私には分かります。<br><br>「ぷーちゃん」そちらの世界はどうですか、毎日窓越しに姿を見て声をかけ<br>寝てる方が多くて起きてるときには返事をしてくれてましたね、私も泣いてます。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/o-g-ka/entry-12920152770.html</link>
<pubDate>Wed, 29 Jan 2025 12:55:45 +0900</pubDate>
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<title>コート横の「まるがおちゃん」　別名「ドラム」</title>
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<![CDATA[ <img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250801/13/o-g-ka/2f/12/j/o0640046515644142846.jpg" border="0"><br><br><br>「まるがおちゃん」は私がこの公園に行きはじめて最初のころに出会った仔でした。<br>薄さびのお母さん猫とある日どこからか突然現れて、お母さん猫は「薄さびちゃん」と名付け、<br>顔がまん丸だった生後半年位だった子供の猫に「まるがおちゃん」と名付けました。<br>三回くらい一緒に来ましたが、その後はお母さん猫の「薄さびちゃん」は来ずに<br>「まるがおちゃん」一匹だけが来るようになりました。<br>お母さん猫はここに来ればご飯があるよと教えて自分は元の場所に帰ったのかもしれません。<br>野良ネコちゃんのお母さん猫は生後四か月くらいたつとご飯のもらえる所に子猫を連れて行き、<br>仔猫をそこに置いて自分は元の場所に帰ります。<br>その行為は次の子供を産むためなので、決して冷たいわけではありません、<br>種の保存のためそうなっていると思われます。<br>仔猫に自立を促しているのでしょう。<br>我が家にも毎年にように何匹も仔猫がある日突然現れました、<br>最初は戸惑いましたが次の年からは保護できた仔猫は譲渡しました。<br><br>土日にご飯を上げてくれる方が横に倒れたドラム缶の中で日向ぼっこをしている<br>「まるがおちゃん」を見て「ドラム」と呼ばれるようになりました。<br><br>「まるがおちゃん」はみんなと仲良くいつもご飯を食べに来ていましたが、<br>決して触らせてはくれませんでした、隙を見てシッポの先をちょっと触ると驚いてサッと逃げ<br>『こりゃ無理だ』といつも思っていました。<br>四ヶ月くらい前からよく水を飲むなと思ってはいましたが、「まるがおちゃん」はおさかな味のパウチも<br>よく食べますがお肉味のパウチも好きで猫の牛乳もほかの仔は飲みませんが「まるがおちゃん」だけは好きで<br>いつも全部飲んでしまっていました。<br>三ヶ月くらい前にいつものようにシッポの先をちょっと触ると逃げません、<br>思い切って背中を触ると逃げません、<br>そしてその背中がガリガリに瘦せている事に気付きました。<br>それからはいっぱい触らせてくれるようになりました、心を許してくれたのでしょうがとても悲しくなりました、<br>あとどれくらいこの仔は生きていられるのだろうか、腎臓の病気だと分かっています。<br><br>何とかこの寒い冬を乗り越えてほしいと願っていましたが、<br>２０２４年３月２２日　最後の姿でした。　四歳十か月位<br><br>チュールも何も食べずお水も少し飲んだだけでした、最後の挨拶に来てくれたのでしょう、<br>何もしてあげられない私は振り返り振り返り帰りました。<br><br>「まるがおちゃん」だけに心を許していた「黒きじちゃん」はスリスリする仔がいなくなり<br>ご飯も少し離れた所でしか食べなくなりました。<br>「まるがおちゃん」が亡くなったことが分かっているのでしょうか、それはそれで心が痛みます。<br><br>コート横の仔達はここ三年くらい七匹の仔達で落ち着いていましたが、この五か月の間で<br>三匹の仔達が相次いで亡くなり随分と寂しくなりました。<br><br>『できうるならば置いていくよりは見送ってから行きたい』といつも考えていますので<br>泣きながら自分の心を奮い立たせています。<br><br>五か月前のコート横の仔達<br><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250801/13/o-g-ka/98/18/j/o0640043715644142865.jpg" border="0"><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/o-g-ka/entry-12920152762.html</link>
<pubDate>Tue, 09 Apr 2024 15:33:38 +0900</pubDate>
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<title>コート横の「茶トラちゃん」　別名「春馬」　別名「マイケル」</title>
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<![CDATA[ <img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250801/13/o-g-ka/7f/a5/j/o0640037815644142808.jpg" border="0"><br><br><br>とても性格の良い仔でした。<br>ご飯を持っていつもの場所に歩いて行くと、必ず迎えに来てくれて、やはり迎えに来てくれた<br>他の猫たちとクンクンスリスリ挨拶をしながら私の前や横を歩いていました。<br><br>今はもうあの姿を見られません。<br><br>四年位前にたまたま口の周りを触ったときに右上の牙が横になっているのに気づきました、<br>何があったのか分かりませんが、野良猫として生きていく厳しさを知った出来事でした。<br><br>けれども明るくてカリカリも猫缶もパウチも好き嫌いなく食べてくれるいい仔で、<br>コートの利用者の人たちにも愛されて「春馬」と言う名前が付けられていました。<br>その名前を知ったのは私がご飯をもって行くようになって一年以上たった頃だったので<br>私は「茶トラちゃん」と呼んでいましたのでそのまま「茶トラちゃん」と呼び続けました。<br>私が行けない土日にご飯を上げてくださる方が「マイケル」と呼んでいたので<br>三つの名前をもっていたことになります、野良ちゃんにはよくあることです。<br><br>いつからだったでしょうか、お水をたくさん飲むようになってご飯の前にお水をたくさん飲まないと<br>ご飯を食べなくなりました。<br>猫特有の腎臓が病気になっていると分かりました、体もとても瘦せて小さくなってこの冬を越せるだろうかと心配していました。<br>初めて会った時にはもう成猫だったので年齢は分かりませんがあれから四年と七か月経ちました、<br>いつも何故かホッとする雰囲気を持っていて『今日も来てくれてありがとう』と言いたくなる仔でした。<br><br>半年位前からだったでしょうか『頑張れ、でもきつかったら頑張らなくてもいいよ』と言いながらご飯を上げていました、<br>姿を消す一週間くらい前からカリカリを食べなくなりパウチしか食べないようになり、<br>パウチも少しだけになりスプーンで直接食べさせました。<br><br>２０２４年１月２９日　姿を見た最後の日です、お別れの挨拶に来てくれたのだと思いました。　６歳以上。<br><br>コートの利用者の方が『１月29日に来たのですが何も食べずに、いつも食べた後に帰っていく方向が<br>反対の方向だったので心配してました来てますか？』と尋ねて見えました。<br><br>「残念ですが多分もう』と泣きながら答える事しかできませんでした。<br><br>『「茶トラちゃん」貴男がいない今まるで火が消えたように寂しく胸が締め付けられます。最初から最後までいつも<br>「クネちゃん」と一緒に食べていましたね「クネちゃん」には会えましたか』<br><br><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250801/13/o-g-ka/6f/f9/j/o0640050615644142825.jpg" border="0"><br><br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/o-g-ka/entry-12920152751.html</link>
<pubDate>Fri, 05 Apr 2024 14:27:51 +0900</pubDate>
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<title>コート横の「クネちゃん」</title>
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<![CDATA[ <img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250801/13/o-g-ka/ac/5e/j/o0610048915644142789.jpg" border="0"><br><br><br>コート横の「クネちゃん」は黒猫でシッポの先がくねっと曲がっているので「クネちゃん」と呼んでいました。<br>野良ネコちゃんですが、人にとても慣れていてどこでも触らせてくれます。<br>ある日横腹を触っていて肋骨が折れていることに気づきました、<br>多分仔猫の時に交通事故にあったのでしょう、運よく折れた肋骨は内臓を傷つけることもなく、<br>皮膚を突き破ることも無かったので死ぬことはなかったのだと思われます、<br>以前にもそう言う仔をみたことがあります。<br><br>初めて見た時からガリガリに痩せていて一度も太ることはありませんでした、<br>食欲は旺盛で最初から最後までずーとカリカリもパウチも食べていましたがどちらかと言うと<br>パウチや猫缶の方が好きなようでした。<br>検査はしていませんが猫エイズをもっていたのではと思われます。<br>それから去勢手術はしてありませんでした、片金でしたし、このガリガリな体で猫エイズを発症していると思われる仔に<br>去勢手術をすることはとても酷なことだと思いしませんでした。<br>性格が良いので他の仔と喧嘩をすることもなく仲良くご飯を食べていました。<br><br>ある日公園から帰るとき皆がとてもスピードを出す広い道路の交差点で横断歩道を歩いている「クネちゃん」を<br>見ました、たまたまその時は横断歩道の信号は青で、赤信号で車は止まっていましたので無事でしたが、<br>仔猫の時にこの横断歩道で事故にあったのかなと思い、「クネちゃん」は道路の向こう側から来た仔なのかなと思いました。<br>以前事故で亡くなった「コート横のミケちゃん」や「薄キジちゃん」と同じでこの広い道路をよく渡って<br>いたのかなと思うとその危険性がわかっていないし、危険とわかっていても渡らなければ<br>ご飯が食べられないのかなと思うとため息が出るほど辛くなります。<br><br>「クネちゃん」を私が最後に見たのは２０２３年１１月１７日で、土日にご飯を上げてくださる方が翌日<br>ドローとしたよだれを垂らし何も食べなかったと言われた姿が最後の情報でした。<br>お別れの挨拶に来てくれたのだと思います。<br>野良の仔達はお別れの時律儀に挨拶に来てくれます、<br>それはそれでとても辛いです。<br><br>「クネちゃん」はこの世に生まれて少しは幸せと思えることがあったのでしょうか、<br>何か一つでも幸せなことがあったと信じなければ余りにも可哀そうすぎます。<br><br>「クネちゃん」そちらの世界で幸せですか、幸せであることを唯々祈ります。<br><br>２０２３年１１月１９日　永眠　　　五歳以上<br>
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<pubDate>Sun, 17 Mar 2024 13:58:56 +0900</pubDate>
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<title>ごめんね　「デモリン」</title>
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<![CDATA[ <img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250801/13/o-g-ka/35/a2/j/o0640041715644142738.jpg" border="0"><br><br><br>さび猫の「デモリン」は我が家の近くの大きな神社に捨てられた四匹の仔猫の一匹で、<br>一匹はカラスに横腹を攻撃されて穴が開いて亡くなり私が保護しに行ったときは三匹しかいませんでした。<br>一匹は白猫でもう一匹は三毛猫だったのですぐに譲渡ができましたが、「デモリン」は<br>私の姪が『あのボロ雑巾の模様の仔』と言うような毛色ですのでなかなか譲渡出来ませんでした。<br>それから色々と事情があって我が家の仔にする事にしました。<br><br>「デモリン」はなかなか頭の良い仔でドアがきちっと閉まってないと頭で押したり前足で開けたりしました。<br>ある日家族が二階で横になっていると、突然二階の窓の網戸がするすると開き「デモリン」が外から入って来たそうです、<br>家族は二階の網戸がするすると開いたとき心臓が止まるくらいビックリしたそうです、外から入って来た「デモリン」の姿を見て<br>またビックリ、車の屋根から一階のベランダの屋根に飛び移り二階のベランダに上がり網戸を開けたようです。<br>ふすまも網戸も簡単に開けていました。<br><br>「デモリン」はほかの猫でもそうですが地震とカミナリが怖く地震があったりカミナリがなると<br>我が家から飛び出して何処かへ行ってしまうのです、多分隣家の床下かなと思っていました。<br>我が家は安心な場所ではなかったのかな？<br><br>それから「デモリン」は自分は猫ではなく人間だと思っていた節があります、猫は嫌いで人間大好きでお客様が見えると<br>必ず現れてお客様にスリスリスリスリします、私など眼中に無くお客様にべったりです、<br>我が家ではなく一匹か二匹飼いのお家の猫だったらきっと立派なおもてなし猫になっていたでしょう。<br><br>喧嘩は弱く何度もどこかの野良ネコちゃんに怪我をさせられ一度は骨が見えてるのではと思うくらいの怪我もしました、<br>怪我はしばらくするとよくなるのですが、猫エイズをうつされてしまいました。<br><br>「デモリン」は長生きをしないだろうと思った私は猫エイズを発症した時から<br>『どこへも行ったらダメだよ、うちにいるのよ』と何度も何度も言い聞かせていました。<br>ガリガリに瘦せもうこの夏は越せないかも、もうこの冬は越せないかもと思いながら四年位たちましたが、<br>食欲は旺盛でパウチもカリカリも亡くなる三日くらい前まで結構食べていました。<br><br>私の言いつけを守った「デモリン」は何処へも行かずその一生を我が家で終えました。<br><br>今思えば先住猫には遠慮をし、後から来た猫にはいじめられ可哀想な猫でした、<br>「キイーちゃん」が亡くなってからは私が一番と甘えてきたのを覚えています、<br>随分と遠慮をしていたのだなと思うと心が痛み、<br>いつも孤独だったのではと思うと悲しく、今となっては深い後悔と謝ることしかできません。<br>いつもいつもバタバタと忙しく「デモリン」の気持ちを推し量ることの出来なかった私は情けないです。<br><br>ごめんね「デモリン」。<br><br>２０２３年11月2日　永眠　１５歳でした。<br><br><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250801/13/o-g-ka/df/ba/j/o0640043715644142769.jpg" border="0"><br><br><br><br><br><br>
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<pubDate>Sat, 09 Mar 2024 15:46:33 +0900</pubDate>
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