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<title>Oa's Report</title>
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<description>(1)2013年4月「東北ひとめぐり」ツアー(2)2012年2月「兄弟仁義Special「★シュウ・メイ・シキ★」@ TAKE OFF 7（東京渋谷）」ライブオフ　by Oa</description>
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<title>旅行記終了＋5/25,26復興応援巡りツアー＋ブログ作ります</title>
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<![CDATA[ 　4月27日～29日の旅行について、<a href="http://ameblo.jp/oakarkone/themeentrylist-10069255024.html" title="Ctrl+クリックで別タブ">5月4日から9日まで</a>10本（コレいれて11本）の記事にしてきた。<br>　第18共徳丸については<a href="http://ameblo.jp/oakarkone/image-11526841509-12531713844.html" title="Ctrl+クリックで別タブ">写真１枚</a>しか触れていないし、<a href="http://www.sekinoichi.co.jp/" title="Ctrl+クリックで別タブ">世嬉の一酒造</a>についても独立の記事にしそびれたが、ひとつのテーマに11記事というのは私にしてはたくさん書いたほうなので、ここで終了とさせていただく。とりあえず旅行記を〆るにあたって、自分の勉強と、他の方の便宜をかねて、関連がありそうなリンクを左カラムに作ってみた。<br>　思った以上に、復興が完了していない東北に対して、自分が何ができるか考えたときに。いまの自分の仕事と体調を考えると、たぶん、「手」を出すと倒れる（苦笑）。「金」は、自分が出来る限りのことは<a href="https://www.mof.go.jp/jgbs/individual/kojinmuke/main/fukkou/">個人向け復興国債</a>というカタチにしてしまっているので。<br>　ひとつは、「買う」ということかな、と思う。ネット以前は、どこの誰が何を買ったか、生産者にはなかなか分からなかったと思うが。今はオンライン販売などで、生産者との距離が短くなっている。<br>「買いました、美味しかった」<br>「買いました、素敵です」<br>という一言で、「応援しています」という気持ちが伝わればいいなと思う。<br><div align="center">▽<a href="http://www.sekinoichi.co.jp/" title="Ctrl+クリックで別タブ">一ノ関「世嬉の一酒造」にて</a><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20130512/18/oakarkone/5f/ff/p/o0400030012536165994.png"><img border="0" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20130512/18/oakarkone/5f/ff/p/o0400030012536165994.png" alt="Oa's Report"></a></div><br><h2>5/25,26復興応援巡りツアー</h2>　こんな情報をキャッチしたので、ここで、ご紹介しておきたい。<br>◇5/25,26復興応援巡りツアー：<a href="http://www.facebook.com/events/573955865961770/" title="Ctrl+クリックで別タブ">Facebook</a>/<a href="http://road-bokuiki.jugem.jp/?eid=724" title="Ctrl+クリックで別タブ">ブログ</a><br>　私は行ってきたばかりなので、参加の予定はないものの。行ってみたい、という方の目に触れれば幸い。<br><br><h2>ブログ作ります</h2>　もうひとつ、私がお役に立てる「カモ」しれないこととして。　大震災関係のボランティアもしくは被災企業などの方で、ブログを作りたい（正確には独自デザインにアレンジしたい）という方があれば、（むろん無料で）お手伝いしたい。<br>　お手持ちの写真などをブログのトップ（ヘッダー画像）に表示させたり、全体の（文字色などの）カラーコーディネートをしたり、いわゆる「CSS/HTML」の範囲であれば、「Ameba」だけでなく、いくつかのブログサイトで対応可能。<br>　ヘッダー画像の文字入れ加工なども、一応可（プロ級というわけには行きませぬ）。<br>　どのブログを使うかは、使用方法によりますので、ご希望をいただいた後にご相談したく思います。<br>
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<pubDate>Sun, 12 May 2013 18:51:01 +0900</pubDate>
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<title>4/29 ボランティアダイバー＠唐桑かき小屋</title>
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<![CDATA[ 　この唐桑地区には、震災前、牡蠣の養殖筏が600あった。津波で残ったのはわずか4筏。<br>　津波は、筏を攫ったが、筏を係留するロープは水中に残ったものが多かった。その上を船が航行するとスクリューに絡んでしまう。<br>　清水さんは、静岡在住のダイバーで、最初はこのロープなどの清掃のボランティアとして、現地に入った。<br>　震災直後、津波火災を起こした海は、油で汚れていた。ウェットスーツでの作業を終えた後、洗剤をかけて洗ってもらわないと、つるつる滑って上がれないほど、油まみれだった、という。<br>　減圧症を防ぐため、たとえば水深30mでの作業は、15分ほどしかできない。１日に潜れる回数にも、制限がある。１日にできる作業の量はそう多くないが、ボランティアのダイバーへの依頼は多く、清水さんは繰り返しこの地区に通うことになった。<br>　そのうち。牡蠣を食べさせる店の店長に、という話があって、定住したのだそうだ。<br><br>　その店が、この唐桑かき小屋である。<br><br>▽店も、ボランティアが建てたもの<br><div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20130509/01/oakarkone/c6/ce/p/o0400030012531713844.png"><img border="0" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20130509/01/oakarkone/c6/ce/p/o0400030012531713844.png" alt="Oa's Report"></a></div><br>▽ステンレスの箱？<br><div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20130509/01/oakarkone/1a/fe/j/o0400060012531713846.jpg"><img border="0" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20130509/01/oakarkone/1a/fe/j/o0400060012531713846.jpg" alt="Oa's Report"></a></div>いや、蓋。持ち上げるともうもうと湯気が立ち、牡蠣の山が現れる。<br><br>▽手袋が配られ、自分で牡蠣のカラをしっかと押さえて、ヘラでこじあける。中にはぷっくりした牡蠣の身。これが、１人分15個。満々腹。<br><div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20130509/01/oakarkone/8a/ff/j/o0400040012531713845.jpg"><img border="0" alt="Oa's Report" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20130509/01/oakarkone/8a/ff/j/o0400040012531713845.jpg"></a></div><br>　とにかくインパクト大＆牡蠣好きの私としてはとても美味しかったのだけれど。牡蠣15個より、牡蠣の数を減らしてもいいから、何か別のモノ、のほうが嬉しい人も、けっこういるかもしれない。<br>　あのすごく熱くなっていそうな蓋の上に、オーブンペーパーに包んだ野菜を置いたらいい具合に蒸し野菜にならないかしら、牡蠣の蒸し汁を茶漉しで漉して野菜にかけたら美味しいのではないかしら、とか。香川讃岐の某うどん店のように、客が自分でネギを刻んだりショウガを擂ったりしたらどうだろう、とか、思ったりもした。<br><br>▽震災から２年を経た、澄んだ海<br><div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20130509/01/oakarkone/04/a4/j/o0400030012531714215.jpg"><img border="0" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20130509/01/oakarkone/04/a4/j/o0400030012531714215.jpg" alt="Oa's Report"></a></div>　牡蠣が蒸しあがるまでの時間が教えてもらえると、キレイな海をもうちょっと見られた気がする。
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<link>https://ameblo.jp/oakarkone/entry-11526841509.html</link>
<pubDate>Thu, 09 May 2013 01:16:28 +0900</pubDate>
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<title>4/28-５ 山火事と津波を越えて@気仙沼大島</title>
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<![CDATA[ 　フェリーで、気仙沼大島に向かう。<br><br>▽大島に向かうフェリーにてフェリーの客があげるエサをめあてに、ついてくる。カモメ、カモメと騒いでいたら<br><div><div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20130508/02/oakarkone/92/1f/p/o0400030012530515931.png"><img border="0" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20130508/02/oakarkone/92/1f/p/o0400030012530515931.png" alt="Oa's Report"></a></div>、ツアーの同行の方に「クチバシの色が違うから、あれはウミネコ」と教えていただいた。帰宅してから、色がどう違うか、調べた→<a href="http://photo.air-nifty.com/blog/2008/11/umineko-kamome.html" title="Ctrl+クリックで別タブ">「ウミネコとカモメの違い」</a><br><br>　大島では、植林ボランティアの、<a href="http://www.silvamare.org/ " title="Ctrl+クリックで別タブ">水と緑の環境ネットワークの会</a>原さんにお話を伺った。<br><br>　この島はもともと、広葉樹林の森だった。木材利用目当てに、杉と松を植林したが、樹高が高く、山に上ったときの景観が損なわれた。<br>　<a href="http://ameblo.jp/oakarkone/entry-11524423060.html" title="Ctrl+クリックで別タブ">先の記事</a>でも触れた震災時の山火事で樹木が燃えたり枯れたりしたところは、広葉樹に戻そうということになり、現在はソメイヨシノ中心の植樹を考えているという。<br>　水と緑の環境ネットワークの会では、ソメイヨシノ単独ではない植林を勧めているようだ。特定種単独の山より、いろいろな種類があったほうが、「自然な感じ」がするなぁ、と個人的にも思うし、年によって花暦がズレるなかで、数種の桜があれば、稼ぎどきのゴールデンウィークに花を見られる確率が上がりそうな気がする。<br><br>▽震災時の山火事で焦げた松。枯れなかった木は、維持するという。<br><div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20130508/02/oakarkone/30/52/j/o0400030012530515215.jpg"><img border="0" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20130508/02/oakarkone/30/52/j/o0400030012530515215.jpg" alt="Oa's Report"></a></div><br><br>　小野寺栄喜さんをたずねる。後で調べたところ、ＮＰＯ法人「椿（つばき）の島２１世紀プロジェクト」の主催者らしい。<br><a href="http://fukko-department.jp/kesennuma/tsubakiya.html" title="Ctrl+クリックで別タブ" class="bluedot">椿油</a><a href="http://recorder311.smt.jp/movie/11497/" title="Ctrl+クリックで別タブ" class="bluedot">小野寺栄喜さんの談話（2011年8月28日撮影）</a><br>　将来の観光拠点として、ハーブ園を作っているとのことで、ツアーの面々とハーブを植えた。全国からいろいろな椿の苗木の寄贈を受けた温室も、見せていただいた。<br><br>▽大島の椿<br><div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20130508/02/oakarkone/ee/22/p/o0400030012530515214.png"><img border="0" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20130508/02/oakarkone/ee/22/p/o0400030012530515214.png" alt="Oa's Report"></a></div>大きな声ではいえないが、桜の花の写真は難しくて、私にはまだちゃんとしたものが撮れない。椿のほうが、写しやすい（笑）。</div>
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<pubDate>Wed, 08 May 2013 02:02:34 +0900</pubDate>
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<title>4/28-4 月光の写真展@風の広場</title>
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<![CDATA[ 　地震で天井は垂れ、津波に流された車で床が突き上げられた建物の、2階の一角だけが整えられて、伊藤 雄一郎さんの写真展示スペースになっていた。<br>　伊藤さんに伺うと、震災１ケ月前に完成したカフェだったという。今は、ときどきライブなどもあるらしい。<br>　伊藤さんの写真は、月光で撮った震災後の風景が多かった。後で調べたところ、震災後、電気が復旧する前に撮影したものらしい。　私は絵葉書を購入して帰って来たが、それを載せるわけにもいかないので。伊藤さんのブログをご紹介しておく。写真も、見ることができる。<br><a title="Ctrl+Clickで別タブ" class="bluedot" href="http://blogs.yahoo.co.jp/yu1018ii">気仙沼のワスレモノ</a><br><a title="Ctrl+Clickで別タブ" class="bluedot" href="http://flat.kahoku.co.jp/u/yu1018ii/gaDYZqjQhkK9pum850yJ">気街角ブロガー　～　冒険と科学の日々</a><br><br>▽（これはOaが撮った写真です）<br><br><div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20130506/23/oakarkone/3b/18/j/o0400030012529038363.jpg"><img border="0" alt="Oa's Report" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20130506/23/oakarkone/3b/18/j/o0400030012529038363.jpg"></a></div>カフェのあった建物。地震で天井は垂れ、津波に流された車で床が突き上げられたままになっている。２階のガラスの途中には、津波が来たラインも残してあった。<br>
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<pubDate>Mon, 06 May 2013 23:41:57 +0900</pubDate>
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<title>4/28-3 気仙沼防潮堤の是非＠磯屋水産</title>
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<![CDATA[ 　最初にお断りしておきます。この記事には途中、失礼な表現があるかと思います。けれど、「聞いた側の本音」を書かないと、伝わらないものがあると思い、あえて表現を丸めていません。<br>　怒るなら読むな、とかいう、甘えたことは書きません。ご批判があればコメント欄にどうぞ。けれど、（お怒りになるのであれば）ナナメ読みでも結構ですので、「最後まで」読んでください。<h2>安藤社長の話</h2>　<a title="Ctrl+Clickで別タブ" href="http://www.kesennumanet.jp/cgi-bin/office/main.cgi?OFFICENUMBER=0039">磯屋水産</a>の安藤社長は、帰って検索してみたら、<a title="Ctrl+Clickで別タブ" href="http://www.junkstage.com/yuu/?p=1671">「JuNk stAge」というサイトに記事</a>があり、<a title="Ctrl+Clickで別タブ" href="http://www.dai2ntv.jp/player/index.php?item=RoZzQxMzqBT136EQW_1kG-GBFvmWuIlC">「日テレ」オンデマンド</a>で声も聞ける。<br>　「復幸マルシェ」の記事でも触れたように、気仙沼は現在、地震による地盤沈下が激しい。安藤社長は、国の対応の遅れにしびれを切らし、私費で自分の土地に土盛りをした。<br>　現在、行政が地盤沈下対策のため、港前にあった駐車ビルなどを取り壊した状態。安藤社長は、その代替として私費で土盛りした土地を駐車場として提供している。その場所に立って、話をうかがった。<br>　とにかく、行動も、話ぶりも、情熱的で、力強い方、なのだが。口から出た言葉に、心底驚いた。<br>「国はいま、気仙沼に高い防潮堤を計画している、所によっては9.8mにもなる」<br>「防潮堤ができれば、海が見えなくなる。そんな所に、誰が観光に来るだろうか？　それに地震の時だって、海の様子が判らないのは、かえって危険だ」<br>「そんな高い防潮堤は、要らない」<br>　<b>防潮堤は、要らない??</b><br>　頭が疑問符でいっぱいになった。あんなにも大きな被害を受けて、「防ぎたい」と考えるのが自然な人情ではないのだろうか？　この方は、強靭な精神を持っているように思えるけれど。すべての人がそこまでタフではない。「要らない」というのは、この町のコンセンサスなのだろうか？<br>「防潮堤ができれば、生態系も崩れてしまう。漁業への影響の心配もある」<br>　そうだとしたら、環境省はなにをやっている？<br>「可動式の浮上式防波堤という案もあったが、いざというときにきちんと動くか判らないということで、否定されてしまった」<br>「防潮堤を海辺ではなく、もう少し内陸寄りに作る案もあるが、防潮堤より海側には人が集まる施設を作ってはいけないという。フェリー乗り場はどうする、魚市場はどうする、非現実的だ」<br>　それは運営の問題では？　どこに建てるかという問題は、そのあとの影響が長期にわたる。市外のどの部分をどう使うかは、もっと短い期間で変更可能だ。<br>「防潮堤の建設と、都市計画がセットになっているために、防潮堤には反対の人も都市計画を進めたいがために賛成にまわっている」<br>　それは推論なのか？　根拠となるデータがあるのか。<br>　判らないことが多すぎて、脳髄がわんわん言っている感じ。質問したくても、まとまらない。もし質問しはじめたら、おそろしく時間がかかる予感もあった。<br>　旅行後半、この件で頭がいっぱいになってしまい、同行の妹とも、その夜同室になった方とも、この話をしたがってご迷惑をかけたと思う。ここでお詫びを申し上げたい。<h2>町としての意見</h2>　帰宅して。ネットでこの問題を調べ始めた。<br>　まず、アウトラインを掴むつもりで「気仙沼 防潮堤」だけをキーワードに、検索をしたのだが。気仙沼の防潮堤反対は、あちこちで報じられていた。安藤社長の個人意見ではない、というのは納得できた。<br><a class="bluedot" title="Ctrl+Clickで別タブ" href="http://mainichi.jp/feature/news/20130307dde012040002000c.html">特集ワイド:巨大防潮堤に海が奪われる　宮城・気仙沼で住民が計画見直し要請(毎日jp)</a><br><a class="bluedot" title="Ctrl+Clickで別タブ" href="http://toyokeizai.net/articles/-/11272">気仙沼市を揺るがす巨大海岸堤防計画、被災地住民を翻弄(東洋経済)</a><br><a class="bluedot" title="Ctrl+Clickで別タブ" href="http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1071/20111012_01.htm">堤防整備、訴え正反対・気仙沼市「景観損なう、低くして」／陸前高田市「防災に懸念、より高く」</a><blockquote>千年に１度の大津波に耐える堤防を造っても、数十年後に生業が立ち行かなくなれば元も子もない。陸前高田市が高い堤防を求めるのは、「高田松原」が壊滅したことや高台が少ない土地柄も影響しているのだろう。気仙沼市は造成可能な高台がある程度確保できるため、堤防だけに頼らない対策も志向できる。[首藤伸夫・東北大名誉教授（津波工学）]</blockquote>　上に書いたとおり、「安藤社長の個人意見」ではないのだが。賛成・反対の比率を明確に書いた記事は意外に少ない。私が探すことができたのは、これ。<br><a class="bluedot" href="http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/miyagi/feature/tohoku1362438975719_02/news/20130308-OYT8T00961.htm">住民合意　意見分かれる「防潮堤」(読売）</a><blockquote>　建設賛成が３割、反対も３割で、４割が立場を決めかねている。</blockquote>　私は別に統計の専門家ではないが、これではなにも解らないことくらいは解る。気仙沼のなかでもどこの地区か。住居は、職場は、海辺か高台か。職業は、漁業関連か、観光関連か、それ以外か。それくらいは層別して、「誰が」「なぜ」賛成し反対しているかをデータとして探らなければ、どちらがどちらを説得するのも難しいのではあるまいか。<br><br>　個人的に「力作」だと思ったのは、これ。皮膚感覚という「言葉」では表しようがないものを、なんとか「言葉」で説明しようとしたレポート。<br><a class="bluedot" title="Ctrl+Clickで別タブ" href="http://www.soms9005.com/zemi/graduationthesis/48_1.pdf">人はなぜ命を守る「防潮堤」に反対するのか</a>（東北学院大学生のレポート、2013年1月）<h2>気仙沼防潮堤と、環境省</h2>　生態系に問題があるなら、環境省は何を言っているのだろう？と思ったのだが、意外なことに「気仙沼 防潮堤 環境省」で検索しても、あまりそれらしいヒットはない。唯一見つけたのが「森は海の恋人」の関連ブログ。<br><a href="http://moriumiblog.naturum.ne.jp/e1302964.html" class="bluedot" title="Ctrl+Clickで別タブ">NPO法人「森は海の恋人」事務局日誌「ハタボー日記65　防潮堤について」</a><blockquote>一方、環境省では「三陸復興国立公園」なるものを考えているそうな。<br>国交省に比べると、予算規模からしても環境省の影響力は非常に弱く、環境か？堤防か？と問われると、国は堤防を選ぶだろう。</blockquote>　別の検索アプローチとして、環境省のサイトを限定検索「気仙沼 防潮堤 site:http://www.env.go.jp/」そして見つけたのが、<a href="http://www.env.go.jp/jishin/park-sanriku/images/10-12.pdf">これ</a>。<br><blockquote>大橋（名取市）：名取市が示した復興計画では、国土交省が海岸地区に高さ７ｍに及ぶコンクリート製の防潮堤を整備することが、既成の事実として謳われている。防潮堤が景観に及ぼす影響を考慮すると、今回のような国立公園づくりの構想とは相容れないのではないか。国土交通省や防災林づくりで関係する林野庁等の他省庁とは今後、どのように話し合うのか。（略）<br>環境省佐々木：防潮堤は人々の命に関わるものであるため、国立公園づくりとどこまで調整できるかは難しいところである。場所によっては整備する位置の再検討をお願いすることも考えている。申し訳ないが、人の命が関わる防潮堤と、レクリエーションとして捉えられてしまう自然公園を比べた場合には苦しい立場となる。</blockquote>　……住民の反対がある気仙沼からの質問ではないとはいえ。この認識では、環境省に頼る気になれないのも仕方ない。<br>　なお、防潮堤事業には、環境アセスメントの義務がないらしい。<br><a class="bluedot" title="Ctrl+Clickで別タブ" href="http://seawall.info/pdf/12-121003-sankou.pdf">参考：防潮堤を勉強する会　分かった事と参考になる考え方</a><h2>復興が人質</h2>私が疑問をもった「防潮堤には反対の人も都市計画を進めたいがために賛成にまわっている」についても、安藤社長の個人意見ではなく、報道がなされている。<br><a class="bluedot" title="Ctrl+Clickで別タブ" href="http://mainichi.jp/feature/news/20130206dde012040022000c.html">特集ワイド:東日本大震災　巨大防潮堤、被災地に続々計画　本音は「反対」だが…復興が「人質」に　口閉ざす住民(毎日jp)</a><br>　個人のブログにも言及がある。<br><a class="bluedot" title="Ctrl+Clickで別タブ" href="http://peki-chan.cocolog-nifty.com/blog/2012/10/post-056d.html">ぺきぶろ</a><blockquote>道路の位置と高さが決まらないと（もしかしたら防潮堤とかさ上げとセットで完成しないと）、建物が建てられない。</blockquote><a class="bluedot" title="Ctrl+Clickで別タブ" href="http://ameblo.jp/uminoyuriko/entry-11385750631.html">美容・医療ジャーナリスト海野由利子公式ブログ</a><blockquote>「防潮堤問題が決まらないと、復興計画が決まらない」っていうのも<br>なんだかね、ずるい気がするんですけどね。</blockquote><h2>解らないところが多すぎる</h2>　ここまで検索をしまくって、安藤社長のお話のなかで、私が疑問に思った点のうち、いくつかは裏が取れた。<br>　防潮堤のセットバックと利用計画の部分など、解らないことも残るのだが。<br>　さらに解らないのが、「では、なぜ国は、それでもなお防潮堤建設に拘泥するのか」という点だ。<br><a title="Ctrl+Clickで別タブ" href="http://webplanners.net/category/cat3/" class="bluedot">防潮堤連続インタビュー</a><br>　このインタビュー記事はまだ全部読みきれていないのだが。たまたま先に読んだ<a title="Ctrl+Clickで別タブ" href="http://webplanners.net/2013/01/24/434/">(5)</a>にこんな一節がある。<blockquote>岩手は、浸水シミュレーションが何パターンか示されていて、地域が選択できると聞きました。一方で宮城では、シミュレーションの結果も見る事ができなくて、選択の余地もありません。そこに違和感を感じますね。</blockquote>　行政側の決定根拠が、発信できていない面は、ないのか。もし根拠があれば、だが。<br>　もし、根拠がないのなら。なぜ、国は、住民の反対を押し切ってまで、計画を進めようとしているのだろうか。<br><br>　これでマンガかなにかなら、悪代官のような行政と土建かなにかの利権の結びつきが出てきて、自然を愛し住民のコンセンサスを大切にするほうが勝つのかもしれないが。どうも、この件の場合、行政側の悪意らしきものは見えてこない。<br>　根本にあるのは、何なのだろう？　行政のうちの推進派の「感情」ではないのか、とも、思う。たとえば、宮城県村井知事は、<a href="http://ameblo.jp/hikarushou/entry-10945216306.html">大震災当日、地震に遭遇し、直後から陣頭指揮に立っていた</a>、という。あの地に在って、地震も体感し、現場も見た「行政の、中の人たち」の。その恐怖の「感情」に突き動かされての推進だとしたら。悪意がない分、つき崩すのは難しい。<br>「生態系が崩れたら、漁業はどうなる」<br>「海の見えない場所に観光客はくるのか」<br>　疑問符を行政にぶつけたところで、データがなければ説得はできないだろう。環境アセス不要というのはぞっとするが、既存のデータで何か防潮堤の影響を推測する理論構築はできないものだろうか？　震災前、観光客が何を求めて気仙沼に訪れたのか、といったデータはないのか？<br>　また、逆に。なぜ他の地域の住民は防潮堤に賛成し、気仙沼は反対が多いのか、そこも分からない。途中にも書いたけれど、住民意見についてのきちんと層別したデータ、統計の専門家がきちんと監修したデータがあれば、なにか見えて来そうな気がする。<br>　生態系の乱れ、観光への影響は、他の地域にもあるはずなのに。<br>「なぜ、気仙沼だけが」<br>　それが、今回かなり多くのサイトや文章を読んでも、伝わってこない。<br>　たぶん、私のもった疑問符が、行政が「気仙沼を特別扱いできない」という対応と、重なってくるのではないかと思う。<br><br><br><div><div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20130506/17/oakarkone/87/eb/j/o0400030012528283220.jpg"><img border="0" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20130506/17/oakarkone/87/eb/j/o0400030012528283220.jpg" alt="Oa's Report"></a><br>△海から800m内陸まで流された第18共徳丸。津波の力は強大だ。<br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20130506/17/oakarkone/58/08/j/o0400030012528283219.jpg"><img border="0" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20130506/17/oakarkone/58/08/j/o0400030012528283219.jpg" alt="Oa's Report"></a><br>△とはいえ。この美しい地を台無しにしていいのか?　本当に難しい。<br>（写真は気仙沼大島、田中浜）</div></div><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/oakarkone/entry-11525158430.html</link>
<pubDate>Mon, 06 May 2013 15:53:15 +0900</pubDate>
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<title>4/28-2 二人の方の「あの日」の避難＠気仙沼町歩き</title>
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<![CDATA[ 　気仙沼の町を歩きながら、震災当時のお話を伺う。<br>　お一人は、海に近い位置の病院に勤務の桑原さん。もう一人は、海産加工業の佐藤さん。<br><br>　海産加工業の佐藤さんは、地震の直後、同じ職場でも、「逃げなくてもいいんじゃないの？」という方もあったらしい。それを、とにかく避難訓練どおりやろう、と、避難を始めた。作業場は1階、携帯も財布も3階にあったが、<br>「すぐ戻って来られるだろう」<br>と持たずに出た。タバコを吸いながら歩く人もいる、というペースだったが。<br>「高台に上がって、振り返ったら、町はなくなっていた」<br><br>　病院勤務の桑原さんは、地震の直後、テレビをつけて、他の町を襲った津波を知った。気仙沼にも、津波は来るだろう、という前提での行動になった。病院を出て、患者さんを背負い、津波にも耐えそうなマンションの７階まで上がった。津波が気仙沼を襲ったのは、地震の約40分後だった。<br>　マンションのすぐ裏手で、津波火災の火の手が上がり、<br>「生きた心地がしなかった」<br>という。患者さんは、マンションから自衛隊のヘリに吊り上げてもらい、先に避難。マンションの住人は留守。3月の東北の夜を、吹きさらしのマンションの廊下で過ごし、翌朝救助された。<br><br>　この時のお話で、興味深かったのは、「銀行のマニュアルに助けられた」という一言。マニュアルに、「地震が来たらとりあえず避難」「車も、置いて避難」などとあったのに従ったのだという。<br>　もうひとつ、やや内陸にあった他の病院よりも、海に近い位置にあった病院の方が、早く診察を再開した、という話。<br>「海に近いから、津波の危険があることは判っていた。カルテなど重要な書類は、３階に置いていて、被害が少なかった」<br>　やや内陸の病院は、津波被害を想定していなかったために、書類などを1階においていて、被害を受け、診察再開までに時間がかかったのだそうだ。<br>　町歩きのときではなく、その後で聞いた話だが。気仙沼で最初に冷凍食品の出荷を再開した工場も、津波のリスクを考慮して、加工機を屋上に設置していたという。<br><br><div align="center"><div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20130506/00/oakarkone/31/db/j/o0400030012527360020.jpg"><img border="0" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20130506/00/oakarkone/31/db/j/o0400030012527360020.jpg" alt="Oa's Report"></a></div></div><br>△高台から見た気仙沼。ぽつりぽつりと建っているのは、津波にも残った鉄筋の建物かプレハブ。ほとんどの家屋は、土台だけが残る。瓦礫が山積し、その間にご遺体があった震災直後に比べれば、ここまで整地された、ということなのだと思いながらも、「復興が成った」というにはほど遠いのを感じる。<br><br>[5/8修正]桑原さん、佐藤さんのお名前を入れました。ご指摘ありがとうございました。<br>
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<link>https://ameblo.jp/oakarkone/entry-11524800829.html</link>
<pubDate>Mon, 06 May 2013 00:00:27 +0900</pubDate>
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<title>4/28-1 津波は島をつっきった＠気仙沼大島消防団</title>
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<![CDATA[ 　4/27夜は、気仙沼プラザホテルに一泊。塩分のある温泉と、朝から海の幸がたっぷりいただける朝食バイキングが印象的。<br>　明けて28日朝、出立前に、堺支配人の話を伺う。<br>　堺支配人は、気仙沼市の目の前に浮かぶ<a href="http://www.k-macs.ne.jp/~k-kanko/access.html" title="Ctrl+Clickで別タブ">気仙沼大島</a>の出身、震災当日は、休暇で大島にいた。<br>　大島はこれまで、天然の防波堤として、外洋の波をさえぎっていた。この島のおかげで、気仙沼は、台風などの際に船が避難してくる良港だった。<br>　東日本大震災の巨大津波は、その大島をつっきって、気仙沼を襲った。島のやや低くなった箇所で、津波は島を２つに分断したのだ。（<a href="http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1071/20110528_01.htm">→河北新報・図あり</a>）<br>　気仙沼市のガソリンスタンドや危険物タンクが津波で破壊され、流出した燃料に車などから引火、津波火災が起きた。この火が大島の亀山に燃え移り、山火事となった。<br>　津波の時刻、多くの住民は、気仙沼市へ仕事に出ていた。島に残っていたのは、老人と子供が多かった。<br>　堺支配人は、消防団の一員。奔走したが、山火事が大規模すぎて、消し止めることはできなかった。気仙沼の火事、津波被害者の救助と手も機材も足りない。ヘリの散水はなかなか来ない。（メモとれておらず、ウェブで確認：<a href="http://tvtopic.goo.ne.jp/kansai/program/info/143782/index.html">東京消防庁のヘリコプターは14日は風で現場に近づけず、15日に散水開始</a>）。中学生まで含めた住民の手も借りて、可燃物のない防火帯を作り、火事の延焼を防ぐ努力をした。最終的に消火に至ったのは17日だった。<br>　村は停電の上、海底にあった本土からの上水道のパイプが、津波で破壊されて、水道も出ない。井戸は濁り、濾過してもなお臭うプールの水を飲料にしたという。<br>　という凄まじい経験を話してくださる間、ホテルの支配人らしい、穏やかな語り口で、かえって溜息が漏れた。<br><br><div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20130505/14/oakarkone/0b/99/j/o0400030012526406987.jpg"><img border="0" alt="Oa's Report" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20130505/14/oakarkone/0b/99/j/o0400030012526406987.jpg"></a></div><br>△ホテルの前の桜の木。東京ではすっかり散った桜が、気仙沼ではまだあちこちで咲いていた。<br><br>　今回のツアーとは無関係の方だが、「気仙沼プラザホテル」を検索していて見つけた藤田八束さんのブログ記事。堺支配人の顔写真があったので、紹介。<br><a class="bluedot" href="http://sakana114.exblog.jp/18057405">http://sakana114.exblog.jp/18057405</a><br>　そして、上記のブログの2011/3/11の記事。地震後、津波が到達する直前、これから何が起こるか判らない時点で撮影した気仙沼の写真が掲載されている。……この先については、ぜひ記事を読んでほしい。<br><a class="bluedot" href="http://sakana114.exblog.jp/13188548/">http://sakana114.exblog.jp/13188548/</a><br><br>[5/8修正]堺支配人のお名前を誤記しておりました、訂正しました。大変失礼いたしました。<br>ご指摘ありがとうございました。<br><br>追記：気仙沼プラザホテルサイトにある「語り部」の項を引用させていただきます。詳しくは、<a href="http://www.pkanyo.jp/">http://www.pkanyo.jp/</a>を。<br><blockquote>ご希望があればＤＶＤや写真集を交えながら、震災当時の体験談や生活状況などを語り部としてお話させていただきます。</blockquote>
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<link>https://ameblo.jp/oakarkone/entry-11524423060.html</link>
<pubDate>Sun, 05 May 2013 14:02:08 +0900</pubDate>
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<title>4/27-3 うどん屋店主が重機を駆って＠復幸マルシェ</title>
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<![CDATA[ 　4/27夕食は、気仙沼<a title="Ctrl+Clickで別タブ" href="http://www.shishiori-marche.jp/">復幸マルシェ</a>の、気仙沼ホルモン「利平」さん。<br>　釜揚げうどんの「団平」店主さんから、話を伺う。<br>　この地区は、津波火災の被害が大きく、瓦礫の片づけも遅れがちだったとのこと。団平店主さんは、9種類の重機免許をとって、商店街の瓦礫の搬出を自分でやったのだそうだ。ものすごいバイタリティだと思う。<br>　そうやって片付けた土地に、今は行政の援助もあってプレハブが建ち、<a href="http://www.shishiori-marche.jp/%E3%83%9E%E3%83%AB%E3%82%B7%E3%82%A7%E3%81%AE%E6%A1%88%E5%86%85/%E5%8A%A0%E7%9B%9F%E5%BA%97%E8%88%97%E6%A1%88%E5%86%85/">20店舗が入っている</a>。<br>　この地区は、来年以降、嵩上げの工事がはいる。このあたりの土地は、東日本震災によって約70cmの地盤沈下を起こし、あちこちに海水のたまり水がある状態なので、地面に土盛をする必要があるのだという。<br>　その工事の期間、せっかく立てたプレハブは、いったん取り壊される。<br>　立ち退き期間中、商店はどう生き延びていくのか、近隣の人々はどこで買い物をするのか、両面の問題が残るらしい。<br>　さらに、現在の法では、店舗などに行政の援助が得られるのは１度だけで、盛り土が終了した後の建設は自己負担なのだという。東日本大震災の被害がこれだけ広範囲にあると、「どこかで線を引かなければならない」ということなのかもしれないとはいえ。行政主導の工事で立ち退きがあって、その分の補償がないというのもなんだか奇妙ではなかろうか。<br><br><br><div align="center"><div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20130504/23/oakarkone/20/27/j/o0450030012525754348.jpg"><img border="0" alt="Oa's Report" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20130504/23/oakarkone/20/27/j/o0450030012525754348.jpg"></a></div></div><br><br>△気仙沼ホルモン「利平」にて。たっぷりのお肉をいただきました^^<br>
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<pubDate>Sat, 04 May 2013 23:24:00 +0900</pubDate>
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<title>4/27-2 石巻日日新聞「６枚の壁新聞」＠石巻ニューゼ</title>
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<![CDATA[ 　<a href="http://ishinomaki-kizuna-connection.com/newseeindex.html" title="Ctrl+Clickで別タブ">石巻ニューゼ</a>で、武内館長のお話を聞く。<br>　震災直後、輪転機が津波の被害を受けた石巻日日新聞では、水をかぶらなかった新聞用の紙に手書きで新聞を作り、手書きで複製、避難所の壁に貼り出した。<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%B3%E5%B7%BB%E6%97%A5%E6%97%A5%E6%96%B0%E8%81%9E" title="Ctrl+Clickで別タブ">wikipedia</a>の「震災発生・壁新聞」の項に概要がある。<br>　武内館長からは、津波の被災者から取材した、生々しいお話を伺うことができたのだが。生きた人のことだけではなく、亡くなった方についても触れていて、ここで私がまとめていいかどうか、判断がつかない。<br>　<a href="http://spork.jp/?p=4065" title="Ctrl+Clickで別タブ">早稲田大学の「ジャーナリズムスクールウェブマガジン」にインタビュー記事</a>を見つけたので、むしろそちらを読んでいただきたい。インタビューでは常務取締役となっている武内さんが、現在は、石巻ニューゼの館長に就任なさっていて。この方から直接話をお聞きした、ということです。<br><br>　私は、ネットというものができてブログというものができて、それまで出来なかったことがあまりにも沢山できるようになって、それに夢中になってきたので。旅行当日の感慨は、<br>「最終手段は、手書きなんだな」<br>だった。<br>　けれど、数日たった今、あらためて考えると、ネット（PC)か手書きかが問題ではないように思う。たとえば私が災害の前線にのこのこと行って「ブログで記事にしたいのですが、話を聞かせてください」と言ったとしても、口を開いてくれる人がどれだけあるだろうか。<br>　石巻日日新聞は、1912年創業という。地元に密着した新聞社とその名前の価値。マーケティング的には「ブランド力」なんだけど、ひどく軽くも響く言葉なので、それは使いたくない。それから、「報道のプロ」が「取材」する価値。<br>　ド素人のブロガーとして、彼我の距離はきちんと量って、敬すべきなんじゃないか、と、思ってみる。<br><br><br><div align="center"><div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20130504/17/oakarkone/52/6d/j/o0400030012525144306.jpg"><img border="0" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20130504/17/oakarkone/52/6d/j/o0400030012525144306.jpg" alt="Oa's Report"></a></div></div><br>○館内撮影禁止のため内部の画像はありませぬ^^　これは「石巻ニューゼ」の庇ごしに見た空。
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<pubDate>Sat, 04 May 2013 17:18:52 +0900</pubDate>
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<title>4/27-1 七ケ浜海苔養殖＠星のり店</title>
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<![CDATA[ 　1日目、最初の訪問先は、<a href="http://www.hoshinori.jp/" title="Ctrl+Clickで別タブ">七ケ浜 星のり店</a>。<br>　昼食を振舞われながら、話を伺う。<br>　大きな釜で炊いた飯に、<br>「3時間ほどまえにとってきた」<br>という新鮮なメカブ、我々のために冷凍しておいてくれたという生海苔、鱈を入れた具沢山の味噌汁と、ゆで蟹。その釜は、震災の直後、近隣の人々にも炊き出しをしたものだそうだ。<br>　食事をいただきながら、星さんの話をうかがう。<br>　津波の際、星さんは、船で海へ出ていた。海の上では、地震はほとんど感じなかったらしい。ただ、10m級の波を越えた。<br>　5mの波ならあるが、10mの波はめったにない。その波を越えて、浜に戻ったとき、浜には消防団が待っていて、津波がくる、と教えてくれた。<br>　津波は、高台の自宅の、2m下に留まった。自宅だけは残ったものの、一時期は、<br>「完全に無職になった」<br>　不安な日々だった、という。<br>　被災地応援ファンドとの出会いがあって、海苔養殖・加工の設備再建に着手。七ケ浜のなかでも、早い時期に再出荷にこぎつけた。<br>　星さんの同業仲間の工場も、今年から出荷となる、という。養殖設備、工場、自宅、人によってはご家族も失って。２年経った後の、ようやくの再スタート。３年間は、行政の補助が入るが、その後は独立採算を求められている。新しい工場を３年間で黒字化しなければならない。<br>　復興は始まっているが、完了はしていない。そう、感じた。<br><br><br><div align="center"><div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20130504/01/oakarkone/3e/7f/j/o0400040012524462574.jpg"><img border="0" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20130504/01/oakarkone/3e/7f/j/o0400040012524462574.jpg" alt="One Day Report"></a></div></div>△震災直後には炊き出しで活躍したという釜<br><br><div align="center"><div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20130504/01/oakarkone/ca/ff/j/o0400030012524462575.jpg"><img border="0" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20130504/01/oakarkone/ca/ff/j/o0400030012524462575.jpg" alt="One Day Report"></a></div></div>△星さん宅のある高台から海辺を見る。津波は、この2m下まで迫った。浜に見える新しい建物は共同の海苔加工工場。<br><br><br><a href="http://life.blogmura.com/daishinsai/"><img width="88" height="31" border="0" alt="にほんブログ村 その他生活ブログ 東日本大震災・震災復興へ" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Flife.blogmura.com%2Fdaishinsai%2Fimg%2Fdaishinsai88_31.gif"></a><br><a href="http://life.blogmura.com/daishinsai/">にほんブログ村</a>
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<link>https://ameblo.jp/oakarkone/entry-11523530792.html</link>
<pubDate>Sat, 04 May 2013 01:45:14 +0900</pubDate>
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