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<title>働かなくていい将来のために。</title>
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<description>気が向いたら書く。</description>
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<title>#06</title>
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<![CDATA[ 南から台風、北からミサイルで、一体どこへ逃げればいいのか分からない。<div><br></div><div>そんな中、突如台風の目として政界からネットの世界に姿を表した豊田さんの記者会見が注目されている。</div><div><br></div><div>リークした張本人と思われる「あのハゲ」は、今頃ビール片手にテレビにかぶりついているに違いない。</div><div><br></div><div>さて。そんな豊田さんが世間から再び真っ当な政治家として見られる日は、残念ながら二度とこないだろうが、せっかく会見までするのだから、いっそ丸刈りにして赤ちゃん姿で歌いながら心を叩いて出てくれば面白かったと思う。</div><div><br></div><div>そうすれば、政治家どころか人間として真っ当に見られる日も来なくなるだろう。</div><div><br></div><div>見たいけど。</div><div><br></div>
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<pubDate>Sat, 16 Sep 2017 18:26:30 +0900</pubDate>
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<title>#05</title>
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<![CDATA[ 不倫がお金になる時代になった。<div><br></div><div>毎週のように新しい誰かの不倫がネタにされ、その度に誰かが儲かっている。</div><div><br></div><div>倫理に反する行為とはいえ、それで誰かが儲かり喜んでいると思うと、あながち悪い事でもないように見えるから不思議である。</div><div><br></div><div>テレビをはじめとするメディアでは、連日報道される不倫問題に対して、必ずといっていいほど女性がコメントし「信じられない！」「こんなに毎日報道されてるのに、なぜ！？」と、代わり映えしない事を言っている。</div><div><br></div><div>見る方もいい加減飽きてきたので、いっそのこと不倫報道は月一回にまとめて取り扱ってもらいたいものだ。</div><div><br></div><div><br></div><div>そうなったら、月末が楽しみで仕方ない。</div>
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<pubDate>Thu, 14 Sep 2017 22:12:56 +0900</pubDate>
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<title>#04</title>
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<![CDATA[ <div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto;">昔書いたブログ</span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto;"><br></span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto;">2012年5月24日</span></div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><br></span></div>一体春はどこへ行ってしまったのか？季節をすっ飛ばして一気に夏っぽくなってしまったため、とうとう今年も僕には春が来そうにない。<br><br>しかし、季節を飛ばそうが地球が逆回転しようが動物の本能とは不思議なもので、気温が上がると自然に湧いて出る虫。虫。虫。<br><br><br><br><br><br><br><br><br><br>と、変質者。変質者。変質者。<br><br>昔から小学校では春になると必ず不審者対策のプリントが配られ、ホームルームでは好奇心を擽られるような変態発見情報が多々紹介されたものである。その度に僕は、なぜ自分にはそういった面白そうな人との出会いがないのだろうか？と憤りを感じたものだ。<br><br>毎年この時期になると、未だに当時のことを思い出す。<br>あれは小学校一年生の時である。<br>両親が共働きで帰宅が遅かったため、同じ境遇を背負った友達と放課後に児童館へ通っていた。<br><br>ちょうど温かくなり始め、日が長くなってきたある日の夕方、児童館から自宅へ帰る途中。<br>集団帰宅を命じられていた我々小学生5～6人の一団の前に、一人のサラリーマン風のオヤジが登場した。<br><br>歳は五十代くらいで眼鏡をかけ、小太りの脂ぎったオヤジだった。しかし愛想だけは良く、登場するなり「こんにちは！」と声をかけて来た。<br><br>愛想は良くとも気持ち悪さMAXである。僕らは疑いと警戒の目で投げやりに挨拶だけして、早々に帰ろうとした。<br>だが、オヤジはしつこかった。<br><br>何かどうでもいいような質問をいくつかされたが、どうでもいい事なので覚えてない。それにより数分の足止めを余儀なくされ苛立ちがピークに達した時、オヤジは唐突にこんなことを言ってきた。<br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br>「君たち、オジサンのことテレビで見たことないかい？」<br><br><br><br><br><br><br><br><br><br>「！？」<br><br>我々の眼差しが、疑いから尊敬に変わった瞬間である。小学生の脳みそは、自分が知る以上に簡素な作りになっているに違いない。<br>それまで全く知らない人だったオヤジが、テレビに出ていると聞き、<br>テレビに出ている人＝知ってる人＝大丈夫な人<br>という謎の公式が完成した。<br><br>そうなると、早くもオヤジの思う壷である。<br>僕等は目を輝かせながら、<br>「何の番組に出てるの？」「いつ放送？」「マジカル頭脳パワー出たことある？」<br>と、さっきまでと打って変わってオヤジを質問攻めにした。<br>すると、オヤジは<br><br>「んー…。オジサンはそういう番組じゃなくてCMに出てるんだよ<br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br>パッとサイデリアの」<br><br><br><br>「！！！」<br><br>パッとサイデリアと言えば、誰もが知っているフレーズとメロディでお馴染みだった、あのCMである。知らない人には理解できるまい。<br><br>当時の僕も当然知っており、小林亜星を筆頭に多くの人々が歌を口ずさむ例のCMを真似して、意味もなく歌いまくっていたものだ。<br><br>その具体的な固有名詞に俄然テンションの上がった僕らは、さらにオヤジの魅力に引き寄せられた。<br><br>こうなれば疑う余地もなくなり、オヤジの思う壷どころか独壇場である。<br><br>名もなきエキストラがほとんどだったであろうCMの、一出演者でしかないとはいえ、帰ったら早速テレビで確認しなければと、オヤジの顔を目に焼き付けるのに僕は必死になっていた。<br><br>今思えば、全く持って胡散臭いオヤジである。そんな事にも気がつかない小学生のアタクシ。<br>どこぞのオヤジか分からない変態野郎の顔を目に焼き付けていたのだから、なんとも可愛らしいではないか。<br><br>断っておくと、先に書いたオヤジの特徴が非常に誤解を招きやすいのだが、そのオヤジは小林亜星さんではない。それどころか広告主の新興産業の関係者ですらないであろう、ただの変態である。生粋の。<br><br>それでも僕らは微塵の疑いもなくそのオヤジの話を信じきり、そいつを引き連れしばらく帰宅路を共にした。<br><br>途中、しきりとオヤジは僕らの住所を聞いてきたが、頭のいい上級生は「他所の人には教えられない」と機転を効かせ上手くあしらっていた。彼は、すっかりオヤジの虜となった僕ら下級生とは違い、非常に冷静だった。<br>オヤジが「パッとさいでりあ」とは無関係であると最後まで疑っていた彼は、その疑いを裏付ける証拠を探そうと、様々な質問をしていたと思う。<br>オヤジもこいつが一番の厄介者だと気が付いたらしく、すぐに第二の手段にうってでた。<br><br>通学路にあるスーパーマーケットが見えた頃、オヤジはおもむろに<br><br>「お腹空いてない？」<br><br>といい、僕らにおやつを買ってあげようと告げたのだ。<br><br>本来、この「知らない人に物を貰う」という行為は、不審者対策で禁止されている教えの基本であるが、オヤジの手のひらで小躍りしていた僕らにとっては、願ってもない朗報だった。最早、手のひらの上で盆踊り状態である。<br><br>オヤジがお菓子のパンパンに入ったビニール袋をぶら下げてスーパーから出てきた頃には、一番の厄介者であった上級生のお兄さんも、お菓子というワードに興奮が頂点に達した下級生どもに触発され、飼いならされた犬の如く舌を出してご主人様を待っていたのは言うまでもない。<br><br>それゆえに、お菓子の効果は絶大だったと言えよう。現代の子供にはキャベツ太郎やネルネルネルネの美味さは分かるまい。というか、現代の子供はお菓子一つでは親の言う事すらまともに聞かないだろう。<br><br>お菓子もゲームも飽和しきった現代日本で生まれ育つ平成の鍵っ子達は、それを手懐けたい変態どもの狂った頭を、さらに狂わせていることだろう。<br><br>それに比べて、平成の鍵持たないっ子の僕らを手懐けようと思えば、数百円で片がつくのだから安上がりである。感謝して欲しいものだ。<br><br>後で思い返し、小学生ながら大変に危険な行いであったと反省したものだが、当時の僕らは頭がどうかしていたのだろう。<br><br>きっと、社会で生きる大人の怖さを知らない純粋さだったり、慣れない学校生活からくるストレスだったり、芽生え始めた恋心に対する葛藤だったりが入り乱れて、不安定な精神状態だったからに違いない。<br><br>あと、馬鹿だったからに違いない。<br><br><br><br><br>馬鹿全員が一つずつお菓子を受け取ると、馬鹿みたいに馬鹿喜びし、馬鹿ヅラを引っさげてオヤジに御礼を言った。<br><br>その後、各々の家に向かうため、スーパーの前でオヤジに見送られ、散り散りに帰って行った。<br><br>僕は家が近い友達と二人で並んで帰った。友達は早速お菓子の袋を開けオヤジの恩恵に与っていたのだが、僕はというと家に帰ってから兄貴の目の前で自慢げに食べるという目論見があったために我慢していた。<br><br><br><br>家に着くなり、僕は母親と兄を前にお菓子を高々と掲げて事のあらましを事細かに演説した。<br><br>計画では演説終了と同時に封を切り、<br>「見よ！愚民共！これがそのパッとサイデリアのCMに絶賛出演中の有名人から頂戴したお菓子だ」と食べ始めるはずだったのだが、演説を聞いていた母親の顔色が一変。<br>演説終了と同時にお菓子は没収され、鬼の形相で取り調べが行われた後、関係者各位の家に緊急連絡が行き渡るという事の顛末を、ただ呆然と眺める事となった。<br><br>計画が台無しになったのはもちろん、その後「何が入っているか分からない」という至極当たり前の判決が下り、自らの手でそのお菓子をゴミ箱に捨てに行くという重い刑が課せられた。<br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br>後にも先にも、あんなに泣きながら歩いた２メートルは無い。<br><br><br><br>「燃えないゴミ」と書かれた箱に投げ入れた「燃えないゴミ」はさっきまで「ひもQ」と呼ばれていたはずだったが、自分の手を離れた時からそれは紛れもなくゴミと化した。<br><br>食べ物を粗末に扱ってはならないと耳が腐るほど教えられ、本当に耳が腐り始めていたためか、未開封のお菓子を捨てるのは子供ながらにショッキングであった。<br><br>しかし、その数年後にはカード入りスナックのカードだけを取り出し、肝心のお菓子を平気な顔で捨てられるようになったのも、その時の経験があったからに違いない。<br><br>あと、馬鹿だったからに違いない。<br><br>結局のところ、その一件に関わった友達全員が、ことの成り行きを親に自慢話の如く洗いざらい白状したおかげで、オヤジは瞬く間に時の人となった。パッとサイデリアのCMに出ていた本物のエキストラより有名になったと言えよう。<br><br>後に聞いた話では、オヤジは僕らの背中を見送ったあと、その中にいた唯一の女の子が一人になったや否や、執拗に付け回し、あげくには家の前まで押しかけ、部屋に入らせてもらえないかと要求していたそうだ。<br><br>幸い、近所の人が不審に思い声をかけたところで、逃げるように去って行ったそうだ。<br><br>確かにあれで終わってしまっては、子供にお菓子を買って配ったただのつまらない不審者であった。オヤジは最後の最後に、変態が変態たる所以を存分に見せつけたと言えよう。<br>ただの不審者から立派な変態へと成長を遂げたオヤジのその時の眼差しは、あの脂ぎった顔よりも輝いていたことと思われる。<br><br>欲望と歯と眼球を剥き出しにしながら、干支が三周以上も歳の離れた女の子に懇願する姿は、目も当てられない程に変態チックだったことだろう。<br><br>数日後、学校と児童館から出される不審者情報のリストに晴れて仲間入りしたオヤジは、今一体どうしているのだろうか…。<br><br>一方の僕はというと、「ゴミ箱にちゃんと捨てられた」と猿の調教のようなご褒美に母親から別のお菓子を買い与えられ、大喜びでひもQのショックから見事に立ち直った。<br><br>後日、15秒のCMに淡い期待を寄せながらテレビを食い入るように見つめていた僕の奇行は数日間に渡り続いたが、結果がどうだったのかは思い出したくもない。<br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br>あぁ！出てませんでしたとも！</span>
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<pubDate>Wed, 09 Aug 2017 17:19:18 +0900</pubDate>
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<title>#03</title>
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<![CDATA[ <div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">ほとほと自分のダメさ加減に嫌気がさすことが多い。&nbsp;</span></div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><br>ぼんやりしているわけではないのに、やたらケアレスミスが多くなって来た。<br><br>最近では、仕事で作った資料の日付と曜日が滅茶苦茶だった、なんてことは日常茶飯事だし、漢字の読み間違いや、勘違いも増えた。</span><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><br>あと、仕事の関係で顔なじみの渡辺さんという方が、本当は「亀山さん」という名前だったことが最近判明し恥をかいた。&nbsp;<br><br>そんなダメさ加減を表現するとき、よく「ポンコツ」という言い方をする。&nbsp;<br>褒められたことでもないのだが、自分で自分のことをポンコツだと自負する僕から言わせれば、こんなにも音と意味合いがマッチした言葉は無い。&nbsp;<br><br>ピンとこない方は、実際に口に出してみるといい。&nbsp;<br>何とも言えないみっともない響きと、妙に冴えない印象が、この言葉の意味するダメっぷりを如実に示している。&nbsp;<br><br>この言葉と向き合っているとき、僕は愛おしさすら感じるから堪らない。&nbsp;<br><br>しかし、日に一回は口にするこの言葉の使い方がもし間違っていたら、最初に言い始めた人に失礼なので、ちゃんと調べてみることにした。「ちゃんと」といってもポンコツなので広辞苑や百科事典をひくようなマネはせず、ネットに頼っていることは言うまでも無い。&nbsp;<br><br>驚いたことに、由緒正しいネットの語源・由来検索エンジンによるポンコツの起源は、&nbsp;<br>―「げんこつ」を聞き間違えたことに由来する―&nbsp;<br>とあり、まずこの言葉を使い始めた奴の耳が正真正銘「ポンコツ」であったことが、ここに露になったのだ。&nbsp;<br><br>以来、多少の失敗やショックにも、ひとりで立ち直れる力を得た気がするので、良しとしている。&nbsp;<br><br>何度口ずさんでみても、未だ「げん」を「ポン」に聞き間違うことがない。というか、どう考えても聞き間違うわけが無い。&nbsp;<br><br>別の有力説に、擬音説があると言われている。昭和の作家である、阿川弘之による新聞小説の一説に、&nbsp;<br>「ぽつん、こつん。ぽん、こつん。ポンコツ屋はタガネとハンマーで、日がな一日古自動車を叩き壊している」とあり、ここから世間一般に使えない車をポンコツ車という風潮が広まったのではないか、というのだ。&nbsp;<br><br>これにしてもおかしな話である。&nbsp;<br>使えない車をポンコツ車と、誰が言ったわけでも無いのに、ポンコツ屋さんが古自動車を叩き壊していただけでポンコツ呼ばわりとは、何とも安易でならない。&nbsp;<br><br>もっと言えば、車をハンマーでぶっ壊すのにポツンもコツンもあったものではない。&nbsp;<br>「ドカン」とか「ガシャン」とか、それ相応の表現がなかったのか甚だ疑問でならない。&nbsp;<br><br>なので、まず車を壊す表現をポツンだのコツンだのにした阿川弘之の表現力が正真正銘「ポンコツ」だったことが、ここに露になったといえようウソ。&nbsp;<br>阿川先生ゴメンナサイ。作品は一度も呼んだことがないので、今度ブックオフで見かけた際には買います。105円だったら買います。&nbsp;<br><br><br>さて、ここまで熱弁をふるっておいて失礼極まりないのだが、読んでの通り語源・由来検索エンジンからはポンコツの真の意味を全く見出せていないのが現実である。&nbsp;<br>念のため、信頼と実績のWikipediaで調べてみたところ【自動車の解体から転じて、老朽化したり、使い古したり、壊れたりした物または人】とあった。&nbsp;<br>これによれば、人間はいずれ誰もがコレになることが保障されているということである。&nbsp;<br><br>なので、ご安心いただきたい。なにせWikipediaの言うことなのだから間違いない。僕も焦らずに、自分のダメさ加減と向き合いながら、前向きなポンコツになっていこうと思う。&nbsp;<br><br><br><br>その前に、阿川先生のファンにハンマーでぶっ壊されませんよーに、、と。</span></div>
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<pubDate>Tue, 01 Aug 2017 00:46:59 +0900</pubDate>
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<title>#02</title>
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<![CDATA[ <span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">馬鹿は高いところが好きだと言われている。裏を返せば「高い所が好きな人はほとんど馬鹿」とも言えよう。</span><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><br>最も、高いところがすこぶる苦手な俺からすれば、頭が良かろうが悪かろうが、高い所に行きたがるヤツは総じて馬鹿っぽく見える。<br><br>アメリカやヨーロッパを中心に作られるビックリ映像には、必ずと言って良いほどスカイダイビングやらバンジージャンプが入っているが、あのような記録にチャレンジするヤツらは、総じて馬鹿っぽい。<br><br>そして、彼等は無事に着地するや否やウイスキーやテキーラみたいな馬鹿みたいに度の強い酒を一気飲みし、馬鹿みたいに奇声を発して、朝まで馬鹿騒ぎするに違いない。見た事はないが、きっとそうに違いない。<br><br>更に言うと、そういうヤツに限って「飛んだら人生観変わるって！」と決まり文句のように言うのだが、俺に言わせれば「たかだか空から落っこちてきたくらいで変わってしまう程の人生観しか持ち合わせていなかったのか」と嘆きたくなる。<br><br>それくらい高いところが苦手なのだ。<br><br>従って、馬鹿は高いところが好きと最初に決め付けた人は、間違いなく俺と同じように高所恐怖症だったことだろう。<br><br>だが、そう思う反面、あの思い切りの良さには、やはり爽快感を感じてしまう部分もある。<br>あのようなチャレンジには少なからず危険がつきものだということは十分理解できるため、その勇気には驚かされることが多い。<br><br>おそらくは勇気だけでなく、それを裏付ける豊富な経験や知識がなければならないだろうし、時には運も味方に付けなければならないだろう。<br>それら全てが備わった者だけが、命を落す危険を顧みず思い切って飛び込んで行けるのだろう。<br>馬鹿には変わりないが自分には到底無理だと思うと、凄いと言うしかない。凄い馬鹿である。<br><br>海外だけでなく日本でも、古来から思い切った決断をする時に「清水の舞台から飛び降りる」という表現をするように、高い所から飛ぶことはその勢いを示すバロメータなのだ。<br><br>だが。なぜ清水の舞台なのか。<br><br>飛んだこともなければ、何メートルあるのかもピンとこない清水の舞台よりも、六本木ヒルズの屋上とか、スカイツリーのてっぺんとか、もっと思い切りのよさそうな…と言うか誰がどう見ても思い切った感じの高さから飛ばした方がいいに決まっているのに、だ。<br><br>だいたい清水の舞台は本当に思い切らなければ飛べないのか？甚だ疑問でならない。ただ一つだけ言えることは、俺は絶対に飛ばないということだけである。<br><br>さて、かの清水寺は京都観光の中でも外せない名所であるが故に、知らない人は少なかろう。説明するまでもないのだが、「清水の舞台」とは清水寺にある舞台のことである。山の中間あたりに、本堂が建てられ、 その本堂の手前に広い舞台がある。下までの高さが約１３メートルあるそうだ。5階だてのビルくらいだろうか。知らないけど、それくらいに違いない。<br><br>江戸時代には本堂の観音様にお願い事をして、その満願（まんがん）の日に、この舞台から飛び降りた人が実際にいたようだ。<br>死んでしまっては元も子もないのに、わざわざ願掛けをしてから飛び降りるのだ。馬鹿としか言いようがない。<br><br>それ以上に、自らの健康を満願成就させて飛び降りて行った奴が不憫でならない。<br>「観音様。この一年もお陰様で健康無事に終えることができました。ありがとうございます！」と言って飛んで行く姿を想像するだけで、胸が痛む。横になりたいくらいである。<br><br>ここで、ひとつ気になるのが、清水の舞台から飛び降りるとどれくらい危険なのか、ということである。<br>なにせ13メートルである。かすり傷程度では済まないことなど容易に想像できる。<br><br>気になって調べてみると、清水寺に残されている古文書の解析調査では、江戸時代における約150年間に234件もの飛び降りが発生していたことが分かったそうだ。<br><br>気になる生存率は85.4%で、10～20代に限ると90%を超えている。<br>ちなみに、60歳以上で飛んだのは6人いたそうだが、残念ながら全員死亡したそうだ。<br><br>つまるところ、5人に1人は満願成就の後、死んでいったことになる。<br>逆に、生き残ったヤツは大怪我を追い、めでたく満願叶って世間からの冷ややかな視線を浴びながら残りの人生を過ごしていったのだ。<br><br>更に調べていくと、飛び降りたそのほとんどが京都に住む人間だったものの、中には東北や中国地方からわざわざ飛びにくる猛者がいたことが分かった。<br>恐らく、このくらいの輩ともなると、自殺願望が一際強いか、余程の目立ちたがりか、希代の馬鹿だったことだろう。<br><br>今とは違い交通手段が発達していない中、何日もかけて京都を目指す目的が「清水の舞台から飛び降りたい」では親も泣くに泣けなかっただろう。<br>もしかしたら、親の大病が治るようにと願掛けをしたかもしれないが、ならば最寄りの病院へ行ったほうが余程親孝行だったと思われる。とんでもない馬鹿息子である。涙が止まらない。<br><br>さて。ここで改めて考えたいのは、この80%を超す生存率である。思い切りのよさを表すバロメーターとして、果たして妥当なのだろうか。<br>先述したような、六本木ヒルズやスカイツリーから飛び降りようものなら、生存率は0%に決まっている。誰か飛び降りて検証したヤツがいるのかどうか知らないが、絶対に生きてはいられまい。<br><br>そう考えると、この13メートルという中途半端極まりない数字が、妙なリアルさを持っているように思えてならない。<br>ということは、清水寺自体は"思い切り"と何ら関わりがないのであろうか。<br><br>いや、それでは清水の舞台からわざわざ飛ばさなくてもよかったはずである。<br><br>「清水寺だからこそ、思い切らなければ飛べるまい」と自信を持って言えてこそ、今回のこの疑問に着地点が見つかると言えるのだ。<br>無事に着地できるかどうか分からないが、ここはひとつ清水の舞台から飛び降りるつもりで書き進めていこうと思う。<br><br>我ながら思い切ったものだ。<br><br>インターネットの進歩で調べ物が楽になったとはいえ、自分の知りたい情報をピンポイントで探すのは一苦労である。<br>試しに13メートル級の建物を検索させてみたが、毎度重宝しているGoogleですら、ついにそれを見つけることはできなかった。<br><br>唯一見つけたのは、木下大サーカスの空中ブランコが、ちょうど目当ての13メートルということだけであり、むしろ木下さんに御礼を言わなければならない。<br><br>貴重な情報源をフルに活用してみると、木下大サーカスによれば13メートルという高さは人間が最も恐怖を感じる高さだそうだ。<br>いったい誰が決めたのか定かではないが、木下大サーカスが言うのだから間違いない。<br>見に行った事は一度もないが、今度近くで公演がある折には、親戚一同を引き連れて、借金してでも見に行きたいと思う。<br><br>この木下論から言えば、清水の舞台から飛び降りた者は、人間最大の恐怖に打ち勝った者であると言えよう。<br><br>もう一歩踏み込んでみると、空中ブランコと清水の舞台からの飛び降りには、大きな違いがある事が分かる。<br><br>空中ブランコには、文字通りブランコが付いている。もちろん、エンターテイメントであるから、手を離したり、宙返りをしたりと、常人では真似できないパフォーマンスも付帯する。<br>しかし、これは日々の鍛錬と洗練された技術の賜物である。<br>まして、満貫を成就させた折に始めてブランコに挑むわけでもない。<br><br>それに比べて、清水寺から落ちていった馬鹿者達は、NO練習、NOリハーサルである。<br>恐怖に打ち勝った途端に怪我をするか、あるいは死んでしまうのだ。度々でもうしわが、馬鹿としか言いようがないのだ。<br>そしてここに、清水寺であるという付加価値が隠れていると思えて仕方がない。<br><br>寺はもちろん仏教の仏閣である。仏教徒にとってはもちろん、信仰のない自分にとっても神聖な場所だということは分かっている。<br>その神聖な場所の中でも最も神聖な観音様の御膳で、あろうことか飛び降りを実行することに、なんのためらいも感じない馬鹿どもにロマンすら感じられる。<br><br>間違いない。<br><br>彼らは正真正銘、思い切ったことをしたのだ。<br>かの木下大サーカスも、シルクドソレイユも、落ちれば失敗として汚点を残す。<br>しかし、清水の猛者達は違う。彼らにとっては落ちることこそ目的であり、また、名誉だったのかも知れない。<br>そこには、紛れもなく清水寺でなければならないという強い意志さえ感じられる。<br><br>それ以外の場所からいくら飛び降りたとしても、何も意味をなさないのだ。<br>江戸時代から脈々と受け継がれ、そして多くの馬鹿達が築き上げてきたものであり、昨日今日できたものではない。<br><br>馬鹿は高いところが好きだと思っていた。しかし、今は違う。<br>俺は高いところにいる馬鹿が、好きなのだ。そうでなければ、こんなにも熱く語れまい。<br><br>でも、俺は絶対に飛ばないし、飛行機も嫌いだし、透明のガラス張りのエレベーターも嫌いだし、ついでにピーマンも好きになれない。<br><br>今度食卓にピーマンが並んだ暁には、清水の舞台から飛び降りる覚悟で、窓から投げ捨ててみようと思う。</span></div>
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<pubDate>Sat, 29 Jul 2017 23:33:59 +0900</pubDate>
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<title>#01</title>
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<![CDATA[ <div id="EA05AF55-45AC-4D0E-BA5F-DDB00F1DF0CA"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20170727/22/oasis-mdrkw77/32/7b/j/o0480036013991924918.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20170727/22/oasis-mdrkw77/32/7b/j/o0480036013991924918.jpg" border="0" width="400" height="300" alt="{EA05AF55-45AC-4D0E-BA5F-DDB00F1DF0CA}"></a></div><br><div>一歳の娘の聖域。</div><div><br></div><div>今日は、よく片付いている。</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><div id="EB83D445-2AAF-4322-BB59-676B9C932426"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20170727/22/oasis-mdrkw77/16/2b/j/o0480036013991924928.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20170727/22/oasis-mdrkw77/16/2b/j/o0480036013991924928.jpg" border="0" width="400" height="300" alt="{EB83D445-2AAF-4322-BB59-676B9C932426}"></a></div><div><br></div>どうせママが片付けたに違いないし、すぐに全部ひっくり返される。</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><div id="7D7487BF-2694-4D37-83D3-1B63626D41C2"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20170727/22/oasis-mdrkw77/6c/b7/j/o0480036013991924939.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20170727/22/oasis-mdrkw77/6c/b7/j/o0480036013991924939.jpg" border="0" width="400" height="300" alt="{7D7487BF-2694-4D37-83D3-1B63626D41C2}"></a></div><br>にしても、これは いつ読むんだろうか。<br><br></div>
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<pubDate>Thu, 27 Jul 2017 22:02:00 +0900</pubDate>
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