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<title>ダブルチーズバーカーのセット。飲み物はファンタで♪</title>
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<description>あたまのなかをことばに♪</description>
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<title>興味と生ビール</title>
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<![CDATA[ 目の前にお刺身と唐揚げ。挽き肉が詰まったピーマンとパリパリのきゅうりのスティック。その横にキンキンに冷えた生ビールが置かれている。<br>『かんぱーい！』<br>久しぶりに飲み屋さんでお酒を飲んだ。自分の最寄り駅に来てもらって飲んだのだが、ずっとお酒を飲んでいないものだから、もちろん気の利いた店も知らないし、お店の閉店時間も知らなければ、二件目も探せなかった。<br><br>歳のせいなのかな。物事を意識をしないと余計な情報は目や頭には入っては来ないし入ってきても定着はしない。<br><br>何年か前の事だが、歯が痛くなるまで歯医者さんの場所を知らなかった。痛くなって実際に通うようになると他の歯医者さんの場所さえも気にするようになった『あぁ、こんな所にも歯医者さんがあったんだ』という具合に。<br><br>パソコンも興味がある事は調べる。CGソフトの使い方やビデオ編集のやり方。まぁ、飽きっぽいので興味を失うと、すぐに忘れてしまうのだが。<br><br>好きな人ができるとデートスポットを調べたり、美味しい食べ物やさんを調べたりもする。<br><br>……うん？<br><br>それは美味しい食べ物やデートスポットに興味が湧いた訳ではなく、その相手に興味があって、その相手と楽しい時間を共有する手段として、その場所に出掛けたいから興味が湧いた。が正しいのかな。<br><br>そもそも好きな相手が居たら、その方の考え方や性格を知りたくなる。その方自体に興味がたくさん湧くからだ。それどころか逆に自分に興味を持って欲しくもなる。<br><br>そう考えると好きな人が側に居るということは凄い力にもなるし、とても素敵な事なのだろうと思う。<br><br>もちろん好きな人、大切な人が異性の恋い焦がれる方ではなくて、同じように大切な家族や友人でも一緒だと思う。<br><br>久しぶりに飲んだ生ビールは、とても美味しかった。<br><br>『また飲みたい』とさえ思ってしまった。<br><br>再びお酒にも興味が湧いたのだろうか？<br><br>いや、ご一緒して下さった方に興味が湧いたからなのだろう。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/ogu-310/entry-12174830691.html</link>
<pubDate>Mon, 27 Jun 2016 08:19:02 +0900</pubDate>
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<title>想いと重い</title>
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<![CDATA[ 今朝、実家に行こうかと思ってメールで連絡をしたら、母親から『大丈夫だけど、転んで怪我をしたから外は出られない』との返事だった。<br><br> 何度かメールで、やり取りをしてみると『レントゲン』やら『救急車』といった物騒な単語が出てくるではないか。でも、最後には『大丈夫』と入れてくる。<br><br> どうやら自転車で転んで、どこかに頭を打ったらしく、念のため救急車で病院に行ったらしい。<br><br> 当たり前だが、時間が進む。こうしている間にも１分、１時間、１日と過ぎていく。<br><br> 人は時と共に老いていく。いや、他の生物も全てが老いていく。死がゴールなのだとしたら、確実にそこへ向かっている。<br><br> それはとても厳しい。<br><br> 昔どこかで聞いたなぞなぞ。生まれたときは４本で次に２本になって、その次には３本になる。そして最後は四本になる。これなんだ？ <br><br> 答えは人間だった。ヨチヨチ歩いて２本足で立ち、老いて杖をつき、またヨチヨチ歩く。<br><br> メールの最後で母親に『来週、来てくれ』と言われ、そうしようかと思っていたのだけれど、これを書いていて無性に実家に帰りたくなった。<br><br> メールの途中から心配されるのが嫌なのだろう。そっけない文書だったりしていた。<br> <br>こっちも『ちゃんと牛乳飲んでる』『なんでその日に連絡しないの？』とまるでこっちが親のような感じが良くなかった。自分が子供に心配されることを考えたらとても情けなく思う。それは良くなかった。<br><br> 人に対する想い、それを表すのは難しい。状況や立場もあるし、表に出して良い想いの重さもある。<br><br> 母親に『今日は行かない』とは言ったけれど、いまから何気なく顔を出してみよう。<br><br> 喧嘩にならないようにするつもりだけれど、親が怪我をしたら会いに行きたくなるよう、そんな優しさを持たせてくれたのは両親なのだから。<br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/ogu-310/entry-12161882098.html</link>
<pubDate>Thu, 19 May 2016 12:37:44 +0900</pubDate>
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<title>信頼と思惑</title>
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<![CDATA[ 目の前にamazonのロゴの入った段ボールと新品のハードディスクが置かれている。<br>その段ボールは『ドラえもんラッキーBOX』<br>箱にドラえもんの漫画が描かれているだけで、なぜラッキーなのかはわからない。<br><br>すっかり魅了されている。<br><br>ネットで検索すると上位に出てくる総合ショッピングサイトのamazonに……。<br><br>ページを見ているだけで一時間は軽く過ぎてしまう。自分のamazonに対する信頼は厚い。<br><br>なにしろ夜中の三時に注文した商品がその日のうちに届いてしまうのだから。<br><br>家の近くにamazonの倉庫があるのかい？<br><br>ネットショッピングは実店舗より安い物が探せる。しかし手元に届くのに時間がかかる、かかり過ぎる。<br>そのイメージが一新された。<br><br>ネットショッピング特有の送料（商品が安くても送料が高いから結果トントンだったりもする）それが殆どの商品において少額から無料で発送してくれるところも好感がもてる。<br><br>別段、amazonは特に価格が安い訳でもないが、一度検索して商品をクリックすると、すぐに『こんなのどうですか？』と類似品をメールで教えてくれる。<br><br>こちらは当然欲しい物をクリックしているわけだから、似たような商品があればメールからamazonへ一気に飛んでいってしまう。<br>そこで再び商品をクリックするか『カートへGo！』で一気にゴール。<br><br>向こうはいろんなことを知っている。<br><br>ps4のソフトをクリックすると<br><br>『あっ、この人ps4を持っているのか。ゲームはアクション系が好きらしいから、この新作のアクションゲームはどうかしら……』<br><br>暖房機器をクリックすると<br><br>『えっ、暖房が壊れたの？ 可哀想に寒い日々を送っているのね……。ねぇ、この暖房機器は最高よ。きっと暖かい生活が送れるわ！ それまでどうか風邪をひかないでね』<br><br>商品をクリックする度に、自分の生活スタイルや趣味思考がただ漏れる。<br><br>おそらく毎月、いつ頃に商品を買うのかもわかっているはずだから、給料日も知られているだろう。<br><br>もう有能な秘書、もしくは最愛の人レベル。<br><br>他人が自分のことを全て知るなんて不可能だ。<br>妻だろうが、恋人だろうがおそらく自分のことを知っていても60％くらい。仕事場の人は20％かな。<br>人がそれぞれ持っている闇の部分は出さないし、欲望も全て伝えない。<br><br>対人間なら互いに歩み寄り、譲歩もするが、amazonは自分に合わせてくれる。<br><br>映画が観たいと言えば<br><br>『えー、わたしこの映画が観たいのにー』<br><br>なんてことは絶対に言わない。<br><br>『ねぇ、こんな映画好きでしょ♪ あ、この前探していたソファはどう？ それに座りながらこの映画を観ると最高よ！』<br><br>さっと個人の趣味に合わせた映画を差し出してくれて、そのうえ視聴する環境にも気を配ってくれる。<br><br>クリックする度に知ってもらえる。<br><br>まぁ別の観点から見ると、とても怖いことなのだけれど。<br><br>寂しがりでわがまま、そのうえ出不精な自分には丁度よい。<br><br>もう一個ハードディスクを買おうかな……。<br><br>きっと仕事から帰ってパソコンを開くとメールが入っていることだろう。<br><br>『あ、テレビ用にもう一個ハードディスクを買いませんか？』<br><br>『よく気がついたね。そう、迷っているんだよ。テレビ用にさぁ……』<br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/ogu-310/entry-12140080628.html</link>
<pubDate>Thu, 17 Mar 2016 09:58:28 +0900</pubDate>
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<title>目線と安心</title>
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<![CDATA[ 動物は鏡を見て自分を認識するのだろうか？<br>自分は飼い主と姿形が違うことを。<br><br>飼い主の家族、子供くらいに思っていた動物がいたら、かれは鏡を見て自分の容姿に少なからずショックを受けないのだろうか？<br><br>もちろん自分の体は鏡を見なくても手足や胴体は自分の目で見えるだろう。<br>『自分はなんか飼い主と違うぞ……』<br>それでも鏡を見れば完全に飼い主と違うということがわかるだろう。僅かな希望も吹き飛ぶはずだ。<br><br>『動物はそんな思考はない』<br><br>そう言われれば見も蓋もないが、その苦悩や葛藤を越えても飼い主に従順になれるのは、飼い主のことがとても好きなのだろう。そこには愛情があるのだろう。そう思えば余計にこちらも愛しくなれる。<br><br>見方、視点、目線。<br><br>善と悪。悪は視点を替えれば善になる。<br><br>捕食される動物の視点から見たら人間は悪だろう。だが空から異星人が攻めてきて人間を捕食したら？ <br><br>もちろんそれも悪だ。<br><br>その異星人が母星を失い、やむを得ず地球人を捕食するものだとしても悪。<br>異星人の子供たちから見たら、かれらはヒーローであり正義なのに、地球の子供たちから見たら、ただの恐怖の対象で絶対的な悪でしかない。<br><br>どの立場から見るか。<br><br>学位の頃、三角柱の形を見させられ、<br>『上から見たらどう見える？ 横から見たらどう見える？』<br>三角形に見えたり四角形に見えた。<br><br>見方によって形が変わることを学んだ。<br><br>『物事は一方的に見ないで全体を見るようにしなさい』<br><br>授業の最後に、そんな風に先生が言っていたことを思い出した。<br>
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<link>https://ameblo.jp/ogu-310/entry-12138252140.html</link>
<pubDate>Sat, 12 Mar 2016 04:05:53 +0900</pubDate>
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<title>子供と大人</title>
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<![CDATA[ 今日は仕事が休みだったので次男と二人で実家へと出掛けた。車で30分くらいの距離。昼過ぎに着くと母親が出迎えてくれた。<br>『お腹すいてる？』<br>『うん、起きたばかりだから』<br>雑談をしながら近くの回転寿司へと向かう。ちなみに最近の会話は健康に関することばかりだ。<br>『水素水が良いらしいよ』<br>『玉ねぎのなんかを飲んでるわよ』<br>『活性酸素を……』<br>そんな話は勿論、次男には興味がないのだろう。ミラー越しに顔を覗くと窓の外をぼんやりと見ていた。<br><br>母親は月に一度は実家に呼んでくれる。お寿司をご馳走してくれて、食料品などを買ってくれる。たいてい一緒に子供を連れていくのだが、最近では用事がなくてもついてこない場合の方が多い。<br><br>帰り道は必ず両親に感謝の気持ちと申し訳ない気持ちが溢れてくる。いい歳をして至らない点が多々あるので両親には未だに心配、辛労をかけているためだ。<br><br>親と子って特別だと思う。自分に子供がいても親の前では自分が子供になる。その場にいる子供からみたら自分が親なのに。<br><br>何食わぬ顔で居酒屋の暖簾をくぐろうが、映画館のチケット売り場で大人の料金を払おうが、いくら外見が年老いても親の前では子供になる。そこには安心感があるのだと思う。<br><br>ほんの少し前まで洋服や靴を泥だらけにしながら家に帰っていた。家に帰れば温かいご飯が待っていた。夜になれば白い天井を見つめながら目を閉じる。両親の保護下にあった。手を伸ばせば届きそうな距離。昨日よりちょっと前のこと。<br><br>結婚して家庭を持ち、実家を出て何十年も経った。親と会うのは月一の数時間。自分の子供も家がベースになってはいるが、それぞれが日々を送っているので、昔みたいに一緒に遊んだり話したりする機会が減っている。<br><br>そう考えると親と子といっても一緒に過ごす時間って思いのほか少ない。<br><br>隣の街なのに月に一度。<br>一緒に住んでいるのに丸一日会話することもなかったり。<br><br>帰宅後、子供と一緒にやるためにps4の『マインクラフト』というゲームを買ってみた。<br><br>『三角ボタン押して』『L2ボタンを押すの！』その都度テレビのゲーム画面から視線を外してコントローラーをのぞきこむ。首と肩がなんだかもの凄く疲れた。<br><br>昔のゲームはボタンが少なかったのにな……。<br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/ogu-310/entry-12134317468.html</link>
<pubDate>Tue, 01 Mar 2016 02:55:59 +0900</pubDate>
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<title>洗濯機と宝物</title>
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<![CDATA[ 長年使っていた洗濯機が壊れた。去年、冷蔵庫が壊れたばかりなのに……。<br>どうやら脱水がダメらしい。その結果、毎日乾燥機がフル稼働。ましてやこの季節は暖房器具が複数台稼働中で、すぐにブレーカーが落ちてしまう。<br>数日前に電気屋で洗濯機を注文した。配送日の午前中に洗濯機をどかしてみると真っ黒なカビと片方だけの靴下等、ゴミだらけだった。<br>ハイターを辺り一面に噴射。ついでに洗面台と浴室にも。<br><br>要らないものを捨てるのが好きだ。というよりは使わないものがあることが嫌なのだ。汚いのも嫌。<br>その傾向は歳を重ねる毎に酷くなってきた。<br>汚いと『あぁー』っとなってくる。<br><br>先日、長年取っておいた想い出の品物まで捨ててしまった。<br>『これは自分が死んだら誰がみるのだろう？』<br>例えば写真。ほんの数枚なら子供が父親の子供の頃の写真をみる機会もあるだろう。だが何百枚なんて誰がみる？ <br>他にも小学校の時のランドセル、集めたコインや清涼飲料水の王冠、好きだったバンドのポスターやグッズ。他人からみたらガラクタ同然の品物ばかり。<br><br>ふと思ったのだが、ちょうど世代的に写真が沢山あるのだろう。子供の頃は一般家庭にカメラが普及した時分。<br>いまはデジタルで保存しているので、まず印刷することもなく、うちの子供たちの写真はカードの中に入りっぱなしだ。<br><br>宝物はディズニーの缶の中に入れておいた。数年振りに蓋を開けると、ふわぁっと想い出が撒き上がる。少しばかり歯痒く切ない気持ちになるのは何故だろう。それでも綺麗好きが現実に引き戻す。<br><br>あの頃、缶の中に大切な品物を入れた自分と今それらを捨てる自分。夢や希望がかすれて心のなかが冷めたのだろうか。<br><br>まぁいいや。今日は洗面所がとても綺麗だから。<br><br><br><br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/ogu-310/entry-12133610066.html</link>
<pubDate>Sun, 28 Feb 2016 04:59:24 +0900</pubDate>
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