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<title>岡本長明のブログ</title>
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<description>小説を中心に投稿していきます。</description>
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<title>フネルの伝説（13）</title>
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<![CDATA[ <div>　　無名道士</div><div><br></div><div>ここで一つ、特筆しなければならないことがある。</div><div>メジュール道士（または無名道士）についてである。時をさかのぼってしまうが、この人物は、物語を進めていく上で語らなければならないため、ここに書くことにする。</div><div>　また、この時機に記す理由については、この人物が、西国の長ドウカの死に関して深く関わっているからで、多少の混乱は許容していただきたい。</div><div><br></div><div>　メジュール道士は、フネルが生まれたのとほぼ同時期、またはハディープで獣による大虐殺が行われた少し後、首都ダノァから遠く離れた片田舎に突然現れた。村の者の話では、誰の子というわけでもなく、突然現れたようである。</div><div><br></div><div>　歳はまだ若いが、青年でもない。背が高く、紅顔、愁眉、非常に美しい姿であった。また彼はあらゆる学問に通じ、占いも行った。何よりも彼が人々の注目を集めたのは、彼が行う奇跡の数々だった。あるときは、脚が悪く、もう二度と立ち上がれない、と医者に言われていた老婆の脚を治し、再び歩かせ、またあるときは、獣に襲われて瀕死になっていた男を治療し、数日で元気にさせた。</div><div>　例を上げればきりがないし、中には事実かどうかもわからないような、人々が作り上げた話も混ざっているかもしれないが、要するに、ありもしない話が噂されるくらい、彼の名声はあっという間に広まったのである。</div><div><br></div><div>　道士はまた、その博識を活かして子どもたちを教える先生をしたり、人並み外れた剣術を人々に教えたり、またある時には、恐怖におののく心を救う、という内容で人々の心を癒やすこともあった。もはや一つの宗教であり、布教活動になっていき、彼の周りには、周辺の村々から人が集まった。</div><div>　執政サハウルは彼のことを耳にし、一度首都に呼んだ。どれほどの人物なのか、と。その場にはドウカを含め、西国の首脳が多く集まり、各々が道士に質問を投げかけた。</div><div>　はじめに質問を投げかけたのは、サハウルの次に力を持っていた宿老ジアだった。彼はゆっくりと立ちあがり、長い白ひげを動かしながら話した。</div><div>「ついこの間、ハディープが獣によって破壊されたのは知っているだろう。我々は獣に脅かされているが、これをどのようにして防ぐか。」</div><div>「ハディープを破壊したとはいえ、所詮は動物です。恐れるには値しません。まずは防壁を高く築き、守りを万全にする必要があります。あとは食べ物などで釣ればよろしい。」</div><div>　次に立ち上がったのは、当時の、事実上の軍最高司令官、ヒシャムだった。</div><div>「我々は、長年、東のタービヤ王国と対立している。これ以上の対立は、双方にとって何も得がない。いかがするか。」</div><div>「小さく見れば、しばらくの心配はありません。大きく見れば、滅びるのは必至でしょう。」</div><div>　ヒシャムは顔を鬼のように赤くして、怒鳴った。</div><div>「どういう意味だ！滅びるとは、どういう理由だ！」</div><div>「まあ、そう怒らないでください。両王国の成立、歴史を大局的に見るに、天変地異でも起こるか、いずれかの国でよほどの暗君が立たないかぎりは、両国共に、二十年は滅びないでしょう。しかし、この先、どうなるかはまだ分かりません。歴史を動かすのは人でも気候でもなく、人智を超えた、世界の根底に流れる力なのですから。」</div><div>「それは、神のことか。」</div><div>「ある者はそう呼び、ある者はそう呼びません。」</div><div>　次に質問をしたのは、天才と呼ばれ、若くしてドウカから信頼を勝ちとり、執政の職についているサハウルだった。</div><div>「人とは、何か。何のために生き、何のために戦うのか。」</div><div>「人とは、用いるものであり、用いられるもの。なんとも愚かで、裏切りを生業とする、浅ましい生き物。土から生まれ、土に帰る、動物。戦う理由、それは、人間の心に元々備わっている闘争本能から生まれる行動であり、不可避的な衝動。」</div><div>　サハウルは、あっけにとられたような、あざ笑うかのような、不思議な表情をしながら、席に座った。</div><div>　次に、西国の長ドウカが質問した。</div><div>「では、私からも質問しよう。覇者ビョレンスは何者か。」</div><div>「人間の救いであり、邪悪の根源。」</div><div>「邪悪の根源とは、いかなる訳か。」</div><div>「彼は蛇を倒し、災いを絶ちました。これは救いです。一方、彼が蛇を倒したことによって流された血は大地を覆い、人間に災いをもたらしました。これは邪悪の根源です。」</div><div>「それは蛇のせいであって、ビョレンスに非はないのではないか？」</div><div>「そうともいえます。」</div><div><br></div><div>　一通りの問答が終わると、その場に居た全員が、感服したような雰囲気に包まれていた。</div><div>　何も、道士は国の方針に対して明確な答えを出したわけではなかったが、彼の容姿、醸し出す雰囲気、言葉の美しさ、すべてが、見るものを恍惚とさせ、問答の内容に関係なく、皆が虜になってしまっていたのである。</div><div><br></div><div>&nbsp; 特に、ドウカの、道士に対する尊敬は非常なものだった。他のものを凌いで、道士はあっという間に国の中枢に深く入り込んでしまった。</div><div><br></div><div>　彼は一体何者なのか？</div><div>　不思議なことに、彼の出生は謎に包まれている。出生どころか、どのように育ったかも定かではない。何しろ、突然姿を現した。しかし、それを気にする者は誰もいなかった。瞬く間に、彼の名前は国内全土に広まった。</div><div>　我々はようやく龍を授かった</div><div>　人々はそのように言った。かつての預言にある、世界を救う龍は、まさに彼のことであろうと誰もが思った。当の本人はというと、そのような世論を気にせず、国政に身を投じ、懸命に働いていた。そんな姿も、人々を余計に感嘆させた。</div><div><br></div><div>　数年経っても、道士への信頼は揺るがなかった。ドウカからの信頼はますます強くなり、いよいよ彼は圧倒的な権力を持つようになった。歳を重ね、体が思うように動かなくなってきたドウカは、道士をいつも側において、身の回りの世話をさせるようになった。政務中はもちろん、食事中も、寝る時も、道士はいつもドウカの側にいた。道士は次第に表舞台には顔を出さなくなっていった。</div><div><br></div><div>　そして、時代を戻そう。アレイミ率いる三万の軍隊が首都ダノァを出発してまもなく、ドウカはついに倒れた。心労か、老衰か、いずれにしても病状は重かった。すぐに医者によって治療が施されたが、その医者も、手の施しようがない、と、汗だらけになった顔を拭きながらつぶやいた。ドウカはメジュール道士を側に呼んだ。道士はドウカの顔に自らの顔を近づけ、一言一句も漏らさないように構えた。</div><div>「道士よ、いよいよわしは命が尽きるようじゃ。わしが死んだら、そなたにすべてを任せよう。それで安心じゃ。それと――」</div><div>「ドウカ様、どうか安心してください。死ぬときにまで重荷を背負わせることはいたしません。」</div><div>　この言葉に、ドウカは、言いかけていたことも忘れ、道士に嬉しそうな顔を向けた。そこへ、戦場からバヒラとアレイミが戻ってきたという報せが入ってきた。</div><div><br></div><div><br></div><div>　少し時を遡って、バヒラとアレイミがダノァに向かっている最中。山中で少し休憩を取るため、二人は馬を木に繋いで側に座った。二人は深刻な表情をしていた。バヒラは、細い目を更に細めて、遠くの空を見つめていた。</div><div>「もしここでドウカ様が亡くなられたら、国は深刻な混乱に陥る。ミーヤ様が亡くなられ、直系のご子息はおられないことになっている――」</div><div>　アレイミは、バヒラの言葉に疑問を覚えて彼の方を見た。</div><div>「実は、ミーヤ様にはご子息がおられた。ハディープの戦いの前に残されていたのだ。」</div><div>「信じられません。誰なのですか？どうして知っておられるのですか？」</div><div>「そなたは知らぬかもしれん。フネルという名前のお方だ。まだ十六歳だ。この間まで学校に通っておられたが、名前を聞いたことはないか？」</div><div>「ああ、彼は学校で有名ですよ。誰よりも負けず嫌いで、授業中はいつも先生を質問攻めにして、困らせる生徒です。彼が学校でしたスピーチはよく覚えています。私は何よりも獣を憎みます。将来は必ず、バヒラ様を超える剣士になって、一匹残らず獣を屠ってみせます、というようなことを言っていました。」</div><div>「そうか。フネル様がご子息だと知ったのは、ついこの間のことだ。夏のおわり頃だった。日が暮れて家に帰ろうとしているところに、男たちに襲われている母子を見かけた。そこで私は、一瞬、助けるかどうかを迷った。私は引退の身だったし、自分に対して失望していた。だが、ここで救わない理由はない、見捨てれば、人にあって人にあらず、と思い、ついに全て追い払って助けた。」</div><div>　アレイミは、真剣な眼差しで彼の話を聞いていた。彼自身、自分がその立場にいたらどうするだろう、と考えていた。もちろん助けるだろう。それも、一片の迷いもなく。彼は、一瞬迷ったバヒラに対して少なからず優越感を覚えた。この男は元来正義感の塊のような男であり、彼自身もそんな自分に少々酔っていた。このとき、彼の心のなかで、眠っていた野心がゆっくりと目覚まそうとしていた。このままドウカ様が亡くなれば、中央には私とバヒラ様、サハウル、道士がおる。うまくやれば、私があとを継ぐこともできるかもしれぬ。さて、どうやって他のものを退けるか・・・</div><div>　実は、彼はドウカのすぐ下の妹の夫であり、事実上、継承権があった。ただ、婿入りした男への継承は、これまで許されてこなかった。そこで問題になるのは、ドウカの弟イフサーンの息子である、アブドゥラシードだった。彼は、今でこそ学校の教師をしているが、本来ならばもっとドウカに近い位置にいてもいいはずであった。これには理由があり、アブドゥラシードの父イフサーンは、大の酒飲みだった。それに加え、常日頃街に出て、賭けをしたり、はたまた喧嘩をしたりしていたから、ついにドウカは彼を宮廷から追放した。彼はその数年後、酒場で殺されてしまっている。そのような経緯があって、周囲からのアブドゥラシードに向けられる目は冷たいものだったが、ドウカの彼に対する愛は変わらなかった。そのようなわけで、ドウカはアブドゥラシードに、フネルの身辺警護を命令したのである。</div><div><br></div><div>　バヒラは、話せる限り、フネルのことについてアレイミに話をした。気づけば、辺りはすっかり暗くなっていた。アレイミがフネルの血統について信じたかどうかは、彼の後の行動を知れば明らかになるだろう。</div><div><br></div><div>　彼らが首都に到着したのは、二日目の昼過ぎだった。</div><div>　二人は大急ぎでドウカの寝所に向かった。</div><div>　すると、道士がこちらに歩いてきているのが見えた。</div><div>「道士、ドウカ様はどんなご様子か？」</div><div>　道士はぴたと歩くのをやめたが、俯いたままである。</div><div>「ドウカ様は・・・、先ほど逝去されました・・・」</div><div>　道士は涙を流しながら伝えた。</div><div>　二人は汗を満身に帯び、肩を上下に動かしなら、何も言えず固まってしまった。</div><div>　バヒラもアレイミも、こんなにも早く、この時がくるとは思っていなかった。</div><div>　ドウカは静かに横たわっていた。バヒラはその手をとって声を上げて泣いた。アレイミはそのとなりで立ち尽くしていた。</div><div>　さて。突然の国家元首の死に際して、この国の臣下はどのような行動を起こすのか。ここに彼らの思考と民族性が現れてくるが、果たして。</div><div>　この国の成り立ちは単純である。</div><div>　隣国のタービヤ王国から、神の啓示によって導かれたアバンは、自らの国を建てるために西へ逃亡し、そこで国をつくった。大局的に見れば、太古の昔に存在した「汚れを知らない者達」の血はすでにアバン一人になっており、その末裔たる西国の民は、潜在的に忠誠心と美徳心が強い。しかし今、その主人を失い、彼らは路頭に迷うことになってしまった。その強い忠誠心は、いざ主人を失った時にどのように作用するのか全く想像がつかないものである。</div><div>　アレイミは言った。</div><div>「我々は主を持たなければならない。誰がふさわしいか。」</div><div>　彼は国の大臣、貴族たちを集め、大声で唱えた。そして続けた。</div><div>「ドウカ様の一人息子であったミーヤ様はすでに十六年前に亡くなられている。」</div><div>　これに、執政のサハウルが答えた。</div><div>「かねて、ドウカ様は亡きイフサーンの息子アブドゥラシードを愛しておられた。私は彼に後を継いでもらうのが正当だと考えるが、諸君はいかがか？」</div><div>　誰も答えない。場は、咳の音一つしない。</div><div>　サハウルは執政として国のトップに立つ男だが、事実上の発言力は案外弱かった。</div><div>彼が重用されるようになったのは、彼が三十歳の時で、もともと大商人の家の息子だった。ドウカは、彼の卓越した交渉能力と溢れ出るような知識、そして獅子のごとき熱い心に惹かれ、ついに彼を大蔵大臣補佐に大抜擢した。それから彼はトントン拍子に出世していくが、当然のごとく、他の政治家たちからは影で深く恨まれていた。</div><div>それが、この場でこのように露骨に現れている。時の親衛隊長ターヘルは、荒々しく立ち上がり、真っ黒な顔から目を光らせて熊のように叫んだ。</div><div>「イタチ閣下、それには同意しかねます。どのような魂胆でそのような発言をされるのか図りかねますが、イフサーンの息子に継がせることに同意する人間は、ここには居ないと存じ上げまする。」</div><div>　イタチ閣下とは、細身なサハウルを揶揄した呼び名で、飄々と執政になったことに対する恨みも多分に込められている。（ただし、このターヘルはサハウよりも十歳ほど年下である。）</div><div>　あからさまな悪口を、それも若輩者から言われたサハウルだったが、気丈な性格の彼はそれを一笑に付してさらに述べた。</div><div>「今、我々が無用な議論をする余地はないことは明らかです。国内を見れば、多くの民が飢えや悪党に怯えながら暮らしており、外を見ればすぐとなりにタービヤ王国があります。聞けばかの王国は、執政のアーレフによって革命がなされ、国が一変したようです。彼らが何をしてくるか全く予想できません。」</div><div>　彼は平常と違って肩を震わせながら必至に訴えかけた。一度、十数名が集まった場を眺めてから、さらに続けた。</div><div>「さらには、我が国の主力部隊が、いえ、ほぼ全兵力がハーディのもと、獣と一進一退の攻防をしております。今我々がすべきことは、すぐに次なる指導者を立て、その言下に一糸乱れぬ前進を、国をあげて進めていくことではないでしょうか？」</div><div>　彼は汗をぼとぼとと垂らして、述べ終えた。後世から見れば、彼の全うな意見は、最も歓迎されるべきものであるに違いないが、この場、この時の状況はそのように単純なものではなかった。悲しいかな、彼の善良な国を思う気持ちとは裏腹に、愚かな野心を心に燃やし、自らの大出世を頭に思い描いている人間が多数を占めていた。彼の熱い心は野人たちの耳には届かずあっけなく無にされ、やむなく席に座ってしまった。</div><div>　ただし、愛国の情に燃えるもう一人の男が居た。バヒラである。彼としては、フネルを推挙することを、彼の良心は必死に訴えていたが、この場の雰囲気と、自らが国の舵を取れば民はそれに従い、皆の心は一つになるのではないか、というかすかな希望に心を揺れ動かされ、思い切った発言ができずにいた。</div><div><br></div><div>　この国の前に横たわっている悲しい運命は、何によって引き起こされたのか。それは、この国の長い歴史を紐解かなければわからないかもしれない。勇者アバンという英雄の名の下発足したこの国は、九百年という長い時間をかけて、ゆっくりと腐敗していったのかもしれない。その原因は、内部にも、外部にもあるだろう。ただ、この物語においては、その原因を探ることはさして重要ではなく、それよりも、この国の滅亡がフネルと、取り残された民達にどのような影響をもたらしたかを議論するほうが重要である。当時十六歳だったフネル少年には、あまりに大きな事件であったに違いなく、それが彼の思想や心に与えた影響は計り知れない。後に彼が、大帝国の王になる途上において巡りあう様々な困難に対して、決して怯むことなく果敢に立ち向かっていくたくましさを作り上げたのは、この大事件がきっかけだったに違いなかった。</div><div>ここで一人の人物を取り上げることにしよう。後に武神として語り継がれるマライカは、この大事件の前後に姿をくらましている。幼少期に両親を獣に殺され、孤独な人生を歩むことになったことはすでに述べた。彼は、鋼のような心を持った偉丈夫と語られるが、事実そうであったのだろうか。どの世にも、何事にも心を動かされず、まっすぐに意思を貫き通し、一生を一つの目標のために捧げられる人間は、ごくわずかしかいない。その”ごくわずか”の人間も、幾多の苦労や努力によって、その人間が形作られる。マライカも、決して終始無敵な男であったわけではなく、血の滲むような、という言葉では足りないような、決死の努力の上で自らを鍛錬し、一つの完成を見たのだろう。フネルがある人に送った手紙の中で、マライカについて書いたことがある。その中で彼は、『獣がもたらした悲劇を知りたいのなら、マライカを見ればよい。話さずとも、彼の表情を見ればわかるではないか。』と語られている。それほどまでに悲愴な人生を送ったマライカは、この時代のことを決して語ろうとはしなかった。どのような心境で毎日を過ごし、どのような生活をしていたのかは、語ろうとも、語ることはできない。</div><div><br></div><div><br></div><div>　先ほど描写した会議のわずか一ヶ月後、タービヤ王国から十万の大群が押し寄せ、西国は濁流に飲み込まれたがごとく、あっという間に崩壊してしまった。そのわずか数日前に、ハーディはマヌハを奪還し、突然の襲撃に身動きは取れなかった。民に愛された道士は、ドウカの死去以来、ついに姿を現さなかった。</div><div><br></div>
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<link>https://ameblo.jp/okamoto9625/entry-12087337924.html</link>
<pubDate>Fri, 23 Oct 2015 10:51:03 +0900</pubDate>
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<title>フネルの伝説（12）</title>
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<![CDATA[ <div>　運命の分かれ目と交錯</div><div><br></div><div><br></div><div>　サブールは大軍を連れて、アーレフのいる陣に戻った。</div><div>「良く戻った！」</div><div>「申し訳ありません。アサドの首は取り損ねました。しかし、ジャファルはアサドの手によって殺させ、大軍を奪ってきました。」</div><div>　アーレフは後ろの兵士たちを眺めた。そして、何を思ったか、紙に自らの指令を書き、サブールに渡した。</div><div>「サブール、陛下の死体は見つかっていないのだな？」</div><div>「そうですが、アサドは死んだと触れまわっています。」</div><div>「ならば」</div><div>　アーレフはどこかに行ってしまった。しばらくして戻ってくると、サブールが連れてきた全兵士の前に立ち、叫んだ。</div><div>「お前たちは知っているか！ジン陛下がすでにこの陣に到着し、逆賊を討つ計画を練っておられることを！アサドは、陛下は死んだと言っているそうだが、事実は違う！」</div><div><br></div><div>　聞いて、兵士たちはざわついた。本当なのか？</div><div>　彼らの中には、まだアサドに仕えている意識のあるものが多数あったから、信じていない様子の人間が多かった。そこで、一人の将士が言った。</div><div>「にわかに信じられません。この中にも、アサド様が陛下を追い詰めた場面を見ている者がいます。」</div><div>「しかし、死体は見つかっていないのだろう？事実、ここに来ているのだから。」</div><div>「事実ならば、陛下の姿をお見せください。」</div><div>　すると、奥からジンが現れた。赤と黒の戦衣に金銀の装飾が施され、威風堂々と歩いてきた。正確には、アーレフが、王の御衣を着せて変装させた兵士が現れた。ただ、傍目には違いが分からない。</div><div>　疑っていた兵士たちの中にも、それを晴らして、感服している者があった。</div><div>　アーレフは、さらに言った。</div><div>「さっそくだが、陛下からご命令が出ておる。五千の精鋭を選りすぐり、一挙にメイユに攻め込みたいのだが、多くの危険が伴う任務であるから、志願者を募ろうと思う。誰か、陛下と王国のために、命を懸けてくれる者はおらぬか。」</div><div>　大勢の兵士の中から、ぽつぽつと兵士が名乗りを上げて出てきた。ただ、王の生存を信じていない人間は出てこないし、無茶な、と思う人間も出て来なかった。</div><div><br></div><div>「以上か。よかろう。成功した暁には、お前たちには陛下から恩賞を賜るだろう。」</div><div>　名乗りをあげた兵士たちを、その他と分け、兵士たちには休息を取らせた。</div><div><br></div><div>　その日の夜更け、冬の凍えるような寒さのなか、それを吹き飛ばすような事件が起こった。</div><div>　兵士たちの眠る天幕に火が付き、大火事になったのである。それも、火がついたのは、サブールが奪ってきた兵士の中で、王命に従わなかった者たちの眠っていた天幕だった。</div><div>　全員で必死に消火に努めたが、中にいた者たちは、一人残らず焼け死んでしまった。</div><div><br></div><div>「多くの兵士を失ってしまいました。大損失です。」</div><div>　サブールは悔しそうにアーレフに伝えた。しかし、アーレフは悔しがるどころか、</div><div>「よろしい。」</div><div>　と言い、安心したような様子だった。</div><div>「なぜそのように落ち着いているのですか？八千の兵士を失いました。これが悔しがらずにいられますか？」</div><div>　サブールは、喜んでいるようにも見えるアーレフに対して怒りを覚えた。</div><div>「なぜかと？あれは私がやらせたのだ。」</div><div>「なんとおっしゃいましたか？」</div><div>　サブールは自分の耳を疑った。</div><div>「私がやったのだ。王の存在を知らしめておきながら、その命令に従わない奴らを、信頼してこちらの軍に加えることなどできない。」</div><div>「ああ、そういうことでしたか・・・。感服いたしました。」</div><div>　一時は怒りさえ覚えたサブールも、それが深い策だと分かると、逆にそれを恥じてアーレフに対する尊敬を増すことになった。</div><div><br></div><div>　このように、一時はお互いにらみ合っていた両軍も、年を越し、春になったところで再び激しい火ぶたが切られた。</div><div>　結果を言えば、アーレフは敗北した。</div><div>　各地の混乱の抑えた軍隊が続々と集結し、数で圧倒的に不利になってしまったのが、最大の要因だった。アーレフ、サブール共に、数百人の僅かな残存兵を連れて、ジンを探すために東へ向かった。</div><div>　戦争が終わったのは、４月のはじめ、アサドの勢いはすさまじく、破竹の勢いで勢力を広げ、その力に抗うことの出来る力は、もうどこにも存在しなかった。</div><div><br></div><div>　詳しい記述は省くことにする。</div><div>　これは、時間を追っていくごとに徐々に敗色濃厚に陥るアーレフ、サブールの戦いを描いても、話が淡々としすぎると判断したからである。</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>　所変わって。</div><div>　西国のマヌハ奪還戦争は、晩秋、火蓋が切られた。</div><div>　敵は獣。狼、牛、蛇、鳥。なんでもいる。</div><div>　相手は動物であるから、高度な作戦を立てるはずはなく、立て籠もることもない、と判断した首脳部は、火や音、包囲戦術などを用いて攻撃するということで、意見は一致した。</div><div><br></div><div>　冷たい風が顔を凍らせる。</div><div>　兵士達は町の四方に配置し、攻撃の合図を待った。</div><div>　獣達が町の至る所からこちらを睨んでいるのが見えた。</div><div>　そのとき、ドーン、と低くて重い金属音が鳴り響いた。</div><div>　一斉攻撃の合図である。</div><div>　兵士達は、一斉に駆けだした。その足音は、さながら地震のようでもあった。</div><div>　四方から攻めると言っても、東側、つまり獣が住処としている森の近い門は、わざと攻めなかった。これは、もし、全方向からせめて獣を追い立てたら、獣は逃げ場を失い、死にものぐるいで向かってくるだろう、と予測したからである。全滅させる必要はない。目的は、町の奪還である。</div><div>　彼らの中には、太鼓を叩く者や、鈴を鳴らす者、笛を吹く者もおり、全員が拍を合わせて国歌を演奏し、他の者はそれを大合唱した。異様な光景である。この時代、戦争で普通、音楽を用いることはなかった。それが、数万人の大合唱である。</div><div>　四方から楽器の音と、力強い歌声が溢れ、獣達は恐れ、浮き足だった。もうすでに、獣達はあいている東側の門に走っていこうとした。</div><div>　そこへ。</div><div>　象のように大きく、墨を塗ったような漆黒の毛並みを蓄え、各々の足に刃物のような鋭利な爪を伸ばし、この世に存在するどの動物よりもおぞましく、それでいて深い歴史を感じさせる眼を持った、まさに帝王とも呼べる獣が現れた。</div><div>　かつて、ハディープの数万人の全市民を殺し、執政ドウカの子ミーヤを亡き者にした、虎だった。</div><div>　その大きな黄色い眼で辺りを見渡し、颯爽と現れた。</div><div>「お前達。恐れることなどない。人間達は、弱い。脆い。甘い。わしが先頭に立って出鼻を挫き、早々に総大将を殺してやれば、あとはどうにでもなるだろう。あとは、好きなように食べてしまえ。」</div><div>　大地が響くような低い声である。その命令によって、獣達は急に気持ちを持ち直し、すでに飢えた猛獣になっていた。</div><div><br></div><div>　軍隊の大行進は、いよいよ町にあと一歩の所まできた。</div><div>　獣たちも町から出てきた。前線の兵士たちは、それに応えて喚声をあげ、士気は奮い立った。</div><div>　そこへ、虎が現れた。</div><div>　虎の出す余りの殺気に、兵士たちは足を止めてそちらを眺めてしまった。声も一瞬でやみ、辺りは無音になった。</div><div>　虎は一歩ずつ前進し、一直線に総大将ハーディの方へ向っていった。</div><div>　何も言わず、ゆっくりと前進してくる巨大な虎に、誰も手出しをすることはできず、兵士たちは恐れおののいて、道を空けてしまう。</div><div>　まるで溶岩が地を這い進むように、傍若無人に突き進む虎の行く手を阻んだのは、一人の老人だった。</div><div>「虎よ、奈落へ落ちろ。この世界にはまだ、人が残っている。」</div><div>　老人は腰にさげていた美しい剣を抜き、虎に対峙した。</div><div>「貴様は、昔にビョレンスの子孫と一緒にいた男だな。生きていたか。」</div><div>「お前を殺すまでは、死ねない。私の無念と後悔は全てお前のせいだからな。」</div><div><br></div><div>　虎は鼻で笑って真っ直ぐに彼を見つめた。</div><div>　そして、隣に立っていたフネルとアブドゥラシードに目線を流した。すると、耳が壊れてしまいそうな声で笑った。</div><div>「はっはっは！愉快、愉快。楽しませてもらおう。それでは失礼する。」</div><div><br></div><div>　そういって、虎はさっさと奥に引っ込んでしまった。</div><div>　誰一人として、あっけにとられない者はいなかった。</div><div>　バヒラも、拍子抜けをしたように、しばらく呆然と立っていた。</div><div><br></div><div><br></div><div>　それからというもの、虎は一度も出てこなかった。</div><div>　そのためか、獣達もしだいに元気がなくなってきているように見えた。</div><div>　とはいうものの、双方の損害はおびただしかった。岩塩の一大産地として栄えた、美しい都マヌハはすでに面影を消し、多くの建造物が燃やされ、町の中、外、関わらず、至る所に人や動物の死骸が転がっていた。周りには蠅がたかり、鼻を腐らせてしまうのではないかと思うほどの腐乱臭が立ちこめていた。毎日のように人が死んでいく。毎日のように、誰かが誰かの死に面して泣き、叫んでいた。地獄のような光景の中、ただ、民族と国のため、と戦い続けられる人間は多くはなかった。茫然自失、恐怖と戦いながら、悲痛な心境で戦っている者がもはや大半かと思われるほどだった。</div><div><br></div><div>　このような状況の中、総大将のハーディも悩んでいた。首脳部も、付け焼き刃の戦力で獣と対峙している戦況を憂いている者ばかりで、劣勢ではないものの、いつ総崩れになるか分からない状態に危機感を感じずにはいられなかった。</div><div>「やはり、平和な首都から来た、訓練不足の者達では、この戦いは厳しすぎるか。」</div><div>　総大将は首脳陣に尋ねた。</div><div>　それに、参謀であり、かつての兵学校教師でもあるハイサムが答えた。</div><div>「血気盛んで、志に燃える兵士の心はかえって脆く、純粋であるために戦争の衝撃は想像以上のものだと思われます。ここは一端、陣を後退させ、しばらく内部の拡充に力を割いてはいかがでしょう。」</div><div>　総大将ハーディもそれには賛成のようで、他の者に意見を求めた。</div><div>「もっともな意見だ。皆はどうか。」</div><div>　異を唱える者はおらず、満場一致で後退が決まった。</div><div><br></div><div>しばらくの休息を取って、後日に備えよう、と思っていた矢先、思わぬ知らせが入った。</div><div><br></div><div>　西国の長ドウカが、病で危篤、というものだった。</div><div>　この知らせを受けて、首脳部は動揺した。</div><div><br></div><div>　アレイミ「もし亡くなられたら、この戦いの意味は何なのか！すぐにでも戻って見舞わなければならない！」</div><div>　ハーディ「いやいや、そもそもこの戦いは民族のための戦いであり、ドウカ様の為のものではない。」</div><div>　アレイミ「それはドウカ様に対する冒涜か！」</div><div>　ルト「アレイミ殿、お待ちください。あなたのお気持ちは分かりますが、ハーディ様も国を母っておっしゃられているのです。」</div><div>　アレイミ「黙れ。お前はハーディの犬だろう。若造が、黙っておれ！」</div><div>　ハイサム「まあまあ、落ち着きなされ。誰も、戦をやめたいとも思っておらんし、ドウカ様のことを無視したいと思っておる者もおらん。肝心なのは、ドウカ様が何を望まれるかじゃ。」</div><div>　ハーディ「ドウカ様なら、民族のために戦い続けることを望んでおられるだろう。」</div><div>　アレイミ「勝手なことを申すな。わしは必ず帰ってドウカ様にお会いする。諸君は後悔するがよい。」</div><div><br></div><div>　このようにして、アレイミだけが首都ダノァに帰ることに決まってしまった。一人支度をまとめ、数十の兵のみを従えて帰途についた。</div><div>　陣を発つとき、バヒラが彼を呼び止めた。</div><div>「アレイミ殿――どこに向かわれるので？」</div><div>　アレイミははっとした様子で、馬を降りた。そして彼の耳に小声でささやいた。</div><div>「実は、ドウカ様が危篤のようなのです。他に誰も向かわないというので、一人で向かおうとしていた所なのです。」</div><div>「それは・・・」</div><div><br></div><div>　バヒラは考えた。戻るべきか、このまま残るべきか。このことをフネルに相談すべきか・・・いや、この大事なときに、ドウカ様のそばにいることは私の役割に違いない。ここに残って兵力を僅かに上げるよりも、ドウカ様のそばでこれからの西国を支える術を聞いた方が良いに違いない。</div><div>　バヒラの心は決まってしまった。彼はフネルとアブドゥラシードに向かって伝えた。</div><div>「これから私はダノァに向かいたいと思います。アブドゥラシードは、よくフネル様をお支えしろ。」</div><div>　二人に何も尋ねず、そう言ってバヒラはアレイミについて颯爽と去っていった。</div><div><br></div>
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<link>https://ameblo.jp/okamoto9625/entry-12066418203.html</link>
<pubDate>Thu, 27 Aug 2015 17:04:16 +0900</pubDate>
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<title>フネルの伝説（11）</title>
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<![CDATA[ <div>　　サブールの戦果</div><div><br></div><div><br></div><div>　サブールは真夜中、密かに陣を出発し、精鋭十人と共にメイユに急いだ。大きく迂回しなければ、ジャファルの配下によって見つかってしまう。大きく東に迂回し、三日かけてようやく町にたどり着いた。物々しい雰囲気だった。到着したのは夕方だったが、ほとんど人の姿が見えない。皆家の中にいるのか。人がいないので、迂闊に侵入することも出来ず、夜まで待つことにした。</div><div>　すっかり日が落ちてから、再び町の境にやってきた。月明かりがまぶしいくらい、誰も火を灯さず、しんとしていた。裏道を抜け、徐々に王宮に近づいていった。</div><div><br></div><div>町の主街道の前にたどりつき、少し向こうに王宮が見えた。</div><div>見回りの兵士がうろうろしている。見ると、一人の老人が何かを抱えて道を横切った。</div><div>「おい、貴様！何をしている！」</div><div>　兵士の一人が呼び止めた。老人は振り向き、またすぐに走っていこうとした。</div><div>「止まれ！斬るぞ！」</div><div>　老人は立ち止まり、兵士の前に立ったが、腰は曲がり、俯いている。</div><div>「お前、何を持っている。」</div><div>「何でもありません。」</div><div>「何でもない訳あるか！見せろ！」</div><div>　兵士は老人の持っていた袋を掴み、引っ張った。しかし、老人は決して放そうとしない。</div><div>「こらっ！はなせ！」</div><div>　兵士は老人の足を蹴り、強引につかみ取った。</div><div>　袋の中身を見ると、全て米だった。</div><div>「これは俺が貰う。」</div><div>「やめてくれ！この米はやっとの思いで手に入れた米なんだ！これを奪われたら、妻も私も死んでしまう！」</div><div>「俺たちは、お前達から全ての食料を貰っている訳じゃない。そんなに騒ぐな。」</div><div>「冗談言わんでくれ。要求された分を全部出したら、わしらの持ち分はもうほとんど残らないじゃないか。取るのは、どうか、武器だけにしてくれ。」</div><div>「分からん奴だ。俺たちが革命を起こしたおかげで、お前達は、新しい国の礎になるんだ。アサド様のおかげで、俺たちが時代をつくるんだ。」</div><div>「そんなの知ったことか！わしらはジン様の国で良かったんだ！何も悪いことなんて無かった。なんてことしてくれたんだよ・・・」</div><div>「うるさいぞ。説教をたれるな。」</div><div>　なんと兵士は剣で老人を斬り、米を持って走っていってしまった。</div><div>　見ていたサブールらは走り寄って、老人を抱きかかえた。</div><div>「じいさん、いますぐ手当てしますから。心配なさるな。」</div><div>「あんたは誰だい？」</div><div>「サブールです。」</div><div>「サブール将軍！ああ、早くアサドを殺してくだされ。わしらはみな死んでしまう。」</div><div>「俺はそのためにここに来ているのです。さあ、とにかく手当てをしますから、あちらへ。」</div><div>　彼らは近くの家に入った。誰もいない。</div><div>　老人は太ももを切られ、血が溢れていた。サブールは部下に治療を任せ、自身は近くの偵察に向かった。</div><div>　どの道をのぞいても、兵士がうじゃうじゃしている。一緒に来ていた部下に、サブールは尋ねた。</div><div>「こうも見張りがいては、王宮に近づくのは一苦労だ。そもそも、アサドは王宮にいるのか。」</div><div>「まさか、この町をひそひそと動くことになるとは・・・。ここは、私が敵方の兵士のふりをして、情報を盗んできます。」</div><div>「頼む。」</div><div>　もともと同じ国の兵士なので、紛れ込むのは簡単だった。翌日には様々な情報を持って戻ってきた。</div><div>「サブール将軍、戻りました。」</div><div>　サブールや部下達は、昨日入った家で籠もっていた。そこには、助けた老人もいた。</div><div>「どうだ。何か分かったか？」</div><div>「はい。まず、サブールは今は王宮にいるようですが、明後日には町を出てしまうようです。」</div><div>「どこへ向かうんだ。」</div><div>「東の、ビタルハです。どうも、あの町はすでにアサドの手がまわっていたようで、すでに制圧されている様ですが、アサド自身向かうようで。」</div><div>「なるほど。いよいよ、味方はアーレフ様と、預けた軍しか、もう残っていないようだ。殺す機会はあるか？」</div><div>「護衛は重厚です。襲うなら、王宮を出たときでしょうか。」</div><div>「よし。それでいこう。」</div><div>　計画を綿密に立て、全員、明後日の襲撃に備えた。</div><div><br></div><div>　アサドは出発の準備をしていた。彼は恐ろしいほどの慎重な性格の持ち主だった。何をするにしても、石橋を何十回も叩いてから渡る。そのおかげか、彼は今回の革命で、ほぼすべて計画通りに事が進んだ。加えて、彼は勘が働く。いざというときに危険を察知し、即座に行動する決断力も持ち合わせていた。恐ろしいほどの統率力を持った人物である。</div><div>「これからビタルハに向かうが、何か異変はあるか？」</div><div>　アサドは従者に尋ねた。</div><div>「ヌマト湖での戦いに、ジャファルは手こずっているようです。何でも、サブールの軍にアーレフが加勢したようで。」</div><div>「心配には及ばん。所詮数万の軍隊だ。いつでも何とかなるだろう。」</div><div>「しかし、相手はアーレフとサブールです。片方だけならまだしも、頭が切れるアーレフと、将軍として優秀なサブールが組めば、数はあまり当てに出来ません。」</div><div>「むむ。そうか。では、わし自身が行って見てこよう。」</div><div>　アサドはその場で計画を変更し、反対側の門から、北へ向かった。</div><div><br></div><div>　サブールは、アサドが出てくるのを待っていたが、どれだけ待っても出てこない。不審に思った彼は、部下に命じて探らせた。</div><div>　帰ってきた者は報告した。</div><div>「大変です！どうやら、アサドは急に行き先を変えて、ヌマト湖に向かったようです！」</div><div>「何！急いで向かうぞ！」</div><div>　バッと躍り出て道を走っているところを、見張りの兵士に見つかった。</div><div>「おい！止まれ！」</div><div>　サブールは振り向いて確認すると、十人ほどの兵士が追いかけてくるのが見えた。しかし、時間が惜しかったので、構わず走っていった。</div><div>　追いかける兵士は、周りに呼びかけながら走ってくるので、徐々に追いかけてくる人数が増えてくる。そこへ、正面に馬に乗った将軍が立ちはだかった。</div><div>「止まれ！我が名はサリム！殺されたくなければ、止まって質問に答えよ！」</div><div>　サリムと名のった将軍は、相手がサブールだと知らない。サブールの方は、サリムという男のことを聞いたことがあったが、彼からすれば、敵ではなかった。</div><div>　サブールは近くの兵士を襲って剣を奪い、それを握って、馬に乗ったサリムの方へ突進した。サリムは迎撃の態勢に入ったが、サブールはそれをかわして馬の足を斬り、それに乗っていたサリムの胸に、剣を刺してしまった。</div><div>　サリムは声を出す間もなく殺されてしまい、サブールらは周りの兵士達を蹴散らしたら、また走っていった。</div><div>　少し走ると、また馬に乗った男が現れた。</div><div>「貴様、何者だ！我が名はドハ！今すぐ止まれ！」</div><div>　長い髭を蓄えた男だったが、それをなびかせながらしゃべっている。</div><div>「そこをどけ！俺は忙しいんだ！」</div><div>「何を！さては、サブールの手の者か！」</div><div>　長い髭の男は、サブールに向かって矢を放った。サブールはそれを剣でなぎ払い、逆にそれを投げ返した。驚いたドハはそれをかわしたが、体勢を崩して馬から落ち、頭を打って死んでしまった。</div><div>「情けない奴だ。」</div><div>　サブールはまた走った。</div><div><br></div><div>　追いついたのはその日の夜だった。だが、襲うにはあまりに遅く、アサドはすでにジャファルの陣に入っていた。彼は非常に後悔したが、いまさら悔やんでも仕方がないと思い、その場にとどまった。</div><div>「アーレフ様の所に戻りますか？」</div><div>「いや、ここで待っていよう。アーレフ様が攻めたところで、こちらから不意打ちをかければ、効果があるかもしれないから。」</div><div>「たった十人たらずで上手くいきますか？」</div><div>「普通にやったのでは全員殺されるだけだ。火を使う。」</div><div>「火ですか。」</div><div>「奴らは、後ろには敵がいないとたかをくくっている。というのも、奴らの陣は山の麓に構えられていて、後ろは険しい山肌だ。軍が寄せてくることはない。だが、少数なら別だ。俺たちがそこに向かい、上から矢を放ってやるのさ。」</div><div>「しかし、陣まで届きますかね。」</div><div>「安心しろ。冬の夜、この辺りには、山から湖に向かって風が吹く。矢は届く。」</div><div>「さすが将軍です。」</div><div>　彼らは例の山に入り込み、待つことにした。しかし、余りに長くなると食料がつきるので、誰かをアーレフの所へ向かわせることになった。</div><div>　送り出して二日経っても、何も連絡が無い。もしや、と思って警戒していると、どこからともなく足音が聞こえてくる。音は徐々に大きくなり、もうすぐそこまで近づいているのが分かった。</div><div>　サブール含め、兵士達は身構えた。</div><div>　わぁっ、という喚声と共に、無数の兵士達が現れた。</div><div>　多勢に無勢、サブールの部下達は次々に倒れていく。ついには彼一人になり、とうとう捕らえられてしまった。</div><div>　手を縄で縛られ、彼はアサドとジャファルの前に連れて行かれた。</div><div><br></div><div>　笑い声が聞こえる。囚われたサブールに対してのものだった。目の前には男二人が立っている。</div><div>「面を見せろ。」</div><div>　アサドが言ったが、サブールは無視した。</div><div>　横に立っていた兵士が、無理矢理、顔を上げさせた。</div><div>「ん？お前、サブールじゃないか？」</div><div>「そうだ。」</div><div>「こりゃあ、いい。手間が省ける。さっさとここで殺してしまおうか。」</div><div>　サブールは、どうやってこの状況から抜け出すかを考えていた。</div><div>「ああ、悲しいことだ。」</div><div>「ここで殺されることがか？」</div><div>「それもありますが、また争いが続くかと思うと・・・」</div><div>　サブールは俯いて泣いた、ふりをした。</div><div>「わしがお前らの軍を叩けば、この国はわしらの手によって平和になる。争いが続くことはない。」</div><div>「あなたは知らないようだ。」</div><div>　アサドは、サブールが何を言っているのか分からないようで、首をかしげている。</div><div>「何のことを言っているのだ。」</div><div>　サブールは何も話そうとしないが、どうしても気になるので、アサドは彼を連れて二人きりで話すようにした。</div><div>「これで話せるか。何のことを言っている。」</div><div>「ジャファルは信頼なさらない方がよろしい。」</div><div>「どういうことだ？」</div><div>「奴は、この戦いに勝った後、その勢いを持ってメイユに進軍し、あなたを殺し、代わりに自分が王になろうと考えています。」</div><div>　アサドは一瞬疑ったが、すぐにサブールの魂胆を見抜き、剣を抜いた。</div><div>「貴様、わしとジャファルを断ち切ろうとしているな。そんな見え透いた嘘はわしには通じぬ。なぜ、貴様がそんなことをわしに伝えるのだ。敵であるわしに。」</div><div>「いやいや、考えてみてください。もしジャファルがこの国を持ったら、どうなりますか。あなたが国を奪うよりも、さらに悲惨なことになるのは目に見えています。あれは横暴な男ですから。それよりは、今、奴の陰謀をあなたに教えた方が良いと思ったのです。」</div><div>　筋が通っていたので、アサドも信じてみようかと思った。そこで彼は、この場にジャファルを呼び出した。</div><div>「ジャファル、お前はわしに隠していることは無いか？」</div><div>「ありませぬ。」</div><div>「この戦いに勝った暁には、わしを殺して、自ら国を奪おうと思っていたのではないか？」</div><div>「めっそうもない！」</div><div>　ジャファルはサブールを鬼のように睨み、再びアサドに訴えた。</div><div>「こいつの口車に乗せられてはいけません！信じてください！」</div><div>「――と、言っているが？」</div><div>　アサドはサブールに聞いた。</div><div>「信じてはいけません。この男は単純ですから、企みがばれて慌てているのです。」</div><div>「何を！」</div><div>　ジャファルは剣の柄に手をかけたが、それをアサドが止めた。</div><div>「待て、しばらく考えさせてくれ。」</div><div>　アサドは二人を追い出し、一人考え込んだ。どちらの言葉を信じるべきか・・・</div><div>　サブールの言葉は納得できる。それに、ジャファルはもともと野心に満ちた男だ。しかし、これはサブールの策だということも考えられる。</div><div>　悩んでいるところに、ジャファルがやってきた。</div><div>「一人にしてくれ、と言ったはずだ。」</div><div>「アサド様、私を信じてください！これはあいつの仕掛けた罠です！」</div><div>「黙れ！早く出て行け！」</div><div>　こうもしつこく無罪を主張されると、アサドもジャファルを信じられなくなってきた。それに、たとえ策略だったとしても、脳みそまで筋肉のようなこの男を召し抱えていると、いつ、足もとをすくわれるか分からない。</div><div>　アサドの考えは決まってしまった。</div><div><br></div><div>　ジャファルは突然、兵士に囲まれた。</div><div>「何をする！」</div><div>　怪力も怪力、誰も手に負えない。向かった者は、剣こそ使われることは無かったが、殴られたり、けられたり、投げられたりして、もう誰も近寄ることが出来なかった。</div><div>　その様子を遠目に見ていたアサドは、いよいよジャファルに対する疑いを確信に変え、その場で矢を弓につがえ、狙いをすました。</div><div>　ピューン、と響き、矢は真っ直ぐに飛んでいった。次の瞬間には、ジャファルの胸に矢が深く突き刺さり、血が垂れていた。</div><div>「あ・・・アサド様・・・何を・・・！」</div><div>「裏切り者に用は無い。貴様のような男はわしが葬ってやる。」</div><div>　彼は再び矢をつがえ、再び放った。</div><div>　ぐさり、と胸に刺さり、ジャファルは膝をついて顔をしかめた。</div><div>「・・・むぅ・・・」</div><div>　ジャファルはその場で倒れた。</div><div>　アサドは彼に近づき、上から眺めた。</div><div>「死んだか。」</div><div>　しかし、その刹那、ジャファルは剣を上に投げ、それはアサドの顔に当たった。アサドは顔の右半分を手で覆ったが、手の隙間から血がダラダラ流れてくる。ジャファルは周りの兵士に直ちに殺され、アサドは医者のもとに運ばれた。</div><div>　アサドは治療を受けながら、隣の者に、サブールを呼ぶように伝えた。</div><div><br></div><div>「さて、ジャファルは葬ったが、お前はどうするか。」</div><div>「どうにでもなさいませ。」</div><div>「いやいや、冗談だ。どうだ、サブール、わしの配下に加わらんか？」</div><div>「もはや、その道しか、私には残されていません。そのようにいたします。」</div><div>「ははは！お前がいれば、百人力だ！」</div><div>　こうして、サブールは縄を解かれ、一万人の兵を与えられた。</div><div>　翌日、早速サブールは先陣を任された。</div><div>　その軍を見送るアサドに、近くの者が尋ねた。</div><div>「良いのですか？奴はあのまま帰らないかもしれませんよ。」</div><div>「構わん。帰ってこなかったら、攻め込んで殺すだけだ。それに、何人も間諜の役割をまかせてある。いざというときは、そいつらに仕事を任せるから、安心しろ。」</div><div><br></div><div>　冬は深まり、雪が降ってきた。</div><div>　北方で暮らしてきたサブールも、この寒さには凍えた。</div><div><br></div>
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<link>https://ameblo.jp/okamoto9625/entry-12061632745.html</link>
<pubDate>Fri, 14 Aug 2015 12:09:03 +0900</pubDate>
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<title>フネルの伝説（10）</title>
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<![CDATA[ <div>　　　ウジ虫</div><div><br></div><div><br></div><div>　所変わって。</div><div>　フネルらのいる西国の、ワダーン川を挟んだ東側に位置するタービヤ王国では、実に平和な暮らしがなされていた。獣の脅威は無く、国は着々と発展していた。国王ジンを助けていたのは、大臣のアーレフとアサド。</div><div>「陛下、我が国もいよいよ繁栄し、着実に、以前のような国力を回復しつつあります。今こそ、外に目を向けて、国土を広げる時ではありませぬか？」</div><div>　アサドが王に進言した。</div><div>　この意見に、一方のアーレフも賛成なようで、</div><div>「そのとおりです。かつてのサマ王の時ほどの国力は持っておりませんが、勢力を拡大する機会は今です。まずは、北に目を向け、山の民を制圧してはいかがでしょうか。北には、今では廃墟となっているアラフの町があります。この町は水と土壌に恵まれ、非常に豊かな土地です。軍事的にも、この町を取り返しさえすれば、北方は安泰でしょう。」</div><div>「うむ。」</div><div>　ジンも、賛成の様子だった。</div><div>　北方には、山の民、と呼ばれる民族が住んでいた。馬や牛などの動物を巧みに乗りこなし、決して侮れない武力を持っていた。彼らは、十歳の頃から乗馬や狩りの訓練を受ける。遊牧民族で、定住はしないことから、アラフの町は占拠されていなかった。しかし、彼らは他民族の侵入を非常に嫌うため、もし侵略してきた時には、徹底的に抗戦する。易々と制圧できるとは思えなかった。</div><div>「では、私が自身、北方の様子を見て参りましょう。」</div><div>　アーレフが進言した。</div><div>「分かった。では、私は西国との国境を見てくる。」</div><div>「というと？」</div><div>「何度か西国の報告は受けているが、一度、自ら見に行った方が良いと思うのだ。防衛の戦力が充分か、様子はどうか、見てみなければ、北方を安心して攻めることはできない。」</div><div><br></div><div>　王が自ら国境を偵察すると決まった。</div><div>　首都のメイユから西の境までは、それほど遠くはない。しかし、王の御幸ということで、付き従う臣下、護衛を含め、数千人を伴った行列は西へ発った。アサドは、王の留守の間の政治をまかされた。</div><div>　時は今！</div><div>　アサドは、兼ねての計画を実行するため、腹心の部下であるジャファルとカリムに指示を出した。</div><div>「お前は、水兵をヌマト湖の南岸に用意しろ。騒ぎが起きた後、サブールの軍隊がすぐに湖を南下してくるだろう。それを迎え撃て。」</div><div>「カリムは、東のビタルハの町に行き、そこにいるレシニと示し合わせ、町を占拠しろ。」</div><div>「アサド様は、どうされるのですか？」</div><div>「私は、自身兵を率いて西へ向かい、奇襲をかける。よいか、決して企みが漏れてはならん。用心しろ。」</div><div>　二人の部下は下がり、アサドは、屍人を作り上げたカハールのもとに向かった。</div><div>「カハール、今日は計画実行の日だ。さあ、屍人を出せ。」</div><div>「分かりました。今のところ、６体の屍人が使えます。」</div><div>「では、その６体全てを持って行く。」</div><div>「では・・・。」</div><div>　カハールはいくつかの檻の扉を開け、我が子を愛でるようにそれらを撫でてこう言った。</div><div>「いいかい？このアサド様の言うことをちゃんと聞くんだよ？」</div><div>　アサドは研究所を出て、集めた兵士の前で演説した。</div><div>「今日は大事な日だ。もし勝てば、お前達には充分な褒美を約束しよう。しかし、失敗したら全員の命は無い。覚悟は良いか？」</div><div>　血気盛んな男達は、一斉に鬨の声をあげた。</div><div>　空は、企みを嘆くかのように、昼間なのに雲がかかって真っ暗だった。</div><div>　二万の軍勢が、首都メイユを出発し、まっすぐに王のもとへ向かった。</div><div><br></div><div><br></div><div>　王は小さな丘の麓で休憩をとっていた。すると、みるみる天候が悪くなるから不安になってきた。</div><div>「これはいったいどういうことだ？余りに不思議な天気じゃないか。」</div><div>　王に従っていった臣下の一人バシアが答えた。大変な高齢で、このとき七十三歳だった。</div><div>「これは、不吉な兆しです。永く生きてきましたが、こんな天気は見たことがありません。」</div><div>「不吉とは・・・何か起きようとしているのだろうか？」</div><div>「身辺にお気をつけください。私も片時も陛下のもとを離れませんから。」</div><div>　ごろごろ、と、雷の音も鳴っている。季節に合わない生暖かい強い風も吹いてきて、兵士達も皆、不安になってきた様子であった。</div><div>「私は進むべきなのだろうか、ここにとどまるべきなのだろうか？」</div><div>「こういうときには、下手に動かないことに限ります。今日はここで泊まることにしましょう。」</div><div>　こうして、彼らは自ら死期を早めてしまった。</div><div>　その晩、丘の麓で宿営している王の一行に追いついたアサドの軍は、気づかれないように素早くそれを包囲し、指示が下れば一斉に四方から攻めかかれる形に整えた。</div><div>　アサドが戦はじめの笛を鳴らし、四方の兵は火矢を放ち、その後一斉に突撃した。とっておきの屍人は、アサドの脇に留められていた。</div><div>　あっという間に無数の兵士が討たれた。しかし、さすがは王の親衛隊、しだいに巻き返してくる様子を見せていた。その隙に、王は僅かな兵と部下を連れて逃げようとした。</div><div>「ああ、やっと抜け出した！すぐにメイユに戻ろう。」</div><div>　しかし、そこには武装してこちらを睨めつけるアサドの姿があった。</div><div>「アサド・・・なぜそこにいるのだ？お前には、メイユを任せたはずだが・・・？」</div><div>「陛下、ご命令通り陛下の代わりにメイユを守っております。新参の分際で、旧勢力の我々を追い出した者達の手から、メイユを守っております。今日は、我々の宿願が叶う素晴らしい日なのです。」</div><div>「何を言っているのか。お前達を追い出した者達とは、誰のことか？」</div><div>「他ならぬ、アーレフです。彼は王をいいように自分の味方にし、気にくわない人間を次々に政治から追い出しました。名前を挙げればきりがありませぬ。密かに殺された者も、恨みを抱えたまま、無念の死を遂げた者も、数えきれません。」</div><div>「しかし、彼は現に、この国を再興した。国が力をつけたのは彼の功労もあるのではないか？」</div><div>「国の発展は一昼夜にしてならず。長い時間をかけて衰えた我が国を再び発展させるには、また長い時間がかかります。アーレフが権力を握った十数年で国が発展したわけではありませぬぞ。我々の苦労もあってのことなのです。」</div><div>「それはよく分かった。だが、なぜお前が私を襲っているのだ。私は千年以上続くタービヤ王国の王であるぞ。私に剣を向けることの罪が分かっているのか？それに、私はお前に恨まれるべきことをしたのか？」</div><div>　アサドは少したじろぐ様子を見せたが、すぐに返答した。</div><div>「この世に、永遠に続くものはありません。全てには終わりがあります。かつての大蛇も、ビョレンスの手によって殺されました。この王国も、永遠に続くものではありません。私が、国の変革者になるのです。世界の革命家になるのです。そのために、古い時代の人間には、死んで貰わなければなりません。陛下もその一人です。長く続いた、さび付いたこの国も、もう終わりです。もしあなたが、潔く王位を譲り、国を変えたなら、あなたの名前は永遠に語り継がれるでしょうな。もしくは、誇りやら、威信の為に死にますか。」</div><div>「自分のことを偉大な革命家、世界を動かす貴重な人間だと思っているかもしれぬが、お前の理論は完全に間違っておる。独善に、自然の法則に逆らった者に、未来が約束されたことはない。時代を動かすのは、発展や平和を願う人間の心であり、貴様のような人間は、時代の片隅に消されるか、永遠に人々に恨まれるに違いない。私を殺すか。私を殺したとしたら、お前は、偉大な、反逆者として、後の人間に記憶されるだろう。私を生かしたとしたら、お前は一転、王を支えて、王国の発展に貢献した忠臣として、記憶されるだろう。どちらを選ぶか、お前が決めろ。」</div><div>　王の雄弁に、その場にいた誰もが見とれていた。一字一句が人の心をつかんでいた。アサドの部下でさえ、心に迷いを持ち始めていた。</div><div>「ははは。ずっと王宮で暮らしてきたお坊ちゃんかと思っていたが、なかなか話の出来るお人ではないか。しかし陛下、状況を理解していないようだ。今有利なのはこちらですぞ。私の指示一つで、あなたの命を奪うことも出来る。あなたは、自分を殺すのはお前の自由だ、と言われたが、これは何とも王とはいえない台詞ではありませんかな？王ともあろうお方が、民を顧みず、反逆者に命を任せられるのか？民が聞けば恨むでしょうな。我々を捨てた！と。民を見捨て、反逆者の手に命を任せた王、あなたはそのように後世に記憶されますが、よろしいですかな？」</div><div>　これに王ジンは烈火のごとく怒り、怒髪は天を衝いたようだった。</div><div>「この反逆者め！この国をどうするつもりか！貴様は必ず、天から罰を受けるだろう！」</div><div>「どうするつもりか、と。国を一新します。腐りきったタービヤ王国を消し、我々の手で、新たな王国、いや、未だかつて無い強大な国を造るでしょう。」</div><div>　王は左右の者に、奴を殺せ！と命じた。</div><div>　それに応じ、アサドはそばにいる屍人を解き放った。屍人は、まるで檻から出された猛獣のように暴れ回った。剣の刃も、矢も、ものともしない。鋼で覆われたような頑丈な皮膚はてかてかと光っていた。刃向かった者達は、かみ殺されたり、巨腕で叩き殺されたり、踏みつぶされたり、多くの人間は一撃で死に、凄惨な光景だった。王は、バシアと共に一目散に逃げ出した。</div><div>「陛下！あの化け物は、体が大きく頑丈な分、きっと足が遅いでしょう。馬に乗ってとにかく逃げましょう！メイユは危険でしょうから、北にあるエリケに急ぎましょう！」</div><div>「そうしよう。いずれ、この恨みは必ず。」</div><div>　二騎で走っていると、六体の化け物が俊足で追いかけてきた。バシアの予想と違い、化け物は足も速かったのである。いったい、屍人に弱みなどあるのだろうか。</div><div>「うあっ・・・！」</div><div>　ジンも思わず叫んだ。死を覚悟するほかなかった。</div><div>　無我夢中で逃げ回り、戦いの火が燃え移った森の前で立ち往生してしまった。引いても獣がいる。</div><div>「ああ、どうしましょう！ここで死ぬしか無いのか！」</div><div>　バシアは剣で自らの剣で首を突こうとした。ジンはそれを叱り、</div><div>「不忠者がっ！王を守らずに自分だけ死を急ぐとは、なんたることか！それが、誰より長く国に仕えてきた人間の行いかっ！」</div><div>　バシアは深く後悔したが、嬉しくもなった。</div><div>――ああ、ジン様も立派になられた。</div><div>　しかし、状況は切羽詰まっている。ジンは決心をした。</div><div>「いっそ、火の海へ飛び込もう。獣に囚われては、確実に死あるのみだろう。だが、火の海の中に入り、万が一に抜けきれば、命があるかもしれない。」</div><div>「そうしましょう。片時も離れませぬ。」</div><div>　馬を降り、バシアは先に火に飛び込み、ジンを誘導した。しかし、誘導するもなにも、火で何も見えない。深い霧に景色が隠されているように、炎と熱気は全てを隠し、燃やしている。だが、進むしかない。すでに真っ白になった髭や髪が燃え、全身が溶けるかと思うほど熱かったが、ひたすらジンのために進んだ。</div><div><br></div><div>　奇跡か、天の加護か、なんと二人は森を抜けた。</div><div>　二人とも、全身に大やけどを負い、バシアは髪の毛も、髭も、全て燃えていた。生きているのが不思議なほど、全身黒くなっている。森を抜けたところで、バシアは力尽きて倒れた。</div><div>「面目ありません・・・。ここで死ぬしかないようです。陛下の、アサドに対するお言葉、私に対する叱咤、実にご立派でした。陛下さえ生き残っていただければ、私は霊魂となってもあなたをお守りいたします。」</div><div>　バシアはそういって息を引きとった。ジンは涙も見せずにその場を立ち去ってしまった。この国では普通は土葬をするものだが、今の彼には、バシアに構っている余裕が無かったのだろう。とにかく、乾いた喉を潤したい、という思いしかなかった。</div><div>　不思議にも、屍人は追ってこなかった。</div><div><br></div><div><br></div><div>「死んだか？」</div><div>　アサドがジンを追って帰ってきた兵士に尋ねた。</div><div>「死にました。」</div><div>「確かか？」</div><div>「火の海に飛び込みましたから、命があるはずがありません。」</div><div>「死体を見るまでは、信じぬ。探せ。」</div><div>　それから、一晩中探し続けたが、ジンは見あたらなかった。森は、一晩経っても燃えさかっていた。為に、森の向こう側に探しに行くことは出来ず、結果、ジンの逃亡を助けることになった。</div><div>　ジン以外の者は、全て焼かれるか、殺されてしまった。それだけに、アサドの怒りは募っていた。しかし、これ以上捜しても見つからないだろうと断念し、メイユに引き返した。</div><div><br></div><div>　ジンがアサドによって殺されたという話は、徐々に各地に広がっていったが、真っ先に行動を起こしたのは、アサドの予想通り、メイユの北にあるヌソベルークにいる、サブールだった。実に、事件の二日後には、八千の兵を率いて町を出発し、ヌマト湖を南下した。</div><div>　必勝を信じて出兵したサブールだったが、南岸にはジャファルの用意した兵が殺到していた。</div><div>「サブールではないか！何をしに来たんだ？」</div><div>　ジャファルはとぼけて言う。血気盛んなサブールは、それを聞いただけで顔を真っ赤にして怒り、</div><div>「何をしに来た、だと！？ふざけるな！この反逆者め、俺が葬ってやる！」</div><div>　彼の乗る大船は、訓練された美しい陣形をつくって下ってきた。</div><div>「数の違いを見せつけてやる。」</div><div>　余裕のジャファルは、左右に命じて大量の矢を引かせた。空が真っ暗になるほどの矢が放たれ、サブールの率いる船に無数が立った。しかし、サブールの率いる船団は怯むことなく突進し、乱戦になった。</div><div><br></div><div>　少し遅れて、王殺害とアサドの反乱の話はアーレフの耳に届いた。</div><div>　すぐにでも軍を率いてメイユに向かいたい思いだったが、今彼が率いる兵の数は、せいぜい二十人だったし、メイユからは遠く離れていて、少なくとも三日はかかる。</div><div>「すぐに向かうべきか、兵を集めてから向かうべきか・・・」</div><div>　彼は迷った。</div><div>　そこで、隣にいた兵士が勧めた。</div><div>「第一の臣下だったあなたがここで向かわないとなると、あなたの評判は地に落ちるでしょう。今、ヌマト湖の南岸でサブールとジャファルが戦っているようですから、それに加勢されてはいかがでしょうか？」</div><div>「そうしよう。」</div><div>　彼はすぐに決断し、馬を走らせ、南に急いだ。</div><div><br></div><div>　ヌマト湖畔の戦いは五日目に突入していた。休む暇もなく双方は戦い、湖に沈む者の数は溢れ、水は赤く染まっていた。それでも戦いが収まる気配は一向になく、どちらかが全滅しなければ止まないのではないか、と思われた。</div><div>　夜、小康。冷え切った夜で、空気は澄み、遠くの音まで良く聞こえた。お互いの軍の様子もよく見えた。</div><div>　ジャファルは、思ったよりも戦況が芳しくないことに怒っていた。</div><div>「なぜ、数的に有利な我々がこんなに苦戦するのだ。お前達の働きが足らぬからだろう。」</div><div>　彼の前に立つ武将達は、返す言葉もなく俯いていた。</div><div>「何とか言えっ！」</div><div>　ジャファルは目の前にあった机を信じられない力で蹴飛ばし、机は、目にもとまらぬ速さで一人の武将の許に飛んでいった。なんとその机はその武将の頭に直撃し、彼はばたっと倒れてしまった。</div><div>　周りにいた者達は駆け寄ったが、ジャファルがそれを叱った。</div><div>「こんなことで倒れるものだから、サブールごときに苦労するのだ！さっさと帰って戦いに備えろ！斬るぞ！」</div><div>　武将達は慌てて下がった。ジャファルの目に余る横暴に、彼らもそろそろ堪忍袋の緒が切れるかといった所だった。いっそ、反旗を翻して奴を殺してしまおうか、と話をしていると、どこからか叫び声が聞こえてきた。</div><div>「火事だ！食料庫に火がついた！」</div><div>　これは！と思い、皆そこに殺到したが、なんとそこでは殺陣が繰り広げられていた。仰天した武将達は、咄嗟に叫んだ。</div><div>「貴様はだれだ！何者だ！」</div><div>　戦いの中心にいた男が、それに答えて顔を向けた。なにを隠そう、王国の執政アーレフだった。</div><div>「誰だ、とは、思いもよらぬ言葉だ。その言葉を、そっくりそのまま返そう。王国を乗っ取り、王を討ったウジ虫を助け、忠臣サブールに対陣している貴様らは誰だ？残らず縛り上げ、拷問にかけ、仲間を一人残らずあぶり出してやる。それとも、死を選ぶか？どちらでもかまわぬが、こちらとしては、おとなしくお縄にかかってくれるとありがたい。そちらの方が簡単に済むから。」</div><div>「おのれ！」</div><div>　たった二十人足らずの男達に向かい、大勢の者が斬りかかったが、強い強い、ばったばったと倒される。</div><div>　騒ぎを聞きつけたジャファルがやってきた。</div><div>「なにをしている！何事だ！」</div><div>　アーレフが彼をみつけ、笑い声をあげた。無数の兵の相手をしていたはずなのに、全く疲れる様子を見せず、髪も全く乱れていない。</div><div>「はっはっは！ジャファルではないか。ここで何をしている？」</div><div>「それはこちらの台詞だ。我が陣で何をしている。」</div><div>「いやいや、たいしたことではない。単なる虫退治だ。」</div><div>「虫とは、何のことだ。」</div><div>「おもしろいことを言う。貴様と、周りにいる、この兵士達のことだ。」</div><div>「何だと！」</div><div>「怒ることはない。正しいことを正しく言っているだけだ。アサドとかいうウジ虫に荷担し、王権に刃を向けたものを、なぜ人間だと言えるだろうか。」</div><div>「この野郎、言わせておけば。」</div><div>　ジャファルは剣を抜いてずんずんと歩いてアーレフに向かっていった。</div><div>　お互い一歩も譲らない。その一騎打ちには誰も介入できず、周りにいた皆がその戦いを見入ってしまっていた。</div><div>　ジャファルの陣で火の手が上がっている！</div><div>　この機を逃す手は無い、と思ったサブールは、密かに船を寄せ、一気に攻め込んだ。</div><div>　思わぬ所から喚声が聞こえたので、仕方なくジャファルは退却し、陣を退いた。</div><div><br></div><div>　この勝利に兵士達は大いに喜び、その夜は酒を飲んで祝った。</div><div>　しかし、サブールもアーレフも、笑顔は無かった。</div><div>「陛下が亡くなられ、アサドが実権を握ったら、この国の歴史は終わる。すぐにでもメイユに入ってアサドを殺さなければ、間に合わない。」</div><div>「その通りです。私にお任せください。僅かな兵を連れて密かにメイユに忍び込み、謀反人の首を挙げて参ります。」</div><div>「成功すればよいが・・・。危険すぎる。」</div><div>「きっと成功させます。こちらはアーレフ様にお任せします。」</div><div><br></div><div>　アーレフは了解し、一日休んだ後、サブールは精鋭百人を連れて首都メイユに向かった。</div><div><br></div><div>　順風満帆に見えたこの国に、一瞬にして嵐が舞い込んだ。アーレフは責任を感じ、湖面を眺めながら涙を流した。</div><div>「申し訳ございませぬ・・・。」</div><div>　真っ赤に染まった湖面に、一滴の涙が落ち、そこだけ一瞬透明になった。</div><div>　しかし、すぐにまた赤くなった。何人の血で染まっているのか、もはや分からなかった。</div><div><br></div>
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<link>https://ameblo.jp/okamoto9625/entry-12059101245.html</link>
<pubDate>Fri, 07 Aug 2015 11:55:40 +0900</pubDate>
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<title>フネルの伝説 （9）</title>
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<![CDATA[ <div>　　嵐の前に</div><div><br></div><div>　タシ村に数万人の兵士が充満した。もともと大きな村ではない。過飽和状態である。</div><div>　しかしその分、多くの優秀な将士が集まった。大将軍ハーディを中心に、幕下には猛勇なカリム、軍師ルト、将軍アレイミ、ハイサム。壮々たる面々である。加えて、今や伝説の将軍となっているバヒラ、またアブドゥラシードもいる。西国の歴史を見ても、ここ百年来の内容である。</div><div>　このような面々で、軍事会議が執り行われた。まず軍師のルトが呼びかけた。</div><div>「アレイミ殿、援軍に感謝いたしまする。何しろ、我々はこの国の命運が賭けられた戦いに挑もうとしているわけですから、集められるだけの武勇と知謀が欲しかったわけであります。援軍を迎え、いよいよ我々は戦力としては整ったと言ってもよろしいでしょう。」</div><div>　続いて、ハーディが発言した。</div><div>「万全な数とは言えないが、集まった者達は、国の将来を案じて集まってくれた者達、そこらの者達とは違うだろう。見たところ、士気も非常に高い。」</div><div>　対して、援軍を率いてきたアレイミが答えた。</div><div>「しかし、懸念もある。いくら志願してきた者達とはいえ、十分に訓練が成されているわけでない。」</div><div>　軍師のルトが答える。</div><div>「それに関しては、こちらにも対策があります。訓練の内容は綿密に計画してありますから、彼らには、毎日訓練に励んでもらい、出来る限りの戦力向上を目指していきます。」</div><div>「一つ、言っておきたいことがあるのだが・・・」</div><div>　アレイミが少し声を落として言った。</div><div>　周囲は少し身を彼の方に寄せた。ぱしっ、ぱしっ、と音を鳴らして、アレイミは、常日頃持っている木の棒で手を叩いていた。</div><div>「実は・・・援軍の中に、バヒラ殿がいる――」</div><div>　誰も声を上げない。ただ、木で掌を叩く音だけが鳴っていた。</div><div>諸人の顔は固まっていた。</div><div>「バヒラ殿・・・とは、あのバヒラ殿ですか？」</div><div>「それ以外に誰がいよう。」</div><div>　誰もがあっけにとられていた。</div><div>　生きていた、という事実だけでも、喜びやら、驚きやらが沸き上がってくるし、その後には、なぜ、この中に居ないのか、という疑問が沸き上がってくる。</div><div>「すぐに、こちらにお呼びしろ。」</div><div>　ハーディは、近くにいた兵士に命令し、兵士は、一礼をして、さっと走っていった。</div><div><br></div><div>　何やら、悪い気配を感じる。</div><div>　空に光る星は暗いし、その相も甚だよろしくない。木々の音、森の音からも、悪い予感を抱く。</div><div>「何やら、危険を感じます。」</div><div>　バヒラは、共に立っていたフネルとアブドゥラシードに言った。</div><div>「ええ、私も何か落ち着きません。」</div><div>　フネルも、常にない緊張を感じていた。</div><div>　各々、辺りを見渡した。フネルは、再び、例の兵士が近くにいるのを見つけた。やはり、彼方を眺めて涙を流している。</div><div>　――・・・！</div><div>　三人とも、何かに気づいたらしく、さっと東の方向を見た。</div><div>　遠くの方に、黒い影が見える。雲のようにしか見えない。</div><div>　しかし、見る見る近づいてくる。</div><div>　巨大な鷲が、こちらに猛接近していた。しかし、三人以外には誰も気づいていない。</div><div>　全くの無音のまま、もう目前に迫ってきている。</div><div>　三人は咄嗟に弓に矢をつがえ、鷲を狙った。</div><div>　バヒラはめいっぱい弦を引き、ひゅうっ、と放った。</div><div>　矢は一直線に鷲の左目に向かっていき、ぶすっ、と刺さった。</div><div>　しかし、なお、鷲はこちらに向かってきていた。三人は走って避けたが、フネルが振り返ると、先ほどの兵士がまだ立っている。左手に弓を持ち、右手には矢を握っているが、構えて狙っているわけではない。ただ、真っ直ぐに鷲を睨んでいた。</div><div>「あっ・・・」</div><div>　フネルが叫ぼうとしたときには、すでに彼は鷲と交錯していた。</div><div>　鷲は兵士と共に再び高く舞い上がっていったが、途中、兵士は地面に向かって落ちていった。そして、鷲は高度を落として、やがて、ズン、と大きな音を立てて、落ちた。</div><div>　三人は一目散に兵士の許へ走っていった。</div><div>「大丈夫か！？おい！」</div><div>　フネルは、兵士の肩を揺らして、必死に呼んだ。</div><div>　すぐに兵士は目を開き、彼の方を見た。</div><div>「ああ、生きていましたか。」</div><div>　兵士は、やけにあっさりしている。</div><div>　バヒラもアブドゥラシードも、ただただ驚いていた。人間が落ちたら、まず助からないであろう高さから落ちて、たいした怪我もなく済むとは、信じられないという風だった。</div><div>「なんと頑丈な男だ。」</div><div>　バヒラも驚きを隠せない。</div><div>「なぜ、逃げなかったのです？鷲がこちらに向かってきていたのに。それに、弓に矢をつがえることもせず、ただ立っていたのは、どういう訳ですか？」</div><div>　フネルは兵士に尋ねた。</div><div>「いえ、咄嗟に、そうしたのです。鷲が体にぶつかってきましたから、それにしがみついて、持っていた矢で頭を力一杯刺しました。――良かった。どうやら、鷲は死んだようですね。」</div><div>　とんでもない男がいるものだ、と、ただただ感心していた。</div><div>「まるで、片腕を犠牲にして、剣で古の蛇を刺し殺したビョレンスを見るようだ。」</div><div>　バヒラは、尊敬の眼差しで兵士のことを見ていた。</div><div>　そこへ、兵士たちが走ってきた。</div><div>「何の騒ぎかな？」</div><div>　走ってきた兵士達は、バヒラの前に跪いた。</div><div>「バヒラ様、ハーディ様がお呼びです。」</div><div>「はて？何の用だろうか」</div><div>　他を残し、バヒラは兵士達と共にハーディのもとに向かった。</div><div><br></div><div>　幕の中に入ると、一番奥に座っていたハーディ含め、皆がバヒラを見ていた。</div><div>「ああ、このようにしてまた会えるとは！」</div><div>　ハーディの喜び方は凄まじかった。</div><div>「ああ！夢のようだ！」</div><div>「ハディープの事件を生き残るとは、奇跡だ」</div><div>　諸人は感極まって、涙を流す者もいた。</div><div>「いやいや、そんなに有り難がらないでくれ。ハーディも泣くな。」</div><div>　ハーディは、バヒラのことを神か何かのように崇拝しているようだった。</div><div>「ああ・・・あなたがいれば、軍の士気は一気に上がるでしょう。どうか、総大将にお座りください。」</div><div>　バヒラは、嬉しがるどころか、顔を曇らせて、外に出ようとまでした。</div><div>　それを、末席に座っていた猛将カリムが、腕を掴んで止めた。</div><div>「私は、諸人に尊敬されるような人ではない。誰よりも罪深い人間だ。どうか、私を止めないでくれ。」</div><div>　皆が真剣な面持ちで彼のことを見ていた。誰もが、彼が何をそんなに罪を犯したのか、と疑問に思っていた。アレイミが聞いた。</div><div>「何をしたというのですか。私にはちょっと分かりません。」</div><div>　バヒラはアレイミを睨み、鬼のような剣幕で、剣を抜いてそれを地に突き刺した。</div><div>「分からぬか！愛国者はここにはおらん！民を愛する者も、民の命に責任を感じている者もおらん！ああ、この国の未来も、もう暗い！」</div><div>　その鬼神のごとき迫力に、誰も言い返すことができなかった。指先さえ動かすことの出来ない緊張感が、場をのんでいた。</div><div>「誰も何も言わぬか。もう知らん。勝手にするが良い。」</div><div>――お待ちください！</div><div>　ハーディが一番奥から叫んだ。</div><div>「愛国者がいないとは、どういうことでしょうか？私達は、国を守るためにこのようにして戦争に挑んでいるのです。これを、愛国ではないとは言えないのではありませんか？」</div><div>　ハーディは恐る恐る尋ねた。</div><div>「ハーディ君。教えてあげよう。形は整っているが、中身がないとは、この首脳陣のことを言うのだ。分かるか？皆に、真に民を思う気持ちがあるか？無いだろう。あったら、このバヒラの心を理解することは出来ただろう。そなたたちは、幕を出て兵士達の声を聞いたのか？村の長老の話を聞いたのか？最も苦しい暮らしを知り、自らの命と家族を犠牲にして国を救おうと志願してきた兵士達の方が、よっぽど上に立つ資格がある。自らの栄光や義務感、責任感で将軍をしているあなたがたに、兵士達を率いる資格はない！」</div><div>バヒラは言い終えるとその場をあとにし、フネルに言った。</div><div>「彼らが意識を変えない限り、この軍には永遠に勝利はありません。」</div><div><br></div><div>　冬を越し、新緑の季節、数多くの戦死者を出したマヌハ奪還戦争が始まる。</div><div><br></div><div><br></div>
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<link>https://ameblo.jp/okamoto9625/entry-12057733300.html</link>
<pubDate>Mon, 03 Aug 2015 17:24:30 +0900</pubDate>
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<title>フネルの伝説（8）</title>
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<![CDATA[ <div>　　援軍</div><div><br></div><div><br></div><div>　早馬が走る。</div><div>　晩秋の肌寒い空気が顔に吹き付ける。</div><div>　彼は鼻を真っ赤にしながら、ただ首都へ急いでいた。うねる山道を抜け、農園の中を駆け抜け、沼地を横目に見ながら、ようやく彼はダノァに到着した。</div><div><br></div><div>「――ドウカ様、ハーディ様からの書状です。」</div><div>「ハーディか、クシ村に避難してからどうしているか。」</div><div>　ドウカは、使者に渡された書状を広げ、熱心に読んだ。読み進めるにつれ、彼の顔は曇っていった。</div><div>　傍らにいた執政のサハウルは、彼の顔色が優れないのを見て、尋ねた。</div><div>「ドウカ様、いかがなされましたか。ハーディからは何と？」</div><div>「ううむ。どうやら、事態はさらに深刻を極めてきている。お前もこれを読みなさい。」</div><div>　書状をサハウルに渡し、ドウカは頭に手をあてて悩んだ。</div><div>「ドウカ様、志願兵を募りましょう。現在配備されている軍隊を動かすと、防御が薄くなる場所が出てしまいます。国内から、国を守る強い意志を持つ人間を集めるのです。」</div><div>「そうしよう。ここでも、荒れた町に対して嘆き悲しんでいる民も大勢いることだろう。何かしたいが、どうすればいいのか、と行動できないでいる者達を集めて送ることにする。」</div><div><br></div><div>　書状の内容は、次のようなものだった。</div><div>　軍事的に見て、何としても、マヌハの町は取り返さなければならない。そのためには、一万人の増援が必要。成人した者だけでなく、本人の希望があれば、十六歳以上の者も許可して欲しい。そして、出来ることならば、失われたハディープの偵察も行いたい。</div><div><br></div><div>　その日のうちに、サハウルは志願兵を募る書面を書き、ダノァはもちろん、近隣の町に掲げた。その文章は、誰が読んでも愛国の情にかられ、志願したくなるような、国を思う彼の熱い思いがあふれ出たものだった。</div><div>　続々と、志願の人々がドウカの許に集まってきた。なんと一日で、二千人も集まった。</div><div>　その後も数日間、志願の波は衰えず、数日で一万人が集まった。頼もしい屈強な者達が集まったわけではなかったが、彼らの目は爛々と輝き、その魂は炎のように燃えていた。</div><div>　ドウカ、サハウル、元々兵学校で校長をしていたアレイミが、集まった者達を見ていた。その中には、サハウルの息子、アーレンの姿もあった。彼の近くには、同じ九十二組のアシュファク、ガッサン、マティーンなども集まっていた。いつもフネルに悪態をつくワドやヤウクの姿はない。</div><div>「ん？」</div><div>　サハウルは、何かに気づいた。</div><div>「あれは・・・」</div><div>　彼は整列する人々の中に分け入り、進んでいった。</div><div>「おお！バヒラじゃないか！生きていたのか！」</div><div>　サハウルも、バヒラはハディープの事件で死んだと思い込んでいたので、満面の笑みで喜んでいた。バヒラも喜んでいたが、どこかぎこちない。</div><div>「どうしたんだ？なぜそんなにかしこまっているんだ？」</div><div>「私は、ミーヤ様と民を殺した人間だ。大きな顔でお前に会うことはできない。ましてや、ドウカ様に合わせる顔は無い。」</div><div>「では、なぜ今回志願してくれたのか。」</div><div>「国のためを思う私の気持ちは、あれ以来さらに強くなっている。今度の徴兵で、悔いを残さずに戦おうと思ってね。」</div><div>「それはありがたい。君がいれば百人力、いや、千人力だ。」</div><div>「いやいや、もう体は衰えたよ。隊長とか、兵士を束ねる立場は与えないでくれ。一士卒でいい。」</div><div>「どうして。君には、是非大隊長を任せたいのに。」</div><div>「存分に戦って、動き回りたいのだ。分かってくれ。」</div><div>「そうか、分かった。君がそこまで言うのなら、望むとおりにしよう。」</div><div>　サハウルは去っていった。</div><div>　バヒラの隣には、フネルとアブドゥラシードもいた。</div><div>「バヒラ先生、いいのですか？大隊長にならなくても。」</div><div>「フネル様、私はあなたを従えることはできません。あなたの許で働かせてください。」</div><div>「あぁ・・・」</div><div>　フネルは、バヒラの忠義に感動し、このような人間になろうと心の底から感服した。</div><div>　バヒラという男の大木のようにぶれない忠義の心は、いったい何によって培われたのだろうか。</div><div>　彼はハディープに生まれ、成人するまで両親からふんだんに愛情を受けて育った。そしてバヒラが三十五歳のとき、彼はタービヤ王国との戦争に従軍した。彼はそのとき、ハディープ軍の一将軍に過ぎなかったが、彼の隊は目覚ましい活躍をし、彼の名前は一躍有名になった。その三年後に彼はハディープの市長になり、さらにその二年後、虎率いる獣が町を襲う。彼の人生は、何にも勝る栄光と大没落の物語であった。聞くところによると、彼は幼年の頃から礼儀正しい少年だったという。そんな彼が勝利の味を味わい、最大の挫折と苦痛を受けたことによって、全てを受け入れる偉大な人格と、人の悲しみを理解する人間の深さが形成されたのだろう。そして、フネルと出会った。彼は、これ以降の人生を賭けようと思う人間に出会ったことによって、培われた忠義心が呼び覚まされ、今では愛国心に燃える士となっていた。</div><div>　このような偉人と出会い、学ぶことが出来ているフネルは、誰よりも幸福だと言わざるを得ない。</div><div>　何に幸せをもとめるのか。</div><div>　それは時に人生の最大の目的であり、時に人生を大きく誤った方向へと導く。</div><div>　歴史を見ても、自らの幸福に人生を捧げた人間は、総じて歴史の中に埋もれ、称えられることはない。後世に記憶され、永遠に愛される人間は、忠義の士である。国のため、民族のため、あるいは世界のために命を捧げた人間は、忘れられることはない。ビョレンス然り、ジン然り、アバン然り。彼らは民族のために人生を捧げた。ビョレンスが生きていた時代からは、とうに千八百年ほど経過している。それでもなお、彼のことを歌う歌は数え切れないほどあり、小さな子供でも歌う。彼の、民族を思う熱い思いは、今でも彼らの中に宿っている。悠久の流れの中で、彼の血はほとんど無くなってしまったに等しい。しかし、受け継がれている。志を受け継ぐのは、時に血族ではなく、意志を継いだ異邦人である。血を受け継いだ者が志を受け継げば、なお良いのであろうが。ただ、血は歴史を作る。偉大な人間の子孫に、結実が現れる。フネルは、ビョレンスの血を継いで、どのように生きていくのだろうか。</div><div><br></div><div>　出発の日、フネルはいつものように森に入り、いつもの場所で祈っていた。いくら祈っても、答えが見つからない。どのように生きていくべきなのか。母はなぜ死んだのか。バヒラのような人を先生に迎えることが出来て、自分は何もしないわけにはいかない。西国の主に、自分がなれるのだろうか。</div><div>　そんな思いが、心で渦巻き、不安や悲しみで涙が止まらなかった。</div><div>　目の前に、太陽が現れた。</div><div>　まぶしくて目が開けられない。</div><div>　光が近づいてくる。</div><div>　その中から、一人の人が現れた。</div><div>　もう、すぐ目の前にその人はいる。</div><div>　よく見ると、彼自身が光っているのではなく、彼の後ろに発光体があるのだった。</div><div>　現れた男は、長身で、漆黒の髪がなびき、全身が恐ろしく綺麗に引き締まっていた。黄色い服を身につけ、腰には立派な剣を佩いていた。しかし、顔は何十年、いや、何百年の悲しみが刻まれているような、そんな表情をしていた。</div><div>「フネルよ。」</div><div>　光を背後に、男はフネルに話しかけた。フネルはぎょっとして、一瞬固まってしまったが、すぐに返答した。</div><div>「はい。」</div><div>「私はビョレンスだ。お前の先祖である。」</div><div>「・・・おォ・・・ビョレンス様？」</div><div>「今、この国は大変な危機を迎えている。獣とタービヤ王国の侵略だけではない。アバンの願いは忘れられ、今や彼らは放浪する民のようだ。」</div><div>「ビョレンス様、私達はそれでも、必死に戦おうとしています。」</div><div>「それがせめてもの救いだ。しかし、神は悲しんでおられる。選民としての誇りを取り戻し、神の許に帰ってきて欲しい。」</div><div>「ど、どうすればよいのですか？」</div><div>「天の願いは、お前に託されている。お前が民を導き、王国を建て、神殿を造り、神の住める場所を地上に造りなさい。」</div><div>「私がですか？できません。私などより、ふさわしい人がいるはずです。辞退します。」</div><div>「それでも、神の願いはお前にある。神のために、生きてくれないか？」</div><div>「ああ、ビョレンス様、困ります。そんなに私に頼らないでください。あなたに頼まれるのは苦痛です。どうかおやめください。」</div><div>　彼は泣いて訴えた。彼はビョレンスの足を掴んで必死に訴えた。ビョレンスは屈んで右手で彼の頭を撫でた。</div><div>「ああ、そのように訴えられると、私も悲しい。愛しいフネルよ。お前しかいないのだ。どうか、引き受けてくれ。」</div><div>　フネルはビョレンスの顔を見た。</div><div>　顔が全てを物語っていた。ビョレンスは自分の知らない悲しみや苦しみを抱えている。そして、自分のことを我が子のように愛している。その顔を見て、これ以上断ることはできなかった。</div><div>「あぁ・・・ビョレンス様・・・」</div><div>「フネル、引き受けてくれるか。神の悲しみを受けとめてくれるか。」</div><div>「はい、やります・・・。」</div><div>「おぉ・・・そうか、そうか。何より嬉しいことだ・・・。」</div><div>「私はどうしたらよいのでしょう？」</div><div>「おまえには神がついている。神を信じなさい。誰に裏切られようと、神はあなたのことを裏切らない。決して。神に尋ねなさい。あなたの主人は神以外にはいないことを、肝に銘じなさい。」</div><div>「分かりました。」</div><div>　ビョレンスは、深刻な面持ちで、霧が晴れるように消えていった。</div><div>　フネルはしばらく恍惚として動けなかったが、はっと気づいて家に帰った。</div><div>　家では、モシアとバヒラ、アブドゥラシードが待っていた。</div><div>　もう支度は調っていたから、彼が帰るとすぐに、皆、荷物を背負った。</div><div>「それでは、行ってきます。」</div><div>「ああ、いってらっしゃい。無駄に命を捨てることはしないでください。貴重な命ですから。」</div><div>「はい。ありがとうございます。きっと、帰ってきます。」</div><div>　三人はモシアに手を振り、荷物を背負って家を後にした。</div><div><br></div><div>　援軍は出発した。軍団長は、校長のアレイミである。仕官を願い出た者達には武具や服が与えられ、全員が青い服を着ていた。先頭のアレイミの威風はさすがであった。もはや彼も年は五十二になり、貫禄が十分についていた。左右は、同じく兵学校教師の武官たちで固められていた。フネルらを指導したこともあるハイサムもいた。彼は、今にも死にそうな老人にしか見えないが、未だに頭脳は明晰で、広く兵学を熟知し、経験も豊富だったから、隊に加えられた。</div><div>　ダノァから、ハーディのいるタシ村まではそんなに遠くはない。三日もあればついてしまう。しかし、道は山の中を抜けていくため、少々困難が伴う。それに、冬が近づいているから寒い。兵士達は体をこすって暖をとっていた。日が落ちてきたので、近くの小さな村に泊まることになった。その町にはもう僅かな食料しか残っていなかったため、彼らは持ってきた食料を食べた。</div><div>　アレイミは軍の様子を見に赴いた。</div><div>　まだ出発してすぐなので、疲れはほとんど見られない。それに、自ら仕官を願ってきた者達なので、活気があった。その様子に安心し、彼は満足げに見ていた。</div><div>「二日後には着くだろう。向こうの様子は変わらないか？」</div><div>　ハイサムは答えた。</div><div>「特に変わりはありませんな。しばらく獣は襲ってきていないようです。」</div><div>「ならば良かった。タシ村まで追われたら、もうダノァに戻るしかないぞ。」</div><div>「その通りです。タシ村は何としてでも死守しなければなりません。獣が直接ダノァを襲うようになってしまいますからな。」</div><div>「マヌハは鉄壁の要塞とも言える、堅固な町だ。しかし、相手は獣。人間のように組織的に守るようなことはしまい。弓矢も持っておらん。」</div><div>「しかし、正面からぶつかっても難しい戦いになるでしょうな。町の破壊には多少目をつむって、火、水などで攻めるのがよろしいかと。」</div><div>「すでに町は破壊し尽くされている。それに、奪還出来ずに負けるよりも、町を多少壊してでも取り返すことの方が良いことは必然。」</div><div>「正しい判断ですな。」</div><div>　二人は、東に目を向けた。もう外は真っ暗だった。僅かに虫が鳴いている。</div><div>「このように獣に国土を蹂躙されて、我々の国はこれからどうなるのだろう。」</div><div>「私にも想像がつきません。この隙にタービヤ王国がどう動くかも考えなければなりません。」</div><div>「なぜすぐに向こうは攻めてこないのだろうか。弱体化している今こそ、迫めこむ好機だと思うのだが。」</div><div>「きっと、獣に目を向けられるのがイヤなのでしょう。」</div><div>「獣を放ったのは向こうだろう？何も考えずに放ったのか？」</div><div>「こちらの自滅を望んだか、何か考えがあるのか・・・」</div><div>　アレイミは額に手をあて、ため息をついた。</div><div>　誰から見ても、国家存亡の危機である。</div><div>　獣の脅威、タービヤ王国の脅威、数々の艱難が彼らを襲っている。</div><div><br></div><div><br></div><div>　フネルらは、村の広場に集まってたき火をたき、それを囲って大勢で雑談をしていた。彼の心は静かだった。空を見れば、満点の星空が広がっている。</div><div>「綺麗だ・・・。」</div><div>　自然と言葉が出た。</div><div>　ずっと見ていると、空が落ちてくるような感覚を感じた。だんだんと、悲しみの感情がわき上がってきた。涙が止まらない。</div><div>「この星をつくった神のことを思えば、涙が出てくる。人間の愚かさよ。神の思いも知らず、願いも知らず、我の欲望に従って奔放に生きている。生き恥とはまさにこのことだ。ああ・・・。」</div><div>　彼が涙を流していると、アブドゥラシードが尋ねた。</div><div>「母上のことを思い出されていたのですか？無理もありません。私もあなたくらいの年の頃には、ひどく感傷的になることばかりでしたから。」</div><div>　微笑んで慰めた。</div><div>　しかし、フネルは、彼の的外れな言葉に戸惑ってしまった。</div><div>　違う。母を思っての涙ではない。今この瞬間にも、星も、山も、動物も、木々も泣いているのに、何故それが分からないのか。</div><div>　そう思って、怒りさえ湧いてきた。</div><div>　最近になって、話す相手がいなくなってきたように感じていた。自分と感覚が通じないというか、話題が通じないというか、心から話せることが減ってきていた。寂しさを感じた。</div><div>「僕の気持ちは、誰にも理解されないのだろうか。」</div><div>　その場に居づらくなり、立ち上がって輪から抜けた。虫の声が聞こえてくる。虫さえ、助けを求めているように聞こえる。そして、また涙を流した。</div><div>「人間だけではない。虫でさえも、救いを求めている。いよいよ、僕は世を救わなければならない。」</div><div>　ふと横を見ると、少し離れた場所で、彼方を眺めて同じように涙を流している兵士がいた。美しい眼をしていた。手に何かを握っている。それをぎゅっと握り、それに目線を落として何かをつぶやき、再び彼方を眺めた。兵士は持っていた何かを両手に持ち、首にかけた。どうやら、首飾りのようだ。フネルが見ていたことに気づき、彼は、ぷいっ、とむこうを向いてしまった。</div><div>　フネルは彼のことが気になり、駆け寄った。</div><div>「あの、どうして泣いていたのですか？」</div><div>「君には関係ありません。」</div><div>　男にしては声が高かった。</div><div>「僕も泣いていたから、つい、気になってしまったのです。」</div><div>「そうですか。どうして泣いていたのですか？」</div><div>「僕は、虫の声に耳を傾けていたら、涙が溢れてきたのです。」</div><div>「私は、妹のことを思って、涙を流していました。」</div><div>「妹さんが、どうかされたのですか？」</div><div>「私の妹は・・・」</div><div>　彼はフネルの眼を真っ直ぐに見ていたが、また、眼を彼方に向けた。首の飾りが夜空の星を映してキラキラと輝いている。</div><div>「――妹は、いなくなりました。」</div><div>「それは・・・どうして？」</div><div>「ハディープに住んでいたときに、居なくなってしまったんです。いくら探しても見つかりませんでした。」</div><div>「獣に襲われたんですか？」</div><div>「いいえ。その二月ほど前のことです。家から居なくなっていました。」</div><div>　兵士は涙を流した。</div><div>　フネルも涙を流した。</div><div>　なんて悲しい話なのだろうか。獣に殺された訳でもなく、消えてしまった。諦めきれない彼の心を思うと、涙が止まらなかった。</div><div>「私に同情してくれて、ありがとう。でも、私は妹が生きているって信じている。諦めない。」</div><div>「僕も信じます。きっと、妹さんが見つかりますように。」</div><div>　流れ星が流れた。フネルは、それさえも星が涙を流しているようにしか見えなかった。</div><div><br></div>
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<link>https://ameblo.jp/okamoto9625/entry-12052875375.html</link>
<pubDate>Tue, 21 Jul 2015 11:08:51 +0900</pubDate>
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<title>三国志、震えます</title>
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<![CDATA[ 前々ら、ずぅっと読みたかった三国志を、やっと読みました！<div><br></div><div>今はもう二周目を読んでいますが、二回目は新しく気づくことがあったりして、より面白いです。</div><div><br></div><div>私は、何より関羽が好きです。</div><div><br></div><div>劉備を慕い、彼のために全てを捧げる姿勢は、憧れます。</div><div><br></div><div>なので、関羽を殺してしまったという理由で、初めは好きだった孔明を嫌いになってしまったり…</div><div><br></div><div><br></div><div>また、桃園の三人や曹操が死んでからは、何か物寂しい雰囲気が漂ってきました。</div><div><br></div><div>曹操の大胆な戦いは無いし、許楮や李典、楽進などの武将もいない。</div><div><br></div><div>前半の方が好きですね笑</div><div><br></div><div>皆さんは誰が好きなのでしょうか？</div>
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<link>https://ameblo.jp/okamoto9625/entry-12051049076.html</link>
<pubDate>Thu, 16 Jul 2015 11:13:17 +0900</pubDate>
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<title>フネルの伝説（7）</title>
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<![CDATA[ <div>&nbsp; &nbsp; &nbsp; 快将軍</div><div><br></div><div><br></div><div>　暑い夏の一日、フネルが目を覚ましてアブドゥラシードと共に居間に向かうと、主人夫妻、母、バヒラがいた。</div><div>　いつもと変わりが無いように見えたが、母の様子がおかしかった。</div><div>　いくらか回復をしたようで、体の調子はよさそうだったが、顔面が蒼白だった。</div><div>「お母さん、どうしたんですか？顔色が良くありませんが・・・。」</div><div>「なんでもありません。」</div><div>　母はそういって、部屋から出てしまった。</div><div>　誰から見ても様子がおかしかったが、誰も来ないで欲しいという雰囲気だったので、誰もその後を追うことが出来なかった。</div><div>　フネルは、胸騒ぎがして、おさまらない。</div><div>　すぐに母を追うことも考えたが、バヒラやアブドゥラシードに「きっと心配ないだろう」と言われたので、思いとどまった。</div><div>　フネルは、剣の達人であるバヒラに剣術を教わろうと、彼に頼み込んだ。</div><div>「バヒラ様、一度振れば地が震える、とまで言われた剣術を、どうか教えてください。」</div><div>「いやいや、恐れ多い。そのように言われていることは知っていますが、そんなものではありませぬ。」</div><div>「謙遜なさらずに、どうぞ教えてください。」</div><div>　アブドゥラシードも加えた。</div><div>「私も教えて欲しいです。教えて損はありません。むしろ、そんな風に謙遜をして、身につけた技を隠していると、罰が当たりますよ。」</div><div>「ああ、分かった――フネル様、お教えしましょう。」</div><div>　二人は喜んで彼に従った。</div><div><br></div><div>　――剣術は道であって、人を殺す手段ではない。主は天にあり、善のために剣を振らなければ、剣はたちまち重くなり、持ち手の意志に背くようになる。我々人間に意志があるように、剣にも意志がある。剣が離れたいと思えば、持ち手のもとを離れてしまうのだ。つまり、真の剣士とは、天に仕え、善のために剣を扱うという目的の下、剣と心身共に一つとなって舞うことによって生まれるのだ。</div><div><br></div><div>　彼の剣術指導は、精神論から始まった。</div><div>　彼の流暢な語りと、簡潔で聞く者の興味をがっしりとつかむ内容は、二人の弟子の心をあっというまにつかんでしまった。</div><div>　フネルは言うまでもなく、長年剣を振ってきたし、ついこの間、フネルを助ける際に、神業のような剣裁きを披露したアブドゥラシードでさえも、剣に対する考え方を改めさせられた。</div><div><br></div><div>　昼過ぎになり、急に空が暗くなった。</div><div>　大雨が降り、雷が鳴った。</div><div>　一年間で降る量の雨が、一時間のうちに降ってしまうのではないか、というほどの大雨で、恐ろしさに人々は皆家の中に隠れてしまった。</div><div>　今度は、風が吹いてきた。</div><div>　時が経つにつれてどんどん強くなり、いよいよ嵐は天変地異となっていた。</div><div><br></div><div>　母は？</div><div><br></div><div>　フネルは強く打つ鼓動を感じ、部屋へ向かった、が、誰もいなかった。</div><div>　急いで外へ飛び出し、あちらこちらを探し回った。</div><div>　もう前が見えない。</div><div>　足下も、川のようになっている。</div><div>　はっと上を見上げると、いつかの公園の中にある、巨木が見えた。</div><div>　巨木のある辺りは丘になっていて見晴らしが良かったから、彼はそこに向かった。</div><div>　目の前にすると、てっぺんが見えないくらいに高い木だった。</div><div>　幹も、一人で抱けるような太さではない。</div><div>　木の下に立つと、いくらか雨をしのげるが、横から吹いてくるものは防ぎきれない。</div><div>　上を見ると、無数の枝と葉が見えた。</div><div>　人がいる。</div><div>　木の上の方に、人が上れないような場所に人がいる。</div><div>　どうしてあんな所に。</div><div>「おういっ！」</div><div>　呼んだが、こちらを見ないし、動かない。</div><div>「そんなところにいると危ないですよ！」</div><div>　そのとき、突風が吹いてきて、木を大きく揺すった。</div><div>「あっ――」</div><div>　息をつくまもなく、人が落ちてきた。</div><div>　ドサッ――</div><div>　と音を立てて落ちてきたのは、女性だった。</div><div>　まさか、と彼は内心恐怖を抱いていたが、落ちてきた人に近づくほど、彼の心は静かになっていった。</div><div>　そんな、やめてくれ、いやだ。</div><div>　母は微笑んでいた。</div><div>　胸の辺りで指を絡めて、上から落ちてきたとは思えないほど、綺麗に横になっていた。</div><div>　呆然とした。</div><div>　なぜ、とも考えられなかった。</div><div>　ずっと長い間、彼は母の体の横で突っ立っていた。</div><div><br></div><div>「フネル様！」</div><div>　声が聞こえる。</div><div>　気づけば、雨もやんでいる。</div><div>「フネル様、探しましたよ。」</div><div>　バヒラとアブドゥラシードがこちらに走ってくる。</div><div>「ああ。」</div><div>　そう返事をして、彼はまた、母に目を向けた。</div><div>　到着した二人は、言葉を失い、固まっていたが、アブドゥラシードが膝をつき、母の白い手を取って泣いた。</div><div>　また、か。</div><div>　バヒラは、後悔を通り越し、自らの無力さを噛みしめていた。</div><div>「帰りましょう。」</div><div>　フネルは母の体を担いで、家に向かった。</div><div>　二人は唖然としながらも、彼について行った。</div><div><br></div><div>　家に戻ると、塀は壊れ、屋根の一部が飛ばされていた。</div><div>　フネルの部屋の前の木が、真っ二つに折れていた。</div><div>　さらに、屋敷の奥から泣き声が聞こえてくる。</div><div>　行ってみると、主人のモシアが泣いていた。</div><div>　彼の前には、その妻のベラファが倒れていた。</div><div>　頭から血を流し、その横には岩があった。</div><div>「ああ。」</div><div>　あまりの出来事に、彼はそれ以上何も口にすることが出来なかった。</div><div>　彼は家を出て、大通りを北へ向かった。</div><div>　そこら中から泣き声や叫び声が聞こえてくる。</div><div>　ここは地獄だろうか。</div><div>　彼は町を出て、すぐ隣にあるゴディムの森に入った。</div><div>　非常に古い森で、覇者ビョレンスの時代からあると言われている。</div><div>　ほとんど人が入ることが無いので、道は無い。</div><div>　茂みの中をかき分け、開けた場所にやってきた。</div><div>　天にも届くかと思われるほどの高い木に囲まれ、空にあいた僅かな隙間から、日の光が入ってくる。</div><div>　中央には上面が平らになっている岩があり、幻想的な空間を作り出していた。</div><div>　彼は祈った。</div><div>　誰かにすがろうとしても、解決しないような気がしたから。</div><div>　誰かに相談したとしても、望んだ返事が返ってこないような気がしたから。</div><div>　返事として何を望んでいるか、分かっているわけでは無かったが。</div><div>　石に両手をのせ、手を組んで、光に向かって祈った。</div><div>「神様、どうして・・・。」</div><div>　それしか、言わなかった。</div><div>　だが、涙が溢れてくる。</div><div>　止めどなく涙は流れ、やがて岩全体がぬれてしまった。</div><div><br></div><div><br></div><div>　中央から、市民に対して通達が来た。</div><div>　街角に張り紙が貼られた。</div><div>　内容は、</div><div><br></div><div>　諸事情により、学校の運営を無期限で停止する。</div><div><br></div><div>　という内容だった。</div><div>　人々は、いよいよ事態の深刻さを身にしみて感じた。</div><div>町の荒廃は著しかった。</div><div>　近頃は強盗や殺人も目立つようになり、夜になると、叫び声や泣き声が聞こえてくる。</div><div>　かつての、音楽が流れ、清らかな水が町を潤すダノァの姿は、もうどこにも無かった。</div><div>　しかし、全ての市民が黙っているわけではない。</div><div>　町の至る所から、町の将来を憂う人間が集まり、一つの団体が結成された。</div><div>　団長は、学校でフネル達を指導したこともある、ラザッフ。</div><div>　結成当時、名簿の中にある名前の中に、彼以外に名のある人間はほとんどいなかった。</div><div>　というのも、剣術で生活をしている兵士達は、仕事を放棄して入団することができないため、実際に入団できたのは、職を失っていた者か、教師であった。</div><div>　名簿は次の通りである。</div><div><br></div><div>　団長　ラザッフ</div><div>　副団長　ヴァファー</div><div><br></div><div>　　　　一番隊　隊長　ナーデル</div><div>　　　　二番隊　隊長　カーディル</div><div>　　　　三番隊　隊長　サーデグ</div><div>　　　　四番隊　隊長　ラビ</div><div>　　　　五番隊　隊長　ムフスィ</div><div><br></div><div>　教師もいたが、仕事を失った元商人、刃物売り、靴屋、鍛冶屋など、様々な人間が集まり、武術の達人といえる者はほとんどいなかった。</div><div>　かつて、町の武芸大会で大活躍したマライカも志願し、一番隊に配属された。</div><div>　彼らは皆、紺色の武装をして活動した。</div><div>　ちなみに、国の正規兵は青色の武装である。</div><div>　彼らの活動内容は、もちろん、町の治安維持が目的である。</div><div>　一つの隊で固まって行動し、町の中に五つの隊が散らばって監視をする。</div><div>　強盗や、暴漢が現れたら、捕まえて正規兵に届けるか、その場で殺した。</div><div><br></div><div><br></div><div>　国の中央も、何もしていないわけではなかった。</div><div>　しかし、度重なる獣の攻撃と、治安の悪化によって、中央の統治機能は著しく低下していた。</div><div>　ドウカや執政のサハウルも、私財を割いて国のために用いたが、いくらかの財で何とかなるほど、事態は軽くなかった。</div><div>　このままでは、暴動が起きかねない、そんな状況に、政治家達も戦々恐々としていた。</div><div><br></div><div><br></div><div>　十月、だんだんと寒い時期にさしかかっていた。</div><div>　路傍で寝る人々は、どうやって寒い季節を乗り越えようか、と苦悩していた。</div><div>　町の様子は相変わらずであった。</div><div>　結成された国防集団はヌールと名付けられ、日々奮闘していたが、町の様子は、彼らの働きだけでは大きく変わらなかった。</div><div>　そんな厳しい状態の中でも、町の人々は絶望していなかった。</div><div>　アバンによって導かれた彼らは、どこか</div><div><br></div><div>　それでも天から守られている</div><div><br></div><div>　という意識が根底にあった。</div><div>　それは決して、勝手な先入観や自己満足、概念的な神に対する信仰からくる意識ではなかった。</div><div>　ビョレンスによって救われ、アバンによって導かれた自分たちは、選ばれた民族だ、と、本気で思っていた。</div><div>　諦めることを知らない彼らは、ひょっとすると、他のどんな民族よりも恐ろしいかも知れない。</div><div><br></div><div>　西国の首都ダノァから南東百キロメートルにある大都市マヌハは、塩の大生産地である。</div><div>　塩の取引によって昔から大いに栄え、人々は皆富んでいた、が、今では、付近の村々を獣に襲われ、今や、獣との戦の最前線となっていた。</div><div>　しかし、ダノァと同様、この町にも頑丈な石壁が築かれており、未だ直接攻撃を受けたことはなかった。人々は、来る戦のために刃を研ぎ、堀を深くしていた。</div><div><br></div><div>　ある晩、町の裏にある森から、獣がやってきた。</div><div>　夜に動物が襲ってくることは無いだろうと油断していた兵士達は、見張りの突然の知らせに、慌てふためいた。</div><div>「はっはっは、慌てるな！」</div><div>　愉快な大声を出して兵士を落ち着かせたのは、町の兵士長ハーディだった。</div><div>　真青のマントを翻し、国旗を片手に駆け出し、漆黒の美しい愛馬にまたがり、兵士達の許へとやってきた。</div><div>「諸君。獣、恐るるに足らず！見ていろ、私がちょっくら退治してくるから。」</div><div>　彼は町の大門の前に立ち、大声で「扉を開けろ！」と叫んだ。</div><div>　ギギギと大きな音を立て、ゆっくりと、扉が開いた。</div><div>　今夜は、三日月だった。</div><div>　向こうには、虫のようにたくさんの獣の姿が見える。</div><div>　兵士達は、それを見ただけで恐れおののいた。</div><div>　兵士長のハーディは馬にむち打ってダッと駆け出し、単騎、獣の中に突っ込んだ。</div><div>　右手の国旗が美しくたなびいている。</div><div>　兵士達はそれに続いて走っていった。</div><div>　ハーディと獣が戦っている。</div><div>　彼は剣を抜いていない。</div><div>　国旗を槍のように扱って、獣を突いたり殴ったりして、死体の山を築いていた。</div><div>　誰もがあっけにとられていた。</div><div>　村々から逃げてきた者達の話では、獣は、人間が太刀打ちできるものではない、ということだった。</div><div>　それが、どうだろう。</div><div>　目の前に、その獣達をバッタバッタと、まるで小動物をなぎ払うかのように、いとも簡単になぎ倒しているではないか。</div><div>　兵士達は奮い立ち、オォ！とかけ声をあげて、獣に立ち向かっていった。</div><div>「おぅっ、お前達！いいか、そんなに難しいことはない、動物の弱点は顎とか、うなじとか、鼻とか、相場は決まっているんだ。」</div><div>　ハーディの言うとおりにやると、確かに、兵士達にも勝算が出てきた。</div><div>　それでいっそう皆勇気づけられ、その日は圧勝だった。</div><div>　</div><div>　この国には、まだまだ猛将がいたのだった。</div><div>　彼の働きはすぐに首都に伝えられ、ドウカを大いに喜ばせた。</div><div>「勝算が見えてきた。」</div><div>　獣の恐怖におびえずにすむか、と希望を見いだしたが、そう甘くはなかった。</div><div>　翌日には、敗戦の知らせが届けられた。</div><div>　ハーディは全く無事だが、多くの戦死者を出してしまった。</div><div><br></div><div>「うーむ。最初はいけるかと思ったのだが、案外簡単にはいかないな。」</div><div>　ハーディは考えていた。</div><div>　彼の幕僚のカリムやルトも同じく悩んでいたが、軍師のルトは一つ提案をした。</div><div>「獣ですから、知恵や策略を使って攻めてくるようなことはありません。攻め方は様々にあるかと。」</div><div>「ほう。例えば。」</div><div>「例えば、火や、毒、水などです。剣を容易に通さない頑丈な皮膚を持っているなら、無理に剣で抵抗することもないのです。」</div><div>　ハーディは相づちをうった。</div><div>「なるほど。たしかにそうだ。で、どのようにするか。」</div><div>　三人はひそひそと作戦を練り、翌日の戦いに備えた。</div><div>　ルトは、兵士達に指示をだし、町と森の間を流れている川の上流に大量の木を垂らさせ、また大量の矢を準備させた。</div><div>　翌日、いつものように獣達が森から出てきた。</div><div>　真っ黒な体をしたイノシシだとか、熊だとか、猿などが歩いてくる。</div><div>　途中川に入って水浸しになってから、いよいよ町に迫ってきた。</div><div>「今だ！放て！」</div><div>　ルトのかけ声によって、外壁の上に並んでいた兵士達が、一斉に火のついた矢を獣に向けて放った。</div><div>　水浸しだから燃えるのだろうか、と疑っていた者も、あっと驚いた。</div><div>　まるで枯れた植物に火をつけるように、めらめらと燃えている。</div><div>　火に驚いた獣達は、一目散に森に帰っていった。</div><div><br></div><div>　ハーディをはじめ、人々は皆大喜びだった。</div><div>　彼は真っ先に、ルトを褒めた。</div><div>「いやぁ、よくやった！作戦が見事に功を奏した！」</div><div>　ルトは、嬉しそうに頭を下げていた。</div><div><br></div><div>　前日に川に垂らした木は、油分を多く含むものだった。</div><div>　ルトは、獣が川に入ることを利用して、火によって戦う作戦を立てたのだった。その晩は、兵士達も大喜びで、ハーディから兵士達に与えられた僅かな酒を全員で分け合い、互いに健闘を称えた。</div><div><br></div><div>　次の日の晩、獣は、これまでと比べものにならないほどの大軍で攻めてきた。</div><div>　地上の動物に限らず、鷹や烏なども大勢いた。皆、揃いも揃って真っ黒だった。まるで、夜の闇が広がって、地上にもかかっているようだった。</div><div>　仮眠をとっていたハーディは、寝床から飛び出してきた。</div><div>「これは・・・どうしたものか・・・」</div><div>　剛胆な彼も、さすがに冷や汗が出てきた。一瞬のうちに、彼は頭を巡らせた。死守すべきか、攻めにでるべきか。</div><div>　彼は楼台に立ち、全兵士に号令した。</div><div>「前衛の扉を完全に閉め、そこを死守せよ！反対側に当たる西の門に民を集め、いつでも出られるように支度せよ！荷物、食料は極力少なく持たせるように！残りの兵士は、弓矢を持って壁の上に立ち、獣の撃退に加勢せよ！」</div><div>　訓練された兵士達は、さっと動いて行動した。ある者は民を避難させ、またある者は扉の防衛に向かった。獣の殺到している東側の壁上には、無数の兵士が駆けつけた。</div><div>「火をつけよ！」</div><div>　彼の号令で、矢の先に火をつけ、兵士達は各々狙いを定めた。</div><div>「――放て！」</div><div>　火のつけられた矢が一斉に放たれ、空がぱっと明るくなった。次の瞬間、地上に殺到していた獣達の体に火がつき、あっというまに眼下は火の海になった。</div><div>　しかし、上空からも無数の鳥たちが向かってくる。鷹は獣を掴んで飛んできて、兵士達の上でぱっと放した。兵士達のもとに、どしどし獣が贈られてくる。壁上の混乱は言うまでもない。</div><div>　その混乱に乗じて、獣達が壁に殺到した。死骸の上にのり、またその上にのり、山のようになって、獣たちはとうとう壁を越えられるくらいの高さにまで到達していた。</div><div>「撤退！今すぐに西側の門から撤退！カリムはしんがりを務めよ！一人の民も殺させるな！」</div><div>　彼自身、巨大な弓に矢をつがえて、グッ・・と引っ張った。</div><div>――ピュン、と音を立てて、矢は獣の群れの中に真っ直ぐ向かっていった。</div><div>グサッと、その矢は空中を飛んでいた鷹の喉元に命中し、それの抱えていた獣もろとも、地上に真っ逆さまに落ちていった。</div><div><br></div><div>　ハーディは、一人の民も死なせることなく、避難をすることに成功した。彼は、これ以上ダノァに民を避難させることは危険と判断し、元いたマヌハの町の西にある村に、ひとまず人々を避難させた。そこ村は谷の底にあり、周りを高い山で囲まれ、そこへ続く道は西と東に一本ずつしかなかった。山は険しいため、相手が人間ならば天然の要害として十分に機能したであろうが、今回の相手は獣だったため、どこから襲ってくるか分からない。そのため彼は、村の周囲に大規模な堀を作らせ、容易に近づけないようにした。</div><div><br></div><div>　町を一つ失ってしまったが、大きな目で見れば、ハーディの判断は正しかった。</div><div>　もし町を死守していたら、全滅に近い損害を受けていたに違いなかったし、獣を倒す知識を持つ彼がもし死んでいたら、国にとってどんな損失になったか、計り知れない。</div><div>　そんな慧眼で大胆な彼だが、普段はそんなそぶりを全く見せない。</div><div>「おはよう。」</div><div>　ハーディが幕僚の前に出て挨拶をしたが、みな顔をそらし、口元を隠している。</div><div>「ん？どうしたんだ？具合でも悪いのか？少し休め。」</div><div>「いえ、そういうわけではありません。」</div><div>　彼の右腕で軍師のルトが答えた。</div><div>「大変申し上げにくいのですが・・・」</div><div>　少々ためらっている彼の態度に焦らされて、ハーディは少し怒ったように、</div><div>「なんだ、言ってみろ。」</div><div>　ルトも、言う決心がついたのか、ハーディの方を真っ直ぐに向いて言った。</div><div>「ハーディ様。下半身のお召し物を着ておられません。」</div><div>「はっはっは！すまない。情けない姿を見せてしまった！」</div><div>　てくてくと歩いて、彼はまた寝所に戻った。</div><div>　そして再び皆の前に戻り、謝った。</div><div>「いやいや、申し訳ない。考え事をすると、いろいろと忘れてしまう質なものだから。」</div><div>　そういって自分で大笑いし、それに従って、部下達も大笑いした。</div><div>　多くの人々を従える将軍であり、厳格さで知られる彼であったが、同時に、どこか人間的に抜けている所があることも有名だった。しかし、そんな短所も、人々が彼に大きな理由になっていて、彼はいつも、多くの人に囲まれ、笑いが絶えなかった。</div><div><br></div>
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<link>https://ameblo.jp/okamoto9625/entry-12047970630.html</link>
<pubDate>Wed, 08 Jul 2015 10:52:33 +0900</pubDate>
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<title>フネルの伝説（6）</title>
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<![CDATA[ <div>　　涼風</div><div><br></div><div><br></div><div>　満身創痍のフネルと、弱り切った母親のウサハを支え、バヒラは、二人の住んでいる屋敷に到着した。</div><div>　親子の部屋に二人を寝かせ、彼はすぐに屋敷の主人のもとへと向かった。</div><div>　モシアとベラファの二人はすぐに駆けつけ、懸命に治療をした。</div><div>　見たところ、フネルの傷は甚だ重かった。</div><div>　無数の傷と骨折、打撲、目を覆いたくなるほどの状態だった。</div><div>　そんな折に、突然客が訪れた。</div><div>　狭い部屋の扉が開き、中にいた五人はぎょっとして振り向いた。</div><div>　男が一人、扉の前に立っている。</div><div>　全身血にまみれ、息を切らしているが、彼自身に怪我があるようには見えない。</div><div>「フネル様は・・・どちらに・・・。」</div><div>　男からはフネルの姿が見えなかったため、彼は必死に中をのぞいていた。</div><div>　主人のモシアは咄嗟に棒をつかみ、怒鳴った。</div><div>「お前は誰だ。お前も仲間か。」</div><div>　鬼のような形相で睨んだ。</div><div>　バヒラは男をじっと見つめ、剣の柄に手をあてていたが、ふと、何かに気づいた様子で、</div><div>「お前は、アブドゥラシードではないか？」</div><div>　と言った。</div><div>その声に反応し、アブドゥラシードと呼ばれた男は答えた。</div><div>「その声は・・・バヒラ殿？」</div><div>　男はバヒラの姿が見えるように体を傾け、</div><div>「バヒラ殿！ああ、なんという幸運、導き！天に感謝！」</div><div>　二人のやりとりを不思議そうに見ていた屋敷の主人が、バヒラに尋ねた。</div><div>「あなたと、そこにいる方について、お聞かせください。」</div><div>　遮るように、扉の前に立っていた男は、待ちきれない様子で、再び尋ねた。</div><div>「それよりも、フネル様は、おられますか？」</div><div>　バヒラが答える。</div><div>「ああ、そこにいるよ。ひどく痛めつけられて、今治療をしているところだ。」</div><div>　すると、アブドゥラシードはその場で地に伏せて、額を地面につけ、</div><div>「ああ！お許しください！フネル様、このようになってしまったのは、私の責任です！どうか、私を罰してください！」</div><div>　フネルはその声が聞こえていたのか、小さな声で答えた。</div><div>「ああ、先生。僕たちを助けてくれたのは先生だったのですか。ありがとうございます。」</div><div>　先生は泣いて詫びた。</div><div>「そのように言わないでください。どうか私を罰してください！ああ、私は大きな罪を犯してしまった！」</div><div>　その勢いは、まるで今にも、自ら死なんとするようなものだったから、バヒラは彼を起こして部屋に入れ、座るように促した。</div><div>　しかし、いくら座るように言っても聞き入れず、ずっと床に伏していた。</div><div>　――しばらくして。</div><div>　フネルの容態は落ち着き、母親も手当を受けて落ち着いたので、主人は改めて尋ねた。</div><div>「バヒラ殿、といったかな？あなたと、この方のことを教えて頂きたい。」</div><div>　バヒラは主人の方を向き、真っ直ぐに目を向けた。主人は、その、真っ直ぐで、水晶のように透き通った目を見ると、自らのすべてを読まれているような気がして、恐ろしささえ感じた。</div><div>　数々の死線を越えてきた彼の顔には、すでにしわが増え、頭は白く染まり、全身は傷だらけだった。</div><div>　しかし、彼の立ち振る舞いは決して衰えていなかったし、彼が経験してきた数多くの戦い、心の戦いは、人間としての魅力に深みを与え、すべての人を包み込んでしまうような暖かさを醸し出していた。</div><div><br></div><div>「ご主人、説明が遅れてしまったこと、どうかお許しくだされ。私は名をバヒラといいます。かつては、西国の武将、市長としてハディープにいました。しかし、ハディープ陥落の際に町を追われ、ミーヤ様と民を守れなかった自責の念から、それ以来身を隠して、このダノァでひっそりと暮らしておりました。」</div><div>「それは、それは。お名前は伺ったことがありましたが、目で姿を見たのは初めてで。かつて、ワダーン川の戦いで獅子奮迅の働きをされた話は、よく知っております。」</div><div>　</div><div>主人は、やっと安心をした様子で、一気に顔がほぐれたようだった。いや、むしろ、バヒラに対する敬愛と憧憬のまなざしに、みるみるうちに変わっていった。</div><div>　稀代の豪傑と言われたバヒラは、西国のみならず、敵国であるタービヤ王国にまでその名は轟き、人々の尊敬の的であったので、主人のこの反応は、肉屋の主人だとしてもごく自然なものであった。</div><div>　一方のバヒラは、相手の疑いや恐れが無くなった様子に安堵していた。</div><div><br></div><div>「身を隠していた身ですが、この若者が殺されかけているのを見て、助けました。で、この男ですが、名前はアブドゥラシード、若くして、ドウカ様の親衛隊長をしております。」</div><div>　アブドゥラシードは身を起こし、久しぶりに顔をあげた。</div><div>　見ると、涙で目が腫れ、あまり激しく額を床に当てたものだから、そこから血が出ていた。</div><div>「バヒラ殿、私はもう親衛隊長はしておりませぬ。それに、若い、といえるような年齢は過ぎてしまいました。」</div><div>「おう、そうだったか。」</div><div>「今は学校で教師をしております。」</div><div>　バヒラは、驚いて、少しからかいながら尋ねた。</div><div>「なぜ教師などをしているのだ？何かやらかしたのか？教師も、決して悪い仕事ではないが、お前のやる仕事ではないだろう。」</div><div>「そんなんじゃありません。」</div><div>　彼は黙った。</div><div><br></div><div>　主人は改めて彼の姿を見て、これまた凡人でない人だ、と思った。</div><div>　面は白く、秀眉花顔、髪は漆黒でつややか、青年期を過ぎたとはいえ、非常な美男子だった。</div><div>　加えて、表情は深く、泣きはらした眼でさえも、全てを貫き通してしまいそうな鋭い眼差しをしていた。</div><div>「フネル様に、お伝えしなければならないことがあります。」</div><div>　フネルは彼の方に顔を向けた。</div><div>「先生、フネル様、なんて呼ばないでください。それに、そんなにかしこまって話さないでください。僕も緊張してしまいます。」</div><div>　困った表情をして伝えたが、彼は決して姿勢を崩さなかった。</div><div>　床に片膝を着いて、まるで主君に対して話すようにしていた。</div><div>「いいえ、やめません。フネル様、どうか、慎んでお聞きください――」</div><div>　一息をつき。</div><div>「あなたは、亡きミーヤ様の息子、現西国の主、ドウカ様の孫です。」</div><div>　一番驚いていたのは、バヒラだった。</div><div>「なん・・・と・・・？」</div><div><br></div><div>　フネルの母も、はっ、と驚いた様子だったが、何も言わずにそのままじっとしていた。</div><div><br></div><div>「ウサハ様、あなたが誰かに話したというわけではありませんから、ご心配なく。そう、このことは、私とドウカ様しか知りません。なぜ知っているかというと、ドウカ様が夢で見られたからです。その夢の中で、あなたの誕生と、名前を知りました。そして、私に護衛の役目を言い渡され、親衛隊長を辞めてずっとあなたのことを見守ってきました。しかし、今日は、このようにひどい傷を負わせてしまいました。バヒラ様がおられたから良かったものの、もしおられなかったら、あなたは今頃死んでいたかもしれません。」</div><div>　彼は、また涙をぽろぽろと流して詫びた。</div><div><br></div><div>　フネルは、彼の話を真剣に聞いていたが、まだ信じることができなかった。</div><div>「僕はそんな人間ではありませんよ。これといった特技も、才能も、ありません。」</div><div>　これを、母が止めた。</div><div>「いいえ。あなたはミーヤ様の息子です。もう、自分を悪く言うのはやめなさい。父上が聞いたら悲しみます。」</div><div>　その眼差しは、まっすぐにフネルに注がれていた。</div><div>　フネルは、これまで見たことのない、母の表情に驚いたが、それによって、彼の中で決心がついたようだった。</div><div>「わかりました、お母さん。これからは、絶対に自分を悪く言いません。ああ、では本当に、僕はドウカ様の孫なんですね。」</div><div>　アブドゥラシードは、ほっ、とした表情をして、重ねて尋ねた。</div><div>「認めていただけましたか。これからは、命を落とすようなことだけは絶対にないように、慎んで行動していただきたいのです。」</div><div>「分かりました。」</div><div>　フネルは真剣な顔で答えた。</div><div>　さて、フネルは易く会話しているように見えたが、実際のところ、体はひどく傷つき、その日から彼は三週間も床を離れることが出来なかった。</div><div>　その後も、あまり体を動かせない状態がつづいた。</div><div>　このような怪我をしていても、凛として話していた彼の精神力と体力は、驚異と言わざるをえない。</div><div><br></div><div>　彼が回復するまで、主人のモシアと、その妻ベラファは精力的に看病し、また、バヒラとアブドゥラシードも住みこみで付き添った。母も、体調が許す限り世話をした。</div><div><br></div><div><br></div><div>　フネルは、寝ている間、長く考えていた。</div><div>　ドウカの孫と言われても、どうすればいいのか、何をすればいいのか、皆目分からなかった。</div><div>　嬉しい気持ちもあったが、不安な気持ちの方が遙かに大きかった。</div><div>　彼の怪我を聞いて駆けつけてきたルダとミクハイルと話をしたこともあったが、不安な気持ちが消えるわけもなかった。</div><div>　自然、彼は盲目的に神に祈るようになった。</div><div>　もともと、彼らは観念的な神への信仰をもっていたため、それは自然なことだったが、彼は、これほどまでに祈ったことはなかった。</div><div>　夜、しんとした部屋で寝ながら、彼は心の中で唱えた。</div><div>「天よ。私はどうしたらよいのでしょう。先生から、ドウカ様の孫だということを明かされましたが、これをどう受けとめたらよいのか、分かりません。」</div><div>　隣では、先生、アブドゥラシードが、椅子に座ってうとうとしていた。</div><div>　彼は、誰よりも真剣に彼を看病していたし、いつ、誰が襲ってきても追い返せるように、必ず彼のそばにいた。</div><div>　部屋の外では、バヒラがパイプを吹かしながら鼻歌を歌っていた。</div><div>　彼の愉快で美しく、また時に切ない旋律に耳を傾けていると、フネルは自然と心が安らいだ。</div><div>　心の中で落ち着かない彼であったが、そばにいる先生とバヒラのおかげで、安心していることができた。</div><div>　バヒラに関しては、彼のことを父親のように感じた。</div><div>　――暑い夜だったが、部屋に僅かに入り込む涼しい風が心地よかった。</div><div>　空には満天の星空が広がっていた。</div><div><br></div><div><br></div><div>　目を覚ますと、外で鳥が鳴くのが聞こえた。</div><div>　窓の隙間から、日光が真っ直ぐに差し込んでいた。</div><div>　隣には、先生が彼の床に腕をのせ、その上に頭をのっけて寝ていた。</div><div>　その姿が少しおかしかったので、少し笑ったが、すぐに感謝の気持ちがわき上がってきた。</div><div>　痛む体を起こして、布団を先生にかけた。</div><div>　窓を開けると、太陽がまぶしかった。</div><div>　夏の、青々とした葉をつけた木がすぐそこに見えた。</div><div>　太陽の光に顔をしかめている先生を見て、フネルはまた窓を閉めて外に出た。</div><div>「おはよう。」</div><div>　バヒラはすぐそこに座って、指に蝶をのせていた。</div><div>「おはようございます。」</div><div>「今日は調子がよさそうだね。まだ体は傷むか？」</div><div>「まだ少し痛みます。まだ元のようには動けません。」</div><div>「いやいや、無理をしないでくれ。あの怪我で、この短時間でここまで回復するのは、むしろたいしたもんだよ。ゆっくり治しなさい。」</div><div>「あまり無理をしないようにします。」</div><div>　バヒラは、にこと微笑んで、また、指先にとまっている蝶を眺めていた。</div><div>　フネルは、彼の子供のような顔にしばらく見入っていたが、そこへモシアが来たので、はっと我に返った。</div><div>「朝ご飯だよ。今日は調子がよさそうだな。朝からたくさん食べて、早く怪我を治さないと。」</div><div>　彼は二人分の食事を盆にのせて来たが、フネルの調子を見て、</div><div>「今日は皆で食べるかい？動けそうだから。」</div><div>　と言ったので、フネルは</div><div>「そうします。」</div><div>　と、言った。</div><div>フネルはバヒラと一緒について行ったが、数歩進んだところで、先生を置いてきてしまったことに気がついた。</div><div>　少しよたよたしながら部屋に戻ると、先生はまだ眠っていた。</div><div>　彼は優しく先生の肩をゆすり、</div><div>「先生、朝ですよ。」</div><div>　と声をかけた。</div><div>　すぐに先生は、はっとして立ち上がり、申し訳なさそうな、恥ずかしそうな顔をして謝った。</div><div>「申し訳ありません。このような姿を見せてしまって・・・」</div><div>「とんでもありません。相当疲れているようですから、どうかもう少し休んでください。」</div><div>「いえ、これでも寝過ぎているのです。」</div><div>「体を壊しては、いざというときに困ってしまうかもしれません。」</div><div>「そこまで言われると断る理由もありませんが、あまり心配をなされないでください。」</div><div>「ああ・・分かりました。――そうだ、先生、朝食です。今日は具合が良いですから、あちらでみんなと一緒に食べることにしました。」</div><div>「オオ。そうですか。行きましょう。」</div><div>　先生はフネルを支えながら、二人で皆のもとへと向かった。</div><div><br></div><div>　フネルの母親だが、彼女は事件のあとからあまり回復しなかった。</div><div>　賊によって体を痛めつけられた訳ではなかったが、賊に襲われたことによる心労か、または、フネルを心配するあまりの心労か、彼女はずっと寝込んだままだった。</div><div>　体調が優れて動ける日には、フネルの看病を手伝うこともあったが、それも数えるほどしかなかった。</div><div>　皆彼女のことを心配していたが、彼女自身が、だれよりも悔しがっていた。</div><div><br></div><div><br></div><div>　この日は、初めて六人がそろって食事をした。</div><div>　他愛のない話をしていたが、ふと、主人のモシアがこんな話をした。</div><div>「ずっと気になっていたんだが、フネルを襲ったのは誰なんだ？」</div><div>　これに、アブドゥラシードが答えた。</div><div>「ほぼ確実に、マンスールの仕業でしょう。」</div><div>　主人とバヒラは、なるほど、という顔をしていたが、他は首をかしげていた。</div><div>「ご主人とバヒラ様しか知らないようなので、説明します。マンスールは、わかりやすく言えば、敵国であるタービヤ王国の間諜です。規模は、はっきりしていませんが、数百から数千人と言われています。主に、西国の情報収集、王国にとって害になるであろう人間の暗殺などが目的です。」</div><div>「ではなぜ、僕とお母さんは襲われたのでしょう？」</div><div>「それが、さっぱり見当がつきません。」</div><div>　バヒラが、彼に尋ねた。</div><div>「まだ何もしていないのに襲われるのは、おかしい。学校にいる人間で、マンスールと関係がありそうな人間はいるのか？」</div><div>「はい、います。明らかなのは、大富豪ダワの息子、ワドです。彼はフネル様と同じ九十二組です。」</div><div>「あっ・・・」</div><div>　フネルは何かに気づいたようで、眼をきょろきょろさせていた。</div><div>「何か思い出したのか？」</div><div>「この前、あいつをぼこぼこにしましたが、やり返されてしまったのでしょうか。」</div><div>　周囲は、ああ、とため息をついた。</div><div>「あいつがあまりにしつこく悪口を言ってくるので、我慢できずにやってしまいました。」</div><div>　彼の母は、厳しい顔で彼を見つめて、言った。</div><div>「フネル、あれだけ言ったのに、まだ分からないのですか？かっとなってしまう性格は早く直しなさい。いつかしっぺ返しが来ると思っていましたが、命を脅かされるなんて・・・」</div><div>　彼は、非常に反省した様子で、体を動かせれば床に伏していたような勢いで、卓に両手をついて謝った。</div><div>「ああ・・すいません。必ず、この性格を直します。二度とお母さんを危険な目に遭わせないために。」</div><div>　その言葉を聞いて、母はさらに顔をしかめた。</div><div>「ちがいます！あなたが性格を直すのは、私のためではなく、世の中の為です！あなたの役目は、亡きミーヤ様に変わって、この国の主になることです！」</div><div>　普段の姿からは想像がつかないような血相で言われたので、フネルは言葉を失ってしまった。</div><div>　バヒラがウーンと唸った。</div><div>「母上は良いことを言ってくださった。フネル様は、ミーヤ様のご子息だと分かった今、あなたは、凡人の目指す夢を、同じように目指していてはいけません。そして――」</div><div>　バヒラは椅子から立って、フネルの足下で、膝をついて敬礼をした。</div><div>「私は、目の前でミーヤ様を失いました。亡きミーヤ様の恨みを晴らし、その罪を滅ぼすために、あなたに忠誠を誓います。」</div><div>　今度は、アブドゥラシードが席を立ち、バヒラの隣で同じように敬礼をした。</div><div>「私、アブドゥラシードも、あなたに忠誠を誓います。ドウカ様より、あなたをお守りするように命令を受け、あなた様は、この国の主となる決意をされました。粉骨砕身、あなたがこの国の主を継ぐ手伝いをさせていただきます。」</div><div>　傍らで見ていた主人も敬礼をし、</div><div>「このようにして、あなたを育てることが出来て光栄です。ああ、なんて嬉しいことだろう。」</div><div><br></div><div>座っている彼を囲んで、皆が敬礼をとった。</div><div>　フネルは、毅然とした表情に変わっていた。</div><div>「必ず。」</div><div><br></div><div><br></div><div>　いくら彼がドウカの孫だと分かっても、おいそれとドウカの許に行って位を貰う訳にはいかない。</div><div>　ドウカの夢と、母親の主張だけでは、世間に認めて貰うことはできないのである。</div><div>　彼自身で立場を築き、誰もが後継者と認めるようになってから、ドウカによって、主の位置を譲り受けなければならない。</div><div>　道のりは長い。が、彼の心は明るかった。</div><div>　バヒラ、アブドゥラシードという、心強い味方がいたから。</div><div><br></div><div>「ああ、良い風だ。」</div><div><br></div><div>　外に出て、夏の香りを嗅げば、大地が、彼の道を支えてくれるような心地がした。</div><div>　風に包まれ、暖かい光に当たりながら、三人は固く誓いを立てた。</div><div><br></div>
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<link>https://ameblo.jp/okamoto9625/entry-12045932901.html</link>
<pubDate>Fri, 03 Jul 2015 00:25:17 +0900</pubDate>
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<title>フネルの伝説 （5）</title>
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<![CDATA[ <div>　天下の勇傑</div><div><br></div><div><br></div><div>　六年後、フネルは十六歳になっていた。</div><div>　ダノァの町は、春の陽気に満たされていた。</div><div>　しかし、状況は決して春のように芳しいものではなかった。</div><div>　この六年で、状況は大きく変わってきた。</div><div>　初めに、獣が頻繁に村々を襲うようになった。獣らは一年中雪が溶けない山脈がそびえる北東から出没するようになった。どうも、山をすみかにして、数を年々増やしているようである。</div><div>　それによって、人々は徐々に住む土地を追われ、多くの人々がダノァの町にやってきた。それも、数百人のような規模ではない。数千、数万の人々が増え、町は過飽和状態になった。</div><div>　それでも、要塞とも言える巨大都市を頼りに来る人は、後を絶たなかった。</div><div>　人が増えることによって、良いことも悪いこともある。</div><div>　良いのは、活気が生まれ、働き手が増えること。</div><div>　悪いのは、住む家が無い人が出るようになり、道ばたに生活する人が増え、また、犯罪の数が増えたことだ。町の衛生も悪くなった。</div><div>　もう、安穏とした気分の人は少ない。少なくとも、庶民には。</div><div><br></div><div>　人々は不満を漏らすようになった。</div><div>「もうこの町には住みたくない。だが、他に住める町もない。」</div><div>「お金が無くて子供を養うことが出来ない。国は何とかしないのか。」</div><div><br></div><div>　国や、王に対する不満がわき出ていた。</div><div><br></div><div>　多くの人間は、大きな流れを見て世情を判断することが難しい。</div><div>　毎日の生活を送ることがどれだけ大変かしれないし、明日どのように生きていくかを考えなければならない。</div><div>　しかし、中には先見の明があったり、世の中がよく見えている人がいたりする。</div><div>　古い慣習にならって生活する人の中に、そのような人間が現れると、時に疎まれたり、嫌われたりすることもある。</div><div>　だが、そのような人々が、時代を先導し、着火剤になる。</div><div>　忘れてはならないのが、それを陰で支える人々や、庶民の存在である。</div><div>　社会は、人間が集まった集団であり、互いに支え合いながら生活していかなければならない。</div><div>　時代の流れをつくるのは、偉大な指導者が先頭を切ってつくられる巨大な波である。</div><div><br></div><div>　この時代にも、大きな波が訪れようとしていた。</div><div>　それを先導するのは、誰であろうか。</div><div><br></div><div><br></div><div>　フネルは、もはや幼い少年ではなくなっていた。</div><div>　自ら気づいてはいないが、いよいよ王家としての風格と気概が備わり、体ができあがった鳥が、飛び立つのを待っているかのように、心と体がうずうずしていた。</div><div>　なぜうずうずしているのかは、分からない。</div><div>　しかし、動き出してくてたまらない感情は、自然、言葉になって表れた。</div><div>「これではいかん。」</div><div>　学生達が寝泊まりする宿舎の二階の窓から、眼下の町並みを通り越して、彼の視線は遠く、東の地へと向けられていた。そして、町並みに目を落とした。</div><div>　隣では、ミクハイルが剣を研いでいて、ルダは古典音楽の本を読んでいた。</div><div>　フネルの言葉に反応して、ルダは</div><div>「何がいけないだ？」</div><div>　と言った。</div><div>「西国は滅亡する。このままでは。」</div><div>「最後はこの町がある。きっとなんとかなる。いや、俺たちが何とかしないといけない。」</div><div>「その通りだ。このまちで安全に暮らしていける計画なんて立てていたら、必ず獣に負ける。全員死んでしまう。」</div><div>　剣を研いでいたミクハイルが、ここで口を開いた。</div><div>「どうすればいいんだよ。」</div><div>　なんとも弱気な口調で、助けを求めているかのように言った。</div><div>「どうすればって？」</div><div>「オレ、見たんだ。町に逃げてくる人たちの列を。一瞬、人かどうか分からなかったよ。着ているのは薄い一枚の布だけ、髪は乱れて、全身傷だらけ。もう倒れるんじゃないかっていうような足取りで、歩いてたよ。荷物なんか何も持っちゃいない。獣たちに襲われて、何かを持ってくる余裕なんて無かったんだ。それに、オレは聞いたぞ。獣と戦ったっていう兵士に。凶暴な動物達が、魔物みたいに一直線に襲ってくるって。でも、まだ、そいつらとは戦えるらしい。でも、虎だよ。恐ろしい虎には、誰にも勝てない。十六年前だってそうだ。国一番の武術を持ってたミーヤ様とバヒラ様は死んじゃうし、五万の人が一日で死んだ。どうしろっていうんだ。」</div><div>　あまりに弱気だが、フネルやルダも、それに対してなにも言い返すことは出来なかった。</div><div>　フネル自身も、どうやって虎と戦えばいいのか、見当がつかなかった。</div><div>「でも、虎に勝たないと、未来はない。人間は滅びてしまう。戦わなければ。」</div><div>　剣を持って、フネルは叫んだ。</div><div>「必ず、西国一、いや、史上最強の剣士になって、国を救って見せる！」</div><div><br></div><div>　その叫びを、影で聞いている者がいた。</div><div>　その者はすぐにどこかに走り去ってしまった。</div><div><br></div><div>　他でもない、何度も、フネルによって辛酸をなめさせられている、ワドである。</div><div>　彼は何か手紙を書き、郵便に預けた。</div><div>　生徒達は、長期休暇以外、外に出ることは出来ない。</div><div>　彼は、恨みと喜びの入り交じった表情で後ろを振り返った。</div><div>「フネルめ、これでお前は死ぬ。今までオレをさんざんに貶してきた恨みを、一度に返してやる。」</div><div><br></div><div><br></div><div>　フネルに、良き出会いがあった。</div><div>　それは、学校の教師の一人、アブドゥラシードとの出会いである。</div><div>　今年度からの歴史の先生だが、その端正な顔と穏やかな表情、また、その中に見える厳格な姿勢は、明らかに他の先生らとは異なっていた。</div><div>　話をすれば、偉大な詩人が風に乗るように言葉を発しているように聞こえ、四肢を動かせば、稀代の踊り子が舞うようにも、屈強な武人が力強い舞いをするようにも、見えた。</div><div>　たちまち生徒たちから羨望のまなざしで見られるようになり、彼の周りには人が絶えなかった。</div><div>　フネルは、そんな先生の歴史の授業が大好きだった為、くどいくらいに質問をした。</div><div>　他の先生では嫌がるようなくどい追求にも、彼は快く、丁寧に答えた。</div><div>　しだいに、フネルは彼の学校での書斎に直接訪れて質問をするようになった。</div><div><br></div><div>「先生、覇者ビョレンスについてもう一度教えていただけませんか？」</div><div>「いいとも。彼は、汚れを知らない者達の中に生まれた男で、蛇と戦った。気になるのは、彼の友人と記されている、ルマンという男。この男は、最初の人類のムアシスから生まれた、エラヒルの子孫で、汚れた者達の中の一人だが、どうも、この人物が、ビョレンスの人生と子孫を大きく変えているように思う。こういった記述がある。『またある時、ビョレンスは川の東側の様子を知るため、彼の大切な剣をルマンに預けて旅に出た。ルマンはその剣を自らの物とし、彼には偽の物を返した。旅から帰りそれを知ったビョレンスは彼を呪った。』『ビョレンスが二十二歳になったとき、彼の妻は息子テラゴを産んだ。彼はその誕生を祝福すると同時に呪い、その子が全き善なる者として生きることを祈った。』違和感を覚えないかい？」</div><div>「ルマンに大切な剣を預けたことでしょうか？なぜ、獣が溢れる、危険な東の地に行くのに、大切な剣を持って行かないのか、不思議に思います。」</div><div>「それもそうなんだ。剣を預けたことにも違和感を覚える。だが、もっと不思議なのは、汚れを知らなかったビョレンスの一族が、この一件の後に、生まれてくる子供を呪っている。また、その後の記述に、彼らは汚れを知って価値を落としているような記述がある。」</div><div>「剣を奪われたことが、汚れにつながるのですか？」</div><div>「私は、剣は比喩だと思っている。」</div><div>「比喩ですか。何の比喩でしょう？」</div><div>「あくまで私の考えだが、剣は、おそらくビョレンスの妻を表している。」</div><div>「どういうことでしょうか？」</div><div>「剣とは、この時代において、身を守る上で無くてはならない物。つまり、最も大切な物のことを表しているんだ。妻もまた、子孫を残すために、家族を作るために、無くてはならない物。」</div><div>「なるほど。では、ビョレンスは妻をルマンに奪われたということですか？」</div><div>「そう、奪われた。奪われたと言うことは、ルマンと彼女との間に肉体関係が生まれてしまった。そして、汚れを知らないはずの人間の血に、汚れたルマンの血が混ざってしまった。だから、ビョレンスは、我が子にも関わらず、その誕生を呪ったんだ。」</div><div>「なるほど・・・。」</div><div>「そのビョレンスの子孫が、私達を導いてきた剣士アバンであり、今の西国の長、ドウカ様だ。」</div><div>「汚れたとはいえ、私達よりも血が清いことは確かですよね。守らなければなりません。」</div><div>「その通り。我々は、なんとしてもドウカ様の血を守らなければならない。この血は、神によって祝福された血でもあるんだ。</div><div>「ちょっと難しいです。」</div><div>「ははは。おっと、もうこんな時間だ。今日はこのへんにしておこう。」</div><div>「はい。ありがとうございました。」</div><div>　フネルは一礼をしてアブドゥラシードの書斎を後にした。</div><div><br></div><div>　彼は、とにかく心が弾んでいた。</div><div>　こんなに素晴らしい先生と出会えるなんて、本当に幸せだ、と思った。</div><div>　それに、しばらくすれば夏期休暇がある。</div><div>　先生のことを、お母さんに話してあげよう。</div><div><br></div><div>　森は青々と、地は新緑に覆われて夏の訪れを語っていた。</div><div>　夏が到来し、学校は休暇に入った。</div><div>　冬期休暇以来の帰宅であり、学校の外の空気を感じることのできる期間になる。</div><div>　フネルは身の回りの整理をして鞄に入れ、ミクハイルとルダと共に家路についた。</div><div>　冬期休暇から半年ほどしか過ぎていないが、町はやはり少なからず変わっている。</div><div>　昨今のダノァの変貌は著しい。</div><div>　人は増えるし、物は高くなる。</div><div>　税も高くなり、道に汚物が見られるようになった。</div><div>　音楽もあまり聴かれなくなっていた。</div><div>　こんなにも変わってしまうものなのか。</div><div>　町に出る少年達は皆、嘆息せずにはいられなかった。</div><div><br></div><div>　町の主街道を真っ直ぐに進み、右に曲がってまた進み、左側三つ目にある小道に進んでしばらくすると、彼の家はあった。</div><div>　家というが、彼の家族の家ではない。</div><div>　肉屋の主人、モシアの屋敷の一部屋を借りて、母と子の家としている。</div><div>　フネルは屋敷の門をくぐり、主人のモシアと、その妻のベラファの挨拶をした。</div><div>　夫妻は喜んで迎え、体を叩いたり、頭を撫でたりしていた。</div><div>「おかえり！おう、また背が伸びたんじゃないか？」</div><div>「ただいま帰りました、おじさん。」</div><div>「さっそく、おいしい肉を食べさせてやろう。学校じゃあ、あまり良い肉は出ないだろう？」</div><div>「いいのですか？僕はいつもの普通のお肉で十分ですよ。」</div><div>「いやいや、帰ってきた日くらいは、少し豪華にやりたいだろう？そのかわり、明日からしっかりと働いてもらうがな！」</div><div>　はっはっは、と快活に笑って、主人は台所に向かった。</div><div>　ベラファは、まるで我が子の帰りを喜ぶように、じろじろと彼を見ては、にこにこしていた。</div><div>「おばさん、そんなに見ないでください。少し恥ずかしいです。」</div><div>「何を言うんだい。半年も見ないと、心配になるだろう？まあ、すっかり頼もしくなって。学校での話は、お食事をしながら聞かせてちょうだい。ほらほら、早くお母さんの所に行っておやり。首を長くして待っているだろうから。」</div><div>　フネルは返事をして、素早く屋敷の奥に走った。</div><div>　母がいるのは、小さな部屋である。</div><div>　そこは、親子がずっと二人で暮らしてきた場所である。</div><div>　部屋の前には小さな庭があり、中央に木が植えられている。</div><div>　その木は、毎年春になると綺麗な赤い実をつけ、いつも、たくさんの鳥や虫が集まっていた。</div><div>　木の横を走り抜け、彼は部屋の戸を開けた。</div><div>　そこには母が一人、座って編み物をしていた。</div><div>「お母さん！ただいま！」</div><div>「フネル、お帰りなさい！」</div><div>「今年は、すごく良い先生にあたったよ！」</div><div>「本当？どんな先生なの？」</div><div>「男らしいし、身振り手振りがかっこいいし、何より、とっても頭がいいんだ。」</div><div>「それはよかったわ。あなたの将来の為になりますように。」</div><div>　母と子は久々の再会に喜び、時がたつのを忘れて話をしていた。</div><div>　夜になり、二人の部屋に主人のモシアが訪ねてきた。</div><div>「二人とも、ご飯だぞ。今日は豪華な肉料理だから、存分に食べてくれ！フネル、お前が腹を満たせるように、おかわりもたくさん作っておいたから、安心しろ！」</div><div>　一気に言うと、跳ねるように居間に向かった。</div><div>　とても六十には見えない動きだった。</div><div>　二人はそれについて行き、四人で食事をした。</div><div>　『豪華な肉料理』はあながち間違いではなく、いや、少なくともフネルが想像していたよりも、ずっと豪華だった。</div><div>　食卓にはびっしりと皿が並べられ、一番食べるフネルでも、食べきれるかと心配になるほどだった。</div><div>　ここ数年、町では物価が上がり、町の人々は財布の口をきつくするようになったので、肉屋のもうけは芳しくなかった。特に、この数ヶ月はひどい有様だったので、フネルが帰ってきた、この日くらいは、豪華な食事を食べてやろう、という主人の思いもあったに違いない。</div><div><br></div><div><br></div><div>　フネルが夏期休暇に入ってから二週間が過ぎた。</div><div>　その日は特に天気が良く、週に一度の休日だったこともあって、彼は母を連れて少し離れた場所にある、川の隣の綺麗な公園に出かけた。</div><div>　公園は少々高台になっていて、町の外の山脈などもよく見えた。</div><div>　二人は芝生に座って、川や遠くの山などを眺めながら、しばらく、ゆったりとした時を過ごした。</div><div><br></div><div>　山々は力強く天に向かって伸び、川は美しい音を奏でながら海へと向かっている。</div><div>　自然を見ると、心が安まり、静かになる。</div><div>　新たな決心がついたり、やる気が出たりすることもある。</div><div>　こんなに美しい世界がこの世界にあるのか、と思えるくらい、フネルは静かな心で自然を眺めた。</div><div>　まるで、川が自分の中に流れているような、いや、川に漂っているような、そんな感覚になったりもした。または、自分が山のように大きくなって、悠然と眼下の景色を眺めているような気持ちにもなった。</div><div>「きれいね・・・。」</div><div>　母のこの言葉は、すべてを表しているような気がした。</div><div><br></div><div><br></div><div>　急に雨が降ってきた。それも、一年に何度あるかというくらいの激しい雨だった。</div><div>　二人は急いで屋敷に向かった。</div><div>　もう暗くなりかけていたし、突然の雨雲で、あたりはすっかり暗くなっていた。</div><div>　二人はしばらく雨がやむのを待つことにして、ある路地裏の軒下に入った。</div><div>　いやな予感がした。</div><div>　心が落ち着かない。誰かが心をぐちゃぐちゃにかき回しているみたいだった。</div><div>　ふと通りの奥を見ると、こちらに近づいてくる人影が見えた。</div><div>　彼は直感的に危険を感じ、反対の方向に、母の手を引っ張った。</div><div>　しかし、そちらにも人影が見える。</div><div>　挟まれた。</div><div>　もう、心臓の鼓動がのどの辺りまでどくどくと感じる。</div><div>　母も、ひどく怖がっている様子だった。</div><div>　いよいよ人影は、はっきりと人間の形に見えてきた。</div><div>　数人ではない。十数人の男が二人に迫ってきている。</div><div>　じりじりと距離を縮められ、すでに剣と剣が触れることのできるくらいの距離まで近づいてきていた。さらに雨あしが強くなってきていた。</div><div>「何だ、お前達は！」</div><div>　彼はとっさに叫んだ。その驚くほどの強い声に、彼自身も驚いた。</div><div>　男達は怯む様子もなく、あいも変わらず二人を囲んでいる。</div><div>　ああ、もうだめか、と彼は思いかけたが、何とか、母だけは助けなければならない、と必死に考えた。</div><div>　男達の後ろの方にいた一人の男が「やれ」と言った。</div><div>　最も近くにいた男が剣を抜いた。</div><div>　フネルはとっさに剣を抜いて応戦しようとしたが、急に目の前が真っ暗になった。</div><div>　あまりの緊張に目が見えなくなったか、と思ったが、違っていた。</div><div>　さっきまではいなかった一人の男が、男達に斬りかかっていた。</div><div>　その剣術は並の人間のものではなかった。</div><div>　まるで手足を振り回すように剣を自由自在に操り、前後の敵を次々に倒していた。</div><div>　天下無双とはこの人か、と思われるような神業に、フネルも少し見とれてしまっていたが、すぐに彼も剣を抜いた。</div><div>　必死に母の手を握りながら、男達の間を抜け、全速力で走った。</div><div>　雨は、気づけばやんでいた。</div><div>　地面は水浸しだったが、跳ねる泥を気にしている時ではなかった。</div><div>　男達は、なおも二人を追ってきている。</div><div>　真ん中に井戸がある小さな空間に出たところで、二人は再び包囲されてしまった。</div><div><br></div><div>　その修羅場に、ひとりの老人が遭遇した。</div><div>　老人は、遠目に様子を見ていた。</div><div>　女性を守って、一人の若者が大勢の男を相手にしている。</div><div>　いつまで持ちこたえられるか分からなかった。</div><div>　やはり、若者は頭を殴られ、倒れた。</div><div>　男達は蹴ったり殴ったりして、若者を痛めつけている。</div><div>　また、何人かの男は女性の方を捕まえて、縄で縛っている。</div><div>　老人は迷った。</div><div>　助けるか？</div><div>　それとも、見捨てるか？</div><div>　自分は、世を捨てた身、もう、人助けをすることはない。</div><div>　この時勢、助けて価値のある人間がどれほどいるのだろう。</div><div>　毎日人は飢えて死んでいくし、自ら命を絶つ者もいる。</div><div>　獣におびえて、檻の中で生きているような人間達の中で、どれだけの者達に価値を見いだせるのだろうか・・・。</div><div><br></div><div>　いや、ちがう。</div><div>　人に価値があるもないもあるものか。</div><div>　私は昔、誓ったはずだ。</div><div>　死んでいった者達のために、命をつないでいこうと。</div><div>　あのとき、死んでいった部下達と町の人々の前で、私はなぜ自ら命を絶たなかったのか。</div><div>　――生ある限り、それは、神からいただいている命だ。</div><div>　何か理由があって、生かされているに違いない。</div><div>　目の前で命の炎を消されかけている人たちを見捨てたら、もはや、人間ではない。</div><div>　私は、人として生きていく！</div><div><br></div><div>　青年のように若々しい炎を心に灯した老人は、剣を抜いて走った。</div><div>　美しい刀身、青く深い色合いの柄、それはまるで、剣を握っている老人自身の清い心を表しているようであった――</div><div><br></div><div>――瞬く間に男達を斬り殺し、老人は若者の体を起こし、女性の縄を解いた。</div><div>「もう大丈夫だ。安心なさい。」</div><div>　若者は意識を失いかけていたが、老人の顔を見た。</div><div>　とぎれとぎれに、若者は言葉を発した。</div><div>「ありがとう――ございます・・。あなたは・・・？」</div><div>「私は、バヒラと言います。ああ、良かった。大きな傷も無さそうだ。」</div><div>　にこっ、と顔にしわを作って笑い、女性の方を振り返って、</div><div>「そちらのご婦人は、どこか痛むところなどはありますか？」</div><div>　と言った。</div><div>「いえ、ございません・・・。ありがとうございます。このご恩、一生忘れません。」</div><div>「恩など。私は、人として、するべきことをしただけです。ささ、家はどちらですか。」</div><div>　老人は、見た目の何倍もの力で二人をがっしりと支え、二人の家まで共に歩いていった。</div><div><br></div><div>　雨雲は嘘のように消え去り、満月と星空が天に広がっていた。</div><div>　それはまるで、彼らを見守っているかのようだった。</div><div><br></div>
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<pubDate>Wed, 24 Jun 2015 02:00:35 +0900</pubDate>
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