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<title>思い出は映画と共に…（バチョン風に）</title>
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<description>昔、集めてた映画のパンフ、適当に引っぱり出し、当時の思い出…</description>
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<title>さよならジョージア　千日前スバル座〜K・マクニコル</title>
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<![CDATA[ 適当に<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20110307/06/okap328/97/2c/j/o0240032011095185553.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20110307/06/okap328/97/2c/j/t02200293_0240032011095185553.jpg" alt="$思い出は映画と共に…（バチョン風に）-さよならジョージア" width="220" height="293" border="0"></a><br>「さよならジョージア」1981年作<br>監督／ロナルド・Ｆ・マックスウェル　<br>出演／クリスティ・マクニコル　デニス・クエイド　マーク・ハミル<br><br>　　“ウチの兄貴ーわたしがついていなきゃダメなんだ！”<br><br>日本公開は1982年の2月頃、ちなみに同年3月にソフィー・マルソーの「ラ・ブーム」が公開された。<br>前に知り合いにクリスティ・マクニコルのコト話したら“そんなヤツ知らん！”って言われたコトあった、“ソフィー・マルソー憶えててクリスティ・マクニコル知らんのはモグリ！”ってアホなコト言うてた。でも実際映画もあんまり来んかったしなぁ、でも当時はロードショー誌でもそこそこ人気があった、付録のパスケース大の写真を中学んとき学生手帳に入れてたら、持ち物検査で生活指導のボケオヤジに取られた、“コレは誰や？”って、どーせ言うてもわからんから“アメリカの義理の姉です”って適当に答えた。…で「さよならジョージア」は、落ちぶれた歌手の兄とマネージャー代わりの妹のドサ廻りのオハナシ。残念ながらDVD出てない…、オッサンに銃突きつけたり、飲み屋で歌ったり、良い感じの佳作だった。ちなみにあのルーク・スカイウォーカーも出てる（だから劇場で観たんだと思う）「帝国の…」と「ジェダイの…」の間の頃、このときのルークはエラい太ってた…。<br><br>クリスティ・マクニコルは他にテータム・オニール共演80年作「リトル・ダーリング」もあった、コレはゴールデン洋画劇場で観た、マクニコル吹き替えが富永みーなさんで、テータムが…コケシアイドル柏原よ○え！（マトモな声優さん使えよ）、少女向け青春モノの佳作、マット・ディロンも出てた、しかしコレも残念ながらDVD出てない。<br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20110307/06/okap328/5a/02/j/o0240032011095185554.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20110307/06/okap328/5a/02/j/t02200293_0240032011095185554.jpg" alt="思い出は映画と共に…（バチョン風に）-泣かないで" width="220" height="293" border="0"></a><br>他に「グッバイガール」の名女優マーシャ・メイスン共演の81年作「泣かないで」、コレは秀作。<br>アル中女優の母親と、それを励ます娘との切ないヒューマンドラマ、重いけどニール・サイモン脚本。<br>運良く高1のとき毎日文化ホールで観るコトができた、パンフもあった、名女優相手にマクニコルも熱演、…でコレも残念ながらDVD出てない、そりゃ誰も知らんワケやな。<br><br>82年作のゴールデンラズベリー賞総ナメ（笑）にした「パイレーツムービー」ってミュージカル仕立てのモンもあった、大阪にいた頃、コレは深夜放送で観た記憶がある、マクニコル吹き替えは平野文さん（ラムだっちゃ）だった。総ナメしただけあり残念ながら（笑）コレだけはDVDが出てるらしい…。マクニコル出演作は他に、サミュエル・フラーの「ホワイトドッグ」「白いロマンス」等、以降は……知らん。<br><br>「さよならジョージア」でマクニコルが歌うシーン<br>“涙を抱きしめて／クリスティ・マクニコル”youtubeで観れる、upしてくれた人、スゴいなぁ…<br><br>なんだかんだ言いつつ「さよならジョージア」は封切時に観たっきり…でもこの時のマクニコルが一番良かった気がする。<br><br><br>「さよならジョージア」は1982年の2月頃、千日前スバル座にて…<br>ソフィー・マルソーの「ラ・ブーム」や、フィービー・ケイツの「パラダイス」が公開されたりで、当時の映画雑誌もちょっとしたアイドルブームになってた、ソフィー・マルソーはカレンダーまで出てたし、「ラ・ブーム2」公開の来日の際にヌードにまでなった、クラスのファンのヤツが喜ぶかと思たら、乳首のデカさにドン引きし逆にガッカリしてた、かなり笑た思い出がある（…なんじゃそら）<br>クリスティ・マクニコル、今はどーしてんのかなぁ…<br><br><br><br>
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<pubDate>Thu, 10 Mar 2011 14:23:48 +0900</pubDate>
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<title>タンポポ　南街スカラ座</title>
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<![CDATA[ 適当に<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20110307/14/okap328/bc/94/j/o0240032011095729633.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20110307/14/okap328/bc/94/j/t02200293_0240032011095729633.jpg" alt="思い出は映画と共に…（バチョン風に）-タンポポ" width="220" height="293" border="0"></a><br>「タンポポ」1985年作<br>監督 脚本／伊丹十三　出演／山崎努　宮本信子　役所広司　渡辺謙<br><br>“これはラーメン・ウェスタンだ！”（どこがやねん）<br><br>怪獣の出ない邦画にほとんど興味が無かったが、何かの番組で伊丹十三の喋りが面白くて、なおかつ「お葬式」が話題になってたんで、コレは封切時に劇場で観た（タダ券もらったから）ヘンな映画だった、別にラーメンだけでなく、いろんな“食”に関してのエピソードてんこもり…みたいなオハナシ。チャーハンのネタはかなり笑た、他にもノッポさんがオムレツ作るネタもあり“ノッポさん料理もできんのか”って、できるかな世代の自分は感心してた。結局、伊丹十三監督作をちゃんと劇場で観たのはコレだけでした、他はビデオ等で観た、扱うのが脱税、芸者、ヤクザ…週刊誌のアホネタみたいなモンばっかやったし、話題にはなるけど邦画だからテレビは原語で放送してくれるし（当たり前やろ）、って感じでした。…でも1996年の「スーパーの女」だけは面白かった、このヒトって視点がセコいから、へんなモンやるより庶民的なネタやった方が絶対に面白い…と思た。<br>だから「タンポポ」も当時の興収はコケたらしいけど、未だにマニアックに支持されてる、自分もコレ一番好きだし（水野晴郎が“ラーメンはイマイチでしたねぇ”って何かの番組で言うとったぞ）。<br>伊丹十三監督は1997年12月に不幸な死を遂げられました……コワいので敢えて触れません、今更ながら心より御冥福を祈ります、合掌…。<br><br><br>「タンポポ」は1985年の12月の高2の頃、なんば南街スカラ座にて。<br>当時、劇場で“怪獣出て来んけど、字幕読まんでもいいのはやっぱ楽やなぁ…”って友人と喋ってた。<br>基本的にアニメ以外の邦画はタダ券もらわん限り、テレビ放送ばっかで済ませてた、もったいないし。<br>「犬神家…」等の横溝シリーズも笑いながらテレビで観てた、スケキオがマスク取るトコも“おいしそうな焼け具合やな…”って不謹慎なコト言うてた、「八つ墓村」で小川眞由美がショッカー怪人になるトコもネタにしてたっけ（って、イヤなクソガキやなぁ…）横溝作品が放送される度に“今回はどんな殺し方しよるんかな？”ってヘンなトコばっか注目してた、それくらい好きやったってコトで…。<br>寅さんもほとんどテレビで観てた、ウチのオカンが寅さん好きやったんで、87年「知床慕情」～89年「寅次郎心の旅路」まではオカンと一緒に劇場で観た、既にマンネリ化してても劇場は高齢のファンの方が多かった、ちょっとした小ネタでも劇場内でのウケ方はスゴかった、数をこなしただけあって作り方を心得てんだなぁって感心した、90年以降は甥っ子に焦点が変わったんで観るのヤメた、96年に渥美清さんが亡くなられてシリーズ終了、今更ながら感謝を込め、心より御冥福を祈ります、合掌…。<br>自分は29作「寅次郎あじさいの恋」と36作「柴又より愛をこめて」が好きやった。<br><br><br>
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<pubDate>Thu, 10 Mar 2011 11:18:05 +0900</pubDate>
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<title>インドへの道　梅田グランド（花月の下）</title>
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<![CDATA[ 適当に<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20110307/14/okap328/85/70/j/o0240032011095729634.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20110307/14/okap328/85/70/j/t02200293_0240032011095729634.jpg" alt="思い出は映画と共に…（バチョン風に）-インドへの道" width="220" height="293" border="0"></a><br>「インドへの道」1984年作<br>監督／デヴィッド・リーン　音楽／モーリス・ジャール<br>出演／ジュディ・デイビス　ペギー・アシュクロフト　ビクター・バナージー　<br>　　　アレック・ギネス　ジェームズ・フォックス<br><br>　“あのときのあなたの勇気に感謝できるまで、こんなにも長い年月がかかりました…”<br><br>「アラビアのロレンス」等の巨匠デビッド・リーン14年ぶりの作品、結局、本作が遺作になってしまいました。当時、自分は高2だったけど「ロレンス」だけはテレビ放送でなんとなく観てました。<br>自分は“巨匠って言われるジジィって、どんなモンか…”って失礼なコト思いながら劇場に行った、歴史など不勉強で、どの程度理解できていたかは定かじゃないけど、冗談抜きに…ラスト感動してた。<br>英国娘アデラは、やがて義理の母となるモア夫人と一緒に、婚約者の待つインドへ…、アホみたいに威張り倒す英国人、反発しながらも媚へつらうしかないインド人…、ふとした誤解をきっかけに、イジメ大好きな外野のアホ共がコレをネタに、弱者を吊るし上げ過去等をさらしモンにして、叩きまくる…。<br>……こんなハナシやけど、時代や人種を問わず、似たような光景はドコの国にも未だにあるんやね。<br>オ固い作品ってワケでもなく、冒頭のロンドン～汽車のシーンや、アレック“オビワン”ギネス扮する、インド人のヘンなおっさん等が面白いので、全然退屈しない、モーリス・ジャールの音楽も良い。<br>後年、「戦場にかける橋“サル ゴリラ チンパンジー♪”」「ジバゴ」「ライアンの娘」等のリーン監督の名作を鑑賞した、長いけどそれだけの価値は十分にあった。NHKで旧作「逢びき」みたときも“巨匠は昔からスゴかったんだ…”と思た。5年程前にWOWOWで「インドへの道」を改めて観る機会があった、魅せ方の上手さに恐れ入ると同時に、たとえお互いの誤解が溶けても人種間や人間の偏見の壁は越えられないのか……、数年ぶりに感動しながらも、何かやるせなく感じた…。<br>封切公開当時、2時のワイドショー映画紹介で浜村淳さんが“14年ぶり巨匠デビッド・リーン監督、少しも劣っておりません！”って言われてたっけ…最近、自分もそう思う…もうこんなスゴい人は二度と出て来ないだろうし、二度とこんな作品も作られないだろうなぁ…。<br><br>巨匠デビッド・リーン監督は1991年4月に83歳で亡くなられました、新作「ノストロモ」企画中でした。「インドへの道」製作当時は75歳くらい（？）……スゴい…。今更ながら、偉大なる巨匠に敬意を示し、心から御冥福を祈ります、謹んで合掌…。<br>　<br>　“巨匠の偉大さを実感できるまで、こんなにも長い年月がかかりました…”<br><br><br>1985年の9月、梅田花月の真下の梅田グランドにて。<br>春に「アマデウス」がアカデミー賞を総ナメにした年で、この時「インドへの道」もノミネートに入ってて、なんとなく気にはなってた…、で同年の8月に公開され、運良く封切り時に観るコトができました。ちなみに本作は助演女優ペギー・アシュクロフトと音楽モーリス・ジャールは受賞。クドいけど、冗談ぬきに良い映画だと思う。主演女優のジュディ・デイビスはイーストウッドの「目撃」や、アレンの「セレブリティ」等にも出演、何演ってもメチャクチャ上手い女優さんだと思う。<br><br><br><br><br><br><br>
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<pubDate>Thu, 10 Mar 2011 09:12:00 +0900</pubDate>
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<title>レイダース／失われた聖櫃＜アーク＞　大阪松竹座</title>
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<![CDATA[ 適当に<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20110307/14/okap328/55/b4/j/o0240032011095731565.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20110307/14/okap328/55/b4/j/t02200293_0240032011095731565.jpg" alt="思い出は映画と共に…（バチョン風に）-レイダース" width="220" height="293" border="0"></a><br>「レイダース／失われた聖櫃＜アーク＞」1981年作<br>監督／スティーブン・スピルバーグ　脚本／ローレンス・カスダン　音楽／ジョン・ウィリアムズ<br>出演／ハリソン・フォード　カレン・アレン　ジョン・リス＝デイヴィス　デンホルム・エリオット<br>製作総指揮／ジョージ・ルーカス<br><br>おなじみインディアナ第一作、1981年末公開の正月映画、冒頭シーンの岩のゴロンゴロン音響にビビリまくった、酒に強いマリオンねーちゃんや、喜んで殴り合いするゴツいおっさんが面白かった。<br>「E.T.」の前だったんで、世間一般にはまだそんなにスピルバーグ人気はなかった……と思う。<br>この時代の字幕スーパーって、明るい画面になるとやたら読み辛くなるヤツがあり、本作もそうだった、聖櫃の仕事の依頼受けるキモのシーンも、読み辛くてイライラしてたが、活劇始まったらどーでも良くなった…、同時期に「キャノンボール」「マッドマックス2」等があり、本作もトラックでの争奪戦がいちばん面白かった、カーアクションものが流行ってる時期だったせいもあるんやろな。<br>ひょうきん族で“レイダンス／笑われたアーク”ってパロディコントやってて、ナチスのメガネおっさん役に、元々似てた桂文珍がハンガーのシーン等をそのままやってた、あんまオモロなかった<br>「レイダース」が面白すぎたせいか、84年の「魔宮の伝説」観たときは正直物足りんかった、マリオンねーちゃんは出て来んし、助手のガキはウザいし、でも「E.T.」の後だったしなぁ…。<br>85年の金曜ロードショー初放送の際、水野晴郎が“息も尽かせない面白さ！”とか言いながら、CM入る度に息尽きまくり、トイレ行きまくり、やっぱこのテのヤツはノーCMブッ続けでないと面白さ半減する…と改めて実感した、最初に￥10500でビデオが発売されたとき、売れまくってたのもわかる。<br>インディアナ役は当初トム・セレックの予定ってのは有名なハナシで、83年に「ハイロード」ってトム・セレックの映画が来たとき、パンフに“レイダースはセレックのモノだった…”って東宝東和の負け惜しみみたいな記事があって……、なんか笑た。<br><br>1982年の正月、道頓堀の大阪松竹座にて、中１のとき。<br>小学生のとき「宇宙戦艦ヤマト」～「さらば宇宙戦艦ヤマト」に連れてってもらった思い出深い劇場。<br>場内は広くて洋風の内装でクソガキの自分には新鮮だった、2階の指定席もあったっけ。<br>今もあるけど、改装されて舞台劇専門の劇場になった、でもオシャレな外観は変わってなかった。<br>「E.T.」や「トワイライトゾーン」もココで観たっけ、なおかつ鑑賞後に客がみんな揃って失笑した、あの怪作であり珍作「ブルースリー死亡の塔」も、なんとこんな立派なトコで上映されてた、松竹座の大画面で展開されるバッタもんブルースリーアクション、そしてあの迷シーンで金髪タレパイねーちゃん＆着ぐるみライオンも大暴れしてた…、って冗談みたいな本当のハナシ、…自分も観たから（失笑）<br>すぐ近くにカニ道楽の巨大なカニ看板があり、“コレ…生きてんのか？”と幼少の頃に真剣に感じてたコトがあった。<br><br><br><br>
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<pubDate>Wed, 09 Mar 2011 10:15:39 +0900</pubDate>
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<title>ブルベイカー　毎日文化ホール</title>
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<![CDATA[ 適当に<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20110307/14/okap328/08/cc/j/o0240032011095731564.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20110307/14/okap328/08/cc/j/t02200293_0240032011095731564.jpg" alt="思い出は映画と共に…（バチョン風に）-ブルベイカー" width="220" height="293" border="0"></a><br>「ブルベイカー」1980年作<br>監督／スチュアート・ローゼンバーグ　音楽／ラロ・シフリン<br>出演／ロバート・レッドフォード　ヤフェット・コットー　ジェーン・アレキサンダー<br><br>“悲しすぎる男たちの世界に、自由の光をそそぐため、男は来た！”<br><br>“悲しすぎる…世界”って、刑務所なんだが、悲しいのは刑期だけではなかった…ってオハナシ。<br>ムショ内での搾取、リンチ、管理者の汚職、証拠隠滅口封じのために殺人…、レッドフォード扮するブルベイカーが囚人になりすまし、内部実態を調査、やがて政府からの使者であるコトを明かし、新所長として内部改善に働く……正直、観てる間はシンドかった、はよ終わらんかなと思た。たしかに正しいコトしてるには違いないけど、ムショ内の暴露でなんか“ヘンなモン狙い過ぎ”って感じがせんでもなかった、改善に働く英雄モノかと思たら、今度は自治側から吊るし上げくらったり、結局はなんだかんだでムショから追放され、ヤフェット・コットー扮する黒人囚人の「アンタ立派だった」の一言で片付けられたような……感動的ではあったけど…なんか、しっくりこんかった。<br>単に「夜の大走査線」のラストみたいなコト、やりたかっただけなのか？…わからん…。<br>汚職やらワイロで染まって成り立ってるトコに、真正面から挑んでもムダなだけ…ドコも一緒やね。<br>ちなみにレッドフォードは同時期に「普通の人々」を監督して、アカデミー賞を受賞。<br>ポール・ニューマン主演の名作「暴力脱獄」等のスチュアート・ローゼンバーグ監督は、なんと79年の「悪魔の棲む家」みたいなモノも撮ったヒト。2007年に亡くなられてたらしい、謹んで御冥福を祈ります、合掌…。<br><br>1986年、毎日文化ホールにて。併映の「ナチュラル」目当てでついでに観たって感じ。<br>クサってた時期だったせいかもしれんが、この当時のコトはを、いまいち思い出せん……<br>これだけ男前で、なおかつ監督作も手堅いモンを作ってる、レッドフォードって大したオッサンだと思う。<br><br><br><br><br><br><br><br>
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<pubDate>Tue, 08 Mar 2011 14:04:22 +0900</pubDate>
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<title>チャンス　日曜洋画劇場〜ビデオ</title>
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<![CDATA[ 適当に<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20110302/04/okap328/a6/47/j/o0240032011084277135.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20110302/04/okap328/a6/47/j/t02200293_0240032011084277135.jpg" alt="思い出は映画と共に…（バチョン風に）-チャンス" width="220" height="293" border="0"></a><br>「チャンス」1979年作<br>監督／ハル・アシュビー　撮影　カレブ・デシャネル<br>出演／ピーター・セラーズ　シャーリー・マクレーン　メルヴィン・ダグラス<br><br>10年に一本の傑作コメディ…チャンスを逃すな、見逃すな！　←当時のキャッチ（なんか違う…）<br><br>一歩も外へ出た事のない、テレビだけが楽しみの住み込み庭師のチャンス、主人の死により屋敷は閉鎖され、生まれて初めて町へ出る、ある事故から政界や経済界の大物と関わるコトに…ってオハナシ。<br><br>コメディとはいうものの、のほほんとした静かな感じの秀作で、ピーター・セラーズの実質上の遺作。<br>日本で封切られたのは1981年正月明けで、自分はまだ小6のクソガキ、この頃からラジオを聞くようになり、“サタデーバチョン”等で浜村淳さんの映画紹介をなんとなく聞いてた、そのとき浜村さんが紹介してたのがこの「チャンス」だった。浜村さんの喋りは丁寧で、小6の自分にも解り易かった、あの独特のイントネーションで“読み書きも出来ない庭師やから知ってるコトといえば草や木のコトだけ…”聞いてて興味がわく“根があれば芽を出し花を咲かすでしょう”って当たり前のコト言うただけで、政界のエラいさんが深読みして“なるほど！有り難うございます！”って勘違いするとか（浜村さん的に脚色もしてる）面白そうやなぁと思いつつも、当時の自分は春休み公開「のび太の宇宙開拓史」の方が楽しみだった。でも浜村さんの喋りのおかげで「チャンス」の印象は刷り込まれてた。<br>1982年の秋、日曜洋画劇場で「チャンス」放送、あ～浜村さんが喋ってたアレか…って思いながら観た、浜村さんの喋りで聞いてたモノとはだいぶイメージも違ったが、いい映画だと思った。クルーゾー警部のときとは違った、ピーター・セラーズの落ち着いた静かな雰囲気も新鮮だった。<br>後の1985年くらいにビデオレンタル普及、「チャンス」もリリースされたんで観たら、地味ながらものほほんとした良質な作品だと改めて思った。チャンスが町にでてゴロツキのガキ共にナイフで絡まれたとき、対抗してテレビのリモコンを出すのは笑た、チキチキマシンのケンケンもチラッと出てくる。<br>主演のピーター・セラーズは1980年7月に、ハル・アシュビー監督は、1988年12月に亡くなられました、今更ながら感謝を込めて、心より御冥福を祈ります、合掌…。<br><br><br>“ありがとう浜村淳です”は今も続いてる、すごいなぁ。上京後、大阪に帰省したときラジオで浜村さんの声を聞くと、大阪に帰ってきた…って実感があった。カスみたいな映画でも、無理やり関西風に脚色して面白く喋る話術にはお世話になりました、観てないのにオチまでばらされたコトもあった…。<br><br><br>パンフは古本屋にて購入、表紙（ポスター）の空中を歩くイラストが素晴らしい。<br>ちなみに原題は“BEING THERE”、って“そこに居るだけ”……ってコトか、何か深いなぁ…。<br>パンフには淀川先生が原稿を書かれてて“アメリカがもういっぺん優しい気持ちに…”って内容だった。そういえば、89年の「フィールドオブ…」の時も似たようなコト言われたっけ、アメリカだけでなく世界全体が優しい気持ちになるのは、いつなんでしょうか……もう何やっても、手遅れの時代になってしまったような気がする…もう、どーでもいーけど…。<br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br>
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<pubDate>Tue, 08 Mar 2011 10:58:08 +0900</pubDate>
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<title>ターミネーター　ナビオ阪急 北野劇場</title>
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<![CDATA[ 適当に<br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20110307/14/okap328/5c/7c/j/o0240032011095731566.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20110307/14/okap328/5c/7c/j/t02200293_0240032011095731566.jpg" alt="思い出は映画と共に…（バチョン風に）-ターミネータ" width="220" height="293" border="0"></a><br>「ターミネーター」1984年作<br>監督／ジェームズ・キャメロン　音楽／ブラッド・フィーデル<br>出演／アーノルド・シュワルツェネッガー　マイケル・ビーン　リンダ・ハミルトン<br><br>コレ当初はシュワルツェネッガーとマイケル・ビーンの配役が逆だったとか、シュワが「ワシ演技ヘタやし、あんま喋らん悪役の方がええわ…」ってコトで、こうなったとか（注：関西弁はアレンジです）<br>とにかくシュワルツェネッガーがメジャーになった、みんな知ってるおなじみの作品。<br>いきなりスッポンポンで登場して、ロスの夜景バックに逆三角形体系の後ろ姿＋おしり…アッチ系の方はさぞかし興奮されたんじゃないかと思う。当時、銃にすんごい詳しい友人がいて、そいつの解説で面白さが倍になった、クラブでウージーマシンガンをバリバリ撃ちまくるシーンは気持ち良かった“無茶しよるなぁコイツ”って感じで笑えた。“タイムスリップしてきた最初は73分けの髪型やのに、なんで途中で逆立った髪型が変わるの？”って友人に聞かれて、“たしか途中で火だるまになるから、そのときに髪の毛が逆立ったんやろ”って答えたら、“火だるまなら逆立つよりも天然パーマになるんちゃうか？”……って、知らんがな……監督のキャメロンに電話して聞け！…思ったコトがある。<br>いろんな意味で面白かった、ラストがエラいカッコいい終わり方で、サブイボ（鳥肌）たった…。<br>91年に「ターミネーター2」が来た、合わせて監督のキャメロンも来日してた、大ヒットに機嫌良くして上映中の新宿の映画館に舞台挨拶したい、と申し出たら“このクソ忙しいときに邪魔すんな！”って劇場のオッサンに追い返されたっていう実話ネタがあるらしい、笑える。3まで観た、4は観てない。<br>そういや、2以降は現代にタイムスリップしてきた時点で既に、逆立ったあの髪型だったなぁ…。<br>だいぶ後に“炊いた肉”でオスカー獲るんだけど、所詮B級「フライングキラー」出身のおっさんは、いい加減なモンです。<br><br><br>1985年6月、ナビオ阪急の北野劇場にて、次回上映予定が「007／美しき獲物たち」だった。<br>当時はスプラッターホラーブームのド真ん中で、「ターミネーター」の中の“自分で自分を修理する”って、エグいシーンも話題になってた。自分も名画座通ったり、ビデオレンタルしたりで一番映画を観てた時期だったと思う、バイトして小遣い稼いでたのもあって、やりたい放題の時期だったんだと思う。この頃、兄貴が結婚するうんぬんで、全てがそっちの方ばっかに動いて、自分はクサってたコトもあった…反抗期って程のモンでもなかったけど、今思い出すと申し訳なかったと思う…ずっと自分は劣等感を感じてた、ごめんなさい…、ただ普通に生きたいだけだったのに、もう一息だったのに裏目に出て、ヒドい時代になった…できるコトなら5~6年前に戻りたい……あれ…何書いてんやろ…<br><br>雪はやんだけど、まだまだ寒いなぁ<br>
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<pubDate>Mon, 07 Mar 2011 13:59:20 +0900</pubDate>
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<title>評　決　毎日文化ホール</title>
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<![CDATA[ 適当にコレ<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20110302/04/okap328/ee/44/j/o0240032011084277672.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20110302/04/okap328/ee/44/j/t02200293_0240032011084277672.jpg" alt="思い出は映画と共に…（バチョン風に）-評決" width="220" height="293" border="0"></a><br>「評　決」1982年作<br>監督／シドニー・ルメット　<br>出演／ポール・ニューマン　シャーロット・ランプリング　ジャック・ウォーデン　ジェームズ・メイ<br>ソン<br><br>落ちぶれ酒浸り弁護士が、病院の誤診による不正医療事件の仕事を請け負うオハナシ。<br><br>自分はポール・ニューマンが好きです、このヒトの出演作全てを観ていませんが、ニューマンはいい。<br>中3のとき「明日に向って撃て！」「スティング」「スラップショット」等をテレビ放送で観て、カッコいいなぁ…と思ってた、後日それらを改めてビデオレンタルでも観た、吹き替えもいいけどニューマン自身の少しダミがかったような“声”がイイ、英語が解るワケでもないけど、ニューマンは原語で観たい。で、初めて劇場で観たポール・ニューマンが「評決」でした、法廷モノの傑作、面白い！。<br>全て金と権力で安易に片付けられ、泣くのは弱いモノばかり（って仕事人のオープニングか）、そんな法律に不信感を持ち、落ちぶれながらも“正義”を貫こうとする弁護士がポール・ニューマン、示談で済まそうとする判事らと別室でヤり合うシーンも観てて“…きたきた！”って思いながら観てた、やっぱポール・ニューマンは反逆してこそ、ポール・ニューマンだと思う。監督のシドニー・ルメットも、当時はまだヤル気があったのか、ボケてなかったのか、社会派のイイ作品を作ってた、90年代に入るとイマイチだった、製作された時代のせいもあるんやろね。アカデミー賞はコレと「トッツィー」「ガンジー」の三つ巴戦になったが、残念ながら受賞ナシ、後の86年にニューマンは「ハスラー2」で受賞するけど、あの程度のモンであげるんなら、「評決」のときあげりゃ良かったのに…、って当時思ってた。日本で88年頃にやってたマスターカードのCMにも出てたっけ、カッコ良かったなぁ…、自分が最後に観たのは2002年の「ロード・トゥ・パーディション」のマフィアのボスだった…と思う。<br>そのポール・ニューマンは2008年9月に83歳で亡くなられました、まさに歴史が終わった感じでした、改めて心から御冥福を祈ります、謹んで合掌…。<br><br>残念ながら、封切時は観れませんでした。ちゃんと観たのは、<br>1985年の春頃だったと思う、通ってた名画座の毎日文化ホールで、併映は前にも一度観た「ジャスティス」、法廷モノ特集で、なおかつ自分的には、名脇役ジャック・ウォーデン特集でもあった。<br>パンフは後に古本屋で購入、コレ面白いのが“ポール・ニューマン／自作を語る”ってのがあって、出演した全ての作品にコメント出してて、やっぱ「明日に…」「スティング」なんかは“嬉しかった、楽しかった”ってお気に入りっぽいコメント出してんだけど、80年に「世界崩壊の序曲」ってのがあって、自分は日曜洋画で観た、なんでニューマンがこんなカス映画に出てんのかなぁ…と思ったら、コレに関して“私は懸命にこの映画のコトを思い出すまいとつとめている”ってコメントされてて笑た、さすがのポール・ニューマンも“うわっ、やっちまった…”ってコトがあったんだ…
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<link>https://ameblo.jp/okap328/entry-10823164634.html</link>
<pubDate>Mon, 07 Mar 2011 11:08:40 +0900</pubDate>
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<title>セカンドチャンス　梅田東映パラス</title>
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<![CDATA[ 適当に<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20110307/06/okap328/88/95/j/o0240032011095185555.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20110307/06/okap328/88/95/j/t02200293_0240032011095185555.jpg" alt="思い出は映画と共に…（バチョン風に）-セカンドチャンス" width="220" height="293" border="0"></a><br>「セカンドチャンス」1983年作<br>監督／ジョン・ハーツフェルド　主題歌／オリビア・ニュートン＝ジョン<br>出演／オリビア・ニュートン＝ジョン　ジョン・トラボルタ　チャールズ・ダーニング<br><br>トラボルタが借金返済のために銀行強盗する…が、逆にオリビア銀行窓口ねーちゃんに奪う金をくすねられ一杯喰わされる。後に二人は偶然に正面衝突してあの世逝き……この二人に改心のチャンスが与えられ、一週間限定で生き返る……って、78年作「グリース」の主演コンビによる、天国ネタ。<br><br>銀行強盗シーンでトラボルタが、銃を向けられたオリビアに“ワタシを撃つの？”って言われ、<br>“…イヤ、隣のオバちゃんを…”って言い返すトコだけ、妙に笑た…コトしか憶えてない。<br>オリビア・ニュートン＝ジョン目当てで劇場で観たら、……単なるアイドル映画だった。<br>関係ないけど、鶴光のオールナイトニッポンで“オリビア乳頭ジョン”ってネタあったなぁ、某コーナーではオリビアの“愛の告白”って曲の途中で“This is ピュ～ チ～ンポ♪”に聞こえるってネタもあったなぁ…（アホなコトだけは、しっかり覚えてる）<br>本作の主題歌“運命のいたずら”のミュージッククリップが良かったんで、ダマされたと思って観たら、……やっぱりダマされた情けない思い出、それなりに楽しんだけど。<br>ちなみにこの作品、当時のゴールデンラズベリー賞の作品賞　主演男優賞　主演女優賞　監督賞に見事にノミネート！（バカにしてんのか）全部受賞してたら、笑えたのに…。<br>　<br>主題歌“運命のいたずら” はOlivia Newton John - Twist of fateってヤツ、youtubeで観れる。<br><br>ちなみに“ピュ～ チ～ンポ♪”はI honestly love you-Olivia Newton John　1:18くらいのトコ…<br>（こんなモン紹介せんでも、えーけど…）<br>あと、オリビアネタで“キ～ミはチカン♪”って聞こえるネタもあった、曲名なんやったっけ？<br>憶えてるヒトいたら、教えてください…なんか“鶴光オールナイト”ノスタルジーになったなぁ…。<br><br><br>1984年の6月、梅田東映パラスにて、次回上映予定が「グレイストーク」だった。<br>1ヶ月前くらいのGWに、ココで「ダーティハリー4」を観たとき、“運命のいたずら”ミュージッククリップを観た。オリビア・ニュートン＝ジョンって、「グリース」で高校生役やってたとき既に30歳だったとか、何を食べたら老けへんのかなぁ…って当時思ってた。さらに年月が流れ2000年くらいに、ディスカバリーチャンネルの番組ホストをやってたのを見た、全然老けてないとは言わんが、実年齢よりもかなり若く見え驚いた、何を○ったら老けへんのかなぁ…ってアブナいコトを思った…。<br><br>どうせ誰も読まんから、えーか。<br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/okap328/entry-10823076826.html</link>
<pubDate>Mon, 07 Mar 2011 08:48:53 +0900</pubDate>
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<title>ファールプレイ　深夜の洋画放送〜ビデオ</title>
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<![CDATA[ 適当にコレ、おおっ…<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20110302/05/okap328/ab/c9/j/o0240032011084279656.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20110302/05/okap328/ab/c9/j/t02200293_0240032011084279656.jpg" alt="思い出は映画と共に…（バチョン風に）-ファールプレイ" width="220" height="293" border="0"></a><br>「ファール・プレイ」1978年作<br>監督／コリン・ヒギンズ　主題歌／バリー・マニロウ<br>出演／ゴールディ・ホーン　チェビー・チェイス　バージェス・メレディス　ダドリー・ムーア<br><br>すみません、コレ劇場で観てません、でもかなり笑える上に、メチャクチャ面白い！<br>図書館勤めのおねーちゃんが、イケメンのヒッチハイカーを乗せたコトから、トンデモない事件に捲き込まれるってオハナシ。ヒッチコック「知りすぎていた男」ばりのサスペンスコメディの傑作。<br>コレ最初、1984年の年末の深夜の映画放送で観た、当時は深夜に海外ドラマや洋画を放送してて、年末年始とかになると、やたら面白いモンをやってた。たしか、その前に木曜洋画劇場で観た「9時から5時まで（1980年作）」ってジェーン・フォンダのOLコメディがあり、監督がコリン・ヒギンズ。<br>そのコリン・ヒギンズの監督デビュー作が、この「ファール・プレイ」でした、“なら、面白いか”と思い、深夜に放送された際に観たら、眠さ吹っ飛んでメチャクチャ笑た…。ゴールディ・ホーンは既に「プライベート・ベンジャミン」等、コメディ女優で有名だったけど、当時はちゃんと見たコト無かった。藤田淑子さん（ゴールディ・ホーン）や広川太一郎さん（ダドリー・ムーア）等による吹き替えだった、良かった。例によってノーカットで観たい、ビデオ出さんかな…って待ってる間に、ヒッチコックの「知りすぎていた男」を観る機会があった、“あのファールプレイの元ネタって、コレやったんか…”って納得。1年半くらいして、ついに「ファール・プレイ」ビデオリリース！レンタルせずに、いきなり店でダビングしてもらった、当たり前やけど、やっぱり面白かった！中でも日本人観光客とのカラミの“コジャック、バンバン”はアホみたいに笑た。すんごい残念だが、コリン・ヒギンズ監督は1988年にエイズで亡くなられたらしい、「大陸横断超特急（コレも秀作）」の脚本もこのヒト、「眠れぬ夜のために」ではカメオ出演もしてる、生きてたらスゴい監督になってたと思う、今更ながら謹んで御冥福を祈ります、合掌。<br><br>「ファール・プレイ」観たあとに、ゴールディ・ホーンねーさん作品の「プライベート・ベンジャミン」「ワイルドキャッツ」等をレンタルで観たが、やっぱ面白さで「ファール・プレイ」を越えるモンはなかった…。コレ、一度CICからビデオリリースしたものの、現在はDVDすら出てないらしい、こんな傑作を…残念なハナシやね、しょーもないモン出してるヒマあったら、コレ出せばいいのに…。<br>ちなみにダビングしてたビデオは、誰かに貸したまんまどっかに失くした……。<br>パンフは高3のとき、近鉄百貨店の1986新春古本市で見つけた、嬉しかったなぁ。<br>クドいけど、ホンマにオモロかった、ちなみに刑事役でブライアン・デネヒーも出てる。<br>兄貴がバリー・マニロウの“コパカバーナ”LP持ってた、聴かせてもらったとき「ファール・プレイ」の主題歌もこのヒトだったなぁ…と思い出してた。<br><br>主題歌は　barry manilow ready to take a chance again　ってヤツ、youtubeで聴ける<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/okap328/entry-10822176165.html</link>
<pubDate>Sun, 06 Mar 2011 13:09:56 +0900</pubDate>
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