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<title>okinawan-poemsのブログ</title>
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<title>世界の文学：琉球語訳＝サルトル「嘔吐」</title>
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<![CDATA[ <p>日記　１９３２年１月２５日　月曜日</p><p>&nbsp;</p><p>何かが私に起こった。もはや疑いの余地はない。そいつはありふれた確信や、明白な事実とは違って、まるで病気のようにやって来た。そしてこっそりと、少しずつ、私の中にいすわってしまった。私はいくらか気分がおかしく、いくぶん窮屈な感じがした。それだけの話である。ひとたび場所を占めると、そいつはもう動かず、おとなしくしていた。そして私は、自分をこう納得させることができた。何事もなかったのだ。あれは余計な心配だったのだ、と。ところが今や、それがくっきりとあらわれた。　鈴木道彦訳（人文書院）</p><p>&nbsp;</p><p>何（ぬう）がらが吾（わん）かい起（う）くたん。今（なあ）又（また）疑（うたげ）えぬ隙間（しま）や無（ねえ）らん。其（う）りや何処（まあ）にん有（あ）てぃ深（ふか）く信（しん）じ而居（とお）る事（くとぅ）とぅ、明白（はっきり）為居（そお）る事実（まくとぅ）とぅや違（ちが）てぃ、為（さ）ながら病気（やんめえ）ぬ如（ぐとぅ）に来（ちゅう）たん。有（や）てぃ忍（しぬ）でぃ、少小（うふぃぐぁあ）なあ、吾（わん）ぬ中（なか）んかい常（ちゃあ）居（い）い為（さ）ん。吾（わん）や少小（うふぃぐぁあ）気分（あんべえ）ぬ悪（わっ）さ為（し）、幾分（よおばなあ）窮屈（いば）く成（な）たん。其（う）り丈（だき）ぬ話（はなし）どぅ有（や）る。一度（ちゅけえん）所（とぅくる）取（とぅ）れえ、其（う）りや今（なあ）動（んじゅ）かん事（ぐとぅ）、静（しじ）かに為居（そお）たん。有（や）てぃ吾（わん）や、自分（どぅう）んかい斯（かん）し言（ぃい）い聞（ち）かする事（くとぅ）ぬ成（な）たん。何（ぬう）ぬ事（くとぅ）ん無（ねえ）らんたん。彼（あ）りや余計（うぁあば）心配（しわ）どぅ有（や）たる、とぅ。有（や）てぃ今（なま）や、其（う）りが確（しかっ）とぅ出（ぃん）じてぃ来（ちゃ）ん。</p><p>&nbsp;</p><p>＠サルトルはノーベル文学賞を辞退しました。理由は「何ものからも自由でありたいから」でした。実存主義の哲学者として言動が一致して実に立派だと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>※「余地」は「隙間（しま）」と訳しました。「ありふれた」は「何処（まあ）にん有（あ）ん」です。「まるで」は「さながら」です。「居座る」は「常（ちゃあ）居（い）い為（す）ん」です。「気分」は「塩梅（あんべえ）」です。「幾分」は「弱（よおば）なあ」です。「窮屈な」は「狭（いば）さん」です。「余計な心配」を「上辺（ぅうぁあば）世話（しわ）」と言います。「はっきりと、くっきりと」は「しかっとぅ）と言います。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/okinawan-poems/entry-12970145366.html</link>
<pubDate>Fri, 19 Jun 2026 13:40:40 +0900</pubDate>
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<title>世界の文学：琉球語訳＝ヘミングウェイ「武器よさらば」</title>
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<![CDATA[ <p>武器よさらば　冒頭</p><p>&nbsp;</p><p>その年の夏の終わり、われわれは、河と平野の向こうに山々が見える、ある村の家に泊まっていた。河原には、小石や丸石が陽をうけて白く乾き、水がいくすじか、青く澄み、勢いよく流れていた、部隊が家のそばの道路を通り、そのまきあげた砂ぼこりが木々の葉にふりかかった。木々の幹にも砂ぼこりがかかり、その年は木の葉が早く落ち、部隊がその道路を進軍し、砂ぼこりがあがり、木の葉が微風にゆれて落ち、兵士たちが進軍してゆくのが見え、そのあとの道路は落ち葉のほかは何もなく、白っぽかった。平野は作物が豊かだった。果樹園がたくさんあり、平野の向こうの山々は茶褐色で、はだかだった。その山々には戦闘があり、夜になると、砲火の閃きが見えた。暗闇で、それは夏の稲妻のようだったが、夜は涼しく、風の来る気配はなかった。　高村勝治訳（kindle）</p><p>&nbsp;</p><p>其（う）ぬ年（とぅし）ぬ夏（なち）ぬ終（う）わい、我達（わったあ）や、河（まぎかあら）とぅ平野（まぎばら）ぬ彼（あ）ま向（む）てぃに山々（やまやま）ぬ見（み）ゆる、或（ある）村（むら）ぬ家（やあ）んかい泊（とぅ）ま而居（とお）たん。河原（かあら）ぬ傍（はた）にや、小石（ぐまいし）とぅ丸石（まるいし）が太陽（てぃいだ）受（う）きてぃ白（しる）く乾（かわ）ち、水（みじ）が幾筋（いくすじ）か、青（おお）く澄（しんち）りてぃ、勢（さあら）ない流（なが）りてぃ居（うぅ）たん。部隊（ぶてえ）が家（やあ）ぬ側（すば）ぬ道路（うふみち）通（とぅう）てぃ、其（う）ぬ巻（ま）ち上（あ）ぎたる砂埃（しなぶくい）が木々（きいぎい）ぬ葉（ふぁあ）んかい降（ふ）い掛（か）かたん。木々（きいぎい）ぬ幹（むとぅ）んかいん砂（しな）埃（ぶくい）ぬ掛（か）かてぃ、其（う）ぬ年（とぅし）や木（きい）ぬ葉（ふぁあ）が早（ふぇえ）く落（う）てぃてぃ、部隊（ぶてえ）が其（う）ぬ道路（うふみち）んかい進軍（しんぐん）為（し）、砂（しな）埃（ぶくい）が上（あ）がてぃ、木（きい）ぬ葉（ふぁあ）が微風（しだかじ）んかい揺（ゆた）みち落（う）てぃてぃ、兵隊達（ふぃいたいたあ）が進軍（しんぐん）し行（い）ちゅしが見（みい）てぃ、其（う）ぬ後（あとぅ）ぬ道路（うふみち）や古葉（ふるふぁあ）ぬ他（ふか）や何（ぬう）ん無（ねえ）らん事（ぐとぅ）、白（しる）擬（ぎ）さあ有（や）たん。平野（まぎはら）や作物（むづくい）が豊（ゆた）しゃ有（や）たん。木（きい）ぬ果実（ない）ぬ畑（はる）が多（うふぉお）く有（あ）てぃ、平野（まぎはら）ぬ彼処（あま）向（む）てぃぬ山々（やまやま）や茶褐色（んみいる）有（や）てぃ、裸（はだか）有（や）たん。其（う）ぬ山々（やまやま）にや戦闘（いくさ）が有（あ）てぃ、夜（ゆる）に成（な）れえ、石火矢（いしびゃあ）ぬ火（ふぃい）ぬ閃（ふぃかい）が見（み）いたん。暗闇（くらしん）居（うぅ）てぃ、其（う）りや夏（なち）ぬ稲妻（ふでぃい）ぬ如（ぐぅとぅ）有（や）たしが、夜（ゆる）や涼（しだ）く、風（かじ）ぬ来（ちゅう）る香（かじゃ）や無（ねえ）らんたん。</p><p>&nbsp;</p><p>＠アメリカのノーベル文学賞受賞者ヘミングウェイの小説です。ヘミングウェイはもともと新聞記者でした。文章がたいへんすばらしいと思います。戦争を描いた小説なのにふつうの情景描写がすごいです。「武器よさらば」を読んでいると私たちの現在の世界のほうがよっぽど戦争の中にあるのではと思ってしまいます。私はヘミングウェイが専門の大学の先生の影響を受け、彼の小説をいくつか英語で読みました。「老人と海」は大好きです。</p><p>&nbsp;</p><p>※「河」は「大きい川」という意味で「大川（まぎかあら）」としました。「平野」は「大きな原」で「大原（まぎばら）」です。「河原」は「川のそば」としました。「澄みわたる」は「しんちりゆん」と言います。「しだかじ」は「涼しい風」と言う意味です。「揺れる」は「ゆたみちゅん」と言います。「枯葉」は「ふるふぁあ」と言います。「ぎさあ」は「～ぽい」という意味です。「作物」は「むづくい」と言います。「ちゅくいむづくい」という言葉があります。「果物」は「きいぬない」と言います。「茶褐色」は「梅色（んみいる）」です。大砲は古い言葉ですが「いしびゃあ」と言います。あえて使わせていただきました。「暗闇」は「くらしん」と言います。「稲妻」は「ふでぃい」です。「気配」は「かじゃ」と訳しました。「におい」という意味です。</p>
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<link>https://ameblo.jp/okinawan-poems/entry-12970122727.html</link>
<pubDate>Fri, 19 Jun 2026 09:00:28 +0900</pubDate>
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<title>世界の文学：琉球語訳＝鴨長明「方丈記」</title>
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<![CDATA[ <p>方丈記　冒頭</p><p>&nbsp;</p><p>行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず、よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとどまることなし、世の中にある人とすみかと、またかくの如し、玉しきの都の中にむねをならべいらかをあらそへる、たかきいやしき人のすまひは、代々を経て尽きせぬものなれど、これをまことかと尋ぬれば、昔ありし家はまれなり。或はこぞ破れてことしは造り、あるは大家ほろびて小家となる、住む人もこれにおなじ。所もかはらず、人も多かれど、いにしへ見し人は、二三十人が中に、わずかにひとりふたりなり。あしたに死し、ゆふべに生るるならひ、ただ水の泡にぞ似たりける。知らず、生れ死ぬる人、いづかたより来たりて、いづかたへか去る。又知らず、かりのやどり、誰が為に心を悩まし、何によりてか目をよろこばしむる。そのあるじとすみかと、無常をあらそひ去るさま、いはば朝顔の露にことならず。或は露落ちて花のこれり、のこるといへども朝日に枯れぬ。或は花はしぼみて、露なほ消えず。消えずといへどもゆふべを待つことなし。　（kindle青空文庫）</p><p>&nbsp;</p><p>行（い）ちゅる川（かあら）ぬ流（なが）りや絶（て）えらん、彼（あ）んしが本（むとぅ）ぬ水（みじ）や有（あ）らん。淀（ゆどぅ）に浮（う）かぶる泡（ああ）や、又（また）消（ちゃあ）てぃ又（また）結（むす）でぃ久（なが）く止（とぅどぅま）まゆる事（くとぅ）ぬ無（ねえ）ん、世（ゆ）ぬ中（なか）に有（あ）ゆる人（っちゅ）とぅ住処（やあ）や、又（また）斯（か）んぬ如（ぐぅとぅ）、玉敷（たまし）ちぬ都（みやく）ぬ中（なか）んかい棟（んに）並（なら）び甍（いりちゃ）争（あら）すうゆる、上（ぅうぃい）ぬ人（っちゅ）下（しちゃ）ぬ人（っちゅ）ぬ住家（やあ）や、代々（でえでえ）経（ふぃ）てぃん尽（ちく）さらん物（むぬ）有（や）しが、此（く）りや真（まくとぅ）有（や）がとぅ聞（ち）ちいねえ、昔（んかし）有（あ）たる家（やあ）や稀（まり）有（や）ん。今（なあ）去年（くじゅ）破（やん）でぃてぃ今年（くぬとぅし）造（ちく）てぃ、今（なあ）大家（まぎやあ）滅（ふる）でぃ小家（ぐまやあ）成（な）いん。暮（く）らする人（っちゅ）ん此（く）りとぅ同（ゆぬ）物（むん）、所（とぅくる）ん変（か）わらん、人（っちゅ）ん多（うふ）さしが、昔（んかし）見（ん）ちゃる人（っちゅ）や、二三十人（にさんじゅうにん）ぬ中（なか）んかい、少小（うふぃぐぁあ）一人（ちゅい）二人（たい）どぅ有（や）る。朝（ふぃてぃみてぃ）死（まあ）ち、夕方（ゆさんでぃ）生（う）まりゆる慣（なれ）え、只（ただ）水（みぢ）ぬ泡（ああ）んかいどぅ似而居（にちょお）る。知（し）らじ、生（うま）り死（まあ）する人（っちゅ）、何処（まあ）から来（ち）、何処（まあ）んかい行（い）ちゅん。又（また）知（し）らじ、仮（か）りぬ宿（やあ）、誰（たあ）が為（たみ）に心（くくる）悩（なやま）ち、何（ぬう）持（むっ）ち目（みい）喜（ゆるく）ばする。其（う）ぬ主（ぬうし）とぅ住処（やあ）とぅ、無常（むじょお）争（あら）すうてぃ走（は）ゆる様（さま）、言（ぃい）いねえ朝顔（あさがう）ぬ露（ちゆ）とぅ違（ちが）らん。今（なあ）露（ちゆ）落（う）てぃてぃ花（はな）ぬ残（ぬく）いん、残（ぬく）いんでぃ言（ぃい）ちん朝日（あがいてぃいだ）居（うぅ）てぃ枯（か）りいん。今（なあ）花（はな）や萎（しぴ）りてぃ、露（ちゆ）や未（なあ）だ消（ちゃあ）らん。消（ちゃあ）らんでぃ言（ぃい）ちん夕方（ゆさんでぃ）待（ま）ちゅる事（くとぅ）や無（ねえ）ん。</p><p>&nbsp;</p><p>＠方丈記は震災後に多く読まれるらしいです。震災ではなく、平時にあっても方丈記に書かれていることは普遍的なこどだと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>※「よどみ」に相当する「淀（ゆどぅ）」という沖縄語があります。「玉しきの」は「都」にかかる枕詞です。そのまま使用しました。「いりちゃ」は「甍（いらか）」に相当する沖縄語です。「争う」は「争（あら）すうゆん」と言います。「死ぬ」は「まあすん」です。「無常（むじょお）」という沖縄語は存在するようです。「走（は）ゆん」は「走る」とか「去る」とかの意味です。このブログでは出来るだけ標準的な沖縄語を使うようにしていますが、首里言葉はどうしても日本語の古語を訳すときに相性がいいです。適宜に首里言葉も交えています。「朝日」は「上（あ）がい太陽（てぃいだ）」と言います。「上（あ）がい太陽（てぃいだ）どぅ拝（うぅが）むる、下（さ）がい太陽（てぃいだ）あ拝（うぅが）まん」という言葉があります。</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/okinawan-poems/entry-12970051086.html</link>
<pubDate>Thu, 18 Jun 2026 14:20:59 +0900</pubDate>
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<title>世界の文学：琉球語訳＝吉田兼好「徒然草」</title>
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<![CDATA[ <p>徒然草　序段</p><p>&nbsp;</p><p>つれづれなるままに、日暮らし、硯に向かひて、心にうつりゆく由なしごとを、そこはかとなく書き付くれば、あやしうこそものぐるほしけれ。</p><p>&nbsp;</p><p>角川書店（ビギナーズ・クラシックス　日本の古典）</p><p>&nbsp;</p><p>暇（ふぃま）成（な）る儘（まま）に、日（ふぃい）暮（く）らち、硯（しじり）んかい向（ん）かてぃ、心（くくる）に移（う）ち行（い）ちゅる由（ゆし）無（ねえ）ん事（くとぅ）、取（とぅ）い止（とぅ）みん無（な）く書（か）き付（ち）きりば、不思議（ふしぢ）とぅ心（ちむ）騒（わさ）騒（わさ）為（す）ん。</p><p>&nbsp;</p><p>第三段</p><p>&nbsp;</p><p>よろづにいみじくとも、色好まざらむ男は、いとさうざうしく、玉の巵（さかづき）の当（そこ）なき心地ぞすべき。露霜にしほたれて、所定めず惑ひ歩き、親のいさめ・世のそしりをつつむに心のいとまなく、あふさきるさに思ひ乱れ、さるは独り寝がちに、まどろむ夜なきこそをかしけれ。さりとて、ひたすらたはれたる方にはあらで、女にたやすからず思はれんこそ、あらまほしかるべきわざなれ。</p><p>&nbsp;</p><p>万（ゆるじ）に素晴（ちびらあ）さんてぃん、色（いる）好（くぬ）まん男（うぃきが）や、甚（いっぺえ）物（むぬ）足（た）らぬ（ぐとぅ）、玉（たま）ぬ巵（さかぢち）ぬ底（すく）ぬ無（ねえ）ん心地（くくち）どぅ為（す）る。露霜（つゆしむ）に濡（ん）でぃがちい、所（とぅくる）ん定（さだ）みらん事（ぐとぅ）惑（まどぅ）い歩（あっ）ち、親（うや）ぬ諫（いさ）み・世（ゆ）ぬ悪口（やなぐち）包（ちち）むんでぃ心（くくる）ぬ暇（いとぅま）ん無（ねえ）ん、彼（あ）りん此（く）りんかい思（うむ）い乱（みだ）りてぃ、然（さ）てぃむ独（ちゅい）寝（にん）ぢ許（びけ）え為（し）、とぅとぅる寝（にん）じゅる夜（ゆる）ぬ無（ねえ）しどぅ面白（うむ）さる。有（や）しが、常（ちゃあ）色恋（くい）許（びけ）えや有（あ）らん事（ぐとぅ）、女（うぃなぐ）なかい安（やっさ）あ無（ねえ）でぃ思（うむ）わりる事（くとぅ）どぅ、願（にげ）え欲（ぶ）さる技（わじゃ）どぅ有（や）る。</p><p>&nbsp;</p><p>＠徒然草についてはなにも言うことはありません。「源氏物語」・「枕草子」よりも沖縄語に近い感じがします。</p><p>&nbsp;</p><p>※「すばらしい」は「ちびらあさん」と言います。「そしり」は「やなぐち」です。「をかし」は「うむさん」でいいのではと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/okinawan-poems/entry-12970024882.html</link>
<pubDate>Thu, 18 Jun 2026 09:00:50 +0900</pubDate>
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<title>世界の文学：琉球語訳＝清少納言「枕草子」</title>
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<![CDATA[ <p>第一段</p><p>&nbsp;</p><p>春は、曙、やうやう白くなりゆく、山際すこし明かりて、紫だちたる雲の細くたなびきたる。</p><p>夏は、夜、月のころはさらなり、闇もなほ、蛍の多く飛び違ひたる。また、ただ一つ二つなど、ほのかにうち光りて行くも、をかし。雨など降るも、をかし。</p><p>秋は、夕暮れ、夕日のさして、山の端いと近うなりたるに、烏の、寝所へ行くとて、三つ四つ二つなど、飛び急ぐさへ、あはれなり、まいて、雁などの連ねたるが、いと小さく見ゆるは、いとをかし。日入り果てて、風の音、虫の音など、はた、言ふべきにあらず。</p><p>冬は、早朝（つとめて）、雪の降りたるは、言ふべきにもあらず、霜のいと白きも、またさらでも、いと寒きに、火など急ぎおこして、炭持て渡るも、いとつきづきし。昼になりて、ぬるくゆるびもていけば、炭櫃、火桶の火も白き灰がちになりて、わろし。　</p><p>角川書店（ビギナーズ・クラシックス　日本の古典）</p><p>&nbsp;</p><p>春（はる）や、曙（あかちち）、漸（しでえ）に白（しる）く成（な）てぃ行（い）ちゅん、山際（やまぎわ）少（いふぃ）明（あ）かがてぃ、紫（むらさち）ぬ如（ぐとぅ）る雲（くむ）ぬ細（ぐま）く靡（なび）而居（ちょお）ん。</p><p>夏（なち）や、夜（ゆる）、月（ちち）ぬ頃（くる）や然（さ）り、闇（やみ）ん今（なあ）、蛍（じいなあ）ぬ多（うふぉお）く飛（とぅ）び違（ちげ）え而居（とお）ん。又（また）、只（ただ）一（てぃい）ち二（たあ）ちんでえ、少（いふぃ）打（う）ち光（ふぃちゃ）てぃ行（い）ちゅしん、愛（かな）さん。雨（あみ）んでえ降（ふ）いしん、愛（かな）さん。</p><p>秋（あち）や、夕間暮（ゆうまんぐぃ）、夕日（いりふぃ）ぬ差（さ）ち、山（やま）ぬ端（はじ）甚（いっぺえ）近（ちか）く成（な）た事（ぐとぅ）、烏（がらさあ）ぬ、寝（にん）じ所（どぅくる）んかい行（い）ちゅんでぃ、三（みい）ち四（ゆう）ち二（たあ）ちんでえ、飛（とぅ）び急（いす）じゅん副（ちょお）ん、清（ちゅ）らさん。増（ま）し、雁（かり）んでえぬ連（ちら）なたるが、甚（いっぺえ）小（ぐま）く見（み）いゆしや、甚（いっぺえ）愛（かな）さん。日（ふぃい）ぬ入（い）り果（は）てぃてぃ、風（かじ）ぬ音（うとぅ）、虫（むし）ぬ音（に）んでえ、又（また）、言（ぃい）ゆしん面倒（あんま）さん。</p><p>冬（ふゆ）や、早朝（ふぃてぃみてぃ）、雪（ゆち）ぬ降（ふ）いしや、言（ぃい）ゆしん面倒（あんま）さん、霜（しむ）ぬ甚（いっぺえ）白（しる）さしん、又（また）然（さ）りんでぃ、甚（いっぺえ）寒（ひい）さ事（ぐとぅ）、火（ふぃい）んでえ急（いす）じ熾（うく）ち、炭（すみ）持（むっ）ち渡（わた）ゆしん、甚（いっぺえ）似合（うちゃあ）ゆん。昼（ふぃる）に成（な）てぃ、温（ぬる）く次第（しでえ）に緩（ゆる）く成（な）てぃ、炭櫃（じるう）、火桶（ふぃばち）ぬ火（ふぃい）ん白（しる）さる灰（ふぇえ）ぬ多（うふぉお）く成（な）てぃ格好（ふうじ）ん無（ねえ）ん。</p><p>&nbsp;</p><p>＠やはり平安時代の日本語は現代の日本語よりも沖縄語に近いと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>※「さらなり」は「然（さ）り」と訳しました。「尚」は「今（なあ）」にあたると思います。「蛍」は「じいなあ」と言います。「をかし」はたぶん沖縄語の「かなさん」に相当すると思います。「夕日」は「入り日」と言うようです。「烏」は「がらさあ」です。「あわれ」は沖縄語では「ちゅらさん」に相当すると思います。「虫の音」についてですが、「音（に）」という沖縄語が存在したのかどうかわかりません。参考までに、平敷屋朝敏の貧家記に「虫の音しげく、露寒し」という表現がみえます。和文の中ですが朝敏は「ね」と読んでいたと推測されます。「言（ぃい）ゆしん面倒（あんま）さん」は決まり文句です。「早朝（ふぃてぃみてぃ）」はおなじみになりました。「似合う」は「うちゃあゆん」です。「炭櫃」に相当する「地炉（じるう）」という沖縄語があるようです。「格好がわるい」は「ふうじんねえらん」と言います。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/okinawan-poems/entry-12969950883.html</link>
<pubDate>Wed, 17 Jun 2026 14:02:54 +0900</pubDate>
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<title>世界の文学：琉球語訳＝紫式部「源氏物語」</title>
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<![CDATA[ <p>桐壺　冒頭</p><p>&nbsp;</p><p>いづれの御時（おほんとき）にか、女御（にようご）、更衣（かうい）あまた侍（さぶら）ひ給（たま）ひける中（なか）に、いとやむごとなき際（きは）にはあらぬが、すぐれて時（とき）めき給（たま）ふ、ありけり。初（はじ）めより我（われ）はと思（おも）ひ上（あ）がり給（たま）へる御方々（おほんかたがた）、めざましき者（もの）におとしめそねみ給（たま）ふ。同（おな）じほど、それより下﨟（げらふ）の更衣（かうい）たちは、まして安からず、朝夕（あさゆふ）の宮仕（みやづか）へにつけても、人（ひと）の心（こころ）をのみ動（うご）かし、恨（うら）みを負（お）ふつもりにやありけむ、いとあつしくなりゆき、もの心細（こころぼそ）げに里（さと）がちなるを、いよいよ飽（あ）かずあはれなるものにおぼほして、人（ひと）のそしりをもえ憚（はばか）らせ給（たま）はず、世（よ）の例（ためし）にもなりぬべき御（おほん）もてなしなり。上達部（かんだちめ）・上人（うえびと）なども、あいなく目（め）をそばめつつ、いとまばゆき人（ひと）の御（おほん）おぼえなり。　角川書店（ビギナーズ・クラシックス　日本の古典）</p><p>&nbsp;</p><p>何時（いち）ぬ御世（みゆ）にか、女御（にょおぐ）、更衣（こおい）数多（あまた）仕（ちけ）え侍（び）而居（とお）る中（なか）んかい、甚（いっぺえ）高（たか）さる際（ちわ）にや有（あ）らんしが、優（まさ）てぃ目立（みだ）而居（ちょお）る人（ちゅ）ぬ居（うぅ）い侍（び）たん。初（はじ）みから吾（わん）どぅ有（や）るとぅ思（うむ）い上（あ）が而居（とお）る御方達（うかたたあ）や、心（ちむ）に合（あ）わんでぃ貶（うしぇえ）てぃ妬（にた）み侍（び）いん。同（ゆ）ぬ者（むぬ）、其（う）りゆり下（しちゃ）ぬ更衣（こおい）達（たあ）や、増（ま）し心（くくる）安々（やしやし）とぅや有（あ）らん、朝晩（あさばん）宮使（みやぢけ）に付（ち）ちん、人（っちゅ）ぬ心（くくる）許（びけ）え動（いじか）し、恨（うら）みゆ負（かん）じゅる積（ちむ）いに有（あ）る筈（はじ）、甚（いっぺえ）病者（やんめんむん）に成（な）てぃ、物（むぬ）心（ぐくる）細（ぐま）く成（な）てぃ里（しま）んかい帰（けえ）ゆる事（くとぅ）ぬ多（うふぉお）く成（な）てぃ、愈々（いゆいゆ）飽（あ）ち果（は）てぃらん如（ぐとぅ）愛（かな）さる者（むぬ）とぅ思（うむ）てぃ、人（っちゅ）ぬ悪口（やなぐち）ん良（ゆう）憚（はばか）る事（くとぅ）ぬ無（ねえ）侍（び）いん、世（ゆ）ぬ例（たみし）にん成（な）る如（ぐとぅ）ぬ取（とぅ）い持（む）ち有（や）ん。上達部（かんだちみ）・上（ぅうぃい）ぬ人（っちゅ）などぅん、訳（わき）ん無（ねえ）らん如（ぐとぅ）目（みい）歪（ゆが）みてぃ、甚（いっぺえ）目（みい）光輝（ふぃちゃら）さる人（っちゅ）ぬ如（ぐとぅ）有（や）い侍（び）いん。</p><p>&nbsp;</p><p>＠源氏物語については私が述べることはありません。ただ源氏物語を沖縄語に訳して感じたことは、平安時代の日本語の方が現代の日本語よりも沖縄語に近いということです。</p><p>&nbsp;</p><p>※「女御」「更衣」はそのまま使いました。「おとしめる」は「うしぇえゆん」です。「同じ」は「ゆぬ」といいます。「動かす」は「いじかす」です。「あつしくなる」という日本語の古語は「病気がちになる」という意味です。「もてなし」は「とぅいむち）と言います。「上達部」は平敷屋朝敏の「貧家記」に見えます。アメブロ「貧家記」を参考にしてください。「目をそばめる」は「みいゆがみいん」と言います。「まばゆい」は「みいふぃちゃらん」としました。</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/okinawan-poems/entry-12969927504.html</link>
<pubDate>Wed, 17 Jun 2026 09:15:02 +0900</pubDate>
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<title>世界の文学：琉球語訳＝樋口一葉「たけくらべ」</title>
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<![CDATA[ <p>たけくらべ　冒頭</p><p>&nbsp;</p><p>廻（まわ）れば大門（おおもん）の見返（みかえ）り柳（やなぎ）いと長（なが）けれど、お歯（は）ぐろ溝（どぶ）に灯火（ともしび）うつる三階（さんがい）の騒（さわ）ぎも手（て）に取（と）る如（ごと）く明（あ）けくれなしの車（くるま）の行来（ゆきき）にはかり知（し）られぬ全盛（ぜんせい）をうらなひて、大音寺前（だいおんじまへ）と名（な）は仏（ほとけ）くさけれど、さりとは陽気（ようき）の町（まち）と住（す）みたる人（ひと）の申（もう）しき、三島神社（みしまさま）の角（かど）をまがりてより是（こ）れぞと見（み）ゆる大廈（いへ）もなく、かたぶく軒端（のきば）の十軒長屋（じっけんながや）二十軒長屋（にじっけんながや）、商（あきな）ひはかつふつ利（き）かぬ処（ところ）とて半（なかば）さしたる雨戸（あまど）の外（そと）に、あやしき形（なり）に紙（かみ）を切（き）りなして、胡粉（ごふん）ぬりくり彩色（さいしょく）のある田楽（でんがく）みるやう、裏（うら）にはりたる串（くし）のさまもをかし、一軒（いっけん）ならずニ軒（にけん）ならず朝日（あさひ）に干（ほ）して夕日（ゆうひ）に仕舞（しま）ふ手当（てあて）ことごとしく、　（kindle青空文庫）</p><p>&nbsp;</p><p>廻（まあ）りば大門（うふじょお）ぬ見返（みけえ）り柳（やなじ）甚（いとぅ）長（なが）さしが、御歯黒溝（うはぐるどぅぶ）に灯火（あかい）映（うち）ゆる三階（さんげえ）ぬ騒（さわ）じん手（てぃい）んかい取（とぅ）いぬ如（ぐとぅ）明（あ）き暮（く）り無（な）しぬ車（くるま）ぬ行（い）ち来（ち）に計（はか）り知（し）らりぬ全盛（じんしい）占（うらな）てぃ、大音寺前（だいおんじめえ）とぅ名（なあ）や仏（ふとぅき）臭（くさ）さしが、然（さ）りとぅや陽気（よおち）ぬ町（まち）とぅ住（し）みたる人（っちゅ）ぬ言（ぃい）や侍（び）ん、三島神社（みしまさま）ぬ角（かどぅ）曲（ま）がてぃゆり是（く）りどぅとぅ見（み）ゆる大廈（やあ）ん無（な）く、傾（かたん）ちょおる軒端（ぬきば）ぬ十軒長屋（じっきんながや）二十軒長屋（にじっきんながや）、商（あちね）えやかちふち利（ち）かん処（とぅくま）とぅてぃ半（なか）ば差（さ）しちゃる雨戸（あまどぅ）ぬ外（ふか）に、怪（あや）しき形（なり）に紙（かみ）ゆ切（ち）り成（な）してぃ、胡粉（ぐふん）塗（ぬ）りくり彩色（いるいる）ぬ田楽（でぃんがく）見（み）る様（よお）、裏（うら）に張（は）ゆる串（くし）ぬ様（さま）ん面白（うむ）さん、一軒（いっきん）成（な）らじ二軒（にきん）成（な）らじ朝日（あさふぃ）に干（ふ）ち夕日（ゆうふぃ）に仕舞（しめえ）る手当（てぃあ）てぃ事々（くとぅぐとぅ）しく、</p><p>&nbsp;</p><p>＠一見してまず気づくことは長さがほぼおなじだということです。なぜでしょうか。原文のすべてに読み仮名が書いてあるからです。つまり、「たけくらべ」の原文はほぼ「漢字かな交じり音声表記」だということです。明治時代には（　　）の読み仮名を漢字の上にルビとしてふったのです。沖縄語訳の読み仮名もルビとして漢字の上に書けばほぼ半分の長さになるということです。これを分かって頂くためにあえて「たけくらべ」を「漢字仮名交じり音声表記」にしてみました。明治の文学者はルビをふることで現代の日本語を作ってきました。だんだんとルビをふらずに読めるように進化してきたのです。これには大きなデメリットがあります。それは、ルビを振らずにすむような文章を書くようになるということです。つまり表現のはばがかなり狭められるということです。誰でも読めるということは、誰もがわかるような日本語になったということです。その結果として昔の日本語が、もはや明治の日本語でさえ読めない状態になってしまったということです。</p><p>&nbsp;</p><p>＠沖縄語訳もあえて実験的な訳にしました。ほぼほとんどが原文の直訳です。本来の沖縄語でない言葉がたくさん使われています。興味深いことにはどれが本来の沖縄語でないのかということです。現在ではたぶん沖縄語を研究している大学の学者にしか分からないかもしれません。もっとおもしろいことには専門家でさえ本来の沖縄語ではないと断定できない語もあるということです。つまり日本語と沖縄語が完全に姉妹語であるという事実に気づくのです。組踊には私の訳文と同じように大和言葉をそのまま使用した例がたくさんあります。何が言いたいのかと言いますと、沖縄語訳だからといってすべて沖縄語本来の言葉を使わなければならないということではありません。新造語が許されないというわけでもありません。日本語はなぜこれほどまでに豊かな文学語となりえたのでしょうか。それは本来の日本語以外の言葉をどんどん取り入れたからです。沖縄語も日本語と同じようなスタンスに立てば必ずや豊な文学言語になりえると私は思います。</p>
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<link>https://ameblo.jp/okinawan-poems/entry-12969851893.html</link>
<pubDate>Tue, 16 Jun 2026 14:01:02 +0900</pubDate>
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<title>世界の文学：琉球語訳＝西田幾多郎「善の研究」</title>
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<![CDATA[ <p>第１章　純粋経験　冒頭</p><p>&nbsp;</p><p>経験するというのは事実其儘に知るの意である。全く自己の細工を捨てて、事実に従うて知るのである。純粋というのは、普通に経験といっている者もその実は何らかの思想を交えているから、毫も思慮分別を加えない、真に経験其儘の状態をいうのである。たとえば、色を見、音を聞く刹那、未だこれが外物の作用であるとか、我がこれを感じているとかいうような考のないのみならず、この色、この音は何であるかという判断すら加わらない前というのである。それで純粋経験は直接経験と同時である。自己の意識状態を直下に経験した時、未だ主もなく客もない、知識とその対象とが全く合一している。これが経験の最醇なる者である。　（kindle青空文庫）</p><p>&nbsp;</p><p>経験（けえけん）為（す）んでぃ言（ぃい）ゆしや事実（じじち）其（う）ぬ儘（まま）に知（し）ゆるんでぃぬ意味（いみ）有（や）ん。全（むる）自己（どぅう）ぬ細（くま）さる技（わじゃ）捨（し）てぃてぃ、事実（じじち）に従（した）がてぃ知（し）ゆる事（くとぅ）有（や）ん。純粋（すなう）んでぃ言（ぃい）ゆしや、普通（ふつう）に経験（けえけん）んでぃ言（ぃい）而居（ちょお）る者（むぬ）ん其（う）ぬ実（じち）や何（ぬう）がらぬ思想（かんげえ）ぬ混（まざあ）てぃ居（うぅ）るから、豪（いふぃ）ん思慮分別（じんぶん）加（くぁあ）さん、真（まくとぅ）に経験（けえけん）其（う）ぬ儘（まま）ぬ状態（ありさま）ゆ言（ぃい）ゆん。例（たとぅ）いば、色（いる）見（ん）じ、音（うとぅ）聞（ち）ちゅる刹那（いっとぅち）、未（なあ）だ此（く）りが外（ふか）ぬ物（むぬ）ぬ作用（ちから）んでぃ有（や）んとぅか吾（わん）が此（く）り覚（うぶ）而居（とお）るとぅか言（ぃい）う様（よお）な考（かんげ）えぬ無（ねえ）ん許（びけ）え有（あ）らん事（ぐぅとぅ）、此（く）ぬ色（いる）、此（く）ぬ音（うとぅ）や何（ぬう）有（や）んとぅか判断（わか）する事（くとぅ）ん副（ちょお）ん加（くぁあ）らん前（めえ）とぅ言（い）ゆる事（くとぅ）有（や）ん。有（や）てぃ純粋（すなう）な経験（けえけん）や直接（ちゅくしち）経験（けえけん）とぅ同時（まじゅん）有（や）ん。自分（どぅう）ぬ意識（いしき）ぬ状態（ありさま）ゆ直（し）ぐ経験（けえけん）しちゃる時（ばす）、未（なあ）だ主（ぬうし）ん客（ちゃく）ん無（ねえ）ん、知識（じんぶん）とぅ其（う）ぬ対象（たいしょお）とぅが合一（ごおいち）為居（そお）ん。此（く）りが最（むっとぅ）む味（あじ）濃（くふぁ）さんでぃ言（ぃい）ゆる者（むぬ）有（や）ん。</p><p>&nbsp;</p><p>＠はっきり申し上げて何が言いたいのか全くわかりません。純粋経験とは何か、それを考えること自体がすでに純粋でないのでは？そもそもあらゆる哲学は「言葉」の範囲内で行われるものであって、「言葉」を超えようとする哲学はすでに限界に達しているのではありませんか。西田幾多郎はあたかもその限界を超えたかのような錯覚を与えてしまいます。それはあくまでも錯覚にすぎませんが。</p><p>&nbsp;</p><p>※「経験」これは借用するしかありません。発音は「けえけん」でいいと思います。沖縄語には「え」と「お」の短母音はありませんが長母音はあります。沖縄語で「細工（しぇえく）」とは「大工」のことです。「純粋」は「素直（すなう）」と訳しておきます。「思慮分別」は「じんぶん」と訳しておきます。「じんぶん」とは「知識」とか「頭がいい」とかの意味です。「最醇」という言葉ですが、このような最も哲学的な文章の中で「醇」という文学用語を使われると何と解釈していいのか困ってしまいます。これは「純粋」という意味なのか、「味わいがある」という意味なのか、あるいはもっとほかの意味があるのかわかりません。せっかくここまで哲学的な言葉を使ってきたのですから、ここでも哲学的な言葉を使うべきでした。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/okinawan-poems/entry-12969827627.html</link>
<pubDate>Tue, 16 Jun 2026 08:49:33 +0900</pubDate>
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<title>世界の文学：琉球語訳＝デカルト「方法序説」</title>
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<![CDATA[ <p>方法序説　冒頭</p><p>&nbsp;</p><p>良識はこの世でもっとも公平に分け与えられているものである。というのも、だれも良識なら十分身に具わっていると思っているので、他のことでは何でも気難しい人たちでさえ、良識については、自分がいま持っている以上を望まないのが普通だからだ。この点でみんなが思い違いをしているとは思えない。むしろそれが立証しているのは、正しく判断し、真と偽を区別する能力、これこそ、ほんらい良識とか理性と呼ばれているものだが、そういう能力がすべての人に生まれつき平等に具わっていることだ。　谷川多佳子訳（岩波文庫）</p><p>&nbsp;</p><p>良識（りょおしき）｛誰（たあ）がん持（むっ）而居（ちょお）る考（かん）げる力（ちから）｝や此（く）ぬ世（ゆ）居（うぅ）てぃ最（むっとぅ）む公平（くうとお）に分（わ）き呉（くぃ）らり而居（とお）る物（むぬ）有（や）ん。でぃ言（ぃい）うしや、誰（たあ）ん良識（りょおしき）やれえ十分（うふぉお）く身（どぅう）なかい具（すな）わてぃ居（うぅ）る物（むぬ）とぅ思（うむ）而居（とお）る事（ぐとぅ）、他（ふか）ぬ事（くとぅ）有（や）れえ何（ぬう）有（や）てぃん難（むちか）さる人達（ちゅたあ）有（や）てぃん、良識（りょおしき）に付（ち）いてぃや、自分（どぅう）が今（なま）持（むっ）而居（ちょお）る以上（いじょお）や望（ぬじゅ）まんしが普通（ふつう）有（や）る事（ぐとぅ）。此（く）ぬ点（てぃん）居（うぅ）てぃ皆（むる）が思（うむ）い違（ちげ）え為居（そお）んでぃや思（うま）あらん。迚（とぅ）てぃん其（う）りが明（あき）らかに為居（そお）しや、真直（まっとおば）定（さだ）みてぃ、真（まくとぅ）とぅ偽（ゆくし）分（わ）かする能力（ちから）、此（く）りどぅ、元々（むとぅむとぅ）良識（りょおしき）とぅか理性（りせえ）｛物事（むぬぐとぅ）ゆ正（まっとお）ば分（わ）かする力（ちから）｝とぅ呼（ゆ）ばりてぃ居（うぅ）る物（むぬ）有（や）しが、其（う）ぬ様（よお）な能力（ちから）が万人（うまんちゅ）に生（ぅん）まり付（ぢ）ち上（ぅうぃ）下（しちゃ）ん無（ねえ）らん如（ぐとぅ）に具（すな）わ而居（とお）る事（くとぅ）有（や）ん。</p><p>&nbsp;</p><p>＠「みんなが思い違いをしているとは思えない」。みんなが思い違いをしていることもありえるのでは？むしろみんなが思い違いをしていることのほうが多いのでは？「みんなが思い違いをしているとは思えない」というところから出発した哲学は結局「思い違いの哲学」で終わってしまうのでは？と私は思いますが皆さんはいかがでしょうか。</p><p>&nbsp;</p><p>※「良識」とか「理性」とかいう哲学用語はそのまま借用するしかありません。かっこ付きで説明をつけました。「公平」は「公当（くうとお）」という沖縄語があります。「気難しい」は「むちかさん」でいいと思います。「普通（ふつう）」という琉球語は存在するようです。「すべての人」は「うまんちゅ」と言います。「平等」は「上（ぅうぃ）下（しちゃ）ん無（ねえ）らん」と訳しました。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/okinawan-poems/entry-12969725679.html</link>
<pubDate>Mon, 15 Jun 2026 09:19:06 +0900</pubDate>
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<title>世界の文学：琉球語訳＝ニーチェ「ツァラトゥストラはこういった」</title>
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<![CDATA[ <p>ツァラトゥストラの前口上　冒頭</p><p>&nbsp;</p><p>３０歳のとき、ツァラトゥストラは故郷を捨て、故郷の湖を捨てて、山に入った。そこで自分の精神を楽しみ、孤独を楽しんで、１０年間、退屈することがなかった。だがとうとう心が変わった。ーーーある朝、朝焼けとともに起きて、太陽に向かって立ち、こう言った。「おお、大きな星よ！お前に照らされる者がいなかったら、お前は幸せだろうか！この１０年、お前はこの洞穴のところまで昇ってきた。俺や、俺の鷲や、俺の蛇がいなかったら、お前は自分の光とその軌道にうんざりしていただろう。だが俺たちは毎朝お前を待ち、お前からあふれ出るものを受け取り、感謝して、お前を祝福した。　丘沢静也訳（光文社文庫）</p><p>&nbsp;</p><p>三十（さんじゅう）ぬ歳（とぅし）に、ツァラトゥストゥラや故郷（しま）捨（し）てぃてぃ、故郷（しま）ぬ湖（くむい）捨（し）てぃてぃ、山（やま）んかい入（い）たん。其処（うま）居（うぅ）てぃ自分（どぅう）ぬ精神（くくる）楽（うむ）さ為（し）、孤独（どぅうちゅい）楽（うむ）さ為（し）、十年間（じゅうにんかん）、暇（ふぃま）為（す）る事（くとぅ）ぬ無（ねえ）らんたん。有（や）しが今今（なあなあ）心（くくる）ぬ変（か）わたん。ーーー或（ある）朝（ふぃてぃみてぃ）、朝開（あさあ）きとぅ一緒（まじゅん）起（う）きてぃ、太陽（てぃいだ）んかい向（ん）かてぃ立（た）ち、斯（かん）言（い）ちゃん。「おお、大（まぎ）さる星（ふし）よお！御前（ぃやあ）んかい照（てぃ）らさりる者（むぬ）ぬ居（うぅ）らんたら、御前（ぃやあ）や幸福（かふう）有（や）がやあ！此（く）ぬ十年（じゅうにん）、御前（ぃやあ）や此（く）ぬ洞穴（がま）ぬ所処（とぅくま）んかい昇（ぬぶ）てぃ来（ちゃ）ん。吾（わん）とぅ、吾（わん）ぬ鷲（わし）とぅ、吾（わん）ぬ蛇（じゃあ）が居（うぅ）らんたら、御前（ぃやあ）や自分（どぅう）ぬ光（ふぃかい）とぅ其（う）ぬ軌道（みち）んかい飽（にり）てぃ居（うぅ）たる筈（はじ）。有（や）しが吾達（わったあ）や毎朝（めえあさ）御前（ぃやあ）待（ま）っち、御前（ぃやあ）から溢出（あんでぃ）ゆる物（むぬ）受（う）き取（とぅ）てぃ、感謝（にふぇえ）為（し）、御前（ぃやあ）御祝儀（ぐすうじ）為（さ）ん。</p><p>&nbsp;</p><p>＠ニーチェがこの本を出版したとき、全く売れなかったそうです。理由は一行も理解できないから、というものでした。全く理解に苦しむという点は現在も変わっていないかもしれません。神が絶対的な存在であった時代に「神は死んだ」などということは理解できないのが当然です。神を信じる人々に神は存在しないと理解してもらうのは至難のわざです。非難のほこさきが自分にかえってきます。だから遠回し遠回しの表現になるのです。ニーチェは自分が非難されることなしに人々を非難しようとしたのです。これはあきらかな矛盾です。この矛盾を解決するには発狂するしかなかったのです。</p><p>&nbsp;</p><p>※「湖」に相当する沖縄語はありません。かわりに「小さな池」という意味の「籠（くむい）」を代用しました。「楽しむ」は「面白（うむ）さすん」です。「孤独」は「自分（どぅう）一人（ちゅい）」としました。沖縄語のほうがどちらかというと哲学的です。「とうとう」は「今今（なあなあ）」という感じです。「御前（ぃやあ）」の発音は現在ではほとんど「やあ」になってしまいました。辞書にもそう表記してあります。「洞穴」は「がま」です。太平洋戦争の時、沖縄の人たちはこの「がま」に避難していました。「蛇」は「じゃあ」と言います。「ハブ」とは違います。「うんざりする」は「飽（にり）ゆん」と言います。「～だろう」は「～筈（はじ）」という言葉を使うのが通常です。「溢れ出る」は「あんでぃゆん」と言います。「感謝」は「にふぇえ」と言います。「ありがとう」は「感謝（にふぇえ）でえびる」です。「祝福する」は「御祝儀（ぐすうじ）すん」としておきます。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/okinawan-poems/entry-12969716204.html</link>
<pubDate>Mon, 15 Jun 2026 07:29:40 +0900</pubDate>
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