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<title>感想部屋</title>
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<description>映画や本の感想を書きます</description>
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<title>風立ちぬ</title>
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<![CDATA[ <p>話題の｢風立ちぬ｣見てきました！</p><p>ネットでは賛否両論の作品ですね。</p><br><p>戦前、航空機製作に夢を持った少年のゼロ戦製作までの苦難や恋の物語</p><p>といったものですが、時代背景柄、見る人は選ばれる気がします。</p><br><p>子供たちはラピュタの冒険譚に胸を躍らせたり</p><p>トトロみたいに誰でも楽しめる、なんというか直接心に届く作品の方があってるのでしょうね。</p><br><br><p>感想ですが、僕はとても楽しめました！</p><p>作中の航空機製作者カプローチが言っていた、10年の間をひたすら真摯に航空機製作に打ち込んでいた二郎がとても印象的でした。</p><p>時代が戦時中だったので、航空機製作とは戦争に使われる爆撃機や戦闘機が主だったのです。</p><p>二郎は人殺しの道具を作ること自体は嫌がっていました（多分･･･）。</p><p>しかしただただ「美しいものを作りたい」という夢の為にたとえ自分の飛行機が人殺しの為に利用されたとしても、自分は自分の夢の為に飛行機を作るんだ！という信念が見えたと思う。</p><p>その二郎の姿がすごくかっこよく思える作品でした。</p><br><br><p>上映中考えていたのは「風立ちぬ」のキャッチコピーである「生きねば。」の意味でした。</p><p>最初は当時は治療が難しかった結核を患った菜穂子の気持ちではないのかと思っていました。</p><p>二郎と一緒に生きたい。その強い意志を表した言葉だったのかな。実際菜穂子はその為に山小屋みたいな病院･･･と呼べるんですかね。病人を雪の振る寒空の下に放置て笑。その頃では有効な治療法だったんですかね。まぁ菜穂子は生きるために、二郎と暮らすためにその辛い病院生活を受け入れました。</p><p>しかし話が進むうちに二郎の心情を表したものなのかなとも思いました。</p><br><p>家に帰ってから考察だったり感想を見ていたのですが</p><p>「生きねば。」というのはどんなに辛いことがあろうが苦しいことがあろうとも生きねばならない。という意味だということを聞いて「あぁ、なるほどな」と思いました。</p><br><br><p>二郎は最後、自殺をするつもりだったのではないでしょうか。</p><p>最高の飛行機を作ると夢は叶ったが、そのゼロ戦のせいで無駄に戦争を長引かせてしまい、死者も数多くだしてしまった。最初はそれすらも覚悟の上で製作に携わったものだと思っていましたが、実際その現実を目の当たりにするとそんな想いを覆されてしまって絶望してしまったのではないのだろうか。</p><p>菜穂子も結核で死に、もう生きる意味がないのではないか。</p><p>そんな風に思っていたときに、夢でカプローニが君は生きねばならん。と言い</p><p>菜穂子も「生きて」と言いました。</p><br><p>そんな想いを受け止めてまた二郎は立ち上がることができたんだなーと思いました。</p><p>憶測ですのでなんとも言えないのですが</p><br><p>「生きねば。」とは、二郎が生きたい、菜穂子が生きたい、と思うだけでなく</p><p>私たちがたとえどんな苦難があっても生きねばならない。という皆に伝えたい駿さんからのメッセージなのかなと感じました。</p><br>
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<link>https://ameblo.jp/okiru10/entry-11595996448.html</link>
<pubDate>Tue, 20 Aug 2013 00:53:42 +0900</pubDate>
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<title>コクリコ坂から①</title>
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<![CDATA[ <p>宮崎吾郎さんのことはゲド戦記を監督したということぐらいしか知らずゲド戦記自体記憶にほとんど残っていないけど。<br>だから吾郎さんが今作品を何を思って作り上げたのかはあまりわからないんですよ。</p><br><p>戦争で帰ってこなくなった船乗りの父親のために毎日信号機を上げていたり血が繋がっている俊に恋をするがその現実を知ってしまって悩んだ末にやはり好きだと俊に告白したり。</p><p>そんな健気な海の姿を描いた作品なのかもしれない。</p><p>作品全体を通して海と俊のそんな恋と逡巡とが静かに著されているけど<br>僕はそれよりも学生運動のほうが主軸ではないのかと思った。<br>というよりかはそちらのほうが印象に残った。</p><br><p>カルチェラタンの取り壊し問題を中心にして学生と学校の対立。<br>戦後間もない頃の学校なんだから、現代みたいに学生と先生が友達みたいに接する。なんてことは絶対ありえない。<br>僕らの親の代ですら、そんなことはないだろうし。<br>部活動中は水飲み禁止！っていう話も良く聞くし、体罰指導だってあった。<br>そんな時代だから、学生たちの発言力が小さくカルチェラタンの取り壊しも理事長に直訴するまでは決定されていた事項だろう。<br>しかし学生たちは悲壮感をまったく見せずに、塔内の掃除をしたり、新聞を配ったり、カルチェラタンの魅力を知ってもらうためにひたすらに明るく行動しているように見えた。<br></p><p>実際あの活力って現代では考えられないですよね。<br>学生の団結力がすごいと思いました。<br>私が学生の頃は学生全体で何かを成そう！っていう事がなかったですから。<br>部活などのグループ内で学園祭で出し物を用意したり体育祭で踊ったりとかはあったけど<br>その垣根を越えることはなかったですね。</p><p>あんなにいきいきとした姿は戦後で自由を手に入れた学生たちだからこそなんだなぁと思いました。</p><p><br>あと一つ疑問なのはあの頃の学校って運動部よりも文学部のほうが人気があったのかな？<br>作中では野球部だったりアメフト部が出てきているが、どちらも文学部よりも人数が少ない（もしかしたら出ていないだけで多いかもしれないが）。<br>ただ単にヘルメットやシューズなどの用品を買うお金が当時の一般家庭にはなかっただけなのか。<br>もしくは表現の自由が得られたことで哲学や絵画などに興味をもつ学生が多かったからなのだろうか。</p>
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<link>https://ameblo.jp/okiru10/entry-11595576320.html</link>
<pubDate>Mon, 19 Aug 2013 13:50:10 +0900</pubDate>
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