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<title>oko0のブログ</title>
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<title>日記</title>
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<![CDATA[ <p>愛に障害をもつ。私はそんな人を憎む。嫌いなタイプを聞かれたら、第一に脳裏によぎる。そういう人の大体は、家庭環境が悪い。自分の家庭環境を「悪い」と言って、話してくる。私はその家庭事情を知らないから、「悪い」からはじまる話で知る。親がバイトの給料を横取る、殴る、人格否定してくる。色々のひどいことを聞くなか、そういう人は「自分は、親のようになるまい」としている。親みたいに最低の大人になりたくない、その気持ちが強い。しかし、そういう人は、私に八つ当たりをしてくる。「親にひどいことを言われた」。それを「相談聞いて」という風に話してくれたらいい。最初はそうして目を潤している。私は泣かないで、と慰める。その優しい日々は、とうに遠くなり、次第に私に冷たくしてきたり、ひどいことを言ったりする。それも昔、「パパが浮気性」と言って、何回も浮気してきた彼女がいた。そうやって、親を否定して、反面教師としている。そうしながらも、逆らえない。己に流れる血、そのみえる裂け口から親の顔が覗く。清朝の阿片中毒者が、身体の<a href="https://www.google.com/url?q=https://kotobank.jp/word/%25E8%259F%25BB%25E8%25B5%25B0%25E6%2584%259F-474162&amp;sa=U&amp;ved=2ahUKEwi33dTN1o2WAxVgZ_UHHVrlNMMQFnoECEIQAQ&amp;usg=AOvVaw1djc3UKRQZmfEgLmXT9flV">蟻走</a>に苦しんだように。親の面をもった虫が、体の中を、血を這い伝ってくるような。そして龍のような鱗を逆立てさせれない、そういう人は、そのシワ寄せを他人に求める。私は君が嫌い。私は家庭環境が悪かった。生まれてまもなく、夜仕事をしていて、めったに帰ってこない父親を、兄がずっと待っていた。「パパいつ帰ってくるの？」と言う。我慢できずに電話をかける。それが当たり前で、毎日そうだった。しかし、ここで私の記憶は閉じる。その後は、父親が兄の首を絞めたことだった。それからは、父と母は有形力の伴う喧嘩をし、私は兄に虐められた。毎夜毎夜、寝る時間なのに大きな声が飛び交う。そして、暴力に発展する。私と姉は、黙ってそこに座す。何も言えない。なにか音を立てれば、私たちに目がうつるかもしれない。母はトイレに駆け込み、泣いている。私は声をかけられないし、誰もかけつけなかった。泣くことは弱みだから。それと、どう接したらいいのかわからないから。感情的なつながりがない。私が感情的なつながりを感じたのは、母親の帰りが遅いときと吐いたときだった。鍵を持っていなかったために、家に入れなかった。幼少から海外の誘拐に関する絵本を読み聞かせされていた。だから、家の前で待つ時間が、とても怖かった。それ以外、私は怒ったときに「どうしたの？」と聞かれたこともない。私はそういうふうに、家庭環境がいいわけじゃない。悪かった、過去は。しかし、今まで「家庭環境悪い」ことを言い訳に使ったことがない。そもそも、それを言うことがないに等しい。その家庭環境が普通に思えた。ネットで出会う友達はもっと悪かった。シングルマザーで常に母親がいなかったり、多い兄弟をその友達が面倒見ていたり。中学の友達は、父親が不倫しているところをみたという。そして悲しんでる彼の家に行って、慰めたりもした。だから、自分の家庭環境を「悪い」って言うのは、それ以上に悲しんでいるはずの人を否定している気分だった。</p><p>私は君が嫌い。君は、「私は家庭環境が悪くて、他の人と違う」といった面で一線を引いている。君は、誰も理解してくれないって思ってるだろう。家庭環境いい人は育ちがいい、そして悪い自分は、その人たちと違う世界で生きている。育ちのいい人は温室で、真心込めて暖かくスクスク育った人である、自分は険しい山道を歩いていく野生の動物のような偉さがある、そうやって君は、分類したがるきらいがあるはずだ。実際のところはわからないものの、そういう雰囲気を感じてしまう。たしかに私は、君ほど家庭環境悪くない。だけど、私も家庭環境が悪かったところで同じだし、全く異なる世界観ってわけでもない。君が、エロティックでロマンティックな邦画をみて、「育ち悪い人はこう生きなきゃ」なんて教科書にしてそうなのも、わからなくはない。私にもそういう時期があった。『蛇にピアス』は、当時気になっていた20歳の子とみて、劇中と同じようにずっとイチャイチャしたいって考えてた。歌舞伎町に行って、酒に溺れて、色恋に走って、違法なことに染まって。それも自分の育ちの悪いところを、肯定してあげたい、なんて気持ちからうまれた。人は育ちのいい部分ばっかりみせる。表面上は。でも、自分で自分を愛してあげた方がいい。ずっと隠して、奥へ奥へ邪魔者扱いしてきた「育ちの悪い部分」を、いつかは優しく撫でる日が必要になるはずだ。</p>
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<link>https://ameblo.jp/oko0/entry-12975027182.html</link>
<pubDate>Fri, 07 Aug 2026 14:20:14 +0900</pubDate>
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<title>日記６</title>
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<![CDATA[ <p>好きな人がブログを書いてくれた。</p><p><br></p><p>ものすごくうれしい。</p><p><br></p><p>※</p><p><br></p><p>私は、ラインでメモグループを作っている。</p><p><br></p><p>私一人のみのグループに、再読したいウェブサイトを送ったり、「明日やること」を書いたり、好きな人に話したいことをメモしてる。</p><p><br></p><p>好きな人に明日話すこと、行きたい場所、一緒にやりたいことをメモしている。</p><p><br></p><p>※</p><p><br></p><p>たとえば、</p><p><br></p><p>－－－4月21日 メモグループ</p><p><br></p><p>その中に、</p><p>・好きな人と絵を共作したい</p><p>・小説を共作したい</p><p><br></p><p>と書いていた。</p><p><br></p><p>好きな人と会って、同じ画用紙に二人で絵を描きたい。</p><p><br></p><p>好きな人と文章を書きたい。尾崎世界観と千早茜が小説を共著した『犬も食わない』みたいに。</p><p><br></p><p><br></p><p>－－－4月24日 メモグループ</p><p><br></p><p>好きな人と手紙を送り合いたいし、交換日記したいし、シール帳交換したい</p><p><br></p><p>と書いていた。</p><p><br></p><p>※</p><p><br></p><p>私は文字が好き。</p><p><br></p><p>書くことと読むが好きだから、自分の好きなことを、好きな人とやるという、好きを集結させた、好きの寄せ書きをしたい。</p><p><br></p><p><br></p><p>それが将来の夢である。</p><p><br></p><p>まず、好きな人とデートする。</p><p><br></p><p>私の苦手である、実際に口頭で言葉を交わすことをして、仲良くなりたい。</p><p><br></p><p>それは、他の人とは苦手であるそれをできないからこそ、それをできた相手には、本当の意味で「仲良くなりたい」を実現できたような気がするからである。</p><p><br></p><p>※</p><p><br></p><p>１．手紙</p><p><br></p><p>デートを重ね、関係値のステータスを確認したときに、十分と感じれば、次は、手紙をしたい。</p><p><br></p><p>私たちは中距離恋愛だから普段ラインでトークしたり、電話するけれど、それとあえてわけて行う、手紙というものでこそ、出せる言葉と気持ちを味わいたい。</p><p><br></p><p>※</p><p><br></p><p>２．交換日記</p><p><br></p><p>その手紙になれたら、交換日記をしたい。</p><p><br></p><p>平成に生まれた私たちは、昭和の人間と違って手紙に慣れていない。</p><p><br></p><p>だから、それに慣れたら、文通というものに慣れたら、交換日記という平成の女子小学生の行うことに、時代が昭和から平成へ流れたように、私たち二人の中の時代ってのを感じたい。</p><p><br></p><p>※</p><p><br></p><p>３．書簡</p><p><br></p><p>手紙を行うようになった頃。</p><p><br></p><p>手紙（と交換日記）の次に、書簡をしたい。</p><p><br></p><p>手紙と書簡は同じような意味合いで、「書簡は公的」とのネットの説明もあるけれど。</p><p><br></p><p>書簡といえば、</p><p>聖書のパウロ書簡など、または、宮本輝さんの小説『錦繍』を思い出す。</p><p><br></p><p>前者（聖書）の「書簡文学」、後者の「書簡体小説」は、</p><p><br></p><p>小説で喩えるところの「連作短編集」のような、繋がっている手紙の集合体、</p><p><br></p><p>私には、そういうイメージがある。</p><p><br></p><p>つまるところ、今まで行った手紙と交換日記の経験をへて、「書簡体小説」を作る、と言い換えられることを行いたい。</p><p><br></p><p>（書簡体小説、なんていう大層なものを行う、なんていう宣言ではないけど）</p><p><br></p><p>１.〜２.のあくまでノンフィクションの筆録とは違い、３.は、フィクションである。</p><p><br></p><p>フィクションと言っても、ニュアンスが違う。</p><p><br></p><p>私はブログを書いている、好きな人もブログを書いた。</p><p><br></p><p>そのブログは、好きな人や友達、家族など、自分の関わる人間を通じて。</p><p>あらゆる人間で「思ったこと」の複数を、まとめて抽象化して、実録（フィクション）の性質を薄めて、書いている。<br></p><p><br></p><p>それはノンフィクションだけどフィクションであり、フィクションだけどノンフィクションである。</p><p><br></p><p><br></p><p>言いたいことを簡述するならば、</p><p><br></p><p>私と好きな人が手紙を送り合う、けれど今度は、その手紙の内容に、「関わる人に対して思うこと、日常の徒然」をスパイスに、一つの存在しないようなジャイアンのスープをつくる。</p><p><br></p><p>ノンフィクションを生きる私たちが日常で思うことを、ローファンタジーのフィクションに落とし込む、書簡体（文通の体裁）の創作を行いたい、</p><p><br></p><p>ということである。</p><p><br></p><p>宮本輝さんの『錦繍』を、私は好きな人とやりたい。</p><p><br></p><p>※</p><p><br></p><p>４．小説</p><p><br></p><p><a href="https://www.shinchosha.co.jp/book/105701/">リンク</a></p><p></p><div class="ogpCard_root"><article class="ogpCard_wrap" style="display:inline-block;max-width:100%" contenteditable="false"><a class="ogpCard_link" href="https://www.shinchosha.co.jp/book/105701/" target="_blank" rel="noopener noreferrer" data-ogp-card-log="" style="display:flex;justify-content:space-between;overflow:hidden;box-sizing:border-box;width:620px;max-width:100%;height:120px;border:1px solid #e2e2e2;border-radius:4px;background-color:#fff;text-decoration:none" contenteditable="false"><span class="ogpCard_content" style="display:flex;flex-direction:column;overflow:hidden;width:100%;padding:16px"><span class="ogpCard_title" style="-webkit-box-orient:vertical;display:-webkit-box;-webkit-line-clamp:2;max-height:48px;line-height:1.4;font-size:16px;color:#333;text-align:left;font-weight:bold;overflow:hidden">『友情』 武者小路実篤 | 新潮社</span><span class="ogpCard_description" style="overflow:hidden;text-overflow:ellipsis;white-space:nowrap;line-height:1.6;margin-top:4px;color:#757575;text-align:left;font-size:12px">脚本家野島と、新進作家の大宮は、厚い友情で結ばれている。野島は大宮のいとこの友人の杉子を熱愛し、大宮に助力を願うが、大宮に心惹かれる杉子は野島の愛を拒否し、パリに去った大宮に愛の手紙を送る。野島は失恋の苦しみに耐え、仕事</span><span class="ogpCard_url" style="display:flex;align-items:center;margin-top:auto"><span class="ogpCard_iconWrap" style="position:relative;width:20px;height:20px;flex-shrink:0"><img class="ogpCard_icon" alt="リンク" loading="lazy" src="https://c.stat100.ameba.jp/ameblo/symbols/v3.20.0/svg/gray/editor_link.svg" width="20" height="20" style="position:absolute;top:0;bottom:0;right:0;left:0;height:100%;max-height:100%"></span><span class="ogpCard_urlText" style="overflow:hidden;text-overflow:ellipsis;white-space:nowrap;color:#757575;font-size:12px;text-align:left">www.shinchosha.co.jp</span></span></span><span class="ogpCard_imageWrap" style="position:relative;width:120px;height:120px;flex-shrink:0"><img class="ogpCard_image" loading="lazy" src="https://www.shinchosha.co.jp/images_v2/book/cover/105701/105701_xl.jpg" alt="" data-ogp-card-image="" width="120" height="120" style="position:absolute;top:50%;left:50%;object-fit:cover;min-height:100%;min-width:100%;transform:translate(-50%,-50%)"></span></a></article></div><p><br></p><p></p><p><br></p><p>その次、私はフィクションを書きたい。</p><p><br></p><p>私は小説を書きたい、好きな人にも書いてほしい。</p><p><br></p><p>その二つの気持ちを合体させて、そして出来上がる「二人で一つの創作作品をつくる」という共作・共著である。</p><p><br></p><p>先述した、尾崎世界観さんと千早茜さんの『犬も食わない』のようである。</p><p><br></p><p>けれど、私は、先に『錦繍』を挙げたように、憧れがある。</p><p><br></p><p>それは、武者小路実篤さんである。</p><p><br></p><p>武者小路実篤さんの『友情』のような小説を二人で作りたい。</p><p><br></p><p>もっとも、その二人でつくったものが『友情』のようでなくてもいいし、『友情』を目的としてつくらなくてもいい。</p><p><br></p><p>あくまで比喩である。</p><p><br></p><p>『友情』は、友情と恋愛とはなにか、その二つ、つまり「<span style="caret-color: rgb(0, 29, 53); color: rgb(0, 29, 53); font-family: sans-serif; font-size: 16px; -webkit-tap-highlight-color: rgba(0, 0, 0, 0); -webkit-text-size-adjust: 100%; background-color: rgb(255, 255, 255);">友情と恋愛の相克」についてを書いている。</span></p><p><span style="caret-color: rgb(0, 29, 53); color: rgb(0, 29, 53); font-family: sans-serif; font-size: 16px; -webkit-tap-highlight-color: rgba(0, 0, 0, 0); -webkit-text-size-adjust: 100%; background-color: rgb(255, 255, 255);"><br></span></p><p><span style="caret-color: rgb(0, 29, 53); color: rgb(0, 29, 53); font-family: sans-serif; font-size: 16px; -webkit-tap-highlight-color: rgba(0, 0, 0, 0); -webkit-text-size-adjust: 100%; background-color: rgb(255, 255, 255);"><br></span></p><p><font color="#001d35" face="sans-serif"><span style="caret-color: rgb(0, 29, 53); -webkit-tap-highlight-color: rgba(0, 0, 0, 0); -webkit-text-size-adjust: 100%; background-color: rgb(255, 255, 255);">私は、好きな人と百年まで生きたいと希っているし、その生きる上で友達という切り離せない存在について悩まされる。</span></font></p><p><font color="#001d35" face="sans-serif"><span style="caret-color: rgb(0, 29, 53); -webkit-tap-highlight-color: rgba(0, 0, 0, 0); -webkit-text-size-adjust: 100%; background-color: rgb(255, 255, 255);"><br></span></font></p><p><font color="#001d35" face="sans-serif"><span style="caret-color: rgb(0, 29, 53); -webkit-tap-highlight-color: rgba(0, 0, 0, 0); -webkit-text-size-adjust: 100%; background-color: rgb(255, 255, 255);">また、恋愛を行う上で、よき恋愛を行うために、恋愛の先にある「友情」というものを考えるのに、損はない。</span></font></p><p><br></p><p><font color="#001d35" face="sans-serif"><span style="caret-color: rgb(0, 29, 53); -webkit-tap-highlight-color: rgba(0, 0, 0, 0); -webkit-text-size-adjust: 100%; background-color: rgb(255, 255, 255);">※</span></font></p><p><font color="#001d35" face="sans-serif"><span style="caret-color: rgb(0, 29, 53); -webkit-tap-highlight-color: rgba(0, 0, 0, 0); -webkit-text-size-adjust: 100%; background-color: rgb(255, 255, 255);"><br></span></font></p><p><font color="#001d35" face="sans-serif"><span style="caret-color: rgb(0, 29, 53); -webkit-tap-highlight-color: rgba(0, 0, 0, 0); -webkit-text-size-adjust: 100%; background-color: rgb(255, 255, 255);">５.小説 ⑵</span></font></p><p><font color="#001d35" face="sans-serif"><span style="caret-color: rgb(0, 29, 53); -webkit-tap-highlight-color: rgba(0, 0, 0, 0); -webkit-text-size-adjust: 100%; background-color: rgb(255, 255, 255);"><br></span></font></p><p><a href="https://www.amazon.co.jp/%E6%84%9B%E3%81%A8%E6%AD%BB-%E6%96%B0%E6%BD%AE%E6%96%87%E5%BA%AB-%E6%AD%A6%E8%80%85%E5%B0%8F%E8%B7%AF-%E5%AE%9F%E7%AF%A4/dp/4101057036">リンク</a><font color="#001d35" face="sans-serif"><span style="caret-color: rgb(0, 29, 53); -webkit-tap-highlight-color: rgba(0, 0, 0, 0); -webkit-text-size-adjust: 100%; background-color: rgb(255, 255, 255);"><br></span></font></p><p><a href="https://www.shinchosha.co.jp/book/105703/">https://www.shinchosha.co.jp/book/105703/</a></p><p></p><div class="ogpCard_root"><article class="ogpCard_wrap" style="display:inline-block;max-width:100%" contenteditable="false"><a class="ogpCard_link" href="https://www.shinchosha.co.jp/book/105703/" target="_blank" rel="noopener noreferrer" data-ogp-card-log="" style="display:flex;justify-content:space-between;overflow:hidden;box-sizing:border-box;width:620px;max-width:100%;height:120px;border:1px solid #e2e2e2;border-radius:4px;background-color:#fff;text-decoration:none" contenteditable="false"><span class="ogpCard_content" style="display:flex;flex-direction:column;overflow:hidden;width:100%;padding:16px"><span class="ogpCard_title" style="-webkit-box-orient:vertical;display:-webkit-box;-webkit-line-clamp:2;max-height:48px;line-height:1.4;font-size:16px;color:#333;text-align:left;font-weight:bold;overflow:hidden">『愛と死』 武者小路実篤 | 新潮社</span><span class="ogpCard_description" style="overflow:hidden;text-overflow:ellipsis;white-space:nowrap;line-height:1.6;margin-top:4px;color:#757575;text-align:left;font-size:12px">友人野々村の妹夏子は、逆立ちと宙がえりが得意な、活発で、美しい容貌の持主。小説家の村岡は、野々村の誕生会の余興の席で窮地を救ってもらって以来、彼女に強く惹かれ、二人は彼の洋行後に結婚を誓う仲となった。ところが、村岡が無事</span><span class="ogpCard_url" style="display:flex;align-items:center;margin-top:auto"><span class="ogpCard_iconWrap" style="position:relative;width:20px;height:20px;flex-shrink:0"><img class="ogpCard_icon" alt="リンク" loading="lazy" src="https://c.stat100.ameba.jp/ameblo/symbols/v3.20.0/svg/gray/editor_link.svg" width="20" height="20" style="position:absolute;top:0;bottom:0;right:0;left:0;height:100%;max-height:100%"></span><span class="ogpCard_urlText" style="overflow:hidden;text-overflow:ellipsis;white-space:nowrap;color:#757575;font-size:12px;text-align:left">www.shinchosha.co.jp</span></span></span><span class="ogpCard_imageWrap" style="position:relative;width:120px;height:120px;flex-shrink:0"><img class="ogpCard_image" loading="lazy" src="https://www.shinchosha.co.jp/images_v2/book/cover/105703/105703_xl.jpg" alt="" data-ogp-card-image="" width="120" height="120" style="position:absolute;top:50%;left:50%;object-fit:cover;min-height:100%;min-width:100%;transform:translate(-50%,-50%)"></span></a></article></div><p><br></p><p><font color="#001d35" face="sans-serif"><span style="caret-color: rgb(0, 29, 53); -webkit-tap-highlight-color: rgba(0, 0, 0, 0); -webkit-text-size-adjust: 100%; background-color: rgb(255, 255, 255);"><br></span></font></p><p></p><p><font color="#001d35" face="sans-serif"><span style="caret-color: rgb(0, 29, 53); -webkit-tap-highlight-color: rgba(0, 0, 0, 0); -webkit-text-size-adjust: 100%; background-color: rgb(255, 255, 255);">その次、武者小路実篤さんの『愛と死』である。</span></font></p><p><font color="#001d35" face="sans-serif"><span style="caret-color: rgb(0, 29, 53); -webkit-tap-highlight-color: rgba(0, 0, 0, 0); -webkit-text-size-adjust: 100%; background-color: rgb(255, 255, 255);"><br></span></font></p><p><span style="font-size: 16px; caret-color: rgb(0, 29, 53); font-family: sans-serif; -webkit-tap-highlight-color: rgba(0, 0, 0, 0); -webkit-text-size-adjust: 100%; background-color: rgb(255, 255, 255);"><font color="#0000f5">往復書簡で育まれた甘美な愛が、村岡の留学中に夏子がスペイン風邪で急死したことで悲劇的な結末を迎えますが、その悲しみを乗り越えようとする人間の強さも描かれています</font></span><font color="#001d35" face="sans-serif"><span style="caret-color: rgb(0, 29, 53); -webkit-tap-highlight-color: rgba(0, 0, 0, 0); -webkit-text-size-adjust: 100%; background-color: rgb(255, 255, 255);"><br></span></font></p><p><span style="font-size: 16px; caret-color: rgb(0, 29, 53); font-family: sans-serif; -webkit-tap-highlight-color: rgba(0, 0, 0, 0); -webkit-text-size-adjust: 100%; background-color: rgb(255, 255, 255);"><font color="#0000f5"><br></font></span></p><p><br></p><p><font face="sans-serif"><span style="caret-color: rgb(0, 29, 53); -webkit-tap-highlight-color: rgba(0, 0, 0, 0); -webkit-text-size-adjust: 100%; background-color: rgb(255, 255, 255);">というGoogleの説明があるように、純粋な愛を阻む死についてである。</span></font></p><p><font face="sans-serif"><span style="caret-color: rgb(0, 29, 53); -webkit-tap-highlight-color: rgba(0, 0, 0, 0); -webkit-text-size-adjust: 100%; background-color: rgb(255, 255, 255);"><br></span></font></p><p><font face="sans-serif"><span style="caret-color: rgb(0, 29, 53); -webkit-tap-highlight-color: rgba(0, 0, 0, 0); -webkit-text-size-adjust: 100%; background-color: rgb(255, 255, 255);"><br></span></font></p><p><font face="sans-serif"><span style="caret-color: rgb(0, 29, 53); -webkit-tap-highlight-color: rgba(0, 0, 0, 0); -webkit-text-size-adjust: 100%; background-color: rgb(255, 255, 255);">※</span></font></p><p><font face="sans-serif"><span style="caret-color: rgb(0, 29, 53); -webkit-tap-highlight-color: rgba(0, 0, 0, 0); -webkit-text-size-adjust: 100%; background-color: rgb(255, 255, 255);"><br></span></font></p><p><font face="sans-serif"><span style="caret-color: rgb(0, 29, 53); -webkit-tap-highlight-color: rgba(0, 0, 0, 0); -webkit-text-size-adjust: 100%; background-color: rgb(255, 255, 255);">これは、あくまで将来の夢である。</span></font></p><p><font face="sans-serif"><span style="caret-color: rgb(0, 29, 53); -webkit-tap-highlight-color: rgba(0, 0, 0, 0); -webkit-text-size-adjust: 100%; background-color: rgb(255, 255, 255);"><br></span></font></p><p><font face="sans-serif"><span style="caret-color: rgb(0, 29, 53); -webkit-tap-highlight-color: rgba(0, 0, 0, 0); -webkit-text-size-adjust: 100%; background-color: rgb(255, 255, 255);">理想に過ぎない。</span></font></p><p><font face="sans-serif"><span style="caret-color: rgb(0, 29, 53); -webkit-tap-highlight-color: rgba(0, 0, 0, 0); -webkit-text-size-adjust: 100%; background-color: rgb(255, 255, 255);"><br></span></font></p><p><font face="sans-serif"><span style="caret-color: rgb(0, 29, 53); -webkit-tap-highlight-color: rgba(0, 0, 0, 0); -webkit-text-size-adjust: 100%; background-color: rgb(255, 255, 255);">つまり、これをやらなければならない、という現実的で確定された予定ではない。</span></font></p><p><font face="sans-serif"><span style="caret-color: rgb(0, 29, 53); -webkit-tap-highlight-color: rgba(0, 0, 0, 0); -webkit-text-size-adjust: 100%; background-color: rgb(255, 255, 255);"><br></span></font></p><p><font face="sans-serif"><span style="caret-color: rgb(0, 29, 53); -webkit-tap-highlight-color: rgba(0, 0, 0, 0); -webkit-text-size-adjust: 100%; background-color: rgb(255, 255, 255);">「◯日、デートしたら◯店に行く」という現実的なプランではなく。</span></font></p><p><font face="sans-serif"><span style="caret-color: rgb(0, 29, 53); -webkit-tap-highlight-color: rgba(0, 0, 0, 0); -webkit-text-size-adjust: 100%; background-color: rgb(255, 255, 255);"><br></span></font></p><p><font face="sans-serif"><span style="caret-color: rgb(0, 29, 53); -webkit-tap-highlight-color: rgba(0, 0, 0, 0); -webkit-text-size-adjust: 100%; background-color: rgb(255, 255, 255);">あくまで、将来これをできたらそれはそれでなおよし、という弱いものである。</span></font></p><p><font face="sans-serif"><span style="caret-color: rgb(0, 29, 53); -webkit-tap-highlight-color: rgba(0, 0, 0, 0); -webkit-text-size-adjust: 100%; background-color: rgb(255, 255, 255);"><br></span></font></p><p><font face="sans-serif"><span style="caret-color: rgb(0, 29, 53); -webkit-tap-highlight-color: rgba(0, 0, 0, 0); -webkit-text-size-adjust: 100%; background-color: rgb(255, 255, 255);">目的ではなく、候補である。</span></font></p><p><font face="sans-serif"><span style="caret-color: rgb(0, 29, 53); -webkit-tap-highlight-color: rgba(0, 0, 0, 0); -webkit-text-size-adjust: 100%; background-color: rgb(255, 255, 255);"><br></span></font></p><p><font face="sans-serif"><span style="caret-color: rgb(0, 29, 53); -webkit-tap-highlight-color: rgba(0, 0, 0, 0); -webkit-text-size-adjust: 100%; background-color: rgb(255, 255, 255);">「◯日、もしも暇ができてしまったら、候補としてここも選択肢としてある」というものである。</span></font></p><p><font face="sans-serif"><span style="caret-color: rgb(0, 29, 53); -webkit-tap-highlight-color: rgba(0, 0, 0, 0); -webkit-text-size-adjust: 100%; background-color: rgb(255, 255, 255);"><br></span></font></p><p><font face="sans-serif"><span style="caret-color: rgb(0, 29, 53); -webkit-tap-highlight-color: rgba(0, 0, 0, 0); -webkit-text-size-adjust: 100%; background-color: rgb(255, 255, 255);"><br></span></font></p><p><font face="sans-serif"><span style="caret-color: rgb(0, 29, 53); -webkit-tap-highlight-color: rgba(0, 0, 0, 0); -webkit-text-size-adjust: 100%; background-color: rgb(255, 255, 255);">また、理想を語れば夢は尽きなく、私は短歌と俳句が好きだから、それも、もしも一緒に詠めたらうれしいと思う。</span></font></p>
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<link>https://ameblo.jp/oko0/entry-12965453281.html</link>
<pubDate>Fri, 08 May 2026 01:47:33 +0900</pubDate>
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<title>日記５</title>
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<![CDATA[ <p>私は話がつまらない。</p><p>話のつまらない原因を考えてみた。</p><p>私の思う「話がつまらない」というのは、話すという行為にかかっているけれど、一般に言うのは話す内容にかかっているだろう。</p><p>つまるところは、「話しててつまらない」という意味で使っている。</p><p>どんな話題であれ、オチであれ、その内容はともあれ、「好きな人と話す」という行為自体に純粋の喜びを感じるべき、と思っているからだ。</p><p><br></p><p>小学生は、外へ出るという行為自体に喜びを感じ、場所は問わず、母親と買い物へ行くことを楽しむ。</p><p><br></p><p>私は、宝探しをただ楽しむ子供を目指して、宝の使い道を講ずる大人にならないよう、そのロマンをあなたを通じてロマンスにするものを、そういう恋愛に近づこうとしている。</p><p><br></p><p>そんな高尚なことは半端な大人の私にできないから、そうなれるよう努む道が、恋愛となっている。</p><p><br></p><p>会話というものも、話の内容に目を取られて、好きな人と話すという、それのみを大事にすべき、絶対的な価値を忘れないようにする試みだろう。</p><p><br></p><p>「会話をする、それ自体を楽しむ」という甲子園に</p><p>行くためのバッティングである。</p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p>私は、好きな人とお花見したい。</p><p><br></p><p>バラ園とか、花の園に行きたい。</p><p><br></p><p>お花をみて、自然を感じたいけど、ただ視覚を使い、自分の瞳にそれをうつすだけしかできない。</p><p><br></p><p>本当の意味でしたい「自然を感じる」をできないかもしれない。</p><p><br></p><p>じゃあどうすればいいのか、を考えた先に、記憶に松尾芭蕉があった。</p><p><br></p><p>五七五の俳句で、自然を自分の中に入れて、それと自分の思考で濾過したら、男だから子の産めずにうんこを生む私は、浄水できないままの汚い句を作れるかもしれない。</p><p><br></p><p>それで、自然を読解して詠む俳句に、好きな人へ思うことを混ぜたら、五七五七七の短歌になる。</p><p><br></p><p>俳句を詠める、短歌を綴れる、好きな人に伝えられる、一石三鳥。</p><p><br></p><p>「好きな人に句を詠もう」</p><p><br></p><p>と言う人は珍しいだろう。</p><p><br></p><p>映画館に行く、カフェに行く、そういうネットにでてくるデートコース以外をできれば、刺激になると思える。</p><p>もっとも、私はただ句が好きだからでもあるけど。</p><p><br></p><p>明石家さんまさんの言う「お笑いは緊張と緩和」に思いを馳せて、余る恋愛関係の刺激に、一石を投じられるかもしれない、と好きなことをやりたい欲も自負できる。</p><p><br></p><p>※「緊張と緩和」……</p><p>たとえば、葬式という「緊張」する場面だったら、すこしの違和感が「緩和」になって、笑いになるというもの</p><p><br></p><p><br></p><p>私は、お花をみるとなっても、本当の意味の「花をみる」ではなく、好きな人をみてしまうのだろう。</p><p><br></p><p>それは先述した「小学生の純粋な動機」に反しているけれど、「会話を行うこと自体への純粋な動機」の、その動機と源泉は、好きな人に対する心と思えば、そして、それを純粋な恋慕の情と形容して、肯定できるなら、好きな人を通して自らも愛せるがゆえの、ゆるせる自己矛盾ってやつかもしれない。</p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p>私はそう、最近句にハマってる。</p><p>短歌と俳句。</p><p><br></p><p>最初の理由に順序をつけるならば、一、好きな人とお花見するときにピクニックして詠みたい、というものである。</p><p><br></p><p>なにより強い理由は、二、婉曲的に思いを書けるからである。</p><p><br></p><p>私は惚気ツイートしまくっていたけど、私の性格の悪いところを知る友達は、きしょいと思うかもしれない。</p><p>昔から私は恋に熱しやすく、病みやすいけど。</p><p><br></p><p>けど、短歌・俳句の形を使えば、そのきしょさを丸めて、ある意味わかりづらくできる。</p><p><br></p><p>好きな人の純粋さを「山葵沢（わさびさわ)」に喩えれば、清い水のある場所にしか生きないワサビのようである、君はそうだから、周りも純化・浄化するよ、と言える。</p><p><br></p><p>自分の悲しい気持ちを、いずれ沈む月を使えば、それはなにか、自分には月がいる、仲間がいる、大きい影響力のある存在がバックにいる、とも思える。</p><p><br></p><p>「俺には芸能人の友だちがいるんだ」と言う人の感覚で、「月がいるぞ」と詠めば、美しい月の光に反射された自分も、美しいような、悩むときに一人宇宙にいる半月に孤独をハーフハーフにしてもらってるような。</p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/oko0/entry-12965193899.html</link>
<pubDate>Tue, 05 May 2026 17:28:39 +0900</pubDate>
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<title>日記４</title>
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<![CDATA[ <div>恋人の好きなところってわからない。</div><div><br></div><div>※</div><div><br></div><div>万事、理由がなんなのか、を考えるのは難しい。</div><div><br></div><div>思いついたとしても、それは起因だったり、または従因だったり、主因じゃないかもしれない。</div><div><br></div><div><br></div><div>時計が止まって、この時間がずっと二人の間にあってほしい、それで告白したけど。</div><div><br></div><div>でも、それは告白した理由だし、【唇が乾燥したとき、皮を剥いで、リップクリームを塗る】っていう希少な共感があったのも、【同じコラボTシャツを買っていた】ことも、【お互いあんまり束縛しない】ところも、たとえ【友達でも誘うのに「断られる恐怖」と「相手に与える断りづらい圧」を気にしちゃう】ことも、そういう共通点は、結局のところ「好き、って思う瞬間」に過ぎない。</div><div><br></div><div>「好きなところ」は、そういうはなしてる瞬間に、すき、って気持ちの起こった実際のケースじゃない。</div><div><br></div><div>すきを感じた瞬間のポイントを集めて揃えて、その散らばった共通点が、あるいはパーツが、組み立てたら自分と相手の間のナニになるのか、っていう全体像のパズルじゃなきゃいけない。</div><div><br></div><div>※</div><div><br></div><div>大体の場合は、顔と声と性格。</div><div><br></div><div>たとえば、「性格の優しいところがすき」「顔がシュンとしててすき」とか。</div><div>言い方の問題は忘れるとして。</div><div><br></div><div>じゃあ、この「優しい」と「シュン」っていうのは、なににつながってるのか、そこが言う自らでわからない。</div><div><br></div><div>これが「リンゴ」と「パイナップル」だったら、フルーツにつながってる。</div><div>ああ、フルーツ好きなんだな、またはピコ太郎すきなんだなってなる。</div><div><br></div><div>だけど、「フルーツが好きなのであなたがすき」と考えてみても。</div><div>じゃあ、なんで他のフルーツっぽい人じゃダメなのか、わからない。</div><div><br></div><div>私はフルーツ好き、私はフルーツっぽいと思う、</div><div>これって「私がそうである」っていう一方向で、せめてつながってるとしたら私とフルーツ。</div><div><br></div><div>あなたとフルーツをつなげるナニカにかけているし、その線の強さが脆く、糸の赤みに欠ける。</div><div><br></div><div>あなたの逐一の言動に、フルーツ要素のないところがあれば、それは「すき」の反証にもなるし、あなたを例証に加担させてしまったことになる。</div><div><br></div><div>それに「フルーツ」という言葉に、相手を閉じ込めてしまってる。</div><div>自分が思う、相手の好きなところを閉じ込めてしまってる。</div><div>相手を、フルーツであらねば、と閉じ込めてしまう。</div><div><br></div><div>相手のことを既存の言葉で表現してしまえば、それは既にある他の物に置き換えられる可能性が、少しでもチラついてしまし。</div><div><br></div><div>なにより。</div><div>人の「すき」ってきもちは、本来、原始的で流動的で、自由に起きてしまうものだから、野原に解き放たれた自由なウサギがピョンピョン跳び回ってるところを、虫取り網とカゴ、っていう形式にハメてしまうようなものだし、その自（由に発）生する雑草は、名前をつけてしまえば「雑草」じゃなくなるし、そういうすきを理性で追おうとすることは、自分のきもちに蓋をしてしまうようなものと近い。</div><div><br></div><div>でも、答えはわかってるつもり。</div><div><br></div><div>私は、恋人の人間がすき。</div><div>その恋人がその人たる魂がすき。</div><div><br></div><div>先述の具体的で実際的な共通点は、その人を構成するパーツで、それは他の人との共通点だとしたらあんまりうれしくないし、好きな人の髪の毛も鼻もなにもかも好きだから、そう、あなたという人間がすきだから、そういう共通点、性格とかのパーツがすきなんだと思う。</div><div><br></div><div>あなたが多重人格になっても、私はきっと嫌いになれない。</div><div>その人格のそれぞれは、あなたを構成するパーツだから。</div><div>私のすきを構成するパーツだから。</div><div><br></div><div>あなたが植物状態になっても、ああ、私お花好きなんだ、植物みたいでかわいいね、って思うし、その心は、好きな原作小説のメディアミックスした映画は、その作品の別の顔をみるようでも、グッズを体験的に買う行為でもあるし、原作小説が親だとしたら漫画化は出産で、アニメ化は子で、実写化は孫だから。</div><div>私はあなたの別のバージョンも楽しめるなんて、そう思うかもしれない。</div><div><br></div><div>私はあなたに恋しちゃったから。あなたの性格を好きと言っても、顔を好きと言っても。</div><div>その顔と性格がたとえ変わっても、まず「あなた」に恋しちゃったのであって、「性格」に恋しちゃったのではないのだから。</div><div><br></div><div><br></div><div>共通点があったら、すき、ってなるけど。</div><div>でも、それは共通点があるからすき、ではない。</div><div><br></div><div>好きなあなたとの共通点は、うれしいし、安心になる。ふたりのみ閉じ込められた箱の世界。</div><div>相違点は、あなたがひとり自立して、このダメダメな私とは違う存在である、そう思わせる喜びと、刺激がある。</div><div><br></div><div>たとえ、相違点が多い恋人でも、共通点があったらそのレアに喜ぶし。</div><div>共通点が多い恋人でも、相違点のレアに喜ぶ。</div><div><br></div><div>共通点と相違点、この二項対立ではないけれど。</div><div>だって、私とあなたは、付き合っている時点で、その関係をお互いに持つ者同士の類似点があるのだから。</div><div><br></div><div>あなたが「リンゴがすき」、そして私も「リンゴがすき」。</div><div>わたしは、あなたがリンゴがすきな時点で、あなたのことがすき。</div><div>既に好きだけれど、そこに、私とあなたをつなぐ架け橋（共通点、相違点）があれば、さらにうれしい、そいいうことでしかないのだから。</div>
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<link>https://ameblo.jp/oko0/entry-12963728063.html</link>
<pubDate>Tue, 21 Apr 2026 18:46:02 +0900</pubDate>
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<title>【複製】voilàの歌詞の解釈</title>
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<![CDATA[ <p>私はがものすごく好きです。</p><p><br></p><p>私は歌詞を二の次にして、メロディ性で曲を好きになります。</p><p><br></p><p>その中で、voilàはMVがエモい、なによりイケメン。</p><p>また、メロディ性はもちろんとして、リリックがとてもいいのです。</p><p><br></p><p>このブログでは、「imaginary friends」と「potion」の歌詞で、独自の解釈をします。</p><p><br></p><p><br></p><p>一、「imaginary friends」です。</p><p><br></p><p>まず、タイトルからして大文字が少ないところで、</p><p><br></p><p>1. 日本語における柔らかい表現のひらがな</p><p>2. Z世代の小文字、あるいはスラングの多用</p><p><br></p><p>これらを連想させ、「軽い関係」「Z世代のデカダンス的な恋愛」を想像させます。</p><p><br></p><p>自分は恋する相手に、独り重くなることがあるけれど、しかし、「なにもかも軽い」と言われるZ世代として、いや軽くなければな、という理性との葛藤を伺わせます。</p><p><br></p><p>歌詞</p><p><br></p><p>ちなみに、ここから英語の歌詞を、機能を借りて翻訳できます。</p><p><br></p><p>この曲は、男性パート（voilà）と女性パート、またコーラスパートに分かれています。</p><p><br></p><p>最初に、男性と女性のコーラスで</p><p>「Na na eh oh nana」</p><p>を歌い、超解釈すれば、それは軽いノリは合うような情景が浮かびます。</p><p><br></p><p>全体的に、過去の恋愛の失敗、</p><p>そこから恋する相手が本気なのか、遊びなのか判断できなくなってしまったこと、</p><p>そのために恋をしても相手に告白するという行為に億劫になってしまってる、</p><p>と思わせます。</p><p><br></p><p>特に、ヨーロッパ圏は「告白をせずに、流れで付き合ってることになる」という文化があり、なおかつ「付き合う前にお互い体の相性などを試して、またその期間はお互いにキープなどがいる」というのが浸透しています。</p><p><br></p><p>そのため、私たちの住む日本より、付き合うこと、告白することのハードルが高いのだろうと思います。</p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p>言わずもがなですが。</p><p><br></p><p>相手には他のキープ・セフレがいる、かもしれない。</p><p>けど、自分は、別れてもお互いを知る者としての「元恋人」が去ってしまって。</p><p>あるいは、本気で恋する相手のために、自分から縁切って。</p><p><br></p><p>自分をよく知る「元恋人」に恋愛の相談などをしたり、慰めてもっていたけれど、それがいなくなり、独り自力で「頑張る」必要がある。</p><p><br></p><p>それもあってか、そして軽いノリ至上主義の中で「告白するのが難し」くて。</p><p><br></p><p>自分が「死」んでもいいという覚悟のもとに、告白したくなる。</p><p>あるいは、告白して振られることで、自分のメンタルに死神の顔がチラつく。</p><p><br></p><p>いや、死んでもいい。</p><p>だから、相手が本気なのかどうか、せめてものそれを、知れたらいい、と理性を振り絞って自分に言い聞かせる。</p><p><br></p><p>思わせぶりしたり、ただセックスをしたり、そういう「偽の友達」でもいいと我慢できるかもしれないけれど、本音はそんなのいらない。</p><p><br></p><p>ヨーロッパ圏の中でも、特にアメリカは「男性らしさ」が求められる。</p><p><br></p><p>例を挙げる。</p><p><br></p><p>アメリカの学校の昼食時間といえば、私たちは「サンドイッチ、バナナ」を思い浮かべるけれど。</p><p><br></p><p>アメリカにおける、バナナを食べる、ということはゲイを連想させる。</p><p><br></p><p>ゲイが男のディックを咥えることに近しいために、バナナを食べる人は、級友に「ゲイ」とイジられる可能性を孕んでいる。</p><p><br></p><p>そのため、歌詞にある「あるいは泣いてるふりをする」は、本当に泣きたいけれど、しかし男性らしくない行為であるため、泣けない。</p><p><br></p><p>それは本当の意味で泣けない。</p><p><br></p><p>泣くという行為は感情の曝露であり、そこに「男性だから」という理性のストッパーが介在すれば、泣けなくなってしまう。</p><p><br></p><p>無事に泣けたとしても、それは「男性らしさが求められてるのに、なく自分は情けない」という、</p><p>Toxic masculinity（Wikipedia）に対する涙である。</p><p><br></p><p>理由が全てであり、理由がそれであれば、泣く行為もそれを意味する。</p><p><br></p><p>※</p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p>「ボン・ボヤージュ(Bon Voyage)」。</p><p>これは、旅立つ人に言う「よい旅を！」という英製フランス語。</p><p><br></p><p>主に、船乗りの間で使われた言葉で、「よい船旅を！」という含意がある。</p><p><br></p><p>船旅というのはもちろん、荒波に飲まれたり、ビタミン不足になったり、また、衛生的に水質の悪かった時代、ワインを常用飲水としていたために。</p><p><br></p><p>これは、相手が距離感的に遠くにおり、心も遠くにあり、自分の気持ちが届くかわからないし、船旅に行く夫に対して、見知らぬ地で浮気しないか、また生を維持できているか、その不安をもつ妻の言葉でもあるし。</p><p><br></p><p>つまるところ、相手が遠くにおり、その相手が他に相手がいて、物理的距離の離れた場所で、他の相手といい感じになっていても、自分はその妻のように、「たのしんでね！」と言うしかない。</p><p><br></p><p><br></p><p>また、自分は「正直に言えば」無事（ボン・ボヤージュ）だよ、と言うしかないし、そう自身に言い聞かせるしかない。</p><p><br></p><p>相手を「ビッチ」と罵りたいけれど、言ってしまえば、相手はさらに遠ざかるかもしれないし、だから、独りで心の中で言うしかない。</p><p><br></p><p>そして、「私は一人で大丈夫」と言い聞かせるしかなく、それに「はい」と、自らにうなづくことでしか、安心をつくれない。</p><p><br></p><p>そうして、相手はそもそも悩むことすらなくて、精神的にダメなのは自分だけだから。</p><p><br></p><p><br></p><p>自分さえ大丈夫であれば、「仲直りできる」。</p><p><br></p><p>実際に仲直りしなくとも、自分の心を落ち着かせれば、自分の心の中で「仲直り」できる気がする。</p><p><br></p><p><br></p><p>「ファサード（Wikipedia）」は、</p><p>建築物の正面部分、つまり英語で顔を表す、フランス語。</p><p><br></p><p>信じてほしい、だって、私たちだけの間では、その目立つ部分は順調であり、表面的な部分では、お互いに軽く慕ってるのである。</p><p><br></p><p>自分が独り悩む心は、表面では相手の知らぬ内面であり、それは裏面であり、いい「顔」をしているはずである。</p><p><br></p><p><br></p><p>「私たちだけだとこのファサードが本物に見える」。</p><p>つまり、相手の他で愛育む姿ではなく、私たちだけの関係を見れば、それは「居場所（建物）」でもあり、また、自分の家に来るときの相手が、本物でもある。</p><p><br></p><p>また、ファサードというのは、カトリック教会を語用として使う言葉でもある。</p><p><br></p><p>カトリックは婚前交渉を禁止していれば、嘘の恋を否定している。</p><p><br></p><p>カトリックとあえてしたのは、プロテスタントの中では、そこまで厳しくないからかもしれないし。</p><p>カトリック教会、つまりそれで連想する神父は、プロテスタントの牧師より、そもそも結婚自体を禁止されている。</p><p><br></p><p>カトリックの信徒は、神父を模範とする。</p><p><br></p><p>それはやはり、信徒と対等の立場とするプロテスタントより強いものである。</p><p><br></p><p><br></p><p>voilàは総じて、フランス語を使うことが多い。</p><p><br></p><p>そもそも「voilà」という名前自体、フランス語の要素がある。</p><p>MVでも、フランスのオートクチュール、ファッションショー、フランス映画をモンタージュしている。</p><p><br></p><p>フランスは自由を標榜するけれど、「フレンチスタイル」と呼ばれよう、自由な恋愛が強く、また、意外にもカトリック信徒の数が多い。</p><p><br></p><p>その矛盾と言えようものが、voilàの喚起・隠喩したいものでもあるのかもしれない。</p><p><br></p><p>※</p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p>空想の友達、それは本当の意味の「友達」でもあり、または、恋する相手でもある。</p><p>自分の中で恋する相手の幻想を抱き、空想の中の相手は、自分に本気で恋してるな、と。だから、寂しくない。</p><p><br></p><p>その妄想は、頭の中お花畑、パーティー状態でもある。</p><p><br></p><p>また、パーティーは、参加者と軽い世間話（スモールトーク）をする場であり、そこは、ある意味恋人を忘れてはしゃぐ場所でもある。</p><p>だから、恋を、その悩みを忘れて騒がなければならない。</p><p><br></p><p>特にアメリカは、イギリスの上流階級の社交マナーを、過去の植民地としてのコンプレックスのように感じ、</p><p>また、イギリスのように「貴族」などの固定的な階級に縛られず、お金持ちになった人が、上流階級にもなれるのだから。</p><p><br></p><p>だから、そういう社交上のマナーをより気にしなければならない。</p><p><br></p><p><br></p><p>「そして最悪の日でも私は」</p><p><br></p><p><br></p><p>これはメンタルが最悪という意味でもあるけれど、パーティーでお酒を飲みまくって潰れる、けれど、恋の悩みでよりお酒に呑まれる自分を、同志たる男友達が、「正気に保ってくれる」とも思える。</p><p><br></p><p>空想上のあなたはそうじゃない、</p><p>本当のあなたは「人を好きになれない」なんて、過去の恋愛のコンプレックスに囚われたり、今は遊び呆けてるかもしれないけれど。</p><p><br></p><p>そしてそれを思う自分は、あなたが遊んでいるのは、空想上の善き友である、私に嫉妬させないような関係であると、そう信じたい、空想したい。</p><div><br></div>
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<link>https://ameblo.jp/oko0/entry-12963558918.html</link>
<pubDate>Mon, 20 Apr 2026 05:35:51 +0900</pubDate>
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<title>日記３</title>
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<![CDATA[ <p><span style="color: rgb(139, 139, 139); font-size: small;">読みにくいのを覚悟の書き方にしましたが、ちょっとキモいかもしれないです</span><br></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p>私は暑いが苦手。</p><p><br></p><p>※</p><p><br></p><p>春は3月に始まり、5月の海宇の開きとともに終わる。</p><p><br></p><p>そう、いつか母に聞いた言葉を思い出して、しかし、その記憶と行く春を追うに追いつけずいる。</p><p><br></p><p>自分の記憶はそこと、3月にあって、今が4月の去り際であることに驚いている。</p><p><br></p><p>今はたしかに春である、けれど、優しさの反面に、半面をこえて厳しさを持つ母のような、似合うようで似合わない暑さに耐えきれない。</p><p><br></p><p>※</p><p><br></p><p>春といえば桜。</p><p><br></p><p>Twitterのオススメ、インスタの投稿、友達の日常で桜を見たことを知らせてくれる。</p><p><br></p><p>私は桜をみよう、と思っていた。</p><p><br></p><p>母とそう言い合っていた。</p><p>「去年の今は、都会の中の森を探して、隣町の公園の東屋でケバブを食べたね。</p><p>今年は、桜をみたい。」</p><p><br></p><p>母は、代々木公園のような人に混む場所じゃなく、近所の公園に夜、死を肥えに育つとも見えよう、桜をみたい、と言った。</p><p><br></p><p>しかし、それは叶わわず過ぎた。</p><p><br></p><p>桜は近くにずっとそこにいるのに、私は、それに対して時間はおろか、怠惰の日々を重ねて、嘘を積み上げて、逃げていたのかもしれない。</p><p><br></p><p>それは自分に嘘つく行為でもあり、桜というアイデンティティを失うようで、病を敵に忍び大正にいた、梶井基次郎に耐え難きを強い、病に苦しむ大正天皇を慕う昭和天皇をもとに、日本人としての誇りを捨てたかのような思いがした。</p><p><br></p><p>その私にしては、桜は写真越しにみて、また、無形の暴力に囲まれたSNSのツイートの付録として、浮気のようにみて、昭和の大戦を、NHKドキュメント越しに「大変だな」程度の感想で、流動的な思考を持つ脳に、挟めたはずの理性を留守番させるものであった。</p><p><br></p><p>※</p><p><br></p><p>そう、桜はずっとそこにいたはずである。</p><p><br></p><p>桜は人に喜びを知らせてくれる。</p><p><br></p><p>桜は、咲くと同時に恋の実りを後押ししてくれ、舞い散ると、その別れの悲しみのそばにいてくれる。</p><p><br></p><p>そして、悲運の別れに遭った二人を、「また、20年後、ぼくは桜の木の下にいるから、君も忘れてなければ、そこで逢えるのかもしれない」と、植えてるだけの木が、二人の約束を果たしてくれる気がするのだ。</p><p><br></p><p>そういう考え方に浸らせてくれる、アニメ『ReLIFE』の挿入歌が好きである。</p><p>失恋したときに、それを涙の肴にしていた。</p><p><br></p><p>※</p><p><br></p><p>そうこうして、堕落の春を越えては迎えた夏は、さらに私に、悪魔の誘いを熱風に乗せる。</p><p><br></p><p>夏は嫌いである。</p><p><br></p><p>私は8月8日に生まれ、そして情熱のしし座と考えれば、ネイティブ・サマーであるけれど。</p><p><br></p><p>そもそも、気温と風の暑さが苦手なのもあるけれど。</p><p><br></p><p>その暑さは、憧れる街ゆくカップルの情熱を象徴しているようで、そう思えば、夏の暑さに溶けて消えることを希う。</p><p>－－－夏の玉音放送で使われた、「願う」の強いかたちの、昔の言葉。</p><p><br></p><p>※</p><p><br></p><p>夏になれば、因習村の奇祭のように、人々は裸に近くなる。</p><p>人々は、その非日常と重ね、「溶けてなくなりそう」という死が覗く生への実感と、映画の世界のような気分にさせてくれる。</p><p><br></p><p><br></p><p>夏祭りが特にそうである。</p><p><br></p><p>花火大会ひとつとっても、一箇所に同じ志をもつ、同志が多くくる。</p><p><br></p><p>人が多いけれど、自分は目の前の恋人に集中している、という暑さに負けず、オーバーヒートせずに脳の処理を行う快感に、人々は酔いしれる。</p><p><br></p><p>神と同じく、「愛」というものもこの世に存在するのかどうかわからない、けど信じるべきという存在であり、</p><p>その近くにある「花火」というものも、「花火は綺麗」という幻想を疑いつつも、同志もその共感を持つという、兄弟的でも共同体的でもある多幸感があるし、そうして信じると、同時に「愛」を疑う気持ちをカモフラージュできる。</p><p><br></p><p>いつしか、花火は恋とともにあるようになったのだろうから。しかし、起源は哀しむかもしれないだろうから。</p><p><br></p><p><br></p><p>縁日もそうである。</p><p><br></p><p>大体の人は、やはり恋人と行く。</p><p><br></p><p>まずは、恋人とともに、縁日という小規模の経済体系をみて、いずれ世帯・家庭という経済の形式を妄想する。</p><p>いずれ結婚で形式にハマる前に、ここで余暇を遊ぼう、と皮肉に夏の定型にハマる。</p><p><br></p><p>縁日の屋台を営む人は、サーカス団のように、日本各地を転々として稼ぐ。</p><p><br></p><p>次に、恋人はそれを見ては、不倫をスナップされた芸能人に「クズ、嫌だね」と抱くのと、同じことを思い、男は「自分は、寅さんのようなヤクザな生き方はしないから」と、小さく遠回しなプロポーズをする。</p><p><br></p><p>それを何組かの恋人の集団で連続して思い、その小さな考えを、共に正当化する。</p><p><br></p><p>最後に、TikTokで踊る会社員のブラック、フロント企業。その洗脳に近い形で、集団の圧力に飲まれる安心感でハイになる。</p><p><br></p><p>一人で来た者は、それら恋人の前戯を見て、そして美味しいご飯を左手に、右手でAVの代わりになるものに昇華させては、夏の蒸す空気で腟の温まりを夢想する。</p><p><br></p><p>※</p><p><br></p><p>私は、小学一年生の後半、イジメられた。</p><p>それは自分のせいだった。</p><p><br></p><p>授業が始まってまもなく、一人の女の子が、私の手を引いて、瞳にうつした好意を、顔を近く向け、昼休みによく遊んでくれた。</p><p><br></p><p>幼稚園生の頃、「誰が誰々を好き」というゴシップを、情報の大群から一匹の魚を捕まえて、快感の肴にしていた。</p><p>その私は、その女の子が言った「結婚しようね」という言葉を、男友達にイキリ気にはなした。</p><p><br></p><p>それからその女の子にイジメられ、しかし学年が変わると止まり、6年生になると、その少女を含めたヤンチャなグループでよく遊んだ。</p><p><br></p><p><br></p><p>6年の夏、その少女と男友達が同数、地元の夏祭りに行った。</p><p><br></p><p>とても暑かったことを覚えている。</p><p>暑い、けれど滴る汗が、死を想わせる乾いた皮で頬をなぞる冷たい老人の手のように、心もひやりと遇う。</p><p><br></p><p>白い湯気、じゃがバターと焼きそばの混ざった匂い、店主の客寄せをさえぎる酔った大人の大きな声。</p><p><br></p><p>最初、私たちはみんなでぐるり3週した。</p><p>それはお店の種類を知るのと、カップルで来ている同級生がいないのか、巡回したのとで曖昧だった。</p><p><br></p><p>その後、ヤンチャグループのリーダーが、ビックエコーの入口の階段に座った。</p><p><br></p><p>それは小学生の頃、なけなしの金で買ったブタメンを、コンビニの駐車場でヤンキー座りで食べるような、ヤンキー仕草をする憧憬の念の実行だった。</p><p><br></p><p>そのリーダーが学校のマドンナの手を引き、二人は沈黙の中に「どうしよう」と表す足踏みをしては、結局それに応じ、二人は、暗闇で物を探すように、恥ずかしげに消えていった。</p><p><br></p><p>残された私たちも、そういう雰囲気をすべきだな、この終わりの夏は、という空気を、唾とともに飲み込む。</p><p><br></p><p>私はイジメてきた女の子に、有無を言わせずに手を引かれた。</p><p>私はなにも言えなかった。</p><p>それは、小学生ながらレイプに近い事をされた過去に、今は女性恐怖症だったからだ。</p><p><br></p><p><br></p><p>※</p><p><br></p><p>私は高校二年生の夏、久しぶりに自由が丘の夏祭りに行ったとき、それを思い出してしまった。</p><p>今もそうである。</p><p><br></p><p>あんまり小学生の男女をみないけれど、大人のカップルに、その思い出の純粋さを奪われたような感覚を覚えてしまう。</p><p><br></p><p>※</p><p><br></p><p>もう、夏がこようとしている。</p><p><br></p><p>私の中の、過去の夏もこようとしている。</p><p><br></p><p>過ぎ去り、地中に眠った記憶が、終わった春を忘れて這い出でる桜のように。</p><p><br></p><p>その夏は忘れたい。</p><p>地中に眠ったままでいてほしい。</p><p><br></p><p>私は恋人不在で行く夏祭りに、小学生の純粋さを、自らの大人の矛盾に巻き込みたくないからだ。</p><p><br></p><p>だれか、それを忘れさせてくれる人を、</p><p>上書きしてくれる人を。</p><p><br></p><p>私は、提灯しか頼りにならぬ屋台の暗闇に出ては、探している気がするのだ。</p><p><br></p><p>－－－この夏は、忘れさせてくれる。</p><p>そのはずである。</p><p><br></p><p>そう、期待をにじませて。</p><p><br></p><p>帰りに偶然、昔と同じ駅で縁日がやっていれば、私はビールを迷わず買う。</p><p><br></p><p>そして、あの日と同じく、屋台の後ろまで3周する。</p><p><br></p><p>そうしたら、私の頭の中でも、記憶が回って、一周まわって消える、ぐらいでいいから、なくなるのかも、と。</p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p>しかし、心の中では、あの時の皆の背中を探し、影を追ってる気がする。</p><p><br></p><p>それはなにか、まるで、その夏を繰り返すごとに、私が、美容整形手術の失敗で通行人の「美しい」を求める、口裂け女になるようでもあり、しかし、口裂け女が流行った1970年代が幕を閉じたように、私も時に押しつぶされるように感じる。</p><p><br></p><p>私の時をまた止めてくれる人を、</p><p>そして、私のことを過去のものとして、あるいはレガシーとして、とにかく海馬の中で留めてくれる人を。</p><p><br></p><p>ロミオとジュリエットなんて高望みはしないから、せめて神よ喜びを感じたい、それで、ぼくがアダムできみがイブなんて、冗談の喜びに浸れる人を。</p><p><br></p><p>ムーンライト（2016）、あるいは25時のバカンスのように。</p><p>二人、夏に溶け、底がどうなっているのか、それが涙なのか、悲しみか嬉し涙なのか、そうわからずに、きみなら、と飛び込める海に、恋に沈むように。</p><p>砂浜で大の字になって、汚れる、なんて理性を捨てられるように。</p><p><br></p><p>九十九里浜の端から端までなぞるように歩く。</p><p>帰るかどうか、また道にも、伸ばす手にも迷う。</p><p>舌の入る前に、愛の届かぬ海を感じる唇を、手でたどり、たゆたう心に波のゆりゆられる恋の火遊びを健やかにして、</p><p><br></p><p>そういうふうにエロがりたい。</p>
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<link>https://ameblo.jp/oko0/entry-12963447011.html</link>
<pubDate>Sun, 19 Apr 2026 02:13:18 +0900</pubDate>
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<title>日記２</title>
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<![CDATA[ <p><br></p><p><br></p><p>私は研究者を志している。バカだけど。</p><p><br></p><p>好きなことをやりたいから。</p><p>研究者はオタクを極められる。好きなことを一日中考え、知れ、それで稼げる。すこしはいんきゃしゃふにやさしいから。</p><p><br></p><p>しかし、私は勉強が苦手。</p><p><br></p><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20260412/06/oko0/5c/14/j/o0715042915770473016.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20260412/06/oko0/5c/14/j/o0715042915770473016.jpg" border="0" width="400" height="240" alt=""></a></div><p><br></p><p>小学校時代、宿題をやらなかった。</p><p><br></p><p>受験のために通ってた塾の宿題もやらなかった。</p><p>入試の2か月前に真面目に勉強して、なんとなく受かった。</p><p>真面目になった理由は簡単。休み時間、殴り、蹴りが横行してた塾の一人と揉めたから。</p><p><br></p><p>彼の第一志望を被せ、見事合格してやった。</p><p>なんとなく。</p><p><br></p><p>なんとなくでイケた中学校。</p><p><br></p><p>そこでも宿題をやらなかった。</p><p>けど、幼い頃から国の文化を載せた図鑑が好きだった。</p><p>小学校の給食の時間、教科書だけ読むことを許された。</p><p><br></p><p>それもあってか、社会はノー勉で90点。そのなんとなくにアグラをかいて、NOT宿題を加速させた。</p><p><br></p><p><br></p><p>中高一貫のため、高校はなんとなくで進めた。</p><p><br></p><p>ほんとうは、進学するための試験があった。でも、わたしはお腹の持病があって、それが勉強に支障をきたすと、大目に見てくれた。</p><p><br></p><p>そういうわけで、私は今まで勉強せずとも、なんとなくで生きていられた。</p><p><br></p><p>堕落の極みである。</p><p><br></p><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20260412/06/oko0/2c/e8/j/o0596033515770473017.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20260412/06/oko0/2c/e8/j/o0596033515770473017.jpg" border="0" width="400" height="224" alt=""></a></div><p><br></p><p>大学生になり、それに、元々志していたけれど、映画『オッペンハイマー』が、「研究者になりたい」を加速させた今、なんとなくで通せない。</p><p><br></p><p>研究者を目指す人の多くは、勉強しまくりの人生をおくった人。</p><p><br></p><p>その人たちに勝たなければならない。</p><p><br></p><p>その一心、大学一年生のとき、論文を読んだ。</p><p>ノートを書いた。</p><p><br></p><p>好きなことだから、むずかしいことも、ひたすらを発揮できていたけれど。</p><p><br></p><p>大学二年生になったと同時に、プツンとその糸の切れる音がした。</p><p><br></p><p>※</p><p><br></p><p>単純にいえば飽きた。</p><p><br></p><p>同じことを繰り返して、でも、研究者となれる日は遠い。</p><p>その将来を夢みても、孤独だった。</p><p>勉強をする、それは同時に一人屋内にいることを意味してる。</p><p><br></p><p>友達と勉強会する人もいるけれど、私にはそんな友達はいない。</p><p><br></p><p>なにより、私は一年、いや二年以上もの間、彼女がいなかった。</p><p>それが、私の中の大きな理由だった。</p><p>ほんとうは彼女に褒められたかったし、お疲れ様、ってジュースを手渡しされたい。</p><p>誰にもがんばったねって認められず、自分でも満足できずに、ただやるだけ。</p><p><br></p><p>それに机に向かうだけの日々に、友達にだせる話題もなくなる。</p><p>会話下手がさらにひどくなる一方。</p><p><br></p><p>※</p><p><br></p><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20260412/06/oko0/19/a4/j/o1080046015770473018.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20260412/06/oko0/19/a4/j/o1080046015770473018.jpg" border="0" width="400" height="170" alt=""></a></div><p><br></p><p>私は個チャするのが苦手。</p><p><br></p><p>毎日個チャ、DMする人ってすごいなーって思う。</p><p><br></p><p>よく「彼氏 返信 マメ」ってGoogle検索のサジェストがあるけれど。</p><p>私はそんなんじゃない。マメどころじゃないし、そもそもできないのだから、彼氏にすらなれない。</p><p>Googleの機能からも見放される、孤独も真骨頂である。笑えるっす。</p><p><br></p><p>会話下手だけど、話すこと自体は好き。</p><p>友達と話したい！って思う。</p><p>けど、それで終わりなのだ。思う、から送るに移せない。話すにしても、話題がない。かなしい。</p><p><br></p><p><br></p><p>でも、それはそれで割り切って、友達なんていなくていい！なんて思ったりする。</p><p>私は研究者を目指していて、それは孤独との勝負なのだから。</p><p><br></p><p><br></p><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20260412/06/oko0/fb/bc/j/o0739041515770473020.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20260412/06/oko0/fb/bc/j/o0739041515770473020.jpg" border="0" width="400" height="224" alt=""></a></div><p><br></p><p>前にみたアニメで言ってた。</p><p><br></p><p>『魔女の旅々』の主人公が、</p><p><br></p><p>「<font size="2" color="#8b8b8b">本当に本気で何かを成し遂げるとき、人はいつだって孤独です。</font></p><p><span style="color: rgb(139, 139, 139); font-size: small;">ひとりじゃなきゃダメなんですよ。</span><br></p><p><span style="color: rgb(139, 139, 139); font-size: small;">馴れ合ったら終わりなんです。</span><br></p><p><span style="color: rgb(139, 139, 139); font-size: small;">一人で戦うのは辛いでしょう。怖いでしょう。</span><br></p><p><span style="color: rgb(139, 139, 139); font-size: small;">あなたはこれから一人になります。</span><br></p><p><font size="2" color="#8b8b8b">でも、孤独ではありません。</font>」<br></p><p><br></p><p>と悩む少女に言う。</p><p><br></p><p><br></p><p>ほんと、うん、そうっす！そうですよねぇ！チッス！</p><p><br></p><p>けど、彼女ほしいってきもちはやっぱり大きい。</p><p><br></p><p>見た目がタイプのかわいくて、やさしくて、毎日お互い褒め合う。</p><p>いっしょに同じ趣味をしたり、ピクニックにいったり、動物園でベビーカーを押す夫婦をみて妄想する。</p><p>水族館に行って、この魚美味しそうだね、なんて言って併設の寿司屋にいく。</p><p><br></p><p>研究者になりたい、っていう夢にそれもついてくる。</p><p><br></p><p>彼女がほしい。でも、私は自分からアタックできない。</p><p>今まで、お互い見た目で惹かれ合い、秒で付き合ってエンドロールまで秒読み。</p><p><br></p><p>だいたい、相手からアプローチしてくれた。私は勇気がなくて、そういう人としか付き合えないから。</p><p><br></p><p>それと話題のなさ、DMできない症候群で「彼女をつくる」なんて人工的な響きは、なんともむずかしそうで弾けないクラシックみたいなものでしかない。</p><p><br></p><p><br></p><p>※</p><p><br></p><p>この人顔タイプ！って思って、はなしかけたとする。</p><p><br></p><p>私にない、人と関わるエネルギーの容量を振り絞る。</p><p>まだ、最初は簡単。これがすき、あなたはなにがすきって聞くことはわかってる。</p><p>いんきゃだから一々参照する、私の会話の教科書に載っているからである、ジョークだけど。</p><p><br></p><p>でも、私は相手のことを聞くのが下手なんだ。どこに住んでる、部活はなに、何歳、家族構成。そういう基本的なことを聞く、基本ができない。</p><p><br></p><p>それで相手に「この人、自分に興味ない」と思われるし、返答、返信もつめたいと思われがち。</p><p><br></p><p><br></p><p>「基本素っ気ない、けど楽しそうなときもある、典型的なクズ男」</p><p>「思ってなさそう、テキトー」</p><p><br></p><p>なんてよく言われる。つまり、いんきゃだ。</p><p><br></p><p>計画的じゃなく、素でそうなのだから、もう生きる価値は引き算でしかない。</p><p><br></p><p><br></p><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20260412/06/oko0/d4/f9/j/o0604026515770477232.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20260412/06/oko0/d4/f9/j/o0604026515770477232.jpg" border="0" width="400" height="175" alt=""></a></div><p><br></p><p><br></p><p>でも、本音でこう思う。</p><p><br></p><p>たしかに素でそうです、けど、気になる人だからこそなんです。</p><p>好きな友達、気になってる異性とはなしてて楽しい。</p><p><br></p><p>「でも、相手は会話終わらせたいよね」「自分なんてはなしててつまらないよね」ってなる。</p><p>私は生涯いんきゃで、まともに恋愛してきてないし、性行為なんてしたことないから、悩める中学生みたいなマインドになる。</p><p><br></p><p>20歳になってもまだ、脈ナシだよね、5%脈アリだよね、なんて気にする。友達にもね。</p><p><br></p><p>恥ずかしい限りだけど、私は、お互いそんなしらない間に秒で付き合って、お互いに飽きて終わる恋愛ばっかりで。</p><p><br></p><p>パンピみたいにまともに恋愛することが怖くて、両思いなんて度胸、あるはずがない。</p><p><br></p><p>それは、私にとって青春系感動映画でみかけるもので、クリスマスの時期に少年がショーケース越しに眺めるオモチャみたいなもの。</p><p><br></p><p>キラキラしていて、眩しすぎて目が痛く、近づくのが怖い。それをしたら傷つく気がして「パンピのもんだ」と固持してる。</p><p><br></p><p>夜の色恋は想像できても、世のパンピがどうやって恋愛になってるのかなんて知らないし、どうやって恋愛になったのか、その起源のアダムとイブしかしらない、いんきゃキリスト教徒に過ぎない。</p><p><br></p><p>愛ってなんなのかわからない。キリスト教では、愛は無償の愛とか色々ある！ってのを知ってるだけで。</p><p>青春小説で恋愛をしるオタクの類義語時点に、いずれ私は載るかもしれない。</p>
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<link>https://ameblo.jp/oko0/entry-12962730439.html</link>
<pubDate>Sun, 12 Apr 2026 06:23:41 +0900</pubDate>
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<title>日記 １</title>
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<![CDATA[ <p>※<font size="2">一度書きの殴り書きなので、文章の下手さは容赦してください。</font></p><p><br></p><p>日記を書こうと思う。</p><p><br></p><p>けれど、「どこどこに行って楽しかった」「友達と遊んで楽しかった」とかは書けない。</p><p>最近、友達と遊んでないからだ。</p><p>そういう現実がない。</p><p>現実にあるのは、自分にはなにもないような感覚だけ。</p><p>そう思うことだけが唯一の、現実感みたいなものになってる。最後に会ったのは、2月28日。話も弾んだし、「また遊ぼう」と言われた。でも、曖昧に答えた。</p><p><br></p><p>友達と遊ぶことが怖いのだ。「友達と遊ぶ」と考えると、まず自分の持っている友達を思い浮かべるはず。でも、私にはいない。そのかなしい現実に突き出される。</p><p>厳密にはいる。いるはいるけど、「友達」と呼んだら、相手に申し訳ないと思ってしまう。たくさん、そして仲良い友達がいるだろう相手の、「友達」の意味を、その平均値と偏差値を下げてしまうような思いがしてしまう。</p><p><br></p><p>相手はたくさん話を振ってくれる。楽しいことを共有してくれる。幸せなことだ。しかし、自分は相手の話を広げることしかできない。広げるといっても、それは、相手の話を借りて、自分の引き出しのなさを隠してるようなものだ。</p><p><br></p><p>そうだ、相手が話を出して、こっちも楽しくさせてくれようとするけれど、でもそれは一方向で、自分は自分の楽しいをお返ししていない。</p><p><br></p><p>相手が</p><p><br></p><p>「バイト仲間の男の子、女の子と飲み会してね、それでその女の子は彼氏と高いフレンチに行ったらしくて、でも男は無職だから女の子が払ったらしいんだよ」</p><p><br></p><p>と言う。</p><p><br></p><p>おもしろい。自虐的で笑えるし、バイトしてない私に、ああ仲間がいるんだ、と安心感をくれる。</p><p><br></p><p>私は</p><p><br></p><p>「バイトか、俺もしてないんだよね、しようかな〜」</p><p><br></p><p>なんて返したりする。嘘だ。する気なんてない。してないことを、しようと考えてる、というマシな方に変換しようとしてる。</p><p><br></p><p><br></p><p>「いいじゃん、始めたら。俺も遅く始めたから」</p><p><br></p><p>続いて相手は</p><p><br></p><p>「俺バイトでこのぐらい稼いで、資格もとってさ、将来この職つきたいんだ！もうそろ内定もらえるかも」</p><p><br></p><p>と話してくれる。</p><p><br></p><p>友達の喜びは、私の幸せになる。素晴らしい友達をもってる私も、底上げしてくれる気分になる。同時に、かなしくもなる。</p><p>うん、私にはなにもないんだ、</p><p>といつかの論理学の授業よりも説得ある形で、証明されてしまう。</p><p><br></p><p><br></p><p>いつの日か地上波で観たドラマ、『どうせ死ぬなら、パリで死のう。』を思い出す。</p><p>主人公の哲学の教授を目指す男が、明日のない日々に、超ネガティブの悲観主義シオランの、人生を全否定する言葉に触発される。</p><p><br></p><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20260410/23/oko0/2b/6a/j/o1080081015770073561.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20260410/23/oko0/2b/6a/j/o1080081015770073561.jpg" border="0" width="400" height="300" alt=""></a></div><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p>その哲学者はいわゆるメンヘラだろう、自分にはなにもないと思ってる、けれど私は、名を馳せた偉大なその哲学者よりもない。</p><p>いいよね、そのメンヘラで売れたんだから、学者になれたんだから、とメンヘラムーブをかましちゃう。</p><p>認めたくないけど、売れないメンヘラなんだよ、こっちは、と。</p><p><br></p><p>『どうせ死ぬなら、パリで死のう。』の主人公は大学の非常勤講師。</p><p>作中では、非常で授業をして、常を求めて、色んな大学に願書を出す。一通返事がきて、預かった甥に「受かったんだ！」と励まされながら開封する。しかし、「不採用」。一々、一喜一憂させんな、送ってくんなとヘコむ。</p><p>死刑宣告しなくていいだろ、と。</p><p><br></p><p>私はこれを観て、いっしょにヘコんだ。</p><p>どんな感動青春映画をみたときよりも大きく。まさしく、ぶつかりオジサンと化した現実の壁に直面した。どうしてこんな嫌なんだろう。そう思うけれど、ヘコんだ理由はわかってる、わかりたくないけど。</p><p><br></p><p>私は、主人公のように好きなことを突き詰めたい。好きなことで稼ぎたい。いや、稼ぐことより、好きなことだけで暮らしていたい。嫌いが、私の構成要素にあってほしくない。</p><p><br></p><p>もしも。</p><p>「将来に悩む」と相談する高校生あれば、</p><p>「いや、好きなことをしていたらいい。何事も道がある。アニメオタクでも、アニメの研究者になれる」と思うけれど。デクノボウと呼ばれてもいいだろ、好きなことだから。</p><p><br></p><p>そう自信ありげでありつつも、わたしも、将来に悩む、迷える羊だ。</p><p>自発的じゃないデクノボウのように、迷えても、導く犬がほしいとばかり思う。</p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p>私にはなにもない。リアルがない。あるとすれば、たまに個展にいくこと。あとは、行きつけの喫茶店があるぐらいだ。だけど、そこでも心臓めがけ現実で刺される。</p><p><br></p><p><br></p><p>そこは入った瞬間、タバコの煙が嗅覚に満たされる。そのすぐに、コーヒーの香りが追いつく。</p><p>私は産地なんてしらないのに、飛行機に乗らずして、私の鼻に旅情をさそってくれる。</p><p><br></p><p>なんだか、母国の南米に向け、「ママ、ここにいるよ」と言っているよう。</p><p>日本の地下に向けた声が届かぬとしると、放った芳香が、店内を迷い巡る。</p><p>「残暑の候、これから、晴れてコーヒーになります、今までありがとう」</p><p>せめて母に聞こえなくとも、と豆が振り搾った液に涙がまざる。</p><p><br></p><p>そこで私の意識は日本へ引き戻される。出征祝いの豪華な食事を思わせる、焼けた豆の香りが残った。</p><p><br></p><p>一人席に座り、小説を読む、勉強からの逃避行に、物語で旅する。……ああ、これもリアルがない、実際旅してないけれど。</p><p><br></p><p>別に大層な小説を読んで、難しい顔してるわけじゃない。</p><p><br></p><p>歌舞伎町でゲイバーで働くイケメン、キャバ嬢、普通の会社員が三角関係になる小説。</p><p>手術で子供を産めない女の子が、ある日彼氏の浮気相手に「子供を育ててくれ」と言われ、私が唯一愛していたのは飼犬なのに、となる小説。</p><p><br></p><p>近くの仲良さそうなカップルを横目に、彼女いない鬱憤を晴らす。</p><p>カフェで前戯すんなよ、小説のこの人たちみたいになったらおもしろいのに、って。</p><p><br></p><p><br></p><p>他のカフェと違って、そこは穴場の個人経営店で、本を読みやすい。時間を気にしなくて済む。</p><p><br></p><p>それにマスターが話しかけてくれる。</p><p>前なんて、閉店後から深夜2時まで、二人きりで話した。</p><p>カップルの話し声がなくなり、店内に響き渡るレトロの洋楽がクリアにきこえる。</p><p>私以外へ向けられた視線。それをかいくぐって、しかしそれに囲まれて一人読む小説。</p><p>ひとりでアンティークの机を独占していた場所が、一気に、マスターの意識が注がれる空間へと変わる。</p><p>まるで、コーヒー通に厳しい目で選ばれた豆のように。</p><p>そして初めて気づく、そうだよね、ここは機能じゃなく、一人の生身の人間の、生を営む場所なんだ。</p><p><br></p><p>それからは、マイケル・ジャクソンが〜、Princeが〜、アラン・ドロンが〜。</p><p>そんな話をして、私の昭和興味をくすぐってくれる。昭和の父母の話を聞くかいがある。父母の教えてくれる昭和のことを言い、マスターを介して、父母とつながった感覚がある。</p><p><br></p><p><br></p><p>私は、まるで、警察の目を盗んで集会した共産主義者の密談の気分になる。</p><p><br></p><p>知識ない私はほとんど話を聞いてるのに近いけど。</p><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20260410/23/oko0/7d/94/j/o1080068515770073563.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20260410/23/oko0/7d/94/j/o1080068515770073563.jpg" border="0" width="400" height="253" alt=""></a></div><p><br></p><p><br></p><p><br></p><p>洋楽、昔の映画、スーパーの話が終わり、ひとつ息を吸う。</p><p>二人同時にタバコにくちをつける。</p><p>立ち上るそれが、その場の空気を、きまずさを中和する。</p><p>吐く煙が沈黙を破ると、マスターが言う</p><p><br></p><p>「大学はどう？」</p><p><br></p><p>私は答えに詰まる。本来、話を続けるために使う「そうですねぇ…」を、戸惑いを隠すために。</p><p><br></p><p>「大学全然行ってないですね、最近小説読みたくて、俺不器用なんで」</p><p><br></p><p>と返す。これを3日ぐらいリサイクルした、ゴミみたいな返しを。</p><p><br></p><p>マスターが「そうだ、研究者になりたいんだもんね、大変だよね」と、ありがたくつないでくれる。歳下の特権を感じる。</p><p><br></p><p>逃避行の喫茶店でも、私は現実を思い出してしまう。しかし、嫌いではない。マスターは、日本にスタバ一号店ができた当初から、コーヒーを愛していた。コーヒーをつきつめ、今も自らの喫茶店をまもってる。マスターの働きぶりをみると、ああ、私も負けらんないな、と元気をもらう。</p><p><br></p><p>研究者というのは大変だ。</p><p>「研究者」の文字をみると、大体の人は教授を浮かべるだろう。</p><p>しかし、教授はトップである。自民党における総理大臣。なれる人はひと握り。しかも、どんなに能力があっても、運の世界だ。いつ、大学にポストが空くのか、募集するのかわからない。その少ないポストを巡って、多くの有能があつまる。</p><p><br></p><p>それに研究者は、大学を出て、大学院に行き、その次に弟子のようなものになる。ほぼ無休で無給、残業ありまくり。そう言われる。しかも、名刺に書くのは「学生」と同義の言葉だ。きっと世間体も悪い。受け取った相手は「あっ、無職…」と戸惑う。</p><p>晴れて教授となれるまで、給料がホントに少ない。「研究者はお金持ちの道楽」なんて、昔言われてたぐらいだ。</p><p><br></p><p>外に出て、通勤する社会人。民間企業に働くことになる友達。</p><p><br></p><p>私はそれらに出くわすと、自分が何者にもなれないんじゃ、と地面にうつむく。</p><p><br></p><p>住所不定の野良猫よりも、生を全うしていない。彼らのように、ご飯を前に喜べない。私にしては、そのご飯は、労働を取り立てるウシジマくんみたいに見える。</p><p><br></p><p>私が友達のように将来を考えるとき、それは先を見るのではなく、より先の死をみて悲しみ、その傷口から死神が覗くけれど、私は死神になにも返せないし、返すべき生すらまともにない。</p><p><br></p><p><br></p><p><br></p><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20260410/23/oko0/58/c6/j/o0640029415770073564.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20260410/23/oko0/58/c6/j/o0640029415770073564.jpg" border="0" width="400" height="183" alt=""></a></div><p><br></p><p><br></p><p>ここには、教授となるまでの茨の道がある。</p><p>私は「将来」との文字にふれ、この圧ある多くの言葉に押しつぶされる。</p><p>けれど、実際は、この4つ以上にある。細かくより多くある。そして、それらは、社会からは「無職」を向けられる。内側からは無給と、多い仕事量を。同僚からは、無能との目を。</p><p><br></p><p>あとね、「大学の入学式行った！」「友達できた！」って言ってる新大学一年生みると、心がくるしい。キラキラしてる。むり。</p><p>その光り、昼間に河川敷で光合成してるオジサンと同じ仕組みであってほしい。頼む、プライドなんてないから土下座する。</p><p><br></p><p><br></p><p>続きはまた書くかもしれない。</p>
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<pubDate>Fri, 10 Apr 2026 23:35:01 +0900</pubDate>
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