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<title>コア大久保英語教室のブログ</title>
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<title>女性がslaveの国、ニッポン</title>
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<![CDATA[ いったいいつ日本は男女同級、同賃金が<br>当たり前の国になれるのか？<br>そんな日本にとってはるかに遠い未来社会が、<br>欧州先進国ではもう50年近く前に実現。<br>アメリカでさえ日本同様実現不可能？<br>だから女性は肌を露出して男に媚びるしかない…<br><br>当然そんな国では男性が女性に負けないよう知識、教養を身につける必要もない。<br>つまり永遠に男が子ども社会 ＝ 国全体が成長することもない<br><br>本当の先進国からどんどん引き離されていくしかないのだろう…<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140318/11/okubo2299p/5d/cb/j/o0800106612878954788.jpg"><img width="400" border="0" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140318/11/okubo2299p/5d/cb/j/o0800106612878954788.jpg"></a><br>
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<pubDate>Tue, 18 Mar 2014 11:26:39 +0900</pubDate>
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<title>外国人児童から学ぶこと</title>
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<![CDATA[ 毎週いろいろな国をルーツにもつ子供たちと接し本当に学ぶことが多い。<br>親が外国人だとやはり文化を常に比較している。<br><br>この比較が人を成長させるのだろう。<br>人は旅をすると多くのことを学ぶ。<br><br>現代人はこの旅をせずネットに依存したときから、人間が成長しなくなったのかもしれない。<br><br>誰かと比べるのではなく、人生、民族、社会を比較できない人は、言語を学んでも本当に理解しいているとは言えない。<br><br>だから日本の試験にも偏差値にも私は興味ない。<br>
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<pubDate>Sat, 15 Mar 2014 06:12:57 +0900</pubDate>
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<title>文型は木の幹。</title>
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<![CDATA[ 英文を見た時、それが木の幹、枝葉のようにくっきり見えればもんだいないのだが…<br><br>なぜ多くの日本人が暗記型勉強が勉強だと思い込んでいるのか…
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<pubDate>Sat, 15 Mar 2014 06:07:05 +0900</pubDate>
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<title>期末試験に付き合って…</title>
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<![CDATA[ 先週は徹夜続き…<br>その理由は中学生の問題集の解説に疑問だらけで、編集し直すときりがない。<br>なぜこんなにも日本語教育と英語教育は異なるのか!!<br>前者が単純明解、実用的、短期学習→即戦力としたら、<br>後者は複雑怪奇、学者言葉の羅列、文法、表現の永遠紹介、大学卒業しても移民レベルのコミュニケーション力もない学習到達度。<br>ただ試験結果では国際的に到達度が評価されるかもしれない。<br><br>しかし試験問題通りの英語でなければ聞けない、話せない不思議な民族か？<br><br>とにかく英語の問題集も何度も中断して、再開したくないと思うような嫌気の指す問題ばかり。<br>なんでこんな面白くない問題をやらされるのだろうか。<br>だいたい正解がある問題の答えを隠して答えを見つけさせる…<br>その事に誰も異議を唱えないのだろうか…<br><br>私の中１の教師は異議を唱えて、実用英語を教えようとしてPTAに飛ばされたが、この事件が私に与えた影響は大きかった。<br><br>そして私は実用英語の道を選び、次から次へと転職しても好きな仕事を思いのままやらせてもらい人生に悔いはない。<br>やっぱり学生時代の勉強ってやりたい仕事につくための売りでsしょ。<br>いわゆるセールスポイント。<br><br>サラリーマン生活に未練がない今、こんなにのんびりしていていいのだろうか…<br>と思うが自分と同じように、将来好きな仕事に就けるよう身近な人々を応援していきたい！<br><br>今日は久々茨城へ日帰りで行ってきた。何をしてきたかって？<br><br>もちろんいつも夢の実現ですよ♪<br>毎日が夢の実現。今日は廃墟の床をつるはしで叩き割り地面を確認。<br>そこにけやきを植えるんです。<br>あの昭和記念公園の大きな木のように。<br><br>木の寿命は長い。<br>私が作るのは  tree in house<br><br>よくツリーハウスというアメリカの父親が子供につくってあげるものはあるけど、あれはなんだか木がかわいそうで私にはできない。<br><br>けやきはすでに苗木を去年裏崖に植えておいたんだけど、次回は斜面を登って移植しましょうか？<br><br>写真もけいさいできればいいけど…<br><br><br><br><br><br><br>
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<pubDate>Sun, 09 Mar 2014 21:24:50 +0900</pubDate>
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<title>なにもかも一つにまとめるという効率化</title>
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<![CDATA[ <p>時間がないと家が散らかる。</p><p>それが数年続いている。</p><p>昔は自分の頭で考えることがすぐ行動できたからそれは防げた。</p><p>年をとるとそれができなくなるらしい。</p><br><p>このままではいけない。</p><br><p>中学生たちと付き合うようになって自分が若返り始めている。</p><p>なんだか楽しい。</p><p>中学3年間はいじめられ続け（実際には小６転校時から）、3年でついに切れた。</p><p>その後大学に入っても社会に出ても、トラウマが影となって離れなかった。</p><p>だから中学時代が楽しいわけがない。</p><br><p>なのになぜか中学生に戻りたい気分。</p><p>そして一番に戻り始めたのが中学時代の英語勉強法。</p><p>今の中学生が与えれている教材や彼らの考える力は当時の自分とあまりにもかけ離れている。</p><p>しかしこの新宿で出会う外国人児童たちはなんて吸収力があるんだろうと思うほど。</p><p>この違いは、与えられすぎと物足りなさ、知的欲求心の違いだろう。</p><br><p>日本の子供が幼いのは（今は大人も）、日本が子供を子供にしておきたい文化だからか。</p><p>ベルギーでは親子、教師と生徒間では問答（教育）が当たり前。</p><p>子供を大人にするための教育。</p><br><p>たぶん日本人は子供をペットのように可愛いものに作り上げたいのかもしれない。</p><p>一方欧州北部ではベビーシッター文化だから、子供と大人は分離された社会。</p><p>子供は当然大人になるもの。</p><p>なぜ大人の教育を与えてはいけないのか。</p><br><p>多文化共生センターであるときロシア人の小学生に出会った。</p><p>低学年だったが彼は既に新聞を読んでいたからなにを読んでいるのか聞くと、</p><br><p>「株の動き」　　　（絶句！）</p><br><p>彼は既に株の動きを読め、それを毎日チェックするのが習慣。</p><p>これを教えたのが埼玉に住む日本人。</p><p>親が日本語を話せなくとも子供がこれほど早くから社会勉強をしていたら、いつでも自立できるだろう。</p><p>すばらしい！</p><br><p>なぜ日本の社会は可愛いグッズで子供をおもちゃにしたがるのだろうか。</p><p>親はペットでも飼えばいいのに。</p><p>とにかく学校を中退した子供たちが皆自立できることを願う。</p><p>勉強はいつから始めても遅くない。</p><br><p>最近「質問家」が職業という人の記事を読んだ。</p><p>「相手のためになることを問いかけ、やる気や能力を引き出す質問の専門家」らしい。</p><p>今はネットでいろいろな職業が生まれる時代だが、質問の奥深さから読者は2万人を超えるらしい。</p><p>不思議な国だ。</p><p>だってそんなQAはフランス系文化なら当たり前の現実だから。</p><p>アリストテレス、ソクラテス、プラトン．．．</p><p>やはり哲学、宗教に根ざし、歴史が街のあちこちに現存する環境で生まれ育った人々はアジア人とは全く異なる。</p><p>なにもかも焼失し、技術で国を再生した国に足りないのはこういった文化かもしれない。</p><br><p>今日の新聞から。</p><p>ビジネスの成否を決めるプレゼン。　ITを駆使したプレゼンが全盛のなか、アナログな手法が全国の企業や団体の研修で引っ張りだこらしい。</p><p>「KP法」（紙芝居プレゼンテーション）と呼ぶらしい。</p><p>この人の経歴は面白い。</p><p>野鳥観察ガイドとしてのプレゼンに対する評価が「ただの物知りのお兄さん」でしかなかったと気づいた。</p><p>「言ったら伝わる」は伝える側の傲慢。</p><br><p>　　　（これってまさに日本の学校の先生たちじゃない？）</p><br><p>そこで「知る」と「行動する」の大きな溝の埋め方を研究したらしい。</p><p>写真も一切ない紙切れだけ。　　　　（これが昔の英語の教科書なんですよ）</p><p>多くのプレゼンでは『たくさん伝えたい病』が蔓延している。　　（まさに今の学校の教科書）</p><br><p>そして彼は今外国人に日本の自然を教え、いまも第一線に立つらしい。</p><p>「みんなが参加することで社会をかえる。　行動する人を育てないと」　ー　これが最後の言葉。</p><br><p>すばらしい！</p><p>私はこんな人が好き。</p><p>今日も素敵な人に出会えた！</p><br><p>英語の勉強法にはいろいろある。</p><p>どれがどの生徒に一番いいかはわからない。</p><p>自分にいい方法は自分で見つけるしかない。</p><p>だから私が作り直す教材は自分が中学時代に自然と教科書に書き込んでいた方法。</p><br><p>ものぐさな私は、</p><p>なんでも一瞬にひと目で視界に入るものが必要。　目をあちこち動かすなんて気が散る。</p><p>だから学校の教科書のように、タイトル、副題見て、写真の添え書き見て、下の注釈みて右や左の順不同の単語の意味や発音記号見て．．．</p><p>ぐるぐるぐるぐる目を回して時間を無駄に使うのは大嫌い！</p><p>先生はいつもそんな指導をしていた。</p><br><p>一つにまとめろよ！</p><br><br><br><br>
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<pubDate>Fri, 28 Feb 2014 13:01:11 +0900</pubDate>
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<title>期末試験真っ只中！</title>
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<![CDATA[ <p>子供たちが期末試験中。</p><p>学生と付き合うと、本当に一年中忙しい。</p><p>子供は中間、期末試験、ミニ試験、公開試験等などいつも時間に追われている。</p><br><p>そういう環境から抜け出した大人は勉強しないのかも。</p><p>だから今の時代大人と付き合うより、子供と話している方がはるかに優秀で感銘を受ける。</p><br><p>ああ、新聞記事がどんどん溜まっていく。</p><p>英字新聞もまた溜めてしまった。</p><p>いかん、いかん！</p><br><p>さて今は高校中退が非常に多いらしい。</p><p>高校の授業料を自分で稼いでやっと高校生活ができるアメリカの高校生たちに比べ、日本はなんて裕福な国なんだろう。</p><p>いじめ、不登校は自分も経験があるがいつも学校をやめたら働かなければならないという自覚ぐらいあった。</p><p>親の家に住んでいるとはいえ、自分で稼いで超プロフェッショナルな専門学校も出た。</p><p>この専門学校、家族経営だったため今は倒産してしまったようだが、学長は同時通訳第一人者の有名人と同期。</p><p>講師たちはすべて一流の外資系会社で秘書としてキャリアを積んできたベテラン揃い。</p><p>どの会社でも一度卒業生を雇った会社は次の新入社員もお宅でお願いしますという依頼をするほど。</p><p>その当時の売りはやはり速記だろう。</p><p>実用語学力の確認テストとして速記は総合力が問われるものではないか。</p><p>まず聞き取った内容を速記で書き取り、その後タイピング。</p><p>タイピングもノーエラーで超速で打てなければ2年間同じページを打ち続けなければならないほど。</p><p>つまり１００％完璧でなければ合格できないのが毎日の課題。</p><p>時間と正確性、どちらも欠けてはならない。</p><p>聞き取りミスもスペルミスも許されない。</p><p>会話力は嫌でも会社に入れば上達するからと毎日毎日速記の授業が優先された。</p><br><p>しかしなにより為になったのは、先生たちの授業中のおしゃべり。</p><p>おしゃべりといっても現実社会での話ばかり。</p><p>なにも恐れない。</p><p>なんに対しても挑戦する、そんな姿勢が身に付いたのはやはり外資系育ちの先輩たちの姿勢からだろう。</p><br><p>付き合うなら異なる国、社会でいろいろな経験をしキャリアを積んできた勇士たち。</p><p>「企業戦士」ってかっこいい言葉に聞こえるけど、一つの会社で何十年もいたような人からなにが学べるだろうか。</p><p>限られている。</p><p>固定観念には縛られたくない。</p><br>
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<link>https://ameblo.jp/okubo2299p/entry-11783813802.html</link>
<pubDate>Fri, 28 Feb 2014 12:44:03 +0900</pubDate>
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<title>固定観念からの脱却</title>
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<![CDATA[ <p>日本人は絶対的に単語量も聞く力も足りない。<br>10年近くも英語を勉強してきたにも関わらず…<br><br>ベルギーのある仏語教室でのこと。<br>ある有名大学の初級問題集の答え合わせをしていた時、<br>堪忍袋の尾が切れた私がとうとう言ってしまった！<br><br>「先生！ こんな文、いったい いつ 言うんですか？」<br><br>そして、その先生は深いため息をついたまま問題集を一瞬閉じ、目で私に同意してくれた。</p><p>実は先生もこんなバカバカしい例文の羅列を教えることに嫌気がさしていた．．．と私は見た。</p><p><br>その後日本人生徒たちはまたなにもなかったように答え合わせを続けたが、<br>先生はどう考えても一生使わないような例文に対していちいち</p><p>「こんな文は言わない」（ 消していい、覚える必要はない）とコメントしてくれるようになった。</p><p><br>しかしその後、文法の勉強が終わったらいつも通りLL教室への移動。</p><p>カリキュラムに組まれている以上、流れてくるテープにはすべての（くだらない）例文が入っており、</p><p>私たちはすべてを言えるように（一生言わないような）例文をリピートするしかなかった。</p><br><p>毎週2年近くも実用性のない問題集の宿題に莫大な時間をかけてきた私たち…<br>町の人々と会話すらできない私たち<br><br>それが先生の授業が変わったことにより、私たちも変わった！<br>どんどん会話力＝作文力が身についてきたのだ!!</p><p>作文力といっても問題集のくだらない書き換えではなく、実際に使える言葉だ！<br><br>その後授業が終わると毎週先生とお昼を食べに行くようになり現実の世界でカフェで働く人たちと会話を楽しむようになった。</p><br><p>もちろん皆がまずどこでも使えるようになったのは「お薦めはなんですか？」</p><p>そうなるとどこのレストランでも一人で入り、この言葉をやたら使うようになる。</p><p>つまり行動範囲が一気に広がった。</p><br><p>カフェの従業員は外国人からのそんな質問に笑顔で答えてくれる人も多いが、時には．．．</p><p>「えっと．．．」と戸惑う人も。</p><p>確かにお茶しかないドリンクメニューしかないカフェでそんなことを聞かれても当然かぁ。</p><br><p>とにかく現実につながる勉強は楽しい！</p><br><br><br><p>私が教師に向かって何でも疑問をぶつけるようになったのは、おそらく同時に始めた英語の夜間クラスの影響だろう。<br>外国で現地の言葉を勉強する場合、クラスメートはその国から見た外国人ばかり。<br>しかし夜間英語クラスでは周囲は現地人ばかりだった。<br>ほとんどが仏語が母語のベルギー人だらけ。<br>完全なフランス文化だ！<br><br>そして先生の発言をさえぎるように次から次へと勝手に発言する生徒たち…<br>とても授業が進められない状況ではないか!!<br>しかし疑問に思ったらなんでもその場で問うのが本来の教育のあり方ではないか。<br>それを教師がさえぎるのは答えを準備していないから。<br>生徒に教室を占拠されないためには教師はどんな質問にも答えられなければならない。</p><br><p>軍隊教育の日本でもそんな授業を楽しめる日がいつか来るのだろうか。<br>少なくとも外国語の授業ではそうなってほしい。</p><p>そうでなければ先生は永遠に生徒の「わからない」がわからないから。</p><br><p>初中級クラスで文法を教えるための例文が非現実的なのはわかっている。</p><p>自分もいくつかの日本語学校で初級レベルの例文を嫌というほど見てきた。</p><p>どれも限られた言葉だけを使った非実用的な例文ばかり。</p><p>例文をあらかじめ準備して作っていかなければならない日本語教師もたった3つの例文を作るだけでも一苦労。</p><p>なぜならもしそこに未知の単語、表現が加わっていたらNGを出されるから。</p><p>加えてはいけないことはない。</p><p>それを一瞬で理解させられるなら。</p><p>だから絵カードや写真を用意したりジェスチャーで教えたりするがそんな授業をやっていて、どれだけの時間を浪費するか．．．などと考える教師はいるのだろうか？</p><br><p>しかし「初級ではこれが当たり前」という固定観念がある限り、学者さんたちが作り上げた世界を変えることはできない。</p><p> </p><p>特に固定観念に縛られ、固定観念の中で死んでいく日本人には．．．</p><p> </p><p>これが英語教育にも言える。</p><p>いや日本語教育よりもっとひどいかも。</p><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/okubo2299p/entry-11783670485.html</link>
<pubDate>Fri, 28 Feb 2014 09:33:41 +0900</pubDate>
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<title>なぜ発音にこだわるのか．．．</title>
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<![CDATA[ <p>外国人の話す言葉が聞き取れれば、単語を並べるだけでもコミュニケーションは成り立つ。</p><p>しかし普段外国人の会話を聞く環境にない日本人には相手の話す言葉がわからない。</p><p>なにがわからないのか。</p><p>どうしたらわかるのか。</p><br><p>単語ごとに言葉を切り、リエゾンしなければわかるのだ。　リエゾンは仏語だけではない！と思う。</p><br><p>そう、それはベルギーのある外国語専科大学、土曜日のフランス語コースでのこと。</p><p>ここには日本人講師が文法講師を務める日本人のための仏語コースがあった。</p><p>そこに集まるのはだいたい駐在員妻と駐在ビジネスマンたち。</p><br><p>（ビジネスマンといっても日本人通訳がいたり、日本語を話す現地社員がいるような会社の社員はまず勉強しない．．．ようだ）</p><br><p>当然会社で現地語を話す必要があるビジネスマンや大使館員たちは必死。</p><p>しかし日本で仏語を中級以上のレベルまで勉強していないと欧州での初級コースにはついていけないだろう。。</p><p>入門レベルでも日本人には難しいだろう。</p><br><p>ある学校では読み書きはできても全然聞けない、しゃべれない日本人たちに向かってついに教師が切れたそうだ。</p><p>そして「あなたたちはもう明日から来なくていい！」と言い残し、激怒して教室を出て行ったらしい。</p><p>（しかしその教師の言葉が彼らに理解できたであろうか．．．）</p><br><p>自分が通っていた学校では土曜日とあってなかなか現地人教師が見つからない。</p><p>だいたい新人がそういった授業を任されるが、どの先生もあまりに日本人が言葉を聞き取れないので、どうしてよいものか．．．と一人、そしてまた一人と消えていった。</p><br><p>そしてある日定年近いベテラン教師がやってきた。</p><p>彼女はさすが経験豊富で教え方もうまかった。</p><p>しかし何期にも渡り毎週土曜日にまじめに通ってくるのに、いつまでたっても仏語が聞けない日本人たちに同情しながらも、どうして聞けないのかわからず超スローモーションで話すようになった。</p><br><p>これはどの教師も同じだった。</p><p>日本語学校の教師もによくそういう先生がいる。</p><p>これは「語学学習に最適！」と売り文句をつけて売り出されているCDプレーヤーと同じである。</p><p>ゆっくり音声が流れたからといって聞けるものではない。</p><br><p>だから言ってあげた。</p><p>「単語を一つ一つ区切ってリエゾンしないで話してください、わからない単語はいちいち板書してあげてください」と。</p><p>いつもの私の「生意気な発言」．．．とは取られなかった。</p><p>なぜなら実際先生がそのようにするとこれまで全然聞き取れなかったクラスの生徒たちが聞けるようになったからである。</p><br><p>ベルギーでボランティアで教えてもらっていたお婆さんはフランス出身で、ベルギー人のフランス語もカナダ人のフランス語も「聞けたものじゃない」といつも言っていたが、生粋のフランス人で音にこだわる人なら少しでも母音が違ったり、アクセントが強すぎると耳が拒絶反応を起こすのかもしれない。</p><br><p>日本でもボランティアで日本語を教えているお爺さんが「自分は変な日本語を聞くと気持ち悪いから全部直す！」と細かく発音矯正をしていたが、人それぞれだろう。</p><br><p>自分もこの大久保にいてやはりアクセントが強すぎたり、発音が非常に気になる日本語を話す外国人の日本語には慣れないし、長時間お話するのはちょっと．．．と遠慮してしまう。</p><p>だから親しく付き合うことはない．．．だろう。</p><br><p>ごめんなさい。　　　m(._.)m</p><br>
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<pubDate>Tue, 18 Feb 2014 18:12:34 +0900</pubDate>
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<title>世界から日本を見る</title>
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<![CDATA[ <p>日本という小さな島国がある。</p><p>アメリカという大きな島国がある。</p><p>両者の共通点は同じ価値観、教育で統一されている民族が暮らす、ということか？</p><br><p>一般の人々が「外国」を意識するのは何歳ぐらいからだろうか．．．</p><p>私の場合？</p><p>物心ついた頃からアメリカ映画に完全に洗脳されていた。</p><p>当時関西では毎晩深夜からアメリカのテレビ映画　―　宇宙大作戦や超人ハルク、チャーリーズエンジェル（現在D-lifeで再放送）、そして数々の西部劇から戦争映画、ベストヒットUSA．．．</p><p>子供時代からそんな環境にいた私は完全吹っ飛んでいたのかも。</p><br><p>確かに学校でも「変わった子」だった。</p><p>頭の中でどんな影響が起きていたのだろうか？</p><p>おそらく日本文学も広大で小さなことを気にしないアメリカ的な大らかな文化から見れば、暗くて狹い、しかしながら奥の深い文化と写っていたのだろう。</p><p>この「比較」が今の子供たちにはない。</p><p>異文化に興味を持たない子供たち。</p><p>まずそこから変えよう。</p><br><p>～～～～～～</p><br><p>新聞の国際欄から世界情勢を知る。</p><p>日本と比較。</p><br><p>ここまで来たら次は、</p><p>世界から「日本」という島国を見て分析できるようになろう！</p><p>君たちの住んでいる世界は本当に小さな小さな箱の中。</p><p>文字や映像で見える世界、人々と実際に語り合うには共通の言語が必要。</p><p>だから勉強するのでは？</p>
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<pubDate>Sun, 16 Feb 2014 11:47:32 +0900</pubDate>
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<title>大久保ってどんなとこ？</title>
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<![CDATA[ <p>大久保はまさに外国人の街。</p><p>新大久保駅を境界に西は中国人、東は韓国人が多い。</p><p>その新大久保駅から東に大久保通りの人混みをかきわけパチンコグランパ前を左に2分。</p><p>そこが私の住むマンション　－　プレジール新宿大久保</p><br><p>ここに引っ越して5年。</p><p>犬も猫も多い地域でもある。</p><p>大久保通りの人混みとゴミへの嫌悪感から地域で暮らす日本人たちには外国人に疎外感を持つ人もいるけど、多文化共生を提唱するこの地域。</p><p>異文化体験が日常の風景のこの街を楽しもう！</p><br><p>そして昨日の雪かき。</p><p>マンション前の道路をシャベルでせっせと雪かきしていると近所の人々とも自然と会話。</p><p>日本人の真似をして当然外国人も社会貢献。</p><p>そんな人々と出会えるのも楽しい。</p><br><p>うちのマンション周辺には留学生が多いが、今回出会った中国からの留学生は4月から日本の大学で福祉を学ぶらしい。</p><p>この大久保でよく社会学や福祉関係を学ぶ人に出会うが、自分の国でまだ発展中のものを学ぶために海外で出る、そんな動機が日本人には薄い。</p><p>それは現状に満足しているから？</p><p>だったら逆を行けばいいじゃないか。</p><p>日本の優れたものを世界に紹介する、それが旅行の目的であってもよい。</p><p>とにかく世界に出よう！</p><br><p>今回知り合った中国人も日本語が堪能。</p><p>留学生の日本語もどんどん日本人並の発音、アクセントになってきた。</p><p>すごい。　これなら日本の会社でも日本人顧客相手にサービスできます。</p><br><p>～～～～～～～～～～</p><br><p>かつて知り合ったアフリカからの難民たち。</p><p>彼らはもちろん国ではエリート。　政府機関で働き教育レベルも高い。</p><p>しかし全く異なる文化の日本に送り込まれ最大の難関は文字、特に漢字。</p><p>そこでもはや挫折。</p><br><p>当時たった１つの日本語学校でしか教育を受けていなかった私は当然教わった通りの教え方しかできなかった。</p><p>順序通りのカリキュラムに沿って学べない人に容赦なし。</p><p>4技能を同時に教えることになんの意味があるのか。</p><p>そんな発想すらできなかった。</p><br><p>嫌いなことがあるならそれをやらなくてもよい。</p><p>赤ん坊だってまずは耳。</p><p>そしてあらゆる音を真似ようと口の動かし方を自学する。</p><p>（この時にできるだけ多くの母音をもつ言語に触れさせるとよいだろう）</p><br><p>そして目が見えるようになって文字に興味を持つ。</p><br><p>大人が突然難解と思われる外国語を習得しなければならなくなった時、どうすればよいだろうか。</p><p>まず耐えられることから始めよう。</p><br><p>そこで面白い結果がある。</p><p>まじめに私が教える通りこつこつ勉強していたアフリカ人はいつまでたっても日本語が理解できない。</p><br><p>一方文字なんて見たくもないと拒絶し、はなれていったアフリカ人。</p><p>そんな彼と久々に会ったら彼は私の話す日本語もだいたいわかると言い、日本語を話しだしたのだ！</p><p>これには驚いた。</p><br><p>そしてどうしてもそのルーツが知りたいと彼の自宅を訪問。</p><p>難民専用の共同部屋にあるのは小さなテレビ。</p><p>どうやって勉強したのかを聞くと、朝から晩までテレビを見ていたとのこと。</p><br><p>なんて単純なんだ。</p><br><p>今やネットで世界中のラジオも聞ける。</p><p>しかし単語力のない人が学習するにはまずテレビ。</p><p>映像からは異文化も場面ごとの会話、相手の心理も読み取れる。</p><br><p>こんな単純な学習法を多くの日本人は忙しいと言ってやらない。</p><p>そして10年以上も義務教育で英語を勉強し、会話学校に何十万も支払う。</p><p>そして海外に出ても言葉が話せないかわいそうな移民としてしか扱われない。</p><br><p>こんな状況でよいのだろうか。</p>
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<link>https://ameblo.jp/okubo2299p/entry-11773487280.html</link>
<pubDate>Sun, 16 Feb 2014 10:51:30 +0900</pubDate>
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