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<title>前期高齢者１０１のブログ</title>
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<title>ネクラだと生きて行けないのか？</title>
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<![CDATA[ <p>先日街を歩いていたら、突然後ろから大声で「一寸、待ってくれよォ・・」と呼び止められた。</p><p>どきっとして振り向いてみたら何のことは無い、若者が誰かと携帯で話をしている会話上の大声であった。街を歩きながら大声で電話をする姿を見るようになってもう大分経つ。</p><br><p>小生は今、大学の聴講生になって学生の講義を傍聴させてもらっているが、キャンパスは勿論、教室内での学生達の嬌声は、天井を突き破らんばかりの大きなものであったりする。</p><br><p>こうしてみると、世の若者たちは本当に明るい。彼らは衣食全て満ち足りて幸福なのに違いない。だってネクラな若者なんて最近見ないもの・・・・・。</p><br><p>しかし一寸待てよ。じゃ何故中高生が飛び降り自殺をしたり、自殺者が年間３万人だったりするんだ？</p><br><p>彼らが表で見せる明るさって本物なの？明るくおどけているだけじゃないの・・・。</p><p>今は何となくそう思えて仕方が無い。</p><p>かつてテレビやパソコンが未発達の時代に、世間には「影」や「暗さ」と言われる部分があった。最大の「暗さ」は貧困であった。物理的貧困と言っても良い。</p><p>テレビが世に出だしてから５０年。その「影」や「暗さ」は無くなったのであろうか？</p><p>そんなことは無い。物理的な貧困問題は多少なりとも軽減されたが、代わりに精神的な飢えのようなものが最大の「暗さ」となっているように思う。</p><p>何をやっても精神的に満たされない日々。それをネクラと言われようがじっくりと考えつつ日々を送ることが、集団から離れられない彼らには出来ないだけだ。</p><br><p>街に囲繞する若者たちの大声は、本当は救いを求める声ではないのだろうか・・・・。</p>
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<link>https://ameblo.jp/old-anarchist/entry-10691480927.html</link>
<pubDate>Fri, 29 Oct 2010 22:52:36 +0900</pubDate>
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<title>生活の遠近法が歪んでいる</title>
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<![CDATA[ <p>「生活の遠近法」という言葉を知ったのは、井上ひさし（故人）の文章の中においてであった。</p><p>現代を評して曰く。　　「生活の遠近法が歪んでしまった」という。</p><br><p>具体的な事象としては、「有名人XXXの離婚は良く知っているが、隣人のことは知らない」といった状況を指して言っている。</p><p>物理的にはずっと近い筈の隣人のことは何も知らないのに、遠く離れた有名人の離婚経緯は良く知っているという事と、実生活と虚像生活とが未分離の状態となって、実生活上は何の関係も持たない有名人XXXの離婚騒動の方が、ずっと自分には深い関係のリアルなものとして感じられる状態を言っている。</p><br><p>こうした状況は、新聞やテレビの発達（？）によって世界のあらゆる事件が瞬時にして知りうるというマスメディアを肯定する面がある一方、本来はくだらない、どうでも良い事柄をこれでもか、これでもかと繰り返し報道するマスメディアの性癖が生んだ病症だと私は考える。</p><br><p>最近の事例で言えば、チリの落盤事故で埋められた３３人が一人一人カプセルで地中から救出されることになった。一番目にはXXさん（年令XX歳、趣味・・、子供XX人）、二番目はYYさん（年令XX歳、勤務XX年）・・・・・・</p><p>三十三番目はZZさん（・・・・・・）。こんな情報を一人一人顔写真入りで報道する必要がどこにあるのだろうか？</p><p>そんな暇があったら、尖閣諸島の中国船の悪行ビデオを探し出して報道することの方が、よっぽど重要ではないのか？</p><br><p>井上氏が書いているように、私には最近のジャーナリストの事柄への軽重（遠近）判断が歪んでいるとしか思えない。</p>
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<link>https://ameblo.jp/old-anarchist/entry-10688608328.html</link>
<pubDate>Tue, 26 Oct 2010 22:15:47 +0900</pubDate>
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<title>谷亮子議員の柔道引退の決断を評価しますか？</title>
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<![CDATA[ <p>表題のような設問が読売新聞のHPで展開され、アンケート募集をしている。。</p><p>現在の所、凡そ７０対３０で「評価しない」とした回答のほうが優勢であるという。</p><br><p>この件に関する私の関心事は、彼女の引退が妥当かどうかだとか、決断が</p><p>評価できるかどうか・・などといった事柄ではなく。</p><p>　　①何故、柔道引退の記者会見に小沢一郎が同席しているのか？</p><p>　　　　柔道引退だったら、柔道連盟に申し入れし、連盟の人間が同席して</p><p>　　　　会見するのではないのか？</p><p>　　②小沢一郎については毀誉褒貶は様々にあるものの、政治家としての</p><p>　　　　見識は高いと思っていたが、こんなタレント議員の本業引退会見に</p><p>　　　　同席するなんて、どのように自分を納得させて同席したのか、小沢氏</p><p>　　　　の真意は奈辺にあるのか。</p><p>　　③谷亮子は、柔道界からの引退に政治家大物を同席させるほど自己評価</p><p>　　　　が高いようだが、いつ頃からそんな錯覚に取り付かれたのか？</p><p>ということの方が知りたい事柄であるし、</p><p>同時にこうした常識外れの破廉恥な出来事に何の批判も加えずに、ただアンケート募集というやり方でお茶を濁していくジャーナリズムには、一体どういう神経をしているんだという怒りを覚えてしまう。</p><p>日本の民主主義がどんどん劣化している責任の多くは、ジャーナリズムのこうしただらしの無さにあるのだということの方が大きな問題である。</p><br>
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<link>https://ameblo.jp/old-anarchist/entry-10687468618.html</link>
<pubDate>Mon, 25 Oct 2010 20:02:15 +0900</pubDate>
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<title>円高は、日本にとって本当に不利なのか？</title>
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<![CDATA[ <p>人生も６０有余年生きていると、人様の言っていることも素直に聞けなくなってくる。その良い例が、「円高は日本の経済を駄目にする」という趣旨の報道に対する疑念である。</p><p>そもそも日本経済は輸出によって成り立っている国であり、且つ輸出の多くはドル建てでなされているので、円高即ちドル安になると輸出額が伸び悩み、日本経済がおかしくなるというのが報道機関の一貫した主張である。</p><p>でも本当にそうなのか？</p><p>我々は「日本は資源の無い国である。従って外国から資源を輸入し、それを加工したり製品化して海外に輸出し日本の経済を興隆させている」と学校で習わなかったか？</p><p>輸出額の伸び悩みと背中合わせの関係にある、輸入額の軽減はどうなっているのか？　輸出額が伸び悩むと同額で輸入額が低下するならば、日本にとっての実入り（付加価値額）は、変わらないということにならないか？</p><p>確かに日本で有数の企業は、自動車、軽電機などいずれをとっても「輸出企業」と言われるものである。</p><p>これらの企業にとって見れば、今日の円高推移は企業収益をおおきに圧迫しているのだろう。しかしだからと言って、それが日本経済の全てではない。</p><p>日本の報道機関が、こうした一部の企業の意見だけによって全体を組み立てているのではなく、今はニンマリと笑っているだろう輸入企業の状態も見据え、全体を十分に検証した上で円高論議を展開されていることを信じたいものである。</p>
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<link>https://ameblo.jp/old-anarchist/entry-10686774885.html</link>
<pubDate>Sun, 24 Oct 2010 23:10:42 +0900</pubDate>
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<title>原　節子って知ってる？</title>
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<![CDATA[ <p>昭和を代表する美人映画女優といったら、何と言っても原節子です。</p><p>吉永小百合を第一位に押す人がいるがとんでもありません。</p><p>第一、吉永小百合の代表作って何？　「キューポラのある街」しかないじゃないか。</p><p>それに比べたら原節子の場合は、小津作品の「晩春」「麦秋」「東京物語」「秋日和」「小早川家の秋」、成瀬作品の「めし」「山の音」、今井作品の「青い山脈」といった具合に未だにテレビで再放送され、ビデオが売れている作品が並んでいる。</p><p>最近、貴田　庄という映画評論家が「原節子　あるがままに生きて」という随想が出版されている。</p><p>その中で、「めし」を撮り終えた後に監督の成瀬氏と原節子の会話が記されているが、</p><p>　　成瀬：上等な白米なのに、どうも薪も悪いし、焚き手も悪くて、おいしい御飯にたけなかったかも知れません</p><p>　　　　　　けど・・・・</p><p>　　原　：良い薪を使って頂いて丁寧にたいて下さったのに出来が悪いので調べたら、白米だと思っていたのが</p><p>　　　　　　実は玄米だったなんて言われるんじゃないかしら・・・</p><p>と書かれている。</p><p>この本では、原節子の美しさを外面的ばかりではなく、上記のような謙虚な美しさをも描いている。</p><p>４２才の美貌を惜しまれつつ映画界から去っていった原節子も今年で９０才の筈である。</p><p>今　どうしているのだろうか・・・・。</p>
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<link>https://ameblo.jp/old-anarchist/entry-10668295388.html</link>
<pubDate>Tue, 05 Oct 2010 19:38:09 +0900</pubDate>
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<title>「墓」って要るのかな？</title>
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<![CDATA[ <p>人生６０余年も過ごしてくると、そうやりたいことも無くなってくるし、やり残したことも少なくなってくる。</p><p>が、唯一曖昧な状態にしたものがある。それは「墓」である。</p><br><p>個人的には、自分のための墓地は全く不要だと思っている。第一、死んだ後の事などどうなったって知ったことではない。</p><p>第二には、子供達が将来何処に永住するか解らないのに、我々が住んでいる近辺に墓地を構えたって、迷惑な話だろうと思うわけである。</p><br><p>一部の自治体では条例で禁止しているようだが、その他多くの市町村では最近は散骨も問題ないという。</p><p>また永代供養の納骨堂も数沢山増えているようだ。手元供養といって、身近に遺骨を置いておく（例えばペンダントやオブジェにするとか）方達も増えているという。</p><p>弔い方もここ１０年、２０年で随分変わってきているのがよく分かるし、それは自由に選択しうる方向に変わっているわけで、好ましいものと思う。</p><br><p>女房と相談して、「そうは言っても桜や紅葉の綺麗な寺の納骨堂を確保して、見物がてらお墓参りしてもらうようにでもしようか」と話をしていた。</p><p>しかし世の中はもっと進んでいて、納骨堂へはＩＤカードで入退室し、室内のＩＣリーダーにカードをかざしたら、あたかも立体駐車場から自分の車が目の前に出てくるかのように位牌が出てくるのを見た瞬間、「ああ日本人だな。何でそこまで効率化するんだ・・」と叫んでしまいそうだった。</p><p>こんな墓でも要るのかなｧ・・・・。</p>
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<link>https://ameblo.jp/old-anarchist/entry-10661907673.html</link>
<pubDate>Tue, 28 Sep 2010 22:28:16 +0900</pubDate>
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<title>年寄りの冷や水だって・・・？</title>
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<![CDATA[ <p>何だって今頃になってブログなんて始めるの？　どうせ三日坊主よ。年寄りの冷や水だって笑われるよ。</p><p>妻がそう言っている。</p><br><p>自分でもそうなるかも知れないと思う。</p><p>しかし、毎日の時間を自由気儘に使ってごらん。本当に閑なんだから。</p><p>退職してからというもの、ゴルフを復活したり、大学の聴講生で通ってみたり、フルート教室に通ってみたり、</p><p>図書館に日がな入り浸ったりとあれこれやっている。</p><br><p>それでもまだ時間が余るんだ・・・。</p><p>どうしようも無いので、このブログやらを始めたと言うわけで、余り積極的な理由など無い。</p><p>気の向くままに書いていたら、どなたか奇特な方が「お前の書いていることは、全然違うよ」とか、「お前さんの</p><p>意見に賛成だよ」とか言ってくれるかも知れない。</p><p>そうすると「考える」ことに一寸張りがが出てくるかも知れないなどと、淡い期待を抱きつつ始めたことでもある。</p><br><p>まずは無責任に、喜楽に始めたという次第です。</p>
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<link>https://ameblo.jp/old-anarchist/entry-10661299837.html</link>
<pubDate>Tue, 28 Sep 2010 11:52:16 +0900</pubDate>
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