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<title>私小説 「おもいでにかわるまで」</title>
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<description>杜みさき14歳のわたしへ</description>
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<title>2009年　その1</title>
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アメンバー限定公開記事です。
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<pubDate>Mon, 07 Dec 2009 20:21:05 +0900</pubDate>
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<title>ことのはじまり</title>
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<![CDATA[ <p>団地妻サークルの中で、市立病院の朝・昼・夜のお茶くみのパートに母が出ることのなった。</p><p>私が小学4年生からのこと。</p><p>間もなくして母は、入院患者の一人と恋仲になった。</p><br><p>母には2人の子供と夫があり、不倫ない手にも女の子2，3人と奥さんがあった。5年間ほどこのヒモ男と母は繋がり私の悩みの種になった。</p><br><p>巷では「金曜日の妻たち」というドラマがブームだった。</p><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/omoidenikawaru/entry-10405082909.html</link>
<pubDate>Sun, 06 Dec 2009 21:10:32 +0900</pubDate>
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<title>こうあってはしい</title>
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<![CDATA[ <p>父は寡黙な人でしたが、夢や理想を口にする人でした。</p><br><p>短大を出て、保母さんになって２～３年でお嫁に行って、お母さんになってほしい。</p><br><p>現実はプロポーズを受けることが何度かあれど、お嫁に行ったことがないし、親にもなってない。</p><p>ごめんなさいという気持ちと、父が生きていればそんな生き方をしていたかも知れないと思う。</p><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/omoidenikawaru/entry-10338752323.html</link>
<pubDate>Wed, 09 Sep 2009 10:54:21 +0900</pubDate>
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<title>理想と現実</title>
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<![CDATA[ <p>朝のラジオ体操に喜んで行った人っているんだろうか？</p><p>母の理想の子どもは元気はつらつ明るい子供だったが、私はま逆の生活と行動だった。</p><br><br>
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<pubDate>Mon, 24 Aug 2009 10:23:04 +0900</pubDate>
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<title>小さい頃</title>
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<![CDATA[ <p>幼稚園に上がる前くらいまでよく肩車してくれた。</p><p>かわいがられてたんだと今になって思う。</p><br><p>母はおめめパッチリくっきりした顔立ちの弟を溺愛していた。</p><p>瞼の思い一重の眼の醤油顔の私は、盛格も見た目も幼稚園にあがるまでそっくりだった。</p><br><br><p>幼稚園に入り激太りし肥満時になった。</p><br><p>小学校に入り通学が、学校が、クラスが嫌いで一時は10円禿がいくつもできた。益々太り、6年生の夏から激やせし始めた。</p><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/omoidenikawaru/entry-10327383942.html</link>
<pubDate>Mon, 24 Aug 2009 10:16:58 +0900</pubDate>
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<title>命日</title>
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<![CDATA[ <p>1984年7月23日が父の命日だという。</p><p>というのも、割腹自殺で、新聞配達の方が、近道をしようと屋上通路へ向かう途中に父の遺体を発見し、検証の結果、23日と判断されたから。</p><br><p>棺桶に入った父の遺体は苦しみもがいた姿で硬直したのを無理やり棺に収められた姿、目から蛆虫が湧いていた。</p><p>2009年の夏のように暑い夏の日だった。</p><br><p>私は7月22日に父に会いに行った。</p><p>一緒に暮らしたいと言いに。</p><p>父は、私の話を黙って頷き、その時の所持金を私にすべて渡してくれた。</p><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/omoidenikawaru/entry-10299603156.html</link>
<pubDate>Tue, 14 Jul 2009 11:31:28 +0900</pubDate>
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<title>修学旅行の思い出</title>
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<![CDATA[ 母は私の修学旅行説明会（親だ<wbr>け参加）に行かないで、間男とのひと時<wbr>のために時を費やしました。<br><br>修学旅行の初日のランチは弁当持参でな<wbr>かったことを知らずに、「弁当作る必要<wbr>がなければどれだけ助かるか…」とわが<wbr>子に文句を連ね、せっせせっせと作りま<wbr>した。<br><br>子供たちはもちろん事前の修学旅行説明<wbr>会なんか参加する必要もなく弁当持って<wbr>るその子は、観光地のレストランで恐る<wbr>恐るカレーライス（みんな同じメニュー<wbr>）を食べました。<br><br><br>どうしよう。<br>いつ処分しよう。<br>捨てたら怒られる？<br>食べなきゃ、いつ？<br>そのまま捨てたら？<br><br><br>宿泊についた夜に、味の変わった弁当を<wbr>涙ぐみながら食べました。<br>その子の母は、子供には説明会に行った<wbr>と言い帰宅してきたのに、また間男の<wbr>ところでいちゃいちゃしてたんだという<wbr>場面がたやすく想像できたから。<br>言われた文句にも口答えせずに聞こえな<wbr>いふりをしてきたから。<br>ひとりコソコソかくれ不味くなったお弁<wbr>当を食べてたから。<br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/omoidenikawaru/entry-10295569338.html</link>
<pubDate>Mon, 08 Jun 2009 04:03:47 +0900</pubDate>
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<title>元凶</title>
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<![CDATA[ <p>私が10歳の時、母がパートを始めた。母が30歳のときのことだ。</p><p>そこで、妹達の父親となる間男が現れ、母は、その間男のお世話に終始するようになった。</p><br><p>私や父のことを忘れ。</p><br><p>家族の食事よりも、その間男に会うため、喜ぶことをするための時間とお金を費やし、洗濯ものを私んちに持ち帰り、24時間の大半を家族でない人物のために費やした。</p><p>やがて間男は家に上がりこんでくるようになった。</p><br><p>通う内縁関係の間、父やご近所さんの目撃に遭っているのに、母の目には入らなかったらしい。</p><p>惚れた男のことで頭がいっぱいで、他には何も見えなかったらしい。</p><br><p>うらやましいくらい、妻として、母としての役割を忘れ、間男にのめりこんでいた。</p><br><p>ある時、母は、10歳の私に、母としてよりも妻としてよりも、女として生きたいといきなり私を怒鳴ったりしたっけ。</p><p>そして、その男の子を宿し、産んだ。母は31歳。間男は47歳。隣の区に妻と2人か3人の娘が澄んでると言っていた。双方家庭を持っての関係。</p><p>父と同じ血液型の男は、3人目か4人目の女の子の父親になったが、認知は私の実の父が事実を知らないままわが子として籍に入れた。</p><p>後日、その産まれた子の父はどちらにも妊娠できる関係をもっていたけれど、父の子ではないことを何度か聞いた。</p><br><p>父は間男の元に走る母の姿を何度も目撃し、留守にする母との間を飲酒で空間と時間を埋めた。</p><p>やがて、父と母は別居し、2人目の妊娠途中で離婚した。</p><p>私と、弟、産まれて間もない妹は母について隣の区に引っ越した。</p><p>実の父は家族で暮らしたアパートに残った。</p><br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/omoidenikawaru/entry-10295568143.html</link>
<pubDate>Mon, 01 Jun 2009 03:31:22 +0900</pubDate>
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<title>家族</title>
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<![CDATA[ <p>父は昭和17年生まれ。建築関係の職人。寡黙で地味な目立たないタイプ。</p><p>喫煙、飲酒、パチンコ、競艇が趣味。乱数表を手作りしたり、道具の手入れや、木片を彫ったおもちゃを作る手先の器用なひとだった記憶がある。というのも同居は私が11歳の時までで、14歳の時自殺した。自殺する12時間くらい前の最後に出会ったのは私。</p><br><p>母親は昭和24年生まれ。4人姉妹の三女に産まれ、白くてぽちゃぽちゃした見た目と、男性に対し甘えるタイプの女性。いかにも女友達の少ないタイプ。料理が下手だが洗濯掃除好き。</p><br><p>お見合い結婚で、私は、母20歳、父27歳の時に産まれた。</p><p>弟は2歳年下、妹は、11歳と12歳年下。</p>
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<link>https://ameblo.jp/omoidenikawaru/entry-10295570779.html</link>
<pubDate>Mon, 01 Jun 2009 02:06:30 +0900</pubDate>
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