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<title>水薙鳥の翔ぶ碧い海へ</title>
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<description>鬼平Ⅱ　小笠原航海記</description>
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<title>水薙ぎ鳥とはどんな鳥</title>
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<![CDATA[ <p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span style="FONT-SIZE: 11pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;"><br></span></p><span style="FONT-SIZE: 11pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;"><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span style="FONT-SIZE: 11pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;">何とも古風で万葉の世界を彷彿とさせるような名前だと思いませんか、いつ頃、誰が命名したのかわかりませんが、私はこの様な名前の付いた海鳥がいると言うことを知った時、どんな鳥のことを言うのか非常に興味をひかれたのと同時に言い知れぬ感動とロマンを感じました。特に「薙ぎ」という名前に惹き付けられました。「薙ぎ」は「薙ぐ」につながり「横に払って切り倒す」という意味があり「鎌で草を薙ぐ」等と言う使い方がされていようです。その意味からすると「水を薙ぐように飛翔する鳥」「波を薙ぐように飛翔する鳥」ということから「水薙ぎ鳥」という名前がついたのかも知れません。確かに彼らの飛翔する姿は波間をすれすれに滑空して飛び去っていきます、波をかわしきれないような場合もある筈で、そのような場合は波を切り裂いて飛び去っていくのかもしれませんね。</span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span style="FONT-SIZE: 11pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span style="FONT-SIZE: 11pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span style="FONT-SIZE: 11pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;">水薙ぎ鳥は学術的にもきちっと分類されています。コウノトリ目ミズナギ科に属する鳥を総称して「水薙ぎ鳥」と言うようです。比較的馴染みのある名前の鳥も含まれています、例えばカモメも水薙ぎ鳥の仲間に入ります。この科に属する鳥の種類は非常に多く７５種に及び、世界じゅうに分布しているようです。海辺に生息するチドリなどは水薙ぎ鳥の仲間には入っていません、生物学上の違いから来ているのは確かであるが、何といっても飛翔する姿、滑空して飛ぶのと羽ばたいて飛ぶのが最も違うところではないかと思われます。</span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span style="FONT-SIZE: 11pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span style="FONT-SIZE: 11pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span style="FONT-SIZE: 11pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;">今回の小笠原航海で実際に目にしたのは２種類であったが伊豆諸島及び小笠原近海では７種類ほどの「水薙ぎ鳥」を目にすることができるようです。ただし繁殖期や渡りの時節の違いにより見ることのできる鳥が異なるようです。具体的にはフルマカモメ、シロハラミズナギドリ、オオシロハラミズナギドリ、クビワオオシロハラミズナギドリ、アナドリ、オオミズナギドリ、オナガミズナギドリなどが挙げられる。これらの鳥はいずれも上顎に開く官鼻と先端がかぎ状にまがった嘴があり、海面近くをはばたきとグライダーのように滑空して飛ぶのを混ぜて飛翔するのが共通しているようです。</span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span style="FONT-SIZE: 11pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span style="FONT-SIZE: 11pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span style="FONT-SIZE: 11pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;">もうひとつ印象に残ったのが「カツオドリ」これは水薙ぎ鳥とは種が異なります。水薙ぎ鳥はコウノトリ目に属するのに対してカツオドリはペリカン目カツオドリ科に属している、飛翔の姿はほぼ同じで、我々には殆んど見分けがつかないが、生物学的には異なった目に属してます。カツオドリ科には９種類ある。小笠原近海でよく見られるのは２種類程度でカツオドリ、アカアシカツオドリの等がみかけられるようです。</span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span style="FONT-SIZE: 11pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span style="FONT-SIZE: 11pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span style="FONT-SIZE: 11pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;">何気なく海を眺めて海鳥の飛ぶ姿を見てきたがこうして水薙ぎ鳥やカツオドリに関していくつかの資料を見ていると、どれも同じに見えていたものが実際には違う種であり、姿形はもちろんのこと飛翔する格好も違うなど非常に興味をそそられます。私のお気に入りはオナガミズナギドリでおなかの部分と羽根の裏の部分が白くて、ポチャッとした感じが可愛くてなんともユーモラスなミズナギドリです、今回の航海で目にすることができればと期待していたのですが、見分けがつかなく、会えたのか会えなかったのか分からずじまいに帰ってきてしまいました。</span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span style="FONT-SIZE: 11pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span style="FONT-SIZE: 11pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span style="FONT-SIZE: 11pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;">水薙ぎ鳥に関してのブログを掲載している方も意外とたくさんおり、その方たちのブログを見ているだけでも楽しくなります。水薙ぎ鳥は海上が主たる住処なので、写真を撮るのも大変なことだと思います。わざわざ船で旅をして揺れる船の上から貴重な水薙ぎ鳥の飛翔する瞬間を写真に収め発表している訳で、思わず頭が下がります。野鳥の観察というのはよく耳にしますがこれはまさに海鳥の観察であり、海鳥との出会いを楽しんでいる人々も沢山いるということを初めて知りました。私も今回の経験に触発され、次回の航海では「船で出会う海鳥」に的を絞って記録を綴り、次回のブログに掲載してみようと考えています。</span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span style="FONT-SIZE: 11pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span style="FONT-SIZE: 11pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span style="FONT-SIZE: 11pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;">この「水薙ぎ鳥とはどんな鳥」をブログに掲載するに当たって、いろいろ資料を探している時、水薙ぎ鳥に関しての面白いブログをいくつか見つけました、ご紹介しますので是非アクセスしてみてください。その方のブログはタイトルが「<a href="http://www014.upp.so-net.ne.jp/wildbird/nagi_1.htm" target="_blank"><font color="#0000ff">アホウドリとミズナギドリの仲間</font></a> 」今回私は写真を殆んど撮れませんでしたが、水薙ぎ鳥の写真を見るなら<a href="http://www.yachoo.org/index.php?action=Book&amp;mode=Family&amp;ordername=%E3%83%9F%E3%82%BA%E3%83%8A%E3%82%AE%E3%83%89%E3%83%AA&amp;familyname=%E3%83%9F%E3%82%BA%E3%83%8A%E3%82%AE%E3%83%89%E3%83%AA" target="_blank"><font color="#0000ff" target="_blank"><span lang="EN-US">Yachoo! </span>オンライン野鳥図鑑（ミズナギドリ）</font></a> にアクセスしてみてください。水薙ぎ鳥の写真はもちろんのこと生態まで書いてあり楽しく読めます。次回の航海ではミズナギドリをじっくり観察してきます、ブログを楽しみにしていてください。</span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span style="FONT-SIZE: 11pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"></p></span><span style="FONT-SIZE: 11pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;"><span lang="EN-US"><br></span></span>
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<link>https://ameblo.jp/onihei2/entry-10470907575.html</link>
<pubDate>Mon, 01 Mar 2010 15:23:57 +0900</pubDate>
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<title>面白いことが分かりました！</title>
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<![CDATA[ <br><span style="FONT-SIZE: 11pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;"><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span style="FONT-SIZE: 11pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;">「八丈島では岬のことを鼻と読んでいるようである」確かに珍しい呼び名であると思われる、ブログに掲載してからもずっとそのことが気になり、どうにかしてその真相を明らかにしたいと考えていたところ、思いがけず、今井欣一さんの著書「地名考古学」にであった。その本を読むと鼻という呼び名が珍しいと思うのは私が知らないだけであり、ごく一般的な呼び名であることが解った。</span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span style="FONT-SIZE: 11pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span style="FONT-SIZE: 11pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;">その著書を読むと「岬、崎、鼻、崎鼻」はいずれも岬（広義）を表す言葉で同じ意味を持つと解釈できる。但し命名時期は各々違うようで、鼻という名称が使われ始めたのは弥生時期であると述べられている。また鼻の語源は「なめらかな斜面と断崖を持つ、陸と水の境界点にある突起」と言う所からきているようである。</span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span style="FONT-SIZE: 11pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span style="FONT-SIZE: 11pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;">鼻が一般的であるというのは「岬、崎、鼻、崎鼻」という名前がついている岬は全国で３４６９ヶ所あり、そのうち「～鼻あるいは～崎鼻」と言う名称がどのくらいあるかというと１２１５ヶ所、１位の「崎」の１７９３ヶ所に比べると若干少ないが、２番目に多く、特別に珍しい呼び名ではないということが分かった。</span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span style="FONT-SIZE: 11pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span style="FONT-SIZE: 11pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;">また鼻という名称を付けている地域が多いのは中国、四国、九州で７９％がこの地域に集中しており地域性があるということも分かった。特に多いのが長崎、愛媛、鹿児島などが上げられる。傾向として九州東部の大分県から四国の愛媛、香川県、中国の広島、岡山、島根など瀬戸内海を中心に分布しており、地形や文化の伝播の違いにより岬と言ったり鼻と言うなど使い分けているようである。</span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span style="FONT-SIZE: 11pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span style="FONT-SIZE: 11pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;">今回この話の発端となった、八丈島に鼻と言う名称の岬が多いのに対して三宅島では岬という名称が多いのは何故かについては分からなかった、両島の距離は約１００キロメートル、島伝いで言うと隣の島になるのに一方では岬、もう一方では鼻と言う、極めて面白い現象である。その理由は定かでないが、たぶん瀬戸内海を中心にした交易、あるいは人の流れからそのような違いが出てきているのではないかと思われる。但しこの考えは私個人の考えであり、学術的に証明された判断ではありませんのでその点はご了承下さい。</span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span style="FONT-SIZE: 11pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span style="FONT-SIZE: 11pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;">ともあれさらに詳しいことを知りたい方は今井欣一さんの本をお読みになることをお勧めします。鼻以外にも峠のことや地図上に記載してある名称についていろいろな角度から証明しており、地図の好きな人にはたまらない資料であると思われます。</span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span style="FONT-SIZE: 11pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span style="FONT-SIZE: 11pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 11pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;"><br></span></p></span>
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<pubDate>Wed, 17 Feb 2010 14:05:10 +0900</pubDate>
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<title>あとがき</title>
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<![CDATA[ <p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span><br></span><span><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100209/13/onihei2/98/f8/j/o0219015610407199047.jpg"><img style="CLEAR: both; FLOAT: left" height="156" alt="水薙鳥の翔ぶ碧い海へ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100209/13/onihei2/98/f8/j/t02190156_0219015610407199047.jpg" width="219" border="0"></a> 最後までお読みくださりありがとうございます、初めての試みでしたので、戸惑うことが多く、拙い文章をご披露することになり恥ずかしい限りです。本文にもあるように我々の冒険はこれからも続きます。その都度、今回のような航海記を発信していきます。２０１０年の夏、再び冒険航海に出航するよう計画しております。今計画に上がっているのは「再び小笠原へ」と言う計画、これは０９年に訪問しきれなかった母島、あるいは父島周辺への航海とお世話になった人達との再会というテーマになるかと思われます。</span><span style="FONT-SIZE: 10pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;"><span lang="EN-US"><br></span></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 10pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;"><br></span><br></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span style="FONT-SIZE: 10pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;">もう一つの計画は瀬戸内海を経由して下関を回り、鳴子、平戸、五島列島、長崎、天草、鹿児島、屋久島、種子島、四国の高知県足摺岬経由で下田へ帰港と言った、コースでの計画が上がっています。出航は７月上旬、もちろん今回は航行区域免許をきちっと取って、万全を期しての出航になります。いずれも全行程２０日くらいを要すると考えています。</span><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 10pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;"><br></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 10pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;"><br></span><br></p><p><span style="FONT-SIZE: 10pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;">屋久島への航海は初めてであり途中いろいろな港に寄れるので楽しみですが、初めての海域ですので知らないことばかりです、この海域を既に航海した方でこの港に入ってみるといいよ、あるいはこの海域を航行する際は注意した方がよい、などご助言がありましたら、お聞かせ下さい。なにぶん私どもの操船レベルはそれ程高くないので、皆様の貴重なアドバイスは多いに助かります。よろしくお願いいたします。</span></p><span style="FONT-SIZE: 10pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;"><p><br></p><span style="FONT-SIZE: 10pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100209/13/onihei2/3f/ab/j/o0500037510407199052.jpg"></a><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100209/13/onihei2/3f/ab/j/o0500037510407199052.jpg"><img style="CLEAR: both; FLOAT: right" height="165" alt="水薙鳥の翔ぶ碧い海へ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100209/13/onihei2/3f/ab/j/t02200165_0500037510407199052.jpg" width="220" border="0"></a><br></p><br><p>尚、鬼平Ⅱは下田港（下田ボートサービス）に常時停泊しております、下田港に寄港されるようなことがございましたら是非お声をかけてください。<span lang="EN-US" style="FONT-SIZE: 10pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;"><br></span><br></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span style="FONT-SIZE: 10pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;">　　　　　　　鬼平Ⅱ　船長　　尾鷲　光由<span lang="EN-US"><br></span></span></p><br><br><br></span><br><br><br><br><br><br></span><span style="FONT-SIZE: 10pt; FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;"><br></span>
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<link>https://ameblo.jp/onihei2/entry-10454502946.html</link>
<pubDate>Tue, 09 Feb 2010 13:30:09 +0900</pubDate>
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<title>第3章　新たな夢への旅立ち　(4)</title>
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<![CDATA[ <br><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100202/19/onihei2/d0/00/j/o0500037510398510889.jpg"><img style="CLEAR: both; FLOAT: left" alt="水薙鳥の翔ぶ碧い海へ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100202/19/onihei2/d0/00/j/t02200165_0500037510398510889.jpg" border="0"></a> <br></p><br><p>8月3日8時30分三宅島阿古港を出航。さあ、最後のランである。下田ボートサービスに帰港時間を知らせ、一気に下田を目指す。長い長い旅であった。思わぬことで不本意な足止めを食ったが、いろいろな体験が出来、いくつもの思い出を持ち帰ることも出来、総じて良かったと思える。</p><p><br><br></p><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100202/19/onihei2/8e/5d/j/o0500037510398510897.jpg"><img style="CLEAR: both; FLOAT: right" alt="水薙鳥の翔ぶ碧い海へ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100202/19/onihei2/8e/5d/j/t02200165_0500037510398510897.jpg" border="0"></a> <br></p><br><p>ましてや二人ともこれといった病気にもかからず、怪我もせず、帰ってこれたことは望外の喜びと言える。神子元島をかわすとあの懐かしい白灯台が見える、「帰ってきたぞー！」思わず叫んでしまいそうになる、湾の入り口では相変わらず、小さな船が魚を追いかけている、懐かしい光景である。</p><br><br><br><br><p>着岸したら先ずなんと言おうか、二人並んで深々と頭を下げようか、など弁明方法について、あれこれ考えをめぐらすものの、上手い考えが思い浮かばない、そうこうしているうちに、なつかしい下田港に入津、そして接岸、「お帰り！無事で何より」暖かい声が飛び込んで来た、思わず「ご迷惑をおかけしました」素直にそんな言葉が出てきた。</p><p><br></p><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100202/19/onihei2/7d/62/j/o0500037510398510901.jpg"><img style="CLEAR: both; FLOAT: left" alt="水薙鳥の翔ぶ碧い海へ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100202/19/onihei2/7d/62/j/t02200165_0500037510398510901.jpg" border="0"></a> <br></p><p>こうして私たちの24日間に渡る鬼平Ⅱでの人間漂流記は幕を閉じました、終わってみてこのような経験が、人生の復路にさしかかって何か目標を見失いそうになっていた私たち二人にいろいろな教訓を与えてくれたり、感激すると言う人間本来のありように接することが出来た、ひいては新たな活力を蘇えらせてくれ、何故か一回り若返らせてもくれたようである。</p><br><br><br><br><p>そして出航する際、抱いていた「冒険心」をどの程度、満足させるような航海であったかというと、艱難辛苦を克服した結果得られる喜びを「冒険」というなら、我々のそれは「冒険」とは程遠いものといわざるを得ないであろう。</p><br><br><p>しかしながらあの島で我々が経験した様々なこと「若い人達の島、子供たちの屈託のない笑顔、小笠原丸が生活の日時計になっている島、今も生息する固有種、夜の社交場」それらは全て我々が経験したことがない営みであり、出来事であった。今回我々はそれらと期せずして遭遇できた。それは我々の心を揺さぶる驚きと興奮の連続であり、正に「冒険心」をくすぐる何者でもない出来事であったといえる。</p><br><br><p>確かに、我々には堀江さんや白石さんのような「冒険」はとてもできないが、これからも、彼らとは違った意味での「今回のような冒険」は出来る筈であり、体力が続く限り求めて行きたい心の探求として、この「冒険心」を位置付けたい。そして今回の貴重な経験を新たな旅立ちの糧として、我々二人は次なる冒険に踏み出して行きます。従ってこの物語は今回で終わりではなく、次回へと続く私たちの冒険談のはじめとします。</p><br><br><p>最後に小笠原の皆さん、そしてホームポートの下田ボートサービスの皆さん、仲間、いろいろお世話をかけたり、ご迷惑をおかけしました、心より陳謝いたします。そして無事このように沢山の思い出を持って帰ることが出来たのも、ひとえに皆様のおかげかと思い感謝の念でいっぱいです。本当にありがとうございました。</p><br><br><p>2009年10月</p><p>鬼平Ⅱ  　船長　 尾鷲　光由</p><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/onihei2/entry-10449621990.html</link>
<pubDate>Wed, 03 Feb 2010 14:08:04 +0900</pubDate>
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<title>第3章　新たな夢への旅立ち　(3)</title>
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<![CDATA[ <br><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100202/19/onihei2/f4/2d/j/o0500037510398509386.jpg"><img style="CLEAR: both; FLOAT: left" alt="水薙鳥の翔ぶ碧い海へ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100202/19/onihei2/f4/2d/j/t02200165_0500037510398509386.jpg" border="0"></a><br></p><br><p>8月1日、10時06分、往路で近づけなかった青ヶ島を望む位置に到達した。青ヶ島を右舷に見ながら、いよいよ復路、最初の寄港地の八丈島を狙う。青ヶ島から八丈島まで2時間程度の距離である。もうすぐ八丈島と思うと何故か心がうきうきしてくる、いよいよ八丈島への最終アプローチへと進んだ。</p><br><br><br><br><p>青ヶ島を右舷後方に望む地点で巨大な潮流域に突入した。青ヶ島の方向から八丈島の西の方向に流れる、幅の広い激流が荒れ狂っている。いたるところに三角波が出来、小さな船ではこの潮流は乗り切れそうにない。鬼平Ⅱは次から次に襲いかかる波を切り裂き、まきあがる波の飛まつを浴びながら、確実に自分の向かう針路を保持している、頼もしい限りである。</p><br><br><p>八丈島に少しでも近づくにはその激流を斜めに横断していくのが最も良いが、時間は多少かかるが、激流を真横に横断して先ず潮流域を脱して八丈島を改めて狙い直すと言う手がある。はるか遠くに全く波のない穏やかな海域がチラッと見えた。やはり真横に横断して体制を立て直した方が安全であると判断し、船首を八丈島と平行になるように向け穏やかな海域へと避難する。</p><br><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100202/19/onihei2/ba/99/j/o0500037510398510167.jpg"><img style="CLEAR: both; FLOAT: right" alt="水薙鳥の翔ぶ碧い海へ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100202/19/onihei2/ba/99/j/t02200165_0500037510398510167.jpg" border="0"></a><br></p><br><p>最初に見えたのが八丈小島。雲をかぶっており、往路に見た小島とは一味違った厳しい雰囲気をかもし出している。例の潮流は八丈小島を取り巻くように流れ、さらに西の方向に流れているようである。穏やかな海域からその流れを見ると海面が1～2メートルくらい盛り上がった流れとなっているようで、つくづく自然には驚嘆させられる。</p><br><br><br><br><p>12時52分無事八丈島神湊港に入港。4日振りに地面を踏みしめる。早々に町へ繰り出した。一軒の私好みのひなびた居酒屋があり、藤次郎氏とその店に飛び込み、手当たり次第に注文した、八丈島の焼酎を腹いっぱい飲んで、美味いものを食べ、幸せ感に浸り、ふと気が付くと、店の若女将がこちらを向いてニコニコしているではないか、我々の食べっぷり、飲みっぷり、むさ苦しい格好を見てのことだと思う。</p><br><br><p>美人ではないが何か語りかけてくるような顔立ちをしており、私の好きなタイプである。よけいなことではあるが、私の美人観はただ顔かたちが整っており、人から美人であるといわれるような人でも、顔から何も語りかけてこないような美人は私の美人観から外れる。もっとも私が勝手に考えていることで向こうから言わせれば何を勝手なことをしゃべくっているのだと言うことになる。</p><br><br><p>で、その女将の気を引こうと、思わず、必要以上に話しかけてしまったものだ、うん、なんていうか青春の一ページを捲っている様な気持ちかな、でもなんか空回りしているような気もした。近いうちにまた訪れてみたい。</p><br><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100202/19/onihei2/e8/06/j/o0500037510398510174.jpg"><img style="CLEAR: both; FLOAT: left" alt="水薙鳥の翔ぶ碧い海へ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100202/19/onihei2/e8/06/j/t02200165_0500037510398510174.jpg" border="0"></a><br></p><br><p>8月2日5時32分最後の寄港地三宅島に向かう10時間の行程である。一気に下田を狙うという考えもあるが神子元島周辺で夜になり、大型船の航路を何本も横切ることになり、非常に危険なので、あえて無理をせず、三宅島に一泊して、翌早朝下田を狙うということにした。</p><br><br><br><br><br><p>15時過ぎには三宅島阿古港には入れるはずである。途中御蔵島沖で船尾から釣り糸をたれ、カツオを1匹吊り上げた。今回の航海で、釣果はその1匹だけであったが、これがまた実に見事なカツオで夕食の食卓をいっそう豪華にしてくれた。ここまで来るともう家の庭のようなもので、天候さえ悪くならなければ明日は無事下田に帰港できる。嬉しいのとみんなに迷惑をかけたことへ、どのように弁明したら良いのかなど、まだ帰港前だというのに頭がごちゃごちゃである。</p><br><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100202/19/onihei2/4f/9d/j/o0500037510398510175.jpg"><img style="CLEAR: both; FLOAT: left" alt="水薙鳥の翔ぶ碧い海へ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100202/19/onihei2/4f/9d/j/t02200165_0500037510398510175.jpg" border="0"></a><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100202/19/onihei2/f0/00/j/o0500037510398510882.jpg"><img alt="水薙鳥の翔ぶ碧い海へ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100202/19/onihei2/f0/00/j/t02200165_0500037510398510882.jpg" border="0"></a><br></p><br><p>14時37分三宅島阿古港に接岸。久しぶりに温泉に入りゆったりした気分を味わう、2週間ぶりの風呂である、髭も伸び放題、石鹸で体を洗うのも出航以来である。日焼けで真っ黒、三宅島の人たちが色白に見える、ともかく2週間ぶりの垢を落とし、明日に備える。夕食は例のカツオが出てきた、美味しかった。</p><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/onihei2/entry-10449617397.html</link>
<pubDate>Wed, 03 Feb 2010 13:56:19 +0900</pubDate>
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<title>第3章　新たな夢への旅立ち　(2)</title>
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<![CDATA[ <p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100202/19/onihei2/cb/59/j/o0500037510398508230.jpg"><img style="CLEAR: both; FLOAT: left" height="165" alt="水薙鳥の翔ぶ碧い海へ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100202/19/onihei2/cb/59/j/t02200165_0500037510398508230.jpg" width="220" border="0"></a> </p><p>18時15分嫁島が見えてきた、嫁島というからさぞ見目麗しい島かと思っていたところ、暗に反して柔和なところもあるがいかにも気の強そうな、近寄りがたいところもあり、全体としては毅然とした嫁という感じのする島である、突然藤次郎氏が「やはり嫁はこのように硬軟両方の雰囲気を持つものなのかな」としみじみわが身を思うように遠くを見つめながら言うではないか、私も吊られて「そうだな優しいだけでは嫁も勤まらないよ」「だけどこの嫁はどちらかといえばきつい部類に入るね」しばらくこの話でもちっきりになった、それにしても、この島を嫁島と命名した人もよくよく考えてつけたのだろう、なぜか分かるような気がするのである、二人でひどく感心した。</p><br><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100202/19/onihei2/fb/16/j/o0500037510398508237.jpg"><img style="CLEAR: both; FLOAT: left" height="165" alt="水薙鳥の翔ぶ碧い海へ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100202/19/onihei2/fb/16/j/t02200165_0500037510398508237.jpg" width="220" border="0"></a> <a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100202/19/onihei2/68/f9/j/o0500037510398508245.jpg"><img height="165" alt="水薙鳥の翔ぶ碧い海へ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100202/19/onihei2/68/f9/j/t02200165_0500037510398508245.jpg" width="220" border="0"></a> <br></p><p>7月30日今日は一日何も見えない海の上をひたすら走る日である。針路は鳥島、あのアホウドリの生息する島である。海は穏やかで見渡す限り青の海と青の空、時折、面白い形状の積乱雲を見つけることがある。発達している積乱雲は海面から水蒸気を吸い上げ、吸い上げた水蒸気が雲となり、積乱雲へと成長し、飽和状態になった雲が一挙に雨となり海面に吹き降ろす、その過程が今目の前で起こっている、「自然てすごいなー！」の一言である。</p><br><p>あの雲の下に入り込むと大変なことになる。遠くで見ている分には良いのだが、今そのような積乱雲の柱が何本も鬼平Ⅱの周りに立ち上がっている。ともかくその柱に近づかないよう針路を微調整しながら進む。明日はいよいよ鳥島である。</p><br><br><p><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100202/19/onihei2/ad/c9/j/o0500037510398509366.jpg"><img style="CLEAR: both; FLOAT: left" alt="水薙鳥の翔ぶ碧い海へ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100202/19/onihei2/ad/c9/j/t02200165_0500037510398509366.jpg" border="0"></a> <a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100202/19/onihei2/60/00/j/o0500037510398509369.jpg"><img alt="水薙鳥の翔ぶ碧い海へ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100202/19/onihei2/60/00/j/t02200165_0500037510398509369.jpg" border="0"></a> <br></p><p>7月31日4時59分鳥島を遠望する。想像していた島より小さい、なだらかな形状の島である。アホウドリはどのあたりに生息しているのか目を凝らしてみるも、みあたらない。吉村昭著の『漂流』といったような本を読んだことがある。昔船が紀伊半島沖で難破し、何日も漂流してこの島に漂着し、アホウドリを食料にして救助をひたすら待つといったストーリーだったと思う。そのあたりからこの島のアホウドリの絶滅が始まっていたのではないかなどと、変な想像をしてしまう。実際にはその後の乱獲によるものであるが、今は必死に絶滅の危機から救おうと努力し、絶滅の危機を脱するまでに至ったようである、結局アホウドリの姿さえ見ずに鳥島を後にする。</p><br><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100202/19/onihei2/41/13/j/o0500037510398509375.jpg"><img style="CLEAR: both; FLOAT: right" height="165" alt="水薙鳥の翔ぶ碧い海へ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100202/19/onihei2/41/13/j/t02200165_0500037510398509375.jpg" width="220" border="0"></a> <br></p><br><p>15時21分大海原の一点に奇妙な突起物を認む、近づくに従いそれこそ海に突然突き出てきた岩、それが須美寿島である、この周辺は海溝になっており、何千メートルの海底からちょこんと顔を出している岩が須美寿島であり、それこそ棒でたたいたらポキット折れてしまうのではないかと思われるような岩の固まりである。</p><br><br><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100202/19/onihei2/27/ff/j/o0500037510398509379.jpg"></a><br></p><p>須美寿島を真近に見て、私は思わず、「大海原にひとつだけ取り残されているようで、寂しいだろうな、人恋しいのではないか、夜になると泣いているのではないか」そんな気持ちにさせられてしまうような、島であった、我々は何故かその島と別れがたく、子供を宥めるようにしばらく島の周りにとどまっていた。</p><p><br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100202/19/onihei2/27/ff/j/o0500037510398509379.jpg"><img style="CLEAR: both; FLOAT: left" height="165" alt="水薙鳥の翔ぶ碧い海へ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100202/19/onihei2/27/ff/j/t02200165_0500037510398509379.jpg" width="220" border="0"></a> 16時21分、むずかる須美寿島を離れる、振り返るのがとてもつらく、心を鬼にして次のウェーポイントに針路を取る、途中一回だけ振り返ってみた、なんと寂しそうな、たたずまいではないか、絶海にまた取り残されるんだね、子供の頃、両親の帰りを、一人ぽつねんと待っていた、あのなんともいえない寂しさを、思わず思い出してしまう光景である。来年また来るからそれまで元気にしていてほしいと祈りつつ、船足を速める。もう夜がそこまで来ている、明日の朝には青ヶ島を見る位置に到達していると思われる、但し今回最も近寄ってみたかった島にベヨネーズ列岩があったが、丁度真夜中頃ベヨネーズ列岩付近を通過することになり、今回は残念であるが接近してみることはあきらめた。</p><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/onihei2/entry-10449611249.html</link>
<pubDate>Wed, 03 Feb 2010 13:41:59 +0900</pubDate>
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<title>第3章　新たな夢への旅立ち　(1)</title>
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<![CDATA[ <br><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100202/19/onihei2/4b/19/j/o0500037510398507318.jpg"><img style="CLEAR: both; FLOAT: left" alt="水薙鳥の翔ぶ碧い海へ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100202/19/onihei2/4b/19/j/t02200165_0500037510398507318.jpg" border="0"></a><br></p><br><p>7月29日待ちに待った安全装備品が東京から送られてきた。早速安全装備品を鬼平Ⅱに装備し海保職員の池田氏に確認してもらい出港準備に取り掛かる。天候はすこぶるよく、今のうちに出来るだけ内地に近づいておくのがよいと考え、急いで出航することにした。</p><br><br><br><br><br><p>思わぬ長居をしてしまった。8月に入ると低気圧が発生しやすくなるので急がなくては。顔見知りになった仲間達には29日正午には出航すると伝え、その晩ささやかな送別の宴を催したので、とりあえずの名残りはない。そうこうしているうちにポツリポツリと見送りの人たちが集まり始めた。私たちを苦しめた海保の連中まで見送りに来ている、信ちゃん、渡辺さん、菅野さん、別れがたい人たちばかりである。藤次郎さん！「ここは一丁かっこよく離岸しようじゃないか」ということで、それは見事にやってのけた。藤次郎氏があれほどてきぱきとこなしたのは後にも先にもこの時だけではないかと思う。「お世話になりました、たくさんの思いでありがとうございました、今度、来るときは安全装備など万全で来ます！そのときは海保の皆さん一杯やりましょう！」「ご無事の航海を！」こんなやり取りがあり、ながーい「汽笛一声」下田への帰航の途につく。</p><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100202/19/onihei2/15/86/j/o0500037510398507322.jpg"><img style="CLEAR: both; FLOAT: right" alt="水薙鳥の翔ぶ碧い海へ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100202/19/onihei2/15/86/j/t02200165_0500037510398507322.jpg" border="0"></a><br></p><br><p>13時00分小笠原二見港の外に出てメインセル、続いてジブセールを張る。しばらく父島を右舷に見ながら嫁島を目指し進路をとることにした。ふと振り返ると二見港の入り口近くにある展望台、三日月山の頂上から鏡の反射を利用した信号らしき光がきらきらと鬼平Ⅱに向け発射されているではないか。</p><br><br><br><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100202/19/onihei2/b3/f2/j/o0500037510398507326.jpg"><img style="CLEAR: both; FLOAT: left" alt="水薙鳥の翔ぶ碧い海へ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100202/19/onihei2/b3/f2/j/t02200165_0500037510398507326.jpg" border="0"></a><br></p><br><br><p>藤次郎さん「あれ何かな」「もしかしたら信ちゃんからの合図かもしれないよ」そのきらきら信号は鬼平Ⅱが島影に隠れるまで続いた。なんていい奴等なんだろう、思わず目頭が熱くなってきた。</p><br><br><br><br><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100202/19/onihei2/b3/58/j/o0500037510398508218.jpg"><img style="CLEAR: both; FLOAT: right" alt="水薙鳥の翔ぶ碧い海へ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100202/19/onihei2/b3/58/j/t02200165_0500037510398508218.jpg" border="0"></a><br></p><br><br><p>14時17分いよいよ父島ともお別れである。申し分ない風、6ノットは出ている。思い出にふけるのはほんのひと時で、すぐに現実の自然との闘いになる。そんな時、後方より大型のクルーザーが急接近してきた、見るとアッパーデッキで、トムさんが手を振っている人がいるではないか。</p><br><br><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100202/19/onihei2/bb/dd/j/o0500037510398508223.jpg"><img style="CLEAR: both; FLOAT: left" alt="水薙鳥の翔ぶ碧い海へ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100202/19/onihei2/bb/dd/j/t02200165_0500037510398508223.jpg" border="0"></a><br></p><br><p>「オーイ！元気でなー！無事に帰れよー！」「お世話になりました、また来ますねー！」大勢の若いダイバーを引き連れ、こんなところまで見送りに来てくれたのだ、感激することこの上ない、5分ほど併走し、名残尽きぬまま、反転父島二見港の方向に去って行った。</p><br><br><br><br><br><p>トムさんたちが小さな点になるまで遠ざかって行くのをじっと見つめている自分と、あのペンダントをしっかり握り締めている自分がそこにあった、これからの長い航海の無事をペンダントに託すのと、トムさんたちが与えてくれた沢山の思い出を大切に持って帰るのだと言う決意が自然と現れ、しばらく我に返るのを忘れていた。</p><br><br><br>
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<pubDate>Tue, 02 Feb 2010 19:37:19 +0900</pubDate>
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<title>第2章　太古の匂いが今も残る島　(10)</title>
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<![CDATA[ <br><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100202/19/onihei2/49/b9/j/o0500037510398507312.jpg"><img style="CLEAR: both; FLOAT: left" alt="水薙鳥の翔ぶ碧い海へ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100202/19/onihei2/49/b9/j/t02200165_0500037510398507312.jpg" border="0"></a><br></p><br><p>ある日我々の船の前にマグロはえ縄漁船が着いた。小笠原近海で「はえ縄漁」をしていたがさんご礁に船の船首部を座礁させ、緊急避難してきたとのことである。船籍は高知県で乗組員は日本人3人、インドネシア人8人といった構成であった。すぐに仲良くなった。我々の難民生活状態を見て、夕食をご馳走してくれると言うことになった。</p><br><br><br><br><p>マグロ漁船に乗るのも初めてであり、美味い魚も食べられると思い、いそいそ出かけてみた。若いインドネシアの少年が手際よく1メートルもあるカツオを捌いている。どんなところで食事をするのか、うきうきしていると案内の少年が船尾甲板に連れて行ってくれた。そこが食堂なのである。</p><br><br><p>立ち食い食堂である。これがこの人たちのいつもの食卓でテーブルなどもちろんなく料理を床に並べ、その周りに立って食事を取る、これが彼等流の食べ方なのである。それを何ヶ月も文句のひとつも言わず、続けているのだと思うと、我々がいかに生ぬるく、それも考えられないような快適な環境の中で、生きているのだと思うと思わず頭がさがってしまう。</p><br><br><p>高知風のカツオの食べ方が面白い。カツオの刺身をたまねぎのスライスした上に並べ、それにマヨネーズをたっぷりかけ、さらに醤油をかけ食べるのが高知のマグロ漁船での食べ方だそうである。</p><br><br><p>にんにくをそれに加えるのも良いが、あいにくこの船の漁労長がにんにくが嫌いなそうで、今回はニンニク入りは食べられなかった。ともあれ、意外とマヨネーズかけのカツオの刺身が美味い。決して見た目は良いとはいえないミスマッチのような刺身であるが味は良い。特にあまり脂の乗っていないようなカツオを食べる場合はこのようにして食べるのが美味しいと言う、箸でざっくり取り腹いっぱい刺身を堪能した。</p><br><br><p>インドネシアの少年、多分17歳～20歳位だと思う。バリ島出身、あどけない少年たちである。彼らの月給は月2万円、ボーナス5万円それが1年の収入になり、5年間働いて、60～７０万円ほどの貯金をして、国に帰るそうである。</p><br><br><p>彼らの仕事は「はえ縄」の投入と回収など漁に関する作業の全てを漁労長の指示の元に行う、過酷な労働である。時化た海での漁で海に落ちて命を落とす少年もいるそうだ、波の力は我々が想像できない程の力を持っており、甲板上の全ての構造物を一瞬にして持ち去るほどの破壊力がある、彼らはそんな中で昼夜漁に励んでいるのである。</p><br><br><p>そうだ、こんなことも有った。彼らは船が接岸しても船の外に出てはいけないらしい。どうやらパスポートか就業免許の関係らしいが、可愛そうなものである。母港の高知県では町に出ても良いが、母港以外では、基本的には下船してはいけないようなのである。</p><br><br><p>少年の中に1人日本語が比較的上手な年長の少年がいた。彼が日本人と少年たちの間に立って、さまざまな問題を捌いたり、船長や漁労長の支持を伝えているようである。</p><br><br><p>漁船では船長より漁労長の方が権限は上のようであり、もっぱら漁労長がこれら少年たちを叱咤激励して、漁に勤しんでいるようであり、海の上では相当厳しい漁労長らしいが、陸に上がったら、面倒見の良い漁労長に、変身して親子のようなほほえましい関係が見られる。</p><br><br><p>少年に故郷に帰りたくはないかと聞いたら、国に帰っても仕事がなく、食べて行けない、生死にかかわるつらい仕事でも、仕事がある方が良いと言った答えが返ってきた。その少年ももうすぐ貯金が60万円を越すそうで、今回の航海が終わったら国に帰って自転車屋さんを開業したいとのことであった。どうか無事に航海を終え、国に帰り、夢である自転車屋を開業し、幸福な人生を送って欲しいものである。</p><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/onihei2/entry-10449024145.html</link>
<pubDate>Tue, 02 Feb 2010 19:33:54 +0900</pubDate>
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<title>第2章　太古の匂いが今も残る島　(9)</title>
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<![CDATA[ <br><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100202/19/onihei2/0c/8b/j/o0500037510398506249.jpg"><img style="CLEAR: both; FLOAT: left" alt="水薙鳥の翔ぶ碧い海へ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100202/19/onihei2/0c/8b/j/t02200165_0500037510398506249.jpg" border="0"></a> <br></p><br><p>長く滞在するといろいろなことがある。父島に手作りパン屋さんがある。このパン屋さんがまた面白い。小笠原丸が停泊している間は一切パンを製造しない、小笠原丸が出航したら作り始めるといったスタンスで商売している。ご夫婦で店を切り盛りしているようで、店はこざっぱりとしており、感じのよい店である。</p><br><br><br><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100202/19/onihei2/77/79/j/o0500037510398506252.jpg"><img style="CLEAR: both; FLOAT: right" alt="水薙鳥の翔ぶ碧い海へ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100202/19/onihei2/77/79/j/t02200165_0500037510398506252.jpg" border="0"></a> <br></p><br><p>パンはなかなか美味しい。作ればすぐに売切れてしまうようなパン屋さんで、店はいつもにぎわっている、観光客を相手に商売をしていないというのも面白い。我々の朝食にも何回かこのパンが登場した。パンを大胆にちぎりジャムをたっぷり塗り、カフェオレを飲みながら朝のひと時を過ごす、これが毎日の日課となった。</p><br><br><br><br><br><p>私が島を離れる少し前に、信ちゃんに「ロールケーキが食べたい」と冗談に言ったら、そのパン屋さんに特別に注文して作ってもらったのであろう、なんとそのロールケーキを持ってきてくれた。甘いものが不足がちの我々にとって大変貴重なものであるとともに信ちゃんの気使いに感激した。</p><br><br><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100202/19/onihei2/1a/e9/j/o0500037510398506254.jpg"><img style="CLEAR: both; FLOAT: left" alt="水薙鳥の翔ぶ碧い海へ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100202/19/onihei2/1a/e9/j/t02200165_0500037510398506254.jpg" border="0"></a> <br></p><br><p>黒いバナナ事件というのがある。島の北東部に民宿と果樹園を経営している人がおり、その方は時々私たちの船を見に来ていた。ある日その果樹園を見に来ないかということになり、彼のところにお伺いすることになり、車に乗り、彼の果樹園に向かった。</p><br><br><br><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100202/19/onihei2/4a/3d/j/o0500037510398506260.jpg"><img style="CLEAR: both; FLOAT: right" alt="水薙鳥の翔ぶ碧い海へ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100202/19/onihei2/4a/3d/j/t02200165_0500037510398506260.jpg" border="0"></a> <br></p><br><p>曲がりくねった道をどんどん進むと舗装路が切れ、細い砂利の山道、それもかなり荒れた砂利道をしばらく進むと、人家が何軒か現れた。彼の説明によると、このエリヤは芸術家が比較的多く集まっているエリヤだそうである、芸術家といえば、すぐ出てくるのが陶芸家であるが、ここではちょっと違う。</p><br><br><br><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100202/19/onihei2/e4/39/j/o0500037510398507310.jpg"><img style="CLEAR: both; FLOAT: left" alt="水薙鳥の翔ぶ碧い海へ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100202/19/onihei2/e4/39/j/t02200165_0500037510398507310.jpg" border="0"></a> <br></p><br><p>見ると看板を堂々とかかげた手作りの豆腐屋がある。何でこんなところに豆腐屋が、と思うようなところにぽつんとある。周りはうっそうと熱帯植物が茂っており、ともかく場違いな感じがする。彼にそれを聞くと、この場所は水がよく、それにこだわっている、出来た商品は街にもって行って販売しているとのこと、確かにその意味では芸術家である。</p><br><br><br><br><p>そうこうしているうちに彼の民宿に着いた。海から数キロは離れており、果たしてこんなところで民宿がなりたつのか、人事ながら心配になるようなところである。早速果樹園を見せてもらうことにした。いろいろ説明してくれたが難しくて覚えることが出来ない。ただあまり手入れが行き届いていないように見受けられた。そうそう、外来種のグリーンアノールはこの果樹園で撮影したもので、グリーンアノールが果樹の受粉を助ける昆虫を食べてしまい、困っているという話を聞いた。</p><br><br><p>帰りにお土産としてバナナをもらえることになった。持ってきたバナナが真っ黒で腐っているようなバナナであった。彼が言うにはこれは島バナナといい、このくらい皮が黒くなったのが美味いとのこと、彼はこの黒さを「熟した」と表現していた。騙されてもともと思い食べてみると甘さがありとても美味しい。東京のバナナはこのくらい皮の部分が黒くなると中身まで黒くなり食べられる状態ではないのに、この島バナナは皮をむくと中身がまだ白く、何の抵抗もなく食べられる。実はこのバナナを我々はお土産に買って下田に帰ってきた。食べごろは皮が黒く変色したときであることをつげ、後日その感想を聞いたところ、「こんな美味いバナナを食べたのは初めてである」いう返事が返ってきた。確かに見てくれは悪いが一度食べてみることをお勧めする。</p><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/onihei2/entry-10449021678.html</link>
<pubDate>Tue, 02 Feb 2010 19:22:23 +0900</pubDate>
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<title>第2章　太古の匂いが今も残る島　(8-2)</title>
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<![CDATA[ <br><p>我々の生活ついて少し話をしよう。この島にしばらく滞在することが決まった際、私は当然民宿などに泊まり、朝夕の食事は民宿のお世話になり、冷房の聞いた部屋でぐっすり眠る、快適な滞在が出来るものと信じていたところ、我らの総務部長藤次郎氏がせっかく文明から離れたところに来ているのだから、何もわざわざ自分の方から文明に近づかなくても良いのではないかといった提案があり、なるほどそうであると思い直し、船上泊と決まった。</p><p><br><br></p><p>結果としては、船上泊であったからいろいろな人たちとの巡り合いがあり、良い経験も出来たと痛感したものである。従って朝と昼の食事は自分達で作る、夜は例の社交場に繰り出すので作る必要は無い。毎朝６時頃起床、これは殆んど目覚まし無しで起きられる。誰がその日の朝食を作るかを決め、準備に取り掛かる。もう一人は7時頃から太陽が容赦なく照り付けるので、タオルケットを利用した日よけを作る。</p><p><br><br></p><p>昼間我々の船を見ると難民船のような姿になる。太陽が動くので時間に合わせ日よけを移動するのがまた大変な作業である。その後はじっと夕方の涼しい時間を待ちわびるわけである。</p><p><br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100202/17/onihei2/10/c3/j/o0500037510398387716.jpg"><img style="CLEAR: both; FLOAT: left" alt="水薙鳥の翔ぶ碧い海へ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100202/17/onihei2/10/c3/j/t02200165_0500037510398387716.jpg" border="0"></a> <br></p><p>我々の船はベッドルームが2つあり、フォアキャビンは藤次郎氏の部屋で専用のトイレがある。バウのキャビンは私の部屋。私の部屋にもトイレが付いており、それぞれ自分の責任で清掃している。自分の部屋をそれぞれ持っているなど贅沢な話であるが、残念ながらエアコンは付いていない。船室は夜でも３０数度はゆうに有り、いつもサウナ状態である、明け方30度を若干下回る位である。</p><br><br><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100202/17/onihei2/0e/31/j/o0500037510398387718.jpg"><img style="CLEAR: both; FLOAT: right" alt="水薙鳥の翔ぶ碧い海へ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100202/17/onihei2/0e/31/j/t02200165_0500037510398387718.jpg" border="0"></a> <br></p><br><p>従って生活は殆んど甲板の上ということになる。だから例の社交場から良い気分で船に帰ってきても、すぐに部屋に入って寝ることは出来ない。毎晩夜の2時頃までデッキで涼をとりながら寝ており、部屋が涼しくなった頃、自分たちの部屋に降りて行って寝ると言う毎日であった。</p><br><br><br><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100202/17/onihei2/71/de/j/o0500037510398387722.jpg"><img style="CLEAR: both; FLOAT: left" alt="水薙鳥の翔ぶ碧い海へ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100202/17/onihei2/71/de/j/t02200165_0500037510398387722.jpg" border="0"></a> <br></p><br><p>船には備え付けの台所があり、ガスコンロやオーブンまで備え付けられており申し分ないが、男所帯なので、ともかく簡単にということになる。冷蔵庫もあるが、エンジンを動かし続けることが出来ないので、冷蔵の必要な食材も使えない。どうしても缶詰や日持ちのするものに食材が偏る、それを補うのが夜の社交場ということになる。</p><br><br><p><br></p><br><br><p><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100202/17/onihei2/8a/c7/j/o0500037510398388353.jpg"><img style="CLEAR: both; FLOAT: right" alt="水薙鳥の翔ぶ碧い海へ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100202/17/onihei2/8a/c7/j/t02200165_0500037510398388353.jpg" border="0"></a> 暑いところへ航海をする場合はエアコンや補助エンジンの装備が必要なのかもしれないが、この苦労があったればこそ、貴重な経験が出来たとも言える。滞在中風呂はどうしたのかというと、島には風呂屋や民宿などで風呂のみ使わせてくれる、というようなところは一軒もない。ただ海岸にはトイレと脱衣所、シャワーが必ず完備されている。我々はもっぱらこのシャワーを利用した。毎日誰とはなく、陽射しが耐え切れなくなるほど強くなったとき、「風呂に入って汗を流さない？」という合図でシャワーを使いに出かける。その際洗濯物も持参して、シャワーを使いながら脚で洗濯物を洗うといった器用な芸当をやってのける。洗い終わった洗濯物は、船に持ち帰り、ロープを張った洗濯干しにぶら下げる。色とりどりのＴシャツや、パンツそれに日よけ用のタオルケットが船の上にへんぽんと翻る、壮観である。</p><br><br><p>シャワーといえばこんな話もある。父島では朝夕大体決まった時間にスコールがある。島の北東部からスコールが始まり、10分程度で島の南西部に抜けていく。スコールが来ると我々は待ってましたとばかり、裸になって甲板に飛び出し、シャワー代わりにスコールを浴びる、堀江さんや白石さんは走る船上でスコールを浴びるので、それはさまになっているが、我々はロープでしっかり固定された船の上であり、あまり格好の良いものではない。でも我々は恥ずかしげもなく何回となくスコールシャワーを浴びたものである。</p><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/onihei2/entry-10448943273.html</link>
<pubDate>Tue, 02 Feb 2010 17:43:24 +0900</pubDate>
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