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<title>オペラひとりごとのブログ</title>
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<title>何回でも観られるオペラ―　１位　ドン・ジョバンニ</title>
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<![CDATA[ <p><font size="3">何回も行ったオペラの第一位は何か?　人によって意見が分かれるところであるが、私の場合は<strong>モーツァルト</strong>の<em><strong>ドン・ジョバンニ</strong></em>である。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">第一の理由は、私が<strong>Erwin Schrott</strong> というバリトン/バスの大ファン（ほぼ追っかけに近い)で、彼は、この劇のドン・ジョバンニ</font><font size="3">はだけでなく、従僕のレポレッロの二役を得意とし、よく有名劇場から抜擢されているからだ。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">第二の理由としては、音楽がいい。モーツァルトのオペラの中で個人的に一番、不協和音とモチーフがドラマティックに使われているからだと思う。また、<strong><em>フィガロの結婚</em></strong>と同様に、モーツァルトが一人の人間の感情が複雑であることを音楽によって表現しており、</font><font size="3">聴けば聴くほど理解した気になるからかもしれない。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">第三の理由としては、この劇が人気があるがゆえに何回も上演されるため、集客がある意味で難しいので、リピーターにも関心を持ってもらうためか、プロダクションも工夫をこらしていて、どういう風に、ドン・ジョバンニが料理されるかが期待できるからである。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">第四の理由として、あえて挙げればドン・ジョバンニは主役であるのだが、他のかなめの人たち(ドンナ・アンナ、ドン・オッタービオ、ドンナ・エルヴィラ)の個人的技量がわかりやすく、将来のスター（ツェルリーナとマゼット）を早めに見出すことが出来るのも面白い。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">というわけで、明日ヴェローナに<strong>Erwin Schrott</strong> のドン・ジョバンニをみにいくがこれで劇場で観るのが通算３７回目(そのうち彼が出るのは２７回）となる。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">はじめて<strong>Erwin Schrott</strong> を観たのは、２００２年のロンドンの</font><font size="3">ROHで、彼はレポレッロとして出ていた。その時のドン・ジョバンニはGerald Finley、面白いのがAnna Netrebkoがドンナ・アンナとして共演していたことである。その時は、声がいいとは思ったものの、こう追っかけまでしたいと思うような印象はなかった。その後、フィレンツェに移り住み、２００５年５月に今度はドン・ジョバンニとしてやってきて、印象的であった。がしかし、それでも若い新進の将来性のある歌手遠吠えを深くしたにすぎなかった。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">ところが、同年の９月に Verdi の<strong><em>　I　Lombardini alla Prima Crociata　</em></strong>に悪役の　パガーノで出たのだが、ダブル・キャストで、もともと私が買っていたチケットには彼は出る予定がなかった。フィレンツェの大家さんのご主人のほうが同日のサッカーの試合を優先し、観に行かないと宣言したおかげで、お鉢が回ってきのが、運命だったように思う。兄嫁に横恋慕をした挙句、父親を兄と間違って殺し逃亡。その時の恋に盲目となった手段をも選ばぬ、その迫力のある演技と声に圧倒されてしまった。第二幕目は、打って変って彼が逃亡の果て隠者となり、時の十字軍とアンティオキアの戦いの中、十字軍を陰ながら助けてゆく。　最後には重傷を負うが</font><font size="3">、兄との和解を遂げ死んでゆくのだが、全く違った役を（初めは違う人が演じているのかと思うほど）、人格が変わった姿を見事に演じていたのに驚いた。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">そして、自分のもともとのチケットで同じものを三日後に観に行ったのだが、なんともがっくり。これが、同じオペラ?！　それまでダブル・キャストと知らなかっただけに、耳がおかしくなったのかと最初は思ったものの、(遠い席で見た目にはわからず)このひとりの歌手でこうもオペラが違うのかと知った、最初の機会であった。</font></p><p><font size="3">そこで、しつこく彼の出る日のチケットを買い観に行ったところ、最初の日の感動にもまして、それを通り越して感激！　帰って調べてみるに、１９９８年のドミンゴ主催のコンクール、オペラリアで見事に一位の実力とのこと。それから、彼の成長を観る機会を得るために、追いかけることになる。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">全く持って、大家さんに感謝(ご主人の方にかな?）！！</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">オペラリア</font></p><p><font size="3"><a href="http://www.operaliacompetition.org/competition/winners?year=1996">http://www.operaliacompetition.org/competition/winners?year=1996</a> </font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3"><br></font></p>
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<link>https://ameblo.jp/opera-hitorigoto/entry-11304951528.html</link>
<pubDate>Tue, 17 Jul 2012 17:36:03 +0900</pubDate>
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<title>Gergiev指揮によるコンサートをGrand Théâtre de Provence で聴く。</title>
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<![CDATA[ <p><font size="3">七月十二日AixにあるGrand Théâtre de Provence でValery Gergieveの指揮のもと</font><font size="3"> London Symphony Orchestra演奏のコンサートを聴いた。演目は以下のごとし:</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">Igor Stravinsky 1882-1971</font></p><p><font size="3"> Feu d'artifice, fantaisie pir orchestre op.4</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3"><span>Piotr Ilitch Tchaikovski (英Pyotr Ilyich Tchaikovsky）</span>  1840-1893</font></p><p><font size="3"> Concerto pour violon en re majeur op.35</font></p><p><font size="3">    </font></p><p><font size="3">Igor Sgravinsky </font></p><p><font size="3"> L'Oiseau de feu</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">とても素晴らしかった。特にバイオリン奏者の<span><strong>Nikolaj Znaider</strong>　はコペンハーゲン生まれのポーランド系ユダヤ人で３７歳になったばかりで、素晴らしい技法でチャイコフスキーの音楽解釈を披露してくれた。途中アクシデントで弦が切れてしまうハプニングがあったものの、弦を変えている最中にも、ある種の静けさが漂い、観客が余韻を味わっているのがわかった。アンコールに答えて、バッハの<strong>Six Suites for Unaccompanied Cello　in D major, BWV 1012のＧａｖｏｔｔｅ</strong>（と思う）を弾いたときに、チェロで聴くのと違うデリケートさが、彼の繊細な弓捌きと音楽的感性で表現されており魅了されてしまった。</span></font></p><p><font size="3"><span><br></span></font></p><p><font size="3"><span>火の鳥では、今まで素手で指揮をしていたGergieveが、つま楊枝大の指揮棒を右手に振り出し、素人目にはなぜにそれが必要なのかはわからなかったものの、素晴らしい演奏で息をつくのを忘れてしまいそうだった。</span></font></p><p><font size="3"><span><br></span></font></p><p><font size="3"><span>指揮者で、こうも違うという経験をすることがあるが、今回もその一つ。　フィレンツェで暮らしていた時代、２００６年に小澤征爾が来て、メンデルスゾーンのElias　(これはコンサート形式のオペラだったが)を振った時、これがフィレンツェのオーケストラかと思うほど、見違える演奏を聴くことが出来たのを覚えている。指揮者は偉大である。</span></font></p>
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<link>https://ameblo.jp/opera-hitorigoto/entry-11304532668.html</link>
<pubDate>Tue, 17 Jul 2012 00:56:16 +0900</pubDate>
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<title>モーツァルトのレクイエムをオランジュの古代ローマ劇場で聴く</title>
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<![CDATA[ <p><font size="3">七月十三日、古代ローマ劇場で　Myung Whun Chung指揮で Oｒchestre Philharmonique de Radio France演奏の モーツァルトのレクイエムをで聴く。Choeur de Radio France のコーラスで四人のソリストは以下のごとく；</font></p><p><font size="3"><strong>Patrizia Ciofi</strong>, soprano</font></p><p><font size="3"><strong>Nora Gubisch</strong>, alto</font></p><p><font size="3"><strong>Topi Lehtipuu</strong>, tenor</font></p><p><font size="3"><strong>Gunther Groissböck</strong>, bass</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">音の反響は思っていたより良くなかったものの、キリストが生まれる前（B.C.40) に造られた劇場でしかも<span>アウグストゥスの石像の下で二千年後に</span>、しかもローマ人が迫害したキリスト教の神を称える歌（１８世紀後半ににモーツァルトが作曲）を聴いたのは、何とも感慨深い経験であった。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">席はほぼ満席。一団が６０センチくらいある階段に皆が座布団を持ち寄りながら、老若を問わずぎっしりと詰まった人々の多さにこれもびっくり。不景気といわれながら、夏のフェスティバルはその余波をまだ受けていなかった。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">テノールの<strong>Topi</strong>はオペラ劇場で何回か聞いたが、美し声の持ち主ではあるが、ボリュームに欠け、今回もあまりよく聞き取ることが出来なかった。しかし、ＤＶＤでみたＧｌyndebourneでのＣosi fan tutteの彼のフェルランドはとても素晴らしかった。　</font><font size="3"><font size="3"><strong>Patrizia Ciofi</strong>,は、期待通りに美しいが、彼女の声にとってもオープンエアの大劇場は、大きすぎるような気がした。</font></font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">アルトの<strong>Nora Gubisch</strong>は、フランス中心に活躍しているらしく、初めて聴いたがとてもパワフルで暖かい声であったし、<strong>Gunther Groissböck</strong>は大劇場でとイツものをメインに活躍してきた、実力のある歌手であるが、今回も手堅く印象的なバスで、観客を魅了していた。これからはロシアもの、チェコものも歌っていくようなので楽</font><font size="3">しみである。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">この曲を、モーツァルトの死の際、世界に先駆けて追悼ミサを行なったといわれているプラハの聖ミクラーシュ教会で聴いたことがある。ここは逆に、反響が良すぎて、音が重なり過ぎて、音を聞いたというより、体感したといった感があった。　</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">やはり、この曲はコンサートホールで聴くのがよさそうである。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">、</font></p>
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<link>https://ameblo.jp/opera-hitorigoto/entry-11304508333.html</link>
<pubDate>Mon, 16 Jul 2012 23:57:25 +0900</pubDate>
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<title>Written on Skin by George Benjamin</title>
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<![CDATA[ <p><font size="3">夏のアクサンプロヴァンスのフェスティヴァルは、たいてい七月に行われるが、去年まで行ったことがなかった。　英国人の友人の勧めで<em>、<strong>「鼻」　</strong></em>という<strong>ショスタコヴィッチ</strong>の作品を観に行ったのだが、この プロダクションを担当したのが<strong>William Kentridge。</strong>　それまで、彼の作品を、美術館で見る機会があったので、舞台制作をしているとは知っていたが、それを始めてみてとても面白かった。大小のセットと映像を巧みに組み合わせ、その中を<strong>鼻</strong>があるときは被り物をした役者によって、またところどころは映像によって逃走するという舞台を天井からは端まで使った面白い作品だった。　照明のUrs Schönebaumも、映像と舞台という難しいコンビネーションをさらにこうかてきにみせ、衣装のGreta Goirisはややオーソドックス乍、美しい色遣いだった。歌手も世界中の大劇場で活躍しているロシア歌手を採用し、大変印象に残る作品だった。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">そこで、今年も柳の下のトジョウを狙いやってきたわけだが、題名も<strong><em>Ｗｒｉｔｔｅｎ　ｏｎ　Ｓｋｉｎ</em></strong>　と聞いたこともないオペラだった。それもそのはず、Nederlandse Opera, Amsterdam、 Royal Opera House Covent Garden, London、Théâtre du Capitole, Toulouse　そして le Teatro del Maggio Musicale Fiorentinoの共同制作だがそれより先駆けてここアクサンプロヴァンスで、<em>World premiere</em>としてお目見え<em>、</em>しかも作曲家のGeorge Benjaminが指揮をするという貴重な体験だった。　</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">劇の内容は、８００年前の本が貴重な時代だった時代の裕福で教養のある地主とその妻を中心に、美しい稀本を書く（作る）このとできる少年が、地主の注文で本を作成するために。彼らの住む家に迎えられるところことから始まる。　その彼らの生活を、陰で操作しているのが天使たちでこの少年は天使と中世の世界をいったりきたりできるせっていとなっている。舞台は上下に分かれ、上部では天使たちが本にかかわる仕事をしている(修復のようにも見えるがさだかではない）。　中世の人間は、第一部では下部のしかも右三分の二をっている地主の家の中でしか行動しない。　一階の左三分の一の部分では天使たちが、この中世の世界に三人の天使を送るコム土岐の、衣裳部屋となっている。彼らが天使としての役目をしているときは、黒い現代衣装で現れ、舞台のセッティングをも含め、地主の夫婦を操っている。これは日本の文楽、または歌舞伎の黒子のような役目と重なるが、違う点は彼らが歌うこともあるというところだ。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">ストーリーは、この地主がプロテクターとして妻も所有の財産の一部とみなし、物質的にも精神的にも自己</font><font size="3">満足な生活をしている反面、妻はその保護に対する見返りとして、服従を強要されて折り幸せそうではないが平穏な生活をしている、という設定から始まる。これが、たまたま旅人の少年が現れるところで、この夫婦の生活に、一石が投じられるのだが、この先は<em>World premiere</em>という貴重な経験を、これからいろいろな劇場で体感するのがよいように思うので詳しくはのべないことにする。、</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">音楽は、勿論現代音楽！一部、シュトラウスのサロメの一部をも彷彿させるような、そして時として、能における日本の笛の演奏法をフルートにとりいれたり、、はたまた、新しい試みとしては</font><font size="3"><span>Glass harmonicaをオーケストラの中に組み込んで、不思議な天使の世界と人間の世界の混ざった演出を効果的にしていた様に思う。　これも、後日もっと勉強をして、直観で感じたことが作曲家の意図だったかどうかを、もらったパンフレットの仏訳を徐々にしながら、またレビューをアップデートしながら追っていきたいと思う。</span></font></p><p><font size="3"><span><br></span></font></p><p><font size="3"><span>個人的には、完全にわからないまでも、見てて楽しかったうえ　音楽も摩訶不思議、そして主役の三人の歌声はいずれもとても美しかったので、観に行ってよかったと思う。　</span></font><font size="3"><span><strong>Bejun Metha</strong>は、バロックで一度しか観たことはなかったが、前回にもまして印象的で温かくかつ純粋な声で天使かつ少年の役にピッタリであった。また。地主の<strong>Christopher Purves</strong>は英国の劇場ばかりでなく、最近はスカラ座の「ピーター・グライムス (by ベンジャミン・ブリテン）」で船長役を観て感激したばかりだっただけに、今回も難しい地主の感情の変化を力図よく演じていて、実力を再確認させられた。</span></font></p><p><font size="3"><span><br></span></font></p><p><font size="3"><span>因みに一緒に行ったフランス人の友人は一回見れば十分と、テレビでの再放送を観るのを拒否していたが、私はもう一度見て少し理解を深められたらと思う。　</span></font></p><p><font size="3"><span><br></span></font></p><p><font size="3"><span><br></span></font></p><p><font size="3"><span><br></span></font></p><p><font size="3"><span><br></span></font></p><p><font size="3"><span><br></span></font></p><p><font size="3"><span><br></span></font></p>
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<link>https://ameblo.jp/opera-hitorigoto/entry-11300704767.html</link>
<pubDate>Thu, 12 Jul 2012 15:43:05 +0900</pubDate>
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<title>来年はオペラファンにとって大切な年！めったに観れないVerdiのオペラを観れるかも？　</title>
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<![CDATA[ <p><font size="3">来年はオペラファンにとってとても忙しい年となりそう。　ワーグナーとヴェルディが生まれてから２００年目、さらにベンジャミン・ブリテンが生まれてから１００年目と、各オペラ劇場がこぞって彼らの生誕を祝うべく、選りすぐりのオペラを見せてくれるからである。</font></p><p><font size="3">では来年までまだ時間があると思っていると、それだと見なけれがならないものを沢山見逃してしまうことになる。というのも、オペラのシーズンというのは年末をはさみ、早いところで九月、遅くてもスカラ座の十二月七日ミラノの守護聖人Sant'Ambrogioの日から新しいシーズンが始まる為、もう今年の後半からすでに２０１３年の行事は始まっているのである。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">では、何を観に行けばいいのか?　ヴェルディのオペラからまず始めてみよう。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">まずは珍しいところをみたいといのであれば、<em>オベルト</em>　があげられる<em>。</em>今までも、<em>オベルト　</em>は年に世界中で一劇場が公演するかどうかのオペラで、ヴェルディの最初の作品としては興味深い。しかしながら、オペラとしては、説明が載っている本もあまり無く、有ってもあらすじくらいということからも鑑みられるように、後のヴェルディの作品に比べると足もとに及ばない。それでも、当時は１４回も公演され、リコルディからも出版され、これがきっかけとなって、その後のスカラ座との契約が確約されたという点でも見ておく価値がある。　</font></p><p><font size="3">さてどこの劇場で、ヴェルディを世に出すことになったこのオペラを観られるのかとチェックしてみると、なんと１８３９年の初演を行ったスカラ座だけだということがわかった。、それも、４月と５月にニュープロダクションと何とも気合の入った企画で、お目見えするというのが感慨深い。　ソプラノの<strong>Maria Agresta</strong>は聞いたことはないものの、他の歌手は実力のある<strong>Fabio Sartori</strong> (T)　と　<strong>Sonia Ganasshi</strong>　(MS)　を配していて、面白そうである。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">ヴェルディの第二作目の<em>一日だけの王様</em>　(喜劇)もめったに観られない。これは大失敗に終わった作品であるが、その理由として、この制作中に妻子を続けざまに失ったヴェルディが、喜劇をつくり続けることが現実的に無理だったということを考慮に入れるべきだろう。　ヴェルディは、この手ひどい失敗のせいで、彼の最後の作品の<em>フォルスタッフ　</em>まで一切喜劇を書くことはなかった。　この失敗した作品を、是非見たければ、フロリダにあるサラソータ劇場が唯一２０１３年の３月に、また今年の １０月と１１月には新進の<strong> Irina Lungu</strong> (MS)　と<strong>Dalibor Jenis　</strong>(Br)　を配した、ビルバオ<font color="#ffffff">（ Asociación Bilbaína de Amigos de la Ópera） でのみ見ることができるようだ。<br></font><br></font></p><p><font color="#ffffff"><font size="3"><em>二人のフォスカリ</em>　と<em>ジャンヌ・ダルク　</em>そして<em>スティッフェーリオ</em>は、上記の二作ほど珍しくはないものの、あまり公演されない。。　</font></font></p><p><font color="#ffffff"><font size="3"><em>二人のフォスカリ</em>　は三か所で見ることができる。法と家族愛の狭間にたち苦悩するヴェネチア総督（Ｂｒ）の姿を、Liège　(５月)　と　Palermo (２０１２年１２月） は <strong>Leo Nucci</strong>, そしてLos Angeles (2012年　9-10月)は　<strong>Plácido Domingo　</strong>という重鎮歌手を配し、世の中の無常を描くつもりのようだ。</font></font></p><p><font color="#ffffff"><font size="3"><em>ジャンヌ・ダルク</em>　は</font></font><font color="#ffffff" size="3">Chicago Opera Theaterでしかも配役も発表されていないが、来年の９月にするらしいが、ここ以外観れるところはない、 <br>この二つは、後にヴェルディが「ガレー船の年月」と振り返った、熟考して選考する暇もないほど、多作をもって作曲家の地位を築かなければならなかった頃の作品である</font></p><p><font color="#ffffff"><font size="3"><em>スティッフェーリオ　</em>はブダペスト（Hungarian State Opera－４月と６月）とモナコ(４月）で来年見ることができる。モナコのはニュープロダクション、それにテノールのJosé Cura　と　新進のErmonela Jahoをもってきているので、是非行こうと思っている。　</font></font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">ところで、ヴェルディの黄金期のオペラは、<em><strong>リゴレット</strong></em>、<strong><em>イル・トロヴァトーレ</em></strong>、そして<strong><em>椿姫、</em></strong></font><font size="3">と言われているが、この時期はヴェルデイが金銭的余裕と、其れにもまして名声を手に入れて、彼の目指す<strong>劇とオペラの一体化</strong>を目指すことできた時代だった。また、それはロッシーニが確立したイタリアオペラの原型という方からの脱却をも意味していた。しかし、ヴェルデイのそれ以降のオペラが、全部成功したというわけではなく、興業的に今でもあまり成功しないせいなのか、<em><strong>シチリアの晩鐘　</strong></em>はあまりみる機会がない。　それでも　来年は<font color="#ffffff">Bilbao,（ Asociación Bilbaína de Amigos de la Ópera、２月）、Budapest(SO、２－５月)、そして Frankfurt(Ope、６―７月) で観ることができる機会があるのは嬉しい。でもまず今年の９月に、ウィーンのStaatsoper でも四回だけだが演じられるので、これを観に行く予定にしている。</font></font></p><br><p><font color="#ffffff" size="3">以上が私の見たことの無いオペラでもあり、それ故に万障繰り合わせて身に行きたいと思っているものである</font></p><p><strong><em><br><br><font color="#ffffff"><br><br><font size="3"><br></font></font></em></strong></p><p><font color="#ffffff" size="3">以下のオペラは２０１２－１３年には、どこにも予定が今のところない。</font></p><p><font color="#ffffff"><font size="3"><strong><em>十字軍のロンバルディア人</em></strong>は何回か見たことがあるのでよいのだが、<em><strong>Alzira 、I masnadieri　Il corsaro、</strong></em>そして<strong><em>　</em></strong><span><strong><em>レニャーノの戦い　</em></strong>の四つのオペラは、観たこともまた観ることも、ここ一ー二年は出来なさそうである。　</span></font></font></p><p><span><br></span><span><font color="#ffffff" size="3">しかし、ヴェルディの残りのほかの演目は、比較的沢山の劇場が公演の演目に入れており、あとは、プロダクション、指揮者、そして歌手を吟味して、ゆっくり徐々に手に入れることが出来そうである。</font></span></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font color="#000000"><br><font size="3"><br></font></font></p><br>
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<link>https://ameblo.jp/opera-hitorigoto/entry-11299084835.html</link>
<pubDate>Tue, 10 Jul 2012 14:32:41 +0900</pubDate>
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<title>オペラに　はまってしまった！</title>
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<![CDATA[ <p><font size="3">オペラ好きが高じて、サブタイトル、音楽そして舞台で同時に何が起こっているかを解りたい、という大層な夢をかかげ、ゼロからのイタリア語を習いにフィレンツェへやってきたのが十年前。そして、最初の意図は必ずしも悪くはなかったものの、イタリアの劇場でリブレットを手にオペラを見ている上品なイタリア人の観客を観るに至り、イタリア語の奥の深さ、そして音楽との関連のせいで日常会話に使われているものとはちょっと違うことに気がつきがっくりしたのを、懐かしく思う今日この頃、友人の勧めもあり、思い切って独り言として自分のオペラに対する思い入れを、書いてみようかと思いたつ。</font></p><br><p><font size="3">初めて見た生のオペラは、モーツァルトの魔笛。　ドイツ語の会話が音楽劇を分断したという印象と夜の女王の圧倒的な歌以外は、どこの引っ越し公演だったかも今となっては覚えていないほど印象が残らなかったのを覚えている。　</font></p><p><font size="3">これに懲りず、イタリア物のこれまたモーツァルトのフィガロの結婚を観たときに、これが同じ人が作ったオペラ?と考えさせられ、更にはワーグナーのローエングリンを見るに至っては、同じとイツ人とは思えない音楽構成に驚き、オペラと一言にいうものの、なぜこうも多様なのかを不思議に思い、このよく解らないものを解りたいという片思いが、オペラにはまることになった原因だと思う。</font></p><br><p><font size="3">ジグゾーパズルの断片を集めるべく、各国の劇場の東京公演に出かけたいものの、引っ越し公演さらには円安のせいで、高い!　仕事をしている身では、発売の初日に必ずしも電話がかけられる身分ではなく、結局はあまりいい席でないにもかかわらず、ほぼ一番高い席しか残っていず、そうそう何回もいけるというのは叶わない。因みに、オペラは安い席から売れていくようで、それもこれもオペラに情熱を持ち、できるだけたくさん見るということに命を懸けている人たちがたくさんいる故である。私の場合その情熱と時間が足りなく劣っていたようだ。</font></p><br><p><font size="3">仕事を辞める前までに見ることができたオペラは、２７回のみで、２２種類の演目を観たにすぎない。また日本では、収益を考慮し、基本的には人気のある演目を組むようで、ワーグナー、モーツァルトを除くとほとんどがイタリア物、ラッキーならチャイコフスキーとロマン主義のフランス物(カルメンは幸運でなくても見れるが）が見れるといった具合に、たくさんの種類を観るのはかなり難しい・現代ものはもってのほか。</font></p><p><font size="3">オペレッタは時間的には比較的短いものの、たくさんの登場人物を要するので、東欧の公演が多かったように覚えている。</font></p><br><p><font size="3">前述した様に仕事を辞めたのを機会に、海外に暮らしてその間に思う存分オペラをみようとおもいたったわけであった。　たくさん見るには沢山作られているイタリア語のオペラ、故にイタリア語と短絡的に考え、正しいイタリア語はシエナがペルージャと最初は思ったものの一年いるにはどちらも小さすぎる感があり、最終的にはフィレンツェを勉強の地と決める。</font></p><br><p><font size="3">これがさらに、迷路のような出口のない旅?はたまた滞在になると知る由もなかった。これも、若いうちならともかく、この年にして”無知”と”希望”という手を携えてはいけないふたつの要素を信じ無鉄砲に行動に移したせいだったと今にして思う。</font></p><br>
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<link>https://ameblo.jp/opera-hitorigoto/entry-11298757430.html</link>
<pubDate>Mon, 09 Jul 2012 23:26:24 +0900</pubDate>
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