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<title>とある息子の看護記録</title>
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<description>一人暮らしの母親が急に脳梗塞になりましたとさ。</description>
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<title>100日目　かしましい姉妹</title>
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<![CDATA[ <p>100日目。この日、母の姉様お二人が病院に来て下さった。</p><p>新幹線が必要な程度の遠方にすまれているため、これまでの経過は電話で定期的に</p><p>お伝えしていたのだが、ある程度病状が落ち着いて来たので一度会いにいくわーということになった。</p><br><p>駅の改札集合にしていたのだが、この日は寒かった。年をとっている人にはつらいかねぇ、なんて思っていたのだが・・こちらはあったかいねぇと言われてしまい苦笑。やはり都市部は暖かいのか・・・</p><br><p>さてここ数回の訪問では行ってもテレビを見ていてあまり会話をしなかったのだが・・・さすがに姉妹は違うのか。行くなり会話が始まりそのまま1時間ほど？途切れることなく話は続いていた。うーむさすがは姉妹・・・と思って関心していた、のだが。。。</p><br><p>リハビリの時間が来たのでおしまいになったあと、どうにもおば様方の表情が微妙。どうでしたかーと聞いてみると・・・あれ？なんかショック受けてるーー！？こちらから見ると普通に会話をしていたように見えたが、「声が小さくてよくわからんかったわ」とのこと。</p><br><p>確かに最初はだいぶ小さかったけど最近は大きくなったような気がするんだが・・・今でも元とは違うということか。その後帰り道でもおば様方のことはは少なく、そのままお別れとなってしまった。分かれた後お二人はどういうお話をするんだろうか。</p>
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<pubDate>Wed, 29 Apr 2015 13:37:13 +0900</pubDate>
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<title>93～96日目　その２　バイオハザード病院</title>
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<![CDATA[ <p>９３日目。母は一日に多くて3回リハビリにいくのだが、基本的に時間はランダムである。で、この日は3回中2回が連続した時間に行われるらしく、そして私がこの日訪れた時間は連続1回目の直後。ようするに2時間待ちになったわけであり、いやーＤＳ持っていってよかったよかった。しかし母のベッドに座ってもくもくとＤＳをやっている姿は周りからどう見えていたのか・・・。</p><br><p>で、帰ってきた母曰く。最近、院内を豚が走り回っているらしい。まぁ、それは前から言われていたことなのだが。なんとこの前、おじさんの身体を豚がつらぬいたらしい。身体に穴空いちゃうじゃないといったら、そうなのよ～という母。</p><br><p>それなんてバイオハザード病院？ゾンビ犬ならぬゾンビ豚。</p><br><p>そしてぶたにおせんべいをやるとどっか行っちゃうらしいので、おせんべいを持ってきてという。まぁ、雑食だし人も貫くしおせんべいも食べるのだろう・・・？</p><br><br><p>９６日目。この日は豚の続報。なんと豚よりすごいのが現れたらしい。ただし母も見ていないらしく、何かはわからないという。・・・とうとうハンター登場だろうか。</p><br><p>この日はおかきを持ってきてという。・・・米菓子は確かに母は好きだが、食べるためなのか巻くためなのかがなんとも紙一重。</p>
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<pubDate>Sat, 31 Jan 2015 22:22:17 +0900</pubDate>
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<title>93～96日目　その１　地域包括支援センター、再び</title>
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<![CDATA[ <p>90日目のミーティングを行った数日後の土曜日。午前中に地域包括支援センターを訪れていた。今後の相談をしたかったのである。</p><br><p>恐らく母の一人暮らしへ戻るのは厳しそうな感じである・・・じゃあ今後どうしたらよいものか。介護認定の紙にはケアマネージャーさんを指名できる施設一覧があったが選ぶ必要があるのか。そーいったもろもろを聞くためである。前に一度話を聞いてもらった人は・・・いないか。まぁ誰でも言いかと思って受付を訪れると、ちょっと頭の薄めな男性が応対してくださった。こういった受付で男性って考えたら珍しいかも・・・と最初は思ったのだが。</p><br><p>結論からいうと。ひっっっっっじょーーによくしていただいた。というのもこちらが聞きたいことについてはてきぱきと答えてくださった事に加えて、そういった状況でしたらこんなのもありますがいかがですか、と色々と提案してきてくださったのである。最初は母の状態もそこまで詳しくは話さず、まずはこちらの疑問点を聞いていったのだが、もうこの人ならいいやと思って母のリハビリ計画書まで見せてしまった。最後に名詞をいただいたので見たらその受付のチーフ的立場の人であった。さすがである。</p><br><p>さてここで聞いたこと、知ったことをつらつらと。</p><br><p>・特別養護老人ホームの受付は締め切りが年2回で指定されている。早く出しても出した順に受付、とかではないらしい。あくまでこの地域は、なのでほかは違う可能性がある。待ち人数も多いが、うちの場合はかなり状況的には悪いので狙ってみる価値はあると思われる。ただし最短で入れたとしても半年はかかる。その間は病院を出たとしたら別施設を病院のソーシャルワーカーさんが面倒を見てくれると思われる。短期間の施設も地域ごとに込み具合は違うので、行動範囲が広いなら地域をずらして探すのもあり。今のリハビリ病院はここと離れているなら、そちらの方がすいてる可能性は高いと思う。</p><br><p>・ケアマネージャーさんの一覧が介護認定の紙に同封されていたが、あれは自宅支援向け、つまりは居宅介護を扱うケアマネージャーさんの一覧。もし施設に入った場合は、その施設にケアマネージャーさんがいるので居宅の予定がないなら現段階でケアマネージャーさんを無理して指定しなくてよいと思われる</p><br><p>・要介護度４以上の重い方向けのサービスがある。出張理髪とか。</p><br><p>あんまりつっこんだことを書いてもあれなのでこの辺だろうか。この人なら今後もがんばれる。そう思える人を捜索できただけでもこの訪問は役に立った、そう思える。</p><br><p>・・・土曜午前に行くのはきついんだけどね</p>
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<link>https://ameblo.jp/orionate/entry-11978817134.html</link>
<pubDate>Sun, 18 Jan 2015 21:27:22 +0900</pubDate>
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<title>90日目　定例ミーティング①</title>
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<![CDATA[ <p>90日目。この日は午後より、関係者ミーティングが開かれた。入院するときに、1ヶ月に一度ぐらいのペースで患者を担当しているチームとご家族とでミーティングを行い、リハビリの状況などをお知らせしてくれるといわれていたやつである。平日の午後指定ではあったが・・・。</p><br><p>ということで嫁さんともども、午後半休を取って病院へかけつけたわけである。打ち合わせ室で待っていると、現れたのは3名。担当の看護士さんと、療法士さん2名。うーむ、お医者様がいないのはともかく、ソーシャルワーカーさんぐらいは追加でおられてもいいんじゃないかなーとは内心思ったが、まぁ心のうちにとどめておく。母の入院してから今までのリハビリの結果と、現状どんな状況にあるのかをそれぞれ教えていただいた。</p><p>また、リハビリの計画書をいただいた。この計画書には結局のところ母の状況を客観的に言えば何に値するのかが書かれていたり、運動や認識などの項目ごとに7段階のレベルで評価されていたりと、この書類をもらえたのが一番の成果だったように思える。</p><br><p>で、肝心の母の状況だが・・・まあ、正直なところ大きく変わったところはない感じだろうか。10数個ある項目のうち半分は最低のレベル１である。なかなか母の状況はしんどいままなんだなぁ・・・と客観的に把握できた感じだろうか。一ヵ月後の目標もそれぞれ何かができるようになる、というよりは意識レベルの向上とか、障害の軽減とか、そういったことが目標になっている。これはなかなか厳しい戦いになりそうだ。</p><br><p>それでも、だんだんとよくなってきている部分もあるとのこと。それでもちょっと自宅に帰るのはつらいんじゃないのかなー・・・と悩みながら帰りましたとさ。</p><br>
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<link>https://ameblo.jp/orionate/entry-11974477164.html</link>
<pubDate>Wed, 07 Jan 2015 22:48:49 +0900</pubDate>
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<title>75～86日目　リハビリですることはこんなこと</title>
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<![CDATA[ <p>75日目～86日目。それほど大きなトピックがない日が続いたらまとめることにします。</p><br><p>75日目</p><br><p>　行くとご飯が終わってお茶飲んでるあたりで、まだベッドに戻らず食事場所にいるときだった。こちらも椅　子を持ち出してしゃべっていたら、おばあちゃんが一人しゃべりかけてくる。なんと９０歳らしい。とはいっても補助具を使って歩くリハビリをしているそうで、2回目の入院とのこと。前にも3ヶ月ぐらい入ってて一回は戻ったんだけどまたきちゃったわ～あんたまだ若いんだから大丈夫よ～なんてしゃべってる。</p><p>　私から見ると母は母で特に入院前から比較すると年とったな～なんて思うが、入院患者の平均からしたらぜんぜん下だろう。やる気だしゃあまだまだリハビリの効果も高いだろうになぁ・・・なんて思ってしまった会話だった。</p><br><br><p>79日目</p><br><p>　母は日本画をスクールに通って習っていた。ので最初のミーティングにて、それは伝えてあった。この日はベッド傍に白い厚紙が何枚か置いてあり、中を見ると絵が書いてあった。といっても０から書いたのではなく、どうやら塗り絵の線を写したらしい。まぁ日本画をやっていただけあって写すのでもだいぶ上手・・・なのではあるが。</p><p>　なぜこの小鳥は手足が4本あるのだ母よ。その前足は伸びている枝であって身体ではない！そう書いた本人につっこんだら笑っていた。</p><br><br><p>82日目</p><br><p>　この日のベッド傍には折り紙が置いてあった。これもリハビリの一環だろうか。きんちゃくみたいなやつである。普通にうまく折れておる。しかし左手まだ動かないはずなのにどうやって折ったのだろう？という疑問が生まれたのはこの日記を書いている時である。うむ？</p><br><br><p>86日目</p><br><p>　この日は塗り絵があった。どらえもんの塗り絵が2枚。一枚はまぁそれなりに普通に塗りえがされていたが、もう一枚は塗り絵はされておらず、傍の空白にどこでもドアの絵が書いてあった。そして「ドラー」の文字。</p><p>　母よ、どこでもドアへどこかへ行きたいのか？それとドラーというのはミニどらであるぞ母よ。</p>
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<link>https://ameblo.jp/orionate/entry-11966747525.html</link>
<pubDate>Sat, 20 Dec 2014 09:23:34 +0900</pubDate>
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<title>68日目　飲みたいというから</title>
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<![CDATA[ <p>68日目。行った時はちょうどご飯を食べていた。周りの人としゃべりながら食べているようで、邪魔しちゃ悪いかと少したってからしゃべりかけた。すると、ジュースが飲みたいという。ジュースといってもいろいろあるでよ、と言ったらフルーツのがいいという。１００％ジュースでもあるだろうか？と自販機に行くと１００％はなかったが、５０％程度のウェルチのぶどうジュースがあったので買ってみた。買って来たよーとコップについで渡すと、ありがとう、と言って受け取った。</p><br><p>・・・</p><br><p>・・・</p><br><p>・・・いや、飲まなかいんかい！と思わずつっこんでしまった。うん、と答えてそこから飲みだしたが。でも二口ほど飲んで後あげるー、という。うーむ、以前ならごくごく飲むんだがなぁ。まぁ、よくよく考えたらとろみつけなくても飲めるようになったみたいだし、まぁ、いいか。</p>
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<link>https://ameblo.jp/orionate/entry-11962297497.html</link>
<pubDate>Mon, 08 Dec 2014 22:37:37 +0900</pubDate>
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<title>65日目　自分で毒舌と言う人は</title>
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<![CDATA[ <p>65日目。前から一週間ほどたっている。この間に私は海外へ出張へ行っており、その間に嫁さんに行ってもらったのだが・・・どうやら私が一瞬ふらっとベッド傍に来て、声をかけたら去ったらしい。白状ねぇ、なんて私のいないところで言っていたらしい。その頃私は台湾でお仕事中である。まったくもって解せぬ。</p><br><p>　さて、この日は行ったら病室には母はおらず、車椅子に座って食事を取る場所でお茶を飲んでいた。なんでも昼間はなるべくベッドから離れるようにしているらしい。覚醒時間が延びればそれだけ意識レベルも上がっていくと前の病院で言われた気もするのでそれにそっているのだろう。こういうことをしてくれるだけでも、前の病院からうつってきた意味があると思えるのだ。しかしいつの間に車椅子に座っていられるようになったんだ？前は背もたれにもたれっきりだったのに。</p><br><p>　その後、ベッドに戻った時に介護してくれた看護婦さん。母が少しぴんとがずれた会話をしているのだが、その後私に「いつもこうなんですか？」と質問。まぁ大体こうですねーと言ったら母と会話を続け、「私毒舌なのよ○○さん」とおっしゃられた。自分で言うとは面白い看護婦さんである。こういったことを言えるからこそ、こういった病院におられるのだろうか。</p><br>
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<link>https://ameblo.jp/orionate/entry-11960272078.html</link>
<pubDate>Wed, 03 Dec 2014 22:10:42 +0900</pubDate>
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<title>59日目　排泄の欲求</title>
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<![CDATA[ <p>59日目。転院してから6日目。この日は会うなり最初から最後までトイレに行きたがる。そのためにベッドにつけられている柵をとってくれという。リハビリでトイレに行っているせいだろうか？しかし私に言われても困ってしまうのである。。。</p><br><p>柵重いのよ～なんていうからには自分ではずそうとしたのだろうか？まぁトイレに行きたがるのはいいことなのだが・・・自力で行けないのに自力で行こうとするのはちと認識に問題ありか？まぁ・・・少しずつ、かな。</p>
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<link>https://ameblo.jp/orionate/entry-11958754337.html</link>
<pubDate>Sun, 30 Nov 2014 11:51:19 +0900</pubDate>
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<title>57日目　大変なところ</title>
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<![CDATA[ <p>57日目。転院して2度目の訪問。転院時に持ってきた分に追加して、とりあえず実家＋ＵＮＩＱＬＯ＋イトーヨーカドーにて、昼夜3セットずつほど着替えを持ってきてみた。週１～２でくることを考えたら3セットあれば足りると思うのだが。と思って着替えを見ると、なぜかやたらとズボンの洗濯物が多い。そしてそのズボンの洗濯物のうちいくつかはビニールに入れられ、ビニールには油性ペンで「尿汚染」の文字。</p><br><p>・・・今までは常時紙パンツ＋院内着だったからこういうことはなかったのだが・・・そうか、普段着だとありえるのか。ちょうど来た介護士さんがいうには、トイレの訓練を始めたらしい。が、最初のうちはまだタイミングがなかなか合わないらしい。となるとしばらくはこういうことが続くのかしらん。まぁそのおかげで昼間は紙パンツじゃなくて尿パッドですませるので、紙パンツ代が減るのは助かるのだが。</p><br><p>そう、常時紙パンツか、昼間だけ尿パッドかで一ヶ月でも数万単位で値段が変わるのである。それを考えればズボン買い足すぐらいはなんでもない。そういうことで帰りにズボンをさらに３つほど買い足したのであった。</p><br><p>まぁそれは帰りの話として、リハビリから帰ってきた母と会話。向かいのベッドが空いてるから休んでいけば？という。いや、今いないだけだから。向かいさんもリハビリしてるだけだから。そして「しかしここは大変なところだねぇ」なんていう。寝てるだけだったところへいきなり数時間単位のリハビリをし始めたせいだろうか。それともベッドから降りるようになり、見渡してみると似たような境遇の人ばかり目に入るようになったせいだろうか。どういう意味かと聞いても明快な回答は得られず、その真意は雲の中。</p>
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<link>https://ameblo.jp/orionate/entry-11956945929.html</link>
<pubDate>Tue, 25 Nov 2014 22:45:45 +0900</pubDate>
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<title>54日目　その3　いざ転院</title>
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<![CDATA[ <p>54日目　その３　さて、やっと転院当日の話である。昼前に出発になるので、その1時間前ぐらいに病院へ行き、とりあえず入院費の清算を行う。同時に、転院先の病院へ提出する資料一式をいただく。母の状態とかが書かれているらしい。そして退院にあたっての内服薬の説明をしていただく。といっても4種類ぐらいあって全くわからんのだが。というか転院なので持ってけばなんとかしてくれるだろう。とりあえず飲み方だけ、基本的にまだ流動食なので粉状にしてありますというところだけきちんと記憶しておいた。こればっかりはこちらで先方に伝えないとあかんからな。テレビカードはあまっていたのでどうしようかと思っていたら、カードも機械で清算できることを嫁さんが知っていた。私自身は入院したことがないのでわからんのだよ。。。約束の時間10分前ぐらいに、介護タクシーのおば様登場。移動サービス　福祉タクシーらしい。</p><p>　ストレッチャーを持ってきてくださったので、看護士さんと協力して母を移す。そのまま、病院の外のタクシーまで寝たまま移動。廊下に出ると、看護師さんが数名見送りに来て下さった。しかしストレッチャーのまま退院というのもなんかシュールである・・・。そして先生は登場しなかった・・・ま、そんなもんですかね。外に出ると、でかいワゴンみたいな大きなタクシーだった、移動中もストレッチャーのまま運んでくださった。まぁ、料金もタクシー代以外に、ストレッチャー代と介護代的なのをそれぞれ数千円とられましたがね。寝たきりでも運べる利点はでかい。</p><br><p>しかし、一応まだ入院状態は継続しているわけで、病院側が迎えに来るべきなんじゃないかとも思ってソーシャルワーカーさんに以前聞いたことがあるが、よっぽど田舎の病院じゃない限りはそゆことはしてくれないらしい。ということでこうしてタクシーにお頼りした次第である。</p><br><p>2時間ほどタクシーにゆられる。寝ているままタクシーに乗っている母はどんな気分なのだろうか？なかなか味わえない経験だとは思うが。ストレッチャーのすぐそばに一人座れる座席があったので座っていると、手を握ってくれと母にお願いされたのでずっと握っていた。やはり心細い気持ちはあるのだろうなぁ・・・。</p><br><p>転院先の病院へ到着。とりあえず受け付けまで一緒に行くと、後はタクシーのおば様と看護師さんとで病室まで移送していただけるらしい。のでとりあえず入院手続き。移送が終わったおばさまと清算して、病室へ向かう。とりあえず顔合わせというのでしばらく待っていると、いきなりの大人数がいらっしゃった。最初に内科の先生名乗りを上げて紹介いただいてその後それぞれ下記の方々に御挨拶いただいた。</p><p>・内科医</p><p>・看護士</p><p>・理学療法士</p><p>・作業療法士</p><p>・言語聴覚士</p><p>・ケアマネージャー</p><p>・ソーシャルワーカー</p><p>という方々。どなたがどこまで分担していただけるのかも同時に説明いただいたのだが、正直一度に言われてじぇんじぇん覚えられん。というか他にもいた可能性があるのだがもはや覚えていない・・・。</p><br><p>その後、内科医の先生と看護師さん、ソーシャルワーカーさんとで最初の打ち合わせ。母の状態を見るに、現状寝たきりのところから一人ですいすい歩けるような劇的な回復はなかなか難しいでしょうとのこと。そのためリハビリの方針として、周りの介護の負担を減らせるような事から始めるらしい。今は背もたれがないと座り続ける事すらできない状態だからまぁ仕方がないのだろう。予想を裏切ってもっとよくなってくれるに越したことはないのだが。</p><br><p>母はしゃべれはするがまた口の片側が引きつっているので、言語関係も含めて、1日２～３時間、土日も含めてリハビリを行っていくとのこと。とりあえず3ヶ月を目安として計画を立てていくらしい。退院後の考えについても聞かれたので、そりゃあ家に帰れるに越したことはないが、無理そうなら施設も視野に入れてますとはっきり述べておいた。まぁそうですよね、という反応をいただいて一安心。まぁ病院側もわかって受け入れているのだろう。とりあえず最初の課題だったので無事に宣言できてよかったと思う。</p><br><p>最後にソーシャルワーカーさんだけ残り、生活面の話へ。母の好きなこと、というので絵を描くことと写経といっておいた。どちらもリハビリには有効なのでぜひとも取り入れたいとのこと。まあ、好きな事だと本人もやる気になるのだろう。介護度などは今申請しているので、結果が出たら伝えますということでとりあえず打ち合わせ終了。</p><br><p>病室へ戻ると、再び看護士さん登場。入院生活についてご説明いただく。とはいっても家族としては一番重要なのは着替えである。下着、はきやすいパンツ、上はカーディガンなど羽織れるものがいいですね、タートルネックは頭が出にくくなってしまうので不向きです、あとは夜は寝巻きに着替えていただくのでそれも別途必要ですとまぁ種類は一通り前にも聞いていたのでいいとして、どれをどれくらい用意すればよいのかがわからぬのだ。週に2回お風呂らしく、そのタイミングで取替えていくらしい。後はこちらがどれくらいの間隔で行くかにもかかわるが・・・まぁ、最初はためしためしで行くしかないか。ということで転院初日は終了。帰り際に母の表情を伺うと・・・まぁほぼ変わらないのだが少しだけ心配そう、に見えたのはこちらが心配だからだろうか。ともあれ転院はもうやってしまった。後はやるしかないのだぞ、母よ。</p>
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<link>https://ameblo.jp/orionate/entry-11956174245.html</link>
<pubDate>Sun, 23 Nov 2014 23:55:02 +0900</pubDate>
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