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<title>編集・校正プロ社長の日日是好日</title>
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<description>新宿・早大通沿いにある編集・校正プロダクション「ぷれす」(http://www.press-jp.com)。多くのフリーランス編集者・校正者を抱える事務所社長の立場から出版界の明日を考えたり、日頃の雑感を綴ってまいります。</description>
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<title>介護の悲劇を防ぐ手立て</title>
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<![CDATA[ 介護にまつわる事件が後を絶ちません。<br><br>虐待、殺人、心中・・・<br><br>えてして、<br>真面目で心やさしい人ほど<br>事件を起こしてしまいやすい<br>と言われています。<br><br>そういう人ほど、<br>自分の事は後まわし。<br><br>苦しむ家族のために心を砕き、<br>一所懸命尽そうとしています。<br><br>実は、そこに大きな落とし穴があるのです。<br><br>介護はいつ終わるか分からない。<br>先の見えない日常的作業の連続です。<br><br>それでも、<br>愚痴のひとつもこぼさず、<br>自分自身の感情を抑え続けて<br>必死に介護にあたろうとするのが<br>真面目で心やさしき人なんです。<br><br>だけど、そんな人もやっぱり「人間」です。<br><br>心と体には、知らず知らず、<br>疲れが溜まってしまう。<br><br>そしてそれが、<br>ある限界点を越えた時、<br>悲劇は起こるのです。<br><br>それを防ぐには<br>どうしたらいいのでしょう？<br><br>そんな思いで編集してきたのが、<br><a href="http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309252629" target="_blank">『介護疲れを軽くする方法』</a>です。<br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20120122/16/orionkawagoe/b8/f9/j/o0194025911749102013.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20120122/16/orionkawagoe/b8/f9/j/t01940259_0194025911749102013.jpg" alt="$編集・校正プロ社長の日日是好日" border="0"></a><br><br>介護の悲劇はほぼすべて<br>閉鎖的環境の中で引き起こされます。<br><br>家族を介護するのは<br>娘や息子、夫や妻といった人たち。<br><br>他人の目に触れることは<br>なかなかありません。<br><br>だから、介護者の苦労や悩みは<br>外には伝わりにくいし、<br>他者もそこには入りにくい。<br><br>それが介護者の心の疲れを<br>より増しているのだと思います。<br><br>本書のまえがきにこうあります。<br><br><font color="#0000FF">実際の介護者の負担は、身体的なもの、経済的なもの、<br>精神的なものなどが複雑に絡み合っているのです。<br>（中略）<br>まずは、自分の思いと状況をありのまま、<br>自分自身で受けとめましょう。そして、自分の負担を<br>軽くすることを積極的に考えてよいと思います。</font><br><br>自分の負担を軽くする方法は<br>さまざまでしょうが、<br>この本で勧めているのは、<br>同じような立場にある人同士が<br>つながるということです。<br><br><font color="#0000FF">介護の話はなかなか他人には話せないものです。<br>つい、「誰にも自分の気持ちはわからない」、<br>「苦しいのは自分だけだ」と思ってしまいがちです。<br>そう思う気持ちこそ、介護者に共通するものであったりします。<br>介護者の会の参加者が口をそろえて言うのは、<br>「私たちだけじゃないんだ」「話したら心が軽くなった」と<br>いったことです。ほかの介護者の話を聞いて、<br>孤立感から解放される人はたくさんいます。<br>そして、自分の思いを話すことで、<br>心の解放の機会を得ています。<br></font><br><br>著者は、ＮＰＯ法人の<br><a href="http://www12.ocn.ne.jp/~arajin/" target="_blank">介護者サポートネットワークセンター・アラジン</a>。<br>「介護する人の苦しい心に寄り添いたい、<br>少しでも健康・健全で過ごせるようにサポートしたい」<br>という思いで、電話や相手先に出向いての相談、話し相手、<br>介護者の会の立ち上げや運営サポートなどをの<br>活動を行っている団体です。<br><br>しかし、介護は「負の要素ばかりではない」とも<br>アラジンの理事長・牧野史子さんは語っています。<br><br>あとがきにこうあります。<br><font color="#0000FF"><br>介護は大変さばかりが語られがちですが、<br>豊かな経験ができるものでもあると思います。<br>介護を終えた人たちが、ボランティアで要介護者や介護者を支援したり、<br>市民活動に積極的に参加したりするのは、その表れでしょう。<br>（中略）<br>また、介護を通して家族の関係が変わったという例もあります。<br>それまであまり話しもしなかった舅の介護を通して、<br>実の娘と間違われるほどの関係を持つことができたお嫁さんは、<br>大変だったが介護をしてよかったと語っていました。</font><br><br>介護を「豊かな経験」にできるのも、<br>家族のだれもが「無理をしない」「我慢をしない」ことが<br>あってこそだと思います。<br><br>この本には、<br>そのための方法が書かれています。<br><br>編集担当は、弊社の渡辺隆編集長。<br>その他、編集・校正で契約スタッフの皆様にも<br>ご尽力いただきました。<br>どうもありがとうございました。<br><br><br><font size="2">『介護疲れを軽くする方法―家族を介護するすべての人へ』</font><br><br>【目次】<br><br>まえがき<br><br>第1章　家族介護の現実<br><br>この章のはじめに<br><br>１　仕事を辞めて母親を介護した独身の息子<br><br>　二四時間態勢の完全介護<br>　仕事を辞めると決めたとき<br>　ひとり介護の現実<br>　母への思いで続けた介護<br>　支えとなった介護者の会<br>　自分のような経験を防ぐために<br><br>２　仕事を辞め、母親とふたり暮らしで介護中の娘<br><br>　突然はじまった介護<br>　仕事と介護の両立の難しさ<br>　仕事を辞めたものの……<br>　自分なりのストレス解消法<br>　自分に合う介護者の会<br>　人とのかかわりを大切にしたい<br><br>３　認知症の夫を介護する、持病のある高齢の妻<br><br>　脳梗塞からはじまった介護<br>　主人のためにと踏み切った在宅介護<br>　ひとりではできないことをサポート<br>　認知症の主人に合わせてひとり二役<br>　デイサービスやショートステイをうまく利用<br>　今、後悔しない介護を<br><br>４　若年性認知症の夫を介護する<br><br>　病名がわかるまでの一〇年<br>　仕事を続ける夫を支えて<br>　在宅介護の苦労<br>　入院はしたけれど……<br>　笑い合える仲間の存在が救い<br>　私のことも忘れはじめている夫と将来の不安<br><br><br>第２章　介護保険はどこまで役に立つのか<br><br>１　介護保険制度の理想と現実<br><br>　財政難の中で生まれた介護保険制度<br>　介護保険制度が生み出した矛盾<br>　介護保険制度への幻想の崩壊<br>　施行から一〇年で明らかになってきた問題<br>　介護保険制度の抱える課題<br><br>２　介護保険の利用の実際<br><br>　介護保険は申請主義（要介護認定）<br>　ケアプランとケアマネジャー<br>　利用者の経済的負担<br>　　保険料／自己負担<br>　地域密着型サービス<br>　　小規模多機能型施設（特養）／介護老人保健施設（老健）／療養型病床群<br>　サービス付き高齢者専用住宅<br>　　介護付有料老人ホーム／ケアハウス<br><br>３　介護保険の限界と今後の課題<br><br>　介護者の生活上の負担<br>　　同居家族の問題／サービスに柔軟性が必要<br>　情報収集の負担<br>　施設探しの負担<br>　高齢者虐待の問題<br>　知っておきたい成年後見制度<br>　介護者支援<br>　これからの介護<br>　　介護のデザインは当然の権利／介護問題にシルバーパワーを<br><br><br>第３章　介護サポートや介護者の会を活用する<br><br>１　介護保険サービスの活用<br>　<br>　介護保険外サービスの必要性（介護保険サービスの限界）<br>　　要介護認定の現実／思うように利用できない介護保険サービス<br>　介護保険サービスとの違いと種類<br>　情報収集と相談窓口<br>　自分たちに合わせたサポート探し<br>　　ケアプランづくりには積極的に参加／介護への思い込みを捨てる／<br>　　できるだけ早い段階でプロのサポートを導入／<br>　　たとえ嫌がっても辛抱強く続けてみることが大切／<br>　　お互いの気持ちに寄り添うことで、自分たちらしい介護がみつかる<br><br>２　仲間づくりと地域協力<br><br>　介護者の孤立<br>　仲間・地域支援者の必要性<br>　地域の仲間・支援者探し<br>　地域の仲間・支援者づくり<br>　介護者の会を立ち上げた実例<br>　　杉並介護者応援団（杉並区）／とまり木（世田谷区）／<br>　　目黒認知症家族会 たけのこ（目黒区）／<br>　　ＴＡＭＡ認知症介護者の会 いこいの会（多摩市）／<br>　　板橋介護者支援の会 ひだまり（板橋区）／わあくす（町田市）<br><br><br>第４章　介護環境づくりと心構え<br><br>１　家族介護の怖さ<br><br>　家族介護者が抱える三つの負担<br>　陥りやすいひとり介護のスパイラル<br>　孤立する原因<br>　孤立の結果<br><br>２　介護環境の考え方<br><br>　介護環境を整えることで負担を軽くする<br>　　親族会議を開く／介護者が休める環境の整備が鉄則／<br>　　遠方に住む兄弟、親戚もできることを探して協力を／<br>　　介護費用をオープンにしてトラブル回避／<br>　　実例　家族みんなで要介護者のための介護基金を開設し、幸せな介護を実現！<br>　理想的な介護ネットワークづくり<br><br>３　介護者の心構え<br>　介護は労働、余暇も趣味も切り捨てない<br>　自分の人生のなかでの介護<br>　自分をケアする<br>　家族支援の法整備に向けた新たな動きに注目<br><br><br>あとがき<br>介護者の会ネットワーク団体<br>ＮＰＯ法人 介護者サポートネットワークセンター・アラジン　主な事業内容<br><br><a href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=18619696" alt0="BlogAffiliate" target="_blank" rel="nofollow">介護疲れを軽くする方法---家族を介護するすべての人へ/NPO法人介護者サポートネットワークセンター・アラジン<br><img src="https://stat.ameba.jp/blog/img/ucs/affiliate/common/no_image_affi_article.gif" border="0"></a><br>￥1,575<br>Amazon.co.jp<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/orionkawagoe/entry-11142941753.html</link>
<pubDate>Sun, 22 Jan 2012 15:57:26 +0900</pubDate>
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<title>哲学してみる？</title>
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<![CDATA[ あけましておめでとうございます。<br>今年もよろしくお願いします。<br><br>さて、今朝ひさしぶりに新聞をゆっくり読んでいたら、<br>宇宙の謎の解明につながるかもしれないというコラムに<br>目が留まりました。<br><br>朝日新聞オピニオン欄にある<br>「ザ・コラム」（根本清樹・編集委員）です。<br><br>すでに読んだ方もいらっしゃるでしょう。<br><br>「素粒子物理学」が宇宙で起こるすべての現象を支配する<br>おおもとの法則を解明しようとしているという話です。<br><br><font color="#0000FF">　うまくいけば、創成の時から今日までの<br>宇宙の歴史がわかり、これからどうなって<br>いくかもわかるはずだという。「世界の完<br>全理解」である。</font><br><br>しかし、それでも解けない謎がこの世に残る<br>と、東京大学素粒子物理国際研究センターの<br>山下了（とおる）准教授の話を紹介しています。<br><br><font color="#0000FF">　それは人間であり、人間の営みである。<br>　例えば火事場の馬鹿力というようなもの<br>がなぜ出せるのか、株式相場の乱高下はな<br>ぜ起こるのか。「人間がかかわったとたん<br>に、ものごとはややこしくなり、わからな<br>くなる」</font><br><br>宇宙とはなにか、社会とはなにか、人間とはなにか―-。<br>物事の本質を問い直そうという動きがここ数年、<br>特に昨年の3.11以降ますます強まっているように思います。<br><br>しかしながら、問えば問うだけ答えの出ない世界を<br>われわれは堂々巡りするだけなのかもしれません。<br><br>物事をややこしくする人間自身が問うているのですし、<br>その人間を解析(ゲノム解析）しても、<br>人間のあらゆる思考、行動を合理的に説明できる答えは<br>出せていないのです。<br><br>それでも、なぜ問わなければならないのでしょうか。<br><br>宇宙は「数学」という言語を使って神が創ったものなのか、<br>というテーマをタイトルにした<br><a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4152092467/ref=as_li_qf_sp_asin_til?tag=ozmaster81-22&amp;camp=243&amp;creative=1615&amp;linkCode=as1&amp;creativeASIN=4152092467&amp;adid=0S7EQ74AZX7DYQGRMJ4G" target="_blank">『神は数学者か？』（マリオ・リヴィオ著、千葉敏生訳、早川書房）</a>は、<br>哲学者であるバートランド・ラッセルの著書から一節を引用して<br>本書を締めくくっています。<br>（『神は数学者か？』からそっくり孫引きします）<br><br><font color="#0000FF">それゆえ、哲学の価値に関する議論は次のようにまとめてよいだろう。問いに対して明確な解答を得るために哲学を学ぶのではない。なぜなら、明確な解答は概して、それが正しいということを知りえないようなものだからである。むしろ問いそのものを目的として哲学を学ぶのである。なぜならそれらの問いは、「何がありうるか」に関する考えを押し広げ、知的想像力を豊かにし、多面的な考察から心を閉ざしてしまう独断的な確信を減らすからだ。そして何より、哲学が観想する宇宙の偉大さを通じて、心もまた偉大になり、心にとってもっともよいものである宇宙とひとつになれるからである。[『哲学入門』高村夏輝訳、筑摩書房。一部改変]</font><br><br>多面的な考察から心を閉ざしてしまう独断的な確信を減らす――<br>ここが肝でしょう。<br><br>世界がさまざまな危機に見舞われ、<br>既成の概念、既成の価値観が崩れつつある時には、<br>新らしきものが次々と出現しますが、<br>それが「独断的な確信」の産物であるならば、<br>結局は人類を不幸に陥れかねません。<br><br>だからこそ、そうならないためにも、<br>人間は問わなければならない。<br><br>･･･とは何か？　と。<br><br>哲学することが見直されそうな気がしています。<br><br><div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20120101/17/orionkawagoe/61/23/j/o0500050011709159709.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20120101/17/orionkawagoe/61/23/j/t02200220_0500050011709159709.jpg" alt="$編集・校正プロ社長の日日是好日-神は数学者か" width="220" height="220" border="0"></a></div>
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<pubDate>Sun, 01 Jan 2012 10:30:50 +0900</pubDate>
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<title>「原点」を忘れない仕事</title>
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<![CDATA[ 平成23年（2011年）がもうすぐ幕を閉じようとしています。<br><br>締めくくりということで、<br>会社で出している「校正通信」（12月25日号）から<br>スタッフ向けに書いたごあいさつに少し加筆して<br>お届けしたいと思います。<br><br><br><br>大震災、原発事故、水害、政変、金融危機……と、<br>今年はまさに人類の危機とも思えるような事が多数勃発した年でした。<br><br>我々の仕事環境にも少なからず影響がありましたが、<br>無事またこのようなごあいさつができるのは、<br>クライアントの皆様方のご支援とご協力があったことはもちろん、<br>〈ぷれす〉スタッフの皆様がそれぞれの立場で<br>業務遂行に真摯に取り組んでこられた賜物にほかならないと思っています。<br><br>この場を借りて、深く感謝を申し上げます。<br><br>昨年の「校正通信」のごあいさつで、<br>編集・校正それぞれの“原点”を見つめ直す必要性があることをお伝えしました。<br><br>今年は多くの場面で、<br>これまで揺るぎないものに見えた事物がその虚飾性ゆえに信頼を失う一方で、<br>たとえ小さく目立たない存在であっても、それが「ホンモノ」ならば、<br>人々はその価値を正当に評価し惜しみない称賛を与えることを、<br>私たちは目の当たりにしてきました。<br><br>一例を挙げるなら、<a href="http://news.tbs.co.jp/newsi_sp/shinsai2011/tbs_newseye4715753.html" target="_blank">石巻日日新聞の“被災後6日間”</a>でしょう。<br>新聞人の原点を思わせる、この小さな地方紙の奮闘に、<br>米国をはじめ海外諸国は心からの称賛をおくっているのです。<br><br>原点を忘れない「ホンモノ」の仕事は、この先も必ず生き残っていくはずです。<br>スタッフの皆様にはどうかこれからも確かな仕事で応えていただきたいと思っています。<br><br>〈ぷれす〉もまた、そうした皆様に報いることのできるよう、<br>いっそうの努力を払っていく所存です。<br><br>被災されたすべての方々の一日も早い復興を願いつつ、<br>皆様がよき新年を迎えられますよう、心よりお祈り申し上げます。<br><br>ありがとうございました。<br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/orionkawagoe/entry-11120597263.html</link>
<pubDate>Thu, 29 Dec 2011 17:43:48 +0900</pubDate>
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<title>facebookと麺の相性</title>
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<![CDATA[ 最近facebookをやる機会が増えました。<br>いえ、仕事上のことでなく...。<br><br>この中に麺好きが集まるグループ（麺友会）があり、<br>そこに参加しています。<br><br>これが実に愉快でして。<br><br>メンバーは、元からの顔見知りもいますが、<br>ほとんどはこの「麺友会」（入会自由）で<br>初めて知りあった人たちです。<br><br>なのに、「麺」というたった一つの食品で<br>会話が大いに弾む。<br><br>この楽しさは他のSNSでは味わえないだろうと思います。<br><br>誹謗中傷や主義主張がぶつかり合って起きる<br>「荒れ」とも無縁です。<br><br>つい先日のオフ会でも、<br>初対面同士がさも旧知の間柄のように麺（日本蕎麦）を囲む光景は<br>まことに平和そのものでした。<br><br>実名主義のfacebookだからかもしれませんが、<br>それ以上に「麺」の持つ不思議な魅力のなせる業かなとも<br>思えます。<br><br>かように人を穏やかにさせる「麺」なる食品とは<br>いったい何者なのでしょうか。<br><br><font color="#0000FF">ヌードル（麺料理）はすごい食品だ。</font><br><br>という書き出しで始まる<br><a href="http://www.amazon.co.jp/%E3%83%8C%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%AB%E3%81%AE%E6%96%87%E5%8C%96%E5%8F%B2-%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%95-%E3%83%8A%E3%82%A4%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%83%89/dp/4760139990%3FSubscriptionId%3D175BC0N2BCT0X4DAZG82%26tag%3Dameb" target="_blank">『ヌードルの文化史』（クリストフ・ナイハード著、柏書房）</a>には<br>こんなことが書いてあります。<br><br><font color="#0000FF">国を代表する料理にはお祝い用の料理もあれば、その逆に昔からある田舎料理で、太古の伝説から引っ張り出してきたものもある。準備にかなりの時間や技術を要し、またコストも高い。催しの重要性と、客（と国）に対する料理人の敬意の目安でもある。それらは脂肪たっぷりのこってりした料理が多く、食材が手に入りにくいこともある。つまり、麺が国家を代表する料理界となることはない。<br></font><br><br>はい、ここ。<br>「国家を代表する料理」になれないってことがポイントですね。<br><br>もちろん、異論があるかもしれません。<br>味にこだわりのあるラーメン店などは<br>準備にかなりの時間を費やすし、コストもかける。<br>脂の浮いたこってり麺も流行ってますしね。<br><br>でも、その裏でどれほどの準備やコストをかけても、<br>客の前に出されるラーメンには（その他の麺料理でも）、<br>お手軽さ、気安さがどうしてもついて回るのです。<br><br><font color="#0000FF">麺は安くて手がかからない。世界各地にそれぞれの麺料理があって、乾燥させたものは何年ももつうえ短時間で調理できる。ゆでてシンプルなソースで食べるという素朴さ。そのため、料理界のヒエラルキーを昇る道は最初から絶たれている。高尚なオペラにはなりえない。せいぜいオペレッタといったところか。ちょっぴりあからさまで月並み。パスタや麺はみんなが大好き。美しく盛りつけなくても十分に美味しい。ヴェルディやロッシーニがパスタの大ファンだったと抗議しても無駄だ。ちょっとうるさいオペラ通（モーツァルトやリヒャルト・シュトラウスやアルバン・ベルクが大好きな人たち）は、ヴェルディやロッシーニをオペレッタに近いとけなすこともあるからだ。</font><br><br>“差別だ”なんて野暮なことは言わないでくださいね。<br>麺料理のB級性はここにある。<br>これを抜いてしまったら“うまい！”麺料理はありえないのです。<br><br><font color="#0000FF">実際ナポリのマカロニも、その親族であるアジアの麺類も、労働者のあいだで発展していった。スナックやファーストフードのようなものだが、現在のジャンクフードのように油ぎとぎとで塩辛いか甘すぎるかどっちかというモノではない。簡単で、しかもそれだけで立派な食事になるのが麺なのだ。</font><br><br>つまり、お手軽でも立派な食事になりうる麺料理は、<br>裃（かみしも）を着けて食べるようなものじゃないってことです。<br><br>本書のp172に挿絵が載っているんですが、<br>大昔のナポリと思われるどこかの街角で、裸足の子どもが<br>茹で上がったパスタを顔を上げ手づかみで口に運ぶ姿は、<br>どう見てもハイソではありません。<br><br><font color="#0000FF">フランス料理はあらかじめ決められた演出に従って進行する。どのフォークとナイフを使うかなどの知識が必要とされる。麺料理は違う。スパゲッティをフォークに巻きつけるとか、麺を箸ですくう以外の技術もいらない。また、ワインや寿司のように特別な知識を提供することもない。</font><br><br>特別な作法があるわけではないからこそ、<br>どんな調理法でも食事法でも、<br>その人の採った方法はすべて肯定される。<br><br>つまり、麺料理には「いいね！」がよく似合う<br>っていうことです。<br><br>この<a href="http://www.amazon.co.jp/%E3%83%8C%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%AB%E3%81%AE%E6%96%87%E5%8C%96%E5%8F%B2-%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%95-%E3%83%8A%E3%82%A4%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%83%89/dp/4760139990%3FSubscriptionId%3D175BC0N2BCT0X4DAZG82%26tag%3Dameb" target="_blank">『ヌードルの文化史』</a>、<br>世界中の麺料理の歴史・文化を探った、<br>麺好きには美味しい本じゃないかと思います。<br><br>通読はしていませんが、<br>所々を拾い読みしては「へぇ～」と感心し、腹を鳴らしています。<br><br><a href="http://www.amazon.co.jp/%E3%83%8C%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%AB%E3%81%AE%E6%96%87%E5%8C%96%E5%8F%B2-%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%95-%E3%83%8A%E3%82%A4%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%83%89/dp/4760139990%3FSubscriptionId%3D175BC0N2BCT0X4DAZG82%26tag%3Damebablog-a1171082-22%26linkCode%3Dxm2%26camp%3D2025%26creative%3D165953%26creativeASIN%3D4760139990" target="alt0='AmebaAffiliate' alt1='ヌードルの文化史/クリストフ ナイハード' alt2='Amazon.co.jp' alt3='http://ecx.images-amazon.com/images/I/41Hr1yNuRkL._SL160_.jpg' alt4='1'">ヌードルの文化史/クリストフ ナイハード<br><img src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fecx.images-amazon.com%2Fimages%2FI%2F41Hr1yNuRkL._SL160_.jpg" border="0"></a><br>￥2,940<br>Amazon.co.jp<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/orionkawagoe/entry-11084043468.html</link>
<pubDate>Sun, 20 Nov 2011 15:32:18 +0900</pubDate>
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<title>miniさんの特技</title>
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<![CDATA[ 校正の仕事は、<br><br>クライアントからゲラ（校正刷り）を受け取り、<br><br>それを確実にお届けして完結します。<br><br><br><br>場合によってはバイク便、宅配便、<br><br>メールの添付ファイルでやりとりすることも<br><br>ありますが、<br><br>基本的にはわが社のスタッフが<br><br>みずからの足を使って受け渡しを行っています。<br><br><br><br>その業務（「デリバリー」と呼んでいます）を<br><br>専門にお願いしているのがminiさんです。<br><br><br><br>1日に発生する受け渡しの8割以上は<br><br>miniさんが運ぶことになるため、<br><br>半端じゃない量があります。<br><br><br><br>両手の大きな手提げ袋だけでは間に合わず、<br><br>リュックに担いで運ぶこともしばしばです。<br><br><br><br>しかしminiさん、その名のとおり小柄ながら、<br><br>灼熱の太陽も、たたきつけるような大雨も、<br><br>ものともしません。<br><br><br><br>おそらく、体力はわが社ナンバーワン<br><br>ではないかと、私は見ています。<br><br><br><br>さて、そんなminiさんの特技がカメラです。<br><br><br><br>デリバリーの途中で撮影した写真は<br><br>なかなかの秀作。<br><br><br><br>このままわが社の中だけに留めておくのは<br><br>もったいないと、<br><br>編集Ａさんのアイデアを元に<br><br>先週からスタートしたのが<br><br><a href="http://satoru0841.blog.fc2.com/" target="_blank">「今日のさとる。（仮）」</a>というブログです。<br><br><br><br>猫の写真を毎日1点ずつ取り上げ、<br><br>一言を添えてアップしていますが、<br><br>ネコの表情やしぐさを<br><br>周囲の情景と絡めながら捕らえたショットは<br><br>ケッサクです。<br><br><br><br>仕事の合間に、癒されてください。<br><br><br><br>ちなみに、miniさんの写真は<br><br>猫だけではありません。<br><br><br><br>ぷれすの公式ツイッターで、<br><br>思わず笑ってしまう写真を<br><br>つぶやいて（？）ます。<br><br><br><br>こちらは、<a href="http://www.press-jp.com/" target="_blank">ぷれす公式サイトの<br><br>トップ画面</a>からどうぞ。<br>
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<pubDate>Mon, 10 Oct 2011 17:59:29 +0900</pubDate>
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<title>「愛煙家の味方」アプリ</title>
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<![CDATA[ このブログで過去2回、<br>カメラマンの話をしました。<br><br>これです↓<br><br><a href="http://ameblo.jp/orionkawagoe/entry-10914775036.html " target="_blank">6/6 『人脈使って、人海戦術</a>』<br><a href="http://ameblo.jp/orionkawagoe/entry-10777355838.html " target="_blank">6/15『「プロ」の違い』</a><br><br>その時に撮影した写真がようやく実を結び<br>こんなアプリになりした！<br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20111006/14/orionkawagoe/fc/28/j/o0512051211529299327.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20111006/14/orionkawagoe/fc/28/j/t02200220_0512051211529299327.jpg" alt="$編集・校正プロ社長の日日是好日" border="0"></a><br>（<a href="http://itunes.apple.com/jp/app/id468631700?mt=8" target="_blank">ここ</a>クリックするとAppStoreにジャンプします）<br><br>『東京 喫煙所マップ』（350円）<br><br>昨年12月に<a href="http://www.amazon.co.jp/%E6%9C%80%E6%96%B0%E7%89%88-%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E5%96%AB%E7%85%99%E6%89%80%E3%83%9E%E3%83%83%E3%83%97-%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E5%96%AB%E7%85%99%E6%84%9B%E5%A5%BD%E4%BC%9A/dp/4569793258" target="_blank">PHP研究所から出た本</a>のアプリ版です。<br>（<a href="http://ameblo.jp/orionkawagoe/entry-10777355838.html" target="_blank">1/23『愛煙家のための地図が好評とかで』</a>で紹介）<br><br>詳細はAppStoreでご覧いただけますが、<br>このアプリのすごいところは、<br>自分の近くのある喫煙所が<br><br><font size="5"><strong><font color="#FF0000">瞬時にリストアップ</font></strong></font><br><br>されること！<br><br>もう１秒とかかりませんッ！！<br>（通信環境によりますが…）<br><br>しかも、どんな喫煙所なのか、<br>多方向から撮影した写真が掲載されている<br>（この撮影で6月に苦労したのです）ので、<br>現地で迷うことなく直行できる。<br><br>これまで感じた吸う場所探しのイライラは<br>かなり解消されるんじゃないでしょうか。<br><br>iPhone用の喫煙所アプリには無料のものありますが、<br>これは有料にするだけの価値はあります。<br><br>愛煙家のみなさん！<br>「4S」の発売記念に（関係ないか…）、<br>おひとつどうでしょう。<br>
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<link>https://ameblo.jp/orionkawagoe/entry-11039721311.html</link>
<pubDate>Thu, 06 Oct 2011 13:54:36 +0900</pubDate>
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<title>気まぐれで発見</title>
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<![CDATA[ 前回の記事は8月28日。<br>それからすっかり更新をさぼってしまい、<br>気がつけばもうすぐお彼岸ではありませんか。<br><br>あまりのテキトーさに、<br>我ながら呆れております･･･。<br><br>さて先日、会社近く（新宿・早稲田鶴巻町）で<br>お昼をとった後、<br>いつもならまっすぐ会社に帰るんですが、<br>気まぐれに裏路地の住宅街に入ってブラブラしていたら<br>小さな神社が目の前に。<br><br>へぇー、こんなところに！<br><br>標柱には「元赤城神社」とある。<br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20110917/16/orionkawagoe/c2/c0/j/o0400029811488579834.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20110917/16/orionkawagoe/c2/c0/j/t02200164_0400029811488579834.jpg" alt="$編集・校正プロ社長の日日是好日" border="0"></a><br><br><br>その名前から、ここはおそらく<br>神楽坂にある赤城神社（赤城元町）が<br>元々あったところじゃないか？<br><br>（<a href="http://www.akagi-jinja.jp/akagi/goyuisho/" target="_blank">あとで調べてみたら</a>、案の定、元の地でした）<br><br>なぜ神楽坂の神社が頭に浮かんだかと言いますと、<br>そこの境内には、神社がやっているカフェがあって、<br>時々ランチにいくところだったんです。<br><br>“昼飯”つながりで縁を感じたこともあり、<br>お参りさせてもらいました。<br><br>さあ会社に戻ろうと、視線を下に向けたら<br>なんだこれ？<br><br>なにやらぼろぼろの石の塊が祀ってあります。<br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20110917/17/orionkawagoe/33/ce/j/o0400029811488638408.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20110917/17/orionkawagoe/33/ce/j/t02200164_0400029811488638408.jpg" alt="$編集・校正プロ社長の日日是好日" border="0"></a><br><br>横にある説明書き（墨字が所々消えかかっています）によれば、<br>この神社の狛犬で、造られたのは割合に新しく昭和初期。<br><br>しかし、昭和20年5月25日の空襲に遭い、<br>もう一体の狛犬は焼失してしまったようです。<br><br>説明書きはこう続けています。<br><br>「顔面が猛火ではがれ落ち、生々しい傷跡を残しながら、<br>身をもって傷ついたわが子を庇ってきた気丈な姿が、<br>次代を担う若い人達に戦火の恐ろしさを痕跡と伝えています」<br><br>そう言われると、足元にいるのは、確かに子犬！<br><br>・・・見ているうちに、少しばかり、泪を誘われました。<br><br><br><br>
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<pubDate>Sat, 17 Sep 2011 16:20:00 +0900</pubDate>
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<title>「排除」で世の中は良くなるの？</title>
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<![CDATA[ 人気タレント・島田紳助さんの引退騒ぎの中で<br>「暴力団排除条例」という自治体条例が<a href="http://www.j-cast.com/tv/2011/08/26105403.html" target="_blank">クローズアップされています</a>。<br><br>今年１０月１日に、東京都と沖縄県の条例施行によって<br>すべての都道府県で暴力団排除のための条例が実施されることになるわけですが、<br>条例の要点は、暴力団に対する徹底した「爪弾き作戦」で<br>組織そのものを根絶やしにしようというもの。<br>（参考：<a href="http://www.keishicho.metro.tokyo.jp/sotai/haijo_seitei.htm" target="_blank">東京都暴力団排除条例</a>）<br><br><br>悪の組織たる暴力団がなくなることは<br>実に喜ばしいことではあります。<br><br>だけど、本当にそれで世の中は良くなるのだろうか、<br>という疑問が消せません。<br><br>３年前の新書ですが<br><a href="http://www.amazon.co.jp/dp/448006463X/ref=as_li_ss_til?tag=ozmaster81-22&amp;camp=1027&amp;creative=7407&amp;linkCode=as4&amp;creativeASIN=448006463X&amp;adid=169Q6V0XNGMQ4S5EDHPA" target="_blank">『山口組概論―最強組織はなぜ成立したか』（猪野健治、ちくま新書</a>）<br>のなかで、著者の問いかけがどうにも忘れられないのです。<br>そのいくつかを以下に引用させてもらいます。<br><br><font color="#0000FF">私が懸念するのは、やくざ社会から破門、絶縁された元組員たちの行方だ。ここ数年で数千人に上ると推定されるが、もちろん彼らとて食べていかなければならない。どう考えても普通に再就職できるはずがない。やくざ社会から追放されるだけあってワルぞろいである。それが組の統制から離れ、誰からも束縛されずに自在に泳ぎまわるのだから犯罪の多発は必至である。もはや指定団体の組員ではないから暴対法の網にもかからない。（p13）<br><br>バブルの時代には政財界の一部と密接な関係を結んでいたやくざを、あらゆる分野から排除し徹底的に叩くのが現在の国策となった。その風潮のなかで、一般市民のなかにある警察への批判的な意見まで「悪いことをしているヤツらを罰するのに、どこが悪いのだ、やくざを庇うのも同罪だ」と、善悪を単純に二分化する見方が支配的になっているように思える。<br>「法を守らないヤツらに、法の下の平等が認められなくて当然」という論調がますます強くなっていいる。それは、市民社会の規範からはずれる「困ったヤツら」を問答無用で排除しようとする考え方である。私たちの社会にとって、これは望むべき方向なのであろうか。（p226）<br><br><a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%B0%E5%B2%A1%E4%B8%80%E9%9B%84" target="_blank">田岡一雄（引用者注・三代目山口組組長）</a>も望んだようにやくざが無くなるのは理想である。しかし、それはやくざを地下に追いやることではない　（中略）　だが、現実は、やくざの地下潜行をうながす方向にすすんでいる。見逃せないのは、社会全体が異質なものを排除する傾向にあることである。マンションの郵便受けにビラをいれただけで逮捕される始末である。住民の不安が取りざたされるが、ビラ配りに不安を感じる人がどれだけいるのだろうか？　しかし、これでビラ配りがやりにくくなったことは確実で、やがては「ビラ配りをするヤツはテロリスト」のレッテルが貼られかねない。<br>住民の安全、暴力追放、犯罪防止といった誰もが反対しようがないスローガンをかかげ、知らぬ間に様々な規制が出来上がる。そうした政策の最先端にやくざ対策があるように思えてならない。（p261）<br></font><br><br>乱暴な意見かもしれませんが、「悪」の受け皿がなくなって、<br>「悪」はどこにいけばいいのでしょう？<br><br>暴力団という組織を潰すことだけで、世の中は「健全」になるのでしょうか？<br>「悪」はますます我々の目の届かない闇の中に紛れてしまうのではないか。<br>すると、普通に生活する人々に「悪」が「悪」として見分けることが難しくなり、<br>それだけ「悪」から身を守る方法も困難になるのではないか。<br><br>「排除」は健全な社会に果たして有効な対策と言えるのしょうか？<br>本当に、「どうしようもない」ドロップアウトはこの世から消してしまえばいいのでしょうか？<br><br>暴力団排除条例は一例ですが、<br>「善」を求めるあまりに、ますます「棲みづらい」世の中が<br>出来つつあるようにも思えます。<br><br><a href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=16659272" alt0="BlogAffiliate" target="_blank" rel="nofollow">山口組概論―最強組織はなぜ成立したのか (ちくま新書)/猪野 健治<br><img src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fecx.images-amazon.com%2Fimages%2FI%2F411jf0DdYbL._SL160_.jpg" border="0"></a><br>￥819<br>Amazon.co.jp<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/orionkawagoe/entry-11000483267.html</link>
<pubDate>Sun, 28 Aug 2011 19:09:50 +0900</pubDate>
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<title>「闘争」から「対話」へ</title>
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<![CDATA[ この夏の週末は雑草取りに明け暮れています。<br>とはいっても、この炎天下、せいぜい早朝の２時間が限度ですね。<br><br>しかしこの雑草、抜いても刈っても次々に生えてきやがります。<br>「憎き雑草、どうしてくれよう」と、ただすたすら敵視していました。<br>･･････この本と出会うまでは。<br><br><a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4480428194/ref=as_li_ss_til?tag=ozmaster81-22&amp;camp=1027&amp;creative=7407&amp;linkCode=as4&amp;creativeASIN=4480428194&amp;adid=0RNJK5JRK8AG6NA5JVNF" target="_blank">『身近な雑草の愉快な生きかた』（稲垣栄洋、画・三上修　ちくま文庫）</a><br><br>それこそ、そのへんにある雑草の中から<br>「個性豊かな五十種を取り上げ」、その生態が実におもしろく<br>表現されています。<br><br>例えば、「雑草の女王」たる“メヒシバ”はこんな調子です。<br><br>（長い引用ですが、下手にぶつ切りして紹介するより、<br>その“味”をよりよくわかってもらえるのではないかと思います。）<br><br><font color="#0000FF">　そのしなやかで気品漂うイメージは女性らしく、また、世界中に勢力範囲を広げるこの雑草は、まさに女王の名にふさわしい。<br>　メヒシバは「女日芝」の意味である。これに対して近縁ではないが、オヒシバ「男日芝」もある。オヒシバはがっしりとしていて、見るからに雄々しい感じである。穂も豪傑男のげじげじ眉毛のように太く力強い。大地に根を張り、なかなか抜けない力強さから「力草」の別名さえ持っている。<br>　しかし、オヒシバは畑のまわりに生えるだけで、なかなか畑のなかに広がることはできないようだ。人間に管理されている畑のなかは水や肥料も豊富で雑草にとっては魅力的なすみかである。しかし、頻繁に草取りされたり、ある日突然、耕されたりと、その環境は思った以上に過酷である。だから、雑草のなかでも能力の高い選ばれたものだけが、畑の雑草として君臨することができるのである。オヒシバはなかなかその選ばれた雑草にはなりきれないようである。<br>　一方、メヒシバはその垣根を乗り越えた。畑のなかでわが物顔にはびこり、やっかいものの雑草として名を馳せている。うだつの上がらないオヒシバに対して、メヒシバは華々しい成功を収めているのだ。その強さは女王というよりも女傑といったほうがふさわしい。</font><br><br>〈中略）<br><br><font color="#0000FF">　さらに、メヒシバの強さの秘密は茎の節にある。メヒシバは茎の途中に必ず節を作るが、この父子が重要な役割を果たすのである。<br>　陣地拡大型戦略では、メヒシバは茎を横を這わせていく。成長しながら茎の途中に節を作り、そこから根を出すのである。伸びれば伸びるほど、最前線である茎の先端は根本から遠くなってしまう。しかし、節が根を張って物資供給の拠点となるので、効果的に茎を伸ばしていくことができる。そして、どんどん遠征してテリトリーを広げていくことが可能なのである。<br>　陣地強化型戦略においても、この節は重要な役割を果たしている。上に上に茎を伸ばして生長するには、さまざまな困難が待ち受けている。風雨で倒されたり、折れてしまうこともある。人間に刈られてしまうこともある。そんな困難にぶつかったとき、節から根を出して、大地に根づく。その節が生存の基盤になるのである。そして、その節を基点にして、ふたたび生長を始める。もし節を作ることもなく、茎を伸ばすことばかりに夢中になっていたら、ポキンと折れてしまったとき、すべてを失ってしまうだろう。</font><br><br>（中略）<br><br><font color="#0000FF">　オヒシバは強そうに見えるが、まっすぐ立ち尽くしているだけである。たしかに力草と呼ばれるくらい抜くことは難しいけれど、根元を刈ってやれば退治されてしまう。ところがメヒシバは、そうはいかない。ちぎられても刈られても、節さえ残っていれば、そこから再生することができる。節を作る作業は一見すると無駄なようにも思える。生長のスピードが遅くなってしまうからである。しかし、がむしゃらにただ伸びるだけではポキンと折れてしまうことにもなりかねないのだ。<br></font><br><br><br><div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20110813/13/orionkawagoe/79/f8/j/o0478064011413842514.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20110813/13/orionkawagoe/79/f8/j/o0478064011413842514.jpg" alt="$編集・校正プロ社長の日日是好日" width="478" height="640" border="0"></a></div><br><font color="#800080">↑うちの庭におわしますメヒシバ様。画面の右下から左上に向かって伸びています。</font><br><br>こんな具合で、いろいろな雑草がそれぞれ４～５ページほどに<br>紹介され、“驚異”の処世術を次々に明らかにしています。<br><br>よく聞くお説教で「雑草のように生きろ」というのがありますが、<br>この本を読んでなるほどと得心しました。<br><br>そんなわけで、わが「雑草との闘争」は「雑草との対話」に変わりました。<br><br>草に向かい、本で知った知識を思い出しながら、<br>「お前はこんなふうに生きているんだなあ」と<br>語りかけながらiPhoneカメラでその愛らしい姿を撮影しています。<br><br>そんななかで、最近のお気に入りは「カタバミ」。下の写真です。<br><br><div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20110813/13/orionkawagoe/cd/d4/j/o0428049711413890908.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20110813/13/orionkawagoe/cd/d4/j/o0428049711413890908.jpg" alt="$編集・校正プロ社長の日日是好日" border="0"></a></div><br><br><div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20110813/13/orionkawagoe/ff/27/j/o0512037111413895209.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20110813/13/orionkawagoe/ff/27/j/o0512037111413895209.jpg" alt="$編集・校正プロ社長の日日是好日" border="0"></a></div><br><br>赤い葉のほうは「アカカタバミ」。<br>どちらも、ハート型の葉と小さな花が可愛らしく、本書によれば<br>「美しく均整のとれた葉を持つカタバミを、昔の女性はチョウと同じように愛でた」ということですが、その一方で、戦国武将の家紋として「好んで使われた」とも。<br><br>「ロケットのような形をした」実からたくさんの種子をまき散らすすぐれた装置と、<br>虫に食べられないように特殊な物質を葉に隠し持つ、<br>そんなしたたかさが気に入られたのでしょうか。<br><br>花言葉は「輝く心」。<br><br>父として、たまには知識のあるところを見せてやろうと<br>この花言葉を娘に語ってきかせたら、腹を抱えて大笑い。<br><br>ん～、なんでかなあ？？　次は「娘との対話」だな･･･。<br><br><a href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=16458100" alt0="BlogAffiliate" target="_blank" rel="nofollow">身近な雑草の愉快な生きかた/稲垣 栄洋<br><img src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fecx.images-amazon.com%2Fimages%2FI%2F51uUBOeTjEL._SL160_.jpg" border="0"></a><br>￥735<br>Amazon.co.jp<br><br>
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<pubDate>Sat, 13 Aug 2011 12:40:59 +0900</pubDate>
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<title>日の丸は胸の中に</title>
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<![CDATA[ つい先日読み終えた『昭和史　戦後篇1945-1989』の中に<br>日本人の美徳を思わせる、こんな件がありました。<br><br>著者の半藤氏が東海道新幹線に乗るとき、<br>ときどきホーム下の壁にはめ込まれた銅板を読むことがあるのだそうです。<br><br><font color="#0000FF">東海道新幹線<br>この鉄道は日本国民の叡智と努力によって完成された。<br>（後略）</font><br><br>なんの変哲もない文章ですが、<br>半藤氏は「こよなくいい文句」と称えています。<br><br><font color="#0000FF">驕（おご）りも高慢さも思い上がりもなく、さわやかさいっぱいの文章ですね。運輸大臣や国鉄総裁の名前なんかない。日本国民みんなして造ったんだと。<br></font><br><br>で、実際に東京駅に行ってみました。撮った写真がこれです↓<br><br><div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20110731/07/orionkawagoe/6d/5d/j/o0800059711384655031.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20110731/07/orionkawagoe/6d/5d/j/t02200164_0800059711384655031.jpg" alt="$編集・校正プロ社長の日日是好日" width="220" height="164" border="0"></a></div><br><br>東海道新幹線<br>この鉄道は日本国民の叡智<br>と努力によって完成された<br>NEW TOKAIDO LINE<br>Product of the wisdom and effort of the Japanese people<br>東京・新大阪間　515㎞<br>Tokyo - Shin-Osaka<br>起工　1959年4月20日<br>Work started<br>営業開始　1964年10月1日<br>Opened to traffic<br><br>確かに、この手の銘文にありがちな“お偉いさん”の名前なんかありませんし、<br>美辞麗句を並べ立てているわけでもありません。<br><br>だけど、この銅板からは、戦争でなにもかも失くした国民が<br>それこそ、知恵と努力だけで、世界最速の鉄道を造ることができたんだ、<br>という慶びがしみじみと伝わってはこないでしょうか。<br><br>最近、どの国も「国威発揚」のためのパフォーマンスに励んでいるようです。<br>そのこと自体を否定するつもりはありませんが、<br>日本についていえば、「ニッポン、ニッポン」と国民が昂奮するときは<br>却って本来の日本人的美質から遠ざかっていくように思えます。<br><br>日露戦争の大勝利から日中戦争、太平洋戦争に突き進み、<br>どん底に陥っていった愚かさはその典型でしょう。<br><br>じゃあ「日本人的美質」とは何かと問われても<br>明確に答えられないんですが･･･。<br><br>ただ、そのヒントになるのは<br><a href="http://www.amazon.co.jp/dp/4582765521/ref=as_li_ss_til?tag=ozmaster81-22&amp;camp=1027&amp;creative=7407&amp;linkCode=as4&amp;creativeASIN=4582765521&amp;adid=0EA4SF0MNT1DQXXR2SEG" target="_blank">『逝きし世の面影』（渡辺京二著）</a>に描かれた日本人像にあるのではないかと。<br>いま読み始めているところですが、<br>概要を知りたい方は<a href="http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya1203.html" target="_blank">「松岡正剛の千夜千冊」の解説</a>が参考になると思います。<br><br>東海道新幹線の銅板の記述の数ページ後、<br>半藤氏は東京オリンピックの開会式を見たある作家のこんな一文を紹介してます。<br><br><font color="#0000FF">彼（坂井義則＝最後の聖火ランナー）が右手に聖火を高くかかげたとき、その白煙に巻かれた胸の日の丸は、おそらくだれの目にもしみたと思うが、こういう感情は誇張せずに、そのままそっとしておけばいいことだ。日の丸のその色と形が、なにかある特別な瞬間に、われわれの心になにかを呼びさましても、それについて叫びだしたり、演説したりする必要はなにもない</font><br><br>これ、だれの文章かというと、<a href="http://www.google.co.jp/search?rlz=1C1RNNN_enJP347&amp;aq=f&amp;sourceid=chrome&amp;ie=UTF-8&amp;q=%E4%B8%89%E5%B3%B6%E7%94%B1%E7%B4%80%E5%A4%AB" target="_blank">三島由紀夫</a>です。<br><br>日の丸をそっとしておいた三島でも、<br>「日本」を主張するあまり、後に自らの破滅を招いてしまう。<br><br>ノルウェーで起きた凄惨な事件もそうですが、<br>狂信的ナショナリズムが別な何者かを生んでしまう例ではないでしょうか。<br><br>国への思いはそっと胸に収める。<br><br>そんなことを語りかけてくれる新幹線の銅板は、<br>本書にあるとおり、東京駅18・19番線の階段下にあります。<br><br>新幹線改札口からまっすぐつき当たりの壁。<br>やや高い位置にあるので、注意していないと見逃してしまいそうです。<br><br>機会があれば、一度足を止めてみてください。<br><br><a href="http://click.affiliate.ameba.jp/affiliate.do?affiliateId=16275554" alt0="BlogAffiliate" target="_blank" rel="nofollow">昭和史 戦後篇 1945-1989 (平凡社ライブラリー)/半藤 一利<br><img src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fecx.images-amazon.com%2Fimages%2FI%2F41FmSXnSB4L._SL160_.jpg" border="0"></a><br>￥945<br>Amazon.co.jp<br><br>
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<pubDate>Sun, 31 Jul 2011 05:37:47 +0900</pubDate>
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