<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>悪童日記 2.0</title>
<link>https://ameblo.jp/oscar-liebmann/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/oscar-liebmann/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>暇な男がが書いてる徒然でしかないブロークン センテンス</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>Long Time No See</title>
<description>
<![CDATA[ なんと久しぶりの投稿なことか。<div><br></div><div>嗚呼もうこれだからいけないんだよなあなんて思いつ、文に向かう時はだいたい気まぐれだ。</div><div><br></div><div>そもそも文なぞ、書きたい時に書くのであって、強制的に書いたそれは対して自由でなく良くないのである。なんでもそうだ。外からの圧力でなく、自然発生がいいのだ。気がついたらニートになってました。みたいな感じのフランクさが良いのだ。</div><div><br></div><div>ニート・フランキーはさておき、とはいえ今回文に向きなおったのは、外からの圧力とまではいかないが、外からまた書いて欲しい、読みたいと、おいおい冗談じゃねえぞと思えるプリティーハッピーな言葉たちを沢山のピープルに言われ、その度にピープルワーズが筆者の鼓膜を突き破り、ついに鼓膜もあれなんでしたっけ僕の役割？みたいなノリでその役割をすっかり忘れてダイレクトに脳みその深くにあるやる気スイッチみたいなボタンがブシブシ押されたのである、まるでカラクリ屋敷の壁一面の本棚の一冊をポチっとなすると、扉が開きますといった具合で、ちょっとやる気が。あれ出てない？なんか鼻から毛が出てない？みたいな感じでフライン毛ならぬ、フライン気を。</div><div>というような訳で私は文を書くことを実に2年ぶりにスタートしちゃおうと思うのである。</div><div><br></div><div>とか言って、2019年が終わろうとしている。</div><div><br></div><div>日記なんだか落書きなんだかわからないこの徒然なるモノの始まりに、また一年が終わろうとしているのである。始まりなのに終わり。始まりと終わりは表裏一体だ。</div><div><br></div><div>最近、ふと一年を振り返って思ったのは死についてだ。死も始まりの終わりだ。</div><div><br></div><div>2018年も2019年も沢山の有名な方が亡くなっていった。</div><div><br></div><div>仕方ない、人はいつかは死んでしまう。</div><div><br></div><div>しかし、なんでだろう神さまは、というか運命はかなり性格が悪い、非情だ。とても才あるいい人ばっかりを連れていってしまう。彼らにはまだ宿題が山ほどあったはずだ、人生の宿題が。</div><div><br></div><div>幸いなことに相変わらず肝機能の数字はお世辞にも良いとはいえないながらも、筆者は普通に生きていて、果たしてこれで良かったのか？あら？みたいなことを著名人の死とともに考え直しちゃったりするのだ。うーん、と唸って後ろに倒れて天井を見つめちゃったりする訳だ。</div><div><br></div><div>なんだか、書いてて真面目過ぎてキモ過ぎわろた状態になっており、あからさまにスタートからしてもう危うい。いつの世も前途多難だ。</div><div><br></div><div>それでも生を噛み締め、ぽちぽち書いていこうじゃんか。</div><div><br></div><div>オスカー・リーヴマン、ここに再始動。</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>[完]</div>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/oscar-liebmann/entry-12562959576.html</link>
<pubDate>Sun, 29 Dec 2019 04:36:14 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>NO MUSIC, NO LIFE.</title>
<description>
<![CDATA[ <div><br></div><div><br></div><div>ある人がNO MUSIC, NO LIFE.と銘打ったキャッチコピーをタワレコに掲げた。<br></div><div><br></div><div>とても感動した。シンプルにして真理だ。直訳すれば音楽のない人生なんてない。それに尽きると強く思った。</div><div><br></div><div>これまで音楽を聴かなかった、聴いたことすらないなんて人はいないだろう。人類は祭事などで唄い奏で、そうして今に至ったからだ。</div><div><br></div><div>私も物心ついたころから音楽に触れていた。</div><div>私の実家には音楽室と呼ばれる部屋があった。</div><div>その部屋の中央にはグランドピアノがあり、それを取り囲むように訳わかんねえアフリカの太鼓からオーボエだのフルート、何故かソファの下からお琴がこんにちは、電子楽器、ウクレレ、ホルン、多分打楽器、etc…楽器やらレコードやらCDだらけの棚が取り囲む、音楽としかいいようのない防音の部屋だ。明らかに母親のワガママで作られた一室だ。</div><div><br></div><div>小さい頃からピアノを習わされるし、とりあえず何かしらの音楽が流れている、クラッシック、ロック問わず、そんな環境で私は育った。というのも私の母がゴリゴリの音楽教師だったからだ。父も音楽が好きで、好きな音楽を交代で流しながら酒を飲むのは未だに実家では恒例だ。</div><div><br></div><div>中学の頃はよくその防音の音楽室を真っ暗にしでリンキンパークやらマリリンマンソンやらマイケミカルロマンスやらブラーやらオアシスやらゴリラズやらsum41やらオフスプリングやらニルヴァーナやらレッチリやらグリーンデイやらという往年のヒーローたちのサウンドをクラブかってくらい爆音で流しシャーマンになりかけていた時期もあった。※ようやく高校で邦楽の素晴らしさに気がつく。</div><div><br></div><div>シャーマンはさておき、</div><div>音楽には考えられないような人を動かす力がある。そう母はずっと私が小さな頃から言っていた。</div><div><br></div><div>くたばりそうなときに聴く音楽はどんなビタミン剤よりも我々に栄養をくれ、戦いの前はラリアットで数人を吹き飛ばす勇気さえくれた。</div><div><br></div><div>音楽のセンスの悪い飲み屋へは二度と行かない。音楽が終わってる飲み屋は大体売り上げも終わっている。</div><div><br></div><div>私のインスタのストーリーもどういう訳か好きな音楽(ジャンル)問わずの切り貼りだ。</div><div><br></div><div>私は基本音楽が好きな人としか基本仲良くなれない。</div><div>そもそも音楽を聴かない人とは会話ができずその人の歴史が見えないし、究極的なアレが好きみたいな目に見えないつながりが生まれないからだ。</div><div><br></div><div>逆に音楽が好きな人はみんな友達だ。もう朝まで飲みたい。</div><div>&nbsp;</div><div>身勝手なオールはさておき、</div><div>音楽と服とカルチャーが好きで下北沢に住みだしたし、音楽にいろいろ人生で蹴躓いた時も答えをもらった。あの時その音楽を聞いていた時にタイムスリップさせてくれさえする、否、タイムマシンでもある。</div><div><br></div><div>飲み屋で音楽の話をして、アレ、いいよね。となった時はもうそれは歴史コミコミの立派なコミュニケーションの成立である。</div><div><br></div><div><br></div><div>音楽のない世界というのが私には想像できない、人生というものに本当に大切なのは国語でも英語でも数学でもなく、間違いなく音楽なんだろう。</div><div><br></div><div>音楽には、力があるとやっぱり口うるさく母は言った、それを信念に人生のものすごいパーセンテージをたしかに彼女はそれに注いだ。</div><div><br></div><div>人は音楽なしには生きえない。それは歴史が証明している。宗教も音楽を尊く捉え、それをつながりの象徴にした。</div><div><br></div><div>目が見えないのも嫌だが、それと同じくらいに私は耳が聞こえなくなるのが嫌だ。それくらいに音楽はの存在は大きく今日も世界中でいろんな人が音を奏で、文字通り音を楽しみ、時に感涙している。不思議なことに何故かは齢24の青二才の私にはまだわからない。筆舌に尽くしがだいという典型的な言葉でしかそれを表せない。まあ、耳だから。</div><div><br></div><div><br></div><div>ジョンレノンは音楽で世界は繋がれると願った、そんなん無理だという人も数多くいる、が、私はそうは思わない。音楽には世界を救い、熱狂させ、時に涙し、時にそばで励ましてくれる最強の力があるとおもっている。やっぱり何故かはわからないけど。わかんないままでもいいかなとも思う。そっちのが夢があるから。</div><div>&nbsp;</div><div><br></div><div>最期に、箭内さん、シメに拝借致します。</div><div><br></div><div><br></div><div>NO MUSIC, NO LIFE.&nbsp;</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>【完】</div><div><br></div><div><br></div>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/oscar-liebmann/entry-12331911054.html</link>
<pubDate>Mon, 27 Nov 2017 23:00:35 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>援助交際</title>
<description>
<![CDATA[ <div><br></div><div>ワンツースリーフォーッ</div><div>ワンツースリーフォーッ</div><div><br></div><div><br></div><div>軽快にギターが演奏をはじめ、その後上半身裸、ロン毛の男性が赤裸々に恋心を唄い出す、峯田和伸もとい銀杏BOYZだ。</div><div>&nbsp;</div><div>この曲のタイトルは援助交際。銀杏BOYZの楽曲のタイトルであり、とても好きな曲だ。</div><div>“あの子”のことがとても好きなんだが、好きなその子はどうも悪い噂によると援助交際をしてしまっているらしい。そんな彼女を優しく見守り、ただ見ているだけで幸せにリリースすることもできない無力な男心の青春をうたった。</div><div><br></div><div><br></div><div>あれはいつだったか、女友達と世田谷で飲んでいた。普通に友人であり、どちらかといえば物静かな方でファッションもド派手という訳でなく、わりと見るたび系統が違うような気がした。清楚といえば清楚で、うん、清楚だった。</div><div><br></div><div>5月にその人は、言った。</div><div><br></div><div>私、援助交際してたんだよね。</div><div><br></div><div>たちまち頭の中で突然ワンツースリーフォーと冒頭の曲が流れたのを覚えている。</div><div><br></div><div><br></div><div>そんなに驚くことでもない。誰それがアレアレみたいな話はよく聞く話だ。</div><div><br></div><div>しかし、清楚で全くそんな気配は微塵も感じさせないその子に私は驚いた。レモンサワーを吹きかけた。というのも私は永遠のレモンサワーと呼ばれ、3杯くらいビールを飲むとそのあとはずっとくたばるまでレモンサワーを飲みがちだからだ。</div><div><br></div><div>レモンサワーはさておき、</div><div>もちろん、私のこの文章公開範囲にはその子はいない。</div><div>&nbsp;</div><div>それでもって話を聞いたら聞いたでわりと内容が生々しく克明で、おいおいとなる。お前ホンマもんの官能小説やないかいッと思わず突っ込みたくなる。なかなか常習犯である。複雑である。なんと○器である。TPPじゃねえ！ピーピーピー！である。</div><div><br></div><div>今までここまでギャップがあるソレは初めてだ。</div><div><br></div><div>売れる芸人曰くギャップが生まれたとき、その差があればあるほどウケる。</div><div><br></div><div>私の場合はそのギャップの差が驚きであり、もはやアメージングだ。AVの設定とかシリーズのお話ではない。リアルである。人間を不信にはならないが、色々あるなあ人生と思ってしまうし、どこか、ワクワクして聞いていなかったと言ったらそれもそれで嘘になる。</div><div><br></div><div>はっきり言ってこの手の話は渋谷や新宿に掃いて捨てるほど転がっていると思う。鳥貴とかに転がってる話だろう。無人パーキングに必ず灰皿代わりにあるコーヒーの空き缶と同じくらいそこらへんにある話だ。</div><div><br></div><div>ただ、本当に人間裏では何をやっているかわからないということだ。</div><div><br></div><div>愛のためか、金のためか、寂しさのためか。</div><div>動機はよく分からないのだという。</div><div>なんだそりゃ（笑と流石に突っ込んだ。</div><div><br></div><div>最近のその子のことは私はよく分からない。</div><div><br></div><div>元気にしてることを願う。</div><div><br></div><div><br></div><div>もしかしたら峯田さんもそんな似たような経験があったのかもしれない。で、あの名曲が生まれたのかもしれない。ただ、峯田さんの場合、“あの子”のことがストーカー並みに好きな点は私と類似しない。</div><div><br></div><div>その子を思い出したのも、</div><div>たまたまアイフォンのシャッフルが</div><div>ワンツースリーフォーッと言い出したからだ。</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>あの子はどこかの誰かと援助交際</div><div><br></div><div><br></div><div>[完]</div><div><br></div>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/oscar-liebmann/entry-12331642350.html</link>
<pubDate>Sun, 26 Nov 2017 22:59:18 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>僕と般若心経</title>
<description>
<![CDATA[ <div><br></div><div>母方のばあちゃんとはよく長電話をする。気質やテンションやハスキーボイスはだいたいこの人から隔世で俺に遺伝したものだ。だいぶ遺伝が濃い。</div><div><br></div><div>付け加え、2人ともマシンガントーカーだから平気で話は脱線を繰り返し気がつけば1時間電話していたなんてのはザラである。</div><div><br></div><div>ばあちゃんは82歳だがまあ元気で一向に死にそうではなく、じいちゃんも糖尿病ではあるが豪邸で慎ましく暮らしている。</div><div><br></div><div>2人は完全な成金で昔は貧乏平屋の夫婦だったが、努力でなんだか事業に成功し金に一切困ってないある種のスーパー老夫婦だ。だいたい入れ歯に100万かかったとか家にあるエアコン14.5台入れ替えたら金が飛んだとかいちいちの買い物がデカくそれをネタのごとく喋る、いろんな意味で尊敬している2人だ。</div><div><br></div><div>そんなばあちゃんに前に言われたのが墓参りの話だった。必ず帰省すると墓参りに来るあんたは偉いというのだ。</div><div><br></div><div>私はそれは私の中で至極当たり前だと思っていた。</div><div>というのもかつて私が東京に出てくるまでの18年間、月一の墓参りは家族の中で当たり前だったからだ。</div><div><br></div><div>うちの父親は熱心な仏教徒で本棚にはチャクラがどうたらという本がたくさんある。要するにゴリゴリの仏教徒だ。墓参りを終えると父は1人墓石の前で数分間何かを唱える。般若心経である。これを唱えないことには大野家の墓参りは終わらず、他家族は車の中で父の帰りを待つのがデフォルトであった。</div><div><br></div><div>そんな環境下で18年間育ち、墓参りに行くのは当然のことだと感じていた。今も帰省したらたとえ一泊二日で時間がなくても両家の墓参りをする。何か墓参りをしないで東京に帰る訳にはいかないのである。</div><div><br></div><div>先祖や死んでしまった家族を大切に思う、それをしっかり形と行動にしたのが墓参りだ。</div><div><br></div><div>おかげで大野家は今日も幸せだ。</div><div><br></div><div>ところが父親の姉たち、私からみたおばさんたちは全くといっていいほど墓参りをしない。結果、病気や家庭がうまくいかずみたいなことになっている。</div><div><br></div><div><br></div><div>そんなこともあり、先祖や家族を大切にできない人は幸せになれないのかもなと大きくなるにつれて強く感じるようになった。その差が歴然だったからだ。</div><div><br></div><div>先祖は見ている、これはそうだと思うしやったことは形を同じくか違くして同じ質量で自分に返ってくるのだと思う。</div><div><br></div><div>人はこの世にいなくても人だ。</div><div><br></div><div>ちゃんと墓参りをしている家族にはご先祖さまもしっかり微笑んでくれるのである。</div><div><br></div><div>私もいつか般若心経を唱えなければならない。</div><div><br></div><div>それがいつになるかは全くわからないが、とりあえず私もゆくゆくは唱えるのだろう。</div><div><br></div><div>とかく、分かるのはこの世にいてもいなくてもどこかで家族はつながっているということ。</div><div><br></div><div>それと、家族を大切にできない人が幸せになれる訳がないということだ。</div><div><br></div><div>ただこれは私一個人としての見解だ。</div><div>家族という問題はいつの時代も複雑だ。</div><div><br></div><div>とりあえずまたお墓を掃除したい。</div><div><br></div><div>【完】</div><div><br></div>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/oscar-liebmann/entry-12331309885.html</link>
<pubDate>Sat, 25 Nov 2017 19:37:32 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>拝啓、二十四の君へ</title>
<description>
<![CDATA[ 久しぶりに映画サマーウォーズを観た。<div><br></div><div>年甲斐なく号泣してしまった。</div><div><br></div><div>とても思い出に残る青春時代真っ只中に観た青春の代名詞とも言える作品だ。</div><div><br></div><div><br></div><div>公開自体は2009年。制作会社はマッドハウスで過去に私の大好きな「逮捕しちゃうぞっ！」とか「ああっ女神さまっ」という往年の神アニメを手がけてきた会社だ。</div><div><br></div><div>監督はジブリの宮崎駿監督にさえその才能を若くから認められた細田守監督で、キャラデザはエヴァでお馴染みの貞本さん。最強のメンツだ。</div><div><br></div><div><br></div><div>でも私が初め観たのは実際実際2010年のとある夏の日だった。</div><div><br></div><div>その日、ちょうど私は横浜国立大学、通称横国のオープンキャンパスにJR東海道線にゆられ、現早稲田や県大や北海道大へと行った友人らと向かっていった。</div><div><br></div><div>私の住んでいるところから横浜までは電車でも2時間はかかる。軽い旅行みたいなものだ。</div><div><br></div><div>その日ははちゃめちゃな快晴でとにかく暑い8月の夏休みのある日だった。しかも男が4人。まさにむさ苦しい。アホみたいにむさ苦しかったのを記憶している。</div><div><br></div><div>JR東海道線はもちろん冷房ガンガンで電車で4人の若者がたわいもない会話をしたり寝ていたりをしたら気がついたら横浜に着いていた。</div><div><br></div><div>話は変わるが高校時代のデートといえば横浜だった。東京までは億劫だが横浜ならギリギリだなという感もあった。横浜は昔も今も大切な場所だ。</div><div><br></div><div>横浜についた高校2年生ピチピチな4人の男はとりあえず横浜国立大学を散策し散策し、散策には散策を重ね、その豊かな自然溢れるキャンパスに包まれた。</div><div><br></div><div>(結局誰1人その4人の中から横浜国立大学へ進学したものはいなかったのだが。)</div><div><br></div><div>そのあと散策を終え我々はみなとみらいへ行って、遊園地に行きだいたい夕方までアトラクションに興じた。</div><div><br></div><div>その後横国とみなとみらいでの思い出を記憶に、若者4人はまた電車で早々に静岡の地元へ帰っていった。</div><div><br></div><div>自宅についたのはちょうど21時くらいだっただろうか。自宅のバカでかい液晶テレビの置いてある居間はクーラーがガンガンだった。</div><div><br></div><div>妹がソファにいて、曰く今からサマーウォーズって映画がやるよというのである。</div><div>&nbsp;</div><div>ほう、と言い私はカルピスか何かを冷蔵庫から持ってきて観た。</div><div><br></div><div>はっきり言ってやられた。</div><div><br></div><div>それは青春でしかなかった。</div><div><br></div><div>青春そのもの、完璧だった。</div><div>そして泣いた。どこか懐かしかった。</div><div>作中の主人公は17歳で、液晶の前の私も17歳だった。恋愛、家族、夏、闘い。よくぞまあ詰め込んだものだ。</div><div><br></div><div>それから私は夏の間、サマーウォーズ病にかかった。あのノスタルジーでロマンチックでレモンサワーみたいな映画にやられてしまったのだった。</div><div>小説版も買ったほどで、今も下北沢の家の本棚に大事に置いてある。</div><div><br></div><div><br></div><div>時は7年流れた今日、秋にもかかわらず、つか冬になりかけてるにもかかわらず、祝日で時間を持て余した私はレモンサワーを飲みながら久しぶりにサマーウォーズを観た。</div><div><br></div><div>冒頭に繰り返すが、何かものすごい心地よい冷風に何か身体全身を包み込まれ、あるいは貫通し、洗われた気がした。そして24歳の私と、17歳の頃のように泣いている私がいた。</div><div><br></div><div>自分を昔へとタイムスリップさせてくれる、かつ繋いでくれる大事な大事な作品だと、改めて思った。</div><div><br></div><div>みなさんにもそんな思い出の映画や何かがあるのだと思う。私の場合は幸運なことにそれがサマーウォーズだった。</div><div><br></div><div>24歳になった今、サマーウォーズを観た今、何か明日の見方が変わった気がした。レモンの果汁でサビが取れた気がした。気持ちよく生きていける気がした。</div><div><br></div><div>人に感動をくれたり、気持ちを大きく揺れ動かすモノを作れるのは本当に素晴らしいし、細田守監督への尊敬の念は改めて燃え上がる。本当に感謝だ。</div><div><br></div><div>何か明日、変わるかもしれない、そんなジュブナイルなワクワクをまたこの歳になって貰えた。</div><div><br></div><div>このタイミングでまたこの作品の素晴らしさに出会えたことを心の底から感謝したい。</div><div><br></div><div>あんなの青春映画の中、アニメの中だからできるんだよ、現実見ようよ、無理無理。</div><div><br></div><div>果たしてそうだろうか？私はそうは思わない。</div><div><br></div><div>夢を見なきゃ人は細胞の老化とともに思考まで錆びてく。</div><div><br></div><div>毎日はある意味予想もつかない奇跡の連続の上になりたっている。</div><div><br></div><div>私が望む青春とあなたが望む青春が全く起こらないなんて決めるにはもったいない。</div><div><br></div><div>なんだか明日を迎えるのがワクワクしてきた。</div><div><br></div><div>まるで17歳の夏のように。</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>17歳の俺と24歳の私より。</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>[完]</div>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/oscar-liebmann/entry-12330828787.html</link>
<pubDate>Thu, 23 Nov 2017 21:54:32 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>銀河鉄道の夜</title>
<description>
<![CDATA[ だいぶ寒くなってきた今日この頃だ。<div>夜の散歩がしゅみなのだが、そろそろコートを着ないと厳しそうだ。</div><div><br></div><div>しかし、散歩は寒い方がいいと思う。1月でも2月でもどんなにクソ寒くても私は散歩をする。</div><div><br></div><div>右手でタバコを吸って、左手にはビールの缶を握っており、だいたい代々木上原か代々木公園で降りて下北までプラプラ耳にはイヤフォンをしながら歩く。</div><div><br></div><div>もちろん雨が降ってない日に限る。</div><div><br></div><div>歩くことは実は好きで、深夜歌舞伎町から下北まで歩いたりもするし、渋谷から家まで歩いたりもする。</div><div><br></div><div>音楽と酒とタバコと歩いてると変わってく景色ってのは最高で、1人で勝手に遊園地みたいなもんだ。</div><div><br></div><div>田舎にいたころは深夜1時間半かけて駅から家まで親友と帰ったことがあった。流石にこの時は足がイカれたのを覚えている。</div><div><br></div><div>田舎は星が綺麗で街灯はろくについてない。</div><div><br></div><div>でも歩きながら吸うタバコは美味しいし、田舎なんてみんな寝てるから俺たちが多少大声唄っても田んぼのカエルくらいしか迷惑しないだろう。</div><div>東京じゃ流石にそれができないけど。</div><div>&nbsp;</div><div><br></div><div>井の頭で愉快に歩いてる私を見つけたら声をかけてほしい。そしたら膝が壊れるまで一緒吉祥寺を目指そうじゃないか。<br></div><div><br></div><div><br></div><div>家を過ぎたら結局タクシーで帰るけど。</div><div><br></div><div>夏じゃ絶対ダメなんだ、寒くてどこかメランコリーな今が1番いい、散歩には。</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>[完]</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/oscar-liebmann/entry-12329217787.html</link>
<pubDate>Fri, 17 Nov 2017 21:47:55 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>H高校</title>
<description>
<![CDATA[ <div><br></div><div>私が文章を書くようになったのはいつからだったろう。ふとそんなことを思った。それはやっぱり真っ暗でトレインスポッティングの劇中曲響く世田谷は下北沢のとある暗い一室で、梅酒の入ったミスドの記念グラスをカランコロンしている時だった。</div><div><br></div><div>ルーツは高校時代にあったかもしれない。</div><div><br></div><div>私は静岡県の伊豆半島の付け根にある沼津という街で育った。実家は三島だが、実際記憶があるのは沼津で、そこは海と山、以上。という説明でまかり通りがちなだいたいが観光地みたいなところだ。</div><div><br></div><div>海が近いし、振り向けば富士山がある。そんな場所にある沼津H高校、改め、ヒガシ高というところに高校時代はかよっていた。</div><div><br></div><div>楽しい高校時代だったことを記憶している。</div><div>丘の上にある鬼畜な高校で毎朝の通学は軽い拷問だ。遅刻の常習犯だった。会社への遅刻癖もこの時培われたのかもしれない。</div><div><br></div><div>文武両道が当然で、県内で偏差値2位の一応名門と言われた高校であった。また、奇人変人の集いと言われ、一般では理解に苦しむ生徒が多く、トータルテンボスの大村さん(アフロじゃない方)やバタフライの泳ぎ方を考案した人なんかがOBにいる。</div><div><br></div><div>高校時代は勉強と部活に燃えすぎて恋愛なんぞせず、恋愛する暇があるなら中庭で同級生のサイコパスに一発芸をやらせたり、学年の全クラスで一発芸をさせたり、文化祭で映画を撮ったり、中庭でひたすらバク宙をしていた記憶しかない。ちなみにそのサイコパスは医大に行った。</div><div><br></div><div>おそらくあの中庭で私ほどバク宙をしたのは後にも先にも私しかいないかもしれない。なんで宙を舞っていたのかは自分でも理由がよくわからない。</div><div><br></div><div>さて、そんな高校一年生の時だったか、クラスの代表で毎年出される広陵という文集のクラスの紹介文を買いた。ツッチーという水谷豊似のバイク乗りダイドーブレンドコーヒー狂の推薦だった。</div><div><br></div><div>その時くらいからちょくちょくブログ的サムスィンを書き出し今にいたる。</div><div><br></div><div>私が文を書くのはだいたい自慰に等しい。</div><div>モヤモヤしている時に書いて、書いたら書いたでスカッとしてよろしく賢者モードだ。</div><div><br></div><div>もしかしたら高校時代、満足していた気でいてほんとは満足していなかったのかもしれない。もしくはネタに困っていなかったかだ。</div><div><br></div><div><br></div><div>人生は多少メランコリーで怠い方がいいのかもしれない。幸せからなんのアウトプットも得た気がしないからだ。幸せな時はものを感じる力がだいぶ落ちてしまうタイプの人間だからこの先の未来が危険だ。</div><div><br></div><div>まあこうして意味のわからないことを書いているのも現状に対して、何かしら首を傾げているからだろう。</div><div><br></div><div><br></div><div>嗚呼、もう賢者モードだ。</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>[完］</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/oscar-liebmann/entry-12326487683.html</link>
<pubDate>Tue, 07 Nov 2017 22:12:44 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>拝啓、ナイトライダー</title>
<description>
<![CDATA[ <div><br></div><div>ふと、最近何かが足りないと感じていた。</div><div>明らかに風を感じていなかった。</div><div><br></div><div>それは一体なんなんだよ、といわれると、</div><div>それはモーターサイクルだと間違いなく私は答える。</div><div><br></div><div>モーターサイクル改め、バイクは遊園地みたいなものだ。これはきっと体感した人にしかもしかしたらわからないかもしれない。</div><div><br></div><div>その鉄の遊具に跨るとそれは軽快な音でどこか好きなところへと連れていってくれる。あくまで運転をするのは運転手だが、なぜか予想もしない道を曲がり出し、訳のわからない場所へと連れていってくれる。それは自分1人だけでは到達しえない場所で、鉄の塊と一緒にたどり着いた場所だ。</div><div><br></div><div>だいたいそこに素晴らしい人や景色との出会いがあるからまたこれが困った話だ。</div><div><br></div><div>小さい頃だった、4.5歳くらいだっただろうか静岡の山林を父親の後ろに座り、明らかにぶかぶかなヘルメットをかぶり、よく2人で走ったものだった。その時がおそらく私のモーターサイクルの原風景だった。</div><div><br></div><div>そのくらいの年の頃に父親がバイクを買い換えるということで、いつも二人乗りしていたオフロードのバイクを職場の後輩にあげるという時に大号泣したのを覚えている。何故かわからないがその時あんころ餅を機嫌取りに食べさせられたが、やはり大号泣しなが食べたのを覚えている。</div><div><br></div><div>時は過ぎて親に80万の借金をし、バイクを買った。正確には車体が40万のカスタム費が40万だ。</div><div>もちろん借りた金はすべて学生期間中に完済した。</div><div><br></div><div>それからそいつ、名前をオスカー・リーヴマンというバイクとともにいろんなところへ行った。</div><div><br></div><div>途中大学3年の4月にトラックに横から突っ込まれ、頭を打ち、気がついたら病院にいた。事故に遭い取り乱しすぎて財布をなくしながら静岡から両親が池尻にある病院まで来た。ふと目がさめると、父親と母親がいて、父親が「バイクぶっ壊れたらしいけど次、何乗るんだ？」と言った。</div><div>こいつは馬鹿野郎なのかと思ったが、笑ってしまった。半身を強く打ったのであばらが痛かったのを覚えている。 &nbsp;</div><div><br></div><div>結局慰謝料がだいぶ下りてポシャったバイクのフレームとエンジンをベースにまたいろんなパーツを組み上げて今の愛車にいたる訳だ。</div><div><br></div><div>バイクに乗ることは当然全身を使う、両手両足、目、耳、鼻、すべてを使う。裏を返せば全身で体感ができるということだ。クソ寒い風を受けて走って、改めて生きてると感じられる。</div><div><br></div><div>昼もいいが、夜のドライブをお勧めする。</div><div>あの寒い風が生きてるとわからせてくれるからだ。東京まであと150kmとかいう標識を深夜にみるとものすごい興奮するものだ。</div><div><br></div><div>モーターサイクルに関する思い出ははっきり言って語り出したら下手すると太陽が昇り始める。</div><div><br></div><div>ただ、そんな長い話の原風景は静岡の夜の山道を父親と2人で浴びた風にあった。</div><div><br></div><div>この呆れるほどの情熱も、あなたにいつか分かってもらいたい。</div><div><br></div><div>[完]</div>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/oscar-liebmann/entry-12322280327.html</link>
<pubDate>Mon, 23 Oct 2017 23:42:24 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>恋は永遠</title>
<description>
<![CDATA[ <br><div>なんとハンパない久しぶりの投稿だろうか。</div><div>前回が遥か昔の如く感じられる。</div><div>気がつけば1年半以上更新を怠っており、だいぶ時間があいてしまった。</div><div><br></div><div>そう、私にはだいぶそういう類の悪い癖がある。時間が空いちゃうのだ。サボッてたとか言っちゃダメだって。</div><div><br></div><div>で、その空いちゃった時間の間には実に様々なことがあってそれらを逐一思い出して記事化していくと毎日3回投稿してもなかなか追いつかない、まさにえらいこっちゃである。</div><div><br></div><div>気がつけば、24歳とかいうアラサーになる前の大人な階段ならぬ大人のアーチみたいな奴の手前で足踏みしているような状況で今にも向こうに走り出さんばかりである。</div><div><br></div><div>気がつけば社会人生活も2年目になり、慣れのせいか、一年目の苦労のせいか特段キツいという感情もなく、昼出社夕方退社を繰り返し、業務中はノルマ数字ではなくその日のナンバーズ(宝くじ)の数字に思いを馳せ、下北に帰り、ラーメン屋に寄ってから飲み屋に行き、帰宅し、音楽を聴き、また飲み、気づいたら意識はなし。という毎日同じルーチンを回っていてずっと山手線に乗っている感覚である。</div><div><br></div><div>これをあと何十年も仮に続けなければならないと思うと非常に目が回る話である。冷静に考えるとたまったものではない。</div><div><br></div><div>そんな退屈を救ってくれるのは、世界を救ってくれるのは、やっぱりやっぱりゆーてもゆーても音楽と酒しかないのである。(独断と明らかな偏見による断言)。</div><div><br></div><div>最近、大好きな銀杏BOYZがシングルを夏から3発出した。その3発目が、イかれているくらいにすんばらしく、今日は昼からアルコールのプールを素潜り状態である(いわゆるセルフ泥酔)。</div><div><br></div><div>銀杏BOYZもなんか峯田さん1人だけになって村井さんとかアビちゃんとかチン中村さんはもう脱退して色々あった。おまけにチン中村さんは何故か出家したらしいし、もう何がなんだかわからない。</div><div><br></div><div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">銀杏BOYZもシングルを久しぶりに出したし、私も久しぶりに日記を書いた。</span></div></div><div><br></div><div>いやいや、どー考えても俺のが絶対作業簡単じゃんって。はい、その通りです。</div><div><br></div><div>とりあえず、彼はうーんと唸って、ベッド(ストロベリーフィールズ)に倒れて夢の中に逃亡したのであった。おやおや、穏やかじゃないねえ。</div><div><br></div><div><br></div><div>※タイトル曲のラストのサビが「ストロベリーフィールズの夢 セブンティーンアイスうんめー」</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>[完]</div>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/oscar-liebmann/entry-12319618668.html</link>
<pubDate>Sun, 15 Oct 2017 02:33:40 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>ゴリアテ</title>
<description>
<![CDATA[ <div><br></div><div>明けちゃいましておめでとうございます。2015年は全ての関わってくださった皆様にここは愛憎をきっぱりなしにしてお礼申し上げます。2016年もどうぞ、オスカー・リーヴマンとやらをよろしくお願いします。</div><div><br></div><div>2016が来ちゃいましたよついに。あらら、来ちゃったんですよ2016が。時の早さにまったく脳の処理速度が追いつかないのを実感している次第だ。</div><div><br></div><div>さて、記憶が酒で幾ばくか曖昧ではあるものの、パラパラっと年末年始を徒然なるままに記しちゃいますと、元旦は専ら静岡県のＮ津市という18年間生まれ育った街に帰っていたみたいで、別に今回が久しぶりの帰省という訳ではないみたい。</div><div><br></div><div>ゆーて、冬を除いてバイクに跨り246を南下して2時間半ほどでなかなかな頻度で帰省しちゃってる勢であるので久々感も特にはなかったのであるが、今回はわりと長らく滞在していたのでゆっくりできなかったって言ったら嘘になりまさあ。</div><div><br></div><div>帰省してしたことといえばやはりアルコールを進んで摂取することであり、全国に散りばめられた高校の輩や、地元の友人とワイワイガヤガヤバカデカいジョッキをガッチンガッチンして楽しい時を過ごしていたみたいなのである。</div><div><br></div><div>よく私の実家には死んだばあちゃんの霊が出るらしいので私は墓参りもかかさずに行い、今年も墓に洗剤つけてせかせかとデッキブラシでゴシゴシして背後霊というか守護霊というか、とりあえずこの世のものではない何かをなんとか見に纏おうとしている訳だ。きっとこの先祖バリアはATフィールドよりも強力で、これが私を守ってくれるのだろうと願いたい所存だ。</div><div><br></div><div>そして実家に帰ると必ず食べに行くラーメン屋があり、もう生まれて意識ある頃から行っているざっと20年くらい通い続けているであろうよ、「次郎長」という店がM島市という隣の市にあり、そこで味噌チャーシュー麺の大盛りをズルズルするのがデフォルトである。</div><div><br></div><div>だいたいここには決まって家族でいくのだが、私の父親(ここでは便宜的にウルトラマンと呼ぶ)はニンニクの権化のような存在であるので、そのラーメン屋に行くとなると、直前に自宅キッチンでニコニコしながら大量のニンニクを摩り下ろしてそれを大事そうにサランラップにクルクル包んで輪ゴムで口を締め、これまた大事そうにシャツのポケットに入れて車を運転するという性癖をお持ちなので車の中は終始ニンニクの臭いで大変なことになっているのである。今回ももちろん例外という訳にはいかない。どうしてそうなったのよニンニクの化身もとい権化、否、ウルトラマンでる。</div><div><br></div><div>ニンニク臭いウルトラマンはさて置き、訳のわからない帰省ライフもさて置き、生産的な箇所をこのどうしようもない文の羅列に生み出したいので、ここで2016年の抱負を言いたいと思うのである。</div><div><br></div><div>2016年はズバリ、一人で家で勝手に飲み潰れてロフトベッドの階段にも登ることもできずに床で倒れていることをなくすこと、である。</div><div><br></div><div>だからくだらないとか言っちゃダメだってば。相変わらず限りなく廃人に近いヤングアダルト、否、オスカー・リーヴマンでありました。</div><div><br></div><div>今んとこはまあこんな感じで、これまでもあんな感じで。いやいやどんな感じだよと。兎角、これからもそんな感じでよろしくお願いします。</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div>[完]</div><div><br></div><div>p.s. タイトルのゴリアテとは下北沢にある奇抜な古着屋ANTON店主から貰ったショーケースの名前である。</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/oscar-liebmann/entry-12113580580.html</link>
<pubDate>Mon, 04 Jan 2016 04:33:51 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
