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<title>言の葉と、欠片と。</title>
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<description>20代後半の戯言。</description>
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<title>私の「お気に入り」は、まだ日々を彩らない。</title>
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<![CDATA[ <p data-end="209" data-start="80">土曜日をゆったり過ごしたいと思いつつも、結局「良い過ごし方」が分からずにいる。歩合制の仕事をぼちぼち進めながらやり過ごす昼。ここ2週間ほどは人のエッセイをよく読んでいた。作家は日常を彩るのが上手いから、私のつまらない日常も彩ってほしかったのだ（妊娠してからホルモンの影響かずっと気分が沈んでいる）。けどもうそれを読むのも飽きてしまって、映画や動画を探しても、なぜか再生ボタンまで気が進まず、あるいは再生しても数分で意識が他のことに行ってしまったり。気がつけば、やっぱりただ時間をやり過ごしているような感覚になる。</p><p data-end="209" data-start="80">&nbsp;</p><p data-end="378" data-start="211">とあるYoutuberの日常Vlogを見ていると、彼女がケーキを買って大事そうに持ち帰っていた。「あ、いいなこういうの。」と思ったので、私も真似をして、家の近くのお菓子屋さんで大好きなロールケーキを買った。甘ったるいものは好きじゃないのでフルーツが入ったケーキやチョコレートケーキなんかは食べないけれど、ロールケーキというものは素朴でもふわっと柔らかなスポンジと、絶妙な甘くなさの生クリームで構成されていて最高だ。久しぶりにダージリンティーなんかも淹れちゃったりして、一緒にいただいた。とても美味しかった。</p><p data-end="378" data-start="211">ルーはぶっといブロックを自分のお皿に分けていて、私は「おいおい、あんた欲張りすぎだろ、そりゃ」という目で軽蔑したけれど、私はおかわりして2切れ食べたので結局同類だった。美味しいよね、ロールケーキ。</p><p data-end="521" data-start="380">&nbsp;</p><p data-end="521" data-start="380">この間、ずっと考えていたのは、「お気に入り」だ。紅茶をお気に入りのカップで飲んだり、ケーキをお気に入りのお皿に置いて眺めたい。けど、私にそんなお気に入りの食器はない。だから欲しいなと思う。</p><p data-end="521" data-start="380">&nbsp;</p><p data-end="521" data-start="380">けど、お気に入りはきっとネットでサクッと買ってしまうと「お気に入り」にはならない。何軒もお店を回って、色々なものを眺めて、あるいは運命的な出会いに一目惚れしたものでないとだめな気がする。簡単に手の届くものではない代物を、「やっとお迎えできました！」と言いながら、きらきらして紹介できるものだから、かけがえのない「お気に入り」になる。</p><p data-end="521" data-start="380">お皿やカップでなくとも、服やアクセサリーでも何でもいいので、見るたびに幸せになるような「お気に入り」を、私もいつか見つけたいと思う。そしたらきっと日々に少しだけ、彩りが生まれるだろう。</p>
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<link>https://ameblo.jp/otoha-no-kotonoha/entry-12926379230.html</link>
<pubDate>Sat, 30 Aug 2025 19:47:39 +0900</pubDate>
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<title>「不安」は消えないので、飼い慣らすしかない。</title>
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<![CDATA[ <p data-end="247" data-start="78">情緒不安定なので書き物を。分からない漢字があってもひらがなにせず、きちんと調べて書くのは知的な自分という理想像を守るためです。</p><p>&nbsp;</p><p>コロナで寝込んでから、今日で5日経った。熱は下がって咳も落ち着き、身体も軽くなったので、今度はそれが移ってしまったルーの診察に付き添ったり、食料品の買い出しをしたりアクティブに動いた。休憩がてら昼寝をした後、「暇」になったからか、お金の不安、家の不安、出産時の不安、色々なことが気になり始めた。私はいつもお金に囚われていて、この呪いから抜け出せない。――実家の太い人が羨ましい。もし私がもっと良い家で生まれていれば、もっと親がまともな人だったらと妬み嫉みが止まらない。気を紛らわすためにXを開いてみても結局そういうのに目を引いてしまって、税金が阿呆みたいに高いことや、国への不満になり、経済格差への妬みになり、それが貧困層やスラムの暮らしをしているこの地球の「だれか」を連想させ、何が幸せなのか分からなくなる。</p><p>&nbsp;</p><p>あえて勝手な偏見を抱くことで、ようやく自分を保とうとする瞬間もある。東京の金持ちは大体外に女がいて、妻は子どもと自分の生活が保障されているので黙認する、というような。男は資産があるが、家族との関係は冷え切っていたり、働き詰めでキャリアアップしても責任だけが重くなり自分の自由な時間が無くなる一方だったり。</p><p>「ぜんぶばっちり上手くいっている人」というのは、いないと思いたい。いないはず。</p><p>&nbsp;</p><p>友人たちだって、ストーリーで楽しそうな日々を共有しながらも、うっすらと抱き続けている仕事のことや結婚のこと、子どもへのタイムリミットに悩んでいる人は多いだろう。彼らからしてみれば私が今住む場所に悩んでいる話なんて贅沢な訳で。</p><p>人は誰でもその時々の不安を抱えて生きていて、悠々と暮らしている人は、多分自分の頭の中にしかいない。皆、不安だ。</p><p>&nbsp;</p><p>多分、みんな不安だから楽しいことに目を向けてごまかしている。それは美味しい食べ物だったり、本の世界に浸ることだったり、好きな人と過ごすことだったり。この「楽しい時間」に自分の「不安」を連想させる余地があってはならない。</p><p>私は最近、よくインスタで平成レトログッズの開封動画を見る。集めてみたいという気にもなるが、同時に「そんなにお金を使うのか」という羨ましさや、その投稿者がSNS収入で送っている「きらびやかな暮らし」などネガティブを誘う断片が邪魔になる。その人の暮らしをすべて知っているわけではないのに、そうと決めつけて勝手に虚しくなるのだ。これは良くない。不安はちっともまぎれていないじゃないか。</p><p>&nbsp;</p><p>だから私の場合は、ルーともの当てゲーム（解答者がYES/NOで答えられる質問をし、出題者が考えている単語を当てるゲーム）をしたり、新しい音楽探しの旅をしたり、本を読んで好きな節を記録したり、こうして文章を書き起こしてみたり、こういったことをする方が向いている。思考して、整理して、気づきを得て、心の平穏を取り戻すべし。</p><p>&nbsp;</p><p>平成レトログッズだったり、カフェやご飯だったり、それが実体をになって物質になると、それには「値段」というのがちらついて見えてくる。それが良くない。お金の呪いにかかっている私には、おそらくそれが境界になっている、と思う。</p>
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<pubDate>Sat, 30 Aug 2025 19:04:51 +0900</pubDate>
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