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<title>桜城鉄道研究所のブログ</title>
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<title>ＥＦ５８-２</title>
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<![CDATA[ 第二次世界大戦の終戦後の輸送力不足を補うために、戦後初の電気機関車として<br>貨物用のＥＦ１５と共に設計されたデッキつきＥＦ５８。昭和２１年１０月には最初の<br>２１号機が落成。昭和２３年の３１号機まで３１両が製造されました。その後、戦後の<br>占領軍によるドッジラインにより製造が中断、昭和２７年には車体を新設計とした<br>新ＥＦ５８の登場となりました。それに合わせて昭和２８年よりこの旧ＥＦ５８の車体を<br>新車体へ乗せ換える工事が行われ、昭和３２年には全機が新ＥＦ５８として生まれ<br>変わりました。<br><br>改装機の第6グループで、新製車の第５次型に準じたスタイルで登場しています。<br>新ＥＦ５８が装備する可動式雪かき器の取付座を持たず、前から見ると先輪が<br>むき出しでした。その他の特徴として、車体改装時の形態が側昇降手すりの長短、<br>大窓→小窓、前灯のランプケースの大小、モニタ窓のパテ式→Ｈゴム支持など、<br>車体乗せ換え期間の４年間の新ＥＦ５８の様々な形態の変化がそのまま反映されていて、<br>実にバラエティに富んだ外観を持っていました。その中でも特に大きなものが<br>昭和２９年１０月～昭和３０年３月にかけての小窓への仕様変更でしょう。<br><br>製造年月日：S22.4.16<br>        製造：日立製作所<br>        改装年月日：S30.1.13<br>        改装：日立製作所<br>        廃車：S55.2.29〔浜松〕<font size="+1"><br></font><br><font size="2">ＥＦ５８の写真を探しています。お譲りいただける方いらっしゃいましたら、<br>コメント欄にご記入いただけるとありがたいです。<br>ただいま募集中の写真は</font><font color="#ffffee" size="2" style="color: rgb(0, 0, 0);">１～３１号機</font><font size="2">新・旧です。形式写真を希望しています。<br>予算は３５ｍｍフィルム１コマ５００円、写真３００円、デジタルデータ１コマ１００円<br>また、非売品で直リンクや、画像の提供していただける方おられましたら、<br>よろしくお願いいたします。</font><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/oujyou002/entry-11246077756.html</link>
<pubDate>Wed, 09 May 2012 17:32:42 +0900</pubDate>
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<title>キハ391&lt;車体&gt;</title>
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<![CDATA[ <p>愛称&lt;ツチノコ&gt;<br></p><p><br></p><p>制御車相当で長い車体を備える付随車が車体長の極端に短い動力車を挟み込む、</p><p>3車体4台車構成（T1-M2-T3と表記）の連接車であり、車籍上は3車体を合わせて</p><p>両の扱いとされた。車体は付随車については重心を極力下げることと軽量化を</p><p>目的として、アルミ合金製とされ、一般車よりも低い位置に客室床面が設定されていた。</p><p>もっとも、運転台については貫通路高さなどの制約もあって通常の気動車に準じた</p><p>位置関係とすることが求められ、デザインも当時量産中のキハ１８１系の前照灯周りを</p><p>簡略化し奥行きを短縮したようなシンプルながら独特の形状とされ、塗装も特急用気動車に</p><p>準じた塗り分けとされた。また、付随車の客室構造についても複層式の広い固定窓を備える、</p><p>当時の特急車に準じた設計となり、空調機器をはじめとする各種接客設備も備えられていたが、</p><p>性能試験の関係上、計測機器を搭載する必要から一部座席は省略され、更に軽量化のために</p><p>客用扉は設けられず、動力車の両端に2カ所設けられるという変則的なレイアウトとなった。</p><p>動力車は付随車の荷重負担の必要性や大出力機関搭載によるねじれ剛性確保などのために</p><p>強固な鋼製車体となり、主機関を中央に搭載し、消音器などが周囲を取り囲む設計とされ、</p><p>前後の車両間を結ぶ通路は側廊下式であった。このため中間車体は左右で窓配置が全く</p><p>異なっていた。</p><p>国鉄では珍しく連接車体構造で作られており、また３両で１車籍となっている点が注目できる</p><p>のではないでしょうか？試験車でありながら通常車両と同じように作られている点が、</p><p>特筆される。機関車の試験車の場合などでは試験結果が良好であれば、車番を変更の上</p><p>通常運行に使われる事もあった。</p><p>このキハ３９１は、中間車がほぼ動力車となるわけで、通常運用に適さない事は明らかであり、</p><p>また、３両で１両になるため、運用予定は？となるのだが・・・。魅力的な車両の一つです。<br></p>
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<link>https://ameblo.jp/oujyou002/entry-11236305556.html</link>
<pubDate>Sun, 29 Apr 2012 08:13:15 +0900</pubDate>
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<title>ＥＦ５８-1</title>
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<![CDATA[ 第二次世界大戦の終戦後の輸送力不足を補うために、戦後初の電気機関車として<br>貨物用のＥＦ１５と共に設計されたデッキつきＥＦ５８。昭和２１年１０月には最初の<br>２１号機が落成。昭和２３年の３１号機まで３１両が製造されました。その後、戦後の<br>占領軍によるドッジラインにより製造が中断、昭和２７年には車体を新設計とした<br>新ＥＦ５８の登場となりました。それに合わせて昭和２８年よりこの旧ＥＦ５８の車体を<br>新車体へ乗せ換える工事が行われ、昭和３２年には全機が新ＥＦ５８として生まれ<br>変わりました。<br><br>新ＥＦ５８が装備する可動式雪かき器の取付座を持たず、前から見ると先輪がむき出し<br>でした。その他の特徴として、車体改装時の形態が側昇降手すりの長短、大窓→小窓、<br>前灯のランプケースの大小、モニタ窓のパテ式→Ｈゴム支持など、車体乗せ換え期間の<br>４年間の新ＥＦ５８の様々な形態の変化がそのまま反映されていて、実にバラエティに<br>富んだ外観を持っていました。その中でも特に大きなものが昭和２９年１０月～昭和３０年<br>３月にかけての小窓への仕様変更でしょう。<br><br>製造年月日：S22.3.9<br>        製造：日立製作所<br>        改装年月日：S30.1.4<br>        改装：東京芝浦電気<br>        廃車：S59.1.12〔浜松〕<br><br>ＥＦ５８の写真を探しています。お譲りいただける方いらっしゃいましたら、<br>コメント欄にご記入いただけるとありがたいです。<br>ただいま募集中の写真は<font color="#ffffee" style="color: rgb(0, 0, 0);">１～３１号機</font>新・旧です。形式写真を希望しています。<br>予算は３５ｍｍフィルム１コマ５００円、写真３００円、デジタルデータ１コマ１００円<br>また、非売品で直リンクや、画像の提供していただける方おられましたら、<br>よろしくお願いいたします。<br><br><br><blockquote><br></blockquote>
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<link>https://ameblo.jp/oujyou002/entry-11235043557.html</link>
<pubDate>Fri, 27 Apr 2012 21:09:18 +0900</pubDate>
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