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<title>oxalisの独り言</title>
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<title>成長の証～あれから10年～</title>
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<![CDATA[ <p>2013年にITに関わる中小企業に転職しあれから10年。</p><p>&nbsp;</p><p>思い起こせば一つの会社10年連続で務めるというはじめての出来事を体験。</p><p>最初の1～2年は、まったく価値観が違う立場上の上司とぶつかり合いながらも</p><p>何とか過ごしつつ、周囲の方々を巻き込みながら未来構想。</p><p>&nbsp;</p><p>3年目になると事業承継による社長交代。</p><p>前社長にはかわいがってもらい、週に2～3回は近くのそば屋（閉店した）で</p><p>「お前はこんないい会社に入って幸せだろ。だから社長の下で頑張れ！」と</p><p>遺言のような言葉を毎回もらう。</p><p>&nbsp;</p><p>中小企業という分類で働くことは、外圧が無い分、社内だけに目を向けてい</p><p>て、売上がそこそこあり、社員に給与が出せさえすれば、急成長しなくても</p><p>変革しなくても、法律を犯さなければ非常に楽な組織だなと感じる。</p><p>&nbsp;</p><p>楽であったからこそ10年という年月を過ごせたのかもしれない。</p><p>この10年楽して、いろいろな経験を積むことはできたのだが、成長実感が</p><p>なく、ただ目の前の問題や課題を解決することで評価され、給与が支払われ</p><p>てきた。年数もそこそこいたせいか給与もそれなりになった。</p><p>&nbsp;</p><p>そして1年前ではあるが、この”楽”からの脱却を決意。</p><p>&nbsp;</p><p>会社が大きくならない分、中堅（30～40歳台）のキャリアがどん詰まり</p><p>　↓</p><p>中堅どころが、成長せずまま漫然と在籍し続ける、または転職を決意。</p><p>　↓</p><p>こういう組織の閉塞感、中堅社員への刺激（目攻めさせる）を打破する</p><p>ために、自ら役職を降りること、そして1年間の経過観測を行ったのちに</p><p>退職</p><p>&nbsp;</p><p>という新たなチャレンジを行う。</p><p>&nbsp;</p><p>結果、1年間が間もなくやってくるが、見えてきたものは、40代になる</p><p>まで、組織で役付きになっていないのは、この組織だからではなく、ど</p><p>こにいても役職に就けなかった/就きたくなかったという過去の実績に</p><p>基づくものであるということ。</p><p>※役職に就く就かないは、結果だけであって役職が重要ではない。</p><p>その会社によって役職の重みもマチマチなので一概に評価ができないため。</p><p>&nbsp;</p><p>それを批判や否定するという感覚は特に持ち合わせはしないが、引継ぎ</p><p>をした人たちから一切の質問や相談がない。これは見えている範囲が狭い</p><p>のか、それとも自信なのか、それとも引き継ぐ側の能力が低いからなのか。</p><p>どれも正解であり、真実ではあるのだが、組織の長を任されるということ</p><p>は、オペレーション管理ではないと考えている。そのための先手が必要で</p><p>メンバーや部下から言われてから動く、考える、感じるでは、メンバーや</p><p>部下たちはその組織に所属する意味がなくなってしまう。よって退職者が</p><p>続出し始めている。</p><p>&nbsp;</p><p>自分自身を正当化することではないが、見守るだけで、今から口をはさむ</p><p>だけの気力は既に持ち合わせていない。</p><p>&nbsp;</p><p>そう考えてみると、今回の決断は正解であり、もう一度自らを奮い立だし</p><p>てくれる仕事に就こうというのが、昨年度の決断の本質なのだと感じる。</p><p>&nbsp;</p><p>”楽”とは悪/罪なことであるという実感をもちつつ、次なる道へ突き進む。</p><p>&nbsp;</p><p>人生100年時代と謂れ、齢を重ね続け52年。人生の折り返しを過ぎたこ</p><p>の時期に方向転換できたことを幸せに思う。</p><p>&nbsp;</p><p>その先に待ち構えているのが、棘の道なのかどうかは自分の考え次第。</p><p>ただ一つ言えることは、楽しては残りの少ない人生で苦労をすることは</p><p>間違いないということ。</p><p>&nbsp;</p><p>さぁ、目覚めの時が来た。あとは前に突き進み、どんな苦労や困難が</p><p>あろうとも、それを乗り越えたときの感動・喜びを想像し、頑張っていく</p><p>誓いに、久々のブログでした。</p>
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<link>https://ameblo.jp/oxalis-km/entry-12788458721.html</link>
<pubDate>Thu, 09 Feb 2023 16:27:37 +0900</pubDate>
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<title>成長の証〜時間の使い方〜</title>
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<![CDATA[ いつの日か時間の感覚が無くなってきた。<div>その中であるのは、寝ている時間と起きている時間。</div><div><br></div><div>寝ている時間は何にもとらわれず、ただただ休息しており、それ以外には何もない。</div><div><br></div><div>問題となるのは起きている時間。</div><div><br></div><div>この時間の使い方や考え方は、人それぞれで感情的な気の持ちようで大きな違いがあると思い始めた。</div><div><br></div><div>起きている時間。それは何らかの活動時間となり、目が覚めた瞬間から何が始まる。</div><div><br></div><div>目覚ましを止める、1日の準備をする、活動する、寝る。</div><div><br></div><div>1日の活動の中では、大別すると、仕事をする、遊ぶ（余暇、休息）の二つ？と考える。</div><div><br></div><div>仕事は疲れ、ストレスとなり、嫌なことで、遊ぶことは楽しくてストレス発散となる。と考えるられることが多いが、果たして本当にそうであろうか？</div><div><br></div><div>そこにあるのは、自分の感覚的、感情的な一般論であって、実は起きている時間ということには何ら変わらない。</div><div><br></div><div>と考えると、たとえ仕事の時間であっても楽しむこともでき、ストレス発散となってもいいのではないのだろうか？</div><div><br></div><div>社会人となると、多くの時間を仕事の時間に費やされ、そこで自分の活きている存在価値を見出し、成長し続け、人に何らかの影響をもたらすことができる。</div><div><br></div><div>ならば、ストレスを感じるよりも、発展的、生産的な考え方をすることで活きている時間を自分のものにできるのではいか。</div><div><br></div><div>と考えるようになった時から、いろいろことが楽になってきた感覚を覚え始めた。</div><div><br></div><div>そして過去や未来よりも、今できることを、この瞬間を最大限楽しむ。</div><div><br></div><div>そんな過ごし方を実践、実験中の40代半ばを活きる。</div>
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<link>https://ameblo.jp/oxalis-km/entry-12012855433.html</link>
<pubDate>Sat, 11 Apr 2015 08:28:21 +0900</pubDate>
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<title>成長の証〜人と接すること〜</title>
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<![CDATA[ 人と接することは、自分との人生観、価値観、体験など過去の背景が違う人と触れ合うこと。<div>だから、自分の過去に経験していないことや知らないことを与えてくれるからいつも新鮮な気づきを得られる。</div><div><br></div><div>ただそれを自身の中で受け入れられることもあれば、そうでないこともある。それは感情的という不可解なフィルタなのか、受け入れ脳の容量なのか？</div><div><br></div><div>そのため時として、大きく成長できたり、不安に陥ったり、悩みとなったりすることもある。</div><div><br></div><div>自身の状態が前向きの時は、スポスポと頭に入り今後の自分に良い影響を与えるのだが、後ろ向きの時その逆になる。</div><div><br></div><div>いつも心がけていることは、どうせ同じ時間を過ごすならば、楽しむことや成長することに時間を最大限費やしたほうがいい。</div><div><br></div><div>と思いながらも、残念なことに必ずしもそうでないこともある。まだまだだなぁと反省ばかりの日々。</div><div><br></div><div>これからも多くの方から刺激を受けながら、受け流しがんばろう！</div>
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<link>https://ameblo.jp/oxalis-km/entry-11992191267.html</link>
<pubDate>Fri, 20 Feb 2015 08:27:26 +0900</pubDate>
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<title>成長の証〜生きる基本だけでいい〜</title>
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<![CDATA[ 2009年12月に会社を辞め、2012年12月までの約3年間は、挑戦という名の勝算なき無謀な戦いをしていました。※2013年1月より改めて会社勤めに戻る。<br><br>この間、前職の方と合うたびに、「●●さん今何をしてるんですか？」と聞かれると冗談とも現実とも言えるコメントを必ずしていた。それは、「生きてる」。失笑と共に会話は終わる。<br><br>私としては、これが全てでこれ以上も、これ以下もない私自身のアイデンティティであり、存在理由の最大・最低限、そしてこれしか無いと言っても過言ではない。<br><br>生きていることが最大の目的であり、目標であり、最低限の維持であり、死守すべきことであり、それ意外のことは、私自身のアイデンティティへの付加価値でとなる。それは、学歴であり、スポーツ実績であり、お洒落であり、飲み食いであり、仕事であり、友達であり、病気であり、社会で“活きる”上での必然のできごと全てである。<br><br>そして年を重ねるごとにその付加価値への執着であったり、欲求は減少傾向にあり、それは意欲の低下とも取れるが、自分自身が生きる上で必要なものだけが残るという、研ぎすまされていくこととも取れる。どちらで捉えるかは、それは個人の性格でもあるが、選択でもある。<br><br>私自身は後者を選択肢、それに最大限の満足を覚えている。<br><br>だから他人から見える、私自身で大変だと思われることへもあまり苦にも、気にもならないことが多くなってきた。「人は大変そうだね」とよく言うが、私自身にとっては、『生きる』ことが実現出来るている今が最高であり、それ自体が最大の目的でもあるがために、どうにも会話がなりたたないことが多々ある。<br><br>職業柄、精神的な病にかかる人と接することも多いが、そういう方々の話を聞くと、「えっ！」そんなところまで気にするんですか？と思うような繊細さをもっている。<br>また、仕事でも「えっ！」そんなことも気にするですか？と思うような、些細なことへ執着している。<br><br>どんな状況でも、「いいじゃん、生きていれば」と締めくくってしまう私には、お気の毒にという感覚しか残らない。がしかし、決してその気持ちは、彼・彼女らを見捨てるということではなく、少しでも気楽に人生を楽しんで頂けるようにという思いがある。その時に、彼・彼女等が私自身を必要としてきれて、それを望んでいる時には、最大限のご支援を行う。これは仕事ではない。私自身のアイデンティティのようなものである。<br><br>ただ、望まれないことは多々ある。（社会で活きる上で課題のようなもの）<br><br>それは彼・彼女等が自分自身で活きる場所を限定しており、ここに入って行かなければあなた（この場合私）私の仲間ではありません。という意志を固辞している方々。<br>このような方々とは、まずは双方向による会話がまずない。常に上位解脱を基本としており、自分が下の立場の際には、上の意見だけが全てとなり、ご自身の意志を伝えることはない。また、上の立場となれば、その逆で、下の意見は聞くこともなく、命令のみが絶対で、その根拠など考えることも、伝えることもない。命令に従ったか、そうでないかが全てである。<br><br>私自身は、生きていればそれ以外のすべてが付加価値という基本構造を持っているため、答えが一つ（あっていようが、間違っていようが）という世界観にどうしても馴染むことができない。<br><br>また困ったことに、馴染めないと思うと、馴染もうということもしなくなるので厄介な性格だとトホホである。わかっているんだから直せばいいじゃないかと思われるかもしれないが、もうしばらく生きていけば何れそれもなくなるだろうと（研ぎ澄まされていくだろうと）、時間のみが解決してくれると感じている。<br><br>生きていれば、<br><br>「元気であろうが、そうでなかろうが」<br>「お金を持っていようが、そうでなかろうが」<br>「勉強ができようが、そうでなかろうが」<br>「容姿がかっこよかろうが、そうでなかろうが」<br>「仕事ができようが、そうでなかろうが、どんな仕事をしようとも」<br><br>基本が成り立っているのだから、それだけでいいがな。<br>それ以上を望むから、苦しくなるんだよね。<br><br>後は、自分自身最大限、社会に貢献する時間の過ごし方でいいだよね。<br>これだけでいい！<br><br>と、日増しにそんな思いが強くなってきている今日この頃！<br>
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<link>https://ameblo.jp/oxalis-km/entry-11591077355.html</link>
<pubDate>Mon, 12 Aug 2013 09:44:23 +0900</pubDate>
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<title>成長の証〜おっさん的感覚を仲間にしつつ、上手く使う〜</title>
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<![CDATA[ 何かを始めるときにいつも鬼門となるのが、“人”。<br>そして、いつも成功の要因となるのが、これまた”人”。<br><br>人と関わりを持ちつつ、いい関係性を如何に構築するかが、成功・成長への遠くて、厄介ではあるが一番の近道。だから、そこに人材関係構築の戦略が必要となってくる。戦う相手は誰で、すり抜ける相手は誰で、共に戦う相手は誰だ。を見極め、そこに一筋に脈づくりを行う。<br><br>鬼門の原因は、保身・過去依存・短視眼的・感覚的な発想のおっさん（年齢の問題ではない）感覚！<br><br>このおっさん的感覚は、自分が活躍する場を決めつけ、そこでしか戦わない。また、自分が都合のよい人以外は、排除するために伏線を張り、そこへ意識・活動を集中させる。だから厄介でもあり、鬼門となり得る。ただし、このおっさん的感覚の持ち主が、必ずしも悪い人でもなければ、言っていることが間違っている訳でもない。人を思い、組織・会社に思いがあり、その場で如何に自分が生き延びて行くかを考えているだけである。また、さらに厄介なことは、そのおっさん的感覚の持ち主が、役職者であると、話はさらに複雑化する。<br><br>自分の感覚的・過去の経験則・武勇伝のみが正であり、それ意外の価値観を共有したり、受け入れたりするという、価値基準を持ち合わせていない。自身の価値観が絶対的であり、それ意外の価値観は負である。<br><br>思考の許容範囲の硬直化、狭義化、将来への不安を解消すべく、コミュニケーションプランと関係構築を行いつつ、上手くつきあうことで（上手くつきあうが一番難しいのだが（泣））、自分自身のやりたいことや価値観・ビジョンへと向かっていくことができる可能性もある。<br><br>そこで課題となるのが、そのおっさん的感覚の持ち主に、排除されるが先か、意識改革を実現することが先かの時間勝負。<br><br>目先の活動（１日単位でしかない）にとらわれ過ぎ、１日１日成果がでない日々を繰り返すか、ある一定の期間での戦略・活動計画を打ち立て、成功の秘訣と失敗の秘訣を組織のノウハウとして蓄積していくか、どちらを選択するかは、経営者の判断・決断。その判断・決断なくして、組織づくりの成功はないものと感じている。<br><br>鳥の目感覚を持ちつつ、<br>虫の目で活動をし続け、<br>魚の目で将来を見据えた戦略を持つ。<br><br>そんな人となる成長を実現する為に、今日も戦い続ける。
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<link>https://ameblo.jp/oxalis-km/entry-11549682502.html</link>
<pubDate>Tue, 11 Jun 2013 09:32:44 +0900</pubDate>
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<title>成長の証〜組織の中核を担うことが目標</title>
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<![CDATA[ 早いもので、2013年が始まり既にGWの時期が迫ってきました。<br><br>2013年1月から新たな仕事に就き三度営業職が始まった。<br>OA機器営業→IT派遣営業→人材開発→IT企画→SES営業　※18年の軌跡<br><br>現在、目指している自分の成長目標は「組織の中核を担う」こと。<br>2010年からの3年間の個人としての仕事を除けば、過去の所属会社の中では最小規模の会社。<br><br>40代半ばにさしかかり、これまで名実ともに組織の中核で事業を推進してきた経験はなく、中核から一歩さがった立ち位置で相談を受けることが多かった職業人生。自分の中では、「根拠のない自信」に満ちあふれ、組織の真ん中にいたような錯覚をしていたのだが、一歩外の世界に出てみれば、それはまさに根拠がないことがわかる。<br><br>新たな人との関わりのなかで、大切なことがはどの役職でどんな実績を積み上げてきているかであり、“役割なき”実績は評価として判断することができない。そりゃそうだ（笑）<br><br>終身雇用、年功序列での社会の仕組みのなかで、根拠を示すのは『役職』なのだから。その人自身の志向・思考を評価するには、評価者自身が評価する人よりも、より多くの知識・経験や「虫の目・鳥の目・魚の目」と全方位で、主観・客観的な物事を判断できなる人は多くないからだ。<br><br>これまで志一本で、組織内・市場を戦ってきた感がある自分自身をキャリアを見つめ直し（今更かいではあるが）、他人からみた時にでもしっかりと評価に値する働き方へギヤチェンジし、更なる成長を目指し、2013年が始まった。<br><br>その意味では、感情的な志向を心のなかに仕舞いつつ、他者の意見には真摯に耳を傾け、論理があろうが無かろうが、矛盾していようがどんなことでも話を聞く意識を今は高めている。それは、実績を築いた後に、しっかりと自分のポジショニングを確保するための自分戦略である。<br><br>考えれば当然なのだが、戦略なき戦いは勝ったとしても再現性がない。また、最悪は負けたときに次の課題が明確ではなく、同じ戦いを反復行動してしまう可能性が高い。これは成長の大きな阻害要因となっていた。（反省）<br><br>組織に中で中核を担うためには、まずは実績が必要となる。それは自分自身がやりたい仕事であろうが、そうでなかろうが、与えられて役割のなかで成果をだし、その成果を出す過程で、自分自身を理解してもらい、彼・彼女等の誰にでも必要な存在となり得なければ中核を担うことはできない。<br><br>その道がどんなに困難・難解・不毛の地であろうとも、自分自身の中で一本筋が通っていれば、それは楽しい道となる。日々、一喜一憂しながらとまだまだ自分自身をコントロールしながらの時間ではあるが、それは自分目標を達成するために乗り越えなければいけない過程であろう。<br><br>日々起きる事柄全てが自分自身の成長の糧となることを心に決め、成果というわかり易い社会評価を勝ち取りたい。<br><br>そんなことを思いつつ、2013年が始まり、まるっと4ヶ月が過ぎ去った。光陰矢の如し<br><br>限りある時間を大切にしよう！
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<link>https://ameblo.jp/oxalis-km/entry-11517231203.html</link>
<pubDate>Wed, 24 Apr 2013 04:42:34 +0900</pubDate>
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<title>成長の証〜戦う相手を間違っていた〜</title>
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<![CDATA[ 2013年1月4日より自分自身への新たな挑戦が始まった。<br>1995年4月から始まった社会人生活。<br><br>小中高と野球部に所属し、野球をやっていることだけが、自分自身の存在を証明しているもので、そこに存在していることで満足を感じていた。※これはいま思うとそうだっただろうという思う。<br>その後、2年間の浪人生活を経て、大学に入学し、夏が終わる頃には2つ目のアルバイトでスポーツクラブで働くことになる。4年の卒業まで楽しませて頂きました。<br><br>生まれてから大学を卒業するまでの間、かなり自由に生きてきたせいか、社会人になり、色々な自由が一つ消え、二つ消え・・・。最初に消えた自由はお金。その最初に消えた自由を、未だに勘違いしているために、今の自分の生活がある。<br>恐らく多くの人は、その自由を受入、乗り越え、そしてまた自由を手に入れる。そのくらいの我慢は当たり前であろう。それができなかったから困ったものである。<br><br>二つ目の自由は、人間関係の自由。大学卒業までは、スポーツを通じて仲間が共通の志を持っていた人が身近に存在し、夫々が熱い気持ちで自分自身を鍛え、まさに切磋琢磨の毎日であった。だから、軽い気持ちやいい加減な気持ちの人がいることは自分としては許すことができず、必要最低限な関係性以外は、なるべく関わらないように避けていた。結果、自分が人を自由に選択していたために、人間関係でのストレスを感じる場面がすくなかった。それが、社会人になり、そうもいかなくなり、自分の中で、失った自由。<br><br>今日、改めて人が悩むことといったら、上の二つだけといっても過言でないとふと思った。<br><br>例えば、仕事で人はそれほど悩むのだろうか？<br>仮に仕事での悩みがあったとしても、その元をたどれば、お金か人であることが多い。これはこれまでの経験での感覚値ではある。<br><br>さて本題です。<br><br>今年から新たな組織で、これまで接したことの無い人と仕事をすることになった。<br>ここでも内部では、多くの人間関係の歪みがあり、絡まった糸のようである。だからこそ気づいたことが、人は誰と何と戦ったいるんだろうか？また、自分はこれまで誰と何と戦っていたのだろうか？ということである。<br><br>今だからこそ、冷静に組織を客観的に観察することができ、その本質が何かを見極めることができることがある。内部で、発言力や権力や威厳を保つために、仲間をつくりメジャー化していくことは、どこの組織でもある。そしてマイノリティーを徐々に排除していく仕組み。<br><br>これって結局、なんの生産性もなく、なんの徳もない。唯一あるのは、その小さな組織のなかで完結する仕組み。そとでは何も通用しない。<br><br>そんなことを客観的に垣間みていると、これまでの自分に置き換えて考えてみると、小さな組織のなかで戦っており、外への生産性や外の社会でも通用する考え方を磨いていなかったことに気づかされる。ああ、なんて無駄な時間や労力を費やしていたのだろうと反省。<br><br>より大きなことへ挑戦するには、何事も１人ではできず、より多くの仲間を引き込み、部活のように同じ志しをもつものを自分の周りにどれだけ多く集めることができるかが、挑戦への取組に成功する要因である。ごくごく当たり前に考え。<br><br>これができていなく、小さな・個別な戦いに只管固執し、結果戦いに負けて、もしくは戦いの場を変えて、自分を保ってきた。そのことに気づいたことで、自分が誰と何と戦うかがはっきりとしてきたような気がする。まだ気がするレベルである。<br><br>この新たな場で生活することで、気づきを実行することで自分自身より成長させたいという。<br><br>今年のコミットメント。<br><br>さあ、自分の成長を楽しもう。
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<link>https://ameblo.jp/oxalis-km/entry-11461024716.html</link>
<pubDate>Thu, 31 Jan 2013 23:14:30 +0900</pubDate>
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<title>成長の証〜厄年から抜け出せるか？〜</title>
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<![CDATA[ 今年も終わりに近づき、いよいよ2013年の始まりを迎えようとしている。<br><br>2011年から始まった厄年（前、本、後）も残り14日で終了を迎えようとしている。<br>この間、特に怪我や病気、他人が見てわかりやすい災難もなく、何とか過ごしてはきたが、個人の内部では本当に厄年と言える災難のオンパレードだった。それも自分が引き起こした運命なので、決して偶然の出来事ではなく、必然の結果である。<br><br>そして、2013年新たな１ページを迎えるにあたり、何とか準備は整ってきたような気がしている。<br>いや、決して気がしているだけではなく、今のところはいい方向に向かおうとしている。<br><br>この間、色々な人に心配や迷惑をかけてきた分、これからは挽回の時期であり、そして自分自身の実力が本当の意味で試されることになるだろう。<br><br>ここでダメであれば、もうどうしようもなくダメ人間に陥るしかない覚悟。<br><br>決意でもって日々を大切に過ごし、結果をだし、課題があればすぐに対処し、そしてまた行動に移すを、毎年、毎月、毎週、毎日、毎時間の大切さを忘れない！<br><br>“時は金なり”とはよく言ったもので、ムダな時間を過ごせば、お金をムダに使っていることと同じ。これはこの３年間に体験をした一番の収穫。<br><br>この期間だけを振返れば、失敗の連続の時間を過ごした不甲斐ない期間ではあったが、この失敗を活かすも殺すも、2013年以降の自分次第。<br><br>決意、覚悟、行動の３Kで、自分の未来を切り開くことを誓おう。
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<link>https://ameblo.jp/oxalis-km/entry-11429111851.html</link>
<pubDate>Mon, 17 Dec 2012 18:27:14 +0900</pubDate>
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<title>成長の証〜プライドを捨てろ〜</title>
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<![CDATA[ 自分自身に何のプライドがあるんだろう！<br><br>“弱さを見られたくない”<br><br>恐らく、自分にとってこれが一番恐れていることであり、ここだけは守りたいと感じながら、人と関わり、接し、意思疎通を行っている。<br><br>でも、弱いし、それを自分自身が一番知っている。<br><br>なんで人は格好をつけたくなるのか？つけなくてはいけないのか？<br>弱い自分を見せれば、人は助けてくれる。とも思ってはいるが、それができないから不器用な生き方しかできないでいる自分。<br><br>どこかで自分自身を保ちたい（保身）気持ちが強いのけれど、そのレベルがどこなのか？どれくらいなのか？未だに応えも無く、さまよっている現状。<br><br>今、考えてみると結婚し、子供を授かることも、自分自身を何となく成長させて証としていたのかもしれない。その姿が、自分自身を成長させ、自立した理想像としていたのかもしれない。しかし、そんな生半可な気持ちで、自分本位（わがまま）では現実には耐えられないことがわかってきた。<br><br>人は地に這いつくばって耐え、泥臭いことでも我慢していれば、何れいいことがあるさ。とは言うけれど、実際に泥臭く、地を這いつくばるような仕事をしていることは、本当に地に陥ることでもある。この３年間はまさにそんな期間であっただろう。<br><br>自分自身を保つために、表の顔（仕事）と裏の顔（仕事）を持ち、何とか生き延びては来たが、結局は、何一つ成果にはつながっていない。日銭を稼ぐことに邁進し、時間を使い、何かに誠心誠意命をかけるぐらいの真剣さが無かったということなのだ。結果が全てだと思わなければ明日はこない。<br><br>この3年間を清算することで、明日が見えてくるとするならば、明日に“覚悟”を持ち、その現実に只管向き合い、脇目に触れず、一本道を信じることから始める勇気を持つことが必要なのだろう。この3年間はその勇気もなく、脇道ばかりそれ、迷路に迷い、四面楚歌な現実を頭では理解し、現実逃避しつづけ、辛い現実から抜け出すことができていなかった。<br><br>その現実から抜け出した、早く脱出しなくちゃ、早く人間になりたい、とは思いつつ、日銭をくれる人は誰だと探しては、お金にならないと思い始めると、ギアチェンジし、アクセル踏み、加速させるというよりは、エンジンをとめ、鍵をつけたまま逃げ出していた3年間。これが人からみた評価であろう。<br><br>この3年間、僕自身を捨てないで、見守り、笑顔で迎え入れ続けたのは“家族”であることは間違いない。<br><br>2013年からは、この家族の現実に真っ正面から向き合い、家長として養う責任を全うし、名実共に自立する、自律がテーマとなるだろう。<br><br>ちっぽけなプライドを捨て、ゼロスタートを頭と心で受け入れることができるか、この数週間が自分自身との勝負の日々としなければいけない。<br><br>何を捨て、何を残し、どうやって自分自身を奮い立たせるか、整理整頓をしよう。
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<link>https://ameblo.jp/oxalis-km/entry-11422024366.html</link>
<pubDate>Fri, 07 Dec 2012 13:13:18 +0900</pubDate>
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<title>成長の証〜自己責任〜</title>
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<![CDATA[ これまで色々と自由に動き回ってきた。<br>その自由さが、つけとなって回ってきた。<br><br>家族、友達、仕事、そしてお金。<br><br>色々なものの巡り合わせが噛み合なくなり、四面楚歌な状態が今の現実となって迫っている。この現状は自分が引き起こした必然であり、環境でも、運命でも、仕打ちでもない。ただただ、自分が引き起こし、自分が選択した現実である。<br><br>この状況をどう脱出するか、どう逃げ出すか、今、頭の中でぐるぐると現実がうごめいている。<br>また、この現実は脱出できる術があるのか、それは何なのか。その術に辿り着くにはどうすればいいのか。何がきっかけとなるのか。そのきっかけをどうやって探し出せばいいのか。<br><br>全てが自分に降り掛かってくる現実と、身動きが取れない現実とが重なり合い、何とも言えない不安だけが、自分の中に芽生えてきている。<br><br>これも全て自分が行きてきた現実であり、自己の責任としての現実。<br><br>この責任を何とか脱却し、一社会人として全うに生活できることをただただ願い、只管行動を起こすしか無い。
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<link>https://ameblo.jp/oxalis-km/entry-11376775255.html</link>
<pubDate>Thu, 11 Oct 2012 11:25:27 +0900</pubDate>
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