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<title>∠∠鹿鹿”のブログ</title>
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<description>かくかくしかじかでした～</description>
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<title>鯖街道ウルトラマラソン</title>
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<![CDATA[ 第２１回　鯖街道ウルトラマラソン&lt;<br>朝、６時に小浜のいずみ町商店街から大きな山を３つ越え、出町柳までを走る、総距離７７ｋｍ、累積標高１８００ｍのウルトラマラソンです。<br><font size="5"></font><br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160526/21/ozizi3/09/15/j/o0800060013656280324.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160526/21/ozizi3/09/15/j/t02200165_0800060013656280324.jpg" alt="" width="220" height="165" border="0"></a><br><br><br><br><br>朝の１時４０分過ぎ、いや一般的には深夜か？<br><br>そうして鯖街道ウルトラマラソンの一日が始まりました。<br>２時半に集合ということで、ほぼ着替えるだけの作業でバイクにまたがり、集合場所へと急ぎました。<br>自販機のある場所でバイクを止めると、今回一緒に行く北君と河君が二人して近寄ってきました。<br>（名前は省略して記載しております）<br>集合時間にはまだ２０分も早いのにさすがに仕事がらなのか、夜・・・いや夜中か・・・にはやはり強い！<font size="7"></font><br>あと一人一緒に行く濱さんと合流して早々に小浜へ向けて出発！<br>やはり濱さんも同業のようなものだから早くに集合し、予定よりも１５分早く出発することができました。<br>道中、睡眠不足の私は、少しでも睡眠をとろうと努めましたが、やはり寝入ることもできず、結局は４時過ぎには目的地の小浜フィッシャーマンズワーフに着きました。<br>受付開始は５時からですが、それまでの時間そこでも睡眠をとるべく目を閉じていましたが、そそくさとあきらめて走るいでたちに着替えました。といいましてもすでにランニングウェアーは着ているので、ひざ周りのテーピングと最終リュックに入れる荷物を点検した程度ですが・・・<br>今回、軽装に努めてウェストポーチ・・・ＲＷＳのYurenikuiで走ろうとも考えましたが、ウルトラマラソンと言えどもやはりタイムレースですので、少しでもエイドでの時間を短縮しようと多めの水と補助食を持ち、また監督の教えの最低限の装備を入れるとやはりリュックでないと無理と判断しました。<br><br>集合場所で、今回本鯖を走るきっかけづくりの一人である澤君に出会いました。<br>この方はなかなかのチャレンジャーで、京都から奈良の観光名所までを娘さんと歩いたり、また息子君と東海道を東京まで自転車で走ったりするアクティブな方で、実は昨年酔った勢いで「半鯖」に無理矢理参加させたのですが、今年はこの方に私が本鯖に“強引”に誘われました。<br>もっとも本鯖に誘い込んだもう一人の共犯者が河君なのですが、この河君も昨年は半鯖の試走会にだけ参加しただけで、今年はいきなりの本鯖で参戦！！この人も「まずは半鯖から一緒に走ろう！」という私の優しい誘いを断って「本鯖走ります！」と言い切ったものですから、このお二人に仕方なくも同調して、義理で本鯖のクリック合戦に参戦したというのが本鯖を走ることになった経緯です。<br><br>実際、このお二人の走力を考えた時に、完走できるだろうか？あるいはどこかで関門に引っかかるのではないか？というレベルだったので、スタートするまではお二人がゴールできるかなーと心配しておりましたが、全くの杞憂でお二人とも見事に完走され、その事実も驚きであり、また心配だっただけに他人事ながらものすごくうれしかった。お二人には最大の賛辞を贈りたいと思います。<br><br>空を見上げれば、天気は快晴、気温もスタート時には少し寒い程度で、すこぶる気分は盛り上がってきましたが、やはり７７ｋｍの距離のレースに不安と脅威が脳裏に浮かんでおりました。<br><br>スタート前のセレモニーは商店街のアーケードの下でけたたましいハンドマイクの音を通しての挨拶で、地域振興のイベントとはいえ朝の６時前からこの騒ぎでは大いに近所迷惑なのではないかとあたりを見回しながら心配していたのは私だけでしょうか・・・？<br><br>小浜市長の挨拶が終わり、京都トライアスロンクラブのいつもの笑いをとる選手宣誓、そして勝どきの声を上げていよいよスタートです。<br><br>スタートして数十メーター商店街を抜けるときに、ただ一軒だけ開いていたお店が魚屋さんで、煙を上げながら鯖を焼いていたのが印象的でした。<br><br>商店街を抜け、朝霧の中の遥かかなたに浮かぶ山々の景色を見ながら「長い一日の始まり！」と再度奮起して腹に力を入れました。「あの山のどの頂を、どの峠を目指すのだろう？」と少し高揚しながら他のランナーの流れにのって走っていましたが、ペースを見ると５分２０秒で走っているので少しペースを落とそうと幾度か調整をして走りました。<br>昨秋、丹後６０ｋｍを走った時に前半同じく５分３０秒位のペースで走り、中盤以降全く足が動かなくなった経験があり、遅い目遅い目のペースで走るように努めました・・・でも気が付けばやはり早いペースに引き込まれていました。これが中盤で大いに走りに影響を与え、気力＆精神力の戦いへの序章となっていきました。<br><br>スタート地点の商店街が海抜ほぼ０ｍとして、約１５ｋｍを走って３２０ｍ上り、２０ｋｍで８３０ｍまで高度をあげます。ほとんど下り坂のない登りだけのルートです。<br>ペースをつかむべく、同じレベル、同じペースで走りそうな方がいたので、そのペースについて引っ張ってもらいました。<br>しかしなかなか順調に走って行かれるその後ろ姿についていくのは難しいとあきらめ、また別の方を探してついていき・・・でもやっぱり早いペースで先行されるので他の人を探し・・・・エイドで止まっているとその方を見失い・・・ってなことをしている時に後ろから背中をたたく人がいました。<br>花背坂練（花背峠坂道練習会　別名変態ドＭを楽しむ会）の仲間の橋君でした。<br>この橋君はすごい人、いやInterestingな方で、 いつも同じ格好、同じスタイルで練習もマラニックもそしてレースも参加します。<br>言葉ではわかりにくいので写真を載せますが、とりあえずよくもまぁこの格好で走るわ！と周囲が驚嘆するほど不思議なお人です。<br><br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160526/21/ozizi3/b7/8d/p/o0640113613656280325.png"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160526/21/ozizi3/b7/8d/p/t02200391_0640113613656280325.png" alt="" width="220" height="390" border="0"></a><br><br><br>毎回このボーダーの綿のシャツ、そしてスーパーのお買い物袋に必要な装備品を入れて走るのですが、片手をこの状態でずーっと走るのですから、それも水やジェルなど重さのあるものもありますからすごい！<br>ちなみにこの日は水も５００ｍｌを２本入れてビニール袋もダブルでした！<br>少し会話をかわしてからすーっと先へと進んでいくその姿は、いつかきっとメディアに出るだろうな！と思わずにはいられません。<br>じわじわと登り行く坂に呼吸を荒げながらもまだ視界に入っている橋君を追いかけます。<br>でも曲がり角をいくつか過ぎるころにはその姿も見えなくなってしまいました。<br>「さすがに早いなぁ、いや、私が遅いのだな」と思ったりしてテンションも少し下がり、ここは少しペースを落として歩こう！と歩き始める次第でした。<br><br>約１７ｋｍ地点まではアスファルトのロードで、そこまでのルートはグーグルマップで見ることもできます。<br>https://www.google.co.jp/maps/@35.4151853,135.7871499,15z<br><br>そのロードを離れてようやくトレイルに入ります。<br>トレイルに入っても走るような人はいませんでしたが、それでも早いペースで皆さんのぼられます。前についていかねば！そして時折背後からのプレッシャーも感じながらドンドンと高度を上げていきます。<br>前半の登りのピークは８５０ｍ前後だと思いながら何度も時計を見て、高度を確認して「あと少し、あと少し」と登っていきます。<br>ようやく峠らしきところで、ボランティアの方が「あとは下りです！」と声をかけてくれました。<br><br>下りは下りで登りと同じくらいに脚の筋肉に負担がかかる！という戒めを意識しながら駆け下りることなく、ある程度の速度を守りながら降りていきました。<br>これも過去の経験ですが、去年の半鯖の時に花背峠からの下りを４分前後のペースで駆け下りたら、鞍馬から足が全く動かなくなってしまい、鴨川沿いの道をトボトボと歩いてゴールした経緯があるので、今回は慎重にスピードを抑えて下っていきました。<br>ようやく視界を遮るもののないところから見る山々は、丹波山地とも呼ばれ、遥かかなたまで山並みが連なっていました。大自然を見て気持ちが元気になる瞬間です。<br><br>根来坂（ねごおりざか）峠を越えてからの下りは、ほぼシングルトラックが続き、朽木の山村に降りるとそこからは今度は緩い下りのながーいロードが始まります。<br>ロードが始まってすぐにトイレに行くべくボラの人に尋ねると「４０ｍほどの所にあります！」<br>はっきり言ってもう少し距離は離れていましたねぇ～、おまけにそこで一つしかない男性用トイレに駆け込むと丁度老齢の方が一瞬早く入られました。仕方なしに私はジェルを取り出し、栄養補給をしておりましたが、そのお方、まだまだ便器に向かって立っておられます。ちょっとイラつき始めたかな？ワタシ！<br>「高齢だからキレが悪いのだなー」と思いながら脚の屈伸をしておりました。<br>そして見るとまだ・・・仕方なしにアキレス腱を伸ばし、そして見るとその老齢の方と視線が合った！<br>まだ便器に向かっている・・・「おいおい！」<br>ものすごく長い時間がたったように思いました。<br><br>そこから１ｋｍも走ればすぐにエイドがあり、そこでそうめんを２杯いただき、おつゆも塩分補給のためと思いながらすべていただきました。ここのエイドは人も多く充実していました。<br>そしてかぶり水をして頭を冷やし、そしてスタート・・・・長いロード、苦しい時間の始まりでした。直射日光を受け次第に暑さも感じ、身体の塩分、ミネラル分が消失行くさまがあたかも感じ取れるほどに汗が噴き出してきます。<br><br>百里小屋のエイドから久多のエイドまでゆるい下りのロードで約１５ｋｍありますが、（４６０ｍ―３４０ｍ）この下りで足が動かず、６分前後のペースでも続けて走ることができずにすぐに止まるということを繰り返していました。股関節の痛みも出始めて止まってはストレッチしたり、少しでも前進と歩きもしますが、頭の中では幾度も「もうリタイアや！やめよう！」「とりあえず久多までは歩いてでもたどり着いてそこでリタイアしよう。」とリタイアしか考えていませんでした。もはや完全に気負けの状態です。<br>田んぼの中のあぜ道にそれてストレッチをしていると濱さんが声をかけてくれて励ましてくれました。その走りはなかなか順調そうでした。<br>少しはついていこうと後ろを追いかけましたが、すぐに離されてしまう始末。<br>濱さんが去年１０時間のペースで走っていたというのですから、「このままでは私、１０時間オーバーやな！」と思うとますますリタイアへの思いがつのりました。<br><br>走るロードの横には清流が流れ（針細川）、へたりきったメンタルの刷新、下肢の冷却をしようと幾度もドボンポイントを探し、「ここならいい！」と思いながらも結局は浸かることまで決断できず、ただ走り続けていました。しかし以外にも憔悴しきった気持も切り替わり、そして肉体的にも復活をさせてくれたものがありました！！<br>「もうあかんなぁ～」と思いながら飲んだ梅丹２００！<br>これはカフェインが２００ｍｇ入っていて気力が復活するかもしれないというあわよくばの気持ちをもって飲んでみました。<br>これで変わったのか、あるいは半鯖のコースと合流して半鯖のランナーの皆様の刺激をいただいたのか定かではありませんが、久多のエイドに着く頃には少し元気が出始め、エイドの手前で迎えてくれた北君に「大丈夫ですか？」と声をかけてくれた時にはかなり回復していました。<br>ただ、この久多のエイドを中間地点としてこの先走り切れるかという自信がその瞬間は湧いてこず、とりあえずエイドでおにぎりをいただき、半鯖、本鯖のランナーが入り乱れた中でしばらく休憩をしていました。<br>徐々に気力も戻り始めたのは自分としてはやはり梅丹のなかのカフェインが効いたのだと思いたく、最後の切り札にもこのカフェインの入ったアリナミンにすがろうと思っておりました。<br>そして、この先は昨年も走って知っているコースでもあり、どうにか走り切れるだろうという思い、そしてもしかしたら職場の会報に「リタイア！」という文字で記載されたら恥だという思いも少なからずあり、とりあえずは先へと進もうと走り出しました。<br>がれた林道を半鯖のランナーはみんな元気に走っていきます。それにつられて同じようについていこうとしますが、やはり余力を残しておかねばならないと常にセーブをして歩（ほ）をすすめました。<br>次の登りはオグリ坂峠ですが、やはり渋滞気味のままランナーが歩き続けています。<br>決して無理をすることなく、力を温存するためにも流れに任せて峠まで登りました。<br>さぁ、八丁平の下り！と走りだしましたが、今度は右ひざの外側が痛くて走るどころか歩いて着地するのも痛いほどの状態。「これはやばいなぁ～」とトレイルの横にそれて後ろのランナーに道を譲ります。<br>途切れるのを待ってからゆっくりとしたスピードで走り、湿原を過ぎて林道へと出てからは草の生えた地面を選んで足の衝撃を少しでも少なくして走り続けました。と言ってもペースはかなり落ちています。<br>今までは、あまり痛み止めを飲むのは好きではありませんでしたが、ついにここでロキソニン１錠を飲みました。これだけの関節の痛みに効くかどうかはわかりませんでしたが、一か八か効けばもうけものととりあえず飲みました。<br><br>そして林道から尾越のエイドへ向かうシングルトラックに入りました。<br>ここは去年ぶっ飛びながら下っていき、追い抜いていく人に「早いですね！」と言われ、気持ちよく走り切った場所でしたが、今年は全く走れず、常に後ろからのランナーを気にして、追いつかれるたびに道を譲りました。<br>幾度も止まっては後続のランナーに抜かれ、気持ちもどんどん抜けていき・・・この下りでこれだけ痛いと花背峠からの下りは走れないな！と考え、「こりゃやはりリタイアだな」と、まずは鞍馬までたどり着けるかどうかと思いながら歩いては止まってを繰り返し、ようやく尾越のエイドにたどり着きました。<br>そこで水をかけてもらい、エアーサロンパスをぶっかけ、そして柑橘類を多めに取り、おまけにロキソニンをもう一錠飲み、天にも祈る気持ちで薬の効果が出るのを期待しました。<br>尾越のエイドからはしばらくフラットなロードが続き、ゆっくりながら走り続けました。幸いにして平地では痛みを感じることもなく遅いペースながらも距離は稼いでいました。<br>山間の集落を越えて前坂峠に差し掛かり、大見までの下り坂になります。<br>去年はここもそこそこの速度で走っていたのですが、やはり膝が痛くなったのを思い出し、この下り坂をクリアーできるかどうか不安がよぎりました。<br>峠を登り切り、坂を下り始めました。以外にもあまり痛さは感じない様子！これは薬の効果かも！ラッキーとゆっくりとですが下っていきます。<br>見覚えのある景色、一昨年はここで写真を撮っていた場所！こうして自分も走っている不思議な感覚と思いを感じながら大見のエイドを目指します。<br><br>大見のエイドでも水をかけてもらい、そしてコーラーを２杯いただいて気力が回復しているのを感じながら杉峠へと登り始めました。<br>例年、ここの周辺は晴天が続いても道がぬかるんでいたり、あるいは大きな水たまりがあったりで走りにくい箇所ですが、今年はぬかるんだ場所は数か所だけで走りやすかった。<br>このころには足の痛みもほぼなくなり、無理はできませんが軽快に足も動いてくれました。<br>いつものことですが、ここで快調とばかりに無理をすると後でその反動が必ず来るのがロングRunの常ですので、逆にここで栄養補給や脚吊り防止のサプリを飲みました。最終兵器のドリンク剤は花背峠を越えてからの爆発のために残してあります。<br><br>このころにはランナーズハイというとさもかっこいい表現ですが、思考あるいは意識が走ることだけに向けられて不思議と痛みや疲労感がなくなってきていました。実際は薬物症状でしょうね（ロキソニンです）<br><br>杉峠のエイドではテレビクルーの方が取材＆撮影をされていて、映像に映り込もうとしましたが無理とあきらめて、先を急ぎました。<br>いよいよそこからが下りの始まりで、鞍馬まで約６．４ｋｍで５５０ｍ、ゴールの出町柳まで１９ｋｍで７７０ｍの下りが続きます。それゆえ６０km近く走ってきた足腰には約２時間もの間、過酷な負荷がかかり続けます。いつまたひざの痛みが出たり、あるいは股関節の痛みがぶり返すのではないかとひやひやしながら走り続けました。<br>改めて思いますが、花背峠から出町柳までこれほど距離があったのですね。<br><br><br>去年はこの下りで４分前後のペースを目標に下り続け、その反動で山幸橋からのロードが全く走れず、鴨川沿いの道も疲れ果てて歩いていました。<br>今年は５分３０秒程度を常に意識して下り続けました。坂の途中ではやはりひざなどが痛いのか身体をそり返しながら痛みを我慢して走っているランナーを数人見かけました。<br>しかし本当に薬物の力が恐ろしくも作用したのか、あれほど痛かったひざの痛みやさらには股関節の痛みもほぼ感じることもなく鞍馬までを走り切りました。<br>鞍馬では坂練の時にいつも寄って山椒まんじゅうを食べるお店のおかみさんが店頭に出て声援を送ってくださっており「いつも寄らせてもらっています！今日はパスしますわ！」と言うと喜んで手を振ってくださいました。<br>鞍馬までくればもはやここは走り慣れた道で、どうにかゴールまでたどり着けるという思いが強くなってきました。あとはこの今動いている足をいつまで動かし続けられるかを意識し、そしてそれがためにパワーをセーブしたり、またジェルやサプリ、あるいは水分を取り込んでこの動作をキープしなければならないと考えていました。<br>Ultimate Weponのアリナミンドリンクも摂取し、最後のランに備えておきます。<br><br>わぁ～この道、この景色と坂練の仲間とのRunを思い出しながら自分を励まし、そしてそのメンバーの一人の高さんがクリーンセンターを越えたあたりで応援していると言われていたので、そこまでたどり着こうとする思いがパワーにもなってきます。しかし高度も下がり、町のはずれとはいえ都市部に入ると体感の温度はかなり上がったようで汗もかなり噴き出し、さらに疲れを助長していきます。<br>少しずつ少しずつではありますがクリーンセンターへの上り坂も走り切り、そして下りに差し掛かって周囲を見ますが高さんの姿が見えません。「あれ？」と思いながらも走っていましたが、行けども行けどもそれらしき人影が見えない！<br>あらら！もしかしたらもう帰ってしまったのかな？などと思いながら少し落胆した気持ちを引きずりながら山幸橋の交差点を曲がろうとするとエイドがありました。<br>私設エイドらしくスルーしようと横目で見ながら走り抜けようとしたら、見覚えのあるお顔‼<br>地獄に仏ではありませんが、千さんのお顔が飛び込んできました。いつものにこやかな笑顔で他のランナーの方とお話をされています。<br>「私、京都のトレランを楽しもうに入っています」と他のランナーの方がお話をされている横から、「私も変態＆ドMを楽しもう」に入っています。と言いかけましたが、周囲の方がいらっしゃるのでそれはやめて「私も入っています」というとようやく千さんが気付いてくれて喜んでくださいました。その横では一升瓶を小脇に抱えて加さんがにこやかに、楽しそうに座っていました。そして高さんはそこでエイドボラをされていました。会えて良かったと思うと同時に知っている方に会えると、それも苦しんでいる時にあえて、そして応援をいただくとものすごくテンションも上がり、元気も回復するものですね。ありがたく感謝した次第です。<br><br>そして走り出してすぐに「がんばれ～」という声が聞こえ、誰だろうとみると飯君が車から手を振っていてくれました。わざわざこんな所まで応援に来てくれたのか！あるいはどこを走っているのか探しに来てくれたのか？と感動しました。「あぁ、ありがたいなぁ！」と思っていました。この時は！でも後からのコメントを読むと千さんの私設エイドの応援に行く途中だった！だけのようです。チャンチャン！<br><br>でも勘違いながらも応援に力をいただき、先を走ると今度は鴨川走友会のたかっちさんのエイドがあり、ここでかき氷！と思いましたが、大盛況で、おまけにたかっちさんは鴨走メンバーの女性と楽しげに話しこんでおられたので待っているとタイムがさらに遅くなってしまうのでスルーしました。<br><br>かき氷、イチゴ味でほしかったな～、いやミックスにしてもおいしかっただろうな～と思いながら、ボトルから最後の水を飲んでゴールへ向かいます。<br><br>河川敷の道も順調に、しかし「止まりたい！」という思いと「走れ！先を急げ！」の思いとの葛藤の中、視界に入るまずはあの橋まで！と懸命に走ります。<br>今回は御園橋が工事中のため、その橋の下を通ることができないので一度市道に上がり、そしてまた河川敷へと降りて走らなければなりませんでした。そのためにきっとその市道の信号で止まることになるので、みな共通に強制的に止められるので「これはラッキー！」と思っており、とりあえずはそこまでまずはたどり着くことに懸命になりました。<br>予想通り御園橋の信号ではきっちりと止められ、その間、私は歩道の鉄柵に腰かけて足を休めました。そしてそのまま川沿いに道を渡るのかと思えば、反対側への道へと誘導されて信号を渡ります。つまりすぐ向かい側に渡れずに、三回待ってその反対側の道へと行くのです。ですから三回休めました。これはいい休憩になりましたね。<br><br>そしてその待っている時に他のランナーのゼッケンを見ると、本鯖のランナーは私と他２人で、後は皆さん半鯖のランナーでした。ですから順位を気にするならその本鯖のランナーの２人に負けなければ順位は下がらずにすむわけで、ここからはこの二人には負けないように駆け引きをし、それでいて残り３ｋｍほどを５分３０秒くらいのペースで走り切ることを考えていました。<br>まだ３ｋｍもあるのかという思いと、「リタイヤ、リタイヤ！」と思いながらも良くもここまで走ってきたな～という思いの中、意識しなければならない本鯖ランナーのペースが遅いのでやり過ごして、先を行く半鯖ランナーについていきました。ペースは５分２５秒前後。このまま走り切れるかな？と思いながらとにかくは先を行くランナーに刺激をもらいながら走っていきます。<br><br>遥かかなたに見えるあの建物がゴールに近い場所だ！と自身を鼓舞しながら懸命に足を動かします。<br>橋の下をくぐり、ほんの少しの上り坂が過激に苦しさや辛さを呼び起こします。北山橋をくぐり、北大路橋をくぐり・・・もはやその小さな上り坂でさえ歩くようになってきました。<br>川岸にはシートを敷いてランチをしている家族やスポーツに興じる若い人たち、そして寝転んでいちゃつく外人カップル、あるいは小さな自転車で走り回る子供や日傘をさして犬を散歩させているご婦人・・・・みんなのんびりしているな～と視界の隅に見やりながら淡々と次の橋を目指します。<br>「あと１ｋｍ」の看板も目に入りましたが、とりあえずはこのリズムのまま走ることに専念し、ペースを上げ無理をして脚に吊りが来れば動けなくなることも頭をよぎったので、あそこまで、あの場所までへとゆっくりと流していきました。<br><br>頭の中で走ってきた道程を振り返る余裕も、そして苦しく辛かった思いも浮かぶこともなく、ただひたすら思いはゴールへと向かっていました。流れゆく景色の中、前を行くランナーを追い抜く時に「いい走りですね！」と声をかけてくれて、「お～し！最後のスパートで走り切ろう！」と声をかけてそこからスパート！およそ最後の３００ｍは４分１６秒で走り切れました。<br>ゴール周辺の景色は視界に入らず、ゴールのそのゲートだけしか記憶に残っていません。<br>ゴールしても歓喜することも感動もあまりなかったな。<br>ただ終わったという思い、あるいは走り切れたという達成感に支配され、それでいて虚脱感と疲労感でしばし頭が呆然として周囲でボラの方が説明してくださる言葉も良く分からない状態でした。<br>しばらく座り込み、ようやく動く力と思考回路が戻り、我に返りました。<br><br>辛く苦しかった一日、長く遠かったゴール、今走破して一つの結果を残せたのは何よりも素晴らしいことでした。京都トライアスロンクラブの各位、そしてボランティアの皆様、そしてエイドでお世話になった方々には深く感謝と敬意を表したいと思います。そして応援してくださった皆様ありがとうございました。<br><br>股関節の痛みやひざの痛みに耐えている時、リタイアばかりを考えている時にはもう「走る」ということから卒業しようと思いました。この年齢でタイムを意識して走ることの過酷さは、時間的には自由があっても精神的な余裕がない今の状況では練習も十分にできない。それでもレースに出れば、ガンバフンバするのが当たり前のように奮起して走ろうとする。やはり日々の積み重ねが成果を出すこのスポーツではかなり厳しいと思えてしまう。<br>「楽しめばいい」とファンランはやはりまだできない。<br>その時間との闘い・・・低次元での戦いですが・・・の興奮・歓喜そして走り切るという喜びと達成感のその分岐点は今どこに置いているのかわからない。<br>そもそも興奮刺激のないrunはまだ受け入られないのかもしれない。それだけにその感性がなくなったら、あるいはないのならやはり走りからは「卒業」するかもしれない。<br>走り切った！という達成感を得るだけのために走る年齢はまだもう少し“向こう側”にあるのかもしれない。<br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br>
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<pubDate>Thu, 26 May 2016 20:54:55 +0900</pubDate>
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<title>大阪マラソン</title>
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<![CDATA[ 大阪マラソン、走ってまいりました！<br>前日にはたくさんの応援をいただきましてありがとうございました。<br>友人との待ち合わせでスタート地点近くまで行ってHRベルトを忘れたのに気が付き、荷物のトラックの所まで戻り「カバンを出して下さい。」というものの対応してもらえず、泣く泣くまた１Kmの道を戻りました。おかげでおうふく２ｋいいウォーミングアップができたと・・・ただ、トイレに行く時間が無くなり、我慢したまま１０ｋを走ることに。。。。<br>心のどこかではサブ３．５を狙って走ってましたが、結局あと一歩届かず！前半は膝の痛みが出るのではないかと思いながら少し抑え気味に走ってましたが、後半に力を温存するのには良かったかもしれない。２５ｋｍ地点で両ひざに痛みが出だしましたが、３０㎞過ぎるころには痛みもなくなりました。しかし、次第に疲れが出始め３５ｋｍ前後はきつかった。特に橋を越えてからの残り３kmほどで足がつったり、股関節が痛くなったりでペースダウン！なんとかフィニシュまで走れましたが、最後はきつかった。でも友人たちと、また私設応援団のおかげで楽しく走れました。<br>沿道は、コブクロの小渕さんのファンの方でけっこう賑わっていました。もちろん一般の方もたくさん応援してくださってました。<br>感謝です！<br><br>ありがとうございました。<br>
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<link>https://ameblo.jp/ozizi3/entry-11654983482.html</link>
<pubDate>Sun, 27 Oct 2013 19:38:27 +0900</pubDate>
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<title>ダイトレ２０１３</title>
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<![CDATA[ <p><font size="3">大阪府山岳連盟主催の「ﾁｬﾚﾝｼﾞ登山大会」通称ダイトレに参加してきました。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">当麻ふれあいセンターから959ｍの大和葛城山に登り、５２０ｍの水越峠まで下りまた1125ｍの金剛山に登り、その後は千早峠、行者杉と下り、南海天見駅までの約３６ｋｍを走り・・・歩きも混ぜて・・・ます。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">友人と朝の７時に現地で集合でしたが、京都からだといくら早くても朝の７時半を回ってしまいますので、大和八木のシティーホテルで一泊・・・・このホテルがすごかった。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">翌朝は、午前４時半に起きて５時４０分にはホテルを出ました。が、全くの睡眠不足！</font></p><p><font size="3">思いのほか駅までが近く、ものの数分でついたため、ホームの冷えたベンチに腰かけて身を縮め、昨夜の睡眠不足を少しでも補うかのように目をつぶっていました。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">その駅から次の橿原神宮前まで行き、そこが始発の電車に乗り込み、車内を見渡すとほとんどの客がダイトレの出走者と見受けられる格好の人ばかりでした。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">もっともチャレンジ登山大会という名前の通り、私のようなトレイルランナーばかりではなく、一般の登山として登られる方もいらっしゃり、昨今はやりの山ガールも、そしてご年配の方も参加されます。　</font></p><p><font size="3">（一般男子が５４７人　壮年４３０人　女子１２０人</font></p><p><font size="3">一般登山１７１２人　総数２８０９人）</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">友人・・・ささやんと６時半に駅で落ち合い、そこから会場まで約２０分ほど歩きました。</font></p><p><font size="3">スタート会場に着くともうすでにダイトレ　チェレンジ大会は始まっており、次のグループがスタートの準備をしていました。</font></p><p><font size="3">ここでは受け付け順にスタートをしていくウェーブスタートで、１０分おきに５０人づつスタートしていきます。</font></p><p><font size="3">我々はすでに順番待ちで並んでいる受付の列に加わり、７時過ぎに受付を完了し、指示されたスタートの時間は７時５０分でした。</font></p><p><font size="3">スタートまでの待っている間に、ささやんにいろいろな友人を紹介してもらいました。話をお聞きするとすごい人ばかりでした。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">いくつかのグループのスタートを見送り、そうこうしているうちにいよいよ我々の順番となりました。。</font></p><p><font size="3">聞こえの悪いスピーカからスタート確認の点呼があり、その後記念撮影、そしてスタートです。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">いつものマラソンのように高揚感はなく、いかに抑えて走っていくのか、というよりはどうしてこの修羅場を越えていこうかという不安の中、少し緊張しながらのスタートです。</font></p><p><font size="3">スタートの合図とともにみなさん飛ばしていきますね～。<br>ささやんももう先へと走り出しています。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">私は、以前の経験で最初から飛ばすと後半以降に足が動かない、あるいはスタミナ切れとかけっこう大変な状況になるので、初めはマイペースで行こうとゆっくり目で走っていきます。ましてや事前に読んだ昨年の参加者のブログを参考にして、体力、脚力は後半以降に温存しておかなければならないと考えており、今、始まったばかりの緩い坂道をちんたらとゆっくりと駆けています。・・・・が、もう気持ちは萎えはじめています。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">アスファルトの道を少し走ってから、いよいよ山道に入ります。といいましても急な傾斜もなく普通の山道ですから順調に走ってはいます。</font></p><p><font size="3">そんな感じでゆったりとしたペースで走っているうちに第一チェックポイントにまで来ました。</font></p><p><font size="3">そしてチェックポイントを過ぎ、国道を横断したあたりから道の様子も変わり始めてきます。</font></p><p><font size="3">いよいよ葛城山への登りが始まります。</font></p><p><font size="3"><br>階段の山道を登っていくのですが、まぁ、最初のうちはこれくらいなら・・・と走ることはできませんが早足程度で登っていくことは可能です。最初のうちは・・・・</font></p><p><font size="3">それが階段を越えると、また階段。。。。階段といいましても自分の歩幅にあった階段ならいいのですが、右足でまず登ると、次に同じ地面に左足を着きます。つまり階段の踏みづらの幅が長いために右、左と一段ずつ上がってはいけないで、右で上がれば、左を同じ高さで一歩進み、そして次の右足で次の段をあがる、という繰り返しになり、右足ばかりに負担がかかるわけです。ですから時には途中で一歩余分に足踏みをして、次にあげる足を左に変えるという所作をしなければならないわけです。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">そんなことを繰り返し、階段と格闘しながら葛城山山頂を目指して登っていきます。<br>いつもの時計Ａｍｂｉｔで心拍数をチェックすると１６０～１７０前後の数字を表しています。「もっと押さえていかねば・・・」とは思うのですが、しかし道の傾斜が、あるいは階段の連続が、心拍数をどんどんと上げていきます。</font></p><p><font size="3">ふっと気が付いて時計を見ると心拍数や移動速度、あるいは１ｋｍあたりのペースなどの数字は表示されているのですが、ポーズがかかったままの状態でした。つまりスタートからデーターが記録されていない状態で走ってきていたのです。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">私は走る時には、いつもこの腕時計のAmbitとIphoneのNike+というアプリでランニングデーターをとっているので、Nike+のデーターを見ると、ここまでほぼ８ｋｍを走ってきてました。</font></p><p><font size="3">あらためてここでAmbitのスイッチを押しなおし、「できればスタートからのすべてのデーターを記録したかったけれど、最初でつまづいたなー」と少しがっくりした気持ちで走り続けました。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">山道はやはり細く、その細い道を走るトレイルランナーと普通に登山をされる方と共存して進んでいきます。それゆえ時には登山の方を抜いて行くのですが、トレイルランナーが優先とは言いましても抜くタイミングがなかなか難しい時があります。渋滞気味の時や極端に細い場所、あるいは急な坂道、特に下りでは抜くのもはばかられます。</font></p><p><font size="3">そして条件や環境がそろった時に抜いて行きますが、やはり後方からの声掛けと、そして抜きた時のお礼は一つのマナーだと思いますね。時と場合によっては当たり前のように無言で抜いて行ってしまう時のもあるのでこの点は反省です。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">何度かの登りの階段といくつかの山道を走りながらようやく葛城山山頂の初級ゴールにたどり着きました。ここまでが約１３．６ｋｍとなっていますが、まだ半分も来ていない距離なのに脚はもうすでに悲鳴をあげかけています。</font></p><p><font size="3">体力的にはまだ行けそうですが、やはりネックは脚！<br>幸いにも膝の痛みが出ていないのはラッキーかな？</font></p><p><font size="3">スタートの時には気温が低くかったので長袖で走り出しましたが、このポイントにたどり着くころには汗だくになっていました。一度止まってリュックを降ろし、長袖を脱ぎ、下に着ていた半袖のTシャツといつものベストを重ね着して次のステージへと向かいました。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">葛城山の山頂にはこぎれいなトイレがあり、そこでタオルを水でぬらし「濡れタオル」状態にしました。と言うのも、この低い温度だと、顔面に汗をかいてもしばらくするとすぐ乾き、塩分が顔の表面に張り付きます。乾いたタオルで顔を吹くと、塩を顔にこすりつけるような状態となり、ヒリヒリとします。それを緩和するために濡れたタオルでふくと、かなりましで気持もすっきりです。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">その山頂を後にして葛城高原のつつじ園を通り過ぎたところからはこれから目指す金剛山を遠望でき、遥か遠くのあの山頂を目指すのかと思うげんなりとしてきました。</font></p><p><font size="3">ただ天気が良かったことと、そして身体を包むさわやかな空気がまだまだこの先へと向かう気力をサポートしてくれるような気になっていました。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">９５９ｍの山頂から今度は５１５ｍの水越峠まで下りです。<br>この下りが結構ハードで、道が狭い上にがれ場、岩場などの難所が続きます。<br>最も危ない岩場の下りでは連盟のボランティアの方が危険個所を知らせるように声をかけてくれていました。</font></p><p><font size="3">この岩場の下りで、私よりも２０分先に出ていたＮさんを抜きました。<br></font></p><p><font size="3">彼女はロードではすごい健脚らしく、とてもかなわないなーと思っていたのですが、さすがにトレイルは勝手が違うようで少々てこずっているようでした。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">そんななかを腰にボトルホルダーだけをつけた赤色のＴシャツの女性がグングンと走って行きます。その女性に追い付こうと懸命にその坂道で追いかけていくのですが、人の混雑で少々距離は詰まっても気がつくとすぐに距離が開きます。何度も離されそうになるのを追いかけ、少し脚にも負担をかけながらも追いかけていきます。が早い！</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">そんなストーカーまがいの追いかけをしているうちに、ようやく水越峠のチェックポイントにつきました。<br>そこでほっこりと水を飲んでいるうちに、件の女性はいつの間にか先に行ってしまったようです。<br>どのみちあのスピードで走っている人にはこの先もどうせ追いつきっこはない！とあきらめてまたマイペースで進むことにしました。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">しかしこの水越峠を越えてからがまさに地獄で、金剛山への登りの階段が始まります。</font></p><p><font size="3">初めのうちは車も通れるほどの広い道幅の登り坂が続き、遅いながらも少しは走って登って行きます。もちろん道の傾斜がきつくなると無理をせずに歩きに変えます。あの鏑木さんもレースの時は少しでも平地があると走ることを心がけているんだとか・・そんなことをテレビで見た記憶があり、それを実践すべく走れる平地では頑張って走っていました。<br>そうしているうちに広い道からは離れて山道へと入って行きます。ここからが今から思うと一番過酷でした。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">山の斜面を折り返しながら少しづつ登って行くのですが、整備の状態が悪く、階段が壊れていたり、道が崩れていたりでけっこう足元が悪い状態です。そしてその階段の間隔や高さがまちまちなので、リズムもペースも取りにくく、また合わせにくい。登るごとにドンドンと体力も気力も奪われていきます。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">そうして次に直線的に登って行く階段が、階段が、階段が、そしてまた階段が・・・・歩幅も合わない、段差も高い、時には崩れていたり。。。。そんな階段地獄を黙々と登り続けます。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">冒頭申しましたように、最初のうちの元気な時とは明らかに脚を進めるスピードが違います。たぶん最初のうちならこんなスピードで登っているおやじがいたら「じゃまやなぁ～」と思うほどのスピードで、、いやそれよりもまだ遅いスピードでしか登れません。脚が動きません。太ももに手を添えたり、なるべく行く先の長い階段を見ないように足元だけを見て、ただひたすら登って行くのですが、苦しい！しんどい！動けない！</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">・・・・そんな思いばかりが頭の中をぐるぐると巡り、身体からはドンドンとそのエネルギーが出て行きます。<br>時には階段を外れて、その横の斜面を無理して登って行ったりして変化をつけて刺激の矛先を変えたりもしますが、一時気分は変わっても身体の疲れは増すばかり・・・・</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">こうして文字にすると淡々とした表現で終わってしまいますが、それはもう過酷な修行僧のような修練です。読んでくださる皆様には「階段」「しんどい」「苦しい」の文字ばかりが繰り返し、繰り返し出てきて「くどい」と思われるかもしれませんが、実際にその「くどい」「階段」をすべて越えてむちゃくちゃ「しんどかった」わけで・・・・・</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">いくつもの階段を登り切るたびに、「もうこれで終わりやろ」と何度思った事か・・・・それでも階段は終わらなかった。</font></p><p><font size="3">そうしてついには蝸牛のような歩みにも近いスピードになる頃には、あとから来る人に先に行ってください、と言うようになってきます。すでにふくらはぎに攣りの前兆の痛みが出始めています。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">今回初めて攣りの予防策として漢方の「芍薬甘草湯」を服用してみました。<br>いつもは膝の痛みが出た時に「ロキソニン」を服用することが多かったのですが、今回はこの漢方薬を飲んでいたおかげなのか否かは定かではありませんが、膝に痛みが出ることはあまりありませんでした。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">しかし今までのマラソンでも、トレランでも、ふくらはぎに攣りの症状が出ることはありましたが、今回のように太ももが攣ったのは初めてでした。さらにその太ももとふくらはぎが両足揃って攣った時には、まさに立っていることもできないほどの激痛が下半身に襲いかかりました。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">どうにかその痛みを抑え込みながら、おおよそ１時間近くこの階段との戯れが終わる頃に、ようやく金剛山（一の鳥居）の中級ゴールにたどり着きました。ここでおよそ２１ｋｍを走破したことになります。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">とりあえず金剛山、あの葛城山から遥かかなたに見た山を攻略し、一つ大きなヤマを越えたと言う安堵感で、少しは力が蘇って来たような気になりました。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">ちはや公園の山頂の開けた芝生の広場で遊ぶ子供や、あるいはランチをしている家族をしり目に、コンクリート敷きの道を走り下ります。　しかし今までのように快調な走りではなく、いくばくかの攣りの症状を感じながらの走行です。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">山道と言えども普通の土の路面が続く区間などは稀有で、石が転がっていたり、あるいは地表に岩が突出していたり、根っこが蛇のごとくのたうちまわっていたり・・・で、走っている時には足の踏む場所を瞬時に判断しながら走る時もあります。特に下りなどは慎重に足を運ばなければ、木や石、岩などにつまづいたりして転倒も免れません。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">もちろん下りの階段も段差の違いや階段を支える木や杭、あるいは露出した鉄の棒にも注意を払う必要があります。</font></p><p><font size="3">まだ足に元気、あるいは余力があるうちは足の運びにも不安はないのですが、疲れてくると足が地表をこするように運ぶ、あるいはすり足のように動かすようになってしまい、ついつい、つまづきやすくなってきます。</font></p><p><font size="3">そんなことにも注意し、山道を登っては下りるを繰り返して少しづつ高度を下げていきます。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">この辺りまで来ると苦行の登りの階段はあまり多くはなく、むしろ下りの階段が多い状態になってきます。</font></p><p><font size="3">下っている階段を走りながら、この階段を上ってくるのを考えたらぞーっとするな―とか考えながら降りていました。</font></p><p><font size="3">しかしどうにかこうにか動いていた足にも、限界が近づきつつあるようで、その小さな登りを登っている時に、またもふくらはぎに「ピ―ン」とするどい痛みが走りました。攣りの前兆です。</font></p><p><font size="3">これはいよいよやばいかな？と思い歩みを止めると一度に下半身全体に攣りの症状が出ました。もう痛くってたまりません！</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">ここまでは内服の漢方薬を飲んでいましたが、ついに塗り薬の鎮痛固形軟膏をＣＷ－X（スポーツタイツ）の上から塗りました。<br>さすがに直接肌に塗るものを服の上から塗るのですから、ききめはなかなか感じることもできないまま、しばらく腰をおろして足が回復するのを待っていました。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">そんな私の目の前をかけていくランナー・・・ささやんです。</font></p><p><font size="3">すぐにリュックを背負いながらささやんの後を追いかけて行きました。幸いにも少し休んだせいもあり、足は動いてくれています。もちろんそこが緩い登り坂だったいうこともあり、走ることができました。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">すぐ後ろに追い付き「追いついた」と声をかけると「こんなとこにいた！」と驚きの表情でささやん。</font></p><p><font size="3">一言、二言言葉を交わして緩い登り坂を走っていると、少しづつささやんに先行することができました。</font></p><p><font size="3">よーしここでまた差をつけよう！と懸命に走って行き、少しは差を開けることができたかな？と思いながら走っていると、数１０分後の下りの途中で疾風のように横を駆け抜けていく人影・・・・ささやんがほんとにマンガのように吹っ飛んで行きました。ほんの数秒間は目で追うこともできましたが、またたく間に森の小道の奥の方へと消えて行きました。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">「まぁ、すごいわ！ありゃ天狗や」と思わずつぶやいていました。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">その後、ちまちまと下りの坂を降りて行き、また登りの坂を上っているとまたささやんに追い付きました、<br>そしてまた抜き返し、今度は抜かれないように、と思いながらもまたさらに走り続けていました。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">そうこうしているうちに行者杉の最終チェックポイントにたどり着きました。ボランティアの方が「あと８ｋｍ、頑張って！」と声援を送ってくださいます。「あと少し、８ｋｍなら１時間ぐらいでいけるかな・・・」とか考えながらスタンプを押してもらおうと用紙を探すと・・・ない！ベストのポケットをすべて探してみるもスタンプ用紙がない！紛失です！</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">「やってまった！ここで失格？」とも思い、ボランティアの方に「用紙を紛失しました」と言うと、どうも他にもそのような方がいらっしゃるらしく「ハイこの用紙に名前を書いてください」と手際良く、新しい用紙を出してくださいました。</font></p><p><font size="3">その最終チェックポイントのタイムを記入してもらってそこからスタートしました。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">スタンプ用紙は、先刻の塗り軟膏を出した際か、あるいはハーネスに通していたタオルを出し入れする際に落としてしまったようです。結構気を使いながら大事に袋に入れていたのですが、せっかくの記録やスタンプがおじゃんになってしまい、これでＦＢに写真を載せることができないなーと思うと非常に残念でした。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">まぁ、なくなったものは仕方がないや！と気分を切り替えて走りだし、残りの距離が８ｋｍと言うことは、いつも走っている練習コースで例えると清滝のトンネルから家に帰るぐらいの距離か。。。と考えながら、いつも愛宕山山頂まで走って行き、そこから帰る時ぐらいの感じかな～とも思いながら、これはまだまだ先が長いとげんなりとしました。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">しかし走る道は大きな登りの階段や坂道になる事もなく、緩やかな下りの道が続きます。さらに走り続けると谷川に沿うような片側は崖の細い小道となりました。</font></p><p><font size="3">このような道では、万が一、転倒したり、あるいはつまづいたりした時の危険回避のために意識的に山側に身体を置きながら走るようにはしておりますが、ついつい道の中心よりは川側に身体を置いて走ることがよくあります。その方が圧迫感もなく、また路も踏みしめられているのが川側のほうなのでどうしてもそのようになってしまいます。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">下りの坂ですから走るのには楽に走れますが、疲れもまた足の痛みもあり、さほどスピードを出すこともできずに駆け下りていきます。途中で数人の方を抜きながら走っていた時、何の前触れもなく転倒しました。</font></p><p><font size="3">ほんとにこける時は何の構えをすることもなくこけるもんなんですね。<br></font></p><p><font size="3">「おっと!危ない」と言っている時はまだ余裕がある時なんでしょう。こける時と言うのはこけて始めて起こったことの状態が把握できるほどに瞬間的なものだと言うのを改めて知りました。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">こけた！と思った瞬間に身体のあちこちに痛みが走り、口の上と頭を打ったようで、まずそこに痛みを感じ唇を指で触ると出血しているようでした。そして頭頂部にも痛みがあり触ってみると出血はしてはいませんがかなりの痛みがあり、そしてすでにこぶができ始めていました。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">「こけた！」と思った次の瞬間には山側の壁に座り込んでいたのですが、おそらく前方から両手をつきながら回転し、その際に顔と頭を打ったようでした。通りすがりのランナーの方が「大丈夫か？」と声はかけてくれましたが、止まる様子も愛想もなくさっさと走って行きました。</font></p><p><font size="3">私は「ありがとう」と後ろ姿に声をかけましたが、聞こえていたかどうかは不明・・・・いや動転していて大きな声が出せませんでした。顔の痛みと頭の打撲の痛みは精神的にはけっこう大変なけがをしたのではないか？との不安が頭をよぎり、万一の場合はどうしよう？とまで瞬時に考えていました。</font></p><p><font size="3">少々動揺した気分を落ち着かせるためにも、今の自分の状況を把握しようと身体の痛みのある部分のけがの程度や様子を触診し、出血や傷の具合を確認してみました。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">タオルで顔の患部を触ると少し出血はしていますが大量に出血することもなく圧迫法の止血をしていると止まった様子。そして頭は、偶然にも頭にタオルを巻いて走っていたことが幸いして擦過傷もなくコブだけで済んだようでした。あと両手と両ひざに擦り傷があり、少し血がにじんでいました。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">そして腰骨と臀部の打撲による痛みはありますが、動くことには大きな問題はないようでした。しかし精神的なダメージが疲労困憊の身体には少なからず影響し、そこから先は今までのように駆け下りると言うことができなくなってしまっていました。やはり怖い！</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">トボトボとした様子に様変わりした私の走りは、もちろん３０ｋｍを走ってきた足の痛みもありますが、打撲による痛みもプラスしてさらに走りづらい状況を作り出していました。</font></p><p><font size="3">どうにかこうにかしてその谷川沿いの山道を走り切ると、ようやく視界が開けて里山のふもとの田園風景へ続くアスファルトの道へと変わって行きます。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">「あと３ｋｍです」とコース管理の方が声をかけてくださいます。</font></p><p><font size="3">しかしもうそこで限界でした。足は両足が攣り、歩くこともままならないほどに痛みが襲ってきて何度も立ち止まります。そして屈伸したりすることもできないほどの痛みです。</font></p><p><font size="3">足攣り予防の漢方薬も４袋ぐらい投与しておりましたが、もはやその効果は期待できそうにありません。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">痛みを我慢してだましだまし歩きながら時折無理をして走ろうとするも、結局痛みの為に走る事も出来ず、またロボットのように歩を進める・・・・そんなもがき苦しんでいる私の横を涼しい顔でささやんは走り抜けていきました。</font></p><p><font size="3">声をかけるのも気後れするほど颯爽と走って行きます。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">さすがに六甲山を走りまわっているだけあってすごい！やはりささやんは一つの大きな目標や！と改めて尊敬の念が湧いておりました。</font></p><p><font size="3">たぶん練習もされているとは思いますが、いろいろなところでレースに参加されることでより一層力を、また走力をつけられていっているんでしょう。見習わなければなりません。</font></p><p><font size="3">そんなささやんはもう向こうの曲がり角を走り抜けて見えなくなってしまいました。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">少しでも早くゴールを！と気持ちばかり焦る私ですが、足は痛いまま・・・でもどうにか足を突っ張らせたような状態で走る・・・いやもはや早歩きのような状態ですがゴールを目指します。あの角を曲がれば・・・・あの家の向こうに・・・などといろいろと自分に刺激を与えながら進んでいきます。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">ようやく眼下に国道とそして南海電鉄の線路が見えてきました。あの延長線上に駅があるはずだ・・・駅はどこだ？</font></p><p><font size="3">そこがゴールのはず！と駅舎を探しますがまだ見えません。そうして四方に視線を飛ばしながら走っているとボランティアの方がゲートの前に立っていて、「あと８００ｍです、がんばってください！」と声をかけてくださいます。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">気づけば桜の花が、華のトンネルを演出するかのようにその道を覆って咲いています。</font></p><p><font size="3">歓喜のウイニングロード・・・のはずですが、「え～まだ８００もあるの！」と気分的にさらに落ち込み、と同時に何とか動いていた足も普通の歩みに変わってしまいました。</font></p><p><font size="3">半分花見気分で桜を見ながらよろよろと歩いている私の横をラストスパートのランナー、あるいはゆっくりと走るランナー・・・みんなも同じように桜の花に励まされたかのように元気です。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">一人の若い女性が追い抜きざまに「あと少しですよ！がんばりましょう」と声をかけてくれました。</font></p><p><font size="3">この女性から見たら私は、精魂尽き果て、トボトボ、よろよろと歩いている年甲斐もなくハードなダイトレに無謀にも挑戦した老人に映っているんだろうな―と思っておりました。</font></p><p><font size="3">いや、孫がいても俺はオジンではない！と言う思いが少しわき出してきて、先行くその女性を追うように走りだしました。そらもう限界を超えている足には過酷な走りですから、気持ちとは裏腹に足は動きません。</font></p><p><font size="3">徐々にその女性との距離は開いては行きますが、でも早歩き程度ではありますが走れています。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">ようやくゴールが見えてから、どうにかこうにか走り抜けるまでけっこうな時間を要してのゴールでした。</font></p><p><font size="3">ゴールではささやんが待っていてくれました。<br>追い抜いたことを知らないようで、先に走っている私を追いかけて懸命に走ったようです。でも走れるだけ素晴らしいなぁ～と感心していました。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">どうにかこうにか、本当に何とか走り終えたダイトレ。いろいろと貴重な経験ができ、またいろいろな方との出会いがありすばらしい大会となりました。ひとえにささやんのお陰だなーと改めてここで感謝を申し上げるとともに、また来年もぜひとも今回の経験を生かしてタイムアップを図るべくチャレンジしたいと思います。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">所用時間　５時間５５分　</font></p><p><font size="3">“感謝！”</font></p><font size="3"><p><br></p><br></font><font size="3"><br></font><br><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/ozizi3/entry-11511316487.html</link>
<pubDate>Sun, 14 Apr 2013 18:39:23 +0900</pubDate>
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<title>愛宕山タイムトライアル</title>
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<![CDATA[ <p><font size="3">３月３０日、土曜日は曇り勝ちの天気で、少し肌寒かった。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">仕事中、友人のK君といつもランニング談義で花を咲かすのですが、いよいよ２週間後に迫ったダイトレ・・・ダイアモンドトレール（大阪府チャレンジ登山大会）にエントリーしているので、少しでも練習ランをしておかねばならないという気持ちになり、翌日の日曜日の天気は昼からは雨という予報なので、それならば「今日でしょう！」とCM張りの台詞を言いながら仕事が終わったらすぐに愛宕山に走りに行く予定をしていました。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">仕事も終わり、急いで家に帰り、すぐさま準備をして家を出たのが３時半・・・</font></p><p><font size="3">時間があれば家から桂川をさかのぼり、嵐山、清滝を経て愛宕山頂まで走りたかったのですが、走っていけば清滝に着くころには４時半を過ぎてしまいます。さすがにそれでは帰る山中で真っ暗となり、もちろん非常時の為にランプ類は持って行きますが、体力的にもかなり厳しいと思われましたので、今回は清滝まではバイクで行く事にしました。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">それでも清滝に着いたのは結局４時前。</font></p><p><font size="3">土曜日という事もあって、まだその時間でも山行のいでたちで帰路を歩む姿も散見されますが、さすがにこれから登ろうという風変わり、あるいはバカな人はいません。</font></p><p><font size="3">たまたまバイクを止めてた時に、今まさに降りてきたばかりの方が「今から登るの？」と聞いてきたので、「ハイ今からです」というと、</font></p><p><font size="3">「え～？何時間で登るの」と驚きとともに聞かれてきたので、「５０分では登りたいんですが・・・・」</font></p><p><font size="3">「はぁ～？」</font><font size="3">とあきれたように</font></p><p><font size="3">「私ら朝から登って今降りてきたんやでぇ」</font></p><p><font size="3">「まぁ、ランニングの練習です」・・・・・「行ってきます」と挨拶をしてその場から離れました。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">“あのおじさんにしたら、そら奇異に映ったやろなぁ”と思いながら、清滝川から離れて、小さな鳥居の袂へと進みました。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">そこで、少し屈伸したりアキレスけんを伸ばしたりしてストレッチをし、“最初の３分の一はハードなところだから、ここは抑え気味にして後半にスパートできる余力を残しながら登って行こう・・・”などと以前から何度も登っている表参道からの攻略方法を考えながらスタートを切りました。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">愛宕山へ上る道は、いろいろとありますが、この清滝から登る道がもっともポピュラーで、俗に表参道と言われており、夏の千日詣りの時はここの参道には山頂まで裸電球が連なってつけられます。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">歩きだしはしましたが、ここの登り坂はほとんど走ることはできません。走ったとしてもものの数メートルですぐに歩かざるを得ないほど坂はきつい状況です。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">まだ季節は初春で気温も低いのに、すでに顔の周りに集まってくる虫がうざったく思えてきます。夏の盛りに愛宕山を登るときにはうちわを持っていて、それでその虫を追い払ったり、もちろん本来の使い方である「扇ぐ」こともいたします。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">けっこう早い歩きで歩いていますが、やはり昼間に働いていた影響が出ているのだろうと自分で勝手に決め付けて、それで今一つ調子が上がらないのだと勝手な言い訳を考えながらひたすら頂上へと進んでいきます。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">心拍数を見ると１６０前後を表示していますから、けっこうきつい部類の運動をしていることになります。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">歩き続けること４０分で水尾から登ってくる道と合流する「水尾分かれ」に到着。</font></p><p><font size="3">５０分を切るつもりで登るのならここから頂上までは１０分で行かねばなりませんが、それはもはや無理とあきらめて、少しでも早く愛宕神社のある頂上を目指して歩きます。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">ようやく神社の入り口の黒門にたどり着き、そこからは少し平坦なところもあるので小走りに走ります。</font></p><p><font size="3">そして社務所のある所へたどり着き、その先は急な階段があります。そのあたりは懸命に走りながら時間短縮を狙いますが、すでに５０分を過ぎております。</font></p><p><font size="3">いよいよ最後の階段に挑みますが大きく三段に分かれている長い階段のまず最初の階段を上り、次の２段目の階段の途中では走ることはできなくなり、三段目の神社の門のところでは完全に歩きながらゼイゼイと息をしている状態でした。完全燃焼よろしく最後まで登り切って神社の入り口で思わず座り込んでしまいました。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">時間は５５分４０秒・・・・やはり、遅い。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">前回の自宅から愛宕山まで走って行き、その後登った時が５８分程度だったのに、今回はたったの３分程度しか縮まなかったことにショックを感じ、次はさらなるタイムの向上を思いながら愛宕山を下って行きました。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">しかしながら登る際に行き違った降りていく人はいましたが、山頂や神社には登山者やハイカーはもちろん、神社内の上社務所にも誰もいませんでした。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">帰りは月輪寺を回って帰りましたが、月輪寺へ通じる途中の道には「三時三〇分以降の月輪寺への登山道へ進入禁止」と書かれた掲示板が張ってあるのには、首をかしげておりました。よほど最近はあのあたりで悪行をする人が増えているのでしょうか・・・・残念ですね。</font> </p><br><br><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3"><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20130407/11/ozizi3/c6/34/j/o0567085012491362606.jpg"><img border="0" alt="∠∠鹿鹿”のブログ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20130407/11/ozizi3/c6/34/j/t02200330_0567085012491362606.jpg" width="220" height="330"></a><br><br></font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3"><br></font></p><br><p><br></p>
]]>
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<link>https://ameblo.jp/ozizi3/entry-11502692554.html</link>
<pubDate>Mon, 01 Apr 2013 17:30:03 +0900</pubDate>
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<title>京都マラソン</title>
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<![CDATA[ <p><font size="3">去年はスタート地点の西京極競技場へは車で送ってもらった。今年、初めは歩いて家を出たが、途中で忘れものに気付き、一緒に家を出た嫁の自転車を借りて一度家まで戻り、そのまま、また自転車で西京極へと走った。もともと自転車は嫁様が私の応援の為に市内を移動する手段として使うためにそこへ乗り入れるつもりだったのですが、私にとってはちょうどいい具合に西京極へ行くまでの体力消耗を最小限に抑えることができた。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">阪急の西京極の駅から競技場へ向かう道は、すでに参加するランナーの集団が途切れることなく歩みを進めていた。さらに公園内へ入るとランナーやその友人･家族、あるいは大会関係者でごった返し、球場から競技場へ向かう道も、いつもなら広場のよう広いのに、今日は人、人であふれかえっていて、普通に歩くのもままならないほどの混雑ぶり。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">その中を手荷物を預けるトラックを探しながら歩いて行こうとするのですが、通路上の人の流れの整理ができていないために、行きかう者同士がぶつかるような状況で人が移動していた。混み合っているため人の流れの速度も遅く、また歩きにくいので、私はそこを避けて多くの人が着替えをしている道端の芝生の部分を横断するようにトラックへと進んで行きました。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">すごく多くの人が集まっているなーとひたすら感心しておりましたが、感心ばかりもしておられず、まずは嫁様を探して、それから今回一緒に走るＹさんやＡ君、Ｉ君を探さなければなりません。</font></p><p><font size="3">しかしながら「トラックの前で集合」っていっても、荷物を預けるトラックは１０台以上あり、皆それぞれに違うと思われるので、何番のトラックだったのかも聞きもしなかったから合うのは無理だなーと思っていました。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">嫁様とはその人ごみの中、携帯で連絡をとって出会うことができましたが、結局その他のメンバーとは、そこでは会うこともできず、とりあえずスタートグループが集合する競技場内のトラックまで行ってそこでみんなを捜そうと決めて、移動をし始めました。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">陸上競技場内のトラック上では、各グループでも少しでも前のほうに並ぼうとするのでしょうか、もうすでにスタートの列に並んでいる人も多くいました。周りの雰囲気はドンドンと盛り上がってきていますが、私はもうひとつ乗りきれない気分で、それはやはり今日の天気の具合とそして自分自身の体調の悪さに起因するものでした。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">天気はスタート時点では曇りで、気温は１４度ほどですが、予報では９時過ぎには雨が降り始め、その後に気温も一ケタになると言われて、テンションが下がるなーと思っておりました。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">空を見上げれば一面灰色の雲が覆い尽くし、青空どころか陽光の一筋も見ることができません。気分もドンよりです。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">そして体調が悪いというのは、このフルマラソンに向けてスポーツジムで下半身の筋力強化のためにスクワットをしていたのですが、その時にひざを痛めてしまい、１０日近くも接骨医へ治療に通っている状況でした。痛みはひと時よりはましにはなったものの、いまだに屈伸をすると膝に痛みがあり、曲げる時よりも伸ばす時に痛みが増すようでした。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">おまけに京都マラソンの前日には、治療に行っている医院で加療中に低周波マッサージ器の電極が筋肉のツボに“はいった！”ということで、ふくらはぎがつった状態となり、それと同時に激痛が走りました。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">思わずベッドをたたいて「先生！イタイ！」と叫んで、すぐに電圧を下げてもらったのですが、その後もしばらくは痛みがとれず、まだ電気が入っているのでは？と聞き返すほど痛い状態が続きました。しばらく先生がふくらはぎにマッサージをしているうちに痛みも収まってきたものの、しかしながら筋肉痛のような痛みはその後もすぐに引くことはありませんでした。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">・・・そういったわけで、その京都マラソンの当日も両膝にはプロテクターのようにテーピングを巻き、ふくらはぎと太ももには湿布薬を張っていました。</font></p><p><font size="3">そんな不安な痛みを抱えながら本当にトボトボ、あるいはヨタヨタといった感じで競技場内をＹさん夫婦やＩ君、Ａ君を探しながら歩いていました。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">あちこちと視線を向け捜しては見たものの、開会のセレモニーも始まる時間も近いので、私もトラックの中へ入って並ぼうかと思っている時に、ようやくＹ旦那さんをみつけ、その後Ｙ奥さんやＡ君とも落ち合うことができました。</font></p><p><font size="3">みんな期待と興奮で盛り上がり、私とは対照的に元気です！</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">もちろん競技場内のアナウンスもそれを鼓舞するかのようにドンドンと声も大きくなってきています。さらに空には数機のヘリコプターが爆音をたてながら競技場の上空で旋回し続けています。</font></p><p><font size="3"><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20130407/12/ozizi3/5b/ee/j/o0502034712491388456.jpg"><img border="0" alt="∠∠鹿鹿”のブログ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20130407/12/ozizi3/5b/ee/j/t02200152_0502034712491388456.jpg"></a></font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">我々も「まずは記念」とばかりにそこで数枚の写真を撮り、そしてこれからどんな状況になるのだろうか・・とか、天気の急変が予想されるのでどうしようか？などといろいろと興奮交じりの声で話をしておりました。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">しかし、場内の整理係の方が、ドンドンとトラック内へとランナーを誘導しているのを見て、「そろそろ並ぼう！」と我々は鉄の柵で区切られたトラック内へと入って行きました。</font></p><p><font size="3">いよいよその時まで秒読みとなってまいりました。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">私は、少し後ろ側でストレッチをしながら待っていることにしましたが、ＹさんとＡさんは前のほうへと歩いて行きました。私が緊張をほぐしながらストレッチをしている時に、友人の貞さんから電話が入ってきて「頑張れよ―！」の一声。ありがたいものです。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">そうしているうちに、場内のアナウンスの女性の声が一段と高くなり、いよいよ開会式が始まりました。</font></p><p><font size="3">大会委員長の開会宣言にはじまり、門川市長の挨拶、そして東北大震災での被災者の方々への黙祷など、一連のセレモニーが終わり、いよいよスタートの時を迎えました。</font></p><p><font size="3">応援大使の紹介ではシンクロの奥野文子さんやそして家政婦のミタの本田望結ちゃんが紹介されていました。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">去年のセレモニーの時、私は陸上競技場内ではなく、隣のサブグランドでセレモニーの「音」だけを聞いていたことと比べると、今年はしゃべっている方やスタート台に立っている人たちを見ながら話を聞けるというのは素晴らしくいいものでした。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">そしてついにスタートの時が来て、真っ赤なブレザーを着た門川市長が号砲を鳴らしました。</font></p><p><font size="3">と同時にほぼ全体のランナーの足が動き始めました。</font></p><p><font size="3">やはりスタートラインに近いだけあり、動きの反応も速い。</font></p><p><font size="3">もちろんつっかえたりもしますが、確実に前へと動いています。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">スタートラインのところで壇上の応援大使の人たちを見ようとしますが、ちょうどコースの反対側に位置していたために、目の悪い私にはほとんど見ることができませんでした。でもその雰囲気はわかりましたが・・・・</font></p><p><font size="3"><br></font><font size="3">競技場内のトラックを走り、そして五条通りへと出て、そこからいよいよ市内のコースへと走りだしていきます。</font></p><p><font size="3">いつも見慣れた街並みもこれだけの多くのランナーの群れを通してみるとやはり新鮮な景色で,、</font><font size="3">また不思議な感じもあります。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">「とうとう始まったなー」と思いながら、葛野大路を走り抜けていきます。</font></p><p><font size="3">葛野大路は中央分離帯で区切られており、あたりまえですが普通は右側を走るのですが、今日は道全部がコースとして設定されているので、混んでいる右側を避けて、ものめずらしさもあって左側の道を走っていました。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">四条通りに入れば貞さんが、いつも家族全員で応援してくれます。去年と同じ場所に今年もいてくれて大きな声で応援してくれていました。まだまだ元気で余裕のある私は、ハイタッチをしながら走りすぎました。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">段町を通り過ぎて快調に飛ばしていると、その反対側では森脇 健児が</font><font size="3">テレビクルーに囲まれて走っていました。興味津々にその集団に近づくと森脇健児は、沿道で応援してくださる人たちはもちろん、一緒に走っているランナーにも愛想よく、明るく声をかけて楽しそうに走っていました。</font></p><p><font size="3"><br></font><font size="3">私も快調に走っていると、見覚えのある服装のランナー二人が楽しそうに走っています。YさんとA君です。</font></p><p><font size="3">しゃべりながら走っている二人の前に走りこんで、ふざけて右へ左へと横走りをしていると、後ろから「軽い走りやね～」とからかわれました。</font></p><p><font size="3">一瞬、同じペースで楽しくしゃべりながら走っていこうかなーと思いましたが、サブ４を目指す私は、自分のペースをキープしながら先を急ぐ事にいたしました。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">四条通りも松尾橋へとたどり着き、そこから曲がって罧原堤（ふしはらつつみ）へと入ります。</font></p><p><font size="3">いつもの練習のコースとして走り慣れている道ではありますが、さすがに大手を振って道のど真ん中を走れるのはこの機会しかないのですが、やはり道の中央部はランナーの密度も高いために走りにくく、ついつい道の端っこを走るはめになります。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">走りながら前方に視線をやると愛宕山が見えました。が、やはり天気が悪いので、墨絵のようにどんよりとして見えていました。これは間違いなく雨が降るのは近いなーと思わずにはいられないほど視界の開けた景色にはそんな気配がありありでした。いつも愛宕山を目指して走っているだけに愛宕山に対する思い入れは結構強いものがあり、その景色を見ると今まで何十回と登った愛宕山のいろいろな記憶が思い出されました。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">そんな事をを思い返しているうちに第一の給水所にたどり着きました。最初は走りすぎようかと思いながら給水テーブルの反対側を走っていましたが、給水所の後方では人もまばらだったので、思わず近づきカップを手に取りました。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">今回、このマラソンを走るのにもスントのambit（アンビット）という時計をしています。</font></p><p><font size="3">この時計はＧＰＳを使って位置情報を取得し、移動の軌跡や高度、速度や距離を計測、表示する、また記録するという機能を持っていて、ランニング時に役立つ情報を提供してくれます。走っている時の時速や１ｋｍごとのペース、そして距離や時間、さらには心拍数までも表示してくれます。（どっかのマラソンのブログにも書いたと思いますが・・・説明文のまま）</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">で、走っている時は、特に心拍数に注意しながら走っています。なぜならある一定の心拍数を越えると筋肉などに乳酸がたまりやすくなるというのです。ですから長距離を走る時には、後半に乳酸による疲労やあるいは筋肉痛などが出ないように心拍数を意識して走っています。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">快調に走っているがゆえについついペースをあげてしまいそうになりますが、まだまだ１０ｋｍにも満たない距離ですから、心拍数が上がることのないように常に押さえて走っています。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">そうこうしているうちに嵐山の渡月橋が見え、そしてコースは左手に曲がり、陸橋へと上がって行きます。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">陸橋からは、陸橋の高さに、あるいはそれよりも少し高い屋上で嵯峨野商店街の人が仮装して応援しているのが見えました。去年よりもバージョンアップして七福神の仮装をした人たちが懸命に応援していました。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">また、この陸橋でもそうですが、京都マラソン最大の難所でもある狐坂（きつねざか）等の坂道で見える道巾いっぱいに広がって走る多くのランナーの姿＆景色はまさに壮観です。過去には神戸マラソンでもそんな景色を目にしましたが、極彩色のユニフォームの人たちが延々と続いて流れていく様は、ほんとにすばらしいものがあり、その中で一緒に走れる喜びに感動していました。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">その陸橋の坂を降り切り、いつも練習ランなら真っすぐと清滝道へと行くのですが、今日は左へ曲がって広沢の池へと向かいます。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">去年はこの広沢の池の手前でランナーストップがありましたが、今年はその気配もなく順調に流れていきます。気分も快調ではありますが、しかし天気はドンドンと悪くなっていくような感じがしています。でも蒸し暑つく、汗もすでに流れ始めています。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">道の傍らでは、地域の人たちがたくさん応援してくださっていますが、中には電信柱にしがみついて応援してくれている人もいました。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">ランナー全体の流れは順調ですが、ここから先は宇多野の坂にさしかかり、登っては降りてのアップダウンが続きます。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">この辺りの応援も結構にぎやかで、多くの人が応援してくださいます。</font></p><p><font size="3"><br></font><font size="3">去年は沿道の中から多くの友人、知人を探すことができたのですが、今回は最後まであまり見つけることはできませんでした。</font></p><p><font size="3">二回目ということで少し新鮮さに欠け、応援してくれる人を探すことに意識がいかなかったこともあるだろうし、後半は足の痛みで沿道の人に視線を送るだけの余裕がなかったというのもあったかもしれません。</font></p><p><font size="3">結局何人の友人を見つけたかな・・・・？</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">フット気がつくと歩道に一人の人が立っています。しかし視力の悪い私は、ほぼ行き過ぎてからその人が友人だと分り、振り返って「お～～ぃ」と挨拶して親指を立てて「いいね！」をして走り去りました。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">「応援に行くから！」とは聞いていたのですが、その待ってくれている場所がもっと先の宇多野だと思っていたので、まったくのノーマーク！たくさんの人が応援している沿道のちょうど人の切れ目に立っていたことと、偶然にも私が右側の歩道の近いところを走っていたことが幸いして見つけることができました。もし私が道の反対側の山側を走っていたら、きっと見つけることは出来なかったでしょう。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">走っている私は汗をかくほど暑かったのですが、応援で見学している人にはきっと寒かったのではなかったでしょうか。。。徒労に終わることなく、見つけられて良かったです！感謝!!</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">そこからはいよいよ宇多野の登り坂。前回の試走の時にはそこでトイレタイムをとりましたが、今回はなるべくその時間を削って、ほんの少しのタイムをも稼ぐことを意識して走る事にしていました。余裕をもったトイレよりも我慢の限界まで挑戦しながらサブ４に挑戦するという・・・・まぁそんなことでもないのですが、気持はそんな感じでした。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">まだ走りだして１０ｋｍほどですから、この登り坂もさほどきつくはないのですが、ここで無理をして先を急ぐよりも、流れに乗らなくとも心拍数をチェックしながら自分のペースで走る事に努めていました。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">ここまでの１０ｋｍはけっこう気分的にも楽に、そしていいペースで走って来れましたが、不安のある膝やふくらはぎは、その時にはまだ意識することはなく、「まだ大丈夫！」「行けるかな？」と思いながら走っておりました。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">で、そんなことを思っていた時に沿道に「Ｍ．．．さん、がんばれ！」と大きなのぼりが立ち、多くの人がその周辺で「Ｍさん」の名前を書いたうちわや横断幕をも持って、その「Ｍさん」が来るのを待っているようでした。</font></p><p><font size="3">Ｍさんはいつも熱心に走っていて、目標タイムを４時間半で走ると宣言してツイッターにも投稿してましたが、それほど多くの人たちに応援してもらえるＭさんがとてもうらやましく思えましたね。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">まぁ、我は我、他人は他人と思いながら走り続けます。</font></p><p><font size="3"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20130407/12/ozizi3/7a/1f/j/o0421029512491388455.jpg"><img border="0" alt="∠∠鹿鹿”のブログ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20130407/12/ozizi3/7a/1f/j/t02200154_0421029512491388455.jpg"></a><br></font></p><p><font size="3">昨年、京都マラソンの名物となった仁和寺が近づいてきました。今年もお坊さんの応援はあるのかな？と思いながら近づいていくと今年も大きな横断幕を掲げて応援をしてくれていました。でも去年より少し人が少なく思えましたが、去年の印象が強すぎたのでしょうか、それとも本当にスケールダウンしたのでしょうか？</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">そんな仁和寺の前を通り過ぎると次は立命館の給水所・・・ここは学生が取り仕切っているのでにぎやかでしたね。ドリンクを渡してくれる学生に思わず「後輩がんばれ！」というと「先輩も頑張れ！」と言ってくれました。嬉しいもんですね。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">その地域はやはり立命館の応援グループが多く、平野神社の前のガレージでは立命館大学と小学生までが混ざったチアリーディングのパフォーマンスがありましたが、そのパフォーマンスが凄かった！思わず何度も振り返りながら見てましたが、とんでもなく高いところまで上がる演技には驚きました。「失敗したら下はアスファルトやん！」と思わずつぶやいていました。</font></p><p><font size="3"><br></font><font size="3">すごいなぁ～と思いながら走っていると後ろから友人が「お先です！」と言って抜いて行くではありませんか！</font></p><p><font size="3">「エ～！早いやん」と言うと「もぉ限界ですわ！」と言いながら走り去って行きましたが、まだ１３ｋｍくらいですから、心の中では「オイオイ！、限界ですわ、ってまだまだこれから先は長いのに、地獄を見るぞ～」とフルマラソン初めての彼のこれから先のことを他人ごとながら心配しておりました。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">いや、心配しているというのは本心ではなく、実際は「後半つぶれてオレよりもタイムが遅くなればいいやん！」と悪魔のようなささやきが脳裏では浮かんでおりました。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">実際彼とは折り返し地点で何度か見かけましたが、結構調子の良いうちは離されていたようですが、タイム的には５分と変わらなかったようでした。・・・・でも５分といったらほぼ１ｋｍくらい離れているのか・・・・・</font><font size="3"><br></font></p><br><p><font size="3">さて、さて・・・<br></font><font size="3">北大路千本まではゆっくりとした長い坂道が続き、そこをピークに今度は今宮神社の鳥居へ向けて道は下がって行きます。そのあたりに差し掛かったころからポツポツと雨が降り始めました。</font></p><p><font size="3">「まだ降り始めるには早いやろ！」とボヤいてみたものの、少しづつ雨はその強さを増し始めています。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">強くなり始めた雨に、一度は</font><font size="3">脱いでいた帽子をかぶり直し、そしてサングラスもかけて雨よけとしました。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">しかし益々雨の勢いは強くなり、今宮神社から大宮交通公園の横を通り過ぎ、そして御園橋からの鴨川沿いを走る頃には本降りのなかを走る状態となり、路面も水たまりが所々にできておりました。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">そうするとシューズの中にも水がしみこみ始め、なんとなくぐっちょりとした感覚が足の指に伝わってきます。</font></p><p><font size="3">上半身が濡れるのは我慢できますが、シューズが濡れるのはかなり気分的にもテンションが下がってきます。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">でも、さらに雨が強くなったらどうしようか、あるいは雨で体温が奪われて寒くなる前にカッパを着ようか・・・などと考えながら走り続けていますが、雨の降り始めと同時に気温は下がり始め、雨にぬれた身体も冷えはじめていました。</font></p><p><font size="3">そしてついに膝の痛みがこのころから出始めてきました。それも寒さが増すのに比例するかのように痛みは急激に増しています。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">路面には車の轍に沿うように水たまりがあちこちに出来ていますが、その水たまりをよけて走るコースを選ぶことも嫌になるほど膝が痛くなってきました。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">かなりペースダウンをしながら走っていますが、寒いとなかなか思考がまとまらず、走ると言うこと以外に身体を動かすことができなくなってくるような気がしてきます。腰に巻いているポーチから、物を出すことも手がかじかんでなかなかしにくい。手を閉じたり開いたりしてかじかんだ指に刺激を与えながらようやく鎮痛剤のロキソニンをとりだして２錠飲みました。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">この状態でおおよそ２０分もすれば効き始めるだろう、それまではなんとか我慢して走り続けよう・・・と思いながら走りますが、寒い、痛い、しんどい！と三重苦。</font></p><p><font size="3">河原を吹く風も結構強く、体感温度はさらに下がってきます。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">何を考えているのかもわからない気分で景色だけを見ながら走り、気持を紛らわせて走り続けますが、やはり膝が痛い。</font></p><p><font size="3"><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20130407/12/ozizi3/a4/85/j/o0341040212491403554.jpg"><img border="0" alt="∠∠鹿鹿”のブログ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20130407/12/ozizi3/a4/85/j/t02200259_0341040212491403554.jpg"></a><br><br></font></p><p><font size="3">北山橋から北山通りに入り、狐坂へと向かっていきますが、その橋を渡らずに加茂街道の道をまっすぐ突っ切り、ショートカットして北大路橋へと走って行きたい気持ちでしたが、そんなこともできるわけもなく、ただ指示のある通り区切られた道に従い橋を渡り始めました。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">橋の上には給水所がありましたが、強風のため、テーブルの上のコップでさえも飛ぶほどで、空のコップが橋の上には散乱し、風に吹かれるがままにあちらこちらへと飛びまわっていました。ボランティアの人たちはホウキやあるいは素手でそのコップをかき集めるのに躍起になっていました。</font></p><p><font size="3">ご苦労様ですね～とボランティアの人に話しかけると、「すごいですわ～、</font><font size="3">嵐ですね！」と顔をしかめて叫んでしました。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">本当に橋の上で吹きっさらしの上、暴れまくるコップと格闘しているボランティアの皆さんは大変だったでしょうし、後から聞いた話では、あの散乱した多くのコップを最後にはきれいに片づけられたということですからご苦労様と思うと同時にすごいことだと感心しました。もちろん全マラソンコース上でもその事は徹底されていたようで、ますます頭が下がる思いです。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">北山通りはとても応援の人が多かった！</font></p><p><font size="3">颯爽と走り抜けるランナーならばカッコイイのですが、膝に痛みを抱えてトロトロと走る私には、市中引き回し・・・とは言いませんが、さらしもののように思えて少しでも早くその場を走り去りたい思いになりました。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">この辺りは街もにぎやかで、ショップの方たちが私設エイドで、パンやオレンジなどをサービスしてくれていました。でも苦痛に顔をいがめて走っている私には、その美味しそうな物には手を出すことも出来ずにひたすら前へ進もうと走ります・・・トロトロと。。。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">そのトロトロと走っているその途中に中間地点の表示がありましたが、その横の電光掲示板の表示は１時間５４分・・・</font></p><p><font size="3">まぁ、ハーフでベストが１時間４５分ぐらいだったから、順調と言えば順調かな？と思い、そして、１時間５４分を倍にして２時間１０８分だから、おおよそ３時間５０分ぐらいでゴールできるかな？と考え、なんとかサブ４の４時間切りが可能かな・・・などと考えていると、薬を飲んでからの時間の経過とともに効果が出始めたのか、あるいは４時間切りの思いがアドレナリンを分泌させたのか、このころから膝の痛みが少しずつ和らいできたように思えてきました。そして北山通りから狐坂へと続く宝が池通りに入る頃には、走るのにはあまり気にならないほどに痛みは薄らいいました。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">そしていざ狐坂へと走り込み、少しずつ進んでいますが、いつも過酷な愛宕山の急な上り坂で練習している成果もあってか、その坂は順調に登り切ることができました。</font></p><p><font size="3">そしてトンネルを越えると国際会議場の折り返し地点にたどり着きます。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">京都マラソンのコースには、折り返し地点が４か所ほどありますが、ここの折り返しは、距離的にも２３．８ｋｍと半分と少し超えた地点ですので、本来の意味での折り返し地点のような気分になります。その他のところは距離稼ぎで走らされている道の単なる折り返しですので、気分的にも嫌な折り返しとなります。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">その嫌な折り返しを目指して走る北山通りと下鴨中通りはやはり一番つらい所です。距離的に２６ｋｍから３０ｋｍとフルマラソンの大きな壁と言われる距離に差し掛かる事もあり、そこをいかに走るかで次の３０ｋｍ以上への意識が変わってきます。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">北山通りを松ケ﨑を目指して走っている時はまだ少しは余裕がありましたが、折り返して下鴨中通りに達する頃にはまた膝が痛くなり始めていました。</font></p><p><font size="3">下鴨中通りを走っている時が一番しんどかったかな・・・・３０ｋｍ前後の１ｋｍを何度も止まりながら走っていました。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">そしてまた北山通りに戻ってきて、多くのギャラリーの中を走っている時にはもう限界！と気分もへこみましたが、止まるとか歩くとかのカッコ悪い様をみせるのが嫌だと言う意地のみでそこを走り抜けました。</font></p><p><font size="3">しかし本当にもう限界でした。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">沿道の人が途切れたところでついに止まり、ポーチからサポーターを出して靴を履いたまま・・・・普通は靴を脱がなければなかなか着けられないはずのサポーターですが、何とか膝の位置で止めることができました。余談ですが、無理からサポーターをつけようとしたために、脚の違う部分がつりそうになりました。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">サポーターを着けたからと言って急激に痛みがなくなるなどと言うそんな都合のいい話はなく、ただ締められている感覚で痛みが薄らいでいるという程度のものでしかありませんでした。でも走ることはできたので少しは効果もあります。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">そしてまた加茂街道を下り、いよいよ鴨川沿いの堤防を走る道へと入って行きます。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">その時に視界に飛び込んできたのがfacebookでみた大きなうちわ！そして鳴り続けるカウベルの音！やはりこの時も目が悪いので行きすぎてから振り返って確認する状態でしたが、知っている方（一方的にですが）が</font></p><p><font size="3">大きな声で応援されていました。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">そしていよいよ河川敷を走りますが、あれほどの雨が降ったにしては意外と路面はドライな感じで、ぬかるみや水たまりはありませんでした。「これなら大丈夫！」と、ぬかるんでいたらどうしようという心配は払しょくされました。でも、道がぬかるんでいないからとスピードを上げることはできるわけもなく、おまけに地表は凹凸が激しく、足の着地場所を意識しながら走らなければならない事もあったり、時には地表の小さな傾斜で足首が痛くなったりして、トボトボと走っておりました。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">川沿いだけに風がより強く感じられ、おまけに後方から吹いていますから走るのには好都合ですが、しかし風邪のスピードのほうが早いために、無理やり後ろから押されている感じで、幾度も前につんのめりそうでした。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">北大路橋から出町柳、そして荒神橋あたりまで来ると対岸の東一条通りを北進していくランナーの人たちが見えてきます。「あー早くあそこにまで行きたい！」と思いを抱きながら、まずはあそこまで行くんだ！と自分自身に活を入れて一歩一歩を進めていく感じです。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">そして丸太町橋まで来たらそこからまたアスファルトの道路に戻って、今度は川端通りを北に向かいます。</font></p><p><font size="3">舗装されていない地道の川沿いの道を走り続けた脚と、すでに３５ｋｍを走って疲労困憊の体力には丸太町の橋のわずかなアーチの登りが「ド――ン」と応えます。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">丸太町橋からは熊野神社の交差点までが見渡せますが、そこを走っているランナーの小さな姿が見えて、「あ～、あそこまで行けばゴールはすぐや！」とさらにここでも自分自身を鼓舞します。でもしんどいんです。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">前回の試走の時もこのあたりでYさん、I君も疲れてきていて、時折信号待ちで止まる時に休憩できる喜びが、ものすごく幸せに感じていたことを思い出しながらひとりにんまりとしていました。でも今日は赤信号もないので自分の意思でとまることはあっても、止まらされる事はありません。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">あの時はもう少し楽なように思えたこの道が、今日はかなりしんどく思える・・・・、そういえば、去年の京都マラソンの時にもこの辺りは非常につらい所で「しんどいな～」と思いながら走っていたのに、試走の時はそれほどでもなくって不思議に思っていたなぁ～とか、いろいろと思い出しながら東大路通りを目指して、大文字の見える東一条通を東に走ります。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">この辺りまで来ると残りの距離は５Ｋほどで、いよいよ大詰めですが、百万遍から白川通りまでのやんわりとした登りが、じんわりと足に効いてきます。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">あと少し・・・と何度も自分に言い聞かせながらまずは白川通りの折り返し地点を目指して走っています。しかし、両足ともに膝を中心に走るたびに痛みが伝わってきて、いつまで今の状態で走れるかという不安とそしてふくらはぎがいつ攣るかと言う危機感を持ちながら走り続けます。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">ふくらはぎや太ももは一度攣ると、止まってストレッチなどをして仮におさまったとしても、その後、何度もそれが繰り返し、結局歩くこともままならないことが起こりえます。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">次に痛みが来たらアウトやな！・・・・と我慢しながら、ギリギリのところでスピードを上げていきます。</font></p><p><font size="3">と言っても、もはやすでに限界は超えていますから、走っているという表現ではなく、傍から見ればすり足の早歩き状態に見えると思います。それでも当の本人は懸命に走っているのです。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">東山通りでは、京大の博物館前で京女のチアリーディングや同女のダンス部のパフォーマンスがあり、いつも華やかな雰囲気で結構元気がもらえる気がいたします。と言うより、やはり気分転換になるのだと思います。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">一人で黙々と走っていると、つい足の痛みや身体の疲労、そして走る事に飽きてきた辛さ・・・などマイナスなことばかりを考えてしまいがちですが、そこにカンフル剤のごとく艶やかな刺激が入ると長くは持ちませんがひと時は元気が回復した気分になり、少しは活力と推進力が生まれてきます。そういった意味では、本当に沿道からの応援というのは素晴らしい上にとてもありがたいものです。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">前回の試走の時は、ここの東大路通りでＩ君が猛烈にダッシュして自信満々に走り切りましたが、果たしで本番ではどんなタイムで走り切ったんだろうか？楽しみだなーと思って走っておりましたが、その試走の時のようにはもはや自分の足も動きません。最後の給水所も混雑を避けて給水台の反対側を走り抜け、態勢も気分もラストスパートに入っています。</font></p><p><font size="3">が、足は思い通りには動いてくれません。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">あの信号までとりあえず・・・・・</font></p><p><font size="3">あの横断歩道まで・・・・・・・</font></p><p><font size="3">あの交差点まで。。。。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">とその都度目に着く目標を追い求めながら、ただひたすら走ります。</font></p><p><font size="3">もはや足の痛みよりも、ふくらはぎや太ももが攣ることのほうに恐怖を感じながらの走りです。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">丸太町通りを東に向けて走り、岡崎通りの交差点が見え始めると、「あ～もうここまで来たんだ！８月の京都マラソンのエントリーから始まって、ほぼ半年の間、いろんな友人とこのマラソンの話で盛り上がったな～」と思い出すと関わったいろんな人の顔が浮かんできてそれが最後の力を振り絞る原動力にもなったような気がしました。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">最後まで走り抜くんだ！と言う思いがドンドンと強くなってきたその時、岡崎通りを曲がるところで初めてペースメーカーのベストを着た人と遭遇しました。「４：００」と書いてあります。</font><font size="3">この人よりも前を走れば、目標の４時間切りです！</font></p><p><font size="3">この方を抜いたからには、あとはその人よりどれだけ早くその先を走れるか・・・</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">それが確実にタイムに反映されるとわかると、より一層走る足にも力が入ります。</font></p><p><font size="3">周囲を一緒に走るランナーの人が「おーし！みんな４時間切りは見えた！ゴールもすぐそこや！ガンバロー」と大きな声を出して励ましてくれています。疲労困憊の時には時としてうるさいなぁ～とも思える大声ですが、この時は、そんな声も走る力に変えられそうな気がしました。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">動物園の前を走りすぎ、仁王門通りで折り返せばもうゴールまで３００ｍほど！</font></p><p><font size="3">ただひたすらラストスパートの思いで懸命にゴールを求めて走る様は、芥川龍之介のクモの糸にしがみつこうと走り寄る亡者のごとくでもあります。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">そんなことも脳裏に感じながら平安神宮の前を通り抜け、あの角を曲がればゴールだ―！と歓喜にあふれた思いがいよいよ気持ちを高ぶらせ、クライマックスのゴールへと誘います。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">さぁ、正面には大きな鳥居！、その前にゴールラインがあります。</font></p><p><font size="3">「いけーー！」とばかりにそのライン目指してほんとに最後の力を振り絞って走ります。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">「３時間５６分・・・」という掲示のタイムだけは見えました。</font></p><p><font size="3">サブ４達成です。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">寒かったし、しんどかった、痛かった、苦しかった・・・でも楽しかった！</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">沿道で応援してくれたいろんな人や、そして給水や沿道の警備に携わってくれた方のことを思いながら今来たゴールまでの道を振り返ると、そこには平安神宮の赤い門がいつもよりより一層赤くその姿を輝かせていました。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><br><p><font size="3">ネットタイム　３時間５４分４秒<br>総合順位3323/11595 　年代別398/1149</font></p><p><font size="3"><br></font></p>
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<link>https://ameblo.jp/ozizi3/entry-11490468304.html</link>
<pubDate>Thu, 14 Mar 2013 21:51:33 +0900</pubDate>
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<title>寛平マラソン</title>
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<![CDATA[ <p><font size="4">爆睡から目が覚めたのは、いつもの起床の時間を告げる目覚ましの音だった。</font></p><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4">４時２０分。。。</font></p><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4">考えればこんなに早く起きる必要はないんだ！と、もう一度寝なおす。しかしながら眠り込むこともなく、まどろんでいる状態のまま布団にくるまれて過ごす。</font></p><p><font size="4">・・・・なんとはなしに頭が痛い。</font></p><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4">昨夜の酒・・・と言ってもたかがコップ２杯程度のビールですが・・・・これで十分に二日酔い？</font></p><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4">５時も２０分ほど回ったところでベッドから抜け出し、用意をしはじめる。</font></p><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4">少々汚い話になりますが、ご容赦をお願いいたします。</font></p><p><font size="4">いつもマラソンの時、それはフルマラソンでもハーフマラソンでもそうですが、非常に気になるのがトイレ。</font></p><p><font size="4">小さな方はまだいいのですが、大きい方は自宅にてすっきりとしておきたいもの。そのために前日より便秘薬を飲んで朝、家を出る前にはすっきりとしておきたい。</font></p><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4">今回も同じように前日に嫁様ご愛用のピンクの小粒を一粒飲んで寝ました。</font></p><p><font size="4">翌朝、当然のように自然の節理はやってまいりますが、しかしいつも飲み慣れていないせいでしょうか、下痢気味となってしまいました。</font></p><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4">家を出たのが６時４０分ですが、目覚めて１時間少々の間にトイレのお世話になること数回・・・・参りました！</font></p><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4">嫁様に七条京阪まで送ってもらい、そこから特急で枚方市へ。・・・・ですが、ここでもトイレのお世話になっておりました。</font></p><p><font size="4">枚方市までは約三〇分程度ですが、ついつい眠り込んでおります。</font></p><p><font size="4">電車の中には寛平マラソンに参加するいでたちの方が多くいます。駅から会場までの道は歩行者天国のようにランナーらしき人でいっぱい！枚方公園駅に着いて、電車から降りた時に友人の息子君を見掛けたのですが、少し距離があったので声をかけそびれてしまいましたが、彼はなぜか出口へ向かわずに電車のほうへと戻って行っておりました。理由は・・・不明！ </font></p><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4">堤防から見下ろす会場は、昨日の受付の時の閑散とした感じではなく、人でいっぱいでした。</font></p><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4">会場内を横切り、着替える所を探しましたが、更衣室らしきものは見当たらず、他の人たちもグランド内のあちらこちらで座り込んで着替えています。</font></p><p><font size="4">さすがにあまり女性の方は目には着きませんでしたが、それでもよく見ると幾人かの女性の方たちも座り込んで用意をしています。</font></p><p><font size="4">私も人工芝の上にビニール袋を広げて座り込み、そこで着替えをしました。</font></p><p><font size="4">そして荷物を預けに行こうとした時に、ゼッケンをつけていないのに気付き、あわててゼッケンをつけると言うおおぼけ！</font></p><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4">場内のアナウンスは「８時１０分よりステージに寛平とたむけんが登場し、その後みんなで体操をするので参加者の方は</font></p><p><font size="4">ステージ前に集合してください」と言っております。</font></p><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4">その時に友人から電話が入っていることに気がつきましたが、急いで荷物を預けなければならない私は掛け直すことができませんでした。</font></p><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4">そしてその荷物置き場がすごかった！</font></p><p><font size="4">荷物はビニール袋（昔でいうごみ袋サイズ）に入れてテントの中に自分で順番に入れていくのですが、特にどこに置かなければならないと言う指示もなく、好き勝手に置いていけばいいわけで、普通なら番号の順番とかA/B/Cとかのゼッケン番号で区切るとかそれなりの区切りや置き場所の指示があるのですが、何もない！おまけに荷置き場の担当スタッフもいない！ただテントの前で、「荷物を置いたら一方通行で向こうの出口へ出てください」と言うだけ。</font></p><p><font size="4">ところがそのテントの中で荷物を置いても一向にその列は進まない！テントの出口でわかったのですが、そのテントの出口では、逆行して入って来た人たちが、その出口周辺で荷物を置いているので出口からも人が入ってきて動きがとれない状態となっていたのです。</font></p><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4">よほどテントのカーテンの隙間から出て行こうかと何度も思いましたが、さすがにはばかられてそれはできませんでしたが、何人かの人は声を荒げていましたね。</font></p><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4">ようやく荷物置き場から解放されて、ステージへと向かいましたが、もう寛平ちゃんとたむけんのステージは終わっていて、準備体操を全員でしていました。</font></p><p><font size="4">聞いたことのあるような曲に合わせて皆さん踊っていますが、誰の曲かも私には無論わかりませんでした。</font></p><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4">それよりも私は、ゼッケンの取り付けの位置が悪く、参加者のみんなが体操している後ろのほうで、何度もつけ直しをしておりました。ゼッケンが無事につけ終わった頃には派手な曲で踊ってた準備体操も終わっており、順次プラカードで表示された場所へ移動しなければなりませんでした。</font></p><br><p><font size="4">そこでしばらく待たされるわけですが、会場内他のところを見てみると、まだまだランナーのみんなも集まっておらず、グランドのほうで着替えや荷物を預けるテントのところで群れていました。やっぱり荷置き場は混雑してるなーと遠目ながらも見ておりました。</font></p><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4">そこからまた別のスタート地点まで移動して、しばらく待機。</font></p><p><font size="4">そうしているうちにスピーカーからは、また寛平ちゃんとたむけんの掛けあいが聞こえてきました。</font></p><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4">いよいよスタートの時が近づいてきております。</font></p><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4">時計を見ていると９時、間際。</font></p><p><font size="4">いよいよだと言う緊張感などまったくなく、ワクワク感も何もなかったのが本音！けっこう疲れていました</font></p><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4">「パァーン」と言うかすかな音とともに列が動き始めました。<br>と言っても、普通に歩くよりも遅い進み具合。</font></p><p><font size="4">小さな歩幅で進まなければならないほど列の進みはありません。じりじりと進んでいく前方に、ようやく寛平ちゃんとたむけんが少し高い位置にある台の上でしゃべっていました。</font></p><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4">その下がいよいよスタートライン。ようやく小走りに走りだすことができました。</font></p><p><font size="4">道幅が狭く、また走ってる人も多いので混雑したまま、群衆として移動しているような感じで進んでいきます。</font></p><p><font size="4">でも、大きな都市マラソンよりは混雑の具合はまだましなように思います。</font></p><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4">コースは川岸に作られたサイクリングロードのようなアスファルトの道ですから、広さも普通の道幅程度にはあり、思っていたよりは走りやすいと思っていました。</font></p><p><font size="4">目に入ってくる景色も、河川敷のまさにその雰囲気がありありの感じで、グランドがあったり、公園があったり、はたまたグリーンの芝生だけの場所があったり、そして荒涼とした河原の景色があったりでした。しかしほとんどが同じような景色だけで、コースとしてはこの後もほとんど変化のない状況が続きました。</font></p><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4">そして、このマラソンのうたい文句の「吉本芸人多数参加」の通り、芸人さんはたくさん走ってました。ただし、背中に名前の入ったゼッケンを張り付けて走っているのですが、ほとんど聞いたことがない名前ばかりだし、むろん顔も知らない。その多くのメジャーじゃない芸人さんは、会社命令で走らされているような感じで、ほとんどが仕方なく走っていると言った雰囲気で、その場所で走っている時間を共有して、みんなで盛り上げていこうと言う意識はほとんど感じることもできず、ただ、一人の“走る人”としてだけで参加しているように見受けられました。</font></p><p><font size="4">そんな気配を他の一般ランナーも感じているのか、あるいは知名度のない芸人さんと言うことで、声をかける人もあまりいなかったように思いました。</font></p><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4">走っている一般のランナーはけっこう若い人が多く、また女性も若い人が多かった。</font></p><p><font size="4">見るからに初めてのマラソンという雰囲気の人が多いのも特徴的で、ピカピカのニューシューズを履いている人や折り目のついたウェアーを着ている人も多かった。</font></p><br><p><font size="4">そして目についたのがユニークなコスプレや仮装で走っている人が多く、金髪やレインボーカラーのかつらなんてのはざらにいて、寛平ちゃんのちょび髭、ステテコ、腹巻きスタイルで走っている人、それもグループで同じ寛平ちゃんスタイルで走ってる人や亀有の両津さん、志村のバカ殿、そうかと思えばメルヘンチックな服装にちょんまげのかつらをかぶった人(もちろん男！）、グリコのマークをまねている人、ドラえもん、たむけんスタイルで獅子舞をイメージさせる服やバドギャルのミニスカートで走っているおばさん・・・けっしてお姉さんではないんですが、けっこう早かった！全身金色の人や婦警さんのカッコウした男等々、、それを見ているだけでも気休めになる時もありましたね。</font></p><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4">沿道にはとぎれとぎれに応援してくれる人はいますが、おそらくはこのマラソンに参加しているランナーの友人やグループ関係の人が多く、名前の入ったボードやうちわを振って応援されていましたが、ふつうの市街地を走るマラソンのコースのように、その近所の方が道端に出て応援すると言った感じではなくあまり多くの人はいませんでした。</font></p><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4">しかし場所が散歩のコースにもなっていることもあり、またグランドや公園もありますから、人はあちこちにいます。</font></p><p><font size="4">野球やサッカーの練習をしている人達や自転車で走っている人、犬の散歩をしている人や、もちろんジョギング＆ランニングしている人・・・・つまりはこのコースは「寛平ちゃんマラソン」専用に締め切っているのではなく、普通にいろんな人たちが利用しているのです。ですから同じコース上を自転車も走れば、普通にランニングの練習、ジョギングで走っている人もいるのです。だから狭いところでは自転車とぶつかりそうな場面も何度かありました。それにコースは折り返してきた他のランナーと対向するのですが、係員の数が少ないからコース上での整理があまりできていませんし、中央を区切るパイロンも少なかった。</font></p><br><p><font size="4">そんな中を走っていきますが、目につくのは右手には川とその向こう側に広がる景色、そして左手は、ほとんど堤防の壁であまり景色の変化がない。そんなことを考えながら走る折り返し地点までの距離がものすごく長く感じる。</font></p><p><font size="4">そんな何の目印もない、またコースも何も知らないから、どれだけ走れば折り返しにたどり着くかわからない闇雲の走りの中、おそらくは私よりも早く走っていると思われる友人を探すべく右側の折り返し地点から帰ってくる人を見ていますが、なかなか見つからない。前述のようにあまり景色に変化がないからついつい同じ方向ばかりを見ているので首が痛くなっってきます。</font></p><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4">そうこうしているうちに、ようやく一番　南の折り返し地点へとたどり着きましたが、その折り返し地点にはチェックポイントがありません！これならその途中で折り返していてもタイムチェックがないだけにごまかすこともできるなーなどと考えながら折り返し地点を走りすぎました。</font></p><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4">今来た道をまたもどるのか・・・・と思うと少々げんなりとしてきました。本当に同じような景色ばかりで変化がない。それに応援をしてくれる人も・・・もちろん見知らぬ他人ですが・・・少ない。</font></p><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4">要所、要所にはＡＤＥの旗のもと、それらしき機械を持った看護士のような人もペアで待機・・・座り込んでいる人が大半・・・していますが、邪魔くさげに「ガンバテェ」と言う声も・・・・してたかなぁ～？</font></p><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4">ただそういった介護の面やfast aidの対応はよく準備されているようには思いました。</font></p><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4">でも大会関係者の方がそこここにいるのですが、関わりを持って対応をしていると言う感がいまひとつだと思ったのはやはり他に考えることがない「マラソンの途中」ゆえのことなのでしょうか・・・</font></p><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4">右には堤防が・・・左にはグランドとその向こうには川岸・・・・あいかわらず景色は同じようなもので、ただ変わったのは先ほどまでは南に向いて走っていたから左にあった堤防が右に、そして川面が左に・・・要するに位置が変わっただけで景色は変わらない！</font></p><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4">いろいろと変化十刺激を求めながら走っていますが、ほんとにランナーのユニホームを見たり、シューズはどこのメーカーのを履いているのかを見たり、そしてコスプレや仮装や・・・・・結局は同じことの繰り返しをしているだけのことでした。そんな中、芸人の勝俣 州和さんを見けました。</font></p><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4">好感の持てる雰囲気で走ってました。</font></p><p><font size="4">彼が他の吉本芸人と比べて有名人だからでしょうか、行きかう人からも「勝俣さん！」とか「あ！勝っちゃん！」などとものすごく気軽に声を掛けられていました。私もしばらく興味本位で彼の後を走っていましたが、始終きさくに手を振ったり、そして呼びかけの声にも「頑張って！」とか「ガンバロー」とか声をだして、その上笑顔で走っていましたね。</font></p><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4">たしかにさほど速いスピードで走ってはいませんでしたが、それだけに余裕もあり一緒に走っているランナーに対して、この寛平マラソンのすばらしい潤滑剤としてその効果を発揮されていたと思います。</font></p><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4">そういった意味で、他の吉本芸人の方は、少しは名前のある方もいらっしゃり、そういった方も他のランナーとのコミニケーションが図れていたと思いますが</font></p><p><font size="4">でもそうではない方もいたのは先に申した通りでした。</font></p><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4">折り返しの地点を過ぎて、来た道を帰っているわけですが、最初にスタートした地点にあった給水塔が見えるまでにかなりの時間がかかったように思えました。</font></p><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4">そんな給水塔のたもとが最初のスタート地点だったわけですが、ようやく見え始めてもなかなか近づかない・・・・もはや身体の、あるいは足の動きが悪いので、気持ばかりが走っており、身体がついて言っていない症状ですね。</font></p><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4">２週間続けて４０ｋｍ近くを走った足からはなかなか疲れは抜けきっていなかったので、足、特にふくらはぎの痛みは最初の１０kｍまでに出始め、そして２０km近くなってくると膝も痛くなってきております。</font></p><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4">ようやくスタート地点に近づき始めると応援の人もだんだんと増えてきました。</font></p><p><font size="4">そして会場内に響くアナウンスや実況の声も聞こえてきました。ここでも寛平ちゃんや吉本の芸人さんがいろいろとギャグを混ぜながらの掛け合いをしているようでした。</font></p><p><font size="4">ただ、まだそこまでには距離が少しあるため、どんな内容の話かは十分には聞きとることはできません。<br></font></p><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4">ようやくスタート地点へ戻ってくると、驚くほど人がコースを囲んで両側に建ち並んでいます。その人垣は</font><font size="4">２重３重にも重なり、まるでレッドカーペットを歩く受賞者を見るギャラリーのようでした・・・・そこを通っている人は全く違いますが・・・・</font></p><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4">しかし、そのたくさんのギャラリーであふれかえる場所に給水所と給食でバナナがあり、給水はそのまま飲めましたが、バナナを両手に持って走りながら食べるのはなかなか格好の悪いもので、その場所ではサファリパーク、あるいは動物園でチンパンジーやゴリラがバナナを頬張るのを見ている見物人のようにも思えました。それゆえにこちらとしてはさらしもののようにも思えて、少々遠慮気味にバナナを食べていたら喉につかえてしまいました。</font></p><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4">そのため少し息苦しくなったりもするのですが、多くの視線を感じている中では、平静を装うようにして走って行くのですが、実際には走りながら食べているわけですから苦しくって口から吐き出しそうでした。</font></p><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4">おまけに欲張って両手にバナナをとったわけで、一つ頬張っても、もう</font><font size="4">片手にはバナナを持っていて、そしてもう片方には</font><font size="4">バナナの皮を持ちながら走っているのだからあまり恰好のいいものではありませんでした。</font></p><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4">そしてそこからの道がさらにしんどかった。</font></p><p><font size="4">距離もちょうど２７ｋｍくらいに差し掛かり、一番しんどい所。足の痛さは膝よりも今回はふくらはぎに痛みが集中しており、またその痛みを和らげる、あるいは防止するために張っていたテーピングが逆効果で、けっこうそれが痛かったりもする。</font></p><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4">景色に若干変化があるとしたら、それは雑木林のような木々の間を抜ける道の変化でしょうか・・・</font></p><p><font size="4">しかし木々の下の道の為に路面には木の実や小枝、あるいは葉っぱなどがあったりで少々走りづらい。そんなややこしげな道を３６kmの折り返し地点を目指して走ります。</font></p><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4">３６ｋｍという距離は頭で、あるいは事前に渡された地図の知識をもとに想像できるのですが、疲れた身体には大変な負担をかけながらの進軍ですから、それはもう大変です。</font></p><p><font size="4">道は時にはまっすぐに、そして曲がって・・・・その曲がった向こうに折り返し地点があるのではないか？！と何度思った事でしょう。</font></p><p><font size="4">あのグランドの向こう側へ行けば折り返し地点が見える・・・とか、とりあえず何度も、何度も折り返しのポールだけを思いながらひたすら走るのですが、「次にはある！」と言う思いだけでそこへ走ろうとしている気持が、実際にはまだ折り返しはなく、裏切られた時の愕然とする気持ちは、ドンドンと体力も気力も奪っていくようです。</font></p><p><font size="4">あの角を曲がれば・・・ない！あるのはまだまだ続くまっすぐな道・・・・それを目の当たりにすると、足は止まりますよ。ドンドンと疲れてきますよ。もうやめようか。。。ってな事も考えますよ・・・・</font></p><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4">３０ｋｍからは激変する！とよく言われますが、まさにこれですね。</font></p><p><font size="4">足は動かなくなるし、痛みはドンドンますし、気力もなくなってくるし。。。。。</font></p><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4">ただそういった時に心の支えになるのは、ポーチに忍ばせたサプリやお菓子、そして沿道から声をかけて応援してくれる若い女性！これにつきますね。</font><font size="4">「頑張ってください」と一生懸命に声をかけ続けている子がいましたが、この子は本当に素晴らしかった。</font></p><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4">思わす通り過ぎる時に「素晴らしい！」と感激して叫んでしまいました。そうかと思うと座り込んで弁当をむさぼり食っているボランティアの子もいましたねぇ～。その子には「おいしいやろ！」と声をかけた覚えがあります。握ったお箸を振ってくれましたが・・・</font></p><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4">走っても走っても見えなかった折り返しがようやく見えてきました。</font></p><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4">そこは給食と給水が一緒になっておりました。</font></p><p><font size="4">完全にストップして、スポーツドリンクとパンを食べ、</font></p><p><font size="4">そして鎮痛剤を飲んで残り５ｋｍを走り抜くべくスタートしました。</font></p><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4">意外と不思議なもので、折り返し地点を過ぎて、そこから先ほどのゴールまで戻るとなると、まずコースが意識できます。つまり今、走って来た道ですからその道を戻ればいいだけですし、だいたいどれほどの距離があるかがわかります。そして何よりあと５ｋｍと少し！と距離がわかれば、たとえばいつも練習しているロードのあそこから、家までとかそのイメージができます。</font></p><p><font size="4">そうなってくると気分も少し変わってきて、「あと少し、頑張ろう！」という気持ちが戻ってきます。</font></p><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4">脚も、気持も体力もすでにガタガタでしたが、この給水、給食の後は盛り返していけるように思えてきました。</font></p><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4">そこでは同じように走っているペースの方を探し出して、その方について行くようにし、もちろんそのランナーも疲れたり、あるいはさらに加速したりすることもありますから、その時々でペースメーカーは変えてはいきます。</font></p><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4">でもやはり同じペースで走り続けるのは、３５ｋｍも過ぎるとかなり過酷なことです。それもある程度意識してくるのが「４時間切り・・・サブ４」を狙っていくのですが、残りの距離と今のタイムとを考えて懸命に足を前に出そうと奮闘し続けるのです。</font></p><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4">とは申しましても、やはりきつい！</font></p><p><font size="4">身体の各部分がすでに気持通りには動いてくれません。</font></p><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4">３６ｋｍから３７ｋｍの１ｋｍは少し早い目のペースで走れても、３８ｋｍからの１ｋｍではまた遅くなってしまいます。</font></p><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4">そして３９ｋｍあたりに来ると、</font><font size="4"><font size="4">応援してくださる方やまた大会の関係者の方が「今のままやったら４時間切り狙えるぞ！」とかの声援も送ってくれます。</font></font></p><p><br></p><p><font size="4">ですからこちらもその気持ちで最後の力を振り絞るべくラストスパート気分で走り続けます。</font></p><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4">あと２ｋｍの看板が見えるといよいよラスト！</font></p><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4">本当に懸命に走ります。</font></p><p><font size="4">自分の呼吸のリズムが頭の中でこだまのように繰り返されて、さらに自分でもそのリズムに合わせて足の運びや、そしてその足の運びをリードさせるために腕の振りを大きくします。</font></p><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4">良く言われるのが、「最後の１ｋｍは腕の振りで走りきれ」と言われるほどに最後でのこの動きは大事なようで、まるで「<em>Lethal Weapon</em>（最終兵器）」を使うかのように懸命に腕を振ります。</font></p><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4">ゴールに近づくに従ってまた応援してくださる人が増えてきます。「あと１キロや！」とか「もうすぐや！」とか応援がドンドンと増えてきます。</font></p><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4">木立の間のアスファルトロードを走り切ると最後のコースは芝生の道へと進路が変わります。</font></p><p><font size="4">そこに達すると会場の景色が見え、その一角にゴールのゲートが見えます。１ｋｍを切っていますが、まだ遠い！</font></p><p><font size="4">けれども脚はどうにか動いていてくれます。</font></p><p><font size="4">足の痛みもあまり気にするほどでもなく、何とか動いてくれていますが、ただ太ももが上がる事もなく、蹴りあげた脚もあがる事もない「はや走り」のような感じに思えます。</font></p><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4">４時間を切るんだ！と言う思いだけが足を動かせている気持がしますが、たぶんこの状態ではギリギリダメだろうな～と自分の時計を見ながら思っていました。</font></p><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4">芝生のコース上は、皆さん最後のスパートで懸命に走っていますが、私もほんとに最後の走りをします。</font></p><p><font size="4">すると前方には腰の曲がったかなりご高齢のおばあさんが走っていました。もちろんけっこうなスピードで走っている私は追い抜きましたが、追い抜きざまに「おばあちゃん、ナイスラン！」と掛け声をかけると嬉しそうに手を振ってくれました。本当におばあちゃんでした。７０歳を超えていると思えるそのおばあちゃんは、私が抜き去るここまでは私の前をおそらくは走っていたわけで、それも４時間を少し超えてタイムで走り切るということにまさに「Nice Run」なわけで</font></p><p><font size="4">すごいの一言。</font></p><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4">ちなみに私のこの時のスピードが、このマラソン４２ｋｍの中で一番早い１４，７ｋｍ/ｈでした。</font></p><p><font size="4">（４２ｋｍの平均速度は10.49ｋｍ/ｈ　ペースで１ｋｍ５．４３分）</font></p><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4">へろへろながらもゴールラインを切りましたが、タイムの表示は４時間８分でした。</font></p><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4">スタートの時にスタートラインに達するまでには数分の時間がかかったとは思いますが、たぶんそれも５分程度でしょうから、この時点で４時間切りは出来なかったと非常に残念に思いました。</font></p><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4">でも足の具合もあまりよくない状態ではありましたが、なんとか今までのタイムを更新できたのは一つの成果でした。</font></p><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4">ネットタイム　４時間３分３５秒</font></p><p><font size="4">４６０６人中　９６９位<br></font></p><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4"><br></font></p><p><font size="4"><br></font></p><br><br><p><br></p><br><p><br></p><br>
]]>
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<link>https://ameblo.jp/ozizi3/entry-11463013973.html</link>
<pubDate>Sun, 03 Feb 2013 20:34:34 +0900</pubDate>
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<title>愛宕山　雪中トレラン</title>
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<![CDATA[ <p><font size="3">今冬、最強の寒波が来る！と言う日曜日。</font></p><p><font size="3">これは行かねばならない！雪の愛宕山。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">前日の土曜日から準備を始め、簡易のアイゼンも入れ、防寒対策のアウターも入れ込み、簡易な食事と万が一の時の懐中電灯や非常食も入れて準備は整いました。</font></p><p><font size="3">今回、初めてサロモンのスキンプロ１０＋３を使いました。</font></p><p><font size="3">外人体型を基本に作られているせいでもあると思いますが、小柄な私にはすこし大きいかなとも思えますが、調整により何とかつかえる感じ！</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">荷物をそのバッグに詰めて、なにするでもなくさっさと就寝。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">さて、翌日の日曜日、９時には出発しようと思い、ウェアーやタイツ＆パンツをはいて用意ができ、さぁ時計の確認を。。。と思ったら、時計の表示がない！？？？？</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">まさか？放電して０になったの？とすぐにパソコンに電源を入れ、Ａｍｂitをつなぐとまさに充電０の状態。</font></p><p><font size="3">昨日、バッテリーを満タンにして電源を落としたのですが、Ａｍｂitとパソコンを結ぶコネクターを着けたままにしていたのが、どうもその原因のように思えます。</font></p><p><font size="3">まさか！という思いですぐに充電にかかりましたが、これがなかなか時間がかかるので、５０％を越えたところで、スタートしました。時間はもう１１時前！</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">そとはお昼前と言えどもかなり寒く、走りだしても身体が温まった感じがしはじめたのは、３ｋｍも走ったころからで、それでも薄手のアウターは始終脱ぐことができませんでした。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">西京極の横を通り抜け、桂川の堤防を走り、上野橋からは少年野球を横目で見ながら松尾橋までグランドの横を走り、罧原堤を駆け抜けて嵯峨野まで行きます。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">そこから愛宕山の表参道を上がるのであれば、清滝道を選ぶのですが、水尾周りで行く場合は、六丁峠を越えて行かねばなりません。</font></p><p><font size="3">嵯峨野から保津峡へ抜ける場合はまだ距離も短いのですが、さかさまに保津峡から来るとなるとけっこうきつい坂だと思います。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">保津峡を越えて、水尾の村に入り、そこから愛宕山の山道に入りますが、その頃から道に雪が積もっています。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">なかなかいつものペースで上がれないなーと思いながら歩き続けていましたが、ふくらはぎあたりがけっこう痛い。</font></p><p><font size="3">おそらく先週の市内を４０ｋｍ走った疲れが抜けていないせいだろうと思いながら、その後の数日も短い距離ではあったけれど走ってるしなぁ～などと反省しながら歩き続けていました。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">１週間先のフルマラソンにこの蓄積した疲れを残さないようにしなければいけないなーと思っております。<br></font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">そんな事を思いながら歩いているとようやく雪が道の両脇に現れはじめ特に日陰は深く雪が積もっています。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">日差しのあたっているところでは地表も見えていますが、次第に雪の道となってきております。ただ、前回の大晦日の愛宕登山と違って、愛宕山頂を目指している人が多いのでしょう、雪道は人の踏跡で結構荒れています。なるほどすれ違う人も多い。</font></p><p><font size="3"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20130127/21/ozizi3/09/ba/j/o0800106612394602786.jpg"><img border="0" alt="∠∠鹿鹿”のブログ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20130127/21/ozizi3/09/ba/j/t02200293_0800106612394602786.jpg"></a> <br></font></p><p><font size="3">水尾からの登りでこれだけ人とすれ違うのも夏や紅葉シーズンの秋でもあまりなかった。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">表参道と合流する水尾の別れでは、ボーイスカウトの子供らがその場でバーナーをたいてラーメンをつくっていました。</font></p><p><font size="3">その湯気と香りでむちゃくちゃ「ひもじい」思いをいたしました。</font></p><p><font size="3">もちろんこの辺りでは積雪も１０ｃｍ近くになっており、道は踏み固められていて、所々ではアイスバーンとなっております。</font></p><p><font size="3">その先の少し開けた雪原でも、別の隊のボーイスカウトが昼食をとっていました。みんな元気で楽しそうです。</font></p><p><font size="3"><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20130127/21/ozizi3/7c/fd/j/o0800097912394602788.jpg"><img border="0" alt="∠∠鹿鹿”のブログ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20130127/21/ozizi3/7c/fd/j/t02200269_0800097912394602788.jpg"></a> </font></p><p><font size="3">昔こんなことをやってたな―と思うと懐かしさがこみ上げてきます。</font></p><p><font size="3">またまた別のボーイスカウトの子供を追い抜く時に、「ボーイスカウト、頑張れよ！」と言うと「あなたも頑張ってください！」と言われました。</font></p><p><font size="3"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20130127/21/ozizi3/18/60/j/o0800059012394602789.jpg"><img border="0" alt="∠∠鹿鹿”のブログ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20130127/21/ozizi3/18/60/j/t02200162_0800059012394602789.jpg"></a> <br></font></p><p><font size="3">山頂ではこれまた多くの人たちがいました。</font></p><p><font size="3">ずっと行きかう</font><font size="3">登山の方を見ておりますが、比率的には年配の方が多いように思えます。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">山頂の神社へ行く手前にある休憩所の温度計を見ると氷点下１度でした。</font></p><p><font size="3">前回の大晦日の時は、氷点下５～６度だったのでやはり暖かい。それに風も吹いていないので快適でさえありました。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">ただ、参道の雪は１０ｃｍを越えていて、人の歩いた道を歩かなければトレランシューズでは水がしみ込んできます。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">神社への階段は積もった雪が氷と化し、へばりついていて非常に滑りやすい状態です。</font></p><p><font size="3">アイゼンも着けずに横着に登っている私は、恐る恐るその滑り具合を確認すると。。。滑ります！間違いなくこれは危険です。</font></p><p><font size="3">でもこの階段の登り降りさえこなせば、後は大丈夫だろうと慎重に神社まで登り、そして降りてきました。</font></p><p><font size="3"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20130127/21/ozizi3/be/9d/j/o0800060012394602787.jpg"><img border="0" alt="∠∠鹿鹿”のブログ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20130127/21/ozizi3/be/9d/j/t02200165_0800060012394602787.jpg"></a> <br></font></p><p><font size="3">帰りは月輪寺経由で帰るつもりでしたので、階段の途中から横道に入りましたが、この道は人がほとんど歩いていないので雪が深い。それに石の階段は凍っています！・・・と思った時に滑って転びました。後ろ手に手をついて何とかバランスをとりましたが、右側に落ちていれば崖でした。</font></p><p><font size="3">一瞬ひやりとして体勢を立て直して歩きはじめましたが、その先もやはり非常に滑りやすい階段でした。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">その階段をやり過ごして、そこからは表参道や水尾の道のように広くはなく、一人がトレイルできるくらいの道幅しかありません。それにまだまだ雪も深い。</font></p><p><font size="3"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20130127/21/ozizi3/f2/01/j/o0800060012394602790.jpg"><img border="0" alt="∠∠鹿鹿”のブログ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20130127/21/ozizi3/f2/01/j/t02200165_0800060012394602790.jpg" width="220" height="165"></a> <br></font></p><p><font size="3">その道を少しテンポをあげて走りだし、幾人かの人を追い抜きながら月輪寺まで走り抜けましたが、もうすでにふくらはぎが悲鳴を上げ、幾度もつりそうになっておりました。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">月輪寺で一度止まって本尊に手を合わせている時に足に激痛が走り、完全にそのあたりで引きずるような状態にまでなっておりました。ただ、すこし若い女性の視線があったので無理をして少しは良ペースの歩きで歩きだし、その場から立ち去りました。で、少し離れた所に犬の小屋があり、元気なわんこが紐につながれた状態ではありますが、走りまわっているのにかまっているふりをしてしばらくそこで止まっておりました。</font></p><p><font size="3">その後痛みがましになったところでまた走りだしましたが、ジワジワと痛みが増してきております。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">その後もだましだまし小走りに下っていると、幾人かのグループを追い越していく時に、「すいませーん、お先です！」と言って横を駆け抜けると、「すごいなー」と言ってくださったので、「５０半ばのおっさんですよ！」と言うと笑ってくださいました。そして頑張れよ―！とまで言ってくださいました。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">まぁ、あそんな事をしながら何とか山道を下りきり、そこから清滝、試峠（こころみとうげ）、嵯峨野を走って帰ろうとしましたが、いつも少しでも近道を探して太秦や山ノ内を通って帰るのですが、今回は来た道を帰ることにして、来た道を戻って行きました。でもふくらはぎ、特に右のふくらはぎが痛く、嵐山に出てからは何度も止まって屈伸をして走り続けていました。</font></p><p><font size="3">心拍数には余裕があるのでやはり脚力の強化がさらに必要だなーと思いながら走っておりました。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">上野橋を越えてからはもうやめよう！と何度も時計を止め掛けましたが、とりあえずは五条大橋までは行こうと、ものすごく遅いペースで何とかたどり着きました。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">Ｓさんなんかは、六甲山を９時間切って走り続けているってなんちゅうこっちゃ！とか、１５時間走り続けたとも言ってたな―とか思いだすとものすごい事なんだなーと感心しまくり！</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">まだまだ追いつけんな―と思いながら帰ってきました。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3"><br></font></p><br>
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<link>https://ameblo.jp/ozizi3/entry-11458107263.html</link>
<pubDate>Sun, 27 Jan 2013 20:03:05 +0900</pubDate>
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<title>今年の年賀状</title>
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アメンバー限定公開記事です。
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<link>https://ameblo.jp/ozizi3/amemberentry-11456093289.html</link>
<pubDate>Thu, 24 Jan 2013 22:17:57 +0900</pubDate>
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<title>ＬＳＤ</title>
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<![CDATA[ <p><font size="3">覚醒作用のあるあの薬物の話ではございません。 <br><br>でもまぁ、ある意味それに近い「ランナーズハイ」という感覚をもたらすＬＳＤ・・・ <br><br>Ｌｏｎｇ　Ｓｌｏｗ　Ｄｉｓｔａｎｃｅ・・・・・「長い距離をゆっくり走る」という意味です。 <br>　このトレーニングのねらいは、長い距離をゆっくり走ることによって、全身の持久力を高めることにあります。 <br><br>先日の日曜日、走ってまいりました。 <br>（投稿日の関係上ずれていますが、１月２０日のことです） <br><br>目標走行距離は少なくともフルマラソンの４２ｋｍ、そしてできれば４５ｋｍを走破するつもりで走りだしました。 <br><br><br><br>そもそも今回このＬＳＤをやろうと思ったのは、２月３日の節分の日に『淀川 寛平マラソン2013』にエントリーしているので、ここ最近の走量不足を補うのと、少しは長い距離を走れるようにしておかないと後半３０ｋｍ以上でたぶん足の痛みによる不具合でスピードダウンする懸念があったからです。 <br><br><br>年末年始を振り返ると、年末の仕事の忙しさと相まって、まぁ、いろいろなことで精神的にも落ち込んだり、身体の不調で走れなかったりで１２月９日に東山マウンテンマラソンの約３０ｋｍを走ってからは、大晦日の愛宕山登山で少し走った程度でまったく走ってない状況でした。 <br><br>ただ、年明けはジムで１０～１５ｋｍ程度はトレッドミル（ランニングマシーン）の上で走ってはいましたが、自分の満足できるような距離を走ることは出来ていませんでした。 <br><br><br>そしてもう一つのきっかけは「Suunt Ambit」という腕時計を買った事。 <br><br>この時計は、ＧＰＳを活用して位置情報を取得し、移動の軌跡や高度、速度や距離を計測＆表示してランニングなど、スポーツを行う際に役立つ計測機能を備えたスポーツウォッチで、おまけに気圧／温度計、電子コンパス、そしてとくに今一番必要だと思う心拍数計測機能がついています。 <br><br>以前からのランニングにはiPhoneのランニングアプリ「Nike+GPS」と「Runmeter」という二つを使っておりました。両方ともそれなりにいいアプリですが、心拍数計測（ハートレートモニター）がついていないので、いろいろとその機能がついた時計を物色していたのでした。 <br></font></p><p><font size="3">まずはガーミンの時計を買ってやろうと、何度Amazonのページで最終の購入のボタンを押すのに躊躇したことでしょう・・・・結果購入には至らなかったのですが、その後、Facebookのトレランのエキスパートの方たちが、この「Suunt Ambit」の計測データ―をアップされているのを見た時に始めてこの時計の存在を知り、いろいろとネットで調べてみると秀逸であると思い、すぐさま購入を決定。 <br><br>ただ、ネットで申し込んだその次の日に「商品完売につき、メーカーの在庫を確認してから改めてご連絡いたしますが、人気商品につきご期待に添えないかもしれませんので・・・・」などというメールが来て、「まぁ、急ぐものでもないからイイか。」と構えていたのですが、でも気持ち的には「もしかしたら在庫もなく、市場でも残り少ない状態だと手に入らないかも？」と思うと、多少高くってもいいから。。。正価でもいいから手に入れた方がいいかな？と思えてくると、さぁいよいよ手に入れようと動き出します。 <br><br>いてもたってもいられなくなった私は、ネットで京都市内のSuuntoの販売店を探し出し、そして買いに走って、手に入れたと言う・・・・まさに後付けの衝動買い!でもありました。 <br><br></font></p><p><font size="3">かくして手に入れたその腕時計をつけて、日曜日の９時頃から走りだしました。五条通りを東へ向かい、鴨川五条大橋から鴨川を上流へと向けて走ります。 <br><br>以前から鴨川を走るコースは、いろいろと計画していたのですが、普段走るコースとして選択する時に、短めの１ｋｍの市街地を通って行く桂川・・・それもどちらかというと住宅地やローム街などの静かな街中を、周りを気にせずに走って桂川に到達できるコースと、片や市内の中心地を、それもにぎやかな五条通りの騒音や排気ガスにまみれながら（少し大層かな？）また人様の視線を気にしながら約３．５ｋｍを走ってたどり着く鴨川とでは、やはり前者を選んでしまい、なかなか鴨川には足が向きませんでした。 <br><br><br>前日の土曜日の夜も、どのコースを走ろうかといろいろと考え、いつも通りの愛宕山へ上る約３３ｋｍのコースか、あるいは京都マラソンの実際のコースか・・・・などなど地図をいろいろと眺めながら考えましたが、結局はまずは鴨川を走って、あとは気分次第で気の向くままに走って行こうと決めてのスタートでした。 <br><br><br>家を出る時は、ユニクロのヒートテックと上着にソフトシェルを着て走りだしました。もちろん防寒のための手袋もしております。 <br><br>下はいつものＣＷ－Ｘとランパン。シューズは山道のコースも走るかもしれないので一瞬、トレラン用のモントレーを考えましたが、まずはランニング主体ということでニューバランスのランニングシューズを履きました。 <br><br><br>鴨川の岸辺を走りだすと、景色はまだまだ朝の気配で、人も少なく、カモやユリカモメが水辺でゆっくりと泳いでいます。 <br><br>ランニングしている人の姿もちらほらあり、またウォーキングしている方もいます。 <br><br>四条大橋、三条大橋と走って行きますが、見慣れているせいかあまり新鮮な感じもせず、むしろ橋の下で居を構える方々のその雰囲気が異質な感がありました。 <br><br><br>川沿いの対岸の景色も川端通りを車で走る時に見慣れているので、丸太町通りから出町柳の合流地点の景色も見る視線が低くなった程度のもので、さして変化のあるものではありませんでした。 <br><br>何を求めて鴨川を走っているのだろうか？などとふと考えながら走っておりましたが、いや別に何を求めるわけでもなく、ただ走っているのかな～などと考えておりましたが、とはいえ数十回と走っている桂川の堤防よりは案外走りやすいと思いました。 <br><br>桂川の堤防は、サイクリングロードとして整備されていますが、道幅が２ｍ程度のところも多く余裕はありますが、自転車の往来が結構多い。そして西京極から上流に向かえば、上野橋で一度橋の上に上がって対岸へと渡ったり、車道を渡るのに信号で止まることや終点の渡月橋までの距離が５ｋｍ程度と短い。 <br><br><br>下流へと走れば、久我橋で一度車道へ上がって、そしてやはり信号があり、車道を渡って桂川から鴨川の最下流の河岸へと移らねばなりません。 <br><br>そういった小さな手間が案外と距離を走ろうと思った時にストレスになる事もあり、さきのように何も考えずにただ長い時間走れる鴨川のコースは案外いいかもしれません。 <br><br>鴨川岸を走りだして初めて信号で止まったのは、北山通りにかかる橋で五条大橋から約７ｋｍの地点でした。 <br><br>でも、出町柳から高野川の岸については、ここは道が少し狭く、対向してくるランナーの方や自転車などとすれ違う時は道をお互いに譲り合わなければなりませんでした。 <br><br><br>それと桂川と鴨川のコースの特に大きな違いは、川のすぐ近くを走り続けられることですね。つまり、桂川は堤防を走っている感じで、川面から時には５０ｍ以上離れて走る事もありますが、鴨川は常にすぐ横に水面を見ながら走り続けられます。 <br><br>それに対岸にもコースがありますからいろんな人、それは走っている人や散歩している人、またグランドでいろいろなスポーツをしている人たちの景色を見ることもできます。桂川は対岸は・・・・ふつうの景色で、車道や遠景ばかりで、人間ウォッチングをできるような状況のところは少ないような気がします。 <br><br><br>そんな走りやすい鴨川から高野川の川岸や堤防から離れて、北山通りを渡って、山端（ヤマバナ）平八さんの前を通り、宝ケ池へと向かいます。 <br><br>この時点まで来た時にはこれから走るコースをおおよそ決めていましたが、それにいたるまでは、比叡山をみながら山頂を目指そうか、とか先日の東山マウンテンマラソンのコースを下ろうか？などといろいろと考えてましたが、結局は宝ケ池から上賀茂神社へ行き、そこから嵐山方面を目指すコースをとろうと決めておりました。</font></p><p><font size="3">ただ、上賀茂神社から山道の沢ノ池を通って高雄・清滝へと通るトレイルコースか、あるいは鷹ヶ峰から原谷を通って嵐山へと出るコースかはまだこの時点でも迷っておりました。というのも、時間的なことと体力的、肉体的なことを考える必要がやはりありましたから。 <br><br><br><br>さて、宝ケ池に着き、以前の宝ケ池子供の楽園の景色と一変して、整備された公園と変貌しているのに驚き、ＬＩＮＥを使ってファミリーに発信！ <br><br><br>そこで一度給水をして、ぼちぼちと宝ヶ池を目指して走り出しましたが、その途中で１２月の東山マウンテンマラソンのスタート地点を通りすがり、あの日とは打って変わって、だーれもいない静かな公園がそこにはありました。あの日のにぎわいを思い出すとまったく違った空間でした。 <br><br>そこを通り過ぎて宝ヶ池の周囲を走り出しますが、道が結構荒れていて走りにくい。地面はでこぼこしているし、表面に砂利が浮いているので足首に負担がかかります。でも景色や雰囲気がいいので２周走りました。右手には京都国際会議場があり、今頃は京都会議で多くの人たちが集まっているのでしょう、そのざわついた感じがかすかに伝わってきていました。 <br><br>宝ケ池の周回を外れてキツネ坂を下り始めますが、ここは京都マラソンでも走る道です。当日はどんな思いでここを走っているだろうか？去年は膝が痛くって大変だったな―と思い出しながら走っておりました。そこを下りきると山沿いに沿うようにして道を走り、かきつばたで有名な大田神社へと向かいます。 <br><br>大田神社のかきつばたは、５月ごろに行くと非常にきれいな花を見ることができるのですが、さすがこの時期は冬枯れの状態で、舞台の裏側を見たようで少しむなしさも・・・・ <br><br><br>大田神社を後にして、そこから上賀茂神社を通り、賀茂川にそって御園橋まで走ります。ここも京都マラソンのコースの一部ですが、コース上もっとも北の位置になり、寒さの対策も考えておかなければならないのですが、この日は比較的暖かく感じられました。 <br>そこで一度休憩をして地図をとりだし、どのルートを通るか最終の確認をしました。できることならここから北山へと登り、沢ノ池を通って高雄へと行き、そこから清滝川にそって清滝、嵐山へと向かいたかったのですが、少し足にも疲労が出始めていたので、冒険せずに無難に原谷を通って仁和寺、嵐山へと走る事にいたしました。 <br><br>地図を片手に走りだし、場所を確認しながら鷹ヶ峰を目指しますが、「京都一周トレイルコース」の道標にしたがって走って行こうとしたら、少し遠回りをして鷹ヶ峰へと着きました。 <br><br></font></p><p><font size="3">鷹ヶ峰から原谷へと行く道は山間の舗装された道です。山道ゆえ多少のアップダウンはありますが、それほど酷なものではなかったのですが、原谷の街を通り過ぎてから仁和寺へと向かう坂の登り口は少々ハードでした。ただ、そこを通り過ぎれば後は下るだけなので楽でした。 <br>反対にその坂を上がってくるトレラングループと会いましたが、後方の方は結構しんどそうでした。仁和寺からだとけっこうな距離の坂だと思います。 <br><br><br>仁和寺の横の駐車場で栄養補給はしたものの、けっこう疲れていて気持ちはそこから帰る道を選びたかったのですが、しかしながら目標設定した距離にはとても足らない状況だったので、嵐山を目指すことにいたしました。 <br>嵐山までの道は宇多野の坂がきつく、その後の大沢池のところでは変化のない風景に疲れがさらに増長されます。 <br>次第にうつむき加減に走る事も多くなり、気がつけば意識して背筋を伸ばしたり、また顔をあげるように努めますが、しばらくして気がつくとまた顔が下がっていると言う繰り返し・・・・ <br></font></p><p><font size="3">ようやく桂川の罧原堤にたどり着きそこで小休止。 <br>そのあと松尾の橋を反対側に渡っていつものランニングコースを走り、距離がまだ３５ｋｍ程度だったので「さぁ、４０ｋｍ走るにはどの道を走ろうか？」とは考えていますが、かなり足に疲れが出初めており、そのまま帰りたい思いでいっぱい。そしてその頃から右ひざが痛くなりはじめ、もはや走ると言うことが苦痛になってきておりました。 <br><br></font></p><p><font size="3">少し走っては、止まって屈伸、そしてまたゆっくりと走る。そんな繰り返しをしながら上野橋から五条大橋へ向かいましたが、すでに歩いている状態のほうが多くなってきておりました。 <br>しかしなんとか４０ｋｍは走り切りたいと思っていたので、そこからさらに下流にある八条橋まではなんとか歩きながらでも行き、そして折り返してくると言う最終の目標を立て、足の痛みを我慢してようやく西京極の付近まで戻ってくることができました。 <br><br></font></p><p><font size="3">結局しんどいとか疲れよりも膝の痛みやふくらはぎの攣りで走ることができなくなったという状態でした。 <br><br>やっぱ下半身の筋トレが必要だと改めて思ったランでした。 <br><br>走行距離４０ｋ、実際にかかった時間は４時間５０分。 <br><br><br><br><br>あきませんねぇ～。 <br><br><br><br><br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20130131/14/ozizi3/68/fc/j/o0640096012399356190.jpg"><img border="0" alt="∠∠鹿鹿”のブログ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20130131/14/ozizi3/68/fc/j/t02200330_0640096012399356190.jpg"></a><br></font></p>
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<pubDate>Wed, 23 Jan 2013 10:44:56 +0900</pubDate>
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<title>今年最初に愛宕山から降りた男</title>
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<![CDATA[ <p><font size="2">２０１２年も押し迫った、１２月３１日、除夜の鐘まで数時間となった夜の９時半に家を出た。 <br><br>予定していたわけではない。もちろん友人と約束もしていない。 <br><br>漫然と紅白歌合戦やあるいは「がき使」の絶対に笑ってはいけない・・・を見ているのもあまりにもつまらないので、まったくの気分次第の行動でした。 <br>（もちろん両方とも録画したものを後日ゆっくり見ますが・・・・）</font></p><p><font size="2"><br>もっとも、以前から夜のトレランをしてみたいと思っていたのと、やはり大晦日の愛宕山に、数十年ぶりに登ってみたいと言う思いが、年末を控えたここ数日にフツフツと湧きあがっていたのは間違いありませんでした。 <br><br>数十年前・・・そう、小学生５年の頃でしょうか。 <br>ボーイスカウトで夜間ハイクを兼ねた大晦日の愛宕登山。 <br><br>夜の１０時頃に集合して、国鉄嵯峨駅（いまはＪＲ嵯峨嵐山駅）で降りて、そこから清滝道を歩いて愛宕山へ登り、初日の出を見て翌朝帰ってくるという行程でした。 <br><br>記憶にあるのは、眠たかった！ということと、休憩所がわりに仮眠をとった煙たかった山頂の社務所ぐらいでしょうか・・・ <br><br>登るための準備をしていましたが、前回愛宕山に雪が積もった日に、登り口である清滝までバイクで行くのに、道中があまりにも寒かったので、今回は捨てても、盗られてもいいようなアウターを着て、下はタイツ（ＣＷ－Ｘ）とランパンをはき、さらにその上にオーバーパンツをはいて防寒、防風に備えて行きました。 <br><br>ですから、このオーバーパンツは実際に登るときには脱ぐつもりをしておりましたが、履いていって大正解で、それほど現地は寒かった。 <br><br>清滝へ向かう道はやはり寒くって、信号で止まるたびに身体に震えが走りました。 <br><br>走り抜ける街は、さして年末の雰囲気を醸し出している様子もなく、いつもの情景と変わらない景色でした。 <br><br>いよいよ清滝道あたりまでくると空気の質感が変わり、寒さもより厳しくなってくるのが感じられ、アウターを着こんでいても肌に寒さが伝わり始めてきます。寒い！ そして次第車の往来もなくなってきます。 <br><br>市内と言えども北西の果てですから、夜も１０時になればめっきりと交通量はなくなります。そして、だんだんと不気味になってきます。 <br><br>清滝道やその先の清滝トンネルは京都でも有名な心霊スポットです。・・・・そんなことを思い出すと身も心も寒さが倍増いたします。 <br><br>寒さに震え、馬鹿な事を考えながら走っていると前方に真黒な清滝トンネルが見えてきました。昼間に見ても不気味なその暗渠の上の信号は赤。 <br><br>清滝トンネルは、信号による一方通行で、信号が青に変わるまで待っていなければなりません。（当然と言えば当然ですが・・・） <br><br>その間がものすごく長く感じられました。 <br><br>周辺を見回しても私以外には、車もバイクもなければもちろん歩いている人もいません。 <br><br>私は、もっと多くの人が大晦日の愛宕山に登っているのではないかと思っていましたが、まだそのあたりではそのような人も見かけることはありませんでした。 <br><br>信号はまだ変わりません・・・・ <br><br>しーーーんと空気の音がするほどに静かで、そして“キーーーーン”と感じるほどに寒い！ <br><br>信号はまだ変わりません・・・・ <br><br>だんだんと怖くなってきます。。。。。 <br><br>トンネルのその奥のほうで白いものが見えますが、もちろんそれは先のほうで曲がっているトンネルの壁なのですが、恐怖心とともにそれが動いているように見えてくるから困ったものです。 <br><br>話では、トンネル内では人の泣き声がしたりとか、車と同じスピードで走る老婆がいるとか・・・・バックミラーにさかさまに人が映るとか。。。。 <br>都市伝説です。 <br><br>信号はまだ変わりません・・・・・ <br><br>こんなに長いんだ！ <br><br>だんだんと頭がクラクラとしてくる錯覚に陥ったり、山側からガサガサという音が聞こえたり・・・・ 山側を見てみると千二百羅漢の石仏がうっそうと茂ったクマザサの間から弱々しい照明に照らし出されて不気味に笑っているように見えます。<br><br>信号が青に変わりました。 <br><br>すぐにアクセルを吹かして、トンネルの中へ・・・・ <br><br>トンネルに入って驚いたのは。。。。。 <br><br><br>トンネルの中は暖かかった！ <br><br>たぶん心霊番組のナレーションでは「なまあたたかな・・・」ってな表現になるのでしょうが、でも寒さに震えていた私にとって、そのトンネル内の暖かさは心地よかった！ <br><br>そう思うと恐怖心もなくなって、妙にテンションが上がってスロットル全開で走り抜けました。 <br><br>・・・・トンネルを抜けるとそこは、真っ暗でした。そして寒い！ <br><br>やはり大晦日に登る人はいないと思わせるほどに人の姿は全くありません。 <br><br>しばらく道なりに走りますが、追い越す人影もなく、後から来る車もまったくありません。 <br><br>えーーーほんまに誰もいないの？ <br><br>と、心細くなってきました。 <br><br><br>いつもバイクを置く川べりの道にも、一台もバイクは止まっていません。昼間なら少なくとも数台、多い時には１０数台のバイクが止まり、置き場所を探すほどなのに、ほんとに一台も止まっていない。 <br><br>あたりは街灯にうすぼんやり照らされた道が続いているだけ・・・ <br><br>来た道を見てみるも、視線の届く限りの景色の中に動く光源はまったくない！ <br><br>本当に一人っきり！ <br><br>と思うと同時にやはり恐怖心！ <br><br>でも、はやいスピードで登ればきっとこの先には人がいる！と思い込み、さっそく登り始めました。 <br><br>時間は１０時過ぎ！ <br><br>ヘッドランプと手には懐中電灯。両方ともＬＥＤで、明るいです！ <br><br>両方とも１６０ルーメンぐらいはあり、昔の懐中電灯のように黄色っぽい光ではなく、昼光色や白色に近い色ですからさらに明るく感じられます。手元のライトは調節によってスポットにも全体を照らすワイドにもできるのですごく便利です。 <br><br>その昔、普通の土曜日にボーイスカウトの夜間ハイクで一人っきりでこの山を登らされたことがありましたが、あの時も怖かった。 <br><br>それにあの頃はただ大きなだけの懐中電灯を持って登っていましたが、乾電池の単１が４本も入っていたので重たかった。 <br><br>その時は結局、二つ目の休憩所までしか行けずにとん挫して、そこで眠ったんだったな―。。。。 <br><br>そんなことを思い出しながら、この先にいるであろう人に追い付くために足早に登り続けました。 <br><br>登り始める時には、ここに来るまでに着ていたアウターは脱いでバイクにおいておき、今はヒートテック、薄手のウインドーブレーカー、そして厚手のウインドブレーカーを上着として着て、下はオーバーパンツをはいたままの状態でした。それでも下半身は少し寒かった。 <br><br>おそらく歩いているうちには熱くなるだろうと思っていましたが、上半身は汗ばむほどになりましたが、下半身は冷えたままでした。 <br><br>これでこのオーバーパンツをはいていなかったらと思うと本当に寒かっただろうと思います。 <br><br>あたりは自分の照らす二つのライトで明るいのですが、その他のところは全くの真黒です。 <br>ただ、木々の隙間から時折月の光を見ることもできました。 <br><br>１０分くらい歩いたところで前方で揺れる光・・・・ <br><br>さすがに火の玉かなどと思うこともなく、「人が前方にいるんだ！」と思うと、何とはなしにほっこりとして、その光を追うようにさらに歩調を早めて登りました。 <br><br>ようやくその姿を確認できる所まで近づくと、二人の男女が楽しそうに話をしながら登っています。 <br><br>「こんばんわ！お先に！」と声をかけて抜いて行きましたが、ここでようやく「少なくともこうして大晦日の日に、この山を登っている人がいるんだなー」と思うと、少しの安堵感とそしてゆとりが生まれました。 <br><br>やはり愛宕山山頂までの長い距離、だ―れもいないと言うのはやはり怖い！霊的なものだけでなく、万一の事故や身体的な異常があった時、少なくとも誰かがいてくれるというのはやはり心強く、また安心です。これがまったく誰もいないとなると、翌日の朝か昼までは救援、救護は望めないのだから、そりゃ状況が全く違う。 <br><br>・・・・でも暗闇となった山道を一人で歩くのは、やはり恐怖心とのじゃれあい！ <br><br>崖側から人が、“貞子のごとく”這い登ってくるのではないか？とか、後ろから誰かが肩をたたくのではないか？とか・・・・想像力たくましくいろんな怖い状況を考えては「そんなあほな！」と自分で否定して、考えないようにしてひたすら足を進める事に集中します。 <br><br>よく言いますように幽霊が怖いのか、お化けが怖いのか・・・などということも考えたり、 「幽霊の正体見たり枯れ尾花」などというように結局は人間が作り出した想像上の物だ！なんてことも考えたり・・・・でも一人で真っ暗な山道を歩くと言うのは不気味ですねぇ～～！ <br><br>その後、男二人組、男一人、３～４人の男女のグループぐらいを追い抜いてようやく水尾の別れまでやってきました。 <br><br>ここまできたらあとはもうすぐだ！とようやくゴールを感じることができます。 <br><br>足元の状況は濡れた地面が凍っている状態に変わってきました。登っている途中で一度脱いだ厚手のウインドブレーカーをもう一度着ようかと思うほど寒さが増してきています。 <br><br>懐中電灯を持つ手もさらに冷たくなってきています。 <br><br>山頂の手前では、地表はすっかりアイスバーンの状態となっていました。 <br><br>ようやく社務所前の参道に着きましたが、社務所内は電気がついていますが、その他は真っ暗！人の姿も見えません。 <br><br>以前に来た時には、山頂でもいくつかのビバークしている人がいたような記憶があるのですが、間違っているのでしょうか？ <br><br>愛宕神社の方も一対の灯篭にぼんやり灯りがついているだけで、本殿のほうには灯りは一切なし！ <br><br>１１時半ですが、やはり初詣の為の準備はここではされていないようで、明日にならなければ・・・・・ <br><br>でも、とりあえずは神社を目指して階段を上がり、本殿へお参りしますが、明かり一つ点いていませんでした。ただ自分の懐中電灯だけが唯一の明かりでした。 <br><br>そこでお参りをして帰ろうとした時に他のグループの方も一組上がってこられました。 <br><br>神社の階段手前の休憩所で、寒暖計を見てみると氷点下５度。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20130101/23/ozizi3/ae/c6/j/o0442029512358623734.jpg"><img border="0" alt="∠∠鹿鹿”のブログ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20130101/23/ozizi3/ae/c6/j/t02200147_0442029512358623734.jpg"></a> <br><br>あまりに寒いのでもう一枚服を着て、降りる準備をしていると、一人で来られた方が、「人が少ないですね」と話しかけてこられました。「なるほどやっぱり人は少ないんだ」と改めて確認しました。そして「せめて（暖をとる）火ぐらい欲しいな！」と言ってましたので、社務所へ行ってみたらどうですか？と返答して私はとりあえず一度、社務所へ入れるかどうか確認するために行ってみることにしました。 <br><br>社務所の前には「一般の方の為の休憩所」と書かれており、中にはたき火がたかれていました。それを確認して先ほどの人に伝えようかと戻りかけましたが、「まぁ、いいっか！」と思いとどまり、社務所の中へ入り、お邪魔をして数分間座っていましたが、まさか明け方までそこにいて、ご来光を拝んでから帰るには時間がありすぎるし、翌日には朝から元旦にやらねばならない行事もたくさんあるので、長居は無用とばかりにさっさとそこから出て帰路につきました。 <br><br>帰りは順調に降りて行きましたが、せめて山頂からの夜景をとっておけばよかったかな？と一度止まって考え、戻ろうかとも思いましたが、さすがにそこまでする元気もなく、別のとこから夜景をとることもできるかな？と思いながら下って行きました。 <br></font></p><p><font size="2"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20130101/23/ozizi3/88/df/j/o0640048012358623735.jpg"><img border="0" alt="∠∠鹿鹿”のブログ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20130101/23/ozizi3/88/df/j/t02200165_0640048012358623735.jpg"></a> </font></p><font size="2"><p><br>下る途中で出会ったグループも５組か６組程度・・・・大晦日に登る人というのはこの程度なのかなと思いながら走り続けておりましたが、さすがに走っているという表現は大袈裟で、小走り程度の走りでした。 <br><br>凍てついた地面はやはり視覚的にはわかりづらく、ましてや夜の闇の中、ライトに照らされただけの条件では滑って初めてわかるというもの・・・・それゆえに慎重にもなっております。 <br><br>愛宕の参道も終わりに近づいた時に、２０１２年に最後に降りた人になるのか、それとも２０１３年に始めて降りた人になるのか？などというものすごくつまらない思いが浮かび、時計を見ると１２時前！ <br><br>やはり初めて降りた人を選択して、１２時４分に愛宕山の参道の入り口の鳥居から出ました。 <br><br>ちなみに１２月４日は結婚記念日・・・・関係ないか！ <br><br>結局、水尾の別れを過ぎたあたりで１人で登って来た人を見てからその後は全く人は見ることはなかった。</p><p>・・・・・ほかの方は、明け方まじかに登ってこられるのだろうか・・・・？ <br><br>昔は、もっと多くの人たちが登っていたように思うのですが、時代の変化なのか、私の記憶の間違いなのか・・・・・ <br><br>また今年の大みそかも登ろう！ <br><br>今度は初日の出を見る時間に合わせて家を出よう。 <br><br>そして初日の出の写真を撮って、ｆａｃｅｂｏｏｋに載せよう！ <br><br><br>帰り際、松尾神社のそばを通ると、そこはもう初詣の人でにぎわい始めていた。 <br><br><br><br><br><br><br><br></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2"><br></font></p><br><br></font><br>
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<pubDate>Tue, 01 Jan 2013 20:44:48 +0900</pubDate>
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