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<title>ぱんだ氏の、ぱんだ氏による、みんなのための歴史</title>
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<description>皆さんこんにちは、ぱんだ氏です。ここでは、歴史をもう一回学び直そうという社会人の方に加え勉強に困っている学生の方々に向けて世界中の歴史を解説しています今日の世界情勢に複雑に絡み合っている歴史。そんな歴史をここで紐解いてみませんか？</description>
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<title>Episode3 古代オリエント〜メソポタミア・エジプトの融合とペルシャ帝国〜</title>
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<![CDATA[ <br>どうも～、ぱんだ氏です♪(´ε｀ )<br><br>今日は皆さんにオリエント世界の一体化について述べたいと思います。<br><br>しばらくの休止期間もあったため長めです←<br><br>すみませんm(__)m　<br><br>それから、今回でオリエント編は一旦休止します！<br><br>では気合い入れていきましょう！！<br><br><br><br>ところで皆さん、中東を指す「オリエント」という言葉の由来をご存知でしょうか？<br><br>オリエントはラテン語のオリエンス（Oriens）という「日の出る場所」を指す言葉が由来になっています。<br><br>ラテン語を歴史の中で長いこと使っていた西洋にとって見れば、中東は常に日が昇る方角ですよね。<br><br>ま、要するにザックリというと「東」に位置するためオリエントと呼ぶようになったのです笑<br><br>ちなみにここまでに学んだメソポタミア文明やエジプト文明も古代オリエントに含まれます。<br><br>だったら最初からそう言ってくれ！！って感じですね。。すみませんm(._.)m<br><br>今では紛争が多発し、発展途上国の集まった中東ですが、<br><br>当時は西洋なんかよりも全然文明の栄えた地だったのですよ。<br><br><br><br>そんなオリエントについて、まずは前々回の続きから話させていただこうと思います。<br><br>Episode1にて最後に繁栄したウル第三王朝ですが、当然のごとく支配下に置いた異民族の不満を買い衰退していきます。<br><br>そんな中で登場したのが<font size="3"><em><font color="#FFFF00">ハンムラビ王</font></em></font>率いる<font size="3"><em><font color="#FFFF00">アムル人</font></em></font>たちでした。<br><br>当時、アムル人はメソポタミアの中心地にて<font size="3"><em><font color="#FFFF00">古バビロニア王国</font></em></font>（<font size="3"><em><font color="#FFFF00">バビロン第一王朝</font></em></font>）を開いていました。<br><br>そんな中で彼ハンムラビが王位につくと目覚ましい成長を見せ始め、<br><br>しまいには多民族の混在するメソポタミアの初統一を完成させます。<br><br>ハンムラビ王といえば他にも「目には目を、歯には歯を」の<font size="3"><em><font color="#FFFF00">復讐法</font></em></font>で有名な<font size="3"><em><font color="#FFFF00">ハンムラビ法典</font></em></font>を作った人でもあります。<br><br>この有名な法律ですが、実は罰則に身分差別が強く出ていたことをご存知ですか？<br><br>例えば親が子に手を挙げたときとその逆とでは罰が極端に違っていたり、<br><br>奴隷と神官が同様の過ちを犯したとしても圧倒的に奴隷の方が刑罰が酷かったりしていました。<br><br>しかし、現代問題である男女差別・人種差別・宗教差別といったことは一切せず、平等な法律でもありました。<br><br>イメージ度しては、行き過ぎてしまった朱子学を想像していただけると分かるかもしれません笑<br><br><br><br>この時ちょうど重なるようにしてエジプトでは中王国が栄えていました。<br><br>エジプトに強大な統一国家の中王国、メソポタミアにも同様にバビロン第一王朝。<br><br>二つの地域は非常に栄えていたため豊かな生活を送っている民衆が多く、<br><br>その富・食料などを巡って、不安定な生活を送る遊牧人が侵略行為に走るようになっていきます。<br><br>こうしてエジプトは前回話した通りヒクソスが侵入し中間期に突入し、<br><br>メソポタミアにも<font size="3"><em><font color="#FFFF00">ヒッタイト人</font></em></font>が押しかけ弱体化させました。<br><br>ヒッタイト人が作った<font size="3"><em><font color="#FFFF00">ボアズキョイ</font></em></font>を首都とする<font size="3"><em><font color="#FFFF00">ヒッタイト王国</font></em></font>は世界で初の鉄器を扱った国だと言われています。<br><br>そのため強大な力を持ち、当時のメソポタミアの秩序を崩壊させました。<br><br>その結果、今まで大国の支配下にあった<font size="3"><em><font color="#FFFF00">カッシート人</font></em></font>や<font size="3"><em><font color="#FFFF00">フルリ人</font></em></font>が独立し、<font size="3"><em><font color="#FFFF00">バビロン第三王朝</font></em></font>や<font size="3"><em><font color="#FFFF00">ミタンニ王国</font></em></font>を建国するのに成功します。<br><br>そしてメソポタミアの地で3王国の巨大勢力が安定してきた頃、エジプトは新王国を迎えます。<br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160329/14/panda-130/61/ed/p/o0800056413605185116.png"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160329/14/panda-130/61/ed/p/t02200155_0800056413605185116.png" alt="オリエント" border="0"></a><br><br>こんな感じで4つの強大な王国が分立するようになります。<br><br>この4王国の中で特に勢力の強かったのがエジプトとヒッタイトでした。<br><br>やがて両国、メソポタミア文明とエジプト文明が戦争という形を取って交流を始めるようになります。<br><br>これは前回にお話ししたラムセス2世とムワタリ2世の話でご存知のことと思います。<br><br>最終的に両者の戦いは決着することなく続いていきました。<br><br><br><br>そんな中、遥か北西の方角からバルカン半島を超えて”<font size="3"><em><font color="#FFFF00">海の民</font></em></font>”という未だ謎の民族が押し寄せてきます。<br><br>彼らは、あの世界で唯一鉄器を用いていたヒッタイトを滅ぼし、<br><br>さらにはエジプトを崩壊寸前まで追い込むなど、<br><br>東地中海一帯の4王国による秩序を全て破壊していきます。<br><br>どこから来たのか、はたまた何語を話していたのか、なぜ鉄器文明に打ち勝てたのか、あらゆることが謎に包まれています。<br><br>しかもその後定住し、新たな文明を築いてもいません。<br><br>本当に謎なのです！笑<br><br>ただし、この民族群がヒッタイトを滅ぼしたことでヒッタイトの独占する製鉄技術が世界各地に流れていき、<font size="3"><em><font color="#FFFF00">青銅器文明から鉄器文明へ</font></em></font>と移行していくことになります！<br><br><br><br>まずエジプトにおいては<font size="3"><em><font color="#FFFF00">クシュ人</font></em></font>が世界初の黒人王国を打ち立てます。<br><br>そしてメソポタミアでは<font size="3"><em><font color="#FFFF00">アッシリア王国</font></em></font>が<font size="3"><em><font color="#FFFF00">ニネヴェ</font></em></font>を首都にミタンニ王国の地で誕生します。<br><br>アッシリアはかつての王国と比べて目覚ましい勢いで膨張し、<font size="3"><em><font color="#FFFF00">アッシュール・バニパル</font></em></font>によって<br><br>メソポタミアに加えてエジプトを含むオリエントの完全統一を果たします。<br><br><br><br>なぜアッシリアがここまで急激に巨大化していったかには幾つかの理由があります。<br><br>まず第一に、独特な統治方法を用いたということです。<br><br>その統治方法とは<font size="3"><em><font color="“#FFFF00&quot;">駅伝制</font></em></font>です。<br><br>”駅伝”という言葉を聞いて皆さん何をまず想像します？<br><br>箱根駅伝なんて有名なものもありますね。<br><br>要はあの駅伝の仕組みを使って、情報・食料等を運んでしまおうっていう仕組みです。<br><br>考えてみてください。<br><br>1人で100km走るのと、1人５kmを20人で走って合計100km走るのではどちらが時間と労力がかからないと思いますか？<br><br>圧倒的に後者ですね笑<br><br>それに食料が早く行き届けば飢えも減って国力の増大に繋がるし、<br><br>情報が早く行き届けば戦争において奇襲の報が早く行き届いたりと対処がかなりできますよね。<br><br><br>そして第二に広大な領域を州に分けて、各州に政府の息の掛かった総督を派遣したということが挙げられます。<br><br>これと駅伝制を合わせることで、地方への君主からの指示が素早く行き渡り、中央集権体制を円滑に進めることに成功しました。<br><br><br>しかし、アッシリアには一つ問題点がありました。<br><br>それはこれが初めてのオリエントという広大な地域を統一した帝国だったということです。<br><br>当然広大な地域を統一するということは、社会のマイノリティからの反発を受け得ます。<br><br>彼らアッシリア帝国はその反発を鎮める、もしくは最初からさせないように、重税と圧政を敷きました。<br><br>しかしこれが大きなミスとなり、各民族からの反発を受け短命にして滅亡することとなります。<br><br><br><br>そしてオリエント世界は分裂の時代を迎えることとなります。<br><br>この時代を<font size="3"><em><font color="“#FFFF00”">４王国分立時代</font></em></font>言います。<br><br>その名の通りオリエントに4つの大国が台頭していた時代のことを言います。<br><br>位置のイメージとして、<br><br>ヒッタイト　　　　　→<em><font size="3"><font color="#FFFF00">リディア</font></font></em><br>ミタンニ　　　　　　→<font size="3"><font color="#FFFF00"><em>メディア</em></font></font><br>バビロン第三王朝　　→<em><font color="#FFFF00"><font size="3">新バビロニア</font></font></em><br>エジプト新王国　　　→<em><font color="#FFFF00"><font size="3">エジプト</font></font></em><br><br>といった具合になります。<br><br>各国の説明をしていきますw<br><br><br>まずリディアは世界で初の<font size="3"><em><font color="#FFFF00">鋳造貨幣</font></em></font>を作った国となります。<br><br>ヒッタイトは世界で初めて製鉄技術を有した国でしたよね？<br><br>ここからアナトリア高原（トルコ）は古代を通じて金属産業の優れた地域だったこと伺えますね。<br><br><br>次はメディアです。<br><br>メディアは新バビロニアと手を結んでアッシリアを滅ぼした国として知られています。<br><br>とりあえずメディアについてはこれだけ知っていればいいと思います笑<br><br><br>次は新バビロニアです。<br><br><font size="3"><em><font color="#FFFF00">ネブカドネザル2世</font></em></font>の頃、<font size="3"><em><font color="#FFFF00">ヘブライ人</font></em></font>の国である<em><font color="#FFFF00"><font size="3">ユダ王国</font></font></em>を滅ぼしてバビロニアの地に束縛するバビロン捕囚を行います。<br><br>これはまた後ほど説明するので今回はパスで！←<br><br><br>最後にエジプトです。<br><br>まぁこれは特に何もございません！...<br><br>とにかくあったんだなーくらいでいきましょう笑<br><br><br><br><br><br><br>そんなこんなで4王国に分立したオリエント世界ですが、やがてある地域から力をつけた王朝が誕生し、ペルシア帝国を作り上げます。<br><br>ですがこれは今までとは質が違うので今回はパスしていきたいと思います。<br><br>冒頭で言った通り、一旦ここで古代オリエントは中断です。<br><br>次回からは古代ヨーロッパ世界に突入します。<br><br>古代世界はこんなことがありますーみたいな感じでちょっと刺激が足りないかもしれませんが、<br><br>古代を乗り切ればだんだんと面白くなってくるはずです！<br><br>まぁ古代も詳しくやれば面白いのですが…笑←<br><br>とにかく分野別には古代の1/3が終わりです！<br><br>残りの2/3頑張っていきましょう！！<br><br>ではっっっっっっっっっε=ε=ε=ε=ε=ε=┌(￣◇￣)┘<br><br><br><br>by ぱんだ氏<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/panda-130/entry-12142660868.html</link>
<pubDate>Thu, 24 Mar 2016 16:36:14 +0900</pubDate>
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<title>Episode2 エジプト文明〜ファラオの築く物語〜</title>
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<![CDATA[ どうも～、ぱんだ氏です。<br><br>先日予告した通り、今回はエジプト文明についてお話ししたいと思います。<br><br><br><br><br>皆さんは古代エジプトと言ったら何を思い浮かべますか？<br><br>ピラミッド、スフィンクス、ナイル川…etc<br><br>結構思い浮かぶと思いますw<br><br>他にもエジプトと言ったらピラミッドの周りの地形から砂漠をイメージする人もいるかもしれません。<br><br>しかし、実はエジプトには割と緑があることをご存知ですか？<br><br>そんなこんなで歴史を通してかなり発展している場所であります。<br><br>そんなエジプト文明ですが簡単に分類して古王国時代・中王国時代・新王国時代と３つに分類されます。<br><br><br><br><br>エジプトではメソポタミアよりも早い時期から文明が開花し始めました。<br><br>初期、人々はナイル川付近に定住を始め、<br><br>用水路の代わりに川の氾濫を使って農地に水を汲む<font size="3"><em><font color="#FFFF00">灌漑農業</font></em></font>を考え出したのです。<br><br>想像以上に頭いいですね笑<br><br>こうして人口も増加し、地域的な政治的共同体<font size="3"><em><font color="#FFFF00">”県（ノモス）”</font></em></font>ができ始めます。<br><br>そしてノモスごとの闘争と政治的融合が進み、都市メンフィスを境に上エジプトと下エジプトの２つの地域に分かれます。<br><br>そんな中で上エジプトで<font size="3"><em><font color="#FFFF00">メネス</font></em></font>という強い指導者が現れました。<br><br>彼は紀元前3000年ごろに上下エジプトの統一を果たし、<br><br>エジプトにおける統一された領域国家を築くことに成功。<br><br>上下エジプトの友好を願って、その中間に位置する<font size="3"><em><font color="#FFFF00">メンフィス</font></em></font>を首都に決めます。<br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160324/13/panda-130/b8/18/p/o0800163313600615097.png"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160324/13/panda-130/b8/18/p/t02200449_0800163313600615097.png" alt="古代エジプト" border="0"></a><br>※wikipediaより<br><br>ちなみに上の星がついているところです。<br><br><br>メソポタミアで統一的な領域国家の始めがアッカド帝国でしたねw<br><br>あれは紀元前2300頃なので、約700年も前にエジプトでは領域国家ができていることを考えると<br><br>エジプトがいかに当時の先進国だったかわかりますね∑(ﾟДﾟ)<br><br><br><br>こうしてエジプト古王国が始まります。<br><br>メネスは自らを生ける神（<font size="3"><em><font color="#FFFF00">ファラオ</font></em></font>）として政治を始めました。<br><br>それもあってエジプト文明ではファラオという概念が続いていくこととなります。<br><br><br><br>古王国のすごいところは以上のことだけではありません。<br><br>おそらく世界中でも群を抜いて早くから公共事業なるものが行われていたのです。<br><br>何だと思いますか？笑<br><br>それはピラミッド建設です！<br><br>ピラミッド建設を国家プロジェクトとして大規模に行い、民衆に仕事を与えて富の分配をしようとしたのです！<br><br>有名なギザの３大ピラミッドもこの時建てられました。<br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160324/13/panda-130/82/01/j/o0500033213600615095.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160324/13/panda-130/82/01/j/t02200146_0500033213600615095.jpg" alt="ギザの三大ピラミッド" width="220" height="146" border="0"></a><br>※wikipediaより<br><br><br>しかし賢すぎる古王国ですが、公共事業に国力を使いすぎてしまい、800年の歴史が衰退の道を辿っていきます。<br><br>そんな国に首都から遠く離れた地域では徐々に不満が溜まっていくことは当然です。<br><br>もともとメンフィスはナイル川下流に位置していたため、そこから遠い上流の地域で多くの反乱が起きるようになりました。<br><br>政府の力が行き届かなくなり、再び上エジプトと下エジプトに分裂する第一中間期を迎えます。<br><br>古代エジプトでは珍しい混乱期に突入していきます。<br><br><br><br>そんな中、上エジプトにあるテーベという都市が力を持ち始めます。<br><br>テーベの指導者<font size="3"><em><font color="#FFFF00">メンテュヘテプ２世</font></em></font>に率いられた上エジプトは、<br><br>下エジプトを征服し、再び上下エジフトの統一を果たし、首都を<font size="3"><em><font color="#FFFF00">テーベ</font></em></font>に定めます。<br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160324/13/panda-130/b8/18/p/o0800163313600615097.png"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160324/13/panda-130/b8/18/p/t02200449_0800163313600615097.png" alt="古代エジプト" border="0"></a><br>※wikipediaより<br><br>ちなみに下の星のところです。<br><br>これにより、エジプト中王国が始まります。<br><br>中王国はエジプト古典文学・美術が形成された時代でもあります。<br><br>それもそのはず。<br><br>戦乱を通じて様々な考えを知ったり、各地の優れた文化・新しい文化に触れる機会が多くなったのですから<br><br>感化され、文学・美術に反映されていくのは当然ですものね笑<br><br><br><br>しかしそんな中王国ですが、古王国ほど長く続かず300年ほどで終止符を打ちます。<br><br>B.C.1000年期は各地で遊牧民族が侵入を始め、多くの秩序を破壊していったのです。<br><br>次回お話しするメソポタミアでも同じことですが、<br><br>エジプトは当時周辺地域に比べて繁栄し多くの富を蓄えていました。<br><br>生活が不安定な多くの遊牧民族はそこに目をつけたのです。<br><br>先進地域に攻め込み、そこに定住し、安定した生活を送る。<br><br>エジプトにはその目的で、<font size="3"><em><font color="#FFFF00">ヒクソス</font></em></font>という遊牧民族の集団が侵入してきました。<br><br>遊牧民族だったヒクソスは戦車を用いており、農耕民族のエジプト人が勝てるわけがありません。<br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160322/17/panda-130/b7/32/j/o0400020413599055242.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160322/17/panda-130/b7/32/j/t02200112_0400020413599055242.jpg" alt="戦車" border="0"></a><br>※wikipediaより<br><br>これが当時の戦車です。バリバリの機械を想像した方すみませんm(_ _)m←んな人いるかい！<br><br><br>そんなわけでたちまち下エジプトはヒクソスの手に移ってしまいました。<br><br>これにて第二中間期が始まります。<br><br>この第二中間期は約200年ほど続くこととなります。<br><br>しかし上エジプトsideも黙ってはいません。<br><br>中間期後半にテーベを中心とする上エジプトの王侯たちが力を合わせて対ヒクソス戦争を展開します。<br><br>これによりヒクソス政権が次々に崩壊し、エジプト人によって再びエジプトが統一されることになります。<br><br><br><br><br>こうして再びテーベを首都に始まったエジプト新王国ですが、<br><br>３つの古代エジプト区分の中でとりわけ目覚ましい発展を見せます。<br><br>この時代で覚えていただきたい君主は４人います。<br><br>年代順にその人が行った功績を見ていきましょう。<br><br><br>まずは<font size="3"><em><font color="#FFFF00">トトメス３世</font></em></font>が有名ですね。<br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160324/12/panda-130/9c/43/j/o0440066013600613869.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160324/12/panda-130/9c/43/j/t02200330_0440066013600613869.jpg" alt="トトメス3世" width="220" height="330" border="0"></a><br>※wikipediaより<br><br>父トトメス２世が彼の幼い内に亡くなってしまったため、彼の継母が政治の実権を握っていました。<br><br>そのためトトメス３世自身が政治に参加することができず、主に軍隊で人生の大半を過ごすします。<br><br>この経験から継母が退位した後、凄まじい軍才を発揮していくことになります。<br><br>特に有名なのが<font size="3"><em><font color="#FFFF00">メギドの戦い</font></em></font>でしょう。<br><br>彼はこの戦いに勝利し、エジプト史上最大の帝国を築き上げます。<br><br>その功績から「<font size="3"><em><font color="#FFFF00">エジプトのナポレオン</font></em></font>」と称されるほどです∑(ﾟДﾟ)<br><br>そんな彼の作った帝国はさらにシリアの方へ向かって膨張を試みることとなります。<br><br><br><br>しかし徐々に対外的な戦争が少なくなってきます。<br><br>その理由に神官階級の強大化があります。内政に支障をきたし始めたのです。<br><br>古代エジプトは多神教でした。<br><br>数多くいる神の中にファラオが居て、その頂点には太陽神ラーがいます。<br><br>そしてエジプトが新王国に突入し、首都テーベが類い稀なる繁栄を見せると<br><br>同時にテーベの守護神であるアモン神の権威も上がっていきました。<br><br>次第に守護神アモンの権威が膨れ上がりすぎて太陽神ラーと同一視するアモン＝ラーの信仰が広がっていきます。<br><br>そうするとテーベの神官は王よりも権威のある神を祀り崇めているわけですから、<br><br>王の、神官にとっては都合の悪い決定に対して、<br><br>「いえ、アモン神は反対しております。」と言ってしまえば王はその決定を破棄せざるをえなくなってきたのです。<br><br><br>この問題に対して<font size="3"><em><font color="#FFFF00">アメンホテプ４世</font></em></font>というファラオが立ち上がります。<br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160324/12/panda-130/74/9c/j/o0364060513600613870.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160324/12/panda-130/74/9c/j/t02200366_0364060513600613870.jpg" alt="アメンホテプ4世" width="220" height="365" border="0"></a><br>※wikipediaより<br><br>まずアモン＝ラー信仰を弱体化させるため、宗教を多神教から一神教に変えました。<br><br>唯一神の名前は<font size="3"><em><font color="#FFFF00">アトン</font></em></font>といい<br>、王はファラオではなく<font size="3"><em><font color="#FFFF00">イクナートン</font></em></font>としました。<br><br>イクナートンとは細かくするとイクン/アトンでアトン神を喜ばすものという意味です。<br><br>つまり従来の「王＝神」ではなく「王＝アトンの意思を実行するもの」という形に政治を変えたのです。<br><br>さらにアメンホテプ４世はアモン＝ラー信仰の根づいたテーベでは政治がやり辛いため、<br><br><font size="3"><font color="#FFFF00"><em>テル＝エル＝アマルナ</em></font></font>という地に遷都します。<br><br>この大胆で前代未聞な改革に心を打たれた民衆が感化され、<font size="3"><em><font color="#FFFF00">アマルナ美術</font></em></font>を作り出すほど影響力がありました。<br><br><br>こうして上手いこと問題に対処できたかのように思えてアメンホテプ４世ですが、<br><br>いきなりの政治改革に民衆は不満を持ち、国に対して多くの反発が起き始めました。<br><br>彼の退位後、皆さんご存知、息子の<font size="3"><em><font color="#FFFF00">ツタンカーメン</font></em></font>が<br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160324/13/panda-130/3f/52/j/o0440062013600615096.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160324/13/panda-130/3f/52/j/t02200310_0440062013600615096.jpg" alt="ツタンカーメン" width="220" height="310" border="0"></a><br>※wikipediaより<br><br>国を崩壊させかねない反発を鎮めるため、仕方なく従来の神権政治に戻し、首都もテーベに戻します。<br><br>そうこうしてなんとか危機を切り抜いて新王国は再び繁栄を見せます。<br><br><br><br>こうして流れの中で、<font size="3"><em><font color="#FFFF00">ラムセス２世</font></em></font>というファラオが出てきます。<br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160324/12/panda-130/19/8c/j/o0400047713600613868.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160324/12/panda-130/19/8c/j/t02200262_0400047713600613868.jpg" alt="ラムセス2世" border="0"></a><br>※wikipediaより<br><br>彼も優れた軍師だったことが知られています。<br><br>そして再びシリアを目指して膨張を開始します。<br><br>しかし当時、現在のトルコにあった<font size="3"><em><font color="#FFFF00">ヒッタイト</font></em></font>（次回説明します汗）もエジプト同様にシリアを目指していました。<br><br>なぜシリアか疑問を持っている人も多いでしょう笑<br><br>理由は簡単です。<br><br>当時のシリア北部にはアムルという国がありました。<br><br>彼らはあのウル第三王朝の後継者を名乗っていたとありますし、それなりに栄えていた地域だったのでしょうw<br><br>こうして２つの国が同じ地域を争っていたら衝突するのは当然です。<br><br>こうして両国の間で<font size="3"><em><font color="#FFFF00">カデシュの戦い</font></em></font>が勃発しました。<br><br>「天才軍師ラムセス２世率いるエジプト」と「<font size="3"><em><font color="#FFFF00">ムワタリ２世</font></em></font>率いるヒッタイト」のガチンコ対決です。<br><br>天才軍師に加え、エジプトは過去の経験からヒクソスを真似た戦車を所有していました。<br><br>こう見ると一見エジプトの有利に見えますねw<br><br>しかしヒッタイトも元は遊牧民族が作った国家です。戦車は所有していました。<br><br>さらにはヒッタイトは世界で初めて鉄器を使い、その技術を独占したと言われています。<br><br>ってことはヒッタイトの方が優勢に思えてきてしまうという不思議。。<br><br>そんな中ラムセス２世は負けることなく、両者は和解し、<br><br>現存する中で世界最古の条約である<font size="3"><em><font color="#FFFF00">カデシュ条約</font></em></font>を締結することになるのです。<br><br><br><br>しかし繁栄の後には必ず衰退があります。<br><br>そんな繁栄を見せた新王国も「<font size="3"><em><font color="#FFFF00">海の民</font></em></font>」の侵攻で弱体化し、<font size="3"><em><font color="#FFFF00">クシュ人</font></em></font>によって滅ぼされてしまいます。。<br><br><br><br><br>ところで皆さん、話は変わりますがONE PIECEという漫画を読んだことはありますでしょうか？<br><br>あの漫画のアラバスタという国、あそこのモデルはエジプトだそうですよw<br><br>守護獣も見事に一致してますね。<br><br>他にも王家であるネフェルタリ家。<br><br>この名前、ちょうどラムセス2世の奥さんと同じなのです！<br><br>ちなみにラムセス2世の奥さんの曾おばあちゃんの姉妹に当たる人が、アメンホテプ４世の奥さんだそうですよ。<br><br>作者の尾田栄一郎さんも大の歴史好きだそうですし、この漫画意外と歴史的な共通点が見えますよ。<br><br>歴史を知ってるといろいろなことが違った角度から見れて面白くないですか？笑<br><br><br>今日のお話はここまで！<br><br>次回は古代オリエント～メソポタミアとエジプトの融合～です！<br><br>それでは( ´ ▽ ` )ﾉ<br><br><br><em>By ぱんだ氏</em><br><br>
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<pubDate>Thu, 24 Mar 2016 12:41:17 +0900</pubDate>
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<title>Episode1 メソポタミア文明〜シュメール人とアッカド人〜</title>
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<![CDATA[ どうも～、ぱんだ氏でございます。<br><br><br><br><br>いきなりですが皆さん。メソポタミア文明とは何かご存知ですか？笑<br><br>そうですね、四大文明（他：黄河文明、インダス文明、エジプト文明）のうちの一つですねw<br><br>おそらく皆さんも小学校・または中学校で習ったので名前くらい聞いたことあるのではないでしょうか？<br><br>ティグリス・ユーフラテス川といった二つの川に囲まれた地域で、当時は土地が非常に肥えており、<br><br>その一帯は「<font size="3"><em><font color="#FFFF00">肥沃な三日月地帯</font></em></font>」とも呼ばれています。<br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160322/13/panda-130/fd/af/p/o0600073713598895175.png"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160322/13/panda-130/fd/af/p/t02200270_0600073713598895175.png" alt="肥沃な三日月地帯" width="219" height="270" border="0"></a><br>※wikipwdiaより<br><br>ちなみにメソポタミアという言葉は分解すると、メソ/ポタム/イアとなります。<br><br>メソはメソソプラノのメソで英語で言うbetween<br><br>ポタムはヒポポタマスのポタムで英語で言うriver<br><br>イアとは「～の土地」という意味の接尾語です。<br><br>つまりthe region between rivers（川に挟まれた土地）という意味になります。<br><br>そのままですね笑<br><br><br><br><br><br><br>そんなメソポタミア文明ですが、起源はおよそ紀元前3500頃まで遡ります。<br><br>なるほど、5500年前ですか、割と最近じゃないかw←<br><br><br>実のところもっと前の紀元前5000年頃から1000年かけてウバイド人という民族がこの基板を作るのです<br><br>が…<br><br>今回はこれを端折らせていただきます！<br><br><br>というのも、この後に登場する<font size="3"><em><font color="#FFFF00">シュメール人</font></em></font>という突如現れた謎に包まれている民族が<br><br>意味不明なくらいズバ抜けて高いレベルの文明を築いたからです。<br><br>そうですね、例えば<font size="3"><em><font color="#FFFF00">太陰暦</font></em></font>を作ったり、一週間が7日と決めたりなど、<br><br>今日でも使われる暦を作り出すほど優れた天文学をすでに持っていたことで知られています。<br><br>それに加え、彼らは<font size="3"><em><font color="#FFFF00">60進法</font></em></font>という独自の概念を扱っていました。<br><br>何かピンときませんか？<br><br>暦の他に秒や分などの、とにかく現代社会の時間という概念の根本的な部分を創った民族なのです。<br><br>こういったオーパーツ的な経緯から、一部のオカルトマニアからは<br><br>実は火星人なのではないか。。。と囁かれております笑<br><br><br><br>ちょっとここから真面目な話に。。m(_ _)m<br><br>そんな彼らはB.C.3800年ごろから定住を始め、<br><br><font size="3"><em><font color="#FFFF00">バビロニア</font></em></font>（現Kuwait）南部に都市国家を築き始めます。<br><br>都市国家とは一つの街が一つの国として機能した共同体のことで、<br><br>よくあるRPGのフィールド上にぽつんとある街が<br><br>国のようになっていると思っていただけるとわかりやすいと思います。<br><br>彼らの作った都市国家の中で<font size="3"><em><font color="#FFFF00">ウル・ウルク・ラガシュ</font></em></font>の３つが有名ですね。<br><br>いきなりですが、聖書に登場するバベルの塔ってご存知ですか？<br><br>あのモデルとなった<font size="3"><em><font color="#FFFF00">ジッグラト</font></em></font>というレンガ造りの聖塔を造ったのもこの頃です。<br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160322/12/panda-130/d5/0a/j/o0800034913598859939.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160322/12/panda-130/d5/0a/j/t02200096_0800034913598859939.jpg" alt="ジッグラト" width="220" height="95" border="0"></a><br>※wikipediaより<br><br>彼らは<font size="3"><em><font color="#FFFF00">神権政治</font></em></font>という政治形態をとっていました。<br><br>これは古代社会によく見られるものですが、宗教を拠り所とする政治形態と思っていただければいいでしょう。<br><br>農耕が始まった頃、川の氾濫期や種植え収穫の時期を知ることが何よりも重要でした。<br><br>しかしあくまでも自然現象、簡単に未来を知る術はありません。<br><br>だから天文学が発展し、神秘的な天体を扱う統率者が超常的な力を持つと考えられました。<br><br>そんなこんなで神権政治を行っていたわけです。<br><br><br><br>しかし繁榮もつかの間、バビロニア北部に定住していた<font size="3"><em><font color="#FFFF00">アッカド人</font></em></font>が強大化し始め<br><br>シュメール人の都市国家を圧迫し始めたのです。<br><br>ここからバビロニアにて旧勢力シュメールVS新勢力アッカドの抗争が始まります。<br><br>そんな時にアッカド人の中で<font size="3"><em><font color="#FFFF00">サルゴン１世</font></em></font>という優れた指導者が現れ、<br><br>アッカド人の都市国家を統率し、初めて領域国家を築き上げます。<br><br>このアッカド帝国は抗争に勝利し、着実に版図を広げ、<br><br>３代目の<font size="3"><em><font color="#FFFF00">ナラム・シン</font></em></font>の頃には<font size="3"><em><font color="#FFFF00">四方世界の王</font></em></font>と呼ばれるくらいの繁栄を見せました。<br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160322/12/panda-130/c8/e4/p/o0800047113598859938.png"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160322/12/panda-130/c8/e4/p/t02200130_0800047113598859938.png" alt="アッカド帝国版図" width="220" height="129" border="0"></a><br>※wikipediaより<br><br>丁度この緑の部分一帯ですね。<br><br>そして、ナラム・シンの頃から神権政治が更に強化され、<br><br>王侯＝神と対話するもの、から、王侯＝神自身、になります。<br><br><br><br>しかしシュメール人もただでは終わりません。<br><br>異民族を多く内包するようになったアッガド帝国は反乱に悩まされ、やがて滅んでしまいます。<br><br>そこでシュメール人はウルの地で<font size="3"><em><font color="#FFFF00">ウル第3王朝</font></em></font>を開くのです。<br><br>建国者<font size="3"><em><font color="#FFFF00">ウル・ナンム</font></em></font>は自らの名前をとった世界最古の法律<br><br><font size="3"><em><font color="#FFFF00">ウル・ナンム法典</font></em></font>を作ったりもしました。<br><br>アッカド帝国同様膨張を始め、やがて異民族に滅ぼされてしまうのですが。。<br><br>まぁ所詮歴史は同じことの繰り返しです←<br><br>だって人間ですもの笑<br><br><br><br><br><br>そんなこんなでこのメソポタミアの地に再び転換点が訪れます。<br><br>突然ですが今日はここまで！<br><br>次回は四大文明のもう一つ、エジプト文明についてお伝えしようと思います。<br><br><br><em>By ぱんだ氏</em><br><br><br>
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<pubDate>Tue, 22 Mar 2016 14:01:53 +0900</pubDate>
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<title>皆さんへ</title>
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<![CDATA[ <br>皆さん、こんにちは。<br><br>いや、おはようございます？こんばんは？でしょうか笑<br><br><br><br><br>最近、ISの信者によるパリでのテロの首謀者と見られる方が捕まりましたね。<br><br>テロや紛争となど、何かと物騒な今日の世界情勢ではございますが、<br><br>様々なことが過去に起きた歴史と複雑に絡み合って起こっているものなのです。<br><br><br><br><br>私、ぱんだ氏はこのブログを通して、これから過去5000年間に起こった歴史を<br><br>少し面白く、少しユーモアを交えながら、多少わかりやすく皆さんに向けて解説していこうと思いますw<br><br><br><br><br>高校の教科書レベルのものを中心にお伝えしようと思うので<br><br>「定期テストだ！ヤバイ！！汗」<br><br>「今年で受験だ。。でも世界史嫌い泣」<br><br>という高校生や、<br><br>また、一部高校レベルを超えた話もお送りしようと思うので<br><br>「ちょっと暇な時間に歴史でも勉強してみようかな。」<br><br>「歴史に興味はあるけど、そんなに重い本は読みたくない！」<br><br>という社会人など、<br><br>とにかく幅広く読んでいただけると、そして活用していただけると幸いですw<br><br>質問がある方はコメント欄に書いていただければ、定期的にAnsを書きたいと思うので<br><br>どしどしお願いしますw<br><br><br><br>気が向いたら更新するつもりなので←いい加減っっw<br><br>どうぞよろしくお願いいたします！！！<br><br><br><br><br><em>By ぱんだ氏</em>
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<link>https://ameblo.jp/panda-130/entry-12141716889.html</link>
<pubDate>Mon, 21 Mar 2016 22:26:25 +0900</pubDate>
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