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<title>俺は日本人だ</title>
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<description>昭和に生まれ、激動の日本で育ち、国際社会に憧れ、今、ここオーストラリアで生きています。日本人として生まれたこと、誇りに思ってます。</description>
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<title>UFO（未確認飛行物体）見たし。</title>
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<![CDATA[ <p>タイトル変なんだけど、俺の人生で、正直死ぬまでに解決したい、と、言うか、それが何かを知らないまま死ぬのは絶対嫌だというのがある。</p><p>それは、古代文明（ピラミッド建造の謎など）と、UFOだ。</p><p>&nbsp;</p><p>あのね、ほら、テレビなんかでUFOスペシャルとか、ユーチューブなんかでもリアルUFOとかなんとか色々あるでしょ、俺は別にそれがどうとか、研究家がこう言ってるとか、そんなことどうでもいいんだよ。</p><p>見てて面白いし、参考にするけど、やっぱなんか中途半端で胡散臭い。</p><p>&nbsp;</p><p>俺は、確認のためにそう言う情報を貪った時はあるけど。</p><p>あくまでも、真実が知りたいから。</p><p>&nbsp;</p><p>何を言ってるかと言うとね、俺、はっきりと目の前で見たから。体験してるから。</p><p>だれが、信じるとか、信じないかとかはどうでもいい。</p><p>本当に遭遇すると、不思議と恐怖もないし、驚きもない。</p><p>むしろ、はあ？何あれ？どうなってんだ？</p><p>これだけ。</p><p>幾人かには話したことがあるけど、それがどうと言うことは俺の中にはない。</p><p>ただ、初めて手にした物体をナンジャこりゃ？って思う感覚わかるよね。</p><p>人生においてだいたいあとで、なーんだそうだったのかと解決する、全てのことがね。</p><p>&nbsp;</p><p>だけど、だれも教えてくれないし、答えてくれない。</p><p>あれが一体何だったのか。いまだに解決できてない。</p><p>&nbsp;</p><p>大学４年生春、大学の心理学の講義だったっけ、講堂で授業があったんだけど、１限目の講義に間に合わなかったから、その建物の屋上に上がって、時間を潰すことにした。</p><p>朝何時だったっけ？９時から１０時頃かな、快晴で青空だった。</p><p>何気に建物の裏の斜め上空に、風船？飛行船？なんかが浮かんでいた。</p><p>結構大きくはっきり見えてて、大きさを表現すると、俺の小指ぐらいかな、うーん正確に大きさを表現するのは難しいが、物体としてそれをはっきり捉えるには十分な大きさだった。</p><p>&nbsp;</p><p>その物体は、飛行船でもなく、風船でもなく、誰かが操作している気球のラジコンのようなものでもない。それだけははっきりわかった。</p><p>少し離れた向こうには、マンションが見える、きっとそこで洗濯物を干してるお母さんなんかも見てるんじゃないかと思った。</p><p>これだけはっきりしてるんだから、絶対たくさんの人が見てると言う確信のようなものもあった。</p><p>&nbsp;</p><p>その物体は、青空にピタッと止まっていた、いや、よく見るとゆっくりと横に回っているようだった。なぜなら、その物体は黒だと思っていたが、時折太陽の光を反射して、ピカッと光っていたから、黒色になったり、銀色っぽくなったり変化していたからだ。</p><p>&nbsp;</p><p>あれ？回ってるなあ。なんじゃあれ、なんじゃあれ、</p><p>時間にしてどうだろう、何じゃあれ何じゃあれといいながら、手を振って、ちょっと冗談ぽく、レーザービームで狙ってきたらどうしようと思いながら少しドキドキしていたぐらいだから、結構な時間そこに止まっていたと思う。</p><p>&nbsp;</p><p>それまでは、ま、何かの見間違いだろうと疑っていたが、次の瞬間に確信となった。</p><p>なんと、ヘリコプターが近づいてきたのだ。</p><p>バラバラバラバラ、と左の方からどっかの放送局のような感じのデザインだったから、これは、もしかすると？ってすごい興奮した。</p><p>&nbsp;</p><p>すると、なんと、そのUFOが右に、真横にゆっくり動き始めたのだ。</p><p>あ、逃げる！！そう思いながら、屋上の端まで身を乗り出して、その行方を追うと、八事霊園上空から、何キロも先にある東山植物園の塔のほうまでゆっくりと動いていった。</p><p>その塔の手前までいくと、まっすぐに上昇していった。</p><p>その動きは、人間がコントロールできるものではないことがわかった。</p><p>&nbsp;</p><p>よく、テレビなんかでは、猛スピードで動くUFOをカメラが捉えたなんて、騒いでるけど、俺なんか冷静なもんだ。</p><p>ジーッとゆっくり観察できたんだもん。</p><p>&nbsp;</p><p>その日、ニュースや、新聞で大騒ぎになるんだろうと思ってたけど、全くそんな様子はなく、空振りだった。すごく残念だったのを覚えている。</p><p>俺は、昔からUFOとか好きだったけど、見たいなとか思って、飛行機のライトとかを勘違いして、ガックリしたり、空を見上げてたりしたけどね。今回は嬉しいと言うよりは、少しがっかりしてしまった。だって、見ちゃったから、現実だから、もう知りたくてしょうがなくなってしまったから。</p><p>&nbsp;</p><p>ちなみに、俺がオーストラリアに来てからも見てしまった。空港の寿司屋で働いていた時、バスで向かう途中、窓の外を見上げると、なんか白いピン球みたいな、ウミガメの卵みたいなものが、バスと平行に飛んでるのが見えた、これはかなり遠くだったが、白くてまんまるだったから誰かが飛ばした風船？っておもったけど、これも横にずっと移動しいるようだった。</p><p>&nbsp;</p><p>まさか？と思いながらも、バスに乗ってる間ずっと目を離さなかった。そして空港に着いた。</p><p>バスを降りる手前で目を離してしまったが。上空を探してみると、雲の間に隠れるように、止まっていた。風船と違うのは、しっかり静止していてずっと動かなかったからだ。</p><p>俺は、そこにいる空港警備員に、おい、あれ見て、あれ、白いの、UFOだぜ！！ってわざわざ教えてやった。彼の反応は冷めたものだったが。</p><p>&nbsp;</p><p>もしあの時それぞれ、今のようにスマホがあれば、大スクープだったに違いない。そして、研究家や、俺のように目撃した人と確認し合えたのに。</p><p>だけど今の俺は、むしろどこかホッとしている。</p><p>何か俺たちの科学を超越したものが、明らかに存在してると言うことが証明されたからだ。</p><p>&nbsp;</p><p>あれいらい、貪るように調べたりしたが、俺のような実例を語る人が誰もいないから、いつか誰かが真実を掴んで、語ってくれるのを熱望している。</p><p>&nbsp;</p><p>だって、本当に見たんだもん。</p><p>その事実は、俺の事実だから、たとえ誰かに認められなくても、俺は確信して言える。</p><p>UFOはそこにいます。</p><p>&nbsp;</p><p>もし、俺とおんなじ思いしている人がいたら、あなただけじゃないからね、俺も見たから。</p><p>誰にもわかってもらえないと思うけど、俺はあなたを信じます。</p><p>安心してね。</p><p>&nbsp;</p><p>仮に、それが超常現象だとしても、答えとしてでたなら、どんな形にせよ、明らかにしてほしいです。</p><p>&nbsp;</p><p>俺って、選ばれた人間なのかなあ？なんて。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/paparobot/entry-12701074910.html</link>
<pubDate>Thu, 30 Sep 2021 16:31:24 +0900</pubDate>
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<title>人生の周期</title>
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<![CDATA[ <p>お疲れ様でした。</p><p>お父さん（ママも）頑張ってるね。自分にちゃんとご褒美あげてますか？</p><p>そして、サラリーマンの方々、ストレス解消ちゃんとしてますか？</p><p>世の中色々あるけど、やっぱ楽しいことがあれば乗り越えられるから、お互いに気楽にいきましょうよ。</p><p>&nbsp;</p><p>昨日、朝起きた時、ふと自分の人生を思い起こした時、そうだね、1人の人間として自己が確立し始めた、１５歳頃から、なぜか、１０年周期でターニングポイントを迎えてきたような気がしたんだよね。</p><p>&nbsp;</p><p>このブログも、色々書いてきたけど、その１５歳の頃からの俺の生き方っていうか、大したもんじゃないけど、もがき方と行った方が例えやすいかな。</p><p>書き並べて見るとね、まず、</p><p>&nbsp;</p><p>１５歳から２５歳</p><p>自分探し。自分がなんであるか、何をしたいのか模索しながらも、好奇心にあふれ、進学、アルバイト、語学留学、スキーに、アウトドアにはまり、登山したり、ウィンドサーフィンしたり、バイク乗ったり、喧嘩したり、俺は！！を主張したい時期だった。</p><p>そのまま、単純に海外で働きたいがために、海外拠点のある会社に入る。</p><p>&nbsp;</p><p>２５歳ぐらいから３５歳</p><p>所帯を持つ</p><p>ビジネスマンとなり、自分の能力をアピールするために、必死に努力し、海外に行くために、心身ともに会社に自分を捧げ、自分なりに目標を達成し、見切りをつける。</p><p>自分らしい生き方を求め、帰国、海外移住を決め、料理人として永住を目標にする。</p><p>&nbsp;</p><p>３５歳から４５歳</p><p>料理人修行。板前になってオーストラリアで永住、離婚、再婚、初めて自分らしい生き方ができるようになり、手に職を持つという、オリジナルの生活ができるようになる。永住権を取得し、本当の自由をやっと手に入れることができた。</p><p>しかし、人に使われる現実に疲れ果てていた。料理人をやめる。</p><p>&nbsp;</p><p>４５歳から５４歳現在</p><p>自分らしい仕事、生き方を求めて、人生初めてオフになる。振り返ると、やはり本当の自由は、自分のビジネスを持つことにあると結論に到達し、今まで、しなきゃいけないという考え方を、これをやってると楽しい、やりたいという発想に変える決意をして、あらゆるマストを除外した上で、真剣に自分自身のやりたいにフォーカスして、それに近い答えを導き出した。</p><p>&nbsp;</p><p>それが、すごくやりたい、好きと言うわけではないが、経験することで、自分らしく、ストレスなくできるという今の仕事、ビジネスをすることに至ったわけだ。</p><p>前々回ぐらいから、ビジネスを始めてからの苦労話をしているのだが、決して楽ばかりでもないのだが、少なくとも今までにない自由と、ストレスのなさを感じながら生活することができるようになったのは事実だ。</p><p>&nbsp;</p><p>話を元に戻すが、今現在の俺の１０年周期を冷静に考えると、今はビジネスを始めて、自由を手に入れ始めた時代なのである。</p><p>だからと言って、この先どうするとかまた考え始めると、不自然になるので、この現実に身を任せながら、自然に時が流れるのを待つことにする。</p><p>&nbsp;</p><p>欲を出せば、今こうしてブログを書いてみたり、ギターで歌ってみたり、そういった自分が心から楽しめることを仕事にして成功したい、と言う欲はある。</p><p>ただし、それは自分が計算して成就できるものではなく、自分が夢中になったものから自然に生まれてくるものだと思うので、当分は今やってて楽しいことを迷いなく楽しむようにしようと決心した。</p><p>&nbsp;</p><p>もしかしたら、このままこの現場の仕事を爺さんまでやることになるかもしれないけど、それでも自分の好きなことをやれてる妙な自信だけはある。</p><p>それは、それで、大成功しなくても、幸せな気がする。</p><p>&nbsp;</p><p>最近俺が思うことは、やっと、純粋に好きなことができるようになったなってこと。</p><p>昔は好きなことだけやってると、なんかどっか後ろめたいような、誰かを裏切ったりしてる気がしたものだ。楽しちゃいけないようなね。</p><p>&nbsp;</p><p>そういった自分が純粋に打ち込めるものを我慢してきたから、自分の人生を見失ってきたような気がしてならない。</p><p>２０代や３０代の頃の自分からしたら、今頃人生終わってると考えてたのに、むしろ今の方が人生楽しいと思うことになろうとは、考えもしなかった。皮肉なものだ。</p><p>いや、今だからこそ、見え始めてきたのかもしれない。</p><p>&nbsp;</p><p>長い人生一緒に楽しんでいきましょう！</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/paparobot/entry-12701035825.html</link>
<pubDate>Thu, 30 Sep 2021 12:16:05 +0900</pubDate>
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<title>白人社会でビジネスをはじめたら</title>
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<![CDATA[ <p>こんにちは、今日からまた仕事ですね。</p><p>俺はひとまず次の仕事までお客さんの都合で明後日からかな？</p><p>現場の仕事は、お客さん次第だけど、こっちの都合も合わせられるから助かる。</p><p>サラリーマン時代や、料理人時代の雇われの時からすると、毎日のルーティーンというものからいい意味で解放される。</p><p>それすなわち、平凡な日常から抜け出せるということだ。</p><p>&nbsp;</p><p>最後にサラリーマンだった日々、横浜の館内駅に、戸塚から通ったっけ。ブランドのスーツに、カバン、イタリア製の革靴、なりきってたねー、あの頃は。</p><p>ただの自己満だったな、今思えば。</p><p>人にカッコ良く見られたいような。</p><p>それはそれで楽しかったし、社会人としての自分の位置に酔っていたところはある。それも人生だよね。ただ、あの頃の同僚はみんなどうしてるんだろう。俺みたいに無茶苦茶な人生を歩んでるやつはほとんどいないだろうが。ちゃんと本当の自分の幸せを見つけて過ごしていてほしい。</p><p>&nbsp;</p><p>しかし、非凡な生活から抜け出るということは、自由なだけでなく、その自由は自分自身で守っていかなくてはならない。</p><p>ここ最近では、ユーチューバーとか、ネットビジネスとか成功者が続出しているが、そこにもやはり、非凡への展開、覚悟、自由の三拍子がなければ、成り立たない。</p><p>ホリエモンさんなんかでも、そこには彼の自由、平凡からの脱出、覚悟があってこその大成だと俺は感じる。</p><p>みんな、能力とか運とかを彼らに感じるかもしれないが、ダウンタウンさんとか、その他大勢のお笑い芸人さんにも、みんなそこに非凡な自由を感じるし、覚悟があって成功したんだなって、つくづく思う。</p><p>勉強できなくてどうしようもなくても、自分らしい生き方で、運を勝ち取ってきた。</p><p>はっきりって、ダウンタウンさんなんかは、世間でいう常識から外れていて、決して優等生ではない、学歴なんてのもない、だが、お笑いに特化している。</p><p>そんな生き方を貫けた彼らを俺は心から尊敬する。</p><p>お笑いの発明家だ。</p><p>&nbsp;</p><p>俺を含めほとんどの日本人は、安定した生活を先に考える。だから、子供の頃からちゃんと学校に行き、同じレールから外れないように意識を他に背けなかった、そんな大半の人たちが、平凡な生活を送っているような気がする。</p><p>そこから外れた、勇気のある人たちが、そして自分の自由を求めた人たちが、成功できてるように思う。</p><p>&nbsp;</p><p>ただし、成功しなくてはならないわけではないし、負け組だとも思わない。</p><p>だって、人によってそれぞれの自由というものは違うと思うから。</p><p>その人が自由を感じていれば、それでその人の幸せは図られると思う。</p><p>&nbsp;</p><p>では、その非凡の世界に無謀に入っていった俺の体験を、楽しんでいただけたらと思う。</p><p>&nbsp;</p><p>ボスから譲り受けた、フロアサンダーの会社、会社といっても、日本で言う所の、ただの自営業者。だけどね、こんな小さな仕事でも、自分の責任で食っていかないといけないとなると、結構覚悟がいるんだよね。</p><p>下働きをしたおかげで、仕事自体は特に難しいものではないが、人様のものを触るという点では、かなりのプレッシャーがかかる。</p><p>&nbsp;</p><p>前のボスから引き継ぎを終えて、完全に1人でやるようになった。</p><p>まだ景気は良かったので、見積もり依頼の電話はひっきりなしに来る。英語が苦手な俺は、あくまでも、仕事の要件、住所だけを確認して、先方の家での見積もりの約束を交わすことに集中した。顔を見合わせての会話ならなんとかなるので、できるだけ印象を悪くしないように、しかも堂々とした態度で望んだ。</p><p>&nbsp;</p><p>玄関をノックする、ハローと出てきて、大体最初は、だ？こいつ？みたいな顔をされた。</p><p>当然だ、ローカルでやっていかなきゃならない俺は、社名を英語名しか使っていない。</p><p>マイナーなアジア人が来るとは思ってはいなかったようだ。</p><p>&nbsp;</p><p>不安だ、不安で仕方がない、日本語だったらなんとでも流暢に言えるし、こちとら営業で培った経験があるからほんとなら余裕のはずだが、しどろもどろの英語だ。</p><p>相手の言っていることが、せいぜい頑張って７割ぐらいしかわからない、残りの３割の中に重要なポイントが隠れていたらどうしよう。</p><p>&nbsp;</p><p>だけど、言葉がうまく話せない業者など、仕事以前に信用されないと思い、その７割にかけて、堂々とした態度で、仕事を引き受けた。</p><p>仕事さえもらえば、技術的には自信があったから、あとはそこで勝負。</p><p>仮に不信感を持たれても、フローリングが美しく蘇れば、きっと安心して、納得してくれるに違いないと思った。</p><p>&nbsp;</p><p>そう、俺が現地で他業者と競合していくには、その仕上がり、品質しかない。どんだけ英語ができなくても、うまく説明できなくても、仕事で証明してやろうと思っていた。</p><p>俺の、初めてのビジネスはこうして始まった。</p><p>２５平米のミニマムの仕事から、１００〜２００平米の大邸宅や、ホテルのロビー、オフィスビル、バー、レストラン等様々な仕事をこなしていった。</p><p>&nbsp;</p><p>当然、ワーホリの若いアルバイトを何人か雇って、人を雇うことの大変さも味わった。彼らは、仕事を覚えたら途端に辞めていってしまう期限付きだ。俺の仕事は品質重視の仕事だから、最初の１、２ヶ月は技術を身につけてもらう。戦力になるのはそれからで、人によっては３ヶ月ぐらいで辞めて行く子が多く、６ヶ月以上働いて貢献してくれた子も何人かいた。当然そういった子たちには、給料を惜しげも無く払った。体力仕事だったし、英語環境ではないこともあり、お金だけがほしい子しか来なかったし、ワーホリの子達の中には英語環境に身を置いて語学を身につけに来る子達が多かったから、うちに来てくれる子は大事にしたかった。</p><p>&nbsp;</p><p>うまく行くことばかりではなかった。</p><p>お金持ちのお客さんは、余裕があるのか、細かいことはいって来ないで、任せてくれるが、成金ぽい人達や、自分で日曜大工したりリフォームに熱を入れるなど、こだわりの強いお客さんも多く、だいたいそういった人たちとのトラブルが多かった。しかし一般の普通の家庭の人たちは、これはまた、フレンドリーで、なんとかお願いしますっていう感じで、とても気分が良かった。</p><p>&nbsp;</p><p>ある日、オージーの若い夫婦の家に見積もりに行った。すごくいい感じの人で、コーラまで出してくれて、すぐに仕事がもらえると確信した。</p><p>こちらの国の方は、訪問しても、水も何も出さないのが普通だから。</p><p>&nbsp;</p><p>依頼内容は、前に、ステインしたリビングのフローリングと同じ色で、二つのベッドルームを、サンディングと、ポリッシングしてほしいとのこと。（床を削って、塗り直す仕事）</p><p>この仕事は正直難しい。以前どこかの業者が行った仕事と、同じ仕事をするとなると、塗料の違いもあるし、時間も経っているから、当然色の違いが出てくる。’</p><p>俺は念を押して、同じ色にするのは正直難しいから、１００パーセントマッチできないけど、できるだけ近い色にはできると思うと答えたら、それでいいという。</p><p>&nbsp;</p><p>ウォルナットという色を染み込ませる下地の塗料があり、それと同じものを使うからという事だけは、間違えなかった。</p><p>&nbsp;</p><p>無事仕事が終わって、後日支払いを待っていたら、一向に入金がない。</p><p>ま、今思えば１０００ドルぐらいの金額だから、そこまで大袈裟に思うことはないのだが、その当時は、人も雇い、新しい道具を揃えるなどの支出の方が多かったため、利益が上がっていなかったので、俺にとってすごく大きな金額だった。</p><p>&nbsp;</p><p>なんども催促しても、支払わないから、どうしたと問い合わせると、俺の仕事が納得できないらしい。ようは、色が違うというのだ。</p><p>仕方ないから現場に戻り、床を確認したら、色の違いは多少あれど、近い仕上がりにはなっていた。</p><p>&nbsp;</p><p>相手がいうには、色が多少違うのは了解してたけど、あんたは違う色を使っているというのだ。</p><p>いや、間違いなく同じ色、同じ製品を使っている、ただし、前の業者がどういう作業工程をしたのかわからないし、色付けをした後の仕上げにつかった、クリアコートはどういうものかわからない。</p><p>だけど、先方は、同じものを使ったなら、こんな色にはならないはずだから、絶対違うものを使ったでしょの一点張り。</p><p>その時使った残りの缶をもってしても、信じない。</p><p>&nbsp;</p><p>こちらも、意地があるから、フェアトレーディング（公共の裁判所）に、訴え、家庭裁判所で審議を図ることになった。最初向こうは強気だったが、まさか日本人がここまでするとは思っていなかったのか、すごい弱気で、わざとボロボロの服を着て、いかにも被害者ってのを装ってきた。最終的には、これを本裁判まで持ち込むと、この金額以上の出費になると助言をいただいたので、こちらの意思も通せたので、支払いは諦めた。</p><p>&nbsp;</p><p>悔しくてしょうがなかったけど、次からは口約束は絶対にしない、どんな小さなことでも、条件をしっかり、先方に伝え、書面を残して、裁判になっても絶対に有利になるようにすることにした。</p><p>&nbsp;</p><p>この色のマッチングでは、やっぱり他でもトラブルがあった。フローリングの木材が違うけど、階段とその二階の部屋に続く床の色を、同じように塗ってほしいとの依頼だった。</p><p>パディントンっていうお金持の多い場所に住む、若い夫婦の家だったが、それも感じのいいオージーだった。</p><p>だからと言って、いつ態度が豹変するかわからない。前のこともあるから、慎重にしなくては。</p><p>&nbsp;</p><p>書面でしっかりこちらの要件をメールで伝え、了承した上で前金として半額を支払ってもらった。その内容には、見積もりに行って話したときに、床の資材の色自体が違うので、色をマッチすることはできない、ただし、色を合わせて近い色にするということがはっきりとかかれている。</p><p>俺は、何時間もかけて色のサンプルを作り、かなり似たような色にした。</p><p>&nbsp;</p><p>仕事が終わり、先方から連絡が来た。</p><p>床の色が違うというのだ。</p><p>英語で電話でのやり取りは難しく、少しお互いに言った言わないの話になり、あつくなってきたので、しょうがないから相手の家にもうちどいって説明することにした。</p><p>床の材料が違うし、色が違うから、マッチできないって俺言ったよね、しかもメールでも納得した上で前金いただいてるしって冷静に相手に言うと、俺の親は大きい建築会社やってるからって脅してきて、上からの物言いで、どうでもいいから部屋の床だけやり直してくれ、色はつけないで。</p><p>だって。</p><p>&nbsp;</p><p>俺は頭きたから、メールのコピーを出して、これを見て了解したんだろ、とぼけるんじゃない。これが証拠だ。もし払わないなら、訴えるぞって。どなってやった。</p><p>なんで、こいつら約束を平気で破って、後になって交渉してくるんだ？こいつらの社会には契約というものが存在しないのか？</p><p>俺も長いこと会社という組織で働いてきたから、こんな基本的なことがわからないことが不思議でしょうがなかった。</p><p>&nbsp;</p><p>結局数日後、支払いは完了した。</p><p>&nbsp;</p><p>あのね、態度が豹変して、攻撃的になるから、俺もそういう態度で接したけど、俺が説明したことを素直に受け入れて、やっぱり気に入らないからなんとかならないかと、誠実に言ってくれば、相談に乗ったのに。</p><p>最初はウェルカム、俺たちいい人みたいな顔して、金払う時になったら、態度が急変って、なんだよこいつらって思うことが、一度や二度ではない。</p><p>&nbsp;</p><p>ひどい話があって、</p><p>ある現場があったんだけど、緊急でどうしてもすぐに終わらせなきゃならないって言ってきて、それなら、初日に代金の半分支払ってください、そして次の日には鍵と交換で残りを支払ってもらいますというと、もちろん、ありがとう、ありがとう、ほんとうにたすかります、ちゃんと支払いしますのでお願いしますと、とても誠実そうな態度だった。</p><p>&nbsp;</p><p>初日に現場にいくと、支払う様子がないから、前金もらわないと仕事を始められないといったら、しぶしぶ支払った。なんか少しおかしいなと思ったけど、鍵ももらってるし、俺は安心して次の日に臨んだ。仕事が完了する昼ぐらいには来るというので、待っていてら。待てども待てども彼は来ない。</p><p>電話をしたら、すぐに行くといったから、ホッとして待っていたら、待てども待てども来ない。</p><p>それ以降何度電話しても、通じない。</p><p>&nbsp;</p><p>しょうがないから家に帰って、何度も電話したが通じなかった、翌日違う電話からかけたらつながったから、どうしたの、来るっていったのになんで連絡もくれないんだと問い詰めたら、親戚が死んで、葬式に行ってたから連絡できなかったんだ。こっちはこんなに大変なのになんでお金の話をするんだ！！と逆ギレされた。バレバレの嘘。</p><p>冷静になり、それは残念だったね、そんな時に御免なさい。といい、では、支払いはいつしていただけますかと行ったら、電話を切られてそれっきり。</p><p>その家の鍵を持っていたから不動産に問い合わせてみると、うちは関係ないし、鍵は換えたから必要ないと言われた。やられた。</p><p>&nbsp;</p><p>これもミニマムチャージの１０００ドルぐらいの仕事だけど、半額の５００ドルはもらっている、だけど、実際土日２日フルで働いて、材料代引いて、バイト代支払ったら、儲けなんてほとんどゼロ。最初からやらない方がよかった。</p><p>こっちは、誠意を持って、きちんとした仕事をしたのに、こういう仕打ちを受けると、はらわたが煮え繰り返るぐらいムカつく。</p><p>&nbsp;</p><p>そいつを徹底的に調べて、とっ捕まえてやろうとしても、そういう奴に限って、逃げるのがうまい。ま、常習犯なんだね。</p><p>&nbsp;</p><p>ま、前回の失敗で、損はしていないけど、労働コストはマイナスだよね。</p><p>どんな客が来るかは、運次第。ただ言えるのは、世の中、悪い人よりいい人の方が多いから、こういう奴らもいるんだと、覚悟できてきた。</p><p>そう、ビジネス始めての、最初の洗礼だった。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<pubDate>Mon, 27 Sep 2021 16:05:31 +0900</pubDate>
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<title>韓国人の悪口いってみる</title>
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<![CDATA[ <p>俺ね、前回この仕事、ビジネス始める時に一緒に働いていた韓国人のこと、少し話したけど、一緒に働くまで、何人か韓国人の友達っていうか、知り合いがいたのね、みんな素朴でいいやつばかりだったから、ああ、韓国人て付きあいやすいいい人たちばかりで、結構日本の歌とかに興味あったりして、親日的なんだって思ってたわけ。</p><p>だけど、一緒に働いていた人たちは、そうじゃなかった。</p><p>&nbsp;</p><p>表面的に付き合うには、楽しくて面白い奴らが多いけど、事何かを語り出すと、本当に何言ってるかわかんないぐらい、変なんだよ。</p><p>全ての韓国人がそうだと言ってるわけではないけど、深く付き合ってみると、その国の人たちの習性とか、文化の違いとか、考え方の違いなんかがよくわかるようになる。</p><p>俺も、長いこと海外暮らしをしてきたし、この国でいろんな人種と関わってきたから、決して感情的に、嫌いだとか、軽蔑してるとか、差別をしているわけではないが、日本人として、その違いを生々しく体験したわけで、俺が感じたことを語ろうと思う。</p><p>&nbsp;</p><p>こんなことがあった。ある日ボス（Dさん）が日本人は韓国を昔占領して、たくさんひどいことをしたけど、それについてどう思うか？</p><p>あまりに唐突な質問で、何を言っているかわからなかったから、これって、日本人バッシングみたいなもんなのか？と一瞬ためらった。</p><p>&nbsp;</p><p>俺はそれまで、自虐史観を植え付けられて育ってきたので、日本人は戦犯で、自分の国のことは責めても、他の国を批判したり、あえて敵意を持ったりすることもなかったので、なんでそんなことを今持ち出す必要があるのかと、不快な気持ちになった。</p><p>俺自身は何も悪いことをしているわけではないので、軽はずみに他の日本人のように、曖昧に悪かったなどとは言いたくはなかった。</p><p>&nbsp;</p><p>だから俺はこう答えた、俺は事実がどうあったかわからなければ、軽率に誰が悪いかとか、いいとか話したくない、だから、それをしっかり調べなければ答えられないと返答したら。彼はなんと言ったと思う？</p><p>&nbsp;</p><p>彼はかなり真剣な顔でこう言った。</p><p>やっさん、俺のおばあさんが言ってるから、日本人が悪いね。だから、それが事実だから、日本人は全部悪い。やっさんのいう事実なんてのも無い。</p><p>&nbsp;</p><p>一瞬、あ、これって、まずい感じ？人種同士の喧嘩？めんどくせー！</p><p>この時代になって、このオーストラリアで、多民族の中で生活して、何今更言ってんだ？</p><p>俺に喧嘩売るつもりかこいつ。</p><p>それまで、韓国人に対して、偏見や、違和感を持ったことはなかったけど、それから、一緒に仕事をするようになって、どんどんそれが増えていったのだ。</p><p>&nbsp;</p><p>それまでは、韓国人として意識して彼をみることはなかったのだが、彼が俺をそうさせた。</p><p>だって、今更争うような理由なんて何もないじゃん。しかも、一緒に仕事してんだから、普通にやろうよ。これが俺の本音だった。</p><p>&nbsp;</p><p>業務用の資材を買う専門店があり、そこも韓国人が経営する店だった。その店に出入りする業者も、韓国人だらけ、韓国語が飛び交っていた。</p><p>俺が、Dと日本語で話すと、すごい意識されて、みんなが俺たちを凝視する。</p><p>な、なんだ、この雰囲気。</p><p>&nbsp;</p><p>俺たちの会社は、一番儲かっていたみたいで、そこではお得意様のような扱いだった、Dは、彼らのことを少し小馬鹿にしているみたいで、自分も韓国人なのに、彼らの悪口をよくいっていた。この店のオーナー、あいつ、うそつき、だからあまり話さない方がいいよ。とか、あいつは昔俺を裏切った奴、今は独立してるけど、信用できない悪い奴。とか、ここにきてる韓国人、日本人嫌いな人多いね、だから、あんまり日本語話さない方がいい。とか、そんなことばかり言う。</p><p>&nbsp;</p><p>結構誠実な奴だから、彼が言うことだから、そうなんだなとは思ってたけど、そう言う彼にも問題があるんだろうなとは、少しずつ感じ始めていた。</p><p>&nbsp;</p><p>韓国人、みんな嘘つきだから、あまり信用しない方がいい。え？あんたも韓国人でしょ？</p><p>韓国人同士、みんな嘘いいあってる、これが韓国人。これ普通のこと。</p><p>え？あんなにいつも連れ合って、楽しそうに家族みたいにしてるけど、本当にそうなのかと聞いたら、韓国人は付き合いを大事にする、だから、いつも一緒にいる。だって。</p><p>？？？？？</p><p>あ、そういえば、俺が学生の頃、語学留学でブリスベーンのホームステイ先に、何人か若い韓国人がいたっけ。キムさんて言う兄貴肌の人がいて、あと３人ぐらい高校卒業したばかりの若い奴らがいたなあ。</p><p>あいつら、いつでもどこでも、大学のキャンパスでも、たむろって、座ってた。だから、彼らの行動は、一種独特で、違和感があったのを覚えている。</p><p>確かに家族のようだった。</p><p>&nbsp;</p><p>彼らは女性に対して当たりが悪く、見下していて、何かふざけてある日本人の女子学生をからかった時、思いっきり、それがどうしたの？何が悪いの？って強く言い返されて、たじろいでいたのを思い出した。</p><p>&nbsp;</p><p>ある日、彼にこう聞いた、韓国人はみんな嘘つきって言うけど、あんたも嘘つくの？って聞いたら、いいえ、私は絶対嘘はつきません。そして、とてもフェアだから。だって。</p><p>それ、思いっきり嘘じゃんって、言いたかったけど、面白いから黙ってた。</p><p>&nbsp;</p><p>彼は日本に何度かいったことがあるけど、あまり事情を知らないようだ。彼は、自分が見たり、聞いたことが全てで、それ以外のことはあまり信じないようだ。そして、自分から調べようともしない。</p><p>彼らは、日本人のように進んで知識を求めたり、学習したりすることがどうも嫌いなようだ。</p><p>&nbsp;</p><p>ある日、彼が泳いだことがないから、泳げないといった。そして、韓国人はほとんど泳げないといった。水泳の授業もないようだ。</p><p>セウォル号沈没事故のことを思い出した。泳げない生徒ばかりだったから、溺死した人が多かったと、聞いた覚えがある。</p><p>そこで俺は質問した。学校の授業とかで水泳習わなかったの？俺たち日本人は、地域によって多少違いがあると思うけど、小学校から習うし、泳げない人の方が少ないと思うよ。</p><p>&nbsp;</p><p>やっさん、それは嘘だね。少し悔しそうな顔をしながら、じゃあ、どこで教えてもらうの？て聞くから、俺はこう答えた。</p><p>だって、日本の小学校はほとんどの学校に、プールがあるし、中学校もそうだよっていったらすごいムキになって、やっさん、そんな嘘言っちゃダメだよ、俺は信じないよって感情的になってきたから、あれっ？てビックリした。</p><p>だから、それが普通だよっていうと、こんどは、そんなことあり得ない、絶対嘘だって聞かない。なんだ、こいつ？何、ムキになってんだ？俺は怒りのようなものを感じた。</p><p>&nbsp;</p><p>こうこうで、こうと説明しようにも、頑として聞こうともしないから、奥さんに聞いてごらんよ。本当のことだから。</p><p>それでも、いや、俺は信じないだって。</p><p>&nbsp;</p><p>どんだけ頑固なんだよ。自分の世界以外のことは全てが否定されるなんて。</p><p>思い込みも甚だしい。</p><p>こう言った会話は、この後ひっきりなしに出てきた。彼の場合は、俺たち韓国人は皆んな、俺たち韓国人はって言葉が多く、そう言うものの捉え方も俺は好きではなかった。俺はこうだ、とか、そう言う個人的な話をするのが普通なのに、いつも俺たちはみたいな話をしたがる。一体なんなんだ？この違和感は？</p><p>&nbsp;</p><p>Tというリーダー的存在の韓国人も、自分の知識が全て正しいようなそんな話をよくしてた。昨日韓国と日本のサッカーの試合見た？って聞いてきて、見てないって言うと。嘘だ、あり得ない、日本人はサッカー見ないの？俺たち韓国人はみんなサッカー見るよ、見ない奴はないみたいなことを言う。</p><p>俺はすかさず、前は見てたけど、最近は興味ないっていうと、信じられないと言った顔をする。</p><p>ソニーの携帯はゴミで、サムソンの携帯は一流だ見たいな自慢話を、ひっきり無しにしてくる。めんどくさいから、ふんふん言ってたけど、否定しない俺に勝ったような顔をして、幸せそうにしていた。</p><p>&nbsp;</p><p>この頃から俺は、韓国のことを調べ始めた。歴史を含め、様々な事件を徹底的に調べた。当時、最近はそういった評論系の番組は見なくなったが、カッパエンチョーさんのユーチューブを結構楽しみながら見ていた。</p><p>見るたびに、いろんなわだかまりが解消できて、妙に納得できる話が多かったからだ。</p><p>彼はかなり毒舌で、継続を断ち切られたようだが、事実を事実として言ってることを、韓国人がムキになってるところが爽快だった。</p><p>&nbsp;</p><p>ああ、韓国人に対して、違和感や、疑問や、批判を感じてる人たちはこんなにいるんだと驚かされた。俺だけじゃなかったんだと。かなり安心できた。</p><p>だって、俺なんかその世界にどっぷり浸かってたもん。真実以外のことは語れないよ。</p><p>むしろ、俺がカッパエンチョーさんや、虎ノ門ニュースのコメンテーターたちに、もっと彼らのこと教えてあげたいぐらいだった。</p><p>韓国人はこう言う人たちだから、日本人の常識を持ち込んでもむりだから、違う人種の人たちであり、違う文化の人たちだと認めることから始めた方がいいって。</p><p>&nbsp;</p><p>俺たちアジア人の悪い癖は、似たような顔をしてるから、みんな考えは同じだって言う錯覚をしてしまうこと。俺は中国人のこともよく知ってるから、日本人とは全く異なる人種だと言うことを認識していないと、こちらが混乱させられてしまう。</p><p>&nbsp;</p><p>韓国人については、カッパエンチョー然り、竹田恒泰さん然り、しっかり教えてくれるから、いちど勉強してみるといい。すごくわかりやすいから。</p><p>&nbsp;</p><p>あと、忘れてならないのは、日本人はモラルにおいては世界一であることと、民度的にも世界一のレベルにあることから、海外のそれとは異質で、全く違うものであると言うことをしっかり認識した上で、海外の国や、人々、文化の違いを図らなければ、本当のものが見えてこない。</p><p>&nbsp;</p><p>最後に、彼ら韓国人と過ごして一番彼らと言う人種を形成するその根源にあるものを発見した。</p><p>それは、（嘘はつき続ければ真実になる）という考え方だ。これは、慰安婦問題とか、いろんな日韓の問題で取り上げられる言葉だが。</p><p>俺はその言葉を、韓国人のDからはっきり聞いている。</p><p>それは決して韓国の昔のことわざではなく、今でもはっきりと彼らの行動原理となっているものなのだ。</p><p>&nbsp;</p><p>俺たち日本人は、嘘はドロボーの始まりとか、いろんな悪い捉え方をするが、奴らはどうも肯定しているようだ。</p><p>それだけ、話が合わないんだから、うまくいくわけがない。</p><p>日本人の悪いところは、自分らの異質性（いい意味での）を理解していないことである。</p><p>逆に他の国からはなんで？ってことになるわけだ。</p><p>確かにいいこともわるいこともあるが、道徳的に悪いことはしてはいけないと考えるのが日本人だから、決してせめられることじゃない。</p><p>&nbsp;</p><p>むしろ、何でこいつら？って思うことは海外にいるとよく思うことだが。</p><p>それは、一流の民度を持つ日本人ならではなのではなかろうか。</p><p>&nbsp;</p><p>俺は、そもそもあらそいごとは嫌いだが、好戦的な韓国人にはたくさん嫌な思いをさせられてきた。最後に彼らのことを端的に表現したい。</p><p>それは、日本や日本人に対する韓国人の持つコンプレックスだ。</p><p>俺たち日本人には憧れている、文化にも関心を持っている、しかしそれはあくまでもプライベートでの話だ。</p><p>しかし、彼ら韓国人は上下関係横関係、集団の意識で生きている。その立場になると、個人的な日本に対する憧れはしまっておかなくては、うまく他と付き合えない。</p><p>そう、お互いに嘘を付き合いながら、ごまかしあいながら、みんなで日本を叩いて、韓国という国全体で、そのコンプレックスを解消しようとしているだけだ。</p><p>&nbsp;</p><p>だから、日本はかの人たちをかわいそうな奴らだと思って、関わらないようにするだけだ。彼らとうまくやるのは無理だ。個人的に付き合うしかない。</p><p>そして、それを批判する必要もない。それが韓国であり、韓国人なんだから。</p><p>期待も、希望も持ってはいけない。</p><p>&nbsp;</p><p>だって、嘘をつき続ける民族なんだから。</p><p>&nbsp;</p><p>思い出した、最後にオーストラリアには韓国人経営の、偽日本食レストランが異常にある。</p><p>日本人が見れば、すぐにわかるような変な日本語の店名、入ると、なんか韓国焼肉の店かなんかわからない、メニューは日本語と英語ハングル文字はない。</p><p>はいると、（いらーさーませー）っていう。</p><p>それに同調してやって、オーダーの時に日本語で話しかけると、すごい変な顔で見られる。</p><p>紛らわしいことやってるのはどっちなんだよ？</p><p>&nbsp;</p><p>おまえら、プライドないのか？日本人のふりして美味しい思いしてる割には、日本人を毛嫌いしてるし。</p><p>一体なんだよおまえら？って思う。</p><p>本当に、貪欲で都合のいい奴らだ。</p><p>&nbsp;</p><p>あースッキリした。</p><p>個人的には、いい奴多いんだけどね。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/paparobot/entry-12700264809.html</link>
<pubDate>Sun, 26 Sep 2021 13:34:46 +0900</pubDate>
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<title>離婚再婚、社会復帰、これからどうしたらいいんだ</title>
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<![CDATA[ <p>みなさん、こんばんは、フロアサンディングの仕事が入り、結構手間取ってしまったので、毎日がクタクタで、ついブログをおろそかにしてしまいました。</p><p>たくさんの方に読んでいただいて、心からお礼申し上げます。</p><p>&nbsp;</p><p>前回の続きですが、４５歳になって、ようやく自分らしい仕事を見つけられそうになって、とりあえずパートタイムの仕事を始めることにしました。</p><p>前にも申し上げた通り、俺は全然英語ができません。</p><p>そりゃ多少の日常会話ぐらいはなんとかなりますが、日本語でコミュニケーションが取れるほどの英語力なんて、海外で学生やったひとぐらいしか身につくもんではありません。</p><p>ましてや、俺みたいにブランクばかりだと、昔聞けた英語ももう耳に入ってこないし、ジャパレスで働いてたから、ほとんど英語も使わなかったから、英語力も上がらなかったし、努力もしなかった。</p><p>&nbsp;</p><p>だから、日経の仕事情報サイトで、現場系の仕事を見つけられたけど、ローカルの仕事は取れなかった。</p><p>英語力を身につけるために、建築系の学校に行こうと打診したものの、これ以上遠回りはできないと思い、フロアサンディングの会社で働くことにした。</p><p>人生で初めて、じっくり考えられる時間をいただいたおかげで、ようやく自分がなにをしたいのか、いや、何が向いてるのかがわかった。</p><p>それが、何かを形にする、創作系の仕事だと、漠然とわかったのだ。</p><p>今の仕事もすごく好きでやっているわけでもないが、自分らしい、満足のできる職種だとは思っている。</p><p>&nbsp;</p><p>さあ、現場の仕事、生まれて初めての建築系の仕事、以前は馬鹿にしていたり、見下していた世界だったが、今では憧れになっている。</p><p>それまで、いろんなアルバイトしたけど、こんなにワクワクしたことはなかった。</p><p>&nbsp;</p><p>ある公園で待ち合わせた。</p><p>朝６時半。現場の仕事は朝が早い。まだ肌寒かったが、日本ほどではない。</p><p>ボロボロのハイエースが止まっていた。</p><p>そこから出てきたのは、韓国人で日本語が上手な、こがらで、だけどなんかいかつい、真っ黒に日焼けしたいかにも現場系の、年にして俺よりは５、６歳は若そうなおじさんだった。</p><p>奥さんが日本人だったことと、彼が日本語を必死で覚えたとのことで、かなり流暢にはなせる。</p><p>&nbsp;</p><p>社長さんはDさんと呼ばせてもらおう。彼は何度も奥さんの日本の実家にも行ってるし、日本人の文化や考え方などもよく理解していて、どちらかというと親日的だったので、結構紳士的に俺に接してくれてありがたかった。</p><p>その会社は従業員が2人で、あとはアルバイトを４人ぐらい雇って、２チームに分かれて現場を回っていた。</p><p>&nbsp;</p><p>従業員のTも韓国人で、さらに若く、現場のリーダー的存在だった。</p><p>彼は、当然日本語は話せない、英語も片言で、うまくコミュニケーションが取れなかったが、現場の仕事は、シンプルなので、なんとか彼とはやれたのだが。</p><p>どこか日本人が嫌いなようで、明らかに、どこか俺との間に壁を作っていた。</p><p>&nbsp;</p><p>最初しばらくは、事情がありフルタイムで働けなかったが、Dさん側について仕事をしていたので、なんとか少しづつ仕事を覚えていった。</p><p>もう1人、俺が紹介した学生がしばらくして入ってきたが、休みがちな俺よりもすぐに戦力になっていて、Tは俺ができないことをあからさまに馬鹿にする態度をとるようになっていく。</p><p>&nbsp;</p><p>Dさんチームは、むしろ仕上げの仕事で、その前衛をTさんチームはやっていたので、現場作業としては、最初から仕上げの前までの仕事になるので、戦力が必要で、人の入れ替わりの激しい現場では、俺がすぐにTチームの戦力にならなくてはならなかった。</p><p>それなのに、意地悪な彼はなかなか新しい仕事をさせてくれない。もう1人の若い奴に、どんどん仕事をさせて、俺が自分の仕事を早めに終わらせても、どうでもいい仕事しかくれなかった。</p><p>喋りかけると、あ？何？邪魔すんなよって顔で、邪険にされた。</p><p>こんなんじゃ、いつまでっても仕事が覚えられない。</p><p>&nbsp;</p><p>俺も馬鹿じゃないし、今までの経験から、これは完全にいじめだとはわかっていた。しばらく様子を見ていると、何度か２チームが一緒になった時に、Dの前ではTの態度は豹変し、ニコニコ顔でしごとをしていることに気がついた。裏と表を使い分けていたのだ。</p><p>Dさんの前ではいかにもアルバイトに優しく接しているかのように振る舞い、嫌な顔一つ見せない。Dさんに対しては文句ひとつ言わず、はいはい素直に働いていた。</p><p>&nbsp;</p><p>ある日、Dさんに言われた、やっさん、Tがあなた全然仕事覚えないから、あなたと仕事したくないようなこと言ってるよ。だから、しばらく僕と一緒にしましょう。と言ってきた。</p><p>はあ？俺は事の真相を話したが、完全にDは彼を信頼しているので、半信半疑だった。</p><p>しばらくして、ちゃんと仕事を覚えて、きちんとやっていたら、やっさん、仕事全然できるね、大丈夫、だって。。。。。</p><p>&nbsp;</p><p>それから俺の仕事も信頼されるようになって、Tの化けの皮が剥がれてきて、最終的には、俺の存在がが彼にとって、重要になってきたのがわかった。</p><p>１年で、Tとは対等ぐらいになっていたので、俺もその頃には、Tともうまくやれるようにはなっていた。むしろ、Dさんのずる賢く、時間にルーズなところが目について、なんどか彼に文句を言ったこともある。</p><p>&nbsp;</p><p>彼にも事情があって、１年ぐらいやったところで、俺にこの仕事は好きか、これからどうするのか聞いてきた。この仕事は面白いし、やりがいがあるとこたえると、私、このビジネス売りたいと思ってる。このビジネス買わない？と聞いてきた。</p><p>&nbsp;</p><p>正直、傷だらけでボロボロの汚い木の床を、新築のようにピカピカに蘇えらせる、その工程が、すごく面白かったし、とてもやりがいがあった。</p><p>だから、もうしばらく勉強してから考えますと答えると、すぐに返事が欲しいと言われ、いつまで？と聞くと、来週までと言われた。えっ？？？</p><p>&nbsp;</p><p>韓国人って、なんか変わってるなあと思ってたけど、なんでも思いつきで行動するところがあるから、こっちの事情など考えもしないから、ビックリした。</p><p>まあ、これもいいチャンスだし、うちに持って帰って相談して決めて、とりあえずすぐにやる意思を伝えた。</p><p>最初は１千万ぐらいのことを言ってたけど、そんな金はなく、分割で、うまくやれるようには交渉したが、当時まだ不動産ブームが熱く、儲かってたから、彼が引き継ぎを伸ばすに伸ばされて、最終的には７００万ぐらいに落ち着いた、その中の一部は支払ったが、残りは利益の何割かで、残りを支払った。</p><p>&nbsp;</p><p>しかし、残念ながら、不動産ブームは下火になり、どんどん売り上げは落ちていった。</p><p>最初は、週に２、３軒の仕事が定期的に取れたが、いつの間にか０の月が何度も起こるようになった。</p><p>生まれて初めてのビジネス。なんとかうまくやろうと必死だった。</p><p>これが、本当に大変だった。</p><p>&nbsp;</p><p>次回は、人生初めてのビジネス、しかも外国だし、相手は外人だし、</p><p>俺のドタバタぶりを話そうと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>ではまた。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/paparobot/entry-12700187511.html</link>
<pubDate>Sun, 26 Sep 2021 02:06:44 +0900</pubDate>
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<title>日本人として海外へ</title>
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<![CDATA[ <p>仕事は仕事、遊びは遊び。なかなかうまく両立できませんなー。</p><p>仕事が始まると、やっぱ、疲れちゃうから、なんも他にやりたくなくなっちゃう。頑張りすぎるのも良くないね、やっぱ。</p><p>仕事もそこそこ遊びもそこそこが一番いいかも。</p><p>&nbsp;</p><p>浦沢直樹の、『happy！』読み直したら、全然覚えてなくて、面白かった。漫画ってさー、一度読んじゃうともう内容わかってるからって、もう一度読もうと思っても、つい躊躇しちゃうでしょ、だけどね、人間の記憶ってのは思ったほど残ってないもんだね、ほとんど忘れてたよ。</p><p>それと、自分も成長してるから、登場人物の立場になって考えられるようになったりして、たとえば、娘のお父さんへの思いなんか、昔は子供の立場や目線で共感したりしたんだけど、自分も親の立場になると、逆に娘を思う親の気持ちになっちゃって、思わずうるっとしちゃうんだよね。</p><p>&nbsp;</p><p>こういう瞬間が、年をとってよかったって思う。そして、自分が成長すれば、物の見方もどんどん変わってくんだなーって。こういう楽しみ方を、これからも模索しながらやっていこうと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>青田刈りという、バブル真っ最中の時、俺は海外に拠点を持つ会社に入って１０年、いつかオーストラリアで暮らしたいと、漠然とした思いのまま、アメリカ駐在を経て、そのあと会社を辞め、日本で職人修行、念願のオーストラリアに行くことになった。</p><p>子供は小さく、2人目もできて、あまり乗る気でない奥さんの気持ちを振り払い、単身、オーストラリアに乗り込み、ワーキングビザから、永住ビザをスポンサーしてくれる大手回転スシチェーンで、仕事を始め、子供の新学期に合わせて、こちらに呼ぶことになった。</p><p>&nbsp;</p><p>当時３４歳、俺はまだまだこれからだと思っていた。</p><p>人生初めて、手に職を持って、自分というものを表現していきていける。あんなにワクワクしたことはなかった。</p><p>今まで、日本人というコンプレックスがどっかにあり、アメリカに行ってもどこか見下されているようで、正直ムカついてたから、日本人、そして寿司職人として、どうだ！お前らに日本の文化を見せつけてやる！ぐらいの勢いだった。</p><p>&nbsp;</p><p>日系のその寿司屋は、シドニーシティーの少し外れたところにあるが、若い働き盛りのオージーがくらす、人気の街だった。</p><p>まだ、開店して１年ぐらいのその店は、２０席ぐらいの小さな回転寿司屋、初めて来た時は、その小ささにびっくりした。まじ、え？ってビックリしたもん。</p><p>俺のイメージでは、少なくとも俺が日本で働いていた店と同じぐらいで１００席ぐらいはあると思っていたから。</p><p>だって、そこのオーナーがあまりにも自信満々で、なんか横柄で、寿司チェーンの名前も有名だったから、そこに疑いを持たなかったからよけいだった。</p><p>&nbsp;</p><p>売り上げはそこそこ、昼はガラガラ、作ったものを流すだけの、単調な仕事は、もう、どうしようもないものだった。だけど、こっちで会社の社長と彼が最初の1店舗目を始めたんで、それで成り上がってきたようで、なんか成功者気取り。俺は社長の秘蔵っ子だみたいな。</p><p>たまたま、社長が新しく出店したその店を、借金してやらせてもらっていただけだったが、もう俺様って感じで手がつけられなかった。</p><p>&nbsp;</p><p>こっちは、本気で修行して、立ちの寿司屋で握ってたのに、ここに来る前に最後にもう一度回転寿司で勉強してきてくださいなんていうから、そこを辞めて、再度回転寿司屋に転職したぐらい。</p><p>それだけ、すごい店なのかと思ったが、ただ単純に、全くのドシロートで、日本のそれとは全くかけ離れたものだった。</p><p>&nbsp;</p><p>俺がやることなすこと、偉そうに指摘してきて、自分がやってきたことが全て正しいみたいな。よくいる勘違い野郎だった。</p><p>あー、なんだよ。またへんな奴に捕まっちゃったよと思っても、もう遅かった。</p><p>日本のものは全て引き払い、ここに住む準備はほぼ終わっていたからだ。</p><p>&nbsp;</p><p>でも、俺にとっては、新しい生活を始めるきっかけを作ってくれた恩人でもあるから、それにはちゃんと報いようと努力した。</p><p>１年で売り上げを３倍にして、当時のグルメサイトで、寿司屋のランキングは１位だった。</p><p>毎日待ち客が並ぶぐらいの、繁盛店にして、チェーンの中でも全店舗中２位だった。</p><p>給料も安い、条件も悪い、いろいろあって、永住権が取れたのを機会に、そこを辞めた。</p><p>&nbsp;</p><p>簡単だった。もっと人気店にできたけど、自分の店じゃないから、会社のメニューを出し続けなくてはならない、日本で働いていた回転寿司屋は、超人気店で、メニューも豊富だったので、それを小出しするだけで、すぐに売り上げが上がった。</p><p>だけど、俺がやることなすこと、ケチしかつけなくなってきたので、最後の方は全然やる気がなくなって、店のために働こうなんて思わなくなった。</p><p>そのオーナーにはもう十分やってやったと思ってたし。</p><p>&nbsp;</p><p>こんなこと言うと、傲慢な奴に聞こえるだろうし、恩知らずのように思われるかもしれないが、もう、終わったことだし、あえてその人の悪口も言いたくないから、あえて言わないけど、ただ一つ言えることは、彼は俺に尊敬してもらいたかったんだなと言うことと、もっと親密に仲良くなりたかったんだと思う。俺がもう少し器用ならば、彼の立場を考えてあげられたと思うし、経営者の彼の不安も理解できたと思う。</p><p>俺も、ちょっと天狗になっていたのかもしれない。</p><p>&nbsp;</p><p>彼も今は、そのグループから離れ、どこか遠くに行ったと聞いてるから、そのあといろいろあったんだと思う。</p><p>いつか、どこかであったら、腹を割ってその当時のことを語り合いたいと思う。そして、笑い話にでもできればと思う。</p><p>&nbsp;</p><p>離婚して、前の家族は日本へ帰った。</p><p>俺は、再婚して、新しい家族と共に、今こうして生活してる。</p><p>当時の俺は、正直壊れてた。精神的にも、経済的にも、惨めで、女遊びもしていた。自分が不幸だと思っていたから、家族のことを考える余裕もなかった。</p><p>オーストラリアに来て４年目に、まだ永住ビザが取れるかどうかもわからず、みんな不安だった。子供は傷つけたくない、けれど、夫婦仲はもう終わっている。</p><p>そんな時にある女性に惹かれてしまった。</p><p>結婚と恋愛は違うと考えていた浅はかな俺は、誰の立場も考えず、自分だけの欲求を満たすために、生きていた。限界だった。</p><p>けじめをつけなくてはいけなかった。</p><p>&nbsp;</p><p>さよなら。</p><p>母親の葬式の時に会って以来、１２年以上子供たちとはずっと会っていない。</p><p>当時小学生２年だった上の子はもうすぐ社会人になる。</p><p>会えないのは当然だ、父親として何一つしてやれていないから。</p><p>子供達のことを思うと、涙に明け暮れた。</p><p>今の妻や子供のことを思うと、決して言えないし、見せられない姿だ。</p><p>&nbsp;</p><p>再婚することで、彼女をひどく傷つけてしまった。周りの知り合いからも、かなりの誹謗中傷を受けた。だから、今でも、彼女は立ち直れないでいる。</p><p>そうだ、全て俺が悪い。</p><p>&nbsp;</p><p>だから俺は幸せになる決意をした。俺が幸せになれないから、誰も幸せにできなかった。俺が幸せになれれば、みんなを幸せにできる。</p><p>それを教えてくれたのが、今の妻だ。</p><p>彼女によって俺は変わった。それまで自信過剰で、傲慢な俺を完全に潰してくれた。とても頭のいい女性で、常にフェアな考え方ができる。</p><p>しかも、こんな３９歳で貯金も全くない俺についてきてくれた。</p><p>感謝してもし尽くせないほど、彼女は俺を助けてくれた。</p><p>&nbsp;</p><p>貧しかった。</p><p>その店を辞めた後、寿司屋を転々とした、どこも安月給で、独立する資金もない俺は、雇われるしかなかった。生まれたばかりの子供の下着も、お下がりを売っている人から買うほど節約を強いられていた。</p><p>どんだけ頑張っても、掛け持ちやっても、稼げない。</p><p>借りているマンションの、１室を学生に貸して、臨時収入にするなどでしのいだが、先が見えない。</p><p>俺は、真剣に先を考えるために、仕事を辞め、専業主夫になり、家事と、子供の面倒をみることにして、妻が働きに出ることになった。彼女も働きたいと行っていたので、いい機会だった。</p><p>部屋を改造して、ワーホリや学生をもっと住めるようにして、家具なんかは大ゴミから拾ってきたものを直したり、マットレスなんかも拾ってきては綺麗にして使っていた。俺の収入はひとまずそれでしのぎ、俺がやりたいことを見つけて、ビジネスに結びつけることを試行錯誤していた。</p><p>特許とったりもしたし、建築関係のデザインコンクールに作品を提出したり、リメイクジーンズなんか作ったり、刺し子したり、ラジコンの新機能のアイデアを企業に売り込んだり、様々な企業のアイデア募集に投稿したり、ジョギングしながら、建築現場を見たり、とにかく自分が興味を持ったものをどんどんやってみることにした。</p><p>そして2年が過ぎ、なんとなく建築系の仕事に興味が出てきて、とりあえず仕事してみたいと思い、探していたら、今のフロアーサンディングの仕事に出会った。</p><p>&nbsp;</p><p>もう俺は４５歳ぐらいになっていた。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/paparobot/entry-12698947689.html</link>
<pubDate>Sun, 19 Sep 2021 23:56:01 +0900</pubDate>
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<title>漫画に夢中でした</title>
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<![CDATA[ <p>こんばんは。</p><p>&nbsp;</p><p>前回のブログから、こんなに時間が経ってしまいました。</p><p>前から読もうとしていた、沈黙の艦隊に夢中になり過ぎて、先週１週間、そして、今週は仕事で、今に至ります。</p><p>明日っていうか、今日後で前回の続きを書こうと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>たくさんいいねいただきました。</p><p>ありがとうございます。</p>
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<link>https://ameblo.jp/paparobot/entry-12698758747.html</link>
<pubDate>Sun, 19 Sep 2021 00:02:20 +0900</pubDate>
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<title>３４歳で板前修業、違う世界の人たち</title>
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<![CDATA[ <p>今は時代が変わって、どうかはわからないけど、板前ってのは厳しくて当たり前。嫌ならやめろ、教えてもらおうなんて思うな、人の仕事を目で盗んで覚えろみたいな。</p><p>まだまだ、俺の修行時代は厳しかった。</p><p>でも、世の中の飲食店は、我慢できる若者が減っていき、３Kなんて言葉も出始めていたせいか、和気藹々とした店づくり、若い働き盛りの子らが辞めないで残ってくれる職場にどんどん移行し始めていくようだ。今はブラックとかいうのかな？</p><p>&nbsp;</p><p>前回のお話の続きになります。</p><p>意地悪おばあさん、まあ、当時は５０から６０ぐらいだったのかな、よくいるでしょ、仕切っている、主みたいなやつ。あれ、あれ。</p><p>とにかく、本物の寿司職人になりたかったので、どんなことにも耐える覚悟でいた。しかし、なれない俺にダメ出しするように、何かことあれば、俺に文句を言ってくるやつだった。ま、この人からも学ぶことはあるだろうと、頭を下げ、だまって仕事を続けていたが、どうも、何かを俺に躾けようなんて気はさらさらないようだ。</p><p>&nbsp;</p><p>ある日、カウンターに彼女のボーイフレンドが来た。気持ち悪い、いい歳して、なんだと思いながら、彼女は俺に、そのおっさんを紹介した。料理人らしい。ニヤニヤしたおっさんは、こういった。あんた、いい歳して、料理人になりたいんだって？なんで、こんなとこにいるの？あんた、海外にいたんでしょ。エリートのあんたが、なんでこんなとこにいるの？みたいな、明らかに、ババアから俺の悪口を聞いていたのは明らかだった。お前なんかに勤まんないよ的な、そういう口ぶりだった。</p><p>&nbsp;</p><p>あーそういうことか、俺がこいつらをバカにしてると思ってんだろうな、ただのコンプレックスと妬みじゃんってすぐに思った。</p><p>なんで、こんなゲスな考えしかしないんだろ。俺が純粋に料理人になりたいって思って、こんな年でも覚悟して頑張ろうとしてる気持ち、まっすぐに受け止められないんだろうか。</p><p>そんなこと考えだしたら、ほんと言ってやろうと思ったけど、もし俺が、そうだよ、お前らなんかとは全く違う世界で、ビジネスマンとして広い社会に対応して、こんな閉鎖的な世界の人たちからは想像もできない、レベルの高い仕事をしていたんだよ。決してそこから逃げ出したわけじゃないんだよ、その世界を見切って本当の自分になろうと、手に職を持って、海外に行くつもりだ、といったらスッキリしたかもしれないけど、俺は平和を選んだ。</p><p>&nbsp;</p><p>そうっすねー、昔から料理人に憧れてて、諦められなかったんですよ、頑張りますからよろしくおねがしますって、その場を収めたけど。</p><p>それでも、俺の存在は気に入らないらしい。</p><p>しばらくは、あいかわらず、意味のない嫌味を言われ続けたが、うっとおしいと思いながらも、仕事に集中した。</p><p>&nbsp;</p><p>やっと、厨房に入ることができた。担当は、飯炊きから、シャリの合わせ（機械だったから楽）、焼き場、汁物、揚げ場、あと、野菜のしこみ、エビの皮むき、洗い、包丁で開く仕事、</p><p>ネタをタッパに並べる、牡蠣を開けるなどの貝類の仕事など、雑用は全てこなした。</p><p>すべて、寿司ネタの処理の基本だった。</p><p>&nbsp;</p><p>両手を広げて持つぐらいの巨大なボールにいっぱいに、エビの頭をとって串を刺して、茹でて、ネタにするまでの時間は、戦いだった。最初はあまりにも遅くて、時間見てやれ、３０分で終われと言われたのだが、できるまで大変だった。仕事はそれだけではなかった。並行してシャリは炊かなくちゃならないし、タイマーも２つ使って、同時に３つの釜を見なくちゃならなかった。</p><p>&nbsp;</p><p>時間に追われて要領よくできないと、他の仕事が遅れ、宮田さんにはすごい厳しく怒られた。</p><p>ひどい時には死ねこのやろー、もうやめろ、お前にゃ向いてない、帰れ、などと罵声を浴びせられた。</p><p>だけど、できない俺が悪いので、早くできるようになって、次の仕事を覚えるために、あえて厳しくしてくれていたことはなんとなくわかっていたから、頑張ってこなせるようになった。</p><p>&nbsp;</p><p>そして、やっと、魚を捌く仕込みを教えてもらえるようになり、気がつけば両手いっぱいの大きさの発泡スチロールに入った、大量のアジや、秋刀魚、イワシ、サヨリなど、包丁で、捌いて、寿司ネタにするまでの仕事をさせてもらえるようになった。</p><p>もう、嬉しくてしょうがなかったけど、喜んではいられない、これを仕込みの時間以内に終わらせなきゃいけない。他の仕事もあるから、ダラダラやるわけにはいかない。</p><p>&nbsp;</p><p>どうしても、宮田さんのように手際よく、無駄なく、はやく、綺麗に捌けなかった。何度か、宮田さんに教えを請うたが、見とけ、こうやっ！と言って、目の前で捌くだけで、早すぎてわからないし、説明は何もない。</p><p>宮田さんは、お前は教えてもらおうとするから、覚えないんや！いっつも、自分の仕事しながらでも、他の人の包丁さばきや仕事をよく見てないからや！と、どやされた。</p><p>それからは、他の料理人の仕事を、じっと見つめて、観察しながら自分の仕事をするようになった。みんな簡単そうにやっている。</p><p>&nbsp;</p><p>その理由はすぐにわかった。何気にやっている仕事、みな、感心するほど要領がいい、無駄がない。ゆっくりやっているようでも、無駄がないから、バカ言いながらでも、手を動かして仕事をしている。</p><p>これがプロかと、毎日感心させられ、この人変な人だなーっと思っていても、どの人もやはり、プロとしてのプライドのようなものが、その包丁さばきに現れていた。</p><p>かっこいい。サラリーマンの世界にない、その職人としての魅力が、知識や、言葉だけでなく、行動で全てが証明される、厳しい現実の世界を、俺はそこに見ることができた。</p><p>&nbsp;</p><p>俺が求めていたのはこれだ。どこかで料理人をバカにしていた。みんな勉強ができない、普通の社会に対応できない、落ちこぼれだと正直思っていた。俺の周りにも、高校進学しないで、調理師学校にいった子も、そんな感じだったし。</p><p>しかし、手に職を持つということは、生半可じゃできない。ただダラダラ人任せに生きてきたら、絶対身につくものでもない。サラリーマンみたいに、愚痴なんか言ってられない。まさに、実力の世界だった。それも、いっぱしになるまでに身につけなくちゃいけないことが山のようにある。知識だけで、生きてきた俺にとっては、まさに目から鱗の世界だった。</p><p>&nbsp;</p><p>ある程度、仕込みも包丁も慣れた時、宮田さんが、おう、お前、寿司握りたいんだろ、今日軍艦教えてもらえと、言ってくれた。俺は思わず、大きな声で、いいんですか！！と叫んでしまった。本格和食料理人の宮田さんは、正直、寿司職人をバカにしていたから、その言葉が出るとは思ってもいなかった。</p><p>&nbsp;</p><p>おまえなあ、あんな寿司なんて、本当の料理人じゃねえって言ってた。そして、あんなもんすぐに覚えられっから、１年もやりゃあ、すぐにものにできるよお前ならって言ってくれた。</p><p>確かに、魚さばきも、料理も、寿司職人のだれも叶う人はいなかったし、もう彼の仕事は芸術だった。目にも留まらぬ速さで、なんでも鮮やかにやってのける。</p><p>&nbsp;</p><p>そんな、宮田さんに憧れた。あーいう風になれたらなあって、こころから思った。</p><p>宮田さんは、どんどん仕事をさせてくれて、本当に１年後には、正面で板場に立ち、お客さんに寿司を握ったり、活けアジのたたきや、握りなんかも手際よくできるようになった。</p><p>嬉しかった、緊張が喜びに変わっていく過程を、初めて味わった気がする。</p><p>&nbsp;</p><p>職人さんたちも、俺の腕を認めてくれて、優しく教えてくれるようになったし、何よりも職人の仲間になれたことが、至福の喜びだった。</p><p>だって、手が荒れたり、寒い冬でも氷の中の鮮魚を扱わなきゃなんなかったし、毎日が緊張だったから、そんな苦労が、やっと実ったと、心から思った。</p><p>&nbsp;</p><p>宮田さんは、俺がちゃんとした料理人になった方がいいと、アドバイスしてくれた。こんなとこにいても、勉強にならないから、和食の料理屋で勉強した方がいいと言ってくれた。</p><p>２年後、名古屋で有名な一流の日本料理屋で、修行することとなった。</p><p>&nbsp;</p><p>そこは、財界人や、政治家などが足を運ぶような、日本庭園のある、大きな料亭だった。</p><p>面接に行き、そこの仲居頭の怖そうなお姉さん（おばあちゃん）と、俺とタメ年の料理長と話をして、俺の経歴と目的を聞いたら、少し驚いたようだが、採用してくれた。</p><p>条件は、ホールマネージャーの不在で、副料理長が、勉強を兼ねて、代行してるとのこと。それをまずは、手伝うということで、空いた時間には、厨房にも入ってもらって、修行させてくれるとのことだった。</p><p>&nbsp;</p><p>外人も来るお店だったので、接客では英語の話せる俺が、活躍できた。そして、営業で鍛えた接客が、お客さんから高評価をいただき、最初は、むちゃくちゃ厳しかった中居頭のお姉さんも、俺のことを気に入ってくれたようだった。</p><p>このひと、どっかの有名な旅館から社長自らが引き抜いてきた、超有名な人だったらしい。</p><p>&nbsp;</p><p>ランチなんかも、貴婦人たちが何万円もする会席料理を食べにきていた。もう、お金持ちばかりが来る。社長も超有名人で、本なんかも出してた。</p><p>ある日、足の悪いご主人と連れ添ったご婦人がランチを食べにきた。しずかな、普通に遠慮がちで、腰の低い方達だった。丁寧にお食事を運び、料理の説明をし、ご機嫌を伺いながら、ゆったりともてなした。</p><p>&nbsp;</p><p>食後は、日本庭園を案内し、その奥の茶室でお茶を楽しんで行っていただくという、まさに、おもてなしの世界だった。</p><p>そこは枯山水があり、要は砂でできた庭を、熊手のようなもので、模様を描くのだが、それもたまに、俺がやっていた。</p><p>庭石は、苔が生えていて、滑ることも考えられるので、ご主人を気遣いながら、ゆっくりと時間をかけて、茶室まで案内して差し上げた。</p><p>その老夫婦は、俺の気遣いをとても喜んでくださって、なんども、すみません、すみませんと言いながらも、全然大丈夫ですよ、ご夫婦仲良くて、お幸せですねって言いながら、茶室までご案内して差し上げた。</p><p>&nbsp;</p><p>それから数日後、日本庭園を望む大広間を貸し切って、そのご夫婦が、家族一同で食事をされにきていた、俺はその座敷に呼ばれ、挨拶をすることになった。</p><p>大家族で子供たちもいて、とても楽しそうだった。</p><p>なんでも、その老夫婦は、名古屋で有名なせんべい屋さんの社長一族だった。</p><p>あの時は、本当に楽しかったです。ありがとうございます。と言ってくださって、ご家族に紹介していただきました。</p><p>&nbsp;</p><p>あっけにとられてしまったが、自然に丁寧にできた接客が、お客さんの心に響いてくれたことが、本当に嬉しかったのを覚えている。</p><p>こんな俺でも、こんなに喜んでもえらえることができるんだと、少し驚いていた。</p><p>&nbsp;</p><p>けれど、残念ながら、俺の本来の目的は、接客ではない。料理の修行に来たのだ。なぜか、あまり厨房に入れてもらえず、しばらくは浮いた状態だった。</p><p>このままでは、勉強にならないからと、足踏み状態だったところ、社長から声がかかった。</p><p>どうも、息子さんが持っている、本館の裏にある料亭のホールマネージャになってもらえないかとの話だった。</p><p>&nbsp;</p><p>喜んでいいのか悪いのか、社長は俺のことがたいそう気に入ってくれたらしく、俺を押してくれたらしい。でも、そこの料理長と、息子社長に、いくら欲しいかとまで聞かれたが、お金ではなく、料理の仕事がしたいのでと、丁寧にお断りして、そこをやめることにした。</p><p>最高の料理を出す、本格的な修行の場だったので、すごく残念だった。</p><p>&nbsp;</p><p>そのあと、ホテルで料理長をしていた人が独立して開いた和食料理屋で、働くことになった。</p><p>学生を含め、若い人たちが和気藹々と働く職場で、とてもその中には入っていけなかった。</p><p>年が違うのもあるし、純粋に料理を勉強したかったので、仕事以外のお付き合いは遠慮させてもらっていた。</p><p>&nbsp;</p><p>残念ながら、そこの店は、変わった料理人ばかりだった。妙にプライドが高く、仲間意識が強かったので、自分が浮いているのを感じていた。</p><p>俺が料亭で働いていたことと、寿司職人だったことが鼻についたのか、どうも皆攻撃的だった。遠回しで、除け者にされている感はあったが、あえて大人しくして、頭を下げて、せっせと働いていた。やはり、ここでも、俺が元サラリーマンで、海外にいたエリートみたいに、どっか俺たちを見下してるんだろ的な、そんな態度を感じ取れたが、俺はとにかく一つでも料理が覚えたくて、それだけだったので、静かに、自分を出すことなく、我慢していた。</p><p>嫌がらせもあったが、なんとか、自分を押し殺していた。</p><p>&nbsp;</p><p>揚げ場担当になり、ある程度任されて、回していけるようになっていった。</p><p>いつもやたら俺に当たってくる先輩がいたが、彼も修行の身で、俺ほどの経験はない。</p><p>そんな彼は、事あるごとに、俺に敵対心を持ち、文句をつけてきた。</p><p>正直、そいつの失敗も俺のせいにされたこともあり、頭にきていた。</p><p>&nbsp;</p><p>あるランチの時、俺はお盆にサラダの入った小鉢を重ねて用意しておいた。そいつがサラダを取ろうとして、ガシャーンと倒してしまった。</p><p>驚いたことに、そいつは俺に、お前の置き方が悪いから倒しちゃったじゃねーか！と叫びやがった。いつものように頭を下げ、すいませんと誤った。</p><p>それでも、そいつはいつまでもぐちぐち文句を垂れてきたから、よし、もう終わりにしようと思って、そいつに、やかましー！ちゃんと謝っただろ！いつまでもぐちぐち言ってんじゃないよ！くどいんだよてめーは！外でろや！と本当の自分を見せてしまった。</p><p>&nbsp;</p><p>どんだけ何を言われても仕事を覚えるためだと、我慢してきたので、自分を押し殺すのは大して問題ではなかったが。そろそろ、ここで覚えることもないだろうし、時間の無駄だと思い始めていたから、タガがはずれてしまった。</p><p>&nbsp;</p><p>そいつは、いつも大人しく弱そうにしていた俺が、まさか切れるなんて少しも思っていなかったのだろう、だって、そこの料理長に、サラダの水切りをする蓋のついたボールで俺が頭を殴られても、蹴られても、すいませんすいませんって誤ってたから、しかも２７歳ぐらいの若造だったから、余計に何にも言えない気の弱いやつだと思われていたのかもしれない。</p><p>俺は、仕事を覚えるまでは、どんなことがあっても我慢するって誓ってたから、言い訳は絶対しなかったし、バイトの学生さんたちにもしっかりと頭を下げていた。</p><p>&nbsp;</p><p>だから、そいつはびっくりしたのか、ショックが大きかったのか、目を白黒させて、震えていた。外でろと叫んでも、身動き一つできないようだった。</p><p>人間下手に出ると、本当に相手の本質が見えてくる。</p><p>今まで、俺を見下していた厨房の連中も、硬直状態だった。</p><p>&nbsp;</p><p>俺は、すみません料理長、こんな醜態を見せた以上は、ここではもうやっていけません、辞めさせていただきますと、でっかい声で叫んで。包丁を全部持って、帰ろうとした。</p><p>すると、今まで俺に散々いばり散らしてきた奴らが、ビビりながら、俺の方にきて、止めに来た。本店のオーナーを恐れているのはわかっていた。</p><p>&nbsp;</p><p>俺が抜けたら、店が回らなくなるのは目に見えていたからだ。</p><p>オーナーが来て、俺をなだめすかしたが、すぐには迷惑だからと思い、１ヶ月だけ残ることにしたが。そのばで、引導を渡した。</p><p>&nbsp;</p><p>きっと、こんな歳の俺は行くところもなく、生活に困り、何かに失敗して来たんだろうと、そんな空気だったから、あえて素性は聞かれなければ話さないようにしたし、なんとなくわかっていた。</p><p>ま、普通は、そう思うだろう。だって、若者の中に入ってきて、いい歳のおっさんが今更働きたいなんて言わないでしょ。</p><p>それと、あえてオーストラリアに永住するための修行だなんて口が裂けても言えなかった。</p><p>そうしないと、どうせ辞めてくんだと思われるのは目に見えていたし、真剣に扱ってはもらえないだろうと思ったからだった。</p><p>&nbsp;</p><p>その後の修行も、有名どころの立ちの寿司屋、魚屋が経営する回転寿司チェーンでも修行をしたが、若い人たちの中で、頭を下げながらも、実力で勝負し、上の人に認められ、店長や、責任者など、求められたが、辞めるのが難しくなると思い、お断りしてきた。</p><p>もうすでに、オーストラリアのビザをサポートしている店が決まっていたし、いつ辞めるかわからなかったからだ。</p><p>期待されると困る、変なジレンマがあったが、それにも耐えなければならなかったから辛かったし、どこか裏切っているようで、申し訳なかった。</p><p>&nbsp;</p><p>どうのこうのしているうちに、４年が過ぎ、オーストラリアに臨んだ俺は、すでに、４０手前になっていた。</p><p>だけど、まだまだ、俺にとっては新しい人生の始まりにもなっていなかった。</p><p>&nbsp;</p><p>料理人は、かなりストイックで、偏屈で、プライドが高く世間知らずが多い。</p><p>自分が一番だと、みんな思ってるほど、思い込みが激しい。</p><p>普通の社会人を経験したことがないし、一般人のように高校や、大学に行ってないので、どこか、コンプレックスを持っていて、普通の人に敵対心を持っている。</p><p>こだわりの、偏屈なラーメン屋のオヤジなんかを思い浮かべてほしい、あんな感じのやつが多い。俺の味みたいな。</p><p>&nbsp;</p><p>落ちこぼれが多いので、その反動で料理人で成功した人は、手に負えない。</p><p>厨房という狭い世界の中で、必死にもがいて生きているので、人間的にどこかおかしくなってしまう。普段おとなしいのに、厨房の中では凶暴だったり。</p><p>その小さな世界のなかでできた結束はかなり強く、外から入るのは至難の技だ。まして、みんな自分のポジションを守ろうとするので、熾烈な戦いが常に行われている。</p><p>A型が多いような気がする。</p><p>単純だから、褒めちぎられると、すごく喜ぶ人が多い。尊敬の念を示せば、必ずうまく行く。</p><p>どこでも、派閥があるので、最初にそれを把握しておく必要がある。</p><p>風俗や、パチンコしか楽しみがないやつが多い。</p><p>朝早くから、夜遅く働かされるので、遊ぶ時間がほとんどない。</p><p>自分たちの世界が普通だと勘違いしている。</p><p>&nbsp;</p><p>これだけ知っておけば、これから料理人となって店を持とうとしている転職希望のかたがたは、大丈夫だろうと思う。</p><p>少しはお役に立てただろうか。</p><p>&nbsp;</p><p>これから、さらに苦しい生活が始まるとは、思いもしなかった。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<pubDate>Tue, 07 Sep 2021 22:16:17 +0900</pubDate>
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<title>サラリーマンから、板前に転職したら、そこは別世界だった</title>
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<![CDATA[ <p>アラサーで転職、セカンドビジネスを考えてる人、アラフォーで半分諦めかけてる人、だけど人生をなんとか変えたいと切望してる人たち、アラフィフで定年後のことを考え始めてる人たち、みんな一生懸命頑張ってるよね、すごい頑張ってるパパ達、辛いよね、苦しいよね、悔しいこともいっぱいあるし、不安もいっぱいあるよね。両親がいる人なんかは、介護のこともよりいっそう、自分以外のことも悩んでるだろうし。</p><p>&nbsp;</p><p>もう、本当、みんな一生懸命生きてるよね。誰も褒めてくれないし、それが当たり前のような風潮だし。誰もその苦労を本当にわかってくれないよね。</p><p>悩んで、眠れない日々が続くこともあるだろうし、泣き言を言いたくても、誰にも言えないし、ヤケ起こしても、全部自分と、家族にそのしわ寄せが直接返ってきちゃうし。</p><p>&nbsp;</p><p>俺の親父とお袋は、最後に話すことも会うこともなくそのまま死に別れてしまった。親父なんて死んで墓参りにも行ってない。</p><p>自分が親になったいま、後悔することはただ一つ。両親んの辛かったこと、頑張ってきたこと、俺のためにしてきてくれたことを、素直になって、聞いてみたかった。そしてちゃんと、ありがとうって一言だけ、言いたかった。</p><p>だから、今は、心の中でありがとうって呟きながら、生きている。</p><p>&nbsp;</p><p>決して、裕福でもなく、周りの友達の家庭のような普通の暮らしでもなかったけど、みんなが買ってもらえるものも、うちでは贅沢品だったし、むしろ、欲しいものがあっても、親に気をつかって買ってなんておねだりなんてできなかった。</p><p>だから、流行り物や、キャラクターものなんか、全くと行っていいいほど、持っていなかったし、家族全員で外食なんて、一度もなかった。</p><p>&nbsp;</p><p>だけど、それが俺の世界だったし、そういうもんだって思ってたから、親を恨むこともなかったし、不幸だと感じたこともない。少しは他人を羨むことはあったが、それは物に対してで、他の家庭を羨むことはなかった。</p><p>こどもは、親が真面目にやってれば、十分満足だと思うよ。他の人と比べることなんかない。</p><p>あなたの家庭は、それ自体がオリジナルなんだから。子供の機嫌なんか伺う必要もないし、せめて、俺たち自身が生きてて楽しいって姿を見せていれば十分だと思う。</p><p>ぜったい、あとで感謝してくれると思うから。</p><p>&nbsp;</p><p>高校からは、欲しいものはバイトして買ったし、大学も入学金だけは親に借金してもらって行かせてもらって、あとは自分で学費を稼いで通ってた。</p><p>働きながら、学校行くのって、大変ってより、時間がもっとほしかった。</p><p>むしろ、親の金で学校行かせてもらって、やれサークルだ、カラオケだなんだって、毎日騒いでる他の学生達が、あまりにも幼稚で、子供に見えた。</p><p>&nbsp;</p><p>だから、就職した時、すごくコーフンした。</p><p>やった！、働くだけでいいんだってね。働けば働くだけ、お金がもらえるし、好きなものが手に入るんだって。なんか、やる気出たし、頑張れたね。</p><p>新型パジェロも買ったし、７０万円のオベーション（アコースティックギター）もボーナスで買えたし、スキーにもガンガン行けたし。</p><p>もう、俺には天国だった。だから、仕事がどんだけきつくても、人間関係に悩んでも、全然乗り越えられた。</p><p>&nbsp;</p><p>やっと、普通の幸せを手に入れたことに、最初は満足していた。</p><p>だけど、俺の中にはその先があった、広い世界に飛び出したいという願望だ。もうじゅうぶんだった、海外生活もできたし、会社での俺の仕事の目標も十分達成できたし、そこに望むものはなくなった。</p><p>地位や名誉、お金よりも、自由が欲しくなった。</p><p>&nbsp;</p><p>３４歳のサラリーマン。海外赴任の俺は、新しい会社を立ち上げ、あとは現地の人間に移行していくだけだったが、まだまだ、その責任は大きく、誰も代わりになる奴はいなかった。日系の会社なんて、やっぱ、駐在員は、日本の会社の中にいるのとおんなじ。</p><p>アメリカ人は、３時になったら、夕暮れの鳥のようにさっさと巣に帰っていくのに、日本人は、仕事がなくても、他の現地の日系の会社に向けての営業のため、パソコンでゲームをしながら、役員達は居残っている。</p><p>アメリカ人の副社長のフィルは、それをあざ笑うかのように、いつも皮肉を残して帰っていく。</p><p>&nbsp;</p><p>あほらし。</p><p>まだ、実務に追われる俺は、真面目に仕事をしながら、緊急事項や、見積もり依頼などに対処するために、しばらくはそこにいたけど、もうこれ以上くそまじめにやるのは、どんどんバカらしくなってきた。</p><p>日本は朝出勤時間、こっちは帰宅時間。家に帰っても、会社の携帯にも、家の電話にも、しょっちゅう日本からの問い合わせが来る始末。週末もそう。仕事から解放されることはなかった。</p><p>&nbsp;</p><p>若い頃は、そんな国際人に憧れていた、ビジネスマーン、ビジネスマーン、ジャパニーーズ、ビジネスマーン、の時代だ。セイコーのワールドタイムって腕時計を、モノマガでみて当時むちゃクチャかっこよくって、いつかこんな時計をしたいと、空港で佇んでいる自分を想像してはワクワクしたものだ。まさに井上陽水の曲、TRANSIT状態。</p><p>&nbsp;</p><p>それなりの地位、給料をもらって、有頂天になる人も多いが、現実、それだけの労力に見合った報酬をもらってはいない。役員のそれも上のほんの一握りの人だけが、労力に見合わない愕然とした金額を当たり前のようにもらっているのが現実だ。</p><p>これじゃあ、現場労働者と何の変わりもない。そこにあるのは、学卒、事務職、というプライドだけだ。果てしもない時間拘束、体力は使わないけど、精神はボロボロ、睡眠不足で、体もボロボロ、飯も喉を通らない。酒は飲む。体を動かさないから、どんどん不健康になり、免疫もさがり、気がつけば、成人病。</p><p>俺は、その中の1人だった。</p><p>&nbsp;</p><p>オーストラリアの知人が、会社を手伝って欲しいから、俺を必要としている。</p><p>これが、俺の辞職理由。</p><p>大嘘だった。</p><p>&nbsp;</p><p>そうでも言わないと、あんだけ給料をもらって、いい暮らしをさせてもらって、はい、やめますとは言えなかったから、どうしてもすぐにやめないといけない理由が思いつかなかった。</p><p>罷り間違っても、会社を辞めて、日本に帰り、料理人の修行をして、寿司職人になって、オーストラリアに家族で海外移住しますなんて言えなかった。</p><p>絶対、バカにされて、笑われて、ダメ出しされて、却下されるのは目に見えていたからだ。</p><p>&nbsp;</p><p>会社規定に基づいて、数ヶ月後に仕事を辞め、日本に帰国した。</p><p>３４歳の春だった。</p><p>それまで、普通の流れに従って生きてきた俺は、初めてその路線から外れた自分を自覚した。</p><p>あれだけ、昇進して、給料をもらっていれば、普通は辞めない。もう少し頑張れば、帰国してからも、それなりの待遇を受けられただろう。</p><p>当時で、３３歳のサラリーマンが、車つき、庭付きの大きな家を与えられ、ガソリンも使いたい放題、手取りで年間８００万ぐらいはもらっていたと思う。</p><p>大企業に勤めている方がたからしたら、安月給かもしれないが、３流大学出の俺には十分なほどの給料だった。</p><p>&nbsp;</p><p>就職先を探した。料理人の募集は、２５歳ぐらいまでしかなく、日本の年齢制限の厳しさを痛感した。だから、飛び込みで、一流の寿司屋を一軒一軒回った。どこも高級店だったので、自分のお金で入ったことなんてなかったので、すごく緊張したのを覚えている。だって、いかにも品のいい白衣を着た料理人がピシッと立っていて、その後ろにはネタ札に時価としか書いてない。せいぜい卵とマグロしか食べられなかった。</p><p>目的は、顔を売ること。様子を見てどの店がいいか目星をつけることだった。少しの会話と、お店の状況をそれとなく聞き出して、修行させてくれそうな店かどうかを、調べることだった。</p><p>&nbsp;</p><p>さすが、有名店ともなれば、対応も良く、接客も気持ちいい。俺みたいな一見さんでも、嫌味なく対応してくれた。素敵だった。これが日本人の誇る世界だ。文化だと、改めて感じさせられた。</p><p>絶対こんな粋な料理人になるんだと、心に誓い、新しい世界に踏み出している自分にすこし興奮していたが、その反面大きな不安もあった。</p><p>はたして、修行させてもらえるのだろうか？</p><p>&nbsp;</p><p>いくつかの店に打診してみたら、うちは他のお店の坊達を預かってまして、修行しているのは、ほとんどが、和食系の店の料理人を目指す、１３、４歳から、上でも高卒の１６、７歳の青年ばかりだとのことだった。</p><p>&nbsp;</p><p>ある店では、修行させてもらえないかと、勇気を持って面接だけでもとお願いしてみたけど、結局、経験などをみられて、ホールマネージャーとか、営業の仕事はどうかと、ぎゃくに求められてしまった。</p><p>ありがたいことだったが、その時の俺にはかなりショックだった。</p><p>遠回しに、その年で頭は大丈夫か？と言われているような気がした。</p><p>&nbsp;</p><p>１ヶ月ほど、鳴かず飛ばずで、呆然としていたところに、吉報が入った。ある高級回転寿司に口を聞いてくれる人がいるというのだ。義理の弟の友達が寿司職人だったことから、面接にこじつけた。そこは、中央卸市場そばにある、プロの寿司職人達がにぎる、大きな高級回転寿司屋だった。魚は、市場からの新鮮なネタ、プロの職人が握るっていうことで、大繁盛だった。</p><p>&nbsp;</p><p>そこのオーナーさんと話をした、回転寿司屋を何店舗も持っていて、うどん屋、雀荘などを経営している、実業家だった。</p><p>そのオーナーさんがどうしてここで仕事がしたいのかと、聞いてきた。もう、チャンスを頂いただけで嬉しかった俺は、率直に、寿司の修行をして、寿司職人になりたいです。給料はいくらでもいいので、働かせてください、とお願いした。</p><p>&nbsp;</p><p>すると、オーナーさんは、あなた、ご家族いらっしゃるんでしょ。それなりの給料は払いますから、そんな無責任ではダメだよって、逆に言われてしまった。</p><p>本当にいい人で、俺のやる気をすぐに認めてくれて、想像以上の給料をもらえることになった。そして、それなりの仕事はしっかりやってもらうと言われ、晴れてすし修行が始まった。</p><p>&nbsp;</p><p>実はね、学生時代に１年だけ、和食料理屋で、包丁を握らせてもらったことがあったんだ。そこは、カウンターがあって、料理長が刺身などカウンターで接客しながら捌いて、料理を出すという洒落た店で、活き造りなどだしたり、粋なお店だった。</p><p>その横で、仕込みなんかさせてもらって、お客さんと話をしながら、すごく楽しかったことを覚えている。だけど、大学生の俺は、その世界は全く別なもので、時給が安くて学費を稼ぐには厳しかったので、せっかくよくしてくれたのに、裏切るような形で、やめてしまった。</p><p>けれど、包丁を握る楽しみはわすれなかった。</p><p>&nbsp;</p><p>アルバイトと修行。これは天と地との差がある。覚悟を決めなければいけない。</p><p>仕事を覚えられるまで、本当に小さいことから、たくさんのことを経験していかなくてはならない。サラリーマンと違って、そこにはセットで仕事を用意されているわけではない。いいかえれば、サラリーマンなら、お茶汲みや、掃除を基本からさせられているようなものだ。</p><p>&nbsp;</p><p>そこは、修羅場だった。厨房を仕切る宮田さん（仮名）は、超一流料理人、和食の達人だった。そして、ホールを仕切っている、意地悪ばあさん。</p><p>まずは、この店の料理を知ってもらうということで、多分、俺の能力を見極めるために、接客の仕事から始めることになった。様々なアルバイトを学生時代からやってきたので、接客にはなれていて、仕事柄営業も得意だったから、メニューもすぐに覚え、すぐにパートのおばちゃん達ともうまくやって、そこに馴染んでいった。</p><p>しかし、残念ながら、おきまりのような嫌がらせがあった。そこを仕切る意地悪ばあさんだった。ほかのパートのおばちゃんからも嫌われて、距離を置かれていたのか、彼女らと仲良くやっていた俺が気に入らなかったのか、敵意を向けてきた。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/paparobot/entry-12696576274.html</link>
<pubDate>Tue, 07 Sep 2021 13:36:54 +0900</pubDate>
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<title>漫画大好きオヤジおすすめ</title>
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<![CDATA[ <p>５４歳の俺は、今でも漫画大好き、昔のものも今のものも面白そうなものを貪りながら、読んで楽しんでます！</p><p>ググって、おすすめ完結漫画を探すけど、もう一つ自分の好みに合う漫画がなくて、とにかく昔から連載されてた漫画を全て探して、その中から面白そうなものをかじり読んでは、吟味した上で全巻購読するかどうかを秤にかけながら、読書に耽っています。</p><p>&nbsp;</p><p>俺の世代の漫画好きでも、やっぱバトロルものとか、恋愛もんとか、ドラマものとか、SFものとか、世紀末ものとか、スポ根ものとか、人それぞれ本当好みが違うと思うけど、俺が大体好きなのは、古いのも新しいのも含めて、俺は鉄平、めぞん一刻、ファブル、外道の歌、ベイビーステップ、うーんちょっと思い出すのがめんどいので、また次の機会に全部ご紹介しようと思うのだが、やっぱ同世代に生きた漫画家の漫画がハマっちゃう。</p><p>&nbsp;</p><p>きっと、同世代に生きた人に通ずる、ギャグのセンスだとか笑いのツボとかが抑えられている気がするし、やっぱ書いてる本人も楽しんでるのがわかる。確かに鬼滅の刃とかもストーリー的にはハマったけど、なんか、ああいうもんじゃない、俺たちオヤジ世代の心にスラーっと流れて入ってくるような面白さってあると思うんだよね。</p><p>&nbsp;</p><p>明日天気になあれとか、火の鳥とか、あーそうだこれは絶対外せない、浦沢直樹さんの</p><p>MOPNSTERあるでしょ、そういう心にずっしりとくる漫画を、俺たちの世代の人はたくさん出会ってきたと思うのね、軽いのも重いのも含めて、そんな漫画をこれからも手当たり次第探していこうと思う次第であります。</p><p>&nbsp;</p><p>では、今まさにハマってるのが、ゴルフ漫画の黄金のラフ（なかいま強）。今現在は主人公がバリちゃんていうキャディーと回ってるストーリーなんだけど、これは黄金のラフ２です。</p><p>漫画って面白いね、なんだってそうだけど、第一印象と、タイトルだけでほとんどそれを手に取るから、読んでみないと面白いかどうかわからない。だから、いままでどんだけ読まずに過ごした面白い漫画があったんだろうと、常々後悔してます。</p><p>だから今は、少しでも興味があったら、できるだけ最初の巻から数巻までは頑張って読んでみて、ワクワクしてきたら続けて読んで、読んでて冷めてきたら、思い切って、読むのをやめることにしている。これはとっても勇気のいることで、まるで初めて入るレストランのようなそんな感じ。ただ、見つけた時の感動はひとしおだ。</p><p>&nbsp;</p><p>だけど、けっこうある程度読み込まなきゃその面白さがわからないってう、どツボにはまってしまうことが多い。これは、やっぱり、漫画家も成長しているわけで、考えながら書いていくうちに、どんどん新しいアイデアが生まれてきて、漫画自体も成長していくと思うのね。だから、最初の巻は絵柄も下手だし、内容もイマイチだけど、読んでるうちにどんどん面白くなっていくような、そんな感じ。だから、いい漫画を自分で見つけるのは結構難しい。</p><p>&nbsp;</p><p>だから、損得を考えると、どうしても名作漫画おすすめとか、読まなきゃ損おすすめ漫画とかから、ピックアップして時間をかけて探すんだけど、その中から自分の好みにあった漫画は、ほとんど見つからず、逆に時間とお金の無駄遣いをしてしまっていた。</p><p>&nbsp;</p><p>今回、この漫画を見つけたのも、昔気になっていた、うっちゃれ御所瓦っていう、相撲漫画を読んでみたのだが、うーん、相撲？って思いながら読んだら、それなりに面白くて、その作者の他の本も読んでみようと思い立ち、見つけたのがこの黄金のラフ。風の大地とか、けっこう熱いゴルフ漫画もあるんだけど、何十巻もありすぎて、途中で挫折してしまった。ゴルフ漫画は俺の好みのジャンルの一つなので、いろいろ探して試してみたんだけど、なんかもう一つストーリーがありきたりで、少しだけ頭が肥えてしまっている俺には、あまり響くものがなかった。</p><p>&nbsp;</p><p>しかし、久しぶりに腹を抱えて笑える、しかもストーリー展開も予想を外されるほどで、その上サクセスストーリーではないので、今までの俺の予想をはるかに超える展開になって、面白くてしょうがない。</p><p>&nbsp;</p><p>まだまだ、探せば面白い漫画はきっともっとあるはずだー。</p><p>この漫画家、じつはちばてつやさんの弟のあの野球漫画のキャプテンで有名なちばあきおさんのアシスタントをしていたそうだ。</p><p>だから、少しは影響を受けているのかもしれないし、そもそも同じタイプの性質で、自然んとそこに集まったのかもしれないが、笑いのセンスは俺の好みだと思う。</p><p>同じ沖縄生まれだからかもしれないけど。</p><p>&nbsp;</p><p>皆さんの好みに合うかわかりませんが、どうしてもこのハッピーな気分を分かち合いたくて、紹介させていただきました。</p><p>&nbsp;</p><p>なかいま強（つよし）先生、今から、黄金のラフ２、残り１０巻から、１３巻楽しませていただきます。ありがとうございまーす！！！俺は幸せです！！</p><p>&nbsp;</p><p>ps、わたるがぴゅん、も読もうと思ってます。</p><p>&nbsp;</p><p>あ、今誤字脱字がないかチェックしていたら、一つ面白い漫画思い出した、響（ひびき）っていう漫画、探してみてください、結構スッキリします。</p><p>&nbsp;</p><p>漫画好きの親父の皆さん！たのしもーねー！！！</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/paparobot/entry-12696203178.html</link>
<pubDate>Sun, 05 Sep 2021 14:13:58 +0900</pubDate>
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