<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>日常と読書日記</title>
<link>https://ameblo.jp/paprika-fein/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/paprika-fein/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>日常で感じたことと最近読んだ本の感想をつらつらと書いてます。</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>大人</title>
<description>
<![CDATA[ 昨日のライブは本当に楽しかった。<br>いろんな人に実際にあって、新しい人と出会って話して<br>なんだか自分が社交的になったみたいｗ<br><br><br>そしてやっぱり晴一さんはカッコよかった。<br>そりゃライブやってる姿はかっこいい、<br>好きなことを仕事にして全力で楽しんでいるんだもの。<br><br><br>でも僕が最初にかっこいいと思ったのはカフェイレだった。<br><br>カフェイレは中学ぐらいから聞いててその中で<br>何かに対して自分の考えをちゃんと持って話している晴一さんに純粋に感動した。<br><br>今のあるコーナーの晴一の辞書とかはまさにそれだけど、<br>軽くＦＴでしゃべってる話や<br>これはこんな理由で書いたっていう歌詞の解説とかで<br>なんてすごい人なんだろうと思った。<br><br><br>でも最近、それって大人だったら当り前のことなのかなと思い始めている。<br>社会に出ていろいろな人との摩擦の中で得た自分の考えをみんな持っていて、<br>でもそれを話す機会がないんじゃないかと。<br><br>例えば自分の親が「生きることは○○である」なんてことを<br>僕に話す機会なんてほとんどないし、それは大学の先輩も友達も同じく。<br><br><br>ラジオという媒体の特性上、そういう機会があって<br>晴一さんだけじゃないのかななんて思い始めている。<br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/paprika-fein/entry-11367344653.html</link>
<pubDate>Sun, 30 Sep 2012 04:26:26 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>残り時間</title>
<description>
<![CDATA[ ２か月後の学際で引退を控えたサークルで、<br>やり残したことはないか？<br>あと２か月でやれることはないかとよく考える。<br><br>僕が所属するサークルは文化系放送サークルで<br>運動部ほどの先輩後輩関係が厳しくはない。<br>だから先輩が絶対的なわけではなくわきあいあいとやってきた。<br><br>それでも１年の時にみた３年生の背中は無条件にカッコよくみえた。<br><br>その中で特に<br>『後輩と友達のように接する。でもやることはしっかりやる。』<br>という先輩を尊敬し憧れた。<br><br><br>今、僕はあの時の先輩と同じ学年になって肩書も付いた。<br>技術的には及ばないし、無条件にカッコよくも見えないとも思う。<br>けれどスタンスだけはあの時憧れた先輩にはなれた気がする。<br><br><br>残りの時間で出来ることは限られてる。<br>あとはどれだけその時間を楽しめるか。<br>重要な事はそれだけなのかもしれない。<br><br><br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/paprika-fein/entry-11348174931.html</link>
<pubDate>Fri, 07 Sep 2012 03:09:04 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
