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<title>転職女王はお人よし</title>
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<description>自分のコンセプトは、常に自分らしくあること。ただし、余りにもお人よし過ぎて、いくつも仕事を掛け持ってしまった。　何事にも前向きに生きる、わがままなくせに結局良い人と言われる自分の考えをつづります。</description>
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<title>転職１回目</title>
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<![CDATA[ <p>若い人の金銭感覚って、今になれば理解できるが、当時の私には分からなかった。</p><p>保険のCMで<font color="#ff0000" size="3">「よ～く考えよう、お金は大事だよ」</font>というフレーズがあった。</p><p>最近でも、5億円以上の年収がある人に「お金は大切だから」と言われ、ショックを受けた。</p><p>一般的にお金を持っている人から、そんな平凡なアドバイスをもらうとはっ、予測できなかった。</p><br><p>お金は大切だと、誰もが知っている。</p><p>お金は有限だとバイトを始めてから気づいたが、ゲームセンターやカラオケが楽しく、友達と食事に行ったり、合コンも楽しい。</p><p>15万円のアルバイト代は、わずか1週間でなくなってしまう。</p><br><p>私は父に言った。</p><p><font color="#ff0000">「どうしても、お金を使ってしまうのよ。　とてもじゃないけど、生活なんて出来そうにない。　どうしたら良いと思う？」</font></p><p>すると父は私の生活を考え、アドバイスをしてくれた。</p><p><font color="#0000ff">「<font size="3">収入と支出、バランスが大事。</font>　一般的には、収入の2割しか貯金できない。　自分が貯金できないのは、どこか浪費しているんだ。　<font size="3">何が必要で、何が無駄か、よく考えろ」</font></font></p><br><p>私は良く考えた。</p><br><p><font color="#ff0000" size="3">「カラオケも合コンも、ショッピングも削りたくない。　お金は稼いだだけは浪費してしまうものよ。</font></p><p><font color="#ff0000" size="3">どうせ支出をセーブできないなら、収入をあげましょう」</font></p><br><p>私は店長に訊いた。</p><p>「私、今の自給（700円）では生活できません。　自給を手っ取り早くあげる方法ってありませんか？」</p><p>すると店長は「ガソリン関連商品を売ってくれ。　たくさん売ると、自給はあがる」と言った。</p><p>「それから、現金会員を増やすと良い。　必ず自給はあがるよ」と付け加えた。</p><p> </p><p>私はその日から、一生懸命現金会員を増やすため奔走した。</p><p>毎日、知ったお客さんも知らないお客さんも、手当たり次第に声をかけた。</p><p>オイル交換をするため、ボンネットを開けさせるトークや、関連商品の知識を頭に詰め込み、出来る限り短時間で交渉することを覚えた。</p><p> </p><p>しばらくして、ENEOSのスーパースタッフレースというのがあり、私がバイトしている店舗が３県でトップ２に入ったという知らせを受け、社長や部長が私の顔を見に来た。</p><p>新しく入ったバイトが、商品売り上げを伸ばし、正社員や店長の売り上げを追い抜いて、<font color="#ff0000" size="3">最高自給の1100円</font>をもらっているらしい。</p><p>時間があれば清掃をし、商品を整理し、まだ在庫があるのに「店長、私は今日これを全部売りますから、注文よろしく！」などと、ふざけたことを言う。</p><p>ところが、そのバイトはセリフ通りの結果を出す。</p><br><p><font color="#800080" size="3">いったいどんな人なんだ？？？</font></p><br><p>社長や部長は、私がどんな人間か興味津々だった。 </p><br><p>その頃の私は、どうにか支出に見合った収入を叩き出した。</p><p>20万円以上のバイト代をもらい、毎日のバイトが楽しい。</p><p>幸せだと感じていたそんなある日、店長に呼ばれた。</p><br><p><font color="#0000ff" size="3">「正社員にならないか？」</font></p><br><p>私は考えた。</p><p>将来のことを考えれば、年金とか保険とか必要なのは分かっている。</p><p>ただし、正社員になって手取りはいくらなのか？</p><p>3年後、5年後、私はどうなっていたいのか？</p><p>ガソリンスタンドは楽しいが、楽しいだけで終わってしまう。</p><p>一生この仕事を続けるつもりはない。</p><p>私は留学を終えてから、やりたいことも見つからない。</p><p>何かを見つけたくてバイトをしているだけなのだ。</p><br><p><font color="#ff0000" size="3">「お断りします。」</font></p><br><p>私の答えに店長は<font color="#0000ff" size="3">「なぜ？」</font>と返した。</p><br><p><font color="#ff0000" size="3">「将来性を感じません。　</font></p><p><font color="#ff0000" size="3">もし私が店長になったとしても、給料は知れてますよね。　</font></p><p><font color="#ff0000" size="3">とてもそんな給料では満足できません。　</font></p><p><font color="#ff0000" size="3">好きだから長続きする、というのは一理あると思いますが、私はもっと自分の可能性を信じたいです」</font></p><br><p>私はそれから英語を再度、勉強することにした。</p><p>毎日、毎日、バイトで疲れて帰宅したら寝る。</p><p>何もしないのでは、時間があっても意味がない。</p><p>時間はみんな、平等に24時間与えられている。</p><p>人よりもっと、と望むのならそれなりの努力が必要だ。</p><br><p><font size="3">そして私の出した結論は・・・バイトを辞める！</font></p><br><p>私が当時一番悩んでいたことは、<font color="#ff0000" size="3">時間が有限</font>だということを知っていたからだ。</p><p>もちろん、みんな知っていることだと思う。</p><p><font color="#ff0000" size="3">お金は増やすことができるが、時間は減っていくだけ。</font></p><p>絶対に取り戻すことができない。</p><br><p><font size="3">私の若さはいつまでも持続しない。</font></p><p><font size="3">若い頃の1年は本当に大切だ。</font></p><p><font size="3">その貴重な時期に、どうして私はこんなバイト（単純作業）をしているんだ？</font></p><p><font size="3">時間を切り売りして、給料をもらう。</font></p><p><font size="3">すごく当たり前のことが、とても嫌だった。</font></p><br><p><font color="#ff0000" size="3">私は自分にしかできない仕事がしたい。</font></p><p><font color="#ff0000" size="3">やりがいのある仕事で、自分が好きな仕事で、さらに収入が他人より高ければ言うことはない。</font></p><p><font color="#ff0000" size="3"><br></font></p><p>私は英語を使った職業を探しに、職安へ行った。</p><p>そこで、事務員募集という求人を見つけ、さっそく応募した。</p><p>私は夢を追いかけ、英語を使った職場に飛び込んだ。</p><p>１２人の面接で私が採用になったのは、ガソリンスタンドでバイトを始めて2年が経過したときだった。</p><p> </p><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/paraparaonna/entry-11918178672.html</link>
<pubDate>Mon, 01 Sep 2014 01:55:22 +0900</pubDate>
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<title>夢を叶えた引換えは、転落人生の始まり（２）</title>
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<![CDATA[ <p>アメリカの高校は２学期制、3学期制、４学期制、と色々ある。</p><p>私が通った高校は公立高校で、新学期は8月初旬、卒業は6月初旬である。</p><p>当然、私が通っていた日本の高校の卒業式には間に合わず、<font color="#0000ff" size="3">就職浪人</font>になってしまった。</p><br><p>何か良いバイトはないか？</p><br><p>私は<font color="#ff0000" size="3">英語を使った仕事につきたい</font>、と考えていた。</p><br><p>若かりし頃の私は、我慢をすることが嫌いだったため、出来るだけ自給の良いバイトを求めていた。</p><p><font color="#ff0000" size="3">飲み屋なんてどうかしら？？？</font></p><p><font color="#ff0000" size="3">おしゃれは出来るし、ちやほやされる。</font></p><p>そんな話を父にしたところ、父に激怒された。</p><br><p><font color="#0000ff" size="3">「お前はバカか！？</font></p><p><font color="#0000ff" size="3">頭が良い女でも、飲み屋ではバカを演じなきゃならない。　良いお客さんばかりなら良いけど、からむような客も多い。　人間関係で揉まれてない世間知らずの子供に何が出来る？　自分のエゴをムリヤリ通すお前には、絶対に勤まらない！</font></p><p><font color="#0000ff" size="3">自分の金銭感覚が普通じゃないことを分かっていないだろう？</font></p><p><font color="#0000ff" size="3">とりあえず、高望みをせずに普通にバイトをして、自分でどれだけ稼げるのか、仕事をしてみれば分かる」</font></p><br><p>なるほど、一理ある。</p><br><p>私は<font color="#ff0000" size="3">ガソリンスタンドでバイト</font>を始めることにした。</p><p>アメリカから郵送してもらった卒業証明書で日本の高校の卒業証書を発行してもらった日は、9月1日となり、私1人と両親、先生数名で卒業式をした。</p><p>当時は海外の卒業証明書で日本の高校の単位に充てて卒業することは、珍しかった。</p><p>教育委員会で揉めた末、やっと卒業証書を手に入れた。</p><p>私がした事が、県内初の出来事だったことを後日知った。</p><br><p>ガソリンスタンドのバイトは楽しかった。</p><p>毎日、毎日、国道を通過する車やバイクを眺めた。</p><p>どんな高級車にも興味がなかった私は、車にはいろいろな種類があることを知った。</p><p>トヨタやホンダ、日産、スズキ、ダイハツ・・・車のメーカーもたくさんある。</p><p>そんな一般常識さえ、私は知らなかった。</p><p>ピアノを弾いて、好きな本が読める生活が幸せだと思っていた。</p><p>お金は家にあるし、欲しいものがあれば買ってもらえる。</p><p>母が私の好きな食事を作ってくれないなら、タクシーで食事に行けばよい。</p><p>バイトを始めて１ヵ月後、そんな安易な考えは、突如吹き飛んだ！！！</p><br><p><font color="#ff0000" size="3">「うそでしょう？　たったのこれだけなの？」</font></p><p>バイト先の給料明細を見た直後の私の一言。</p><br><p><font color="#ff0000">15万円しかない。</font></p><p>自給７００円で1ヶ月働いて、手取りは15万円。</p><p>私の高校生の頃のおこづかいは、月/8万円だったのに。</p><p>周りに裕福な友達がいて、月/４０～５０万円のおこづかいをもらっていたので、自分のおこづかいは少ないとさえ思っていたことが、なおさらショック！</p><p>そして父の言葉が頭に蘇った。</p><br><p><font color="#0000ff" size="3">自分の金銭感覚が普通じゃないことを分かっていないだろう？</font></p><br><p><font size="3">ああ～っ</font></p><p>やっと自分の金銭感覚が世間とずれていることを知った。</p><p>そして父がどれだけ一生懸命働いて、現在の地位を維持しているのかを知り、<font color="#ff0000" size="3">お金は簡単には稼げないことを</font>学んだ。</p><br><p>そして父の教訓を思い出す。</p><br><p><font color="#0000ff" size="3">「学校を卒業するまでは、子供の望みをできるだけ叶えてやる。　</font></p><p><font color="#0000ff" size="3">金も物も好きなだけ与える。　</font></p><p><font color="#0000ff" size="3">ただし、卒業後は自立しろ。　それがお前の未来のためになる」</font></p><br><p><font color="#ff0000" size="3">甘やかすだけ甘やかして、いきなり私を貧乏のどん底に突き落とすわけ～？</font></p><p>何のために留学までしたのよっ</p><p>私はこんな安い給料で働くなんて、絶対に嫌よっ</p><br><p>私はバイトを始めてから、おこづかいという制度がなくなり、<font color="#ff0000" size="3">お金は有限</font>だということを知った。</p><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/paraparaonna/entry-11916714917.html</link>
<pubDate>Fri, 29 Aug 2014 00:42:13 +0900</pubDate>
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<title>夢を叶えた引換えは、転落人生の始まり（１）</title>
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<![CDATA[ <p>私の現在のライフスタイルが始まったきっかけは、もちろん私だった。</p><p>両親には海外で暮している国際結婚をした友人がいて、毎年夏休みに日本に来るので、私は毎年その子供たちに会うのを楽しみにしていた。</p><p><font color="#ff0000">ハーフの子供たちは日本語がべらべら、そして英語はネイティブという、いわゆるバイリンガル。</font></p><p>私はもっともっとおしゃべりを楽しみたくて、一生懸命勉強をした。</p><p>英語を勉強するなんて、本当に大変だった。</p><br><p>もともと私は勉強なんてしたことがない。</p><p>物心つく前から、なぜか<font color="#ff0000">ピアノ</font>に興味を持ち、生まれて初めて習い事がしたいと母に言ったのは「オルガン」だった。</p><p>当時私は<font color="#ff0000">2歳</font>。</p><p>ひらがなも書けないし、自分の言いたいことも伝えられない。</p><p>そんな幼い頃からオルガンを弾き続け、オルガンに限界を感じた小学生の頃からピアノを習い始めた。</p><p>家にいる間はピアノを弾く毎日。</p><p>とても勉強をする暇などない。</p><p>つまり、勉強をしたことが無い私は、当然落ちこぼれ。</p><br><p>ただ、もっとコミュニケーションを楽しみたい、と願うようになってから、私は勉強に熱が入った。</p><br><p>私はその後、落ちこぼれから一気に成績を上げた。</p><p>その成果を両親に認めてもらい、私は<font color="#ff0000">高校留学</font>をした。</p><p>詳しく言えば、高校３年生をアメリカで過ごし、卒業したのだ。</p><br><p>私は「留学したい」という夢を叶えた。</p><p>10代の私は<strong>、<font color="#ff0000" size="3">「望んだものは全て手に入れる！</font></strong></p><p><font color="#ff0000" size="3"><strong>自分が強く望んで、手に入らないものなど無い！」</strong></font>と思っていた。</p><br><p>ところが、10代の私には、「留学」という「短期ゴール」は設定していたが、そのゴールの先には何も目標を持っていなかった。</p><p>私が高校卒業する年はロス暴動　<a id="normal_strip" href="http://urx.nu/bpRU" target="_blank">http://urx.nu/bpRU</a> があり、私はロスの空港に行く前に2週間ほど足止めをくらった。</p><p>帰国したのは6月中旬、普通に高校を卒業するのは3月のはずだが、私の履歴書には「9月卒業」と書くしかなかった。</p><p>もう1年高校に通って、1年下の生徒と卒業して大学を目指すか、就職するか？</p><p>・・・悩んだ。</p><br><p>悩んだ末にたどり着いた結論は、「どこでも良いからバイトして、ゆっくり考える」だった。</p><br><p>当時はバブル、父が経営する建設会社は多大な利益を上げていたのだが、私が卒業する前に<font color="#ff0000" size="3"><strong>「バブル崩壊」</strong></font>というニュースが流れた。</p><p>景気が良い時代は本当に終わるのか？</p><p>ドレスを着てパーティに参加したり、フェラーリやポルシェを所有する彼氏とのドライブや別荘でのお茶なんて、今考えれば夢だったんじゃないかと思うくらい、当時の私は派手な生活をしていた。</p><p>高校生でエステに通い、ランチはすし屋、イタリアンやフレンチが大好きで、お金が無くても食事が出来た。</p><p>「お父さんに請求書をまわして」との一言で終わり。</p><br><p>高校生の私は、両親に何でも買ってもらえたし、みんなから<font color="#800080" size="3">ちやほや</font>されるのが当たり前だと思っていた。</p><p>その私が・・・<font color="#ff0000" size="3"><strong>生まれて初めての挫折</strong></font>を知ったのが高校卒業後のことだった。</p><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/paraparaonna/entry-11916699595.html</link>
<pubDate>Thu, 28 Aug 2014 23:53:10 +0900</pubDate>
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<title>借金1億円・・・その後</title>
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<![CDATA[ <p><span style="FONT-SIZE: large; COLOR: red">かよぼー（転職女王の名前）は大変な苦労人。</span><br>地元ではそう考える人も少なくない。<br>実際、<span style="COLOR: red">私は父が借金の保証人になったことをきっかけに、父の借金を肩代わりした親孝行な娘</span>、というイメージがある。　半分本当で半分うそ。<br>なぜなら、<span style="COLOR: red">私は「苦労した」と思っていない。</span><br><br>先日、父が言った。<br>父：「支払い、結構減ったなあ。　昔はきつかったよな」<br>私：「そうよね。　きっかけは父さんが借金の保証人に逃げられたからだけど、実際にはその人がいないと私の人生が上手くいかないのよね」<br><br>借金の連帯保証人になってくれ、と言ったのは、父の昔の親友で、私がアメリカ留学をするきっかけをくれた人である。　英語を勉強することが面白い、と私に興味を与えてくれたおかげで、少しは勉強する動機ができた。　その後、英語の成績は落ちこぼれから、1年後にはトップになった。<br>英語を勉強していなければ、翻訳のアルバイトも、現在の会社に勤めることもできなかっただろう。<br>そんな経緯もあり、私は父の元親友に対して「恨み」なんて微塵もない。<br>どちらかと言うと、「感謝の気持ち」が勝っている。<br><br>そんな過去を振り返りながら<br>私：「結果的には、借金があって良かったってことになるのよね」<br>父<span style="FONT-SIZE: large; COLOR: blue">：「お前には苦労をかけたかもしれんな」</span><br>私<span style="FONT-SIZE: large">：「？？？　別に気にしないで。　<span style="COLOR: red">たいした借金じゃなかったのに、運悪くちょっと大袈裟な金額になっただけのことよ」</span></span><br>父：「ああ、今思えばムダなところに金を使ったから」<br>私：「店の日本庭園が失敗だったような気がする。　京都から庭師を呼んで作ったんだから」<br>父：「いや、和室だろう。　1枚ものの欄間は高かった」<br>私：「父さんが気に入って買った電光掲示板も60万円よ、あれこそムダよ」<br>父：「それを言うなら、あの古ぼけた抹茶茶碗もムダだろう」<br>私：「え～！　あれは人間国宝の作品なのよっ、高いんだからね」<br>父：「本当に高いのか？　父さん、ゴミ入れてた。　テーブルの上に無造作に置いてあったから」<br>私：「はっ？　あれは飾っていたの！　今それ、どこにあるの？」<br>父：「さあ、捨てたかもしれん。　かよは気に入って使っていたけど、買ったときから小汚い茶碗だったからなあ」<br>私：「なんだか、すごいショック・・・」<br>父：「あんな小汚い茶碗のことは気にするな。　そのうち掃除してたら出てくるかもしれん。　物も経験も、ムダと思っても、後でやっぱり必要だったと思えるものもある。」<br>私：「茶碗の行方を上手くはぐらかされた気もするけど、物はまた買えるよね。　確かに経験はお金で買えない。　<span style="FONT-SIZE: large; COLOR: red">その経験を得るために、お互い、ちょっと苦労したかもね」</span><br><br>そんな話をしていると、母が会話に割り込んできた。<br>母<span style="FONT-SIZE: large; COLOR: orange">：「あんたたちはっ、いったい誰が一番苦労したと思っているの？」</span><br><br><strong>父も私もお互いに自分の顔を指差す。</strong><br><br>母<span style="FONT-SIZE: large; COLOR: orange">：「違うでしょう？　二人とも胸に手を当てて、よく考えてみて。　あんたたちが余計なものばかりにお金を使うから、私は父さんの会社（建設業）とかよさんの店（飲食店）のお金をまわすのが大変だったのよ」</span><br><br><strong>父と私は「なるほど」と頷く。</strong><br><br>母<span style="FONT-SIZE: large; COLOR: orange"><strong>：「いったい誰が私に苦労かけたと思っているの？」</strong></span><br><br><strong>父は私を、私は父を指差した。</strong><br>（鏡でも見ているのか、というくらい息がピッタリ！　さすが親子！）<br><br>母：「たいした金額じゃなかったのに、運悪くちょっと大袈裟な金額になったって・・・、まるで他人事みたいじゃないの」<br>父：「母さん、みなまで言うな。　分かってる」<br><br>事の真相は、家族全員知っている。<br>父が元親友の連帯保証人になって背負った金額は1500万円。　その借金を早期返済してあげよう、と私が自営業をはじめ、父も私も自分の欲しいものを作ったり買ったりした結果、借金が増えて1億円。　ちょっと運悪く、と言ったのは、ここまでお互いの事業が景気に左右されるとは思っていなかったこと。　<br><br>みんなちゃんと知っている。<br><span style="FONT-SIZE: large; COLOR: red">一番の苦労人は「母さん」</span>だった。</p><p> </p><p>ついでに言うと、このブログ、「転職女王」よりも「借金女王」の方がしっくりくるような気がする。</p><p>気のせいだろうか？　苦笑</p>
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<link>https://ameblo.jp/paraparaonna/entry-11915966664.html</link>
<pubDate>Wed, 27 Aug 2014 15:27:57 +0900</pubDate>
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<title>借金1億円のはじまり</title>
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<![CDATA[ <p>私が２５歳のとき、成り行きで自営業をしたことがあった。<br><strong><span style="COLOR: blue">父が親友の連帯保証人になり、その借金返済</span></strong>のため、私が独り立ち上がった！<br><span style="FONT-SIZE: large; COLOR: red">「お父さん、心配しないで！　私が手伝うよっ」</span>と大きなことを言い、飲食店を経営することになった。<br>その頃は私も若く、努力すればどうにかなると思っていた。<br>私ってば、ツメは結構甘いのよね。<br><br>その後、父が経営する建設会社も経営が悪化し、最悪の状態になってしまった。<br><br>私が失敗、と思ったこと<br>①飲食店を開業するため、その土地店舗を買い取ったこと。<br>②プロ志向の機材、製品を揃えた　（オーブン一つでBMWが買える、どう考えても元が取れない）<br>③リサーチする暇なし<br>④余計なものにもお金をかけた。<br><br>　<br>何が余計かと言うと、父が日本庭園が好き、という理由で、100万円以上の庭園を作った。<br>その日本庭園を見ながら、畳の部屋で玉露が飲みたい、という私の趣味で、和室を作った。<br>和室のテーブルは20万円、私の抹茶茶碗が100万円。<br>その部屋にある欄間は、骨董屋が「現金で今すぐ50万円置いていくから譲って欲しい」と言ったほどの代物。　「何よ～、お父さんがお金かけるなら、私だって～」というどうでも良い理由で、かなりお金を使ってしまい、店を始めた当初から、かなりの借金・・・。<br><br>数年が経過したある日<span style="COLOR: orange">、<span style="FONT-SIZE: large">「あんたたち、何をやっているの？　借金を減らすのが目的なのか、借金を作るのが目的なのか、はっきりしてよっ」</span></span>と母が言った。<br>そうか、ちゃんと整理しないと、いくら借金があるのか分からなくなってしまう。<br><br><span style="FONT-SIZE: large">その時、私の借金額は5800万円、父の会社負債と個人の借金の合計は4200万円と判明。</span><br><strong><span style="FONT-SIZE: x-large; COLOR: red">「えっ！？　借金１億円！？」o(^▽^)o</span></strong><br><strong><span style="FONT-SIZE: x-large; COLOR: red">「すごいじゃん！　っていうかヤバイ？　せめて９９９９万円だったら多額って感じしないのにね」</span></strong><br><br>私のセリフに母唖然　「・・・」<br><br>その後、店の経営状態も悪化し、父と私はお互いにハンコを押し合い、サインをし合って保証人になり、運転資金を入手。　ある程度借金返済のめどがついたところで、私は自営業をリタイアした。<br><br>借金１億円の最大の理由は、多分私だろう。　私は銀行の向かいにある土地・建物が欲しかった。<br>父が生きているうちは分からないが、私の老後には必ず価値が上がる日が来る！と予測している。　</p><p>父も私も、なぜか分からないが、その土地にこだわっていた。　それを手に入れるためなら、どんな業種で事業をしても構わなかったと思う。　<br><br>よく、私が事業に失敗した、とか、浪費家、深く考えずに何でもできる、なんて言う人がいる。<br>私は「事業に失敗した」とは思っていない。　当時は稼いでお金をまわすことが必要だった。<br>加えて、私は目的の土地建物が欲しかった。　ちょっとした父と私の遊び心で、ほんのちょっと借金が増えてしまっただけのこと。<br><br><span style="FONT-SIZE: large; COLOR: red"><strong>私は来月41歳、当時の借金は全額返済し、残りは土地建物のローンのみ。（たったの650万円）</strong></span><br><br>私独りで、すでに5000万円返済していた。<br><br>そして一安心、という去年にまた、借金をしてしまったのよね。</p><p>人生は楽しくなくちゃ生きている意味がない！</p><p>そして、欲しいものは手に入れる！</p><p>自分がどんな人生を送るのか、予測がつかない未来が楽しい！　笑</p>
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<link>https://ameblo.jp/paraparaonna/entry-11915960880.html</link>
<pubDate>Wed, 27 Aug 2014 15:07:56 +0900</pubDate>
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