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<title>チャーリーブラウンによろしく</title>
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<description>ヤプログ→gooブログ→アメブロの渡世です。いつの間にか還暦を過ぎ、第二の人生なるものを考え始めました。よろしくどうぞ。</description>
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<title>二度咲き</title>
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<![CDATA[ <p>桜が色づいた。</p><p>正確には桜の葉が色づいた。</p><p style="text-align: left;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20251126/16/pasdedeux1732/e2/86/j/o1440192015723507609.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="293" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20251126/16/pasdedeux1732/e2/86/j/o1440192015723507609.jpg" width="220"></a></p><p>いつの頃からかこの時期の桜を見上げ、桜の二度咲き、と呟いている。</p><p>春に人間の目を楽しませ宴席を演出し、夏に虫たちの食欲を満たし、葉の多くは欠ける。</p><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20251126/16/pasdedeux1732/7b/4a/j/o1440192015723507611.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="293" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20251126/16/pasdedeux1732/7b/4a/j/o1440192015723507611.jpg" width="220"></a></p><p style="text-align: right;">&nbsp;</p><p style="text-align: right;">やがてその葉をすべて落として絨毯を作る。</p><p style="text-align: right;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20251126/16/pasdedeux1732/77/ae/j/o1440192015723507614.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="293" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20251126/16/pasdedeux1732/77/ae/j/o1440192015723507614.jpg" width="220"></a></p><p style="text-align: left;">花が散り若葉を茂らせた後に作った次の花芽に、それまで蓄えた力を託すべく樹は葉を落とすのだ、と勝手に思っている。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p>冬の寒さで花芽は休眠から目覚め、その後の気温上昇を感知して、やっとほころぶ。冬の寒さが花芽を目覚めさせる仕組みなのだそうだ。</p><p>だから。</p><p>実際に、桜は春の到来を喜んでいるのだと思う。そう信じている。</p><p>喜びの表現としての開花ゆえ爆発的に咲き、樹の喜びが人に伝播する。そう信じている。<br>縄文の先祖伝来のアニミズムが自分の中にもしっかりと在ることを嬉しく自覚しながら、落葉の絨毯の上を歩めば、かさかさと晩秋を告げる声がする。</p><p>&nbsp;</p><p>その声に混じって、警句がー大小さまざまの液晶画面ばかり見ているとせっかく祖先からもらった感性が鈍るぞーという警句が、確かに微かに聴こえる。</p>
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<pubDate>Wed, 26 Nov 2025 17:52:44 +0900</pubDate>
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<title>先月、百万本の薔薇（伊東ゆかりさんの録音）をカヴァーしました</title>
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<![CDATA[ <p>ブログの引っ越しを終え、暮らしと小説の二つの分類が無くなっていることに気づき、まだ残っているgooブログを観ながら、その通りに分類をした。</p><p>過去に書いたものを見ることになり、苦笑しながらの作業だった。</p><p>小説に分類したものが99稿あり、あと１つでキリがいいというのに放置し、「まれびとがみ」という長尺を未完にしていたりと、自分らしさ、だらしなさ、を再確認した。</p><p>その他にもいろいろな記録が残っていて、gooの閉鎖に伴いブログも捨ててしまおうかと考えていたが、残して良かったと思った。</p><p>&nbsp;</p><p>そのいろいろな記録の中に、３０年ほど前に丁度デジタルレコーディング機材が世に出て、自宅録音でＣＤが作成できる環境が整いつつあった頃に五、六年かけて録った音源を、５０代になって聴いてもらいたくなったのだろう、YouTubeに上げていくつかの楽曲を紹介している稿もあった。当時いただいたコメントとそれへの返信が消えてしまっているのが少し残念だ。</p><p>&nbsp;</p><p>僕の事務所と連携する士業を営む次女は、副業で学生生活の記念動画などの制作編集を行っている。</p><p>他の保護者に求められ、わが子の属するスポーツクラブの卒業記念に編集した動画が、皆にことのほか褒められ、翌年以降も依頼されたことをきっかけに始めたらしい。</p><p>&nbsp;</p><p>昨年夏より中断していた音楽を再開したことは先日記したとおりだが、今年の夏より動画用のカメラを入手して、それまで上記のブログ用に音源のみをフリー素材の写真などとともに上げていただけのチャンネルを、次女に活用してもらうこととした。</p><p>&nbsp;</p><p>ユニット名のPas de Deux（ぱ・ど・どぅ）にちなみ「ぱどチャンネル」というチャンネル名を作り、そこに新たにいくつかのライヴ音源を載せた。</p><p>先月の２４日に、泉大津市のOverheat早乙女というライヴハウスで、ワンマンライヴを行い、次女に受付や撮影を依頼した。</p><p>&nbsp;</p><p>彼女が僕らの演奏を撮影し編集したものを、かつてのように紹介したいと思います。</p><p>よかったら目をお進めくださいませ。</p><p><iframe allowfullscreen class="youtube_iframe" frameborder="0" height="274" src="https://www.youtube.com/embed/3uTb2YU_tLY" width="488"></iframe></p><p>&nbsp;</p>
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<pubDate>Mon, 17 Nov 2025 12:34:28 +0900</pubDate>
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<title>ドアを挟んで。</title>
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<![CDATA[ <p>gooブログが閉鎖になるというので、過去に書いたものを積んでこちらに引っ越してきました。</p><p>どうぞお見知りおきをよろしくお願いいたします。</p><p>引っ越しを終えた嬉しさで、ご挨拶がてら、以下に今年1月以来の投稿をいたします。</p><p>&nbsp;</p><p>＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝</p><p>いつの間にか、晩秋に差し掛かっている。</p><p>あわただしくも、やりたいことをやっている内に、齢をまた一つ重ねた。</p><p>&nbsp;</p><p>やまちゃんが彼岸に行き、春になったある日、愛猫のジジが珍しく朝にパトロールに出かけた。</p><p>そして、いまだ帰ってこない。もう半年以上が経つ。</p><p>かつて、外に出たいと訴える彼の自由を奪うことを嫌い、僕らはガレージに開いた小窓の柵の一つを切り、彼が通れるようにガレージ側にタワーを置いた。</p><p>帰宅するか否かは賭けだったが、ジジは毎日出かけ、毎日帰った。深夜や明け方に窓から飛び降りる足音を聴くのが日課だった。</p><p>外に出る彼の背に、ヒロコさんは、ガレージに暮らすやまちゃんには優しくしてやってほしいと、よく言っていた。</p><p>&nbsp;</p><p>コロナで途絶えたライブを再開したのが昨年の夏だった。</p><p>以来、週に二三度、夜に家を空けるようになり、それは彼なりに何かを感じざるを得ない日々だったのかもしれない。</p><p>そして、ついに意を決したのだろう。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>ライブを終え帰宅すると、玄関で待っていたことが何度かあった。</p><p>名を呼び、急いでドアを開けた途端、かわいい鳴き声とともに足にすり寄られる喜びは、同時に、申し訳なさを掻き立てられるものでもあった。</p><p style="text-align: left;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20251112/11/pasdedeux1732/50/ab/j/o1108147715714760506.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="293" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20251112/11/pasdedeux1732/50/ab/j/o1108147715714760506.jpg" width="220"></a></p><p>&nbsp;</p><p>帰ってこないことがあるという覚悟はしていた。それでも、目は家のそこここに彼を探し、耳は彼の声を戸外に探す。胸は共に生きた日々を鮮やかに映す。お節介にもスマートフォンまでも、時折ジジの特集を編んだから見ろと言ってくる。</p><p>会いたい。撫でたい。抱きあげたい。聴きたい。匂いたい。遊びたい。</p><p>心底に愛惜が堆積し続けている。</p><p>&nbsp;</p><p>やまちゃんが元気だったころ、彼は一度玄関の前に座った。家に入りたいと言わんばかりだった。すりガラスを通してそう訴えていると感じた。</p><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20251112/11/pasdedeux1732/97/e7/j/o1108147715714760838.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="293" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20251112/11/pasdedeux1732/97/e7/j/o1108147715714760838.jpg" width="220"></a></p><p>ドアを挟んで向かい合い、僕らは初めてもの言わぬ彼らの思いを感じ取り、ドアを挟んでいるから、彼らの思いを満たしてやれなかった。そんな皮肉を感じている。</p><p>否、正確には限界を感じている。何より、どうか赦してほしいと願っている。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/pasdedeux1732/entry-12945008865.html</link>
<pubDate>Wed, 12 Nov 2025 11:22:16 +0900</pubDate>
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<title>僕らも家族になりたかった</title>
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<![CDATA[ <div>顔の白い毛の形から「やまちゃん」とヒロコさんは名付けた。</div><div>やまちゃんが初めて車庫の車の下で寛いだのはいつだったのだろう。2021年の6月には、僕が隣の家との間に佇みこちらをうかがう写真を撮っている。警戒心の強いやまちゃんが逃げずにこちらを見ているということは、もう、僕らが安全な存在であると認めていることの証だろう。</div><div style="text-align: center;"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20251111/19/pasdedeux1732/f7/8e/j/o0679102415714402067.jpg" alt="" style="max-width: 300px;" class="fr-fic fr-dii"><br></div><div>「あ、やまちゃん」などという僕らの声掛けに慣れるのにおそらくは1年くらいはかかったであろうから、2020年のどこかで出会ったのだと思う。</div><div><br></div><div>ヒロコさんを見つける度にご飯をねだる甘い声をガレージに響かせて、車庫をベースキャンプに据えたのも多分このころからだったと思う。</div><div>ほどなく、車庫の奥の棚の一部にヒロコさんが寝床をしつらえると、彼はそこで眠るようになった。ヒロコさんは電源を引いて給水ポンプを置いた。冬には寝床の毛布の下に使い捨てカイロを敷いてやった。</div><div>チュールを手から食べるようになった。好き嫌いをするようになったと、食餌を買いながらヒロコさんは笑った。</div><div style="text-align: center;"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20251111/19/pasdedeux1732/25/56/j/o0710102415714402071.jpg" alt="" style="max-width: 300px;" class="fr-fic fr-dii"><br></div><div><br></div><div>昨年末にやまちゃんは衰弱し、汚れた顔で車の背後に出てきた。壁にへばりつくようにもたれ後進する車をかわしながら、弱い声を上げる姿がドアミラーに映り、僕は車を停めた。</div><div>近づいたヒロコさんがそのまましばらく寄り添った。</div><div>やがて、ヒロコさんは、水を飲もうとしても飲めなくて鳴くのだと言い、動物病院に電話を入れた。12月30日の年内最終診察日の最後に診てもらい、そのまま入院することになった。</div><div><br></div><div>重篤な風邪ですい臓が弱り、黄疸もある。口腔の炎症が化膿し痛みで水も食餌も満足に採れていない、とのことだった。</div><div>数日前から、引き籠っていることにヒロコさんは気付いていたが、薄暗い車庫の奥の段ボールの中、詳細までは観察できなかったし、眠りを邪魔したくもなかった。わずか数日のことだったので、病気を疑いもしなかった。</div><div>野生する動物は弱みを見せない。徐々に弱り、どうしようもなく引き籠り、どうしようもなく出てきて、どうしようもなくさらけ出した。</div><div><br></div><div>口腔手術をすることに同意した。僕らはできる限りの手を尽くしてほしいと願った。病院は応えてくれた。</div><div>年が明けて、病状の安定を待って手術をした。</div><div>全身麻酔から還らぬリスクもあったが、やまちゃんは帰還し、ヒロコさんにあの甘えた声をかけた。</div><div>医師の提案を受けて、血液の状況改善を期待して飼い猫のジジの血を輸血した。</div><div style="text-align: center;"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20251111/19/pasdedeux1732/9d/d1/j/o0768102415714402079.jpg?1738234818" alt="" class="fr-fic fr-dii" style="max-width:300px;"><br></div><div>輸血後に面会に行くと、向こう向きのやまちゃんは立ち上がり、ヒロコさんの方を向いた。退院して一緒に暮らそうと、ヒロコさんは繰り返した。</div><div><br></div><div>1月29日、やまちゃんは退院した。できる手当、考えられる可能な処置はすべてしたが、依然厳しい状態だと告げられた。</div><div>帰ろう、一緒に暮らそうと、僕らは明るく言った。医師に気遣いは無用、とうに覚悟はしていると示したかった。僕らの楽観を否定もせず、シリンジの使い方などを説明してくれた院長の気遣いが、今も嬉しい。</div><div style="text-align: center;"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20251111/19/pasdedeux1732/54/bf/j/o1024057615714402090.jpg" alt="" style="max-width: 300px;" class="fr-fic fr-dii"><br></div><div>僕らはリビングに大きなケージの病室をしつらえて、やまちゃんはそこで眠った。</div><div>帰ってきた。いや、この日彼は初めて飼い猫になった。</div><div><br></div><div>1月30日の朝4時過ぎ、目を覚ますと、やまちゃんを小さな寝床ごと膝に載せたヒロコさんがソファに座っていた。</div><div>しばらくして、懸命に頭をもたげたやまちゃんは、小さくいつものあの甘えた声で鳴いた。か細くもう一度鳴いたのが最期だった。</div><div>ヒロコさんのたなごころに頭をあずけ、去勢された地域猫のしるしの桜耳を上にして、やまちゃんは静かに安からかに空へと旅立った。</div><div><br></div><div>一昨年、やまちゃんを束の間追い出し、我が家のガレージをベースにした猫がいた。</div><div>近所の陽だまりで気持ちよさそうに眠っている薄汚れた猫を見かけ、僕らは会うたびに話しかけた。眠るときを含め、しょっちゅう舌先が口元からこぼれていたのでペロと名付けた。弱っていた。</div><div>ある日、ペロは僕らの車の前で寝そべるようになり、やがてヒロコさんから食餌をもらうようになり、水を飲むようになり、かなり回復した。</div><div><br></div><div>生まれて間もなく親とはぐれマンションの植込みで鳴いていたところを保護され我が家に来た黒猫のジジは、外に出るのが好きなので、僕らはガレージの小窓の柵の一つを外して彼の出入り口にいるのだが、ペロは一度、その出入り口から我が家に入った。</div><div>ほとんど水だけの吐しゃ物を家の階段で見つけて探すと、ペロは一階の僕の事務所の机の下に居た。</div><div>声をかけたが、彼はゆっくりとガレージの小窓に戻り、外に出た。</div><div><br></div><div>その数か月後、彼はガレージに吐しゃ物を残し、消えた。</div><div>間もなく、近くの駐車場として使われている空き地の真ん中のそこだけが丸く敷石で飾られた。車はその上には止まらない。</div><div>かつてペロが日向ぼっこをしていたところのすぐ裏だ。ペロはそこにむくろを置いて空に旅立ち、誰かがそこに埋葬した。僕らはそう考えている。</div><div>ペロは僕らに飼われ、看取られることを望まなかった。</div><div>彼なりのかかわり方とその終え方を見て、僕はそう思っている。</div><div><br></div><div>やまちゃんは、違った。</div><div>長い月日をかけ、ヒロコさんと関係を築いたのに、弱ったペロに追い出される気弱なやまちゃんは、決してジジのいる家には入らなかった。</div><div>病に倒れ、初めて、食餌以外をヒロコさんに求め、ヒロコさんは応えた。</div><div>―ずっと家族になりたかった―</div><div>そう言っているに違いないと僕らは思った。</div><div><br></div><div>人であれ人以外の動物であれ、現代医療は常に、ややもすると終末を苦しいものにする。</div><div>生きたい、生きていてほしい、という気持ちに医療は応えざるを得ないからだ。</div><div>畢竟、回復しなければ苦しい終末を結果する。</div><div><br></div><div>やまちゃんを苦しめるのではないかという思いを抱え、僕らは医療を選択し、入院させ手術を受けさせ、カテーテルを入れさせ、彼は耐えに耐え還ってきて一日だけ、共に生きてくれた。</div><div>深夜、やまちゃんの小さなおでこを撫でながら、僕は謝り続け、幼児のように現実から逃げ、泣き寝入りした。目覚めて間もなく、ヒロコさんに抱かれて彼は旅立った。</div><div>ヒロコさんは、ナナの最期と同じように、ありったけのドライフラワーでやまちゃんを包んだ。</div><div><br></div><div>僕らは、うろたえた。またしてもうろたえた。苦しめた。水を飲めなくなったやまちゃんの生命を、現代医療に賭けた。やまちゃんは、僕らを責めることなくすべてを受け入れ、一か月闘病して旅立った。</div><div>彼の魂の安らかなることをひたすら願っている。運命に抗わせたことを謝りながら、願っている。</div><div><br></div><div>願う以外を僕らは知らない。</div>
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<pubDate>Thu, 30 Jan 2025 19:06:36 +0900</pubDate>
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<title>Invisible War その２</title>
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<![CDATA[ <div>互いの利益追求以外に何もしなくとも、やがて、需要と供給における最適値に落ち着く市場の仕組みを「神の見えざる手」（Invisible hand）と呼ぶと学んだのは大学に入学してしばらくの頃だったと記憶する。</div><div>その先に「合理的期待仮説」（経済学者もタバコ屋のおばあちゃんも同じくらいの経済学的知識を有し、合理的判断をしているものと仮定する説）の新古典派がある、というのが、バンドの合間にお茶屋のバーデンダーをやって、更にその隙間で、単位を取るためだけに学んだ学生の理解である。</div><div>そういえば、ヒロコさんの父は、そんな僕の暮らしぶりを見透かし、</div><div>「もったいなかったなぁ」</div><div>と何度も言った。大学まで学べることの有難さにつきまるで自覚のない、すねかじりの愚者の所業であった。</div><div><br></div><div>前置きが長くなった。</div><div>テレビ、ラジオ、新聞の報道を無視し、自分たちで真実を収集し始めて、ＳＮＳまでもが、検閲により基本的人権を奪っている現実に直面している。</div><div>youtubeでは、「ワクチン」と語る、或いは文字を表示するだけで、その録画は消去されることは、先日書いた。今や「イベルメクチン」でも同様のことが起こる。</div><div><br></div><div>これも先日書いたが、大手新聞は大規模なデモについて全く報道しない。それどころか、デモ参加者をして虚偽を信ずる者だと、私見と断りつつも、断定報道をする記者まで現れた。</div><div><br></div><div>今の日本政府は以下のありさまである。</div><div><br></div><div>ＮＴＴ法廃止を、国が保有するＮＴＴ株売却を可能にするためという目的を隠して、進めようとしている。</div><div><br></div><div>パンデミックアグリーメントについて、再三の情報開示に一切応えず（どころか虚偽の理由で開示を拒否し）、加盟国中、最後の最後にやっと情報開示を行う。</div><div><br></div><div>新型インフルエンザ等行動計画を、平時からのワクチン備蓄（検体もないのに製造できるワクチンは、遺伝子を触った、あの薬害ワクチン以外ないではないか）、感染初期でのワクチン接種義務化、拒否事業者の医療機関への報告義務とその公表など、基本的人権の遵守を謳う憲法に触りかねないものとした。</div><div>しかも通常の半分以下の2週間（そのうちの後半はゴールデンウィーク）の期間しかパブリックコメントを募集しなかった。</div><div>彼らの意に反し、記録的な18万9千通を超えるコメントが寄せられたのは、有志の啓蒙によるものだ。</div><div><br></div><div>緊急連絡先を示せば、国外の居住者でも国内の土地登記、即ち取得などを容易にするという土地基本法改正について、ほとんど知らせなかった。</div><div>しかも、このパブリックコメントも上記同様の期間でゴールデンウイーク明けに期日を設定した。</div><div><br></div><div>箇条書きで思いつくまま上げるだけでも、目に余る情報統制が行われ、知る権利が蔑ろにされ、表現の自由が制限されて、国が、国力が、自然が切り売りされている。そうして、裏金議員を大量に擁する自由脱税党が利権を貪る。</div><div><br></div><div>多くの国民の耳目は塞がれている。</div><div>エプスタイン事件を知らない。タッカーカールソンを知らない。万引き法を、だから不法移民を知らない。Civil War 寸前のアメリカであることを知らない。トランプが反逆者ではなく、バイデンが選挙を貶め事実を変えたことを知らない。すでにＧＤＰでＧ７を上回っているＢＲＩＣＳがＢＲＩＣＳ＋となったことを知らない。アゾフ連隊を知らない。ウクライナの実相を知らない。イスラエルの残虐なジェノサイドを知らない。指揮権密約についての米国公電が機密解除され、有事の際の自衛隊の指揮権が米国にあることを、当時の吉田首相が喜んで認め、今も密約が有効であることを知らない。</div><div>補助金7500億円を得、分割建設して環境アセスメントを狡猾にすり抜けて熊本に工場を置いたＴＳＭＣのＣＥＯが台湾出身者ではなく中華人民共和国民であることを知らない。ユダヤマネーに次いでアメリカ連邦議員に寄付をしているのがチャイナマネーだということを知らない。だから、台湾有事が杞憂であることを知らない。</div><div>そもそも、マスコミを報道源とすると、ほとんどの情報を遮断されていることに、気づくことが出来ない。知れないことを、知らない。</div><div><br></div><div>知らない国民の不作為を指摘したいのではない。</div><div>誰かに教えてもらわない限り、すべて知れない仕組みにされていること、知ることが困難であることを指摘したい。</div><div><br></div><div>知らない国民は、被害者だ。国の狡猾で悪辣な加害による被害を受け続けている。</div><div>加えて、報道機関が国民の知る権利を侵害するのは、戦前、戦中と全く同じだ。彼らは反省に基づく最低限の進歩すらできず、堕落した。またもや。</div><div>武力はおろか、権力に屈するペンしか、その手には無い。恥を知れ、せめて。</div><div><br></div><div>経済、情報、知的水準その他の格差が、社会分断の原因となりかねない水準まで広がっていると思う。</div><div>日本でも、見えない戦争、Invisible War が始まっている。</div><div>アメリカの奴隷となって、イスラエルとウクライナを支援し続ければ、ＢＲＩＣＳ＋は、日本を見限る。</div><div>油が入らなくなり、食料が入らなくなる。</div><div>戦争がもう始まっている。専ら為政者によってそれは見えなくさせられている。</div><div><br></div><div>いつの世も陰謀論などない。陰謀があるのみだ。</div><div>天国の茨木のり子先生、そうですよね。</div>
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<link>https://ameblo.jp/pasdedeux1732/entry-12944903253.html</link>
<pubDate>Fri, 14 Jun 2024 14:42:49 +0900</pubDate>
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<title>Invisible War が始まっていると家人は言い、僕はうなずく。</title>
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<![CDATA[ <div>長く、ブログを記さずにいた。</div><div><br></div><div>開いていると思っていただけで、その実閉じていた目を開け、見聞し、多くを学び、去る４月１３日に僕はヒロコさんと池袋東公園に赴いた。<br>ＷＨＯがもくろむパンでミックアグリーメントに反対するデモに参加するためだった。<br>３時間待ち、１万９千人を超えた参加者のデモの、文字通りのその末席に参加できたのは幸いだった。</div><div><br></div><div>だが、午後すぐから公園に人が集い溢れ、日没まで延々と続いた2万人に及ぼうかというデモの模様は、残念ながら、一切報道されなかった。<br>ただ、アメリカ大統領候補のロバートケネディ氏が、その日のうちに、Ｘに映像とコメントを投稿されたことにより、１３００万回を超える動画再生がなされ、世界中の多くの方の知れるところとなった。</div><div><br>次いで、5月31日、僕らは再び東京の、今度は日比谷公園の野音を目指した。さらに大規模になるよう企画されたデモに参加するためだ。デモに参加し、道行く人にWHOの横暴を知ってもらおうと精一杯声をあげた。<br><br>前回同様、このデモについても報道は無いだろうと思っていたが、毎日新聞の国枝すみれ記者が取り上げた。</div><div><br></div><div>曰く。</div><div>彼女には、デモ参加者はパラレルワールドに住まう者に見えたそうである。</div><div><br>昨年来、超党派の国会議員、医、薬の専門家、報道人などからなる有志と、厚労省及び外務省のWHO担当官僚による会合は7回を数えた。</div><div>WHOの原案はもちろん、ランセットやネイチャー掲載の最新の論文を読み込み、自らの見識と照らし、様々な角度からなされる質問はどれも鋭かった。</div><div>その質問に対する官僚の答弁は、秘匿に過ぎ、情報の非開示のその有り様は、戦前の政府に酷似した。</div><div>毎度、視聴していて奥歯が軋んだ。</div><div><br></div><div>そして、4月に最初のデモが行われ、5月末WHOの会議に合わせて二度目のデモが行われた。</div><div><br></div><div>最前線で動く官僚と差し向かいの対話により得た知見と感触に基づき、有志たちは、官僚がWHOに与し、国益を損ねていると判じ、二回のデモを企画したのだ。</div><div>二回目、金曜の午後、日比谷野音の様子は、道の向かいにある厚労省のビルの窓からもよく見え、声も届いたであろう。</div><div><br></div><div>ケネディー候補が最初のデモの動画を投稿し、半月ほど経ったころ（と記憶している）米国共和党の上院議員の全員がパンデミックアグリーメントに反対を表明し、大統領に連名の書簡を渡した。</div><div><br></div><div>国枝氏には、かかる事実を取材され、共和党上院議員の全員もパラレルワールドに住まう者に見える旨と、WHOは国益を損ねたりしないとの記事を寄稿いただきたい。或いは、書簡を共和党にお渡しいただきたい。</div><div>よもや、批評対象が変わったら記事が変わるなどという、報道者にあってはならない中立の毀損は、断じてなされないでしょうから。</div><div><br></div><div>閑話休題。<br>茨木のりこ氏の詩が好きで、詩集を何冊か持っている。</div><div>氏の代表作(と言っていいだろうと思う）に「自分の感受性くらい」という詩がある。先の大戦のさ中「軍国少女」であった詩人が、その当時の自分を省みて書いた魂の叫びだ。後年の、椅子の背もたれの他には何にも倚りかからない、との決意に連なる主題でもある。</div><div><br></div><div>この詩の最後の一節を国枝すみれ氏に捧ぐ。</div><div><br></div><div>自分の感受性くらい</div><div>自分で守れ</div><div>ばかものよ</div>
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<link>https://ameblo.jp/pasdedeux1732/entry-12944903252.html</link>
<pubDate>Thu, 23 May 2024 18:09:22 +0900</pubDate>
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<title>言葉の暴力の深奥にあるもの</title>
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<![CDATA[ <div>漫画の実写版ドラマの原作者を追い込んだ、SNSにおける脚本家への暴力の集中があったそうだ。</div><div>原作に忠実にドラマ化する約束を取り付けたのに反故にされた原作者は、諸々独白をしたが、最後その独白を消して、脚本家への何らの敵意もなかったというような意味の言葉を遺した後、ダムに入水したそうだ。</div><div><br></div><div>詳細は知らないが、Arc Times と長谷川良品さんのyoutube番組で、テレビ局批判や出版社批判が展開されているのをぼんやり眺めた。</div><div><br></div><div>ＷＥＢにおける匿名性が書込み暴力を助長しているのは、今に始まったことではない。</div><div>かつて掲示板という仕組みがあちこちの評論家や社会学者、ミュージシャンなどのホームページのどこかに設置されていた時代、そこには暴言を吐く者どもが跋扈していた。</div><div>掲示板と言えば、２ｃｈがその代表だった。無法地帯と言ってもよかった。</div><div>蔑むための、陥れるための卑怯な匿名の言葉に辟易として、板と呼ばれるこれらの仮想コミュニティーからは自然と遠のいた。</div><div><br></div><div>人間の悪意や暴力性を全く封じることが誰にも出来ないことについては、言を待たない。<br>掲示板とは仕組みは異なっても、プラットフォームという環境には、悪意を封じる機能は、だから、まったく無い。<br>表現の自由という基本的人権は、表現者の意図にかかわらず暴力という宿痾を孕んでいる。例えば為政者を痛烈に批判する文言は、時にきわめて暴力的だ。<br>だから、僕らは、いかに優れて統制されたＳＮＳであっても、暴力は偶発し時に集積する、と覚悟するほかない。</div><div><br></div><div>言葉、外交における言葉が、誤解、軋轢、衝突を産み、戦禍を結果してきた。正に、ペン（言論）は武よりも強し、である。であった。</div><div>なんであれ、インターネットに言葉を残す者は、この事実を肝に銘じなければならない。</div><div><br>翻って見てみる。</div><div>現代のＳＮＳに限らず、優れた統制が、表現の自由という基本的人権を制する暴力になるという事実も、歴史を見れば、其処此処に確認することが出来る。<br>どちらからの暴力も悲惨だが、被害者が圧倒的に多いのは後者である。<br>マスク氏には、日本のyoutubeにおける「ワクチン」という語の排除に見られるような、Ｘにおける優れた統制をしないことを強く望む。<br><br>ある種の人、暴力的言動をする人の心には、負の感情が巣食っていると訊く。孤独、不満、不安、怨嗟、悲嘆、憤懣･･･。<br>今、僕らの心のこれらの負の感情の総量が、実質賃金や為替と反比例的に、長くインフレーションし続けてはいないだろうか。<br>加えて、貧困、病禍、倒産、格差、失政、増税、汚職、地震、戦争・・・。思いつくままに最近の社会状況を挙げた。暗く辛いものばかりである。</div><div><br></div><div>心に巣食う負の感情と、暗く辛い社会状況が、ある人、例えば残業で疲れ果てた心身を郊外まで運び、やっとの思いでワンルームマンションの自室の座椅子に腰をずらして座った人、の火薬となり、その人が何気なく見たＳＮＳで、失言した誰かに対する怒りの暴発を引き起こし、それが連鎖したとしたら。</div><div><br>その疲労困憊の労働者もまた、罠にはまるように加害者になってしまい、傷つけてしまったという罪の意識に苛まれ、匿名を暴かれ法廷に引きずれ出される危機を背負ってしまったという意味で、被害者に相違ない。</div><div>さだまさしさんが歌うように、切りつけられた方より切りつけた方が傷つくことだってある、とまでは思わないが、切りつけた方が傷つくことはあるだろう。</div><div><br></div><div>だから、僕は明るい社会を希求する。</div><div>そのために、できることは何でもする覚悟はできている。</div>
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<link>https://ameblo.jp/pasdedeux1732/entry-12944903251.html</link>
<pubDate>Mon, 19 Feb 2024 22:53:23 +0900</pubDate>
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<title>Tucker Carlson への解答と名作戯曲</title>
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<![CDATA[ <div>そのまっすぐさゆえに、アメリカのフォックステレビを追われたジャーナリストのタッカー・カールソン氏が、プーチン大統領にインタビューを申し込み、かなりの時を経て、２月８日にそれは行われた。</div><div>週末を待って、２時間余りのインタビューを、最初は氏のウェブにある映像を、事務所のパソコンで英語の字幕を付けて、聞き取れず画面を止めては読みつつ視聴していた。</div><div>倍ほどの時間をかけて最初の30分を視聴してため息をつきながら、リビングに行くと、ヒロコさんが衆議院議員の原口一博氏のYouTubeチャンネルでのこのインタビューの詳説を見ていたので、傍らに座った。</div><div><br></div><div>インタビューがあると知ったころ、ウクライナの戦況については少々疎くなり、ガザの報道に、日々うつむいていた。何より、そこにもまた、アメリカが、だから日本も、深く関わっていた。</div><div><br></div><div>インタビューは知的なやり取りに満ちていた。</div><div>終盤、タッカー氏の質問に丁寧に答えるプーチン大統領の口から、正確ではないが、地球を人間の脳に例え、左脳と右脳の二つに分断することなどできない、というような説明がなされた。表現はともかく、左右の脳の分断による異常を、比喩として使った。</div><div><br></div><div>「あ、ガラスの動物園や」</div><div>思わず、声が出た。</div><div>ポールニューマン監督による、テネシー・ウイリアムズ原作の同名の映画をヒロコさんに教えてもらい、若いころ、僕は岩波文庫版の原作の戯曲を読んだ。主人公とその母と姉、主人公の友人だけの舞台の真ん中には父親の肖像画が掛けられている。（僕の頭の中では、その肖像画はとても大きい。）</div><div><br></div><div>巻末の解説で、戯曲は自伝的要素に満ちているが、実際の彼の姉は、父親の判断によりロボトミー手術を受けさせられ、それがため、彼は父親に怨嗟を抱いたことを知った。解説を読むやいなやまた本を開き、再読したことを思い出す。</div><div><br></div><div>ウクライナもパレスチナも、正義と自由を騙るアメリカの支援によってロボトミー手術を施されているのだと思った。</div><div>見え隠れするアメリカのパターナリズム(父権主義)が、テネシー・ウイリアムズの家族と重なる。</div><div><br></div><div>現在進行中の両地の他、朝鮮半島、ベトナム、アフガニスタン、イラン、イラク、クエート、イエメン…。アメリカは、大戦後長く恒常的に、どこかの国のロボトミー手術を、正義の名のもとに行っている。</div><div>その背景には、戦争で武器を売り、ショックドクトリンで復興を売る悪魔がかすんで見える。</div><div><br></div><div>敬愛する開高大兄が、ベトナムで従軍した経験をもとに著した「輝ける闇」に、次のような、甚だ正確ではないが、ベトナム人だったかタイ人だったかの賢者のセリフがあった。</div><div>簡単なことだ。アメリカが引く。戦争はすぐに終わる。</div><div><br></div><div>日本がなすべきは、ウクライナとイスラエルへの巨額支援というパターナリズムへの盲従、でいいのか。</div>
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<link>https://ameblo.jp/pasdedeux1732/entry-12944903249.html</link>
<pubDate>Wed, 14 Feb 2024 00:45:16 +0900</pubDate>
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<title>沈黙は金ではない、と思う</title>
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<![CDATA[ <div>遠藤周作氏の名著「沈黙」を読んだのは多感な高校生の頃だった。いたく感動したというより、傷ついたような心持だったことを忘れていない。</div><div>弱者の弱者たる由縁をあぶりだすように描き、その弱者が自分と重なったからだと思う。繰り返される神の沈黙という言葉が記憶に刻み込まれている。</div><div><br></div><div>今秋、若者が亡くなった。</div><div>ヘアアイロンを押し付けられて額に火傷を負った女性が、その後の複数の上司（と言っていいと思う）達からの、膨大な業務命令と凄惨な言葉と態度による暴力を受け続け、自らの命を絶ったとのことだ。</div><div><br></div><div>古くから長く続く、女性だけの劇団の中で起こったこの事件は、刑事事件だと思う。</div><div>少なくとも労働基準法に触れるが故に、警察署同様、捜査権を持つ監督署が取り扱う事件であることは間違いない。</div><div>１か月で４００時間を超える残業の果ての自死は、阪急に雇用されている労働者たる劇団員の過労死事件だ。</div><div><br></div><div>話はそれるが、僕は、この女性だけの劇団について、ジェンダーフリーの現代に、昭和のそれも初期の頃の風土から抜け出られず、変化できない憐れを感じていた。</div><div>殊に、同じような化粧と髪型と発声と台詞回しで演じられる、はなはだしい没個性のきわめて形式化された「男役」という存在が、とりわけ滑稽で憐れを醸し出していると思う。</div><div>馬鹿げたスタイルの写真を電車の広告に見つけるたび冷笑を禁じ得ない。</div><div><br></div><div>揶揄るのは程々にする。</div><div>かつて劇団に属した方が、極めて具体的な例示と共に、この劇団では、かかる暴力が常態化していたと、主張されている。</div><div>その主張の詳細をARC TIMESというyoutubeの動画で視聴した際、傍らのヒロコさんは、最下層の劇団員の置かれている状況が第二次大戦下の日本軍の二等兵や日本軍に捕らえられた捕虜のそれに等しいと嘆いた。</div><div>同番組の編集長の尾形氏が拷問だと漏らした一言を受けてのことだった。</div><div><br></div><div>なるほど、そっくりである。かの時代の兵や捕虜の凄惨については、戦争を知る世代が残した著書や映画での見聞に過ぎないが。</div><div><br></div><div>長く続く劇団とその前置機関たる音楽学校からは、多くの女性が巣立った。</div><div>だが、組織内での、戦時下の捕虜に対するものに匹敵する、恒常的に行われ続けている暴力についての報道が今年２月から始まったのに、今日まで、声を上げることが可能なはずの、組織を出た女性たちは、ことどとく「沈黙」している。</div><div><br></div><div>劇団の人気作に「ベルサイユの薔薇」がある。</div><div>この劇の原作である名作漫画では、主人公が自らの正義に従い革命軍に転じ、殉職する。正義と良心の物語でもある。</div><div>この劇に参加された方も多くいるであろう。</div><div>その原作に恥じない行動は出来ないものか、と問いかけ、願う。</div><div><br></div><div>ヒロコさんの指摘に反応して、僕は、戦争捕虜の殺害を命令され、仕方なく絶望的に加担した為、戦犯として処刑される男の苦悩を描いた名作映画のタイトルを想起した。</div><div><br></div><div>わたしは貝になりたい。</div><div><br></div><div>劇団を退いた方や、今属している方、事実を知る多くの方たちは皆、そう思っているのだろうか。</div><div><br></div><div>「沈黙」でいいのか。本当にいいのか。</div><div><br></div><div>ー追記（令和5年11月28日）ー</div><div>これを未明に書き仮眠の後ネットに上げた日の夜、報道で西宮監督署が動くことを知った。事件になって安堵した。</div><div>正義が行われることを期待する。</div><div><br></div><div>さらに、かつて西宮署は以前に是正勧告を発していたことも、その後の報道で知った。</div><div>過日行われた、あの傲慢極まりない記者会見が、当局からの是正勧告を放置してはばからない者どものがゆえの所業であったと知り、妙な納得をした。</div><div><br></div><div><br></div>
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<link>https://ameblo.jp/pasdedeux1732/entry-12944903247.html</link>
<pubDate>Wed, 22 Nov 2023 10:48:51 +0900</pubDate>
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<title>悲惨な二つの戦争を横目に、博覧会開催に邁進する破廉恥</title>
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<![CDATA[ <div>公共事業は、税を費やして行われる。</div><div>だから、事前に事業の実施については、市民の賛成があると盛り上がる。</div><div>同意を得るためには事業の内容を説明し、事業の実施に必要な税の見込み支出額を提示し、適否を問う。</div><div>「その事業で、そんなことが出来るのか。或いは、そんなものができるのか。で、それには、これくらいかかるのか。･･･まぁ、それならいいんじゃないか」</div><div>という具合に、市民が同意すればしめたものである。</div><div><br></div><div>大阪に万博をと主張し、その通り開催できるようになり、それは既存政党でない新しい政党の推す市長や知事の功績だと、その新しい政党は主張した。主催者である公益財団法人2025日本国際博覧会協会は、万博の支出見込み額として、１，２５０億円を提示した。</div><div>２０１８年１２月のことだ。</div><div><br></div><div>事業の開始前に予め算じたものである以上、その通りに行かないこともある。見込みがある程度ぶれるのは仕方ない。</div><div>だが、当初の見込みが１，２５０億円であったものが2年後に１，８５０億円になり、更に3年後に２，３５０億円になるのは、ある程度の範囲を超えている。</div><div>こんな言い分ををビジネスにおいてすれば、詐欺で訴えられたり、契約を破棄されて損害賠償を請求される。</div><div><br></div><div>事務総長は、スポンサーである国と大阪府市、財界には、予算増額の根拠を概説したが、大阪府市民とその他の国民に向けては、何も発していない。</div><div>スポンサーには説明をするのは当然だが、国家に税を支払い、その使途を委ねた市民には説明する義務はないので、興味があれば報道などで知って下さい、という態度だ。</div><div>またしても。いつも通り。木で鼻を括る。</div><div>誘致に当たり、賛成の民意が形成されていることを示し、無事に誘致できたのだから、見込み額もほんまもんに差替えるし、事前に切符は売るから、もう賛成してもらわなくても結構、なのだろう。</div><div>奥歯が軋む。</div><div><br></div><div>だから。</div><div>先日、公益財団法人2025日本国際博覧会協会のウェブサイトにある問い合わせフォームに、質問を投じたので、ここに載せることにした。問い合わせフォームは、意図的に、同ウェブサイトの最下段にひっそりとあった。</div><div><br></div><div>目と気が向きましたら、どうぞこの先にお進みください。</div><div><br></div><div>冠省。</div><div>　近頃、万博の開催が危ぶまれる報道がいたるところで行われております。しかるに、貴会におかれましては、これらの報道に対応する説明や情報発信が十分になされているとは、私には思えません。</div><div>　例えば、貴会のウェブサイトにおかれましては、工事の進捗状況、参加国の申込み状況などについての説明は、どこにもなされておりません。唯一、「契約情報」のみ存しますが、進捗を示す資料ではございません。</div><div>　質問をいたします。報道により万博開催に不安を覚える国民のために、報道に応え説明する道義的責任は、貴会には無いのでしょうか。或いは、既に説明済みであれば、その資料をご提示ください。</div><div>　本日、試みに生成ＡＩによる検索をしましたが、二度目の万博開催予算増額についての、貴会が国民に向けて行った発表や説明は見つかりませんでした。唯一、貴会会長が、経団連会長として行われた際のスピーチにおいて、簡単な説明がなされたのみです。万博開催の予算の三分の一を負担する国民、更にもう三分の一を負担する大阪府市民に対する増額理由や増額の内訳の説明などの働きかけは、まったく見当たりませんでした。</div><div>　二つ目の質問です。開催費用を負担する資本家、或いはスポンサーたる国民に、明瞭な説明をする道義的責任は、貴会には無いのでしょうか。お答えください。或いは、既に説明済みであれば、その資料をご提示ください。</div><div>　ところで、現在、技術の進歩により、インターネットの視聴サイトを通じて個人や団体が自ら主体的に情報を発信できるようになりました。その結果、国民の情報源はマスメディアによるものに限定されず、大きく広がったことは、公式視聴サイトを設けられている貴会も、十分ご承知のことと存じます。</div><div>　そういった視聴サイトでの発信を行う個人や団体の中には、様々な「報道」を、独自の視点でされておられる方も多く存在します。最近では、「一月万冊」という視聴サイトを運営する団体に属する個人記者の質問が、おぞましくも夥しい性加害を行った者が起業した法人の（当初は変更しないと主張していた）その社名変更を結果するという、既存のマスメディアが有するそれよりも、すぐれて国際標準的な常識に基づく、報道による実績が形成されました。</div><div>　謂わば、マスメディアではない個人記者の優れた質問が、民度の低かった加害法人をして、国際標準に叶う行動をさせたものと思料致します。</div><div>　ことほどさように、最早、視聴サイトを通じた個人記者による報道の中には、その品質において、マスメディアの報道に比肩し、或いはそれを凌駕するものが多く存在します。</div><div>　そこで第三の質問です。すぐれた報道をする無所属の個人記者が多く存する現代において、記者クラブに属する記者にのみに記者会見の事前案内をするという、国民の知る権利にとっての不利益（情報源の制限）を敢えて行う理由をお聞かせ下さい。</div><div>　さらに最後の質問です。凡そ記者会見においては、事前の個人情報と誓約書の提出、入場前の身体検査、会場内での警備員の配置などによる、秩序維持、会見の品質保証は、会見開催者側に課せられた任であることは言を待ちません。</div><div>　今後の記者会見においては、かかる体制を築かれた上で、何らの制限や条件を付すことなく、参加を求める者が当然に等しく参加でき、等しく質問の機会を与えられるよう態度を変更され、行動されることは可能でしょうか。お答えください。</div><div>　この回答に際しましては、業界団体に無所属の個人記者の社会的信用の不透明さなどという詭弁や、会見進行における秩序維持などという狡猾な論点のすり替えを、あたかも指名ＮＧリストを作成した某法人の浅薄な言動のごとく駆使されませぬよう、老婆心ながら申し添え致します。</div><div>　末筆ながら、いたらぬ文章を読了くださいましたことに感謝申し上げ、心あるご回答をお待ち申し上げます。</div><div style="text-align: right;">草々</div>
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<link>https://ameblo.jp/pasdedeux1732/entry-12944903246.html</link>
<pubDate>Fri, 03 Nov 2023 19:52:56 +0900</pubDate>
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