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<title>patio601のブログ</title>
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<title>寸鉄２０２５　３　　日記とアフォリズム</title>
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<![CDATA[ <p>３７　「物の体系　記号の消費」ボードリヤール、法大出版局　　３・２７</p><p>&nbsp;</p><p>　　A　機能体系または客観的言説</p><p>　　　〇現代の室内で、転回してしまったもう一つの幻影は、時間という幻影である。掛時計または振子時計という本質的な物が消え去った。P25　</p><p>　　　〇日常的な雰囲気を変形させるのは、《真の》自然ではなく、ヴァカンス、つまり自</p><p>　　　然の摸擬、つまり日常性の裏側である。P38</p><p>　　　　体系的な文化性が、体系的な技術性に対応している。<i>われわれが</i>雰囲気<i><u>と呼ぶも</u>のは、物のレヴェルにおける、この体系的文化性である。</i>　P53</p><p>　　Ｂ　非機能的な体系または主観的言説　　　　Ⅱ周辺の体系―収集p105</p><p>　　　〇情熱としての物</p><p>　　　《収集の趣味は、一種の愛の遊びである》モーリス・レ―ム</p><p>　　　　子どもの場合、収集は外側の世界を支配する最も基本的なやり方である。→収集の趣味は思春期に到達するとなくなる傾向があり、時々は年をとってから復活する→収集は、性的発達の危機の段階における強力な代償行為である。P107-8</p><p>　　　〇（逃避プロセスは）<i>物の体系</i>の中での誕生と死の《再サイクル化》というもっと複雑な運動であるp119</p><p>　　結論　《消費》の定義に向かって　われわれは、消費を産業文明の特徴となる容態と考えることができる。（略）消費は関係（略）の能動的なありかたであり、我々の全文化体系の基礎となる（略）p245</p><p>　　訳者あとがき　宇波彰</p><p>　　　〇ボードリヤールのいう再生産と、ベンヤミンのいう複製とが、同じreproductionであることに、改めて注意すべきであろう　～「技術時代における複製芸術」</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>３８　「原爆と俳句」永田浩三、大月書店　　３・２７</p><p>&nbsp;</p><p>　　〇渡邊白泉　昭和44死去　勤務先沼津高校正門左に句碑</p><p>　　　　　　　　　「戦争が廊下の奥に立ってゐた」</p><p>　　　　　京大俳句に加わる　昭和14　p33-6</p><p>　　〇爛レタ顔ノムクンダ唇カラ漏レテ来ル声ハ　　　p81</p><p>　　　「助ケテ下サイ」</p><p>&nbsp;</p><p>　　　　ト　カ細イ　静カナ言葉</p><p>　　　　コレガ　コレガ人間ナノデス</p><p>　　　　人間ノ　顔ナノデス　　『原爆小景』「コレガ人間ナノデス」</p><p>　　〇原→想像だが原爆俳句という詩の型では、原爆というすさまじい現実を表現できないと考え（下略）p81</p><p>　〇戦後の俳句は逐年隆盛の一途を辿ってきた。→まさに庶民の芸術と呼んでもよいp156</p><p>　　〇白泉　享年５５　府中市多磨霊園p211</p><p>　　〇「柘榴たわわ漁夫又七の憤怒こめ」永田浩三　久保山忌句会　2022年　1位p228</p><p>　　〇「蝉は幼年時代へと誘う導火線である」野ざらし延男 斎場御嶽（南城市）～草蝉</p><p>　　　　俳句はきわめて蝉的要素を持っている。無表情に流れゆく日常のはざまで、瞬間の美を永遠の今を書くことを教えてくれるp265</p><p>　　〇「フリージアけっこうむずかしい平凡」　中村晋「むずかしい平凡」p286</p><p>　　〇目良誠二郎　「9条地球憲章の会」事務局長　元海城中・高教諭p287</p><p>　　〇権力によって口を強引に押し開けられ、理解しがたい理不尽な現実を放り込まれ、呑み下すことが強制される時代→川柳は「嘔吐」の文学　胡桃沢健p300</p><p>　　〇原爆俳句の中で、もっとも多く登場するのが、蝉を詠った句だ　</p><p>　　　　　表紙の蝉の絵　木下晋（鉛筆画家）p312</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>３９　「永遠回帰の神話」エリアーデ、未來社　　３・３１</p><p>&nbsp;</p><p>　　〇要するに古代世界では「俗的」活動は、何も認められない。P60</p><p>　　〇古代人は歴史を容認し、それに歴史ヒストリーとしてのかかる価値を与えることを拒絶する。P127</p><p>　　〇一つの共通の特徴＝すなわち歴史は一つの意義を持つためだけでなく、要するに必要であるからた堪え忍ばれ得たのである。P171</p><p>　　〇叙情詩人ホラティウスはその叙情詩EpodeⅩⅥのなかでローマの未来の運命に対する彼の恐怖を秘しておくことが出来ずに詠じている。P174</p><p>　　〇周期の観念の復興</p><p>　　　経済学の分野で、循環、変動、周期的振幅の概念の復興が見られ、哲学の分野では、永劫回帰の神話がニーチェによって復活させられ、さらに歴史哲学の領域ではシュペングラーやトインビーが周期性の問題に関心を示すに至っている。P189</p><p>　　〇ヘーゲルからマルクスに至る「歴史主義的」解決の正当性ｐ190</p><p>　　〇ヘーゲルにとって歴史的出来事は絶対精神のあらわれp191</p><p>　　〇マルクスの歴史哲学の終りには古代的終末論のいう黄金時代が横たわる。（略）もっともこの黄金時代をマルクスは原始神話では<i>はじめのとき</i>に置くのに反して、歴史の最後に置くという違いがある。P192</p><p>&nbsp;</p><p>４０　　　日記より　　　３・３０</p><p>&nbsp;</p><p>　3月30日（日）</p><p>　もう数日経ったが、ミャンマー、マンダレーで、激震M7.7、深さ10㎞か。長周期</p><p>振動で千キロ離れたバンコクで、高層ビルが倒壊した。深さ10㎞の地震で、遠く離れた土地で大きな被害が生じたことが新しい知見。2001年９・１１のN・Yでのテロと倒壊の状況は酷似している。ジャンボ機が突っ込んだわけでもないのに、あえなく倒壊する。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>　４１　「逃走の方法」G・グリーン、早川書房　　４・７</p><p>&nbsp;</p><p>　　〇メキシコの革命政府はカストロを支持すると一方で口にしながら、他方では合衆国政府に仕えていたのである。（略）この時の経験から小説「権力と栄光」が出てこようとは、帰国してからも思ってもみなかった。P75</p><p>　　〇◎「権力と栄光」はこれまでの私の小説のうちで、ある命題<i>テーマ</i>を意図して書いた唯一のものだといえるだろう。P77</p><p>　　〇◎いたって立派な動機を持ちながら、人生<i>ライフ</i>を枯らしてゆく理想家肌の警察官、それに対してもう一方は、生命ライフを伝えて歩く酔いどれ司祭（略）。この本はそれまで書いたどれにもまして大きな満足感を私に与えた。P78</p><p>　　〇人が夢を見るのは、（略）、陶酔中ではなくて酔いが醒めている間のことだとされている。つまり精神と肉体がしっくりいかず相剋状態にある時なのだそうだ。P156</p><p>　　〇ディエン・ビエン・フーは、たんにフランス軍の敗北にとどまらなかった。この戦いは、西欧の列強がたとえアジアを支配しようとしても不可能であることを立証し、そうした西欧の野望に、文字通り終止符を打った。</p><p>　　　デカルト的明晰さをそなえたフランス人はこの判決を受け入れた。イギリス人の場合も同様だった。（略）アメリカの若者たちが、その後のヴェトナムで死んでいくころは、全面敗北のこだまが世界に伝わるのにも時間がかかることを示している。P165</p><p>&nbsp;&nbsp; 　〇夜というものは、昼よりもいっそう反理性の時だといえよう。P176</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>４２　　　　日記より　　４・１５</p><p>&nbsp;</p><p>　4月15日（火）</p><p>　　晴れ。日、月は嵐山「花のいえ」再訪。天気には恵まれなかったが、再訪する価値　　</p><p>　はあった。優子も食事には喜んでいた。</p><p>　　一昨日は、東京交通を頼んで西口まで。「ひかり」は混んでいて、三人掛けの、残り一座席も往復路とも満席だった。指定券の予約は必須といえる。復路のように緑の窓口で変更することもできる。</p><p>　初日、三井寺へ行く予定だった。京都から膳所（ぜぜ）まで戻り、京阪で三井寺駅へ。風情のある街並で、桜も残っていたが、折あしく雨が強くなって、すぐ地下鉄東西線経由で太秦天神町へ、乗りかえて嵐山へ。</p><p>　一昨年、記憶に残った上の会席を部屋で食したが、「圧巻」とまではいえないまでも、煮物の「鯉のあら煮」がアクセントを添える。</p><p>　翌朝、角倉旧邸の庭の眺めの良い窓辺の席で、平凡な朝食だが美味しく食べられた。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>　その日は、午前中は天気も良く、地下鉄東山駅へ出て、古川商店街を抜けて知恩院の下の寺町を抜け，円山公園「いそべ」へ。これが三度目だと思う。</p><p>&nbsp;　円いそして赤い重箱に入ったお弁当をいただく。「いそべ」から歩いて東山安井へ。清水と八坂神社を結ぶ「裏道」だが、今はすっかり観光ルートになっていて、まるでローマ市内か、夏のミコノス島、ロードスタウンを思わせる。なるほど外国人に「占領」された街並。東山安井から京都駅へ。指定の列車を変更して、これも満員の「ひかり」で東京駅に戻る。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>４３　　　日記より　　４・２１</p><p>4月21日（月）</p><p>午後、ようやく「解放」された線路沿いの草地に来た。黄と白の花が咲いている。ウグイスがかなり上手に鳴いている。時々ガビチョウが混じる。カラスやヒヨドリがたまに鳴くと、両者はだまりこむ。幸い蚊がいない。ツマキチョウが周回しているが他の蝶は少ない。</p><p>　緑地までは暑かったが、神社の階段わきには、キンランが咲いていて、道路から望遠で写真を撮った。</p><p>　昨夜、夫婦の会話で天国の話が出た。天国はイメージが湧かないが、天国のような情景は、たとえばこんなところだろうか。すると天国には蚊がいないことになる。</p><p>花が咲いて鳥がさえずり、蚊がいない。すると天国は、東京の近郊では四月の情景だろうか。</p><p>　</p><p>&nbsp;</p><p>　４４　「定言命法　カント倫理学研究」ペイトン、行路社　　４・２４</p><p>&nbsp;</p><p>　　　〇『道徳形而上学の基礎づけ』でこの問題（道徳性の最高原理を把握すること）を、しかもそのまま主題的に論じている故に、この書は道徳の諸問題を真剣に考える人びとにとって不可欠の書p1</p><p>　　　〇この試み（カントの道徳思想の発展）はP・Aシルグの『前批判期のカント倫理学』において大変見事になされている。ｐ3</p><p>&nbsp;　　　〇→本書の姉妹編として広く読まれるよう期待する。P3</p><p>　　　〇定言命法がカントの思想においても、また通常のカント解釈においても、非常に重要な位置を占めている→しかしカントにとっては道徳性の最高原理は定言命法よりもさらに高次なものである。P4</p><p>　　　〇道徳性の最高原理は、我々人間の弱さの故にのみ我々に定言命法として現れる。P4　　　　（←序文１９５８年）</p><p>　　　〇◎すべて認識は経験とともに始まる（カント）p27</p><p>　　　〇◎「我々は真実を語る<i>べきである</i>（ought）」という言明と「我々は真実を語ら<i>なければならない</i>（must）」という言明とは、全く異なるp28</p><p>　　　〇我々が認識をもちうるのは、経験的なものと、アプリオリなものとを結合することによってのみである。p41（←1章）</p><p>　　　〇愚かさを判断力の欠如と言い表している（20）（←２章）p57</p><p>　　　〇主観的原理を示すカントの述語は「格率」である⑼p87</p><p>　　　〇感覚的傾向に基づく格率　経験的あるいはアポステリオリな格率</p><p>　　　　感覚的判断に基づかない格率　アプリオリな格率（カント）p89（←4章）</p><p>　　　〇◎カントの用語では、普遍性は法則の形式である。P100　　　　　　　p101</p><p>　　　〇法則そのものの第二の特質はそれが命令だということである（示唆）（←6章）</p><p>　　　〇カント説の大きな長所の一つは、彼がアプリオリなものと経験的なものとを、義務と傾向とを、明確に区別した、ということである。p110（←7章）</p><p>　　　〇理性が行為においてある役割を演ずるという見方は、カントが創設したものではない。p114</p><p>　　　〇◎往々カントは実践理性を意志と同一視する。P117</p><p>　　　〇あらゆる行為は、<i>格率</i>すなわち主観的原理をもつ。p11⑼</p><p>　　　〇カントは幸福を、あらゆる人間が追求する最終目的とみなす。p125（←8章）</p><p>　　　〇自由の概念は、純粋理性が不可避的に形成する概念である。p146（←9章）</p><p>　　　〇分析命題と総合命題を区別したのはカントが最初である。P177</p><p>　　9節→定言命法はアプリオリな総合命題である。P185（←12章）</p><p>　　　〇〈法式1〉あるいは〈普遍的法則の形式〉　</p><p>　　　〇汝の格率が普遍的法則となることを、汝が同時にそ<i>れによって意志しうるような</i></p><p><i>　　　格率に従ってのみ行為せよ。⑵</i>p190（←13章）</p><p><i>　　　</i>〇認識の領域では我々は（カントによれば）構想力（想像力）と悟性の自発的活動がなければ、対象についても我々自身についても何事をも認識しないであろう。P210（←14章）</p><p>　　1節〈法式1a〉　<i>「汝の行為の格率が汝の意志においてあたかも普遍的な自然法則となりうるかのように行為せよ。</i>」⑴p214</p><p>　　　〇◎自然とは、法則によって支配された現象の全体である。P219</p><p>　　　〇カント自身がよく語った一つの物語 →ある涼しい夏、親つばめ自身が、一部の雛に十分餌がゆきわたるよう他の雛を巣から捨てているのを目撃した。→自分の眼が信じられなかった。「私の心は静止した。ひざまづいて崇拝する以外何もできなかった。p220（→15章）</p><p>　　　〇「汝の意志が自らの格率によって、己れを同時に普遍的法則を立ててものをみなしうるように行為せよ。」という法式が、最も重要である。（『実践』）p292</p><p>　　　〇我々がここで直面している問題は、カントにとって常に哲学の根本問題である一般的問題、すなわち「いかにしてアプリオリな総合命題は可能であるか」という問題の特殊な形態である。p293（→19章）</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>４５　　◎日記より　　４・２５</p><p>&nbsp;</p><p>　　4月25日（金）</p><p>　昨日の夕刊で保守を自認する中島武志氏が、オレン・キャスという保守系シンクタンク「アメリカンコンパス」の設立者を紹介している。キャスの朝日新聞デジタル4/1付けのインタビューから長文の引用がある。なぜ関税強化なのかトランプ政権ブレーンが語る「改革保守の真実」と題したインタビューから。</p><p>　「<u>2001</u><u>年の中国</u><u>WTO</u><u>加盟以降</u>、アメリカの産業が中国の輸出増？などによって限界に達している。（とくに中年の低学歴の白人）」</p><p>　「80年代以降のアメリカの保守派は「市場経済と自由貿易」に活路を見い出してきたが、この方向性はもう通用しない。生産よりも消費に偏ったアメリカの現状を変え（略）国内産業の再興と発展を進めるために関税は重要な政策手段となる。」</p><p>　キャス曰く◎「いくら株価が高く、ウォール街やシリコンバレーが繁栄しても家族やコミュニティが弱くなってしまっては意味がありません。」</p><p>&nbsp;　ここまでのキャスの主張に中島氏は同調しているが、強力なゆさぶり＝「ショック療法」を有効とする部分については批判的だが。</p><p>　新自由主義、リバタリアン、宗教右派でないアメリカ保守派がトランプの背後にあり、</p><p>　　極端な関税政策の背後にあるという「変化」については注意が必要だ。コミュニテ　</p><p>　　ィ、コモンズというキーワードにも注目したい。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>　４６　「存在と時間（上）」ハイデガー、岩波文庫　　４・３０</p><p>&nbsp;</p><p>　　〇「<i>存在する</i>」という語で私たちはそもそも何を意味しているのか。この問いに関し</p><p>て答えを全くもっていない。P67</p><p>　　〇「存在」は、「最も普遍的な」概念である。P75</p><p>&nbsp;　　〇「存在」の概念はそれどころか、最もあいまいな概念なのである。P76</p><p>　　〇すべて問うことは探し求めることである。</p><p>　　〇33　　現存在は、他の存在者の間で現前するにすぎない。一種の存在者ではな</p><p>い。P112</p><p>　　〇35　現存在がそれに対してあれこれとかかわることができ、つねに何らかのしかたでかかわっている存在自身を、<i>実存</i>と名づけよう。P115</p><p>　　　★３訳注：パルメニデス「存在するものが、存在すると語り、またそう思考しなければならない。」（断片六）　（←1章）p124</p><p>　　〇存在は、その都度時間に注目することによってだがつかまれうる。P141</p><p>　　〇伝統は現存在の歴史性を根こそぎにする。P150</p><p>　　〇82　「現象学」という名称が表現するのは一種の格率である。P174</p><p>　　〇「現象学」という表現は第一次的には一個の<i>方法概念</i>を意味する。→研究が<i>どのようにあるか</i>p173　</p><p>　　〇logosよりも根源的に真であるのは〔感覚〕<i>アイステーシス</i>である。P196</p><p>　　〇<i>存在とは端的に〔超越概念〕</i><i>transcendens</i><i>なのである</i>。P214</p><p>　　〇現存在の存在の実存論的な意味は、<i><u>気づかい</u></i>なのである。　8節<u>結語</u>P222</p><p>　　〇127　<i>現存在の「本質」は、その実存のうちにある。</i>P225</p><p>　　〇注解138-9：（デカルトは）私が「存在スムする」についてはまったく究明していない。P242</p><p>　　〇ディルタイとベルグソンによって規定された「人格主義」という方法や、哲学的人間学をめざす傾向p244　（→1部一篇1章）</p><p>　　〇191日常的な現存在にとってもっとも身近な世界は<i>周囲世界</i>である。p322（→同2章）</p><p>　　〇ギリシア人は、「事物」をあらわす適切な述語を一つ持っていた＝〔実用品〕プラグマタp330</p><p>　　〇道具の存在のしかたを、私たちは<i>手元にあるありかた</i>と名づけようp335</p><p>　　〇267　硬さは抵抗としてとらえられる。P455</p><p>　　〇〈どこへ〉を私たちは方位と名づけることにする。P476</p><p>　　　〇そのときどきの方位は、先立って手元にあるありかたを有している。P485</p><p>　　　　（→1部一篇3章）</p><p>　　　◇全く分からないままにメモをとっている。読む前からたとえば〈世界―内―存在〉とか〈現存在〉という述語は近くにあるが、読まないと出て来ない「カジュアルな」用語がいくつかある。「気づかい」「周囲世界」「手もとにあるありかた」「方位」などである。その多くはハイデガーが「実存」と同じように名づけた用語であるがどうしてそうする必要があったのか、また日本語訳で読む限りでは、どうして「カジュアルな」言葉で名づける必要があったのか、また「実存」以外は我々の「近く」に現われないのかは、知りたいと思う。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;　４７　「丸山眞男との対話」石田雄、みすず　５・１</p><p>&nbsp;</p><p>　　〇◎「正統と異端」研究会　丸山、藤田、私の三人で発足→<u>藤田は私とちがって意見</u></p><p>　　<u>の差異を時には極端に誇張して議論を挑発→ところが</u><u>F</u><u>は</u><u>67</u><u>年イギリスに行く前に、</u></p><p><u>担当部分である近代日本の異端という枠にとらわれない形で彼なりの異端に関する大</u></p><p><u>報告をして日本を去ってから、帰国後も二度と研究会に現れることはありませんでし</u></p><p><u>た。→（石田の推測）あるいは共同研究という枠自体から自由でありたいと思ったの</u></p><p><u>かもしれません</u>。→ともあれ67年に藤田が去ってからは、丸山、石田の二人での研</p><p>究会が二十五年間続く。P4</p><p>　　〇59年の「開国」論文当時から意識化された「文化接触」を焦点とした比較の視点を</p><p>強めて、歴史をさかのぼり、日本の思想の「個体性」を究明する「原型」「古層」か</p><p>ら「執拗低音」への方向を示す→この「古層論」への方向が丸山にとって「勇み足」　　</p><p>の結果を生んだ（のではなかったか。）p13</p><p>〇「正統と異端」研究会でも、キリスト教的正統（オーソドキシー）という枠組みを</p><p>相対化→どの文化にも通ずる妥当性をもつ権力の正統性（レジティマシー）へ重点を</p><p>移す方向。P15</p><p>〇「丸山ゼミ有志の会」の終り（結びの言葉）95/12/3 →「他者感覚のなさ=他者と</p><p>の対話が非常に欠乏している。」p18</p><p>〇「正統と異端」講座二巻　執筆分担　1959</p><p>一． 天皇制的正統の確立　丸山/藤田</p><p>72年改（広告）</p><p>一． 日本における正統性の成立　丸山</p><p>一． ◎異端の諸類型とその展開　藤田</p><p>一． 交錯と矛盾―正統性の解体過程　石田ｐ44　　</p><p>　　　〇◎研究会67年4月まで　丸山、藤田、石田∔編集部Ⅰ-3名（67年4月は藤田渡</p><p>　　　英前ということもあり月2回）→それ以降　丸山、石田＋編集部　月1回p58</p><p>　　　〇「世界像の原型」prototypeという名の下に取り扱う　63年→原型が宿命論的にきこえる→「古層」最後に「執拗低音」＝比喩的表現p108</p><p>　　　〇「日本の過去の思考様式の「構造」をトータルに解明すれば、それがまさにbasso ostinato を突破するきっかけになる。」⑪223　p108</p><p>　　　〇「文化接触と文化変容という観点の思想史への導入は、<i>普遍史的な</i>発展段階論の否定を伴わずにはいられない。」78年⓾343　P108</p><p>　　　〇丸山の思想史におけるタテの歴史からヨコの比較への力点の移動ｐ110</p><p>　　　〇「古層論」が丸山的方法から見ても「勇み足」であるとする私の見解</p><p>　　　　　『丸山眞男と市民社会』世織書房、1997→本書第三部p110</p><p>　　　〇丸山自身は「市民社会」という言葉をほとんど使っていないp150</p><p>　　　〇『三酔人経綸問答』の対話の意味「この三人の対話を通じて複数の<i>観点</i>、色々な<i>角度</i>からのスポットライト、が投入されている」⓾297→このような対話を可能にする個人のレベルでの条件＝「リベラルな他者感覚」が必要p164</p><p>&nbsp; 　　〇他者感覚→竹内はそれを持っていた数少ない一人だ。「世界というのは日本の「そと」にあるものじゃないんだというのが本当の世界主義←→えせ「普遍主義」＝日本の「そと」にあるp165</p><p>　　〇第一　戦前と戦中　第二　戦後すぐ　第三の系列の研究</p><p>　　　　60年代半ば頃から、ハーバード、オックスフォードから帰国した直後の’67年の講義から‘80年代半ばごろまで</p><p>　　　　　　　　　　「原型―古層―執拗低音」p170</p><p>　　〇丸山を囲んで丸山に教えを受けた思想史研究者の間でもたれた「VG研究会」⇒比較思想史研究会p184</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>　48 , 『軽井沢探蝶物語』栗岩竜雄、さくら舎　　５・６</p><p>&nbsp;</p><p>　　〇90年代に激減。あっという間だった。本種を含む草原性の蝶が軒並みレッドリストに登録されていった。〔ウラギンスジヒョウモン〕p60</p><p>　　〇子どもの頃、採集→一度も接触できず未撮影のままになっている蝶が二種類ある。クロヒカゲモドキとツマジロウラジャノメだ。P72</p><p>　　〇当町ではおおむね北東エリアから先に蝶は減じ、南西エリアで生きのびて居る。困ったら西か南を探せ！（略）令和以降、見かけないコキマダラせせり、本当の天国へ召されてしまったのだろうか？</p><p>　　　〇写真→2,022・6・22　ウラナミアカシジミ　４９年ぶり</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>　49 「国境廃絶論　入管化する社会と希望の方法」ブラッドリー、岩波文庫　　５・１０</p><p>&nbsp;</p><p>　　常識<i>コモンセンス</i>という名の国境p1</p><p>　　　〇管理と治安（セキュリティ）に対する欲望こそ、広い意味あいでの入管の政治学を特徴づけているp1-2</p><p>　　　〇本書はこのようなグローバルな秩序を成り立たせている論理の全体の挑戦し、はなはだ不平等な国民国家から成る世界を受け入れることを拒絶する。P4（←序章）</p><p>　　　〇「国家はいつでも「動き回る人々」の敵であったようだが、それはなぜだろうか」（スコット）p26</p><p>　　　〇⑺バリバール、ウォーラーステイン・「人種・国民・階級」唯学書房、2014、p23</p><p>　　　〇資本主義には（人を）動員するモビリゼイションとともに領土化に囲い込むテリトリアゼーションプロセスが（略）常に含まれていた。P25</p><p>　　　〇この移動を不可能にすることこそイモビリゼーション、人種という区分および階層秩序を生産し再生産するp25</p><p>　　　〇国境は人種をつくりだす</p><p>　　　　モディがインド首相としてのキャリアを築くことができたのは、グジャラート州での反イスラムのボグロム（虐殺）に共謀し、（略）イスラム教徒から市民権を奪って抑留することを公約したという背景があってのことp30</p><p>　　　〇都市が田舎より反移民政治に対してより一層の抵抗を示してきたことp32</p><p>　　　〇シティズンシップという法的地位は、対テロ戦争の文脈においてますます「特権」へと作り変えられてきた。P34</p><p>　　　〇移民の権利のために戦うヨーロッパの活動家は正しくも、EUの暴力的な国境体制に挑戦し、そして移動する人々の安全な通行路をあらゆる必要な手段に訴えてでも確保しようと努めているp37</p><p>　　　〇国境が傷つけるのは土地と私たちの政治的想像力の両方である。ｐ38（→1章　人種）</p><p>　　　〇（2018年に）トランプは書類なしの入国に対し「容赦なし」ゼロトレランス政策を導入し、国境を越えてきた親たちを「不法入国」のかどで起訴したp42</p><p>　　　〇家族の隠喩をうやうやしく使わずには国民国家について考えたり説明することさえ私たちにはできないらしい。</p><p>　　　　たとえば母国マザーランド、父祖の地ファザーランド、諸国民からなる家族ファミリーオブネーションズ（=国際社会）、祖国＝故郷ホームランドp47（→2章ジェンダー）</p><p>　　　〇資本主義→万物が商品化→地球に暮らす大多数の人々は基本的生存にとって必要なモノを得るためにはお金を支払わねばならないp63</p><p>　　　〇（→5章　テロ対策）国籍が剥奪されやすくなることで、権利を持つ権利〔アーレント〚起原』の有名な概念〕を失う人の数もまた増えていく。P107</p><p>　　　〇（→6章　データベース）国境は市場と人口を組織し、人種的な区別とヒエラルキーをつくりだし、異性愛規範を法律にする。P121</p><p>　　　〇（→7章　アルゴリズム）反レイシズムおよび移民の権利擁護の活動家は、現代国家の統治術が帯びるデジタルな性質に対応する必要がある。ｐ163</p><p>　　　〇現代の国境化の実践は、望ましくないヒトやモノの移動を制限しようとする一方で、同時に他のヒトやモノは迅速に流れていくようにする。P165</p><p>　　非改良主義的改良</p><p>　　　「抑圧的システムの力が危機をもたらすこと。それをこのシステム自体は解決できないことを白日のもとにさらしつつ、この力を削っていくためのあれこれの手法」</p><p>　　　‘67年　ゴルツp179</p><p>―　　［幕間劇ｰ未来 Ⅱ］希望とは、不可避だとされることの拒否である。P195</p><p>　　　〇◎現在の世界において不動かつ永遠であるかのように見えるもの―資本主義、監獄、戦争、核家族、国民国家のようーは不正かつ期待外れのものであり、なくせるはずだと言い切れるくらい大胆になるということp203</p><p>　　〔日本の読者のための解題〕</p><p>　　　〇本書は直訳すれば「国境に抗するー国境の廃絶を擁護するために」p228</p><p>　　　〇A・デイヴィス「監獄ビジネス」岩波2008、ｐ232</p><p>　　　〇「誰に、どのくらいの率で子どもができるのか、そしていかなる種類の権利が付与されるのか」にレイシストの重大関心事となり、「移民女性の生と出産に関わる生活は入国管理の主要な標的とされる」（p45）⇒国境とレイシズム/セクシズムの関連p237</p><p>　　　〇日本で廃絶の反レイシズムを創出するには、東アジアは場所を移す権利（p37）が地球上で最も厳しく国境によって制限されている地域の一つであるという厳しい歴史的現実を直視する必要があるp241</p><p>　　　〇国境のレイシズムが、気候変動という環境の変化に「適応」アダプトできない者を「死んで良い人間」として人種化する危険が迫っている。P243</p><p>　　　〇（フリードマンの新自由主義を）ひっくり返す。「歴史とは自主自在な拍子でくり広げられるのであり、そして危機の時代には物事が速度を上げるものだ。そのようなときには、（略）<i>困難な時代においても想像することと戦うことをやめなかった人々によって発展させられてきたのが</i>問題となる。したがって肝心なのは（略）いま何ができるか、である」（p194）　<u>結び</u></p><p>&nbsp;</p><p>　</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>　５０　「目的への抵抗　シリーズ哲学講話」國分功一郎、新潮選書　　５・２０</p><p>&nbsp;</p><p>　　はじめに―目的に抗する（自由）　　　　　　ｐ３</p><p>　　　◎〇自由は目的に抵抗する。（略）目的に抗するところにこそ人間の自由がある。</p><p>　　　〇私たちは目的なる語なしでは、何かを考えることができなくなっている。P4</p><p>　　第一部　哲学の役割―コロナ危機と民主主義</p><p>　　　〇自己紹介　→早大政経学部政治学科の学生p17</p><p>　　　〇アガンベンの問題提起「エピデミックの発明」→「私たちはどこにいるのか？―政治としてのエピデミック」青土社、2021収録　p27</p><p>　　　〇アガンベンはコロナ危機において「例外状態the state of exception」が人々によっ　　</p><p>　　　て進んで受け入れられつつあることに危機感p30</p><p>　　　〇アガンベン→この伝染病の発明は権利制限を拡張する理想的な口実を提供しているp32</p><p>　　　〇死者―我々の死者―が葬儀の権利をもたない（略）我々の隣人なるものが抹消されつつある　このことについて教会が黙ったままであるのは奇妙なことだ。p37</p><p>　　　〇「私たちの社会はもはや剥き出しの生bore lifeの生以外何も信じていない」p38</p><p>　　　〇移動の自由は数ある自由のうちの一つではないp48</p><p>　　　〇常に暴力を使うだけでは相手を支配することはできない。（略）一度ぶん殴って相手を恐怖させたとしても、相手にその場を立ち去るる能力と可能性が残されていたならば支配が成立しない?p51</p><p>　　　〇支配　～参考にしているのがルソーの自然状態論＝『起源論』◎</p><p>　　　　<u>「何も所有しない人々の間にいかなる従属関係の鉄鎖がありうるだろうか」</u></p><p>　　　　　　自然状態では支配の関係が成立しないp52</p><p>　　　〇フーコー・「監獄の誕生ｰ監視と処罰」新潮、1977</p><p>　　　〇監獄に閉じ込めるという手段は、刑罰ではないと考えられていた。P58</p><p>　　　〇メルケル「旅行および移動の自由⇒勝ち取った権利→このような制限は絶対的に必要な場合のみ正当化される→軽々しく決められるべきではない→一時的にしか許されません」p61</p><p>　　　〇アガンベン→自分たちの権利を進んで放棄しているようにみえる我々に虻のようにまとわりついて、嫌がられながらチクリと制したp63</p><p>　　　〇（人間たち）その死骸が—アンティゴーネから今日にいたるまで、歴史上かって一度も起こったことがないことだが―葬儀もされずに燃やされる」（同）p64</p><p>　　　〇死者に対する敬意にこそ、人間が人間であることの、或る譲れない線がある」p65（同）</p><p>　　　〇「生の経験が単一性？」の分析（純粋に生物学的な実体/構成的・文化的など）」</p><p>　　　（同）p72</p><p>　　　〇なぜ立法権と行政権の分立を言う必要があるのか　→行政権が非常に強力であるからp72</p><p>　　　〇日本でも国民が例外状態に慣れきってしまっている</p><p>　　　　　最も分かりやすい例　「閣議決定」の当然視p75</p><p>　　　〇「行政の夢」→「自分たちでルールを決められたらどんなに楽であろうか」p76</p><p>　　　〇F・ノイマン『ビヒモス』「ヴァイマール期のドイツの議会は立法権を独占することに余りにも熱心でなさすぎた」p77</p><p>　　　○権力の分立という考え方は、決して権力の独占を防ぐためだけのものではない。その背景には、権力は権力によってのみ阻止され、しかも同時に侵害されずにすむ→アーレント『革命について』ちくま学芸文庫95　p79</p><p>　　　〇司法権力→三権の中で最も弱い権力p80</p><p>　　　〇現在は行政権力が非常に強くなっている時代です。コロナ危機でそれはより顕著になりました。p81</p><p>　　〔質疑応答〕</p><p>　　　○むしろ日本で怖かったのは「自粛警察」と隠語で呼ばれる相互監視体制→告げ口と無言の圧力　　日本の場合は政府はもっともらしいことを言うだけで十分に補助もしないp84-5</p><p>　　　○例外状態、つまり行政権が立法権を凌駕する状態が受け入れられつつある　～グローバル社会におけるスピードという問題p87</p><p>　　　○議会であれこれ議論するよりも、行政権力が物事を決めていったほうがスピーディーで効率的→事実上、独裁を認めることに等しいp88</p><p>　　　○◎大切なことを考えるにあたっては、たいてい、同時に二つのことを考えなければならないp95</p><p>　　　○「大衆社会における大衆は、何も信じていないから何でも信じてしまう（略）」（『起源』３，アーレントー全体主義）→◎僕はこの分析を読んだ時に、まさしく現代の日本社会だと思いました。P102</p><p>　　　○ガンジー「あなたのすることはほとんどは無意味であるがそれでもしなくてはならない。（略）世界によって自分が変えられないようにするためである」ｐ114</p><p>　　　○ドゥ―ルーズ　フーコー批判（72年の対談）：知識人がだれかの代わりに代表として語るという考え方を批判　「知識人と権力」『無人島1969-74』　河出書房新社2003</p><p>　　　←→○スピヴァク　ドゥ―ルーズ批判：「サバルタンと呼ばれる従属的・疎外的な地位にいる人は自分で語ろうにも語れない（略）」（『サバルタンは語ることができるか』みすずライブラリー、1998）p116-7</p><p>　　　〇◎だれかの代わりに語ること、特に死者の代わりに語ることには、非常に複雑な問題がある。P117　</p><p>　　二部　不要不急と民主主義ｰ目的、手段、遊び</p><p>　　　扉　「目的とはまさに手段を正当化するもののことであり、それが目的の定義にほ　</p><p>　　　　かならない」アーレント『条件』</p><p>　　　　〇産業化の過程で村と祭りを破壊したイギリスは、培ってきた食の能力を維持できず、味付けや調理の基準も衰退して、料理人の責任放棄が蔓延することとなった。他国の産業革命は、イギリスほど徹底的に村と祭りを破壊しなかった。</p><p>　　　　　・『文芸春秋SPECIAL　２０１７年季刊秋号　小野塚知二　p141</p><p>　　　　　・『武器としての「資本論」』白井聡、東洋経済新報社、2020</p><p>　　　　〇不要不急と名指されたものを排除するのを厭わない社会の傾向―この傾向はこの四字熟語を使っていない多くの諸外国でも同様と思われます。P145</p><p>　　　　〇◎アーレントこそは目的の概念を徹底的に思考した哲学者の一人p148</p><p>　　　　〇手段の正当化こそ目的を定義するものに他ならない　アーレント：扉p150</p><p>　　　　〇◎<u>目的の本質とは手段の正当化にある。アーレントはこの本質から目を背けない</u>。P151</p><p>　　　　〇◎ベンヤミンを正しく理解するには、彼のどの章句の背後でもはげしく動揺しているものが何か静的なものに転換されていることを、まさに運動そのものについての静的な観念が存在することを感じ取らなければならない。→『暗い時代』アドルノの言葉を引用p158</p><p>　　　　○アガンベン・『カルマンー行為と罪過と身ぶりについて』みすず、2022　p162</p><p>　　　　○◎「極端なこと」を考えるにあたっては、ベンヤミンのような思考のスタイルが要請されるのではないか。P164</p><p>　　　　○目的の概念は僕らの日常的な思考を大きく規定しており、明日からそれなしでものを考えたり生活をしたりするなどということはありえないp165</p><p>　　　　○◎官僚<i>支配</i>（ビューロクラシー）の特色は、永続的に普遍妥当性を持つものとして想定されている法の規範性よりも、与えられた目的を達成するための目的合理性が優先されるところにありますp172　</p><p>　　　　〇例外状態あるいは官僚支配←→法の規範性</p><p>　　　　　　アーレント　自由という概念、を対置p174</p><p>　　　　〇自由について考えるには、行為の自由について考えること、政治という複数性の営みのなかでどう自由に生きるかという問いに取り組むこと。P176</p><p>　　　　○目的によって開始されつつも目的を超え出る行為、手段と目的の連関を逃れる活動＝「遊び」p179</p><p>　　　　〇遊び～「パフォーマンス芸術」←→造形芸術（彫刻や絵画）p181</p><p>　　　　〇パフォーマンス芸術は、実際政治との強い親和性を持っている（「自由とは何か」『過去と未来』）p181</p><p>　　　　〇人間の自由は広い意味での贅沢と不可分p195</p><p>　　　Q＆A</p><p>　　　　「抑止として他者の身体がある」～対面授業　　・千葉雅也（友人）</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>　５１　「負債論」グレーバー、以文社　　５・２１</p><p>&nbsp;</p><p>　　１　〇暴力と数量化という、これらの二つの要素が密接に結びついている。P24　</p><p>　　Ⅱ　◎〇負債と義務の違いは、負債が厳密に数量化できることである。</p><p>　　　　従って<u>負債の歴史とは必然的に貨幣の歴史</u>なのである。P34</p><p>　　　　〇物々交換がことさら古い現象ではないこと、真に普及したのは近代においてはじめてであることp57</p><p>　　　　〇私たちが今仮想通貨<i>ヴァ―テュアル・マネー</i>と呼んでいるものこそ、最初にあらわれたp63</p><p>　　Ⅲ　○物々交換の神話は経済学の言説の中心をなしている。P66　　　　　　p110</p><p>Ⅳ　○貨幣を商品としてみる者たちと借用証書としてみる者たちの間には論争がある</p><p>Ⅶ　○<u>危機crisisu　という語の文字通りの意味は十字路である</u>p267</p><p>　　○私たちの固定観念とは全く矛盾するのだが、ペルシアやシリアの女性たちとは違って民主政アテナイの女性たちは、公共の場に出るにあたって、ヴェールを着用するものとされていた。P283</p><p>　　〇オデッサの戦いで敗れたローマ皇帝ヴァレリアヌス（253―260）は捕虜となって、残りの人生をササン朝皇帝シャーブール1世が馬に乗る際の足台としてすごした。P285　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　p298　　　</p><p>　　〇イェ―リング（ドイツの法学者）が、ローマ帝国は，（一度はその軍隊のよって、二度目はその宗教によって、三度目はその法律によって）三度世界を征服した。</p><p>Ⅸ　〇合理的rational という言葉→比率ratio から派生p355</p><p>Ⅺ　一一章　大資本主義帝国の時代（１４５０年から１９７１年）　　　　　p496</p><p>　　〇ニーチェは生とは交換であるというスミスの前提を継承しながらも、<u>スミスがふれたがらなかったすべて（拷問、殺人、手足の切断）をむきだしに</u>した。</p><p>　　〇もし過去数百年の世界史が呈示していることがあるとしたらユートピア的な構想には何らかの訴求力があるということp522</p><p>　　〇◎フランス革命は政治にいくつかの徹底的に新しい思想を導入した、とウォーラーステインは好んで指摘する。P528</p><p>Ⅻ　〇◎金銭は神聖なものではないこと、<u>自分の負債を返済することがモラリティーの本質ではない</u>こと（下略）p577　　本論・<u>結語</u></p><p>あとがき　２０１４　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　p582</p><p>　〇私がもっとも触発されたのは、20世紀初期のフランスの人類学者M・モース</p><p>訳者あとがきにかえて　酒井隆史ほか</p><p>　○◎本書がー最大のインスピレーション源としている―人類学者キース・ハートは</p><p>　1970年代「インフォーマル経済」を造出→最大のお気に入りの思想家ルソー→お気</p><p>　に入りの著作『起源論』p594—6</p><p>○ピケティとの対談　マルクスには冷淡なピケティもグレーバーには共感→唯一の</p><p>不満＝「負債と資本を同一視している」p596</p><p>○◎<u>現代のはじまり‘７１年８月１５日</u>：ニクソンが公式に<u>金ドル交換を停止</u>し、<u>実</u></p><p><u>質的に変動相場制に移行</u>した日p618</p><p>〇◎ネオリベの展開の当初は、70年代の危機からの資本主義の脱出であり再編成</p><p>→70年代に始まった危機が深刻化＝一つの「文明」のトータルな前提p628</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>　５２「監獄ビジネス　グローバリズムと産獄複合体」A・デイヴィス、岩波　５・２５</p><p>&nbsp;</p><p>　　〇レーガン時代と呼ばれる１９８０年代に、監獄建設と大量収監がかってない勢いで始まった。　「産獄複合体」⑶　Prison Industrial Complex p4</p><p>　　　訳者解説　　上杉　忍</p><p>　　〇本書　A.Davies　　Aro Pricons Obcolete？</p><p>　　　　直訳すれば「監獄は時代遅れげはないか？」p139</p><p>　　○マルクーゼのもと、博士論文執筆</p><p>　　　ブラックパンサー党の指導的一員→70年6月共産党員であることを理由にカリフォルニア大教員を解雇（by レーガン知事）p140</p><p>　　○80年及び８４年、アメリカ共産党の副大統領候補</p><p>　　　91年アメリカ共産党がソ連共産党のクーデターを支持すると共産党脱退p141</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>　５３　　日記より　　５・２７～６・２</p><p>　　</p><p>　　5月27日（火）</p><p>　　　曇り。午前、白十字へ。帰る途中、ホトトギスの初音を聞く。「枕詞」よりも「初夏」の季語にふさわしい。カッコウの声を聴きたいものだ。</p><p>　　　29日（木）</p><p>　　　　晴れのち曇り。朝、「花冠（ステファノス）　２０２４　俊太郎さんへの頌歌」</p><p>　　　を完成し、ブログに投稿。我ながらよく出来ていると思う。すべて詩全篇の引用</p><p>　　　でないのはお詫びするとして。</p><p>6月1日（日）</p><p>　　　夕刻、入浴。蛙の声を聞こうと窓を開けたらホトトギスの声が聞こえた。八国山一帯には多いようだ。</p><p>　　　2日（月）</p><p>　　　　晴れ間もあるが花曇り。朝、庭にシジュウカラが来た。2羽なので、番いかと</p><p>思ったが、春先でないので、跳べるようになった幼鳥と母鳥かもしれない。一羽</p><p>は庭の茂みを、活発に飛びまわり、一羽は桜の枝にじっと止まっている。どちら</p><p>が幼鳥なのだろうか。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>　５４　　　日記より　６・３～６・２０　大湯温泉ホテル湯元に旅行、とその後</p><p>&nbsp;</p><p>　　6月3日（火）</p><p>　　　雨の中を移動している。新幹線は高崎までは満員だが、そこからは空席が目立つ。</p><p>　　トンネルを抜けて乗りかえた越後湯沢からは、車窓近くに緑が広がり、水を張った</p><p>　　田が目立つ。六日町からは田植えが終わったようだ。</p><p>　　　雨は終始降っていて下車した小出のような大きな駅にさえ、売店はない。駅前の</p><p>　　ベンチで送迎のバスを待っていると、やはりホトトギスが鳴いている。</p><p>　　　石健の「カウンターエリート」を三分の一ほど読む。この十年間の変化は、とん</p><p>　　でもなく大きい、という。◎</p><p>　　　小出の駅は前述の通りだが、町はアーケードが長く続いていて、大きな町だ。</p><p>　　4日（水）</p><p>　　　　うす曇り。ホテル湯元のふれあい橋を渡って、かっての大湯温泉街へ。「街」に</p><p>　　　なっているが、ランチが食べられるのは、松坂屋の一軒のみ。かつ丼の注文。</p><p>　　　　そのあと、ふれあい橋よりちょっと下って大湯橋まで。この一帯は園地になっていて、ようやく茶や白や黄の蝶が飛び立つ。</p><p>　　　　TVも新聞も、ネットのニュースも長嶋のニュースばかり。リハビリに精進というが、6ヶ月以上は出来ないリハビリをどうやって続けられたのだろう。歩行と足の筋力強化に重点というが。</p><p>　　6日（金）　</p><p>　　　　高曇り。薄曇り、と書くべきだろうが。食事もかねて松坂屋へ。ラーメンと</p><p>　　　サイダー。標準的なラーメンだった。坂を上って見返り橋の入り口まで来たが、</p><p>　　　橋までの下りがけっこうな坂で、渡らず引き返した。ウスバシロが飛び、サカハ</p><p>　　　チの夏型が花に訪れ、マイマイカブリが路上を通過する。</p><p>　　7日（土）</p><p>　　　晴れ。TVは梅雨入りの話題が多い。ホテル発10時。大宮１２時は早かった。照</p><p>りつける日差しが暑い。</p><p>　１０日（火）</p><p>　　　雨。関東も梅雨入り。</p><p>　グレタさんほかを乗せたNGOの船がガザの手前で、イスラエル軍に捕まり、</p><p>フランスへ送り返された。</p><p>　イスラエルの民主派や環境派は、ロシア国内の人々ほどにも、声を上げない</p><p>のだろうか。</p><p>　14日（土）</p><p>　　　おおむね雨。庭に赤紫色のハーブの花が咲く。ペルガモットだったか。桜の樹</p><p>　　の根元に前はあったのだが陽光を求めて庭の入口の方へ移動しつつある。</p><p>　　　　ウッドデッキの栗の花穂もあるようだ。アカシジミは来るか。プランターの</p><p>　　ウマノスズクサは絶滅危惧種と聞く。典型的な畑の脇の雑草かと思ったら。</p><p>　２０日（金）</p><p>　　晴れ。高曇り、といった方がいいかもしれない。</p><p>　　中庭にハグロトンボが訪れた。栗の枝葉とプランターの下草の葉に。つまり時々、</p><p>　木蔭へと移動している。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<pubDate>Wed, 22 Jul 2026 16:50:53 +0900</pubDate>
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<title>寸鉄２０２５　１  日記とアフォリズム</title>
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<![CDATA[ <p>寸鉄２０２５　１</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>　　　</p><p>　寸鉄２０２５　１</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>１　日記より　2025年1月２日</p><p>&nbsp;</p><p><!--[if gte vml 1]><v:shapetype id="_x0000_t75" coordsize="21600,21600" o:spt="75" o:preferrelative="t" path="m@4@5l@4@11@9@11@9@5xe" filled="f" stroked="f"> <v:stroke joinstyle="miter"/> <v:formulas>  <v:f eqn="if lineDrawn pixelLineWidth 0"/>  <v:f eqn="sum @0 1 0"/>  <v:f eqn="sum 0 0 @1"/>  <v:f eqn="prod @2 1 2"/>  <v:f eqn="prod @3 21600 pixelWidth"/>  <v:f eqn="prod @3 21600 pixelHeight"/>  <v:f eqn="sum @0 0 1"/>  <v:f eqn="prod @6 1 2"/>  <v:f eqn="prod @7 21600 pixelWidth"/>  <v:f eqn="sum @8 21600 0"/>  <v:f eqn="prod @7 21600 pixelHeight"/>  <v:f eqn="sum @10 21600 0"/> </v:formulas> <v:path o:extrusionok="f" gradientshapeok="t" o:connecttype="rect"/> <o:lock v:ext="edit" aspectratio="t"/></v:shapetype><v:shape id="図_x0020_1" o:spid="_x0000_s1027" type="#_x0000_t75" style='position:absolute;left:0;text-align:left;margin-left:25.05pt; margin-top:1.55pt;width:205.5pt;height:418.5pt;z-index:-251655168; visibility:visible;mso-wrap-style:square;mso-width-percent:0; mso-height-percent:0;mso-wrap-distance-left:9pt;mso-wrap-distance-top:0; mso-wrap-distance-right:9pt;mso-wrap-distance-bottom:0; mso-position-horizontal:absolute;mso-position-horizontal-relative:margin; mso-position-vertical:absolute;mso-position-vertical-relative:text; mso-width-percent:0;mso-height-percent:0;mso-width-relative:margin; mso-height-relative:margin'> <v:imagedata src="file:///C:/Users/nogut/AppData/Local/Temp/msohtmlclip1/01/clip_image001.png"  o:title=""/> <w:wrap anchorx="margin"/></v:shape><![endif]--><img height="558" src="file:///C:/Users/nogut/AppData/Local/Temp/msohtmlclip1/01/clip_image002.png" v:shapes="図_x0020_1" width="274"></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;　上は年賀状の「今年の一枚」だろうか。ガザの詩人のメッセージが、須山Ｔが</p><p>　水彩画に写しとられて、希望という白い雲が浮ぶ青空が大きな面積を占めるの　</p><p>　もよい。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>　２　「災害ユートピア」レベッカ・ソルニット　亜紀書房　　１・２</p><p>　　　　　なぜそのとき特別な共同体が立ち上がるのか</p><p>　　</p><p>〇トラテルニコはまた現代メキシコ史上最も悪名高い事件の場でもあった。68年に</p><p>　　オリンピックの開催直前に、その広場でデモ隊が武力弾圧され、数百人から数千人にも上る学生が命を落とした。（略）政府による学生の大量殺人は、制度的革命党が、とくに若者や進歩的な有権者の間で正当性を失った瞬間だった。（メキシコシティ大地震）p189</p><p>〇制度的革命党（ＰＫＩ）：党名そのものが矛盾しているp193</p><p>〇さほど人気のない政府のもっとも烈しい災害は一触即発の危険に組みあわせ⇒最初の大災害は1755年11月1日に発生したリスボン大地震⇒地震が神の意志表示ではなく自然現象だと広く受け止められたという点で近代的災害p208</p><p>〇メキシコシティの大地震から9カ月もしない間にチェルノブイリ事故→チェルノブイリ原発事故こそが「五年後のソ連崩壊の真の原因でした。実際チェルノブイリの大惨事は歴史のターニングポイントでした。」2006年、ゴルバチョフp216　　　　p210</p><p>〇メキシコ大地震の13年前に起きたニカラグアの地震→災害が変化の引き金になる</p><p>　ベリ;ニカラグアのエリートの娘：サンディニスタ政権の初期のメンバー「人々が自分のことだけを考えるのを止める場面を私は何度も目撃しました。何かがきっかけとなり、人間は仲間のことや集団のことを考え始める。」p210　3章カーニバルと革命</p><p>〇誰もが大得意で同志だった。…今日存在していた政府という組織が全体が明日はなくなり、残るのはこの国だけ。」p215</p><p>〇地震後のニカラグア人の気持ちも「命を落としかけたことによりたとえリスクを負っても人生を意味あるものにしたくなった」と表現した：ベリ　p217—8</p><p>〇ワーズワース自叙伝詩集「序曲（ザ・プレリュード）」1790年7月14日カレー着</p><p>　「フランスの幸福の絶頂にあり、人間は生まれ変わるように見える時期だったんだ。」→3章　カーニバルと革命―メキシコシティ大地震</p><p>〇和解　p399</p><p>　公民権運動の初期の段階にM・R・キング・Jrは愛されるコミュニティについて語った。キングの目にはただ反対するだけでなく、より大きなヴィジョン、すなわち友情と正義と平和のユートピ ア思想を実現するための運動でもあった。全ての運動は参加者を一つにまとめることから始める。その方法とは不正を正したいという願いから生じる目的意識と誰もが賛同できるより良い世界のヴィジョンを与えること</p><p>　SNCC:キングの言葉を受け継いだ有志のグループ</p><p>　エマージェンシー・コミュニティ→カトリーナの被害を最も強烈に受けた（地域での活動）p421　（→　5章ニューオーリンズーコモングラウンドと殺人者）</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>３「月ぬ走いや、馬ぬ走い」豊永浩平　講談社2024/7 　　１ ・３</p><p>&nbsp;</p><p>　◇書評で知った本だが、タイトルの読みも意味もわからぬままに行間もなく言葉</p><p>　は走り続け『クレーの天使』の中の「忘れっぽい天使」に出会ってストーリーは</p><p>終わる。著者は21才の大学生で「群像新人文学賞」も受賞している。一度だけ後</p><p>半にベンヤミンの『歴史の概念について』が引用されていることから〈歴史〉の</p><p>新しい読みがテーマとなっていることが推測される。</p><p>〇月ぬ走いや、馬ぬ走い、黄金言葉くがにくとぅばがあります。→馬さながらに歳</p><p>月は駆け抜けてしまいますから、時をだいじにすべし、けれど苦悩は結局はなくな　</p><p>るものとして拠ってしまいなさいな（という私なりの俚諺の解釈）p63</p><p>〇ベンヤミン著作集が晶文社から丸ごと刊行された　私は彼が記した『歴史哲学</p><p>テーゼ』の絶筆の一文をおもいださずにはいられない　⇒　　　　　　　p66</p><p>〇歴史をエピソードのつながりとしてみるのではなく、一つ一つの破壊された瓦</p><p>礫の積み重なった、できあいのものとして見ること。→クレーの絵から着想され</p><p>た歴史の天使＝絶えず吹きつける風によって未来へと翼を広げて飛ぶことのみがゆるされている</p><p>〇シカゴの街でクレーの「忘れっぽい天使」のポストカードが偶然目に入ったp66</p><p>〇おれらは敗者なんかじゃねえぞ刻まれてんのさこの胸に命こそ宝のことばが、 月ぬ　走いや、馬ぬ走い！つねにこの胸に刻んでおけ歴史の大河と言霊（略）p93</p><p>〇同右p95　　　　　　</p><p>〇p63と同じp144</p><p>〇『クレーの天使』という白い本　　谷川しゅん太郎って人が書いた本　（略）一番好きな天使は、表紙にもある羽をはやして手を合わせて寝ているような、ほほえんでいるような顔をしている、「忘れっぽい天使」→でもそのよこに書いてある詩がよくわからない。P146</p><p>〇こうちゃんはきゅうに止まって、かーなーと手をつないだまま深呼吸して、月ぬ走いや、馬ぬ走い、とぼそっとつぶやきました。P148</p><p>〇きのう読んだ「忘れっぽい天使」の詩がしぜんとおもいうかんできました。P180</p><p>　　くりかえすこと　くりかえしくりかえすこと</p><p>　　そこにあらわれてくるものにささえられ</p><p>　　さえぎっていくものに　いらだって　いきてきた・・・</p><p>　　　　　　（略）</p><p>　　ああそうだったのかと　すべてがふにおちて</p><p>　　しんでゆくことができるだるうか・・・さわやかなあきらめのうちに</p><p>　　あるはれたあさ　ありたちはきぜわしくゆききし</p><p>　　かなたのうみでいるかどもははねまわる（下略）　　全巻結語</p><p>◇結語の詩の引用はすばらしい。文中には「詩がわからない」とあるけれど。　</p><p>&nbsp;</p><p>　　４　日記より</p><p>&nbsp;</p><p>　　4日（土）</p><p>昨夜、本間さんが亡くなった。節子さんだったか、早かった。ちょっと前まで玄　</p><p>関先や近くの道路で、挨拶を交わしたような気がするが。</p><p>　　5日（日）</p><p>　　　本間さんのお通夜は18日（水）18時から長坂で、ラインに送っていたソネット「冬の祈り」を優子が感動してくれたようす。詩は、音楽と似て、受け身だが否応なしに感動を与えるところがある。　　</p><p>　　　</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><b style="font-weight:bold;">　５　『クレーの天使』谷川　俊太郎、講談社　　１・１０</b></p><p>&nbsp;</p><p>　　　◇メモするような詩は少なく、巻末の「無題/静物」という色彩のある絵が印象に残った。「1940年」死の年の作品であるから、かもしれない。nature　morteという言葉から、西欧の人は「死」を連想するのだろうか。</p><p>　　　　「忘れっぽい天使」の詩が際立っていて、「詩はわからない」と文中に書いてゐる豊永さんの眼の確かさを感じさせる。</p><p>　　　〇「幼稚園の天使」　1939年</p><p>　　　　だれがするか、　なにをするのかも　わからなくなったとき　/</p><p>&nbsp;&nbsp; 　　　あくまがやってきた　ほほえんで</p><p>　　</p><p>　　　〇「忘れっぽい天使」　1939年</p><p>　　　　ああ　そうだったのかと</p><p>　　　　すべてがふにおちて</p><p>　　　　しんでゆくことが　できるだろうか</p><p>&nbsp;</p><p>　　　　さわやかなあきらめのうちに　（下略）</p><p>&nbsp;</p><p>　　　〇天使という生きもの　谷川　俊太郎</p><p>　　　　クレーの生きた時代と、私たちがいま生きている時代は同時代なのだと、そう思わせるものを、彼のデッサンはもっている。</p><p>　　　　（略）　　　</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><!--[if gte vml 1]><v:shape id="図_x0020_2" o:spid="_x0000_s1026" type="#_x0000_t75" style='position:absolute;margin-left:53.4pt;margin-top:11.25pt;width:149.15pt; height:237.6pt;z-index:251659264;visibility:visible;mso-wrap-style:square; mso-width-percent:0;mso-height-percent:0;mso-wrap-distance-left:9pt; mso-wrap-distance-top:0;mso-wrap-distance-right:9pt; mso-wrap-distance-bottom:0;mso-position-horizontal:absolute; mso-position-horizontal-relative:margin;mso-position-vertical:absolute; mso-position-vertical-relative:text;mso-width-percent:0;mso-height-percent:0; mso-width-relative:margin;mso-height-relative:margin'> <v:imagedata src="file:///C:/Users/nogut/AppData/Local/Temp/msohtmlclip1/01/clip_image003.jpg"  o:title=""/> <w:wrap anchorx="margin"/></v:shape><![endif]--></p><table align="left" cellpadding="0" cellspacing="0"><tbody><tr><td height="4453" width="122">2025</td></tr><tr><td>&nbsp;</td><td><img height="317" src="file:///C:/Users/nogut/AppData/Local/Temp/msohtmlclip1/01/clip_image004.jpg" v:shapes="図_x0020_2" width="199"></td></tr></tbody></table><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>　　　　</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>６「自由論」バーリン、　みすず　　１・１３</p><p>&nbsp;</p><p>　〇鎖の正体を知ることは、鎖を花でかざるよりもよいというルソーの洞察</p><p>　　　　　　　　　　　　　　　　　　P58（←序論）</p><p>　〇およそ静かな生活を願う人が、二十世紀に生まれ合わせようとは、不運</p><p>　な話。　トロツキー　p99（「二十世紀の政治思想」扉</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>７「文化の脱走兵」奈倉　有里、　講談社　　１・１５</p><p>&nbsp;</p><p>　◇刈谷さんに薦められた本だが、詩的感受性を感じる。刈谷さんはどうして</p><p>　この不思議な本を知ったのだろうか？</p><p>　〇「好き」を分かちあうことを快く思う人が、その基準を確固として持っ</p><p>　ているのはこれからの世界の子供たちにとってものすごく大切なことなのだ</p><p>ろう。P17（→「クルミ世界の住人」）</p><p>〇シーシキンの「手紙」には主人公の敬愛する「ハイクの先生」というニッ</p><p>クネームの生物の先生が登場する。p35（→「渡り鳥のうた」）</p><p>〇本郷の「麦」というカフェに似た:古い名曲喫茶のたたずまい（「動員」）p42</p><p>　反戦運動の支援をしている著名人はみな本を読む人々だ。</p><p>　（略）教科書の嘘を読み解く術を持っている人々だ。　（「動員」）</p><p>　文学時代の知人に、この戦争に賛成している人など一人もいない。P46</p><p>〇パオロとフランチェスカ→「神曲」のなかで、一緒に物語を読むことに</p><p>よって惹かれあう二人のことだp61（→「猫」にゆだねる）</p><p>〇政治学者エカテリーナ・シェリマン→ラジオ曲「モスクワのこだま」で</p><p>政治コメンテーターをつとめ、戦争に反対することも許されない社会でどう</p><p>行動したらいいのか、できることはなんなのか」を解説p102（→「つなが</p><p>っている」</p><p>〇海はそんな友人たちをどんなふうに見つめているんだろう。（⇒「こうし</p><p>て夏が過ぎた」）p134</p><p>〇「暗黒の八月」→その悲劇の最後にくるのが、多くの犠牲者を出してソ連</p><p>の崩壊につながる91年の八月クーデターp137（→同上）</p><p>〇ペテルブルグの友人たちがやっているゲームのチャットの会話→匿名性が</p><p>格段に高い→メッセージを書いてもすぐに消えていき痕跡の残らないゲーム</p><p>アプリの匿名性は貴重p142-3（「巣穴の会話」）</p><p>〇◎『子供時代への切符』ロジシェマトヴィンスキー、1960年代</p><p>　　夜中のに家を　とび出して</p><p>　　駅で切符を　買おうとするー</p><p>　　「すみません　僕がずっと探していた</p><p>　　子供時代への切符は　ありませんか</p><p>寝台車の切符を　くれませんか・・！」</p><p>　　窓口の人は　静かな声で</p><p>　　「ありません」</p><p>　　　と答える・・</p><p>&nbsp;</p><p>〇さて　どうしよう！</p><p>　　窓口の人に　言い返す術はあるのか</p><p>　（略）　→ごく　たまに　　記憶のなかでだけ　僕らは</p><p>　そこへ行けるのだろうかー・・・？　（→あの町への切符）</p><p>○越後線のほかに巻と柏崎をつなぐものは　原子力発電所である。</p><p>巻原発反対運動は、私が初めて体験した市民運動の成功例だ。　</p><p>（→「柏崎の狸になる」）p203</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>８　「西洋哲学史（上）」ラッセル、市井三郎訳　みすず　　１・１７</p><p>&nbsp;</p><p>　◇沢山メモがある。巻末の市井三郎のあとがきによると、日本ほど哲学に人気のないイギリスの哲学書では売れているという。また社会思想史のように見える「英米では珍しい試み」は、市井の属する会報では、林達夫や武谷三男から厳しい批評が出た、という。</p><p>　〇（私は「哲学」という語を）ある非常に深い意味で使うことを提案する。自然法則とは本当に存在するものなのか？あるいは我々が生得的に秩序を愛するが故に存在すると信じているものに過ぎないのか？ｐ3</p><p>　〇◎知恵といったものは存在するか？あるいは知恵と見えているものは、愚かさの究極的な洗練に過ぎないのか？　哲学→BC6世紀ギリシャにおいて始められたｐ4</p><p>　○哲学の第二の偉大な時期は11世紀から14世紀まで続く　（カトリック教会が</p><p>　支配（フリードリッヒⅡ世のような偉大な反逆者は極めて少数）p5</p><p>　　　○新宗教を創設しようとしたフリードリッヒⅡ世は、反法王文化の極端な形態を代表しているし、フリードリッヒⅡ世が支配していたナポリ王国に生を享けたアクィナスは現在に至るまで、法王派哲学の古典的唱道者たる位置を保っている。</p><p>　　　　芸術の面では、ルネッサンスは、まだ秩序的であるといえるが、思想の面では実りの多い多大な無秩序が好まれた　このような視点からすればモンテーニュがこの時代の最も典型的な代表者p8</p><p>　　　○カトリック教会は、三つの根源から派生した。その聖なる歴史はユダヤ的であり、その神学はギリシャ的であり、その統治や教会法規は、少なくとも間接的にはローマ的p10</p><p>　　　○リベラリズムの本質は、非合理的な独断に基づかない社会的秩序を確保し、社会の保存に必要である以上の諸制約を設けないで安定を保障しようとする試みp12（→序説）</p><p>一部　ソクラテス哲学以前の哲学　　p13</p><p>　　　○哲学はターレスとともに始まる。日食を予言→その日食はBC585年に起こった</p><p>　　　〇ミノス文化→このクレタ文明の残存物を見ると、エジプトの神殿が持つ恐ろしい</p><p>　　　ような陰鬱さと、非常にかけ離れて、快活でほとんど頽廃的な贅沢品だという印象が与えられる　p15</p><p>　　　○◎オルフィック教徒たちは、「教会」と呼んでいいものを創設した。（略）このオルフィック教たちの影響から、一つの生き方としての哲学概念が誕生した。P33</p><p>　　　　（→1章　ギリシャ文明の勃興）</p><p>　　　○ギリシャ人たちが抽象的な事柄で発揮した想像力に富む発明の才能はいくら誉めても誉め過ぎることはおそらくないであろう。P47</p><p>　　　○ついにＡＤ525年、ユスティニアヌス帝（東ローマ皇帝）はその宗教的頑固さからアテナイのアカデメイアを閉鎖し、暗黒時代がヨーロッパに降った。P69</p><p>　　　○「ファイドロス」～ペリクレス～アスパシア</p><p>　　　○ソクラテスやプラトンやアリストテレスと違って原子論者たちは、<i>目的</i>ｐ74</p><p>　　　あるいは<i>目的因</i>という概念を導入することなしに、世界を説明しようとした。</p><p>　　　○◎われわれが「なぜ？」と問う場合には、次の二つのことのいずれかを意味しうる。すなわち「その出来事はどのような目的に役立ったか？」ということ。　「以前のどのような状況がこの状況を惹起させたか？」の二つがある。P75</p><p>　　　○「ソフィスト」という語は、もともとは悪い意味を持ってはいなかった。それは</p><p>　　　現在の<i>我々</i>が「教授」（プロフェッサー）という語で意味しているものを意味していた。P81</p><p>　　　〇◎アテナイの民主制は、奴隷や婦人を含めないという重大な限界を持ってはいたが、ある面では地球のいかなる制度よりも民主的であった。裁判官や大部分の高級官吏はクジ引きで選ばれ（略）専門家気質というものを持たなかった。P82</p><p>　　　〇前404年には、アテナイはスパルタに敗退し、前399年にはソクラテスが処刑されている。P８７　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　p98</p><p>　　　〇めったにぶどう酒を口にしなかったソクラテスだが、呑む段になると、彼の右に出る者はなかった。そして彼の酔っぱらうのを見たひとは誰もいないのである。</p><p>　　　〇スパルタ　　未成年女子は同男子に与えられるのと同じ体育をやるのであり、もっと注目すべきことには未成年男女はすべて裸体でいっしょに体操をやったのである。P102　プルタルコス「リュクルゴスの生涯」</p><p>　　　〇プラトンは大部分のギリシャ哲学者と同じく、英知を得るためには閑暇が必要である、という見解を抱いた。P112</p><p>　　　〇プラトンを近代思想に対比させるにあたって、二つの一般的な問題が起ってくる。</p><p>　　　そのひとつは「英知」といったものが存在するか、という問題、第二はもしそのようなものがあるとすれば、その英知に政治的権力を与えるような、何らかの国家構成（あるいは憲法）が考案しうるかという問題である。P113</p><p>〇プラトンの最も重要な対話篇＝「共和国」p114　　　　　　　　　　　　　p117</p><p>○プラトンの都市の目的は全体の善ということであって、一階級だけの幸福ではない</p><p>　　〇◎事物は、みづから発生してきたところの元のものへ、もう一度帰ってゆくのが定めである。（アナキシマンドロス）p120</p><p>〇ギリシア人の宇宙観→自然と人間の双方に法則があるという信念の源泉であり、明らかにプラトンの正義観念の根底に横たわっているp120</p><p>〇プラトンの哲学はパルメニデスによって最初に唱えられたところの実在と仮象との</p><p>区別を基礎にしている。P126</p><p>〇プラトンが影響を及ぼしたのは、哲学者だけではなかった。清教徒たちが、音楽や</p><p>絵画やカトリック教会の豪華な儀式に反対したのは、なぜであろうか？その答えは「共和国」第十巻に見出すことができる。P126</p><p>〇哲学者とは何かが問題→卑俗な好奇心は哲学者つくらない→哲学者とは「真理の</p><p>幻」を愛する者だp126-7</p><p>〇「共和国」六巻および七巻では、プラトンは二つの問題と取り組んでいる</p><p>第一：哲学とは何かという問題　第二：適当な気質をもった若い男性あるいは女</p><p>性を、哲学者になるように教育するにはどうすればいいか、という問題p128-9</p><p>〇◎知性の二種類　　　「理性」及び「悟性」（理解力）⇒理性がより高次の種類</p><p>理性：純粋なイデアを扱うもので、その方法は弁証法的</p><p>悟性：数学に用いられるような種類の知性　p130</p><p>〇イデアの世界＝対象が太陽によって照明されている時にわれわれの見るもの</p><p>眼は魂になぞらえられ、光の源泉たる太陽は、真理あるいは善になぞらえら</p><p>れる　p131</p><p>〇◎プラトンの哲学にはいたるところにピタゴラス主義におけると同じような知性と</p><p>神秘主義との融合があり、ついにその頂点においては、明らかに神秘主義が優越する。</p><p>彼自身その対話篇<u>「パルメニデス」</u>に書いているように後になってその難点を理解し</p><p>はじめた。これは<u>哲学者の自己批判という歴史上もっとも注目すべき事柄の一つなの</u></p><p><u>である</u>。P132－3　&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp; &nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;</p><p>○多くのキリスト教徒たちのとっても、ソクラテスの死はキリストの死を除けば最高</p><p>のものなのである。原注⑴　p138-9</p><p>○「ファイドン」での議論p144-5</p><p>第一の議論：対立物をもつ全ての事物は、その対立物から生じる～宇宙的正義に関するアナキンマンドロスの見解を提起</p><p>◎第二の議論：知識とは回想であり、したがって魂は、誕生以前から存在していたはずだ</p><p>○「◎教えというものはなく、回想があるに過ぎない」ソクラテス『メノン』p145</p><p>○人間としてのソクラテスは、聖者の列に入ると信じてもよいが、哲学者としての彼</p><p>は、科学的煉獄に長期滞在する必要があろう。P148</p><p>○アリストテレスがアレクサンダーのことを次のように考えていたと思う。「哲学の</p><p>ことが何も理解できなかった怠け者で、強情な少年だ。」p166</p><p>○「アリストテレスは明晰さを欠く」→「観念を実体化するプラトンの傾向からアリストテレスが中途半端にしか自己を解放して<i>いなかった</i>」（ツェラー）p171&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;</p><p>○ハムレットが母をさとす言葉：『ハムレット』三幕四場</p><p>◎「淑徳がなくとも、うわべだけでもあるようなふりをなさい。<u>習慣という怪物</u>は、悪いという感覚をすべて食いつくす悪魔ですがその反面に、正しく善い行いにも美しい服装を与えて、おいおい身にそぐわせてくれる天使なのです。」p178&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;</p><p>○最高の徳は少数者にのみ限られている、というアリストテレスの見解は彼が倫理学を政治学に従属させたことと論理的に関連を持っている、p182</p><p>〇「人間的な徳とは、完全な生活における徳に従うところの魂の活動である。」</p><p>アリストテレスp183</p><p>　〇幸福は有徳な活動の中にあるが、完全な幸福は最善の活動、すなわち瞑想的活動</p><p>にある。P185</p><p>○◎ラッセル：「カテゴリー」というような名辞が、何らかの明晰な観念を代表するも</p><p>のにして、哲学に有用であるとはぜんぜん信じていない。P203</p><p>〇◎本質という概念は、アリストテレス以降現代に至るまでのあらゆる哲学の肝要な</p><p>一部分⇒絶望的なほど馬鹿げた概念　　「実体」という概念も「本質」概念と同じ</p><p>ように言語的な便宜に過ぎないものを形而上学に移行させた。P204</p><p>〇「実体」という概念は、真面目に考えれば、様々な難点から自由ではありえない</p><p>概念である。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　P205</p><p>〇実際には、「実体」とは、様々な出来事を束にして集める便宜的方法に過ぎない。</p><p>三部　アリストテレス以後の古代哲学</p><p>　〇ギリシア語をしゃべった古代世界の歴史　三つの時期　　p220</p><p>　　マケドニアの征服以前　　　マケドニアの支配　　　　クレオパトラの死後</p><p>　　最初 ：都市国家の時代　　　　　　　　第二　　　　　　　　　　第三</p><p>&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp; 自由と無秩序　　　　　　　従属と無秩序　　　　　　従属と秩序</p><p>○キニク学派　ディオゲネスを通じてアンティステネスに派生</p><p>ソクラテスの弟子ある意味でトルストイに似るp231</p><p>ディオゲネス　　ルソー、トルストイに似るp233</p><p>○◎キニク学派の中で最良のものがストア主義に受けつがれたp234</p><p>○「マルクス・カトーは、青年たちがギリシア語を勉強しはじめ、ローマでの評価</p><p>が高まり始める最初から、それを毛嫌いした。（略）</p><p>名誉や武勲というものを全く願い下げにするかもしれないという恐れ」p238</p><p>○カトー「一般に哲学というものを憎んでいた」プルタルコスp238</p><p>〇ルネッサンス以降神学的懐疑論はその大部分の唱道者において科学への熱狂的な</p><p>信仰によって補足されるに至ったが、古代にあっては懐疑に対するそのような補足</p><p>物は存在しなかった。P240</p><p>○人間は拷問台の上でも幸福でありうる、と最初に主張したのは、ストア学派の徒</p><p>ではなく、エピクロスであった。P243</p><p>〇エピクロスの主張によれば恐怖の二大源泉は宗教と死の恐ろしさである。エピクロスは唯物論者ではあったが、決定論者</p><p>ではなかった。P246</p><p>〇エピクロスの哲学がルネッサンス以降の読書人に知られるに至ったのは主として</p><p>ルクレティウスの詩を通してである。P250</p><p>○キケロはロードス島でポセイドニオスについて学んだ。P258</p><p>　○東ローマ帝国は、その（ストア派）文明がギリシア的であってローマ的ではなか</p><p>った。P275</p><p>〇プルタルコス「高貴なるギリシア人及びローマ人評伝」いわゆる英雄伝p276</p><p>○◎教会は自らを「カトリック」（「普遍的」の意）と呼んだ。P281　　　　p282</p><p>〇我々にとってアラビア人が重要であるのはキリスト教徒ではなく彼らがギリシア</p><p>の伝統のうち東ローマ帝国のみが保有していた部分を直接に引きついでくれたこと</p><p>〇プロティノスの生涯　友人で弟子ポリフェリオスの書いた伝記を通じて知られる</p><p>〇プラトンの<i>ふざけたがる</i>傾向などはプロティノスの叙述には見られない　p285</p><p>　P287　　プロティノスはギリシア人にとって終焉であり、キリスト教界にとって</p><p>発端だった。　上巻　結語</p><p>訳者あとがき　市井三郎　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　p297</p><p>　○哲学がわが国ほど「人気」のないイギリスでの”不思議な“ベストセラーの一つ</p><p>　〇哲学史を社会的諸条件との関連において眺めるという英米では珍しい試みp298</p><p>◇約５ページのメモを取りおわる。腹をかかえて笑ったのはプラトンを評して「ふざ</p><p>けたがる」の一行だろうか。プラトンが身近に感じられる。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>９　『優しい語り手』トカルチュク　岩波　　　１・１８</p><p>　　ノーベル文学賞記念講演：２０１９年のノーベル賞受賞の記念講演</p><p>&nbsp;</p><p>〇「まだ私は生まれてないのに、どうして、私が恋しいの」私は尋ねます。（略）</p><p>「でも逆もあるのよ」母は答えました。「もしもだれかを恋しく思うなら、</p><p>そのだれかは、もういるのよ」p5</p><p>〇私が「私はいない」と言ったとしても、最初に私は「私は」と言う、この</p><p>世で一番大切で、一番ふしぎなこの言葉を発することになる のです。⑴　</p><p>⑴&nbsp;&nbsp;&nbsp; 「私は」=ポーランド語のbe動詞にあたるbycの一人称単数形jestem</p><p>「私はここに存在している」という意味になる。『逃亡派』白水社、2014で</p><p>くりかえされるキーワード。P5。</p><p>○◎<u>「カタルシス」　⑵精神の浄化佐用。</u>アリストテレス『詩学』「悲劇の本質</p><p>の定義」光文社文庫2019　　→[</p><p>「悲劇とは（・・）憐れみと怖れを通じ、そうした諸感情からのカタルシス（浄化）</p><p>をなしとげるものである。」P14&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;</p><p>〇17世紀の偉大な学者、ヨハネス・アモス・コメニウスは「汎知主義」パンソ</p><p>フィズムという言葉を作り出し（下略）p16　⇒あらゆる事をあらゆる人が学べるこ</p><p>との必要性　</p><p>○EMフォースターが言うには「王が死に、やがて女王が死んだ」というのは</p><p>ストーリーですが、もし「王が死に、やがて寂しさのあまり女王が死んだ」と</p><p>いうならこれはプロットです」『小説の諸相』p21</p><p>○「バタフライエフェクト」㉗　㉗蝶の羽ばたきのような些細なきっかけが遠方</p><p>のトルネードのような甚大な結果につながるという比喩的表現p33</p><p>○「第四人称」とも呼ぶべきもの＝新しい種類の語り手を夢見ています　p36　　　　　　　　　　　　　　　　　　　</p><p>　自らのうちに登場人物それぞれの視点を含み、更に各人物の視野をふみこえて、</p><p>より多く、より広く見ることのできる、時間だって無視できる、そんな語り手</p><p>○書いているとき→本に出てくる全ての生き物と事物とを、自分を通して放出しな</p><p>ければなりません。（略）</p><p>私を助けてくれるのが、まさに優しさ→優しさとは、人格を与える技術、共感</p><p>する技術、つまりは絶えず似ているところを見つける技術p41</p><p>優しさは、関係する全てに人格を与えます。</p><p>○優しさは、愛の最も慎ましい形です。P42</p><p>○優しさは、自発的で無欲です。それは感情移入の彼方へ超えゆく感情です。そ</p><p>れはむしろ意識です。あるいは多少の憂鬱、運命の共有かもしれません。</p><p>○優しさは、私たちの間にある結びつきや類似点、同一性についおうて気づか</p><p>せてくれます。　P42　（→「優しい語り手」）&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;</p><p>○カフカ　～　全体主義の根底的な側面≠個人から現実への影響力をすっかり奪</p><p>ってしまう人間間の機構（メカニズム）　→権力は行動の基準と規範を定め（国</p><p>民の社会的な分を固定し）公的な行動の方針・領域・限界の限界を定めます。～</p><p>「どのように生きるべきか」？　P67</p><p>○◎「一切のものが首元に締め上げてくる手を感じている」「断章から」『実存と人生』&nbsp;&nbsp;&nbsp;</p><p>クンデラはグロテスクを次のように説明しますーカフカ的 世界では、喜劇性は悲劇</p><p>性に対する対位的要素をつくらない。―（略）カフカにおける喜劇性は、<u>恒常的な</u></p><p><u>悲劇的状況のうちにあり、それを内部から笑いものにし、悲劇から天使の翼を切り</u></p><p><u>取る</u>が、そうした悲劇は病を治しもしなければ手助けもせず、悪夢になる。</p><p>　（→「中欧」の幻影は文学に写し出される）p68</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>　１０　「クレーの絵本」谷川俊太郎、１９９５　　１・２３</p><p>&nbsp;</p><p>　　◇感動して読了。一番感動したのは1975年に『夜中で』で発表された</p><p>　　クレーの絵にイメージをえた一連の詩（「P・クレーの絵の絵による「絵本」の</p><p>　　ために」というタイトルで「現代詩手帖」72年1月号で発表された）を、一行</p><p>　　はおろか、一字も直していないことだ。</p><p>　　　クレーの絵についての俊太郎さんの詩集は、1975年『夜中で』、1995年『クレ</p><p>ーの絵本』、『クレーの天使』2000年の順に並んでいる。『絵本』に出てくる詩は</p><p>『夜中で』で発表されたもの以外では、「愛」、「在るもの」「線」の三篇があるだけで</p><p>あり、長詩「愛」は、クレーの絵へのオマージュであり、巻頭にあり、他の短い</p><p>二編は、クレーの絵のタイトルを詩のタイトルにしておらず、「一連の詩群」には</p><p>さまれている。</p><p>　『絵本』と『天使』は『夜中で』と同様、「贈りもの」に最適の詩集である。し</p><p>かし、ある人にどちらか一冊をプレゼントするかは、迷うところだ。無難なのは、</p><p>カラー写真の豪華さゆえに『絵本』か。とくに沖縄の豊永さんが激賞した「忘れ</p><p>っぽい天使」も後述するように忘れがたい。たしかに絵と詩文が両側から３Dの</p><p>映像のように迫ってくる何篇かはすばらしい。たとえば、「面目な顔つき」、「黒</p><p>い王様」あるいは「階段の上のこども」。何とすばらしい。</p><p>　冒頭の「愛」では、この2行がすばらしい。</p><p>　　「たちきられたものをもとのつながりに戻すため</p><p>　　　　　　　　　　　　　　　　ひとりの心をひとびとの心に」</p><p>　間にはさまれた「在るもの」と「線」も、「在るもの」は、「愛」と同じよう</p><p>に漢字仮名まじりで書かれている。句読点はないが。</p><p>　「線」では下の6行がすばらしい</p><p>　　　文字はほどけ</p><p>　　　その意味するところの</p><p>　　　ものの線に</p><p>　　　　　　　　　　　（略）</p><p>　　　けれどほどいても</p><p>　　　ほどいても魂は</p><p>　　　もつれたまま・・・</p><p>　　　　　　　　　　　　　　　最後　の行は点線で終わるが。</p><p>　　ところで「愛」の前のページの「扉」に「忘れっぽい天使」（1939年）の</p><p>絵がある『クレーの天使』でやはり忘れがたい「忘れっぽい天使」を、俊太</p><p>郎さんはいつ書いたのだろうか。下絵のスケッチのようで色がないので、扉</p><p>絵にしたが１９９５年にはこの絵には特別なこだわりがあったのだろう。</p><p>　そして「魂の住む絵」という表題の「あとがき」がある。</p><p>○「クレーの絵は抽象ではない。抽象画には精神は住めても、魂は住めない。」</p><p>○◎「若いころから私は彼の絵にうながされて詩を書いてきた。ちょうどモー</p><p>ツァルトの音楽にうながされてそうしてきたように。「詩」は言葉のうちに</p><p>あるよりももっと明瞭に、ある種の音楽、ある種の絵のうちにひそんでいる。&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp; 　&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp; &nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp; 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&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>１１　「気流の鳴る音」真木悠介　ちくま学芸文庫&nbsp;&nbsp;&nbsp; 　　１・３０</p><p>&nbsp;</p><p>　○学生のころ、「ユートピアの会」＝研究会　山岸会の人を招く→この団体では</p><p>　労働が強制されないp18</p><p>　○コミュ―ン論は、人間と人間との関係のあり方を問うばかりでなく、自然論、</p><p>宇宙論、存在論をその中に包括しなければならない。P21</p><p>○１９７５年の永山則夫の年賀状「最大多数の幸福か、万人の解放か、プロレ</p><p>タリアートに問いたい」　→「最大多数の最大幸福」は、少数者圧殺のレトリック</p><p>となる。p31　（→序）</p><p>○ドンファンの「世界を止める」という観念への我々の最も近い対応物は、フッサ</p><p>ールの現象学的判断中止<i>エポケー</i>」であろう。　→似た発想はまたレヴィストロ</p><p>ースらのいわば「人類学的判断中止」にもみることができる。P87</p><p>○マルクスの物象化論の固有の方法論的な翼は「経済学的エポケー（判断中止）」</p><p>であった。P88</p><p>○〈世界を止める〉ことによってはじめて、１異世界を理解すること 等が可能</p><p>となる。P93　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　p94</p><p>○◎われわれは「ルターとエラスムス」以来、明晰さがしばしば<i>情熱</i>とか<i>行動</i>の敵</p><p>であるという話はきいている。しかし<u>明晰がなぜ、他ならぬ「知」の敵なのか？</u></p><p>○ドンファン→「心の明晰さ、それは得にくく、（第一の敵である）恐怖を追い払う。</p><p>しかし<i>同時に自分を盲目にしてしまう。</i>（略）p97&nbsp;&nbsp;&nbsp;</p><p>○◎「明晰」を克服したものがゆきつくところは、「不明晰」でなく「世界を止め」</p><p>て<i>見る</i>力をもった真の〈明晰〉である。P100</p><p>○◎「イマジン」がこだまし続ける1970年代以降のアメリカとヨーロッパ、日本の、</p><p>新しい社会運動の世代は、しぐさや生き方のスタイルの水準における市民社会の「自明の」前提のいくつかをつきくずしてきた。 ～カスタネダ読者の層とは深く重なり合って</p><p>いる。P100　（→「世界を止める」—〈明晰の罠〉からの解放）&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp; &nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp; ○サルトル「存在と無」第四部の所有権　所有と所有権を区別　原型的な範囲を例</p><p>示→所有の本源を問う：人文書院1967年　「私的な所有は、われわれをひどく愚か</p><p>にし、一面的にしてしまったのでわれわれが対象を<i>所有</i>habenするときにはじめて、</p><p>対象は<i>われわれのものである</i>というふうになっている」～「経哲草稿」（←結　経験を</p><p>もつこととと翼をもつこと）p175-6</p><p>○（近代の）価値体系は、主体が明晰であればあるほど、根源的に不吉なニヒリ</p><p>ズムの影におびやかされざるをえない。P208　真木「時間の比較社会学」序章</p><p>○ニヒリズムを超克する唯一の道は、このように　認識そのものの透徹のかなたにしかない。p212</p><p>○未来によって充たされる生のあり方　<i>プロメテウス</i>的な生～「文明」</p><p>&nbsp;　他者によって充たされる生のあり方　<i>ディオニソス</i>的な生～「反文明」</p><p>P223　（→交錯するコミューン）</p><p>あとがき</p><p>○「理解することは変ること」サルトル　　p229</p><p>○〈近代のあとの時代を構想し、切り開くための比較社会学〉という夢</p><p>　の仕事（の荒い最初のモチーフとコンセプトを伝える）　p231</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>１２　「生政治・統治」フーコーコレクション６」　フーコー　　１・３１　</p><p>&nbsp;</p><p>　〇ニーチェの仕事は、私の提案している研究のために依拠することのできる</p><p>モデルのうちでも、最良の、最も有効で、最もアクチュアルなものp17</p><p>〇発明というときニーチェはいつも「発明」に対立するある言葉を念頭にお</p><p>いています。それは「起源」という言葉です。彼が「発明」と言うとき、それ</p><p>は「起源」と言わないためなのです。P19</p><p>〇詩の起源Ursprung」を探し求める人びとがいるが、実際には詩の起源などは</p><p>なく、詩の発明しかないのだと断言（下略）　「悦ばしき知識」p20</p><p>〇<u>◎歴史家たる者、卑小なことを恐れてはなりません</u>。というのは、卑小なもの</p><p>の積み重ねから、些細なことの積み重ねから、大きな事象は生み出されたので</p><p>すから。P20—1&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;</p><p>〇スピノザは西洋のあらゆる哲学者の中で、適合と至福と統一しての認識という</p><p>考えをもっとも遠くまで進めた人だったからです。P28</p><p>〇認識を遠近法的性格をもつものと明言している。＝ニーチェp31</p><p>〇ギリシア法制史の演劇化　「オイディプス王」「アンティゴネー」「&nbsp;エレクトラ」</p><p>⇒民衆が裁きの権利、真実を言う権利、真実を自分の主人たちに対置する権利、</p><p>自分たちを統治する者を裁く権利、そうした権利を手に入れるプロセスの歴史p65</p><p>○われわれの時代の社会はどこでもベンサムを顕揚しなければならないでしょ</p><p>う。P102（←「１「真理と裁判形態」」</p><p>○啓蒙思想家の仕事の一つは、理性をもつ政治的権力を増やすことでした。し</p><p>かしまもなく、19世紀の人びとは、理性の力が社会の中でどうも大きくなりす</p><p>ぎて<u> しまったので</u><u>は</u>ないか、と考えるようになります。P304</p><p>○カント以来、哲学の役割とは、理性が経験のなかで与えられているその限界</p><p>をこえないようにすることだった.p305（←８「全体的なものと個別的なもの」）</p><p>○◎現代の哲学とは、二世紀前に、<u>かくも不用意に投げかけられた問い</u>「啓蒙と</p><p>は何か」に答えようと試みる哲学である。P363</p><p>○啓蒙は地球上の全ての人間の政治的社会的存在に関わる歴史的な変化である、</p><p>と想像せねばならない。P369</p><p>○◎カント：啓蒙が一つの標語Wahlspruch｛（＝Aude sapere知る勇気、大胆さをも</p><p>て）｝を持つものであるp367</p><p>〇◎ボードレールの中に19世紀における<u>現代性</u>の最も先鋭的な意識の一つを認め</p><p>る→ボードレールが<u>現代性</u>を<u>「一時的なもの、うつろい易いもの、偶発的なもの」</u></p><p><u>によって定義</u>するp375</p><p>〇現代性モデルニテは、時間の流れを追うだけの流行モードとは区別される。それは</p><p>現在の瞬間の裡に「英雄的な」ものを掴むことをゆるす態度のことなのだ。P376</p><p>〇◎まとめとしてカントに戻る→私たちが経験してきた多くの事がらは啓蒙の歴史</p><p>的出来事が、私たちを成人にはせず、私たちは成人にはなっていないと思わせるもの</p><p>だ。P392（←９「啓蒙とは何か」」）　　　　　　　　　　　　　　　　　　　p409</p><p>○今日ギリシア人を考えなおそうとする→あるとき与えられた経験としてのギリ</p><p>シア思想、そしてそれに対して完全に自由になれる経験としてのギリシア思想、これ</p><p>をふまえてヨーロッパ思想が再出発できるようにするため（10「道徳の系譜」）↓</p><p>〇ニーチェにとってもあなたにとっても、<u>歴史と哲学のあいだには系譜學があり</u>、</p><p>自分が自己とは異質なものになる一つの流儀があります（←→ヘーゲル）p409—10</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>１３　さらば　戦後精神　藤田省三とその時代　植田幸生　　２・３</p><p>&nbsp;</p><p>　〇松山高校3年：丸山と出会う「軍国支配者の精神形態」</p><p>　　　　　　　　　　雑誌「潮流」→丸山ゼミに入って勉強したいp20</p><p>　〇「経験」　最も大切にした言葉の一つ「戦後の思考の前提は経験であった。どこ</p><p>　までも経験であった」p24</p><p>　〇◎藤田が到達した最後の思想　ともに『思想の科学』</p><p>　　　「安楽への全体主義」85年9月　　「全体主義の時代経験」86年2月</p><p>　　→その後「全体主義の時代経験」95年1月　p191</p><p>　〇前書で扱われた松陰や保元物語などの歴史に関するエッセイは本書の中には</p><p>　見られず　→「全体主義の時代経験」はアーレントの『全体主義の起源』に</p><p>　着想をえて書かれたエッセイp193-4</p><p>　</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>１４　「まなざしの地獄　尽きなく生きることの社会学」　　２・５</p><p>　　　　　　　見田宗介　河出書房だ。</p><p>&nbsp;</p><p>　　〇N・N・（永山則夫）　「貧乏」の本質は<i>差別</i>、すなわち階級構造そのものである、ということだ。p50</p><p>　　〇・ファノン「黒い皮膚、白い仮面」p60</p><p>　　〇◎「見るまえに跳べ」というアジテーションは、跳ぶまえに見ることもで</p><p>きる人間の言い方だ。</p><p>　見るまえに跳ぶことだけをしいられてあることの無念。　P69</p><p>〇「おばすて」のような形で、共同体は自らの過剰の人口を処分してきた。</p><p>市民社会はこの同じ老人たちに、密室や施設の中で、ひっそりと死を選ば</p><p>せる。都会はスマートに殺す。ｐ70　　（←「まなざしの地獄」）</p><p>○大正15/5/29夜北海道石狩国空知郡北村の長谷川農場田中佐（43）は</p><p>五人の子供を殺してから自殺をとげた→一家心中流行のさきがけ</p><p>　まず北海道の<i>開拓農場</i>に発生し、ついで全国の大都市に飛火しているp80</p><p>○（その背後には）農村における自然村秩序の解体と大家族制の実質的な</p><p>崩壊の最後の局面の現実がある。P81　　　　　　　　　　　　　　　p88</p><p>○過去の家郷から未来の家郷へのこのような「決死の跳躍」の時→タイム</p><p>リーに掲げられた池田政権の「所得倍増」―福祉国家のvisionこそ、ささや</p><p>かな家郷創設者の群れにとってどれほど力強い心の支えになったことであろう</p><p>○59年―61年の株価の異常な高騰：「マネービル」への情熱→〈第二の家</p><p>郷〉のまずは経済的な土台（家産!）の創設　　　　　　　　　　　　　p85</p><p>　私の仮説と図式　⇒日本における自然村秩序の崩壊と大家族制の実質的な崩壊</p><p>　　は「出稼ぎ型」の社会構造・生活構造・意識構造の基礎を掘りくずす</p><p>&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp; （←「新しい望郷の歌」）p93</p><p>あとがき　「まなざしの地獄」1973年「展望」</p><p>解説　　大澤真幸　p99</p><p>　　○私が社会学という学問を志した最大のきっかけは、見田宗介先生と出会っ</p><p>たことにある。「この人にはかなわない」とつくづく感じた。73年夏学期「比</p><p>較社会学演習」少人数の授業&nbsp;&nbsp;&nbsp; p99</p><p>○『まなざしの地獄』この論文が「社会学」という学問に宿痾のようにとりつ</p><p>いている分裂を縫合し、完全にのりこえているp102</p><p>○可能にしているのは、平均値と極限値の間の相互媒介的な関係である　統計</p><p>的手法を用いた数量調査は平均値こそ全体を代表するに適しているという考え</p><p>にもとづく←→実は極限値　N・Nによって全体を代表させることもできる</p><p>⇒例外においてこそ一般性が見い出しうるp104</p><p>　○◎60年代後半から70年へと至る時期の日本社会　p106</p><p>　　日本の戦後史のー<u>あるいは日本の近代史全体の</u>ー大きな転換点</p><p>　○60年代に形成された〈個別としての家郷〉は現在、どのようになって</p><p>いるのだろうかp116</p><p>○見田先生の論考は、現代社会を反映する鏡になりうる</p><p>　「かっての新しい望郷の歌」は家族的な情愛を歌った。さらに新しい</p><p>望郷の歌は、何のため、どこに向かって歌われるのだろうかp121-2&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp; &nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;</p><p>１５　「衆妙の門」　金子光晴・櫻井滋人　講談社　　２・７</p><p>　　</p><p>○暁星　平民の学習院　貴族や富豪の御曹司ばかりp10</p><p>　　○十二階（凌雲閣）辰野金吾が建てるp13</p><p>　　○当時の女学生（略）競争だから凄い　跡見、淑徳、双葉なんてみんな</p><p>　　そうでね。金がかかっていて若いp66</p><p>　　○小林多喜二が虐殺されたかと思えば、銀座通りに戦争成金が花電車の</p><p>　　ご見物239</p><p>　　〇◎日本てえ国のいいところは、素寒貧でもどうにか生きていける。恥を</p><p>　　かく度胸ができていればね。P240</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>１６「贈与論　他二篇」モース　岩波文庫　　２・１１　　　　　</p><p>　p230</p><p>節・三つの義務―与えること、受け取ること、お返しをすること。与えるもの</p><p>はポトラッチの本質である。首長たるものはポトラッチを与えねばならない（略）</p><p>　○交換のアルカイックな形態、すなわち、贈り物を与え、それにお返しをする</p><p>　ことからなる贈り物の交換（を見い出した。）　「贈与論」二章　p298</p><p>　　（50贈り物というのは、神々への捧げ物とどこか似たところがある</p><p>　　　　アリストテレス「ニコマコス倫理学」3章</p><p>　〇招待というのはしなくてはならないものであるし、それらを受けなくては</p><p>　ならないものである。私たちはいまだにこのような習慣をもち続けている。</p><p>　　　P396　　同4章</p><p>　○・「ローマ法の歴史」ミネルヴァ書房2008</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>　◎１７「西洋哲学史　古代より現代を合巻」ラッセル　みすず　　２・１２</p><p>&nbsp;</p><p>　　　○アウグスティヌス　もっとも優れた純粋に哲学的な作品</p><p>　　　　　　・『告白』第十一巻p348</p><p>　　　　　無からの創造は不可能である、というギリシア的見解はキリスト教時代</p><p>　　　　にも間をおいて幾度か唱えられたきたのであり、これは汎神論を生み</p><p>出している。P348</p><p>　　　○聖キリルス：アレキサンドリアの最大司教（412—484）　　　　　p363</p><p>　　　　ユダヤ人虐殺をそそのかした。高名たるに値する主著は根拠はヒュパティ</p><p>アを私刑に処したこと。新プラトン主義の哲学を固守し、その才能を数学に</p><p>捧げていた。（略）これ以後アレキサンドリアはもはや哲学者によって悩まさ</p><p>れれることがなかった。</p><p>○・ダンテの『新生』は疑いもなくボエティウスに影響を受けたp365</p><p>〇アベラールのもっとも有名な著書・「然りと否」p431</p><p>○歴史に見られるあらゆる失敗のうちでフリードリヒの敗退は最も興味ある</p><p>ものの一つであるp442</p><p>〇カタリ派の教義は確実に知ることは不可能→同派の敵たちが証言している</p><p>ことにすっかり依拠しなければならない　P442</p><p>○ヴァルドゥス派　ボヘミアでは後代のフス派への道を切り開いたp442</p><p>○人里はなれたアルプスの渓谷やアメリカ合衆国でこの派は現在まで残存し</p><p>続けている　p443</p><p>○フス　身の安全を保護すると約束　コンスタンツで焚殺の刑p478</p><p>○ワットタイラーの指揮した農民一揆　同じような境地にいたルターと</p><p>ちがってウィクリフはその蜂起を非難しなかった　オックスフォード大学</p><p>もウィクリフ擁護ｐ480-1</p><p>〇中世は闘争の必要もなく死滅したのではないp482</p><p>○◎サヴォナローラとレオナルドとは同じ年に生まれている（←中世</p><p>哲学結びのページ）」</p><p>近代哲学　〇ヘーゲルはスピノーザの影響によって自らを救っているp487</p><p>〇中世的世界観に対置されるところの近代的見地は、ルネッサンスとp489</p><p>呼ばれる運動とともにイタリアで始まった　最初は数人ことにペトラルカ</p><p>○◎1250年にフリードリヒ二世が死んだ後にイタリアは概して外国の干渉</p><p>から自由であった。P489</p><p>○サヴォナローラを除いて当時のいかなるイタリア人も、公共的目的のため</p><p>に何らかの冒険をおかす、といったことはまずやらなかったp496</p><p>〇「全て武装した予言者は征服に成功し、武装していない予言者は破れてい</p><p>る」p498　後者の一例サヴォナローラ　マキャベリ→サヴォナローラに非常</p><p>に感銘p498</p><p>　　○モーアは殉教をとげ、エラスムスは無為に沈んでいった。P506</p><p>　　○「愚神礼賛」→ルソーの「サヴォアの牧師」に示された見解―</p><p>　　真の宗教は頭ではなくてパトスからくるものであり、こういった神</p><p>学はすべて余計なものだという見解―が初めて現れている文学p509</p><p>○成り上がりの占星術師に人々は耳を傾けている（ルッターのコペル</p><p>ニクス批判）p523</p><p>○◎17世紀のオランダは思弁の自由があった唯一の国p552</p><p>　　○懐疑主義がもしどこかでとどまらなければならないとすれば、その</p><p>　　方法が、極限的な結論のみを生じうる⇒論理的に明らかp560</p><p>　　○◎スピノザの世界観は、人間を<u>恐怖の圧政</u>から解き放つ意図をもっている。</p><p>　　「自由な人間は死というものを最も軽視する。そして死ではなく、生につ</p><p>いて冥想することがその人の知恵なのである」スピノザは、この格言に</p><p>もっとも完全に従って生きた。P567</p><p>○◎ロックは<u>「理性」と「悟性」の区別を厳格にはしていない</u>のであるから</p><p>「人間悟性論」と慣用に従って訳したが、ここでは、「理解力」としておく。</p><p>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　understandism&nbsp; p600</p><p>　　○『人間悟性論』第三巻は言葉というものを扱っていて、形而上学者たちが</p><p>　　世界に関する知識として呈示するものが、全く言葉の遊戯であることを主と</p><p>して示そうと務めているp603</p><p>○◎ロックの「政治論」→自ら「自然のままの状態 」state of natureと読んだ</p><p>ものがあらゆる人間的政治に先行するものだと想定する</p><p>　<u>“自然法”が存在する→神のさまざまな命令から成るp615</u></p><p>○自然のままの状態や自然法についてロックが述べていること</p><p>　→独創的でなく、中世のスコラ的教説のくりかえし→アクィナスp616</p><p>〇ロックの自然のままの状態　野蛮人たちの生活の描写でなく、つねに「理性」</p><p>に従う（略）有徳なアナキストたちの空想社会を叙述→「<u>理性」とは「自然法」</u></p><p><u>と同じp617</u></p><p>○「自然のままの状態を支配するものは自然法であって、その法は万人を拘束して</p><p>いる」～「われわれは全て神の財産である」❣p618</p><p>○道徳率が成文法規から独立しているかぎり、その道徳率を「自然法」と同一視し</p><p>ていいであろう。</p><p>（ユダヤ成文法は可能なその道徳率をかねて）</p><p>成文法は可能なかぎり自然法によって導かれ鼓吹されたものであるべきだp621</p><p>〇ヒュームの「人間本性論」は三巻に分かれていて、それぞれ理解力（「悟性」</p><p>と訳されるunderstanding）、情熱、道徳をとり扱っているp652</p><p>　二部　ルソーより現代まで</p><p>　18章　浪漫主義的運動　18世紀の後半より現代に至るまで芸術や文学、哲学</p><p>　　そして政治さえもひろい意味で、浪漫主義的運動と呼びうるものの</p><p>　　特徴であるところの、ある種の感情によって影響をこうむってきた。P667</p><p>　　〇◎浪漫主義的運動における最初の偉大な人物はルソーであるp667</p><p>○一つの社会勢力としてのルソーの巨大な重要性を我々は承認しな</p><p>ければならないp678</p><p>○◎『社会契約論』→この著書はその性格においては彼の大部分の著</p><p>作とは異なっている→情緒性はほとんどなく、綿密な知的推理　p688</p><p>　その1章は次のようなきわめて力強い修辞に始まっている。「人間</p><p>　　は自由でありながらあらゆるところで鎖につながれている。（略）</p><p>　　〇◎『純粋』⇒最も重要な著書　カント　　　　　　　p699</p><p>　　　「<u>我々の知識で経験を超越しているものはない</u>が、それにもか</p><p>かわらず<u>我々の知識の一部分は先天的（アプリオリ</u>）なもの」</p><p>○◎<u>空間や時間は概念ではなくて、「直観」の形式</u>であるp700</p><p>〇◎『道徳形而上学』1785に述べられたカントの倫理体系は少なか</p><p>らず歴史的重要性をもっている。この著作には<u>「無上命法」（あるいは定言的命法）という考えが述べられている。p702</u></p><p>○〚永久平和論』のためにカントは、1993年以降、自国において</p><p>　　声望を失った。ｐ704　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　p705</p><p>　　○◎我々の<u>感覚が原因</u>―この原因となるものをカントは<u>「ものそれ自体」あるいは「本体」noumeraと呼んだーを持つ</u>、ということを彼はあらゆる場合に疑問視してはいない</p><p>　〇◎精神は白紙（タブㇻ・ラサ）である。（ロック）p714</p><p>　　○もしカントが存在してなかったらば、ヘーゲルの体系は生まれなかったはずである→ヘーゲル：あらゆる偉大な哲学者のうちで、最もその理解が困難な人物p722</p><p>　　○◎知識は悲しみだ。最大の知識をもつ者が、</p><p>　　知識の樹は生命の樹ではないという、</p><p>　　致命的な真理の前に最大の、</p><p>　　悲歎にくれねばならぬのだ。　　バイロン　p742</p><p>　　〇ショーペンハウアーは<u>ものそれ自体あー</u>を残存させ、それを<u>意志と</u>同一視←→フィ</p><p>ヒテやヘーゲル　ものそれ自体をとり除くp747</p><p>○◎いったい何のことや、自分にも</p><p>　まだわからぬことを余はやるつもりだー</p><p>　　　しかしそれをば、地上の恐怖としてみせる。　　リヤ王</p><p>　　　　→これがニーチェ哲学の要約なのだ。P759—60</p><p>　　○オーウェンはベンサムの友人であって、ベンサムはオーウェンの事業に少なからぬ額の金を投資してはいたp773</p><p>　　〇◎永遠的なものへの愛好心が、他人の労働に依存して暮らす有閑階級の特徴であるようにいわれているが、私はそれ</p><p>　　が本当であるかどうか疑うものが多いp778</p><p>　　○◎持続が自らを呈示するのは、なかんずく<i>記憶</i>においてである。<u>なぜなら記憶にお</u></p><p><u>いては過去が現在に生きている</u>からである。P788「物質と記憶」</p><p>〇「本能のみが遠隔における知識である。それは知性に対して、視力が触覚に対してもつのと同じ関係をもっている。」ベルグソンp790</p><p>〇ある種の狂気―フィヒテとともに哲学に進入　近代人がおちいりがちな力への陶酔</p><p>→陶酔は現代における最大の危険であり、その陶酔に寄与するいかなる哲学も、巨大</p><p>な社会的災禍をもたらす危険を増大させつつある、と私ほ信じている。P820</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<pubDate>Tue, 21 Jul 2026 21:15:23 +0900</pubDate>
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