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<title>読書の記録</title>
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<description>本の詳しい内容を記録しています。</description>
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<title>大和朝廷の起源　安本美典著</title>
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<![CDATA[ <p>２０１６．０１．１３　大和朝廷の起源　邪馬台国の東遷と神武東征伝承</p><br><p>著者　安本美典　　勉誠出版　</p><p>平成17年7月30日初版　A５サイズ　ハードカバー</p><p>３１８頁　3200円</p><br><p>評価　85点</p><p>神武天皇稜ははミサンザイ古墳ではない。</p><p>天皇の在位年数の認識は数理的に導くべきである。</p><p>安本美典氏の古代史に対する卑弥呼が神話化し伝承化したものが天照大御神である。</p><p>邪馬台国の後継勢力は、のちに東遷し、大和朝廷となる。</p><p>これが、この本の主張である。</p><p>ある程度納得できるし、氏の主張は正しいと思う。</p><p>しかし、もう少し確証が欲しいと感じる面もある。</p><br><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160113/19/pentnjeri/61/83/j/o0480048013539926545.jpg"><img border="0" alt="" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160113/19/pentnjeri/61/83/j/t02200220_0480048013539926545.jpg"></a> </p><br><p>プロローグ　手つかずの不思議の世界</p><br><p>幕末、神武天皇陵は北浦定政の主張する畝傍山の一部の丸山、とする節と</p><br><p>谷森善臣の主張するミサンザイの地とする2節があり、天</p><p>皇勅裁のかたちでミサンザイとなった。</p><br><p>　尊皇倒幕の声が高くなると、幕府は朝廷対策の一つとして</p><p>天皇陵の補修を実施する「文久の修稜」という。</p><br><p>　十世紀までは神武天皇陵をはじめとする諸天皇の陵の所在地は知られていた。</p><br><p>律令時代、天皇陵には「綾戸」と「守戸」が天皇陵の番人としておかれていた</p><p>彼らは律令制における賤民の一つ、被差別部落村の発生や形成が古墳文化と関係があるのではないか</p><br><br><p>第一章　　新しい文献学</p><br><p>倭人伝に記されている一里は１００ｍ程でしかない。</p><br><p>三世紀に勃興した邪馬台国はこの世紀の終わり倭王神武に率いられて東遷し、大和朝廷になった。</p><br><p>天照大神＝卑弥呼とする仮説が、かなり矛盾が少なくデータを包括的に説明しうる体系である。</p><br><p>古事記日本書紀の上代の記事の基礎となったのは、「帝紀」「旧辞」である。</p><br><br><p>第二章　天皇の在位年数と寿命</p><br><p>古代最大の内乱、壬申の乱を経て天皇になった天武天皇は「帝紀」「本辞」には虚偽の記述が多いので</p><br><p>稗田阿礼に勅してよみ習わした、しかし天皇は国史の完成を見ることなく崩御し、持統文武の両朝を経て</p><br><p>女帝である元明天皇の時期に太安万侶に命じて稗田阿礼の詠むところをの本辞を撰録して献上するよう</p><br><p>に命じられて「古事記」が完成した。</p><br><p>「日本書紀」は官撰の正史である。　古事記が撰上されてから8年後の７２０年に元正女帝の時代に</p><br><p>元正天皇の叔父の舎人親王をはじめとする人々が撰者といわれるが、序文が散逸していて選録の事情</p><br><p>が明らかでない。</p><br><p>古事記は神代から推古天皇（３３代９の時代まで、日本書紀は神代から持統天皇（41代）</p><br><p>朝鮮半島や古代日本においては1年を2年と数えることが行われている可能性が強い。</p><br><p>１年は穂がたれて刈り取れるまでを言う。</p><br><p>古代の天皇の在位年数が長いのはこういったことによるのかもしれない。</p><br><br><p>第三章　地名説話と歌謡</p><br><p>第四章　氏族伝承と帝紀</p><br><br><p>第五章　神武天皇東征の理由と時期</p><br><p>邪馬台国は北九州にあった。</p><br><p>大国主の神の勢力は出雲中心ではあるが、畿内大和にも及ぶ</p><br><p>南九州に天下った邇邇芸の命の子孫が神武天皇であった。</p><br><p>大和朝廷は徴税システムをもった国家として部族国家と戦ったのであり、</p><br><p>徴税システムの優位性から部族を比較的短期間に平らげ日本列島を席巻した。<br></p><p>　　　　　　　　　</p>
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<link>https://ameblo.jp/pentnjeri/entry-12117050906.html</link>
<pubDate>Wed, 13 Jan 2016 18:57:16 +0900</pubDate>
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<title>天翔る日本武尊　神渡良平</title>
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<![CDATA[ <p>２０１６．０１．０９　天翔る日本武尊　神渡　良平著　　　　致知出版　平成19年7月12日発行</p><p>上２７０頁　下２８５頁　　上下刊とも1600円　　　12.5mmｘ18.4mm</p><p>評価　90点　</p><p>神渡良平氏の日本武尊は、多くの参考文献と現場調査の下に書かれているが</p><p>津田左右吉氏や安本美典氏らの日本古代史とかなり違う立場で書かれている。</p><p>日本書紀や古事記ではなく、ホツマというさらに古い言語で書かれていた歴史書を</p><p>もとに書かれている。</p><p>私は、安本美典氏の歴史観に賛同するものであるが、神渡氏の天照大神が男性であるとか、</p><p>神武の東征も邇芸速日が不正を行っていたのを正すために五瀬が依頼し神武天皇が大和</p><p>を目指したというのも考えられなくはないし、興味深く読めた。</p><p>日本武尊というタイトルではあるが、日本の古代史を神渡氏なりに、解説している。</p><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160109/11/pentnjeri/f7/9e/j/o0800080013535908121.jpg"><img border="0" alt="" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160109/11/pentnjeri/f7/9e/j/t02200220_0800080013535908121.jpg"></a></p><br><p>上巻</p><br><p>１．日代宮</p><p>　　日本武尊の誕生と幼少期の話である。</p><br><p>２．大君の憂い</p><br><p>　　景行天皇（日本武尊の父）が天照大神の御霊につかえる斎王の倭姫（伊勢神宮）</p><br><p>　　に、やんちゃな日本武尊の扱いを聞きに行く。</p><br><p>　　　　この章で、同床共殿のことに触れている、これは崇神天皇の頃、国が乱れた原因について。</p><br><p>　　瑞垣宮に天照大神と倭大国魂命の二つの神を祀って天皇とともにいることに問題がある。</p><br><p>　　と占いの結果が出た。天皇は天照大神を豊鍬入姫に、倭大国魂命は淳名城入姫に</p><br><p>　　託して鎮座するにふさわしい場所を探させた。倭大国魂命は大和神社に鎮座が決まったが、</p><br><p>　　天照大神はなかなか適当な場所が見つからず、</p><br><p>　　元伊勢と言われている天橋立のそばの籠神社にしばらくおられた後に先に地元の豊受大神が</p><p>　</p><p>　　外宮に鎮座された後、内宮に鎮座された。</p><br><br><p>３．熊襲征伐</p><p>　</p><p>　　日本武尊の熊襲征伐の様子</p><br><p>４．神武の東征</p><br><p>　　神武天皇の父である鵜葺草葺不合は近江の多賀宮で政を行っていた、その後、位を五瀬に譲り</p><br><p>　　日向に帰り、余生を送っていたが、病に倒れ床についてしまった。</p><br><p>　　その知らせを受けた磐余彦（神武天皇）は天種彦を供にして、日向に向かった。</p><br><p>　　天種子は預かっていた「世継文」を三笠山の蔵に納めて旅立った、。</p><br><p>　　そのすきに、飛鳥宮の邇芸速日が進化の長髄彦とともに、横暴を働き、食料の横取りや</p><br><p>　　理不尽な振る舞いを始める。</p><br><p>　　日向にいた磐余彦は父の埋葬をすませると、大和に向けて軍を整えて邇芸速日と長髄彦</p><br><p>　　を撃ちに大和へ向かった。と言うのが、神武の東征のおおまかな説明である。</p><br><p>　　このあたりは、通説や定説と随分違う内容ではある。邪馬台国が九州にあったのか、</p><br><p>　　畿内にあったのかの論争とともに、結論の出ていないところでもある。</p><br><p>５．弟橘姫の愛</p><br><p>　　帰化した新羅の皇子天日槍の四世の孫の田道間守の娘の　弟橘姫と日本武尊の出会い</p><p>　</p><p>　　に関する記述である。</p><br><p>　　弟橘姫の父　田道間守は、自分を日高見に派遣した景行天皇の跡を追って殉死する。</p><br><p>　　その後、万葉集で大伴家持があの有名な歌をうたう。</p><br><p>　　「海ゆかば、水く屍、山ゆかば苔むす屍、大君の辺にこそ死なめかえり見はせじ」</p><br><p>　　これ以降、皇居では主君に忠誠の証として、紫宸殿右に右近の橘、　左に左近の桜</p><br><p>　　が植えられるようになった。</p><br><p>6．倭の諭し</p><br><p>　　日本武尊が東征の際、伊勢神宮の倭姫を訪ねて、「天叢雲剣」と「火打ち石」を</p><br><p>　　授かる。</p><br><p>　　</p><br><p>　　</p><p>下巻</p><br><p>７．野火の難</p><br><p>　　富士山の麓で、廬原夏花の火攻めにあったとき、火打ち石の力で助かる。</p><br><p>８．天照と<strong>素戔嗚の葛藤</strong></p><p><strong>　</strong></p><p><strong>　　乱暴狼藉の限りを尽くした</strong><strong>素戔嗚もハタレの乱を鎮める功績で、天照大神から罪が許され</strong></p><p><strong><br></strong></p><p><strong>　　出雲の国を統治するようになった。</strong></p><p><strong><br></strong></p><p><strong>　　大国主は</strong><strong>素戔嗚の子供である。</strong></p><p><strong><br></strong></p><p><strong>　　大物主というのは、官職の名前であることがわかった。</strong></p><p><strong><br></strong></p><p><strong>　　「八雲立つ出雲八重垣妻籠めに八重垣造るその八重垣を」</strong></p><p><strong><br></strong></p><p><strong>　　と言う歌が心に残った。</strong></p><p><strong>　</strong></p><p><strong>　　</strong></p><p><strong>９．弟橘の身投げ</strong></p><p><strong><br></strong></p><p><strong>　　荒れた海を鎮めるために、弟橘姫が海に身投げをする有名な話。</strong></p><p><strong><br></strong></p><p><strong>　　君が死んだとしても私の心からは永久に去らないとう意味で「きみさらず」</strong></p><p><strong><br></strong></p><p><strong>　　が木更津の地名になった。とか姫の袖の衣が流れついた浜を袖ヶ浦と呼ぶようになった</strong></p><p><strong><br></strong></p><p><strong>　　と言う逸話が書かれている。</strong></p><p><strong><br></strong></p><p><strong><br></strong></p><p><strong>１０．出雲の国譲りの真相</strong></p><p><strong><br></strong></p><p><strong>　　出雲の国譲りの話である。</strong></p><p><strong><br></strong></p><p><strong>　　私が知っているのは建御名方は、素直に国を譲ることにして、自ら美保関に</strong></p><p><strong>　</strong></p><p><strong>　　入水した。その地に美保神社が建っている。という話だが、</strong></p><p><strong><br></strong></p><p><strong>　　この本では違う。</strong></p><p><strong><br></strong></p><p><strong>　　大国主が国を譲る際、息子の建御名方は、あくまでも戦いつづけ、</strong></p><p><strong><br></strong></p><p><strong>　　諏訪まで追い詰められ降伏した。となっている。</strong></p><p><strong><br></strong></p><p><strong>　　</strong><strong>建御名方は、諏訪を開拓し、諏訪神社に祀られたと書いてある。</strong></p><p><strong><br></strong></p><p><strong>１１．日高見の攻防</strong></p><p><strong><br></strong></p><p><strong>　　　東征を成し遂げる課程を描いている。</strong></p><p><strong><br></strong></p><p><strong><br></strong></p><p><strong>１２．</strong><strong>能褒野の落暉</strong></p><p><strong><br></strong></p><p><strong>　　　第十代崇神天皇の子ではあるが、正后の子ではなかった、八坂入彦と、八坂入姫の</strong></p><p><strong><br></strong></p><p><strong>　　　陰謀にかかり、神上がりする。</strong></p><p><br>　　　　　　</p>
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<pubDate>Sat, 09 Jan 2016 11:29:27 +0900</pubDate>
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<title>エーゲ　永遠回帰の海　立花隆　須田慎太郎（写真）</title>
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<![CDATA[ <p>２０１６．０１．０８　エーゲ　永遠回帰の海　</p><p>　立花隆　須田慎太郎（写真）　　2005年11月1日</p><p>　書籍情報社　1500円　３３３頁　</p><p>　ｻｲｽﾞ　126mmx185mm　</p><p>　評価　95点　</p><p>　写真がすばらしい、エーゲ海の古代遺跡に立ってみると、文字や写真では感じられない多くのことを</p><p>　感じるのだろう。　多くの遺跡が、破壊され、いまも生活のすぐそばにあることを</p><p>　写真を通じて実感した。それぞれの遺跡の持つ歴史的な重みを強く感じさせる写真と文章である。</p><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160108/09/pentnjeri/b2/18/j/o0600060013534991771.jpg"><img border="0" alt="" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160108/09/pentnjeri/b2/18/j/t02200220_0600060013534991771.jpg" width="219" height="219"></a> <br></p><p>第一章　聖山アトスへ</p><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160108/09/pentnjeri/79/84/j/o0600060013534991772.jpg"><img border="0" alt="" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160108/09/pentnjeri/79/84/j/t02200220_0600060013534991772.jpg" width="219" height="219"></a> <br></p><p>アトスは世界で唯一の修道院自治国家である。</p><br><p>アトス半島には、２０の修道院があり、これが半島全体を分割所有している。</p><br><p>ギリシャは憲法によってこの修道院共同体の完全自治を保証しているのだ。</p><br><p>入国に際しても、アトスには独特の決まりがある。女性が入ることは禁じられているのだ。</p><br><p>いかなる女性もここに一歩でも踏み入れることはできない。</p><br><p>動物もメスは、入国禁止である。ロバもすべて雄である。</p><br><p>初めて知ったのだが、修道僧は、信者には関心は無い。</p><br><p>ハルマゲドンで、天使連合軍が悪魔連合軍に勝利し、キリストが</p><br><p>天から、降臨してきた時、自分が天国に行けることを祈っているのだ。</p><br><p>東方キリスト教の厳かなミサに立花氏は感激したと言う。</p><br><p>そういえば、大学時代、通学途中にあったニコライ堂に立派さを思い出す。</p><br><br><p>第二章　アポロンとディオニソス</p><br><p>　シチリア島のシラクサにあるセリヌンテ神殿について、の記述を読むと</p><br><p>是非現地に行ってみたいと思ってしまう。</p><br><p>治安に問題があるらしいが、残存している建造物がすばらしい。</p><br><p>　ギリシャ北部の、テサロニケの東にあるフィリピの遺跡は、この地の歴史を知って</p><br><p>訪れると、誠に興味深い遺跡だ。この都市は、アレキサンダー大王の父フィリップ二世</p><br><p>が自分の名前に冠してつけた名前の都市である。</p><br><p>マケドニア王国の中核都市が、ギリシャの北東部にあるとは知らなかった。</p><br><p>さらに、この町はパウロがヨーロッパに初めてキリスト教を伝えた町として知られている。</p><br><p>　古代ギリシャで最も重要視された聖域にデルフィのアポロンの神殿がある。</p><br><p>アポロンは音楽、芸術、光の神であった。アポロンの預言はデルフォイにいる巫女の口を</p><br><p>通じた神託として与えられたという。</p><br><p>ここには、ディオニッソスの墓があるとされている。</p><br><p>ディオニッソスや不死の神ではない。父はゼウスだが、母は人間の女である。</p><br><p>このディオニッソスの死んでも復活するという復活能力がキリスト教に影響を与えたという。</p><br><p>アポロン的なるものは、静的で明晰で秩序を求めるのに対し、ディオニッソス的なるものは、</p><br><p>本能的、感情的で、ダイナミックな爆発性を秘めている。</p><br><p>　アポロンの神城として有名なのは、デロス島である。</p><br><p>アポロンはこの島で生まれた。アポロンはあちこち出歩く神である。</p><br><p>その留守を預かったのが、ディオニッソスであったらしい。</p><br><p>ディオニッソス的なモノを求めたニーチェは44歳の若さで発狂し、12年後に</p><br><p>死ぬまで、正気を取り戻すことはなかった。</p><br><br><p>第三章　聖なる神と性なる神</p><br><p>小アジアのトルコにあるエフィソスは古代世界では最も大きな町であった。</p><br><p>そこには、エフィソスの遺跡の出土品の巨大なアルテミス像がある。</p><br><p>アルテミスはゼウスの娘でアポロンの妹である。</p><br><p>アルテミスは多産と豊穣の神である。</p><br><p>地母神信仰はセックスと強く結びついていた。</p><br><p>地母神の神殿で神聖売春が行われていた。</p><br><p>神聖売春というのは、神殿で売春婦を買ってセックスすることは、</p><br><p>信仰を深める行為として、当局から推奨されていた。</p><br><p>キリスト教の教義では、原罪は性と強く結びついている。</p><br><p>人間は性行為を通じて生まれてくる。それ故にすべての人間は原罪を持って生まれてしまう。</p><br><p>しかし、マリアは、処女懐胎で原罪から免れ、死んだ後は被昇天によって遺体の腐敗から免れる。</p><br><p>こうして、聖母子は性から切り離され聖性が守られた。</p><br><p>以後、性は禁忌となったのである。</p><br><br><p>第四章　ネクロポリスと黙示録</p><br><p>ネクロポリスとは「死者の都市」と言うことである。</p><br><p>すなわち墓地である。サルコファガスという巨大な石棺がまるで家のように立ち並んでいる。</p><br><p>サルコファルガスで最も有名なのがイスタンブール考古学博物館にあるアレキサンダー大王の</p><br><p>サルコファルガスであろう。この本に写真があるが見事なできばえで、現存しているだけで</p><br><p>感動してしまう。</p><br><p>　黙示録は世界の終末のかかわる預言の書である。</p><br><p>それには、七つの封印が解かれすさまじい災禍が地上にふりかかる。</p><br><p>こういった終末理論は、ほぼすべての宗教にある。</p><br><p>仏教も、キリスト教も、イスラム教も、布教には終末理論を取り入れて</p><br><p>天国にいける権利をどうやって得るかを指し示すことが</p><br><p>一番だと、思う。</p><p><br></p><p>終章　　終末後の世界</p><br><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160108/09/pentnjeri/d8/80/j/o0600060013534991773.jpg"><img border="0" alt="" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160108/09/pentnjeri/d8/80/j/t02200220_0600060013534991773.jpg" width="219" height="219"></a><br></p><br><p>終章では、ミトレスというトルコの都市国家についての記述がある。</p><br><p>ミトレスはイオニア諸国の内で群を抜いて強い国であった。</p><br><p>イオニア連合とペルシャ連合の紀元前500年から479年にかけて行われた</p><br><p>ペルシャ戦争でイオニア連合軍が敗北。　ミトレスは陥落する。</p><br><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160108/14/pentnjeri/bf/ab/j/o0600049513535173934.jpg"><img border="0" alt="" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160108/14/pentnjeri/bf/ab/j/t02200182_0600049513535173934.jpg"></a><br></p><p>立花氏はミトレスについて、こう締めくくっている、</p><br><p>「要するに、私がミトレスで見た荒涼たる風景は、その時代の世界大戦に敗北した</p><br><p>かつての超大国が、敵に蹂躙され、徹底した破壊を受けた後の荒廃の風景だったのである。</p><br><p>いってみれば、1945年の日本全土に広がっていた焼け跡風景の古代版だったのである。</p><br><p>ヘロドトスの「歴史」の他の部分を読んでいくと、我々がもう完全に記憶を失ってしまった</p><br><p>古い古い時代から、世界大戦は何度も戦われ、そのたびに時の大国、超大国が滅亡し</p><br><p>繁栄と映画の跡が烏有に帰してしまうことの繰り返しであったことがわかる。（中略）</p><br><p>誠に時は円環状に流れ、世界は永遠に回帰し続けるものなのかもしれない。</p><br><p>あるいは時は、螺旋状に流れ、世界はある高みに向かって上昇し続けるものなのかもしれない。」</p>
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<link>https://ameblo.jp/pentnjeri/entry-12115124907.html</link>
<pubDate>Fri, 08 Jan 2016 09:17:51 +0900</pubDate>
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<title>ミケランジェロの暗号</title>
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<![CDATA[ <p>２０１６．０１．０７　ミケランジェロの暗号</p><br><p>　著者ﾍﾞﾝｼﾞｬﾐﾝ・ﾌﾞﾚｯｸ　ﾛｲ・ﾄﾞﾘﾅｰ　訳者　飯泉恵美子　</p><p>英題　THE SISTINE SECRETS　　Mickelangelo’ｓ　Forbidden　Message in the Heart of the Vatican　　　　　　　　　　　　　　</p><br><p>早川書房　　　　2008年12月20日初版印刷　ページ数３９８頁　　価格　3000円＋税　　</p><p>サイズ　約　152mmｘ212mm　　ハードカバー</p><p>　</p><p>評価　100点満点で98点　くらいか</p><br><p>とても、すばらしい本。　システィーナ礼拝堂には、新約聖書の聖人は描かれていない</p><p>旧約聖書の預言者、巫女たち天地創造のシーンが描かれている</p><p>その理由、完成までの逸話、ミケランジェロの生涯を描いている。</p><p>読み進むと興味のそそられる知識がちりばめられている。</p><p>いつも思うが、英語の本を日本語に訳するのは本当に難しい。</p><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160107/15/pentnjeri/8b/d8/j/o0600060013534323723.jpg"><img border="0" alt="" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160107/15/pentnjeri/8b/d8/j/t02200220_0600060013534323723.jpg"></a> </p><br><p>第一編　はじめに、神は天地を創造された</p><br><p>ローマには元は異教徒のエトルリア人が住んでいて、ネクロポリス（死者の町）広大な墓地</p><br><p>であった、その墓地の番人は女神ヴァティカであった。ヴァチカンの名前の由来は、ヴァチカに</p><br><p>由来する。という節もある。</p><br><p>教皇シクストゥス４世は旧約聖書の「列王記上」6章2節にあるソロモンのイェルサレム神殿通り</p><br><p>の礼拝堂をバチカン建てた。　それがシスティーナ礼拝堂である。</p><br><p>宗教家の説明によると旧約聖書と新約聖書、ヘブライ聖書と福音書、</p><br><p>ユダヤ教とキリスト教それぞれに矛盾がないことを実証するため　とされている。</p><br><p>ミケランジェロの生い立ちについて、幼少期は大富豪メディチ家のロレンツ、のもと</p><br><p>立派な邸宅に住まわせられ、実の息子のように育てられる。</p><br><p>その当時師と仰いだのは、マルシオネ・フェチーノとジョバンニ・ピコ・デッラ・ミランドラ伯爵</p><br><p>であり、ミケランジェロはプラトンの思想と神秘主義を統合させた新プラトン主義を</p><br><p>二人の教師から吸収した。</p><br><p>さらに、ユダヤ教の奥義や神秘的な教えからなるカバラの影響を受けた。</p><br><br><p>イタリアの他の都市では、「あのフィレンツェ的性癖」といえば、同性愛者のことであった。</p><br><p>ミケランジェロは女をモデルにしなかったし、女の体にも興味をいだかなかった。</p><br><p>その後、ユリウス二世にシスティーナ礼拝堂の天井絵の制作依頼を受ける。</p><br><br><p>第二編　システィーナ礼拝堂のようこそ</p><br><p>預言者ゼカリア</p><br><p>ゼカリアは慰めと救済の預言者である。</p><br><p>第2神殿の堕落しきった祭司達に対し神を忘れた汚れた行いをやめなければ襲ってくる敵によって</p><br><p>聖域の扉はこじ開けられ神殿が焼け落ちるであろうと内容の預言をした。</p><br><p>反逆児ミケランジェロは教皇が望んだ大切な場所にキリストを描かず、ヘブライの預言者を描いた</p><br><br><p>ユディトとホロフェルネス</p><br><p>「ユディト記」　で古代ユダヤの美しい寡婦ユディトがイスラエル滅亡をもくろんでいたアッシリア軍の</p><br><p>将軍ホロフェルネスに秘密の情報を打ち明けるとして取り入り泥酔したホロフェルネスの首を本人の</p><br><p>剣で切り落とし、侍女のペトリアと持ち帰り、城壁にさらした。</p><br><p>そのユディトとペトリアがホロフェルネスの首を皿に載せて運んでいる姿を描いている。</p><br><br><p>ハマンの懲罰</p><br><p>「エステル記」によると、ペルシャ王が最も信頼を寄せる大臣ハマンが全イスラエル人を殺すことを知った</p><br><p>吸虫のイスラエル美人エステルが大様にハマンの邪道な陰謀を告げ、ハマンを処刑しにイスラエル人を</p><br><p>救ったと言う聖書の記述をもとにした絵画。キリストの磔刑を予感させると説明されている。</p><br><p>しかし、これがシスティーナ礼拝堂の天井画としてふさわしいか疑問が残る。</p><br><br><p>巫女</p><br><p>デルフォイの巫女、クマエの巫女など描かれている巫女の肉体は、男性の肉体である。</p><br><p>顔だけが女性である。どうも、男色の傾向が見える。</p><br><br><p>天井の中央部</p><br><p>アダムとイブの禁断の果実で、描かれている木は、リンゴではなくイチジクである。</p><br><br><p>第三編　天井の彼方へ</p><br><p>システィーナ礼拝堂の壁画　「最後の審判」　では、キリストは復活の時、栄光の玉座に</p><br><p>座っていなければならないのに、立ち上がっている。</p><br><p>この絵でも、女性は男性の肉体を持った女性である。</p><br><p>細部にキリスト教の教えとずれた描写がある。</p><br><br><p>最後に</p><br><p>読み進んでいる内は、そうかそうかと思っていたが、</p><br><p>読み返してみると、そんな大げさなことではなさそうにも思う。</p><br><p>しかし、カソリックの総本山バチカンしかも</p><br><p>システィーナ大聖堂の天井画と、最後の審判の壁画が、純粋にカソリックの精神で</p><br><p>描かれたと言いきれず、</p><br><p>ユダヤや新プラトン主義の考えが随所に現れていると言う事実だけでも</p><br><p>驚きであった。</p><br><br><br><br><p>　</p><br><br><p><br>　　　　　　</p>
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<link>https://ameblo.jp/pentnjeri/entry-12114873863.html</link>
<pubDate>Thu, 07 Jan 2016 14:38:31 +0900</pubDate>
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