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<title>シモン・ペテロのブログ</title>
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<description>聖書に忠実な教会の、信仰の幼子のブログ</description>
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<title>あれから、３年の月日が流れ</title>
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<![CDATA[ <p>ご無沙汰しております。</p><p>シモンペテロです。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>前回、ブログを更新してから約３年。</p><p>私にはいろいろなことが起こりました。</p><p>嬉しいことも苦しいことも、いろいろありました。</p><p>&nbsp;</p><p>かつては障害と心の病の中で、実家の父のお世話になりながら</p><p>障害者の職業訓練（就労移行支援事業所）で職業訓練をしていた私でした。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>それが３年たった今は、障害者雇用ではありますが</p><p>いっぱしのゴルフ関係の物流企業で７～８時間働けるようになりました。</p><p>勤続１０年以上のパートさん３人と組んで仕事をしています。</p><p>対人恐怖・対人緊張で人が苦手だった私が、</p><p>３０人近くいるフロアで緊張せずに働けているのです。</p><p>&nbsp;</p><p>そして私をイエス様に導いてくれた彼女と結婚して、実家を出て自立しました。</p><p>私が本当にゆるせなかった父と和解できました。</p><p>&nbsp;</p><p>メンタルが弱く不安ばかりだった私が、少々のことで物怖じしなくなってきました。</p><p>飛行機が怖かった私が、昨年愛する妻と、台湾に新婚旅行（伝道旅行）に行けました。</p><p>職場の厳しい先輩の指導や叱責も受け入れられる自分がいます。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>本当にいろんなことがありましたが、</p><p>イエス様を信じた人々には、主がすべてのことを働かせて、益としてくださるのです！</p><p>まさに、聖書に書いてある通りです！</p><p>&nbsp;</p><p>今まで引きこもりで、誰にも必要とされなかった私が、</p><p>仕事や人間関係が苦痛でしかなかった私が、</p><p>今の職場で私は、役に立つ喜び、働く喜びを存分に味わっています！</p><p>&nbsp;</p><p>皆さんも、イエス様を信じて、この素晴らしい救いを体験してください！</p><p>&nbsp;</p><p>主に栄光をお帰しいたします。アーメン。</p>
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<pubDate>Sat, 31 Oct 2020 00:14:30 +0900</pubDate>
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<title>あかしと、わきまえ②</title>
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<![CDATA[ こんにちは✨ぺトロ・シモンです⛪✨<br><br>先日の日記で、私がクリスチャンとして忌むべき力であるレイキヒーリングを手放した経緯とその理由、その後牧師先生から思わぬ叱責を頂いたことを書きました。そして私はその理由がわからなかったことも。<br><br>牧師先生は真心から私のことを思って、叱って戒めてくださったと解るまでしばらくかかりました。それは私が、信仰においてはまだ日の浅い者で、幼子同然の者であるという認識とわきまえが私の中でできていなかったからです。<br><br>それは聖書にも明記されています。<br><br>「まだ乳ばかり飲んでいるような者はみな、義の教えに通じてはいません。幼子なのです。しかし、堅い食物はおとなの物であって、経験によって良い物と悪い物とを見分ける感覚を訓練された人たちの物です。」(エペソ書５章13-14)<br><br>つまり信仰において幼子である私は、まだ良い物と悪い物とを見分けることができません。<br><br>聖書に書かれているみことばは真実です。が、人を介して聖書について書かれている書物やホームページは、不完全な「人」というフィルターを介したゆえに、必ずしも真実とは言えないのです。その真実でない物を信じてしまい、信仰から離れてしまう人々が多くないと伺いました。<br><br>だから私はまだそれらを見分ける力がない幼子だから、真実のみを書かれている聖書に立ち返って学びなさい、というのが牧師先生のメッセージだったのです✨<br><br>それが解り、私は全てのわだかまりが解けました。そして聖書以外の書物とホームページから離れ、日々聖書を口読し、聖書から学ぶようにしました。<br><br>そして私が信仰において幼子であるとの自覚とわきまえを得ました。<br><br>イエス様、牧師先生、感謝します⛪✨<br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20171102/15/petro-simon/ad/e3/j/o0800080014061538337.jpg"><img width="400" border="0" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20171102/15/petro-simon/ad/e3/j/o0800080014061538337.jpg"></a><br>
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<pubDate>Thu, 02 Nov 2017 14:55:14 +0900</pubDate>
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<title>あかしと、わきまえ①</title>
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<![CDATA[ こんばんは🌙✨ぺトロ・シモンです✨<br><br>先週、私はこともあろうに牧師先生に対して感情的になってしまいました。<br><br>私は少しでも、「何が良いことで神様のみこころに叶うのかをわきまえ知る為に、心の一新によって自分を変え」るため、そして自分の肉の欲を削ぎ自分を清めるために、日々聖書の口読に励んでおりました📖✨聖書だけでなく、私を洗礼に導いてくれた彼女と聖書について書かれた本を購入し、その理解に努めました。<br><br>実は私は洗礼を受ける前、今は亡き母から「レイキヒーリング」のやり方を教わっていました。それによって私が自分や家族を癒すことができると信じていました。またそれは、亡き母の形見でもありました✨<br><br>しかし私達が手に入れた聖書についての本には、超自然的癒し、すなわちレイキヒーリングは忌むべきものであり、偶像崇拝の罪であると明記されていたのです。私は何故この人々の健康に寄与する癒しが罪になるのか、最初は理解できませんでした。そして調べたところ、レイキヒーラーの寿命が揃って短いことがわかりました。また私を導いてくれた彼女から動画が届き、そのレイキヒーリングの力の源がサタンや悪霊のものであり、動画に出て来られたレイキヒーラーが洗礼を受けクリスチャンになるときに、体内から悪霊を追い出される様子が克明に映し出されていました。私は恐ろしくなりました。<br><br>そこで私は祈りの中で、この忌むべき力によるレイキヒーリングの力を消して、より清い心と身体で神様にお仕えしたい旨を告げ、レイキヒーリングの力を消してくださいとお願いしました。すると翌朝になるまでの間に神様は答えてくださりました。導いてくれた彼女からメールが届き、レイキの力の消し方のヒントを頂けたのです❗それによって私は両手の平の熱が引き、レイキの力が無くなったことを実感しました。<br><br><br>それを教会の礼拝で、聖徒の皆さんの前であかしとして発表したところ、牧師先生から思わぬ叱責を頂いたのです、、、。<br><br>「貴方は人を介したもの、本やインターネットでいろいろ調べているが、それは神様から離れる行為だ！何故わからない！」「聖書に立ち返りなさい」<br><br>私は何が何だかわかりませんでした。何故なら私は毎日聖書を１～２時間口読し、お祈りも毎朝して、礼拝も欠かさず出席し、かつ私を導いてくれた彼女の承認を得た本しか読まなかったからです。私は自分なりに努力したことが認めてもらえず、忌むべきレイキを消して、母の形見も失ったけれど、清い心と身体で信仰に励もうとした矢先でしたので、ショックを受け悲しくなってしばらく離れて１人号泣しました。帰宅しても、そのわだかまりは、なかなか私を離れませんでした。<br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20171030/21/petro-simon/57/28/j/o0800080014059629684.jpg"><img width="400" border="0" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20171030/21/petro-simon/57/28/j/o0800080014059629684.jpg"></a><br>
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<link>https://ameblo.jp/petro-simon/entry-12324197103.html</link>
<pubDate>Mon, 30 Oct 2017 20:11:17 +0900</pubDate>
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<title>”戦いを恐れてはならない！（佐々木満男・国際弁護士）”</title>
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<![CDATA[ <br><iframe class="reblogCard" height="234px" width="100%" scrolling="no" frameborder="0" sandbox="allow-same-origin allow-scripts allow-top-navigation" src="https://ameblo.jp/s/embed/reblog-card/praise-the-lord/entry-12139197659.html?reblogAmebaId=petro-simon" data-ameba-id="praise-the-lord" data-entry-id="12139197659"></iframe><br><br>最近の日本を見ているとずるい人、矢面に立たずに隠れた所から人を貶める人が増えました。少なくともそんな人ばかりではないと信じたい。そして矢面に立ち、背中を任せられるような方々とお付き合いを持ちたいと思う今日この頃です🍁✨
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<link>https://ameblo.jp/petro-simon/entry-12318656913.html</link>
<pubDate>Wed, 11 Oct 2017 15:42:21 +0900</pubDate>
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<title>さまざまな気付き！</title>
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<![CDATA[ 今月は自身に様々な課題と試練がありました。<br><br>私にはそれが何が原因で起きているのかわからず、インターネットの様々な情報に翻弄され、それらによってさらに不安を増し自身をどんどん追い詰めました。あらゆる死の予兆の様なものを感じ、死を覚悟しました。<br><br>死を覚悟した私は、お世話になっている牧師先生や奥様、私をバプテスマに導いてくれた聖徒の方の数々の助言に従いました。<br><br>そして、「どうせ死ぬなら」とある夜、思い切ってイエス様に全てを委ねました。勇気と忍耐が私を助けてくれました。<br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20170928/07/petro-simon/b4/76/j/o1200080014036879199.jpg"><img width="400" border="0" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20170928/07/petro-simon/b4/76/j/o1200080014036879199.jpg"></a><br><br>するとどうでしょう。<br><br>今まで散々私を苦しめてきたものの正体が明らかになり、私は今ではそれらから解放されました。<br><br>それだけではなく、様々な気付きにより信仰の確証を一歩進めることが叶ったのです。<br><br>その気付きとは<br><br>① 父なる神様はみこころに叶おうとする者をお見捨てにならない。<br><br>② 父なる神様を信じる限り、父なる神様は全ての苦難や試練を、転じて益としてくださる。<br><br>③ 父なる神様を信じ、そして私達が誘惑に陥らない限り、父なる神様はいつも私達の側にいてくださり私達を霊的に護ってくださる。<br><br>④ 父なる神様のみこころに叶う祈りを、父なる神様は叶えてくださる。<br><br>天の父なる神様、イエス様、感謝します⛪✨
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<link>https://ameblo.jp/petro-simon/entry-12314628712.html</link>
<pubDate>Thu, 28 Sep 2017 06:57:05 +0900</pubDate>
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<title>”神様のわざが現されるために、真っ先にすべきこと（ポール・トゥルニエ）”</title>
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<![CDATA[ <br><iframe class="reblogCard" height="234px" width="100%" scrolling="no" frameborder="no" sandbox="allow-same-origin allow-scripts allow-top-navigation" src="https://ameblo.jp/s/embed/reblog-card/praise-the-lord/entry-12131699824.html?reblogAmebaId=petro-simon" data-ameba-id="praise-the-lord" data-entry-id="12131699824"></iframe><br><br>赦すことは大切なんですね。長年の病すら治してしまうほどに。<br><br>私も、自分を、父を、子供の頃私を苛めた子達を、まだ許しきっていないように感じます。イエス様はお許しになっておられるのですから、少しずつでも許せるように、お祈りしたいと思います。
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<link>https://ameblo.jp/petro-simon/entry-12306962433.html</link>
<pubDate>Sat, 02 Sep 2017 11:03:42 +0900</pubDate>
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<title>”見たくないものと向き合ってみたら・・・”</title>
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<![CDATA[ <br><iframe class="reblogCard" height="234px" width="100%" scrolling="no" frameborder="no" sandbox="allow-same-origin allow-scripts allow-top-navigation" src="https://ameblo.jp/s/embed/reblog-card/aroma-color-harmony/entry-12305833692.html?reblogAmebaId=petro-simon" data-ameba-id="aroma-color-harmony" data-entry-id="12305833692"></iframe><br><br>この記事を拝見して、私の場合、父がそっくり当てはまると感じました。<br><br>大切なのは、自分じゃない人の問題を、自分の問題にしてしまわないこと。沢山の荷物を背負えない、幼少期は特にそうです。親子関係を逆転させないこと。自分が悪いと思い込んでいることを手放すこと。
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<link>https://ameblo.jp/petro-simon/entry-12306277573.html</link>
<pubDate>Thu, 31 Aug 2017 05:23:24 +0900</pubDate>
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<title>初めてのカメラマン奉仕</title>
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<![CDATA[ おはようございます✨シモン・ぺテロです✨<br><br>昨日はイエス様と牧師先生から、ユダヤの方々の教会「シナゴーグ」で赤ちゃんの「割礼式」の写真撮影の奉仕をさせていただく機会をいただきました。シナゴーグは神戸北野の異人館街の中にありました⛪✨<br><br>牧師先生のご家族の皆さんにご一緒させていただき、先生方は主に動画を撮影、私は写真担当をさせていただきました📷<br><br>シナゴーグの中に入りますと、黒い帽子に黒いスーツ、そしてもみ上げを伸ばされた「正統ユダヤ人」の方々がいらっしゃいました。その方々に、私がカメラマンで奉仕に来ましたことを説明しました。<br><br>そして撮影開始。<br><br>私が外国人の方々の教会で、戸惑い緊張しているのを見かねて、牧師先生と奥様は何度となく私にアドバイスをくださりました。ことに、花や静物を普段撮影してきた私にとって、人物を撮影することに慣れていなかったからです。だから失礼のないように、クローズアップで撮影する時には必ず撮影してもよいか声かけをし、撮影が終わりましたら撮った写真をお見せするようにしました。そして写真のデータは教会の管理にしてくださるように、牧師先生にお願いしました。こうすることで、比較的安心して撮影することができました。<br><br>そして牧師先生は、カメラマンなんだから安心してバンバン撮ってくださいと仰いました。<br><br>式典ですから、シャッターチャンスを逃すわけにはいきません。ましてユダヤの方々のおめでたい赤ちゃんの「割礼式」は大事な行事です。失敗は許されないとプレッシャーを感じての撮影。粛々と進む儀式。正統ユダヤの方々も私に「Only baby!(赤ちゃんを撮って！)」と私に注意を促してくださりました。まさに「心を尽くして、思いを尽くして、知力を尽くして」臨み、式を撮り終えて晩餐に入る頃には350枚以上撮影していました。短時間にこれだけの枚数を撮影したのは初めてで頭がパンク寸前の私を見かねて、晩餐の席で牧師先生と奥様が「お疲れ様です。まあ一息ついてください。」とほぐしてくださりました。<br><br>ユダヤの方々は皆さんが品性が良く清らかで、そしてフレンドリーでした。まさに、私のような者がこのような所に来ても良いのか？という印象でした。大人も子供もみんな清らかで、神の御国とはこういう方々が入られるのだろうなあと。私は最近は肉的や世俗的な欲を削り、聖書の口読とみことばの実践を心掛けてきたつもりでしたが、ここに来て見事に神様は私の心を砕いてくださりました。<br><br>晩餐が進むと私も落ち着きを取り戻し、各テーブルを廻って、片言の英語で笑顔でコミュニケーションしながら、赤ちゃんのご家族とご親族を含めほぼ全ての方々の写真を撮影できました。<br><br>すばらしい機会と気付きと学びを与えてくださった、イエス様と牧師先生、そしてユダヤ教会の方々に感謝します✨
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<link>https://ameblo.jp/petro-simon/entry-12305962053.html</link>
<pubDate>Wed, 30 Aug 2017 02:31:17 +0900</pubDate>
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<title>消化不良とストレスと</title>
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<![CDATA[ こんばんは😃🌃シモン・ぺテロです✨<br><br>お盆から教会の活動と職業訓練が多忙になりました。<br><br>お盆休み明けは16日、それから９月１日までは毎日、職業訓練か教会活動か通院と夕食当番が入り、特に先週から今週は企業実習も重なって時間があっという間に経ちました。<br><br>そして夕方～夜は聖書の口読とお祈りを欠かさずしました。聖書をハイペースで口読してしまい、ストレスの溜まっているところにさらにストレスを重ねてしまい、今日は感情のコップがついに一杯になってしまいました。ちょっとしたことでイライラ💢。自分の状態も、そして周りの仲間に多少なりとも迷惑をかけていることも分かっていましたが、どうすることもできず。<br><br>どうにか午前中の作業をこなし、お昼休みに面談室を少しお借りし、抑圧された感情の吐き出し(泣くこと、です)を行いました。するとコップに一杯だった感情がわずかに減り、午後のグループワークとミーティングに落ち着いて参加できました。<br><br>帰宅してから本格的に感情の吐き出しを行いました。「最近企業実習も教会活動も頑張り、聖書も毎日読んでいますのに、イエス様何故こんな気持ちになってしまうのかどうか教えてください。」とイエス様に問い掛けますと、涙がどっと出て来ました。よくぞこんなになるまで感情を抑圧していたものだと思いました。そしてコップに溜まっていた感情は半分に減りました✨<br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20170825/23/petro-simon/89/54/j/o1800180014013151260.jpg"><img width="400" border="0" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20170825/23/petro-simon/89/54/j/o1800180014013151260.jpg"></a><br><br>そして先程、ご旅行中の先生から「今度カメラマンをやってくれないか？」とご依頼があり、二つ返事で快諾しました✨牧師先生が私を信頼してくださるのが何より嬉しいのです。しっかり務めを果たそうと思います✨<br><br>天の父なる神様、イエス様、聖霊様、感謝します✨<br>
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<link>https://ameblo.jp/petro-simon/entry-12304726333.html</link>
<pubDate>Fri, 25 Aug 2017 23:06:41 +0900</pubDate>
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<title>クリスチャンとは！？</title>
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<![CDATA[ こんばんは✨シモン・ぺテロです✨<br><br>先日、牧師先生は開口一番、<br>「自称クリスチャンに気を付けなさい。」<br>と仰いました。<br><br>私はキリスト教信者＝聖徒＝クリスチャンという理解でしたので、頭が？？？となりました。<br><br>彼らは聖書もイエス様も知らない人が多い。<br>なぜなら、聖書の１節から・・・<br><br>「彼(サウロ)に会って、(バルナバは)アンテオケに連れて来た。そして、まる一年の間、彼らは教会に集まり、大ぜいの人たちを教えた。弟子たちは、アンテオケで初めて、キリスト者と呼ばれるようになった。」使徒 11:26<br><br>このキリスト者の事がクリスチャンで、キリストのような人、という意味です。使徒だけでなく、弟子たちがクリスチャンと呼ばれています。<br><br>ここで大切なのは、クリスチャンは人から言われて初めてクリスチャンであるということです。キリストのような人なのですから。自分で自分をキリストのような人とはとても言えないでしょう。自称するなら、聖徒と言いましょう。<br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20170813/21/petro-simon/04/37/j/o3840216014004303405.jpg"><img width="400" border="0" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20170813/21/petro-simon/04/37/j/o3840216014004303405.jpg"></a><br><br>誰がクリスチャンとよばれているのでしょう？弟子たちがクリスチャン、それはキリストの弟子になっている人々です。<br><br>ではキリストの弟子とはどのような事を行っている人を指すのでしょう？<br><br>「あらゆる国々の人々を弟子としなさい。」「バプテスマを授け、」「わたしがあなたがたに命じておいたすべてのことを守るように、彼らを教えなさい。」マタイ 28:18～<br><br>その３つが出来るようになって初めてクリスチャンと呼ばれます。<br><br>私は洗礼してまだ日が浅いので、聖書はかじりつくように毎日口読していますが、このように誤った解釈をしてしまっていました。私達の通う教会の礼拝はディスカッション方式ですから、直接正しい知識を牧師先生から学ぶことができます。<br><br>いずれ尊敬する牧師先生の弟子となることが叶いますように、今はみことばをため込み心を清め信仰の土台造りをするために、聖書口読と牧師先生からの学びを日々の日課とする毎日です。
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<link>https://ameblo.jp/petro-simon/entry-12301266598.html</link>
<pubDate>Sun, 13 Aug 2017 21:21:54 +0900</pubDate>
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