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<title>Hammer Songと悩みの塔</title>
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<description>インナーチャイルドの治療を書きます。</description>
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<title>ひとりで生きる</title>
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<![CDATA[ <p>今から６０年前、私は生まれた。日本では有名な企業と言っていい、そこの社員が父だった。<br>一般的な企業よりは裕福だったかもしれないが、定時制上がりの彼は出世街道の候補ではなかった。<br><br>そして私は、その父の子供として生まれた。<br>望まれない子供として。<br><br>父は母に言ったそうだ。<br>「なんで丙午（ひのえうま）の子供なんて産んだ？！縁起もない！男ならまだしも女を産むなんて」<br><br>丙午の女に関しては、各自で調べて欲しい。<br><br>その後父は私に、会社の事務員の名を借りて名付けた。<br>母に決定的な遺恨を植え付けた事の発端はこれだと思う。<br><br>母は私を忌子として扱った。忌むべき年に生まれ、他所の女の名を持つ子供―――。<br><br>忌子であっても育てると決めたなら、一世一代の大嘘つきとして、覚悟して育てるべきだった。<br>偽りであっても、愛情があるふり、慈しんでいるふり、可愛がるふりをする程度には、世間体を気にする性格だと思うが……そうでも無かったようだ。<br><br>遺恨の根は深かった。それができるほど器用ではなかったらしい。<br><br>誤算だったのは、私にとっても母にとっても残念なことに、私は「乳幼児健忘症」が無い子供だった。<br>その為、私は記憶していた。</p><p>乳児期から母のしてきたすべての所業を。</p><p><br>ハイハイしかできない自分が、放置されていた二階から一階まで階段を転げ落ちたこと<br>１歳には足首を縄で括られ柱に繋がれていたこと<br>２歳には家から外に追い出されてひとり外で遊ばされ、<br>何をしたらいいのか分からない自分は、公園のシーソーを弄って顔面を打ち付けたこと</p><p>３歳にはその公園にあるブランコで漕ぎすぎて落下し、頭と顔をしこたま怪我したこと<br>そのケガの手当ては、すべて隣人の夫婦が代行してくれたこと<br><br>就学もしていない幼児が、命がけのサバイバルに興じていた時、母は自宅で内職の仕事をしていた。<br>小さな弟を帯で背中にくくって。<br><br>私は母の温もりを知らない。<br>人肌の感触を知らない。<br>抱かれる事もおぶさる事も知らない。<br>甘える事は拒絶された。<br>事あるごとに存在を否定された。<br>意味の分からない叱責を何度も受けた。<br>怪我をして助けを乞うても、声を無視され顔すら見て貰えなかった。<br><br>それが長子の当たり前だと言うなら、いっそ怪我など放置して<br>食事を与えず事故だと言い訳をでっちあげて、殺してくれたら良かったのにと<br>今になっても思う。その方が幸せだった。<br><br>なぜ生きているのか。<br>生かされたのか。<br>理由は単純だ。<br>生まれてしまったから、生かしてやっている、それだけだ。<br><br>全ては世間体と保身、プライドの為だろう。そして何より基本的に身勝手な人だった。<br>父方の親戚はみな揃って言う。</p><p>「なんであんな女を嫁にしたのか」<br>と憤りを隠さずに言うのだ。<br>その事情は私には分からないが、望まれなかった結婚であった事に間違いは無いだろう。<br><br>私を可愛がってくれた隣人夫婦は、その後、母が嫌がるので交流を断たれた。<br>現在は宮城に移住しているという。<br><br>&nbsp;</p><p align="center">――――――</p><p><br>父親の迷信に対する激情は、時代背景が大きく関与しています。<br>丙午は、干支（十干十二支）の組み合わせの第43番目にあたる年です。直近では<b>1966年</b>（昭和41年）がこれにあたり、その前は1906年（明治39年）でした。</p><p>&nbsp;</p><ul><li><p><b>迷信の由来</b>： 江戸時代の俗信に由来します。「丙午の年に生まれた女性は気が強く、気性が激しい」「夫を食う（死なせる、または運気を下げる）」といった強い迷信・ジンクスが定着しました。</p></li><li><p><b>社会的影響（1966年の実態）</b>： この迷信が強く信じられていたため、1966年は前後の年に比べて出生率が急激に低下しました（前年比で約25%減）。当時の親世代の間で、「娘の将来の結婚や縁談に障るのではないか」「縁起が悪い」と真剣に懸念されたためです。</p></li></ul><p><br>&nbsp;</p><div class="parts002_block06" data-entrydesign-count-input="part" data-entrydesign-part="parts002_block06" data-entrydesign-tag="div" data-entrydesign-type="block" data-entrydesign-ver="1.54.1" style="display:block;width:548px;max-width:100%;margin:0 auto 12px;box-sizing:border-box;padding:6px;color:#333;background-color:#F4F1D1"><div style="background-color:rgba(255, 255, 255, 0.5);border:solid 1px #B3B3B3;padding:16px 12px"><div data-entrydesign-content="" style="background-color:transparent;font-size:14px;line-height:1.4;min-height:22px;break-word:word-break"><ul><li>痛かったんだよなぁ。本当に。<br>シーソーで顔を打った時、ブランコから落ちた時、<br>砂場で泣いてても誰も救いに来てくれなくて、痛んだ膝小僧から血を流したまま家まで帰って、玄関先で母を呼んでも出て来てくれなくて。どうしたら良いのか分からなくて、隣家を訪ねた。<br>たくさん絆創膏やガーゼを貼られて、消毒が痛くて、また泣いて。<br>どうして母はそれをしてくれないのか、不思議に思ってた。<br>いっそどうなっても良いって、事故を望む思考があったんじゃないかと思えるほど、放置されていた。<br>これらの経験があったからか、痛みに鈍い癖がある。<br>よく今まで生きてたなぁ。<br>&nbsp;</li><li>愛されてなかったんだなぁ。<br>生き残ったのは隣家夫婦のおかげだ。奥さんは昨年亡くなったらしい。<br>でも本当の母のように今でも大好きだし、深く感謝している。<br>あの人たちが親だったら、もっと違う人生を歩んでいたと思う。<br>生まれた場所を間違えたなぁ。<br>&nbsp;</li><li>まだ右も左も分からない年齢で、いつ事故にあってもおかしくない市の中心部で、ともすれば事故や誘拐にあってもおかしくなかった環境で、本当によく生き残ったと思う。<br>一歩離れれば片側４車線の大通りが待ち構えていた。<br>住んでいた社宅の周囲は繁華街だった。<br><br>迷子になれば一人で帰ってくることができない環境で、動ける範囲内だけでひとりで遊んでいたのは幸運だったとしか言えない。<br>天性の幸運がついているんだと思う。<br><br>決して大きな富を得るでもなく、危機回避能力があると言うものでもなく、順風満帆に生きるでもないけれど、あの状況で怪我だけで済んで、生きてその場に留まることができたっていう自己判断が、生まれてから５歳の間まで自分でできたって言う天性のものだ。<br>それは本当にあり得ない事で、奇跡に近しいほどの判断力なんだ。<br><br>自画自賛で言うのはおかしな話だが、第三者視点で見れば誰もがそう思うはずの出来事だ。<br><br>今昔の自分に言うよ。<br>ありがとう、生きててくれて。無事でいてくれて。<br>本当に良かった。<br><br>これからもっと過酷な人生が待ち受けているけど、持って生まれたその力が最後には必ず発揮すると思う。<br><br>それまで生きろ。</li></ul></div></div></div><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<pubDate>Fri, 25 Sep 2026 23:31:40 +0900</pubDate>
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