<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>ミケランジェリの孫弟子♦♫♦･*:..｡♦♫♦*ﾟピアノ日記</title>
<link>https://ameblo.jp/pf4612/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/pf4612/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>ミケランジェリの内弟子だった先生からミケランジェリ本人の言葉や、練習方法を聞く事が出来ます。それをもとに、更に研究を続けているところです。レッスンでの貴重な話や、ミケランジェリ独特の練習方法などを書いて行こうと思っています。</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>そろそろミケランジェリの事も書こうかな</title>
<description>
<![CDATA[ 私は初めてミケランジェリの演奏を聴いた時、音の美しさに感激した❗️ピアノを演奏する姿も姿勢が良く、見た目も美しかった。<br><br>私は「最低でもこのくらいの音が出したいなぁ～」っと思いました。この前のブログと比べると随分経っていて、私も４０歳近くになっていました。<br><br>そして私はミケランジェリが最も信頼している弟子のレッスンを受けることになりました。<br>ミケランジェリは日本の典型的なレッスンとは随分違っていたので、最初私も戸惑ってしまった…。<br>最初のレッスンで、私は「バルダッサーレ・ガルッピ」のハ長調のソナタをば弾いた。<br>以前ミケランジェリがこのガルッピのハ長調のソナタを演奏している映像を見て、日本ならもしかしたら小学生でも弾けるような…技術的には易しいシンプルな音楽を、美しい音で、希望に輝く音で、時には切なく胸が苦しくなるような音で…。気が付くと涙か止まらなかった。<br><br>そして、私も同じ曲に挑戦してみたのだか…。バイエルの６０番程度の技術で弾けるガルッピのハ長調のソナタ…どうやらこの先も生涯の友になりそうだ。<br><br>最初のレッスンで、私が全楽章弾いたあと、先生は私に、わずかに、１、２秒だろうか、ためらって、こう言った。「全部反対。」<br><br>決して柔らかい口調ではなく、表情は真剣だった。<br><br>私は何だか悲しくなり、なぜか言葉が出なかった。「反対」と言う言葉は、何か全てを否定されたような気になってしまった…。<br><br>今までどの先生にも言われた事のないセリフ<br><br>「全部反対。」<br>でも、これが私の音楽を劇的に変えて行くとは、初日のレッスンで落ち込んでいる私にはまだわからなかった。<br><br>私があまりしょんぼりしているので、先生は、「あのね、今日は先ず一つミケランジェリが生徒達に必ず言う事、そしてそれが出来なければ…レッスンは２回目で終わるかも知れないセリフを書いてあげる。」<br><br>先生はそう言って、鉛筆で、楽譜の上のスペースに、あのね、っと話しながら書いて行った。<br>それはこんな感じ。<br><br>先生は書きながら、「え～と、2でしょう。そして…３❗️ あのね、音楽には２拍子と３拍子しかないの、あとはその応用だけ。だから２拍子と３拍子があなたの頭で理解して弾けるまで、実は弾いても、それは音楽とは言わない。わかる❓あなたがガルッピを選んだのはミケランジェリが弾いてたからでしょう？ でもまだ無理。曲変えよう。あのね、モーツァルトの２８１、弾いた事ある？無いのね、じゃあ、拍子とは何か、自分で全楽章納得出来るまで弾けると思ったらメールしてちょうだい、レッスンの予定入れるから。」<br><br>私は「はい」っと答えるしかないが…。<br>はたしてどうしようか…？<br><br>私は３週間ほど練習して先生にメールした。<br><br>返信はすぐに来た。<br><br>明日の午後１時との指定。<br><br>この日のレッスンは午後１時に始まり、午後１０時に先生が時間に気付いて何とか終了する事になった。<br>レッスンは初めての事ばかりで、帰宅すると私はいつ寝たのか？記憶がない日が最初はほとんどだった。<br>ただ、音楽の３要素でもあるリズム、今までと違う方から見てみると演奏が俄然楽しくなった。<br>しばらくして私はこう言う大切な事を伝えたくて、生徒を募集したが、なかなか集まらなかった。<br><br>でも私は、ミケランジェリのひ孫弟子を育てなければ❗️あまりにももったいないのだ。<br>ミケランジェリだから出来るのではなく、これは誰でも出来る事なのだから。<br><br>本当に音楽が好きな人には、簡単な面接をしますが、誰か我こそは❗️っと言う方はいないかな…。<br>ひ孫弟子希望者は是非連絡下さい。<br><br>条件は、やはりミケランジェリが貫いたのと同じ…。<br><br>『本当に音楽が好きな事。』<br><br>私もそれ以外は年齢も構いません。<br><br>だって、せっかくピアノを弾くなら、より上手く、より良い音楽を聴きたいではありませんか❗️❗️❗️<br><br><a href="http://blog.with2.net/link.php?1678088:2188" title="人気ブログランキング ピアノへ"><img src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fimage.with2.net%2Fimg%2Fbanner%2Fc%2Fbanner_1%2Fbr_c_2188_1.gif" width="110" height="31"></a><br><a href="http://blog.with2.net/link.php?1678088:2188" title="人気ブログランキング ピアノへ" style="font-size:90%;">人気ブログランキング ピアノへ</a><br><br><br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/pf4612/entry-11935888025.html</link>
<pubDate>Tue, 07 Oct 2014 19:48:55 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>また失敗した…(＊_＊)</title>
<description>
<![CDATA[ <a href="http://blog.with2.net/link.php?1678088:2188" title="人気ブログランキング ピアノへ"><img src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fimage.with2.net%2Fimg%2Fbanner%2Fc%2Fbanner_1%2Fbr_c_2188_1.gif" width="110" height="31"></a><br><a href="http://blog.with2.net/link.php?1678088:2188" title="人気ブログランキング ピアノへ" style="font-size:90%;">人気ブログランキング ピアノへ</a><br><br>ランキング参加…うーん、まだわかってないような…🌀🌀🌀
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/pf4612/entry-11931249986.html</link>
<pubDate>Sun, 28 Sep 2014 00:56:38 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>第一に金、第二に金、三、四がなくて、第五にコネ…。</title>
<description>
<![CDATA[ 高校の音楽科に行きたかった当時の私は自分でピアノと声楽、そしてソルフェージュの先生を探し始めた。周りからは志望する学校の先生に師事しなければ合格するのはかなり難しい、と言う事。つまり、コネも受験生にはかなり重要な要素なんだ…そう思い知らされた時だった。でももっと必要な物は…先生達へのレッスン代だ。お金は私が初めて生のピアノ演奏を聴いて、感激に心が震えたあの頃の想像をはるかに越えるだけ必要だった。<br><br>中学３年のときに習っていた先生はやめて、志望する高校の大学のピアノ科の先生にどんどんレッスンの申し込みをした。<br>何人かの先生は、私に親の職業と収入を真っ先に聞いてきた…私はその度挫折しそうになった。<br>でも私はあの時聴いたピアニストが最初に演奏したショパンの舟歌の美しい官能美を忘れる事が出来なかった…ショパンの舟歌はあれから３０年以上経ってもまだ毎日練習する私の生きる意味になっている。<br><br>私は学校と親にも嘘をついて空いている時間のギリギリまでアルバイトしてレッスン代を払って来た。高額時給のアルバイトをすることしか時間がなく、夜の仕事もしていた。<br>当時はいつ寝ていたのか自分でもわからなかった。もちろん練習しなければならない。それも３歳頃からピアノをやっている受験生との遅れをとるためには何十倍もの努力が必要だった。<br>しかも…。<br><br>先生は音大の先生と週１回みて下さる二人のピアノの先生とソルフェージュ、そして声楽…。４人の先生へのレッスン代は当時月に大体１０万円ほどだったと記憶しているが。<br>それは安い方だった。<br>なぜなら、私は家の経済状況が厳しく高いレッスン代が払えない、っと涙ながらに訴えて（芝居もしたが…）かなりレッスン代を安くしてもらっていたからだ。こんな時は芝居もしなければならないのだ。幸運にも私は芝居が大好きだったので、正に芸が身を助けてくれた…という感じ。<br><br>アルバイト代でホロビッツやグールド、ミケランジェリなどのCDを買っては夏休みに一日中聴いて過ごした日々が今は幸せだったと思い出す。<br><br>そして受験当日はやって来た。<br>実技試験ではバッハで間違ってしまい、止まり、聴音ではちんぷんかん⁇<br><br>このままでは合格出来ない❗️っと思った私は最後の面接に全てをかけてみようっと思った。<br>泣きながら、なぜ私がピアノを始めたのか、強く訴え、そして…私は面接官を前に最後に『私を合格させなければ、この学校の最大の損失になると思います。』っと、今思うとゾッとする事を言っていた。<br><br>結果、合格した。<br><br>そして学校での汚らわしくも刺激あふれる音高生活が始まったのだ。<br>そこには壮絶なイジメが私を今か今かと待っていた。<br><br>続く…😱
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/pf4612/entry-11931243722.html</link>
<pubDate>Sat, 27 Sep 2014 23:44:34 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>さて</title>
<description>
<![CDATA[ 偶然私の母の友人にピアノの先生がいたので、早速レッスンを始めましたー❗️<br>先生には出張で最初は来て頂いてました。<br>なので、待っている間、私は耳で覚えたお気に入りを弾いてワクワクしてたのを今でも覚えてます。<br>ところが…(¯―¯٥)いざまともに習ってみると何とも言えない複雑な気持ちに…💦<br>最初のレッスンで、私がピアノを弾いていたので、先生は、私に『まぁ～❗️凄い曲弾いてるのね～❗️』っと言ってから譜面台の上にドサっと楽譜を置きました。<br>なんだろう～(＊_＊)⁇って思っていたら、ハノンとバイエルと音楽ノートなどなど…。<br>私がボーっとしていると先生は、『さっきくらいテキトーに弾けるならこれじゃ物足りないかしら？でもピアノ飛び級はないから順番にやるのよ。』っと言って、更に続けて、『そうねぇ～、ハノンは１番だけでいいからリズム変奏して弾いていてね。バイエルは…片手からじゃあちょっと退屈だろうから…６５番だけを片手ずつゆっくり弾いてみて、来週までに間に合わなくても気にしなくてもいいから丁寧に練習して下さいね。』っと言ってすぐに終わってしまい何だか拍子抜け( ³ ₃ ³ )<br><br>でも先生は、また、あのセリフを私に念を押すように言った。『今からピアニストなんて無理はしないで、楽しい趣味にして下さいね。』っと…🌀<br><br>それから一週間後・・・<br><br>レッスンでハノンから弾いて、と言われたので、私は１番が終わると２番、そして３番…っと…実は３０番までは弾いたかと思う。<br><br>先生は、ハノンについては後で話す、と言い、バイエルの６５番を弾くように促した。<br><br>でもピアノ大好きな私が１曲で我慢出来るはずがなく…最後まで弾いてみた、っと言ってみると、先生も、流石に少しギョっとした表情になり、では弾いてみてください。っと言ってくれたので楽しく最後まで弾いた🎵🎹<br><br>こうして私はレッスンから１週間でバイエルを修了する事になりましたー❗️<br><br>この時私がわかった事はピアノの先生は楽譜にｆと書いてあると、『そこはフォルテでね。』と…そんな事は見ればわかることしか言わないということだった。<br>そうじゃない先生もいるはず❗️<br>私はすでに自分で次の先生を探し始めていた。<br>            🎵🎹続く・・・<br><br><br><a href="http://blog.with2.net/link.php?1678088:2188" title="ピアノ ブログランキングへ"><img src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fimage.with2.net%2Fimg%2Fbanner%2Fc%2Fbanner_1%2Fbr_c_2188_1.gif" width="110" height="31" border="0"></a><br><a href="http://blog.with2.net/link.php?1678088:2188" style="font-size:12px;">ピアノ ブログランキングへ</a><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/pf4612/entry-11930316745.html</link>
<pubDate>Fri, 26 Sep 2014 00:44:52 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>ランキングに参加しようとしてただ今苦戦中…(¯―¯٥)</title>
<description>
<![CDATA[ ランキングに参加しようとあれこれやっていたらこんな感じに…(¯―¯٥)<br>案外ピアノは弾けてもこういうのは苦手💦<br>疲れたので気を取り直してまたピアノ日記書きま～す👍🎹🎹🎹
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/pf4612/entry-11930011998.html</link>
<pubDate>Thu, 25 Sep 2014 13:02:56 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>ピアノ</title>
<description>
<![CDATA[ <a href="http://blog.with2.net/link.php?1678088:2188" title="ピアノ ブログランキングへ"><img src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fimage.with2.net%2Fimg%2Fbanner%2Fc%2Fbanner_1%2Fbr_c_2188_1.gif" width="110" height="31" border="0"></a><br><a href="http://blog.with2.net/link.php?1678088:2188" style="font-size:12px;">ピアノ ブログランキングへ</a>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/pf4612/entry-11930004880.html</link>
<pubDate>Thu, 25 Sep 2014 12:48:02 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>普通の家庭環境でピアニストを目指すと言う事</title>
<description>
<![CDATA[ しばらく書いていなかったせいか、何だか新鮮な気持ちになる。<br>さて、私が中学２年のとき、初めて聴いたプロのピアニストが出すピアノの音を聴いてからと言うもの、私は学校の授業が全く頭に入らなくなってしまった。<br>もちろん、成績は急激に下がって行った。<br>でも、その頃の私は幸せだった。<br>一日中私の頭の中には音楽が聴こえていたから。実は、この現象、２才過ぎ辺りからなぜかずっとあった。でも、例のピアニストを聴いてから更に強烈に、鮮明に頭に音楽が聴こえてくるようになった。<br>私はあのコンサートの日、『ピアニストになる❗️』っと、無謀な決心をした。<br>そのためにはまず楽器が欲しかった。<br>私の家庭ではピアノを買う経済的な余裕がなかったのは私もホントは知っていた。<br>でも私はピアノを買ってもらえるように、時には芝居をして一年間両親を説得した。<br>ピアノが部屋にやって来るまでは、学校の音楽の先生に頼んで毎朝音楽室で６時からピアノを弾かせて頂いた。でも私にはピアノ曲の楽譜が無く、ラジオから聴こえてくるショパンや、ベートーベンなどを勝手に我流で弾いていた。多分音楽の先生はさぞかしうるさく思っていただろう…。と思っていたら、ある日、先生がピアノのそばへ来て、『それは、耳で聞いて弾いてるの❓』っときいて来た。私が、『はい。うちにはクラシック音楽を聴く人がいないので、むしろピアノが早く嫌いになって欲しいと思われているから…。夜一人でFMを聴いて気に入ったら鍵盤を色々探して何とかしたいな、なんて思ってるんです。』とか確か答えたはずだと思う。<br>すると先生は、少し黙って、『音楽大学へ行く気ないか？』っと言った。私は嬉しく思いながらも、『はい❗️』とは言えなかった。<br>それでも一年後、私の部屋は黒く官能的にくびれたグランドピアノが私の部屋を占領していた。まず楽器が高い、もっと高いのが経歴だけで毎週同じ事を繰り返しているお偉い先生へのレッスン代だ。この金額は想像以上だった。それから私は、ピアニストになるためには、才能や技術の前にかなりの大金がまず必要なんだと知って、正直悲しかった。そして、経済的に裕福ではない家庭に生まれた自分が悔しかったのだ。<br>そして、１５才からピアニストを目指す、と言う事は無謀だし、不可能だ、ともピアノの先生達から嫌になるほど聞かされた。<br><br>この時の私は、思った。『ピアノの世界も結局政治家みたいで、金次第、って事か…。』っと。<br>でも、私は自分が生涯ピアノを弾いて生きて行くだろう、っと信じている事が出来た。それは、私が本当に音楽が好きだから、ピアノを弾いて有名になりたいとか、お金が欲しいとか、そんな事は私にはどうでもよくて、ただ純粋にピアノが好きだと思っていたからだと思う。ピアノを始めてやっと３０年を越えた。今でも、一日の最初にピアノの蓋を開けて鍵盤にゆっくり指を沈める瞬間、私は３０年前と同じ、いや、時にそれ以上のエクスタシーを全身に感じている。<br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/pf4612/entry-11917173893.html</link>
<pubDate>Sat, 30 Aug 2014 00:06:37 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>生まれて初めて聴くプロのピアニストが出す音</title>
<description>
<![CDATA[ 相変わらず自作の歌を歌っていた私でも、学校の勉強は学校で真面目にしていたので、親から『はやく勉強しなさいー❗️』と言われた事はなかった。中学２年の夏までは…。<br><br>中学３年には修学旅行があるが、そのための練習というような❓中学２年の７月には毎年２泊３日の宿泊学習という行事があった。<br><br>毎年時期もほとんど同じだ。私はあまり好きではない行事だ。<br>私が中学２年の夏は７月１日から３日までの予定だった。ただ、正式に決定して私達に伝えられるのは約１ヶ月くらい前だったかと思う。<br>そんな行事を前に、ピアノを習っている友達から、『ねぇ～お願いお願い❗️ピアノコンサートのチケット買ってー❗️』っと、すがるように頼まれた。当時私が通っていた中学にはピアノを習っている生徒が学年に数人しかいなく、彼女は貴重な存在だったが、いつも合唱コンクールの伴奏を強制的にさせられる犠牲者でもあった。彼女はその事を卒業後も愚痴っていたほどだ。<br>私は彼女がなぜコンサートのチケット売りなどをしているのか？当時はあまり深く考えてなかったが、今は痛いほどよくわかる。<br>あまりに必死だったので、私は私の母、妹の３人で行く事にして彼女にチケット代を支払った。彼女はそれだけでとても安心した様子だった。<br>コンサートの日時を後からよく見ると、１９８１年７月２日土曜日午後２時開演、となっている…。これでは宿泊学習と重なるではないか❗️っということで、私は一度は友達に行けないのだからお金を返してもらえないか❓と言って見たが…。彼女の答えはビックリする内容だった。『そんな事わかってるって、とにかく、ノルマクリアしないと先生にもう会えないかも知れないし…。別に行かなくても今回はいいからさ❗️』っと。<br>こう言う話も今では驚かなくなった自分が何と無く悲しいような、なんともいえない気持ちだ。<br><br>ところが、私の人生を変えるようなニュースは突然普通に入って来た。<br>宿泊学習の日程変更のお知らせだった。<br>毎年２泊３日だったのが今年は１週間前になって１泊２日に変更された。<br>しかも、宿泊施設の都合で、６月３０日からになってしまった。<br>出発の１週間前の変更は私の人生を大きく変えることになった。<br>当然私達はコンサートへ行く事になり、友達の家族、私の家族、みんなでまるでデパートへ行く感覚ではしゃいでいた。<br>そして、なぜか、その日演奏するピアニストの名前を私達の誰もが知らなかった。不思議な事だが、そんな事に誰も興味を示さなかった。もちろん、私も。<br>会場へ入ってチケットの席番号を探すと、なんと後ろには席がなく、つまり一番後ろって訳だ。遥か遠くにステージが見える。<br>そこに今まで見たことがない位長～いグランドピアノが静かに１台、周りの喧騒とは違う次元の世界で佇んでいた。<br>それを見て、私はため息をついた。<br>“なんて美しい…”<br><br>２度目のベルが鳴り、周りは呼吸すら許さないという静けさと不思議な緊張感に支配された。<br>コツコツ…。まだピアニストが見えないうちに靴の音がコンサートホールに響く。<br>ドキドキ、ドキドキ。<br><br>ピアニストのメガネが一瞬キラっと光ったかと思うと大きな拍手と共に姿を現した。<br>小柄で丸顔にメガネをかけたかなり若い男性だ。<br>名前はまだ知らなかったが、彼がピアノの前に座るとまた痛いほどの静寂が支配する。<br>わずか、１、２秒の静寂…。<br><br>あの長いグランドピアノが静寂を破ってドーン💥っと凄い低音を世界中に響かせた。<br>その音が鳴った瞬間…。<br>私は恋に落ちた。全身が震えて息苦しい❗️<br><br>後で確認したら、１曲目は、ショパンの舟歌だった。私はすぐにピアニストに会いに行った。<br>なぜ行ったのかも覚えていない。<br>ピアニストは前年度にポーランドで行われた第１０回ショパン国際ピアノコンクールの優勝者だという事も後から知った。<br>このピアニストに会ったときの印象などを、次は書いてみようか？どうか。
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/pf4612/entry-11796776731.html</link>
<pubDate>Sat, 15 Mar 2014 14:50:17 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>私とピアノの出逢い</title>
<description>
<![CDATA[ 私もそろそろ人生の折り返し地点。このくらい生きているとどこまで遡って書いていいのか❓ <br>迷っている時間の方がはるかに長い。<br>だから迷っている、と書いてみる事になるわけですが。<br><br>実は私は気が付いたら歌ばかり歌っていました。<br>近所の人や、クラスメイトからは、ちょっと『変？』だと言われてました～😅<br>でも、子供時代はピアノなんてハイカラな楽器はなく、幼稚園の卒業文集で、将来は歌手になる❗️っと書いてました。<br><br>そんな私がある時、まるで天からの啓示のごとくたった一つのピアノの音が、『私はこれだー！わたしはピアニストになる❗️』っと。<br>誰がなんと言おうと、私の前にはピアニストへの道しか見えなかった。<br><br>さて、私がミケランジェリというピアニストへ辿り付くまで、数多くのピアニストのリレーがあったわけだが、あまりにごっちゃりいるので、ここでは省略させて頂こうと思う。中には偉い先生もいた、偉いけど…ピアニストとは私には思えない人もいた…。<br><br>まぁ、それはさておき。<br>軸になるピアニストはふたりに決めた。<br><br>それは、私をピアニストと言うトンデモナイ世界へと誘ってくれた人、そしてミケランジェリだ。<br><br>次は私をピアニストと言うトンデモナイ世界へお誘い下さったピアニストとの出逢い、要するに私とピアノの出逢いについて、その辺から書く予定です。<br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/pf4612/entry-11793518171.html</link>
<pubDate>Tue, 11 Mar 2014 17:09:47 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>ミケランジェリの孫弟子〜ピアノ日記</title>
<description>
アメンバー限定公開記事です。
</description>
<link>https://ameblo.jp/pf4612/amemberentry-11777610676.html</link>
<pubDate>Fri, 21 Feb 2014 01:20:53 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
