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<title>異議申し立て</title>
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<title>悪夢の安倍政権の始まりか</title>
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<![CDATA[ <p>　医療崩壊はどうして起こるのか。</p><p>　感染者の急増によって起こる。</p><p>　感染者はどうして急増するのか。</p><p>　軽症もしくは自覚症状のない感染者が街中にあふれるからである。</p><p>　なぜ軽症もしくは症状のない感染者が街中にあふれるのか。</p><p>　早期に検査をし、隔離しないからである。</p><p>　全く自明の理である。</p><p><b>　検査によって医療崩壊が起きるのではない。検査をしないから医療崩壊が起きるのである。</b></p><p>&nbsp;</p><p>　致死率が1.4％％と日本の2.4％（4月4日現在）の半分弱のドイツの1日当たりの検査数は約5万件と1日2000件程度の日本の25倍。また死亡率が1.7％の韓国の検査数は12000件と日本の6倍程度。ちなみにドイツも韓国も現時点で医療崩壊は起きていない。</p><p>　東京、大阪は医療崩壊寸前である。</p><p>　なぜか。</p><p>　感染症対策の先進国である韓国に倣いドライブスルーを利用するなど大量に検査をする一方、感染者を重傷者、中等傷者、軽症者、症状のない感染者に振り分けるというような対応をしなかったからである。（ちなみにドライブスルー方式はアメリカ、ドイツ、イギリスや日本の一部自治体で採用されている。）</p><p>　そればかりか、厚労省は「ドライブスルー方式では医師の診察を伴わないことが多いため我国では実施しておりません」という虚偽のツイートを行った。後に「医師の診察を伴わないことが多く」を削除している。</p><p>　またテレビ局も3月第2週位から橋下徹や、TBSのひるおびメンバー田﨑史郎、および田﨑史郎に従順な八代弁護士、恵俊彰らを中心に足並みをそろえたように検査不要論を声高に主張し始めた。</p><p>　橋下徹や田﨑史郎は安倍首相と会食を重ねるなど官邸とつうつうなため、官邸の意向をくんでのことであろう。</p><p>　<b>医療崩壊が起これば、橋下徹、田﨑史郎、八代弁護士、恵俊彰らの罪は万死に値する。</b></p><p>　では官邸はどうして検査を抑制したがるのか。</p><p>　3月24日のオリンピック・パラリンピック延期決定後に東京都の検査数が急に増加したことや、3月20日に小中高の一斉休校要請を新学期から解除する方針を決めたりしたことを鑑みれば、おそらくオリンピック・パラリンピック中止の回避が至上命令であったのであろう。</p><p><b>　アベノミクス、拉致被害者の奪回、北方領土の返還等々すべて画餅に帰した今、安倍首相にとってオリンピック・パラリンピックしか残っていない。</b></p>
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<link>https://ameblo.jp/philippearies/entry-12587317523.html</link>
<pubDate>Sun, 05 Apr 2020 13:34:00 +0900</pubDate>
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<title>検査不足こそが感染爆発をひきおこす</title>
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<![CDATA[ <p>　3月24日の毎日新聞朝刊によると、香港英字紙サウスチャイナ・モーニング・ポストは2月末に無症状の新型コロナウイルス感染者が4万3000人以上いながら、無症状なら感染させる可能性が低いとして統計に含めないという政府の独自基準に基づいて公表していなかったと報じた。</p><p>　大多数の日本人は相変わらずの中国の統計のずさんさにあきれたことだろう。</p><p>　では、<span style="font-weight:bold;">日本の統計は信用できるのか。</span>韓国と比べてみよう。</p><p>　3月25日現在の国内感染者数は1193人。2月18日から3月23日までのPCR検査数は1日平均1221件。</p><p>　一方、韓国の感染者数は9137人、1日あたりの検査数は12000件。</p><p>死亡率、即ち死者数の感染者数に対する割合をみると、日本が3.6％、韓国が1.4％。</p><p>ちなみに、中国が4.0％、ドイツ0.5％、フランス4.9％、イタリア9.9％（3月25日午後4時現在。日本経済新聞より）。</p><p>　ドイツはさておき、<span style="font-weight:bold;">医療先進国である日本の死亡率は高すぎる。</span>検査数が韓国の10分の1であることから明らかなように、<span style="font-weight:bold;">要するに検査数が少なすぎるのである</span>。</p><p>　<span style="font-weight:bold;">検査数が少ないというのは感染者を放置しているということである。</span></p><p>　中国とどちらが罪深いか。</p><p>　<span style="font-weight:bold;">この水面下の感染者はいずれ大爆発を起こすことに</span>なる。</p><p>　　<span style="font-weight:bold;">韓国の死亡率が1.4％と低いのは、韓国では医療崩壊が起きていないことを意味する。</span></p><p>　韓国では早くから感染者を重傷者から軽症者、無症状者まで優先順位をつけ、患者を感染症指定医療機関、自治体・企業の研修施設、自宅待機等に振り分けていった。大阪府は同様の振り分けを計画している。</p><p>　では、<span style="font-weight:bold;">検査数が少なければ何が起こるのか。</span></p><p>　3月25日に小池都知事が警鐘を鳴らしたように、感染爆発の可能性が生じるのである。</p><p><span style="font-weight:bold;">感染経路をたどれない事例が徐々に増加し一気に爆発する。その爆発の芽を摘み取るためには早期に徹底的に検査し状況を把握するしかない</span>。早く広く検査をしていれば突然などということは起こりえないのである。突然の爆発は状況を把握していないからこそ起こるのである。早期に徹底的に検査し感染者を隔離する、それしかない。検査によってしか突然の爆発は回避できないのである。<br>&nbsp;</p><p>　ところが、不思議なことに3月の第2週頃から突然各ワイドショーで一足並みをそろえたように、検査はすべきでないという論調が多数を占めるようになる。</p><p>特に橋下徹氏は日テレ系列、フジテレビ系列中心に医療崩壊を理由に大々的に検査不要論を唱えた。</p><p>　繰り返すが、<span style="font-weight:bold;">医療崩壊は検査で把握されない水面下の感染者が徐々徐々に増加し、それが一気に噴出した時に起こる。</span></p><p>　医療崩壊は検査していないからこそ起こるのである。</p><p>　もう遅いかもしれない。</p>
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<link>https://ameblo.jp/philippearies/entry-12584931108.html</link>
<pubDate>Thu, 26 Mar 2020 15:48:50 +0900</pubDate>
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<title>松本人志てのは単なるあほか</title>
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<![CDATA[ <p>　松本人志てのは何様や！単なるあほか。</p><p>　3月15日のワイドナショーで「（新型コロナウイルスの）感染者数を毎日のようにニュースで言うのも、もういいんじゃないかなって思います。」とのたまうたそうな。</p><p>　56歳という年齢からして『民主主義』というものを少しは習ってきたはずだ。中国を見れば誰でもわかるように、情報の透明性・公開性なくして民主主義が成り立たないことぐらいわかっているはずだと思うが。それともどなたかのご意向に沿ったものなのか。</p><p>　そもそも吉本興業は、昔は<b>裏の権力である暴力団</b><b>と</b>、現在は<b>表の権力である政権</b>と密接な関係を築くことでテレビ業界で大きな影響力を持つようになってきたことは周知の事実である。</p><p>　とすれば彼は単なるあほではなく政権のプロパガンダあるいは太鼓持ちとしての役割を果たしているのであろう。やっぱりあほや。</p><p>　時を同じくして功労省のツイートに次のようなのがあった。</p><p>　「…医師の診察を伴わない場合は、PCR検査の　陽性的中率が低下します。…新型コロナウイルスに感染している方が誤って『陰性』（『偽陰性』といいます）と判断されてしまうケースも一定程度発生し、感染を拡大させてしまう可能性があります。」</p><p>　「…ドライブスルー方式では医師の診察を伴わないことが多いためわが国では実施しておりません。」</p><p>　あほちゃうか、医師が診察すればいいだけの話である。</p><p>　ともあれ松本人志と厚生省が同じ穴の狢であおることは明らかであろう。</p><p>要するに検査をしたくないのである。感染者数が増えてはいけないのである。</p><p>&nbsp;</p><p>　それにしてもおかしな話だ。偽陰性ならどうして感染を拡大させてしまうのか。</p><p>　例えば、未検査の陽性の人が10人いるとしよう。当然この10人の人たちは普段通りの生活をしている。検査の結果、陽性の人が5人、擬陰性の人が5人出たと仮定する。5人の陽性の人は自宅なり病院なりに隔離されるはずである。とすれば残り5人の偽陰性の人が今まで通りの生活を送ることになる。</p><p>　検査以前と以後ではどちらが感染を拡大させてしまうのか。小学低学年でもわかることである。</p><p>　こんなあほな役人に任せていいのだろうか。</p><p>　ドライブスルー方式はアメリカ、イギリス、ドイツが採用している。検査数が増加すれば本当に医療崩壊が起きるのか。韓国は明らかに感染者数は減少しており、医療崩壊が起きたとは思えない。</p>
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<link>https://ameblo.jp/philippearies/entry-12582592941.html</link>
<pubDate>Mon, 16 Mar 2020 17:30:27 +0900</pubDate>
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<title>逮捕しない警察も警察だがどうしようもないのはマスコミのあほな連中だ！</title>
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<![CDATA[ <p><span style="font-style:italic;">退院にもかかわらず逮捕しない警察も警察だがどうしようもないのはマスコミのあほな連中だ！</span></p><p>&nbsp;</p><p>　4月19日池袋で母子がはね殺され10人が重軽傷を負った重大事故で、車を運転していた旧通産省工業技術院院長の飯塚幸三容疑者(87)は退院したにもかかわらず逮捕されなかった。毎日新聞によると彼は事故前に足を痛め通院していたという。また近所の人によると1年ほど前から<b>右足</b>を引きずり杖をついて歩いていたらしい。さらに事故前に医師から運転をひかえるようにいわれていたとの報道もある。</p><p>　警視庁によれば車のブレーキ等に問題はなかったとのことだが、飯塚容疑者はブレーキがきかなかったとあくまでも運転ミスを否定しているという。事故の原因は車にあるといわんばかりである。</p><p>　<span style="font-weight:bold;">極めて悪質である。</span></p><p>　とすればこれは単なる事故というよりむしろ危険運転致死傷罪、あるいは未必の故意による殺人に近いものといえるのではないか。4月21日の神戸バス暴走事故（２人死亡、６人重軽傷）、５月８日の大津市暴走事故（園児２人死亡、14人重軽傷）と同列に論じることはできない。</p><p>　ではなぜ逮捕されないのか。</p><p>　テレビ報道によると証拠隠滅の恐れ・逃亡の恐れがない限り逮捕されないとのことである。</p><p>では神戸市営バス運転手（64）は車両、ドライブレコーダーともに押収されているのにどうして逮捕されたのか。逃亡の恐れがあったのか。大津市の事故も同様である。</p><p>　報道を生業とするならば、証拠隠滅の恐れが本当にあったのか、逃亡の恐れが本当にあったのか等検証すべきではないのか。</p><p>　逮捕されようがされまいが飯塚幸三は明らかに容疑者である。にもかかわらず当初「さん」付けで呼ぶあほな記者がいたが、今はテレビ、新聞ともに「<span style="font-weight:bold;">元院長</span>」と<b>曖昧極まりない逃げの表現</b>に終始している。新聞社・テレビ局は警察とは関係なく自らの基準でもって、逮捕いかんにかかわらず「容疑者」か否かを判定すべきである。それがジャーナリスト魂というものである。</p>
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<link>https://ameblo.jp/philippearies/entry-12462627426.html</link>
<pubDate>Mon, 20 May 2019 14:33:21 +0900</pubDate>
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<title>自己責任とは何か</title>
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<![CDATA[ <p>　自己責任とは『自分の判断がもたらした結果に対して自らが負う責任』と広辞苑にある。</p><p>　政府が退避勧告を出している危険地域に自らの判断で出かけたのだからその結果に対して責任を負うというのは当たり前のことである。</p><p>　しかし、自己責任論者のいう自己責任の意味がよくわからない。要するに安田純平氏を救助すべきではないということか。</p><p>　例えば、制限時速80㎞の高速道路を時速100㎞で走り重大事故を起こしたとする。この事</p><p>故は明らかに交通違反を犯すという『自己の判断がもたらした結果』である。では救急隊は</p><p>巻き込まれた人は助けても事故を起こした人は助けなくていいのか。そのような救急隊員は世界のどこをさがしてもいないであろう（注；退避勧告は強制ではないが速度違反は道交法</p><p>違反である）。</p><p>　自己責任と救助とは全く次元の異なる事柄である。同列に論じることはできない。</p><p>　海外の邦人の保護は政府の責務である。これは世界の常識である。</p><p>&nbsp;</p><p>　あるいは自己責任論者は、安田純平氏がかつて自己責任について政府を批判したこと</p><p>に立腹しているのであろうか<a name="_Hlk528525725">。</a></p><p>　これならわからなくもない。</p><p>　なぜなら、都議選の応援演説で「安倍帰れ」コールに対し、安倍首相が発した言葉、　</p><p>　　　　　　　「こんな人たちに負けるわけにはいかない」</p><p>自分に反対する人たちを『こんな人たち』と称して敵視する、言い換えれば非国民とみなし</p><p>ているのは明らかである。</p><p>　自己責任論者は、首相と同様の観点から、安倍首相の応援団として、安田純平氏を首相</p><p>の敵とみなして非難しているのであろうか。それなら理解できなくもない。</p><p>　しかし全くばかげたことだ。</p><p>　それにしても前述の首相の発言は、首相としての資質を欠いた発言としかいいようがない。自分に賛成しようが反対しようが首相たる者等しく国民を保護する責務がある。それがトップというものである。　</p><p><br>　ところで、広辞苑には、責任とは『人が引き受けてなすべき任務』とある。</p><p>　安田純平氏の『任務』とは何か。</p><p>　シリアの人々の現状、及び自らの体験を世界に発信することである。これこそが安田純</p><p>平氏のジャーナリストとしての『自己責任』である。</p><p>&nbsp;</p><p>　世の中には批判精神・反骨精神のかけらもなく、首相の会食に招待されたとたん政府の</p><p>代弁者に成り下がるジャーナリストのなんと多いことか。</p><p>　チコちゃんに叱られるぞ！</p>
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<link>https://ameblo.jp/philippearies/entry-12415224757.html</link>
<pubDate>Mon, 29 Oct 2018 11:01:24 +0900</pubDate>
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<title>安倍政権下で何が起きているのか</title>
<description>
<![CDATA[ <p><span style="font-weight:bold;">　</span></p><p><span style="font-weight:bold;">　　この文章は4月に掲載したものですが、知らない間に削除されていました。</span></p><p>　　そこで再度掲載します。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>　思わず発した言葉によってその人の本性、資質が図らずも露呈するという瞬間がある。</p><p>昨年の都議選の応援演説で「安倍帰れ」コールに対し、安倍首相が発した言葉。　</p><p>　　　　　　　「こんな人たちに負けるわけにはいかない」</p><p>　賛同する人たちであれ反対する人たちであれ等しく尊重されなければならないのは憲法の条文の示す通りである。首相としての資質に疑問符の付く発言といわざるを得ない。反対する者を徹底的に排除するという安倍政権の体質は、この発言にみられるように、実は安倍首相その人の性格、本性に起因するのかもしれない。</p><p>　具体的にみていこう。</p><p>①&nbsp;&nbsp;&nbsp; 沖縄の新聞に対する攻撃（2015年6月）</p><p>安倍首相の若手太鼓持ち議員らが開いた勉強会で作家の百田尚樹氏は「沖縄の二つの新聞は</p><p>つぶさないといけない」発言。</p><p>②&nbsp;&nbsp;&nbsp; 高市早苗前総務相による電波停止発言(2016年2月)</p><p>放送局が政治的公平性を欠く放送を繰り返した場合、電波停止を命ずると発言。</p><p>政治的公平性をだれが判断するというのか、政府か、放送倫理・番組向上機構（BPO）か。</p><p>③&nbsp;&nbsp;&nbsp; 　前川喜平前事務次官に対する執拗な嫌がらせ（2018年3月）</p><p>前川氏が講演した名古屋市の公立中学の授業内容に対する文科省の調査において、自民党の文科部会長の赤池誠章参院議員、部会長代理の池田佳隆衆院議員らが過剰な介入を行った。前川氏が加計学園問題で「行政がゆがめられた」と発言していることに対する太鼓持ち議員のみえすいた圧力・嫌がらせ、あるいはみせしめであろう。</p><p>　面白いことに、TBSの『ひるおび』で安倍首相のプロパガンダ的存在の田﨑史郎氏が前川喜平氏を「あんなひと」と表現し、毎日新聞論説委員の福本氏にたしなめられるという一幕があったが・・・。</p><p>&nbsp;</p><p>　　上記の人たちは言論の自由の全くない超監視社会である中国のような国を目指しているのであろうか。また、太鼓持ち特有の嗅覚から首相の意向を感知し、それに沿うような言動であれば何をやっても咎められることはないであろうとたかをくくっているのか。</p><p>　　いずれ安倍政権は終焉を迎える。そのとき連中は宗旨替えをするのであろうか。楽しみである。</p><p>&nbsp;</p><p>④&nbsp;&nbsp;&nbsp; 　森友・加計問題</p><p>この問題の本質は、資本主義経済の根幹である自由な競争が官邸によって阻害された可能性があるという点にある。</p><p>　森友の場合は大阪音大が、加計の場合は京都産大が、前者は7億円提示したにも関わらず、また後者は「広域性」という突然のルール変更によって振り落とされたといわれている。森友学園は当時昭恵首相夫人が名誉校長を務め、加計学園は加計理事長が首相の腹心の友という間柄であり、まるで中国共産党独裁政権下の企業の在り方そのものである。</p><p>　ともあれ自由主義社会の根幹に関わる問題であり、与党議員や政権の太鼓持ち連中のいうような優先順位の低い問題では決してないのである。</p><p>⑤&nbsp;&nbsp;&nbsp; 　朝日新聞に対する偏執狂的な攻撃</p><p>　2月21付の毎日新聞によると1月末からの国会答弁で、森友学園問題に絡んで、首相は朝日新聞批判を、質問した野党議員が尋ねてもいないのに５回にわたって展開したという。首相が公の場で特定の報道機関のバッシングを続けるのは異例だのことだとしている。森友学園が設置予定の学校名を「安倍晋三記念小学校」とした昨年5月の朝日新聞の記事を取り上げ、実際は「開成小学校」だったとして「間違い」「裏取りがない」として非難した。朝日新聞の報道当時財務省が設置趣意書の校名部分を黒塗りにしており、籠池氏が寄付を求める書類などに「安倍晋三記念小学校」の名を使っていたというのが事実である。</p><p>&nbsp;</p><p>　敵、味方を峻別し、味方には便宜を図り、敵は徹底的に排除しようとする。首相のこのような</p><p>性向が下村博文元文部科学相をして「日本のメディアは日本国家を潰すために存在しているのか」と言わしめた考えるのが妥当であろう。まるでルイ14世の「朕は国家なり」といわんばかりである。</p><p>　自民党議員の度重なる暴言も首相自らの性向が招いた結果だと知るべきである。ストイックで己に厳しいトップの下では決して起こりえないのだから。</p>
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<link>https://ameblo.jp/philippearies/entry-12406576649.html</link>
<pubDate>Fri, 21 Sep 2018 18:32:19 +0900</pubDate>
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<title>選手たちは本当に無垢な存在なのだろうか</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><p>　山根明、日本ボクシング連盟会長。面白い人が現れたものだ！</p><p>「歴史に生まれた歴史の男」「男の花道」「世界のカリスマ山根明」「男としてのけじめ」</p><p>等々、漫画あるいは1960年代の任侠映画の影響！？不祥事の続くスポーツ界にあって強面、極道面、悪人面としては他を圧する。第２位は日大の田中理事長、第3位は至学館の谷岡学長というところか。</p><p>　紀州のドンファンが空振りに終わった今、テレビ局の恰好の餌食となったような観を呈している。</p><p>　さて、スポーツ界の不祥事が起こるたびに「選手に罪はない」「選手ファースト」とのたまうコメンテータたちのなんと多いことか。</p><p>　ほんとにそうだろうか。選手たちに罪はないのだろうか。</p><p>　日大の歴史を簡単に振り返ってみよう。</p><p>　50年前、日大予算の1割以上に相当する数十億円の使途不明金に端を発にした日大闘争。古田会頭による独裁体制打倒・大学の民主化を求めて立ち上がった全共闘学生に対して木刀、棍棒、さらには日本刀まで持ち出して襲いかかった体育会系の学生たち。使途不明金の一部は体育会系に流れていたといわれている。</p><p>「日大では教員の地位も低く、古田会頭のもと、古田の人脈で独占された理事会が、大学運営のほとんどを行っていた。教授会には、自治権も人事権もなかった」（小熊英二『1968』）まるで今の田中理事長による独裁体制と見紛うばかりである。</p><p>　では体育会系の選手たち、学生たちは50年前とは変わったのであろうか。</p><p>　日大アメフト選手による悪質タックルで、関東学生アメリカンフットボール連盟は今季の公式試合出場停止処分を解除しないことを決定した。その際検証委は「学生たちが事態と責任の重大性の認識に至っているかどうか見えてきていない」と指摘している（毎日新聞8月1日）。</p><p>50年前のような理事会の親衛隊のようなことはないであろうが、選手たちは民主主義というものが本当にわかっているのであろうか。</p><p>　理事会の悪質性、前近代的な体質は言を俟たないが、選手たちも旧い体質に染まっていないか、顧みることが必要であろう。</p>
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<link>https://ameblo.jp/philippearies/entry-12397188792.html</link>
<pubDate>Sat, 11 Aug 2018 17:57:16 +0900</pubDate>
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<title>加計理事長は火事場泥棒か！</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><p>　岡山県の加計学園本部で行われた6月19日の加計理事長の記者会見は、冒頭の被災者への取ってつけたようなお悔やみ、お見舞いの言葉はさておき、その会見の設定のありようが示すように大阪北部を中心とした震度6弱の地震（死者5人）を<b>利用</b>した<b>倫理観のかけらも感じられない火事場泥棒ともいうべき所業</b>であった。</p><p>　6月20日付の毎日新聞によると、学園は当日の午前9時ごろ「午前11時から会見を開く」と地元岡山の記者クラブに対してのみファックスで突然通知した。しかも会見を開くことは当日朝に決定したという。</p><p>　これでは①加計問題に精通し深く追求してきた在京のメディアはまず間に合わない。②また在阪のメディアは地震の取材等でてんやわんやの状態。③かろうじて県外から駆け付けた記者やカメラマンに対しては会見の案内状を出していないとしてシャットアウト。④当日はサッカー・ワールドカップロシア大会の日本代表戦もあり<b>隠れ蓑</b>になると考えたのであろう。</p><p>　これら記者会見の設定はすべて理事長の判断であったいう。　加計氏は教育者ならぬ政治家である。</p><p>　なるほど傘下の千葉科学大学（開学10周年記念式典に安倍首相が講演）に危機管理学部を擁する加計理事長の<b>火に油を注ぐ素晴らしい危機管理</b>である。いやはや…</p><p>　今年度本格的な実施となった<b>道徳教育</b>は、彼らにこそなされなければならない。</p><p>　ともあれ加計理事長による記者会見設定の細かな指示などを見ると、独裁的なトップの下で、事務局長が安倍首相と加計理事長との面会を勝手にでっち上げ、しかも愛媛県に虚偽報告をしたとは到底考えられない。</p><p>&nbsp;</p><p>　そういえば責任のすべてを部下に押し付けるという似たような危機管理は少し前にもあったような。教育者とは程遠い理事長のなんと多いことか！</p>
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<link>https://ameblo.jp/philippearies/entry-12385619131.html</link>
<pubDate>Fri, 22 Jun 2018 20:14:51 +0900</pubDate>
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<title>拉致問題の進展で安倍政権は危機を迎える！？</title>
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<![CDATA[ <p>　安倍首相は、拉致問題について<a name="_Hlk516843699">「安倍内閣の最重要課題であり、拉致された<b>すべて</b>の国民を日本に取り戻し、家族と会わせる。自分の責任でしっかり解決する」</a>と強調した。（6月14日付毎日新聞）。</p><p>　拉致問題の解決とは何か。何をもって解決というのか。</p><p>　安倍首相の言う「拉致された<b>すべて</b>の国民」とは、政府認定の17名の内の５名の帰国者を除く12名のことか。その「すべて」に2014年に警察庁が拉致の可能性が排除できない行方不明者と認定した883名は含まれるのか。あるいは883名はあくまでも可能性に過ぎないとして除外されるのか。</p><p>　2002年の、5名帰国、8名死亡、4名入境せずのような北朝鮮による回答では再び国民は納得しまい。では何人なら国民は納得するのか。</p><p>　いずれにしろ拉致被害者家族の人たちや国民の期待が膨れ上がっている今、安倍政権は重大な局面を迎えることになろう。「すべて」の人を取り戻すことなど所詮不可能なのだから。</p><p>　なぜなら、価値判断はさておき、政治学の要諦は『ベスト』ではなく『ベター』にこそあるのだから。民主党政権失敗の最大の要因はベストを目指したことにある。ベストはワーストに終わる。これは政治学の「いろは」である。但し国民にとってはベターはワーストとなる。</p><p>　例えば、北方領土問題。1956年ソ連側は歯舞群島、色丹島の返還に言及したが、日本側は四島返還（これには米国の圧力があったといわれている）での継続協議を要求。また2001年森首相はプーチン大統領とのイルクーツク会談で歯舞、色丹の二島先行返還を提案したが、それでは国後、択捉を諦めることになるという世論が巻き起こり暗礁に乗り上げた。今や国後、択捉はいうに及ばず色丹島において魚の加工工場が建設されるなど着々と既成事実化が進んでおり、二島返還すら危うい状況にある。</p><p>　また京都大学大学院教授の中西寛氏は、6月14日付の毎日新聞『米朝首脳会談　識者座談会』において「日米がこれまで北朝鮮に求めてきた<b>CVID</b>（完全かつ検証可能で不可逆的な非核化）<b>は戦争をしなければほぼ実現しない目標だ</b>。今回の会談を通じて、その目標を変更せざるを得なすいという現実を突きつけられたという意味では、必ずしも悪くない」と述べている。CVIDというベストの追求は戦争というワーストに終わるという可能性を指摘している。</p><p>　1960年後半のの学生運動も理想、ベストを目指したが故に、連合赤軍というワーストを招いてしまったといえよう。</p><p>　</p><p>　為政者にとってのベター、即ち拉致被害者数名の帰国は国民にとってはワーストに近い。</p><p><b>政権にとってダメージの最も少ない方法</b>は被害者<b>全員</b>帰国という<b>ベストを目標</b>とすることである。この場合交渉決裂、結果帰国者ゼロとなり一見ワーストのように思えるが、現状維持ができる上に北朝鮮に責任を押し付けられるという観点から国民が納得する可能性は最も高い。</p><p>　要するに「拉致された<b>すべて</b>の国民を日本に取り戻し…」という高い目標を掲げ、声高に唱え、その実何もしない、即ち結果を出さないことである。</p><p>　いやはやなんとも。</p>
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<link>https://ameblo.jp/philippearies/entry-12384388861.html</link>
<pubDate>Sun, 17 Jun 2018 17:29:23 +0900</pubDate>
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<title>『号泣』しか知らんのか！</title>
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<![CDATA[ <p>　「泣く」という行いに対して、その状態あるいは原因によっていろんな表現のしかたがある。ところがキャスター、コメンテーター、芸人等テレビ業界の大部分の連中は『号泣』しか知らないようだ。</p><p><span style="font-weight:bold;">　涙する、涙ぐむ、咽び泣く、すすり上げる、すすり泣く、泣きじゃくる，忍び泣く、袖を絞る</span></p><p>(少し古い表現だが）、<span style="font-weight:bold;">もらい泣き、男泣き、うれし泣き、悔し泣き、空泣き、</span>――これらを区別することなくすべて『号泣』と称する！</p><p>　そもそも『<span style="font-weight:bold;">号</span>』の訓読は「<span style="font-weight:bold;">さけぶ</span>」である。したがって<span style="font-weight:bold;">『号泣』</span>とは<span style="font-weight:bold;">「大声で泣き叫ぶこと」</span>である。この程度のこと知らないと、チコちゃんに「ボーっと生きてんじゃねーよ！」と叱られるぞ。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp; 参考のためよく使われる熟語とその意味をあげておく。意味は広辞苑から引用。</p><p>&nbsp; &nbsp;<span style="font-weight:bold;">慟哭</span>（どうこく）　＝大声をあげてなげき泣くこと（慟は嘆く、哭は泣くの意）</p><p>&nbsp; <span style="font-weight:bold;">感泣</span>（かんきゅう）＝深く感じて泣くこと（感激して泣くこと）</p><p>&nbsp; <span style="font-weight:bold;">嗚咽</span>（おえつ）　　＝むせび泣くこと（嗚は、あ、という声を表す。咽はむせぶの意）</p><p>&nbsp; <span style="font-weight:bold;">歔欷</span>（きょき）　　＝すすり泣き、むせび泣き（歔も欷もすする、すすり泣くの意）</p><p>&nbsp; <span style="font-weight:bold;">涕泣</span>（ていきゅう）＝なみだを流して泣くこと（涕はなみだの意）</p><p>&nbsp; テレビに出る連中は影響力があることをわきまえ、少しぐらいは勉強したらどうだ、少なくと</p><p>も言葉で勝負するのなら！</p>
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<link>https://ameblo.jp/philippearies/entry-12381247786.html</link>
<pubDate>Mon, 04 Jun 2018 15:30:58 +0900</pubDate>
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