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<title>Celestial Anthology ~Kengo~</title>
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<description>帝国大学 健吾学部  二回生が提供する、初心者のための健吾学入門</description>
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<title>言葉で人を救う事はあると思うⅡ</title>
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<![CDATA[ この記事は　「言葉で人を救う事はあると思う」　の続きです。未読の方は下記のリンクからどうぞ。<br><a href="http://ameblo.jp/philokengophy/entry-11280426383.html" target="_blank">言葉で人を救う事はあると思う1</a><br><br>以前から取り上げている、「言葉で人を…」全文と、ブリンストン大学ムスカ・バルシィ教授の意訳を載せたので、まずはご覧下さい。<br><br>言葉で人を救う事はあると思う。言葉で人を救う事はあると思う。だが、救いのある言葉はそこに人の内面が映るからであって、偉人の言葉を使って満足する人には言葉の重みや存在感を伝える術はないだろう。しかし、言葉は人と人が共通の認識があって成り立っている。だから難しい。 <br><br>「（あるサブカルチャーに感銘を受け）俺は“言葉で人を救える人徳ある人間”になりたい思った。悩める女の子を俺が救って、仲良くなって…リア充 になりたい。しかし、現実は厳しく、特に、同年代の女子とは会話が続かない…人類には、言語というコミュニケーションの道具があるのに…いや、言語があるから「コミュニケーション」が難しいんだ。他の生物は言語がなくても、交尾して繁殖しているではないか。」<br><br>　もしかしたら、この意訳は飛躍しすぎではないか、と思われた方も少なくないのではないでしょうか？ しかし、彼の説に説得力があるのは、健吾さんの膨大な発言や著作から、健吾さんの性格や思考回路などを解き明かし信憑性を高めたところにあります。次回以降、彼が論文で取り上げた、健吾さんの言葉をごくごく一部を紹介して、健吾さんの人となりを追求していきましょう！ <br><br>参考文献：<span lang="la">Muska Balusy</span> "Between Inclinations and Remarks of Kengo"<br>                ムスカ・バルシィ「健吾の精神分析と性格判断による手記の解釈」（清水文庫）<br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/philokengophy/entry-11460372566.html</link>
<pubDate>Tue, 31 Jan 2012 00:52:16 +0900</pubDate>
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<title>言葉で人を救う事はあると思う</title>
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<![CDATA[ こんにちは♪ <br>予告した通り今回は、健吾さんの名言について触れて行きたいと思います。今回は初めなので、真面目な名言を取り上げました。 <br>　　　　　　 <br>『言葉で人を救う事はあると思う。』 <br><br>健吾さんは、ある手記で初めにそう述べた。彼が哲学的な話を始める時は、何らかのストーリーのキャラクターに心情移入している可能性が高い。つまり、何かのストーリーの主人公が言葉で誰かを救ったのであろう。ですので、気を抜いて、リラックスして読み進めましょう。<br><br>『だが、救いのある言葉はそこに人の内面が映るからであって、偉人の言葉を使って満足する人には言葉の重みや存在感を伝える術はないだろう。』 <br><br>ごちゃごちゃしていて、わかりにくい文と感じるかもしれない。しかしながら、健吾さんにして難しくない文書である。彼の本意は「言葉で人を救える人間は、良く“できた”ヒトである、俺はそんな人間になりたい。そして、（悩める女の子を俺が救って仲良くなって…）リア充になりたい！」ということだ。また、この文章の後半では、全国の卒業式の校長をディス（軽蔑し侮辱する）っている。 <br><br>そして、『しかし、言葉は人と人が共通の認識があって成り立っている。だから難しい。』と、最後に健吾さんは結んでいる。 <br><br>　三行目の難解な理由は、「何が」難しいのか明確にされていないことにあります。しかしながら、その前の『言葉は人と人が共通の認識があって成り立っている』とは、ごく当たり前のことなのです。 <br>　　　「机」とは、なにか？ー「足が3、4本の台」 <br>っといったように、「机」という言葉に、我々の間で共通の認識があります。ですので、我々は言葉でコミュニケーションをとることができますね。 <br>それで…そのことの「何が」難しいのでしょうか？ <br><br>　多くの健吾さん専門家はその疑問に悩み、 <br>「ま　さ　か、三行目は、特に意味はないのではないか！」 <br>「“当たり前のことを難しいと言う俺、格好いいぜ！”と、インテリジェンスな自分に酔っているのではないか」と言う声も少なくありませんでした。 <br><br>　一、二行目と三行目の繋がりが見えにくく、しかも三行目は意味不明。この難題に、アメリカのクレイ健吾研究所が、2010の2月に説得力のある解釈 に100万ドルの懸賞金をかけるにいたりました。現在、最も権威のある解釈は、ブリンストン大学ムスカ・バルシィさんによるものです。次回は、そのバスシィ教授の論文をもとに考察していきたいと思います。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/philokengophy/entry-11280426383.html</link>
<pubDate>Wed, 18 Jan 2012 05:53:10 +0900</pubDate>
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<title>皆さんよろしくお願いします。</title>
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<![CDATA[ 皆さんこんにちは♪ <br>私は帝国大學健吾学科の一回生です。<br>今回、健吾さんについてより身近に知って頂くために、ブログを開設しました。<br>特に健吾学初心者の方のために、できるだけわかりやすく解説していきたいと思います。<br><br>しかしながら、ここに書く事はgoogle等の検索サイトですぐに出てくることばかりになると思います。（なんと言っても世界の健吾さんですからね）それでも、できるだけ新鮮みのある記事にするべく、試行錯誤して頑張っていくのでよろしくお願いします。 <br><br>次からは、健吾さんの名言等について触れていきたいと思っています。何か、ご意見等がありましたら言ってくださいね。最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
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<link>https://ameblo.jp/philokengophy/entry-11280414284.html</link>
<pubDate>Sun, 01 Jan 2012 04:13:00 +0900</pubDate>
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