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<title>oneself</title>
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<description>自分が自分を確認する記。見栄を張らずに書いてます(･x･♪)</description>
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<title>2ヶ月</title>
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<![CDATA[ 5～6年付き合っていた彼女に別れを切り出されて2ヶ月。<br><br>一緒に住んでいた家を出て行って1ヶ月･･･<br><br>自分は、いまだに立ち直れないでいる。<br><br><br>傍に居たくて、望んだ事を叶えてあげたくて、一緒に居たはずなのに･･･<br><br>自分の行動がちぐはぐ過ぎて、いつの間にか気持ちが伝わらなくなってたんだ。<br><br>伝わっていないことを、気付けないでいたんだ。<br><br>やり直すチャンスは･･･貰えなかった。<br><br><br>変わりたいというあなたの望みを叶えるために、怒ったり、説教したりしてね。<br><br>本当はしたくなかったんだよ。悲しむ顔や悩んだ顔なんてみたくないもの。<br><br><br>自分の仕事が夜遅いせいで、独りにしてしまう時間が長いから、時間を潰す道具を充実させていたんだ。<br><br>でも、その道具に夢中になってるあなたが居て。自分は道具に嫉妬していた。<br><br>道具の先に居る顔も知らないあなたのネットの友達に、苛立っていた。<br><br><br><br>あなたは、自分の居場所を頑張って作ってくれていたね。<br>一人前になったら結婚しようって言ってた事を出来るようになってたね。<br><br>自分は、あなたが欲した環境の1/10でも作れたのかな。<br><br>作れなかったんだよね･･･すいません。<br><br>仕事もダーツも上手く行かなくて、散々愚痴ってしまったね。<br>凄く助けられた。支えてくれてありがとう。<br><br>そんな弱い自分を見て、辟易していたんだろうね。<br>おかしくないよ。1人だったら、もうこの世に居なかったと思う。<br>そんな状態の自分を支えるのは大変だったと思う。<br><br><br>あなたが自分以外を好きになった時、悲しくて苦しくてしょうがなかった。<br>行って欲しくなかった。手放したくなかった。<br>けど、自分なんかよりも幸せになれるのかもしれないと、ちょっとでも考えてしまったんだ。<br>だって、自分の事を知ってるあなたが選んだんだから･･･<br>少なからず比較したでしょ？しないわけないよね。<br><br><br>皆の前で、年の始めからこっぱずかしい事言って、結果こんな事にしてしまって、本当にごめん。<br>居づらい時あったら、笑ってコケにしていいんだからね。<br><br><br>自分ばっかり幸せで、あなたを幸せに出来なくてごめんなさい。<br><br>やり直す気がないあなたが出て行くとき、もう終わりだってわかってたよ。<br>こういう態度取られるってことも、薄々気付いてたよ。<br><br>この先はわからないって言ってたけど、別れるためにかけた言葉だって、馬鹿な自分でもわかってたよ。<br><br>それほどに嫌がられてたってのは、ショックだったけどね。<br><br><br><br>酒を飲んで勢いをつけても、死ぬのは怖いんだ。<br>強い人格のヒロポンは、ダーツの時以外は出てきてくれないんだ。<br>本当に出てきて欲しい時には出てこないんだ。<br>ヒロポンも本当は臆病だったのかもね。<br><br>あなたと過ごした５年間はとても幸せでした。<br>出来ることなら５０になっても６０になっても一緒に居たかったです。
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<link>https://ameblo.jp/phiropon-dart/entry-10908710252.html</link>
<pubDate>Tue, 31 May 2011 09:19:42 +0900</pubDate>
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<title>3つ目の街</title>
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<![CDATA[ 自分にとっては2度目の引越し。<br><br>母方の実家が近くにある"日本のふるさと"と形容されるような場所であった。<br><br>その田舎にも、新興住宅地化を目指す開発が始まっており、庭付き一戸建てが盛んな土地だった。<br><br>私の家もその1つを購入したものであった。<br><br>私にも継続して1部屋が与えられた。<br><br>6畳+押入れのある広い畳の部屋だった。<br>本当はフローリングの部屋が欲しかったのだが、姉に取られたのである。<br><br><br>私は、引っ越した先に、謎の閉塞感を感じていた。<br><br>何かがつまらない。<br><br>友達が居ないから？<br><br>お店がないから？<br><br>学校が遠いから？<br><br>謎の息苦しさ。<br><br>そんな中でも強制的にやらされる地区対抗のソフトボールなどにも転校してすぐ参加させられた。<br>そこで、逆らってはいけない人に逆らったようで、3つ上の先輩からイジメられるようになった。<br>私の体には家で作ったアザよりも目立つアザを作っていた。<br>練習で失敗をしては、ケツバットという罰ゲーム。<br>私の事が気に入らなかったようで、悪意のあるスイング。<br>さすがに金属バットや木製バットではやられなかったが･･･<br>私の体には家で作るアザとは違う場所にアザが出来ていた。<br><br>ある時、イジメていた先輩と話の合いをしようとしたのだが殴り合いの喧嘩になった。<br>お互いに殴りあった･･･となれば格好も着くのだが、喧嘩の仕方も知らない私が一方的に殴られた。<br>その一件の後、違う先輩が仲裁する事により、一方的なイジメもなくなった。<br>違う先輩は、男子にも女子にも人気があり、運動神経が抜群な先輩だった。<br>いわゆる学校の人気者である。<br><br>私は運が良かったのだろうか？イジメの得意な先輩からイジメられてる子は他にも居たのに、自分だけは対象外にされた形となった。私は、他の子を助けようとしなかった。<br><br><br>4年生からは当時流行っていたミニバスケットボールクラブに入った。<br>ミニバスに入るのに･･･何度も親と喧嘩し、殴られたのは内緒だ。<br>子供が好きな事をやるのに、たった2000円の月謝が勿体無いようだ。<br>他にも道具代などがかかるのだから、2000円では済まないわけだが･･･<br>この時から"金食い虫"と父親から呼ばれる。<br>一番安いバッシュにクラブのジャージ以外は買っていなかったのに･･･<br>バッシュに穴が空いても、滑ってばかりになっても怖くて買って欲しいなんて言えなかった。<br>ワタシ、ソンナニゼイタクシテマスカ？<br><br>残念な事に、私には運動神経というものはほとんど無かった。<br>それどころか、人よりも心肺が弱いことや、筋肉が付き辛い体であることが発覚した･･･<br><br>親からは運動は辞めなさいと言われた。<br>死ぬような事じゃないのに、人より肉体的に劣っているから。<br>人に負ける事は始めからすべきじゃないと。<br>そう言われたかどうかは覚えていないが、私はそう受け取っていた。<br>けど、私は辞めなかった。<br>監督・コーチには親から体の事は伝わっていたようだ。<br><br>練習がきつかったら休んでいいと。"特別扱い"された。<br>運動神経が無いうえ、努力することで肉体的に強くなることもない。<br>練習を休んで良いなんて、将来性がない人にしか言わないよね･･･私は知ってたよ。<br>段々と、尊敬していたコーチを手伝うようになり、女子の相手や後輩に教える立場になっていった。<br>どう見ても現役じゃない感じ。<br>女子にも2学年下の子にも走り負ける脚力、3分程でプレイに支障をきたす体力。<br><br>卑屈にならないわけがない、自分を呪わないわけがない･･･<br><br>○○(本名)コーチなんて有難くないあだなを付けられながらも6年生の最後までやった。<br>なぜか自分より上手い子が居るのにベンチにずっと居た。<br>スコアが書けるとか、大声が出るからって理由だろうが。<br>大勢が決まった試合には出して貰っていた。<br>コーチには冷静に試合を進められるからとか励まされたけど、可哀想な子って思われてるんじゃないかって思ってた。<br>"ある日、体が丈夫になる"かもしれないってあり得ない希望を持ってた自分が居た。<br><br>6年生最後の試合、県大会の途中で負けて数日経った後にコーチと監督に自分だけ呼ばれた事があった。<br>3年間良く続けてくれたっていうのと、女子や下の子の練習に付き合ってくれてありがとう。<br>そして、中学校に入っても続けて欲しいと。<br><br>子供の自分からしても、なぜ？しか出てこないよね。<br><br>中学校に入ったらバスケは辞める気だった。<br>バスケだけじゃなくて、運動部は無理ということ。<br>親も望んでいたし、自分もわかっていたから。<br><br>コーチと監督の説明としては、<br>同級生も含め2つ上までの卒業生を見てもバスケットを一番理解してる。<br>周りに協力することを惜しまない性格だから。と･･･<br><br>中学校では、ルールもわからない先生が顧問だった。<br>それを嘆いた卒業生がコーチや監督を度々尋ねてきていた。<br>ミニバスの卒業生にも気に入られていたし、自分なら適任じゃないかってことだった。<br><br>誰も･･･自分の気持ちはわかってないって思った。<br><br>周りに協力することを惜しまない？違う･･･<br>まともにプレーできない自分の居場所を作ろうとしていただけ。<br><br>同じ事を出来ないのがどれだけ苦しいことなのか。<br>同級生には体の事は伝えてない。<br>サボってると糾弾されることが走れない事以上に辛い。<br>バスケが好きってのもあったけど、それ以上にチームが好きだっただけだってこと。<br><br>引き際にさせて欲しかった。<br>同級生達と全員中学校にあがってもバスケ部に入ることを申し合わせていた。<br>抜けるのは･･･自分だけのつもりだった。<br>文化部に入って、仲間にはその後に理由を話そうと思ってた。<br><br>だから、コーチと監督には、その事を伝えて断った。
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<link>https://ameblo.jp/phiropon-dart/entry-10907985907.html</link>
<pubDate>Mon, 30 May 2011 16:51:48 +0900</pubDate>
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<title>２つ目の街</title>
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<![CDATA[ 引っ越した先は１階建ての平屋だった。<br><br>とある政令指定都市のあまり栄えていない区であった。<br>バスに30分ほど乗ると、繁華街に出れるため、住居はかなり密集していた。<br>以前住んでいた街よりも、人があわただしく生活する街だった。<br><br>３畳程ではあるが、生まれて始めて自分の部屋を与えられた。<br>中古ではあったが、始めて机を与えられた。<br>とても嬉しかった。<br><br>通う学校は異常に近かった。<br>不動産屋であれば、徒歩1分とか0分とか書かれるだろう。<br>チャイムが鳴ってからでも、本気で走れば間に合う距離だった。<br><br>夏休みに入ってから引っ越した事で、遊ぶ友達は居なかった。<br>再び一緒に住むことになった姉は中学生になり、１年も会話をしていなかったせいか、家に２人で居る時には、お互いに疎ましく感じるようになっていた。<br><br>夏休みなのに僕は毎日学校に居た。<br>友達が欲しかったのだろうか？<br>よく覚えていないが、幸い同じ学年の人達と出会い、友達になった。<br><br>学校が始まり、違うクラスであったが夏休み中に仲良くなった友達と行動をともにしていた。<br><br>突然の引越しがあってから、自分は反抗期になり。<br>親とも極力会話をしなくなった。<br>両親ともに土日も関係なく仕事だったため、平日も休日もお金を渡され、買って食べる生活が多かった。<br><br>自分は食事を抜き、遊ぶ金にするようになっていた。<br>遊ぶ事を覚え、足りなくなると家の金を取るようになった。<br>家のお金が動く日を覚え、わからないように抜いていた。<br>ちょっとばかり賢い、馬鹿な子供だった。<br><br>よく遊んでいた場所のお店から通報があり、食事を抜いて遊んでたこと、家の金を抜いてたことがバレタ。<br>自分に非があるのを知っていたが、当たり前だが、殴られた。<br>けどね、普段から殴られてたのだから怒りと悲しみしか沸いてこないんだよ。<br>反省？表面上はしてたよ。<br><br>殴られても、何も生まれない。<br>非が無い時でも殴られてたらそうなるよ。たぶん自分だけじゃない。<br>そういう環境で育った人ならわかると思う。<br><br>そんな問題も起こした街を、4ヶ月程で去る事となった。<br><br>また引越しだ･･･<br><br>今度は誰が悪かったのだろう？<br>やっぱり自分なのかな。<br>それとも鬱気味になっちいた母親かな？<br><br>兎に角、０からやり直さなければならない事になった･･･
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<link>https://ameblo.jp/phiropon-dart/entry-10904493437.html</link>
<pubDate>Fri, 27 May 2011 11:20:49 +0900</pubDate>
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<title>幼児期</title>
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<![CDATA[ 最初の街の記憶。<br><br>生まれた場所は都市部のベッドタウンとしての成り立ちと、大きな会社の工場そして昔ながらの地産地消を目指す農家が共存する街だった。<br><br>その街の市営住宅に住む、男女の始めての実子が自分である。<br><br>両親ともに医療従事者。と言っても医者や技師などではなく看護士であるため時間が不規則なのを除けば一般的な家庭である。<br><br>自分が幼少期を生きた市営住宅はベッドタウンを目指した政策によって作られた巨大な団地であり、近所の付き合いもそこそこある良い住環境であった。<br>５分ほど歩けば川があり、堤防代わりに作られた土手があった。<br>その土手と川の間には自然に出来た林があった。そしてそこには、野生の狐が住んでいた。<br><br>晴れた日には多くの家族が土手で段ボールやソリで遊んでいた。<br><br>しかし、自分には両親と遊んだ記憶はない。<br><br>いや、それどころか親戚というものを知らなかったのだ。<br><br>自分にとっての社会は団地のおじちゃん・おばちゃん。お兄ちゃん・お姉ちゃん。<br>そして、自分の親と姉だけであった。<br><br>後から知った話であるが、両親は大反対されて結婚したため、自分が小学生に上がる頃まで縁切り同然だったそうな。<br><br>そして姉は、実の姉であるが、血のつながりは半分であった。<br>当時の姉はそれを知っていた。自分は･･･全く知らなかった。<br><br>歳が7つ離れた姉。陰気で人付き合いが苦手な姉。<br>けれど自分は慕っていた。いや、、、可哀想に思っていたのかもしれない。<br>自宅で度々起こる"大人のやり方"のターゲットにされていたのは姉だったから。<br><br>両親ともに不規則な仕事をしていたため、幼稚園が終わった後も施設に行ったり、同じ団地内のおばちゃんの家に行ったりしていた。<br>そこで、自分よりも幼い子の遊び相手をしたり、お兄ちゃんの作っていたゲームを興味津々で見ていた。<br>後の人生で、これが大きな選択を決める要因になったのかもしれない。<br>そのお兄ちゃんは面倒見がよく、団地の子供の相手をよくしていた。<br>自分の友達が部屋に居る時でも、子供達を招きいれ、一緒に遊んでくれた。<br>名前をよく覚えていない今でも、軽く尊敬してしまう人。そんな思い出をくれた人。<br><br>小学校に上がった時、家から母と姉が居なくなった。<br>TVではよくある、「実家に帰らせていただきます」である。<br>姉は母の実子である。自分も母の実子である。<br>けれど、ボクハオイテイカレタ。<br><br>自分は"大人のやり方"の対象にされていなかった。<br>実子だから？いや、違う。<br>媚び、へつらい、求められる事に応えていたから。<br>何かトラブルが起これば、対象にされる。<br>子供ながらに逃げた。安直な考えで小学校の友達の家に。<br>親同士に付き合いはない、自分の父も人付き合いというものを全くしない人だったから。<br>友達の家に夜までおり、夕食をご一緒させていただき帰宅する、、、振りをした。<br><br>夜というのは子供の行き場を無くす闇である。<br><br>自分が向かった先は、狐がいる林であった。<br>野生の狐は、人に近づくことはまずない。その林の狐もそうだった。<br>人が置いていった餌は食べているようだが、決して近づくことはなかった。<br>自分はその林で眠った･･･<br>しかし、朝になる前に見つかってしまった、おまわりさんに。<br>そのおまわりさんは、幸か不幸か知っている人だった。<br>そのため、抵抗する事も出来ず、家に連れ戻された。<br><br>そして、身をもって"大人のやり方"を初めて受けた。<br>男の子とはいえ、あがなえない力。力。映画の中なら正しく使われる力･･･<br><br>その後も度々とあったが、機嫌が良ければ吉野家に連れて行ってもらったり、ソフトクリームを食べさせてくれた。大好きな南部せんべいをお土産に買ってきてくれた。<br>自分にとっては、贅沢であり、ご褒美だった。<br><br>２年生になり、夏休みに入った直後に転校した。<br>友達に挨拶も出来ないままに。<br>突然の引越し、新しい家には、母と姉が居た。<br>今思えば、近所付き合いのある団地で、１年も別居していた手前戻り辛かったのかもしれない。<br>もしかしたら"しつけ"が噂になってたのかもしれない。<br>わからないが、自分の社会は突然崩壊し、一から構築することとなった。
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<link>https://ameblo.jp/phiropon-dart/entry-10903706393.html</link>
<pubDate>Thu, 26 May 2011 17:03:55 +0900</pubDate>
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<title>このブログについて</title>
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<![CDATA[ 基本的に自分は運の良いトラブルメーカーなのである。<br><br>ギャンブル運があるとか、そういう運ではないけどね。<br><br>最近の言葉を借りるなら、"持ってる"部類の人間である。<br><br><br>もうすぐ30歳になろうとしているが、波乱万丈とはいかなくともドキュメンタリー番組で１時間枠を埋めるくらいの生き方をしている事に気付く。<br><br>そんな昔話をしながら、自分が何者なのかを再確認できるといいな。<br>
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<link>https://ameblo.jp/phiropon-dart/entry-10903650683.html</link>
<pubDate>Thu, 26 May 2011 15:41:56 +0900</pubDate>
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